作 成 権 限 の 濫 用 ・ 逸 脱 と 有 価 証 券 偽 造 罪
・ 文 書 偽 造 罪 の 成
松
否
澤
伸
Ⅰ 問題 の所 在
Ⅱ 漁業 組合 参事 によ る手 形振 出し 事件 の分 析
Ⅲ 手形
・小 切手 の偽 造と
﹁信 用の 内容
﹂
Ⅳ 権限 濫用 と権 限逸 脱の 区別
Ⅴ お わ り に
Ⅰ 問題 の所 在
⑴ 有価 証券 偽造 罪に おけ る有 形偽 造と はな にか
、と いう 問題 は、
﹁一 応明 快で
( )
ある
﹂と いわ れつ つも
、実 際に は、 さま ざま な形 で、 ずっ と昔 から 議論 され てき てい る難 問で ある
。有 価証 券偽 造罪 は、 文書 偽造 罪の 特別 類型 で ある
( )
から
、こ の問 題は
、文 書偽 造罪 にお ける 有形 偽造 の概 念と 直結 して おり
、有 形偽 造の 概念 が依 然と して はっ き りし ない
︱︱ むし ろ最 近の 判例 によ って
、さ らに 確定 的な もの では なく なっ てき てい る︱
︱現 状に おい ては
、あ ら
ため てこ の問 題を とり あげ
、詳 細な 検討 を行 う必 要が ある よう に思 われ る。 この 問題 につ いて の議 論は
、後 述す る漁 協組 合参 事に よる 手形 振り 出し 事件 を契 機と して 展開 され た従 来の 通説 的な 有形 偽造 の理 解に 対し て林 幹人 教授 から 批判 が寄 せら れ、 新た に、 作成 者の 特定 に関 して
、作 成者 の事 実的 意 思を 重視 する 見解
︵事 実的 意思 説︶ が提 唱さ
( )
れた こと によ って
、本 格化 した
。 一方 で、 最近 の傾 向と して
、文 書・ 有価 証券 の 成立 の真 正 を保 護す ると の理 解︵ 証拠 犯罪 説︶ が、 山口 厚教 授を 中心 に有 力に 主張 され てお り、 この 立場 から
、名 義人 の現 実の 意思 だけ でな く文 書に 表示 され た意 思表 示が 名 義人 に帰 属さ れる かを 基準 とす る見 解も 主張 され るよ うに なっ てい る︵ 帰
( )
属説
︶。
⑵ 筆者 は、 荒木 伸怡 教授 によ って 展開 され た法 と裁 判の 機能 的考 察の 方
( )
法論 に大 きな 学問 的刺 激を 受け
、北 欧 諸国
、と りわ けデ ンマ ーク の機 能的 考察 の方 法論 を我 が国 に導 入す べく 研究 を行 って
( )
きた 者で ある が、 その よう な 筆者 の見 地か ら見 ると
、こ の問 題に つい ての わが 国の 現在 の議 論は
、判 例・ 実務 にお ける 有形 偽造 の理 解と はや や 異な る観 点か らの 解釈 論的
・理 論的 な研 究に 偏っ た議 論と なっ てい るよ うに 見え る。 荒木 教授 の主 張す る機 能的 考察 の方 法論 は、 経験 科学 的事 実認 識を 前提 とし た法 解釈 論を 展開 せよ
、と いう 点に その 根幹 があ ると 思わ れる が、 筆者 もそ の点 につ いて
、大 いに 共感 して いる
。た だ、 筆者 の見 解が 荒木 教授 の見 解 と異 なる のは
、荒 木教 授が 経験 科学 的事 実認 識の 対象 を法 学の 周辺 諸科 学と し、 これ を基 礎と して 判例 や実 務に 対 して 有益 な提 言を 行っ てい こう とさ れて いる のに 対し て、 筆者 は、 事実 認識 の対 象を
、国 家に おけ る法 解釈 の最 終 的な 決断 であ る裁 判を 行っ てい る裁 判官 の心 理に 限定 して 求め てい こう とす る点 に
( )
ある
。 この よう な方 法論 によ ると
、前 に示 した ふた つの 有力 な見 解と
、現 在の 我が 国の 判例
・実 務の 現状 とに は、 ズレ が見 られ るよ うに 思わ れる ので ある
。
⑶ 筆者 は、 かつ て、 文書 偽造 罪の 保護 法益 理解 につ いて
、最 近の 判例 を例 に取 りつ つ、 現在 の裁 判官 の思 考を
言語 化し よう と試 みた こと が
( )
ある
。そ こで 得ら れた 結論 は、 文書 偽造 罪に おけ る 公共 の信 用 とは
