─研究論文─
大学院進学予備教育における持続可能性日本語教育の試み
─『論文読解』の教室活動より─
原田 三千代 要 旨 大学院進学準備段階の留学生にとって、アカデミックスキルの習得のみならず、自己を 起点として研究と向き合い、研究と自分との関連やその社会的意義について思考する機会 を持つことが必要だと考えた。そのために、都内 4 年生大学の大学院進学予備教育プログ ラムにおいて、持続可能性日本語教育(岡崎 2009)に基づき、留学生のための「論文読解」 クラスのデザインをした。「研究とは何か」という問いを持ち続け、内容重視の教室活動 を行うことによって、中国語母語話者の留学生(12 名)の相互作用がどのように行われて いたのか、さらに、研究に対する認識や言語教育観がどのように変化したのかを探ること を目的とした。その結果、留学生間の相互作用からは、本来自分にはない多様な視点を得 ることで内省を深め、従来持っていた認識や言語学習観を変化させながら自分なりの研究 に対する認識を形作っていたことがわかった。 【キーワード】 大学院進学予備教育、持続可能性日本語教育、論文読解、相互作用、 内省 1.はじめに 都内4年生大学の大学院進学予備教育プログラムにおいて、留学生が大学院で研究する ことに対してどのような認識を持っているかを尋ねるアンケートを実施した(2010∼2012 年4月)。その結果、留学生の考える大学院での研究とは、さらなる日本語の習得と専門 知識の集積や整理という捉え方である場合が多いことがわかった。その一方で、ある留学 生が「いろいろな外国人は日本に来て簡単そうな専攻を選んで、たぶん自分に興味がなく てもただ簡単ですから専攻を選んで大学院へ入ります」と述べているように、手っ取り早 く大学院へ進学できる方策を考えていることもうかがえる。 こうしたことから推測すると、大学院進学を目指す留学生の中には、自己を起点として 研究と向き合い、研究と自分との関連やその社会的意義について深く思考する機会を持た ないまま、大学院に進学してしまうのではないかと考えられる。そこで、大学院進学クラ スに属する留学生が、研究に対してどのような認識を持っているかを探るため、研究に対 する態度構造の分析を行った(原田 2012)。その結果、①大学院進学予備教育を専門領域 に入る前の専門領域にまたがる教育と捉え、横断型教育を形成する場を構築する、②教室 活動において、ツールとしての言語教育のみならず内容重視の言語教育の養成を図り、四 技能の統合と論理的批判的思考力を育成する③その際、自己と研究との関わりや自身の持続可能な生き方につなげる活動を設ける、④教室活動の中に、自己内対話、他者との対話 を活性化する活動を埋め込む必要性が示唆された。このような示唆に基づき 2012 年度の 研究では、大学院進学クラス:「論文読解」の教室活動をデザインし実施した。その結果、 実際の教室活動において、どのような相互作用となって表れ、留学生の認識にどのような 変化が見られたかを探りたいと考える。 2. 理論的背景および研究目的 大学進学予備教育プログラムの新たな試みは、岡崎(2009)が提唱する持続可能性日本 語教育に依拠している。持続可能性日本語教育とは、自分を起点として世界のコト、モノ、 ヒトと自己との関連性を他者との相互作用を通して形作り、同世代に生きる他者や自己の 生き方について考えを深めていく学習であると定義されている(岡崎 2009)。現在、グロ ーバル化による社会の変動や雇用の流動化、さらには東日本大震災の影響を受け、従来の 価値観や常識が通用しなくなり、何を基軸に自分自身の生き方や価値観を築いていけばい いのかが模索されている。持続可能性日本語教育に基づく学習では、参加学習者の側から 就職や雇用、環境などに代表されるような問題提起がなされ、自己と他者、世界とのつな がりの中で、対話を通してその問題解決の糸口を見つけていく活動が試行されている。 世界を認識し他者とのつながりや自己の生き方を探求していくことは、大学院を目指す 将来の研究者にとっても喫緊の課題である。将来研究に携わるものとして、自分自身と研 究を関連させて考えるためには、研究に必要なツールとしての言語に重点をおく日本語教 育のみでは不十分で、そこで扱った読み、書き、話し、聞く内容が自分の問題として直結 し、批判的に捉えられる内容重視の日本語教育が必要だとされる。例えば「論文読解」と いう授業を考えてみると、構文把握や論文で使われる表現の習得のみならず、そこに書か れている内容そのものに対する思考を深め、他者との相互作用を重ねながら、自分と研究 との関わり、研究の方向性や意義を考えていくような教育である。 このような教育の理論的背景には言語生態学(Haugen 1972)がある。言語生態学とは「人 間の生存を支える言語の保全を根幹に据え、人間活動と一体化した言語の生態を記述・分 析」し「ある所与の言語とそれを取り巻く環境との間の相互交渉的関係の学」として定義 されている。ここでの人間活動とは、人間が作り出す諸活動:認識、情意、コミュニケー ション、社会、文化、政治、経済を指し、言語活動と一体化してなされると考えられる(岡 崎 2009)。先述したように、大学院での研究を日本語習得や専門知識の獲得を第一義的に 考えるなら、受動的な知識の蓄積や理解にとどまり、自発的な問いやその問題解決に向か わないまま、あるいは、研究テーマについて熟考したり自分や社会と研究を関連づけたり しないまま進学してしまうことになる。それでは自分の思考過程を支える言語が十分機能 せず、研究するという人間活動自体にうまく参加できないと考えられる。 言語生態学では、言語は言語が置かれている環境に影響を受けるとする。その環境には、 心理的領域と社会的領域があり、これら2つの領域は互いに相互交渉的関係にあると捉え られている。心理的領域とは言語生態の主体である人間を取り巻く内部の状況を指し、言
