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『風姿花伝』「似せぬ位」における〝変身〞と〝花〞(一)

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Academic year: 2021

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全文

(1)

はじめに

  本稿は世阿弥『風姿花伝 』 (1) の第七篇「別紙口伝」に収められ た「似せぬ位」をめぐる試論である。   「 似 せ ぬ 位 」 と は 、 直 訳 す れ ば 「 似 せ よ う と す る 意 識 が な く なる芸位 」 (2) である。役者がある演技対象に成りきるとき、もは やそこには何かに似せているという意識すらなく、そのものと し て み ず か ら 振 る 舞 っ て い る

こ う し た 理 論 を 、「 老 人 」 の 演技を例に挙げつつ説いた「似せぬ位」は、多くの演劇人や文 化人を引きつけてきた。   た と え ば 馬 場 あ き 子 は 、「 似 せ ぬ 位 」 中 の 老 人 の 演 技 に つ い て 、「 近 代 演 劇 の 写 実 性 を も 、 少 し く 超 え た 、 深 層 心 理 へ の 肉 迫 」 (3) あ る い は 「 老 い の 真 しん を 顕 現 さ せ て ゆ こ う と す る こ の 秘 伝 」 (4) と 評 し て い る 。 中 世 の 能 の 演 技 体 系 が 如 何 に 「 老 い の 真 しん を 顕 現」させていったか、という観点は、そのまま「近代演劇の写 実性」との比較ともなり、これまでにも優れた論究が成されて きた。   しかしこの「似せぬ位」が、アニメーションの分野に至るま で深い影響を及ぼしていることについては、一般にはほとんど 知 ら れ て い な い 。 一 例 を 挙 げ れ ば 、『 マ ク ロ ス 』 シ リ ー ズ 等 で 知 ら れ る 鬼 才 ・ 河 かわ 森 もり 正 しょう 治 じ は 「 似 せ ぬ 位 」 の 内 容 を 知 悉 し 、 み ず か ら の 作 品 に も 積 極 的 に 応 用 し て い る ( 拙 稿 「 能 と ア ニ メ ー シ ョ ン 」 (5) 、 及 び 、 河 森 正 治 「 ア ニ メ ー シ ョ ン と 世 阿 弥 の 「 花 」 (6) 」 参 照 ) 。 このクリエーターの『風姿花伝』摂取のあり方は、実践的な創 作の立場から世阿弥伝書を鋭く照射するものであり、研究者の 側も先入観を取り払って「似せぬ位」に向き合う必要性を感じ させた。   す な わ ち 本 稿 は 、「 似 せ ぬ 位 」 解 釈 の 再 考 が ひ と ま ず の 主 旨 となるが、最終的にはこれを踏まえつつ、演劇・映像文化にま で視野を拡張した『風姿花伝』享受史を提示したいと考えてい

平林

  一成

『風姿花伝』

「似せぬ位」における〝変身〞と〝花〞

(一)

る ( 河 かわ 森 もり の作品については後述するが、詳細に論ずるのは次稿以降の 予定) 。   そのために、まずは表題にも掲げた〝変身〞と〝花〞につい て、二十世紀を代表する演出家であるピーター・ブルックの言 葉に耳を傾けることから始めたい。海外の突出した演出家の炯 眼は、かえって日本の古典演劇の特性を正しく見抜いているか らである。       

  二十世紀を代表する演出家の一人であるピーター・ブルック は、一九六八年、パリの世界演劇祭で上演するシェイクスピア 『テンペスト』の演出プランを練っていた。   この『テンペスト』をめぐって様々な演劇的アプローチを試 み よ う と し た と き 、 ま ず 浮 上 し た の は 、「 ど う や っ て 精 霊 、 妖 精、魔女といったものをち ゃ んと舞台にのせることができるか と い う 問 題 」 (7) で あ っ た 。「 こ の 問 題 を ク リ ア し な け れ ば 、 ど ん な新しい『テンペスト』を上演しようと、最初から昔どおりの ありきたりの表現で満ちあふれてしまう 」 (8)

このように危惧 し て い た と き 、 ヨ シ ・ オ イ ダ ( 笈 田 ヨ シ ) (9) と 名 乗 る 日 本 人 俳 優 に出会ったピーター・ブルックは、すぐさま『テンペスト』に 登場する風の妖精・エアリエルを演ずるように命じた。   ヨシは基本的な英単語を二つ三つしか話せなかったから、 当然テクストをどうこうするわけにはいかなかった。しか しながら、お化けだの妖術師だのは彼の日常茶飯事のこと であり、 能楽で受けた厳しい訓練のおかげで彼には超自然 を表わす 語 ご 彙 い があった 。彼が立ちあがるとき、動き始める 前から、その身体には特別な輝きがあった。我々が普通考 えるのとは全然違うところから出てくるエネルギーが、膝 と腕を上に押しあげ、まるで空を軽くたたくかのようだっ た。私たちの目の前には、今飛び立とうとする見知らぬ鳥 がいた。忘れられなくなるようなリズミカルな叫び声をあ げ、それからまるで巻き物に描かれたかのようにじっと動 かずに止まった。ほかのどんなプロの俳優もそんなイメー ジを自然と生み出すことはできなかったが、私たちのだれ もが、同じようにはっきりと、そのイメージを理解した。 (『ピーター・ブルック回想録 』 )10 ( )   ヨ シ ・ オ イ ダ ( 笈 田 ヨ シ ) は 十 二 、三 歳 の 頃 か ら 能 楽 に 親 し ん で い た が 、 )11 ( 右 の 「 鳥 」 の 演 技 は 特 定 の 作 品 の 所 作 ( た と え ば 狂 言 〈 柿 山 伏 〉 の 鳶 の 真 似 や 能 〈 鷺 〉 な ど ) に 依 拠 し た も の で は な いという 。 )12 ( しかしここで着目したいのは、右の傍線部において 的確に言い当てられているように、能楽が近代以降の演技の方

(2)

る ( 河 かわ 森 もり の作品については後述するが、詳細に論ずるのは次稿以降の 予定) 。   そのために、まずは表題にも掲げた〝変身〞と〝花〞につい て、二十世紀を代表する演出家であるピーター・ブルックの言 葉に耳を傾けることから始めたい。海外の突出した演出家の炯 眼は、かえって日本の古典演劇の特性を正しく見抜いているか らである。       

  二十世紀を代表する演出家の一人であるピーター・ブルック は、一九六八年、パリの世界演劇祭で上演するシェイクスピア 『テンペスト』の演出プランを練っていた。   この『テンペスト』をめぐって様々な演劇的アプローチを試 み よ う と し た と き 、 ま ず 浮 上 し た の は 、「 ど う や っ て 精 霊 、 妖 精、魔女といったものをち ゃ んと舞台にのせることができるか と い う 問 題 」 (7) で あ っ た 。「 こ の 問 題 を ク リ ア し な け れ ば 、 ど ん な新しい『テンペスト』を上演しようと、最初から昔どおりの ありきたりの表現で満ちあふれてしまう 」 (8)

このように危惧 し て い た と き 、 ヨ シ ・ オ イ ダ ( 笈 田 ヨ シ ) (9) と 名 乗 る 日 本 人 俳 優 に出会ったピーター・ブルックは、すぐさま『テンペスト』に 登場する風の妖精・エアリエルを演ずるように命じた。   ヨシは基本的な英単語を二つ三つしか話せなかったから、 当然テクストをどうこうするわけにはいかなかった。しか しながら、お化けだの妖術師だのは彼の日常茶飯事のこと であり、 能楽で受けた厳しい訓練のおかげで彼には超自然 を表わす 語 ご 彙 い があった 。彼が立ちあがるとき、動き始める 前から、その身体には特別な輝きがあった。我々が普通考 えるのとは全然違うところから出てくるエネルギーが、膝 と腕を上に押しあげ、まるで空を軽くたたくかのようだっ た。私たちの目の前には、今飛び立とうとする見知らぬ鳥 がいた。忘れられなくなるようなリズミカルな叫び声をあ げ、それからまるで巻き物に描かれたかのようにじっと動 かずに止まった。ほかのどんなプロの俳優もそんなイメー ジを自然と生み出すことはできなかったが、私たちのだれ もが、同じようにはっきりと、そのイメージを理解した。 (『ピーター・ブルック回想録 』 )10 ( )   ヨ シ ・ オ イ ダ ( 笈 田 ヨ シ ) は 十 二 、三 歳 の 頃 か ら 能 楽 に 親 し ん で い た が 、 )11 ( 右 の 「 鳥 」 の 演 技 は 特 定 の 作 品 の 所 作 ( た と え ば 狂 言 〈 柿 山 伏 〉 の 鳶 の 真 似 や 能 〈 鷺 〉 な ど ) に 依 拠 し た も の で は な いという 。 )12 ( しかしここで着目したいのは、右の傍線部において 的確に言い当てられているように、能楽が近代以降の演技の方

