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自閉スペクトラム症児における コミュニケーションの基礎的能力を高める 課題学習の実践研究

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自閉スペクトラム症児における

コミュニケーションの基礎的能力を高める

課題学習の実践研究

石田 基起

・小田 浩伸

** キーワード:自閉スペクトラム症 課題学習 コミュニケーション 基礎的能力 要約:本研究は、注意の転換性が強く、衝動的な行動が顕著な自閉スペクトラム症児に、コミュ ニケーションの基礎的能力を高める課題学習を適用し、その経過及び効果について検討すること を目的とした。実践の結果、支援者から提示される指示が複数になり、指示を覚えることが難し くなったときに、対象児自ら指示された内容を一度言語化して復唱する方略を産出した。それが 短期記憶を支える「中継ぎ行動」となり、コミュニケーション課題の正反応率が大幅に上昇し た。このことは、記憶を支える「中継ぎ行動」の出現が基礎的なコミュニケーション行動を促進 し、その成功体験が自己有能感を高めていったものと考えられた。さらに、学習過程で、対象児 と支援者との信頼関係が高まり、支援者からの働きかけを受け止めて行動していく行動様式が、 他の場面にも般化されていったと考えられた。

1.はじめに

コミュニケーションとは、人間が意思や感情などを相互に伝え合うことであり、その基礎的 能力として、相手に伝えようとする内容を広げ、伝えるための手段をはぐくんでいくことが大 切である(文部科学省 2018)。子どもの実態に即したコミュニケーションを指導・支援してい くためには、それに必要な基礎的能力を育てることが大切であり、認知・記憶の発達、言語概 念の形成、人間関係の構築と連動した学習活動となる。そのため、対象となる子どものストロ ングポイント(強みや良さ)を活かした総合的な発達支援を念頭に置いた指導・支援プログラ ムを検討していく必要がある。 本研究は、注意の転換性が強く、衝動的な行動が顕著な自閉スペクトラム症児に、コミュニ ケーションの基礎的能力を高める課題学習を適用し、その経過及び効果について検討すること ──────────────── * 大阪府立堺支援学校大手前分校 ** 大阪大谷大学教育学部 ― 21 ―

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を目的とした。

2.方法

1)対象 対象児は、大阪大谷大学教育学部の特別支援教育指導法演習(通称:きらり教室)に参加し ている小学校特別支援学級に在籍する小学校 2 年生の自閉スペクトラム症の男児であった。 強い関心がある特定のアニメキャラクターを通したやりとりは一定可能であったが、他者と のコミュニケーションにおけるアイコンタクトが成立せず、自分から他者への働きかけも少な い状態であった。コミュニケーションの手段は、PECS・簡単な筆談や発語を使うことが増え てきていたが、まだコミュニケーション行動としては実用的ではなかった。 行動面では、視覚優位で、注意の転換性が強く、視野に入ったものに対して衝動的に向かっ ていく傾向がみられていた。また、本児の強い興味と意思をもって行動しているときは、支援 者からの提案や身体ガイダンスに対しても手を振りほどく拒否を示すことがあった。興味のあ ることには長時間取り組めるが、興味がなければすぐ他の行動に移る傾向が顕著であった。見 たものを描いたり、作ったりすることは得意であったが、完成したものを他者にみせて共感を 求めることは少なかった。 新版 K 式発達検査 2001 では、生活年齢 8 歳 0 ヶ月に実施した結果は、次の通りであった。 積み木の塔、丸棒・角板、はめ板、形の弁別など、積み木やパズル形式など視覚的な具体物を 用いて、積む・はめるなどして取り組む課題は得意であった。 2)研究の方法 本実践は、特別支援教育指導法演習(通称:きらり教室)で行われた。実践場所は、大阪大 谷大学 1 号館 1-114 教室で行われた。実践全体の流れは、 事前評価 → 研究 1 → 研究 2 → 般化 テスト(事後評価) の順に行われた。事前評価では、日常生活で使用する実物を理解してい るか、いくつのものを記憶し保持しておけるかを把握するために実施した。研究 1 では、支援 者から提示された 5 つの中から 1 つのものを弁別する課題を実施した。研究 2 では、研究 1 で 行った記憶の保持に加え、注目行動の獲得を目的として実施した。般化テストでは、研究 1・ 発達年齢 発達指数 姿勢・運動 4 歳10ヶ月 63 認知・適応 4 歳 3 ヶ月 53 言語・社会 3 歳 4 か月 42 全領域 4 歳 1 か月 51 ― 22 ―

