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我が國に於ける家族関係結合紐帶の變化に就いて

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Academic year: 2021

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(1)Title. 我が國に於ける家族関係結合紐帶の變化に就いて. Author(s). 北村, 達. Citation. 學藝. 第一部, 3(2): 105-110. Issue Date. 1952-10. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3514. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第3繊 第2 号. 璽. 学. 第 一 部. 3 3 とは、 歴史の我々に明示するところである。 ( ) 中と人類の前にその責任を意識 して、 「 市 lm Be‐ 」 (. 昭和27年10月. 32 :太郎: 法律哲学論集二、1944 譲( ) 田 中刺 ,232 ,pp 33 誌( ) 大塚市肋: 自然法の ル ネ ッ サ ン ス、 世 紀、 1951 ,8・9月 号 参 照. i in s t wus e d de s s 1 l er ▽er e t 1 1g ▽or (ねt tu antWor u i 1 1 I. Men l c l e 1 s l ) の句に始まるボン憲法 (ドイツ連邦共和図 ,. あ. 基本法)が全体的に観て、 特に第一章基本的諸権利に於. と が. き. 天使 的博士と称せられた聖 トオマス・アキナスの 思想. て自然法的色彩頗る濃厚であることば、 世人の 等しく認. 体系は、 恰も方古斧鉄を入れざる峻嶺の如く、 その頂上 を極めることは、 少数の碩学のみ よく それを篤し得る至 難中の至難な接である。 然 し乍ら我々とても、 先達の業. めるところであり、 同じく一九四五年以後の発布にかか る ドイツ各邦憲法の大多数も、 その基本権に関する部分 はもとより、 明示的に自然法乃至自然道徳律を表現 して. 績を足場として或る程度の登高は可能であるばかりでな く、 麓に在って も、 目を以てその崇高な美を賞玩するこ とはできる筈である 彼の自然法選論に就ても、 私は単 にその斑織美を讃えただけで縫ったよう であるが、 この. いる箇所が部分的乍ら鯵からず見受けられるのである。 我が新憲法に於て も同様な感じを誰しも受けるこ とで あろう。 アメリカ合衆国憲法の起’草 者 達、 所 謂 t he foundingf l t r e l sの敬度な自然法思想が、 ここ迄浸透し a. クラシック自然法の研究は、 恐らく 人類の存続する限り 不 断に発展し、 洗練されて極まるところを知らない であ. ていることは最早疑いない。 ただそれが、 近代的合理主 義的自然法の意に解せられては、 その本来の橋霜 1を穿き 珪. ろう。 換言すれば、 ただ調音が人間的実本の深淵に迄浸. 違えることにな りはせぬかと憂慮するだけ である。. 透するに至る迄は、 聖トオマスの自然法を自家薬龍中の ものとすることは恐らくできまいと思われるのである。. 以上の如く法実証主義の反動として、 二十世紀の初頭 よりフランスに於て漸次その勢力を獲得して束たジェニ. 以上の小論を結ぶに当り、 聖 トオマスに関する数々の 書物、 雑誌類その他の女献を自由に借覧させて戴き、 ま た数々の助言、 示唆を奥えられたタ ト 、 悌語殊にラテ ン語. i ー “ 働け) ‐ (Haur ou) ‐ , オ リ ュr , ボ ンヌ カ ー ズ(Bonnc. ‐ ca e) などを中 心とする新トマス主義 (N i s ‐Thon eo l l ・ ・ s e) l S または新スコラ主義 (Ne l tki ‐ o c l o a sme) の唱導は、 第. に就ては激務を割いて懇切に教示して戴いた聖アン トニ. 一次大戦 僕、 殊に第二次大戦後に於ては窓鷹の如く全世 ,. I H父、 同院主任司祭浅井春雄 紬 オ修道院長 L . ケルネル示 父の御好意に対し、 また御繁忙中にも拘らず、 依頼に願. 界に拡がり、 その運動も頗る活機化して束た。 泡に自然 法思想は、 フェニクスの如く永久に回帰すべき運命の 下. ぜられて本稿を克明に目を通され、 数々の貴重 なア ドヴ ァイスを奥えられた上、 筆者の考え違いを的確に指摘し. に置かれていると言うべきである。 31 32 註{ } 旧中耕太郎: 世界法の理論 第二巻 i9 ) l , ,p. て戴いた北海道大学教授宮崎孝治郎先生の御好意に対し. 30. 敷に謹んで深甚の謝意を表するものである。. 我が園に於 ける 家族関係 結合 紐帯 の 変 化 に 就 いて 北. 達. 村. 北海道学鱒大学釧路分校諺会学研究室 Toru Kr he Fmm王y Re ft rA 1t丁RA ; 。n The cha l i t l lgc( } . ・ Ja a on Bond i , pan.. 1 ,. する特異なる結合紐帯があった。 然し家族の民主化が行. 序. われ、 家族関係を構成する成員に平等な権利が保障され. 家族は自然的、 自生的に結合 し、 感情的に融合し、 樽 統、 家族精稗等の非合理的な要素が支配する断の ゲマイ ンシャフトの典型をなすが故に、 家族構成員間の紬合も. るや、 従来の家本位の家族は個人本位の家族に移行せざ 、 るを得ず、 家族関係の一体化そ ま失われて、 分解、 分裂す る傾向にある。 本稿は家長制家族関 係の分裂を阻止 して. 眠い 特に我が園家長制家族に於ては、 家族関係を強化. き旭特異なる結合紐裾を究明し、 それらが本質的意義を. 105.

