感性評価研究用クラシック音楽データベース構築の試み -曲の物理的特徴の修飾と抽出に基づいて-
8
0
0
全文
(2) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2. 1.4 クラシック音楽データベースの構築を試みた経緯. を作ることによって 4 カテゴリに属する曲を準備することで,. 聴覚刺激のなかでも音楽は特に感性への影響が大きいと考. 結果的に感性工学研究に有用な音楽 DB 構築につながると. えられているが[12] ,その複雑性のために音楽の物理的特性. 考えた.以下にその具体的手法と,その手法で収集した曲の. に着目した DB 構築は,他の感覚種の DB や非音楽の DB に比. 客観的評価方法に関して述べる.. べて遅れ気味である.そこで本研究では,冒頭に述べたよう に,言語や国境を問わず世界中で聴かれているクラシック音. 2. 方 法. 楽に着目し,その物理的特性に基づく DB 化に取り組んだ. クラシックの名曲の数々は,たとえその作曲家の没後数百年. 2.1 曲調の分類に関する要因の設定. を経過した現代においても世界中で愛されており,文化遺産と. クラシック曲を含む音 楽全 般に関する印象形成に重要と. してだけでなく,優秀な感情喚起用刺激としても貴重な存在で. 考えらえる要 因には, モード, テンポ, リズム, メロディ,. ある.実際,クラシック曲を用いた感性評価研究や脳科学研究. 高低音,楽器編成など様々な物理情報の違いが存在し,それ. が数多くなされてきた[13] .例えば,fMRI 装置を用いた脳機. ぞれ定量化できると考えられる.これらの要因は曲の進行に応. 能計測によって,特定のクラシック曲を聴いている際に脳内. じてダイナミックに変化することが多いが,そのそれぞれの. の報酬系が活性化していたことが示されている[14] .ただし,. 時間帯における曲調を定量的な値のセットとして表現すること. クラシック曲のどのような特徴が脳活動に影響を与えるかに. ができると考えられる.ただし,それぞれの要因に関してどの. 関して詳細を明らかにするためには,クラシック曲に内在す. 程度,妥当な指標化ができるかどうかに関しては検討の余地. る複雑な構造を解き明かす必要がある.. があるため,今回はモードとテンポの定量化に焦点を絞った.. 本研究の最終目標は,聴覚刺激として考えたときに影響力 がありつつも,その複雑性の高さゆえに物理的な側面から評. 2.2 モードとテンポの定量化. 価 が 困 難 な ク ラ シ ッ ク 音 楽 の DB 化 を 行 う こ と で あ る.. 近年,音楽の物理的特徴量の定量化,特に多数の曲の集合体. その際,比較的古くから分析が進んでいる要素として, 「モード」. (ビッグデータ)に対する検索や分類が「音楽情報検索」 (Music. (長調 / 短調の違い,調性とも呼ぶ)と「テンポ」 (曲の速さ)の. 2 要因に着目した[15,16]. もし,これら 2 要因を 2 水準として分類したときに生じる 4 カテゴリに属するオリジナル曲を多数集めてくることができ ればアンケート結果に依存しない音楽 DB を比較的単純な構造 で構築することができると考えられる(図 1) .しかし,我々. Information Retrieval:MIR)というテーマのなかで研究と実用 化がされるようになってきている [17] .古今東西約 300 万曲を 70 の要素に分解・分析することで,ヒット曲に 60 種類のパター ンが存在することを示した音楽サービス「Music Xray」など は,まさにその代表格である[18] .このような MIR 研究の過 程で開発された手法やサービスを活用することで,本研究で. はこの作業過程で,作曲者の違いによる曲風の偏りや曲の. 探索するクラシック音楽 DB 用の楽曲のモードやテンポの抽出. 進行に伴うモードやテンポの変化から,排他的に 4 カテゴリの. も可能と考えられる.. いずれかにのみ属する曲をバランスよく集めてくることは, 容易ではないことに気づいた. そこで世界的に著名な特定のクラシック曲を素材にし, その曲をベースにモードやテンポの異なる 3 種類の「姉妹曲」. 例えば, 「Spotify for Developers」というサービスで提供さ れている Musical Data アプリケーション[19]では,Spotify 上 で聴取できる音源に関して,モードやテンポ,調,拍子記号, トラックの人気度,ノリの良さ(Danceability)などの物理的 及び心理的特徴に関する解析結果を定量的に表示することが できる[20] .ただし,この手法では Spotify に登録されている 曲しか分析対象にできず,かつ曲全体に対する値が計算され るだけであるため,本用途には不適切である. そこで本研究では,MIR のアルゴリズムを用いながら, 指定した曲とその抜粋部に限定した解析ができる 「MIRtoolbox 1.7.2」 [21, 22]というシステムを用いることに した.このシステムは数値計算言語「MATLAB」の Toolbox と し て 公 開 さ れ て お り,MATLAB の ユ ー ザ ー で あ れ ば, ダイナミクスやリズム,音色,音高,モード,及びテンポなど を定量化することが可能である[23] .. 2.3 DB 候補となる曲の作成 感性音楽 DB 構築の方針として,モードは長調と短調,テンポ は大まかにハイテンポとローテンポの 2 種類があるとして,それ らの掛け合わせで計 4 カテゴリ(長調でハイテンポ,長調でロー 図 1 モードとテンポに着目した感性音楽 DB の理想像. 206. テンポ,短調でハイテンポ,そして短調でローテンポ)の楽曲を.
