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宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第2号 2016年8月1日
高等学校における特別支援教育の推進に関する実践
†
―T県立A高等学校における実践を中心に―
石塚 陽子
*
・池本喜代正
**
栃木県立上三川高等学校
*
宇都宮大学教育学部
**
文部科学省の調査結果(2009)によれば,発達障害等の困難のある中学3年生のうち75.5%が高等学校に
進学していると報告されている。一方,国立特別支援教育総合研究所の意識調査 (2011) の結果では,高等
学校の教員の約8割が特別支援教育の必要性を認識しているが,その実施について「難しい」又は「できな
い」としている教員が4割以上いることが示された。これらの状況からも高等学校において特別支援教育の
推進に関して課題があることが指摘できる。そこで本研究では,ある高等学校において特別支援教育の推進
に関する実践を行い,その成果と課題について検討を行った。その結果,実態調査と校内研修により発達障
害に対する理解や生徒の特性に応じた支援に対する教員の関心を高めることができた。そして,対象者に関
する事例研究会において共通理解を図り,その生徒に対する支援によって生徒本人に良い変容が現れてきた。
高校においても発達障害生徒に対する支援は喫緊の課題であり,教員の特別支援教育に対する意欲と理解を
喚起する研修や具体的な支援方法の検討が必須の課題であることが指摘できる。
キーワード:特別支援教育,高等学校,発達障害,校内体制
Yoko ISHIDUKA*, Kiyomasa IKEMOTO**:
A Study on Promotion of Special Needs
Education in a High School
Keywords : Special Needs Education, High
School, Developmental Disabilities
* Kaminokawa Senior High School
** Faculty of Education, Utsunomiya University
(連絡先 :[email protected] 著者2)
Ⅰ 高等学校の特別支援教育の現状と課題
文部科学省の「発達障害等困難のある生徒の中学
校卒業後における進路に関する分析結果」(2009)
によれば,発達障害等困難のある中学3年生のうち
75.5%が高等学校に進学していると報告され,高等
学校にも特別な支援を必要とする生徒が多く在籍し
ていることが確認された。
高等学校ではそれらの生徒に対してこれまでも生
徒指導や教育相談の観点から指導が行われてきた
が,文部科学省の「生徒指導提要」(2010)には発
達障害の生徒に対する指導の在り方が取り上げら
れ,特別支援教育の視点から組織的・体系的に全校
体制で指導を進めることが重要であることが明示さ
れている。
しかし国立特別支援教育総合研究所が実施した意
識調査(2011)の結果によると,高等学校の教員の
うち8割近い教員が特別支援教育を必要としている
にも関わらず,「できるか」の問いには「できると
思う・工夫すればできる」と「現状では難しい・で
きない」に大きく答えが二分されている。「難しい
又はできない理由」としては「指導・支援する人が
いない」が最も多く,次いで「忙しくて余裕がない」
「話し合い,情報交換する時間が取れない」「支援の
仕方が分からない」等が挙げられており,高等学校
における特別支援教育の推進に関して,教員の特別
支援教育に関する専門性の向上や校内支援体制の構
築等,依然として課題が多いことが指摘できる。
Ⅱ 研究の目的及び方法
高等学校において特別支援教育を推進するために
は,教員の特別支援教育に関する専門性の向上を図
り,生徒の良い特性を活かした支援を実践すること
でその有効性を教員が実感することが重要であると
考えた。そこで本研究ではT県立A高等学校におい
て実施した実態調査,校内研修,そして発達障害が
疑われる生徒に関する事例研究会とともに,その生
徒に対する支援の実践を通して,高等学校における
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特別支援教育を推進する上での意義と課題について
検討することを目的とする。
Ⅲ T県立A高等学校における実践の概要
1.A高等学校の概要
T県立A高等学校は男女共学の普通科高校であ
る。平成26年度の進路状況は,大学短大への進学が
約3割,専門学校への進学が約4割,就職等が約3
割である。特別支援教育の校内支援体制では,校内
支援委員会が設置され,特別支援教育コーディネー
ターの指名もなされているが,有効に機能している
とはいえない状況であった。
