バーナード理論と組織の経済学 : すれ違う2 つの
「組織科学構想」
著者
庭本 佳和
雑誌名
経済学論究
巻
69
号
2
ページ
61-89
発行年
2015-09-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/13703
バーナード理論と組織の経済学
すれ違う 2 つの「組織科学構想」
A Study of the Economics of
Organization from the Viewpoint of
Barnard’s Theory
庭 本 佳 和
C. I. Barnard observed in the last chapter of his book The Functions
of the Executive (1938) that there was a need for, but we did not
have a “science of organization” (in his words, there is no science of organization or of co¨operative systems).
O. I. Williamson, being the famous researcher of transaction cost economics, gave attention to Barnard’s words and suggested a conception of “new science of organization.”
This article compares the conception by Williamson to a conception of “science of organization” on the basis of Barnard’s theory. It is argued that these two theoretical positions differ in the concept of “organizational boundaries” and the method for grasping phenomenon.
Yoshikazu Niwamoto
JEL:M100
キーワード:組織の科学、組織の境界、行動知、内的視点、行為的直観
Keywords:science of organization; boundary of organization; behavioral knowl-edge; internal point of view; action-intuition, knowing in action
I バーナード理論と経済学の交叉
法学や経済学と比べて、経営学は若い学問である。その歴史もたかだか百 年あまりしかない。もちろん、経営現象の内実をなす組織・管理現象は人類の 歴史とともにある。群れ暮らすことが協働の基盤だが、敏捷さも力もない人間 は、狩りをはじめ、何をするにも協働せざるを得なかった。法が成立する前か
ら、組織し、管理してきたのである。その編成の仕方や獲物の配分方法が、人 類最初の法であったに違いない。それら一部はやがて原始共同体、さらに村落 共同体の暗黙のルールとなり、現代に繋がる法となっていったと思われる。 プリミティブな段階でも協働は効率を高める専門化を生む。その協働が生存 水準を超える財の生産を可能にし、余剰を交換に回すようになると、経済現象 の発現だ。おそらく組織現象が経済現象に先行したであろう。 古代における組織や管理の存在を形で示しているのが、巨大な遺跡や建造 物である。これを目の前にすると、どれほどの協働とそれを支える手立て、つ まり組織や管理の知識やスキルが必要だったかは、誰でもわかる。もっとも、 それを必要としたのは、古代から近代に至るまで主として国家であり、支配者 だった。協働を必要とする事業は、しばしば政治として決定され、定められた 法の執行=行政として遂行されたこともあって、それらを対象にした学問は政 治学や行政学として成立した。血は繋がっていないが、いわば経営学の祖先だ。 国家とそれに類する経営体以外に、組織や管理を問題にせねばならない経営 体が現れたのは、産業革命後である。それが一定規模に達した企業であり、そ のダイナミックな活動は従来の学問では捉えきれなかった。ここに経営学はよ うやく対象を得た。だが、学問の成立は対象現象の出現よりさらに遅れる。前 史を含めて経営学の歴史が百数十年しかないのは、そのためだ。 今日、企業の発展は質量とも凄まじく、組織や管理は誰でも経験する現象 となった。それらは企業を超えて広がり、その考察を引き受けた経営学の対象 は、今や国家や都市、大学などの経営体にまで及ぶ。NPO(非営利組織)も 当然その対象である。管理的(「経営する」という)視点からの組織の考察が 現代経営学の成立基盤だとすれば、組織と管理の動態を明らかにしたバーナー ド(Barnard,C.I.)の貢献は極めて大きい。それは経営学にとどまらない。現 代社会が組織社会ゆえに、その理論的影響は社会科学分野全般に及んでいる。 この点を捉えて、フランスの政治学者ジュブネル(Jouvenel,B.de)は「経済 学でケインズ革命というのなら、政治学ではバーナード革命というべきであろ う」1)と述べている。その割には、バーナードの知名度は低く、スミス、マル 1) 飯野春樹『バーナード研究』文眞堂[1978]、40 頁、148 頁。筆者はこれに与しない。バーナー ド理論の革命的意義はむしろ方法(科学観)の差異ないし転換にある。
クス、ケインズ、ウェーバーといった社会科学の巨人の足元にも及ばない。経 営学分野に限定しても、バーナードはドラッカーのはるか後塵を拝している。 ジャーナリストとして職業生活を始めたドラッカーの文筆力は優れており、 そこに展開されている論理以上に、人々の琴線に触れる。それがドラッカー 人気の秘密でもあるが、人々の胸に響いたドラッカーの言葉、たとえば経営的 にも意味をもつ「企業の目的は顧客の創造」、「利益は事業の継続費用」などを 引き出したヒントの源泉が、おそらく、バーナード理論の「顧客を含む組織定 義」、「利益は産業システムの継続費用」にある。ドラッカーはバーナードを意 識していたことを自著『傍観者の時代』の中で告白している。 ドラッカー自身が影響を受けた経営学ではもちろん、他の社会科学に与えた 影響になると、バーナードはドラッカーを凌駕する。 たとえば、経営学と行政学を必ずしも区別しないアメリカでは当然として も、わが国の行政学書の多くにバーナードへの論及がある。社会学への影響 も大きい。アメリカ社会学の創始者ともいえるパーソンズ(Parsons,T.)も影 響を受けた一人で、「行為システムという概念はバーナードの協働システムの 延長上にある」2)と社会学者の塩原勉は見ている。また社会学者として名高い ホマンズの『人間集団論』(1951)で最も多く引用されているのがバーナード であった。価値創造的リーダーシップをバーナードから受け継いだP.セルズ ニック(Selznick)3)もTVA研究(1949)で高名な社会学者である。 それにもかかわらず、バーナード理論と最も交叉し、影響を受けた社会科学 は、おそらく経済学であろう。「完全合理性」と「最適解」に代わる「限定合 理性」と「満足原理」4)を提示して1978年度ノーベル経済学賞を受賞した経 営学を出自とするH.A.サイモン5) はもちろん、 K.ボールディングも自らの 2) 塩原勉「バーナードと社会学」加藤勝康・飯野春樹編『バーナード─現代社会と組織問題』文眞 堂、1986 年、115 頁。 3) バーナードの主著(1938)も参考にしているだろうが、セルズニック『組織とリーダーシップ』 (1957)は時間的に前後するが、バーナードの 1958 年論文の直接的反映だ。この事情は庭本 『バーナード経営学の展開』文眞堂、2006 年、369 頁。 4) 「誘因−貢献」関係を個人の主観的満足でバランスさせるバーナードを精緻化。
組織理解に関するバーナードからの知的恩恵を率直に表明している6)。著名な 制度経済学者・J.K.ガルブレイスもまた、最も有名な組織定義がバーナードに よってなされた「二人以上の人々の意識的に調整された活動ないし諸力のシス テム」であり、「調整」がこの定義で極めて重要な言葉であることも承知して いた7)。 1960年代∼1970年代は、このサイモンを介して8)、あるいはボールディン グを通して、その後はO.E.ウィリアムソン(Williamson)9) などによって、 バーナードの考え方は経済学にも浸透し、時にその修正を迫るものであった。 今日隆盛の企業の経済学(組織の経済学)にも幾許かの貢献を為した。社会経 済学者のパーソンズは、企業を社会構造のない意思決定点と扱う経済理論に対 する最も優れた修正が組織論によってなされたとして、バーナード『経営者の 役割(The Functions of the Executive)』を挙げ、「当時彼が社長をしていた ニュージャージー・ベル・テレフォン会社は高度に複雑な組織であって、けっ
田武彦・高柳・二村訳『経営行動』ダイヤモンド社、1965 年(該当頁なし)。二村・桑田・高尾・ 西脇・高柳訳『新版 経営行動』ダイヤモンド社、2009 年、xvii 頁。サイモンは組織均衡論な ど多くをバーナードに負っているが、「満足解」とともにノーベル賞(1978)受賞事由の「限 定合理性」もバーナードが暗黙裡には示していることを、自叙伝(Models of My Life, The MIT Press, 1996. 安西祐一郎・安西徳子訳『学者人生のモデル』岩波書店、1998 年、135 頁)で明らかにしている。
6) Boulding, K.[1956]The Image, University of Michigan Press, p.153. 大川信明訳 『ザ・イメージ』誠信書房、1962 年、189 頁。
7) Galbraith, J.K.[1967]The New Industrial State, Hamish & Hamilton(Pelican Books), 1969, p.137.