(3) . 1 VO ,3 , No .2. oc t ,1952. GAKUG銭l sB loN A 回( ヱ 濯質. め、 家族の全成員が組霊に繋がって、 矯静的に一体化さ れていたのである。 穂先の威霊を受け、 之を奉就 L、 そ の威力を現在に代表している者は家父長で、 家父 ,長は家. 失って分解過程にある最近の家族関係の崩壊を阻止し、 支柱となる結合紐帯を追求せんとするのが目的である。. 2 , 家長制家族間係の結合紐帯. 族の 保護者であったから、 家族全員は之に服従して、 生 活の安定も得ていたのである。 家蓮も穂先の恩恵に依る. (1) 家の抽象性と紐先崇拝 家長制家族に於ける家なる概念は、 現実に共同せる一. ものが多かつた篤め、 家父長、 長男は胆先の恩に 感 謝. 世代的、 二世代的家でなく、 旭父より、 父、 子、 孫へと, し、 此の恩に報いる篇め、 徹霊を丁重に祭 らねばならぬ 過去より未来に扱って、 霞に死せる者、 現在生きてある -とされた。 従て家父長、 長男の父子関係は特に結合が張 者、 や がて生れくる 者の全体を包含せる超世代的なもの 化されてい たのである。 長男以外の家族成員の経済安定 で、 個々の家族成員の生死を超え、 断続する事なくそれ 自身の存在を 続けている断の超個人的抽象性を有 してい. の 基礎をなしたのは、 家父長り有する家蓬であった, 特 に零細農の多い我が画に於て は、 家父長に反抗 して、 家. たのである。 か る家の抽象性と永続性とは父子関係の 強力な る結合紐帯であった。 即ち家を 継承し、 之を博承. 族関係から脱藩する事は直ちに生活の脅威と なっ た 澱 め、 自然家族成員を家父長へ結びつけ、 家長に対する服 従は旭光崇拝の感青を醸成して、 家族関係は、 精詩的に. せしめる者は家父長即ち戸主であり、 戸主が中心的責任 者として、 他の家族成員が之に隷属 していたのである。. も、 物的にも一体的に結合せざるを得なかっ た の で あ. , 係も纏先崇拝心より、 報恩感謝 る, 兄弟関係、 本分家関 の念を生み、 巧みに而も無意識的に従属依存の主従的結. 特に家父長と長男子の父子関係は家継続の罵めの基礎関 係であった故、 長男子は密接に家父長に繋がれて、 家か らの解放を許されなかった。 夫婦 関係、 兄弟関係も抽象. 合を闇 ら したのである, か様に旭先崇拝は家長制家族の 的家を永続せしめる目的を多分に持って結合 さ れ て い ・中軸をな.し、 霊妙なる作用を営んで子孫 の生活を冥護す るものと考え られた篇め、 自然な情として 生れ、 全家族 た。 婚姻それ自体が、 家の継承者を得る事を目的とされ ていた篤め、 夫婦関係は、 此の継承を可能なら Lめる澱 めの手段であった。 従て 現在の如く、 性情的、 愛着的な ものが夫婦関係を結合せしめていると言う観念は殆 んど. 関係の精静的支柱を鷲していたの である。. なかった, 無 子に依る一方的離婚が公認され、 夫婦関係 は簡単に解体せしめられたのであり、 子を得る事に依り 家を継承せしめる事は夫婦を結合せ しめる要 素 で あ っ た。 兄弟関係に於ては、 次、 三男以下は家の 生産に寄輿. した結合紐帯は権 威と騰順、 命令と服従との権力関係で あった, 之は家 父長と家子との間には戸主権として、 夫 婦関係に方きては夫権として、 親子関係に於ては父権とし て、 兄弟関係に於ては長男子が分家者に対して持つ統制. する労働力として兄に繋がっていたが、 分家の隣件が、. 支配権として表われ権威者には服従者に対する生殺輿奪. 本家を援助し、 本家の断絶を防止ずる事を含み、 本家中 心に依る主従関係に依て 兄弟関係は分家独立後も緊密に. 権が奥えられていた篇め、 家族員、 子、 妻、 弟妹は夫々 の権威の下に絶対的に服従 していたのである。 権威は個. 結合していたの である。 家の抽象性は、 家 族成員に、 個 人の局めでなく、 家の篇の個人であると言う全体主義思. 