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2 が定着しているかどうか確認するために実施した。なお、実践の様子は全てビデオカメラで 撮影し、指導後に事後評価が行われた。 3)研究の手続き (1)事前評価(予備研究) 事前評価では、本児が支援者によって提示されたものを理解しているかを確かめるために設 定された。5 つのものから 1 つ取ってくる課題と 5 つのものから 2 つ取ってくる課題の 2 段階 にわけて行った。1 段階では、5 つのものを机の上に置き、支援者が「○○(色鉛筆など)を 取ってきてください。」と本児に提示した。本児は 5 つの中から該当するものを選択し、支援 者に渡す課題であった。2 段階では、支援者が「○○(鉛筆など)と○○(のりなど)を取っ てきてください。」と本児に提示した。本児は 5 つの中から該当するものを選択し、支援者に 渡すというものであった。本児が日常生活やきらり教室での活動時によく使う、鉛筆・色鉛 筆・のり・マジックペン・ボールの 5 つのものを使用した。事前評価の環境のセッティング は、支援者が提示し、約 3 m 離れた机に取りに行く形で行われた。指示されたことを正確に 行なえることを正反応とし、指示内容以外の行動や別の物を渡すことを誤反応とした。正反応 に対しては言語賞賛が提示され、誤反応に対しては、言語フィードバックや身体プロンプト (身体に触れながら一緒に指示物を持ち、指示内容通りの動きを行う)が提示された。実践は 5 試行行った。事前評価場面のセッティングは図 1 の通りであった。 図 1 事前評価場面のセッティング ― 23 ―

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(2)研究 1 研究 1 では、記憶を保持しやすい課題から行うことで、自己肯定感を高めやすくなると考え 実施した。2 つの指示を理解し、記憶を保持しながら課題に取り組むことができるかを確認し た。事前評価と同様に、約 3 m 離れたところに 5 つのものを置いた。支援者が提示したもの を記憶し、持ってきたものを受け取る支援者(以下、受取人とする)に渡す課題を行った。支 援者が「○○先生(ST)に○○(鉛筆など)を渡してから、○○(のりなど)と○○(鉛筆 など)取ってきてください。」と本児に提示した。指示されたことを正確に行なえることを正 反応とし、指示内容以外の行動や別の物を渡すことを誤反応とした。正反応に対しては言語賞 賛が提示され、誤反応に対しては、言語フィードバックや身体プロンプト(身体に触れながら 一緒に指示物を持ち、指示内容通りの動きを行う)が提示された。研究 1 では、ベースライン (BL)・指導期・般化に分けて実践を行った。実践は 100% の正答率に 2 回達した時に終了と した。研究 1 のセッティング(図 2)及び課題の手続き(図 3)は次の通りであった。 図 2 研究 1 のセッティング ― 24 ―

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(3)研究 2 研究 2 では、研究 1 の 2 つの指示を理解し、記憶を保持しながら課題に取り組むことに加 え、ものを渡す際に相手を注目させることができるかを見るために設定した。研究 1 で行った 「○○先生に○○渡してから、○○取ってきてください。」に加え、後ろを向いている状態の○ ○先生(受取人)の肩をトントンと叩き注目させてから渡す行動を加えるよう場面を設定し た。ベースライン及び指導は、支援者から指示されたものをもらい、受取人の所に行く→注目 させるために肩を叩く→ものを渡す→指示されたものを選び取ってくるという流れで実践が行 われた。研究 1 同様に指示されたことを正確に行なえることを正反応とし、指示内容以外の行 動や別の物を渡すことを誤反応とした。正反応に対しては言語賞賛が提示され、誤反応に対し ては、言語フィードバックや身体プロンプト(身体に触れながら一緒に指示物を持ち、指示内 容通りの動きを行う)が提示された。また、環境のセッティングは研究 1 と同じとした。実践 は 100% の正答率に 2 回達した時に終了とした。 図 3 研究 1 課題の手続き ― 25 ―