8) サイモンを引用する K. アローや H. ライベンシュタインの著作がそれを示している。K. J.
Arrow[1974]The Limits of Organization, W.W.Norton& Company. 村上泰亮訳『組 織の限界』岩波書店、1976 年。Leibenstein H.[1976], Beyond Economic Man, Harvard University Press.
9) ウィリアムソンは自著(Williamson, O.E.[1975]Market and Hierarchies, The Free
Press. 浅沼萬里・岩崎晃訳『市場と企業組織』日本評論社、1980 年)で、バーナードを引用し ているだけでなく、バーナードの主著『経営者の役割(The Functions of the Executive)』 (1938)出版 50 周年を記念して、シンポジウムを開催し、その出版も行っている(Williamson,
O.E. ed.[1990]Organizations Theory:From Chester Barnard to Present and
Beyond, Oxford University Press. 飯野春樹監訳『現代組織論とバーナード』文眞堂、1997
して点のような意思決定体ではなかったのです」と語っている10)。 バーナードの主張を真摯に受け止め、早くにパーソンズの指摘する組織論的 修正をはかった経済学者の一人が、『企業成長の理論』(1959)11) を執筆した E.T.ペンローズだ。彼女は、バーナードにも言及しつつ12)、会社を管理組織 体にして経営資源集合体と認識して理論を展開し、経営学にも大きな影響を及 ぼしたが13)、経済学では長く少数派であった。だが、企業に成長をもたらす 知識には、科学的探究によって獲得される外生的知識以外に、現場からもたら される技術、スキル、ノウハウを含むという彼女の認識は、バーナードの行動 知・身体知とも一部で重なり、この点に限れば、シュンペーターをも超えてい よう。 このようにバーナードの限定的継承者あるけサイモンをはじめ、さまざまな ルートを経由して、バーナード理論は経済学に浸透していったが、コースの取 引コスト論を継承したウィリアムソンなどの手により14)、「組織の経済学」が 確立した1970年代後半以降、特に1980年以降に、その影響は本格化した15)。 もちろん、このような影響は一方的なものではない。経営学、とりわけ組織 論研究は、他の学問からの借用の歴史であったことは、よく知られている。人 10) T. パーソンズ=富永健一[1979]「=対談=社会システム理論の形成」『思想』657 号(3 月号) 13 頁。
11) Penrose, E.T.[1959](1980 版使用)The theory of the Growth of the Firm, Basil Blackwell, pp.15-24. 末松玄六訳『会社成長の理論』ダイヤモンド社、1962 年(1980 年) 20-31 頁。第 3 版(1995)は日高千景訳で出版(2010)、57 頁。 12) Ibid., p.17, p.20, footnote. そこでバーナードに触れつつ、環境適応プロセスとしてのマネ ジメントプロセスを機能させる「管理組織の生成」や「権威あるコミュニケーション」に言及し ている。 13) 占部都美『現代の企業行動』日本経営出版会(1967)。またペンローズは近年の資源ベース戦略 論(RBV:Resource Based View)の先駆者と見なされている。
14) 本稿脚注 8)文献以外に、ウィリアムソンの次の著作も組織経済学の確立に寄与した。[1967]
The Economics of Discretionary Behavior: Managerial Objectives in the the-ory of the Firm, Prentice-hall. 井上薫訳『裁量的行動の経営学』千倉書房、1982 年。
[1970]Corporate Control and Business Behavior: An Inquiry into the Effects
of Organization From on Enterprise Behavior, Prentice-Hall.
15) バーナードの主著出版 30 周年記念の序言が経営学者のアンドリューズによって執筆されたのに
対し、50 周年の一連の記念行事が経済学者ウィリアムソンを中心に催されたことは、それを象 徴しているだろう(本稿脚注 8 を参照)。
間関係論の成立には社会心理学、人類学が貢献した16)。社会学と政治学から 借りた概念と思考を基盤にしたのが、コンティンジェンシー理論や資源依存理 論だ。最近のポピュレーション・エコロジーには生物学的知見が寄与し、組織 文化論は文化人類学の成果に負うところが少なくない。近年、組織論が借用し 始めたのが経済学である。多くの経済学者は、自らの概念や思考が組織論に一 方的に流れるかのように叙述しているが、相互に影響し合うのが普通だろう。 ところで、ウィリアムソンも指摘するように、1930年代は今日隆盛の組織 経済学にとって重要な著作が相次いで出版された。法学分野では、商事法・契 約法のカール・ルウェリン(1931)、法社会学のオイゲン・エールリッヒ『法 社会学の基礎理論』17)の英訳版( 1936)、経済学ではジョン・R・コモンズ『制 度経済学』18)( 1934)、取引コストを析出したドナルド・コース(1937)、そし て組織論のバーナードである(1938)。 バーナード自身はコモンズとエールリッヒの著作に言及している。前者には 「戦略的要因の理論」で僅かに触れるだけだが、後者を読むことで国家に対す る法律学説と相容れない組織論的理解から生じる混乱の一部が克服できたこと を、バーナードは自著の序文で認めている。また法の源泉が家族や社会の人々 の非公式な理解から生じると見たエールリッヒに賛同した。多くの場面で法律 学説を否定したバーナードであるが、対立の司法的解決、法やルールの生成過 程に関心をもっていた。そこに組織形成過程との同型性を認めたからだろう。 他方、ウィリアムソンは法学、経済学、組織論を統合したもの(a joinder)
として「新しい組織科学(the new science of organization)」、つまり「組織の 経済学」を構想する。もちろん、経済学(取引コスト論)と組織論(バーナー ド理論)がその主軸で、契約法が側面を支えるという構図を描き、この三者を 繋ぎとめるのが、バーナードだと想定する。彼の「経済人仮説」批判を1930 年代の経済学への不満の表明と捉えるウィリアムソンは、それを合理的で能動 的精神に裏打ちされたバーナードの「経済学的直観」の為せる業であり、経済 16) 原正彦『経営学の新紀元を拓いた思想家たち』文眞堂、2006 年、216-222 頁。 17) ドイツ語原著は 1913 年に発行されている。
学に対するパラダイム転換の要請を見るからだ19)。 しかし、ウィリアムソンの構想と想定にもかかわらず、その「新しい組織科 学(組織の経済学)」とバーナード理論(に基づく組織科学)とは、相当のひら きがあるように思われる。次節では「組織境界問題」から、この点に迫ろう。
II 「組織の境界」理解と組織観
