日本ワインにおける地域ブランド化プロセスに関する一考察
1.はじめに
世界の国々や地域の品々が氾濫する,グロー バリゼーションがもたらした生活においては,
製品の原産国についての意識が希薄化した。複 数国の材料や労働力で成り立つ製品化の構造 は,合理化と引き換えに,自国の産業の空洞化 および地域経済の衰退をもたらした。しかし 近年の消費の多様化は,食文化においては美 食,安全,国産志向の高まりに繋がり,また外 国人観光客の急激な増加は,改めて MADE IN JAPAN,すなわち自国の産業に光を当て,新 たな付加価値を見出そうとする動きに繋がって いる。
長年,原料の供給を海外に依存して拡大して きた国産ワインにも新たな変化が起きている。
全国のブドウ産地で収穫醸造された「日本ワイ ン」が,地域経済復興および国際競争力のある 産業として,また 6 次産業化の対象としても近
年注目され,ブランド化が期待されているので ある。ところが,「地域ブランド」の概念は多 様化したことで目的が曖昧になり,一過性で長 期的視点に欠け,供給者本位なものが多出しが ちな現状がある。
そこで本稿では,生食用ブドウ産地の日本ワ インのワイナリーの事例をもとに,地域理解と 長期的視点,つまりレピュテーション(地域の ステークホルダーによる認知の集積)の重要性 の問題意識のもと,日本ワインの地域ブランド 化のプロセスについて考察する。
2.研究の目的と背景
日本の酒類市場が総じて縮小し,清酒やビー ルの生産が減少する中,小規模ながらワインの 需要は着実に伸びている
1)。そのような動きの 中,国税庁は 2015 年に,これまで「国産ワイ ン」と総称され,日本国内で瓶詰めされたすべ てのワインの中から,国産ブドウのみを原料と
日本ワインにおける地域ブランド化プロセスに関する一考察
―都農ワインの事例を通して―
大 熊 美 音 子
A study on regional branding process in Japanese wine OKUMA, Mineko
近年の消費の多様化は,食文化においては美食,安全,国産志向の高まりをもたらし,また外 国人観光客の急激な増加は,改めて MADE IN JAPAN,すなわち自国の産業に光を当て,新た な付加価値を見出そうとする動きに繋がっている。「日本ワイン」は,地域経済復興および国際 競争力のある産業として,また 6 次産業化の対象としても近年注目され,ブランド化が期待され る。一方で「地域ブランド」の概念は一過性のものが多出し,本来の評価者である受け手と地域 のステークホルダーとの関係性が軽視されがちな現状がある。本稿では,日本ワインのワイナ リーである宮崎県都農ワインの経営施策を抽出し,地域の受け手側の評価つまり地域理解と,長 期的視点という問題意識のもと,地域ブランド化のプロセスについて考察した。
キーワード: 地域ブランド化・レピュテーション・ステークホルダー・日本ワイン Regional branding, reputation, stakeholders, Japanese wine
〔レフリー論文 原 著〕
し,日本国内で製造された果実酒を「日本ワイ ン」として区別し,新たなカテゴリーの定義を 定めた
2)。原料となるブドウの産地や品種,収 穫年の明記が義務付けられることにより,「日 本ワイン」は商品の個性の,より豊かな表現を 目指すことが可能になった。
このことは,「日本ワイン」が地域活性化や 国際競争力の観点から,大いに注目されている 領域であることを示すと同時に,国内産のワイ ンには,今まで地域の特性を表現することが求 められてこなかったことを露呈した。
元来,日本人にとってワインとは舶来の敷居 の高い酒として浸透してきた歴史がある。現 在,日本人が飲むワインの約 7 割が輸入ワイン だが,それらは原産地やブドウの品種,ヴィン テージなどによって個性が様々に表現されてい る。中でも欧米に代表される銘醸地や有名シャ トーのワインは高価格で取引され,差別化が 確立している。最近では,欧米のノウハウが ニューワールドと言われる南米チリや南アフリ カなどの産地において開花し,芳醇で味わい深 いワインが手の届く価格で飲めるようになって いる。一方,日本の国産ワインの現状には数多 くの課題がある。国産ワインは,高度経済成長 期に激増した需要に対応して急がれた,輸入原 料による合理的な大量供給方式が定着したた め,国産ワインそれ自体の価値向上の努力を後 回しにしてきた経緯がある。幾度かのワイン ブームを経て消費者が育ち,生産技術も備わ り,ようやく今,日本の各地で育ったブドウに よって丹念に醸造された,地域色豊かなワイン が国内外で脚光を浴びるようになってきた。現 在,日本ワインは,国産ワイン総量の 18.4%を 占めるまでに成長した
