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ラシーヌの演劇様式―『フェードル』の構造分析―

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ラ シ ー ヌ の 演 劇 様 式

-

『フ ェ ー ド ル』 の構造分析

-ラ シー ヌの演劇様式 誠 三 二 四

悲劇理論に関するラシーヌの文献は, 同時代のコルネイユに比べれば?)非常に乏しい。 し

か し, 1665年から1677年にかけて出版 された彼の悲劇作品 (すなわち 『ア レクサ ン ドル大王』 から 『フ ェ ー ドル』 まで) の序文に基づいて, その理論の骨組を知る こ とがで きる。 それら の う ち, 「ベ レニ ス」 の序文が悲劇 に対する ラ シーヌ の基本的な考 え を示 して いる。すな わち, 「悲劇 において, 血が流れ人が死ぬ こ と は, 決 して必要で はない。 筋 の展開が壮大で あ り, 登場人物が英雄で あ り, 激 しい情念が引 き起 こ さ れ, そ し てすべての人が, 悲劇のあ ら ゆる 楽 しみ を成すあの荘厳な悲 しみ を強 く 感 じ られれば十分で ある」(2) と, ラ シーヌ はそ こ で明 言 して いる 。 悲劇の価値 は, 「荘厳 な悲 しみ」 によ っ て特徴づ け ら れる わけで ある。 こ の 「荘 厳 な悲 しみ」 は単 に道徳的教化 を意図 した感情で はな く , む しろ生理的な浄化作用 を伴 って いる点 に注意する必要がある。 そ こ で こ の 「荘厳な悲 しみ」 を生み出す悲劇の特質を明 らか にす る ために, ラ シー ヌ は 『ブ リ タ ニ キ ュ ス』 の序文で次のよ う に述べて いる。 「わずかな材料で作 ら れて いる 簡素 な筋 の展開, すな わちた っ た 1 日の う ち に生起 し, 終 局に向かって段階を経て進行 し, 登場人物た ちの利害, 感情, 情念だけによ っ て支え られ て い る よ う な しかるべ き筋 の展開が な ければ, 同 じ筋 の展開 を, 1 ヵ月 もかか ら な ければ 起こ りえないよ う な多 く の事件な どや, 本当ら し く ないだけに一層人々を驚かす数多 く の 見せ場な どや, また, 言わねばな らぬ事 とは全 く 正反対の事柄 を役者に言わせる よ う ない つ果 て る と も わからぬ朗誦 な どによ っ て満た されねばな ら ないだろ う。」(3) ラ シー ヌ は悲劇に対す る こ う した見解 を, さ ら に 「ベ レニス」 の序文で次のよ う に補足 し て い る 。 「悲劇で 人の心 を う つ のは, 本当 ら し さ だけで ある。 何週間かかっ て も ほと ん ど起 こ り え ないよ う な無数の事柄が, 1 日で起 こ る とすれば, そ こ にどんな本当ら し さがある だろ う か。 筋の単純 さ は創意が足 りぬ証拠 だ と考え る人々がいる。 実 はそ の逆で, 創意 と はすべ て, 無から何かを作 り出す こ とであ り, そのよ う に非常に多 く の出来事は, 情熱の激 しさ と感情の美 し さ と表現 の優雅 さ に支 え ら れた単純 な筋立て によ って , 5 幕の間に観客 を引 きつ ける ために, 豊か さ や力強 さ をあ ま り 自分の才能に感 じ な かっ た詩人た ちの逃げ口上 で あ っ た と は, 彼 ら は考え ないので ある 。」4)

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1。 悲劇の形式

同朋学園佛教文化研究所紀要 第十 四号 以上の引用文から , ラ シー ヌ が考 える悲劇理論 を要約す る こ とがで きる。 す なわち, 悲劇 の特質は 「本当 ら し さ」 le   vraisemblable   だ けで あ り, そ のた め に は 「た っ た 1 日の う ち に 生起 し, 終局に向か って段階 を経て進行 し, 登場人物た ち の利害, 感情, 情念 だけによ って 支え られて いる よ う な」(5) 非常 に単純 な筋の展開が必要 と なる。 その場合, 筋 の展開を簡潔 にす る ためには, 悲劇はで きる 限 り破局に近い時点から 開始 さ れねばな ら ない。 し たがって, 悲劇全体の筋は, 主 と して登場人物の口か ら逐次語 ら れる こ と になる。 ラ シー ヌ悲劇の登場 人物 は, 例 えばコ ルネイユ の場合 と は異 な り, あ ま り 目立つ動作 をせず, む し ろ言葉の力で 観客 に悲劇の想像的世界 を喚起 させる わけで ある。 こ こ において , ラ シー ヌ の悲劇 は, 「行動」 で はな く , 「語 り」 に基づ く 演劇様式 を備 えて い る こ と がわかる 。 そ う し た演劇様式 は筋の 単純化 と密接に結びつ き, 登場人物の 「語 り」 によ る心理的世界 を創造す る働 きをする。 そ こで本稿で は, 以上のよ う な悲劇理論が, ラ シーヌ の具体的な作品で ある 『フ ェ ー ドル』 に どのよ う に適用 さ れ, そ こ から いかなる演劇的特質 を作 り 出して いる のか を検討す る こ と に し た い 。 -一 一 一 一 一 一 一 古典悲劇の特徴 と して し ば し ば指摘 さ れる三単一の法則 la   loi   des   trois   unit6s   は, 悲劇の 形式 を規定する法則で ある こ と はよ く 知 られて いる。 そ し て, ラ シー ヌ の悲劇で は, その法 則はそれぞれ独立 し た働 き を している ので はな く , 相互に緊密 に関連 し なが ら, 筋 を効果的 に展開 さ せて いる こ と に注意す る必要がある。 そ こで , ラ シー ヌ の悲劇作品の中から特 に 『フ ェ ー ドル』 を取 り上げ, 三単一の法則がそ こで どのよ う な機能 を果た して いる のかを分 析す る段取 りで ある。 そ の分析 を試 みる こ と によ り, 『フ ェ ー ド ル』 に固有な悲劇の仕組 を ある 程度 まで解 き明かす こ と がで き る だ ろ う 。 さ て 『フ ェ ー ド ル』 に限 らず, ラ シー ヌ の悲劇作品全体 に見い出 さ れる共通点は, どの作 品も, 筋の展開がで きる 限 り破局に近い時点か ら開始 さ れている こ と で ある。 したがって, 破局, すなわち悲劇の結末に到達するのに多 く の時 を必要 と し ない。 しか しながら, 登場人

物たちが相手の死を願うほど強い憎悪感や(j) 自分の社会的地位を忘れるほど激しい愛情を相

手に対して抱くようになり7)そしてそれらの感情を含む悲劇が, できる限り破局に近い時点

から展開 さ れる ため には, かな り長い時問が既 に経過 して いる こ と が要件 と な る。 長い時間 の経過は, ただ必要 な要因で ある ばか りで はな く , 登場人物た ちの様々な感情 の形成 と密接 に結 びつ いている わけで ある。 実際, 『フ ェ ー ド ル』 第 1幕第 3場 の中で, フ ェ ー ドルのイ ポ リ ー ト に対す る恋愛感情が どのよ う に して生 まれ, 育 まれ, そ して いかな る過程を経て激 しい感情 にな っ て し まっ たの 2

(3)

-ラ シーヌの演劇様式 ・かについて, 彼女 は乳母エ ノ ー ヌ に次のよ う に打 ち明けて いる。 M on   mal   vient   de   plus   Ioin.    A peine   au   fils    d Eg6e Sous   les      101xde1hymen

je

  m 6taisengag6e, M on   repos,    monbonheur    semblaitetre   affermi, Athules   me   montra   mon   superbe   ennemi. ●          ● 丿 ● - ● s Je   le

       vls, Jerougls, Jepallsasavue;

Un

  trouble

  s 61eva

  dans

    moname6perdue;

M es   yeux   ne   voyaient   plus, je   ne   pouvais   parler; Je    sentistout     moncorpset    transiret   braler. Je     reconnusV6nuset   ses    feuχΓedoutables, D un   sang   qu eHe   poursuit    tourmentsin6vitables. Soumise   a    mon6poux,   et

    cachantmesennuis,

De   son   fatal    hymenje    cultivaisles   fruits. Vaines   pr6cautions   !     Cruelledestin6e! Par    monepoux    lul・memea    T rezeneam en ee, 芦 ・       夕       ・      ●y ●    s ●   夕 J     al revul     en n em l queJ    av a 1selolgne: Ma   blessure   trop   vive   aussit6t   a   saign6. Ce   n est   plus   une   ardeur   dans    mesveines   cach6e: C est    V6nustout    ent泌re