経済学の研究対象とその主眼は、企業や家計、あるいは政府といった経済主 体の相互作用からなる(国民ないし社会全体の)経済現象の分析と法則的把握 にあり、各経済主体それ自体には必ずしも十分な関心を払ってこなかった。企 業が長く「社会構造をもたない意思決定点」と見なされ、ブラックボックス化 したのは、そのためである。ここでは、経済学と経営学の交叉は弱い。 だが、経済現象を厳密に把握するには、その構成要素である各経済主体、と りわけ企業の内部構造と動態メカニズムの解明が不可欠である。まして、そこ が経済学に残された魅力的な研究領域だとすれば、近年の組織経済学の隆盛も 理解できる。それとともに組織や戦略研究領域で経済学と経営学の相互浸透が 激しくなり、研究対象から経済学と経営学を区別するのは、今や難しい。 もっとも、対象の同一性が対象現象の把握と説明の同一性を招くとは限ら ない。それを、現象把握の次元と視点を考慮しながら、組織の経済学における 「企業境界(企業の生成と存在)の問題」、言い換えれば、「市場か企業かの選択 問題」への考察を通して、明らかにしたい。それは、経済学(取引コスト論) と組織論(バーナード理論)を主軸に法学をも統合したウィリアムソンによる 「新しい組織科学」(組織の経済学)構想の成否を占う試金石ともなるだろう まず、取引コスト論がもたらした組織境界問題を紹介し、次に、これと対立 的なケイパビリティ論に立つ組織境界問題を検討する。実はバーナード理論に も、組織定義に由来する組織境界論争がある。これについても論究したい。1 取引コスト論と組織境界 ─組織と市場にみる現象把握の次元─ その人の組織観はその境界理解に典型的に現われるが、「組織とは何か」に 限らず、人はしばしば自己の現象把握の次元を明らかにせずに語る20)。それ は「組織と市場」を語る場合にも見られる。「組織とは何か」を企業に限定し て「組織はなぜ存在するのか」という観点から説明し、1991年度ノーベル賞 (経済学)に輝いたR.H.コース(Coase)もその例外ではない。 コースは市場と企業を理解するとき、経済学の前提と現実世界の乖離の認識 から出発する。コースによれば、企業は組織(厳密には組織を中核にした協働 システム)であるが、典型的な経済学における市場モデルでは、全知全能の経 済人による取引が想定されており、そこには時間の要素もなければ、市場利用 費用の発生も考慮にない。だが、現実の市場には「市場利用のコスト」や「市場 取引コスト」がかかる。後に「取引コスト(費用)」と知られるようになったも のだ。これを駆使して市場と企業(=組織)の関係を彼は次のように説明する。 「取引費用の存在に対するもっとも重要な適応は、企業の発生だろう。· · · · 市場を通じて取引を実行するための費用に比べて、それが少ない費用ですむと きは、市場でなされていた取引を組織化するために企業が生まれる」21) と。 取引コストから企業の生成を説明するのは、ウィリアムソンなどの後継者を 得て「取引コストの経済学」として展開され、今日、大きな影響力をもつ。だ が、この論理展開では市場から組織が生まれ、その逆はあり得ない。まず「市場 ありき」22)だ。この主張は組織的観点からは無視できない問題をはらでいる。 コースに従えば、組織と市場は連続したものとなり、その違いは程度の問題 に過ぎず、両者の質の違いを見失ってしまう。企業が単なる生産関数にすぎな いような典型的な(教科書的な)市場モデルならともかく、取引コストを生む 時間軸を認め、不確実性を伴うような現実(経験的実在)に近い市場を前提に 20) 庭本佳和「組織把握の視点と次元」『甲南経営研究』第 43 巻第 3 号(2003)。
21) Coase,R.H.[1988]The Firm, The Market, The Law, The University of Chicago Press. 宮沢・後藤・藤垣訳『企業・市場・法』東洋経済新報社、1992 年、9 頁。この主張は本 書第 2 章に収められた「企業の本質」(1937)で詳述されている。
するときは、企業もその次元に合わせて考察せねばならない。そうであれば、 市場から組織が生まれるというのは経験的事実でないはずだ。 歴史的には、むしろ逆だろう。人間は、社会的集合的存在性ゆえに協働を実 現し、組織を生成させてきた。この協働が生存水準を超える生産を可能にし、 余剰を交換に回して取引を始めた。その交換の場の市から概念化されたもの が、「市場」である。財やサービスを生産し販売する主体的活動は、どこまで も組織にほかならない。その活動を反映するのが市場であり、それ自体は生産 も販売もしない交換の場にとどまる。組織から市場への動きも、実態は別の組 織へ移動しただけである23)。 もっとも、抽象的な思考の産物にすぎない市場が自律的調整機構として機能 するのは、市場の存在と働きが人々に信じられている限りだ。それどころか、 市場の自律調整機能を支えているものが、市場外の政府を含む制度や文化であ ることには注意を要する。経営体の一つであり、組織といってもよい政府の介 入による社会秩序と個々の経営主体(組織)に合理的精神、その結果の他者に 対する信頼がなければ、市場は全く機能しないことを見逃してはならない。 コースの主張が成り立つのは、せいぜいのところ資本家だけが企業の構成員 とか、単に生産関数にすぎない企業を想定する典型的なミクロ経済学の市場の 場合だろう。そこでは市場と組織は連続的に捉えられる。しかし、両者は極め て抽象度の高い概念構成だということを忘れてはならず、その市場取引にはコ ストはかからない。少なくとも、コースは概念構成おける市場と企業の関係を 前提に、制度としての市場と企業を語っている。この点はコース理論に「操作 化の不履行」問題を見出し、操作化をはかったウィリアムソンも新古典派の価 格理論を前提にしており、基本的にはコースの境界観と変わらない。そこに現 れた取引コスト論の組織観はバーナード理論から些か距離があり、ウィリアム ソン自身が想定するほど、両者の親和性が高いとは思えない。後で触れたい。 23) 歴史的・経験的事実を重視するが、ここでの「市場」の記述は理論的考察の産物だ。ただ、幼い 頃(昭和 20 年代後半から 30 年代初頭)にしばしば体験した秋田県鹿角郡花輪町(現鹿角市) の「市日(イチビ)」での実感と重なっている。
2 ケイパビリティ論と組織境界 「組織の経済学」において、「市場と企業の境界」は先駆者コース以来重要な 研究課題であり、まずコース=ウィリアムソンの「取引コスト論」が先行した。 ただ、上述の説明の中心がコースに対する「組織把握の次元」からの批判と組 織論的反論にあったため、取引コスト論の主唱者のウィリアムソンが資産特殊 性と機会主義を垂直的統合(企業境界)の決定因と見たことに触れていない。 2009年ノーベル賞(経済学)のウィリアムソン授与が示すように、取引コ ストの影響は今日でも強いが、これを批判的に検討し、取引コスト論に対す る代替的・補完的な研究が浮上している。それが1990年代以降に進展を見せ ている「ケイパビリティ論」(能力視座)にほかならない24)。企業境界を決 定する企業能力と環境は時間の経過とともに、特に長期的には変化し、競争 的淘汰を経て進化するから、これをネルソン=ウィンター(Nelson,R.R. and S.G.Winter)25) に従って、進化的視座と言い換えることもできる。R.N.ラン グロワ(R. Langlois)26) と N.J.フォス(N.J. Foss)が主導者だが、両者の強 調点に微妙な違いはある。 企業理論は組織目的(組織の存在理由)と組織境界(組織の規模と範囲)を 説明せねばならないというホルムストロム(Holmstrom)らの主張を受けた ラングロワは、ロバートソンとの共著で、企業を本質的コア(intrinsic core) のケイパビリティと補助的ケイパビリティ(ancillary capability)から構成さ れていると捉え、これが自らの基本的主張だという。 24) 能力視座の研究領域は経営学にも及び、ダイナミック・ケイパビリティ論(能力視座戦略論)を 展開する RBV 出自のティースが代表的論者である。