2.「発達障害の可能性のある生徒に対する教育的
支援に関する実態調査」の実施(7月)
全学年の学級担任及び副担任(24名)を対象に
アンケート調査を行った。その結果,全校生徒約
500名のうち学習面や行動面に困難がある生徒が
約4.2%在籍していることが確認された。障害の種
別としてはLD 1.1%,ADHD 1.5%,ASD 1.7%と
ASDの可能性のある生徒が最も多く,学年別では
1年5.6%,2年4.4%,3年2.5%と学年が上がるにつ
れて割合が低くなる傾向が見られた。「教員がそれ
らの生徒への対応に関して困っていること」として
は,学習面に関することの記述は1件のみで,その
他は全て行動面に関する記述(10件)であった。生
徒に対して個人的に何らかの支援を行っている教員
は約7割であり,支援の内容としては「定期的な面
談」「座席の配置」「教材の視覚化」「簡潔な指示」
等で,教員が独自の判断で行っているものが殆どで
あった。「校内支援体制の構築のために必要なこと」
としては,70%以上の教員が「教員間の共通理解」「保
護者との連携」を挙げており,これまでの生徒指導
体制が強く影響していることが窺えた(図1)。また,
「個別の指導計画の作成」や中学校等外部機関との
連携についてはいずれも30%未満であった。
3.校内研修の実施(8月)
全教職員を対象に「発達障害への理解と対応」と
いうテーマで校内研修を実施した。研修内容は「発
達障害の種類と定義」「発達障害の要因の理解」「学
校生活で見られる困難さ」「障害体験」「A高等学校
における事例」「対応方法」「二次的障害」とした。
管理職を含め全教職員の約8割の出席があり,熱心
な研修会となった。研修後には「知らないことがた
くさんあり勉強になった」「現在までの自分の指導
を反省した」「社会に出てから少しでも本人の困難
さが解消されるように配慮・支援したい」「事例研
究会を実施してほしい」等の感想や要望が聞かれた。
4.発達障害の可能性のある生徒への支援の実践
(1)対象者について
対象者のタカシ(仮名)はA高等学校の2年生で
ある。中学時代に自閉症情緒障害特別支援学級に入
級していたことがあり,保護者からは高校入学時に
ASDではないかとの申し出があった。
(2)実態把握(9月・10月)
①「行動の気になる生徒のチェックリスト」による
アセスメント
タカシの担任と副担任に千葉県総合教育センター
(2012)のチェックリストによるアセスメントを実
施してもらった。その結果,タカシには「対人関係」
「コミュニケーション」「変化適応」「粗大運動」に
弱さが認められた(図2)。また,アセスメントの
際にタカシの生育歴と学校生活の様子等について聞
き取り調査も実施したが,アセスメントの結果と同
様の特性が窺える内容であった。
②各教科におけるタカシの状況に関する調査
タカシの授業を担当する各教科担任(6教科9科
目)及び部活動顧問の計10名を対象に,自由記入方
式で状況調査を行った。タカシ本人の「困り感」よ
りも教員の「困り感」に着目した回答もあり,タ
図1 校内体制構築のために必要だと思うこと
図2 タカシの「行動チェックリストレーダチャート」
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カシの特性に対して教員の誤解があることが窺えた
(表1)。対応に関しては,その場ですぐにできるこ
とを各教員が工夫して行っているようであったが,
対処療法的な対応が多く,タカシの困難さを改善す
るための指導はほとんどなかった。
③授業観察(10月)
特にカタシが苦手とする家庭科の授業における学
習の 様子を校長,教頭と共に1単位時間観察した。
裁縫等の苦手な作業がなかったため,タカシは比較
的落ち着いているように見えた。しかし,教師の発
問に対して指名される前に答える等の行動から,興
味のあることへのこだわりの強さや衝動性の高さが
窺えた。タカシの唐突な発言等に対して周囲の生徒
は特に気にする様子もなく,級友にはタカシの特性
がよく理解されているようであった。
④「高校生の対人関係スキルに関する調査」の実施
タカシの社会的スキルに対する自己評価と必要
度の結果から支援すべきスキルの抽出を行うため
に, 船 橋 法 典 高 等 学 校(2009) の「KiSS-18法 典
Version」に準じた内容の調査用紙を作成し,クラ
ス全員で回答してもらった。その結果,タカシはパ
ニックやトラブルの処理については難しさを感じて
おり,その対処方法の必要性も感じていた。しかし,
最も自己評価の低い「(係や委員会の)仕事をする
ときに,何をどうやったらよいか決められますか。」
に対しては必要性を感じていないことがわかった。
(3)タカシの「ICF支援シート」の作成
実 態 把 握 の 結 果 か ら タ カ シ の 行 動 に はASDと
ADHDの傾向があり,特にASDの特性が強いこと