語能力や言語に対する認識および情意的傾向などがこれにあたる。特に、母語や母語で培 われてきた認知・情意・社会・文化諸能力などの既有能力の発揮が前提になっている。社 会的領域とは、ある言語とその言語がコミュニケーションの手段として機能する社会との 間の相互交渉的関係の領域を指し、人間を取り巻く外部の状況とされる。具体的に大学進 学予備教育段階の留学生に当てはめてみると、心理的領域とは研究のテーマの設定、論理 展開、内容をめぐって、母語と L2 の間で行われる認知的相互交渉、留学生の言語認識や 言語学習観などを意味する。一方、社会的領域とは、教室活動における留学生の参加の在 り方や留学生間の社会的相互作用などが考えられる。このような持続可能性日本語教育の 実証的研究は、大学において精読授業(楊 2010)、読解授業(アリアンティ2010)、作文授 業(劉 2010)や日本語古典授業(アレクサンドラ 2012)など、JFL 環境の大学教育において 特徴的である。 今回、本研究で着目するのは、JSL 環境における大学院進学目的の「論文読解」という 教室活動で、研究をめぐる話し合い活動とそれによる認識や言語学習観の変化である。言 い換えるなら、大学院進学予備教育の教室活動という言語生態環境の社会的領域において、 言語を媒介とした相互作用がどのように行われたか、さらにそれが留学生の心理的領域に どのように働きかけ、研究に対する認識や言語学習観にどのような変容をもたらしたかを 探ることである。それによって、持続可能性日本語教育に基づいた大学院予備教育の教室 活動のデザインの精緻化や更なる可能性にもつながると考えられる。研究課題は以下のと おりである。 研究課題1: 留学生を対象とした大学院進学予備教育の教室活動において、言語を媒介に した社会的相互作用がどのように行われたか。 研究課題2:それによって研究に対する認識や言語学習観がどのように変容したか。 図 1 教室活動における心理的領域と社会的領域 3. 研究方法 3.1 対象者 本研究の対象者は都内 4 年生大学(O 大学)の 2012 年度大学院進学クラス:「論文読解」 に在籍した 20 代の中国の留学生 12 名(女性8名、男性4名)である。全員大学院進学を目 指し、希望専攻は、それぞれ経営学5名(H, I, J, K, L)、日本語教育3名(D, E, F)、日本 文学2名(A, B)、老年学1名(G)、心理学1名(C)である。 事前課題遂行 既有能力の応用 教室活動における 他社との相互作用 全体での共有 教室活動の 内省 心理的領域 社会的領域 心理的領域
3.2 大学院進学コースのプログラム 本研究の大学院進学予備教育の日本語プログラムは表1に示すとおりである。 表 1 O 大学日本語教育プログラムの週間スケジュール(2012 年度春学期) 月 火 水 木 金 午前 交換留学生向けプログラム 午後 チュートリアル チュートリアル チュートリアル チュートリアル チュートリアル 上級クラス 上級読解 上級クラス レポートの書き方 院進学クラス 論文読解 上級クラス ノートテイキング 上級クラス 上級文法 2012 年春学期において、大学院進学クラスの留学生は午前中、交換留学生向けプログ ラムで日本語演習および選択科目を、午後は大学院進学のプログラムでチュートリアル、 上級日本語演習および大学院進学クラスの授業を履修した。上級および大学院進学クラス は週5コマ開講され「上級読解」 「レポートの書き方」 「論文読解」 「ノートテイキング」 「上 級文法」から構成されている。これらに加えて、希望により専門科目を受講する。例えば C の場合を例にとると、午前は交換留学生向けプログラムで日本語演習と口頭表現、文章 表現などの選択科目をとり、午後は、上級および大学院進学クラスの他に「人間関係論」 という専門科目を履修した。 3.3 「論文読解」の教室活動 「論文読解」は大学院進学をめざし、論文の読解力をつけることを目的としたクラスで ある。クラスの初回に「研究とは何か」という問題提起をし、自己や自身の研究を見つめ 大学院入学後の研究につながるような教室活動を目指した。 教室活動は、ほぼ前半と後半に分けられる。具体的には、前半は論文自体やその読みに 慣れない学生のために、アカデミックスキル:論文の構造や展開、問題提起のあり方、課 題の立て方、論文に使われる表現に重点をおきながら進める。各授業の後半には論文読解 のスキルとは別に、葛西(2003)を参考に「反論練習」を行う。疑問を持つことを事前課 題とし、教室ではそれを基にグループで話し合い、協働活動の下地を作った。後半は「反 論練習」の応用として、論文の内容を重視した批判的読みを行う。最終活動として、専門 をまたぐ話題(ワークライフバランス、異文化コミュニケーション、高齢者の心のケア、 外来語の氾濫など)の論文からグループで関心のある論文を選択し、内容をまとめて発表 した。また、修士課程の先輩 2 名にヴィジターとして自身の研究過程を語ってもらうこと や「協働とは」について考えを深めるようなワークショップを行った。 学期を通して「研究とは何か」という問いを持ち続け、自己と研究との関わりを意識し ながら「論文読解」に必要な形式面の練習と内容を重視した論文読解の教室活動を、話し 合い活動を中心に実施した。ただし、表現や構造は内容と深く結びついていると考えられ るので、スキルと内容を明確に分離させず、どちらかにより重点を置いた活動として位置 付けた。表2は「論文読解」のシラバスである。