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(4)般化テスト(事後評価) 本児の課題学習最終日に、研究 1・2 が定着しているかを確認するために行った。研究 1・2 で行った「○○(鉛筆など)を○○先生(受取人)に渡してから、○○(のりなど)取ってき てください。」の課題を受取人が前向き・後ろ向きどちらも注目させてから渡すことができる かを確認した。 研究 1・2 同様に指示されたことを正確に行なえることを正反応とし、指示内容以外の行動 や別の物を渡すことを誤反応とした。正反応に対しては言語賞賛が提示され、誤反応に対して は、言語フィードバックや身体プロンプト(身体に触れながら一緒に指示物を持ち、指示内容 通りの動きを行う)が提示された。また、環境のセッティングは研究 1・2 と同じとした。実 図 4 研究 2 課題の手続き ― 26 ―

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践は 80% 以上の正答率に 2 回達した時に終了とした。 4)倫理的配慮 本研究発表を行うにあたり、保護者に対して研究目的や、研究協力が任意であること、デー タは本研究発表以外で使用されないこと、個人が特定されないようプライバシーに十分配慮し た上で研究発表を行うことを説明し、文書による同意を得た。

3.結果

(1)事前評価 事前評価での正反応は 5 試行中 5 試行であり、正答率は 100% であった。支援者の提示を話 が終わるまで座って聞き、言われたものを迷わず持ってくることができていた。この研究から 日常生活や活動時でよく使う鉛筆、色鉛筆、のり、マジックペン、ボールの 5 つのものを弁別 できていることが示された。 (2)研究 1 ベースラインでは、正反応は 5 試行中 0 試行であり、正答率は 0% であった。支援者の提示 を聞き、取ってくるものは記憶しているが、順番が整理されておらず渡す前に、指示されたも のを取りに行く行動が見られた。支援者が「○○を渡してから○○取ってきてください。」と 提示するが、ものを渡す前に言われたものを先に取りに行き、受取人にすべて渡した。 セッション 1∼5 では、正答率は 100% へ到達しなかった。提示を聞き、わざと靴にのりを 付けたり、マジックペンで落書きをしようとしたりする行動が見られた。立ち上がった後、先 に渡すのか、取りに行くのか迷う行動ややりたくない気持ちになっている姿が見られた。「だ め」と言って、嫌々行っている様子であったが、提示すると課題に取り組む姿勢になり、課題 を行うことができていた。褒められることで笑顔になる場面も見られた。何度も同じことを繰 り返すため、「おしまい」と支援者に言い、活動を終わろうとした。何を持ってくるか忘れた ため、置いてあるものを一つずつ持ち、支援者の方を見て呼名し、顔を伺っていた。 セッション 6∼7 の正答率は 100% であった。何度か先に、ものを取りに行くか迷う場面が 見られたが、止まって考え直す姿が見られた。今までは迷う場面が見られたが、迷うことなく スムーズに活動を行うことができていた。すべての試行は正反応となり、2 回連続で 100% に 到達したので研究 1 の課題学習は終了とした。 般化では、正反応は 5 試行中 5 試行であり、正答率は 100% であった。 取ってくるものを 1 つから 2 つに変更して行った。取ってくるものが増えても、間違えるこ ― 27 ―