(3)

向性とは別種の、いうなれ ば 〝変身〞の演技体系をそなえてお り、ヨシ・オイ ダ はこれを咄嗟に応用して「鳥」となったこと である。   の ち に ピ ー タ ー ・ ブ ル ッ ク は 、 雑 誌 『 文 学 』 ( 二 〇 〇 三 年 七 ・ 八 月 号 ) の イ ン タ ビ ュ ー で 、 )13( ヨ ー ロ ッ パ の 俳 優 が 日 常 生 活 に 見 出される人物をモデルとした「自然主義的な演技 」 )14 ( とは異なり、 日本の能楽には「人間を演ずるのみならず、とりわけ神話上の 人物、帝、妃、姫、魔女、霊、悪霊を演じる伝統 」 )15 ( があると述 べ 、 先 の ヨ シ ・ オ イ ダ の 「 鳥 」 は 、「 能 の 鍛 錬 と シ ェ イ ク ス ピ アという西洋のテクストを用いて新しい形式を作り出したとい うことなのです 」 )16 ( と振り返っている。   確かに能楽に限らず歌舞伎も含めて、古典芸能は型や装束に よってあらゆるものに〝変身〞するが、この演技体系について 演劇評論家・渡辺保は次のように言及している。   …洋の東西を問わず古典劇の俳優は、日常的な個人をこ え て ( と い う こ と は む ろ ん 俳 優 個 人 の 自 然 の 性 別 も こ え て ) 動 植物の精はもとより、神にも鬼にも悪魔にも、あらゆるも のに変身する可能性をもつものだということです。   これは、等身大の人間にしか扮さない現代劇の俳優には 考えられないことです。   そんなことがなぜ可能なのかといえ ば 、そこには自分の 扮 す る 役 を 抽 象 化 し 、 記 号 化 す る 方 法 論 が あ る か ら で す 。   …… (略) ……   どちらにしても、 古典劇の俳優は、その役の表面的な真 似をするのではありません。その役の本質を舞台に表現す るのです 。 (渡辺保『演劇入門―古典劇と現代劇― 』 )17 ( )   右の傍線部のように、古典劇の役者は演技対象の個別の外見 や心理を観察・分析して真似るというよりは、むしろ、その本 質をこそ舞台に顕現させる

この本質への〝変身〞は、本稿 の 主 要 な モ チ ー フ の 一 つ で あ り 、『 風 姿 花 伝 』 の 「 似 せ ぬ 位 」 の老人の演技にも関与してくる。   これに加えてもう一つ、前提として述べておくべきことがあ る。   そ れ は 、 ヨ シ ・ オ イ ダ の 演 技 に つ い て 説 明 す る 際 、 ピ ー タ ー ・ ブ ル ッ ク が ヨ ー ロ ッ パ の 俳 優 の 「 自 然 主 義 的 な 演 技 」 ( 前 掲 ) と 能 楽 を 対 比 さ せ て い る 点 で あ る 。 十 九 世 紀 後 半 か ら 二 十 世 紀 初 頭 に か け て ゾ ラ ( 一 八 四 〇 ― 一 九 〇 二 ) や ア ン ト ワ ー ヌ ( 一 八 五 八 ― 一 九 四 三 ) に よ っ て 推 進 さ れ た こ の 自 然 主 義 演 劇 (「 自 然 主 義 的 な 演 技 」) の 発 想 は 、 徹 底 し た 反 自 然 主 義 や ア ン チ テアトルの試みを通過した今もなお、演技の実際面に関わる問 題として扱われていることが窺われる。   特に、舞台の奥・ 上 かみ 手 て ・ 下 しも 手 て を囲う三方の壁は言うに及 ば ず、 さ ら に 舞 台 と 観 客 席 と の 間 に も 「 第 四 の 壁 」 が 存 在 す る と イ メージし、観客とは無関係に現実の断片の再現に専心すべきと の 自 然 主 義 の 理 念 は 、 反 省 と と も に 解 体 す る に せ よ ( い わ ゆ る 演 劇 の 再 演 劇 化 ) 、 あ る い は 新 た な 角 度 か ら 再 利 用 す る に せ よ 、 先掲の渡辺保の指摘のように「等身大の人間」に扮する現代劇 においては、演技・演出の方向性を決定する際の重要な判断材 料として機能しつづけていると思われる 。 )18 (   この「第四の壁」の原型として位置づけられるのが、アント ワ ー ヌ に も 強 い 影 響 を 与 え た デ ィ ド ロ ( 一 七 一 三 ― 一 七 八 四 ) の 『演劇論』である。参考までに関連箇所を掲出しておく。   戯曲は上演するために作られたものであるが、作者と俳 優は見物を忘れなけれ ば ならぬということ、あらゆる関心 は登場人物に関係していなくてはならないということを考 えついていたなら ば 、われわれは詩法の中に、もし君がか くかくしたら見物をかくかく感動させるのであろう、とい うようなことを ば 、あのようにし ば し ば 読むことはないで あろう。   …… (中略) ……   だから諸君が脚本を作るにもせよ、演じるにもせよ、観 客はいないものだと思って、それ以上のことを考えてはい けない。 舞台の端に諸君を平土間から分つ大きな壁がある と考えたまえ。幕が上らなかったかの如く演じたまえ 。 (ディドロ『演劇論 』 )19 ( )   右の傍線部について、今尾哲也は「ディドロがきずいた〈第 四の壁〉を、さらに分厚く塗りかためたのは自然主義小劇場運 動である 」 )20 ( と総括した上で、これが「過去における演劇のコン ヴ ェ ン シ ョ ン の 、 根 底 か ら の 破 壊 を 意 味 」 )21 ( し 、 か つ 、「 真 に 演 劇 的 な 生 き た 創 造 を 否 定 す る こ と 」 )22 ( に 繋 が っ て い っ た と い う 。 なぜなら ば 、「舞台と客席との積極的な合一による創造こそが、 演劇の使命 」 )23 ( だからである (以上、今尾哲也『変身の思想』 ) 。   他方、こうした人生の断片の忠実な再現とは抜本的に異なる ものとして、日本中世の芸能史に横たわっているのは、観客と 演者との関係性における世阿弥の〝花〞である。 『風姿花伝』第七篇「別紙口伝」より、第一条「花を知る事」 を現代語訳とともに抄出しておく。   そもそも、花といふに、万木千草において、四季折節に 咲くものなれ ば 、その時を得てめづらしきゆゑに、もてあ そぶなり。 申 さる 楽 がく も、人の心にめづらしきと知る所、すなは ち面白き心なり。花と、面白きと、めづらしきと、これ三 つは同じ心なり。

(4)

  特に、舞台の奥・ 上 かみ 手 て ・ 下 しも 手 て を囲う三方の壁は言うに及 ば ず、 さ ら に 舞 台 と 観 客 席 と の 間 に も 「 第 四 の 壁 」 が 存 在 す る と イ メージし、観客とは無関係に現実の断片の再現に専心すべきと の 自 然 主 義 の 理 念 は 、 反 省 と と も に 解 体 す る に せ よ ( い わ ゆ る 演 劇 の 再 演 劇 化 ) 、 あ る い は 新 た な 角 度 か ら 再 利 用 す る に せ よ 、 先掲の渡辺保の指摘のように「等身大の人間」に扮する現代劇 においては、演技・演出の方向性を決定する際の重要な判断材 料として機能しつづけていると思われる 。 )18 (   この「第四の壁」の原型として位置づけられるのが、アント ワ ー ヌ に も 強 い 影 響 を 与 え た デ ィ ド ロ ( 一 七 一 三 ― 一 七 八 四 ) の 『演劇論』である。参考までに関連箇所を掲出しておく。   戯曲は上演するために作られたものであるが、作者と俳 優は見物を忘れなけれ ば ならぬということ、あらゆる関心 は登場人物に関係していなくてはならないということを考 えついていたなら ば 、われわれは詩法の中に、もし君がか くかくしたら見物をかくかく感動させるのであろう、とい うようなことを ば 、あのようにし ば し ば 読むことはないで あろう。   …… (中略) ……   だから諸君が脚本を作るにもせよ、演じるにもせよ、観 客はいないものだと思って、それ以上のことを考えてはい けない。 舞台の端に諸君を平土間から分つ大きな壁がある と考えたまえ。幕が上らなかったかの如く演じたまえ 。 (ディドロ『演劇論 』 )19 ( )   右の傍線部について、今尾哲也は「ディドロがきずいた〈第 四の壁〉を、さらに分厚く塗りかためたのは自然主義小劇場運 動である 」 )20 ( と総括した上で、これが「過去における演劇のコン ヴ ェ ン シ ョ ン の 、 根 底 か ら の 破 壊 を 意 味 」 )21 ( し 、 か つ 、「 真 に 演 劇 的 な 生 き た 創 造 を 否 定 す る こ と 」 )22 ( に 繋 が っ て い っ た と い う 。 なぜなら ば 、「舞台と客席との積極的な合一による創造こそが、 演劇の使命 」 )23 ( だからである (以上、今尾哲也『変身の思想』 ) 。   他方、こうした人生の断片の忠実な再現とは抜本的に異なる ものとして、日本中世の芸能史に横たわっているのは、観客と 演者との関係性における世阿弥の〝花〞である。 『風姿花伝』第七篇「別紙口伝」より、第一条「花を知る事」 を現代語訳とともに抄出しておく。   そもそも、花といふに、万木千草において、四季折節に 咲くものなれ ば 、その時を得てめづらしきゆゑに、もてあ そぶなり。 申 さる 楽 がく も、人の心にめづらしきと知る所、すなは ち面白き心なり。花と、面白きと、めづらしきと、これ三 つは同じ心なり。

