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荒井 文昭

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荒井 文昭

はじめに

 現在の公立小・中学校1には,特定の方向性をもった教員評価のシステムが,

日常化された見えにくい形で存在しているように思われる。2管理職試験や勤 務評定というあからさまな形によらなくとも,学校運営をある方向に向かわせ ている教員評価のシステムが存在しているのだとしたら,その方向性を実際に 決めているのはだれなのだろうか。

 本論では,教員人事制度,なかでも特に,管理職への採用・昇任人事にかん する現行法規範に着目することによって,この隠れた教員評価のシステムをコ

ントロールしているのは誰なのかという問いにっいての考察をはじあてみたい。3  教員昇任人事を実際に決定しているのはだれなのだろうか。この問いにこた

えるためにはまず,教員人事にかんする現行法規範を,その戦後における変遷 をふまえながら検討する必要がある。

1,教員人事における「内申」規定 1−1,官吏待遇から地方公務員へ

 「教員評価の方向性を実際に決めているのはだれなのか」という観点から,

現行人事制度を検討してみようとした場合,まず注目すべきと思われるのは,

公立小・中学校教員の身分が地方公務員として位置づけられている点である。

 戦前において,公立小中学校教員の身分は国の官吏待遇とされ,公立小中学 校教員の人事は内務省の管轄下にあった地方長官によって任命されていた。こ

れが変化するのは戦後になってからのことである。

 1947年3月31日の学校教育法制定により,設置者管理・負担主義(5条)が

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かかげられ,市町村に小学校及び中学校を設置する義務が課された(29条及び 40条)。そして,1947年4月17日の地方自治法制定でも,地方の教育事務が地 方公共団体のものとされた(地方自治法2条3項5号)ことにともない,公立 小・中学校教員の身分が地方公共団体の職員となることになった(地方自治法

173条の2)。

 1948年7月15日の教育委員会法制定でも,校長及び教員の任免その他の人事 に関することが教育委員会の事務として規定され(49条5項),最終的には,1 949年1月12日の教育公務員特例法制定3条により,公立小中学校教員は,地 方公務員としての身分をもつことが明記されて現在に至っている。

1−2,都道府県による公立小中学校教員の給与負担

 以上のように,公立小中学校教員は,その勤務する学校を設置する地方公共 団体の職員とされ,その人事権は当該教育委員会に属することになった。

 しかし,公立小中学校教員の給与負担にっいては,戦前からの勅令を引き継 いで戦後に制定された,市町村立学校職員給与負担法以来,都道府県が負担す ることとされていた。すなわち,1943年に制定された「国民学校及び市町村立 青年学校職員の俸給その他の給与の負担に関する勅令」により,国民学校及び 市町村立青年学校職員の給与を都道府県が負担するとされた規定は,その後,

1948年2月の「国民学校及び市町村立青年学校職員の俸給その他の給与の負担 に関する政令」として基本的に引き継がれ,この政令が1948年7月には,「市 町村立学校職員給与負担法」に一本化され,それ以来,市町村立学校の教員給 与の負担は都道府県が負うこととされきてた。4

 このように,市町村教育委員会は,管轄する公立小中学校を管理運営する主 体として,教育委員会法,ならびに教育公務員特例法に,市町村立学校教員の 任命権者の位置を規定されながらも,その給与にっいては都道府県が負担する

こととされながらの発足となった。

 また,その給与を都道府県が負担している市町村立学校の教員にっいては,

給与,勤務時間その他に関する条例は都道府県が制定することとされ,これら

教員定数は都道府県の条例で定ある範囲内で市町村の教育委員会が都道府県教

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育委員会と協議することと規定されていた(1951年3月31日「市町村立学校職 員給与負担法の一部を改正する法律」)。

1−3,市町村教育委員会から都道府県教育委員会への任命権の移行と内申権の   規定

 1956年6月,「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定され,い わゆる「県費負担教職員制度」が導入された。これにより,市町村立学校職員 給与負担法の1条と2条に規定された市町村立学校の教員が「県費負担教職員」

とされ,その任命権が,市町村教育委員会から都道府県教育委員会に移される ことになった(地教行法37条)。っまり,本来であれば市町村立学校の職員の 人事権は,その当該市町村の教育委員会の権限に属すべきことが本法23条で規 定されているにもかかわらず,県費負担教職員については,その任命権が都道 府県教育委員会に移されることになった。また,県費負担教職員の定数およ

び給与,勤務時間その他の勤務条件は,都道府県の条例で定めることとされた

(地教行法41条および42条)。

 このように,地教行法の制定によって,市町村立学校の教員に対する任命権 が,市町村教育委員会から都道府県教育委員会に移されたことにともない,新 たにもうけられたのが「内申」であった。すなわち,都道府県教育委員会が県 費負担教職員の任免をおこなう際には,「市町村委員会の内申をまっ」てから

おこなうことが,新しく規定された(地教行法38条1項)。そして,市町村教 育委員会からのこの内申は,市町村教育委員会教育長の助言を受けておこなわ れるものとされている(地教行法38条2項)。