、文 書の 受け 手一 般の 信用 であ り、 文書 の作 成者 の特 定に つき
、少 なく とも
、権 利義 務に 関す る文 書に つい ては
、従 来の 通説 で ある 規範 的意 思説 の思 考形 式が
︱︱ 不十 分な がら も︱
︱依 然と して 基本 的に 妥当 する
、と いう もの であ った
。 では
、規 範的 意思 説を 取る はず の判 例が
、な ぜ漁 協組 合参 事に よる 手形 振り 出し 事件 につ いて
、有 形偽 造で ある と判 断し たの か。 それ は、 判例 が規 範的 意思 説を 脱却 し、 あら たな 基準 を設 定し たか らに ほか なら ない
。そ の理 論 とは
、規 範的 意思 説を 下位 に含 むメ タ理 論で あり
、文 書に 対す る信 用を 文書 ごと に確 定し よう とす る新 たな 理論 で ある 本 。 稿で は、 文書 偽造 罪の 保護 法益 を、 文 書の 受け 手一 般の 信用
と考 える 視点 から
、こ の判 例︵ およ びこ の種 の 商刑 が交 錯す る事 例︶ をい かに 読む べき か考 察し
、さ らに 手形
・小
( )
切手 の偽 造を 中心 に、 作成 権限 の逸 脱・ 濫用 に 関し て問 題と なる 事例 群を 整理 する
。
( ) 林幹 人﹁ 有形 偽造 の考 察﹂
﹃現 代の 経済 犯罪
﹄︵ 弘文 堂、 一九 八八 年︶ 一〇 三頁 ( ) 山口 厚﹃ 刑法 各論
﹄︵ 補訂 版、 有斐 閣、 二〇
〇五 年︶ 四七 二頁
。 ( ) 林・ 前掲 注︵ ︶ 論文 一四 一頁 以下
。 ( ) 山口
・前 掲注
︵
︶﹃ 刑法 各論
﹄四 三一 頁以 下、 同﹁ 文書 偽造 罪の 現代 的展 開﹂ 山口 厚= 井田 良= 佐伯 仁志
﹃理 論刑 法学 の最 前線
Ⅱ﹄
︵岩 波書 店、 二〇
〇六 年︶ 一四 九頁 以下 等を 参照
。 ( ) その 代表 的な もの とし て、 荒木 伸怡
﹃裁 判︱
︱そ の機 能的 考察
﹄︵ 学陽 書房
、一 九八 八年
︶。 ( ) 松澤 伸﹃ 機能 主義 刑法 学の 理論
﹄︵ 信山 社、 二〇
〇一 年︶ 等。 ( ) 松澤
・前 掲注
︵
︶﹃ 機能 主義 刑法 学の 理論
﹄二 六四 頁以 下。 ( ) 松澤
﹁文 書偽 造罪 の保 護法 益と 公共 の信 用の 内容
︱︱ 最近 の判 例を 素材 とし て﹂ 早稲 田法 学八 二巻 二号
︵二
〇〇 七年
︶三 一頁 以下
。 ( ) 以下
、本 稿で は、 煩瑣 にな るこ とを 避け るた め、 文脈 によ って
、 手形
・小 切手
また は 手形
と表 記す るが
、 手形
に妥 当す る内 容 は、 基本 的に
、 小切 手 にも 妥当 する
。
Ⅱ 漁業 組合 参事 によ る手 形振 出し 事件 の分 析
ઃ 最高 裁の 判断 と当 時の 分析
⑴ 有価 証券 偽造 罪の 成否 につ いて
、最 も注 目さ れ、 議論 の素 材と され てき たの は、 うえ でも 触れ た最 高裁 昭和 四三 年六 月二 五日 第三 小法 廷決 定・ 刑集 二二 巻六 号四 九〇 頁で ある
。本 稿で は、 この 決定 を手 がか りに
、裁 判所 の 考え てい る有 形偽 造の 実質 的内 容を 探る
。 事案 は、 以下 のよ うな もの であ った
。被 告人 は、 神奈 川県 漁協 組合 の参 事で
、約 束手 形を 発行 する 事務 を担 当し てい た。 同組 合の 内規 によ れば
、組 合員 に対 して 組合 長振 出し 名義 の手 形を 振り 出す には
、専 務理 事の 決済 が必 要 とさ れて いた
。被 告人 は、 数名 と共 謀し て、 専務 理事 の決 済を 得ず に、 多数 回に 渡り
、組 合長 振出 し名 義の 約束 手 形を 作成 し、 共謀 者が
、事 情を 知ら ない 金融 業者 に交 付し
、現 金の 支払 いを 受け た。 この よう な事 実関 係の もと
、最 高裁 判所 は、
﹁被 告人 は第 一審 判示 神奈 川県 鰹鮪 漁業 協同 組合 の参 事で あつ たが
、 当時 同組 合内 部の 定め とし ては
、同 組合 が組 合員 また は準 組合 員の ため に融 通手 形と して 振り 出す 組合 長振 出名 義 の約 束手 形の 作成 権限 はす べて 専務 理事 林信 雄に 属す るも のと され