3)。しかし,ワイナリー の多くは比較的小規模に運営されていて,低収 益・欠損企業が多い現状も指摘されている(原 田,2014)。ニューワールドのワインの価格競 争力の強さも脅威である。ワイナリーは,ワイ ンリゾートやワインツーリズムなど,地域の観 光資源としての注目度も高いが,その一連の注
目度の高まりに反して,ブドウ農家の減少は著 しく,ワイン用の国産ブドウの供給量が不足す る現実もある。
さらに問題はブドウの品質にもおよぶ。ブド ウは,ワイン醸造に適した品種(ヴィニフェラ 種)と生食に適した品種(ラブラスカ種)に大 別される。日本国内のブドウ産地は後者が主で あり,その余剰生産分の 2 次利用を目的に,地 域振興施策として興ったワイナリーも多い。つ まり,本来醸造に向かないブドウによるワイン の品質を上げることが求められるため,日本国 内のワインの品質向上は,関係者の期待に反し て難しい。
一般的に,ワインの評価概念は 3 つの軸で考 えられている。ブドウの品種(セパージュ),
土地(テロワール),年数(ヴィンテージ)で ある。中でも土地(テロワール)は,「一般に はワイン用ブドウを栽培する当該地域や特定農 地に固有の生産力を規定する自然条件を意味す る土壌の肥沃度や物理的構造,地層構造,気候 等を総合的に評価する概念であり,慣行的な栽 培技術,土地改良や水利条件等の歴史的に形成 されてきた人為的な土地条件も加味される(小 田,伊庭,香川,2008)」意味で使われる。山 本(2013)は,「生地も特性も個性も乏しいワ インは,たとえ上手に造られていて口当たりが 良くても,優れたワインとは扱わない」という 概念が必要だと言う。「日本ワイン」が定義さ れ,日本ワインを理解するということは,個々 の産地における,天然的かつ人為的に長い時間 をかけて培われた,風土や地域性への理解であ る,と言うことができる。
一方,地域ブランドについては,中嶋(2005)
によれば,1982 年にはすでに新聞紙上にその 言葉が登場していたとされる。当初は,流通分 野の専門用語である全国販売商品(ナショナ ル・ブランド)に対して地域限定商品(ローカ ル・ブランド)と称されたが,「ブランド」が,
差別化された高価格・高付加価値商品へと変化
するにしたがって,「強い競争力をもった地場
産品」を表すようになった。その後 2006 年に 制定された「地域団体商標制度」によって広く 認知された。当初は,この制度を活用した地域 特産品の商標取得プロセスを指すもので,現 在, 地域名+品名=地域ブランド は 612 件 に上る(2017 年 4 月 30 日現在)。しかし,現在 その概念は拡大している。取り組みの多様化に 従い,概念や目的が曖昧になり,他の地域の事 例の模倣に過ぎないケース,一過性のイベント 的性格が強いケースが少なくない現状が指摘さ れている。大方,他(2009)
4)は,最近の地域 ブランドの現状について,本来のブランドの意 義に触れ,「受け手が当該製品・サービスに何 らかの価値を感じ,その結果競争優位性が確立 されることを目的とするものであるはずが,こ れではかえってどの地域も同じような印象を与 えかねず,本来のブランド構築の目的が達成で きるとは考えにくい。」とし,供給者側本位に取 り組まれる現状を指摘している。確かに多くの 商標が実際に地域をブランド化するものとして 機能しているとは考えにくく,奇を衒った知名 度アップが優先で,地域住民の支持を得ていな い事例が散見される。同時に大方,他(前掲)
は,近年の地域ブランドへの取り組みを論じる 事例研究について,プロセス部分に焦点を当て るものが多いと述べ,「受け手に対する意識が 欠如している」と指摘している。地域ブランド にとって,受け手とは,消費者だけを示すもの ではなく,従業員,投資家,地域社会,中央・
地方政府など,地域に関わる多様なステークホ ルダーの視点を含める必要がある。この多様な ステークホルダーの視点と,一過性でない長期 的な視点に着目して,改めて地域ブランドのブ ランド化プロセスを考えてみる必要がある。