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となく取ってくることができた。 課題が複雑化しても記憶を保持し、正反応が見られたため研究 1 を終えた。研究 1 全体で、 計 9 セッションを実施した。正反応率の推移を以下のグラフにまとめた。 (3)研究 2 ベースラインでは、正反応は 1 試行中 0 試行であり、正答率は 0% であった。本児は、何度 も間違えることで課題を行いたくなくなる様子が研究 1 で見られたため、ベースラインは 1 試 行のみで行った。提示内容は同じであったが ST が後ろを向いていたため、戸惑う場面が見ら れた。提示は支援者の顔を見て聞いていた。提示物をもらい、渡しに行こうとするが、前回と 違う設定でどうしたらいいかわからず、渡さずに次の課題に行こうとする行動が見られた。 セッション 1∼2 では、正反応は 5 試行中 0 試行であり、正答率は 0% であった。頭の上に 色鉛筆を置いたり、服の中に入れて渡したりと遊ぶ姿が見られた。顔を見ずに背後から渡した り、背後から手だけを回し渡したりはするが両セッションすべて渡すことはできていた。指導 時には「トントン」と声を出して支援者と一緒に渡していたが肩を叩き注目させてから渡すこ とはできていなかった。 セッション 3 では、正反応は 5 試行中 5 試行であり、正答率は 100% であった。1 試行目か ら 5 試行目まですべての試行で「トントン」と声を出しながら渡していた。2 試行目では、 「のり」と言いながらものを取ってくる行動があった。3 試行目の課題を終えた後、褒められ たことがうれしかったのか、笑顔になっていた。4 試行目は、「ボール」と呼応しながら提示 者の前に行く行動が見られた。5 試行目は、肩を叩いた後に遅れて「トントン」と声に出して 図 5 正反応率の推移 ― 28 ―

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いた。 セッション 4 では、正反応は 5 試行中 5 試行であり、正答率は 100% であった。1 試行目か ら 5 試行目まですべて「トントン」と声に出して肩を叩き注目させていた。2 試行目は、一度 そのまま渡そうとするが反応がなかったのでトントンと肩を叩き、注目させてから渡す行動が 見られた。3 試行目は、肩を叩き注目させた後、顔を見て渡していた。4 試行目は、「のり」と 言いながら記憶を保持しようとする行動が見られた。 すべての試行は正反応となり、2 回連続で 100% に到達したので研究 2 の課題学習は終了と した。研究 2 全体で、計 5 セッションを実施した。正反応率の推移を以下のグラフにまとめ た。 (4)般化テスト(事後評価) セッション 1 では正反応 5 試行中 4 試行であった。正答率は 80% であった。受取人の向き が前・後ろ関係なく、肩を「トントン」と言いながら叩く姿が見られた。前向きであっても肩 を叩き、受取人を注目させる行動があったことで、受取人の顔を見て渡すことができていた。 また、後ろ向きの時は、受取人が前を向くまで待ってから、渡すことができていた。5 試行目 では、のりを持ってくるよう提示したが、マジックペンを持ってきた。その行動に対して支援 者の称賛がなかった為、手を伸ばすが、本児自身で間違いに気づき持ってきたものを戻しに行 った。 セッション 2 では、正反応 5 試行中 5 試行であった。正答率は 100% であった。セッション 2 でも受取人の向きに関係なく、「トントン」と言いながら肩を叩き注目させてから渡した。 図 6 正反応率の推移 ― 29 ―

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課題が終わった後は、自分から手を出し、褒めてもらいたいという気持ちが表れている行動が 見られた。 正反応 80% 以上が 2 回連続で到達したので般化テストの課題学習は終了とした。 般化テスト全体で、計 2 セッションを実施した。正反応率の推移を以下のグラフにまとめ た。

4.考察

1)研究 1 について 研究 1 を設定した理由としては、記憶を保持しやすく、成功体験が得られやすい課題から行 うことで自己有能感を高めることに有効と考えて設定した。事前評価から本研究へと指示内容 が複雑化する中で、記憶を保持することが課題であると捉えていた。本課題における正反応が 向上した理由は 3 つあると考えられる。 1 つめは、支援者の話を注目して聞くことができるようになったことである。事前評価の結 果では、支援者の提示内容が 1 つだけであったため、間違えずに持ってくることができてい た。研究 1 になると、指示内容を聞く際に支援者に注目する回数が増えてきた。これは、支援 者の話を聞く際に、注目して聞くことで何を指示されているのか一度理解しようとしていたと 考えられる。これらのことから、指示内容を支援者に注目して聞くことができるようになって きたことが正反応の向上につながったと考えられる。 2 つめは、記憶を保持する方略である「中継ぎ行動」を自ら産出したことである。聞くこと 図 7 正反応率の推移 ― 30 ―