人の自主性を束縛する権力(居所指定権、 分家、 廃絶家 再興の同意権、 婚姻、 縁組に対する同意権、 訓育、 懲戒 権、 財産管理権等)と、 権力を裏付ける財藻を以て隷属. (2) 権威、 随順の原理. 家長制家族に於て家族関係の結合を人鴬的に一層強化. 想を生み、 家族成員縄超個人的家に繋がり、 家族関係も 家の篇めに密接に結合していたのである。. 者に臨んでいた故、 権威者に従わざる者は生存の落伍者. となり、 之に従う者は財産と言う実質的な裏付けがあっ. 抽象的家の成員が橋静的安定を得、 家族関係の橋静的 結合紐帯となっていたのは旭先崇拝 心である。 胆先崇拝. たので、 服従者は自己の 意志に反して も、 家族関係に密 接に繋 がって、 分離 しなかったのである。 川島教授は家 ま只 r ナる権力--それは権利ではない--{ 長制家族に於ン. は胆先は死 しても筒、 霊は葬むられた場 所に留まり、 現 実の人間の様に意識を持ち、 子孫たる家族を保護し、 或 は干渉を なすもの であるから、 旭孫が一体化していると. の物理的な暴力と言う様な、 はだかの力そのものではな iに対する絶対的な高い威力、 即 ヰ く、 服従する人々の精霜. 言う所から発するのである。 和歌森教授は 「日本の旭光 は家族の生々発展の保障者、 生活基撃たる博統り主であ. ち権威として表われ、 その結 果服従者は之を抗し難いも (註2 」. り暖かく子孫を包む断の親 しまれる存在で、 組孫一体感. のとして意 識し、 進んで之に 服従すると言うておられる が、 権力は勿論平等者間に認め られる権利とは全然性格. 編を支配し、 組霊を傷ける者は罰を受け、 之を敬慕崇敬 する者は恵みを興えられると言う観念が働い て い た 篇. が異なる が叉必ず しも一方的、 絶対的専制ではなく; 権. ) (註1 が 静・ 。」と言われる如く、 旭霊の詩秘的威力が 子孫の鍋. 威者に犠牲的保護の緒稗があった矯め、 服従者は献身的. 106.

(4) . 第3巻 第 2 号. 学. 震. 第 一 部. 奉仕をなし、 自己を卑屈と感ぜず、 寧ろ道徳的満足感を. 昭和27年10月. に、 家族的身分関係を脱 し得ない宿命的なものがあった のである 閥武助教授も 「維新以来農業技術は確かに進. 覚えていたの である。 即ち情緒的、 人情意識が家族関係 を支配し、 孝、.友、 和が淳風美俗と して尊重されたが、. 歩したが、 労働過投に依る家 族労働的性格は依然として 揚棄されなかった, 封建期の土地制度の実質は解体され. 之らは凡て 自主的反省を許さぬ非合理的なもので、 服 従. 者は自ら選択し判断する自由を有しない反面個人的責任 建て温情的、 依存的従属意 感も有 しなかったのである。」 を. ず、 従って農民の 解放は不可能であったうえに、 法制的 にも明治の民法は家族主義存続の粋となったのである。. 識が家族関係の張力 な紐帯となっていた。 然 し人情的、. 過少農的農家の家族原理が、 親子関係の優位と長子優先. 情緒的意識の支配する道義の世界に於ても家族成員間の. を基底とする直系的家長的家族を臆し得なかったのも当. 不和岡実を来す事は免れない。 此の時衝突を調和させる. 然であり・その家から分出される分家が本家中 心的「ヒエ ) (註3 ラルキーに主従関係に組込まれ た」 と言われておるが、. ものは前達せる権力が狐く働き、 家族内の秩序を維持す ると共に、 法律も亦此の権力確保の 規定をなしてきたの. -や、 非合理的感 である。 家族構成員は侭統的な家族滞納. 零細なる土地を基盤と している限り、 分家に依る土地分 散は直ちに農家経済の破壊となるので、 土地 集 中 に 依. 情のみに支配され、 各個人が自己の権利を主張 し、 自己 の劉断に基いて行動しようと しても、 阻止され、 威圧的. り、 生計費其の他を節減し、 分業に依る数果 を 発 揮 し て、 富の 蓄積を図っていたのである、 仮りに分家が行わ. 