(5)

  …… (中略) ……   た だ 、 花 は 、 見 る 人 の 心 に め づ ら し き が 花 な り 。…… ( 略 ) …… さ れ ば 、 花 と て 別 に は な き も の な り 。 物 数 を 尽 く して、工夫を得て、めづらしき感を心得るが花なり。 ……   いったい、花と言った場合、あらゆる草木において、四 季 の 時 々 で 咲 く も の で あ る か ら 、 ち ょ う ど そ の 季 節 に あ たって新鮮な感動を呼ぶので、賞翫するのである。申楽の 場合でも、観客が心の中で新鮮な魅力を感じることが、そ の ま ま 面 白 い と い う こ と な の で あ る 。「 花 」 と 「 面 白 さ 」 と「めずらしさ」と、この三つは同じことなのである。   …… (中略) ……   ただただ、花というのは、観客にとって新鮮なのが花な の で あ る 。…… ( 略 ) …… で あ る か ら 、 花 と い っ て も 何 か 特 別なことがあるわけではないのである。すべての演目を演 じ切り、あらゆる演出を工夫し尽くして、能のめずらしさ の何たるかを感得するというのが、能の花なのである。   (竹本幹夫『風姿花伝・三道 』 )24 ( )   〝 花 〞 ( 劇 的 魅 力 ) と は 、 観 客 に と っ て の 「 面 白 さ 」 で あ り 「 め ず ら し さ 」 で あ る 。 こ の 「 め ず ら し さ 」 に よ っ て 観 客 を 引 き つ け 、 興 味 関 心 を 持 続 さ せ る こ と が 芸 の 真 髄 で あ り 、 そ の 〝 花 〞 の 工 夫 は 『 風 姿 花 伝 』 に お い て は 、 各 年 代 の 稽 古 法 、 役 に扮する際の留意点、作劇法、舞台における工夫等、あらゆる 次元に及ぶ。   す な わ ち 世 阿 弥 の 〝 花 〞 の 理 論 は 、「 舞 台 と 客 席 と の 積 極 的 な 合 一 に よ る 創 造 」 ( 先 掲 ) を 自 明 の 前 提 と し て 構 築 さ れ 、 そ の 上 で 〝 変 身 〞 を 求 め る の で あ る 。「 第 四 の 壁 」 に よ っ て 観 客 の視線を一切考慮せずに〝役を生きる 〞 )25 ( のではなく、役の本質 に〝変身〞しつつ〝花〞を咲かせる

このように自然主義的 な 発 想 か ら は 決 し て 導 か れ な い 理 論 体 系 が 世 阿 弥 『 風 姿 花 伝 』 であり、それゆえにこそ現代の演劇・映像文化に大きなインパ クトを与え続けているのだろう。   以上、本稿の主要なモチーフとなる〝変身〞と〝花〞につい て触れた。   次節ではこれに基づいて『風姿花伝』の「似せぬ位」を概観 しつつ、解釈上の諸問題を提示していきたい。       

  舞台上の役者が演技対象に〝変身〞すること。   そ し て こ の 〝 変 身 〞 に 、 観 客 が 身 を 乗 り 出 す よ う な 〝 花 〞 (劇的魅力) が咲くこと。   これら〝変身〞と〝花〞は、能の舞台を成功裡に収めるため の必須要件である。   しかし演技対象によっては〝変身〞と〝花〞の両立が必然的 に困難となる場合がある

今から約六百年前、世阿弥はその 初期理論 の )26( 集成である『風姿花伝』第二篇「 物 もの 学 まね 条々」におい て、このように指摘した。その一例として挙げられるのが老人 に扮する演技である 。 )27 (   具体的には、例え ば 役者が老人に成りきろうと日々研鑽を重 ねたとする。彼は腰や膝を折り曲げ、身を低く縮めて老人の外 見を懸命に真似ていく。   だが屈曲した姿勢や緩慢な動作を忠実に再現できたとしても、 それだけでは如何にも年寄りじみた風貌となるのみで、観客の 興味関心は長くは持続しないだろう 。 )28 ( いうなれ ば 「自然主義的 な 演 技 」 ( 先 掲 ) に よ っ て 外 見 を 似 せ れ ば 似 せ る ほ ど 、 何 の 変 哲 も な い 老 人 の 姿 が 現 前 す る ば か り で 〝 花 〞 ( 劇 的 魅 力 ) か ら は 遠ざかるという、二律背反に直面せざるをえないのである。   そして更に困難の度合いを増すのは、器楽伴奏や謡のリズム に つ れ て ひ た す ら 舞 い つ づ け る 演 技 で あ る 。 こ の 舞 に お い て 、 老人らしく見えながらも観客を退屈させないような〝花〞のあ る演技を実現することは果たして可能なのか

これについて 世阿弥は「花はありて年寄りと見ゆるる公案、くはしく習ふべ し 」 ( … 魅 力 を 感 じ さ せ つ つ も な お 老 人 だ と 見 せ る 工 夫 を 、 子 細 に 研 究せね ば ならない ) )29( と、ひとまずは沈黙する。   そのまま答えを模索しつつ『風姿花伝』を順次読み進めてい くと、最後の第七篇「別紙口伝」に至ってようやく「花はあり て年寄りと見ゆるる公案」に該当する記述に出会う。それが第 七 篇 「 別 紙 口 伝 」 第 三 条 の 「 似 せ ぬ 位 」 ( 似 せ よ う と す る 意 識 が なくなる芸位) である。   この「似せぬ位」においては、先の第二篇「 物 もの 学 まね 条々」のよ う に 「 老 し た る 風 情 」 ( 年 寄 り じ み た 所 作 ) )30( を 意 識 し た 演 技 は か えって厳しく戒められる。なぜなら ば 「もとより 己 おの が身が年寄 り な ら ば 、 年 寄 り に 似 せ ん と 思 ふ 心 は あ る べ か ら ず 」 ( も と も と 我 が 身 が 年 寄 り な の だ か ら 、 年 寄 り に 似 せ よ う と 思 う 心 は あ る は ず が な い ) )31( か ら で あ る 。 先 の 「 物 もの 学 まね 条 々 」 の よ う に 役 者 が 殊 更 に 腰・膝を屈めて老人らしく見せようとするのは、強いて譬える なら老人に似せようと躍起になる老人であり、そのような奇矯 な試みに夢中になる者はいない。   すなわち演技対象として注視すべきは、外見ではなくその本 質である。そして似せるべき老人の本質とは、肉体的な老いと は全く逆に、 「何事をも若くしたがる 」 )32( 傾向や「若き事を 羨 うらや め る心 」 )33 ( にこそ存している。老人は老人を目指しているのではな く 、「 若 き 事 」 を こ そ 渇 望 し て や ま な い

こ の 本 質 (「 心 」) に 沿 っ て 、「 わ ざ を ば 、 年 寄 り の 望 み の ご と く 、 若 き 風 情 を す べ し 」 ( …… 老 人 の 望 む よ う に 、 若 や い だ 演 技 を す る が よ い ) )34 ( と 世 阿弥は説く。

(6)

の必須要件である。   しかし演技対象によっては〝変身〞と〝花〞の両立が必然的 に困難となる場合がある

今から約六百年前、世阿弥はその 初期理論 の )26( 集成である『風姿花伝』第二篇「 物 もの 学 まね 条々」におい て、このように指摘した。その一例として挙げられるのが老人 に扮する演技である 。 )27 (   具体的には、例え ば 役者が老人に成りきろうと日々研鑽を重 ねたとする。彼は腰や膝を折り曲げ、身を低く縮めて老人の外 見を懸命に真似ていく。   だが屈曲した姿勢や緩慢な動作を忠実に再現できたとしても、 それだけでは如何にも年寄りじみた風貌となるのみで、観客の 興味関心は長くは持続しないだろう 。 )28 ( いうなれ ば 「自然主義的 な 演 技 」 ( 先 掲 ) に よ っ て 外 見 を 似 せ れ ば 似 せ る ほ ど 、 何 の 変 哲 も な い 老 人 の 姿 が 現 前 す る ば か り で 〝 花 〞 ( 劇 的 魅 力 ) か ら は 遠ざかるという、二律背反に直面せざるをえないのである。   そして更に困難の度合いを増すのは、器楽伴奏や謡のリズム に つ れ て ひ た す ら 舞 い つ づ け る 演 技 で あ る 。 こ の 舞 に お い て 、 老人らしく見えながらも観客を退屈させないような〝花〞のあ る演技を実現することは果たして可能なのか