(3) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2 感性評価研究用クラシック音楽データベース構築の試み. 収集することを当初,考えた.クラシック音楽に関する書籍や. し,すべての刺激について基準値の 100 BPM から ±40 BPM. インターネットサイトの情報を参考にし,着目するモードとテ. に設定した.具体的には,BPM 60(今回の選曲した 4 曲の場. ンポの 2 要因の組み合わせによって規定されるカテゴリに合う. 合は全て♩= 60)を「ローテンポ」の曲と,BPM 140(今回. 楽曲の候補をプレスクリーニングした.. の選曲した 4 曲の場合は全て♩=140)を「ハイテンポ」の曲. モードは 4 楽曲のうち,2 曲を長調,2 曲を短調で選定した.. とした.本研究では最も特徴的なメロディを中心にモード変. 具体的に,長調の曲として「ハッピーバースデイ (ミルドレッド・. 更とテンポ変更を行ったが,後述する和音も含め,テンポ変. J・ヒルとパティ・S・ヒル」と「劇付随音楽『夏の夜の夢』作品 61. 更によって同じ楽譜の演奏に要する時間が異なるため,結果. 結婚行進曲(メンデルスゾーン) 」を,短調の曲として「ピアノ. 的にハイテンポの曲は平均 23 秒,ローテンポの曲は平均 13.5. ソナタ第 14 番作品 27-2『月光ソナタ』 (ベートーヴェン) 」と. 秒となった.. 「バガテル『エリーゼのために』 (ベートーヴェン) 」を素材と 長調と短調それぞれ 2 種類の楽曲を選定したうえで,楽譜. 2.4 選定した楽曲のコントロールとなる三和音階の作成 MuseScore で作成した各楽曲の 4 カテゴリに加え,コント. 作成ソフトウェア「MuseScore」に楽曲を記入した[24].. ロールとして各楽曲の調の単純な三和音階の音源も作成した.. ここから,それぞれの楽曲を同主調に転調させることで各楽. 今回は,ハ長調−ハ短調,嬰ハ長調−嬰ハ短調,イ長調−. 曲の長調版と短調版を作成した.例えば,ハ長調のハッピー. イ短調,追加でニ長調−ニ短調(結婚行進曲とハッピーバー. バースデイは,ハ短調として書き直した(図 2).楽曲の書き. スデイはどちらもハ長調の曲だったため)の 4 調の音階を. 換えには,基本的にダイアトニック・コードに従って変換を. 作成した.三和音については,主音の音階が最高音として. 行った.. 聞き取りやすいために,第 3 音が最低音となる第一展開形の. して利用した.. テンポに関しては,四分音符のテンポを MuseScore 上で,. 音階とした(展開形にしても調は変化しない) .. ハイテンポとローテンポのものを作成した. テンポを表記する. 音階に関しても,前述した楽曲の操作同様,モードに関して. 方法として,楽曲によっては速度標語(例えば,Andante は歩. は,長調の音階は同主調の短調に転調させ,ダイアトニック・. くような速さで)といった絶対的な数値で表せない速度に関. コードを元に和音階を作成した.テンポに関しても,同じ音階. する表現がされていることもある.これに対し,メトロノーム. を♩= 60 と♩= 140 で作成した.. 記号(♩= 100 などの表記)を用いているものもあるが,この. 本論では,このような BPM の曖昧さを加味した上で,テンポ. 2.5 DB 候補曲に対するデータ解析 各楽曲 4 カテゴリ(長調 / 短調×ハイテンポ / ローテンポ)で 計 16 曲の音源データと,三和音階の計 16 の音源データに対し て,上述した MIRtoolbox を用いた特徴抽出を行った.モード に関する得点の計算は,mirmode 関数を用いて -1 から +1 の値. の基準値を,一般的にミディアムテンポと呼ばれる100 BPM と. で示した.なお,この値の性質として正の値の大きい方が. 数字の単位,BPM(Beats Per Minute)はビートの捉え方に よっても変化する.例えば,♩= 200 の楽曲を聴いたとき,四 分音符として数えるのはテンポが早いため, 二分音符として捉 えて BPM は 100 として感じることが多い.. 長調らしい曲調,負の値が大きい方が短調らしい曲調,値が ゼロ付近はどちらとも判断がつかない曲調と解釈される. 一方,テンポに関しては,mireventdensity 関数(以降,Density と略)を用いて,一秒間における音の密度を計算する関数と,. mirtempo 関数(以降,Tempo と略)という BPM を計算する 関数とし,Density のみ,あるいは両者を組み合わせて利用し た(後述) .