権力が加われば、 家族成員は不平を感じ乍らも権威の前 に屈服を余儀なくされ、 家族関係は張力に結合せしめら れていたのである。. 位の低下となるならぼ、 却て大 れても、 彼等の経済的地,. 家族組織の中に留まって責任感なき方が経済的に安定し 得た故、 家父長、 長男子に結 びついていたのである。 法 も亦富の分散をさける鴬めの長男子一身の家督相続を 規. (3) 貧窮 なる経済藤件. 我が園農村経済が極めて封建的であり、 小作経営が多 く、 小作料の高き事、 耕作面積が小で、 経営方法も幼稚 であった事、 維新后資本主義経済の発展の下に、 経営方 法や、 農耕技術の改善が行われたにも拘わらず、 零細な. いたo 浅近代工業であったが、 此処で 農村の過剰人口の吸収{. る耕地面積と、 人口の過剰とは農業経済を貧窮化した篇. 経営の犠牲に供されてきた。 彼等が低賃金に甘ん じ、 低. め、 家族員の独立を容易に許さず、 家長制家族形態の下. い生活水準に堪え得た結果、 依然親方、 子分、 旦那、 丁. に、 封建的家族主義を温存せしめ、 家族関係の分裂を阻. 稚と言う従属的上下関係の 下に生活 しなければな らなか った。 従て 農村から流入した都市に於ける家族も亦、 此. 定 していた故、 家 父長と長男子の結合は特に張化されて. も貧窮なる経済生活を営んできた農村人は、 資本主義的. 止し、 結合を狐化する縦肝の環境が農村家族に輿えられ ていたのであって、 劣悪なる経済係件は家族関係の結合 紐帯をなしてい たのである. 農業家族は消費集団たると 共に生蓬集圏 であるが、 我が図の如く不安定な自然力と. の貧窮なる生活を反映して農村家族と同様の従属依存に 依る家族関係が維持されてきたの である。 経済生活の貧 窮は当然依存せざるを得ない破目に追い 込 み、 自 然 家. 戦い乍ら而も零細な土地を基盤と していては、 経営の大. 長ゞ 夫、 父、 兄の財産を目指す事に依り、 父子、 夫婦、 兄弟関係は密接に結合していたと言い得るのである). 規模化、 機械化を殆んど望み得ず、 自然多数の家族労働 に依存する結果、 多数の家族成員を一家族内に包含せざ るを得ず、 之等統制の 鴬に家長は中心的責任者として家 族成員の生殺奥奪権を握っていたのである。 次三男以下 は分家し度 くも奥えらるべき土地がない場合には. 、 大家 族制から生ずる不利を忍んでも筒、 之から脱落する事は 生活の脅威であった篤め、 家長の 下に服従 し結合してい たのである。 叉僅かな土地を奥えられて分家し得る場 合 にも、 輿えられた土地で生活を支え得る事は不可能な場 合多く、 本家の土地を小作 したり、 労力奉仕を行ったの であるが、 此の場合の労力奉仕も合理的契約関係の下に なされたのではなく、 恩情的な庇護と奉仕の下でなされ た篇め、 経済紙態は依然貧洞で結局は本家に従属 して、 本分家間の主従的上下関係 が保たれていたのである。 本. 家の庇護を受けなければ彼等の生活が成り立 たない 所. 3 , 結合紐帯の弱化に依る家族間係の分裂 組先より子孫に永久に存統すべき累代的、 抽象的家の 概念は単に戸籍簿上の紙の上のものであった。 血縁者の 結 合を家となし、 家の 成員の身分関係を記載したのが戸 籍簿であり、 その戸籍簿に記載されてい るか どうかと言 う事を家族関係の判断基準とした事は極めて 形式的であ . って、 かふる家の概 念は当然抹殺され、 改正民法も認め ない。 ここに家長制家族は解体し個人本位の家族へ移行 し、 家の懲承継承者たる家父長と長男子との 父子関係は 極めて弱いものになるのである。 家父長権も衰微せざる を得なくなる。 従来家族内に於て家長が中心 と な り 数 . 育、 宗教、 裁判、 防衛等の諸機能が営まれて きた が・ 之 ‐ 〔、 国家、 就会目 等凡てが図家其の他の敵会に吸収さ才L. !07.