a

sa    proieattach6e. (私の不幸 は, はるか昔 に生 まれたのだ。 エ ジェ の子テゼー と婚姻の掟のも と に結ばれ, 安 ら ぎ と幸 福か得 ら れた よ う に思 われたが, す ぐ にアテ ネの町はあの誇 り に満 ちた敵 を私に見せつ けたのです。 私はその人 を見た時, 恥ずか し さで顔 を赤 ら め, その人の前で青 ざめて し まっ た。 取 り乱 した私の心 はす っか り動揺 したのだ。 私の目にはもはや何 も映 らず, 口も きけない。 全身がす く み, 煮えた ぎる のが感 じ られたのです。 その時, 私 は女神 ウェ ヌ ス とその恐 るべ き炎, そ して女神がつ き ま と う 血筋 の逃れら れぬ責苦を認めたのです。 (中略) 夫にお と な し く 仕え, 胸の苦 しみを押 し隠 しながら, 私 は不吉な結婚が もたら した子 を手塩にかけて育てたが, 全 く 徒労であ っ た。 残酷な運命 よ。 他な らぬ 夫に連れ られて ト レゼー ヌ に来る と, 私はかつて遠 ざ けて いたあの敵に再 びめ ぐ り会 っ たのです。 あ まり に生 々 しい私の胸の傷か ら は, た ち まち血が流れ出 した。 こ れはも はや, 血管の中にひそ む恋の 炎な どで はない。 ウェ ヌスか全身で獲物に襲いかかったのです。) (8) こ う した フ ェ ー ドルの言葉から, 彼女のイ ポ リ ー ト に対す る愛情 は長い期間を経て形成 さ れた こ とがわかる。 しか しその愛情 は, 幸福な安定 した心理状態 を表わ して いる ので はな く , 一触即発の危機 をはら む錯乱 した心理状態 を示 して いる。 イポ リ ー ト はフ ェ ー ドルの義理の 息子 に相当する ので, 彼女の恋 は不倫の恋で あ り, 錯乱 した異常 な心理状態 に陥るのはむ し ろ 当然 の成行 き と も言 える。 そのよ う な異常 な心理状態のために, 筋の展開は悲劇の結末に 一 一 一 一 一 一 一

(4)

同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号 至る まで容易に運 ばれる こ と になる。 フ ェ ー ドルの 「ウェ ヌ スが全身で獲物 に襲いかかっ た」 よ う な錯乱 した心理は, 危機の極限状態 を示 して いる から, そ こ から一気 に破局へ到達す る ためには, もはや多 く の事件を必要 と しない。 それどこ ろか, 事件 ら しい事件 さ え も, 実は 『フ ェ ー ド ル』 に は見 られないので ある。 フ ェ ー ド ルが必然的に破局へ向か う 現実の契機 は, 次の 3点 に ま と め ら れる。 す なわち, 夫テゼーの死に関する誤報, テゼーの出現, そ して彼から イポ リ ー ト のア リ シー に対する愛 を知る点で ある。 しか し こ れらの契機は, 彼女の悲劇的結末 (つ ま り服毒 自殺) を引 き起 こ す原因 と し ては, 単なる副次的に役割 しか果た して いない。 フ ェ ー ド ルの悲劇的状況 は, 先 に引用 した彼女の言葉から見い出す こ とがで きる よ う に, 実は過去の長い期間を経て徐々に 形成 さ れたので ある。 したがっ て古典悲劇の形式 を特徴づ ける 「時の単一」 から眺めれば, 「フ ェ ー ド ル」 で は 「はる か以前か ら は ぐ く まれて いた悲劇的結果の総量」(9) に対 し て, 外 部の出来事が推進力 を与え, そのために一 日のう ち に筋の展開が一気 に完了 して し ま う こ と にな る。 「時の単一」 はこ う して, 筋 を効果的に展開 させ る特質 を備 えて いる ので ある。 し か し こ のよ う な特質は, 「時の単一」 ばか りで はな く , 「場所の単一」 や 「筋の単一」 につい て も認 め ら れる。 フ ェ ー ド ルの悲劇的状況 は, ただ 1 つの場所で はな く , 様々な場所 において形成 さ れた こ と は, 先に引用 し た フ ェ ー ドルの言葉か ら明 らかで ある。 その言葉 に見 ら れる ア テ ネや ト レ ゼー ヌ な どの地名 は, 時間に関す る表現 と と も に登場人物の語 り を通 して知る こ と がで きる。 『フ ェ ー ドル』 第 2 幕第 2場で, イ ポ リ ー トが初めて アテ ネの王族の姫 ア リ シー に対 し て, 彼女への愛 を告 白する場面がある。 そ こ から, 彼が恋煩いのために様 々な場所 を遍在 した こ と が認 め ら れる。 M oi, qui   contre

    1amourf16rementr&volt6,

Aux   fers    deses    captifssi    longtempsinsult6, Qui   des   faibles    morte1sd6plorant   les   naufrages, Pensais   toujours   du   bord    contemplerles   orages; Asservi    maintenantsous   la    communeloi, Par   quel   trouble    mevois-je    emport6101n   de    moi? 三 ニ ー

Depuispresdesiχmois, honteux, d6sesp6r6, Portantpartoutletraitdontjesuisd6chir6, Contrev o u s, contremoi, vraimentjem 6prouve:

Pr6sente, jevousfuis;absente, jevoustrouve;

Danslefonddesforatsvotreimagemesuit;

(5)

-● -● -● -● -● -● -● -● -● -● -● -● -● -● 丿 丿 -● -● ラ シー ヌの演劇様式 三 二 〇 Moi-meme, pour   tout   fruit   de    messoins   supernus, M aintenant  

je

   mecherche, et      nemetrouveplus. Mon   ar c,

     mesjave10ts,monchar,toutm importune; Je

         nemesouviensplusdesleConsdeNeptune; M es   seuIs    g6missementsfont   retentir   les   bois, Et    mescoursiers   oisifs   ont    oubli& mavoix. (私 は, 今 まで尊大に恋 にそ むき, 人の心 を縛る恋の鎖 を非常に長い問軽蔑 して き ま した。 そ して, 恋 に吹 き飛 ば さ れた気の弱 い人々を憐 れみ, 岸辺か ら その嵐 を眺めて いる と思 っ て いた私ですが, 今 やあ り ふれた恋のさ だめに縛 り っ け ら れて, 一体 どんな動揺によ って, 昔の 自分か ら遠 く かけ離れた 人間にな って し まった こ とで し ょ う。 (中略) およそ半年の問, わが身を恥 じ, 絶望 して, 胸 を切 り 裂いた恋の矢 を どこへで も持 って い き, あなたに対 して も私に対 して も反抗 しなが ら, わが身を苦 し めて い ます。 あ なたが 目の前 にお ら れれば避 け, お ら れな ければあなた を思 い浮かべ, その姿 は森の 奥 まで私 につ き まと っ て き ます。 (中略) 余計な苦労の結果, 今ではかつて の自分 を探 し求めるので すが, も はやど こにも見つか り ません。 弓 も槍 も戦車 も, すべてがわずら わ し く な り, ネプテ ュー ン が教えて く れた馬術 も も う覚えていないのです。 私の嘆 き声だけが森 にひびき渡 り, そ して暇な駿馬 どもは私の声な ど忘れて し まい ました。) 帥 イ ポ リ ー ト のこ う した告 白から, 彼のア リ シー に対する愛 は, 明確 な地名 こ そ見い出す こ とがで きないけれど も, 決 して 1 ヵ所で形成 さ れ変貌 したので はない こ と がわかる。 実際, イ ポ リ ー ト がア リ シーに近づ き, また フ ェ ー ド ルがイ ポ リ ー ト に近づ く よ う に, 恋愛感情 を

抱く人物は常に相手のもとへ馳り寄る傾向があるツしたがって, 恋人のいる場所さえ想定さ

れれば, ラシーヌ悲劇は容易に成り立つのであるツその場合, 一触即発の危機をはらむ悲劇

的状況が, 過去の長い期問 を経て様 々な場所で形成 さ れ, そ して その危機が一挙 に破局へ向 か う 場所で, ラ シー ヌ悲劇 は展開 さ れる こ と になる。 過去の長い期間に形成 さ れた フ ェ ー ド ルの宿命的な悲劇は, そ こ で結末に至るので, その筋の動 きが拡散 していて は, 「時の単一」 や 「場所の単一」 で規定 さ れた特質 を有効 に生かす こ と はで きない。 で きる 限 り簡単 な 「筋 の単一」 が要請 さ れる のは, 破局に近い時点から悲劇が開始 し, しか も一気 に破局へ向か う た め で あ る 。 『フ ェ ー ド ル』 は, 「緊迫 し た構造」「l」 と 「筋の迅速 さ」(1゛ を備 えた悲劇で ある けれど も, そ の悲劇的世界の中に破局へ向か う 「必然性」 を導入す る こ と によ り, その筋の時間的展開は, 発端か ら結末に至る まで 「円環的」(19な性質を示す こ と になる。 例え ば, フ ェ ー ドルが舞台 に初めて登場 し た時 (第 1幕第 3場) , 彼女の祖先で ある太陽神 に向かって次のよ う に語 り か け て い る 。 Noble   et

     brm antauteurd unetriste

  famiHe,

Toi, dont

  ma

   耐 reosait

  se

(6)

