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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四)

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Academic year: 2021

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一 172 凡  一、 ﹁翻刻﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄ ︵十三 ︶﹂ ︵﹃京都光華女子大学 研究紀要﹄第 五十一号、平成二十五年十二月︶の後を承けて、京都光華女子大学図書館 蔵﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄の﹁七編下﹂を、図版を掲げつつ翻刻する。合巻 ﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄については、 ﹁初編上﹂の翻刻を掲載した﹃光華日本 文学﹄第十二号の﹁凡例﹂を参照いただきたい。 一、翻刻の方針のみあらためて掲出する。 1、 図版は各丁見開きを一面とし、 丁付けにより ﹁一ウ、 二オ﹂ のように示 す。 2、本文翻刻は、やはり︹一ウ︱二オ︺のように冠し、改行位置は/で示 し、丁移りは   ]で示すが、書入れについては丁付けにこだわらない。 3、一面が二枚の絵組から成る場合、翻刻の方のみ半丁ごとに分離する。 4、原文はできる限りそのままとするが、漢字仮名とも、異体字、略体字 は現行のものに改めた。 5、読みやすくするため、句読点を補い︵ただし、序文の句点は原文のま まとし 、その旨を断わった︶ 、会話文については ﹁   ﹂を 、会話中の会 話文には を補った 。原文にある ﹁   は﹃   に改めた ︵原文の ﹂あ るいは   ﹄は、   ﹄とした︶ 。さらに仮名を適宜、漢字に置き換え、その 場合もとの仮名をルビに移した。 6、 原文の振り仮名は、 右と区別するために︵   ︶に入れた。ただし、 袋 ・ 表紙および序文等、一部原文のままの振り仮名に︵   ︶をつけなかった ところがある。その場合は、その旨を断わった。 7、書入れは本文のあとへ一段下げて、文意の通り易い順に記した。 8、 本文中にある読み進めるための合印については、 す べて ● で統一した。 9、﹁初編下﹂に至って出てきた、本文中の ○︵段落を改める意識で使用 されている模様︶は、その位置にそのまま翻刻した。 一 、末尾に 、前号までに倣って 、﹁ 七編下﹂に出るもののみながら 、登場人 物名︵まれに地名もある︶と、元の読本﹃南総里見八犬伝﹄の相当する名 称との対照表を付した。 ︹原表紙︺ 七編下 笠亭仙果鈔録 一陽齋豊國画 ︹原表紙見返し︺ いぬの/さうし 第/七編/下冊 中橋蔦吉發兌 己酉新版 仙果鈔録 豊國画圖 仙果筆

翻刻﹃雪梅芳譚犬の草紙﹄

︵十四︶

川  

嘉  

隅  

田  

三  

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二 171 ︹十一オ︺ 三 二の巻 より読 み続 き 篠 児は身 の丈 五尺に余 り、/逞 しく健 やかにて人 品 骨 柄 雌 雄 に秀 で、/あはれ由 々 しき男 振 り。 ﹁さて一 対 の良 き夫 婦 、/はや婚 礼 を取 り結 び給 へ﹂と言 ふ人 多 ければ 、/非 義 六は太 刀を盗 り、 事 に託 け 篠 児を追 ひ出 し/良 き婿 取 らん心 なれど、さる色 節 を悟 られては/災 ひ我 か身 に及 ばんと 、童 べの時 さへも手 に余 りし/篠 児なれば 、迂 闊 に指 も差 し難 く、 そ の 上 人 の/思 惑 良 ければかの返 答 に当 惑 し 、/心 を痛 め気 を病 むほどに 、近 き辺 り/騒 き立 ち、 思 ひも寄 らず戦 起 こりぬ 。/○されば 武 蔵豊 島 の郡 豊 島 の/領 主 かげゆざゑもんたひらの/のぶもりといふ武 士 あり。その 弟 /平 左 ヱ 門 倍 盛 は、煉 馬 に在 りて/軈 て煉 馬 を名 字 とす。さ せる大名 /ならねども、一 族 久 しく栄 えたり。/のぶもり兄 弟 初 めよりあ ふぎがやつ 、/山 のうち両 管 領 に/従 ひしが 、少 し恨 むる/由 ありける に、山の/うちの老 臣 /ながをの/はんくわんかげはるは/越 後 上 野 切 り靡 け/謀 反 の兆 しありければ、/こののぶもりに語 らふに/一 議 に及 ばず味 方 に付 きぬ 。鎌 倉 には/これを知 り 、その勢 ひのつかざる間 に 、まづ〳〵/ としまを討 たんとて 、 その年 四月十日あまり● ●大田/もちすけ 、うゑつ き/ぎやうぶ、ちばよりたね/など大 将 にて不 意 に/豊 島 へ押 し寄 せたり。 思 ひ設 けぬ/こと/ながら/● ●豊 島 には煉 馬 、ひらつか 、/まるやまの 一 族 等 /一 つになつて三百余 騎 、/江 古 田、 池 袋 に馳 せ/向 かひ 、鎌 倉 の 千 せ ん /余 騎 と入 り乱 れて/戦 ふに、初 めは/勝 つべく見 えし/かども、遂 に /多 勢 に切 り立 て/られ、のぶもりも/倍 盛 も/乱 軍 の内 に/討 たれ、とし まの/一 家 忽 ち/滅 びぬ 。非 義 六/これを幸 ひ/とし 、この世 の/騒 ぎ に/託 けて/今 年は/篠 児と/破 魔 児 が/婚 礼 、/また来 ん/年 にと/延 ばしけり。/されば/破 魔 児 は/ つぎへ ○この絵 は十四丁目 の/裏 に入 るべき序 で/なれど、一 人のとこ/ろなれ ば此 処に出させつ。 図版 1 七編上原裏表紙(色刷)、七編下原表紙(色刷)