そこで本稿は,地域理解と長期的視点の問題 意識のもと,地域ブランド化のプロセスについ て考察するにあたり,個々の産地における,天 然的かつ人為的に長い時間をかけて培われた,
風土や地域性への理解が重視される「日本ワイ ン」に注目し,中でも生食用ブドウ産地のワイ
ナリーとして地域貢献している宮崎県の「都農 ワイン」の事例を分析する。
3.先行研究
3.1 ワインビジネスに関する先行研究 日本におけるワイン産業の研究については,
山本(2013)
5)によって,歴史的にまた全国の ワイナリーの事例が整理されている。国内のワ イン産業は,大手主要 5 社
6)によって長年支 えられており,梅木(2006)は,主要メーカー である大企業の視点によってワイン産業につい て論じた。日本のワインは,酒税の確保を目的 とした酒税法と食品衛生法で管理されており,
主なワイン産出国には当然存在する,ワイン産 地や品質の保護を目的とした,いわゆる「ワイ ン法」が不在である。この点において,日本の ワイン産業の将来を憂う立場から,法整備に関 する研究がなされてきた。日本ワインに対する 注目の高まりに比例して,国内のワイナリーは 増え,2014 年の時点で 280 軒に達している(国 税庁統計)。原田(2014)は,国産ワインの産 業の実態について整理し,その大半を占める零 細なワイナリーの経営に関する難しさを指摘し ている。近年の注目度の上昇に伴い,日本ワイ ンに特化した研究は増えつつあるが,まだ多い とは言えない。金(2005)は,山梨県勝沼の事 例をもとに,日本のワイン産業の課題は,「風 土宿命論」からの脱却だと論ずる。これまで日 本は,気候的にワイン生産に適していないから 品質の良いワインができない,という「風土宿 命論」に囚われてきたが,本来風土とは自然に 働きかける人間の歴史的いとなみである,とす る麻井(2001)を引用し,日本固有の風土が作 り出すワインの創造が必要だとした。また,髙 橋(2011)は,北海道から長野までの,東日本 の主なワイン産地を対象にした研究において,
地域ブランド化の視点から,日本ワインのブラ
ンド化には,ブドウの個性を引き出したワイン
の創造,良質な国産ブドウの栽培が必要である
と論じた。日本におけるワイナリー経営に関す
る経営学的研究には小田(2001),小田(2002),
小田,他(2011)
7)があり,地域活性化におい てワイナリー経営を考える際に考慮すべき点に 言及している。それによれば,ワイナリー経営 が長期的に健全な状態を達成,維持できること や,地域住民との地域連帯意識が形成されてい るかどうかが重要である。特に小田,他(前掲)
は,南大阪地域の生食用ブドウ産地における中 小ワイナリーの経営について論じ,地域のブド ウや地域のブドウ生産者とどのように関わり連 携すべきかの視点を抽出している。しかしそこ では,原料調達の視点からワイナリーの経営を 類型化しており,重要な3つの視点をそれぞれ,
①地域貢献 → 地域産ブドウ,②ブランド形成
→ ワイン専用品種,③財務基盤形成 → バルク ワインの各原料に求めている。つまり,地域産 ブドウのみで成り立つ日本ワインのワイナリー 経営についての分析は不十分である。
日本ワインの地域ブランド化の課題は,地域 によって歴史的に培われた,様々な土地や人と いった地域資源つまり「風土」と向き合うこと である。それにはワイナリー経営が,長期的な 視点を持ち,地域との連帯意識の形成に取り組 めるかが重要であり,この視点による日本ワイ ンのワイナリー経営について論じたい。
3.2 地域ブランドに関する先行研究
本来,ブランド化(ブランディング)とは,
他者に対する差異・優位性を,受け手である消 費者の中にイメージとして形成する,長期的視 点が重要な創造活動であり,経営プロセスであ る(小川,2011)。しかし最近の地域ブランド は,模倣にすぎない「一過性のイベント的性格 が強いケースが少なくない」と大方,他(前掲)
は指摘する。また,地域のブランド化とは,居 住者の地域に対する誇りや愛着を醸成すること
(北村,他,2006)
8)であり,消費者だけでなく,
従業員,投資家,地域社会,中央・地方政府な ど,多様なステークホルダーの満足の管理,つ まり企業と同様,ブランディングやレピュテー
ションマネジメントが必要(大方,他,前掲)
である。
レピュテーションとは,「評判」「名声」な どと訳されるが,C. J. Fombrun / Cees B. M.