2。 情念の分析

同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号 Qui   peut-etre   rougis   du   trouble     o吐 umevois, Soleil, je   te

     viensvoirpourla

   dern16refoisL (みじ めな一族の気高 く 輝か しい創造者 よ, 私の母はあなたの娘である こ と を誇 り に してい ま したが, あなたは今, 取 り乱 した私の姿 をごら んにな って, 恥ずか し く お思いで し ょ う 。 太陽神よ, 私はあな たを見収めにやって まい り ま した。) (le この言葉は, 彼女が舞台 を去る時 (第 5幕第 7場) に語 られる次の言葉 と対応 していて, 筋の発端 と結末が円を描 く よ う に連鎖的に結びつ け られて いる。 Et   la    mort, a    mesyeux   d6robant   la   clart6, Rend   au   jour,   qu 11s   souillaient, toute   sa   puret6. に う して死は, 私の 目か ら光 を奪い去 り, その目が汚 していた 日の光に, 澄み き っ た清 らかさ を返 すのです。) (1刀 筋の発端 と結末 を こ のよ う に結 びつ ける こ と によ り, 「筋の単一」 は一層緊密 にな っ て い く 。 筋の動 きに不要な事柄 は, そのために一切省かれる こ と になる。 確かに 『フ ェ ー ド ル』 における三単一の法則 は, 悲劇 を外部から制約する働 き を して いる に過 ぎない。 しか し ラ シー ヌ は, 三単一の法則 を極めて忠実に守 り, そ の特質を作品の中で 有効に生か して いる と言え る。 三 一 九 『フ ェ ー ド ル』 にお いて , 情念 の激 し く 錯乱 し た様相 を示 し て い る の は, イ ポ リ ー ト に対 して不倫の恋を抱 く フ ェ ー ドルで ある。 そ こで は, 情念は一切 の理性 を忘れた露骨 な感情形 態を表わし ている。 す なわち, 相手の気に入る よ う な媚態 を示す感情で はな く , 相手の人格 すべて を強引に占有 し よ う とす る 凶暴 な独 占欲 に満 ちた感情 を意味す る ので ある。 例 えば第 3幕第 1場で, 是非 と も イ ポ リ ー ト を所有 しよ う と する た めに, フ ェ ー ドルは乳母エ ノ ーヌ に対 して次 のよ う に命 じ て いる。 Va   trouver   de    mapart   ce    jeuneambitieux, ( Enone. F ais   briller   la    couronnea   ses   yeux・ Quil   mette   sur   son   front   le   sacr6   dia肋 me; Je

        neveuxque1honneurde1attachermoi-mame. C6dons-lui

  ce

    pouvoir que

je

   nepuisgarder.

Il

        instruiramonfilsdansI artdecommander. Peut, etre

  il

        voudrabienluitenirlieudepere. Je

      metssoussonpouvoiret

  le   fils   et   la   mare. Pour   le

      脱 chirenfintentetousles

  moyens:

(7)

-ラ シー ヌの演劇様式 T es   discours   trouveront   plus   d accils   que   les   miens. Presse,   pleure,    96mis, peins・lui    Ph&dremourante, Ne   rougis   point   de   prendre   une   voiχ   suppliante. Je      t avoueraidetout;

je

   n esp&rQqu entoi. ( さ あ, エ ノ ー ヌ, 私の使い と して, あ の若 い野心 家に会いに行 って お く れ。 そ してあの人の 目の前 に王冠 を き らめかせる のだ。 あの人の頭 に神聖な王冠を戴かせて や り たい。 私はこの手で王冠 を授け る名誉以外 は何 も望 まぬ。 ど う せ私の手 に負 えぬ権 力な ら, あの人に譲 っ て や り ま し ょ う 。 そ う すれ ばあの人は, 国 を治める術 をわが子 に教 えて く れる で し ょ う 。 も しかすれば, 父親代 り にな っ て あの 子の面倒 を見て く れる か も し れぬ。 私は母子 と も ど も, あの人に仕 え る覚悟 だ。 あの人の心 をな びか せる ためな ら, どんな手 だて も厭 いは し ない。 お前 の口から言 っ た方が, 私が言 う よ り効 き 目があろ う 。 せがんだ り, 泣いた り, う めいた り , い まにも死にそ う な フ ェ ー ドルの様子 をあの人に話 して聞 かせて おや り。 恥ずか しが ら ずに憐 れみ を乞 う のだ よ。 お前 にすべて まかせ よ う 。 お前 だけ を頼みに しているのだから。) (Is こ こ には, 独占欲 を満たす ため には一切の名誉 も地位 も忘れて し ま う動揺 し た心理状態を 認める こ とがで きる。 そ して, フ ェ ー ドルはその行為が不可能だ と悟 る時, 自己の欲望 を断 念す る こ と はせず に, 相手 に対 し て激 し い憎悪感を抱 く ので ある。 「私はひる む心 を励 ま し て あの人 を迫害 し た」(19 と い う 言葉や, 「私 は非道な継母の邪悪 さ を装 い, あの人の追放 を求 めて絶 えず叫 び続 け, 父親の胸 と腕か ら無理に引 き離 して し まっ た」叫 と い う 言葉は, 不倫 の恋か ら生 じ た罪の意識 と切 り離 して考え る こ と はで きな い。 す なわち, フ ェ ー ドルはイポ リー ト を迫害する こ と によ っ て, 自分 自身の罪 を追い払 う 妄想に取 り付かれたのである。 し か し, ト レゼー ヌ で再びイ ポ リー ト に会 っ た時, 彼女 は「ウェ ヌ ス が全 身で獲物 に襲いかかっ た」゛l) よ う な激 し い情念 に捉 え ら れる。 その時, 彼女 は自分の情念を 自制する こ と はも はや 不可能で ある こ と を感 じ る。 独占欲に満 ち た強い愛情 や, 相手 を迫害する よ う な激 しい憎悪 感 は, 決 して心の中に固定 し た位置 を 占めているので はな く , 常 に揺 れ動いて いる。 そ う し た愛情 と憎悪感による ア ン ビヴァ レ ンツ (相反感情並存状態) が フ ェ ー ドルの心理 を特徴づ

けているのであるヲ

相手の存在全体 を独占 しよ う とする愛情や, 相手に拒否 さ れる とす ぐに迫害する よ う な強 い憎悪感 は一途に思いつめた露骨 な情念 を表わ して いる。 しか し激 し い愛憎だけが, ラ シー ヌ悲劇 にお ける登場人物 の心理状態 を示 し てい る わけで はな い。例 え ばポー ル ・ ベニ シ ュ は, そ の心理状態 につ いて次 のよ う に説明 して いる。 「ラ シーヌ (悲劇) の登場人物 を特徴づ ける も のは, 愛情の力で はな く , 次のよ う な愛情 の形態で ある 。 つ ま り, どん な犠牲 を払 っ て も対象 を所有 し よ う とす る点で利己主義的であ る と 同時 に, その対象に対す る敵意 を含んでいて, すべて のものが破局へ向か う よ う な愛情 の形態 を指 して いる。」 す な わち, フ ェ ー ドルの心理に見 ら れる愛 と憎 しみは, 相手 を独占する こ と も, 相手 を迫 三 一 八

(8)

同朋学園佛教文化研究所紀要 第十 四号 害 して罪の意識 を払いのける こ と もで きな い宿命的な情念 を示 している。しかもその情念は, いかなる救済 も拒絶 さ れた感情形態を表わ して いる こ と に注意す る必要がある。 生 を も死 を も拒絶 さ れた フ ェ ー ドルの心理的デ ィ レ ンマ を, 第 4 幕第 6 場 における彼女の 語 り の中に見い出す こ とがで きる。 そ こで は彼女 は, 夫のテゼーから ア リ シー にに対する イ ポ リ ー トの愛 を知っ た後, 激 し い嫉妬心が駆 られて狂気に身を まかせる よ う になる。 そ して 突然虚脱状態にな り, 彼女 は自分 自身に次 のよ う に問いかける ので ある。 Que   faisj e   ?

        Ofimaraisonseva-t-eHe6garer? Moi

  jalouse

  !

        EtT h6s6eestceluiquej implore! Mon

  6poux

  est

   vivant,et

    moi jebr削eencore !

Pour

  qui

  ?

          Quelestlec(x? u r oapr&tendentmesv (l ux?

Chaque

   motsur

   monfront

  fait

    dressermescheveux.

Mes   crimes   d6sormais   ont    comb161a   m esu r e. Je    respire

a

la     fois自ncesteet   l imposture. Mes   homicides   mains,   promptes  

a

  mevenger, Dans   le

      sanginnocentbralentdese

  plonger・

Mis6rable

  !

          etjevis?etjesoutienslavue De   ce   sacr6     801eildontje     suisdescendue? Jai     pouraieulle    pereet   le

    maitredesDieux;

Le

  cie1, tout

  1univers

  est

     pleindemesaieux.

0 a

  me

  cacher

  ?

      F uyonsdanslanuitinfernale.

Mais

  que

  dis-je

  ?