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 三 170 ︹十一ウ︱十二オ︺ つゞき 幼 きより、親 の口 より許 されて/篠 児は定 まる夫 ぞと心 に固 く思 ひ染 め、/生 心 のつくに従 ひ、何 とはなしに物 /一 口 言 はるゝさへいと嬉 しくて 、いと懐 かしげに/実 意 を尽 くすに 、 篠 児は心 に大 志 を/抱 き、 殊 に礼 儀 重 く守 れば露 /妄 りなる業 はなけれど 、自 然 と/情 けの色 は見 ゆる に、破 魔 児 は/何 より喜 ば/しく、いと頼 もしき/男 と思 ひ、/誰 告 げね ども/我 が実 の/親 は煉 馬 の/家 来 と知 り/ ﹁其 方も恋 /しく懐 しけれど 、 /名 だに/知 らね/ば●]●問 ふ由 もなく 、まして此 度 の負 け/戦 、定 め て縁 の人 〴〵も討 たれて/空 しくなりにけん。親 兄 弟 の/在 り無 しも知 ら ぬこの身 の味 気 なさ 、/この憂 きことを誰 にまた語 りて/暫 しも慰 まん 。 婚 礼 こそ/せね 、篠 児様 は養 い親 の/許 した夫 、話 しても大 事 は/あるま い。 良 き折 もあれかし﹂と 、/人 無 き折 を伺 ふに 、/ある日篠 児は部 屋に 一 人、 本 /読 みて居 たりしが 、 良 き首 尾 /なりと足 音 を忍 びて/部 屋に入 らんとす。この時 、/母 の瓶 ざゝも慌 たゞしく/入 り来 るに、術 なく我 が身 を/ 翻 し、座 敷 の方 へ隠 れ/けり。破 魔 児 を尻 目 に/じろりと見 て、瓶 ざ ゝは/篠 児に向 かひ 、﹃ 沼 田助 /親 爺 の患 ひも/昨 日今 日は薬 さへ/喉 へ 入 ら ぬと人 の/話 。一 度 其 方に/会 ひたいと、言 ふてゐると 右へ ]左より い ふことぢや 。弔 ひのことてなくは薬 礼 の/無 心 であらう 。貧 乏 人 に付 き 合 へば 、如 何/回 つても徳 は取 れぬ 。あら無 益 しと思 へども 、/久 しく 懇 意 に暮 らした其 方、行 く気 なら行 くが/良 い﹂と言 ふに驚 き、 ﹁先 つ頃 訪 ねしときは/その様 に重 い様 にはなかりしが、 /六十からの/年 寄 りの/傷 寒 /なれば/気 遣 はし。/さらば/訪 ねて/やり/ま/せう﹂/ト/かた/ なを/提 げ/て/部 屋を/出 で、 / 篠 児は/彼 処へ赴 きけり 。/○これよ り前 、沼 田助 が/妻 は久 しく患 ひ/しが 、去 年の秋 /身 罷 りけり 。元 来/ 貧 しき沼 田助 ] なれば、 妻 の病 に飲 ます/べき薬 にも/詰 まりし故 、 / 篠 児 は見 かねて/小 判 一 チ 両 /密 かに彼 に/与 へけり 。磐 作/貧 しかりしかど 、 死 に/失 せし後 密 かに/見 れば 、鎧 櫃 に小 判 /十両 書 付 添 へて/残 しあ り 。﹁この金 の三ツが/一 つ我 が弔 ひの/料 になし 、残 りは己 が/肌 身 に付 け、身 のためまた/友 達 のため肝 要 のこと/あらば用 ゐよ﹂と記 したれ ば 、/人 の知 らば悪 しからんと深 く/隠 せば 、伯 母も知 らず 。﹁ たく/はへ 図版 2 原表紙見返し(色刷)、十一オ

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四 169 ありや﹂と聞 ゝし時 /三 ン 両 を出 たして弔 ひ 、/また墓 を築 く入 り用 と して/また父 の三十五日の法 事 の折 /一 チ 両 を伯 母に渡 し、 ﹁ 残 りは/無 し﹂と答 へしが、その後 に/他 ならず父 より懇 意 に/したりし沼 田助 、難 渋 /限 りもなきを見 かね、/密 かに金 を つぎへ [十二ウ︱十三オ] つゞき 送 りし/なれど/その甲 斐も/なく妻 は死 に失 せ、 / 今 年の秋 また /沼 田助 は傷 寒 /にて久 しく病 み臥 し 、 /やう〳〵に危 ふく/なりぬ 。人 に/移 る/病 /なれば/親 しき人 /も/恐 れて/構 はず 、篠 児は/一 入 不 便 に/思 ひ、我 も行 きて/介 抱 し、岳 藏にも/心 得 させ看 病 /さする日も ありけるが 、/● ●/はや/臨 /終 に/近 し/と聞 ゝ、 / 急 ぎ/行 きて見 て/あれば 、正 /気 は更 に/乱 れねど/邪 熱 /深 く/●]●内 に/入 り、 衰 へ/果 てゝ頭 も/上 がらず、重 き/目 蓋をやう〳〵/開 き、沼 田助 は/ 篠 児を見 て切 なき/中 にも嬉 しき顔 /色 。 ﹃ 年 頃 日 頃 の御 親 切 、/恩 返 しも せずもう死 にます。/年 はもう六十一。定 命 よりは/生 き延 びて、嬶 は先 立 て金 は無 し 。/心 残 りはないやうなれど 、/迷 ひの種 はたつた一 つ﹂と /言 ひ止 して、塞 がる胸 、閊 へる/息 に苦 しめば、篠 児はそのまゝ/注 ぎ入 るゝ薬 を一 口 /くつと飲 み、 ﹃我 等 はもと安 房 の/国 洲 崎 の村 の土 穿 り。/ 元 来 身 貧 の暮 らしのところ 、/長 禄 三年 十月下 旬 /先 妻 男 の子を産 みて ●]●名を/玄 /吉と/付 け/ました。/達 者 /さうな/子なりしが、/母 は産 後 に/肥 立 ちかね/乳 さへ出 ねば 、/その子もまた/脾 疳 の病 で/生 きるか死 ぬか、/母 と赤 子 の/介 抱 に二年あま/りも家 業 を捨 て/がらくた 道 具 も/売 り尽 くし 、 剰 へ/嬶 は死 ぬ、 残 るはその/子と借 銭 ばかり 。 /子を養 ふには金 は要 る。 / 詮 方 尽 きての出 来 心 、/洲 崎 の浦 は行 /者 様 が惜 しましやると/いふことで殺 生 は/固 く禁 制 。されば 、/数 多の魚 集 まり 、/一 網 打 たば一 チ 両 /や三分の仕 事 は]手 軽 しと玄 吉を人 に/預 け、ある夜 密 かに/其 処へ行 き、舟 漕 ぎ/出 だし引 く網 は、度 /重 ならねど 天 の/網 、人 目 に掛 ゝり/捕 らへられ 、獄 に/繋 がれ柴 漬 けの/刑 罰 に遭 うて死 ぬ/日を待 つばかりの我 が/命 。その秋 は安 房 の/殿 様 郷 實 殿 ゝ/ 奥 様 、御 息 女 の/婦 志 姫 様 お三 ン 回 /忌 の御 功 徳 に/我 等 も/死 罪 を/緩 図版 3 十一ウ、十二オ