(5) . 、. ・ GAKUG遡1 S GAKUG冠 ION A ECT .. VO I ,2 .3 , No. ら行う結果になり、 家長が之等に対する権限を行使する 事に依って、 家族内に於て有していた統制的支配はなく なって縫うのである。 叉妻、 子に対する生活保障も園家. 自ら行い、 家父長と同等の人格保護が奥えられる様にな って、 隷属者たる彼等は単独に就会的生産に 参 加 した し、 財蓬も特有のものと Lて認められるに至って、 権力. に依る結合は、 平等な権利義務関係に置き換えられ、 家 族関係の分裂が始まるのである。. 級先崇拝心も仲悌混清廃止や排卵識釈の宗教政策、 商 工業の発達、 土地からの解放、 貨幣経済の発達等の経済 的膝件、 居住移聴の自由、 家族成員の別居生活、 新興の 一家創立等の武会的膝件、 個人的自由思想、 自主 的 精 …の発達等の文化的像 件の 影 響 ヰ 辞、 科学的、 実証的橋禾 に依り、 池先の霊の 不滅を信 じ、 之が子孫を加護すると 言う如き信仰は当然薄らぎ、 か る憐件の下でも尚、 旭. oc t .1952. とは言え権威と恭順の原理が支配 し、 近代家族の成員に 要求される自主性、 合理性の精紳に反するものである以 上、 権威と呼ばれるものは全的に排除されね ば な ら な. い。 勿論近代の平等な家族関係に於ても、 人情的、 情緒 的雰囲気は必要であろう。 叉家族成員が平等的に協力し て、 淳風美俗が保持され、 家族秩序が維持される事も望 ま しいであろう。 然し家族成員が独立の個人意識に目醒 め、 個性が確立され、 自由に自己の行篇に対 して判断力 を持つに従い、 非合握的、 非自主的、 盲目的な慣習や風 俗を払拭し、 自由に自己の 罵すべき事を撰択判断 し得る と言う合理主義的方向へ と進むの である。 父、 子、 夫、 妻、 兄弟にも平等な権利が認められ、 夫々主体性が確立. される時、 家族成員間に於て、 知的にも感情粕勺にも衝突 を起す公算は多く、 家族内の不和闘争、 紛争を激成する のである。 即ち夫婦の平 等が確立され、 妻の従属的地位. 先崇拝心を 喚起しようと しても却て迷信を強 制すると言. が完全に解放された結果、 相互の闘突に依る離婚は急激. う様な感じを起させる事になるの である。 従って 犯霊の. に増加し、 子の 人格の尊厳を認め、 子の自由を保証 した. 体現者たる家長を尊敬し、 之に服従すると言う観念も無 くなり、 曾って旭先崇拝が家族成員の橋脚的安定の基礎. 結果は親子間の紛争を醸し、 悪質犯罪を生み、 家出、 津 浪者が増加し、 生活力なき老人は見捨てられ、 直系血族 間の相互扶養も打算的となり、 兄弟間の連帯感情は失わ. として、 家族の感情を和らげ、 利害を共同に し、 和親を 増すと言う如き働きをなしたが、 今日の家族関係に於て. は最早強力な精稗的結合紙幣たる意味を失い、 家族成員 は家長からの覇紳を脱 して、 分裂する事となったのであ る。. 権威、 随順に基く権力関係も、 デモクラ シーが個人の 自由を尊重 し、 人間は生れ乍らにLて平等であり、 その. れ、 互に闘争する結果となって、 父子関係、 夫婦関係、. 兄弟関係の結合は弛緩し家族成員の分裂を招来するに至 ったのである, デモクラ シーの理想を家族関係に於て実 現しようとする時、 当然権威と呼ばれるもの に依る結合. は否定されねばならず、 家族関係は分解過程を辿るであ ろ うo. 、. 間に差等を設くべき・でないと言う理想を貫く時、 法律も. 然し貧窮なる農業経済は尚家族関係を分裂せしめ得ず. 亦、 平等な権利能力者と して取り扱い、 且つ自由な人格 者として、 個人の尊厳を確認 し、 主体性を確 立する時、 当然饗更を余儀なくされるのである。 家族成員は永年の. 改革が行われて、 自作農が創設されたけれども尚それら の大部分が零細農である事は認め得るし、 僅少な耕地面. と言うかも知れない。 