これについて 世阿弥は「花はありて年寄りと見ゆるる公案、くはしく習ふべ し 」 ( … 魅 力 を 感 じ さ せ つ つ も な お 老 人 だ と 見 せ る 工 夫 を 、 子 細 に 研 究せね ば ならない ) )29( と、ひとまずは沈黙する。   そのまま答えを模索しつつ『風姿花伝』を順次読み進めてい くと、最後の第七篇「別紙口伝」に至ってようやく「花はあり て年寄りと見ゆるる公案」に該当する記述に出会う。それが第 七 篇 「 別 紙 口 伝 」 第 三 条 の 「 似 せ ぬ 位 」 ( 似 せ よ う と す る 意 識 が なくなる芸位) である。   この「似せぬ位」においては、先の第二篇「 物 もの 学 まね 条々」のよ う に 「 老 し た る 風 情 」 ( 年 寄 り じ み た 所 作 ) )30( を 意 識 し た 演 技 は か えって厳しく戒められる。なぜなら ば 「もとより 己 おの が身が年寄 り な ら ば 、 年 寄 り に 似 せ ん と 思 ふ 心 は あ る べ か ら ず 」 ( も と も と 我 が 身 が 年 寄 り な の だ か ら 、 年 寄 り に 似 せ よ う と 思 う 心 は あ る は ず が な い ) )31( か ら で あ る 。 先 の 「 物 もの 学 まね 条 々 」 の よ う に 役 者 が 殊 更 に 腰・膝を屈めて老人らしく見せようとするのは、強いて譬える なら老人に似せようと躍起になる老人であり、そのような奇矯 な試みに夢中になる者はいない。   すなわち演技対象として注視すべきは、外見ではなくその本 質である。そして似せるべき老人の本質とは、肉体的な老いと は全く逆に、 「何事をも若くしたがる 」 )32( 傾向や「若き事を 羨 うらや め る心 」 )33 ( にこそ存している。老人は老人を目指しているのではな く 、「 若 き 事 」 を こ そ 渇 望 し て や ま な い

こ の 本 質 (「 心 」) に 沿 っ て 、「 わ ざ を ば 、 年 寄 り の 望 み の ご と く 、 若 き 風 情 を す べ し 」 ( …… 老 人 の 望 む よ う に 、 若 や い だ 演 技 を す る が よ い ) )34 ( と 世 阿弥は説く。

(7)

  そ し て 「 似 せ ぬ 位 」 ( 似 せ よ う と す る 意 識 が な く な る 芸 位 ) に ま で達したなら ば 、そこにはただ、もともと高齢であった者が舞 台に立っている ば かりである。無意識に行われる身の構えや一 挙 手 一 投 足 に 「 何 事 を も 若 く し た が る 」 心 が 反 映 す る だ ろ う

これが「似せぬ位」における〝変身〞である。   ただし、この「若き事」を希求する老人の本質に成りきって いれ ば こそ、かえって留意すべき眼目がある。それは老人が舞 を舞うとき、器楽伴奏や謡のリズムにどうしても合わせられず、 手の指し引きや足踏みが微妙に遅れていくことである。これに よって劇中に若々しく登場した老人が実は「五体も重く、耳も 遅 け れ ば 、 心 は 行 け ど も 振 舞 の か な は ぬ な り 」 ( か ら だ 全 体 も 重 く、耳も遠いので、気持ちは 逸 はや るけれども動作が付いていかない ) )35 ( と 観客の眼には映る。つまり舞台の上では、器楽伴奏の拍子が打 たれるたびに「若き事」への渇望と衰えた肉体との間に生じる ずれが刻々と表現され、通常の舞の規範から外れた異格の珍し さ を 生 む

こ れ が 観 客 の 興 味 関 心 を 持 続 さ せ る 〝 花 〞 ( 劇 的 魅力) となる。   以 上 が 『 風 姿 花 伝 』 第 七 篇 「 別 紙 口 伝 」 の 「 似 せ ぬ 位 」 ( 第 三 条 ) の 概 要 で あ り 、 老 人 の 本 質 (「 心 」) に 根 ざ し た 〝 変 身 〞 と〝花〞は現在でも優れた芸術論として評価されている。   しかしあくまで実践に根ざした世阿弥の演技理論には、ただ ちに了解することが困難な面もある。   こ れ を 明 瞭 に す る た め に 、「 似 せ ぬ 位 」 の 総 論 と も い う べ き 冒頭部を省略せず、そのまま現代語訳とともに引用しておく 。 )36 (   次 の 掲 出 部 分 の う ち 、 傍 線 部 Ⅰ が 「 似 せ ぬ 位 」 の 〝 変 身 〞、 Ⅱ が〝花〞の創意工夫に対応する箇所である。もし何らかの飛 躍や視点の変化が感じられるとすれ ば 、それは Ⅰ から Ⅱ へと移 行するときである (注意を喚起する箇所はゴチック体で表記した) 。 一 、 Ⅰ 物 ま ね に 、 似 せ ぬ 位 くらゐ あ る べ し 。 物 ま ね を 極 め て 、 そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 。 Ⅱ さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な かるべき 。 一 、 Ⅰ 物 ま ね と い う こ と に 、 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 し た 芸 境 と い う の が あ る で あ ろ う 。 物 ま ね の 奥 義 を 究 め て 、 その役柄に本当に成り切ったなら ば 、似せようと 思う気持 。 Ⅱ そ う す る と 、 劇 中 の 人 物 と し て 面 白 さ だ けを工夫することになるから、どうして が咲かないはず があろうか 。   ま ず Ⅰ の 傍 線 部 で あ る が 、「 …… そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 」 ( そ の 役 柄 に 本 当 に 成 り き っ た な ら ば 、 似 せ よ う と ) は 、 い っ た ん は 自 意 識 か ら離れ、演技対象の本質に没入して〝変身〞しきることを述べ ている。先述の老人の演技でいえ ば 、「何事をも若くしたがる」 傾向や「若き事を 羨 うらや める心」に没入する状態である。   だがその一方、つづく Ⅱ の「さるほどに、面白き所 ば かりを た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」 ( そ う す る と 、 劇 中 の 人 物 と し て 面 白 さ だ け を 工 夫 す る こ と に な る か ら 、 ど う し て が 咲 か な い は ず が あ ろ う か ) に お い て は 、 演 技 対 象 に 成 り き っ た 自 分 自 身 を 含め、劇場全体を俯瞰して〝花〞を工夫する主体的な視座が存 している。老人が舞うときの例でいえ ば 、あえて身体的所作を 拍子に遅らせることで「心」と肉体のずれを表現し、観客に珍 しさを生じさせる工夫がこの Ⅱ である 。 )37 (   いうなれ ば 『風姿花伝』第七篇「別紙口伝」の第三条「似せ ぬ 位 」 は 、 無 意 識 的 な 演 技 対 象 へ の 没 入 (〝 変 身 〞) と 、 そ れ を 包 摂 し つ つ 創 意 工 夫 す る 役 者 と し て の 主 体 性 (〝 花 〞) の 総 体 に よって形成されているのである。   論 ず る 位 相 が そ れ ぞ れ 異 な る 演 技 論 ( Ⅰ ・ Ⅱ ) を 、 世 阿 弥 は なぜ並べ置いたのだろうか。そこには何らかの必然性、あるい は、そうすることによってのみ表出可能な何かがあるのだろう か。       

  「 Ⅰ 物 ま ね に 、 似 せ ぬ 位 くらゐ あ る べ し 。 物 ま ね を 極 め て 、 そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 。 Ⅱ さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」

「 似 せ ぬ 位 」 冒 頭 部 に 並 置 さ れ た 、 そ れ ぞ れ 位 相 の 異 な る Ⅰ ・ Ⅱ をどのように捉えたらよいのか。   解釈の方法の一つとしては、まずは全てを時系列に沿って並 べつつ、役者の向上・発展の道筋として位置づけるものである。 そ の 目 安 に な る も の と し て 、「 似 せ ぬ 位 」 の Ⅰ ・ Ⅱ を 段 階 的 に 捉えた金井清光『風姿花伝詳解』を次に挙げておく。 似せよう似せようと努力している間は、まだ真に似せるこ と は で き な い 。 Ⅰ 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 す る 境 地 に 到 っ て 、 は じ め て 真 に 似 せ る こ と が で き る 。 Ⅱ こ の 境 地 に 達 す る と 今 度 は も っ ぱ ら 面 白 く 見 せ よ う と 努 力 す る か ら 、 そこに自然と花が咲く 。 (金井清光『風姿花伝詳解 』 )38 ( )   金 井 は 右 の よ う に 、 Ⅰ ・ Ⅱ を 順 を 追 っ て 意 訳 し て い る が ( 右 の Ⅰ ・ Ⅱ ) 、 試 み に こ れ に 従 っ て 、 前 節 で 述 べ た こ と を も う 一 度辿り直してみたい。 ′ ′ ′ ′