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 五 168 められ、/所 を/追 放 され/たのは嬉 しい/ものゝ有 難 /迷 惑 。/庄 屋 殿 に/預 けられし/玄 吉を/返 されて当 て/所 もなしに/安 房 を出 で、/上 総 を つぎへ 殺生/禁断 これはその/昔 ありし/こと。沼 田助 /が物 語 /に詳 し。 ︹十三ウ︱十四オ︺ つゞき 過 ぎ、下 総 の/行 徳 までは来 り/しが、路 用 も無 ければ/乞 食 さへ し慣 らはねば/貰 ひもなく 、親 も/子も飢 ゑ疲 れ一 /足 も歩 かれず 。 神 / 仏 のこれも御 罰 、/誰 を恨 みに思 ふべき 。 /行 き倒 れにならんよりは/身 を投 げるこそましならめと 、/名も知 らぬ橋 に来 かゝり/欄 干 に足 踏 みか け、 跳 び/込 まんとした時 に、 武 家 の/飛 脚 と思 しき人 /来 かゝつて抱 き 止 め、 何 故 /死 ぬと言 はしやる故 、恥 を/捨 てゝの懺 悔 話 。さては/危 ふきことなりし。我 は鎌 倉 /成 氏 様 の身 内 に仕 へて/軽 き者 。四十に/余 れ ど子を/持 たねば、神 /仏 に/願 うても/今 に/一 人も/● ●産 ま/せぬ も/よく〳〵/子 種 の● ●/無 いの/かと 、/本 意 /なく思 ふ/この年 月 。/欲 しがるも/捨 てるも浮 き世 。/その子をくれて/死 ぬ命 /存 らへ /たのが/よさ/さう/なと/言 は/れて/● ●地 獄 で仏 とは他 でもな い/貴 方のことゝ、玄 吉をその人 に/渡 せばにこ〳〵抱 き取 り、金 を/二 分 と腰 に付 けたる弁 当 とを/下 されたれば辞 退 もせずに/受 け収 め、 重 ね 〴〵の/恩 を喜 び、嬉 しい/につけ一 人子に/生 きて別 れるまた/悲 しさ。 襤 褸の/袖 に涙 を/包 み 、それより/江 戸 へ舟 /にて渡 り/この大須 賀 に /彷 徨ひ/来 り 、/さる家 に/奉 公 し/次 の年 /この家 の/前 の/夫 /の 三七殿 ゝ/死 なれた後 へ/入 夫 して、名 /跡 は継 ぎたれど/一 升 枡 は/い つでも一 升 、/年 〴〵未 進 に]齷 齪 と水 も/飲 まれぬ痩 せ百 /姓 。人 に は/馬 鹿 と言 はれても/たゞ正 直 を/専 らに、昔 /犯 した罪 咎 を行 /者 様 にお詫 び申 し、/御 縁 日 には精 /進 して塩 鰯 でも/箸 にかけず。これも 倅 が/恙 なく人 がましく生 ひ/立 つやうにと願 ふが故 /の業 ながら、去 年 死 んだ/嬶 にも言 はぬ子のことさへ/御 前 に語 るも、若 いに/似 気 なく親 切 の/御 心 根 を知 り抜 く/故 。その子をやりし人 の/名も問 はねば後 〳〵訪 図版 4 十二ウ、十三オ

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六 167 ね/寄 る便 りはなけれど、かの/人 の主 人 は鎌 倉 /成 氏 様 。今 は許 我 を/も 攻 められて千 葉 に忍 んで/おはするなれば 、玄 吉も/其 処に居 るか 、別 に 証 /拠 はなけれども 、彼 は生 まれ/落 ちしより右 の頰 に/痣 ありて 、形 牡 丹 の花 に/似 たり。また七夜 の日祝 ひの つぎへ これも沼 田助 /が物 語 り ︹十四ウ︱十五オ︺ つゞき 肴 に我 が料 理 /たる鯛 の腹 に緒 締 めの/如 き玉 ありて文 字 の/やう なる物 見 えたり 。我 は/一 字 もえ読 まねど産 者 に/見 するに 、 まことゝ読 む信 し ん と/いふ字 に似 たりと言 へり。彼 が/守 りになすべしと、 長禄 三年 /十月廿日誕 生 。安 房国洲 崎 /沼 田助 の子玄 吉が臍 の緒 、/産 髪 並 びに感 得 の玉 /一 つと女 共 が躙 り書 き、/仮 名 混 じりに書 き記 し、臍 /の緒 もそ の玉 も一 つにして/守 りへ収 め、あれが首 に/掛 けさせたれば、失 くせすば 今 も/あらん 。これを証 拠 に許 我 殿 へ]おはすることもあるならば 、訪 ね て/給 へ﹂と物 語 り。 ﹁ 嗚 呼舌 強 りて/今 朝までも物 言 ふことのならぬの が、 / 如 何やら斯 うやら長 話 の/せらるゝも中 治 り、 今 に/最 期 でござり ませう 。末 /遥 かなる若 盛 り、 身 を/謹 んで発 達 あれ﹂ト言 ひつゝ/ほろ 〳〵打 ち泣 けば 、篠 児も/涙 を止 めえず 。 痣 のこと玉のこと 、/我 が身 に 思 ひ合 はすれば 、大 方 /ならぬ奇 縁 なりと ﹁折 を得 て下 総 へ/必 ず赴 き、 その宿 所 /訪 ねて巡 り会 ひ/申 さん 。心 /安 く思 ひ/捨 て、 精 出 して/ 薬 を飲 み/気 を張 りて/全 快 あれ 。/通 して看 病 /したけれど 、かゝり /うどの身 は心 に任 せず 。/さりとて一 度 請 け合 うたる/言 葉 は金 鉄 、変 改 せじ﹂と/言 ひ つ ゝ、 猶 も懇 ろに介 抱 /されて沼 田助 は 、たゞ手 を合 は せて/拝 むのみ。噎 せ返 りて物 も言 ひえず、/その次 の日の 暁 に、遂 に空 しく/なりにけり。篠 児は父 を説 き勧 め、永 楽 銭 ●]●七百文 /貸 し与 へて /沼 田助 が野 辺 /送 りを賄 はせ 、/日 柄 たちて/かの家 共 /売 り払 ふ/時 に至 り、/七百文は父 へ/返 させ、残 りの/銭 と少 しの]田 畑 は旦 那 寺 へ/ 寄 付 させつ。これらは非 義 六/指 図 しけれと/実 には篠 児が非 義 六に/勧 め てさせしといふ/ことを、誰 言 ふとなく/皆 知 りて篠 児が慈 悲 心 /深 きを感 じ、 ﹁ 早 〳〵 / 役 目 を譲 れかし﹂と/言 はざる者 は● ●なかりけり 。/○ 図版 5 十三ウ、十四オ