25) Nelson,R.R. and Winter, S.G.[1982]An Evolutionary Theory of Economic
Change, Harvard University Press, pp.6-11. 後藤晃・角南篤・田中達夫訳『経済変動
の進化理論』慶応義塾大学出版会、2007 年、9-12 頁。この書は、筆者の狭い知識に照らせば、 M. ポラニーの「暗黙知」概念を社会科学に導入した最も早い文献。2 番目が、『バーナード経 営学の展開』文眞堂(2006)に所収した庭本佳和「近代科学論(知)を超えて」『大阪商業大学 論集』第 65 号(1983)だと思われる。論じる観点、領域の違い、またネット時代でなかったこ ともあり、長く気が付かなかった。 26) Langlois を邦訳者の谷口和弘は「ラングロワ」、同じ慶応大学の渡部直樹グループは「ラング ロア」と表記しているが、本稿は邦訳者に従った。
本質的コアとは、当該企業に特異的なシナジーをもつケイパビリティであり、
簡単には企業から切り離せない。「特異的ケイパビリティは、長期的な実習の
プロセスによってしか獲得できない、暗黙知を必要とするからである」(ラング
ロワ・ロバートソン、61頁)。そのため模倣困難であり、競争にさらされにく
い。一般に、市場で購買できず、当然、販売も難しい。この点を捉えて、フォ スは企業を「暗黙知の貯蔵庫(the firm as a repository of tacit knowledge)」 とも見る。他方、補助的ケイパビリティは、企業特異的でないから、模倣も容 易で、競争にさらされやすく、市場調達できるケイパビリティである。 ラングロワなどのケイパビリティ論に立てば、組織の境界は補助的ケイパ ビリティをどの程度内部化し、どの程度市場を通じて購買するかによって決ま る。それは購買可能なケイパビリティの自社生産費用および、その創造や購 買に要する取引コスト、ガバナンス・コストに左右されることになる。もちろ ん、補助的ケイパビリティや一般的な取引コストだけでなく、本質的コアでさ えも、経年変化が予想できるから、長期的に見れば、企業境界も変化するに違 いない。そこには、当該企業の暗黙的な本質的コアを解き明かそうとするライ バル企業の試行錯誤の探索も働いており、いつまでもコアの浸食を防げないか らだ27)。ここにラングロワが「企業境界の動学理論」を試みる理由もある28)。 以上のようなケイパビリティ論(能力視座)に対して2点ほど指摘しておこ う。組織能力を共通の基盤に経営学的観点から展開するケイパビリティ論(能 力視座)は、コース、ウィリアムソンらの取引コスト論(契約的視座)への対 抗的・代替的アプローチと主張し、また見做されてきた。事実、取引コスト論 (契約的視座)の境界決定原理との違いを強調して、フォスは次のように述べ ている。 「暗黙知の貯蔵庫としての企業が契約的視座では無視されるのに対し、能力 視座では、それは中心のステージを占める。能力視座は企業の競争優位の源泉
27) Langlois, R., & Robertson[1995]Firms, Markets and Economic Change: A Dy-namic Theoy of Business Institutions. 谷口和弘訳『企業制度の理論』NTT 出版、2004 年、15-16 頁。
の理解に役立つだけでなく、企業の存在と境界問題の議論にも及ぶ。これは、 まったく異なった企業理論が進化理論に基づいて構築されるということを意味 している」29)。 そこには確かに、経営の主体的営為が働いている。だが、組織の境界が「補 助的ケイパビリティをどの程度内部化し、どの程度市場を通じて購買するかに よって」決まり、「購買可能なケイパビリティの自社生産費用および、その創造 や購買に要する取引コスト、ガバナンス・コストに左右される」のなら、それ でも取引コスト論と全く異なった境界決定原理が働いているといえるのだろう か。程度の差だという気がしないでもない。そもそも協働の質と水準を問い、 反映する私たちの組織能力論30) と前述の「ケイパビリティ論」が示す組織境 界は、語る場面が異なり、必ずしも重ならない。良かれ悪しかれ、そこには組 織能力とでもいうべき組織意思ないし経営判断が介在するからだ。 いま一つは、ラングロワやフォスの暗黙知理解にも、少々違和感を覚える。資 源ベース戦略論=リソース・ベースト・ビュー(RBV:Resource-Based View) に由来する能力視座(ケイパビリティ論)が、資源の模倣困難性を志向する RBVと同様に、本質的コアのケイパビリティの模倣困難性を強調し、暗黙知 と親和的であるのは容易に想像できる。 M.ポラニーが提唱した「暗黙知」は知る作用の一つの在り様である。その 力点は、近代科学のように対象化した事物を分析的、客観的に捉えるのでは なく、事物(現象)に内感的に潜入して一体化した事物の全体を暗黙裡(非言 語的)に知ること(tacit knowing)にある。ポラニーは多くの文献で暗黙知 に論及しているが、この点は、暗黙知に焦点を定めて、その論理構造を要領よ く説明した最も洗練された文献と思われる『暗黙の次元(Tacit Dimension)』 (1966)が示唆的だ。本書の佐藤敬三訳書(1980)における訳語「暗黙知」の
ほとんどがtacit knowingであり、tacit knowledgeは僅かしかない。
ところが、フォスが1993年論文で「暗黙知の貯蔵庫としての企業が契約的視
29) Foss, N.J.[1993]The Theory of the Firm: Contractual and Competence Perspec-tives. Journal of Evolutionary Economics 3 : pp.127-144.(p.127)
座では無視されるのに対し、能力視座では、それは中心のステージを占める」と 語るとき、「暗黙知の貯蔵庫としての企業」と表現される暗黙知に、対象的客観主 義を拒み事物に直接潜みこんで「知る作用として働く暗黙知(tacit knowing)」 の面影はなく、「モノ化した=客体化した暗黙的な知識(tacit knowledge)」と いう印象を拭いきれない。また「能力視座では、それは中心のステージを占め る」と強調するにもかかわらず、レファレンス(references)にポラニーの文 献が全くないのも奇妙である。 3 バーナードの組織定義と組織境界問題 組織の境界は、組織理解の結果なのか前提なのかはともかく、組織定義に典 型的に現われる組織観をよく反映する。「二人以上の人々の意識的に調整され た活動ないし諸力のシステム」と定義したバーナードの場合も例外ではない。 今日広く普及している組織概念だが、バーナード理論理解の「鍵」であると同 時に、以下のように「躓きの石」にもなっている。 まず、組織の構成要素は「調整された活動」だけであって、人も集団も組織 定義から排除されていることに注意せねばならない。別言すれば、組織に活動 を提供する組織成員(組織貢献者)を含めて、すべての「全体としての人間」 は組織にとって外的な存在であり、環境なのである。人間を排除したバーナー ドの組織定義は、個人(個々の人間)に組織と対峙する位置(自律性)を与え、 組織と個人が時に対立することを鮮明にした点に画期的意義があるが、一般的 な組織理解からかけ離れており、初学者どころか、研究者にもわかりにくい。 基本的にはバーナードの組織理解と同じ地平に立つドイツの著名な社会学 者N.ルーマン(Luhmann)も、バーナードの組織定義があまり受け入れられ ていないと認めている31)。受け入れられないのは、人々に「行為や活動は人間 を離れてありえない。両者は一体」という思いがあるからに違いない。ここに バーナードが協働論に先立ち人間論を展開した理由の一端もあった。 バーナードは人間を二つの側面から捉える。一つは純粋機能的側面からの人 31) ルーマン(Luhmann, N.)[1992],沢谷・関口・長谷川訳『公式組織の機能とその派生的問題 上巻』新泉社、34 頁。
