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〈隠岐・山陰沿岸の民俗〉隠岐の自然と生業--牧畑のその後を中心に

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Academic year: 2021

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(1)隠 岐の 自然 と生 業. 隠 岐 の自 然 と生 業. き. 1 牧 畑 の そ の後 を 中 心 に ー. はじめ に. (一) 本 稿 の 目 的. お. 戸井 田 克. ま きは た. 己. 本 稿 では 、 島 根 県 隠 岐 ( 写 真 1) の自 然 と 人 々 の生 活 を 、 か つて島 で広 く みら れ た牧 畑 を 中 心 に報 告 す る。. 牧 畑 は、 ﹁牧 ﹂ と ﹁ 畑 ﹂ と が 一体 と な った農 牧 地 、 も し く は そ の農 牧 地 で行 わ れ る農 牧 形 態 の こと で、 農 地 の条. 件 が 比 較 的 よ く な い島 喚 部 な ど を 中 心 に、 最 も 遅 いと こ ろ で は昭 和 四〇 年 代 初 頭 頃 ま で見 ら れ た。 す な わち 、 国内. へ いくん とう. や しま. いわ いしま. では 隠 岐 の ほか 、 日本 海 の対 馬 ( 長崎県)や粟島 ( 新 潟 県 )、 南 九 州 の種 子 島 や 屋 久 島 (以 上 、 鹿 児 島 県 )、 そ し て. 瀬 戸 内 海 の平 郡 島 、 八 島 、 祝 島 (以 上 、 山 口 県) な ど に 見 ら れ た が 、 対 馬 に 近 い韓 国 の済 州島 に も 同 様 のも のが. (1 ). あ った ( 図 1)。 ま た 、 本 土 で は 中 国 山 地 や 中 部 地 方 の山 間 部 な ど で も 行 わ れ て いた 。. そ う し た な か にあ って隠 岐 は、 三橋 時 雄 氏 の本 格 的 な 論 文 ﹃隠 岐 牧 畑 の歴 史 的 研 究 ﹄ の フ ィー ル ド にな った こと. や 、 最 も 遅 く ま で こ の農 牧 形 態 が 残 存 し た こと 、 放 牧 と農 耕 の輪 転 体 系 が 高 度 に 組 織 化 さ れ て いた こ と な ど か ら 、. 全 国 的 によ く 知 ら れ た 存 在 であ った 。 ま た 、 こ の 二十 数 年 後 、 本 誌 ﹃民 俗 文 化 ﹄ で山 陰 特 集 を 組 んだ 際 、 野 本 寛 一. 109.

(2) 勝. 岐の景 観(島 後 ・都 万付 近). ち. ぶ. り じま. (2 ). 氏 が 非 常 に丹 念 な 民 俗 誌 を 綴 って いる 。. これ ら の文 献 を 参 照 す れ ば 、 隠 岐 で牧 畑 が 生 き て いた 当 時 の様 子. を 詳 し く 知 る こと が で き る が 、 す で に か な り の時 間 が 経 過 し て い. る 。 そ こ で本 稿 で は 、 隠 岐 の牧 畑 の歴 史 的 展 開 を あ ら た め てた ど る. と と も に、 現在 そ れ が ど の程 度 、 ま た ど のよ う な か た ち で残 さ れ て. い るか 、 あ る いは 完 全 に過 去 の遺 物 と な って し ま った のか と い った. お お や しま. (3 ). ノ島 ・知 夫 里 島 の主 要 三島 に分 か れ 、 島 前 湾 (写 真 2) を 取 り 囲 む よ う に分 布 し て いる (図 2)。 島 前 湾 は 古 い火. お. き の しま. (4 ). 山 のカ ルデ ラが 陥 没 し て でき た も のと いわ れ 、 も と は島 後 と 同様 、 単 体 の島 であ った 。 島 前 ・島 後 の島 々全 体 を 指. お. き. し まち ょう. さ いこう ちょ う. ふ. せ むら. こ. か むら. つ. ま むら. し て ﹁隠 岐 島 ﹂ と 呼 ぶ な ら わ し が あ る が 、 地 理 学 的 に は 全 島 を 総 じ て 隠 岐 諸 島 と 呼 ん で いる 。. 島 後 の隠 岐 の島 町 は 、 西 郷 町 ・布 施 村 ・五箇 村 ・都 万村 の 四か 町 村 が 二〇 〇 四 ( 平 成 ー ハ) 年 一〇 月、 合 併 し. て成 立 し た 。 面 積 は 約 二 四 三平 方 キ ロ、 人 口 は 一万 五⊥ハ七 九 人 (二〇 一 一年 四 月 一日現 在 ) であ る。 地 続 き であ っ. 110. 点 等 に つ い て、 現 地 調 査 を 中 心 に明 ら か にし て いく 。. き. (二) 隠 岐 島 の構 成. お. ﹁隠 岐 ﹂ は 古 来 、 大 八 島 (淡 路 島 、 四 国 、 隠 岐 島 、 九 州、 壱 岐 島 、. 対 馬 、 佐 渡 島 、 本 州 ) の 一つと さ れ た 日 本 固 有 の島 の名 であ り 、 奈. どう こ. 良 時 代 以後 は 五 畿 七 道 のう ち の山 陰 道 八 国 の 一つに 数 え ら れ た 古 い どうぜん. ▲ 写真1隠. 国 名 でも あ る。 大 別 し て島 根 県 本 土 に近 い島 前 と 、 そ の北 東 に位 置 す る島 後 の 二島 から な るが 、 島 前 は西 ノ島 ・中. 職 一 端 鱗 竃篤 ・攣 鳶 ・ 伽 鞠 縫 郵 汽 ∀気.

(3) 隠 岐の 自然 と生 業. しち る いこう. さか いみ なと. さか い こう. 連 絡 船 も 通 ってお り 、 高 校 生 な ど の足 と な って い る ( 写 真 5)。. の しま ち ょう. (西 ノ 島 ). た こと が こ の大 合 併 を 促 進 し た 。. にし. い っぽ う 、 島 前 の 西 ノ 島 町. ま ち ょう. ( 中 ノ島). は 面 積 約 五 六 平 方 キ ロ ・人 口 三 八 〇 四 人. あ. (二 〇 〇 〇 年 国 勢 調 査 )、 海 士 町. ち. ぶ むら. は 面 積 約 三 四 平 方 キ ロ ・人 口 二 五 八 一人. (二 〇 〇 五 年 国 勢 調 査 )、 知 夫 村 (知 夫 里. 島 ) は 面 積 約 一三 平 方 キ ロ ・人 口七 一八 人. (二〇 〇 〇 年 国 勢 調 査 ) で あ る。 こ れ ら の. 111. 島 々は 合 併 を 模 索 し た が 、 現 在 に至 るま で 実 現 し て いな い。. 空港が島後 にあり、出雲空港と大阪伊 丹. 空 港 と の 間 に 定 期 便 が あ る が (写 真 3)、. 便 数 が 少 な い こ と 、 島 後- 島 前 間 の移 動 に. 船便が必要 なことなどから、主要交通路 と. は な り え て い な い。 本 土 か ら の船 便 は、 島. 間 を 毎 日往 復 し てお り ( 写 真 4)、 ほ か に 高 速 船 ﹁レ イ ンボ ー ﹂ も 就 航 し て いる (図 3 )。 ま た、 島 前 の 三島 間 に は. 根 県 美 保 関 町 の七 類 港 と鳥 取 県 境 港 市 の 境 港 か ら フ ェリ ー ﹁お き﹂﹁く に が ﹂﹁し ら しま ﹂ が 、 島 後 の西 郷 港 と の. 図1牧 畑 と牧 畑 に類 す る土地 利用 の 見 られた地 域 〔 出所 〕 白坂 蕃 原 図。 市 川 健 夫 ほ か 編 「青 潮 文 化一 日本 海 をめ ぐる新 文化 論 』古 今書 院、1997年 よ り転 載。.

(4) N4. ⊥1. ∂. 々. 岐 の 島々 図2隠. 4km I 43210. 二 牧畑. (一) 歴 史 的 展 開. ① ヨー ロ ッパ の 三圃 式 農 法. 放 牧 と 耕 作 と が 輪 転 し て行. わ れ た 隠 岐 の牧 畑 、 す な わち. 牧 畑 式 農 法 は、 ヨー ロ ッパ の. 三圃 式 農 法 と よく 似 た 形 式 の. 農 法 であ る。 牧 畑 に つ いて述. べ る前 に、 ま ず 、 ヨー ロ ッパ. の 三圃 式 農 法 を 概 観 し て お こ う。. 三圃 式 農 法 と は、 地 力 の消. 耗 が と か く 激 し い畑 作 農 耕 に. あ って、 地 力 の 回復 を 図 る た. め に考 えら れた農 法 である。. そ れ は、 三分 した 圃 場 の 一つ. に小 麦 ・ライ 麦 な ど の冬 作 物. 皿.

(5) 隠 岐の 自然 と生業. マイル 別 府. 岐汽 船) ○ 海 路(隠. く に が. 4時 間55分(島. 前 経 由) フ ェ リー. しらしま. 4時 間50分(島. 前 経 由) 境 一西 郷. フ ェ リー. 2時 間20分 き. 七 類 一西 郷. レイ ン ボー. 1時 間07分N. 境 一西 郷. レイ ン ボー. 塒 間22分4. O 米子 出雲空港. 境港. 雲 o 出. り転 載 。 図3本 ±一 隠 岐 間の定期 航 路 と所 要 時 間 〔出所 〕 島根県 立 隠岐水 産高 等学 校r学 校 要覧 』(2010年)よ. 一 一 一 覧p・ 松 江 宍 道 湖. 願 ♂. 墜 復 各 便1日1∼2往 行 便) 間10分(直 大 阪 一 隠 岐1時. 雲 経 由 大 阪 行) 出雲 一 隠 岐25分(出. お フ ェ リー 七 類 一西 郷. 誰鐘. 礪鶉. 西郷r. そ 本 エ ア コ ミ ュー ター) ○ 空 路(日. く. 15 1 10 1 505 111. 来藩 訊 、 、. 高速旅客船. を 、 一つに大 麦 ・え ん麦 ・豆. 類 な ど の夏 作 物 を 栽 培 し、 残. り 一つ を 休 閑 さ せ た う え 、. 年 々そ れ を 交 代 さ せ るも の で. あ る。 そ し て休 閑 地 に は豚 な. ど の家 畜 を 放 牧 す る こ と で、. そ の糞 尿 を 利 用 し て地 力 を 回. 復させた。. 三圃 式 以前 の ヨー ロ ッパ で. は 二圃 式 の農 法 が 行 わ れ て い. た 。 これ は 二分 した 圃場 の 一. 方 に作 付 け を し、 残 る 一方 を. 休 閑 さ せ て地 力 を 半 ぼ 自 然 回. 復 さ せ るも の で、 三 圃式 と比. べ て土 地 の生 産 性 は 低 か っ. た 。 そ のた め 食 料 は慢 性 的 に. 不 足 し、 人 口も 停 滞 し て発 展. が 阻 害 さ れ た。 こ れ が. 一 一、二 世 紀 頃 を 境 に し だ い. 鵬.

