• 検索結果がありません。

北原白秋の児童創作詩に対する批評の観点 : 『赤い鳥』大正十年十月号までの選評を中心に

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "北原白秋の児童創作詩に対する批評の観点 : 『赤い鳥』大正十年十月号までの選評を中心に"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)北原白秋の児童創作詩に対する批評の観点 -﹃赤い鳥﹄大正十年十月号までの選評を中心に-. は じ め に 雑誌﹃赤い鳥﹄において、その創刊号(大正七年七月号)から北原 (1). 白秋は﹁創作童謡﹂欄の選評を担当している。鈴木三重吾の指導によ. る緩方'山本鼎による自由画が、その当初から児童の作品を扱うもの として始められたのに対して,この﹁創作童謡﹂欄は丸帯の作品を扱 うものとして出発した。 白秋は大人の作品の選を行うなかで、そこにたまたま投稿された児. 堀 江 祐 爾. 兵庫教育大学第二部(言語系教育講座). ようにへこの時期は'白秋が子供の作品の位置づけを慎重に探ってい た時期である。. 先稿(﹁北原白秋による児童創作詩の推進-﹃赤い鳥﹄大正十年十 月号までの選評を中心に-﹂﹃国語科教育﹄第三十集、全国大学国語. 教育学会編、一九八三年)の中で、この時期の子供の作品に対する白 秋の観点が、 ○作品への感想 ○表現方法 ○対象把捉. という段階を踏んで広げられたことを指摘した。しかしながら'紙幅. の都合によりへそれぞれの段階についてわずか一例ずつしか事例を示. 本論では'多くの事例を示しながら、先の指摘を再確認Ltまた、. すことができなかった。. 新たに大人の作品に対する批評の観点との違いについても考察する。. 欄の名称と作品数との変選を表に掲げた。子供の作品を載せる欄が. 童の作品に触れへその新鮮さに驚き、やがて児童の作品を載せる欄を 増設させるに至る。 登場するのは'大正八年四月号からである。ひと月の掲載作品数は'. 子供の作品を載せる欄ができた直後の選評の大部分は'次のような. 一作品に対する感想. 大正八年には七、八編であったのが'大正九年になると二十数編にな 創刊から大正十年十月号までは、子供の作品は﹁童謡﹂の名のもと. り'大正十年十月号では六十七編を数えるようになる。 で掲載されているo(十一月号において初めて﹁児童自由詩﹂という 名称が掲げられる。)欄の名称が何度も移り変わることからもわかる. 33.

(2) 大正7年7月号( 「赤い烏」副刊号) -大正10年12月号における童謡伽の名称と作品数との変遷. l… ∴∴ ∴蝣*・4*二∴-∴:::: :I - !V.一 類/はその号に偶がないことを示す. 1 月号. 2 月号. 3 月号. 4 月号. 5 月号. 6 月号. 7 月号. 創作 童二 芸 大. 2. 8 月号. 創 作童 謡 ll. 9 月号. 創 作童 謡 ll. 10 月 号. 創作 童謡 10. 11 月 号. 創作 童謡 ll. 12 月 号. 年 畢計. 創作 童謡 58 13. 正 七 ; 午 1 L E. 創作 竜謡. 刺rf .-f i謂. ll. 釧作 童謡. 16. 17. l 年 八 !. 21. 自作童 謡. I i. 8. -. i 1 人朗. 謡. l I [ 人 選童謡 L ∴. ! 18 太 i り I t I f 草 I '蝣 蝣 十十七l h 上 少 年少 女童謡 l t 自作重謡 ∼ i 13 9 9 l. r. / /. 大 i i. 創 作童 謡. //. 人選 畳謡 19. 自作 垂謡 12. 創作 童謡. 創作 童謡. 18. 20. 少年 自作童 謡. 少 年 自作 童謡. 7. 人選童 謡 IS. 人 選 自作童 謡 17. 9. .人 選童謡 16. 創作 童謡 17. 少年 自作 童謡 8. 人選童 謡 19. 自作 童謡. 創作 童謡 22. 少年 自作 童謡 8. 人選 童謡 18. 自作 童謡. 15. 20. 創作 童謡 24. 創 作童謡 26. 少 年 自作童謡 少 年 自作 童謡 V. 7. 人選 童謡. 21. 21. 創作 童謡 23I. 18. 少 年 自作 童謡 少年 自作 童謡 8. 人選 童謡. 19. 自作 童謡. 創 作童 謡. 25. 人選 自作童 謡 人選 自作 童謡 (棚が 2 つあ る) 24 38. 72. 9. 人選 童謡 23. 1. , 2 17. 人選 自作 童謡 26. 20 4. ド \ OS'S ,2. 入選 童謡 20. 14. 人選 童謡 (欄が 2 つある) 19. 人 選童謡. 入 選童謡 19. 23. 創作 童謡 114. 20. ≡ \ JS rit1 前. fllV i ., よ. .25. 30. 自作立 話 (鞠 が2 つある) 50. 自作 童謡 29. 自作 童謡 51. 自作童 謡 47. 自作董 謡 (欄が 2 つある) 62. 自作 童謡 39. 自作 童謡 46. 自作 童謡 (欄が 2 つある) 67. 自作童 謡 児童 自由詩 67. 児童 自由詩 (. 潤が 2 つある) 59. 5 72.