間把握である。協働の局面からみるとき、人々の努力は非人格化され、組織人 格化され、組織主体性のもとに客体化されている。管理者とか、従業員という 場合は、全体としての個人ではなく、個人のこの側面に焦点をあてたものだ。 組織を構成する行為や活動とは組織人格としての人間と一体の営為だといえる。 いま一つは、個人は全体として人間把握され、独特に個人人格化した、言い 換えれば、主体的で自律的な特定個人だ。「調整された活動」という組織定義 から排除されている人間的側面で、組織にとっては環境的存在である。 問題は両人格の関係であろう32)。組織参加者の客体化ないし客体性は、言 い換えれば、顕在化した組織人格的行為(=調整された活動)は、即時的に主 体化する潜在的主体性(=潜在化した個人人格)を伴ったものだと強調してお かねばならない。いつでも(まさに瞬時に)個人人格として臨める体勢にある のがバーナードの組織人格であり、それが彼の強調した「個人人格と組織人格 の同時的存在」という意味である。 これを組織的観点から、「組織は個人が提供する活動からなるという脆弱性 と一個人を超える多数の組織人格からなるという強靭性をもつ存在」33)と言い 換えることもできる。脆弱性が組織の環境認識を鋭敏にし、組織ダイナミズム (イノベーション)をもたらす契機だとすれば、強靭性がその推進力として働 くことはいうまでもない。同時に、強靭性が常に主体として立ち現われる「組 織の論理」と結びつくとき、個人を無力化して環境認識や創造の契機を失い、 しばしば自らの衰退を招いてきたことには注意を要する34)。 さて、「調整された活動」という組織規定は、経営者・管理者や従業員だけ でなく、取引業者、投資家、債権者、さらには得意先や顧客を「組織に活動を 提供する貢献者」と一般化して、あるいは抽象的・普遍的に捉える道を切り開 いた。だが、ひょっとすると、事は逆であったかもしれない。 ビジネスの中には、獲得した顧客(顧客活動)を前提にしないと、事業活 32) 以下の叙述は、庭本佳和[2008]「人間と組織の主体性と自由」『甲南経営研究』第 49 巻第 31 号、特に 95-101 頁を参照。 33) 庭本佳和 同上論文、99 頁。 34) 最近の三洋電機の結末やシャープの苦境は、この点をよく示している。
動自体が成り立たないものもある。仲介(紹介)ビジネスや電話サービス事業 (特に普及期)はその典型であろう。長年、電話事業に携わってきたバーナード の自然な感覚から「顧客は組織メンバー」との認識が先にあって、これを理論 的に(抽象化して普遍的に)説明したのが、組織定義「調整された活動」だっ たともいえる。 確かに、組織メンバー(貢献者)に顧客を含めることなどは、企業組織を思 い浮かべて普通に考えれば、ありえない。斬新だが、人を含まない組織定義の 抽象性に加えて、組織貢献者のこの広さが、バーナードの組織定義の理解を難 しくさせ、多くの人々を混乱させてきたことは否めない。そこには、「組織の 境界」理解を揺るがすバーナードの組織定義への違和感もあるだろう。 たとえば、『経営者役割』(1938)出版当時に書評を試みたコープランドは、 「顧客を含むバーナードの組織概念は広すぎる」と見て、「ある種の混乱だ」と手 厳しく批判した35)。バーナード理論を継承したサイモンも『経営行動』( 1947) で、「顧客が組織活動の一部だ」と最初に主張したのはバーナードだが、管理論 研究者に受けいれられてはいないと指摘している36)。それは今も変わらない。 わが国でも、顧客を含むバーナードの組織概念に対しては、従来から「組 織の境界があいまいだ」をはじめ、「組織の本質規定である抽象的な組織定義 (認識用具)を実体論レベルに持ち込むゆえの混乱だ」(川端)37)、バーナー ドの組織概念は「その本質において境界をもたない」(三戸公)38)、「バーナー ドの組織概念は過度の抽象であり、組織の境界問題が弱点」「機能主義とシス テム概念を組み合わせれば、ほとんど必然的に組織の境界が曖昧になる」(中 條)39)などの批判や方法的指摘がなされてきた。それどころか、タイトルに直 接「バーナード組織論への違和感」と掲げた文献さえ散見される40)。それを不
35) Copeland, M.T.[1940], “The Job of an Executive,” Harvard Business Review, Vol.18, No.2, p.154.
36) Simon, H.A.[1957], op. cit., p.113. 松田・高柳・二村訳『前掲訳書』、159 頁。二村・桑 田・高尾・西脇・高柳訳『前掲新訳書』、235 頁。
37) 川端久夫[1971]「バーナード組織論の再検討」『組織科学』Vol.5, No.1。
38) 三戸公[1977]『人間の学としての経営学』産能大出版、136 頁。
39) 中條秀治[1998]『組織の概念』文眞堂、特に 13 章、14 章。
40) 石塚浩[2007]「バーナード組織論への違和感」『IT News Letter』Vol.3, No.2(文教大学大
思議には思わない。「顧客の購買行為が組織の構成部分(=調整された活動)の 一部」だという組織概念、端的に言えば、顧客や取引業者を組織メンバー(組 織貢献者)に含むバーナードの組織概念を提示されたら、むしろ違和感を覚え るのが普通だろう。バーナード理論研究者を自認する筆者でも、そう思う。 そのような多くの批判や違和感の表明にもかかわらず、バーナードの活動的 組織理解でも境界は存在する。ただ、組織調整力に依拠するゆえに絶えず変動 するだけである。この境界観を背に情報ネットワーク化とグローバル化が進展 する現代社会においては、活動とコミュニケーションを重視するバーナードの 組織概念が説明力を高めていることは否定できない。また、彼の知識論(行動 知・身体知)41)や価値創造論が、近年の経営学における知識研究に大きく寄与 したことも間違いない。この評価が正しければ、現代経営学に対するバーナー ド理論の貢献と上述のバーナード理論に対する批判や違和感とは些かのギャッ プがある。これを埋める鍵が、彼の方法の理解と実践だろう。それは同時に、 組織の経済学との方法的差異を明らかにするだろう。 最終節(第Ⅳ節)でそれに論及する前に本節(第2節)で取り上げた3つ の組織境界決定原理を簡単に確認しておこう。 まず、ⓐ取引コストから企業(組織)の生成を説明する「取引コスト論」を 検討し、「市場ありき」という経済学的前提にした立論が歴史的妥当性・組織論 的妥当性を欠くことを指摘した。次のⓑ「ケイパビリティ論」では、企業境界 が市場調達できる補助的ケイパビリティをどの程度内部化するかで決まるとす れば、自社生産コストと比較した取引コストに左右される境界決定原理は「取 引コスト論」と程度の違いではないのかと問うた。そしてⓒ顧客を含むバー ナードの活動的組織の境界は、調整力に依拠することもあり、絶えず変動する が、その“あいまいさ”が厳しい批判を招いたのである。 この三者の位置関係に関しては、経営学寄りの能力視座に立つⓑの当事者が いかに「ⓐvsⓑ」の構図を思い描いても、組織境界決定要因(補助的ケイパ ビリティ)の決定基準を市場(取引コスト)に委ねるとき、この点に限って言 41) 庭本佳和[2006]、前掲書、第 4 章(1983)、第 6 章(1991)、第 11 章(1986)。