(6) 撫 墜 蜘 磁 燈. ﹃ 湘 噸メ. ・. 鰻 く '. §. ㌧rレ. ﹂、. ξ冨 ㎝.   4. に 三圃式 に移行 し て い. く と、 人 口が 漸 増 し、. そ の ことが イ ベリ ア半. 島 におけ るキ リ スト教. 徒 によ る、 イ スラ ー ム. 教 徒 から の国土 回復運. 動 や 、 聖 地 エル サ レ ム. への十字 軍 派遣 の背景. と も な った。. い っぽ う 、 魚 介 類 に. 乏 し い ヨ ー ロ ッパ 内 陸. 部 では、動 物 性 蛋 白を. 鳥 や 獣 の肉 から 摂 取す. か く し て、 二圃 式 か ら 三圃 式 への移 行 は、 国 土 回復 や 十 字 軍 と い った 宗 教 活 動 を 促 進 さ せ ただ け でな く 、 香 辛 料. イ ス ラー ム 教 徒 を 通 じ て遠 く 東 方 か ら 調 達 しな け れ ぼ な ら な か った 。. り 、 香 辛 料 へ の依 存 を 強 め さ せ た 。 と ころ が そ の香 辛 料 は、 身 近 な ヨー ロ ッパ の 土 地 で は 獲 得 す る こ とが で きず 、. 合 、 屠 殺 後 相 当 期 間 に わ た って そ の肉 を 食 べ 続 け な け れ ば な ら な いか ら 、 肉 を 腐 ら せ ず に保 存 す る必 要 性 が 高 ま. に豚 な ど の家 畜 を 飼 育 、 放 牧 す るよ う にな ると 、 蛋 白 源 も そ れ ら の家 畜 へと移 行 した 。 し か し豚 な ど の大 型 獣 の場. る必 要 が あ った が 、 二圃 式 当 時 に は山 野 で の狩 り によ ってそ れ を ま か な って いた 。 と こ ろが 三 圃式 への移 行 と とも. 転. 丹 空港行 き定 期便(隠 岐空 港) ▲ 写真3伊. 前 湾(知 夫里 島 ・ア カハ ゲ山 よ り) ▲ 写真2島. m.

(7) 隠 岐の 自然 と生 業. 製2. 、 \. 、 跳. 、1㌔. 臆;. 域 、 あ ら ゆ る民 族 が 稲 作 を 志 向 した であ ろう 。. を 自 ら獲 得 す べく イ ン. ド航 路 を 開 拓 さ せ た り 、. ひ い て は、 の ち の 大 航. 海 時 代 へと 世 界 史 を 導. い て い った の であ る。. ② 隠 岐 の牧 畑. ヨー ロッパ の 三圃式. 農 法 は、畜 力 を 積 極的. に活 用 した 牧農 複 合 の. 農 業 形 態 で あ った 。 隠. 岐 の 牧 畑 (写 真 6) も. こ の点 に お い て よ く 似. 稲 耕 作 は 非 常 に優 れ た 農 業 であ って、 も し これ が 可 能 と な るな ら 、 日本 にお い て はも と よ り、 世 界 中 のあ ら ゆ る地. 作 を 基 盤 と す る 日本 にお い て、 牧 畑 はあ く ま で稲 作 の ﹁補 助 的 な 農 業 ﹂ にす ぎ な いこ と であ る。 稲 作 、 と り わけ 水. て、 三圃 式 農 法 は 人 口増 加 を 媒 介 に しな が ら 、 右 のよ う に多 く の世 界 史 的 事 件 を 招 来 す る ﹁革 命 ﹂ と いえ たが 、 稲. た 農 法 と いえ た が 、 両 者 はそ の背 景 にお い て本 質 的 な 相 違 も あ った 。 そ れ は、 畑 作 が 基 盤 の ヨー ロ ッパ 社 会 に お い. P. 、'、. 稲作 ( 水 稲 耕 作 ) が 優 れ た農 業 形 態 であ る と いう の は、 畑 作 と 裏 腹 の次 の よ う な 事 情 に よ って い る。 す な わ ち 、. 115. 、 累. ㌧一. 悔 メ. ρ ギ、 卜,紅 〆. 絡 船 「いそ かぜH」(菱 浦港) ▲ 写真5連. 回. 騨瀦 畢. 墜1。ll糊R. 羅 一一_ し    . 欝 秘 し. 謄 ズ. 、搾 泌嘱 弼. b 一 留 皿.

(8) 畑 景観 の現在(中 ノ 島). 水 稲 耕 作 に あ って は 、 ま ず 、 同 じ 田 で の年 々 の連 作 が 可 能 で あ る 。. も し肥 料 補 充 を し な け れば 、 水 稲 の連 作 に よ る 二年 目 の 減 収 率 は お. (5 ). お よ そ 二 五 パ ー セ ン ト 程 度 に と ど ま る のに 対 し て、 畑 作 の連 作 で は. 六 〇 パ ー セ ント 以上 も が 減 収 す る。 つま り 、 稲 作 で は ま った く 田 に. 手 を 加 え な く ても 二年 目 に 四分 の 三 ほ ど の収 量 が 期 待 で き る が 、 畑. 作 で は 三 分 の 一程 度 に ま で激 減 す る。 これ は 、 水 稲 耕 作 で は 用 水 中. に豊 富 な 栄 養 分 が 含 ま れ て お り、 そ れ が 土 中 や 作 物 に 連 続 的 に 補. 充 ・供 給 さ れ る の に対 し て 、 畑 作 で は土 中 の養 分 を 作 物 が 略 奪 的 に. 116. 吸 収 し な が ら 生 長 す る た め であ る。 こ のよ う な こ と か ら 、 水 稲 耕 作. で は 二年 目 にも 一〇 〇 パ ー セ ント の収 穫 を あ げ る べ く 、 積 極 的 に肥. 料 投 下 が 行 わ れ るが 、 畑 作 では 一般 に これ が 放 棄 さ れ 、 こと に ヨ ー. ロ ッパ の畑 作 で は休 閑 と いう 消 極 的 な手 立 て に よ って 地 力 の 回復 を 待 つこと にな った 。. が でき る。 し か し 、 これ は裏 を 返 せ ぼ 、 隠 岐 の風 土 が 稲 作 に適 した も の で はな か った こ とを 意 味 し て お り、 島 の厳. し た が って、 稲 作 が 可 能 な 日本 の風 土 にお い て、 畑 作 にた よ る牧 畑 は、 あ る意 味 で不 合 理な 農 耕 形 態 と いう こ と. 養 面 でも 、 稲 が 優 れ た 作 物 であ る こと を 物 語 って い る。. 困 難 であ り 、 結 果 と し て獣 肉 は主 食 的 な 位 置 づ け を も つ重 要 な 食 品 とな った 。 こ の こ と は畑 作 物 の麦 類 に比 べ、 栄. 保 す る こと も 可 能 であ った 。 しか し畑 作 穀 物 の代 表 であ る、 例 えぼ 小 麦 から 、 十 分 な 蛋 白 を 摂 取 す る こ と は実 際 上. また、米 ( 玄 米 ) は植 物 性 蛋 白 に富 ん でお り 、 補 助 的 に動 物 性 蛋 白 を 摂 取 す る程 度 でな ん と か栄 養 バ ラ ン スを 確. ▲写 真6牧.

(9) 隠 岐の 自然 と生 業. し い生 活 を 支 え る知 恵 の結 晶 と し て、 牧 畑 が 考 案 さ れ た こと を 示 唆 し て い る。 牧 畑 の起 源. 文 献 上 、 隠 岐 で牧 畑 の存 在 が は っき り と 確 認 でき る の は近 世 初 頭 、 慶 長 の検 地 (一六 世 紀 末 ∼ 一七 世 紀 初 め ) に. お い て で あ る 。 当 時 、 検 地 は牧 に つ い ても 実 施 さ れ 、 例 えぼ 慶 長 四 (一五九 九 ) 年 、 西 ノ 島 の別 府 村 検 地 帳 に は 、. ム 蜘 灘. (6). ま た、 さ か のぼ って 一二 世 紀 後 半 、 す で に 牧 そ の も の の存 在 は確. 認 さ れ て いる 。 こ の と き 、 文 献 記 載 上 の確 証 は 得 ら れ な いも の の、. そ こ で牧 畑 的 な 農 耕 が 行 わ れ て いた 可 能 性 が あ る。 す な わ ち 、 ﹃吾 来付 近 の現在 の 牧(島 後 ・西 郷). さ れ た後 鳥 羽 上 皇 (写 真 8 ) が 、 承 久 三 (一二 二 一) 年 、 島 南 部 の. 鏡 ﹄ か ら う か が わ れ る 。 す な わ ち 、 承 久 の変 によ って中 ノ 島 に配 流. き な い。 が 、 牧 そ のも のが す で に平 安 末 期 には 存 在 し た の であ る。. 牧 であ った か 、 耕 作 も 行 わ れ る 牧 畑 で あ った か を 特 定 す る こと は で. ノ 島 ) の こと と 考 え ら れ る が 、 そ れ ら が 単 な る牛 馬 放 牧 場 と し て の. 献 上 の初 出 にな る。 現 在 の犬 来 ( 島 後 ・西 郷 )( 写真 7)と宇賀 ( 西. 牧 ﹂﹁宇 賀 牧 ﹂ な ど の文 字 が 見 え 、 こ れ ら が 隠 岐 の ﹁牧 ﹂ を 記 し た 文. 妻 鏡 ﹄ に記 載 さ れ て い る 文 治 四 (一 一八 八 ) 年 の史 料 に は、 ﹁犬 来. ▲ 写真7犬. ま た これ と 同 時 期 、 牧 は 中 ノ 島 に も あ った こ と が 、 や は り ﹃吾 妻. 麟 灘警. 崎 村 か ら 中 部 の海 士 村 に 向 か わ れ る 途 中 、 山 中 の牧 を 通 過 し た が 、. 117. 水 田 と な ら ん で ﹁石 畑 馬 木 ﹂﹁中 馬木 ﹂﹁大 谷 馬 木 ﹂﹁相 馬 木 ﹂ の 四牧 が 記 さ れ て いる 。 そ し てそ れ ぞ れ の牧 に つ い て、. 謹 懸 臨 蟻_. 。 惣 編 一 蝋響 琴 響鞘. 一筆 ご と に畑 地 の等 級 、 面 積 、 収 量 が 記 載 さ れ て い る。. も.

(10)  . 突 きの像(島 後 ・都万) ▲写 真9牛. ". そ こ で放 牧牛 の 闘牛 を. ご 覧 に な って 面白 が ら. れ た と いう。 隠 岐 の牛. 突 き (写 真 9 ) は こ れ. が 契 機 と な って始 ま っ. た と いわ れ るが、 そ の. と き の牧 が単 な る牧 場. で あ った か 、 あ る い は. 牧 畑 であ った か も定 か. では な い。. 以上 のように、牧畑 の. 生 成 起 源 に つ いて時 期. を 特 定 す る こと は 困難. 放 牧 の ﹁牧 ﹂ が 存 在 し た こ と は、 の ち の牧 畑 生 成 の条 件 と し て重 要 であ った ろ う 。 こ のよ う に、 一二、三 世 紀 に は. す で に牧 場 が あ り 、 そ こ で牧 畑 的 な 耕 作 が 行 わ れ た 可 能 性 を 否 定 でき な いが 、 そ れ が ヨー ロ ッパ に おけ る 三 圃式 農. 法 の成 立 期 (一 一、二世 紀 ) と ほぼ 同 時 期 であ った こと も 、 偶 然 の 一致 と は いえ 、 ま こと に興 味 深 い こ と で あ る 。 牧 と 畑 の融 合. 右 のよ う に、 ﹁牧 ﹂ が ﹁畑 ﹂ に利 用 さ れ る に 至 った時 期 に つ い て特 定 す る こと は難 し いが 、 両 者 が 融 合 し て い っ. 118. 蕊 裏. 奪 ・・'謡. 一預 撫直. 蜂沸. 魂. 襲L. であ る。 し か し 、 牧 畑 が 牧 畜 慣 行 か ら 発 展 した も のと 考 え るな ら ぼ 、 平 安 末 期 から 鎌 倉 期 と いう 早 い段 階 から 牛 馬. ー 1 1. 擁. 鳥 羽上皇 御火 葬塚(中 ノ島) ▲写 真8後.