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が定着してきた後に、「鉛筆…」と復唱しながら取りに行く様子が見られた。般化時の結果か ら、指示内容を復唱するだけではなく、支援者の指示を聞き、座った状態で「鉛筆…のり…」 と復唱し、頭の中で取ってくるものを整理している様子が見られた。これは、指示内容を記憶 しておこうとするために、聞いたことをそのまま復唱し、提示物が置いているところまで記憶 を保持しようとしていたものと考えられる。このことから、この課題の中で、本児は、指示内 容を言語化し記憶を保持する方略である、「中継ぎ行動」の獲得により、記憶を保持すること ができるようになったものと考えられる。以上のことから、支援者に注目して聞くことができ るようになり、指示内容を一度理解し、声に出して復唱する方略である「中継ぎ行動」を獲得 したと考えられる。そして、実物を見た時に記憶が再現され自己マッチングしたことが正反応 につながったと考えられる。 3 つめは、課題が達成されるプロセスにより、関係性が構築されてきたことである。課題提 示により、正反応時には、支援者とハイタッチをして、「まる」や「おっけー、バッチリ!」 と褒められることで、課題に集中して取り組む様子が見られた。初期のセッションでは、でき た時に支援者がハイタッチを求めていたが、繰り返し行う中で、自ら手を出しハイタッチを求 める姿が見られた。これは、「課題を達成すれば褒めてもらえる。」「褒めてもらいたい。」とい う本児の気持ちが表れたことからであると考えられる。また、本児だけでなく支援者自身の気 持ちが変化し、「もっと褒めてあげたい」「本児なら課題を達成することができる」と思い、課 題を行うようになったものと考えられる。このことから、課題提示により、本児の「褒められ たい」という気持ちと支援者の「褒めてあげたい」という気持ちのサイクルができ、信頼関係 が構築されていったものと考えられる。そして、本児にとって支援者は、「自分の頑張りを褒 めてくれる存在」となったことが、さらなる信頼関係の構築につながったと推察される。以上 のことから、課題提示により、課題が達成されると同時に、関係性が構築され、支援者に褒め られる経験を積み重ねたことで、自己肯定感が高まり、正反応の向上につながったと考えられ る。 本研究 1 における課題学習の効果は、次のようにまとめられた。 (1)課題提示による、褒められる経験の増加 (2)褒められることによる、自己有能感の高まり (3)自己有能感の向上により、さらに課題への集中力が高まった構えの変化 (4)自信を持って取り組むことができる課題による、コミュニケーションの基礎能力の促進 (基礎的認知機能の向上) (5)複雑な指示の理解、記憶保持の課題の実施による、注目して聞く姿勢や「中継ぎ行動」 の獲得 (6)課題達成のプロセスによる、対象児と支援者と関係性の構築 ― 31 ―

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2)研究 2 について 研究 2 を設定した理由としては、研究 1 の課題に、注目行動をうながす場面を加えること で、より複雑な指示を聞き、記憶を保持することを目的として実施した。本課題における正反 応が向上した理由は 2 つあると考えられる。 1 つめは、他者の注目を自分に向ける行動を獲得したことである。セッション 3 の正反応が 現れた際、「トントン」と行動を言語化し肩を叩いていた。これは、セッション 2 の指導時に 「トントン」と声に出し肩を叩いていた行動が強化されたため、行動と言葉を合わせて記憶し ていたものと考えられる。また、正反応が現れ始めた頃は、肩を叩いた後、顔を見ずに渡して いたが課題を繰り返す内に、提示者に注目する回数が増え、提示者が振り返るのを、待ってか ら渡すことができるようになってきた。このことは、初期セッションを行った際、ものを渡す 動作の一部と考えていた行動が、肩を叩くことで自身に身体を向け受け取る態勢をつくっても らえるとわかったものと考えられる。以上のことから、肩を「トントン」と叩き、他者の注目 を自分に向ける行動を獲得したことにより、正反応が向上したと考えられる。 2 つめは、課題提示により、「この人にもっと褒めてもらいたい」という気持ちが現れ、成 功体験を積み重ねる中で関係性が構築し集中を持続できていたことである。セッション 1・2 に比べセッション 3・4 では、椅子に深く座り、指示内容に耳を傾けているなど、課題に取り 組む姿勢や態度の変化が見られた。また、課題達成時に褒められると笑顔でハイタッチする場 面が見られた。これは、課題提示を行うことで、この人に褒められたいという思いが現れたも のと考えられる。また、関係性が構築されることで安心して課題に取り組み、「この人の話を しっかり聞こう」という気持ちが現れたことも考えられる。以上のことから、課題提示によっ て、「もっと褒めてもらいたい」という気持ちが正反応につながり、関係性がさらに構築され ることで集中が持続したと考えられる。 本研究 2 における課題学習の効果は、次のようにまとめられた。 (1)課題提示の確立による、課題学習の正反応率の上昇 (2)要求されている課題内容の理解促進 (3)肩を「トントン」と叩き、他者の注目を向ける要求行動の取得 (4)課題提示による、「もっと褒められたい」という気持ちの出現 (5)対象児と支援者の信頼関係性の深まりと対人関係スキルの向上 (6)成功体験による、「またやってみたい」という意思の拡大 ― 32 ―