えば、ⓑはⓐの対抗原理でありえない。経済学の立場から市場主義ないし市場 重視のⓐの対極に位置するのは、経営理論の中でも、とりわけ組織を重視する バーナード理論であろう。 そうであれば、経済学(取引コスト論)、組織論(バーナード理論)、法学を 統合してめざすウィリアムソンの「新しい組織科学構想」の実現は極めて難し いものになる。本節では、組織の境界理解から、この一部は示した。次節では バーナードに向けられた批判と評価のギャップを埋めることを通して、この点 をいま少し明らかにしたい。
III バーナード理論と組織の経済学の基盤
1 経済学批判から生まれたバーナード理論 今(2015)から80年近く前の1938年に、経営学の世界の風景を一変させ る1冊の著作が出版された。チェスター I. バーナードの主著『経営者の役割』(The Functions of the Executive)である。バーナードの著作は3冊あ るが、1冊はバーナード自身が編纂した論文集『組織と管理』(Organization and Management)(1948)であり、もう1冊もW.B.ウォルフと飯野の手に なる『経営者の哲学』(Philosophy for Managers)(1986)である。当初から
著書として執筆したのは主著だけだ。だが、この1冊で、彼は現代組織論、現
代経営学の礎を築いたのである。
主著執筆の直接的契機は、ハーバード大学ローウェル研究所からの公開講座
の講演依頼にある。「ローレンス・ローウェル博士の光栄ある依頼(The honor
of Dr. A. Lawrence Lowell’s invitation)」と主著の「序」に記された「光栄
ある依頼」は、3回生を終えてハーバード大学を中退して実務界に飛び込んだ
バーナードにとって、単なる儀礼的表現以上の思いが込められていたに違い ない。
ローウェル講座は、1937年11月、12月に、主著と同じタイトル「経営者
の役割(The Functions of the Executive)」のもとに、8回の連続講義として 行われた。後日(亡くなる直前)のウォルフのインタビューで、ローウェル講
義は「すべて即席」、主著出版について「偶然」「自分から書く意図はなかった」 と語っているが、意を決して講演を引き受け、草稿を準備したことは間違いな い。「準備したが、即席で話した」ということだろう。主著はこの「講演原稿 に加筆、拡大したもの」(序)だが、「20回くらい書き改めました。だから本 にすることを認めたのです」とも語っている。事前に出版意図がなったからと もとれるが、その気で用意した講演原稿があっても、自らの実務体験でつかん だ管理機能を語るのにそれほど苦しんだというのが真相だろう。 講演原稿があったとはいえ、ニュージャージー電話会社の社長として多忙を 極めるバーナードが、5分、10分の細切れ時間をつないで、3か月後の1938 年3月脱稿し、根本的改編を含めて20回ばかり書き直しながら、1938年12 月に主著を刊行したのは、まさに驚異というほかない。「1年寝かせてはどう か」というL.J.ヘンダーソンのアドバイスを振り切っての出版であった。忙 しいので何が起こるかわからないからだ。ここに研究者と実務家の時間感覚 の違いの一端が現われている。第Ⅳ節で触れる問題である。確かに、未完成で 不完全であっても、主著が未刊行で終わるよりは後世の私たちには、ずっとい い。その意味ではバーナードの判断は適切であった。 主著は、その実体において、バーナードの個人的体験と観察と、それに対す る長年の思索が生み出したもので、その狙いは「管理者は何をしなければなら ないか、いかに、なにゆえ行動しなければならないか、を叙述することにあっ た(日本語版への序文)。それは、バーナードの知る限り、彼の「経験に合致 するように、あるいは管理実践(executive practice)や組織のリーダーシッ プに練達していると認められた人々の行為に内在する暗黙裡の理解に合致する ように、組織を取り扱ったものは一つもなかった」(序)からである。 しかし、主著を書き進めることは実務経験豊富なバーナードにも簡単では なった。むしろ難渋したと言ってよい。その理由は大きく3つある。バーナー ドもしばしば指摘するように、経営者や管理者がその役割を果たすには、自ら の活動ともにあり、根本的道具ともいえる組織(現象)の適切な把握・理解を 必要とするが、大きく括れば、それを妨げるものが3つあるということだ。主 著執筆が難渋した理由でもある。
まず、①行動的・身体的・感覚的に把握したものを言語表現する難しさ。こ れについては第Ⅳ節で論及する。②経営学・組織論にきわめて重要な「権威 (authority)概念」に対する国家理論を背にした法律万能主義の拘束も大きい。 ②については別の機会に譲るとして、バーナードは、③過去150年間における 経済思想も人間行動の経済的側面を誇張して、組織論を混乱させたと不満をも らしている。 以下はバーナードの経済学批判(=不満)を直接表明した核心部分である。 バーナードが1930年代当時の経済学、とりわけ「経済人」仮説をどのように 見ていたのか興味深いので、少し長いが、引用する。 「社会的行為からわれわれが『経済的』とよぶ側面をひき出すことは有 用であるとしても、アダム・スミスやその後継者たちによって有効に構成さ れ、かなり発達した諸理論は、特定の社会的過程─そのなかで経済的要因は たんなる一側面にすぎない─に対する関心を抑圧し、経済的関心のみを過度 に強調したのである。それとともに、功利主義に根ざす唯物論哲学をもって いる純粋経済理論のなかで、動機というものに適当な考察を加えず、また社 会的行動のうちで、感情的、生理的過程とは別個の知的過程の占める地位を 一般にはなはだしく誤って考えた。これはいずれも、今日の多くのひとびと の思想では、人間は『経済人』であって、経済的以外の属性はわずかしかも たないものだ、ということを意味したし、いまもなお意味している。 私の考えるところでは、かかる見方こそが、経済的であれ、非経済的であ れ、ともかく社会での行動の場所である具体的な特定の局所的組織とそれに 関連する個人とを無視せしめるのである─おそらく無視させると思われる。 少なくとも以下のことだけは確かである。私は組織のなかでいかに行動すれ ば有効であるかを前から知っていたけれども、ずっと後に経済理論と経済的 関心─必要欠くべからざるものではあるが─を第二義的地位にしりぞけては じめて、組織およびそこにおける人間行動というものを理解しはじめたので ある。」(主著、序) 経済学が合理的な経済人と市場調和を想定したアダム・スミスによって礎を 築かれたが、道徳哲学者として出発したスミスに限定すれば、市場は今日的な
メカニカルな市場ではなく、モラル(道徳)の働く場であった。「利己心」に 導かれる経済人仮説にしても、他者(=その行為が社会を構成する個々人)の 眼を意識した「同感」とも、あるいは他者(=行為者)の思いを共有した公平 な「共感」とも訳される「シンパシー(sympathy)」との両輪で考えられてい た。そうであれば、バーナードのスミス批判は、今日のスミス像からは、厳し 過ぎる。 しかし、リカード、マルサスを経るにつれて、モラル・サイエンスの色を薄 めて法則性を高め、J.S.ミルに至って古典派経済学は完成する。「経済人」も 同様の運命をたどった。「共感」が細って他者への配慮が薄くなるにつれ、自 己利益追求部分が肥大化し、やがて最大の自己利益を求めて合理的に行動する 姿に変身する。この純粋に経済的合理性を追求する人間類型がホモエコノミッ クスで、まさに真正経済人である。 1920年代から1930年代は、このような経済人仮説が社会に深く浸透し、逆 に現実の人間行動の幾ばくかがこれに規定される事態に至った。これに対する バーナードの不満、危機意識が激しい経済学批判の言辞となったように思われ る。本項題の「経済学批判から生まれたバーナード理論」というのは、些か言 い過ぎで極論だが、経済学への不満と批判、そして経済的思考を克服しようと した熱意が、主著執筆エネルギーの一部になったことは容易に想像できる。 2 組織の経済学の基盤としてのバーナード理論とサイモン理論 特定領域の研究者が、不案内な他領域にわたる研究、時には完全に他領域で 研究をする場合、当該領域の、その時点での主流派あるいは支配理論の概念や 枠組を学習し、受け入れ、活用するのが普通だろう。