(3) ものであった。(引用の際へ旧漢字は新字体に改めた。). 大きな実山梨県北都留郡鳥沢小学校尋四杉本l男 えだの上からおっこちた'. おいしやさまに見てもらったら、. あたまがくさつた大きな実が、. 朝大阪府東成郡住吉村車山五五五日江好郎 ケコ/\鶏,醗さめた。. なはりませんとあたまをふった。. 藤本君の﹁白い卵﹂もい1ものです。(大正八年﹂ハ月号). めんくらがって地べたでをどる' 白いノ1卵。. めんどりがいたづらすれば、. 日いく卵へ. 白い卵山梨県北都留郡鳥沢小学校尋四藤本美時. (大正八年六月号). 杉太君の﹁大きな実﹂は如何にも鋭くて気がきいてゐます。. ピイく雲雀、戸をあけた。 まゝ. カアノ-烏、顔あろた。 チュウ/\雀へ飯食べた。 すんだら一緒に エツサツサ'. 父さん会社' 僕たち学校。 白江君の﹁朝﹂も無邪気です。(大正八年五月号) 木の葉鹿児島県女子師範附属小学校四久保澄雄. 飯たき兵庫県武庫郡須磨町西須磨l三〇-六田原三郎 天井の上の、. 木の葉よ/1、 どこから飛んで来た。 こゝに来た。. 〓肋揺れたら、. 蜘妹の糸が揺れる。. 木枯さらって' 何をLに飛んで来た。. 二筋揺れたらへ. 米が一粒煮える'. 山見物に飛んで来た。 太郎さん'お花さんへ. 米が一斗焚ける'. 百ペん目には、. 米が二粒煮える。. 左様なら。 久保君の﹁木の葉﹂も粗野なやうで生々としてゐます。(大正八年 五月号). 35.

(4) やれはれ待遠しい'. イタイといふところがい∼。ほんとに痛さうです。(大正八年六月号). 赤リボン。. リン/\リボン、. 赤-ボン東京市外渋谷小学校五年生大岡昇平 子供諸君のでは田原君の﹁飲たき﹂を賞にしましたが'あまりうま. 午砲がなる. 過ぎます。(大正八年七月号). むかうのお山に雨が降る。. リンくリボンへ. リ ン く く 。. 木になった銀の鈴が、. 評というよりは'作品への﹁感想﹂のような選評が多数を占めている0. これらの例のように﹁無邪気です﹂﹁生々としてゐます﹂など'批 作品のどういうところが﹁無邪気﹂であるのかは、どこにも書かれて. 姉さまのかけた、. やかましいけけす。. よくなくけけす、. けけすノ\'. けけす兵庫県加古郡尾上小学校四年生福岡光雄. 混じって増えていく。. この﹁表現方法﹂についての批評は、先の﹁感想﹂のような批評に. 的に示している.すなわち﹁表現方法﹂についての批評であるO. このようにこれらの批評はその作品のどこがどういいいのかを具体. 月号). のリボンを少々からかひ気味で笑ってゐるやうです。(大正八年七. 大岡君の﹁赤-ボン﹂は音楽的で面白い。それにその調子が姉さん. 赤-ボン。. 赤リボン'. いない。おそらくへ白秋がその作品を読んだときに直感的に得た印象 をそのまま言葉にしたものであろう。 二﹁表現方法﹂についての批評. 東京市小石川区原町三十一山崎和勝. やがて、﹁感想﹂のような批評の中に'次のようなものが混じり出す0 稚うち ケンケンケン、. 裏山で雑がな-、 うつてやろ' たま. ドンブスへく、. 丸ははづれた' 松の木にあたツた、 松の木オーイタイ。. 山崎君の﹁稚うち﹂はほんとに鉄砲でうつてるやうです。松の木が. 36.