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5.総合考察

1)コミュニケーションの基礎的能力の促進について 事前評価時は指示内容が簡単であったため、支援者の顔をあまり見ずに聞くことが多かっ た。しかし、研究 1 になると指示内容が複雑化したことで支援者に注目する回数が増えてき た。そして、指示を聞く際の態度の変化も見られた。これは、指示内容通りに動くために、支 援者に注目して聞くことで、指示理解しようとしていたものと考えられる。その後、支援者に 注目して聞くことができると同時に指示内容を声に出し復唱する行動が見られた。この行動に より、支援者に注目して話を聞くことで指示内容を理解し、声に出して復唱することで記憶を 保持できるようになったものと考えられる。支援者に指示された言語情報を声に出して復唱す ることで「中継ぎ行動」を獲得した。そして、復唱し記憶を保持した状態で、ものが置いてあ る場所の前へ行き、視覚情報と言語情報のマッチングを行ったものと考えられる。このこと は、渡辺(2016)の研究においても課題達成に至るまでの要因として挙げられている。また、 指示内容を保持しておく方略である「中継ぎ行動」を獲得することにより、記憶をより長く保 持することができるようになったと述べられている。しかし、本研究で、「支援者に注目して 話を聞く」ということができて、初めて記憶を保持しようとする「中継ぎ行動」が現れること が明らかになった。 本実践から、対象児が注目して支援者の話を聞き、指示内容を理解し、声に出して復唱し、 記憶を保持しておく、「中継ぎ行動」を獲得した。この「中継ぎ行動」の獲得により、記憶を 保持し、実物を前にしたときに自分が記憶したものがもう一度再現されたことで正反応が現れ たと考えられる(梅津 1997)。以上のことから、本研究によって、基礎的認知機能(聞く・記 憶を保持する)の向上につながったものと推察される。 2)モデル提示の工夫とその効果について モデル提示の工夫については、清水(2011)、渡辺(2016)の研究においても課題達成に至 るまでの要因として挙げられている。しかし、両者はトータル課題提示法による指導の効果に ついて述べられており、本研究でのモデル提示方法とは異なっていた。 本実践(きらり教室)での実態把握から、本児はモデルを見ながら作品を作ることが得意で あることから、視覚優位であることが分かった。作品を作る際に動画を流し提示したが、どこ に注目していいのかわからず戸惑う様子が見られた。これは、本児にとってのモデル提示方法 として、流れを見せる方法では、情報量が多く、どこに注目していいのかわからなかったもの であると考えられる。この実態を踏まえ、本課題学習は課題提示で行い、誤反応時は、即時に ― 33 ―