 そして以後,都道府県教育委員会と市町村教育委員会とが,県費負担教職員 の人事にっいて,その事務を「分担し,相互に連携・協力」するとされる現行 法規範が形成されることとなった。5

1−4,教員人事への住民の意思反映システムとしての「内申」規定

 以上のように,戦後になってはじめて地方公務員として位置づけられた公立

学校教員は,当初,設置者管理主義・負担主義(学校教育法5条)のもと,市

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町村立学校の教員については,その人事権が市町村教育委員会に属していたも のの,その実施期間は,市町村教育委員会が一斉に設置された1952年から地教 行法が成立する1956年までの4年間と短い。国会の解散によって否応なくはじ

まってしまった,1952年の市町村教育委員会一斉設置から,教育委員会法が廃 止される1956年までの間,市町村教育委員会は,公選された教育委員会のもと,

市町村教育長の「選考」をもとに,校長及び教員人事の任命をおこなっていた。

 戦後における教育行政改革の3原則(教育行政の民主化,地方分権,そして 一般行政からの独立性の保持)を制度化しようとしたのが教育委員会法であっ

た。そしてこの制度によって,都道府県と市町村にそれぞれ,公選制による教 育委員会を設置し,これに戦前まで中央政府がもっていた教育行政の権限を大 幅に委譲し,かっ,これら教育委員会は,首長に対して相対的に独立した権限 を保有する,というのが当初の教育委員会構想であった。「教育が不当な支配 に服することなく,国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきであると いう自覚」をもって,「公正な民意により,地方の実情に即した教育行政を行 う」ことが,教育委員会を設置した目的であることが明記され(教育委員会法 1条),そして,教育委員は議会選出の委員をのぞいて,住民による直接選挙 によって選出されることが規定された(同法7条)。また,教育委員会の会議 は,その場所と日時,および議題を,あらかじめ定められた日程以前に告示し なければならず(同法34条),その会議も公開することとされた(同法37条)。

 このように,教育委員会法には,教育行政の民主化,すなわち,住民による 直接参加を取り入れる要素が規定されていた。

 しかし1956年,教育委員会法が廃止されて,地教行法が制定されたことにと もない,教育委員会制度は大きな変更を加えられる。住民による直接選挙によ る教育委員の選出が,議会の承認をへたうえでの首長の任命制に変更となり,

また,県費負担教職員の人事権は,市町村教育委員会から都道府県教育委員会 へと吸い上げられた。県費負担教職員の採用及び昇任人事の選考権をもってい る都道府県教育委員会教育長を選考するのは,都道府県教育委員会とされ,そ の都道府県の教育委員は,当該地方公共団対の長の被選挙権を有するもので,

「人格が高潔で,教育,学術及び文化に関し識見を有する」もののうちから,

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地方公共団体の長が,議会の同意を得て,任命するものとされて今日に至って いる(地教行法4条1項)。また,委員定数の過半数が同一の政党に属するこ とのないように制限が規定されている(地教行法4条3項)。

 この教員人事権の移行にともなって新たに設けられた規定が,市町村教育委 員会からの都道府県教育長に対する「内申」である。たとえ,教育委員の選出 方法が公選制から任命制となり,かっ,県費負担教職員の人事権が市町村教育 委員会になくなったことによって,市町村住民の意思が,校長及び教員人事に 反映される仕組みは,大幅に間接化され弱められていることが予想されるとし ても,そこにはなお,「内申」という規定が残されており,市町村住民の意思 を反映させる仕組みがまったくなくなっているわけではない。6

1−5,行政指導による市町村教育委員会内申権の形骸化

 市町村立小中学校の教員が県費負担教員とされ,その任命権が,市町村教育 委員会から都道府県教育委員会に移行される代わりに,市町村教育委員会に認 められた「内申権」ではあったが,その後,文部省によるその条文解釈が変化

した。7

 すなわち,市町村教育委員会の「内申をまって」とは,その内申の内容には 必ずしも拘束されないが,内申をまたずに任免人事を行うことは違法であると,

文部省によって解釈されていた。また,市町村教育委員会が内申しないことは 内申権放棄ではなく,当該人事権行使を望まない意思表明にほかならないと文 部省によって解されてきた(初中局長回答昭34・11・6委初235号)。

 しかし,こうした内申規定の解釈が,1974年10月の文部省通達により,場合 によっては内申ぬき処分も適法であるとの解釈に転換した。これは,1973年の 日教組ストに対して,福岡県教委が懲戒処分を行おうとしたところ,県内のい くっかの市町村教委が内申しなかったため,処分方針を変更せざるをえなくなっ た時に,奥野文相の国会答弁で内申ぬき処分説が表明されたことを受けたもの であった。

 そして,1975年2月,福岡県教委が内申抜きスト処分を敢行したため,この

処分の取り消し訴訟が起こった。福岡地裁(1977・12・27)では処分取り消し

(6)