(5) 福岡君の﹁けけす﹂はそれJjがももつとい、ものですo短かいが気. しようわりのけけす。. おかあさんへ. ちゆうとないてゐる、. ち ゆ う く. 一羽のすヾめ、 まひどのすヾめ、. こっちへ来ても、. 持のい1ほどけけすを浮き出させてゐます。しようわりのけけすで. おもしろいけけす。. おしまひをつけたところなぞは感心されます。(大正八年九月号). 少年達のでは、友野君の﹁まひ.この雀﹂を賞にします。同君は九歳 でまだ小学の一一年だといふことですが'まひどの雀のかはいさうな. おかあさん。. 栗の木の下の'. ころがへかはい1のです。(大正九年二月号). やうすがよく歌ってあります。おかあさんへおかあさん、と呼ぶと. 鍛冶屋さん東京市外代々木山谷1六四山口隆一. 鍛冶屋の爺さんへ. トテカン'トテカン。. 毎日汗出し'働く爺さん。 トテカン'トテカン。 金打つひまに'. 取らうとすればちくりちくり、. はち山梨県北巨摩郡鳳来小学校尋四中山巌 ...w 石のねにすを金ふはち、. トテカン'トテカン、 爺さん得意の' トテカン、トテカン。. たものです。それに初めの〓付も立派にと1のって、しっかりした ものですが,二行目のilGれい子はどうです。驚きませんか.こ. 中山君の﹁はち﹂を見て下さい。なんときふムダのないひきしまっ. 若い時のはなし、. 山口君の﹁鍛冶屋さん﹂はトテカンでうま-調子を作ってゐます。. の.ころの大人の新しい俳句以上です.(大正九年十一月号). ・ ・ ! ・. (大正八年十一月号). l羽のすヾめ、. まりところんで、. かはい\フチ。. うちのプチは、. うちのプチ山梨県北巨摩郡鳳来小学校尋四山田愛子. まひこ .のすゞめ、. まひどの雀東京市芝区南高輪小学校二年生友野代三. あっちへ行っても、. 37.

(6) °. °. °. ひじろへおちて、 しっぽをやけどし、. ニヤン'. さもあっあうに、 こヤンt. IE^ 山田愛子さんの﹁うちのプチ﹂のおしまひがうまいもんです。ニヤ. K. 9. ママ. ママ O. 三﹁対象把握﹂についての批評. 徳島県勝浦郡千代小学校讃山芳章. 大正九年四月号の選評において'﹁見方﹂という新しい批評の言葉 が出現す(Go 時計 かつちんく' 尾ばふるとけい。 かつちんく, 尾のないとけい。 小さいとけいは、 大きなとけいは'. どこでも行くに'. と三行に書いてゐます。で-ぎり/1時いて暑さうに見えて来ます。. おるすもりへ 朝から晩までt. i. ンくくとせずに'愛子さんは、. I. ニヤン。 λ. ニヤンノ\ノ\とするとをかしいだけで、かあいさうなところ. 二ヤン。. が見えません。そしてびつ-りしてあわてきってゐます。三行にし. かつちん!(・-0. ・. < 蝣 ! 蝣. 讃山君の﹁時計﹂は尾のある時計と尾のない時計は'珍らしい見方 です。(大正九年四月号). た方がさもやけどして悲しさうです。(大正九年十一月号) これらの例のように'作品の構成へ調子へ改行による効果などさま ざまな表現方法に着目している.単なる感想ではなく'具体的に作品. ・. ﹁珍らしい表現﹂と記さず、﹁珍らしい見方﹂としているところに. ・. 注意する必要がある。ふりこを尾と比境を使って表現したところに斬. ・. 白秋の指摘した表現方法は、字数や韻律などの定型に関するもので. の優れた﹁部分﹂をとりあげへその秘密を解き明かしていく。 なく、自分の心の中にあるものをいかにすれば、﹁自由に﹂しかもい. 新さがあるのだが、白秋はそれに﹁見方﹂という言妻を使っておりへ. ﹁見方﹂についての選評は、これ以後数多く見られる。(以下、傍. 比愉表現を生み出す源である﹁ものの見方(対象把握の仕方)﹂を重 視していることがわかる。. きいきと表すことができるかtということに重点が置かれている。 このような﹁表現方法﹂についての選評を通して、子供たちは心の 中のものを表す方法を具体的に学びへやがて﹁童謡﹂の枠を越えた作 品を生み出すようになるのである。.