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 七 166 沼 田助 が住 みし/家 を買 いたる者 は、近 頃 /まであふぎがやつのしゆりのだ いぶ/さだまさ主 の小 姓 たり。/小 賢 しき生 まれなれば一 度 は/寵 愛 せら れ、 請 ふるに任 せて/振 る舞 ひしかば 、人 の害 になること● ●多 く/朋 輩 に/訴 へられ 、/たち/まち/に/●]●非 義 露 見 し鎌 倉 を/追 ひ払 は れ、 父 母 も/無 く妻 子も無 ければ 、/薄 き縁 を頼 り/にしてこの/大 須 賀 へ/彷 徨ひ/来 つる/青 地 /鱧 二郎/といふ/者 /なり。/年 は/二十五 才に/して男 /振 りよく/手 も能 く/書 き、 三 味 線 、 /小鼓 、/ 一 節/切 、 /小 唄 /節 の/上 手/にて、口 /軽 く文 /作 あり。されば/手 習 ふ子 供 /を 集 め、女 の]子には浄 /瑠 璃 、三 味 線 、/踊 りを/さへに教 ふ/れば、浮 きたる/ことは田 舎/にも好 む/者 ゝ/多 ければ、/手 習 ひ/よりは/遊 芸 の/弟 子は多 く/従 ひて/彼 処の娘 、/此 処の後 家 と、果 ては/浮 き名 の 立 つもあり 。/瓶 ざゝもこのをと/こを愛 し、 夫 に/取 りなし贔 屓に/す れば 、若 者 ゝため/よからぬ男 と誹 る/者 もなきにはあら/ねど 、非 義 六 等 は知 らず顔 /して我 が家 へ常 に出 で入 りさせつ。/その年 の冬 の末 、大石 おほ いし /ひやうゑのじようの陣 代 /ひがみじや太夫身 ま/かりて、次 の年 /五月 の頃 つぎへ ︹十五ウ︱十六オ︺ つゞき その子/虬 六あ/とを継 ぎ、 / ● ●新 たに陣 代 の/役 目 を被 り、 下 /司 ぬるで媒 次 、/いたかは疣 八始 め/とし 、若 党 /僕 数 多/召 し連 れおち/こちを巡 /見 し、大須 賀 にも/巡 り来 て、その日は/庄 屋 非 義 六 が/家 に入 り来 て/一 宿 せり。/非 義 六は予 てより/饗 しの手 当 を/しつ ゝ、例 に過 ぎたる/酒 肴 、膳 部 も/結 構 尽 くしたり。/庚 申 の日なり/け れば庚 申 /待 ちに 四の巻 へ 四 三の巻 より /託 けて/青 地 を/呼 びて唄 /謡 はせ、また/破 魔 児 をも派 手 やかによそ/ほひ立 てゝ席 に呼 び据 ゑ 、/酌 を取 らせ琴 なんど/強 ひ勧 め て弾 かせけり。/破 魔 児 は未 た見 も知 らぬ/人 〴〵に馴 れ〳〵しく物 言 ひ/ 図版 6 十四ウ、十五オ

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八 165 かけられ、その上 に色 好 み/の鱧 次郎と一 つ座 敷 に/列 なること、父 母 の言 ひつけ/なれど篠 児が思 はんことも/うたてく、琴 も少 し掻 い弾 きつ。/虬 六が酔 ひ痴 れて破 魔 児 /の顔 をじろ〳〵見 つめて、器 りや/うといひ爪 音 の いと優 /しきに現 を抜 かし、襟 に/涎 の伝 ふも知 らず﹁あら/面 白 の遊 楽 や。/美 酒 も未 だ美 を尽 くさず、/膳 部 も未 だ善 を尽 くさず、/たゞ御 息 女 の一 曲 /こそ ○ 玄 の玄 、妙 の妙 。けん/をう和 尚も払 子を/投 げ、 妙 音 天 女 も/琴 爪 を銜 へて後 へ/退 かん﹂と褒 め囃 されて つぎへ ︹十六ウ︱十七オ︺ つゞき 恥 づかしく 、 小 腹 も/立 てば 、響 みに紛 れ/破 魔 児 は早 く部 屋に/ 帰 り、更 に再 び出 で/ざりけり。鱧 次郎は/当 世 男 、斯 様 の/座 敷 は物 慣 れて、さか/づきの詰 開 き面 し/ろく興 を添 へ、秀 句 を/吐 きて人 を笑 はせ /虬 六等 を殿 と言 ひ、/非 義 六を大 臣 、瓶 ざゝを/内 君 、給 仕 女を姉 様 と/ 呼 び、下 男 を全 て先 生 と/称 へて、口 も軽 く尻 も/軽 し。乱 れたる酒 盛 りに は/音 曲 などを知 らざる者 は/愚 かしく付 きなければ 、篠 児は/更 に立 ち 交 じらず 。 行 灯 /引 き寄 せ、 我 が部 屋に孫 子 の兵 /書 を読 みて居 たり 。非 義 六も/了 見 あれば陣 代 等 には/篠 児がこと隠 せば 、更 に呼 びも/出 ださ ず。斯 くて夏 の夜 早 /更 けて 暁 方 に 杯 /収 まり、暫 し寝 る間 に/夜 も明 けければ二 日酔 ひの/頭 重 く、ぶら〳〵として/虬 六等 は隣 の村 へ/移 り 行 きぬ 。]さればまた鱧 次郎は/この村 に来 りし初 め/より 、形 清 く物 言 ひ/振 る舞 ひ今 めかしく愛 /嬌 あるに 、瓶 ざゝは/深 く愛 で、 月 待 ち日 待 ちの/折 節 は呼 びては謡 はせ/三 味 線 弾 かせ 、いとゞ/親 しく饗 すほど/ に、 鱧 次郎は徒 /心 にいつしか/破 魔 児 に思 ひをかけ/あるひは口 説 き、 文 なんど/密 かに送 れど手 に/だに触 れず、一 度 /手 痛 く言 ひ 辱 め/それ よりは顔 も見 せず。●]●虬 六等 が泊 まりし夜 、/鱧 次郎と一 つに居 て/琴 など弾 きしは親 〳〵の/強 ひてさせたる業 なれば/流 石に争 ひえ/ざりし なるべし。夫 ゝ/立 つる篠 児にさへ 杯 /せねば、 馴 れ〳〵しく打 ち/解 け 話 はせぬほど/なれば 、その夜 の身 持 ち/推 して知 る べ し。 行 /儀 も 躾 も露 /知 らで猥 りかは/しき親 の手 に人 ゝ/成 りても、蓮 葉 の/濁 りに 染 まぬ/類 にて、姿 の/花 、心 の松 、いと/慕 はしき娘 になん。/また 図版 7 十五ウ、十六オ