いずれの変数に関しても,今回は全曲のデータ解 析後,Z 値として変換し,モードに関しては「モード指数」 , テンポに関しては「テンポ指数」として用いることとした.. 3. 結 果 3.1 物理指標に基づく感性音楽マップ上の各曲の分布 本研究の主たる目的である感性音楽 DB の構築に向けた 第一歩として,モード変換(長調⇔短調)及びテンポ設定 (60 BPM ⇔ 140 BPM)の効果を MIRtoolbox によって検証し た.その結果,モード指数に関してほぼ長調と短調の設定通 りの結果となった.しかし,テンポ指数の計算に Density の みを用いた場合には,予想とは異なり,設定したハイテンポ 図 2 長調から短調へのモード変換例. の曲とローテンポの曲が混ざり合う結果となった(図 3(A) ) .. 207.
(4) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2. 図 3 テンポ指数として Density のみを利用した場合(A)及び Tempo と Density の両方を利用した場合(B)の 感性音楽マップ上の各曲の分布. 3.2 モード指数の解析結果 モード指数に関しては,93.75% の解読精度で比較的設定通. 用いると,設定テンポに合わせて二極化するだけとなってし. りの長調⇔短調の分離が見られた.長調の楽曲および和音階. 変換したのち,曲ごとに平均値を求め,さらに Z 値変換を行っ. は,すべて正の値となった.一方で短調の楽曲および和音階. てテンポ指数を求めた.その結果,テンポに関してもほぼ予. は,一部を除き,87.5% が負の値となった.モード指数に関. 想通りの結果の分布となった(図 3(B) ) .. して解読失敗となったのは,複雑な和音や不協和音が混ざっ ていた「結婚行進曲」であった.. まう.そこで,我々は,Density と Tempo のそれぞれを Z 値. この分布を感性音楽マップと表現した際,2 つの解析手法 で 4 象限のそれぞれに理想的な配置となっているかどうかの. 一方で和音階に関しては,同じ長調どうし(もしくは短調. 一致率を求めると,前者は 46% しかなかったのに対し,後者. どうし)の和音階であれば,音の関係性が同じであるため,. は 87.5% という結果となった.なお,理想の象限と食い違っ. モード指数の値も近くなると予想された.しかし解析結果か. た 4 曲はすべてクラシック曲であり,中でも「ハッピーバー. ら,長調の和音階でも,主音が違う調によってモードが変化. スデイ」と「エリーゼのために」で強い影響が観察された.. することが見られた.例えば,ハ長調と二長調の三和音階を 異なるものになっている.つまり,同じ長調や短調でも,. 3.4 モード指数とテンポ指数に関する統計検定 図 4 にモード指数及びテンポ指数(Density と Tempo を併用. 選ぶ調性によってモード指数の絶対値がより大きくなる調. した場合)に対する各設定条件の効果を示す.まず,モード. と,より 0 に近づきやすい調があった.. 指数では,ローテンポの曲,ハイテンポの曲それぞれにおい. 比べると,モード指数はそれぞれ 0.48 と 1.33 と値が大きく. て,短調設定と長調設定の効果が明確に示され(図 4(A) ) ,. 3.3 テンポ指数の解析結果 テ ン ポ 指 数 に 関 し て は,Density の み を 利 用 し た 時 と,. Tempo と Density のどちらも解析に用いたときで値のばらつ きに変化がみられた.Tempo は,音源の BPM を算出する関 数で,音源作成の際に MuseScore のソフトウェア上で設定し たメトロノーム記号(♩= 速度)通りの値が解析結果として得 られた.具体的に,ローテンポ(♩= 60)として作成した音 源は 60 BPM,ハイテンポ(♩= 140)として作成した音源は. 140 BPM の解析結果を得た. ただし,60 BPM や 140 BPM という楽譜上のテンポのみを. 208. 2 要因の分散分析の結果においても有意であった(F(1, 7)= 43.805, P < 0.001).他の効果(ロー / ハイ設定,及びその交互 作用)は有意ではなかった(P ≧ 0.05) . テンポ指数においても短調,長調,それぞれの曲においてロー テンポ設定とハイテンポ設定の効果が明確に示され(図 4(B) ) ,. 2 要因の分散分析の結果においても有意であった(F(1, 7)= 207.438, P < 0.001).ただし,テンポ指数に関してはモード指 数と異なり,本来,変更がないはずの短調 / 長調設定に関して も影響が表れ,長調にした場合にテンポ指数がわずかに減少 するという現象が観察された(F (1, 7) =8.437, P < 0.05) ..