(8)

ら離れ、演技対象の本質に没入して〝変身〞しきることを述べ ている。先述の老人の演技でいえ ば 、「何事をも若くしたがる」 傾向や「若き事を 羨 うらや める心」に没入する状態である。   だがその一方、つづく Ⅱ の「さるほどに、面白き所 ば かりを た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」 ( そ う す る と 、 劇 中 の 人 物 と し て 面 白 さ だ け を 工 夫 す る こ と に な る か ら 、 ど う し て が 咲 か な い は ず が あ ろ う か ) に お い て は 、 演 技 対 象 に 成 り き っ た 自 分 自 身 を 含め、劇場全体を俯瞰して〝花〞を工夫する主体的な視座が存 している。老人が舞うときの例でいえ ば 、あえて身体的所作を 拍子に遅らせることで「心」と肉体のずれを表現し、観客に珍 しさを生じさせる工夫がこの Ⅱ である 。 )37 (   いうなれ ば 『風姿花伝』第七篇「別紙口伝」の第三条「似せ ぬ 位 」 は 、 無 意 識 的 な 演 技 対 象 へ の 没 入 (〝 変 身 〞) と 、 そ れ を 包 摂 し つ つ 創 意 工 夫 す る 役 者 と し て の 主 体 性 (〝 花 〞) の 総 体 に よって形成されているのである。   論 ず る 位 相 が そ れ ぞ れ 異 な る 演 技 論 ( Ⅰ ・ Ⅱ ) を 、 世 阿 弥 は なぜ並べ置いたのだろうか。そこには何らかの必然性、あるい は、そうすることによってのみ表出可能な何かがあるのだろう か。       

  「 Ⅰ 物 ま ね に 、 似 せ ぬ 位 くらゐ あ る べ し 。 物 ま ね を 極 め て 、 そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 。 Ⅱ さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」

「 似 せ ぬ 位 」 冒 頭 部 に 並 置 さ れ た 、 そ れ ぞ れ 位 相 の 異 な る Ⅰ ・ Ⅱ をどのように捉えたらよいのか。   解釈の方法の一つとしては、まずは全てを時系列に沿って並 べつつ、役者の向上・発展の道筋として位置づけるものである。 そ の 目 安 に な る も の と し て 、「 似 せ ぬ 位 」 の Ⅰ ・ Ⅱ を 段 階 的 に 捉えた金井清光『風姿花伝詳解』を次に挙げておく。 似せよう似せようと努力している間は、まだ真に似せるこ と は で き な い 。 Ⅰ 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 す る 境 地 に 到 っ て 、 は じ め て 真 に 似 せ る こ と が で き る 。 Ⅱ こ の 境 地 に 達 す る と 今 度 は も っ ぱ ら 面 白 く 見 せ よ う と 努 力 す る か ら 、 そこに自然と花が咲く 。 (金井清光『風姿花伝詳解 』 )38 ( )   金 井 は 右 の よ う に 、 Ⅰ ・ Ⅱ を 順 を 追 っ て 意 訳 し て い る が ( 右 の Ⅰ ・ Ⅱ ) 、 試 み に こ れ に 従 っ て 、 前 節 で 述 べ た こ と を も う 一 度辿り直してみたい。 ′ ′ ′ ′

(9)

  最初に修業の出発点を仮に A と措定してみる。そこに立って いるのは、芸の向上を志す意欲と主体性はあっても、まだ舞台 経験の乏しい未熟な役者 (演技する主体) である。   この A の地点から、日々、稽古を積み重ねていくが、右の金 井訳でいえ ば 、演技対象に「似せよう似せようと努力している 間 は 、 ま だ 真 に 似 せ る こ と は で き な い 」 ( 右 の 波 線 部 ) 。 す な わ ち A から続く長い期間は、次の地点に達するまでの苦闘の連続 であり、先の『風姿花伝』第二篇「 物 もの 学 まね 条々」中に挙げられた 腰・膝を屈めて老人らしく見せようとする演技もこの時期に含 まれるのだろう。   だが研鑽を重ねていくと、次の B の地点

すなわち右の意 訳 の 傍 線 部 Ⅰ 「 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 す る 境 地 に 到 っ て 、 はじめて真に似せることができる」状態

へと辿り着く。こ れ が 先 の 『 風 姿 花 伝 』 第 七 篇 「 別 紙 口 伝 」 に お け る 、「 似 せ ぬ 位」の Ⅰ 「物まねを極めて、その物にまことに成り入りぬれ ば 、 似せんと 思ふ心なし 」にあたる。   ここにおいて修業は大きな転換期を迎え、演技対象の本質に 没 入 す る 〝 変 身 〞 が 身 に そ な わ る 。 老 人 の 演 技 で い え ば 、「 若 き 事 」 を 渇 望 す る 本 質 に 成 り き り 、 も は や 「 老 し た る 風 情 」 (年寄りじみた所作) にとらわれない境地である。   だがその先に、さらに発展した C への道が続いている。演技 対象への没入 (〝変身〞 ) を自家薬籠中のものとしたのち、 「今度 はもっぱら面白く見せようと努力するから、そこに自然と花が 咲 く 」 よ う な 極 め て 高 次 の 段 階 で あ る ( 右 の 金 井 訳 の 傍 線 部 Ⅱ ) 。 こ れ が 「 似 せ ぬ 位 」 の も う 一 つ の 側 面 で あ る Ⅱ 「 さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」 で あ り 、 こ こ に お い て 役 者 は 、 み ず か ら 〝 花 〞 ( 劇 的 魅 力 ) を 咲 か せ る べ く自在に創意工夫していく。老人の舞であれ ば 、あえて器楽伴 奏の拍子に遅らせる所作がこれに該当する。   こうした A から B 、そして C への時系列に沿った解釈に従っ た場合には、 B ( Ⅰ および Ⅰ に該当) や C ( Ⅱ および Ⅱ に該当) と いった変遷の各々を、 『風姿花伝』 「似せぬ位」の冒頭部はその まま順に並べ置いたことになる。   しかしながら、第二篇「 物 もの 学 まね 条々」で提起された「花はあり て年寄りと見ゆるる公案」にあたる「似せぬ位」の老人の舞は、 先述のようにあくまで〝変身〞と〝花〞の両者の総体をもって 構築されている。これは修業の各段階と一対一の対応関係を結 びつつ、順を追って理論化すべき性質の演技ではない。なぜな ら ば 、「 若 き 事 」 を 渇 望 す る 本 質 へ の 没 入 と 、 観 客 の 反 応 を 身 に 受 け て 〝 花 〞 を 工 夫 す る 意 識 ( 老 人 の 所 作 を 拍 子 に 遅 ら せ る こ と ) と が 一 体 と な っ て い な け れ ば 、「 花 は あ り て 年 寄 り と 見 ゆ るる公案」は完成しないからである。   すなわち世阿弥は、一見飛躍ともとれるが、それぞれ位相の 異なる両者を並べる以外には決して言語化できない ダ イナミズ ′ Ⅰ 「 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 す る 境 地 に 到 っ て 、 ′ Ⅰ 「 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 す る 境 地 に 到 っ て 、 ′ ′ ′ ムと、その ダ イナミズムによってのみ感得される境地をこそ伝 えたかったのではないか