表 2 2012 年度春学期 大学院進学クラス:『論文読解』シラバス 月日 授業内容 月日 授業内容 4/18 オリエンテーション、自己紹介 「研究とは」アンケート 6/13 中間テスト 論文読解、論文の構成、内容、引 用、パラグラフ、反論、「研究とは」の内省 4/25 論文を読む① 全体構成 反論 1 原田 (2012) の構成を検討 参考文献 6/20 研究計画書を批判的に読む 反論 5 ⇒話し合う 5/ 2 大学図書館で情報検索 研究テーマにあった文献を探す、参考文献 6/27 楊(2007)を批判的に読む⇒話し合う 問題提起の内容を話し合う 5/ 9 論文を読む② 序論 反論 2 原田(2012)の内容、「研究とは」⇒話し合う 7/ 4 楊(2007)の問題提起の内容を話し合う 「協働とは」ワークショップ 5/16 論文を読む③ 論文の構成・内容を話し合う 7/11 論文を読む⑦ 接続詞、引用して意見を述べる 論文発表準備⇒話し合う、アウトライン作成 5/23 論文を読む④ 反論 3 問題提起の内容を話し合う 7/18 論文発表⇒話し合う コメントシート作成 5/30 論文を読む⑤ パラグラフ 反論 4 結束性・一貫性、引用のし方 7/25 論文発表⇒話し合う コメントシート作成 6/ 6 論文を読む⑥ パラグラフ 先輩ヴィジターと話し合う 「研究とは」 「就職」 「自身の研究」 8/ 1 期末テスト 論文読解、接続詞、引用して意見を述べる 「研究とは」の内省 3.4 データの収集と分析方法 本研究では以下のデータを収集した。 ① 持続可能性日本語教育について書かれた論文(原田 2012, 楊 2007)をめぐる話し合い活動 (2012.5.9, 5.23, 6.27, 7.4)およびフォローアップインタビュー(参加者:A, C, D と教師 2012.11.14)の 音声データを文字化 ②クラス開始、終了時のアンケートおよび内省の自由記述 ①の資料は、SCAT(大谷 2007)を参考にして分析する。この手法は一つのケースのデー タやアンケートの自由記述などの比較的小さい質的データの分析に利用され、コーディン グがなされる。本研究では、①をセグメント化し、データ中の着目すべき語句(テキスト 中に下線)とテーマや構成概念のコード化をデータに付した。また、②の資料は長谷川 (2008)に従い、内容分析を行った。 4. 結果と考察 研究課題1では、前掲の論文を読解後、問題提起された論点に従ってどのような相互作 用が行われたかを観察する。研究課題2では、クラス開始、終了時において、研究に対す る認識や言語学習観がどのように変化したかをアンケートや内省から探る。 4.1 研究をめぐる話し合い 論文の内容把握後、グループで疑問点を出し合って討論した。全体で問題を共有した後、 主に次の2点についての話し合い活動が行われた。1. 何のために研究するのか、2. 協働学
習─中国人学習者は学習者中心に向いていないのか、である。以下これらの相互作用を順 次見ていく。 4.1.1 何のために研究していくのか 「何のために研究していくのか」はコース全体を通してそれぞれの留学生に投げかけた 問いである。まず、日本文学専攻希望の A が口火を切った。『源氏物語』を研究していく ことを決意しているものの、果たして自分の研究に生産性があるのか、確固たる確信が持 てない自己の現状を語っている。A は H にもその問いを投げかけたが、H も就職という現 実問題と研究に対する思いの狭間で揺らいでいることを知る。 2012.5.9 番号 名前 テキスト内容 構成概念 1 A 文学、勉強してて、生産性、つまり実感できないじゃないかと思ってるんですよ。だか ら、今、すごく… 生産性がない研究 2 H 迷っている? 3 A 迷っているわけではないですけど、つまり、今いったい何のために国文学を勉強してい くんだろうっていうことが私の今の課題ですね。(笑) 何のために研究し ていくのか 4 H きのう、お姉さんと電話をして工業とか経済、専門を勉強したら帰国して就職しやす い、故郷で人間関係があるので、会社に入りやすいと言われた。それで私は自分の 夢は観光業なので、家で関係がなくて、やめてくださいと言われた。 家族の助言 故郷での人間関係 5 A Hさんは何を勉強したい? 6 H 観光学の中でホテル管理について興味を持っている。しかし、きのう、家族のことを 聞いて、ああ、どうしよう。自分の夢、現実、ああ、どうしよう、本当に難しい。実力があっ ても、それで関係がないで、会社に入りにくい。弟もそうです。銀行に入っても、しかし、 いろいろお金をかけて、今までいい関係を維持して… 夢と現実との狭間 故郷の現状 7 A コネのことですね、コネ… 現実の問題 8 H それは、社会事情、ほんとにしかたがない…実力があっても人間関係がもっと重要で …ふるさとの現状です。 