van Riel(2004)は,企業のレピュテーション を「企業の活動に利害関係を持つ人々(ステー クホルダー)が,その企業の能力について抱く 認知の集積であり,企業の能力とはこれらの 人々にとって価値のある成果をもたらす能力で ある」と定義している。さらに,類似する語 である「イメージ」との違いについて,井上
(2005)は,「より時間をかけて形成された認知 を反映」するものであるとし,長期的な視点の 重要性に触れている。東(1995)においても,
地域の観光経営に,ステークホルダーの性質や 行動,相互の関係性についてのマネジメントの 重要性が論じられている。大方,他(前掲)は,
地域の受け手を,消費者,旅行者,住民(内・
外部),企業,団体等に分け,他のステークホ ルダーとの関係性などをもとに,それぞれの側 面に対する評価を通したブランド構築プロセス を示した(表 1)。
まず,それぞれの受け手とステークホルダー との関係性が築かれると,競合地域に対する優 位性(相対的価値)が生じ,買う,住む,など の行動をもって,その評価,愛着,誇りが表現 される。このプロセスは,ある程度の時間の経 過を必要としていて,これにより,地域ブラン ドが構築された,という状態に達する。つまり 地域ブランドは,受け手と地域の多様なステー クホルダーの関係性によるレピュテーション形 成が重要であり,その継続的な蓄積が,受け手 にとっての相対的価値(優位性),つまりブラ ンド戦略として選択すべきものが,時間の経過 の中で明確になるということである。
また,青木(2008),大方,他(前掲)は,
これからの地域ブランド化は,特産品や観光地
といった個々の地域資源を個別にブランド化す
るだけではなく,それらの地域資源ブランドを
柱としつつ,地域全体のブランド化に向かうと
論じる。青木(前掲)は,この構図を一般企 業との対比において,地域全体のブランドは,
個々の地域資源ブランドを束ね導く存在(傘ブ ランド)であり,象徴としての「地域性(地域 らしさ)」を体現するものとした。これが地域 資源ブランドと相互に強め合う関係であること を図式化し,地域ブランド化の 4 つのステップ を示した(図 1)(以下,「青木モデル」と称す る)。これによれば,第 1 ステップには,基盤
となる「地域性」を最大限に活用して地域資源
(加工品,農水産物,観光地等)がブランド化 に向かい,次に,それらの地域資源ブランドに 共通する「地域性」を核として見出し,傘ブラ ンド(地域全体のブランド)を構築する。その 状態においては,傘ブランドと個々の地域資源 ブランドが「強い相補効果,相乗効果」を生み 出すことがあるという。さらに,次の第 3 のス テップにおいては,傘ブランドが地域資源ブラ 表 1 受け手における地域ブランドの構築プロセス
受け手 イメージ レピュテーション
形成 行動 ブランド構築
消費者 産地としての
イメージ 産地としての評価 買う 産地としての
地域ブランド
旅行者 観光地としての
イメージ 観光地としての評価 訪れる 観光地としての
地域ブランド 住民
(内・外部) 居住地としての
イメージ 居住地としての評価 住む 居住地としての
地域ブランド 企業・団体
など 企業立地としての
イメージ 企業立地としての評価 営む 企業立地としての
地域ブランド 企業・団体
など
コンベンション等 開催地としての
イメージ 開催地としての評価 開催する 開催地としての
地域ブランド
地域側が発信する情報 各ステークホルダーとの関係性 競合地域に対する相対的な価値 愛着
出所:大方・八坂・平屋・増田(2009)p.53。
出所:青木(2007),p.20 より筆者作成。
図 1 地域ブランド構築の基本構図(青木モデル)
②地域資源ブランドによる
地域全体のブランド ③地域ブランドによる
地域資源ブランドの底上げ
①「地域性」を活かした
地域資源のブランド化 ④地域資源ブランドによる
地域(経済)の活性化 傘ブランドとしての地域
(象徴としての「地域性」)
農 水 産 物 ブ ラ ン ド
加 工 品 ブ ラ ン ド
