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近代文学資料を用いた国語科の授業の可能性 : 山梨大学「近代文学文庫」における実践報告 利用統計を見る

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山梨大学教育学部紀要 第 26 号 2017 年度抜刷

-山梨大学「近代文学文庫」における実践報告-

Possibility of teaching Japanese classes using modern literary materials :

The practical report in Yamanashi University "Kindai bungaku bunko"

大 木 志 門

Shimon OHKI

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近代文学資料を用いた国語科の授業の可能性

-山梨大学「近代文学文庫」における実践報告-

Possibility of teaching Japanese classes using modern literary materials :

The practical report in Yamanashi University "Kindai bungaku bunko"

大 木 志 門

Shimon OHKI

はじめに  2017(平成 29)年3月に告示された小学校・中学校国語科の新しい学習指導要領1にはそれぞれ次の ような文言が含まれている。「児童の主体的・対話的で深い学びの実現を図るようにすること。その際、 言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、言葉の特徴や使い方などを理解し自分の思い や考えを深める学習の充実を図ること」(小学校)、「生徒の主体的・対話的で深い学びの実現を図るよ うにすること。その際、言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、言葉の特徴や使い方 などを理解し自分の思いや考えを深める学習の充実を図ること」(中学校)。  ここで「主体的・対話的で深い学びの実現」という言葉に表れている「自己教育力」の流れを「調 べ学習」との関わりから論じた榎本邦雄2によると、「自ら学び自ら考える力の育成」=「自己教育力」 の明文化は 1983 年 11 月5日に示された中央教育審議会教育内容等小委員会の審議過程報告まで遡るこ とが可能という。また、その文言が以後、学習指導要領の改訂のたびに登場する「常套的なフレーズ」 となったことを、榎本は「そのように書かれ、肯定的に読まれてしまうのは、大勢として、知識伝達 型の教育が続いているという一つの証拠ではあるまいか」とし「今度こそ本当に『教育の基調』が転 換されねばならない」と述べている。同論文が発表されてからさらに 15 年以上を経て今回もまた「常 套的なフレーズ」が繰り返されていることをどのように考えるべきかはさておき、新要領では総則に おいて「地域の図書館や博物館、美術館、劇場、音楽堂等の施設の活用を積極的に図り、資料を活用 した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること」(小学校)、「学校図書館を計画的に利用しその機 能の活用を図り、生徒の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かすとともに、生徒 の自主的、自発的な学習活動や読書活動を充実すること。また、地域の図書館や博物館、美術館、劇 場、音楽堂等の施設の活用を積極的に図り、資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実す ること」(中学校 ) とあり、学校図書館、地域の図書館や博物館などの社会教育施設を活用するという 方針が明記されていることも目を引く。  これは旧学習指導要領(2008 年告示)が「学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り、児 童の主体的、意欲的な学習活動や読書活動を充実すること」(小学校)、「学校図書館を計画的に利用し その機能の活用を図り、生徒の主体的、意欲的な学習活動や読書活動を充実すること」(中学校)と学 校図書館に限定して記述されていたことから一歩踏み込んだ表現となっている。博物館、美術館など の文化施設の活用は、旧学習指導要領においても社会科・理科・総合的な学習の時間などの各教科で 記されていたが、総則においては初めてであり、また小学校社会科においても「内容に関わる専門家 や関係者、関係の諸機関との連携を図るようにすること」という文言が追加されている。ここに表れ ているメッセージは、生徒の学びを学校内で完結させるのではなく、地域に積極的に出かけてゆくこ とでなされるべきこと、また地域にある文化資源を生徒の学習のためにより活用すべきという方向性 であるだろう。また、図書館が収蔵する図書資料(書籍・雑誌類)だけが学習に資するものではなく、