あらためてこのような観点も生じ てくる。   そこで、今までのような時系列を重視する解釈にとらわれず、 あくまで役者の主体性を基軸とした弁証法的過程の一つとして 先 の A ↓ B ( Ⅰ と Ⅰ に 該 当 ) ↓ C ( Ⅱ と Ⅱ に 該 当 ) を 捉 え 直 し て みたらどうだろうか。   たとえ ば 出発点 A の役者は、如何に未熟であっても修業や舞 台 に 臨 む 主 体 性 ( 演 ず る 主 体 ) を そ な え た 存 在 で あ る 。 こ れ が 自意識からいったん離れ、その対極ともいえる B において演技 対 象 へ 没 入 す る ( Ⅰ 「 …… 似 せ ん と 」) 。 し か し 演 技 対 象に同化したまま終わるのではなく、その本質や所作を無意識 に身に着けた上で、最終的には B をも包摂した高次の主体性 C を獲得し、舞台で観客の視線を浴びつつ〝花〞を工夫するので あ る ( Ⅱ 「 …… 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き」 ) 。この解釈の場合は、 A (主体) から対極である B (演技対 象 へ の 没 入 ) 、 そ し て 両 者 を 高 度 に 止 揚 し た C ( 役 者 と し て 〝 花 〞 を 工 夫 す る 新 た な 主 体 ) …… と い っ た ダ イ ナ ミ ズ ム が 表 出 さ れ て くる。   なお、役者の主体性に着目したこの解釈は、世阿弥中期の理 論 に )39( 属 す る 『 至 花 道 』 )40( の 「 無 む 主 しゆ 風 ふう の 事 」 ( 同 書 第 二 条 ) と 『 風 姿 花 伝 』「 似 せ ぬ 位 」 と の 類 似 性 に 立 脚 し た 見 解 と も な る 。 こ の 点に関しては既に諸註釈書においてたびたび指摘されているが、 本稿でも簡略に触れておきたい。   なぜなら ば 「似せぬ位」と同様の構図が『至花道』の「 無 む 主 しゆ 風 ふう の事」にも繰り返し現れるからである。       

  世 阿 弥 中 期 の 理 論 に 属 す る 『 至 花 道 』 の 「 無 む 主 しゆ 風 ふう の 事 」 は 、 役 者 が 修 業 に よ っ て 芸 の 真 の 「 主 ぬし 」

通 例 は 「 体 得 者 」 と 訳 され る )41 ( ――になるまでの変遷を示している。   ま ず そ の 出 発 点 は 、 修 練 を 重 ね る 以 前 の 、 ま だ 潜 在 的 な 「 主 ぬし 」 の 状 態 か ら 始 ま る 。 天 分 に 恵 ま れ て は い る が 、 そ の 才 能 は 磨 か れ ず 埋 も れ て い る 。 世 阿 弥 は こ れ を 「 生 しやう 得 とく の 下 した 地 ぢ 」 ( 素 質 や 天 稟 、 基 礎 的 能 力 ) )42 ( と 表 現 し 、 年 功 を 積 ん で こ そ 「 下 した 地 ぢ 」 が 徐々に顕在化するという。修業の入口においては、役者はあく まで仮の「 主 ぬし 」に過ぎないのである。   ここから長い道程が始まるが、世阿弥は才能を錬磨する期間 を「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」

まだ「 主 ぬし 」の素質が発現していない状態

と 規 定 す る 。 弟 子 は 師 匠 の 芸 を 懸 命 に 「 習 なら ひ 似 す る 」 )43( が 、「 一 いつ 旦 たん 似 る や う な れ ど も 、 我 わ が 物 もの に い ま だ な ら で 」 ( 一 時 的 に は 師 に よ く 似 て い る よ う で は あ る が 、 ま だ 自 分 自 身 の 芸 に な り き っ て い な い の で ) )44 ( 、 そ の 演 技 も 不 安 定 で 劇 的 効 果 が 生 じ に く い 。 こ れ は 金 ) 、 そ の 演 技 も 不 安 定 で 劇 的 効 果 が 生 じ に く い 。 こ れ は 金 ) ′ ′

(10)

ムと、その ダ イナミズムによってのみ感得される境地をこそ伝 えたかったのではないか

あらためてこのような観点も生じ てくる。   そこで、今までのような時系列を重視する解釈にとらわれず、 あくまで役者の主体性を基軸とした弁証法的過程の一つとして 先 の A ↓ B ( Ⅰ と Ⅰ に 該 当 ) ↓ C ( Ⅱ と Ⅱ に 該 当 ) を 捉 え 直 し て みたらどうだろうか。   たとえ ば 出発点 A の役者は、如何に未熟であっても修業や舞 台 に 臨 む 主 体 性 ( 演 ず る 主 体 ) を そ な え た 存 在 で あ る 。 こ れ が 自意識からいったん離れ、その対極ともいえる B において演技 対 象 へ 没 入 す る ( Ⅰ 「 …… 似 せ ん と 」) 。 し か し 演 技 対 象に同化したまま終わるのではなく、その本質や所作を無意識 に身に着けた上で、最終的には B をも包摂した高次の主体性 C を獲得し、舞台で観客の視線を浴びつつ〝花〞を工夫するので あ る ( Ⅱ 「 …… 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き」 ) 。この解釈の場合は、 A (主体) から対極である B (演技対 象 へ の 没 入 ) 、 そ し て 両 者 を 高 度 に 止 揚 し た C ( 役 者 と し て 〝 花 〞 を 工 夫 す る 新 た な 主 体 ) …… と い っ た ダ イ ナ ミ ズ ム が 表 出 さ れ て くる。   なお、役者の主体性に着目したこの解釈は、世阿弥中期の理 論 に )39( 属 す る 『 至 花 道 』 )40( の 「 無 む 主 しゆ 風 ふう の 事 」 ( 同 書 第 二 条 ) と 『 風 姿 花 伝 』「 似 せ ぬ 位 」 と の 類 似 性 に 立 脚 し た 見 解 と も な る 。 こ の 点に関しては既に諸註釈書においてたびたび指摘されているが、 本稿でも簡略に触れておきたい。   なぜなら ば 「似せぬ位」と同様の構図が『至花道』の「 無 む 主 しゆ 風 ふう の事」にも繰り返し現れるからである。       

  世 阿 弥 中 期 の 理 論 に 属 す る 『 至 花 道 』 の 「 無 む 主 しゆ 風 ふう の 事 」 は 、 役 者 が 修 業 に よ っ て 芸 の 真 の 「 主 ぬし 」

通 例 は 「 体 得 者 」 と 訳 され る )41 ( ――になるまでの変遷を示している。   ま ず そ の 出 発 点 は 、 修 練 を 重 ね る 以 前 の 、 ま だ 潜 在 的 な 「 主 ぬし 」 の 状 態 か ら 始 ま る 。 天 分 に 恵 ま れ て は い る が 、 そ の 才 能 は 磨 か れ ず 埋 も れ て い る 。 世 阿 弥 は こ れ を 「 生 しやう 得 とく の 下 した 地 ぢ 」 ( 素 質 や 天 稟 、 基 礎 的 能 力 ) )42 ( と 表 現 し 、 年 功 を 積 ん で こ そ 「 下 した 地 ぢ 」 が 徐々に顕在化するという。修業の入口においては、役者はあく まで仮の「 主 ぬし 」に過ぎないのである。   ここから長い道程が始まるが、世阿弥は才能を錬磨する期間 を「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」

まだ「 主 ぬし 」の素質が発現していない状態

と 規 定 す る 。 弟 子 は 師 匠 の 芸 を 懸 命 に 「 習 なら ひ 似 す る 」 )43( が 、「 一 いつ 旦 たん 似 る や う な れ ど も 、 我 わ が 物 もの に い ま だ な ら で 」 ( 一 時 的 に は 師 に よ く 似 て い る よ う で は あ る が 、 ま だ 自 分 自 身 の 芸 に な り き っ て い な い の で ) )44 ( 、 そ の 演 技 も 不 安 定 で 劇 的 効 果 が 生 じ に く い 。 こ れ は 金 ) 、 そ の 演 技 も 不 安 定 で 劇 的 効 果 が 生 じ に く い 。 こ れ は 金 ) ′ ′

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井清光が「似せぬ位」について述べた「似せよう似せようと努 力 し て い る 間 は 、 ま だ 真 に 似 せ る こ と は で き な い 」 (『 風 姿 花 伝 詳解』 、前掲) 状態に類する。   し か し 日 々 怠 ら ず に 天 稟 ( 先 の 「 生 しやう 得 とく の 下 した 地 ぢ 」) を 磨 き 上 げ 、 師 の 演 技 体 系 が 完 全 に 習 得 さ れ る と 、 や が て 役 者 は 芸 の 「 主 ぬし 」 となり、その演技は「 有 う 主 しゆ 風 ふう 」といわれる。   世阿弥『至花道』より、この「 主 ぬし 」の定義に直接関わる箇所 を、現代語訳とともに掲出しておく 。 )45 ( 留意したいのは、傍線部 1 から 2 へと移行するときの視点の変化である。 1 師 に よ く 似 せ 習 ひ 、 見 取 り て 、 我 が 物 に な り て 、 身 しん 心 じん に 覚 おぼ え 入 い り て 、 安 やすやす き 位 の 達 たつたつ 人 じん に 至 る は 、 こ れ 、 主 ぬしぬし な り 。 2 こ れ、生きたる能なるべし 。 1 師 に よ く 習 い 似 せ 、 学 び と っ て 、 そ れ が 自 分 の も の に な りきり、心で理解し、体で覚えこんで、それをやすやすと 演 じ 得 る 境 地 に ま で な り 得 た 人 は 、 芸 の 主 で あ る 。 2 そ う した芸こそが生きた能であろう 。 ( 世 阿 弥 『 至 花 道 』、 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集 88『 連 歌 論 集 能楽論集 俳論集』所収)   右の傍線部 1 で述べられているのは、師によく似せて学んだ 芸 が 「 …… 我 が 物 に な り て 、 身 しん 心 じん に 覚 おぼ え 入 い り て 」 ( …… 自 分 の も の に な り き り 、 心 で 理 解 し 、 体 で 覚 え こ ん で ) 、 つ い に は 「 安 やす き 位 の 達 たつ 人 じん 」 (やすやすと演じ得る境地) に至っていることである。   先 の 『 風 姿 花 伝 』 の 「 似 せ ぬ 位 」 で は 、〝 変 身 〞 の 対 象 は 劇 中 人 物 の 本 質 で あ っ た が (「 そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 」) 、 こ こ で は 師 の 芸 の 真 髄 こ そ が 没 入 す べ き 対象であり、これを完全に体得した者が「 主 ぬし 」と呼 ば れる