農 水 産 物 ブ ラ ン ド
核 と し て の 地 域 性
生 活 基 盤 な ど 観
光 地 ブ ラ ン ド 商
業 集 積 ブ ラ ン ド
ブランディングの「場」としての地域
(地域資源ブランドの基盤としての「地域性」)
① ④
② ③
ンドを強化し底上げする後光効果が作用する。
最後の第 4 のステップでは,地域ブランドが確 立され,各地域資源ブランドの競争力が増し,
高付加価値化が進むことによって,地域経済や 地域自体が活性化される構図である。
3.3 先行研究から導出される課題
両領域の先行研究からは,以下のような視点 が導き出される。ブランド化が期待される日本 ワインおよび,ブランド化の概念の再構築が必 要とされる地域ブランドの双方における重要な 視点は,自然条件,歴史,人,文化,産業といっ た,長年培われてきた地域資源に対する理解と 貢献,長期的な関係性の構築である。つまり,
「品種」や「土地(風土)」,「年数」による評価 軸を重視する産業である日本ワインを,地域ブ ランド化における青木モデルによって考察する ことは一定の意味を持つと考えられる。
本稿では,「地域性」に対する理解と貢献と,
地域のステークホルダーによるレピュテーショ ン形成を軸に,日本ワインのワイナリーの地域 ブランド化のプロセスについて,青木モデルの 枠組みによる考察を試みる。
4.研究方法
小田,他(前掲)は,生食用ブドウ生産地域 における中小ワイナリーについて,持続的かつ 発展可能な技術的・経済的な経営対応の類型化 を行っている。本稿の分析にはまず,このワイ ナリーの経営において重要な 3 つの視点,①地 域貢献,②ブランド形成,③財務基盤形成に基 づいて,九州地方の生食用ブドウ産地に所在す る日本ワインのワイナリーである,宮崎県の有 限会社都農ワインのワイナリー経営の施策を抽 出し,時系列で整理を行った
9)。都農ワインの 醸造家への直接のインタビュー調査を含む取材 と出版物およびホームページ等,資料文献をも とに,すべての施策について,ターゲットと考 えられる地域のステークホルダーと,彼らの評 価についての整理を行った。これを,青木モデ
ルに組み込み,分析を試みた。なお,調査対象 の都農ワインの醸造家(工場長小畑曉氏,副 工場長赤尾誠二氏(当時))には,2014 年 7 月 から,2016 年 10 月までの約 2 年にわたって,
主に現地において合計 4 回の継続的なインタ ビュー調査を行った。
5.有限会社都農ワインについて 5.1 概 要
都農町は,一人当たりの農業産出額が全国 2 位(総務省,2015)である宮崎県の中でも,人 口 10,000 人余りの小さな町である。温暖だが 台風が多く雨量も多い。地域のブドウ農地の開 拓者である永友百二氏にまつわる逸話が受け継 がれている。その開拓の産物である生食用ブド ウのキャンベルアーリー種は「尾鈴ぶどう」と 呼ばれ,この 2 次利用を目的に,1996 年に第 三セクターとして都農ワインが開業した。町長 を社長に冠する保守的,排他的な環境の中,革 新的な「ヨソ者」醸造家の柔軟な経営手腕によ り,現在までの約 20 年間にわたって黒字経営 を達成し続けている。また,日本ワインの主要 産地とは異色の,南国の多雨地域という厳しい 風土から生まれたラブラスカ種によるワイン が,2004 年にイギリスの国際的ワイン品評会 で,日本のワインとして初めて選出されてい る。最近では,2016 年と 2017 年に,アジア最 大のワインコンクールで出展 1,600 点中最高賞 であるナショナルトロフィー賞を受賞してい る。長年の取り組みにより,地域の個性を表現 する日本ワインとして,世界に認められた点に おいて,日本ワインのブランド化,および地域 ブランド化を牽引するワイナリーであると言え る。
5.2 組織と資本構成
代々の都農町長には,永友百二氏(1898-1983)
の家系が多く歴任している。大株主で代表取締
役である都農町長は,ワインビジネスのビジョ
ンはないが,減少するブドウ農家の経営を救済