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修正を行った。初期のセッションでは身体プロンプトを行ったが繰り返し行っていく中で言葉 かけのみで正反応に気づきことができるようになってきた。これは、課題提示により、誤反応 が現れた時に即座に修正することで、何を要求されているかがわかったものと考えられる。そ して、修正時に、強化されたことが効果的であり、「またやってみたい」という気持ちが現れ たことも正反応率向上の要因であったと考えられる。 以上のことから、本児にとってのモデル提示方法として、即時の修正課題提示が有効であっ たと考えられる。また、課題提示が確立することで、自分がどのような課題を課せられている のかわかり、「もう一度やってみたい」という気持ちにつながったと推察される。 3)支援者との信頼関係の構築による対人関係スキルの向上について 本研究の課題が達成できたプロセスによって、支援者との信頼関係が構築されてきたと考え られる。このことは、篠原(2010)、清水(2011)、渡辺(2016)の研究においても同様に、課 題達成と同時に現れてきたものとして挙げられている。このことは、課題提示による肯定的な 言葉掛けや自信を持ってできる課題によって、支援者に対する基本的信頼関係が構築され、そ の後のきらり教室での活動では、良さを生かした活動を展開することができたと述べている。 本研究の結果では、集中力が高まらなかったことで、提示者の服の中を探す行動が見られ た。その後の課題学習の中で、正反応が見られた際に、「まる」や「オッケー」と言葉だけで なくハイタッチを通して強化を行った。この課題提示による課題を行うことにより、支援者に 対して各試行が終わった際にハイタッチを自ら求めに行くようになった。また、きらり教室で は、本研究で獲得した「トントン」と肩を叩き、他者の注目を自分に向ける要求が、日常生活 で般化され、他者と関わる場面が増えてきた。そして、新しい課題であっても、褒めてもらい たいという気持ちが現れたことで集中して取り組むことができるようになった。これは、本児 にとって支援者が「頑張りを認めてくれる存在」となり、もっと褒めてもらいたいという思い が現れたものと考えられる。また、課題学習を行っていく中で信頼関係が構築され、集中して 課題に取り組むようになり、服の中を探すなどの行動がなくなったと考えられる。 以上のことから、本課題が達成されるプロセスにより、支援者や提示者と関係性が構築され たともの考えられる。そして、安心して取り組める関係性となり、対人関係スキルの向上につ ながったものと推察される。 4)まとめ 本研究の結果から、支援者から提示される指示が複数になり、指示を覚えることが難しくな ったときに、対象児自ら指示された内容を一度言語化して復唱する方略を産出できたことが、 短期記憶を支える「中継ぎ行動」となり、コミュニケーション課題の正反応率の大幅な上昇に ― 34 ―

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影響を及ぼしたものと推察される。このことは、記憶を支える「中継ぎ行動」の出現が、コミ ュニケーションの基礎的能力を促進し、その成功体験が自己有能感を高める基盤になったもの と考えられた。さらに、この学習過程で、対象児と支援者との信頼関係が高まり、支援者から の働きかけを受け止め、それに応じた行動が促進されていったことが、般化場面の成果から確 認された。よって、一連の課題学習が、対象児の総合的な発達支援プログラムになったことが 確認された。 文献 アルバート,P. A.・トルートマン,A. C.(著)佐久間徹・谷晋二・大野裕史.(訳)(1992)はじめての 応用行動分析学 .東京:二瓶社. 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所.(2015).特別支援教育の基礎・基本:改訂版 .東京:ジ アース教育新社. 小林重雄・山本淳一・加藤哲文.(1997).応用行動分析学入門:障害児者のコミュニケーション行動の 実現を目指す .東京:学苑社. マロット,R. W.・マロット,M. E.(著)杉山尚子・島宗理・佐藤万哉(訳)(1998).行動分析学入門 . 東京:産業図書. 文部科学省.(2018).特別支援学校教育要領・学習指導要領解説:自立活動編 .東京:開隆堂出版. 小田浩伸・藤田継道・井上雅彦.(1998).重度知的障害児におけるコミュニケーションの機能とモード の獲得・般化・維持の比較:写真と身振りを用いて.特殊教育学研究 ,36, 21-31. 篠原かおり.(2010).自閉症児における基礎認知及び基礎行動の向上を目指した実践研究:小学校での 学習の構えづくりに向けて.大阪大谷大学教育福祉学部 小田研究室 卒業論文 . 清水匠.(2011).自閉症児におけるコミュニケーションの力の向上を目指した実践研究:ことばと身振 りを用いて.大阪大谷大学教育福祉科学部 小田研究室 卒業論文 . 梅津八三.(1997).重複障害児との相互補生:行動体制と信号系活動 .東京:東京大学出版会. 渡辺智菜美.(2016).発達に遅れのある幼児への基礎的コミュニケーション行動の獲得をめざした課題 学習の実践.大阪大谷大学教育学部 小田研究室 卒業論文 . ― 35 ―

参照

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