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 九 164 鱧 次郎常 に言 ふ/やう﹁我 鎌 倉 に/ありし日は、禄 五百/貫 充 て行 /はれ 近 習 役 /の上 座 たりしが、/強 ちに我 が/殿 ゝ時 め/かせ給 ひしかば/同 役 共 深 く/嫉 み、数 多の者 と]徒 党 を構 へ頻 /りに讒 言 したり/しかば、実 には/殿 は 某 を/悪 しとは/思 さねど/●]●大 勢 の   志 /破 らは事 の 起 こ/らんと 、暫 く我 /に暇 を賜 /へど御 心 より/出 でしことなら/ね ば、遠 からず/鎌 倉 へ召 し/返 さるべき/御 内 意 /あり。この侘 び/住 まひ も/暫 しの/間 、/● ●これも気 が/変 はつてよい﹂と/問 はず語 りに言 ひ/触 らすを瓶 /ざゝは実 ゝ/心 得 、 ﹁ 帰 参 /叶 はゞ鱧 次郎は/歴 〳〵 。 婿 に/取 りなば我 〳〵も/立 身 出 /世 の端 ならん 。/うたてや破 魔 児 が/ 道 立 てして、/末 〳〵とても安 /穏 に置 かれぬ/篠 児を慕 ふ/様 子 。あれか /気 を移 さ/するは/鱧 /次郎/の他 /には/なし。/欲 を/離 れて/見 た /ところか 、/気 立 て/優 しく]愛 くろしく/芸 にかけては何 でも/ござ れ。 篠 児も男 は/悪 くもなけれど 、/恐 い顔 して気 づ/かはしく学 者 か/ 手 者 か知 らね/ども 、都 々 逸 /一 つ謡 は/れず 、 歯 向 に/あはぬ昔 者 。/ 二 つ取 りなら/鱧 こそよけれ 。/よい年 をした/此 方でさへ 、夫 が/無 く ば無 分 別 起 こして/みたいと思 はぬ日なし。/如 何で破 魔 児 よ食 ひ付 け/か し﹂とます〳〵彼 を/親 しく呼 べば、差 し/かゝりたる用 ありても/非 義 六 より来 いと/言 へば 、鱧 次は草 履 を/履 きもあへず走 り/行 きて媚 び諂 ひ、/また途 中 にて/非 義 六に会 へは/雨 の日雪 の/日も足 駄 を/脱 ぎ捨 て つぎへ ︹十七ウ︱十八オ︺ つゞき /掻 いつく/ばひ/敬 /るゝが/嬉 しさに、/二 人はまた/なき者 に/思 へり。/○されば陣 代 ひがみ/虬 六、これも破 魔 児 に深 恋 慕 し、/寝 ても覚 めても忘 るゝ暇 なく/嫁 に取 らんと思 ふにも、良 きなか/だちもあれ かしと思 ひ悩 みてゐる/気 色 著 く見 えければ、下 役 /のぬるで媒 次人 無 き 折 に/差 し向 かひ 、﹃ 何 御 不 足 /ない尊 公 様 が]この頃 の御 顔 色 、/何 でも 思 ひあり/相 見 の破 魔 と/見 た目 は違 ひます/まい。もし、当 たりまし/た らう〳〵 。/天 子 、将 軍 、宮 様 の/姫 君 はいざ知 らず 、高 ゝ/配 下 の庄 屋 の娘 、奥 /様 にでも御 妾 にでも 、または/一 口 御 試 み、 御 意 次 第 に/ 図版 8 十六ウ、十七オ

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一〇 163 私 が御 仲 人 申 しま/せう﹂ト言 へば虬 六打 ち笑 ひ、/﹁俺 は歌 詠 むことは 知 らぬが/百人集 のヲヽそれよ、色 に出 に/けり我 か恋 は物 や思 ふと人の/ 問 ふまで 。頗 る赤 面 、察 しの/通 り容 易きやうにはありながら 、/破 魔 児 は一 人子 、婿 になる/男 もありと人 の噂 、/うん、それ、とも承 け引 くま じ﹂と/吐 息 を吐 けば﹃これはしたり。それは/近 頃 御 案 じ過 ぐし。羽 交の 下 の/あの非 義 六、立 てうと伏 せうと君 の/儘 。怖 いことは非 義 六も馬 鹿 で なければ/存 して居 ませう 。もし奥 様 にと 仰 らば 、/第 一 彼 等 は身 の出 世 、縦 しんばどんな先 約 が/あつたとて直 変 改 。其 処は拙 者 が屹 度/請 け合 ひ、お任 せあれ﹂と勧 むれば、虬 六深 くも/思 ひ量 らず、日 を選 んで様 〳〵 の頼 みの印 の● ●/品 /調 へ、 / 僕 に/持 たせ媒 次に/付 け、 非 義 六が許 へぞ/遣 はしける。それより/媒 次は非 義 六に●]●娘 所 望 の趣 き をねん/ごろに述 べ勧 むるに、思 ひしに似 ず/非 義 六は迷 惑 さうに返 事 もえ /せず 、 奥 へ入 りて瓶 ざゝと相 談 の/上 出 て来 り、 ﹃ 思 ひがけなく殿 様 へ/ 娘 を差 し上 げ申 せとの 、その/御 仲 人もお歴 〳〵の貴 方様 /のことではあ り、冥 加 に余 る親 子 の/幸 せ。早 速 お受 けも申 したけれど、/女 房 の弟 の倅 犬 須 賀 /篠 児と申 す者 、さりがたなき/訳 あつて娘 が婿 とし、/家 も 役 目 も譲 り遣 はす/予 ての対 談 。もと 私 も/娘 においても好 もしくは/ 存 ぜねど 、 始 めより/地 下 の者 共 篠 児に/贔 屓を致 す故 、/故 障 を申 せば /かれこれ面 倒 。/まづ何 事 なく/篠 児を/● ●遠 ざけ 、その後 お請 け/ 致 したく存 じまする﹂と/言 はせもあへず 。﹃言 はるゝ/ところ道 理 か知 ら ず、/一 渡 り聞 くときは/何 か胡 乱 な物 ゝ/言 ひ様 。嫌 ならば嫌 、/応 なら は畏 まつ/たで返 事 は沢 山 。/治 定 の上 で/篠 児とやらは追 ひ/出 さんと も遅 く/はなし 。 身 不 肖 /ながら当 /城 の物 /書 きをも務 /める者 が陣 代 の/ 媒 して、胡 乱 /な返 事 を取 り次 か/れうか。胸 を/定 めて言 はつしや い 。/浮 かむも沈 むも/返 答 次 第 。当 /座 に決 着 されぬ/のは 、我 〳〵を あな/どるのか﹂ト脅 せば/非 義 六顔 青 褪 め/ ﹃アいや〳〵何 の/まア侮 るの/引 つ張 るのと]いふ訳 はござり/ませぬ 。 内 /輪 に故 障 の/ある訳 を/申 さぬも/手 抜 け故 、あな/たまでのあれは/お話 。優 曇 /華 の花 と やら、またとは得 られぬ/娘 が幸 せ。何 の違 背 を/申 しませう。さりなが ら、かの邪 魔 /者 を追 ひ払 ふにも荒 /立 てゝはお互 ひの為 ならねば、/こつ 図版 9 十七ウ、十八オ