       Monpareytient1urnefatale;

Le

  Sort, dit, on, 1a

   miseen   ses    s6vさresmains: Minos   juge   aux   enfers    tousles    paleshumains. Ah   !

      combienfr6mirasonombre6pouvant6e, Lorsqu il   verra   sa   fille  

a

ses    yeuxpr6sent6e, Contrainte   d avouer   tant   de   forfaits   divers, Et   des    crimespeut-etre   inconnus   aux   enfers   ! (私 はど う し たのだ ろ う ?   ど こ まで 思慮分別 を失 っ て い く のだろ う ?   私が嫉妬 し て い る と は ! し か も テ ゼー にす が る と は !   夫が生 きて いる のに, 私 は まだ恋に燃 えて いる と は !   誰 のために ? 誰の心 を私は求めて いる のだろ う か ?   こんな こ と を言 う ご と に, 恐 ろ し さ に私の髪が逆立つ よ う だ。 私 は罪 を重ねて, も し取 り返 しがっ かな く な っ て し まっ た。 私 は不倫 と欺哺 と を同時 に求めて いる。 こ の手 は, 早 く 恨 み を晴 ら そ う と , 罪のない人の血 に浸 ろ う と 躍起にな っ て いる。 何 とい う みじ めな 私 だろ う !   だのに, こ の私 はまだ生 きて い る のか ?   私 は先祖のあ の神聖な太陽の光 を平気で見て い られる だろ う か ? 私の祖父は神 々の父で も あ り, 支配者で も あっ た。 天 も全宇宙 も, 私の先祖で満 ちている。 ど こへ身 を隠そ う か ?    地獄 の闇へ逃げて行 こ う か ? いや, 何 を言 って いるのだろ う。 8 -一 一 一 一 七

(9)

ラ シー ヌ の演劇様式 地獄には, 私の父上が宿命の壷 を持 っ ておいで になるで はないか。 その壷は, 運命の神が父上の厳 し い手 にお置 き にな っ た と い う 。 ミ ノ ス は地獄で, 顔 を青 ざ めたあ ら ゆる亡者 を裁いておいで になる。 あ あ !   自分の娘が目の前 に引 き出 さ れて, 数限 り ない悪逆非道 を, き っ と地獄に も知 ら れて いない 数々の罪業 を打 ち明け させ ら れる姿 を御覧にな っ た ら, 父上の霊 はどんな にお びえ, おののかれる こ とだろ う。) 彼女 の両親 は, 太陽神の娘で ある 母親パシ フ ァエ Pasipha6 と地獄で死者 を裁 く 父親 ミ ノ スで ある 。 こ の 2 人の持つ光 と 闇のイ メ ー ジ をフ ェ ー ドルの存在に対峙 させる こ と によ り, 彼女 自身が抱 く 無慈悲なデ ィ レ ンマ が一層強調 さ れる こ と にな る。 彼女 は, 不倫 の恋 と い う 罪 を犯 して いる ために, 太陽神の放つ光 を 「平気で見る」 こ と がで きな い。 したがっ て, 彼 女 は正当に生 きて い く こ と はで きな いので ある。 しか し ながら, フ ェ ー ドルは, 死後地獄の 闇で ミ ノ スが執行する こ と に立 ち向かえ ないため に, 死ぬ こ と もで きず, いわば 「天から も 地か ら も見放 さ れた」゜ 容赦 さ れな い存在 と 見な さ れる。 しか も彼女はそ う した デ ィ レ ンマ を 自分 自身で 明確に意識 して いる ので, その心理状態 は例 えば 『ア ン ド ロマ ッ ク』 のエ ル ミ

オーヌとは著しく異なっている? ここから, フェードルの情念は, 激しい独占欲と憎悪感か

ら成 り立 ち, そ して一切の願望が斥 けら れて破局へ向かう 性質 を備 えて いる こ と がわかる。 と こ ろ で 『フ ェ ー ドル』 の筋全体 は, 既 に指摘 した よ う に常 にフ ェ ー ドルを中心に展開 さ れ, 発端 と結末が連鎖的に結 びついた 「円環的」゛ な時間の展開を示 し て い る。 そ し て 自分 自身に対す る フ ェ ー ドルの冷徹 な認識は, 第 1幕第 3 場で乳母エ ノ ー ヌ に告 げる次の言葉に 端的に見い出す こ とがで きる。 Quand   tu   sauras     moncrime,et   le

    sortquim accable,

Je        nenm o u r r a l pasm 0 1n s, J      enm o ur r alpluscoupable. (私の罪 と, 私 を打 ちひ し ぐ運命 を, お前が知 っ た と して も, 私は死なずにはい られない。今よ り も も っ と罪深い女 と して死ぬで し ょ う) こ う し た彼女の自己認識は, 『フ ェ ー ド ル』 全体にわた っ て認め ら れる。 確か に, 死 を急 ぐ彼女 を制止 しよ う とするエ ノ ーヌ や外部の出来事 (夫テゼーの死に関する誤報 と彼の帰還, およ びイ ポ リ ー トのア リ シーに対する愛の報知) によ り, その認識は時には緩和 される こ と がある。 しか し 「罪深い女 と して死」 の う とする フ ェ ー ド ルの想念 は, 少 し も彼女の意識か ら離 れる こ と はない。 第 1幕で は, イ ポ リー ト と対比 さ せなが ら, ラ シー ヌ はフ ェ ー ド ルの意識 を一層鮮明に示 して いる。 フ ェ ー ドルよ り先にイポ リー ト を舞台 に登場 させ, そ して彼女の宿命的な側面 を 彼 に示唆 させ る こ と によ り, 彼女の登場, お よび乳母 に対す る罪過 に満 ちた恋の告白場面 を, 作者 は準備 して いるからで ある。 イ ポ リ ー トの次の言葉は, フ ェ ー ドルの宿命的な側面を象 徴的に表わ して いよ う。 Cet   heureuχ    tempsn est   plus.    T outa    chan訟 deface 一 一 一 一 1 _

(10)

同朋学園佛教文化研究所紀要第十 四号 Depuis   que   sur   ces    bordsles

    Dieuχontenvoy6

La   fille     deMinoset    dePasipha6. ( あの幸福 な時代 は, もはや存在 しない。   ミ ノ ス と パ シ フ ァエ の血 を受 けた娘が, 神々に送 ら れて こ の岸辺に姿 を現わ した時以来, 何 もかも様子か変わって し まっ たのだ。) 四 こ の言葉 は, 約半年前に別れた父の行方 を探す ために現在住んで いる土地 を離れる と い う, 『フ ェ ー ド ル』 の冒頭 に見 られる イ ポ リ ー トの台詞 と 間接的に結 びついて いる。 実際, 彼が 避けよ う と して いる のは, フ ェ ー ド ルで ある けれ ど も, 彼 はまだ状況全体 を明確 に把握 して はい ない。 したが っ て, イ ポ リ ー ト は父の行方 を探す と い う 口実 をせざ る を えないので ある。 と こ ろが彼 は, 父の行方 を探す ためで も な く , また 「 ミ ノ ス と パシ フ ァエ の血 を受けた娘」 を避 ける ためで も な く , 実 は父が排斥 して いた ア リ シーを避ける ために, 自分の土地 を離れ るのだ と, 偽っ て述べて し まう こ と になる。 Hippolyte   en   partant   fuit   une   autre   ennemie: Je

    fuis, je1avourai,cette

   jeuneA ricie, Reste   d un   sang   fatal     conjur6contren o u s . に のイ ポ リー ト が旅 に出る のは, も う 1 人の敵 を避ける ためだ。 打 ち明けて し まお う , 僕 はあの若 いア リ シー を避ける のだ。 僕の一家に反逆 した呪 う べ き一族の生 き残 りで あるあの姫 を。) (3㎝ こ う した彼の矛盾 した言葉は, フ ェ ー ドルから逃れる と いう 想念がまだ彼の意識にはっ き り と現われていない こ と を示 して いる。 そ して また, 恋を嫌っ て斥 ける傲慢 な性質 と恋に誘 惑 さ れよ う とする性質の双方 を兼ね備 えた イ ポ リ ー トが, 父に対す る尊敬の念か ら ア リ シー への恋 を罪深い と見な し た こ と も, そ う した言葉 を発 した理由 と考 え ら れよ う 。 しか し, 後 者の理由が実際には間違 っ ている こ と は, テ ラ メ ー ヌ の次 のよ う な言葉から明 ら かで ある。 A vouez4 e, tout   change;   et

    depuisquelquesjours

On   vous   voit    moinssouvent,   orguilleux   et   sauvage, T ant6t   faire   voler   un   char   sur   le   rivage, Tant6t, savant   dans   1art

    parNeptuneinvent6,

Rendre   docile   au   frein   un   coursier   indompt6. Les   forets     denoscris

    moinssouventretentissent.

Charg6s

  d un

  feu

  secret,

    vosyeuxs appesantissent.

11

   n en fautpointdouter: vousaimez, vousbralez;

Vous   p6rissez   d un    mal que   vous   dissimulez. La

     charmanteA riciea↓ ellesu

  vous   plaire   ? (正直にお っ し ゃい ませ, 何 もか も変わっ て し まっ たのだ と。 それに近 ごろ で は, 岸辺に戦車 を疾駆 させた り, ネプ テ ュ ー ンか ら伝 わる手綱 さ ばき も鮮 やかに, はや り たつ駿馬 を思いの ま まに乗 り こ な した り したあの誇 ら し く 人 を寄せつ けぬ荒 々 しいお姿 を, 見かける こ と も少 な く な り ま した。 私た ち 10 -三 一 五

(11)