(11) 隠 岐の 自然 と生 業. た 要 因 に つい て、 三橋 氏 は次 のよ う に推 測 す る。 ﹁本 土 か ら 隔 絶 さ れ た 隠 岐 島 民 が 、 生 き る に は 自 給 自 足 し か な か った 。. 弘仁式 延 喜 時 代(901∼922). 8,200. 延喜式. 同 上. 同 上. 寛 文7年(1667). 15,901. 隠州視聴合紀 貞 享5年(1688). 18,204. 増補隠州記 元 禄3年(1690). 18,910. 隠州視聴紀 寛 延3年(1750). 18,931. 宮 中秘策 文 化13年(1816). 21,660. 本 庄 ・人 口及 び人 口 問題 文 政11年(1828). 25,233. 天 保5年(1834). 25,712. 弘 化3年(1846). 26,208. 吹塵録. 明 治6年(1873). 28,762. 日本地誌提要 明 治28年(1895). 35,809. 大 正4年(1915). 41,099. 国勢調査. 大 正9年(1920). 35,909. 同 上 大 正14年(1925). 34,580. 昭和5年(1930). 34,134. 国勢調査. 昭 和10年(1935). 32,750. 同 上. 昭 和15年(1940). 31,794. 〃. 昭和22年(1947). 42,400. 〃. 昭和25年(1950). 44,842. 〃. 拡 大 す る よ り 外 は な い。 と こ ろ. が そ のよ うな 土地 は痩 せ て いる. か ら 毎 年 収 穫 を 上 げ る こと は 難. し い。 そ こ で、 作 物 の 出 来 が 悪. く な る と そ の 場 所 は 一旦 耕 作 を. 放 棄 し て、 一段 上 の 山 手 に 移 動. す る。 このよ う にし て い るうち. に 放 棄 し て い た 土 地 の地 力 が 回. 復 し、立 派 な草 地 に な る のに気. o. 馬 を 追 い出 し て耕 作 し て み る と 、. し てあ る時、 そ の放牧 地 か ら牛. に入 れ放 牧 す るよ う にな る。 そ. い上げ て いた牛 馬 も、耕 作 跡地. は じ め は 山 の 頂 に 向 か って 追. が 付 い た. 典 出 人 口数 代 年. 119. 初 め のう ち は自 宅 のま わ り の比 較 的 便 利 な 所 で耕 作 し、 牛 馬 は垣 を つく って別 に放 牧 地 を 設 け て いた。 と ころが. 弘 仁 時 代(810∼823). 9,400. 〔 出所 〕三 橋時 雄r隠 岐牧畑 の歴 史的 研究 』 よ り転 載。. 人 口 の増 加 と と も に耕 地 を 拡 大 しな け れ ぼ な ら な く な った 。 しか し島 は平 地 に乏 しく 農 民 達 は山 地 に向 け て耕 地 を. 岐 の人 口 表1隠.

(12) 粟 稗 山. 粟稗イ 乍付 目 大小豆作付 翻 麦作付 ㎜. 123456789101112 123456789101112123456ア89101112 123456789101112. 牧 放 口. 翻 llllllllllll騰灘. 粟 稗 山 小 豆 山 山. 小 豆 山 山 麦 大 豆 山. 123456789101112 123456ア89101112 123456789101112 123456789101112. 麦 大 豆 山. 騰 第四区牧. 123456789101112 123456789101112. lllllllllll瞬 灘 翻. 騰 第三区牧. 123456789101112. llll. 灘. 小 豆 山. 123456ア89101112. 山 麦 大 豆 山 粟 稗 山 1 に_. 灘1 第二区牧llllll騰. 123456789101112. ㈱ 123456ア89101112. 123456789101112 123456ア89101112. 大 豆 山. 一 一 lllllllllll離 灘1 第一区牧. 度 第4年 度 第3年 度 第2年. 粟 稗 山 小 豆 山 山 麦. 度 第1年. 鹸. 図4隠 岐 にお ける牧 畑 の輪転 法 〔 出所 〕三 橋時雄 「隠岐牧 畑 の歴史 的研 究』 よ り転 載。. (7). 作 物 が よ く 出 来 た 。 以来 組 織 的 に 耕 作 と 放 牧 の輪 転 が 行 わ れ る よう にな った。﹂. こ の説 明 は ヨ ー ロ ッパ 三 圃 式 農 法 の原 理 と 同 じ こと を 言 って. いる 。 ヨ ー ロ ッパ で は、 二 圃 式 か ら 三 圃 式 へ の移 行 に よ って人. 口 増 加 を 招 来 し た が 、 隠 岐 で は 人 口増 加 に と も な う 食 料 不 足 が. 牧 畑 的 な 農 耕 を 招 来 し 、 そ の新 農 法 が さ ら な る 人 口増 加 を 導 い て い った ( 表 1)。 牧 畑 の輪 転. 隠 岐 の 牧 畑 は、 牧 柵 に よ って 牧 を 四 つ に 仕 切 り 、 そ れぞ れ に. ﹁麦 山 ﹂﹁ 小 豆 山 ﹂﹁粟 稗 山 ﹂﹁大 豆 山 ﹂ と い った 名 を つけ る のが 一般. 的 で あ った 。 こ れ ら の 牧 畑 は年 々 輪 転 さ れ、 順 々 に 名 を 変 え て. いく 。 そ の仕 組 み は概 略 以下 の よう であ った (図 4)。. いま 仮 に第 一区 牧 が 放 牧 中 心 の牧 と す れば 、 そ こ へは 四、五 月. 頃 か ら 、 前 年 か ら の馬 に 加 え て ほ と ん ど す べ て の牛 馬 が 集 め ら. れ 、 秋 ま で 放 牧 さ れ る。 そ し て 秋 にな る と こ れ ら の 牛 馬 を す べ. て 第 三 区 牧 に送 り 、 そ の 跡 へ来 年 の夏 に 収 穫 す る た め の 麦 を 蒔. く 。 こ の時 の第 一区 牧 を ﹁来 麦 畑 ﹂﹁麦 山 ﹂﹁ア キ ヤ マ (空 山 )﹂ な. ど と 称 す る 。 第 二 区 牧 で は 、 前 年 か ら 作 付 け 中 の麦 を 夏 に 収 穫. し、 そ の跡 へ小 豆 を 作 る 。 こ の時 の第 二区 牧 を ﹁小 豆 山 ﹂﹁麦 山 ﹂. ㎜.

(13) 隠 岐の 自然 と生 業. あわ. ひえ. (8). ﹁本 畑 ﹂﹁本 牧 ﹂ な ど と 称 す る 。 第 三区 牧 に は 粟 ・稗 ・そ ば を 播 種 し、 そ こを ﹁粟 稗 山 ﹂﹁粟 山 ﹂ な ど と 称 す る。 第 四 区 牧 には 大 豆 を 作 付 け 、 ﹁大 豆 山 ﹂﹁ク ナ ヤ マ (空 無 山 )﹂ な ど と称 す る。. 以上 が 第 一年 度 の土 地 利 用 と そ の呼 称 であ るが 、 これ を 第 二年 度 、 第 三年 度 、 第 四年 度 と 一年 ず つず ら し て い. き 、 五年 度 目 に再 び 初 年 度 と 同 じ割 り 付 け に戻 る。 隠 岐 の牧 畑 は、 こ の よう な 輪 圃 農 法 を 村 全 体 が 共 同 し て行 う も の であ った 。. 図 4 で、 麦 山 は ア キ ヤ マ ( 空 山 ) で あ り 、 耕 作 さ れず に ﹁空 い て い る山 ﹂ の こと であ る 。 つま り、 畑 で は な く 、. 牧 と し て利 用 さ れ る山 ( 畑 ) と いう 意 味 であ る。 こ の アキ ヤ マが 主 な 放 牧 地 とな るが 、 ほ か の山 ( 畑 ) でも 作 物 が. 栽 培 さ れ て いな いと き ( 図 中 で白 抜 き に示 さ れ て い る時 期 ) に は放 牧 が 行 わ れ る。 す な わち 、 牧 畑 に おけ る家 畜 の. 放 牧 は 、 牧 に草 の 多 く あ る夏 季 に は ただ 一区 に限 ら れ (ア キ ヤ マ)、 ほ か の三 区 に は 作 物 が 栽 培 さ れ る。 反 対 に 、. 秋 に草 が 少 な く な ると 牛 馬 を 三 区 に 分 け 、 作 付 け は ただ 一区 に 限 る (こ れ も ア キ ヤ マ)。 牧 草 の 供 給 と 消 費 、 肥 料 還 元 のバ ラ ン スと い った 点 で合 理 性 が あ り 、 こ こ にも 島 民 の知 恵 が 見 ら れ る。. ま た 、 輪 転 の作 物 選 択 に お い ても 知 恵 が あ る。 す な わ ち 作 物 は 概 略 、 図 4 のよ う に、 ﹁粟 ( 稗 )←大豆 ( 小 豆). ← 大 麦 ・小 麦 ← 小 麦 (大 豆 )﹂ と 輪 転 さ れ て い く が 、 こ の順 番 で は肥 料 分 を 多 く 要 求 す る麦 類 の 前 後 に 大 豆 や 小 豆. な ど の豆 科 作 物 を 配 し て い る。 豆 科 作 物 は根 に根 粒 菌 を 取 り 込 み、 土 を 肥 や す 働 き を す る。 こ の よう に、 牧 畑 の輪 転 に見 ら れ る作 付 け 順 序 は、 土 壌 酒 養 の点 でも 理 にか な った も の であ る こ とが 知 ら れ る。 牛 馬 の耳 切 り. 放 牧 し た 牛 馬 を 識 別 す るた め 、 耳 の 一部 に独 特 な 形 の切 れ 込 みを 入 れ て所 有 者 を は っき り さ せ た。 こ れを ﹁耳 切. り ﹂ と いう 。 牧 は 人 が 歩 い て 牛 馬 を 探 し 出 す に は た い へん に 広 く、 時 に何 日 も か か る こ と が あ る。 そ ん な と き 、. ﹁お ま え ん と こ の牛 は、 ど こそ こ の峰 に お ったぞ ﹂ と い った 情 報 を 互 いに 交 換 し 合 えば 大 いに 助 か る 。 そ のた め に. 121.