たとえば、H.Iアンソフ(Ansoff)『企業戦略論(Corporate Strategy)』(1965) とともに経営戦略研究を切り開いた経営史家・A.D.チャンドラー(Chandler) 『戦略と組織(Strategy and Structure)』(1962)もそうだ。1960年ともなれ
ば、その背後にバーナード・サイモン理論流の活動的組織観が迫っていたが、 当時主流であった管理過程学派の構造を組織と捉える構造的組織観に立って著 書を展開している。確かに、構造的組織観は、多角化戦略をとるアメリカ企業
が職能別組織から事業部制組織に移行した様を見事に描いた。しかし、静態的 な構造で、経営機能が遂行され、それを担う行為が流れる動態的な過程(管理 過程=組織過程)を説明することは難しい。それが後に活動的組織観の一面を 示す「組織能力」概念を導入せざるを得なかった理由だと思われる。 組織の経済学(本稿での内実はウィリアムソンの取引コストの経済学=取引 費用経済学)研究者の場合も同じ事情にあっただろう。経済学者にとって、組 織は長い間本格的には手を付けなかった未開の荒野だった。だが、コロンブス が漂着に近い姿でアメリカ大陸の一隅にある、たどり着いた島は、無人島では なかったように、組織も無人の荒野ではなかった。互いの出会いを、ヨーロッ パに視点を据えて「新大陸の発見」と宣言しても、そこには既に人々が住み、 文化があったように、組織にも先住者(組織論者)とその文化(組織研究の蓄 積)もあったのである。旧式とはいえ武装もし、かつてのアメリカ大陸の侵入 者と現地住民の間ほどの圧倒的な武力差(火力差)もない。当然、完全な無視 (押しつぶし)も困難だ。しかも、1960年代後半には主流派交代で登場してき たバーナードとサイモンは、とりわけバーナードの主張を精緻化して造り直し た新式武器(限定合理性や満足原理、権威受容圏理論など)を備えたサイモン は強そうだ。これをいかに活用しようか?
このあたりが『市場と企業組織(Markets and Hierarchies)』(1975)執筆 前のウィリアムソンの心境ではなかったか。論文にあるまじき夢想に近い推測 であるが、これを念頭において、上記『市場と企業組織』(1975)と、15年を経 た『現代組織論とバーナード(Organization Theory:From Chester Barnard to the Present and Beyond)』(1990)におけるバーナードとサイモンに対す るウィリアムソンの評価ないし位置づけと、その変化(落差)の意味を考えて みよう。それは、おそらく、バーナード理論と組織の経済学(ウィリアムソン の主張)の関係も明らかにするだろう。 かつては、サイモンの著作はともかく、バーナードの著作眼を通す経済学者 は少なかった。両者ともという場合には、経済学者の眼に触れる頻度や馴染み やすさから、サイモンからバーナードへと読み進めることが多いようだ。1975 年著作の引用箇所と回数から判断して、ウィリアムソンもそのように読み進ん
だとおおよそ判断できる。もし、バーナードを先に読み、理解していたなら、 次のようなM.グラノヴェターの批判を浴びることはなかっただろう。 ハイアラキーの有効性へのウィリアムソンの自信によって、チェスター・ バーナードの『無関心圏』 命令されたことを行うかどうかについてどち らでもよいという理由で、被雇用者が命令に服従する範囲 を論じる際に、 彼は代わり」に『受容圏』に関して話すようになり(Williamson, 1975: 77)、 服従の未定の性質に対するバーナードの強調を骨抜きにしている。バーナー ドの使用法をこのように変更することは、ハーバード・サイモンによって最 初に行われたようにみえるが、彼はそれを正当化せず、「『受容』という言葉 を好む」(Simon, 1957,: 12)と書いているだけだ42)。 ウィリアムソンは、グラノヴェターの批判の核心部分「使用方法」につなが る「骨抜き」には直接答えず、「『無関心圏』はある程度『受容圏』に含まれる」、 「サイモンが『無関心圏』を『受容圏』と読み替えた一つの目的は科学的な用 語で展開するため」と応答している43)。 バーナードの「無関心圏」は、「上位権限の仮構」を支える(=暴く)説明 道具である。命令実行の有無にとり立てて関心がないゆえに異を唱えることも なく命令が遂行されてゆく。命令権能が上位者にあるかに見えるこの事態が フィクションであることを明らかにする無関心圏は、下位者による命令の諾否 基準としても働いている。それでも無関心圏を超えた命令の全てが拒否される のではない。関心領域に入ったため熟慮の結果、諾否が決まる。それを含んだ 部分が受容圏だから、無関心圏より理論上広いはずである。受容圏は結果表現 であり、無関心圏より説明力が高いわけでも、科学的用語でもない。そうであ れば、両語を等値表現と前提して「好みの問題」とするサイモンはともかく、 ウィリアムソンの応答は些か誠実さに欠ける。この指摘理由は以下の通り。
42) Granovetter, M.[1985]“Economic Action and Social Structure: The Problem of Embeddedness,” American Journal of Sociolgy, 91, pp.481-510,(p.495). 渡辺 深 訳『転職』ミネルヴァ書房、1998 年、275-276 頁。
43) Williamson, O.E.[1990], Organization Theory: From Chester Barnard to the
Present and Beyond, 1990, p.201. 飯野春樹監訳『現代組織論とバーナード』文眞堂、1995
(1)批判者の核心的な批判に応えない。論点をずらして、その焦点化を防ぐ。 (2)必ずしもそうでないことを承知して、受容圏の方が無関心圏より科学的 用語であるかのように説明する。 (3)批判されたのはウィリアムソン自身なのに、サイモンであるかのよう に振る舞って擁護する。濡れ衣を着せて庇うに等しい。本当は自分を 擁護。 (4)サイモンが言わないのに言ったことにして「サイモンが『無関心圏』を 『受容圏』と読み替えた一つの目的は科学的な用語で展開するため」と 応答。 この指摘が適切か否かはともかく、そして「ノーベル賞受賞前から著名な 学者なのに」と少し驚いたことも無視してようやく、この応答にもサイモンに 対するウィリアムソンの関心を感じることができた。グラノヴェターの痛棒を 喰ったのも、バーナードの「無関心圏」を不用意にサイモンの「受容圏」に置 き換えたからだった。確かにサイモンの研究内容への思いは窺える。それも、 バーナードに対するよりはるかに強いものであったことが、この論争から浮か びがる。これを1975年著作に確認してみよう。 既に触れた引用回数と引用箇所(重要ポイントでの引用か否か)は、影響 力や位置関係などを正確に反映する基準ではない。しかし、『市場と企業組織』 (1975)において、わずか4箇所で引用されたに過ぎないバーナードが、その 5倍近く引用・言及のあるサイモンと同程度の影響力をウィリアムソンに及ぼ し、彼から同程度の評価を得ることはあり得ない。1975年時点でのウィリア ムソンの意識下では、三者関係におけるサイモンの存在は大きかった。 それから15年を経た1990年に、ウィリアムソンの編集による『現代組織論