故郷の社会事情 9 A コネももちろん多分大事、コネがあったら、もっと就職しやすいかもしれませんけど、 なんか、コネがありますか。コネがもし、なければ実力が大切ですね。 現実問題を打開す るための実力 10 H しかし、今、社会の情勢、実力があっても入社試験に合格しても… 現実の問題 11 A 私は一切、コネなんてないですけど、自分の努力しか頼ることができない。 自分の現実、決意 就職のためのコネや家族関係に悩むという H の問題は、A にとっても現実の問題ではあ るが、A 自身は「自分の努力しか頼ることができない」という決意を述べている。 2週間後「何のために研究していくのか」という論点を深めるため、再び話し合いが行 われた。ここで、A は研究とは自分の人生に意味をもたらすものだと述べ、母国で日本古 典文学の指導を受けた教師への傾倒を語っている。
2012.5.23 32 A こういったら、どうかと思うんですけど、人生をもっと意味のあるものにしたいと思って …一つの専門的なものに…集中して深く考えていきたいと思って、研究という道を選 びました。 何のために研究す るのか 33 I うん。 34 A 言っている意味がわかってもらえるかどうかわかりませんけど、それが一番の目的ですね。 で、どうして古典文学を選んだのかについては大学四年生の時、すごい先生が… どうして古典文学な のか 35 I 今何年生? 36 A …いたので、え?今も四年生ですけど、ここに来る前に…古典文学の文法について の授業があって、その先生がすごく、その授業に心が惹きつけられました。うん、私も そのような先生になりたいなーと思って…古典文学に興味を持つようになったと思い ます。…うん。 どうして古典文学な のか 教師への傾倒 42 I 素晴らしい。(拍手) 43 A 素晴らしくない。 …うん。 44 C うん。…言いたいこと、まだありますか? 45 A …まだたくさんあります。(笑い) ここは、一応やめます。じゃ、Cさんは? どうして心理 学を研究したいと思ったんですか? 46 C はい。以前から日本は中国に対する尊敬する態度は…深刻になってしまって、今は、 両国の関係は…結構緊張しています。ま、そのために日本人をわかり合うために…日 本で心理学を勉強したくなりました。 何のために心理学 を研究するのか 両国の関係理解 47 A え…日本人の心理を知りたい? 48 C どうしてこうなって…将来、わかり合うために、未来を切り開くために 研究の意義 49 A え、でも…心理学を勉強したら日本人の心理がわかるようになりますか? 50 C ですから、日本で心理学を勉強します。 日本で研究すること の意味 C は A と I のやり取りを聞いていたが、44 で、A に「言いたいこと、まだありますか」 と質問することで、自分の発話の順番を確保している。A の研究に向う態度に触発されて、 C も日本への留学目的を自発的に発言していると言える。C は日中関係悪化が発端となり、 日本人の思考法を知ることによってわかり合うことを期待して来日したと言う。心理学を 勉強したら日本人の心理がわかるようになるのかという A の問いに対して「ですから、日 本で勉強します」と述べている。C は日本という当事国で勉強することが日本人を理解す る近道だと考えていることが示唆される。このような専攻をめぐる話し合いを通し、改め て自己をふり返り自分の決意を他者に向かって宣言することや、自身の選択や動機と異な る考え方に触れることによって、思考を深める契機になっていると考えられる。 この後、テーマをめぐる話し合いは、フォローアップインタビューでも行われた。C は、 自分の研究テーマの選定に関して「私はたぶん Y さんのことを聞いて研究テーマが見つか ったかもしれません」と述べている。Y とは大学院進学クラスの先輩で、テーマの選定で はまず興味・関心を第一に考えることだと主張したヴィジターである。C は「日中関係の 悪化で、私自身にとって甚大な影響もありまして…でも、そこではまだテーマとして考え ていない。ずっと緊張の下で友達も不安の状態で…助けたいですがあまりできない。急に 自分の専攻を見直したほうがいい、これを研究したいと思いました」と述べている。元々
C の研究動機は、日中関係の悪化をきっかけとしたもので、コース開始時には国家間の関 係や日中交流への貢献を述べていたが、その当時国に身を置くことによって現在はむしろ 留学生の学習環境、特に心理的困難を抱えた留学生に対する支援をテーマにすることに行 きついている。 C は、R さん(今回の話し合い活動の素材となった前掲論文(原田 2012)の研究対象者) の研究に対する認識と自分を対照させている。前掲論文で R さんは研究に対する社会的貢 献を強調していた。 2012.11.14 25 C 私は、Rさんとは違います。Rさんは偉いと思います。「社会の、人類のために…」ただ 自分は興味のあるものを研究できればいいと思います。それだけなんで… Rさんとの比較 26 教師 そうですか?でも、Cさんも日中の関係が緊張して友達を助けたい、日本と中国の関 係、どうやって修復したらいいかとか、言わなかったですか。 27 C 確かに言いましたが、実はそれ、私の興味なんです。友達を助けるのは、友達が私の そばで安心できるのが私にとってうれしいことで、助けたいから助けます。