(14) 2 、 ハズ (右 ハズ 、左 ハズ ) 耳 の縦 線 に平 行 な 耳 尖 を 切 り 込 む。. 3 、 メド (右 メ ド、 左 メ ド ) 耳 の中 央 を 円 形 に切 り 取. 5 、 ケタ. ■. 糠 鶴■. る。. 覧. 圃 回. 臥窃 ざ 品. (右 ケ タ、 左 ケ タ ). 西 ノ島 の今昔 』 よ り転 載。 〔 出所 〕 「隠岐. 房宕巽 獄 ズ 耳 尖 を直 角 に切 り 取 る。. の耳 切 の型 図5牛. 1. 【1. も 、 牛 馬 の耳 切 り は 大 切 だ った (図 5)。. こ の 耳 切 り に は 村 印 と個 人 印 と が あ り 、 村 ご と に若 干 の 違 い は. あ っ ても 、 基 本 形 は だ いた い 一六 ∼ 二 〇 種 ほ ど の も の が あ った 。. こ れ を 適 宜 組 み 合 わ せ て各 自 の 目 印 、 集 落 の印 と し、 放 牧 牛 馬 の. もく じ. 所 有 を 識 別 で き る よ う に な って い た 。 ま た 、 新 し く 牛 馬 を 持 った. と き は 、 本 家 、 あ る いは 親 方 か ら 耳 印 を も ら い受 け 、 牧 司 と 呼 ば. (9). れ る 牧 畑 監 督 者 に 届 け 出 て、 耳 印 帳 に 登 録 し た 。 一族 、 子 方 は 、. あ た か も 家 紋 のよ う に同 一の耳 印 を 使 用 し た と いわ れ る。 牧 畑 の空 間 構 造. 牧 畑 は 、 作 物 (麦 類 ・粟 ・稗 ・大 豆 ・小 豆 等 ) の栽 培 と 牛 馬 の. 飼 育 と を 複 合 し、 輪 転 し て利 用 さ れ る 土 地 ( ま た は 土 地 利 用 の方. 式 ) の こ と で あ る が 、 す べ て の土 地 が 牧 畑 であ った わ け で は な く 、. も っぱ ら 作 付 け を 行 う 常 畑 も あ った 。 時 間 的 な 変 化 に つ い てま と. め ら れ た 図 4 に、 さ ら に空 間 的 な 要 素 を 取 り 入 れ て概 念 的 に 表 す と 図 6 のよ う にな る。. 図 の よ う に、 牧 畑 の存 在 し た 隠 岐 の 村 々 で は 、 だ い た いに お い. て平 坦 地 や 人家 の 近 く に 多 い普 通 の 田や 畑 (こ れ を ﹁ 年 々 畑 ﹂、 あ. る い は 近 世 に は麻 を 栽 培 し た こ と か ら ﹁麻 畑 ﹂ と も い った ) のあ. る所 を ﹁カ イ チ ﹂(垣 内 、 廻中 ) と 呼 び 、 ふ つう の耕 種 農 業 が 行 わ. 慨.

(15) 隠 岐の 自然 と生 業. れ た 。 ﹁垣 内 ﹂ と いう の は 、実 際 に ﹁垣 ﹂ を 設 け て 牛 馬 を 閉 じ こめ る柵 ( 牧 柵 ) と し た か ら で 、 垣 の外 は 大 概 に お い て放 牧 地 と 畑 を 兼 ね た 牧 畑 と し て利 用 さ れ た 。. 牧 畑 は 、 前 述 した よ う に、 ふ つう 四区 に分 け 、 四年 周 期 で耕 作 と放 牧 が 輪 転 さ れ る こ とが 多 か った。 こ の よう な. ≡. 図6隠 岐 にお け る牧畑 の組織(概 念 図) 〔 出所 〕三 橋時 雄r隠 岐牧畑 の歴 史的 研究 』 よ り転 載。. 盤. 皿. 真 10)、 ﹁タ ナ ﹂ と 呼 ば れ た 。 タ ナ は 等. 面 を 利 用 し た 段 々 畑 に な って お り (写. 牧 畑 と し て 使 わ れ る場 所 は、 山 の斜. のを 防 いだ 。. 集 落 内 に 進 入 し て年 々 畑 が 荒 ら さ れ る. し てそれを 開け閉 めし、牛 馬が 勝手 に. に は ﹁キ ド ﹂ が 設 け ら れ 、 出 入 り に 際. 分 さ れ た 。 集 落 内 へと 通 じ る 道 の 入 口. 積 み の 垣 が 巡 ら さ れ 、 外 側 の牧 畑 と 区. ﹁コメガ キ﹂(マワ リ ガ キ ) と 呼 ば れ る 石. 畑が配 置さ れ ている。集落 の回り には. 活 の場 と な る 集 落 が あ り、 付 近 に 年 々. 式 的 に 表 す と 図 7 に な る。 図 下 部 に生. 図 6 を 、 よ り 現 実 に 近 いか た ち で模. 得された。. 垣 の外 の耕 牧 輪 転 地 であ る牧 畑 のさ ら に外 側 に は、 牧 畑 を 取 り 囲 む よう に し て森 林 が 残 存 し、 薪 炭 材 や建 築 材 が 取. 粟稗作付 大小豆作付 大小麦作付 牧. 口. 放. 旧.

(16) 牧 畑 と 普 通 畑 の経 営 比 較. 高 線 に 沿 っ て 細 長 い畑 が 造 成 さ れ. た も の で、 遠 く か ら 見 る と 縞 状 に. 見 え る 独 特 の 景 観 が つく ら れ て い. た (写 真 11 )。 山 頂 の 草 原 は ﹁ト. コ﹂ と 呼 ば れ (写 真 12 )、 牛 馬 の餌. 場 と し て、 ま た 休 憩 場 所 や ね ぐ ら. とし て利 用 され た。牛 馬 の集 ま る. ト コは糞 尿が 多く 供給 さ れ る場所. で あ る た め 肥 沃 だ が (写 真 13 )、 山. 頂 に近 いた め 強 風 を 受 け や す く、. 実 際 に作 物を 蒔く に は慎重 にな っ. た。 あ る 部 落 の 牧 畑 と 、 別 の 部 落. の 牧 畑 と は 、 ﹁ア イ ガ キ ﹂(写 真 14 ). と呼 ぼ れ る 石 垣 で境 界 を な し た。. きび. は 、 大 豆 と 稗 に つい て は牧 畑 で の収 量 の ほう が 多 く な って い る。 た だ し、 普 通 畑 に おけ る大 豆 の収 量 が 他 の作 物 と. ど が あ った 。 こ のう ち 、 反 当 た り 収 量 で は、 多 く の作 物 で 二割 か ら 五割 程 度 も 普 通 畑 で の収 量 が 勝 るが 、 こ の表 で. 表 によ れ ば 、 ま ず 、 作 付 け さ れ て い る作 物 と し て、 麦 類 ・粟 ・稗 ・大 小 豆 の ほ か、 甘 藷 ・え んど う ・黍 ・そば な. か んし ょ. 戦 後 の牧 畑 末 期 の資 料 にな るが 、 牧 畑 と 普 通 畑 と で収 穫 量 と労 働 時 間 を 比 較 し たも のが あ る ( 表 2)。. 図7西 ノ島 にお け る牧 畑村 落 の生活 生業 空 間(模 式 図) 〔出所〕 野本 寛一 「 隠 岐 島牧畑 民俗 素描」 よ り転 載。. 伽.

(17) 隠 岐の 自然 と生 業. //. '. 、. 々畑 の名 残 り(中 ノ島) ▲写 真10段. へ. プ気. ヤ. 、. ___\:∫ て い る点 も 見 逃 す こと は でき な い。. 比 べ て いち じ る しく. 少 な い こと、稗 で資. 料 数 値 に 欠 損 (﹁一﹂). が あ る こと な ど か ら 、. これ ら は統 計 上 の制. 約 に基 づ く 例 外 か と. 思 わ れ る。 つ ま り 、. 反 当 たり 収 量 は概 し. て普通 畑 のほ う が大. き く、 ほ と んど の作. 物 で 一石 を 超 え た が 、. 牧 畑 で は 一石 を 超 す. 作 物 は ま ず な か った 。. い っぽ う 、 投 下 労 働 力 一人 当 た り の収 量 で は、 多 く の作 物 で牧 畑 が 普 通 畑 を 上 回 って いる。 こ れ は牧 畑 が 非 常 に. 粗 放 的 な 農 業 経 営 によ る こと の反 映 であ り 、 反 当 た り 収 量 と は表 裏 の関 係 にあ る。 人 家 から 遠 く 、 土 地 の傾 斜 も 急. にな る牧 畑 で は 、 播 種 と 収 穫 以外 に は 手 を 加 え る こ とが ほ と ん ど な か った こ と を 意 味 し て い る。 し か し い っぽ う 、. 牧 畑 では 作 物 栽 培 と 一体 と な って牛 馬 飼 育 が 行 わ れ て い る こと を 考 え合 わ せ る と、 農 耕 と牧 畜 とを 合 わ せ た 一人 当. 125. \; 湛 躍. 徹. これ には 地 力 の優 劣 の ほか に、 人 家 に近 い普 通 畑 の ほう が より 多 く 手 を かけ ら れ る こ と から 、 そ れが 収 量 に 反映 し. 漣.

(18) ▲ 写 真13「. トコ 」 に 積 も っ た 牛 馬 糞(西. た り の 生 産 性 は、 普 通. 畑 と 比 べ て も そ れ ほど. 大 き く 劣 る も の で はな. か った と み る こ と も で. きよう。. 牧畑の衰退. 表 3は 明治 期 か ら昭. 和 戦 後 期 に か け て の牧. 126. 畑 の数 の変化 を たど っ. た も の、 図 8 は そ の 変. 化を地図上にまとめた. も の であ る 。. 隠 岐 の牧 畑 は 近 世 末 期. い。 し か し 、 面 積 の 合 計 で は島 後 が 約 七 三 五 万 反 、 島 前 が 約 四 一七 八 万反 と、 島 前 が 圧 倒 的 な 優 位 ( 全 体 の八 五. 牧 畑 の衰 退 に つい ても う 少 し細 か く 見 よ う 。 表 3 で明 治 三〇 年 にお け る牧 数 は、 島 後 四 一、 島 前 四 五 で大 差 が な. な し て い る。. い る。 い っぽ う こ の間 、 牧 数 の上 で は、 島 前 にお い て は ほぼ 現 状 を 維 持 し続 け た こ と は、 島 後 の様 子 と は好 対 照 を. (一八 八 三 ) 年 に 四七 牧 あ った も のが 、 以後 一貫 し て減 り 続 け 、 昭 和 二 四 (一九 四九 ) 年 に は わず か 七 牧 にな って. か ら し だ い に 衰 退 傾 向 に あ った が 、 明 治 に 入 っ て そ れ が 加 速 し た 。 特 に 島 後 に お い て 顕 著 で、 明 治 一六. 頂 付 近 の 「トコ」(西ノ 島). ノ 島) ▲ 写 真12山.