の判決が出されたが,その後,最高裁判決で逆転判決が出されている。

2,教員人事における「選考」規定と「研修」規定 2−1,特例としての「選考」人事

 地方公共団体が,その公務員の採用及び昇任をおこなう場合,人事委員会を おく地方公共団体の場合には競争試験によることが規定されており,「選考」8 によるのは人事委員会の承認があった場合に限らている(地方公務員法17条3

項)。

 これに対して,教育公務員には特例が設けられており,校長の採用並びに教 員の採用及び昇任は,「選考」によるものとされており,またその「選考」は,

大学附置の学校以外の公立学校にあってはその校長及び教員の任命権者である 教育委員会の教育長が行うこととされている(教育公務員特例法,13条1項)。

 このように,競争試験ではなく「選考」によって採用と昇任をおこなう理由 としては,第一に,校長・教員は免許状や任用資格制度によって一定の能力に かんする実証がすでに得られていること,第二に,人格の完成を目的とする教 育にあたる教員の適性をはかるのに,競争試験よりも選考によるほうが適して

いることが,その理由としてあげられている。9

2−2,選考権者としての教育長とその免許状制度の廃止

 この選考権を付与されたているのが,先にも示したとおり教育長である。

 教育長は,「教育委員会の指揮監督の下に,教育委員会の権限に属するすべ ての事務をっかさどる」(地教行法17条)職であるが,その教育長自身が,教 育委員会による選考人事となっている(教育公務員特例法16条1項)。

 ただし,教育公務員が特例として,選考による任用制度を採用している理由 とされていた,資格制度による一定能力の実証性についていえば,1954年の教 育職員免許法改定により,旧教育委員会法に規定されていた教育長免許状制が 任用資格規定に置き換えられて,さらに1956年の地教行法により廃止された。

 すなわち,1949年教育職員免許法制定によってはじまった,教育長免許状制

は,1954年の免許法改定によって廃止され,かわって,任用資格が教育公務員

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特例法に規定されるようになった。この時,免許状取得に必要とされてきた修 得単位の大幅な縮小や削減,そして教育職の経験年数延長がおこなわれた。1°

 さらに,1956年の地教行法により,校長の任用資格は,文部省令である学校 教育法施行規則の中に定められることにされたが,教育長の任用資格制度は廃 止される。指導主事にっいては,地教行法のなかで,「教育に関し識見を有し,

かっ,学校における教育課程,学習指導その他学校教育に関する専門的事項に っいて教養と経験がある者でなければならない」(同法19条4項)という,き わめて抽象的な任用要件におきかえられた。

 この理由としては,「教育行政に関する専門的知識経験のみならず,行政的 な識見能力等も含あて広く総合的に判断して選任する」ことにより適任者を確 保できることがあげられている。11

 このように,教育長の任用資格だけが完全に廃止されたことは,地教行法の 性格を象徴的にあらわすものであり,また,必然であった。すなわち,教育委 員の任命制への改定と並び,中央統制型教育制度を構築するための要とされた のが,この教育長の任命承認制であったからである。この地教行法により,都 道府県教育委員会教育長の任命を都道府県教育委員会がおこなう際には,文部 大臣の承認が必要とされることになった(同法16条)。したがって,教育長の 任命は,(1)都道府県教育委員会による教育長候補者の選考,(2)文部大臣に対 する承認申請,(3)文部大臣の承認,(4)都道府県教育委員会における任命とい

う手続を経て行われることとされた。

 これと同様に,先に記した「内申」を,市町村教育委員会が都道府県教育委 員会に対しておこなう際には,市町村教育委員会教育長の助言によりおこなう

こととされているが(同法38条),この教育長の任命を市町村教育委員会がお こなうにあたっては,都道府県教育委員会の承認が必要とされた(同法16条)。

2−3,選考からの「具申」の切り離し

 教員人事にっいて,当該校長からの意見具申が市町村教育委員会に対してで きることになっている(地教行法39条)。

 ただし,校長の「具申」は教育長の「選考」に必須なものとは規定されなく

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なり,制度上直結しなくなっている。すなわち,1949年に施行された教育公務 員特例法では,当初,13条に,教育長が選考する際には「その学校の校長の意 見を聞いて行わなければならない」という規定があった。しかし,1956年の地 教行法制定にともない,この部分が削除された。

2−4,行政研修と管理職選考

 地方公務員法には,「勤務能率の発揮及び増進」のたあに,職員に研修を受 ける機会が与えられなければならないこと(地方公務員法39条1項),および,

その研修は,任命権者がおこなうことが規定されている(同法39条2項)。

 これに対して,教育公務員の場合にはまず,「その職務を遂行するために,

絶えず研究と修養に努めなければならない」という努力が義務づけられるとい う特殊性をもっている(教育公務員特例法19条1項)。

 これは,一般行政公務員の研修が主に任命権者が計画実施する「勤務能率の 発揮」を目的としたものであるのに対して,教育公務員の場合の研修とは,そ

の専門性を発揮するための必要条件として,強制というよりもむしろ,強い権 利性を伴うものと法解釈されるべきで,教育行政当局が命ずる研修を受ける義 務を負うという意味ではないとされている。12