、被 告人 は単 なる 起案 者、 補佐 役と して 右手 形 作成 に関 与し てい たに すぎ ない もの であ るこ とが
、明 らか であ る。 もつ とも
、同 人は
、水 産業 協同 組合 法四 六条 三 項に より 準用 され てい る商 法三 八条 一項 の支 配人 とし ての 地位 にあ つた 者で ある けれ ども
、右 のよ うな 本件 の事 実 関係 のも とに おい ては
、単 に同 人の 手形 作成 権限 の行 使方 法に つい て内 部的 制約 があ つた とい うに とど まる もの で はな く、 実質 的に は同 人に 右手 形の 作成 権限 その もの がな かつ たも のと みる べき であ るか ら、 同人 が組 合長 また は 専務 理事 の決 裁・ 承認 を受 ける こと なく 准組 合員 のた め融 通手 形と して 組合 長振 出名 義の 約束 手形 を作 成し た本 件 行為 が有 価証 券偽 造罪 にあ たる とし た原 審の 判断 は、 その 結論 にお いて 相当 であ る。
﹂と 判示 し、 有価 証券 偽造 罪
の成 立を 認め た。
⑵ 本決 定に つい ては
、以 下の よう な疑 問が 呈さ れて きた
。す なわ ち、 本件 は、 私法 上の 第三 者保 護規 定に よ り、 善意 の第 三者 が保 護さ れる はず の事 案で ある
。本 件組 合参 事は
、事 件の 当時
、水 産業 協同 組合 法四 六条 三項
︵現 四五 条三 項︶ によ り準 用さ れて いる 商法 三八 条一 項︵ 現商 法二 一条 一項
︶の 支配 人で あっ たの であ り、 その 代理 権に 加え た制 限は
、善 意の 第三 者に 対抗 でき ない
︵現 商法 二一 条三 項︶
。も し、 第三 者が 金銭 を有 効に 取得 でき るの であ れば
、有 価証 券に 対す る公 共の 信用 が害 され たと は言 えず
、有 形偽 造と はな らな いた め、 有価 証券 偽造 罪が 成 立し ない とい うこ とに なる ので はな いか
︱︱
。こ のよ うな 疑問 で
( )
ある
。
10
従来
、有 形偽 造と は、 作成 権限 を偽 るこ と= 名義 を偽 るこ と、 すな わち
、現 実の 作成 者と 書面 上の 名義 人に 不一 致を 生じ させ るこ とと 考え られ てき た。 名義 人と は、 書面 に現 れて いる 効果 が帰 属す ると 見ら れる 主体 であ って
、 その 特定 はあ まり 大き な問 題と なら ず、 むし ろ、 作成 者の 方を いか に特 定す るか が重 要な 問題 とさ れて きた
。作 成 者の 特定 につ いて
、本 決定 が登 場し た当 時の 通説 は、 私法 上の 効果 の帰 属主 体が 作成 者で ある
、と 考え てい たよ う に思 われ る。 この 見解 によ れば
、有 形偽 造の 成否 は、 私法 上の 効果 と直 結す る。 本件 の場 合、 名義 人は
、手 形に 現 れて いる 漁協 組合 であ る。 そし て、 参事 が組 合を 代理 して 手形 を振 り出 し、 その 効果 が有 効に 漁協 組合 に対 して 発 生す るの だか ら︵ 善意 の第 三者 に内 部的 制限 を対 抗で きな けれ ば、 善意 の第 三者 は手 形の 支払 を受 けら れる
︶、 私 法上 の効 果の 帰属 主体 であ る作 成者 も、 漁協 組合 とい うこ とに なる
。こ うし て、 本件 では
、有 価証 券偽 造罪 の成 立 が否 定さ れる こと にな る。 この よう な見 解は
、現 在、 規範 的意 思説 ない し効 果説 と呼 ばれ てい る。 しか し、 この 見解 では
、う えで 見た よう に、 本決 定の 結論 を説 明で きな いと いう 問題 が生 じる
。で はど うす る か。 そこ で、 本決 定を 説明 する こと ので きる 新た な理 論が 提唱 され るに 至っ た。 その 中で
、特 に注 目す べき もの が ふた つあ る。 ひと つは
、林 幹人 教授 の事 実的 意思 説︵ ある いは 単に 意思 説と も呼 ばれ る︶ であ り、 もう ひと つは
、山