(5) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2 感性評価研究用クラシック音楽データベース構築の試み. 図 4 モード指数(A)及びテンポ指数(B)に対する各設定条件の効果. 4. 考 察. これら 2 要因は,ヒトの感性に強い影響を与える二大要因とし て多くの先行研究で着目されてきた[28-30] .そのため今後,. 4.1 結果のまとめ 本研究では,ヒトの感性に強い影響力を持つと考えられる. 他の多くの要因を追加していく際にも,モードとテンポを 中心とした DB 化を続ける予定である.. クラシック曲を素材とした感性音楽 DB を効率的かつ高い クラッシック音楽 4 曲と単純和音の繰り返しによる 4 曲を選定. 4.3 感性音楽 DB の効率的構築に向けた曲調変更手法 本研究のオリジナリティは,感性音楽 DB を効率的に構築. した.次に,作曲ソフトを用いて各曲に関してモード(短調 /. するために,モードやテンポが異なる多数のクラシック曲を. 長調)とテンポ(ハイテンポ / ローテンポ)のどちらか,あるい. 1 曲ずつ選 んでくるのではなく,元の曲がどのようなもので. は両方を変更する操作を行い,4 種類のカテゴリの曲のセット. あってもその曲にモードとテンポの変更を行うことで「姉妹曲」. (姉妹曲)を生成した(長調でハイテンポ,長調でローテンポ,. を生成する点にある.今回使用した Musescore のような作曲. 信頼性のもとで構築するための新手法を提案した.まず,. 短調でハイテンポ,短調でローテンポ) . さらにこの操作の妥当性を検証するため,AI 技術とともに. ソフトは,無料のものも含めて多種類が一般に普及しており, 基本的な操作はそれほど複雑ではない.しかも,主要な製品. 近年普及が進んでいる MIR 技術を用いた定量的解析を行った.. に関してはメーカーやユーザーグループによって多くのクラ. その結果,多くの曲が意図したカテゴリの曲調の範囲に位置. シック曲の楽譜データにアクセスできるようになっている.. していることが明らかとなった.今回の手法を用いて多数の. 今回行ったモードやテンポの変更も,ある程度の音楽的知識. クラシック曲及びその姉妹曲を準備することができれば,物理. があれば誰でも可能であり,変更した曲も即時に聴いて確認. 的特徴に基づきつつも多様な感情状態を誘発する可能性のあ. することができる.本論文では具体的な印象に関する記述は. る有効な音楽 DB が構築できると期待できる.. 避けるが,これらの操作によって同じ曲でもモードやテンポ. 以下に,本研究において重要と考えられる幾つかの検討事 項に関して考察を行う.. が異なることによって喚起される感情状態にも変化があるこ とが即座に実感できる. 一方,この操作によってリスナーにとって聞き慣れた曲と,. 4.2 感性音楽 DB において着目すべき要因の選定 本研究では,音楽を規定する多数の要因のうち 2 つに限定し て操作し,かつそれらの要因に対応する 2 つの指標で解析を 行った.その狙いは DB に含まれる各曲の関係を地図的に可視. そうでない曲という特性の差も生じさせると考えられる.. 化することである.また,これによって多変量を扱いつつも. て,既知 / 未知によるデータベースの偏りを相殺できると考え. 最終的に 2 要因(2 軸)で表現されることが多い心理評定[25]. た.また,こうすることで既知であることの影響を調べたり,. や生理計測[26,27]の結果とも比較が容易になると考えら. オリジナルのモードとの効果を比較したりすることも可能と. れる.. なる.ただし,必ずしもすべてのリスナーにとってオリジナルの. このような観点のもとで 2 つに絞ることになった曲調の要因 として,すぐに有力候補となったのがモードとテンポである.. 実際,楽曲への親しみの違いが喚起される感性にも変化を起こ すことが知られている[31] .我々はオリジナル版(既知)の刺 激を長調 / 短調から同数データベースに拡充させることによっ. 曲が既知とは限らないため, 既知 / 未 知の影 響に関しては, 各リスナーの主観的評価の結果も含めた検討が必要となる.. 209.