 しかし,歴史的には,これまで行政研修を教員に強要し,それに従わない場 合には処分を連続させるという行政手法が,文部行政指導を通じて繰り返され てきた。すなわち,「教職員をして必ず参加させることを必要と認める研修会 などについては,その参加者に対して,参加すべき旨の職務命令を発すること。

なお理由なくして,参加しなかった者にっいては,職務命令違反として適切な 措置を講ずること」が,通達を通して発せられてきている(文部省次官通達19 58年8月8日文初地第432号,及び初中局長回答1958年10月24日委初第297号な

ど)。

 そして実際岐阜県の「教育正常化」で功績のあった吉久,高石両氏が,19 67年にそれぞれ,福岡県教育長,北九州市教育長として赴任した時期,命令研 修と処分をくり返した事例もある。13

 本論で注目したいことは,こうした行政研修によって,教員組合に対する圧

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力を加える教育政策的側面もさることながら,校長,教頭,指導主事などへの 採用選考に,こうした行政研修が利用されてきたことの問題である。っまり,

現行法における研修規定が,教育専門性を保障する条件であるところの自主的 な研修権として法解釈されるよりも,文部行政指導によって,むしろ,それが 教員管理の教育政策手段として利用され,かっそれが,各都道府県における教 員昇任人事制度の運用過程においても,「有効」に利用されてきた。

 この行政手法によって,校長,教頭そして指導主事の教育専門性は,実質 的に著しく形骸化させられてきていることが予想できる。

2−6,「勤務評定」を基準とした管理職採用

 教育公務員の研修が,地方公務員一般の研修とは異なるかたちで,教育公務 員特例法のなかに定められているのと違い,勤務評定にっいては,その実施主 体にっいての特例が地教行法のなかに定められているだけであるたあ,これま でその内容や方法の具体化と実施をめぐっては,教育現場に混乱を引き起こし てきた。 4すなわち,地方公務員の場合,任命権者によって勤務成績の評定を 受けることが規定されている(地方公務員法40条1項)。これに対して,大学

における勤務評定の実施及び基準設定の主体については,教育公務員特例法に その特例が定められているが(教育公務員特例法12条),県費負担教職員に対 する勤務評定は,地教行法の中で,都道府県教育委員会の計画のもとに,市町 村教育委員会が実施することと定められている(地教行法46条)。これは,県 費負担教職員は市町村の教職員であり,市町村教育委員会に服務の監督権があ

ることをふまえたものとされている(地教行法43条)。

 だが,本論で注目したいことは,この勤務評定の実施によって,教育専門職 としての校長の性格を,事実上著しく弱めたことである。

 勤務評定では,校長は第1次の評定者とされた。そして1958年度からは,校 長に管理職手当が支給される。こうして,1957年の学校教育法施行規則改正に

より法制化された教頭と並び,校長は名実ともに管理職としての位置づけを強 調されていく。そして,先にふれた行政研修によって,こうした教育専門職か

ら管理職としての校長の性格転換が,伝達されてきた。

(10)

 このような,上下の命令関係と職階制の強化による学校管理運営政策に対し ては,これまでも,教師の自主的活動を萎縮させてしまうことを理由として,

批判されてきたが,本論でも,行政研修への参加が,それ自身勤務評定に位置 づけられ,さらにそれが,教育管理職への選考に利用されるというサイクルが,

こうした文部行政指導により確立されていくことによって,教育専門性が一般 行政的管理手法によって浸食されるという点から,注目したい。15

おわりに

(1)教員人事における住民自治の形骸化

 戦後,公立小中学校教員は,地方公務員として位置づけられ,その人事権は,

その学校を設置する市町村教育委員会に属するものとされた。そして,この市 町村教育委員会は当初,住民による直接選挙によって選出された教育委員によっ て構成され,その会議は公開され,この公選された教育委員会が教育専門職た

る教育長の選考をふまえて,教員の任命をおこなっていた。このように,(1)

公選制による教育委員選出,(2)市町村単位での教員人事の決定という要素に よって,住民の教育に関する意志は,教育長の選考を媒介としながら,教員人 事に対して反映されるシステムが存在していた。

 しかしその後,教育委員が公選制から任命制に変更され,また,市町村教育 委員会から都道府県教育委員会に人事権が移され,代わりに,市町村教育委員 会には都道府県教育委員会に対する内申制が導入された。さらに,文部行政指 導により,市町村教育委員会からの内申をまたない都道府県教育委員会の決定

もありうるという法解釈が現在に至っている。

 このように,市町村住民の意思を,校長及び教員人事に反映させる仕組みは,

教育委員の公選から任命への変更,及び,市町村単位から都道府県単位への教 員人事システムへと変更されることなどによって,戦後教育改革当時から比べ

て,大幅に間接化され弱められてきた。

(2)教員人事における専門性の行政化

教育公務員には,地方公務員人事の特例として,選考による人事が認められ

(11)