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 一一 162 そりとやらかしませう。/まづそれ/まではこの/縁 談 、/定 めた/ことは 極 /内 〳〵 。/暫 く/隠 して/下 さり/ませ 。何 の/あなた 、/折 角 の/ 仰 せを/悪 う/存 じま/せう﹂ト つぎへ ○破 魔 児 は/座 敷 に衣 /伸 しゐて、虬 /六か結 納 /持 ち来 るを/知 らず。 ︹十八ウ︱十九オ︺ つゞき 震 へ〳〵言 ひければ 、媒 次も顔 色 /和 ら げ て﹃ さ う 言 はしやれば訳 もないこと。/余 りに急 なやうなれど今 日は吉日、陣 /代 より送 り越 されし 頼 みの印 、納 め/られよ﹂と品 〴〵を運 び入 れさせ並 ぶれば 、/非 義 六は 胸 塞 がれど嫌 とは言 はれぬいき/ほひに 、 たゞ ﹁はい〳〵﹂と受 け取 り認 め、 ﹁ 何 は/なくとも祝 ひの御 神 酒﹂とて打 ち叩 けば● ●媒 次は押 し止 め、 ﹃かの邪 魔 者 を/払 はぬうちに御 祝 儀 の酒 盛 りは、事 の/破 れになりもせう。 暫 く預 けて/おきませう﹂ ﹃しからば今 日は﹂ ﹃このまゝで/まづお暇 ﹂と 仲 人は/開 く扇 に夕 /日を避 け、長 持 /担 がせ出 でゝ行 く。● ●瓶 ざゝは /立 ち出 でゝ/ ﹃さて〳〵立 派 な/結 納 や﹂ト/喜 び顔 を/そつと叱 り、 /﹃ 男 もをん/なも暑 さに/昼 寝 。破 魔 児 は/部 屋で洗 濯 物 ゝ/皺 を伸 し てゐると/見 える。 篠 児はおて/らへ詣 つて留 守 。 / 人 が知 ると事 の/破 れ、 褒 めてゐる/間 にさア早 く/塗 籠 の空 き/長 持 へ隠 /してくれ﹂と非 義 六が /まづ持 ち/込 むは 、虎 の威 を吹 か/する風 の柳 樽 、/白 木 の台 に塩 /鯛 の歯 茎 露 はに/打 ち笑 ひ、 /﹁ さ て 気 張 つ/たり 。節 /よりも/また/●] ●する/め/より生 /物 で、/美 味いは/銀 子 /二十枚 。/さて大 /層 ﹂と /顔 見 合 /はせ舌 を巻 き物 /綾 錦 、何 かと/開 く● ●隙 も/なく、我 が物 /ながら盗 む/が如 く辛 う/じて土 蔵 へ/収 め、 汗 も/しとゝに濡 れ/ 帷 子、 脱 ぎ/て掛 けたる/衣 紋 竹 、不 思 /議 に人 の● ●来 ざり/しは 、 / 好 い/都 合 /ぞと/立 ち/別 れ/つ 。この/時 /岳 藏/たゞ一 人 、/客 座 /敷 の次 の/間 に単 衣物 ゝ/襟 を開 き/蚤 か虱 か/捻 り居 しが 、/二 人は 更 /に知 らざり/けり。さても/その夜 つぎへ ○ 岳 藏は結 納 を/収 めたる由 見 つけ/たれど 、 夫 婦 の/者 はそれを知 ら ず。 図版 10 十八ウ、十九オ