(19) 隠 岐の 自然 と生 業. 畑 を区切 る 「アイガ キ」(西ノ島). (10 ). パ ー セ ン ト ) を 占 め て お り 、 牧 牛 数 も 島 後 の 一四 〇 五 頭 に 対 し て、. 島 前 で 四 五 四 四頭 と全 体 の七 ⊥パパ ー セ ント を 占 め て いる 。 ま た こ の. 間 、 牧 畑 面 積 の推 移 を 見 る と 、 明 治 三 〇年 に島 後 で 七 三 四町 、 島 前. で 四 一七 八 町 であ った も のが 、 昭 和 二 四年 に は 道 後 で 三 一〇 町 と 半. 分 以 下 に 減 少 し た の に 対 し て、 島 前 で は 四 三 三 三 町 と 微 増 し て い る。. こ の よ う に、 近 代 前 期 に お い て島 後 で 牧 畑 が 顕 著 に 衰 退 し た の に. 対 し て、 島 前 で は、 一見 ほ と ん ど 衰 退 し て いな い か の よ う に 見 え. 127. る。 し か し牧 畑 内 の 耕 地 の 比 率 を 調 べ て み る と、 島 前 に お い て も 、. 昭 和 二年 に は 全 体 の六 四 パ ー セ ン ト を 占 め た も のが 、 同 二 四年 に は 二 ニパ ー セ ント ま で低 下 し て い る。. も と も と 牧 畑 の本 質 は 土 地 の耕 作 と家 畜 の放 牧 と を 組 み 合 わ せ た. 輪 転 に あ る が 、 ヨー ロ ッパ の三 圃 式 が そ う であ った よ う に 、 農 耕 体. 前 述 し た よ う に、 牧 畑 は自 給 自 足 が 完 結 す る離 島 的 な 空 間 にお い て、 人 口増 加 に見 合 う だ け の食 料 増 産 の手 立 て. 牧 畑 衰 退 の要 因. か ら 本 来 の牧 畑 的 な 機 能 は失 わ れ て い った と いえ る の であ る。. と を 示 唆 し て い る。 そ の意 味 で、 島 前 で は戦 後 にな るま で牧 畑 が 残 存 した か の よう に見 え るが 、 内 実 はす で に戦 前. さ れ な が ら も 耕 地 面 積 が 減 少 し て い る こと は、 本 来 の牧 畑 が そ の機 能 を 失 い、 牧 畜 主 体 の生 業 に変 質 し つ つあ る こ. 系 と し ては 本 来 、 主 であ る作 物 栽 培 を 、 従 であ る家 畜 飼 育 が 補 強 す べき も の であ る。 こ の点 、 牧 畑 面 積 が 現 状 維 持. ▲写 真14牧.

(20) 0,083. 粟1.1200.093. 0,780. 0,111. 黍1.1200.106. 0,860. 0,123. 稗0。24. 0,610. 0,087 1,000. 0,250. 当 の 収 量 1人 り収 量 反 当 た. 24年 10年. 昭和2年 44年 30年. 年次 明 治16年 地区. 匂 53 19 く 酬 発 開 合 総 県 艮 尉 F 而 咄. 数 の推 移 表3牧. 乱 よ に. 0,500. ば1。000.167. 較 比 営 籍 農 の で 畑 牧 と 畑 通 普  . (単位:石). 畑. 18貫. 大. 麦1。4300.080. 0,990. 0,110. 小. 麦1。2000,070. 0,850. 0,094. 裸. 麦1.3000.072. 0,880. 0,098. 大. 豆0.7600.084. 0,810. 0,135. 小. 豆1.5900.066. 0,700. 0,017. 甘. 藷261貫18貫. 220貫. 島後. 47. 41. 28. 14. 13. 7. 島前. 43. 45. 41. 43. 44. 45. 備 考:明 治16年 は 隠 岐 支 庁 文 書 「隠 岐 島 経 済 事 情 」,明 治30年 は 隠 岐 畜 産 組 合 連 合 会 調 査,44年 は 隠 岐支 庁 統 計,昭 和2年 は錦 織 氏 「島 の農 業 形 態 」,昭 和 10年 は 細 川 氏 「有 畜 輪 栽 隠 岐 の 牧 畑 」,昭 和24年 は 島根 県統 計 に よ る 。. 計. 90. 86. 69. 57. 57. 52. 〔出所〕 三橋 時雄 「 隠 岐牧 畑 の歴史 的研 究』 よ り転 載 。 な ま こ. とし て定着 したと考 えら れる。. そ のよ う な隔 絶 さ れた 隠 岐 で. あ ったが、 近 世中 期 に大 きな. 変 化が 訪 れ た。 それ は 西 回 り. 航路 、す な わ ち北 前 船 に よ る. 日本 海 物 流 の確 立 であ る。北. 前 船 は ﹁千 石 船 ﹂ な ど と も 呼. ば れ る 大 き な 帆 船 で、 日 本 海. 航 路 (西 回 り 航 路 ) は 当 時 の. 日本 にお いて物 流 最大 の幹線. であ った 。. 西 回 り 航 路 は 寛 文 一二. (一六 七 二 ) 年 、 川 村 瑞 賢 が 開. 拓 し た も の で、 近 江 ・加 賀 ・. 能 登 ・大 坂 (大 阪 ) な ど の 豪. 商 が大 坂 を 拠点 とし、 大 坂1. た 。 そ の結 果 、 輪 島 塗 や 昆 布 な ど が 移 入 さ れ 、 飽 や 海 鼠 な ど が 移 出 さ れ て 、 し だ いに 商 品 経 済 が 浸 透 し て い った 。. あ わび. で、 隠 岐 は 本 土 側 の 港 に対 す る 避 難 港 ・風 待 ち 港 と し て 、 近 世 中 期 以 降 、 航 路 の 体 系 に組 み 込 ま れ る よ う に な っ. 松 前 間 の物 資 を 千 石 船 な ど で運 送 した 。 こ の航 路 の 日本 海 岸 の要 津 は、 能 代 ・秋 田 ・酒 田 ・新 潟 ・三 国 ・小 浜 な ど. 表. え ん ど う0.9600,096. そ. 投 下 労 働 力. 投下労働力 1人 当 の 収 量 反 当 た り収 量. 牧 畑 通 普. 旧.

(21) 隠 岐の 自然 と生 業. そ し て、 境 港 や 美 保 関 な ど の比 較 的 近 い地 域 と の間 でも ﹁コモ船 ﹂ と呼 ぶ 二人 乗 り程 度 の帆 船 を し つら え、 頻 繁 に. 物 流 が 見 ら れ るよ う にな る。 島 か ら の主 な 移 出 品 は薪 炭 や 海 産 物 、 移 入 品 は海 産 物 を 除 いた食 料 な ど であ った。 食. 料 増 産 の手 立 てと し て の牧 畑 は、 こ のよ う に商 品 経 済 に組 み入 れ ら れ る こ と で しだ に いそ の役 割 を 減 じ、 商 品 作 物 の生 産 へと 傾 斜 し て い った 。. だ った (写 真 16 )。 か く し て、 商 品 経 済 は 島 前 よ り. も 島 後 でよ り 早 く 、 そ し てよ り深 く 浸 透 し 、 そ れ が. 牧 畑 の い ち 早 い衰 退 の引 き 金 に な った と 考 え ら れ る。. (二) 牧 畑 の現 在. 牧 畑 は 島 後 に お い て、 よ り 早 く 衰 退 ・消 滅 し、 島. 前 に お い て比 較 的 長 く 残 存 し た。 従 来 の慣 行 的 な 牧. 畑 が 最 も 遅 く ま で行 わ れ た のは 最 南 の知 夫 里 島 で、. (H ). (12 ). そ れ は 昭 和 四 二 (一九 六 七 ) 年 頃 ま で と さ れ て い. る 。 牧 畑 の現 況 に つ い て、 ま ず 農 協 で 入 手 し た 資 料 をもとに確認しよう。. 牧 畑 (公共 牧 野) の 分布. 129. 当 時 の隠 岐 の港 と し て は、 島 後 の西 郷 ( 写 真 15) が そ の中 心 であ り 、 それ は南 向 き の、 深 く 湾 入 し た 天然 の良 港. 図8明 治 期 におけ る牧 の分 布 〔 出所 〕三 橋時 雄 『隠 岐牧畑 の歴 史的 研究 』 よ り転 載。.

(22) ﹂. ロ. .. 一. ﹃ コ {. h. 翅. ﹄/( 酌 ド. 遡 ζ. り一誕 ゲノ. 鰍. ゆ. T㌔ ヴ. ・. あ. .∵ 駆. 嶋 汀 、㌧ も 、 試. 爆 '晒. レ   . 賦. 穿. 鳶 。喝. 豊. . 憲.   灘 態 ' . 7γ. ▲写 真16狭. い入 り口の 内陸深 くに入 り込 ん だ西郷 港. 農 協 など で の 聞 き取. り に よ れ ば、 島 前 に は. 現 在 も 牧 畑 (た だ し 、. 現 在 で は ﹁牧 畑 ﹂ の 呼. 称 は 使 わ れ ず 、 ﹁公 共 牧. 野﹂ と呼ぼ れる。 以下、. ﹁公 共 牧 野 ﹂ も し く は 単. に ﹁牧 野 ﹂ と 呼 称 す る ). の入 会 慣行 が か つて と. 同 じ よ う な か たち で残. 存 し て い る。 た だ し 、. 畑 と し て の利 用 は ほ と. ん ど 皆 無 であ り、 も っ. 在 、 西 ノ島 町 ( 西 ノ島 ) に 一九 、 海 士 町 ( 中 ノ島 ) に 二 二、 知 夫 村 ( 知 夫 里 島 ) に 四 の ﹁牧 ﹂ が 残 さ れ て いる (図 9)。. 牧 野 の合 計 面 積 は 、 西 ノ島 で約 二 二九 六 ヘク タ ー ル、 中 ノ島 で約 一四 二四 ヘク タ ー ル、 知 夫 里 島 で約 六 五 四 ヘク. タ ー ル であ る。 これ ら は、 島 の総 面 積 に対 し てそ れ ぞ れ 約 四 一パ ー セ ント 、 約 四 ニパ ー セ ン ト、 約 五〇 パ ー セ ン ト. に相 当 す る。 ご く 大 ざ っぱ に いえ ば 、 島 々 のお よ そ 半 分 に近 い土 地 が 現 在 も 牧 野 とな って いる。. 130. 鍵 ﹂. 在 の西郷 の 町並 み. ぱ ら 放 牧 地 と し て の み利 用 さ れ て い る。 個 々 の放 牧 地 は現 在 も 古 く か ら の ﹁0 0 牧 ﹂ の名 で呼 ば れ、 平 成 二 二年 現. ▲写 真15現.

(23) 隠 岐の 自然 と生 業. 図9隠 岐 島前 にお け る公 共牧 野 の分布 〔 出所 〕JA隠 岐 どうぜ ん資 料。. な お 、 牧 野 で な い残. り半 分 の土 地 は 、 神 社. など が所有 するも のの. よ う であ り、 これ は 古. く からも牧畑 とはなら. な か った 所 と 思 わ れ. る。 例 え ぼ 、 西 ノ 島 町. の中 央 付 近 に 広 く 牧 野. たく ひ. で な い地 域 が 見 ら れ る. が 、 そ の多 く は 焼 火 神. 社 の所 領 地 であ る。. 牧 野 の利 用. 表 4は 牧 野 の利 用 状. 況 を ま と め た も の であ. る。 こ の 表 に よ れ ば 、. 平 成 二 一年 度 現 在 、 海. 士 町 に 一五、 西 ノ 島 町. に 四 〇 、 知 夫 村 に 三〇. の、 計 八 五 の 牧 牛 農 家. 131.