3。 対話の構造 と悲劇的世界

ラ シー ヌの演劇様式 の叫 び声が森 に響 き渡る こ と も少な く な っ て お り ます。 あなたの 目は秘かな炎に燃 え, 物憂げになっ てお られ ます。 疑 う余地はあ り ません, あなたは恋 を しておられる, 燃 える よ う な恋 を。 人に明かさ ぬ恋の病いで おやつれなのです。 あの愛 ら しいア リ シー様 を, 好 まし く お思 いなので は ? ) 剛 父の行方 を探すために自分の土地 を離れた り, ア リ シー を避けるた めにそ こ を離れる と い う イ ポ リー トの口実は, フ ェ ー ドルが現実 に目の前 に出現す る時, も はや何の意味 も持 ちえ な く なる。 彼はエ ノ ー ヌ から深い苦悩 に打 ち ひ しがれた フ ェ ー ド ルの到着が告げ ら れる と, 次のよ う に答え るので ある。 11

        suffit:jelalaisseenceslieux。 Et   ne   lui    montrepoint   un   visage   odieuχ。 ( も う よ い, あの人 を こ こ に残 して引 き下がろ う。 そ して いやな顔 をお見せ しないで お こ う 。)冊 明確 な理由を示 さずに フ ェ ー ド ルか ら逃亡 し よ う とす る イ ポ リ ー ト の態度は, こ の場面ば か り で はな く , フ ェ ー ド ル出現が知 ら さ れる ご と に認める こ と がで きる。イ ポ リ ー ト のフ ェ ー ドルに対する関係が, 常 に 「彼が フ ェ ー ド ルに会い に行 く ので はな く , フ ェ ー ドルの方が彼 を探 し求 める」圀性 質 を持 っ て い る た めで ある。 こ のよ う な イ ポ リ ー ト の言葉 こ そ, 実は フ ェ ー ド ルの尋常で はな い様子 と彼女の出現 を予告 して いる と考 えら れる。 しか し フ ェ ー ド ルのエ ノ ー ヌ に に対す る 呪 わ し い不倫の恋の告 白は, イ ポ リ ー ト のア リ シーへの汚れのない 恋の告 白と鋭 く 対立 し, 逆 にフ ェ ー ド ルの罪の深 さ を強調す る機能を果たす こ と になる。 『フ ェ ー ド ル』 全体 を通 じ て, 自分 自身の立場 や自分が属 して いる 悲劇的世界 を はっ き り と認識 し理解 して いる のは, フ ェ ー ド ルだ けで ある。 その場合, フ ェ ー ド ルの属 して いる世 界は, イ ポ リ ー トやテゼーな どの人物が属 して いる現実界で ある と と も に, 現実 を越え た世 界で ある こ と に も注 目し な ければな ら ない。 現実 を越 えた世界で は, 恋の神 ウェ ヌ スや彼女 の祖先で ある太陽神な どの神 々が君臨 し, それらの神々が 目に見 える 存在 と して, フ ェ ー ド ルに視線 を投げかけて いる。 彼女 自身は常 にその視線 を意識 して いる ために, 第 1幕で 行な われる エ ノ ー ヌ と の対話 は, それぞれ次元の異な る 2 人の間で行 なわれざ る を え な い。フ ェ ー ドルは, 一方で は現実 を越 えた世界に君臨 して いる太陽神 に対 し て語 りかけ, 他方で は現実 界にいる エ ノ ー ヌ に対 し て話 しかけて いる 。 そ して フ ェ ー ド ルを現実 界へ引 き戻す のは, 常 にエ ノ ー ヌ に他 な ら ない。 しか し ながら, フ ェ ー ド ルは第 3 場で 自己の本当の苦悩 を打 ち明 ける まで, エ ノ ーヌ の問いにはほ と ん ど答 えず, 目に見えぬ太陽神に対 して話 しかける だけ で ある。 例 え ば, 彼女は太陽神 に対 して次のよ う に死ぬ決意 を告 白し ている。 Noble   et

     brillantauteurd unetriste

  famille, 一 一 一 一 四

(12)

同朋学園佛敦文化研 究所紀要第十四号 Toi, dont

  ma

   m己reosait

  se

    vanterd etrefille,

Qui   peut-&tre   rougis   du   trouble   oa     tu mevois, S01e11, je   te

     viensvoirpourla

   derniarefois. (み じめな一族の気高 く 輝か しい創 り主 よ, 私の母 はあ なたの娘である こ と を誇 り に して い ま したが, あなたは今, 取 り乱 した私の姿 を ご ら んにな って, 恥ずか し く お思いで し ょ う 。 太陽神よ , 私はあな たを最後の見収めにやっ て まい り ました。)剛 こ のよ う な対話 は, 「悲劇的主人公 と沈黙 を守る 悲劇の神々 と の間の孤独 な対話の中で最 も根源 的 な」゛ 対話 で あ り, エ ノ ー ヌ は フ ェ ー ド ル と は異 なる 世界 に属 し て いる た め に, フ ェ ー ド ルの言葉 を理解す る こ と がで きな い。 しか し, フ ェ ー ド ルの口か ら死への願望 を示 す不吉 な台詞をエ ノ ー ヌが知る と, 彼女はフ ェ ー ド ルを問い詰めて, つい に真実 を告 白させ るので ある 。 その告 白をす る時 に, フ ェ ー ドルは初 めて 「沈黙 を守る悲劇の神 々」 を忘れ, 現実界 に属 して いる エ ノ ー ヌ に話 り かける こ と にな る。 イ ポ リー トに対す る フ ェ ー ド ルの恋 は, 彼女 から逃亡 し よ う と して いる 「現実のイ ポ リー トヘの恋で はな く , 架空の存在, 宿命的な罪深い情念 をか き立て る こ とので きる純粋で力強 い イ ポ リー トヘ の恋」叫で ある と 見な される。 すな わち彼女 は, 理想化 し た イ ポ リ ー ト を追

い求めているのである? そして彼女は死ぬ決意をするけれども, その時パノープからテゼー

の死に関す る誤報が彼女の所へ も た ら さ れる。その結果, エ ノ ー ヌ は自殺の決意 を し た フ ェ ー ドルに, 彼女の恋が 「世の常の恋」(測une   flamme   ordinaire   にな っ た と告げ, 彼女 を現実界へ 引 き戻すのである。 フ ェ ー ドルはエ ノ ーヌ に対 して, 自分の子 を庇護する義務 を次のよ う に 述べ る。 Vivons, si   vers   la       vieonpeutmer a m en e r , Et   si     l amourd unfils    ence    momentfuneste De    mesfaibles   esprits   peut    ranimerle   reste. (生 きよ う 。 も し元通 り元気 になれる も のな ら。 そ して も し, 死の影 に覆われた この時, わが子への 愛情が, わずかに残る気力 を蘇 らせる こ とがで きる な ら ば。)倒 彼女 はこ のよ う に して現実界 を容認 し, イポ リ ー トの前で不倫 の恋 を告 白す る こ と になる。 しか し彼女が求めて いる のは理想化 さ れた イポ リー トで ある ために, そのイ メ ー ジが裏切 ら れた時の彼女の心理 は, 一層悲劇的な様相 を示すので ある。 し たがっ て, 彼女 はエ ノ ーヌ の 助言によ っ て死ぬ決意 を放棄す る けれ ども, そ れは 「沈黙 を守る悲劇の神 々」 か ら言い渡 さ れた一時的な執行猶予に過 ぎな い。 その期間中, フ ェ ー ド ルはと もか く 忌 わ し い罪か ら解放 さ れて いる。 しか し理想化 さ れた イ ポ リー ト を追い求める幻想 を抱いて いる ために, 彼女は 第 4 幕第 4 場で テゼーから イ ポ リ ー トのア リ シーに対する愛 を知 ら さ れた時, 激 しい嫉妬心

をアリシーに抱く とともに, ますます罪の意識を持たざるをえなくなるわけである?

さて 第 2 幕で, フ ェ ー ド ルは実際にイポ リー トの前で不倫の恋 を告 白す る。 しか しその告 12 -一 一 一 一 -一 一

(13)

ラ シー ヌの演劇様式 白のす ぐ前で , ラ シーヌ はア リ シー と イ ポ リー ト を登場 させ, やは り第 1幕 と 同様, イ ポ リー ト はフ ェ ー ド ルの出現 を予告す る役割 を果 た して いる。 ヴ ァ レ リ ーの表現 を借 りれば, 彼は フ ェ ー ド ルの胸中から 「かつて情熱が抱かせた最 も高貴な淫欲 と悔恨 の響 き を引 き出す ため に奉仕する」(41)役割 を引 き受けて いる と言え よ う 。 フ ェ ー ドルのイ ポ リー トヘの恋 は, 凶暴 な独 占欲 に満 ちた恋であ り, 相手の心理を全 く 考慮 しない一方的な愛欲である。 すなわち, 彼女 は果 た し て相手が自分 を愛 して いる か どう か と い う 疑惑 を少 し も抱かず, したがっ て相 手 に愛の確証 を執拗に求める こ と を全 く 思 いつかな いので ある。彼女のイ ポ リ ー トヘ の恋 は, 「私 はそ の人 を見た途端, 恥ずか し さ に顔 を赤 らめ, その人の前 に出る と色 を失 っ た」「4」時 点で 円熟 し, そ し てその恋の罪悪 に関する意識のために, 相手の心境 を推 し測る余裕す らな い。 第 4 幕第 4場で イ ポ リー トのア リ シーへの恋 を知 っ た時, フ ェ ー ドルの期待はまさ にそ のために一挙 に破れ, 激 しい嫉妬心へ と変貌する のである。 他方, ア リ シーのイ ポ リー トヘ の恋 は, フ ェ ー ド ルのよ う に一方的な独占欲に支え られた愛欲で はな く , 相手が果た して 自 分 を必要 と し ているのか どう か と い う , 愛の確証 を相手 に求める恋で ある こ と は, イ ス メ ー ヌ に対 し て述べる ア リ シーの言葉で わかる。 Jaime, je   prise   en   lui   de   plus   nobles   richesses, Les   vertus   de   son   pere,   et

    nonpointles

  faiblesses. 夕 ●     ●       〆 ●       ●    X J J

    alme, Je l avoural, cetorguellgenereux Qui   jamais   n a   f16chi   sous   le    jouga m o u r e u x . Phadre   en   vain   s honorait   des   soupirs   de   T h6s6e: Pour   moi, jesuis   plus   fiere, et   fuis   la    gloireais6e D arracher   un    hommage

a

   milleautresoffert,

Et   d entrer   dans   un   c(χ2u r   de   toutes   parts   ouvert. M ais   de   faire   f16chir     uncourageinfleχible, De   porter   la