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博物館、美術館など各種文化施設に収蔵された様々な種類の資料もまた、そのような役割を担い得る という認識であろう。  論者は、過去に文学館の学芸員として展示や講座等の活動を通して市民への社会教育の実践を継続 的に行い、時には学校現場と連携して児童・生徒への教育活動を行った経験がある。また、本学に赴 任以降は山梨大学附属図書館併設の特殊文庫「近代文学文庫」の管理・運営を担っていることから、 一般的な近代文学研究者とは異なる視点から、文学資料の収蔵施設や近代文学資料の存在の意義やそ の歴史的背景を検証してきた経緯もある3 。また大学での教育業務の中では、その「近代文学資料」の 学校教育への活用可能性を探り、積極的に授業の中で「近代文学文庫」資料を利用してきた。本論は、 生徒の主体的・対話的な学びという長く学校現場の課題とされてきて、今回の学習指導要領改訂でも よりいっそう鮮明となった問題について、これまで図書館資料以外は積極的に検討されてこなかった 国語科における近代文学資料の活用可能性を、山梨大学「近代文学文庫」資料を用いた実践報告から 検討するものである。 1-1. 特殊文庫(特殊コレクション)とは何か  本題に入る前に、まずは山梨大学「近代文学文庫」の「特殊文庫」(特殊コレクション)という位置 づけを確認しておく。ドイツ‐日本研究所の研究プロジェクトの一つとしてWEB公開されている、「日 本の大学所蔵特殊文庫データベース」4には、ドイツ関連に限定されない全国 142 か所の図書館(分館や 研究室も含む)の特殊コレクション 734 件が掲載されている。同HP の解説によれば「特殊コレクショ ンとは、歴史的人物や著名な人物が生前に収集した図書・資料、あるいは、ある人物やテーマに関連 した図書・資料を一まとまりのコレクションとして収蔵しているもの」とあるが、図書館学の分野で 理解されている下記のような解説の方がわかりやすいかもしれない。  図書館コレクションのうち、特定の主題、あるいは資料種類、資料形態から構成されるコレク ション群の総称で、一般コレクションと対比される。貴重書、個人文庫、さらには一枚ものの地 図、楽譜、判例、特許資料、標準規格、学位論文、点字資料などが特殊コレクションの例である。 これらの資料は、一般コレクションの中に排架すると分散してしまい、利用目的によっては使い にくくなるので、一つのまとまった単位として一括して別置するほうがよいとされている。5  つまり図書館の十進法分類に従って分散排架してしまうと元の資料のまとまりがわからなくなり、 価値が失われてしまう可能性があるものを集中排架したコレクションということである。たとえば、 書籍ならあるテーマに沿って蒐集されていたり、本の中に献辞や書き込みがあったりするケースなど も考えられる。これらは分散させてしまうと、その資料にまつわる文脈や個別性が損なわれてしまう。 また、たとえば原稿や書簡や文書や絵図など、通常は博物館や文学館に収蔵されることが多い、書籍 や雑誌などの図書資料に含まれない雑多で非定型な資料を図書館施設で管理するための方法でもある。 これらは形状が様々であるため、図書類のように一律に書架に立てて収蔵できないため、別置する方 が保管上も利用上も便利であるということだ。  なお、前記「日本の大学所蔵特殊文庫データベース」と類似のデータベースとして、より大規模な 国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している「レファレンス協同データベース」内の「全 国特殊コレクションリスト」6 や、個人が運営している「日本国内の大学図書館関係個人文庫」7 などもあ り、これらを見ると国内に限っても各地域の公私立図書館や大学図書館にかなり多種多様な特殊文庫

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(コレクション)が存在していることがわかる。  本稿が問題にする山梨大学「近代文学文庫」は、明治初期から昭和戦前までに国内で刊行された近 代文学に関わる図書や雑誌を中心に収蔵しており、一点一点が通常貸し出しになじまない貴重書(時 代的に古いことと、状態として貸し出しに耐えない資料も多い)であり、また、後述のように特定の テーマによって蒐集されてきたために、図書館の一般コレクションとは別に「特殊文庫」として別途 管理されてきたのである。 1-2. 特殊文庫の活用についての先行研究  通常排架になじまない「特殊文庫」の資料は、その性格上、他の公共図書館には収蔵されていない 一点ものの資料が多く、読書目的の一般市民への提供ではなく、主に研究対象として活用されてきた。 論者もまた文学研究者としてその恩恵を受けてきたものの一人である。しかし、このようなアーカイ ブに蒐集されている資料を用いた教育実践について、その意義を理論的に考察した日本語文献は非常 に少ない。例外的に鎌田均の研究8 がアメリカの大学における事例を紹介しながら体系的に論じており、 非常に参考になった。  鎌田によれば、アメリカの大学図書館の特殊資料コレクション・アーカイブには「貴重書、または 手稿などの一次資料を収集、組織、保存し、現在の研究に寄与するとともに、後世にそれらの記録を 残す、という役割がある」と同時に「それらがもつ資料を、研究者だけではなく、学部学生への教 育に役立てようという試みが以前からある」という。たとえば、北米研究図書館協会(Association of Research Libraries)が、協会に属する機関を対象に行った調査によると、調査に回答した76機関のうち 75 機関が教員と協同してそれら特殊資料を用いた授業や課題を開発したことがあると回答していると のこと。また、同じく 74 機関が、特殊資料コレクションを収蔵する施設内で学部授業のための講義を 行ったことがあると回答したという。  さらに、近年では、「ただ資料について『見せて、語る』ことを超えて、より効果的な教育内容を実 践することに、特殊資料担当の司書、アーキビストが一層関心を向けている」として、その例として、 「古い新聞に実際に触れることによって判る、媒体としての紙の耐久性、手触り、紙面のレイアウトな どによって、ジャーナリズムを専攻する学部学生に、現在の新聞との比較をさせ、授業内容に対する 理解、関心を深めた、という事例」が紹介されている。そして、「学生に一次資料の利用方法を教え、 一次資料を教材として利用することによって、実際に調査、研究をしているという実感、それによる 達成感を学生にあたえるという効能もある」ことを、教育目的に資料を用いる意義として挙げている。 論者も実感としてこれに同意するもので、たとえ一冊の本や雑誌であっても、講義において単に口頭 で解説をしたり、パワーポイントやプリント等で図版を示したりするのとは異なる、実物であるから こそわかる事実、現物を目の前にした時にこそ沸きおこる感覚が学生に与える効果がたしかにあるの である。 1-3. 資料を用いた授業実践についての先行研究  では、これまでわが国の小中高等学校の国語科において、特殊文庫やその資料を用いた授業実践が どの程度行われてきたかと言えば、管見の限りそのような事例を報告した文献は直接的には発見でき なかった。よって、少々拡大解釈をして、一次資料を用いた実践に範囲を広げて捜索したが、そもそ