1 の「 主 ぬし 」の定義はここでひとまず区切られる。   だが世阿弥は、まるで間を置いてから再び書き留めたかのよ うに、傍線部 2 で「これ、生きたる能なるべし」とあらためて 「 主 ぬし 」を定義する。   こ の 「 生 き た る 能 」 ( 生 き た 能 ) に つ い て 従 来 の 註 釈 は 「 生 命 の こ も っ た 能 」 )46( 、「 息 の か よ っ た 能 」 )47 ( 、 あ る い は 「 命 の あ る 新 鮮 な 感 動 を 生 む 能 」 )48 ( 等 の 意 に 解 し て い る 。 初 期 理 論 で あ る 『 風 姿花伝』の「似せぬ位」冒頭部を想起するなら ば 、これは観客 と の 関 係 性 に お け る 〝 花 〞 の 創 出 (「 …… 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」) の 延 長 線 上 に あ る 境 地 と も 捉 え られよう。   し か し 他 者 ( 師 ) の 真 髄 を 完 全 に 似 せ る こ と を 習 得 し た 状 態 ( 傍 線 部 1 、〝 変 身 〞 と 照 応 ) が 、 な ぜ 観 客 に 生 命 の 宿 っ た 新 鮮 な 感 動 ( 傍 線 部 2 、〝 花 〞 と 照 応 ) を 与 え ら れ る の か 、 説 明 は 一 切 省略され、 1 と 2 の間には読み手が補うべき空白が残される。   す な わ ち 『 風 姿 花 伝 』「 似 せ ぬ 位 」 冒 頭 部 に お け る 〝 変 身 〞 と 〝 花 〞 の 並 置 と 同 様 の 構 図 が 、 世 阿 弥 中 期 の 理 論 書 で あ る 『至花道』でも反復されるのである。   こ れ に 関 し て 能 楽 研 究 の 泰 斗 ・ 能 勢 朝 次 ( 一 八 九 四 ― 一九五五) は、右の 1 と 2 の間に明らかな「飛躍」を認めつつ、 次のように評した。掲出するのは『世阿弥十六部集評釋』であ るが、左の傍線部 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる 1 に、 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた り 、 末 尾 の 二 重 傍 線 部 が こ れ ら 1 ( 1 ) と 2 ( 2 ) の 間 の 「 飛 躍」をめぐる解釈となる。 …… 結 局 、 有 主 風 に 到 る 要 件 は 、 1 藝 道 の 劫 を 積 ん で 、 習 得したものを心身でマスターし切る事が、その唯一の方途 となるのである。しかし又、我々は他の一面に於て、往々、 「藝に魂が入つてゐない」とか、 「型としては立派だが、結 局型だけに過ぎない」とかいふ藝評を聞く事がある。これ もやはり、所謂無主風に屬する藝に對する批評であらうと 思 ふ 。 し か し 、 そ の 境 地 に あ る 人 が 、 ど う し た ら 、 2 「 藝 に魂が入り、生命が宿る」境地 へ進み得るであらうか。こ の間の呼吸は、門外漢にはうかがひ得られぬ神祕があるや うである。或は、その藝道の人同志の間に於ても、教へる 事も學ぶことも出來ない境地ででもあらうかと思はれるも のがある。 たしかにそこには、有限から無限への飛躍があ りさうである。換言すれ ば 、自證であり悟得であつて、傳 授といふことを超えた境地であらう 。…… (後略) …… (能勢朝次『世阿弥十六部集評釋 』 )49 ( )   まず傍線部 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して い な い 役 者 ( 潜 在 的 な 「 主 ぬし 」) が 、 師 の 芸 を 心 身 と も に 自 分 の も のにするまでのプロセスである。この能勢の『至花道』理解で 重 要 な の は 、 役 者 が 自 意 識 か ら 離 れ て 他 者 ( 師 ) の 真 髄 に 成 り きったとしても、その時点では「藝に魂が入つてゐない」ある いは「型としては立派だが、結局型だけに過ぎない」のであり、 芸位としては「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」の域を出ていないことである。近年で は 西 にし 平 ひら 直 ただし が 能 勢 と 同 様 の 見 解 を 示 し 、 努 力 し て 「 似 せ る 」 行 為 も 、 対 象 に 没 入 し て 「 似 せ ぬ 」 境 地 に 至 る こ と も 、 結 局 は 「 似 せ る ― 似 せ ぬ 」 の 「 同 位 対 立 」 で あ り 、 双 方 と も に 「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」に含まれると指摘する (西平直『世阿弥の稽古哲学 』 )50 ( ) 。   つ ま り 仮 の 「 主 ぬし 」 で あ っ た A が 、 や が て 師 の 演 技 体 系 に 没 入・同化を果たした B の地点へ到達したとしても、いうなれ ば 底辺の端から端を辿ったに過ぎないのである。   真の「 有 う 主 しゆ 風 ふう 」の「 主 ぬし 」が完成するのは、この「似せる―似 せぬ」の「同位対立」を超克し、高次に止揚された主体である C (頂点) へと一気に「飛躍」したときである。 ′ 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる ′ 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる ′ 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた ′ 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた ′ ′ ′ ′ ′ 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して ′ 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して

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  す な わ ち 『 風 姿 花 伝 』「 似 せ ぬ 位 」 冒 頭 部 に お け る 〝 変 身 〞 と 〝 花 〞 の 並 置 と 同 様 の 構 図 が 、 世 阿 弥 中 期 の 理 論 書 で あ る 『至花道』でも反復されるのである。   こ れ に 関 し て 能 楽 研 究 の 泰 斗 ・ 能 勢 朝 次 ( 一 八 九 四 ― 一九五五) は、右の 1 と 2 の間に明らかな「飛躍」を認めつつ、 次のように評した。掲出するのは『世阿弥十六部集評釋』であ るが、左の傍線部 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる 1 に、 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた り 、 末 尾 の 二 重 傍 線 部 が こ れ ら 1 ( 1 ) と 2 ( 2 ) の 間 の 「 飛 躍」をめぐる解釈となる。 …… 結 局 、 有 主 風 に 到 る 要 件 は 、 1 藝 道 の 劫 を 積 ん で 、 習 得したものを心身でマスターし切る事が、その唯一の方途 となるのである。しかし又、我々は他の一面に於て、往々、 「藝に魂が入つてゐない」とか、 「型としては立派だが、結 局型だけに過ぎない」とかいふ藝評を聞く事がある。これ もやはり、所謂無主風に屬する藝に對する批評であらうと 思 ふ 。 し か し 、 そ の 境 地 に あ る 人 が 、 ど う し た ら 、 2 「 藝 に魂が入り、生命が宿る」境地 へ進み得るであらうか。こ の間の呼吸は、門外漢にはうかがひ得られぬ神祕があるや うである。或は、その藝道の人同志の間に於ても、教へる 事も學ぶことも出來ない境地ででもあらうかと思はれるも のがある。 たしかにそこには、有限から無限への飛躍があ りさうである。換言すれ ば 、自證であり悟得であつて、傳 授といふことを超えた境地であらう 。…… (後略) …… (能勢朝次『世阿弥十六部集評釋 』 )49 ( )   まず傍線部 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して い な い 役 者 ( 潜 在 的 な 「 主 ぬし 」) が 、 師 の 芸 を 心 身 と も に 自 分 の も のにするまでのプロセスである。この能勢の『至花道』理解で 重 要 な の は 、 役 者 が 自 意 識 か ら 離 れ て 他 者 ( 師 ) の 真 髄 に 成 り きったとしても、その時点では「藝に魂が入つてゐない」ある いは「型としては立派だが、結局型だけに過ぎない」のであり、 芸位としては「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」の域を出ていないことである。近年で は 西 にし 平 ひら 直 ただし が 能 勢 と 同 様 の 見 解 を 示 し 、 努 力 し て 「 似 せ る 」 行 為 も 、 対 象 に 没 入 し て 「 似 せ ぬ 」 境 地 に 至 る こ と も 、 結 局 は 「 似 せ る ― 似 せ ぬ 」 の 「 同 位 対 立 」 で あ り 、 双 方 と も に 「 無 む 主 しゆ 風 ふう 」に含まれると指摘する (西平直『世阿弥の稽古哲学 』 )50 ( ) 。   つ ま り 仮 の 「 主 ぬし 」 で あ っ た A が 、 や が て 師 の 演 技 体 系 に 没 入・同化を果たした B の地点へ到達したとしても、いうなれ ば 底辺の端から端を辿ったに過ぎないのである。   真の「 有 う 主 しゆ 風 ふう 」の「 主 ぬし 」が完成するのは、この「似せる―似 せぬ」の「同位対立」を超克し、高次に止揚された主体である C (頂点) へと一気に「飛躍」したときである。 ′ 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる ′ 1 が『至花道』における師の芸を習い似せる ′ 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた ′ 2 が世阿弥によって再定義された「生きたる能」にあた ′ ′ ′ ′ ′ 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して ′ 1 で能勢が述べているのは、まだ才能が発現して