確かに我が園農村に於ては、 農地. 間性抑圧の上に打ち建てた淳風美俗と呼ばれる美徳を失. 積の上に機醜化が行われて も、 生産を直ちに増大せ しめ 得ない現状である。 従って農業家族に於ては経済的膝件 の下に或る程度は大家篤組織を形成 してゆくであろう。. わ しめ、 ここに家族関係分裂の危機を草む結 果となるで. 然し此の大家族組織内に於ても以前の如き家長的権力は. あろう。 川島教授は 「我が図の民衆の家族生活に於て は 言なくて、 もっと協同的な雰囲気 絶対的な権威と恭順で} が支配する。 ここでは権威は甚だ人情的、 情緒的性質を. 抹殺される であろう。 即ち個人の自由と独立を前提とす るデモクラシー の影響は、 家族成員の主体性を確立する. 構 びて、 形式主義的なうやうや しい 畏敬は支配しないで. 叉商工業へ過剰人口が吸J 枚され、 商工業が彼等の紙会的. 寛いだ遠慮のない雰囲気が支配し、 横の協同関係が存在. 地位を確保するならば、 封建的家族主義からの脱却の途 が開かれ、 我 が園経済構造が近代工業を中級とせ● ざるを. 屈辱的地位よ り脱却 して平等の権利義務を有 す る に 至 り、 権力関係は平等関係に麹移し、 家族間の紛争は、 人. する。 ここで家族的人情や情緒を決定するものは、 人間. の合理的、 自主的反省を許さぬ所の盲目的な慣習や習俗 であるが、 近代家族に於ては合建的、 自主的反省、 「外 から」 規定される事なく、 「内から」 の自律 に依つ〔煤. 事に依り、 少くとも晴静的には解放されるであろうし、. 得ない地位におかれつ}ある時、 之も亦可能と言い得る であろう。 農業家族の成員もかくて零細なる土地への愛. 介される所の道徳が支配する」 と言われるが、 例え淳風. 着を失って分裂する傾向にあるのである。 ・ 都市家族に於ては前逃 せる所 に依り分裂Lてゆくが、. 美俗の道徳が美しい ものを せよ、 その背后に弱められた. その外に都市に於ては家族成員が家族外の種々なる集園. ) (謎4. 108.

(6) . 第3継 第2. 号. 聾. 学. 第 一 部. 昭和27年10月. 夫婦関係を形成するに至れば、 当然分離の可能性も生ず. に属 し、 それらの集圏が今迄家族内で果して呉れた欲望. を悉く満たして呉れる鴬汝、 家族の果すべき機能が極め. る事になるが、 母子関係が完全に崩壊する事 は 稀 で あ. て僅少なもの となり、 家族外の生活が、 家族関係破壊の 有力な原因となっているので ある。,モーラー 教授は、「都. る。 要するに母子関係の本質的結合紐帯は血隊から生ず る本能的愛情と之に基く監護養育と言う長期の共同生活. 市家族分解の傾向は、 都市生活に於ては接触が贋範囲且 つ多面的である篇め、 家族を構成する男女間の教養程度. である。. の少しの差異もすぐに拡大さォじこ、 闘突を起し・ 共同生. に依り、 自然に本能的愛情に依る共同生活に基くが、 父. 活を営む事が 出来 ない程になる。 その結果都市に離婚が ) (註6 増え、 別居、 愛児の現象が現われる。」 と言つておられ. 子関係の場合は血縁に依る本能的愛情に基く結合張度は 母子関係よりも弱い。 即ち監護養育が直接身体的 でな. るが、 都市生活が余りに接触範囲が多角的であり、 刺戟. く、 共同生活も継続、 持続的でない が鴬めである。 従て .知的 感情的に融合一体化しておるよりも寧ろ、 統制的、. 父子関係の結合も母子関係の場合と同様血繰相牽く事. が強過ぎる事は家族関係の結合を弛緩せしめている事は. な結合度の方が強い。 父子間の年令上の差異は、 当然凡 ての面に於て未成熟子に優越する所から、 父 は 子 を 教. 確かである。 叉近代産業が婦人の澱めの職業、 労働の道. を開放した鴬め、 多数の婦人が職を求め叉経済的にも求 めざるを得なくなる時、 全成員が家族内で共同生活を営 む時間が極めて短かく、 精静的慰安を求むる事も不可能. 