(24) 表4公 海±町. 共 牧 野 の 利 用 実 績(2009年). 牧野名. 牧野集落. 現在 の地 区名 農家戸数. 根 木 ・木 戸 ・鴨 入道. 大字福井. 菱浦 福井 西 中里 東 北部. 〃. 日平 ・中 ・丹後 ・蔵 田. 大字海士. 横手は中里の補助 牧 高木は東の補助牧 津の山. 〃 〃 〃. 津の山は宇受賀 の補助牧. 大字宇受賀. 宇受賀. 長井は豊田の補助 牧. 大字豊 田 大字知 々井. 豊田. 日平 ・中 ・宇 津屋 ・蔵 田. 御崎は知々井 の補 助牧 後 畑 ・中 ・宇 津屋 ・三 島 高 峯 第 二 ・中 ・丹 後 ・三 島. 唐橋は布施 ・須賀 の補助牧 崎 ・中 ・空 ・高 田. 高峯第一は崎の補助 牧. 〃. 旧太井 旧布施 旧須賀 大字 崎 〃. 21年 度子牛 出荷頭数. 基牛数 68. 54. 56. 33. 3. 15. 16. 3. 17. 10. 1. 100. 37. 1. 47. 37. 1. 28. 11. 15. 331. 198. 保 々見 知 々井 御波. 1 5. 備考 JA直 営飼育. 有 限会 社隠 岐潮 風 ファー ム. 〃. 〃(須 賀). 多井 崎. 海士町の牧野管理規 程よ り分類 西ノ島町 牧野名. 21年 度子牛 出荷頭数. 牧野集落. 現在 の地 区名 農家戸数. 大字宇賀 大字別府. 宇賀 倉 の谷. 1. 2. 1. 仁 具 は 宇 賀 ・倉 の谷 ・物 井 ・別 府の補助牧. 〃. 物井. 2. 64. 30. 〃. 8. 7. 大字美 田. 別府 大山 波止 市部 大津 小向 船越 浦郷 赤 ノ江 三度. 1. 仁 具 ・犬 ・後 山. 1. 3. 3. 3. 30. 23. 先 ・済 ・白 浦 ・西. ・中 ・耳 坪. 中 床 ・上 ノ. 〃 〃 〃 〃 〃. 由良 赤尾 老屋 ・長尾牧は三度 の補助牧. 大字浦郷. 長 尾 ・中 ・小. 〃. 〃 〃. 基牛数. 1. 2. 6. 51. 44. 9. 215. 134. 3. 珍崎. 聞き取 りによる分類. 132. 13. 11. 7. 153. 117. 6. 79. 42. 40. 620. 412. 備考. 内合 同会社 い ざ なぎ牧場46.

(25) 隠 岐の 自然 と生 業 知夫村. 岐 ど うぜ ん 資 料 。 〔 出 所 〕JA隠. 33. 8 2. 12. 5 2. 7 4. 24. 3 18. 右地 区を主体 と した他地 区の補助牧 西 ・中1 右地 区を主体 と した他地 区の補助牧. 290. 80. 52 211. 137 2. 86. 64 1. 13. 3. 30. 466. 馬82戸 3. 13. 馬132戸 3. 多沢 薄毛 郡 大江 来居 仁夫 仁夫 古海 東. 居島 右地 区を主体 と した他地 区の補助牧. 備考 21年 度子牛 出荷頭数 基牛数 現在の地 区名 農家戸数 牧野集落 牧野名. 聞き取 りによる分類. が あ り、 う ち 二 つは 会 社 形 態 を 取 り、 一つは 農 協 が 直 営 し て い る。 そ の. ほ と んど は 基 牛 か ら 子 を 取 り 、 そ の 子牛 を 出 荷 す る も の であ る。 基 牛 は. 西 ノ島 ・中 ノ 島 ・知 夫 里 島 の 三島 合 計 で 一四 一七 頭 お り 、 こ の年 、 ち ょ. (13 ). う ど 九 〇 〇 頭 の子 牛 が 出 荷 さ れ た。 ほ と ん ど が 牛 農 家 であ るが 、 こ の表. に よ れば 、 知 夫 村 に 四 戸だ け馬 を 飼 う 家 が あ る。. 表 で、 数 の上 か ら 最 も 牧 牛 が 盛 ん と いえ る のは 西 ノ 島 町 であ る。 い っ. ぽ う 、 牧 野 面 積 に 比 し て最 も 熱 心 に牧 牛 が 行 わ れ て いる のは 知 夫 村 であ. り (写 真 17)、 唯 一、 す べ て の農 業 集 落 で 牧 牛 が 行 わ れ て いる 。 これ に. 対 し て、 最 も 牧 牛 の集 落 的 な 広 が り が 少 な い の は 海 士 町 で (写 真 18)、. お お よ そ半 数 の集 落 で牛 馬 飼 育 が 皆 無 と な って いる 。 し か し 、 宇 受 賀 に. ﹁隠 岐 潮 風 フ ァ ー ム ﹂ が 、 菱 浦 に ﹁J Aど う ぜ ん ﹂ が 農 場 を 持 って い る. 点 で は、 海 士 町 に お い て企 業 的 な 牧 牛 が 最 も 盛 ん に な さ れ て い ると も い え る。. 左欄 の ﹁ 牧 野 名 ﹂ は 図 9 に示 し た も の と 同 じ で あ る が 、 そ れ ぞ れ の牧. 野 に つ い て、 ﹁牧 野 集 落 ﹂ も し く は ﹁現 在 の 地 区 名 ﹂ が 一対 一で 対 応 し. て いる 。 こ れ は 国 の牧 野 法 (昭 和 二 五 年 制 定 ) に 基 づ いて 作 成 さ れ た 、. 牧 野 管 理 規 程 に よ る も の で、 例 えば 、 ﹁海 士 町 牧 野 管 理 規 程 ﹂(昭 和 二七. 年 ) に は次 の よう に記 さ れ て いる (一部 抜 粋 )。. 鵬.

(26) 夫村 の放 牧. 第 一条. 本 町 の牧 野. の経 営 維 持 管 理 は 、. こ の規 程 の 定 め る. と ころ によ り これ. を 行 い、 利 用 者 は 、. 本 規程 を遵 守 しな. け れ ぼ な ら な い。. この 規 程 は 、. 崎、 中 崎、 空、 高. m 田、 古同峯 笛刀一、 古同. 峯 第 二、 中、 丹. 後、 三 島、 唐 橋、. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. へ. 後 畑 、 宇 津 屋、 日. 134. 第 三条. ヘ. 個 所 で あ る。 か つて 島 民 の ほ と ん ど が 農 業 を 営 み、 牧 畑 に 従 事 し た 頃 の村 の お き てが 、 牛 馬 飼 育 農 家 が わ ず か に. 目 し た い のは 、 第 三条 の傍 点 を 振 った ﹁海 士 町 に居 住 す るも の は ( 誰 でも ) 自 由 に利 用 す る こ とが でき る﹂ と いう. 第 三条 で省 略 し た 区 分 表 は、 牧 野 名 と 牧 野 集 落 の関 係 を ま と め た も の で、 表 4 に示 し た と お り であ る。 こ こ で注. か 、 次 の区 分 によ り 邸 由 応朴 恥 引 勘 ひど か 都部 都。 (区 分 表 略 。 傍 点 筆 者 ). 平 、 蔵 田、 御 崎 、 津 の山 、 高 木 、 横 手 、 長井 、根 木 、 木 戸 、 鴨 入 道 の各 牧 野 に 適 用 し 、海士町 に居住す るも の. ▲写 真17知.

(27) 隠 岐の 自然 と生 業. な ってし ま った 現 在 も な お 継 承 さ れ て い る の であ る。. 戦 後 の土 地 改 革 によ って、 そ れ ま で の部 落 所 有 あ る い は大 地 主 所 有 の土 地 の少 な から ぬ部 分 が 個 人 所 有 にな った. も のと 考 え ら れ るか ら 、 今 日 で は非 農 家 の、 あ る い は牛 馬 飼 育 を 行 って いな い農 家 の、 個 人 的 な 土 地 を 自 由 に使 っ. て放 牧 を 認 め る こ の規 程 は、 全 国 的 に 見 ても 希 有 な 存 在 と いえ る の で はな いか と 思 わ れ る 。 そ の仕 組 み に つ い て、 今 度 は 西 ノ島 の事 例 を も と にも う 少 し詳 しく 見 て い こう 。 牧 野 管 理 の仕 組 み. 西 ノ島 では 、 か つて牧 畑 で の放 牧 に関 す る利 用 お よび 管 理 に は次 の よう な 特 徴 が あ った。. 個 人 によ る土 地 所 有 権 は維 持 しな が ら も 、 放 牧 に関 し て は、 島 民 であ れ ぼ 誰 でも 自 由 放 牧 権 が 与 えら れ て い. 牧 柵 の維 持 管 理 に つい て は、 古 く は村 民 全 員 に平 等 に割 り 当 てら れ て おり 、 当 初 は個 人 単 位 、 そ の後 は隣 組. 呼 ば れ る総 監 督 人 の指 示 に従 う こと が 義 務 づ け ら れ て いた 。. た。 もくじ 放 牧 に際 し て は、 畑 作 と の組 み合 わ せ によ る放 牧 場 所 と時 期 が 大 字 ( 旧 村 ) 単 位 で厳 密 に決 め ら れ、 牧 司 と. ア. イ. ウ. 単 位 、 さ ら にそ の後 は集 落 単 位 へと 、 割 り 当 て の単 位 は大 き く な って い った が 、 基 本 的 に は共 同管 理 の仕 組 み によ って維 持 さ れ た 。. 現 在 は 、 西 ノ島 町 が 管 理 者 と な って旧 牧 畑 区 を 公 共 牧 野 ( 写 真 19) と し て位 置 づ け 、 放 牧 に関 す る右 の慣 習 (ア. (4 1). ∼ ウ ) を 踏 襲 す るか た ち で ﹁西 ノ島 町 牧 野 管 理 規 程 ﹂( 昭 和 三八 年 ) が 定 め ら れ 、 次 の よう な 方 法 で牧 野 の管 理が 行 わ れ て い る。. 351.

(28) ると 見 る こと が でき よ う 。. 力. キ. ク. 一頭 当 た り 年 間 五 五 〇 〇 円 の放 牧 料 を 支 払 えば 、 公 共 牧 野 内. に土 地 を 所 有 し て いな く ても 、 島 内 在 住 の人 で あ れば 誰 でも 牛 馬 の放 牧 を 行 う こと が でき る。. 放 牧 地 は 原 則 と し て 、 放 牧 を 行 う 島 民 の居 住 地 の 集 落 単 位 で 特 定 の牧 が 決 め ら れ て い る。. 牧 柵 の維 持 管 理 に つ い ては 、 西 ノ島 町 が 管 理 委 託 を し て い る. 隠 岐 ど うぜ ん 農 業 協 同 組 合 が 担 当 す る が 、 管 理費 用 は 放 牧 者 の. 136. 支 払 う 放 牧 料 を 充 当 す る。. こ の よ う に、 か つて無 償 で使 用 で き た 牧 が 、 現 在 は有 償 と な った. 代 わ り に 、 か つ て は労 働 力 と し て拠 出 し た 牧 柵 の維 持 管 理 を 農 協 が. 肩 代 わ り し て い る 。 つま り、 放 牧 料 の 拠 出 と 労 働 時 間 の 省 略 と に. よ って、 か つ て の牧 畑 慣 行 が 、 か た ち を変 え て現 在 に生 き 残 って い. 鉄 柱 を 立 て、 そ こ に有 刺 鉄 線 を 二、三 段 の密 度 で 張 って いく 。. 用 地 と の境 界 、 お よ び 牧 と 牧 と の境 界 に 設 置 し て い る (写真 20)。 写 真 のよ う に だ いた い ニ メ ー ト ル ほ ど の間 隔 で. す るも の で あ る 。 牧 柵 は 、 か つて は 石 積 み の垣 の体 裁 を 取 った が (前 掲 写 真 14)、 現 在 で は有 刺 鉄 線 を 牧 野 と 一般. 隠岐どうぜん農協 ( J A隠 岐 ど う ぜ ん ) が 西 ノ島 町 か ら 委 託 さ れ て い る牧 野 の維 持 管 理 は、 牧 柵 の設 置 を 主 体 と. 牧 柵 の設 置 ・補 修. 共牧 野 の牛 馬(西 ノ島) ▲写 真19公.