…何のため かですよね…やはり、確かに自分のためにだと思います。しかし、この世界は自分だけ ではなく、他の人がいてこそ自分がいる。そういうことで、確かに自分のために研究し ているけど、同時に他の人のために研究しています。私はそうだと思います。 自分の興味 自己と他者の存在 自分・他者のため 28 A 私も今はちょっと考えを変えました。…最近考えたのは結局自分のために研究してい く。(中略)もし将来『源氏物語』を研究して先生になれたら、学生に自分から話す、話 したい、物語をみんなと分かち合いたい。それでさっきCさんが言ったように、自分のた めになると同時に、また他の誰かのためになる、私がこうすることで学生とか他の人 に物語の楽しさを分かってもらえれば、それで大きな達成感を得ることができます。 自分・他 のだれか のため 物語の楽しさを分か ち合う 29 A (日中友好のためには)、あまりにも偉くて…いつか自分がそういう人間に、日中友好 のブリッジになれたらいいと思います。 日中友好ブリッジ 30 C さっきも言ったようにブリッジになりたいですが、どうやってなるのか…こういう道はまだ 見つからなかったから、ただ日中の関係は出発点というふうに… 日中関係は出発点 31 D お二人の方の考えは、ブリッジになるのが偉いとか、今は無理かもしれないとか…私 は、これはそれほど大きなものではないと思う。日中友好のために、ただ自分の周りの 家族とか友達とか親戚とか、彼らの考えを少しずつ自分の努力で変えれば、それがブ リッジの役割を果たすと思う。すべてあるいは大部分の中国人と日本人の考えを変え て、そしてその友好を促すというわけではなく、ただ周りの人を変えればいいんじゃない かと… ブリッジの役割 周りの人を変える 32 教師 なるほど。 33 D 私は、家族、親の友達と一緒にご飯をするときも、よく日本にいいところがある、中国 人が学習すべきだという意見を出します。もちろん反対する人もいるし、やっぱり「な るほど、確かにそうですよね」と言う人もいる。それは、私が日本を宣伝するというよう な役割を果たしたと…少しでも、ただ1人でも、考えをちょっと変えれば、それもいいと 思う。 考えを変える 34 教師 『源氏物語』を学生と一緒に話したり読んだりすることもブリッジになるかもしれないで すね。 35 D そうですね。私の友達とかクラスメートも、前は日本に対して憎しみがある…でも日本 の文化に接触して、もっとその両面を見て日本の問題を考える人が、だんだん増えて きました。やはり日本の文化や知識を勉強して、中日の間の関係を促すためにいい 影響があると思います。日本のアニメも日本のイメージの宣伝になったと思う。 日本の文化の影響
C が考える研究は、国家間のブリッジになることから自身の興味関心に合ったものへと 変化している。しかし、その一方で、世界には自己の存在と同時に他者の存在があり、研 究は自分のためだけではなく他者のためにも行われるものだと考えている。他方、A は、 元々純粋に興味・関心を出発点にしていた研究に対して、社会的意義や生産性の欠如を感 じていた。学期を通してこの問題を考え続ける中で、将来「源氏物語」を学生と語り合い たいと述べている。さらに、「自分のためになると同時に、また他の誰かのためになる」 という C の発言を受けて、A 自身もそこに意義を見出している。言い換えるなら、自己と テキストの間にのみ介在していた対話が、テキストを媒介として他者にも向けられようと しているように見受けられる。一方、D は二人の発言に耳を傾けながら、ブリッジになる ことがそれほど偉いことなのかと問いかけている。D の考えるブリッジとは、自分の周り からボトムアップ的なやり方で変えていくことであり、それこそが自己と社会や国をつな ぐステップになると考えていることが推察される。D は、さらにそれは日本文化やアニメ を通した接触や交流にも通じるところがあると言う。対話を通して他者や他者の発言と対 峙し、内省を重ねることで自己認識や他者認識を深め、社会や世界認識につながっていく 可能性が示唆される。 しかし、この後の議論では、こういった考え方が必ずしもすべての人と「共有できると は限らない」「わかり合えない人とはわかり合えない」という認識が存在することにも言 及している。今後大学院進学後も様々な体験をする中で、自分なりの答えを模索し続けな ければならないのではないかと考えられる。 4.1.2 協働学習─中国人学習者は学習者中心に向いていないのか 次に、協働学習に関する話し合い活動を取り上げる。持続可能性日本語教育において自 己の選択や生き方と研究をつなぐには、他者との相互作用を自己と参照させて考えること が不可欠であるとされている。楊(2007)の論文には、ことばの正確さを重要視する中国 人の言語学習観が、従来からの教師主導による学習重視の考え方につながっているのでは ないかという問題提起がなされている。「すべての授業に1つの正しい答えがある、私た ちにはこういう考えがある」(D)、「標準の答えがあって、先生はその答えに従って判断す るのが普通でした」(A)と語っているように、従来からの言語学習観を認識し「中国人学 習者は学習者を中心とする活動に向いていないのか」という論点で、話し合い活動が進め られた。 2012.7.4 1 C 中国は先生を中心とする活動にむいていると思います。学習の方法・もの・時間は 全部先生で決める。先生の意見で従わなければならない。先生は全てだ。先生の意 見は全てだ。 教師主導 2 A (笑い)それは違う…。それは違うでしょ。 3 C みんなの学習の方法、大体同じ。まずは授業、そして図書館。暗記は一番重要なこ とで実験はあんまりない。簡単に言うと、証拠より論です。何というか機械的な研究 方法と思います。小学校から今までこういう先生を中心とする活動ですから、変えるの も大変だと思います。 教師主導の現状