ている。

 しかし,この選考をおこなう教育長は,当初,免許状によってその専門性を 保障していたが,その後,免許状制から任用資格へ変更され,現在ではその任 用資格さえも廃止されている。かわって,都道府県教育長の場合には,文部大

臣の承認が求められるようになった。

 また,校長からの具申も,教育長の選考に必須なものとはされなくなった。

 さらに,県費負担教職員の人事権が,市町村教育委員会から都道府県教育委 員会に移されたため,都道府県の教育長が,都道府県の公立学校教員人事の選 考を一手に引き受けることになった。

 このように,専門職たる教員人事の選考権者である教育長は,それ自身,専 門職としての位置づけから一般行政職としての性格づけを与えられることになっ てきた。また同時に,各市町村教育委員会からの内申をまってとはいいながら

も,都道府県規模の教員人事を一人で選考するという,事実上は,この選考を 支えるための行政裁量の領域を,大幅に増幅させる規定に変更されている。そ

して,この行政裁量には,どれほど教育専門職としてのシステムを組み込めて いるのか,いないのかという情報はほとんど公開されていない。教育委員会事 務局内部における,教育職出身の事務局職員と,一般行政職出身の事務局職員

との間での,いわば,密室の行政裁量のなかで運営されている。

 教育委員会事務局内部の教育職出身職員と一般行政職出身職員との比率が,

前者から後者へと移ってきている東京都の事例も現れてきており,こうした点 からも,教員人事における専門性のあり方は,とくに,教員昇任人事において,

行政化されてきていることが予想できる。

 さらに,勤務評定の実施によって,教育専門職としての校長の性格を,事実 上著しく弱めさせてきた。そして,教育専門性を保障する条件であるはずの研 修規定が,教員管理の教育政策手段として利用されてきた。すなわち,行政研 修の参加が,それ自身勤務評定に位置づけられ,それが教育昇任人事に利用さ

れるというサイクルが形成されてきている。

(3)行政による「責任なき支配」

(12)

 以上のように,一方では,内申制が形骸化させられることに象徴されるよう に,教員人事における住民自治の要素がますます弱められ,他方では,教育長 の免許状制が廃止されることに象徴されるように,教育専門性の行政化が進ん できたのが,1956年以後の,教員昇任人事制度である。

 戦後教育改革において,「専門的指導性と民衆統制との調和」は大きな課題 とされてきた。教育専門性と住民自治の関係をどのように把握するべきなのか という問題は,教員人事制度においても,引き続き研究されるべき理論的課題 でもあるが,現在進行している事態は,こうした理論的課題を解決することに よってだけでは解決されえない,もう一っの問題を浮かび上がらせていると言 えるだろう。すなわち,それは,責任なき支配の構造が,行政裁量の拡大とそ の比重の増加によって構築されてきているという問題である。

 確かに,公立学校教員の昇任を含めた任命権は,5人からなる都道府県教育 委員会がもっている。選考するのは1人の都道府県教育長である。この教育長 は各市町村教育委員会からの内申をまって選考をする。しかしこれらの諸制度 において,住民自治の要素は形骸化されてきており,かっ,教育専門性も弱め られてきている。それでも毎年,何万人かの教員人事が行われていることを考 えれば,それらを実質的に協議し,実質的に決定している何らかのシステムが 働いているはずである。もちろん,住民や保護者は,このシステムには参加で きていない。学校現場の一般教職員も,このシステムには参加できていないよ

うである。

 それでは,教育委員と教育長が責任をもって協議し決定しているのであろう か。現在のところ,人事に関する情報はほとんど公開されていないためにそれ

は不明である。

 地教行法成立以降,政治的統制管理から技術的管理手法への移行がすすむと

ともに,学校の管理運営方向をめぐる「教育政治」が,表舞台から見えにくく

なった。すなわち,「教育の中立性」原則という名目のしたで,紛争をともな

う教育政策の決定が,行政指導などの行政事務として実施されていくようになっ

た。このような紛争をともなう政策決定が,行政事務として技術的に処理され

ていくことによって,「教育政治」の舞台が,教育行政の外側(住民や保護者,

(13)

あるいは学校現場)から見えにくいものになった。

 また,教育権論も,「教育の自由」を「教育の専門性の自由」として強調す る限りにおいて,この教育政治の技術化に対して,有効な批判を加えることが

できなかった。

 しかし,学校の管理運営方向をめぐる紛争(教育政治)がなくなったわけで はない。技術化された学校の管理運営法規範と,その運用場面とのあいだのズ

レに,その舞台を移したにすぎず,この密室化したズレの中で「教育政治」は 存在しているのではないだろうか。

 こうした,密室化した法規範とその運用動態の問のズレでおこなわれている 統制構造,すなわち「責任なき支配」の構造は,「教員昇任人事を決めている のかだれか」という問いにもとつく調査によって,浮かび上がらせる可能性が あるだろう。教育の中立性という原理のもとでおこなわれている,匿名による 教員人事の決定システムのあり方は,分権化を自治的にすすめるためにさけて