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も国語科では教科書や一般的な書籍以外を教材に用いた実践自体が珍しいらしく、「国語」「授業」「資 料」「史料」などを組み合わせて論文検索をしても該当する文献はほとんど引っかかってこない。散見 されるものも、本稿のテーマである近代文学資料に関わる現代文ではなく、古典の領域が主である。 たとえば、高校生に地誌『小松邑志』を用いて教科書の『平家物語』本文と比較読解をさせた山中達 也の報告9 があり、とても興味深い内容であったが、これはむしろ郷土にまつわる教材の掘り起しであ り、また資料現物ではなく活字になっているものを用いている10。なお、これに対して学校図書館の書 籍を用いた授業実践については数多く見つかり、これらは「総合学習」「調べ学習」との関係から、学 校図書館の現場やそれに携わる司書教諭の立場から盛んに事例報告が積み重ねられているようだ11 。  他の教科と比較して、資料を用いた授業について圧倒的多数の実践報告がなされているのは社会科 領域である。もともと絵図や条文など、それ自体が教科書本文の記述の根拠となるような一次資料の 図版が多く掲載されており、資料(この分野では「史料」)と相性の良い教科であるが、それを用いた 事例研究も多く、またその方法や目的意識についても議論が蓄積されているようである。  たとえば、蒼下和敬12は、石井英真13の主張する「教科する授業」=「教師自身が一次資料や参考文 献を基に教材研究した過程を、生徒が探求的に追体験する過程」を理論的背景に置きつつ、地理の授 業実践として「ペンギンの生息域が北半球側に広がらない理由を考察する」や「ペルー沖のペンギン の生息数が激減した理由を考察する」などの問題を設定し、データや地図や図表を駆使して生徒に考 察させる実践を報告している。  あるいは、「地域素材を扱うことで、社会的事象を児童が主体的にかかわれるもの、より身近なもの とし、それらを基盤にした話し合いが『思考力・判断力』に果たす有効性を検証する」との問題設定 のもと、地域誌に掲載された江戸時代の図絵などを用いて、参勤交代や江戸時代の物流の様相、戊辰 戦争における長岡の様子などを考えさせる小学校の社会科授業を実践した新澤美和子の報告14 など地域 史料の教材化を目指したもの15 、アクティブ・ラーニング型授業の実践例として資料を用いた「学び合 い」を提唱するもの16などが見られる。ただしこれらも、資料現物ではなく、活字や図像を用いた方法 である。  また、絵画史料に特化してそれを用いた授業実践も多く17 、中でも加藤友康は東京大学資料編纂所画 像史料解析センターの画像史料データベースの紹介と教材への活用を提起している18。これも現物でこ そないが、一次資料そのものでなくとも、複製を積極的に用いることで、資料を所蔵している場所や 資料の状態等の制約を受けずに学校現場で資料を使用できる可能性を示したものである。さらに、タ ブレット等でどこからでも閲覧可能なデータベースを利用する方法は、近年の学習指導要領で推奨さ れてきた情報機器の活用とも関わるものである19 。  資料現物の利用に限れば、美術館・博物館収蔵の資料を用いた授業実践が最も直接的にこれに該当 するであろう。論者も学芸員時代に経験したことがあるが、文化施設が持つ資料を学校教育へ活用し た事例として報告されているものが多い20。なお、このときの実践主体はあくまでも文化施設側にある が、冒頭で紹介した新学習指導要領の「地域の図書館や博物館、美術館、劇場、音楽堂等の施設の活 用を積極的に図り、資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること」という方向性に 則して、今後は学校側からの主体的な試みとその実践報告が求められるであろう。 2-1. 資料へのコンテクスト的アプローチ  では、教科書に収録されている教材とは別に、資料を使って思考することにはどのような意味が見 出し得るのであろうか。これに関連すると思われるのは、南友紀子21 が人文学研究における原資料に対