4 A 確かに、そうかもしれません。でも、それは少し違うように思います。(笑い)…まぁ、Cさ んの言ったのは、多分、中国の高校?小学校から高校においての現状ですよね。 教師主導の現状 5 C 大学もそういう現状だと思います。 教師主導の現状 6 A ふーん、まぁ一応Cさんの言った通りにする。そういう現状だからこそ…中国人の学 習者は学習者を中心とする活動に…だと思うんですけど。何故かというと、先生を中 心とする授業、みんな嫌なんですよね、今ほとんどの学生が。 学習者中心志向 7 C 嫌とは言えないけど、ずっと小学校から高校までこういう形ですから人間はもうロボット になっている。 教師主導の現状 8 A いや、だから新しい、なんていうの?新しい方法が入ってきたらもっと…受け入れやす いんじゃないですか? 新しい方法 9 C 逆にロボットに、…コンピューターに新しいプログラムを入力すると、ずっと前のプログ ラム使っているから、新しいプログラムを使うと急に…なんか慣れない。 活動に不慣れ 10 A それは、コンピューターの話でしょ?人間はコンピューターじゃないし…。 11 C 習慣はそういうものです。習慣変えるのはちょっと、難しいだと思います。 12 A いやぁ…どうかな。もし今学生を中心とする授業があれば、学生が自動的に勉強する という雰囲気があれば、学生も自然に学習者を中心とする活動に向いていくんじゃな いですか? 学習者中心志向 13 C じゃあ例えば、ま、あのう、楊さんの論文に提出のGW(グループ活動)する時、みんな は何をして…、全部噂話してるじゃない?しゃべってることは全部…噂話じゃない? GWで何をやってい るか 14 A うーん。そういうこともあるかもしれませんけど、そうじゃない場合もあるでしょ?真剣に… 15 C 確かに真剣な人は多い。でも…どんな真剣でも、新しいものを接触すると、わからない 方が多いです。ですから、最後にはやらなくなってしまう。 GWをなぜやらない か 16 A だから、そういう現状を変える必要がもっと必要になってくるんじゃないですか? 現状を変える必要 性 17 C あのー、なんで現状変える必要が…。学習者中心とする活動と先生を中心とする活 動、どっちがいいか。それは…まぁいいにくいと思います。 現状を変える必要 性があるか 18 A 私は、中国人学習者は学習者を中心とする活動に、向いているかどうかという問題 に注目するというよりも、むしろそういう活動…試みた方がいいんじゃないですか? 活動の試行 ここでは、A と C が協働学習をめぐって対立した発言をしている。C は小学校から現在 まで教師主導に慣れてきたので、その習慣を変えるのは容易ではない、グループ活動での 話し合いは噂話をしているにすぎないと述べている。これに対し A は、学生は必ずしも 教師主導を好んではいない、自発性を重視した授業こそ試みるべきだという論を展開して いる。この後の議論では「なぜ現状を変える必要があるのか」という C の問いに、A は「も っと自分が主導的に、主導性がわいてくる…、そのオリジナリティ? 創造性みたいな… 新しいアイディア…出てくるかもしれないし…」と答えている。しかし、実際には A も 協働学習体験が浅く、確証を持っているわけではない。一方、それまで沈黙を保っていた Iは、母国の社会経済的な背景を捉えて「1970 年代から技術とか教育の環境とか資金と かいろいろ問題があるからしょうがない。とりあえず教師を中心にして教育を続けていま したけど、…30 年ぐらい発展しました。もしかしたら今までの教育方法が今の中国の教 育と経済、発展に合わないので、変えなければならないかもしれない」と述べている。 これらの議論を通して「なぜ学習者中心に変える必要があるのか」を改めて再考し、自 発性や創造力の喚起、時代背景や社会の要請など、多様な視点を加えることによって、そ
れぞれが自分自身の言語学習観と向き合っていると言える。協働的な活動を実践しながら 学習者中心授業について議論することで、実践活動と認識が関連付けられ、母国での教育 体験や言語学習観と対照させて考えていることが示唆される。このように論文をめぐる内 容重視の活動は、参加者にとって多角的批判的な視点や思考力を磨く契機となるのではな いかと考えられる。 4.2 研究に対する認識の変化 4.1 では言語生態環境の社会的領域に影響を与える相互作用を見てきた。4.2 では心理的 領域に関わる認識の変化をみるために、コースの開始と終了時のアンケートと内省の内容 分析を行う。全項目数(開始時:54、終了時:89)を、9つのカテゴリーに分類して比較 する。さらに、下位項目に分けられるものはサブカテゴリーに分類した(①∼⑦)。また、 網掛けした数値が各カテゴリーの全体に占める割合である。 表 3 「研究とは何か」についての内容分析 カテゴリー 4 月 8 月 1.