(6) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2. 4.4 曲調変更に関する効果の検証. 今後,さらに増え続けると考えられる脳科学研究において,. 本研究において行った曲調変更のうち,モード指数に関し. 我々の提案する客観的指標を用いた音楽 DB が, 「音楽が脳に. ては,楽曲を長調⇔短調で転調させることで,93.75% の解読. どのような影響を与えるのか」や「なぜヒトが音楽を好むの. 精度で楽曲を分離することができたが,複雑なクラシック曲. か」などの謎の解明に貢献できると考えている.. では解読失敗も見受けられた.モード指数 0 付近は,長調か. 著者らも本 DB を用いた独自の研究開発に関心を持ってい. 短調かが曖昧であったと解釈できるが,共通のコードに関わ. る.例えば,特定の感情状態を誘発する効果を持つ本 DB を用. る音が多いと,モード変換を行なってもモード指数が大きく. いることで,これまで主流であった選択行動に関する認知型. 変化しない現象が見受けられた.中でも短調であるのにも. の Brain-Machine Interface(BMI) [32]だけでなく,感情状態. 関わらず正の値として解析された「結婚行進曲」の短調版は,. の直接解読型 BMI の開発を効率的に進めることができる.. 複雑な和音と不協和音の影響で,解析の誤差などから長調とし. 特に「欲しい」という気持ちは,一般の人々同様,BMI 技術. て解析されたと考えられる.つまり,曲のモード指数のばら. による意思伝達支援の対象である重度運動機能障がい者. つきは,楽曲の中にどの程度長調らしい(もしくは短調らしい). においても重要な欲求であると考えられる.そこで,今後,. 要素が入ったフレーズがあるかが影響要因として考えられる. 本 DB に含む予定の様々なクラシック曲を商品モデルとして. ため,今後の刺激の選定と「姉妹曲」の作成手法にも更なる. 用いた購買行動シミュレーション実験[33]に活用予定であ. 検討が必要である.一方でテンポ指数に関しては,Density だ. る.また,本 DB 内の各曲がモードとテンポによって規定さ. けでなく,Density と Tempo(BPM)を融合した新たなテンポ. れるどのカテゴリに属するかを判断するような認知課題も. 指標を用いることで,ローテンポとハイテンポがより設定に. 実施可能であるため,そのようなパラダイムを応用した認知. 近い解析結果となった.. 機能評価や認知機能訓練に関しても BMI 技術とも絡めて開発. 解析結果を 4 カテゴリ(長調でハイテンポ,長調でローテンポ,. したいと考えている[34, 35].. 短調でハイテンポ,そして短調でローテンポ)への当てはまり. また,冒頭で述べたようにクラシック音楽による「癒し」の. として考えたとき,音楽構成が複雑なクラシック曲は,理想. 効果[1]は,精神科領域においても重要なテーマと思われる.. の象限と異なる解析結果となったものもあり,一致率は 87.5%. 本 DB を用いて多数の健常者からデータを収集しつつ, うつな. にとどまった.. どの精神疾患や認知症の患者群のデータとも比較することに. 今後は,100%の一致率で計 4 カテゴリに分類すること(図 1). よって,それらの疾患の病態解明や早期発見,さらには治療法. が目標である.サンプル曲数を増やしつつ,DB 構築手法と. の開発にも貢献できると考えている.実際,クラシック音楽を. 評価手法の両面に関して検討を続ける予定である.現段階で. 用いた音楽療法は,副作用が少なく医療費も削減できる非薬. すでに文化の影響を考慮したり,アンケートを実施したりす. 物治療として広く期待されており,専用の CD なども販売さ. ることなく,感性工学研究に役立つ音楽素材 DB を簡便に構. れている[36] .. 築できる可能性を示しているが,我々の構築手法に関しても. 音楽は,聴くだけでなく,演奏することが脳の可塑性に. さらに効率的にかつ妥当な内容の DB を構築できるように改. 与える影響も示されている[37].今後,音楽トレーニング. 善の余地があると考えられる.. のモダリティに関して,それぞれの効果を検証する必要が 指摘されており,演奏する楽曲による効果を調べるために. 4.5 クラシック音楽に着目する意義と応用の方向性 本研究において着目したクラシック音楽の特徴は,その 多様性と普遍性にある.作曲家は人生の喜びや悲しみに関す. 我々の客観的指標をもとに構築された本 DB が役立つはずで ある. このように様々な活用の可能性があることから考えても,. る感性情報を作品に込め,聴き手は優れた演奏家による演奏. 本研究で提唱する手法を用いたクラシック音楽の DB 化を進. を介してその感性情報を脳内に再現する.オペラを除き,. め,その DB を用いた感性評価や脳機能解析,さらには医療 /. クラシック音楽には歌詞がないからこそ,複雑な曲調やストー. 産業応用につなげたいと考えている.DB 構築の協力者やユー. リー性のある表現が好まれ,そこにリアルで多様な感性情報. ザー候補も募集中である.. を反映させられた作品が現代までも高く評価され,好まれて いる.このような特徴を持つクラシック音楽を利用すること によって,多様で普遍的な感性評価用 DB が効率的に構築で きると思われる.. 謝 辞 本研究の一部は,科研費(18H03142) ,TIA かけはし (TK20-. ヒトの感性に与える影響を研究するための多様かつ標準化さ. 