する意図で,ワイナリー計画を代々推進してき た。ワイナリーの資金調達策は,国からの補助 金を含む資本総額約 5 億円のうち,JA 尾鈴か ら,都農町が全額債務保証者としてワイナリー に 2 億 3,400 万円の融資を受けさせている。こ れにより,JA すなわちブドウ農家と自治体が,
ワイナリーを支配する構図を内外に明確にし た。つまり,ワイナリーの経営判断は,地元 農家の繁栄が最優先される仕組みとなってい る。尾鈴ぶどうに対するプライドを持ち,保守 的排他的な地域性にある住民にとっては,ワイ ナリーの責任者である醸造家は,都農町にゆか りのないヨソ者で,異分子であった。開業当初 から,その 2 者にとってワイナリーは支配と不 信の対象であった。しかし,ワイナリー側はパ ワーバランスの圧力に屈することなく,一貫し て高品質なワイン造りを目指した。そのため,
生食用として出荷できないいわゆる「裾もの」
ではなく,美品の買取りを主張したため,諍い が絶えなかった。地域の信頼構築どころか,不 信や抵抗があり,むしろマイナスからのスター トだったと言える。しかし 3 者は永友百二の不 屈の精神に対して畏敬の念を共通に持ってい る。
6.考 察
6.1 地域性を活かした地域資源ブランドの 形成プロセス
分析の材料として先に抽出した 3 つの視点 による都農ワインの経営施策は,時系列での 整理によって,地域貢献策に分類されるもの は開業当初に集中し,明らかなブランド形成施 策は開業当初には見られず,ブランド形成施策 の出現には,ある程度の時間の経過を要してい ることが明らかになった。そこで,都農ワイン への取材と出版資料やウェブサイト上の情報を もとに,地域貢献策に対するそれぞれの受け手 による評価を整理した(表 2)。醸造家へのイ ンタビューから,これらの経営施策の判断基準 を,自発的に「地域のため」に徹底したことが 明らかになった。第三セクターという企業形態 の組織的なしがらみや,自治体や JA による資 本構造的な支配は,むしろ地域とワイナリーに 好ましくない関係性からの事業開始を余儀なく した。しかし醸造家は「ワインは地酒」という 自身の哲学を持ち,未知の地域の土壌や歴史,
人の逸話を学び,地域資源である生食用ブドウ だけを使った高品質なワインを醸すことに,喜 びをもって取り組んだと言う。良いものを造れ ば地域も喜ぶに違いないというシンプルな信念 が,地域の受け手の不信を覆し,信頼や誇りや
出所:上野(2012)をもとに筆者作成。図 2 都農ワイン開業時の地域における関係性(1994 〜)
保守的,排他的な地域性 ブドウに対する「誇り」
ワイナリー
JA・ブドウ農家 都農町
不信 支配
資本85% 社長は町長(債務保証) 地元農協が全面的に融資
ワイナリーの負担金2億3,400万円
愛着が醸成された結果,加工品ブランドや産地 ブランドを始め,ビジネスパートナーとしても 職場としても地域に選ばれる「ブランド」に なったのである。つまりこの過程は,青木モデ ルにおける第 1 ステップである,「地域性」を 活かした地域資源ブランドの形成プロセスに相 当すると考えることができる。
6.2 ブランド形成施策の出現プロセス 前節で述べたように,都農ワインの経営施策 の時系列の抽出作業では,まず地域貢献策があ り,ブランド形成施策の出現には,ある程度の 時間がかかっている。具体的には,
① 「永友百二伝承」をテーマとした広告宣 伝活動と新商品開発の実施
② 自社栽培畑からの高付加価値ワイン「プ ラ イ ベ ー ト リ ザ ー ブ 」 の シ リ ー ズ 化
(2015 年〜)。
③ 主幹品種であるキャンベルアーリー種 による「永遠のキャンベル」開発構想
(2016 年〜)。
などである。開業当時にはこれらの施策はブラ ンド化策として明確に打ち出されてはいない。
ブランド施策は最初からは存在しないのであ る。むしろ地域貢献策,つまり受け手の評価の 追求に徹する継続的な取り組みの中で,時間を かけて優位性が明確化した結果,後に戦略的な ブランド化策に変化するプロセスが見られた。