育、 導指し、 子も亦積極的に知的にも精紳的にも充たさ れようとするのであるから、 本能的な愛情結合の外に知 的な結合が行われるのである。 然 し成熟後の分離可能性. となるに至るや、 家族関係は愈々解体の危隣に瀕する事 となろう。 以上遊べし如く、 家長制家族を継持せ しめて. は母子間の場合よりも狐い。 結合が知的で、 合理的であ る場合には、 不和闘突の公算強く、 従て分裂の場合は結 合も容易でない。 父子関係に於ても母子関係に於ても 血. きた結合紐帯は全く弱化され、 大家族は当然一世代的若 くは二世代的な小家族へと蔓化 し、 更に此の家族も分裂 傾向にあるのである。. 縁と言う事実は、 如何に個人本位的に分裂した家族関係 に於て も、 結合紐帯と して最も強きもので、 此の点夫婦 関係、 兄弟関係に於ては見られない特色を有するの であ. 4 , 個人化家族間係の結合細微. る。 然 し親子関係の結合も未成熟の子のみを包含した場 る。 合に特に強いのであ ,. 個人化し分裂傾向にある家族関係は将来果して崩壊す るかと言うにゞ 崩壊は考えられない。 それは解体を阻止 し、 結合を維持していく本質 的結合紐帯が存ずる鴬めで ある。 即ち家族は血の ゲマイ ンシャフ トであり、 血繰相. 夫婦関係は 血縁関係を生ずる基礎ではあるが、 夫婦関 係そのものは血縁関係でない故、 分離の可能性は極めて 多い。 劣性なる妻に平等な権利が保障された結果は、 不. 牽く事実は法的規律を僕たずして本来的に存在し、 之が 親子関係の結合を維持する眼力なる紐帯となっているの である。 然 し此の事実は過去の家族に見られた如き、 正. 和圏突を起し叉相互に優越を誇り或は相手を独占せんと. しい血統の者 に依て胆先像束の家を永続せ Lめねばなら. 夫婦関係が合理的に利益を目的として結び合うならば、. ぬと言う如き観念を子に喚起せしめる事はない。 現在に. 利害相反するに至る時は直ちに解体 して縫うのである。. する時に崩 壊の危険がある事前逃せる所であるが、 他方. 於ては血縁関係は第一に母子関係を張力に結合せしめて. 従て結合を 維持するのは極めて困難 であるが、 結合せ し. いる。 即ち母子間の血縁相牽く事実は、 自然本能的に母. めている要素は性情的、 愛着的な性的本能である。 即ち 異性が相互に有する特質を享有せんとする本能が最も強. は子を所有しようとし、 未成熟の子を身体的に監護養育 しようとする意欲を喚起させるのである。 養育監護期間 が長く、 且つ持続的である事も母子関係の特色であり、. い から である。 従て種族を保存する篤に夫婦関係を継続 せ しめているのではない、 かふる意欲は働く が、 本質的. に享楽すると言う共同生活が母子間に営まれるので感情. な ものでない。 然 し最近の姦通、 費笑等が 夫 婦 関 係 解 体へと働いてはいるが、 それは寧ろ例外であって● 、 性情. 的にも-体化して結合は極めて眠いのである。 子の成熟. 的本能の上に滞納的な人格的な愛が加わって夫婦関係の. 後は身体的なものより精静的結合へと移行してゆくので. 分裂を防止 している。 此の点精紳的なものも夫婦関係を. あるが、 養育監護の関係が嘗て存 した事が反射 して、 子. 、る結合紐帯であるが、 第ー義的には性情本能 一層狐化す が結合要素である。 其の他生活の困難及び便宜と言う要. 千の未成熟の 間は必然的に母子は共同に食事をし 、 共同 ・. に狐い感言 粥の念を趣きしむる事に依り筒母子間の速墜を 緊密にし、 糟合は容易に解かれない。 養育監護が徹底 凪いであろう。 し、 共同生活の期間が長ければ結合は尚ぢ. 然し成熟後、 幾つかの集園に属して生活し叉婚姻に依り. 素も結合要素となっているが、 第二義的なものである。. 次に夫婦関係は子を生む事が目的ではないが、 夫婦関係 の結果として子が生れる時は、 夫婦に血縁感 情 が 起っ. 109.