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する研究アプローチとして「テクスト、パラテクスト、コンテクストの3つのアプローチとして位置 づけることができる」と述べていることだ。このうち、まず、「テクスト的アプローチ」とは「テクス トの真偽の考証や校訂、内容解釈、本文の系統分析、テクストの翻刻作業、学術編集版の作成などが 含まれる」という。次に「パラテクスト的アプローチ」とは「原資料上のテクスト以外の要素全てに 関する研究」を指し、具体的には「書体、料紙の種類、装幀、資料の大きさ、色、図像など」を扱う 「書誌学や古文書学」などが属する。最後に、「コンテクスト的アプローチ」とは、「成立や需要の背景、 過去のテクストからの影響を示す間テクスト性(intertextuality)を含めた他資料との関係など、原資料 を取り巻く様々な環境や文脈から原資料を読み解こうとする」こととされる。そして、実際にはこれ らは個別に存在するのではなく、人文研究それ自体がテクスト、パラテクスト的アプローチを経た上 でのコンテクスト的アプローチの性質を持つというのである。  大学での教育においては、当然ながら研究の基礎段階において資料を扱うために必要なテクスト的 アプローチが要求されるが、それ以前の段階の学校教育においては、パラテクスト的アプローチの 「書誌学や古文書学」はもちろんのこと、「テクストの真偽の考証や校訂、内容解釈、本文の系統分析、 テクストの翻刻作業」などは、一定以上の専門知識や思考力を要求されるため、容易ではない。よっ て、本来はテクスト、パラテクスト的アプローチを経た上でのコンテクスト的アプローチという順序 が正統であるが、テクストの位置づけは確定しているものとして取り扱い(そもそも「教科書」とは 現在進行形で動いている研究現場の知を、教育のためにかりそめに固定し、暫定的な定説として教え ている側面があるのではないか)、コンテクスト的アプローチを目指すことが肝要であろう。  では、このコンテクスト的アプローチによって得られる能力は何かといえば、それは資料に対する 「リテラシー能力」ということになろう。 2-2. 資料を用いたリテラシー教育へ  資料を用いた授業とリテラシー能力の関係については、再び前掲の鎌田均の研究22 が参考になる。ア メリカでは「一次資料を取り扱う能力は、大学研究図書館協会(The Association for College& Research Libraries)の高等教育における情報リテラシー能力基準でも触れられて」おり、そこでは、「一次資料 と二次資料を区別できる能力、一次資料から得たデータをもとに情報を構築できる能力、が明記され ている」という。  歴史研究では、歴史的事件、事象を分析して、仮説または議論を立証、検証するプロセスがあ るが、そこで利用される一次資料は必ずしも客観的なものではなく、何者かが、ある出来事や活 動を観察した内容を主観的に捉えたもの、と考えられる。そして、歴史研究者はそういった一次 資料に対して健全な懐疑をもって接しなければならないとされる。(中略)この点で、アーキビス トの持つ、資料を組織する作業を通じて、資料群の全体性を保ち、プロヴェナンスとよばれる資 料の由来、起原を検証する役割とも通じており、アーキビストが専門家として教育面でも貢献で きるとされる。一次資料を授業で利用することで、学生に批判的思考をさせ、資料の文脈、視点、 正当性を判断させることができる効果がある。  そして一例として、北ミシガン大学での歴史研究法のワークショップを紹介している。参加者に一 次資料を評価させるワークショップで用いられたワークシートには、「1.この文書はどこで書かれた か」「2.いつ書かれたか」「3.なぜ書かれたのか」「4.誰が書いたのか」が設問として示され、次

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のワークシートでは「1.この文書の実際の文字通りの意味となにか」「2.作者の議論に疑義を与え るような偏向や偏見があるか」「3.作者の結論が真実かどうか実証できるか」「4.この文書を理解す るために他の情報、傍証が必要か」が問われ、ミシガン州北部半島域で 1960 年代後半に高まった環境 保護運動に関わる一次資料にあたり、ある歴史仮説が正しいかどうかを検証させるものであったとい う。詳細は省くが、仮説に対し、「学生は資料を調べることで、実際はその正反対であったことを知る ことにな」り、さらに「授業の過程で、学生は資料を引用すること、引用された資料を確認すること で議論を検証することの重要性にも気づくようになった」という。  これが情報に対するリテラシーということであり、このように資料を用いた一方的な知識伝達型で はない授業の中から、「言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、言葉の特徴や使い方な どを理解し自分の思いや考えを深める学習」が可能になるのではないだろうか。 2-3. 資料と教科書記述をめぐる問題  ただし、実際の現場では次のような問題が起こり得ることも付言しておきたい。山梨県立身延高校 の社会科教諭・橋本昌樹の報告23は、近年の歴史教育改革の方向性(知識の暗記中心の授業から、自 分自身で調べ、討論・発表する力を養う方向へ)に対し「歴史授業において、生徒の主体的な学習活 動や意見形成と歴史学の成果に基づいた客観的知識の習得はどのように整合されるべきか」という難 問と「生徒主体の考える授業は、ともすれば学問的妥当性から逸れ、また教科書の内容を充分に理解 していない教師の逃げ道にもなる」という危険性を指摘している。そして日米交渉の開始から開戦に 至る流れを、史料解読と教科書記述の比較を行う実践を通して、「生徒がある程度史料を読解できた前 半部分は記述が具体的だが、最後の難しかった部分は記述が荒くなる傾向が出た」として、史料が充 分に読解できないと教科書の知識とのすり合わせの効果が出ないこと、また「どうしたら戦争は避け られたのか」という「教科書を超える問い」には生徒が懸命に取り組んだが「その答えに深みは出ず」 上手くいかなかったこと、しかし複数の生徒の反応から「一次史料には生徒を揺さぶる力がある」と 報告している。  ここで提起されていることは、歴史の教科書に書かれた「正答」に対して、生徒の主体的な史料読 解から全く違う、歴史学的には誤った回答が導き出されることがあるという問題である。それはこの ような歴史の授業のケースに限らず、ディスカッション形式の授業などでも実際にしばしば生じてい ることでもある。その場合、教室にいる教師はどのように対処すべきであるかが課題になるというこ とだ。国語の授業の場合で考えれば、作品読解などある程度の解釈の幅を許容する場合はよいとして、 「正答」が明確である場合はその舵取りが重要になるであろう。もちろん作品読解の場合も厳然たる 「誤答」は存在し、その場合には迅速に適切な軌道修正を行うことが求められるであろう。  繰り返しになるが、本来は資料に対するコンテクスト的アプローチは、その資料へのテクスト的ア プローチ、歴史学で言うところの史料批判が基底にあるべきだが、その訓練を受けていない修学段階 の児童・生徒にそれを求めることは無理がある。しかし、だからと言って一次資料を基にした解釈の 実践は時期尚早と忌避するのではなく、むしろそうであるからこそ、積極的にそのような試みを進め るべきである。必要なのは、資料に何度も直面することで訓練されてこそ可能になるリテラシー能力 の成長であり、橋本も「今日、ウェブ上での資料公開がますます進み、一般市民の史料へのアクセス がより容易になっている」という状況で、社会人になった生徒たちが、「自ら史料にあたり調査・探求 することは重要な歴史リテラシーの一つと言える」と述べているが、全く同感である。それこそが、 学校という場所において「自ら学び自ら考える力」を蓄える意義であるからだ。