は通れない課題でる。

(4)法規範とその運用動態のズレ(制度調査の必要性)

 教員人事に住民の意思を反映させることは,教育委員会法当時から,教育専 門性との調和をもって行われることが規定されていた。すなわち,住民による 直接選挙によって構成された,この教育委員会の職務権限行使にあたっては,

免許状を有する教育専門職としての教育長(教育委員会法41条)から,助言と 推薦を求めることができるという規定がなされていた(同法49条)。この点は 一般的に,「素人統制と専門的指導性との両輪による教育行政という思想によ

るもの」と解説されてきている。16

 とくに本論で注意したい点は,校長及び教員の任免その他の人事に関する教 育委員会の職務権限において,この素人統制と専門的指導性が実際にどのよう

に運用されてきたのかということである。

 教育委員会が,校長及び教員人事の任命権をもったことと,その任命にあたっ

ては教育長の選考を必要とすると規定されたこととの間の関係は,実際の運営

上明らかにされているわけではない。この法規範の運用場面において,実際に

(14)

どのように選考が行われ,任命が決定されるのかは,この場合とくに,教育長 による選考規定の運用動態によって変化する。

 免許状をもっ教育長の選考17により,公選された市町村教育委員会が校長及 び教員人事の任命をおこなっていた期間における,教員人事における住民自治 と教育専門性の関係は,任命された教育委員と免許状を持たない教育長のもと での選考と任命の運用,すなわち,教員人事における住民自治と教育専門性の あり方とは,異なっていることが予想できる。このことは,1950年代当時の市 町村の人口規模を考えれば,なおさらであろう。

 いずれにしても,教員人事,とくに,教員昇任人事の権限関係は,現在,複 雑に入り組んでいる。しかも,入り組んでいるだけでなく,その法規範は,運 用によってその実質が変容しうるものとなっている。その結果として,責任の 所在が明らかにされないままの決定が繰り返され,学校現場に混乱を引き起こ す事例が生じている。

 また,運用場面にっいての実体が明らかにされていないため,その運用にか んする情報の公開もほとんどない。

 全体として,教員昇任人事制度は,住民や保護者,あるいは一般の教職員か らでさえも,ほとんど見えないものとなっており,そこに何らかの意志を反映 させようとする場面が生じた場合に,彼らの間に学校というものに対する不信 感と無力感を引き起こし,その主体的取り組みを萎縮させる原因にもなってい

ると考えられる。

 こうした実態を無視して,文部省,都道府県教委,市町村教委そして学校の

「協力関係」によって教員人事が運営されているという説明がされていること は,住民や保護者の無力感を増幅させることになるだけであり,今後は,教員 人事を実際にだれが決めているのかという調査研究が必要である。

 当面,法規範とその運用との間に,許容できないほどのズレが生じている場 面は,っぎのように仮説として提示できるだろう。これらにかんする調査資料

を収集していく必要がある。

(1)選考が任命を兼ねてしまっている実態が広がっている。

(2)学校現場からの意見であるはずの具申が機能していない。

(15)

(3)住民の意見を反映しているはずの内申が機能していない。

(4)県費負担教員の任命権は5人の教育委員によって構成されている都道府県  教育委員会が,そして選考権は1人の教育長がもっていると規定されてい  る。しかし,都道府県規模の教員人事をこれだけのメンバーで決定するこ  とは事実上不可能であり,実質的に教員人事の決定をおこなっている,何   らかの別の仕組みが存在している可能性が高い。

*1本論で対象とするのは,学校教育法2条でいうところの公立学校,すなわち,地  方公共団体の設置する学校の中の,小学校と中学校における教員人事である。

*2論者がこのように感じるようになった一つの契機は,次の公立中学校教師の発言  である。「[1970年に教師になってからの一引用者]この25年間で感じるのは,教育  がますます偽善化しているということです。教員支配のシステムもそうなんですけ  ど,子どもにどれだけよい教育をしたかということで評価しているわけではないん  です。どれだけ忠実に上から言われたことをやろうと努力しているか,校長の言う  通りにがんばっているか,そこが評価の基準なんですね。」(座談会「90年代教育政  策の動向をどう読むか」佐藤博氏の発言,「教育』13ページ。)

*3教員人事をめぐる問題は,これまでもっぱら,大学における教員養成課程の問題  として議論されるか,あるいはまた,新規教員採用制度や初任者研修制度の問題と  して論究されてきており,教員の昇任人事にかんする研究は少ない。

  しかし,新規教員採用の手続きと,校長・教頭・指導主事への昇任手続きは,現  在はともに教育公務員特例法のなかに,統一的な規定によって定められており,共  通する問題もある。