    

douleurdansune

ame

insensible,

D enchainer   un   captif   de   ses   fers   6tonn6, Contre   un   joug   qui   lui   plait    vainementmutin6: C est   la   ce    queje    veu x , c est    lace    quim irrite. (私があの人 をお慕わ し く 思 う のは, あの人に備わって いる最 も貴い宝があ り, 父君から お受け継ぎ にな っ た数 々の芙徳で あ って, その弱みで はないのです。 本当 を言えば, 私 は一度 も恋の軌 に屈服 し た こ と のな いあの気高い心 を愛 して いる ので す。 フ ェ ー ドル様があのテゼー様 に愛 さ れた と 自慢 され て も何 に も な ら ない。 私 はも っ と誇 り を持 っ た女です。 他の大勢 の女 に も捧 げた誉め言葉 を強いて相 手に言わせ, どこ からで も恋の入 り こめる心 に忍び入る よ う なたやすい名誉は欲 し く はない。 それよ り私 は, な びいた こ と のない心 をな びかせ, 物 に動ぜぬ心 を悩 ま して みたいのです。 まと いついてい る恋の鎖で 身の白山が利 かな く な っ て驚 きあわてる相手の男 を否が応で も虜に して し まう こ とです。 それこ そ, 私が願いこ と, それこそ, こ の胸 をかきたて る こ と なのです。) (4j 一 一 一 一 一 一

(14)

同朋学園佛教文化研究所紀要 第十四号 このよ う な感情 は, 相手の気 を引 きつ けよ う とす る傾向が強 く な っ た感情 に他 な ら ない。 と こ ろ で第 2 幕で は, ア リ シー と イ ポ リー ト, およ びフ ェ ー ドルと イ ポ リ ー ト のそれぞれ 2 人の間で演 じ ら れる行動様式は, 非常 に類似 し た性質を示 し て いる。 まず前者で は, イ ポ リー トがアテ ネの王位 を ア リ シー に授 ける ためにやっ て来る。 しか し彼 は, 意 に反 して, つ いに彼女 に対する潔白な恋を打 ち明けて し ま う 。 同様 に, フ ェ ー ド ルは自分の子供の将来を 気づ かい, イ ポ リ ー ト に父親代 り にな っ て も ら う ために, アテ ネの王位 を彼 に授 けにやって 来る。 しか し, 彼女 もやはり, 意 に反 して彼 に対す る不倫の恋 を打 ち明けて し ま う 。 その時, イ ポ リ ー ト はフ ェ ー ド ルの登場 を準備す る役割 を演 じ , 次の台詞 に示 さ れる よ う に, 彼女か ら逃亡する意向を述べる ので ある。 A mi, tout   est-il    pr6t?

     M aislaReines a v an ce.

Va, que

  pour

  le

      d6parttouts a r m eendHigence.

Fais

  donner

  le

    signal, cours, ordonneet

  revien Me   d611vrer   bient6t   d un   facheuχ   entretien. ( ど う だ, 用意 はす っ か り 整 っ たか ?   だが王妃がやっ て 来る。 さ あ, 大急 ぎで 出発の手 はずだ。 の ろ し を上げさせろ。 駈 けて行 っ て指図 を して く れ。 そ して帰 っ て来て, いやな会見か ら僕 を救い出し て く れ。) ㈲ フ ェ ー ドルがイ ポ リ ー ト に対 して恋の告白を決意 し たのは, テゼーの死に関す る誤報 とエ ノ ーヌ による忠告 を受け入れ, しかも見えぬ神々の視線 を彼女がほと ん ど意識 し な く な った ためで ある。 その結果, 彼女 はイ ポ リー トの中に, 理想化 さ れたテゼーの姿 を見い出 し, 彼 女の抱いて いる幻想 は次第に肥大化 して い く 。 す なわち, 彼女 はイ ポ リ ー ト の中に, 「情念 に対 して も名誉に対 して も どんな罪過 を犯す こ と な く 現実 に愛 しえたか も しれな い夫」(49を 見い出す。 彼女の抱 く 恋 は, こ う し て現実界 を越 えた 「過失 と 放棄 も伴 わぬ価値 ある恋」卿 へ と転化 し, 理想化 さ れた夫 と恋が次のよ う に語 ら れる。 Je

     1aime, nonpointtel

     quel ontvules

  enfers, V01age   adorateur   de    milleobjets   divers, Qui   va   du    Dieudes    mortsd6shonorer   la   couche; Mais   fidele,    maisfier,   et

     memeunpeufarouche,

Charmant, jeune, trainant

  tous   les     c(χl u r s apr6 soi, Tel   qu on   d6peint   nos    Dieuχ,0 u   tel    quejevousvoi. 11

       avaitvotreport,vosyeux, votrelangage, Cette   noble   pudeur   c010rait   son   visage, Lorsque   de   notre    Cr6teil

    traversalesflots,

Digne   sujet   des   v (x2u x   des   filles    deM inosグ 三 一 一 - 14

(15)

-ラ シー ヌ の演劇様式 (私はテゼー を愛 して いる。 それも, 地獄 に姿 を現わ したよ う な, 多 く の芙女に愛 を捧げる テゼー, 死の神 の閏 を汚 し に行 く テゼーで はな く て, 頼 も しい, 昂然 と した, 荒 々 しい感 じ さ えする。 どんな 心 も な びかせ て し まう , 美 しい, 若 々 しいテゼー。 話 に聞 く 神 々に も似 た, また, 今 こ う して見てい る あな たそ っ く り のテゼー を。 あの人は, 姿 と いい, 眼 と いい, 話 し方 と いい, あ なたその ままだっ た。 あ なた と 同 じ, その清 ら かな恥 じ ら いに頬 を染めて, ク レー タの波路 を越 えて来 たテゼーは, ミ ノ スの娘た ち に慕われる にふ さ わ しい人だ った。){4刀 フ ェ ー ドルが求めて いる恋の対象は, 現実のイ ポ リ ー トで はな く , 現実界にはいない完全 無比 な理想化 さ れた イ ポ リ ー トで ある 。 し たがっ て, フ ェ ー ドルの想念が現実界 を越 えて い るた めに, イ ポ リ ー ト は彼女の理想化 さ れた恋を全 く 理解する こ とがで きな く なる。 こ こ に おいて, フ ェ ー ド ルが実際 に恋の告白を し, しか も相手のイ ポ リ ー トがそれを拒絶する のを 彼女が知る時, 彼女 はも はや現実界で生 きて ゆ く こ と がで きず, 彼から剣 を奪 っ て 自殺 を企 てる。 し か し, 第 1幕第 5場で見 られた のと 同様 に, エ ノ ー ヌ がフ ェ ー ドルの自殺 を制止 し, 現実界へ連れ戻す ので ある。 その時, エ ノ ー ヌ は, 次のよ う に彼女 に国事 に携わる こ と を勧 め る 。 A insi   dans vos    malheursne   songeant   gu a   vous   plaindre, Vous   nourrissez   un   feu   qu iI vous faudrait   6teindre. Ne   vaudrait-il   pas    mieuχ,digne   sang   de   Minos, Dans   de   plus   nobles   soins

    cherchervotrerepos,

Contre   un   ingrat   qui   plait   recourir  

a

la   fuite, R6gner, et   de     1E tatembrasserla   conduite   ? (そんなふ う に, あなたは身の不幸 を嘆 く こ と ばか り お考 えにな り, 消 さねばな らぬ恋の炎を一層か き立て て い ら っ し ゃる で はあ り ませんか。 む し ろ, ミ ノ スの娘 と して恥ずか し く ないよ う , も っ と尊 い務めのこ と を考 えて, お心の安定 を求めにな って はいかがですか ?   逃げよ う とす る あの情知 らず な男を見下 して, 君臨 し国の統治に専念される方がよ く はござい ませんか? ) ㈲ フ ェ ー ド ルは, エ ノ ー ヌ の助言 に耳 を貸す こ と な く , イ ポ リー ト に拒絶 さ れた と はいえ, まだ彼 に対 し て理想化 さ れた恋 を抱いている。 そ う し た恋 は, も はや実現不可能であ る と フ ェ ー ドルが認めた後に形成 さ れた幻想で ある こ と に注意する必要がある。 彼女 はイ ポ リー ト に拒絶 さ れた後, 恋の女神 ウェ ヌ ス に対 して, 彼の恋が生 まれる よ う に 祈 り始める。 O   toi,   qui   vois   la     honteoa

je

  suisdescendue, lmplacable   V6nus,   suis-je   assez   confondue   ? T u   ne   saurais   plus   101n   pousser   ta   cruaut6. T on   triomphe   est

    parfait; toustes

  traits    ontport6. Cruelle, si   tu   v euχ   une   gIoire   nouveHe, A ttaque   un    ennemiqui   te

    soitplusrebelle。

(16)