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一二 161 ︹十九ウ︱二十オ︺ つゞき 臥 所に入 り、 非 義 六/瓶 ざゝ寝 ながらに篠 児を追 ひ/出 す 謀   、様 〴〵談 合 /したりけるが 、﹁ この仕 合 はせの/出 るとも知 らで鱧 次を/懐 け て篠 児が仲 堰 く/柵 みとせしことも、今 /では一 つの妨 げと/なりもせん か﹂と、 瓶 ざゝか/後 悔 すれば、 非 義 六/言 ひ消 し﹃破 魔 児 は言 はゞ/馬 鹿 正 直 。篠 児を/夫 ゝ固 く守 れば/鱧 次郎にも靡 くまじ 。/されどもあれ と訳 ある/を見 たか 、如 何ぢや﹂と言 ひ/ければ 、﹃ 鱧 次の方 では/骨 を折 り、 破 魔 児 は更 に/気 のない様 子 。却 つて/篠 児とは一 つに寝 たか 、/それは 知 らねと去 年 /の秋 、沼 田助 が死 ぬ/前 の日ちらりと怪 しい/あの子の素 振 り。見 た後 は/目 の鞘 を外 して厳 /しく守 る程 に、それから/互 ひに側 へ も寄 らねど/どのみち邪 魔 なは篠 児/一 人﹂ ﹃その妨 げを/払 ふ手 段 、待 て〳〵、やつと]浮 かみ出 した。甘 い酢 では/食 へぬ奴 。此 方も/余 程 辛 い /目 に遭 は/ねばう/まくは/騙 /され/まい 。 前 /の/管 /領 成 氏 様 は /磐 作 等 が元 の/主 筋 。春王安 王の/ 弟 御 、命 目 出 度 く/六代の管 領 職 と/なられたところ、/あふぎがやつ、/山のうちの/両 管 /領 と戦 /して、享徳 きやう とく /四年下 総 の許 我 /熊 浦 といふと/ころに館 をしつ/らひ 移 らせらる。その/後 文明 ぶん めい 四年に至 り、/山のうちのあきさだ殿 に/許 我 の城 を攻 められて●]●千 葉 むつのかみやすたね殿 を恃 みて/其 処に六七年 身 を隠 してござつた/ところ 、 今 年は和 睦 調 うて/許 我 の御 所 へお帰 りの あつたと/は知 らぬ者 なし 。そこで篠 児を/斯 う〳〵と欺 きてその上 に/ 神 宮川へ誘 ひ出 し、 其 方は/明 日昼 間 の内 鱧 次郎が/家 へ行 き、 斯 う〳 〵 せいと呑 み/込 ませ 、あの男 も同 /心 すれば村 雨 /丸 は此 方の物 。/危 ふい業 だが/斯 うせねば手 ご/はき彼 奴は/騙 されぬ。また/岳 藏に言 ひ/ つけて途 中 で/篠 児は殺 させよう 。/その上 で嫁 入 りに/鱧 次郎が小 言 を /言 はゞ 、陣 代 殿 へ申 し/上 げ、 縛 らせうと追 ひ遣 らうと/それは何 の骨 も折 れず 。/たゞ難 しきは篠 児めなり 。かな/らず悟 られ給 ふな﹂と忍 び 〳〵に/語 り合 ひ、夏 の夜 の明 くるを知 らず/ 暁 方 に少 し寝 て、思 はぬ/ 朝 寝 をしたりしが 、 次 の日の/八 つ下 がり 、瓶 ざゝは村 内 ]なる不 動 尊 へ 詣 ると/偽 り鱧 次郎が宿 りへ/行 くに 、手 習 ふ子 供 は/皆 帰 り、 三 味 線 の /弟 子は来 ず、 主 は柱 に/身 を寄 せて 、一 節切 を/吹 き居 たり 。﹃ 嗚 呼 図版 11 十九ウ、二十オ

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 一三 160 良 い音 色 ﹂/と褒 めてゐる声 に驚 き 、/笛 差 し置 き﹃ 何 方の風 の/吹 き回 しか 、さてお珍 /しい 。さア〳〵﹂と花 茣 蓙 敷 けば/ずいと上 がり 、﹃ 少 し内 〳〵/話 があつて、御 無 心 が/申 したさ﹂ ﹃御 用 とあらば/鼻 でも耳 で も差 し上 げ/ませう﹂と簾 を下 ろせば/ ﹃鼻 は要 らぬが何 方かの/耳 が欲 しい﹂と口 差 し/寄 せ、 ﹃ 親 の口 から/言 ひにくけれど 、お前 /と破 魔 児 が 訳 ある/こと儂 は疾 つくに/知 つてゐる。若 い/時 は誰 しも/あること。/ 一 生 /見 捨 てぬ/心 なら/此 方の/婿 に●]●/した/けれど]あの子 と篠 児は/地 下 の衆 に、 / 斯 う〳〵の訳 /につき夫 婦 に/しようと約 /束 をしたは/余 儀 ない/当 座 の/理 詰 め 。/宿 のも/お前 を/えらい/贔 屓。 篠 児が/ないなら/婿 にせう 。/篠 児は女 /房 の甥 ながら 、/遺 恨 のある /磐 作 が子。/お前 を/婿 に/したいとは/時 折 節 /言 うての/ところ、/ 時 節 か/来 たら/斯 うやつて/斯 うすれば 、/喜 んで● ●篠 児は/他 国 へ/出 るは/定 。/とこ/ろで/あ/れが/子 /供 の/時 、/婿 /引 き/ 出 に/やつた/刀 、/大須 賀 /氏 /の つきへ 此絵 解 き/八編 の初 めに/あり ︹二十ウ︺ つゞき 家 の宝 /やつておくは何 より/惜 しい 。あの名 剣 を/取 り返 すに 彼 奴も/痴 れ者 、有 り体 に/言 ふ時 は大騒 ぎ。/そこで斯 うして/斯 うやつ て、非 義 六/殿 ゝ腰 の物 と/篠 児が件 の/刀 とを掏 り/替 へておくれで/ ないか 。長 /短 は/予 てより/同 じ/やうに/しておけば 、/鞘 の合 はぬ /ことはなし。/首 尾 良 く/ゆけばお前 は/花 婿 。一 /骨 折 つてみる/気 は ないか﹂ト/語 らへば 、鱧 次郎● ●少 し/顔 を/赤 くして/ ﹃年 若 な/素 浪 人 /人 かましく/思 し召 し、/このやうな/一 大 事 /明 かして一 味 /せよ との仰 せ。 /何 の御 辞 退 /申 しませう。 /さて嬢 様 と/訳 のあるなん/どゝ は迷 惑 /至 極 。金 で/撞 木 を叩 く/やうに此 方は/鳴 つても彼 方は/鳴 ら ず。嗚 呼片 /思 ひの鮑 の/珠 、目 薬 /ほども 私 の/言 ふことは聞 か/し やらぬ。あの子 が● ●如 何/でも嫌 〳〵と/ 仰 つ/ては、骨 /ばかり /折 つた/挙 げ句 が/ひよつともし 、/つまらぬものに/なつたらば﹂ト /● ●念 を/押 す/こそ/道 /理 /なれ。 図版 12 二十ウ、原裏表紙見返し

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一四 159 豊國画 仙果鈔録 ︹原裏表紙見返し︺ ︵振り仮名は原文のまま︶ 嘉/永/七/甲/寅/春/新/鐫/目/錄 大 晦 日 曙 草 紙  廿編/廿一編    京山作/芳綱画 連 理翅 山 䧗 奇 縁  五編/六尾    西馬補/芳綱画 八 犬傳犬の草 紙  廿八編/ヨリ/卅三編/マデ    仙果錄/豊國画/國貞画 松 浦船 水 棹 婦 言  三/四    仙果錄 /國芳画 御 贄 美 少 年 始  十編/十一編    同錄 /國綱画 八 重 撫 子累 物 語  二/三    同錄/國貞画 俠 客傳 ● 摸 略説   十編/十一編    西馬譯/同画 花 蓑 笠 梅 雅物 語  三/四    西馬譯/國輝画 嶋 巡 浪 間朝 日 奈  六編/七編    種員譯/國貞画 小 幡 小 平 次 物 語   初/二/三    五瓶作/國貞画 盬 屋 /文 正  古 今 草 紙合   十一編/十二編    仙果作/國輝画 東都南傳馬町一丁目/ 地本 草紙 問屋蔦屋吉蔵板 図版 13 七編下原裏表紙、八編上原表紙