研究行動 ①文献収集 ②結果・理論をまとめる ③論文を書く ④実証的調査 ⑤問題解決 ⑥論証のプロセス ⑦考えを発表・次の課題 43(%) 15 9 9 4 4 2 0 28(%) 5 1 0 6 9 5 2 2.知識の獲得 ①日本語 ②専門科目 20(%) 8 12 2(%) 0 2 3.学術研究能力 ( 思考力・理解力 ) 15(%) 1(%) 4.テーマの選定 ①興味・関心 ②問題の明確化 ③独自性 ④困難さ 11(%) 7 4 0 0 32(%) 15 9 3 5 5.実用志向 ( 就職・修士号 ) 9(%) 4(%) 6.研究意義・社会的貢献 2(%) 9(%) 7.研究に対する態度 ①情熱・探究心 ②自律的学習能力 0(%) 0 0 9(%) 5 4 8.研究する環境 ①人的リソース ②物的リソース 0(%) 0 0 12(%) 10 2 9.自己の人生との関わり 0(%) 3(%)
コース開始時には「研究行動」 「知識の獲得」 「学術研究能力」の全体に占める割合が高 い。中でも研究行動は4割を超える。これに対して「研究意義・社会的貢献」「研究に対 する態度」 「研究する環境」 「自己の人生との関わり」についての記述はほとんど見られな い。この結果から大学院での研究は専門知識を身につけ文献を収集し、結果や理論をまと めて論文を書くことだと考えていることが示唆される。そのためには論理的思考力や理解 力などの「学術研究能力」を高め、論文を完成させるために日本語の知識や文章表現力が 必要だと考えている。また、修士号の取得・就職など実利的側面を念頭に置いていること もうかがえる。 これに対し、終了時には顕著な変化が見られる。「研究行動」の占める割合は依然とし て高いが開始時と比べるとかなり減少しており、代わりに「テーマの選択」「研究の意義・ 社会貢献」 「研究に対する態度」 「研究する環境」の割合が増加している。ただし、「研究 行動」の具体的な内容を見てみると、開始時には、文献収集、結果・理論のまとめ、論文 執筆といった産出重視から、終了時には実証的調査、論証のプロセス、問題解決に向かう 過程を重視する傾向がうかがえる。結果のまとめや論文執筆の割合がゼロ(ゼロ近く)ま で減少したのは、現時点で大学院の入試に直面し研究計画書を書く段階にいる留学生にと って、研究行動に関しては俯瞰して考えられるようになったが、修論の最終段階で必要な 結果のまとめや論文執筆は、テーマ選定や実態調査に比べると、現実性が薄いと認識され たのかもしれない。さらに「知識の獲得」や「学術研究能力」に関する割合が大幅に減少 したことに関して、J は次のように述べている。「授業の前、大学院の勉強はどのような ものかあまり知らなかった。大学と同じように専門知識を勉強することと思った。先輩と の話し合いを通して大学院の勉強は自分の興味に合う分野において、実際の問題を解決す るためと分かった。それに大学院生にとって専門知識と日本語能力を持つことは当たり前 のことである」このような J の内省に代表されるように、専門知識と日本語の習得は研究 の前提ではあるが、それ自体が目標ではないという考えに変化したことによるのではない かと考えられる。 終了時に最も多い割合を示したのは「テーマの選択」である。「テーマを探すのは研究 の中で一番重要で難しいものと思う。テーマを見つけたら、研究は 50%成功と言っても 言い過ぎない」(J)と述べているように、テーマ選定の難しさと重要性が表われている。 開始時に比べ、興味・関心の割合が増加し、独自性、問題の明確化といった多様な観点か らテーマの選択を考えるようになっている。D は「私は興味・関心のあることをまず見つ けたいと思う。もし見つけられなかったら、自分の読んだ専門知識の本とかの中に問題を 見つけ出す。あるいは大学院の教授の研究した論文を読んでその中に問題を探し出す…興 味・関心という言葉は、元々自分はこういう問題を考えたことがない、しかし論文を読ん だあと、その文章の中に『ああ、これはいいね』…それも興味とか関心の1つじゃないか と思います」と述べている。まず興味・関心があって、そこから疑問を持つことがさらに 重要である、しかし、たとえ最初は興味がなくても、論文を読むことで興味・関心につな がるのではないかと考えられている。他方、新たな項目として困難さが加わっている。こ
れは、現在テーマ選定を具体化する段階で、実体験として新たに加わった認識であろう。 開始時には全く記述されなかったカテゴリーに「研究に向う態度」「研究環境」「自己の 人生との関わり」があげられる。「研究に向う態度」は研究者としての情熱や探究心、自 律的学習能力などを指す。「研究環境」とは協働的な環境づくりを意味する。自己が向か う先にはテキストのみでなく、他者、すなわち、家族、先輩、教師、日本人など、多様な リソースが加えられている。以前、話し合い活動で「中国人学習者は学習者中心に向かな い」と語っていた C は、「(本研究で試みた)この持続性の教育は、中国から来た学生は完 全に先生に頼る学生たちなので、大学院進学予備教育の一年間でこういう習慣を変えると いうことですね」(フォローアップインタビュー)と述べている。 C は持続可能性日本語教 育を、教師への依存から自律への道のりを歩いていくことだと捉え、その際に「協力のあ り方の学びがすごくありました。みんなでディスカッションして、そして最後に発表する のが、それが協力の一つだと思います。