とバーナード(Organization Theory: From Chester Barnard to the Present and Beyond)』の出版は特筆に値する。これは1988年のバーナード『経営者
の役割』出版50周年記念連続講演をまとめたものだが、記念セミナーから出
版に至るまで一切を主催したのが、ウィリアムソンであったことはある種の驚 きだった。しかもこのセミナーで、ウィリアムソンがサイモンの満足化原理か らの脱却を宣言する一方で、組織科学の必要性を説いたバーナードに呼応する
かのように、バーナード理論を一つの柱とした「新しい組織科学構想」を打ち 出したことは、その驚きをさらに大きいものにした。もちろん、ウィリアムソ ンはバーナードが組織科学に言及していることを承知していた。川端はここに ウィリアムソン自ら「バーナード理論の継承を宣言した」とみる44)。 継承宣言か否かはともかく、ウィリアムソンの意識下でバーナードの存在は 大きくなった。両者を繋ぐものが「組織科学構想」である。そこで『現代組織 論とバーナード』(1990)では、彼は自ら(取引費用経済学に有用性)の観点か ら、バーナードとサイモンの主張を検討し、前者からは公式組織重視とその中 心が環境適応という考え方などを、後者からは「限定合理性」をはじめ多くの 概念や考えを受け入れた。これに関し、彼は「取引コストの経済学がバーナー ド-サイモンの『管理の科学(science of administration)』に実質的に依拠し ていることは、上述より明らかである」(p.186. 250頁)と述べている45)。 同時に、あらゆる形態の組織を対称的に扱う組織科学の樹立をめざす取引 コストの経済学は、従来の組織論・管理論の全てを受け入れるのではなく、棄 却も伴うことがサイモンの場合を例に挙げながら強調された。ちなみに、サイ モン理論で棄却の烙印を押されたのは、分析単位としての意思決定前提(⇒取 引)、満足化(⇒経済効率化:新古典派総合の立場)、機会主義の解明(経営人⇒ 組織人=自利的人間)など8項目。いずれもサイモン理論の根幹をなすもので あるが、特に「限定合理性」とワンセットで打ち出した「満足化(satisficing)」 を「経済効率化=節約化(economizing)」を置き換えることなど受け入れられ るはずもない。両者の数年来の対立はここに決定的になってゆく。
IV すれ違う「組織の科学」構想
─観察点と行為認識に見る方法的差異─ 44) 川端久夫『日本におけるバーナード理論研究』文眞堂、2015 年、351 頁。そのように読み取れ そうなところはあるが、はっきり「継承宣言」した箇所はない。45)「実質的に依拠する(rely very substantially on)」の強調表現(very)を重くみたこと本節
1 2つの「組織の科学」構想 真理希求の場で、しかもバーナード『経営者の役割』出版50周年記念のセ ミナーで対立と不信を生み、ある意味では大きな犠牲を払ってまで、ウィリア ムソンが実現しようとしている組織の科学とはどのようなものなのか。1990 年著作の断片的言葉に追ってみよう。「バーナードが言及した組織の科学がす ぐに具体化しなかったのは、後続の著作のほとんどが組織の科学というより管 理の科学に関連したから· · · · 管理の科学は、概ね内部組織にかかわってい る」(p.5、4-5頁)、「取引コストの経済学はあらゆる形態の組織を対称的に扱う ことを熱望している。究極の目的は組織科学の樹立である」(p.187, 250頁)。 やや言葉足らずの上記説明から、いわゆる内部組織を対象にするのが「管 理の科学」であり、一般的に管理論ないし組織論とよばれているもので、市場 を含むあらゆる形態の組織を対称的に扱うのが「組織の科学」だと何とかわか る。上記のウィリアムソンの説明に「市場」という言葉は入っていないが、市 場主義者にして取引費用論者であるウィリアムソンがあらゆる形態の組織から 市場を外すはずもなく、そこに含めて解釈した。そうすると、本稿Ⅱ−1で指 摘したように、市場と組織は同次元かつ同質なものとなり、両者の質の違いが 見失われるという別の問題が生じるが、これには暫く蓋を閉めて論を進める。 市場の考察を含む「組織の科学」は、「広義の組織論」というべきものかも しれないが、問題はバーナードが思い描いた「組織の科学」(pp290-291)の組 織が市場を含む広義組織であったか否かである。 確かに、バーナードは組織(厳密には協働システム)の環境適応プロセスを マネジメント・プロセスと捉え、重視したことは間違いない。内的視点に立つ ゆえに、一般的には環境要素として扱われる顧客や取引業者の活動を内部化す る組織定義や、数多い現場の認識力の活用などに自己組織的工夫を施しはした が、市場を含んだ広義組織を語っていない。そもそも、市場と一元化(同次元 かつ同質化)した組織の主体的な環境適応とはどのようなものなのだろうか。 筆者には想像できない。ウィリアムソンとは対極に位置する組織論者のバー ナードが広義組織を語るはずがないだろう。 同じ「組織の科学」という表現のもとに、互いにその構想を語ってみても組
織の理解が異なるなら、すれ違いに終わるのが落ちである。語るも無駄という ものだ。だが、バーナードの主著最終章に「組織の科学」という言葉を見出し、 「まだ存在していない」という“くだり”を読んで、「今でもだ」(1988)と気づ き、直ちに経済学(取引コストの経済学)と法学と組織論(バーナード理論)を 柱にして統合する「新しい組織科学」の表層的一端を提示して見せたウィリア ムソンの構想力はさすがに見事だ。これがただの看板で終わろうとも· · · ·。 2 バーナードの組織把握の視点と方法 「組織の科学」に思いを致すバーナードだから、「具体的な目的を達成し、 成果をあげ、状況を生み出すのは技術の機能」と異なって、科学一般の機能が 「過去の現象、出来事、状況を説明すること」であり、科学の目的が「特定の出 来事、状況を作り出すことではなく私たちが知識と呼ぶ説明を生み出すこと」 であることもよく承知していた。ただ、技術の習得と活用に必要な身体知や行 動知とも呼ばれる、言葉で表すのも難しい「実践的知識(スキルやノウハウな ど)」を強調する点が特徴的であった。実はこのようなスキルは科学的認識に も働いているが、当時は理解がなかった。バーナードは科学的真実とともに、 実践的(行為的)真実を求めていた。その小さな動きがやがて、知識観の拡張、 ひいては科学観の拡張、そして組織観の革新につながってゆく。 実践的スキルやノウハウを「実践的知識(practical knowledge)」、そして 行動的スキルやノウハウを「行動的知識(behavioral knowledge)」と名づけ たとき、たとえ、例外だとしても、それは既に始まっていた。追試可能な方法 で(外部)観察した客観的な命題(=説明)が知識であるから、それを生み出 す科学も客観性を保証する方法で生み出さねばならない。その信念が余りに強 く社会に浸透したゆえに、表現された命題、説明、文書などは、精粗はともか く同じ方法的方向でつくられたものと無意識のうちに受け取りやすい。内的視 点で捉えた事象をそのまま表現したものがほとんどないということもある。な ぜか。現象を内部観察すること自体が難しい(機会もない)上に、内的把握し た現象をそのまま表現することは至難の業だ。もともと表現することは難しい が、ひとつの現象を構成する自他を切り分け、その時点で変質した現象を対象