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3-1. 「近代文学文庫」について  ここからは、資料を授業の中で用いるに際し、単にそれを「見せて、語る」だけではなく、「一次資 料を教材として利用することによって、実際に調査、研究をしているという実感、それによる達成感」 を得ることにつながる試みとして、本学における「近代文学文庫」を用いた実践報告を例に、小中高 の学校現場への応用可能性を探ってみたい。  山梨大学附属図書館「近代文学文庫」は 1950(昭和 25)年の発足以来、歴代の近代文学担当教員が 資料の蒐集・管理にあたり、広く学内外の教育・研究活動に資してきた。開設前年の 1949 年に新制山 梨大学が山梨師範学校などを母体に開学した際、東京帝国大学出身の国文学者で 1932(昭和7)年に 片岡良一・塩田良平と明治文学会を創設した湯地孝(1900-1973)が初代教官に就任するにあたり、強 くその設立を希望したものであった。古典文学資料の蒐集では歴史のある旧制大学には到底及ばない が、今後研究が盛んになるだろう近代文学の資料なら、新制大学でも日本有数のコレクションとなり 得るという考えから出たものであった。湯地の退官後は、内田道雄(東京学芸大学名誉教授)、野山嘉 正(東京大学名誉教授)、中丸宣明(現法政大学教授)の各教員が管理運営を担当してきた。  湯地は特に明治期の浪漫主義系統の文学者の初版本・関係文芸雑誌の蒐集に力を注ぎ、この当初の 方針によって集められた与謝野晶子や谷崎潤一郎らの初版本の数々、あるいは雑誌「明星」や「すば る」などの原本はいずれも現在入手困難な資料である。尾崎紅葉、島崎藤村らの著作も多くが揃って おり、「花月新誌」「帝国文学」「朱欒」「新小説」「アララギ」などの文芸雑誌類もかなり備えている。 このコレクションの有する性格や、明治初年代刊行の和本などを収蔵品に含んでおり、保存に配慮す る必要があることが、本文庫が「特殊文庫」として別置されている理由である。書籍は十進法分類で はなく著者 50 音順で書架に配列され、和本や貴重書、原稿、紙物などは別途キャビネットに収蔵され ている。雑誌、復刻版、全集類などもそれぞれ別途配列されている。なお、すでに新規の資料購入の ための予算はなく、保存環境についても、本文庫の所在が大学内の一般的な研究室と同等の部屋であ るため全く十分ではないが、可能な限り努力をして運営を続けている状況である。 3-2. 「近代文学文庫」資料の社会的活用  本文庫の資料については、比較的新しい全集類や一部の複製本などを除いて原則禁帯出であるため、 学内の教員や学生へも、あるいは大学図書館の相互利用規定に従っての学外利用者への貸し出しも 行っていない。しかし学内外からの調査の受け入れは行っており、資料の状態を見ながらだが、複写 や撮影への対応も適宜行っている。また、しばしば外部の公的な文化施設から展示目的の借用依頼が あり、これについても適宜対応している。  なお、附属図書館2階の第一展示室は「近代文学文庫」の一端を学内外に紹介するために 2005(平 成 17)年に開設されたもので、現在まで継続して展示活動を行っている。論者が赴任してからも 2017 年度までに三つの企画展示を開催し、それぞれ研究者を呼んでテーマに関わる記念講演会を開いてい る。前任の中丸宣明が担当していた時代の 2007 年からは、国文学研究資料館(東京都立川市)との共 同事業として、本文庫所蔵の貴重書を底本として提供した復刻版出版事業「リプリント日本近代文学」24 への協力や、同館HPで公開されている「近代書誌・近代画像データベース」25へのデータ提供も継続し て行っている。