  たとえば,日本教育学会がおこなった,新規教員採用制度をあっかった研究(日  本教育学会・教師教育に関する研究委員会1978−82年『教師教育の課題一すぐれた教  師を育てるために」明治図書,1983年)の一致した結論は,採用が不透明であると  いうものであった。採用試験の問題が非公開であったり,採用の基準が公開されて  いないなかで,採用にまっわる不信や疑念が絶えないという指摘がなされてきてい  る。この指摘は,教員昇任人事についても検討されるべき問題である。

  また,この研究では,不透明な採用制度を改革していくために,試験問題の公開

 や採用基準の公開など,「公正な試験」の実施を提案してきた。あるいはまた,選考

 試験の問題作成に関係者のより幅広い参加を求める提案がなされたこともある(都

 道府県教員選考委員会の構想など)。

(16)

  しかし,論者のみるところ,教員採用における公正さとは何かという問題が,そ  こで明らかにされてきたわけではない。言い換えれば,教員人事における専門性と,

 そこへの住民の意思反映の関係をどのように把握すべきなのかという問題が明らか  にされていない。現行の教員採用制度では,「内申」という規定を通じて,地域住民  の意思がその教員人事に反映される手だてが規定されていることに示されるように,

 教育専門性の正当性を地域から担保することが想定されているが,提案された委員  会のメンバーが,教育専門職によって構成されるのか,それとも,そこに地域住民  が加わるのか,明確な論拠をもって論じられてきたわけではない。

  まして,管理職としての教員任用には,新規採用とは異なる次元で,教育専門性  に対する地域住民からの正当性が求められる。さらに今後,分権化が進むほど,そ  の比重は高まることも予想される。

  公正さには,教育専門性の基準を満たすかどうかを平等に正確に評価することと,

 学校を設置している自治体を構成している地域住民からの要望を広く民主主義的に  反映させていることとが,同時に含み込まれている。すわなち,公正さは,教育専  門職としての要素と,住民自治としての要素という,往々にして相反するような,

 二っの要素を合わせ持っのである。このことは,最近その具体化が議論され始めて  いる学校評価システムをめぐる問題すなわち,学校教育を評価する主体として,

 教育専門職と地域住民の関係をどう把握するべきなのかという,具体的な課題にも  っながる。

*4 1918年3月「市町村義務教育費国庫負担法」が制定され,市町村立小学校教員の  給与を国が一部負担することになる。1940年3月「義務教育費国庫負担法」が制定。

 義務教育費教員の給与費が市町村から道府県に移され実績の2分の1の定率負担が  国庫により行われる制度になる。1948年7月,この義務教育費国庫負担法は改訂さ  れ,実績制から定員定額制に変更された。そしてさらに,シャウプ勧告により,195  1年3月,「義務教育費国庫負担法」はいったん廃止され,1950年度からは新しく発  足する地方財政平衡交付金制度に吸収される。しかし紆余曲折の末結局,1952年8  月,「義務教育費国庫負担法」が公布された。この法律により,市(特別区を含む。)

 町村立の義務教育諸学校にかかわる市町村立学校職員給与負担法1条に掲げる職員  の給与などに要する経費の実支出額の半分が,国庫によって負担されることになっ

 た。

*5 文部省内教育法令研究会編「教育法令コンメンタール4巻教職員(1)身分取扱』第  一法規1129ページ。

*6 内申のとらえ方にっいて,兼子仁『教育法(旧版)』(1963年)と『教育法(新版)」

 (1978年)とでは,変更が加えられている。すなわち,内申権を,旧版において,

 「戦前の国家的人事行政を改革する」ために戦後導入された「教育行政における地方

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 自治の原理」を前提として,「できるだけ尊重さるべき」ものとされていたのに対し  て,新版において,「公立学校教職員の人事が根本において学校自治的基盤を持ちう  るよう学校により近い地域での総合的調整的立場に立つ市町村教委の人事参与のし  くみ」とされている。教員人事制度における住民自治的要素が,学校自治的要素へ  収れんされている。

*7 兼子仁『教育法』参照。

*8 選考とは,「一定の基準と手続」のもとに「学力・経験・人物・慣行。身体等」を

 審査することであるとされている(人事院規則8−12)。

*9 文部省内教育法令研究会編『教育法令コンメンタール』第4巻,教職員(1)身分  取扱,1453頁。

*10 この時,文部省が改定理由としていたのは教育行政職としての側面を重視したも  のであったが,日本教職員組合が要求したことは,教職経験の重視であったことが  指摘されている。また発足当初の免許状には,1級普通免許状,2級普通免許状,

 そして仮免許状の3種類が,教育長,校長,指導主事それぞれに規定されていた。

 たとえば,教育長1級普通免許状の場合,学士であるかまたは教員の1級普通免許  状の授与を受ける資格を持っており,かつ,大学で教職に関する科目を45単位以上  修得している上で,教育職員または教育事務に関する職に5年以上勤務した場合に,

 免許状の授与を受けられる。高橋寛人「学校指導者免許制度の誕生と挫折」『季刊教  育法』115号,98年3月臨増号を参照。

*11 同上「コンメンタール』1457頁。なお,専門的教職員(指導主事,社会指導主事)