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翻刻『雪梅芳譚犬の草紙』(十四) 一五 158 登場人物一覧 ︵七編下︶ 次に ﹃雪梅芳譚 犬の草紙﹄七編下の登場人物名をかかげ ︵読み仮名 ・漢 字とも表記は原文のまま︶ 、その下の︻   ︼に、相当する﹃南総里見八犬伝﹄ の登場人物︵その他︶の名を示す。 犬 須 賀 篠 児戍 孝︻犬 塚信 乃戍 孝︼ 磐 作の子。磐作の死後、非 義 六夫婦に養われる。病床に臥した沼 田助 か ら彼の生き別れた子の玄 吉が痣と玉を持っていることを聞かされ、いず れ必ず玄吉を訪ね出して会うことを約束した。 犬 須 賀 磐 作一 戍︻犬 塚 番 作一 戍︼ 篠児の父 。自らの不自由な身体や篠児の将来を憂い 、亡父大 須 賀 正 作 参 戍 ︻大 塚 匠 作 三 戍 ︼から譲り受けた亡君持 氏︻ 足 利持 氏︼の宝刀 村 雨丸︻村 雨︼を篠児に託して自害した。会話にのみ登場。 沼 田助 ︻糠 助 ︼ 大須 賀 村︻大 塚 村︼の百姓。元は安房国洲 崎 の村にいて、先妻との間に 玄吉をもうけたが、妻に先立たれてしまう。玄吉を育てるために禁漁地 であった洲崎の浦で密漁をして見つかり、死罪を言い渡されるが、赦さ れ国外追放となる。下総国行 徳 ︻行 徳 ︼の橋で玄吉と共に身を投げよ うとするところを、通りがかった成 氏 の家来の侍に止められ、玄吉をそ の侍に託した。そのことを篠児に話した翌日に病死する。 玄 吉︻玄 吉︼ 長禄三年十月二十日、安房国洲崎にて沼田助の子として生まれる。右の 頰に痣があり、また沼田助が七夜の祝いに鯛の腹を捌いた時、信という 字の玉が出てきた。会話にのみ登場。 岳 藏︻額 藏 ︼ 非義六の下男。篠児と兄弟の義を結ぶが、非義六夫婦を欺くため仲の悪 いふりをしている。ぬるで媒 次 がもたらした虬 六から破 魔 児 への結納の 品を、非義六夫婦が密かに受け取るのを目撃する。 大須 賀 非 義 六︻大 塚 蟇 六 ︼ 瓶 ざゝに入り婿して大須賀村の村長になっている。磐作の死後、周りの 目を気にして篠児を引き取り養育していた。虬六と破魔児との縁談を媒 次から脅しのような形で持ちかけられ、承諾した。これを機に篠児から 村雨丸を奪おうと瓶ざゝと共に画策する。 瓶 ざゝ︻龜 篠 ︼ 磐作の腹違いの姉で 、篠児の伯母 。夫非義六と共謀し 、青 地鱧 二 郎 に、 破魔児の婿にする代わりにと、篠児が持つ村雨丸を非義六の刀とすり替 えるように唆す。 破 魔 児 ︻浜 路 ︼ 非義六・瓶ざゝの養女。許婚の篠児を慕う。実の親が煉 馬 平 左 ヱ 門 の家 来であることを知る。 青 地鱧 二 郎 ︻網 乾左 母 二 郎 ︼ 二十五歳。元はあふぎがやつのしゆりのだいぶさだまさ︻扇 谷修 理大 夫 定 正︼の小姓であったが、鎌倉から追い出されて浪人となり、大須賀 村に住む。諸芸に秀で、美男であったため瓶ざゝに気に入られる。 ひがみ虬 六︻簸 上 宮 六︼ 大 石ひやうゑのじよう ︻大 石兵 衛尉 ︼の陣代ひがみじや太夫 ︻簸 上 蛇 太 夫︼の子。父の死後跡を継ぎ、巡見した先の非義六の家で破魔児に一 目惚れをする。 ぬるで媒 次 ︻軍 木五 倍 二 ︼ 虬六の下司。虬六と破魔児の縁談を取り持った。

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一六 157 いたかは疣 八︻卒 川菴八︼ 虬六の下司。 山のうち︻山 内 ︼ あふぎがやつ︻扇 谷 ︼ いずれも鎌倉の官領職。 としまかげゆざゑもんたひらののぶもり︻豐 嶋 勘 解 由 左 衞 門 尉 平 信 盛 ︼ 武蔵国豊 島 ︻豐 嶋 ︼の領主 。初めは山のうち ・あふぎがやつ両管領に 従っていたが、謀反を起こしたながをかげはるに味方して、煉馬・ひら つ か ︻ 平 塚 ︼・ ま る や ま ︻ 円 塚 ︼ 等 と 共 に 江 古 田︻ 江 古 田 ︼ ・ 池 袋 ︻池 袋 ︼にて両管領軍と戦い、討たれて一族諸共滅びた。 煉 馬 平 左 ヱ 門 尉 倍 盛 ︻煉 馬 平 左 衛 門 倍 盛 ︼ としまかげゆざゑもんの弟。兄と共にながをかげはるに味方するが、両 管領軍の急襲により討たれた。 ながをのはんくわんかげはる︻長 尾 判 官 平 景 春 ︼ 山のうちの老臣だが、としま・煉馬兄弟等と共に謀反を起こした。 大田もちすけ︻巨 田 備 中 介持 資︼ うゑつきぎやうぶ︻植 杉 刑 部 少 輔︼ ちばよりたね︻千 葉介自 胤 ︼ 三人とも山のうち・あふぎがやつ両管領軍の大将。謀反を起こしたとし ま・煉馬兄弟等と戦い、これらを滅ぼした。 成 氏︻成 氏︼ 持氏の末子 。春 王 ︻春 王 ︼ ・ 安 王 ︻安 王 ︼の弟 。山のうち ・あふぎが や つ 両 管 領 と 争 う も 、 享 徳 四 年 下 総 国 許 我 ︻ 許 我 ︼ の 熊 浦 ︻ 熊 浦 ︼へと逃れた 。しかし文明四年山のうちのあきさだ ︻山 内顯 定︼に 攻められ 、千葉むつのかみやすたね ︻千 葉 陸 奥守康 胤 ︼の許へ身を隠 し、文明九年両管領と和睦して許我に戻った。会話にのみ登場。

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