から学校生活における困難さが生じていることが考
えられた。そこでタカシの特性に応じた支援が必要
であると判断し,タカシに関する「ICF支援シート」
を作成して具体的な支援の目標と手立てを設定した
(図3)。
ア)「A児の上手くいっているところ」
・学習に取り組もうとする意欲がある。
・疑問に思ったことはすぐに質問できる。
イ)「A児が困っているところ」
・授業中に個人的な質問を突然することがある。
・他の生徒への質問に先に答えてしまう。
・図形や立体物を扱う作業,ボール運動が苦手だ。
ウ)「教員が困っているところ」
・苦手なことに直面すると「できない」を連呼し,すぐに
対応されないと騒いでしまう。忍耐力が乏しい。
・じっくり演習に取り組めず,すぐに解答してもらいたがる。
・他の生徒の発言に過剰に反応する。
エ)「教員が配慮・工夫していること」
・他の生徒のためになる質問はクラス全体で共有する。
・適当に話題を変えて授業に取り組めるようにしている。
・図形問題は図が下手でも大丈夫だと安心させる。
表1 各教科におけるタカシの状況
図3 タカシの「ICF支援シート」
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(4)タカシに関する事例研究会の実施(10月)
タカシの行動特性と支援について共通理解を図るた
め,教頭,特別支援教育コーディネーター,養護教諭,
学年主任,担任,教科担任及び筆者の計12名が参加
し,タカシに関する事例研究会を行った。特別支援教
育コーディネーターの司会で「ICFの理解」「タカシの
実態把握の結果」「支援の目標・手立て・支援の場面・
担当者」について話し合った。ICF支援シートを活用
したことで教員が各項目の相互作用からタカシを捉え
直し,「タカシの思い」や「タカシの良い面」に着目す
ることができるようになった。タカシの特性に対する
理解が深まると,参加教員から特性に合わせた支援の
手立てに関するアイデアが次々に出され,学年の共通
理解のもとで一貫した支援を行うことが確認された。
(5)タカシに対する支援と変容
事例研究会の結果をもとに,タカシに対する支援
を行った結果,タカシの活動と参加の様子に良い変
容が見られた(表2)。タカシは支援が始められて
から学校生活における活動と参加が上手くいくよう
になり,「この学校に入学してよかった」と満足感
を表していた。また,教員による支援からタカシ自
身が生活や対人関係のスキルを少しずつ習得できる
ようになり,それまで一方的だった周囲との関わり
が相互的な関わりへと改善された。タカシへの支援
をとおして,担任は「タカシは苦手なことを嫌がる
ので,『何もできない子』だと思っていたが,『一つ
一つ丁寧にやり方を説明すればできる子』なんだと
分かった。」とタカシに対する見方が変化したこと
を述べた。その他の教員からもタカシに対する支援
の効果から「指導に自信がついた」等の感想が聞か
れ,校内研修や事例研究会の内容をヒントに工夫し
ながら支援を継続している様子が報告された。
Ⅳ 実践の成果及び今後の課題
本研究では高等学校において特別支援教育を推進
するために,A高等学校において実態調査,校内研
修,発達障害の可能性のある生徒に関する事例研究
会と支援を行い,次のような成果があった。
実態調査と校内研修により,教員の発達障害への理解
や特性に応じた支援に対する関心が高まり,生徒の実態
をきちんと受け止めることができるようになった。事例研
究会では,対象者の特性が教員に正しく理解されることに
よって支援の目標と手立てが設定しやくなり,また,より具
体的なものになった。そして,支援の目標と手立てを共有
することによって教員の支援チームとしての団結力を高め
ることができた。実践では,教員によるタカシの特性を活
かした支援により,タカシの行動や心理面に良い変容をも
たらすことができた。そのことが教員の支援に対する自信
や特別支援教育推進への原動力となることが確認できた。
本研究における対象者への支援の成果は学年会を主体
とした一部の教員によるものである。今後は校内支援委
員会の機能を活用し,全校体制で全ての特別なニーズの
ある生徒に対して特別支援教育の実践を続けていきたい。
《主な引用・参考文献》
・文部科学省(2009)発達障害等困難のある生徒の
中学校卒業後における進路に関する分析結果 概要
・独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所(2011)
発達障害のある子どもの学校教育における支援の在
り方に関する実際的研究,研究成果報告書
・千葉県総合教育センター(2012) 高等学校におけ
る学びを支えるための支援ガイドブック,
・船橋法典高等学校(2009) 平成20年度「高等学校
における発達障害支援モデル事業」中間報告書
平成28年 3月24日 受理
表2 タカシに対する支援の結果