 の採用及び昇任も選考によると規定されている(16条2項)。専門的教職員の選考は  当該教育委員会の教育長がおこなうこととされている。指導主事にっいても,旧教  育委員会法においては,免許状制や資格制がとられていたが,1956年の地教行法に  より廃止され,かわりに「教育について識見を有し,かつ,学校における教育課程,

 学習指導その他学校教育に関する専門的事項について教養と経験がある者でなけれ  ばならない」(地教行法19条4項)とする規定となった。この理由としては,「広く  人材をうるたあには,形式的に律することは適当ではないため」とされている(145  8頁)。社会教育主事については,社会教育法により,その資格が規定されている。

 ただし,この資格取得については,いくっかの改訂が行われてきており,その専門  性を維持する上で曖昧さを生じる場面も生まれている。

*12 兼子仁『教育法(新版)』1978年,有斐閣,319頁。この法解釈は,教育法学説に  よるものであり,行政解釈との間で論争となっている。こうした研修をめぐる法解  釈論争としては他にもある。教育公務員特例法20条2項には,「教員は,授業に支障  のない限り,本属長の承認を受けて,勤務場所を離れて研修を行うことができる。」

 と規定されているが,この校外研修の法的性格をめぐっても解釈の論争がある。す

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 なわち,行政解釈では,職務専念義務免除の一形態であって,教師の時間内校外研  修は服務の監督対象とされている。これに対して,教育法学説によれば,校外にお  ける自主的職務研修の時間を保障する制度にほかならないとされる。

  このほかに,校長による校外研修の「承認」手続きをめぐる法解釈論争がある。

 すなわち,校外研修には「授業に支障のない限り,本属長の承認を受けて」(20条2  項)という規定があるが,行政解釈では,これが服務監督上の承認手続とされ,研  修成果がその後の職務遂行に役立っものかどうかを,あらかじめ研修計画を提出さ  せて「吟味しなければならない」とし,この承認を本属長の自由裁量としている。

 これに対して,教育法学説では,この場合の校長の承認は,本務への支障の有無を  学校として確認するための裁量の余地なき行為であると解釈している。

*13 村松『教育の森』毎日新聞社,第11巻,27頁。春田「北九州市教委による命令研

 修」「季刊教育法』2号。

*14 1956年,愛媛県で勤評を実施。地方財政の赤字を理由に地方財政再建法の適用県。

 教職員の定期昇給を7割におさえ,「成績主義」による職員管理をするために勤評を  実施。白石自民党県幹事長「勤評を実施して昇級できる教員と落ちる教員を作れば,

 教組は必ず割れる。実施の責任者である校長はきっと組合の圧力にたえかねて教組  を離脱するだろう。校長のいなくなった組合は弱体化するのは火を見るより明らか  だ。」(毎日新聞社会部編『アラシの中の教育:現代教養全集第16巻』筑摩書房,328

 頁)。

  自民党の日教組対策として,っぎのことがらがかかげられた。「文部省の措置すべ  き事項」一都道府県教育長を掌握。措置を通じて服務の厳正。文部省地方課を強化  し教育委員会を掌握するとともに教組運動を主管する機構を整備。視学官制度を拡  充。教育研修会などを文部省主催ないし教育委員会と共催する。「教育委員会の措置  すべき事項」=管理規則の制定。勤務評定を励行して教職員の服務監督を強化。校  長・教頭の管理的立場を明確にする(『朝日新聞」1957年10月28日)。

  1956年10月に,戦後初めて,全国校長協議会が開催。この席上で,文部省初中局  長が「職員会議は決議機関でない」「校長の自主的判断と責任で意志決定すべき」こ  とを強調している(教育委員会月報1956年11月号)。

  都道府県教育長協議会が1957年12月に開かれた。この時,都道府県教育長協議会

 幹事長であった,本島東京都教育長が中心となって,12月20日には,「教職員の勤務

 評定試案」を発表。これが全国のモデルになった。「人事管理を公正に行うための基

 礎資料として勤務評定」を実施し,評定内容を非公開とすること,公立学校の校長

 が教師に対する「評定者」,教育長が「調停者」とすることを発表した(『教育委員

 会月報1958年1月』)。12月22日,日本教職員組合が非常事態宣言。教育学会からも

 反対論。なお,この時に作成された勤務評定項目が,東京都では現在もほぼそのま

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 ま,勤勉手当に対する成績率の適用に際して使われている。

  大部分の府県教育委員会が,1958年4月実施を目標に,「試案」に従ってそれぞれ  評定事項をっくり,「公立学校職員の勤務成績の評定に関する規則」を制定しようと  した。わずかに,京都,高知,北海道の教育委員会が反対の意向を示した。

*15 市川昭午『学校管理運営の組織論』明治図書,51頁。

*16宗像誠也「教育委員会法(旧法)の収録にっいて」『教育小六法」学陽書房。

*171954年まで免許状が要件とされていた。

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