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3- 3.  「近代文学文庫」資料の授業における活用  以上のような、特殊文庫としての対外的な利用に加えて、本文庫の資料は学内での教育目的にも活 用されている。  まず、このような近代文学資料のコレクションの活用として最も典型的と言えるのが、博物館学芸 員課程の科目での利用である。論者が 2016 年度より分担している「博物館資料論」の中で、博物館資 料のうちの歴史資料、さらにその中の文学資料の例として、図書・雑誌・原稿などの現物を教室で展 観し、また受講者に実際に自由に手に取らせて講義を行っている。たとえば、書籍なら和本と洋本の 違いや時代ごとの装幀の変化、現在の印刷技術とは異なる活版印刷の様相など、実物を見ないと分か らないことは多く、特に近代文学黎明期の明治初年代から 20 年代代の書物には江戸の残滓が残ってい て、多くの学生が現在の書籍との違いに驚く点である。  また、前述した国文学研究資料館の「近代書誌・近代画像データベース」への協力は画像提供だけ でなく、論者も 2017 年3月まで国文学文献資料調査員として調書作成・データ入力と資料撮影の作業 に加わっていた。「博物館資料論」では、実習の一環として、その「近代書誌・近代画像データベース」 の書式に則ったダミーの調書作成を行っている。調査項目が詳細で煩雑な作業であるが、書物を構成 する要素や資料が持つ多様な情報を理解することができる有用な実習と考えている。  さらに、2017 年度には、はじめて附属図書館における展覧会の準備過程を実習に用い、受講生は本 年度企画展示「激動の昭和文学―横光利一、川端康成から坂口安吾、太宰治まで」の展示ケースをそ れぞれ一台ずつ担当し、事前に展示平面図を作成した上で現地における展示替え作業を行った。また 開幕日の7月8日に付属図書館1Fラーニングコモンズで開催された滝口明祥氏(大東文化大学専任講 師)による記念講演会の補助と講演後の展示解説を行い、参加した一般市民の前で展示の工夫などを 自分の言葉で説明するなど、長時間にわたる実習だったが非常に良い体験となったようであった。  他にも「近代文学文庫」の資料は、論者が授業担当している「国文学概論」「近代の文学」などで 積極的な利用を心がけている。近代文学の歴史的事項を解説する際に、その実際の書籍や雑誌などを 見せ、触れさせることは、学生たちに文学者の存在や時代性を体感させる効果を与えるものである。 個々の作家による装幀へのこだわりなどが見えてくることもあれば、本の形でしかわからない仕掛け や挿絵・口絵などとの相乗効果などが見えてくることもある。ただし、博物館課程での利用をのぞけ ば、これらはまだ多くが「見せて、語る」レベルの利用であり、より資料の物質的性格を活かした授 業における活用として、「国語科内容論」における復刻版「赤い鳥」を用いたグループワークを以下で 紹介する。 3-4.  復刻版「赤い鳥」を用いた授業実践  「国語科内容論」は1年生以上を対象とした講義科目で、通常 20 ~ 30 名程度の学生が受講している。 文字通り小学校の国語教科書の内容を扱うものであり、到達目標は「教材研究をする上で必要な作品 の文学史的背景および文学研究についての考え方を学習し、また学校現場における国語科教育の理論 的また実践的な諸課題に則して、日本近代文学研究の知識や分析能力を展開することができるように なること」(シラバスより)として、小学校国語教科書に収録されている小説教材=児童文学および詩 歌(詩・短歌・俳句)に対する基礎的な知識の獲得と、作品読解を通した教材価値の発見を目的とし ている。講義科目ではあるが、受講者が主体的に取り組むワーキングを積極的に取り入れており、そ の半期全 15 回の講義の中の1回を使い、大正時代から昭和初期の児童向け雑誌「赤い鳥」を用いた演