064),AMED 医療機器等に関する開発ガイドライン(手引き) 策定事業,AMED 橋渡し研究戦略推進プログラム (筑波大拠点) そして文部科学省「令和 2 年度地域イノベーション・エコシス. れた実験刺激 DB の構築である.DB の活用価値として,基礎. テム形成プログラム」/「つくばイノベーション・エコシステム. 研究では音楽の物理的特徴と喚起される感性の紐づけや,. の構築(医療・先進技術シーズを用いた超スマート社会の創成. 音楽に対する脳内機構の解明などが期待される.クラシック. 事業) 」の支援を受けた.本論文に関して,開示すべき利益相. 音楽を刺激に用いた脳機能計測研究によって,音楽と感性. 反関連事項はない.. 「1. はじめに」で述べたように,本研究の目的は,音楽が. の神経相関についての研究が数多くなされている[13, 14].. 210.
(7) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2 感性評価研究用クラシック音楽データベース構築の試み. 参 考 文 献. to pleasant and unpleasant sounds. Behavioural Brain Research, 380, 112417, 2020.. [1] Yahoo! ニュース:クラシック音楽がコロナ禍で人気急上昇. 若者世代が牽引するクラシック人気の理由とは?,https://. news.yahoo.co.jp/byline/jaykogami/20201007-00201804/ (2020.10.07 閲覧). [2] British Recorded Music Industry’s News: The classical. revival in 2020: a report by BMI, Deezer and the Royal. [15]平江遼,西隆司:感性に基づくクラシック音楽の分類. 日本音響学会誌,64(10),pp.607-615,2008. [16]山崎晃男:音楽と感情についての心理学的研究,人間科学 研究紀要,8,pp.221-232,2009. [17]後藤真孝,平田圭二:音楽情報処理の最近の研究,日本音 響学会誌,60(11),pp.675-681,2004.. Philharmonic Orchestra, https://www.bpi.co.uk/media/2518/. [18]Music Xray, https://www.musicxray.com/(2020.10.07閲覧) .. the-classical-revival-2020_final.pdf(2020.10.07 閲覧).. [19]Spotify: Get Audio Features for a Track, https://developer.. [3] Lang, P. J., Bradley, M. M., and Cuthbert, B. N.: International. affective picture system (IAPS): Affective ratings of pictures and instruction manual (Report No.A-8). University of Florida,. spotify.com/documentation/web-api/reference/tracks/getaudio-features/(2020.10.07 閲覧). [20]learn data science: Spotify の 76,000 曲の属性データを分析. NIMH Center for the Study of Emotion and Attention,. した結果、J-Rock は Rock というよりむしろ Punk だった,. Gainesville, FL, 2008.. Unpacking data science one step at a time (May 15, 2018),. [4] Marchewka, A., Zurawski, Ł., Jednoróg, K., and Grabowska,. https://blog.exploratory.io/spotify の 76-000 曲 の 属 性 デ ー. A.: The Nencki Affective Picture System (NAPS): intro-. タを分析した結果 -j-rock は rock というよりむしろ punk. duction to a novel, standardized, wide-range, high-quality,. だった -250bf340daeb(2020.10.07 閲覧).. realistic picture database. Behavior Research Methods, 46(2), pp.596-610, 2014. [5] 山田クリス孝介,野村忍:NIRS による映像視聴時の前頭 前 野 活 動 の 評 価, バ イ オ フ ィ ー ド バ ッ ク 研 究,37(2),. pp.91-96,2010.. [21]Lartillot, O., and Toiviainen, P.: A matlab toolbox for. musical feature extraction fromfrom audio. International Conference on Digital Audio Effects, Bordeaux, 2007. [22]Lartillot, O., Toiviainen, P., and Eerola, T.: A matlab. toolbox for music information retrieval, In Preisach, C.,. [6] 柳澤一機,綱島均:NIRS を用いた視覚刺激呈示時の快・. Burkhardt, H., Schmidt-Thieme, L. and Decker, R. (eds.),. 