(29) 隠 岐の 自然 と生 業. 鱗叢 刺鉄 線 の牧柵(旧 コメ ガキ). 整 が 必 要 にな り つ つあ る。. 隠 岐 ど う ぜ ん農 協 で の 聞 き 取 り に よ れ ぼ 、 一〇 〇 メ ー ト ル敷 設 す. る た め の お よ そ の 単 価 は 、 鉄 柱 が 一本 一五 〇 〇 円 を 約 五 〇 本 で. 七 万 五〇 〇 〇 円、 そ こに有 刺 鉄 線 が 一〇 〇 メ ー ト ル 当 た り 二七 〇 〇. 円 か か り、 合 わ せ てだ い た い七 、八 万 円 と いう こと で あ る。 ま た 、. ふ つう の有 刺 鉄 線 は錆 び や す く 切 れ や す いが 、 さ び にく い ス テ ン レ. ス製 のも の を使 う と 一〇 〇 メ ー ト ル 当 た り 一万 六 〇 〇 〇 円 で、 こ れ. だ とだ い た い九 万 円 ほ ど に な る 。 前 掲 の 一頭 当 た り 年 間 五 五〇 〇 円. の放 牧 料 は、 こ の牧 柵 の 設 置 ・補 修 費 を 主 体 に 算 出 さ れ た 単 価 であ. 137. ると 考 え る こ とが でき よう 。 牧 野 の利 用 ・管 理 にお け る 問 題 点. 前 述 し た よ う な 公 共牧 野 の共 同 管 理 に 関 す る 新 た な 仕 組 み は、 こ. れ ま で の と こ ろ大 き な 問 題 も な く 運 用 さ れ てき た 。 し か し、 牧 畜 を. 行 う 畜 産 農 家 の高 齢 化 に よ る 放 牧 数 の減 少 、 と り わ け 馬 の減 少 や 、. 数 が 少 な いた め に生 じ る牧 野 への雑 灌 木 の侵 入 な ど 、 放 牧 環 境 が 悪 化 す る牧 野 が 生 じ、 牧 野 間 で の放 牧 数 の調. 特 定 の利 用 し や す い牧 野 に利 用 が 集 中 す る傾 向 が 見 ら れ 、 過 放 牧 とな って生 じ る牧 野 への 圧迫 や、 逆 に放 牧. 放 牧 離 れ 、 離 島 ゆ え の不 在 地 主 の発 生 等 によ り 、 近 年 、 以下 の よう な 問 題 が 生 じ始 め て いる。. (15 ). 特 定 の多 頭 飼 い農 家 や 一部 企 業 体 によ る牧 場 経 営 の出 現 、 集 落 に よ る人 口 のぼ ら つき 、 公 共 牧 野 内 の土 地 所 有 者 の. ▲写 真20有. 戴. ぎ'・ \,・. 息 ミ 藤. 撮'一 .宅 ミ ・.

(30) 二. 放 牧 数 が 減 少 す ると 、 放 牧 料 だ け で は牧 柵 の維 持 管 理 に必 要 な 経 費 を 賄 う こ とが でき ず 、 農 協 は 国 や県 の補. 助 事 業 等 を 導 入 す るな ど 、 費 用 確 保 のた め の新 た な 手 段 を 講 じ る こ と で対 応 し て いるが 、 そ れ でも 膨 大 な 牧 柵. 延 長 ・更 新 のす べ てを 適 切 に維 持 管 理 す る こと は困 難 な 状 況 にあ る。 そ のた め 、 雑 灌 木 の除 去 等 、 新 たな 管 理. もく じ. 牧 畑 時 代 に は 一軒 の農 家 が 飼 育 す る牛 馬 は数 頭 程 度 であ り 、 し かも 牧 司 と呼 ぼ れ る牧 全 体 を 管 理す る専 従 者. 作 業 が 必 要 な 個 所 も 増 加 し つ つあ る。 三. も い た た め 、 牛 馬 の衰 弱 死 や 滑落 等 の事 故 は 未 然 に防 が れ て いた 。 し か し、 牛 馬 の管 理 が 個 人 に ゆだ ね ら れ 、. 多 頭 飼 い によ り 監 視 の目 が 行 き 届 き にく く な った り 、 牧 野 にお け る野 シ バ の生 育 状 況 に よ って餌 不 足 が 生 じ る. な ど 、 牧 野 で の牛 馬 の死 亡 件 数 が 増 加 す る傾 向 にあ る。 現 在 、 牛 馬 に は保 険 が かけ ら れ て お り、 保 険 給 付 金 の. 支 払 い によ って農 家 の損 害 は 回避 さ れ て い るが 、 死 亡 件 数 が 増 加 す れ ぼ 保 険 料 が 高 騰 し、 保 険 を かけ ら れな い. 放 牧 料 は主 に牧 柵 の維 持 管 理 に充 てら れ 、 土 地 所 有 者 に は還 元 さ れ な いた め 、 放 牧 を 行 わな い土 地 所 有 者 が. 農 家 が 発 生 す る可 能 性 も あ る。 四. 農 協 が 牧 柵 の設 置 や 補 修 、 雑 灌 木 の伐 採 、 農 道 の整 備 や 管 理 を 行 う に際 し て は、 原 則 的 に牧 野 内 の個 々 の土. 増 え ると 、 多 頭 飼 い の畜 産 業 者 や 農 家 と 、 土 地 所 有 者 と の間 で利 害 対 立 が 生 じ る可 能 性 が あ る。 五. 地 所 有 者 の承 諾 を 必 要 と す るが 、 従 来 は関 係 集 落 の区 長 や 在 島 の親 戚 等 に断 れ ぼ 不 在 地 主 の土 地 に お いても 管. 理 作 業 は でき て いた 。 しか し、 公 共 事 業 費 等 の導 入 に際 し て は、 島 の慣 例 に よ る手 続 き で は認 め ら れず 、 厳 格 な 対 応 が 必 要 にな る場 合 も 想 定 さ れ る。. 右 のす べ てが 今 後 の牧 野 利 用 にと って障 害 と な り う るが 、 中 小 農 家 が 牧 畜 から 手 を 引 く こ と の多 い現 状 に鑑 み れ. ば 、 こと に ﹁四﹂ が 島 民 相 互 の不 協 和 音 の元 と な って いく 懸 念 が あ る。 とり わ け 中 ノ島 の海 士 町 で は、 人 口減 少 を. 138.

(31) 隠 岐の 自然 と生 業. ノ 島 町 に お け る 肉用 牛 の 飼 育 状 況(1981-2010年) 図10西. 〔出 所 〕 西 ノ 島 町 地 域 振 興 課 資 料 。. (16 ). く い止 め る べく 、 関 西方 面 な ど を 中 心 に ータ ー ン政 策 に も 力 を 入. れ て お り 、 新 興 住 民 も し だ い に増 え つ つあ る。 島 外 か ら の移 入 者. に、 旧 来 の慣 習 を いか に 理 解 し ても ら う か も 今 後 の課 題 と な ろ う。. (三 ) 肉 用 牛 の生 産 と 出 荷. ① 肉 用 牛 の繁 殖. 肉 用牛 の生 産 は島 前 の島 々 に お け る 基 幹 産 業 の 一つ であ り 、 西. ノ島 町 の場 合 、 町 内 の農 業 産 出 総 額 の ほぼ 一〇 〇 パ ー セ ント にあ. た る約 一億 二〇 〇 〇 万 円 (平 成 二 一年 度 ) を 肉 用牛 の 生 産 が 占 め. て い る。 同 年 、 全 島 四〇 戸 の 畜 産 農 家 が 六 二 〇 頭 の親 牛 を 飼 育. し 、 四 一二頭 の子 牛 を 出 荷 した ( 前 掲 表 4)。. 肉 用牛 の生 産 は、 ふ つう 産 ま れ た 子牛 を 数 か 月 か ら 一年 く ら い. ま で育 てて売 る ﹁ 繁 殖 ﹂ と 、 そ こか ら 子 牛 を さ ら に 二 、三 歳 の肉. 牛 に な る ま で育 て る ﹁肥 育 ﹂ と に分 か れ る が 、 な か に は 両 者 を 一. 貫 し て 行 う 農 家 も あ る 。 現 在 、 隠 岐 に お い ては 西 ノ島 で 最 も 多 く. の肉 用牛 が 生 産 さ れ て いる が 、 こ の地 に お け る牧 牛 は 、 基 本 的 に. 子 牛 を 一年 く ら いま で の 大 き さ に 育 て、 そ れ を 島 外 に 出 荷 す る. ㎜.

(32) 擁. 歯. へ. 共 牧 野 に 自生 す る野 シバ と雑 灌 木(西 ノ島) ▲写 真22公. .∴鑑 麟 藻 、 豪㌻灘灘 ・ ∴ 滋 ∵ 等碧 凝1輩. ・,   \. 一 鱗 厩 、・、鋳.驚. 前 後 で推 移 し た も のが 、 近 年 にな って再 び 増 加 に転 じ て い る。. ﹁ 繁 殖 ﹂ で あ る。. 飼育状況の推移. 近 年 の飼 育 状 況 を. 見 てみ よ う (図 10)。. 図 は 一九 八 一年 か. ら 二 〇 一〇 年 ま で の. 三 〇 年 間 に つ い て、. 西 ノ島町 にお ける肉. 用 牛 の飼 育 農 家 数 と. 飼育 頭数 を示 したも. の で あ る。 こ の 間、. か ら. 飼 育 頭 数 は だ いた い. 八 〇 〇 頭. こ の 間、 飼 育 農 家 は 一貫 し て 減 少 し た の で 、 そ の 分 、 二  当 た り の飼 育 頭 数 が 増 加 し て い る 。 す な わ ち 、. (17 ). 一九 八 一年 当 時 の 一戸 平 均 約 七 頭 か ら 、 二〇 一〇 年 の約 二 五頭 へと、 多 頭 化 と特 定 農 家 への集 中 が しだ いに進 ん で. い る。 ま た 西 ノ 島 町 で は、 ﹁いざ な ぎ 牧 場 ﹂( 前 掲 表 4 ) に よ る 肉 用 牛 繁 殖 事 業 への参 入 が あ る 。 こう し た 事 業 体 の 牧 畜 への参 入 も 近 年 の 一つの特 徴 と いえ よ う 。. 140. 態 ・じ 、 癖縣. 灘 遷 泥 と5,,蓬 『 、`㌃ 、 ㍉ゲ. 磁 紫 ヒド. ・ .饗 叢 黛 毫訟. 鷹 蝉1 徴 馨. 〔=== 遡 、 、、.一. 一〇 〇 〇 頭 の範 囲 で ほぼ 横 ば い であ る。 た だ し、 や や 細 か く 見 る と、 一九 八 〇 年 代 に 一度 減 少 し、 そ の後 八〇 〇 頭. ﹄. 繍 簿ll縷滋. 'ぎ ス. 共牧 野 の水 飲み場(知 夫里 島) ▲写 真21公. 仙 一 一 一∼z-一 一.