中でも,①永友百二伝承は,既出のとおり,も ともと自治体,ブドウ農家,ワイナリーの 3 者 に通底する誇りである。上野(2013)は,都農 ワインを「闘う葡萄酒」と形容している。台風 の通り道にあり,一般にワイン造りには適さな いとされてきた南国で収穫されたブドウによる ワインが世界に評価されたことは,第二次大戦 後に,周囲の住民に嘲笑されながら,ブドウ農 地の開拓に奔走した永友百二氏のチャレンジ精 神である「地域性」が受け継がれているとも言 える。この物語は,ステークホルダーと地域資 源ブランドを束ねる総体的相補的な求心力を,
都農ワインに与える「地域性」であると考えら れる。つまり,青木モデルにおける第 2 ステッ プである,核となる「地域性」を見出すプロセ スに相当すると考えることができる。
また,②の自社畑におけるワイン専用品種の
栽培については,醸造家へのインタビューによ
表 2 都農ワインの「地域性」を活かした施策における受け手の評価による地域ブランド構築プロセス
れば,実はこれには裏に野心がある,と言う。
醸造家ならば,ワインのための品種であるヴィ ニフェラ種を使って,欧米の銘醸地に匹敵する ようなワインを造ってみたいものである。しか し闇雲に好きな品種を栽培しても育たない。や はりまずは風土や土壌の理解が必要である。さ らに,品種のポートフォリオ構築には,生食用 ブドウの収穫時期やメンテナンス作業時期を最 優先に考慮する必要もある。その継続的な挑戦 によって土壌改良が実現する一方で,少量なが らシリーズ化に至った高付加価値ワインが,さ らに強い地域資源ブランドとして底上げされ,
確立している。つまりこれは,青木モデルにお ける第 3 のステップに相当すると考えられる。
6.3 財務安定策と第 4 のステップについて 青木モデルでは,財務施策については考慮さ れていない。しかし,上記の地域貢献やブラ ンド化施策を支える財務的な側面に,ここで 補足して言及したい。この 20 年間の都農ワイ ンの事業規模は,年間生産本数約 24 万本前後 を上回らず,売上高もそれに従って横ばいであ る。良好な経営状態にも関わらず,拡大よりも リスク回避,現状維持志向を選択している。そ のため,毎年ワインは通販を含めた直売をはじ め,県内流通のネットワーク内でほぼ完売する ので,ワイナリーは,単にイベント会場の提供 者として地域に貢献しているが,強化すべきワ インでの集客は果たせていないという課題があ る。これには,農家の減少によるブドウ不足や,
自治体と JA による支配的な資本構造が,積極 的な事業拡大を阻んでいることが大きな要因で はある。しかし,ブランド化の進展は,企業を 目先の利益に囚われた大規模な拡大施策に陥ら せることも多い。せっかく長期間をかけて培っ たブランド価値が瞬時に毀損する危険性に晒さ れるものである。たとえば地域以外からの原料 供給に着手したり,急激な販路拡大を行ったり すれば,流通を管理しきれなくなり,原料供給 者や最終消費者の顔が見えなくなる状況も増
す。その意味では,都農ワインは財務安定策の 意思決定においても,開業時から「地域性」の 理解が貫かれてきたと解釈できる。
しかし,ブランド化の進展は,受け手の評価 や地域のステークホルダーの認知を,愛着や信 頼だけに留まらせないものでもある。受け手の 期待は多様化し,地域資源ブランドを,より多 様な局面から地域経済活性に有効活用したい需 要が生じる。つまり,青木モデルにおける第 4 のステップである,地域資源ブランドによる地 域(経済)の活性化の実現は,このままの都農 ワインでは限界がある。実際に 2011 年度に都 農町によって打ち出された都農町中心市街地活 性化構想では,都農ワイナリーをメインに据え ることで,周辺の観光資源とインフラの新規開 設を融合させ,都農ワインを従来の 点 から,
より多様な 面 で活用しようと試みている。
しかし実際は,地域内と県外の知名度や評価に おける差が明らかになり,観光地として十分に 機能するための課題がさらに浮き彫りになった と言える。