不快刺激の評価,生体医工学第 53 巻特別号(第 54 回日本. Data analysis, machine learning and applications. Studies in. 生体医工学会大会),pp.164,2015.. Classification, Data Analysis, and Knowledge Organization,. [7] Bradley, M. M., and Lang, P. J.: The international affective. digitized sounds: affective ratings of sounds and instruction. Springer-Verlag, 2008. [23]上原有里,川村隆浩,清雄一,田原康之,大須賀昭彦:. manual (Technical Report No.B-3). University of Florida,. 音楽情報処理のための Linked Data 収集・分析基盤の構築,. NIMH Center for the Study of Emotion and Attention,. 人 工 知 能 学 会 研 究 会 資 料,SIG-SWO-039-08,pp.1-10,. Gainesville, FL, 2007. [8] Yang, W., Makita, K., Nakao, T, et al.: Affective auditory. 2016. [24]MuseScore: https://musescore.org/(2020.10.07 閲覧).. stimulus database: an expanded version of the International. [25]Russell, J. A.: A circumplex model of affect. Journal of. Affective Digitized Sounds (IADS-E). Behavior Research. Personality and Social Psychology, 39(6), pp.1161-1178,. Methods, 50(4), pp.1415-1429, 2018. [9] Munsell, A. H.: A color notation. MUNSELL Color. Company, 1947. [10]Plutchik, R.: A general psychoevolutionary theory of. emotion. In Plutchik, R., and Kellerman, H. (eds.), Emotion: Theory, research and experience, Theories of emotion (Vol.1, pp.3-33), Academic Press, New York, 1980.. 1980. [26]Matsumoto, N., Okada, M., Sugase-Miyamoto, Y.,. Yamane, S,. and Kawano, K.: Population dynamics of face-responsive neurons in the inferior temporal cortex. Cerebral Cortex. 15(8), pp.1103-1112, 2005. [27]藤村友美,長谷川良平:事象関連電位による刺激類似度の 評価,日本感性工学会論文誌,16 (3) ,pp.271-275,2017.. [11]Garg, N., Sethupathy, A., Tuwani, R., et al.: FlavorDB:. [28]藤澤隆史,Cook, N. D,長田典子,片寄晴弘:和音認知に. a database of flavor molecules. Nucleic Acids Research,. 関する心理物理モデル,情報処理学会研究報告,2006-. 46(D1), pp.D1210-D1216, 2018.. MUS-66,pp.99-104,2006.. [12]谷口高士:音楽と感情 −音楽の感情価と聴取者の感情的反 応に関する認知心理学的研究,北大路書房,1998. [13]Koelsch, S.: Brain correlates of music-evoked emotions.. Nature Reviews Neuroscience, 15(3), pp.170-180, 2014. [14]Klepzig, K., Horn, U., König, J., Holtz, K., Wendt, J.,. Hamm, A. O., and Lotze, M.: Brain imaging of chill reactions. [29]楠瀬理恵,井上健:音楽作品の調性が感情に及ぼす影響に ついて:精神生理学的検討,臨床教育心理学研究,35,. pp.1-7,2009. [30]大 島 千 佳, 中 山 功 一, 伊 藤 直 樹, 西 本 一 志, 安 田 清, 細 井 尚 人, 奥 村 浩, 堀 川 悦 夫:MusiCuddle を 利 用 し た 長調/短調の違いによる感情変化.情報処理学会研究報告,. 211.