(7) 線は引用者による。). r.r.. 夕やけ東京市本郷区湯島三組町三(六才)川上大三郎 きれいなゆふやけ、 とまといろのゆふやけ。 OS. 川上君の﹁ゆふやけ﹂何といふ新しい見方です。トマト色の夕焼は. (十四才)早川午佐久. 実にいI。これが六才の子供の作です。まだ学校へも出ぬのに謡っ たものです。(大正九年五月号). 音吐. さくらんぼうが落ちてゐた。 ひらをりと思ふと、 小鳥がたべた。. 小林章子さんの﹁油画の道﹂へこれが六才の女の児さんだと思ふと 驚きます。油画の通とはよく見ました。 少い言葉でこれだけの内容. のあるものをあらはしたのは感心です。(大正九年十二月号). お星様東京市四谷区第一小学校尋四年福田精 お星さまピカく' あみのおさかなだ。. 福田君の﹁お星様﹂を網のさかなと見たのも実に鋭い'そして無邪. 池田春子. ペンキ屋さんの青蛙. 山口県菓浦小学校尋1. 気な感覚です。(大正十年三月号). まつのえだ。. ふかれる'. かぜに、. まつばら. 作目のばんに' ペンキのかめにおっこちた' 明日のばんまでへ いたづらよそよ。. ( t o ). ﹁青蛙﹂(早川岩)も実に新しい見方です。 こ の な ま な ま し さ に は 誰でも喫驚するでせう。芥川龍之介さんの句に丁度かうした句があ. いっぱいゆらす、. みどりのはりをへ はりは、はりと、. ったやうに思ひますが'まさかこの少年がそれを知ってる筈もなし、 全くの暗合だらうと思ひます。さうすると'えらいものです。(大. はえらい事です。私のにも黍と黍とが夜中に目がさめて話してゐる. それで松の葉がお互に一本づ1生きてゐます。かういふ風に見る事. 池田さんの﹁マッハラ﹂は松の針と針と話してゐるのがい\のです。. ∵r・. なにかさうだんするのか。. 大阪府船場幼稚舎五の組(六才)小林章子. 正九年九月号) 油画の道 池画の道を 歩いてゆくと、. 39.