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  それが右の二重傍線部中で述べられる「有限から無限への飛 躍」であり、最終的には師の芸を体得した演者自身が「自證」 ・ 「 悟 得 」 す る よ り 他 は な い 境 地 で あ る

す な わ ち 能 勢 は 、 記 述と記述の間に残された空白から言語化が不可能な ダ イナミズ ム を 汲 み 取 り つ つ 、「 安 やす き 位 の 達 たつ 人 じん 」 ( 1 ) を 包 摂 し な が ら 同 時 に 「 生 き た る 能 」 ( 2 ) を 創 出 す る 主 体 に こ そ 「 有 う 主 しゆ 風 ふう 」 の 「 主 ぬし 」の姿を見たのである。   そしてこの「有限から無限への飛躍」は、秘伝を相伝した側 が才能と実力をそなえていなけれ ば 決して追体験できない性質 のものでもある。言語の背景に存する ダ イナミズムを感得でき るか否かは、実際には世阿弥と相伝者との間の以心伝心に賭け られているともいえよう。   世 阿 弥 は 『 風 姿 花 伝 』「 奥 義 篇 」 で 「 心 よ り 心 に 伝 ふ る 花 」 ( 言 葉 で は 伝 え き れ ぬ 部 分 ま で も 、 心 か ら 心 へ と 伝 え る 、 芸 の 真 髄 の 花 ) )51 ( と 述 べ て い る が 、 こ の 秘 伝 伝 授 の 精 神 は 『 至 花 道 』 に お け る「 主 ぬし 」の形成過程にも通底している。 「 有 う 主 しゆ 風 ふう 」の真の「 主 ぬし 」 の 境 地 は 、 伝 書 を 媒 なかだち と し つ つ 「 心 よ り 心 に 伝 ふ る 」 こ と に よってのみ成就され、次世代へと継承されていくのかもしれな い。       

  この『至花道』の「 主 ぬし 」の定義を踏まえつつ、もう一度『風 姿花伝』第七篇「別紙口伝」に収められた「似せぬ位」の〝変 身〞と〝花〞を見返ってみたい。   次に掲出するのは、先にも引用した「似せぬ位」冒頭部の本 文および現代語訳であるが、最初の傍線部 Ⅰ は、もともと未熟 で あ っ た 役 者 が 対 象 に 「 似 せ る 」 ( A ) 努 力 を 続 け た 結 果 、 つ い に 「 似 せ ぬ 」 ( B ) 境 地 に ま で 到 達 し た こ と を 意 味 し て い る (「……似せんと 思ふ心なし 」) 。   着 目 し た い の は 、 こ の 「 似 せ ぬ 」 ( B ) 境 地 に 相 当 す る 傍 線 部 Ⅰ から、つづく傍線部 Ⅱ へ移行するときの位相の変化である。 一 、 Ⅰ 物 ま ね に 、 似 せ ぬ 位 くらゐ あ る べ し 。 物 ま ね を 極 め て 、 そ の 物 に ま こ と に 成 り 入 り ぬ れ ば 、 似 せ ん と 。 Ⅱ さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な かるべき 。 一 、 Ⅰ 物 ま ね と い う こ と に 、 似 せ よ う と す る 意 識 を 超 越 し た 芸 境 と い う の が あ る で あ ろ う 。 物 ま ね の 奥 義 を 究 め て 、 その役柄に本当に成り切ったなら ば 、似せようと 思う気持 。 Ⅱ そ う す る と 、 劇 中 の 人 物 と し て 面 白 さ だ けを工夫することになるから、どうして が咲かないはず があろうか 。   右の傍線部 Ⅰ では、役者は自意識から離れ、演技対象の本質 に 没 入 し て い る 。 こ こ に お い て 、 修 業 の 出 発 点 に 存 し て い た 「 似 せ る 」 意 識 と 、 研 鑽 を 重 ね た 結 果 と し て の 「 似 せ ぬ 」 境 地 の 双 方 が 、 い う な れ ば 底 辺 の 端 ( A ) と 端 ( B ) に 極 ま り 、 今 までと同じ〝変身〞の位相には次に進むべき道が見出されない 状態となる。   そ の と き 、 ち ょ う ど 時 機 を 心 得 た か の よ う に 、 傍 線 部 Ⅱ の 「 さ る ほ ど に 、 面 白 き 所 ば か り を た し な め ば 、 な ど か な か る べ き 」 ( そ う す る と 、 劇 中 の 人 物 と し て 面 白 さ だ け を 工 夫 す る こ と に な る か ら 、 ど う し て が 咲 か な い は ず が あ ろ う か ) の 新 た な 境 地 ( C ) が 示 さ れ る 。 能 勢 朝 次 の い う 「 有 限 か ら 無 限 へ の 飛 躍 」 が成就するのは、まさにこの Ⅰ から Ⅱ への移行の瞬間であろう。   そしてこの「飛躍」によってこそ、未熟であった役者の自意 識 ( A ) が 〝 変 身 〞 ( B ) と と も に 止 揚 さ れ 、〝 花 〞 を 創 意 工 夫 す る 高 次 の 主 体 と し て 復 活 を 遂 げ る ( 頂 点C ) 。「 花 は あ り て 年 寄りと見ゆるる公案」に相当するこの「似せぬ位」については、 老人の「若き事」への渇望や、器楽伴奏の拍子にあえて遅らせ る 舞 の 演 技 に 目 を 奪 わ れ が ち だ が 、 世 阿 弥 の 本 来 的 な 意 図 は 、 〝 変 身 〞 と 〝 花 〞 の ダ イ ナ ミ ズ ム そ れ 自 体 の 伝 授 に あ っ た と も 解せられるのである。   以 上 、 こ れ ま で 『 風 姿 花 伝 』「 似 せ ぬ 位 」 に つ い て 考 察 し て きたが、主体から客体への没入、そして客体をも包摂した新た な 主 体 の 確 立 と い っ た ダ イ ナ ミ ズ ム は 、 意 外 に も 約 六 百 年 後 、 時代やジャンルの壁を遙かに越え、鋭い直感能力をそなえた映 像文化の担い手にも感得されていく。   たとえ ば 日本のアニメーション文化を牽引してきた映像作家 の 一 人 で あ る 河 かわ 森 もり 正 しょう 治 じ は 、 慶 應 義 塾 大 学 在 学 中 か ら メ カ デ ザ インや演出の仕事を開始しているが、制作現場では〝花〞があ る ( も し く は な い ) と い っ た 会 話 が 飛 び 交 い 、 お の ず か ら 世 阿 弥伝書に関心を寄せるようになったという (詳細は河森正治「ア ニメーションと世阿弥の「花」 」参照 ) )52 ( 。   この河森が初めて「似せぬ位」の応用を試みたのは、総監督 を 務 め た テ レ ビ シ リ ー ズ 『 創 聖 の ア ク エ リ オ ン 』 ( 二 〇 〇 五 ) の 第十八話である 。 )53 ( 同話は〝変身〞を主題とし 、 )54 ( 登場人物たちが 互いに相手に「成りきる 」 )55 ( 訓練を行うが、まず前半では、演技 対 象 の 服 装 や 身 振 り 、 口 癖 を 懸 命 に 真 似 る 段 階 ( A ) が コ メ ディタッチで描かれる。しかし師にあたる司令官から「形や言 葉だけ真似しても、中身は全然もとのまま 」 )56 ( と一喝されたのが 契 機 と な り 、 後 半 で は 対 象 ( 相 手 ) の 本 質

こ こ で は 人 格 形 成の 礎 いしずえ となった原風景

に互いに没入・同化を果たしてい く ( B ) 。 だ が 完 全 に 「 成 り き る 」 こ と を 実 現 し た 刹 那 、「 私 は

参照

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