(33) 隠 岐の 自然 と生 業. 飼 育 に 見 ら れ る 隠 岐 の特 長. 現 在 、 西 ノ島 で行 わ れ て い る飼 育 方 法 は、 そ のす べ てが 公 共 牧 野 を 利 用 した 季 節 放 牧 であ る。 こ れ は か つて牧 畑. 時 代 に 取 ら れ た 牛 馬 飼 育 と基 本 的 に は 同 じ 仕 組 み で、 春 か ら 秋 に か け て公 共 牧 野 に 放 牧 し (写 真 21)、 = 一 月∼ 三. 月 の冬 季 には 牛 舎 で飼 育 す る。 西 ノ島 にお け る繁 殖 牛 一頭 当 た り の年 間 生 産 費 は 一五 万 円前 後 と いわ れ、 国内 の他. 無 炉.. 7. ,6考. }島. ぎ罫. ク 等 の建 設 ・購 入 にか か る費 用 は 含 ま れ て いな い。. 放 牧 時 、 餌 と な る の は 牧 野 に 自 生 す る 野 シ バ が 主 で (写 真 22)、. これ を 食 べ て大 き く な る こと で腹 が 丈 夫 に な り 、 冬 の 舎 飼 い で濃 厚. 飼 料 を 与 え ても 腹 を こわ す こと が 少 な い。 ま た 、 強 風 が 海 か ら 運 ぶ. と 、 牛 よ り も ず っと 少 な い。. 一 一戸 の 農 家 が 五 二頭 の 馬 を 西 部 の 公 共 牧 野 で飼 育 し て い る (図. 塩 が 野 シ バ に 付 着 す る の で (写 真 23 )、 野 シ バ か ら ミ ネ ラ ル 分 も 自 賀 海岸 の景 観(西 ノ島). て いる (平 成 二 一年 )。 現 在 、 一戸 当 た り の馬 の 飼 育 頭 数 は 五 頭 弱. (18 ). 11)。 ま た 、 これ 以 外 に 四 頭 の種 馬 が 農 協 の管 理 に よ って飼 育 さ れ. の ほ か に肉 用 馬 の生 産 も 行 わ れ て い る。 馬 は 通 年 放 牧 で 育 て ら れ 、. な お、 前 掲 し た 表 4 に は 表 さ れ て いな か った が 、 西 ノ 島 町 で は牛. のよ い子 牛 が 育 つ。. 然 に補 給 さ れ る。 こう し て 生 後 約 一年 で 足 腰 の し っか り し た 、 肉 質. ▲ 写真23国. 141. の産 地 と 比 べ て飼 育 コスト が 安 い。 こ のよ う に、 隠 岐 にお け る牧 牛 は、 牧 野 の共 同利 用 に よ って生 産 費 と労 力 が 節. 一. 約 さ れ る点 に大 き な 特 長 が あ る。 な お 、 生 産 費 の内 訳 は、 主 に飼 料 費 、 衛 生 費 、 保 険 料 等 であ り、 牛 舎 や軽 ト ラ ッ. ご ゴ搬. 宮 亀. 幽 /.

(34) ノ 島 町 に お け る繁 殖 馬 の 飼 育 状 況(1984-2010年) 図11西. 〔 出所〕 西 ノ島 町地域 振興 課資 料。. ② 子 牛 の出 荷. 隠 岐 の 子 牛 は 、 生 後 一年 位 ま で に 競 り に か け ら れ、 全 国 各 地 の. 肥 育 農 家 へと 買 い 取 ら れ る。 肥 育 農 家 で は さ ら に 一∼ 三 年 程 度 子. 牛 を 育 て 、 数 百 キ ロか ら 一〇 〇 〇 キ ロほど に な った も の を 出 荷 す. 月 三 日 、 知 夫 里 島 で 牛 競 り が 行 わ れ た (写 真. る 。 こ の牛 は す ぐ に 屠 殺 処 理 さ れ 、 全 国 の有 名 料 理 店 や 食 卓 に上 る こと に な る 。 隠岐の牛競り 平成 二 二年 =. 島 前 で は 、 J A隠 岐 ど う ぜ ん が 場 を 設 定 し て牛 の競 り を 行 って. 24)。 以 下 は そ の競 り市 で の 聞 き 取 り に よ る 。. い る。 こ の 競 り は 繁 殖 で育 て た 子 牛 を 販 売 す る た め の も の で、 三. 月 ・七 月 ・ 一 一月 の年 三 回、 そ れぞ れ 西 ノ島 ・中 ノ島 ・知 夫 里 島. に あ る競 り 市 を 巡 回 し て行 わ れ る 。 いず れ も各 一日が 競 り 日 にあ. てら れ る が 、 日 程 は そ の年 に よ って違 う 。 各 島 の牛 農 家 は 、 自 島. の競 り市 が 立 つ日 に 必 要 な 子牛 を 競 り に か け て出 荷 す る が 、 チ ャ ン スは 年 三 回 と いう こと にな る 。. 知 夫 村 に は 現在 三〇 軒 の牛 農 家 が あ る が、 この 日 は 子牛 が. 一三〇 頭 、 ほ か に番 外 と し て 一〇 頭 の雌 の成 牛 が 出 品 さ れ て い た. 142.

(35) 隠 岐の 自然 と生 業. (写真 25 )。 競 り が 始 ま った の は午 前 九 時 半 で、 昼 く ら いま で続 け ら れ た 。. 競 り には 雄 ・雌 両 方 が 出 さ れ 、 雄 はす べ て去 勢 さ れ て い る。 去 勢 は生 殖 腺 を 切 り 取 って しま う こ とだ が 、 こ の よ. う にす ると 肉 質 が 柔 ら か く な り 、 体 も 大 き く な り や す いと いう 。 一頭 一頭 の牛 に は親 の血 統 が わ か る よう 名 簿 が つ. く ら れ てお り 、 仲 買 人 に渡 さ れ て い る。 血 統 は、 肉 質 と 体 重 の増 え率 を 決 め る大 事 な 資 料 とな り、 仲 買 人 は競 り に. 先 立 って体 格 や 毛 並 みを 観 察 し、 血 統 資 料 も 参 考 に し て落 札 価 格 を 決 め て いく ( 写 真 26)。. 島 の牛 農 家 は 基 本 的 に繁 殖 農 家 であ る。 しか し、 な か に は繁 殖 用 の雌 の成 牛 を 出 荷 す る家 も 少 数 な が ら いる。 知. 夫 村 で は、 繁 殖 後 の子 牛. は 四、五 か 月 か ら 七 か 月. 野 で 育 て る の は手 を か け. 月 す べ て を 公 共 牧 野 で育. て る 人 も いれ ば 、 半 分 を. 牧 野 で、 半 分 を 牛 舎 で育. て る 人 も い る。 す べ て牧. な いた め で 、 こ れ は 高 齢. の 農 家 に 多 い。 牛 を いち. 143. く ら い で出 荷 す る 家 が 多. いち移動 させ るのは面倒. く 、 一年 ま で育 て る こ と りを待 つ牛 た ち(知 夫村). は ま ず な いと い う 。 七 か. ▲ 写真25競.

(36) 競 りの風 景(知 夫 村) 掲 表 4) であ る。. だ が 、 出 荷 前 に舎 飼 い す る と 牛 が よ く育 ち 、 そ の分 よ い値 が つき や. す く な る 。 こ の 日 の競 り で は 、 例 え ば 体 重 二三 〇 キ ロの 雄 に 三 四 万 円 と いう 値 が つい て いた 。. こ の 日 、 競 り の仲 買 人 は 長 野 、 滋 賀 、 広 島 、 鳥 取、 島 根 、 徳 島 な. ど か ら訪 れ た 。 ざ っと 三 〇 席 あ る会 場 は 仲 買 人 で い っぱ い で、 お 茶. や 缶 ビ ー ル で喉 を し め ら せ な が ら の競 り が 続 い た。 仲 買 人 は 、 落 札. し た 牛 を しぼ ら く 農 家 に 預 け 、 や が て フ ェリ ー と ト ラ ック で肥 育 農. 144. 家 のも と に移 送 す る。. ③ ﹁隠 岐 牛 ﹂ の開 発. こ れ ま で、 隠 岐 の肉 牛 農 家 は 基 本 的 に 繁 殖 を 行 って いた 。 売 ら れ. た 子牛 は ど う な る の か と いえ ぼ 、 兵 庫 や 三 重 な ど の 肥 育 農 家 に送 ら. れ 、 そ こで ﹁神 戸 牛 ﹂﹁松 阪 牛 ﹂ な ど と し て育 てら れ る 。 や が て高 級. を つく ろ う と いう 動 き が 始 ま った 。 そ の中 心 にな った のが 、 中 ノ島 ( 海 士 町) の ﹁隠 岐 潮 風 フ ァー ム﹂( 写 真 27)( 前. (19 ). は 非 常 に も った いな い こ と で あ る 。 そ こ で こ の現 状 を 打 破 す る た め 、 島 で の 肥育 を 手 が け 、 ﹁ 隠 岐 牛 ﹂ のブ ラ ン ド. し か し 、 これ では い つま でた っても ﹁隠 岐 ﹂ のブ ラ ンド は育 た な い し、 離 島 で産 業 が 乏 し い隠 岐 にあ って、 こ れ. 畜 産 業 界 で昔 か ら の ルー ル であ る。. 牛 肉 にな る こと が 見 込 め る ほど に優 秀 な 牛 な の に、 子牛 段 階 で売 って しま う と よ そ のブ ラ ン ド にな る。 こ れが 牛 の. ▲写 真26牛.

(37) 隠 岐の 自然 と生 業. ﹁ 隠 岐 牛 ﹂ のブ ラ ン ド. 島 で成 牛 ま で 育 て上 げ れば 、 ﹁ 隠 岐 牛 ﹂ のブ ラ ンド が 名 乗 れ る 。 た だ し そ の際 、 た だ 育 て さ え す れ ぼ ﹁隠 岐 牛 ﹂ では な く 、 次 の 三 つの条 件 す べ てを ク リ アす る こと が 必 要 であ る。. 島 産 ま れ 、 島 育 ち であ る こと 。. 監. ・. 胃呂F. " 拶、. 三. で、 島 と は 中 ノ 島 ・西 ノ島 ・知 夫 里 島 、 そ し て島 後 の こ と. と 。. 日 本 食 肉 格 付 協 会 の肉 質 等 級 格 付 け が 四 等 級 以 上 で あ る こ. 未 経 産 の牛 、 つま り 出 産 を 経 験 し て いな い雌 の牛 であ る こ と。. 実. 搾 、銑ド. ﹁=. で、 海 士 町 ・西 ノ島 町 ・知 夫 村 ・隠 岐 の島 町 で産 ま れ 育 った 牛 であ る こと を いう 。. ﹁二﹂ の肉 用 牛 を 雌 に 限 る こ と は 、 高 級 牛 の場 合 、 全 国 的 に し ば. しぼ 行 わ れ て いる 。 そ れ は 雌 のほ う が 体 格 が 小 さ いた め に ( 雄 は成. 長 し て体 重 が 七 〇 〇 ∼ 一〇 〇 〇 キ ロほ ど に な る が 、 雌 だ と 六 〇 〇 ∼. 七 〇 〇 キ ロほど に し か な ら な い)、 肉 の ﹁ 芯 ﹂ が 小 さ いか ら で あ る 。. 芯 が 小 さ け れば ス テ ー キ に し た と き の肉 に 厚 み が 出 るが 、 芯 が 大 き. い雄 で は、 同 じ重 さ で あ れば 薄 い ステ ー キ に な ってし ま う 。 ス テ ー. キ は厚 い ほど 高 級 感 が あ る か ら 、 し ば し ば 雌 牛 が ブ ラ ンド 和 牛 の条. 145. ご. 謹 纏鍾 饗懸. 筏灘 滋 な 礁 .、 諺 誇艇. 蔀灘. 疑 潔.

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