(8) (. -. 蝣. >. といふ歌がありましたが'それと同じです。目をあいて見ると、何 もかもが生きてゐます。その生きてゐるもの1いのちを見つける事. がだいじです。それはかはい1といふ心持からさうならなければな. 伊豆田方郡田中村(十四才)穂積垂. りません。(大正十年五月号) もくれん ぽたりく'. 象把握にまで踏み込んだこのような白秋の選評にささえられていたのである。. ﹁感想﹂・-←﹁表現方法﹂1﹁対象把握﹂と批評の観点が広げら. れていったわけであるが'対象把握についての選評ばかりになったの. ではない。白秋は'子供の作品の特性をすぼや-見抜きへその特性に. 応じてこれらの観点を使い分けていたのである。. 四大人の作品に対する批評の観点との違い. これまでは子供の作品に対する批評の観点について見てきたが、そ れでは大人の作品に対する批評の観点との関係はどのようであろうか0. もくれんの木から' 赤いさじがおちる。 ぽたりく、. 次の選評は'子供の作品を載せる欄ができる以前へすなわち大人の. °°. それで小雨を'. これらの例のように'白秋は大正九年四月号以降、﹁ものの見方. らしい見方だと思ひます。(大正十年八月号). んの落花の一片を赤い匙や白い匙と見たのは実におもしろい。子供. す。川上君のは絵が入れてありましたが絵の方が非常にい1もので. 悪-はありませんでした。河津君のは極めて感覚的に歌ほれてゐま. れます。しかし全然の独創でないことは無論です。稲熊君のは四篇. 覚的にも優れたものです。高橋君のは着想が気が利いてゐるし、田 島君の数へ歌は在来のこの種の童謡を幾分新しくした点でへまづ取. 池上君の﹁林檎﹂はいかにも真赤な林檎が生きてゐるやうです。感. 作品に対する選評の一部である。. 白いさじがおちる。 すくつて飲みましよ。. (対象把握)﹂についての批評を子供の作品に対して与えるようにな. い。火が出るやうです。これもい1ものです。水の辺君のは湖水の. した。謡の方は落ちます。併し﹁雀﹂は無邪気です。長田君のは鋭. 子供たちの中では穂積君の ﹁もくれん﹂を推奨にしました。もくれ. る。﹁感想﹂から﹁表現方法﹂へそして﹁対象把握﹂へと、批評の観. ものの見方を示すことによりへ定型詩のなごりを持つ童謡から脱Lt. ﹁表現方法﹂だけでな-'﹁対象把握﹂にまで踏みこんで批評し、. のも油絵のやうな景情が哀れをそゝります。宮崎君のはチンチロ-. の﹁鏡﹂になると'幼いやうで何とな-心ひかれる謡です。矢作君. 新味がありへ金子君のも鋭い皮肉とユーモアとがあります。住谷君. 氷が荒涼としてい1趣を添えてるます。山田君のも在来のに比して. のうち﹁桶風呂﹂を取ります。田園趣味の都びたものです。外のも. 点が広げられていったのである。. る。童謡から自由詩への推移は、自然発生的に起きたのではなく、対. 音数や韻律にとらわれない自由詩の方へ歩み寄る児童作品が表れてく. 40.

(9) ンが利いてゐます。(大正八年二月号). しかし'最も大きな理由としては'白秋のとった次のような姿勢を 挙げねばならない。. 山本君の自由画と同じ意味で'私は子供の自由な童謡を奨励します。. ﹁無邪気です﹂﹁鋭い﹂などの﹁感想﹂の批評へ﹁チンチロリンが 利いてゐます﹂の﹁表現方法﹂についての批評、そして﹁着想が利い. 私たち大人はたヾそれを引き出してやる役目をやってゐればよろし いのです。(大正九年六月号). てゐる﹂という﹁対象把握﹂についての批評もすでに登場している。 子供の作品を載せる欄が設けられる以前に'すでに白秋は'﹁感想﹂ ﹁表現方法﹂の三つの観点を用いて'大人の作品の選評を行っていた のである。. そろってすぐれた小詩人が出てゐます。これはとりもなはさずその. 今度も方々の小学校のが出てゐますが'同小学校から幾人も幾人も. その方々にお願ひしたいことは、これからも7層子供たちの詩の心. 校にすぐれた理解のあるい1先生がゐられるからだと感謝します。. ママ. ﹃赤い鳥﹄創刊当時白秋は三十三歳の若さながら、詩人としての名 声をすでに得ていた。﹃邪宗門﹄﹃思ひ出﹄により詩人として注目を. を引き出していただくこと\自由に子供の感動そのま1を言糞に. 集め、﹃桐の花﹄﹃雲母集﹄により歌人としての地歩をも占めていた0 門下に集う者も数多-'自ら顧問となり、歌の門下には歌誌﹁畳陀羅﹂. 現す自由詩の進んだ径路に導いていたヾ-こと1です。(大正九年 十月号). の大人の童謡作品に対して、い-つもの批評の観点を駆使して批評し. 方が明示されている。白秋は'子供に対して﹁指導する﹂という立場. 大人は子供の詩の心を﹁引き出す﹂役目をすればよいへという考え. へます。(大正十年三月号). 子供たちはみんな詩人です。引出してさへやればこんなにうま-歌. を'詩の門下には詩誌﹁詩篇﹂を刊行させている。萩原朔太郎、室生 犀星の処女詩集に序文を寄せたり'東京日日新聞歌壇の選者となった このように白秋は'﹁創作者﹂としてだけでなく、﹁指導者﹂とし. りもしている。 ても一派をなしていたのである。雑誌や新聞などにおいて'投稿作品. たのは'こういう選者としての経験をすでに積んでいたからであると. をとらず、あくまで子供が主役であり、大人はその介添役にすぎない. に対しての選評を書くことも多かったことであろう。白秋が﹃赤い鳥ら. 思われる。. という姿勢をとっていたのである。. この違いの一因としては'大人の作品に対しての選評については熟. 選者として君臨し'子供の作品が童謡であろうが詩であろうが、大. 一方へ子供の作品に対しては、先に述べたように'段階を追って観 点を広げていく。. う姿勢をとらず'あくまで子供の作品を中心に置きへその特性や現状. 人の作品と同様に批評することもできたであろう。だが白秋はそうい. に即した選評を与えていこうとしたのである。性急に高度な批評を与. 練していた白秋も'子供の作品に対しての選評にとりくんだのは、お そら-これが初めてであったろうということが挙げられる。. -41-.