他人の意見から自分が見つからないところを見つ ける、その点がすごくいいと思います。」と述べている。これを受けて、D も「私が卒論 のテーマを決めているとき、J さんと討論して…私は、自分の生き方を彼女に言ったら、 彼女から「それがいいですよね。でも、どこどこのものも含めたほうがいいと思う」とい う意見をもらった」と言うように、自分なりのやり方で教室活動の枠を越えて協働の範囲 を広げていったことがうかがえる。 5. まとめと今後の課題 本研究は大学院進学予備教育の「論文読解」の教室活動を対象とし、言語生態環境にお ける社会的領域の相互作用(研究課題 1)と、心理的領域に関係する研究に対する認識の変 容(研究課題2)を探ることを課題とした。 研究課題1に関して、大学院進学予備教育への参加期間が同じで、フォローアップイン タビュー参加者 A, C, D を中心に、この8か月間をふり返ってみる。4月当初、『源氏物語』 に傾倒し、テキストと向きあったままの A と国家間の関係改善のためのブリッジになり たいと考えていた C が、言語による相互作用を通して反発や対立を繰り返しながら、研究 の中に、興味・関心という視点、社会的意義という視点、協働という視点、自己や他者の 視点、自律的学習態度という視点を取り入れようとしている可能性が示唆された。さらに、 フォローアップインタビューにおいて、D の「自分の周りを少しだけ変えることが日中の ブリッジになることにつながる」という発言によって、3人の研究におけるテキスト、自 己、他者、社会との接点を見出すことを可能にしたのではないかと考えられる。 また、A はインタビューにおいて、D の日本文化の影響力についての発言を受け、現在 の心境に触れて「日本文学に対しての知識が増えつつ、中国の文学に対する興味も深くな ってきました」と述べている。「何に興味が出てきたんですか」という教師の問いに『紅 楼夢』を例にとり「源氏と似ているところがあると思う。源氏は王朝ですけど、この作品 は華族の栄華から衰弱へと…」と述べている。『源氏物語』に向き合うばかりでなく、自 己を起点として中国文学、すなわち、既有知識や母語文化を背景に、文化的ルーツを探る
新たな視点の活用が期待される。ここには、自身の心理的領域に働きかける可能性も示唆 される。 以上のような相互作用の分析は、研究課題2において「研究とは何か」という全員のテ キスト分析結果からも支持される。コース開始時は専門知識や学術研究能力の獲得、文献 収集や結果をまとめて論文の執筆に重点が置かれていたが、終了時には、それらの項目の 割合が減り、「研究テーマ」「研究に対する態度」「研究意義・社会的貢献」「研究する環境」 などが増加した。「研究する環境」においては、人や物に関する多様なリソースを活用し、 協働的な場づくりをあげていること、「研究に対する態度」においては、情熱や探究心、 自律的な学習態度を想定していることなど、研究に対する多様な観点が織り込まれている ことが特筆される。ただ、それらが今後の自分の生き方にどう反映されていくかに関して は、詳細な記述は見られず、現在はまだ萌芽の状態だと言えよう。 以上のことから、将来大学院で研究する留学生が教室活動における社会的相互作用を通 して多様な考え方や視点を得、それによって内省を深化させ、次の活動につないでいった、 さらには、新たに自分なりの研究に対する認識を形作っていったことがわかる。それは、 留学生の言語の生態環境の社会的領域と心理的領域が相互交渉的に関係づけられているこ とを意味している。言い換えるならば、本研究における大学院進学予備教育の教室活動の デザインが言語生態の保全や育成につながり、留学生の人間活動に寄与する可能性が示唆 されている。 留学生のコメントの中に、自分自身の言語学習観や思考を変化させた要因として、今回 分析の対象となっていない「反論の練習」が挙げられていた。同様に、心理的領域を活性 化すると考えられる事前課題についても分析がなされていない。したがって、これらの資 料の詳細を探ることを今後の課題としたい。 また、本研究は JSL 環境にある大学院予備教育の留学生を対象とした。このプログラム を、他者との関わり合いを通して自己を内省し、持続可能な生き方を追究していくための 手立てを考えるプログラムとして位置づけるなら、扱うトピックや活動を変えて、学部生・ 大学院生を対象とした教育プログラムの開発や教室活動へも応用できると考えられる。今 後、新たなプログラムをデザインし、持続可能性日本語教育の可能性を探っていきたい。 参考文献 アリアンティ・ヴィシアティ(2010) 「内容重視のグループリーディング─インドネシア人 の日本語学習者の場合─」お茶の水女子大学大学院修士論文 大谷尚(2007)「4 ステップコーディングによる質的データ分析手法 SCAT の提案」『名古 屋大学大学院教育発達科学研究科紀要』第 54 巻第 2 号 27-44 岡崎敏雄(2009) 『言語生態学と言語教育 ─人間の存在を支えるものとしての言語─』凡 人社 香西秀信(2003)『反論の技術』明治図書
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Haugen, E. (1972) Staford, California: Stanford University Press.