同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号 Hippolyte   te    fuit,et     bravanttonco u r r o u x , Jamais   a   tes   autels    n a fk hiles   genouχ. Ton   nom    sembleoffenser   ses    superbesoreilles. D6esse, venge-toi:   nos   causes   sont   pareiHes. Quil   aime. (おお, 汚辱の私 を眺めている女神 よ, 仮借ないウェ ヌス よ, これほど私 を辱 しめれば, 十分で はあ り ませ んか ?   こ れ以上残酷 な仕打 ち を続 ける こ と はで き ます まい。 あ なたの勝利 は完全で す。 あな たの矢は, 残 らず私の胸 を貫 き ま した。 冷酷 な女神よ, も しあ なたが新た な栄光 をお望みな`ら ば, 私 よ り も も っ と あな た に逆 ら っ て い る敵 を襲 っ て下 さ い。 イ ポ リ ー ト はあ な た を避 け, あ な たの怒 り を 恐れず, これ まで 1度 も あなたの祭壇 にぬかずいた こ と はあ り ませ ん。 あ なたの御名 さ え, あの思い 上がった人の耳を傷つける よ う です。 女神 よ, 復襲 して下 さい。 あの人は, あなた と私に と って共通 の敵なのです。 ど う かあの人が恋 を し ます よ う に。) ㈲ しか し彼女の願望は, その直後にエ ノ ー ヌ から夫テゼーの帰還 を知 ら さ れた時, 一挙 に破

壊され現実界へ引き戻されるのである? そこでフェードルは, 以前にもまして自己の罪の深

さ を意識する よ う にな る。 他方, エ ノ ー ヌ は, 既 に指摘 し たよ う に, フ ェ ー ド ルに現実の生 へ向かわせる こ と しか考慮 し ない。 その場合, 妥当な善後策は, も はやイ ポ リ ー ト に無実の 罪を被せて咎める こ と しか残 さ れて いな いので ある。 フ ェ ー ド ルにその方法 を強いる エ ノ ー ヌは, 例えば 『ブ リ タ ニキュ ス』 で, ローマ皇帝 ネロに悪事を勧めるナルシスの性格 と類似 して い る。 し か し エ ノ ー ヌ は, ナ ルシス ほど陰険で はな く , フ ェ ー ド ルを是非 と も救 お う と する強い決意に基づ いて, そ う し た陰謀 を企て る ので ある 。 そ れに対 して フ ェ ー ドルは, た だ茫然 自失 した状態で エ ノ ー ヌ の忠告に従 う に過 ぎない。 すな わち, フ ェ ー ドルは, エ ノ ー ヌの陰謀 に対 して罪の意識す ら抱いてい ないので ある。 そ の時, 彼女 はエ ノ ー ヌ に次のよ う に告 げる こ と にな る。 A h   !     jevoisHipp01yte; Dans   ses

       yeuxinsolents, jevoismaperte6crite. Fais

  ce

      quetuvoudras, jem abandonnea

  toi.

Dans

  le

       troubleo的 esuis, jenepuisrienpourmoi. (ああ !   イポ リ ー トが見 える。 さ げす むよ う な あの眼差 し は, 私の身の破滅 を告げて いる。 お前の 思 う 通 り に し て お く れ, 何 も か も まかせ よ う 。 心 が乱 れて, 自分 のた め に何 をす る こ と もで き な し`o)剛 フ ェ ー ドルは, その直後にテゼー と イ ポ リ ー ト に会い, 特にテゼー には直接 に名前 を告げ ない けれ ど も, イ ポ リ ー ト か ら辱 し め ら れた こ と を示唆す る。 それ はた だエ ノ ー ヌ の助言 に 従っ た虚偽の非難で はあるが, イ ポ リー ト はその言葉の意味内容 を全 く 理解 し ないので ある。 そればか りか, 彼 は 「確立 さ れた秩序の正義 を素直に頼」 つて次のよ う に自己を正当化 し, そこ には現実界に関す る認識の欠如から生ずる錯誤 しか認 めら れな い。 16 -三 〇 九

(17)

● 丿 ● ●

ラ シー ヌの演劇様式 Oa

  tendait

  ce

     discoursquim a glac6d effroi?

Phd re, toujours   en   proie  

a

sa    fureureχtreme, Veut-elle   s accu ser   et   se     perdreelle-meme? Dieux   !

         quediraleRoi! Quelfunestepoison L amour   a    r6pandusur    toutesa    maison! 三 〇 八 De   noirs    pressentimentsviennent   m 6pouvanter. M ais   I innocence   enfin   n a   rien

a

redouter. (何のために身も凍る よ う なあの恐ろ しい話 を私に したのだろ う ?   フ ェ ー ドル様 は底知れぬ狂気 に 取 り付かれた まま, わが身 を責めて, 身の破滅 をお招 きになるつ も り だろ う か?   あ あ !   父上 は何 と お っ し ゃ る だ ろ う か ?   恋は何 と い う 致命的な毒気 を こ の宮殿の至 る所 にま き散 ら した こ と だろ う。 (中略) 何か し ら不吉 な予感がひ し ひ し と この身に迫 っ て来る。 しか し, こ ち らが潔白な ら ば何 ひとっ恐れる こ と はない。) M そ して イ ポ リー ト は, まさ に現実界に対する無理解のために, エ ノ ーヌが自分の身に無実 の罪 を被せたのをテゼーの言葉から知る と, 仰天せざ る をえ ないので ある。 と こ ろで彼の現 実界に対す る認識の欠如 は, テ ゼー において はよ り顕著に認め ら れる。 テゼーはエ ノ ーヌから知 っ た虚偽の台詞だけを信 じ, イ ポ リー トの弁解 を全 く 信用 しない ので ある。 そ して イ ポ リ ー トが真相 を暗示す る と , テ ゼー はその真相 に少 しで も耳 を傾ける どこ ろ か, 怒 り に駆 ら れ, 彼の現実界に対する錯誤は頂点 に達す る。 彼はそ こ で , イ ポ リー ト に対 し, 次のよ う に激 し く 非難 をする こ と にな る。 Quoi   !

  

       tarage

a

mesyeuxperdtouteretenue? Pour

  la

      derni& efois, 6te-toidemav u e.

Sors, traitre. N attends

  pas   qu un   p己re   furieuχ Te   fasse

       avecopprobrearracherdeceslieuχ。

(何だ と ?   父の前で, 狂乱のあ ま り慎 しみ を忘れて し まっ たのか ?   も う 1度 だ け言 っ て やる, ど こかへ消 えて し まえ, 出て行 け, 裏切 り者め。 ぐず ぐず して いる と, こ の父 は怒 り に まかせて, お前 をこ こ から引 きず り出させ, 辱 しめてやる ぞ。) M 要す る に, テゼーは 「錯誤の中に生 きる人物」9 で あ り, しかも欺かれる こ と を 自ら望み, 錯誤 に満 ち た世界 を容認す る人物で ある。 実際, 彼は, フ ェ ー ド ルがイ ポ リ ー ト をかばう た めにやっ て来る と, 現実界 を少 し も知ろ う と はせずに, 次のよ う にただ欺かれる こ と だけを 求めて いる。 D ans   toute   leur   noirceur    retracez・moi ses   crime; Echauffez    mestransports   trop   lents,   trop   retenus. (あいつの罪が どれほど汚わ しい ものか, す っ かり話 して く れ。 あ ま り にも ためら いがちで控 え 目な わ しの怒 り を, かき立てて く れ。) s

(18)

同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号 そ して, 海の神 ネプテ ュ ー ンに祈願 した イ ポ リ ー ト の死が現実 と な っ た時, テゼーはフ ェ ー ドルから真相 を告 げ ら れる まで , 「わ しの 目が相変わ らず欺かれて いて もよ い と し よ うJMJe consensque    mesyeux   soient   toujours   abus6s.   と述べて, あ く まで錯誤の世界 に留 まる こ と を 望 むので あ る。 しか し ながら フ ェ ー ド ルは, イポ リー トやテ ゼー と は異 な り, 自分の属 し て いる現実界 を 正確 に理解 し, しか も 自己の悲劇的な運命 を冷厳に把握 し ている。 特 に第 4 幕第 4 場で イ ポ リー トのア リ シーへの愛 をテゼーか ら知 ら さ れた時, フ ェ ー ド ルは自己の運命 を はっ き り と 知る こ と になる。 理想化 さ れた イ ポ リー トヘの恋の破滅は, 単 にイ ポ リ ー ト がア リ シー を愛 して いる こ と を フ ェ ー ド ルが知 った ばか りで はな く , イ ポ リー ト に対す る彼女の理想像が崩 壊 し た こ と にも起因 して いる。 フ ェ ー ド ル自身の表現 を借 りれば, テゼーか ら知 っ た現実の イ ポ リー ト は, ア リ シー を恋 し てい る と と も に, 「お と な し く , 手 なず け ら れて, 征服者の 前 にひれ伏 したJM 人物 と な っ たので ある。 こ う し た 2 重 の打撃のため に, 彼女 はます ます 自己の存在 を冷厳に見つめてい き, 2人 ( イポ リー ト とア リ シー) の恋 と 自己の存在を比較 しながら, 次のよ う に述べる。 H61as   !

       ilssevoyaientavecpleinelicence. Le

  ciel

      deleurssoupirsapprouvait1innocence; 11s

       suivaientsansremordsleurpenchantamoureux;

Tous   les    joursse     levaientclairset     sereinspoureu x ・ Et    moi, triste     rebutdela    natureentiare, Je       mecachaisaujour,

je

  fuyaisla   lum16re. La    mortest   le

      seulDieuquej osaisimplorer. Jattendais   le    momentofl    j allaiseχpirer; Me   nourrissant   de   fiel,     delarmesabreuv6e, Encor   dans     monmalheur de   trop   pras   observ6e, Je

        n osaisdansmespleursmenoyer

a

loisir; Je      goataisentremblantce    funesteplaisir, Et   sous   un   front   serein

    dをguisantmesalarmes,

11

         fanaitbiensouventmepriverdemeslarmes.