(10) えてむりやり作品の質を高めようとしたのではな-'少しずつ批評の のである。. 観点を広げることにより、子供の作品をむりなく高みに導こうとした ﹁児童中心主義﹂というものを単なる提唱に終らせず'白秋は実際 に実行したと言えよう。 こうした選評を通して'子供たちは白秋と共に歩み始めへ白秋が. 白秋は十六歳以上を大人とした。(大正八年十二月号の選評よ. る。. 子供の﹁自由画﹂を掲載し始めるのは大正九年1月号からであ. ﹁児童自由詩﹂と名づける、児童創作詩を生み出すようになるのであ る。 荏 (-). (2). これ以前にも、﹁少年たちの分では池田君の﹃星﹄が1番です.. 大正十年二月号の選評の中で、﹁根に巣﹂と訂正されている。. ﹁けけす﹂の前にとり上げられた﹁三番受﹂をさす。. り). (4). (3). (5). 眼をあいてる証拠が生きてゐます。(大正八年八月号)﹂﹁谷 見君の﹁貞さん﹂も面白い。よく見てゐます。(大正八年九月 早)﹂があるが'いずれも作品のどの部分についてのことであ るかが示されておらず、その意味でむしろ﹁感想﹂の批評に近 ﹁青蛙おのれもペンキぬりたてか﹂のことであろう。. いものである。 ﹁三日の月はそ-きらめ-黍畑黍とし目の醒めてゐつ(﹃雲母 集﹄)﹂のことであろう。. (昭和五十九年t月十七日受理). 42.

(11) HAKUSYU'S CRITERIA FOR EVALUATING CHILDERN'S POEMS. (AKAITORI, 1918 July-1921 October). Yuji HORIE This paper forms the first part of my historical study on Kitahara Hakusyu s teaching principles on children's poems. In Akai Tori, a general magazine for children, Hakusyu gave comments and guidances to children s poems. I focused on his criteria for evaluating children's poems at the period (19181921.) It turned out that his criteria could be grouped into three categories:. 1) Wholistic impression. 2) Techniques of writing poems. 3) Viewpoints from which children looked at a theme or an object in writing poems.. -43-.

(12)

参照

関連したドキュメント

する愛情である。父に対しても九首目の一首だけ思いのたけを(詠っているものの、母に対しては三十一首中十三首を占めるほ

 大正期の詩壇の一つの特色は,民衆詩派の活 躍にあった。福田正夫・白鳥省吾らの民衆詩派

 The aims of this study were to explore the trends in research on support for the siblings of children with diseases/disabilities and discuss future challenges related to this topic.

In addition, we prove a (quasi-compact) base change theorem for rigid etale cohomology and a comparison theorem comparing rigid and algebraic etale cohomology of algebraic

p≤x a 2 p log p/p k−1 which is proved in Section 4 using Shimura’s split of the Rankin–Selberg L -function into the ordinary Riemann zeta-function and the sym- metric square

児童について一緒に考えることが解決への糸口 になるのではないか。④保護者への対応も難し

また、完了後調査における鳥類確認種数が 46 種で、評価書(44 種)及び施行 前(37

100~90 点又は S 評価の場合の GP は 4.0 89~85 点又は A+評価の場合の GP は 3.5 84~80 点又は A 評価の場合の GP は 3.0 79~75 点又は B+評価の場合の GP は 2.5