(7) . ▽o l ,3 ,2 , No. ・. 0c t ,1952. GAKUG駕1 SEc 1 Io ON A CT. て、 子を監護育成する本能が起る事に依り夫婦関係の結 合は一層強化されるであろう。 従て血縁の子を包含した. と言う如き要素が第一義的と考えられていた澱め、 本能 的なものは犠牲にされてきたの である。 然 し個人本位家. 夫婦関係は、 単なる夫婦関係よりも結合度強く、 此の点. 族へ移行すると共に、 本能的な愛す 青が中心的結合紐帯と. では子の存在も夫婦関係の結合紐帯となり得 る で あ ろ. なってきたのである。 デモクラシー が如何に個人の自由 と主体性を確立 しても、 本能的なものは家族関係から払. ノ. うo. 兄弟関係は血縁があるが、 母子関係に於けるが如く直. 拭し得る事は不可能であり、 従て家族は小型には藁形し. 系的撃がりでなく、 叉年令的にも接 近 している澱め、 父. てゆくが、 完全に解体はしない。 そして本来的、 本能的 愛情を育成していく事に依り、 家族関係の結合を強化せ. 子関係に於ける様な知的な結合も弱く、 家族関係のうち で最も分離的傾向が纏い。 只未成熟の際の同居共同生活 に於て、 保護育成の漉撃関係があれば、 成熟後の分離に 於ても相互扶養関係を生ぜしめる程度で結び合ってい る に過ぎないのである。 -家族内に同居する場合には血縁. しめ得るであろう。 7 1 ) 和歌森太郎 : 日本民俗論、 p .217 註( .194 ’ 2 ・7 . ( ) 川 島 武 宜 : 日本紙会の家族的構成、 1 1949. 3 ( ) 編 武. に基く連帯感 青が兄弟関係の結合紐帯となっている。. ,. 直 : 日本農村の滝会的性格、 p.30,. 1949. 以上鴇べし如く今日の 家族関係の結合紐帯となってい るのは、 本来的、 本能的な愛情で、 之が中心的なものと. 4 { ) 川 島 武 宜 : 前掲書 p ,12-14 i i t ly Di za on p sorgan 5 .23 r: Fami ( }r E.R, Mowre 1927. なってきた, 家長制 家族関係に於ても、 之は発生 してい たのであるが、 ここに於ては、 級先崇拝とか、 権力関係. ガイ ダンスの必要性 -その敵会的背景- 今. 宮. 廉. 太. 郎. 北海道学馨大学旭川分校教育学研究室 I Backgrotulds i dance a lf r Provision for Gui ( l o s ent Demm , Soc Re tar。 ID .AMIYA : Pre l .. 1 緒. 言. ガイダンスの 必要性の蔵会的背景に就 わが園に万全ける・ いては、 従 来多くは、 アメリカの資料に依る類推か、 或 いは常識的推測にとどまっていた, 此の点は、 わが図の ガイダンス理論体系の一つの鉄陥であった。 イダソスの対象となる児童生徒の 諸問題誘 本論は、 ガ・. 発の直接間接の原因と思われる徹会的隣件についての調 査報告であり、 これに墓いて現在のガイダンスの必要性 を検討した ものである。 調査資料は主として 次のものに拠った。. 総難聴統計局、 内閣統計局、 厚生大臣官房統計調査部 の 「国勢調査報告」(大正九年~昭和二十二年)及び「臨. A,J , ジョ ソズは、 米国に於けるガイダンスの必要性 の誼会的背景について、 次の 九項 印こ亘って調査 してい 1 )1家庭の篠件の蔓化、2産業や労働の鱗件の愛化・ ( る。 3 人口の饗化、 4出生率及び死亡率の蔓化、 5一般教育 の必要の増大、 6学校中途退学者の増加、 7閑暇の利用. の問題、 8道徳的、 宗教的膝件の蔓化、 9耐会的計画の 改良の必要、 である。 これらは一陛重要な観点を網羅し . (いると思われる。 本論では、 これらの観点 を 顧 慮 し て、 次の六項目を選んだ。 1産業や労働の隣件の蔓化、 2 人口の蔓化、,3出生率及び死亡率の饗化、 4一般教育 の必要の増大、r5不就学及び長期鉄席の問題、 6道徳的 及び宗教的諸儀件の愛化である。 一部の項目 に 就 い て は、 アメリカの事情との比較検討を試みた。. 時国勢調査報告」。 女部省調査普及局統計課の 「女部統計速報」 。 日本統計研究所発行の雑誌 「統計ゴ。筒その外に、S 製 靴 工場 (都合により名を記載せず) について調査 した。. 2 産業 (職業) や労働の修件の蔓化 先ず、 産業と職業との関係について遮べね ば な ら な し、 o 日0.

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