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習を行っている。  雑誌「赤い鳥」は 1918(大正7)年に夏目漱石門下の作家・鈴木三重吉が創刊した児童向けの雑誌 で、1929(昭和4)年から 1931 年までの一時休刊を挟み、1936(昭和 11)年に三重吉が死去するまで 全 196 冊が刊行された。西欧の近代的な児童観に基づく「童心主義」を標榜してわが国の児童文学の発 展に多大な貢献を与えた。創刊当初は三重吉の人脈で依頼した文壇作家たちが中心に執筆し、芥川龍 之介「蜘蛛の糸」(1918・6)、有島武郎「一房の葡萄」(1920・8)などの作品が掲載されたが、その後は 新見南吉をはじめ児童文学専門の作家たちを輩出したことでも知られる。「近代文学文庫」で所蔵して いるのは同誌の現物ではなく、ほるぷ出版から戦後に刊行された復刻版であるが、この復刻版は雑誌 の性格から散逸が激しく、全冊揃うことが難しい「赤い鳥」を通覧できる貴重な代替資料として、全 国の大学図書館や公共図書館等で利用されてきたものである。  本授業では、この「赤い鳥」復刻版の数年分を教室に並べ、受講者に自由に手に取らせて、眼を通 させることから始まる。そのときには、必ずしも小説作品だけではなく、表紙や口絵、詩や短歌・俳 句や投稿欄、広告に至るまで、当時の子どもになった気持ちで、なるべくすみずみまで全体を読むよ うに指示している。誌面全体を味わうことによって、「赤い鳥」という雑誌の持っている性格や時代性、 それが伝えようとするメッセージを多角的に看取することができるからである。  次に、手に取った号の中から、翻訳や連載物でない任意の創作童話を一作品選びだし、ワークシー トにしたがって自分の言葉でまとめ直す作業を行わせる。ワークシートの作業項目は「選んだ作品の あらすじを紹介してください」、「選んだ作品のテーマを読み取ってまとめてください」などというシン プルなものであるが、その作業に入る際に「特に『童心主義』の思想がどのように現れているかを考 えながら読んでみましょう」という指示を与え、それまでの講義の中で解説してきた小川未明の登場 から「赤い鳥」運動へ至る流れの中で、その児童観がどのような形で作品に表現されているかを考え させている。  そして、その作業の後に、「赤い鳥」童話の中から西洋のおとぎ話の再話や説話等を除外した創作童 話約 200 篇を分析し、そこに登場する子どもを分類した河原和枝の研究23 を紹介している。同論による と、「赤い鳥」童話に登場する子供は、大きく3つの類型に分類されるという。1「良い子」=明治の 勤勉努力・立身出世型でなく、西欧的な道徳観(素直、優しい、反省できる等)を持った子ども、2 「弱い子」=社会的・身体的・精神的な弱さを有するが、それゆえに感受性豊かな子ども、3「純粋な 子」=夢見がちでものごとに熱中する子ども。ただし、これらは別々の要素ではなく、いずれも子ど もの持つ無垢さの表現であり、子どもには大人とは異なる生まれ持っての価値があり、その価値の本 質は「純真無垢」であるということだ。これが「童心主義」の提起した内実であり、「赤い鳥」童話に 登場する子どもたちは主にこの3つのパターンでその性格を表現しているというのである。以上の解 説を経て、受講者が自らのワークを振り返るという作業を行う。実際には学生たちがまとめた作品の あらすじや、そこに登場する人物の性格は、この 3 分類に当てはまらないことも多い。しかし、選んで 与えられた特定のテクストではなく、自らが選択した作品から、その性格や時代性・当時の児童観な どを理解することには意味があり、授業の感想を見る限りでは学生たちの満足度も高いようだ。また、 雑誌1冊を通読することで、選択した作品の内容だけでなく、その前後に存在する頁から様々な文脈 を理解できることが何よりの効果と考える。そしてこれが、授業の中で近代文学資料を用いることで 生まれる、コンテクスト的アプローチによるリテラシー獲得の契機ともなり得るであろう。  なお「赤い鳥」童話は内容的には平易であるものの、当時の児童向け雑誌では普通のことだが、本 文に漢字が多いことは、ワークをやった学生たちも必ず指摘するところである。しかし総ルビである ため、それは作品を読む上でさほどの障害にはならない。ただし、用字が旧仮名遣いであることは、 大学生の授業では問題にならないが、ただちに小中高等学校の学校現場へ応用することは難しいかも

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しれない。もっとも、古文にある程度親しんでいる中学生以上なら不可能ではなく、むしろ古典のテ クストと現代のテクストの橋渡しをするものとして積極的に用いてみる価値はあるのではないか。  ちなみに、ある時期以降の雑誌「赤い鳥」には、必ず童謡の歌詞と楽譜が掲載されるようになり、 そこを舞台に詩人の西條八十や北原白秋らが腕を振るったことでも知られている。同誌は近代童話の 揺籃であるとともに、大正期の童謡運動の拠点でもあった。これらを集めた楽譜集も復刻されている ことから、本文庫の「赤い鳥」は学内の音楽教育の授業にも貸し出し利用されている。復刻版である ことから、ある程度の範囲での持ち出しも可能であり、実際に学校現場での利用可能性もあると考え ている。 まとめ    本稿は、小学校・中学校国語科の新学習指導要領に盛り込まれた「主体的・対話的で深い学びの実 現」という方向と、そこに関わって「地域の図書館や博物館、美術館、劇場、音楽堂等の施設の活用 を積極的に図り、資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること」という文言が追加 されたことを受け、一次資料、特に近代文学資料の国語科における実践の可能性を検討したものであ る。その際に、本学の特殊文庫「近代文学文庫」を用いたこれまでの教育活動における活用を紹介す るとともに、「近代文学文庫」収蔵の雑誌「赤い鳥」を用いた授業実践の報告を行った。また、そこか ら見えてくる、一次資料を学校教育現場において活用する意義として、コンテクスト的アプローチに よるリテラシー教育であることを論じた。  これらはまだアイディアの段階であり、今後理論的に深めていくべき余地は多い。また実際の小中 高等学校における教育効果は授業実践を繰り返すことでしか見えてこないであろうこともたしかだが、 今後「主体的・対話的で深い学びの実現」と「資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動」とを 接続してゆくための可能性を、一つの試論として提示したものである。 註 1 文部科学省 HP「学習指導要領等」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm)内、小学校学習指 導 要 領(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_4_2. pdf) お よ び 中 学 校 学 習 指 導 要 領(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/ afieldfile/2017/06/21/1384661_5.pdf) 2 「『調べ学習』の誕生―キーワード「自己教育力」に至る系譜」(「初等教育論集」(1)、p15-31、2000-03) 3 「十五年戦争下の〈文学館運動〉-『文芸懇話会』と『遊就館』、そして島崎藤村」(「日本近代文学」92、p77-92、 2015-5)、「〈売買される〉文学-戦前の文学展示と近代文学資料の価値形成についての試論」(「山梨大学国語・ 国文と国語教育」(21)、p84-96、2016-03)、「〈展観される〉文学-山梨大学「近代文学文庫」所蔵の目録から見 る戦前の近代文学展示」(「山梨大学教育人間科学部紀要」17(24)、p1-10、2016-03)、「文学の『記憶装置』とし ての『家』-前文学館運動として見る子規庵と漱石山房」(「日本文学」 65(11)、p2-13、2016-11)など。 4 http://tksosa.dijtokyo.org/ 5 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会編『図書館情報学用語辞典』第四版、丸善出版、2013 6 『全国特殊コレクション要覧 改訂版』(1977.1、国立国会図書館参考書誌部)を元に追加・削除されたものであ り、そこでは 2017 年3月時点で 7383 件が登録されている(http://crd.ndl.go.jp/jp/library/collistall.html)。 7 http://www.fitweb.or.jp/~taka/pcollect.html 8 「一次資料の利用と情報リテラシー-米国大学におけるアーカイブ、特殊資料コレクションの教育的役割から見