(8) 日本感性工学会論文誌 Vol.20 No.2. 2013-MUS-100(1),pp.1-6,2013. [31]Pereira, C. S., Teixeira, J., Figueiredo, P., Xavier, J., Castro. 竹原 繭子(非会員). 2017 年 筑波大学生命環境学群地球学類卒業.2019 年 同大学大学. S.L., and Brattico, E.: Music and emotions in the brain:. 院生命環境科学研究科地球科学専攻修士課程修了.修士(理学) .. familiarity matters. PLoS ONE, 6(11), e27241, 2011.. 2019 年 民間企業(地理情報システム関連)に入社.2020 年 筑波. [32]長谷川良平: 脳波 BMI 技術を用いた実用的意思伝達シス. 大学大学院理工情報生命学術院生命地球科学研究群地球科学. テム,電子情報通信学会誌,95(9),pp.834-839,2012.. 学位プログラム博士後期課程に復学し,現在に至る.産業技術. [33]長谷川良平,中村美子,長谷川由香子,澤畑博人:購買意. 総合研究所人間情報研究部門(2018 年 8 月∼ 2019 年 3 月)及び. 思による事象関連電位の修飾 −仮想ショッピング課題を. 人間情報インタラクション研究部門(2020 年 5 月∼)にて RA に. 用 い て − , 日 本 感 性 工 学 会 論 文 誌 , 18(1),pp.105-111,. 従事.SAT テクノロジー・ショーケース 2019 および 2021 にて. 2019.. 学生奨励賞受賞(大学生・大学院生の部) .第 49 回(2020 年度). [34]長谷川良平,中村美子:標的選択課題遂行中の事象関連 電位の特性 −認知機能評価システムの開発を目指して−,. リバネス研究費フォーカスシステムズ賞受賞.一般社団法人日本 ニューロテクノロジー推進センター理事に就任(2020 年 8 月∼) .. 日本感性工学会論文誌,19(1),pp.89-96,2020. [35]長谷川良平,中村美子,跡部悠未,竹原繭子:事象関連. 松本 有央(非会員). 電位による認知機能訓練システムの開発 −高齢者の認知. 1999 年 大阪大学基礎工学部生物工学科卒業.2001 年 奈良先端科. 症予防向けアクティビティへの応用を目指して−,日本感. 学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程修了.修士(工学) .. 性工学会論文誌,20(1),pp.49-57,2021.. 2003 年 埼玉大学理工学研究科博士後期課程修了.博士(工学).. [36]Universal Music Japan:最新・健康モーツァルト音楽療法. 科学技術振興機構のポスドクを経て,2004 年 産業技術総合研究. BOX(6CD),https://www.universal-music.co.jp/wago-. 所に入所.現在,同・人間情報インタラクション研究部門脳数理. haruhisa/products/uccg-90299/(2020.10.07 閲覧).. 研究グループのグループ長(2020 年 4 月∼).. [37]Kraus, N., and Chandrasekaran, B.: Music training for the. development of auditory skills. Nature Reviews Neuroscience,. 長谷川 良平(正会員). 11(8), pp.599-605, 2010.. 1997 年 京都大学大学院理学研究科博士課程卒(京大霊長類研究所 にて神経生理学を専攻,理学博士) .米国国立衛生研究所などの 研究員を経て,2004 年に産業技術総合研究所に入所.現在,同・. 山本 泰豊(非会員). 人間情報インタラクション研究部門上級主任研究員.2010 年,. 2020 年 茗溪学園中学校高等学校(国際バカロレアディプロマ・. 重度運動機能障がい者のコミュニケーション支援を目的とした. プログラムコース)卒業.日英両語バイリンガル・ディプロマ. 脳波による意思伝達装置「ニューロコミュニケーター」の試作開発. を取得.コロナ禍の影響で米国の大学への進学を延期し,同年. に成功.SAT テクノロジー・ショーケース 2013 ベスト産業実用. 産業技術総合研究所人間情報インタラクション研究部門技術研. 化賞受賞.2011 年からは福井大学(連携大学院)工学研究科・. 修員に就任.現在に至る.幼少期よりバイオリン演奏を習い,. 客員教授を,2019 年からは名古屋大学予防早期医療創成セン. 2016 年 ウラジオストク青年国際コンクール(バイオリンの部). ター・客員教授を兼務.一般社団法人日本ニューロテクノロジー. 準優勝.一般社団法人日本ニューロテクノロジー推進センター. 推進センター理事長兼センター長に就任(2020 年 7 月∼) .. 理事に就任(2020年 8月∼).2021年 9月から,米国スタンフォー. 連絡先〒 305-8560 茨城県つくば市梅園 1-1-1 中央第 1(情報棟),. ド大学に進学予定.. 長谷川:[email protected]. 212.
(9)
図
関連したドキュメント
*② 陽性または陰性コントロールスワブのアルミパウチを開封 し、開封した抽出用バッファーに浸します。抽出用バッ
ヒトへの影響については、0.05 ppm の濃度では特に何も感じず、0.05〜1.5 ppm で神経生理 学的所見がみられ、嗅覚閾値は 0.05〜1.0 ppm
転倒評価の研究として,堀川らは高齢者の易転倒性の評価 (17) を,今本らは高 齢者の身体的転倒リスクの評価 (18)
We traced surfaces of plural fabrics that differ in yarn, weave and yarn density with the tactile sensor, and measured variation of the friction coefficients with respect to the
本研究所は、いくつかの出版活動を行っている。「Publications of RIMS」
※ 硬化時 間につ いては 使用材 料によ って異 なるの で使用 材料の 特性を 十分熟 知する こと
廃棄物の排出量 A 社会 交通量(工事車両) B [ 評価基準 ]GR ツールにて算出 ( 一部、定性的に評価 )
本稿で取り上げる関西社会経済研究所の自治 体評価では、 以上のような観点を踏まえて評価 を試みている。 関西社会経済研究所は、 年