(ああ !   あの人た ち は思 いの ま まに会っ て いたのだ。 2 人の恋の吐息 の汚れな さ を, 天 も許 してお いで にな っ たのだ。 2 人 は何のやま し さ も感 じ な いで恋路 を辿 って いたのだ。 来る 日も来る 日も, 2 人に と っ て は澄み渡 っ た穏やかな 日ばか り 。 それに比べて こ の私は, 天から も地か ら も見放 さ れたみ じめな女, ひたす ら陽の目から身を隠 し, 光を避 けていた。 私のすがっ た神 は死神 ばか り。 息を引 き 取 る時が来る のを待 ち焦がれて, 苦い悲 しみを心 の糧 と し, 涙での どを う る お して いた。 その う え, 不幸 を嘆 く にもあ ま り に人 目が う る さ く て, 思 う さ ま涙 を流すわけに もいかず, 私 はふる え戦 きなが 18 -三 〇 七

(19)

ラ シーヌの演劇様式 ら, こ の不吉な喜びをかみ しめていた。 そ して晴ればれ した顔 を作 って は憂い を押 し隠 し, 何度 と も な く こ み上 げる涙 を押 さ えねばな ら なか ったのです。) 剛 『フ ェ ー ド ル』 の冒頭で 見 ら れた 自己の運命 に対す る フ ェ ー ド ルの冷厳な認識 は, ににに おいて, 曖昧 な点 をすべて除かれる こ と になる。 イ ポ リー ト と ア リ シー は 「天 も許 して おい で にな っ た」 存在であ り, 他方フ ェ ー ドルは 「天から も地から も見放 さ れたみじめな」 存在 で あ り, 2 人 と彼女 は越え難い壁で決定的に峻別 さ れる ので ある。 第 1 幕で は, 神 々か ら一 時的な赦免 を得 ら れる と期待する心の余裕が, 彼女の心にはまだ残 って いた。 したがっ て, フ ェ ー ドルは自分の物狂お しい恋の原因を恋の女神 ウェ ヌ スの責任 に転嫁する こ とがで きた ので ある 。 しか し今や, すが りつ く こ と ので きる神 は死神 だけで あ り, 彼女 は自分の過失の 重大 さ を明確 に知る こ と になる。 現実界に生 きてい く こ と は, も はや不可能 と な り, む しろ 現実界か ら消 え去る こ と だけがフ ェ ー ドルに残 さ れた唯一の行動 と な ら ざる をえない。 そ し て彼女は, 太陽神の娘で ある母親パシ フ ァエ と 地獄で死者 を裁 く 父親 ミ ノ スの持つ イ メ ージ を 自己の存在 と対峙 させ, 生 を も死 を も拒絶 さ れた無慈悲 なデ ィ レ ンマ に陥る ので ある 。 し か し 自己の罪 の重大 さ を明確 に知 っ た彼女 にと っ て, も はや一刻の猶予 もな く , フ ェ ー ドル は次のよ う に自己の悲劇的な運命 を打 ち明ける こ と になる。 H61as   !

         ducrimeaffreuχdontlahontemesuit Jamais   mon   triste   c(χ2ur     n a recuemile   fruit. Jusquau   dernier   soupir,   de    malheurspoursuivie, Je

    rendsdansles

     tourm entsunep6niblevie.

(ああ, 恐 ろ しい罪の汚辱だけは, どこ まで もっ き ま と う のに, 私 の不運 な心 は, そ こか ら何 ひ とつ 得る ものはなかった。 息を引き取る時まで, 私は数々の不幸に追いつめられて, 辛い一生 を苦悶のう ちに終 える のです。) 剛 他方, エ ノ ー ヌ はフ ェ ー ド ルに対 し, 「弱 さ は人間に と っ て あ ま り に も 自然の も の。 死す べ き女 と生 まれたから には, 女 と して の運命に従 う こ と」 だ と述べて, 現実的な妥協策を 提案する。 しか し 自己の運命 を既 に知 り尽 く した フ ェ ー ドルは, ただエ ノ ーヌ を激 し く 非難 す る だ けで ある。 エ ノ ーヌ は, フ ェ ー ドルに忠実に仕 える乳母 と して, 様々な忠告 を し て来 たが, そ れが フ ェ ー ド ルか ら非難 さ れる こ と にな る と は全 く 予期 して い なか っ た にちがいな い。 その結果, エ ノ ーヌ は次のよ う に神々と 自己の運命を呪 う こ と になる。 A h, Dieux   !

         pourlaservirj aitoutfait, toutquitt6; Et   j en   reCois   ce    prix?      Jel aibienm6rit6. (ああ, 神々よ !   王妃 に仕 え る ために, 私 は何で も し た, 何 もか も捨 て た。 その報いが こ れ と は? だがこ れも, 全 く 身から出た錆なのだ。) 剛 この台詞は, エ ノ ー ヌ と フ ェ ー ドルの属 して いる世界が全 く 断絶 して いる こ と を表わ して いる。 エ ノ ーヌ は, フ ェ ー ドルが自己の運命を完膚な き まで凝視 している こ と を全 く 理解す 三 〇 六

(20)

同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号 る こ と が で き な い ので あ る。 こ う して, フ ェ ー ド ルが最後に舞台 に登場する まで は, 「世界の宿命的で, 無秩序 な騒 乱」(63が そ こ に見 ら れる に過 ぎない。 彼女 はメ デーがアテ ネに持 っ て来た毒薬 を既 に飲み, 次のよ う な言葉 を述べて息 を引 き取 る こ と になる。 66    J●t ●           夕 。 ● DeJa   Jusqu   a     monc(xtu r le    venmparvenu Dans   ce     c( χ?u r expirantjette     unfroidinconnu; D6ja   je

        nevoisplusqu atraversunnuage Et

  le

  cie1,

  et

      l 6pouxquemapr6senceoutrage;

Et

  la

   mort,

a

    mesyeuxd6robantla

  clart6, Rend   au   jour,   qu ils   souillaient, toute   sa   puret6. ( も う胸 まで来た毒 は, 息絶えよ う とする こ の胸 に, 何 と も言えぬ冷た さ を感 じ させ ます。も う霞がかっ たよ う に し か見え ません, 私が こ こ にいる だけで辱 しめ を与 えて いる天 も, 私の夫 も。 そ して死 は, 私の眼 から光 を奪 い去る と同時 に, こ の眼のために汚 さ れて いた 日の光に, 隅な く 澄 んだ清 ら か さ を, 取 り戻 させるで し ょ う。) M フ ェ ー ド ルの死 によ り, 唯一の汚点 を記 し て い た現実界 は, 「隅 な く 澄 ん だ清 ら か さ」 toute   sa   puret6   を復元 し, 彼女 によ って生 じ た 「無秩序 な騒乱」 は終止符 を打つので ある。 こ こ で は, 第 1幕第 3場で語 られた 「太陽神 よ, 私 はあなた を最後の見収めにやっ て まい り ま し た」紬 と い う フ ェ ー ドルの言葉 と対応 し, 時の展 開は 「円環的」闘な形態 を と っ て いる。 こ う してみる と, 『フ ェ ー ド ル』 は, 自己の悲劇的な運命 を把握 した フ ェ ー ドルが, 現実界 における 自己の位置を次第に明確 に意識化 し てい く 作品で ある こ と がわかる。 す なわち, そ こ には, 「悲劇的人物が世界 に対 し 自己の要求 を強いる こ と によ り妥協する こ と な く 生 きら れる と なお信 じ て いる がゆえ に急転があ り, 自分が幻想に捕われて いた こ と をついに気づ く

ために認知丿が見い出され, 『フェードル』 の演劇的構成はそうした 「急転」 と 「認知」 を

伴 う 悲劇的世界によ っ て特徴づ け られる ので ある。 註 (1) コ ルネ イユの悲劇論 は, 1660年 に出版 さ れた次の 3 種類のテキス ト に よ っ て知 る こ とがで きる。 (a) フ:)如 ・ rs

  dd W ilぼ d & s加姐a du知 加d ns α向麗

(劇詩の効用 とその各部についての論考)

(b) Disr四γs& 1αIMgJ 仙 d & s携砂四s& 1αlmileγsd㎝ le詐ai駝携MαMcg㎝ lgれ& Essαin?

(真実ら し さ または必然性に基づいて悲劇やそれを取 り扱う方法の論考)

(c) Z)汝 四rs加丿面 sl面 臨 dizd函 , dり ・㎝rd dd 凶

(筋 と時 と場所の三一致に関する論考)

(2) Racine: BざT611ce, P呵 ace, 0 euvres

  compl&tes, tome

  l,

      6d. R. Picard, BibliothequedelaP161ade,Paris,

Gallimard, 19 60, P. 465. (3) RacineJ 廠 zn 凶 s, 丹両 々, ゆ。確 。 P. 387。 20 -三 〇 五

参照

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