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て」(「同志社大学図書館学年報」(38)、p1-15、2012) 9 「実践報告 地域資料を使っての古典授業-『平家物語』と『小松邑志』を用いて」(「愛媛国文研究」(46)、 p80-87、1996-12) 10 同様のものに、吉住牧人「『高校生のための愛媛の文学』資料 郷土の古典教材を用いた授業の一試案-若き日 の中江藤樹について」(「愛媛国文研究」(63)、p81-88、2013-12)などがある。 11 たとえば、清水房子「国語科教科書教材に適した図書資料とそれを用いた授業」( 「学校図書館」(303)、p22-24、1976-01)、柴田悦子「自ら学ぶ授業-国語・空を飛ぶクモを通して 宇都宮大学附属小学校」(「学校図書館」 (383)、p15-22、1982-09)、福満芳枝「言語能力をはぐくむ国語科の授業-図書資料を生かして」(「学校図書館」 (726)、p20-22、2011-04)、栗栖清「教科書教材と図書の活用(9)小学校 郷土資料を活用した国語科の授業展開 例」(「学校図書館」(752)、p67-70、2013-06)など、全国学校図書館協議会から刊行されている「学校図書館」 に多く見られた。 12 「資料を基に考察し説明する力を高める授業の試み―知的な挑戦を仕掛けて探求させる授業の実践」(「エリア山 口」(46)、p1-11、2017-02) 13 『今求められる学力と学びとは―コンピテンシー・ベースのカリキュラムの光と影』(日本標準、2015) 14 「一次資料を活用した地域の教材化を通して追究と思考を深める社会科指導-郷土誌『日越の大地』を手がかり に、『話し合い』を核とした 6 学年授業開発の試み」(「教育実践研究」21、p71-76、2011) 15 他に高木郁次「中学校の授業 歴史 成田街道と大和田宿―地元の史料の教材化」(「歴史地理教育」(724)、 p48-51、2008-01)など。 16 たとえば飯島知明「元寇から南北朝の統一までを資史料を読み解き、仲間との議論で考察する歴史学習」(「社会 科教育」52(12)、p66-68、2015-12)、麦田哲之「小学6年 見通しをもつ学習場面を確実に設定した問題解決的 な学習と資料を読み取る力を育てる指導で授業改善を」(「社会科教育」53(5)、p40-43、2016-05)など。 17 たとえば佐藤廣「絵画史料を活用した歴史授業構成の研究―選考授業実践の分析と授業モデルの設計」(「社会系 教科教育学研究」8、p53-58、1996-10)、福田喜彦「高校の授業 日本史 絵画史料を読み解く日本史の授業― 『神護寺三像』の秘密を探ろう !」(「歴史地理教育」(710)、p52-55、2007-02)、竹田和夫「国際比較が可能な史 資料を活用し、生徒の提案を受け入れた授業」(「社会科教育」54(7)、p90-93、2017-07)など。 18 「利用しやすくなった絵画史料の活用で授業を新しく」(「歴史地理教育」(698)、p62-67、2006-04) 19 国語科では小野寺基好「実践事例報告 複製資料を用いた古典講読の授業実践」(「叡智の杜」(3)、p68-71、 2006-03)がこれに該当する。 20 たとえば長島雄一「考古資料をもっと身近なものに―博物館学芸員による「出前授業」の試み」(「考古学研究」 45(3)、p5-9、1998-12)、中村弘・三原慎吾「考古資料を使った授業の実施例-高校日本史における実物資料の 活用」(「兵庫県立考古博物館研究紀要」(4)、p47-61、2011-03)、新井浩文「埼玉県立文書館収蔵史料を用いた 授業モデル―高校生に向けた文書館利用の取り組み」(「文書館紀要」(30)、p100-91、2017-03)など。 21 「人文学研究における原資料デジタル画像の利用と認識―テクスト、パラテクスト、コンテクスト的アプローチ の観点から」(「Library and information science」(70)、p119-142、2013)

22 註8の文献に同じ。 23 「高校の授業 日本史 史料と教科書記述のつながりを考える―日米交渉を題材として」(「歴史地理教育」(844)、 p48-53、2016-01) 24 9期全 300 冊、オンデマンド形式で平凡社より刊行。2016 年度で業務完了。 25 http://base1.nijl.ac.jp/~kindai/index.html 26 「『赤い鳥』の子どもたち―誕生期の「童話」に現れた〈子ども〉像」(「年報人間科学」12、p135-157、1991)。 関連論文に「近代日本における < 子ども > のイメ - ジ --「赤い鳥」を中心に」(「ソシオロジ」35(3)、p69-86、 1991-02)がある。

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参照

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