2016 年秋に,都農ワインは A-Five(農林漁 業成長産業化支援機構)とエー・ピー・カンパ ニーによって,6 次産業化支援ファンドの出資 を受けて株式会社化した
10)。地域ブランド化 を果たす一方で,地域のブドウ農家の減少や,
観光地としての機能不足など,資源の限界にも 直面してきた都農ワインは,これを機に資金を 得て,今後は新たな段階へ進むと考えられる。
具体的には,大株主であった都農町が株式を売
却し,町長が退任したことにより,醸造家の小
畑氏が代表取締役となったことで,自治体の関
与なく経営判断ができるようになり,経営自由
度の向上が図られる。さらに,都農町の株の売
却益を地域のブドウ農家育成資金として投入す
る施策や,高級ワイン開発への多額の設備投資
の決定,生産量の拡大に伴う海外も含めた販路
拡大策,ワインリゾートとしても機能する宿泊
施設の建設など,資金の獲得によって,新しい
都農ワインが観光資源として地域にもたらす効
果も望まれている。しかし,これが,青木モデ ルの地域ブランド化,最後のプロセスである,
地域経済の活性化の役割を果たすものとして説 明できるかどうかは未知であり,今後の株式会 社都農ワインの動向を見守っていかねばならな い。
6.4 まとめ
以上のことから,都農ワインの地域ブランド 構築プロセスは,風土や地域性への理解を基盤
として,図 5 のように説明ができると考えられ る。都農ワインの経営施策は,開業当時から 地域貢献が最優先の目的として取り組まれた。
JA の社員や信頼や誇り,愛着という評価を下 したことによって,それぞれの地域資源ブラン ドが確立された(第 1 ステップ)。地域貢献策 は時間の経過の中で優位性の高い地域資源ブラ ンド施策へと進化する。まずは,地域ブランド の核となる「地域性」,つまり農地開拓者,永 友百二氏の逸話を共有することによって,それ
出所:都農ワイン資料より筆者作成。図 3 都農ワイン売上高と純利益推移
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
カフェ 2,456 5,345 5,747 6,865 5,494 7,025 8,135 7,812 8,264
その他 69,89 68,58 56,34 46,55 42,66 39,87 37,84 34,10 29,13 25,58 23,18 25,61 31,24 24,26 30,29 29,27 34,43 32,63 ワイン売上52,33 109,6 125,3 174,1 245,9 278,7 261,0 267,3 248,2 247,2 233,8 235,2 247,0 231,5 218,2 238,9 232,4 264,2 260,1 当期純利益 -3,06 9,986 6,894 11,50 16,61 28,57 22,34 15,54 21,61 22,57 22,57 26,13 14,50 17,91 18,53 11,60 18,68 22,80 26,89
‒5,000 0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000
0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000 350,000 単位:1,000円
出所:都農ワイン資料より筆者作成。
図 4 都農ワイン来客数(人)
0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010
ぞれの地域資源ブランドが, 「闘う」ワイナリー という,象徴としての「地域性」を見出すに至 る(第 2 ステップ)。その一方で,この象徴と しての「地域性」の存在が,より優位な地域資 源ブランドを明確に浮き彫りにしている(第 3 ステップ)。したがって,ここまでは青木モデ ルによって概ね説明できることが明らかになっ た。
最後の地域経済の活性化のプロセス(第 4 の ステップ)については,株式会社化による資金 獲得と組織体制の大幅な変更という転換点を迎 え,今後の継続的な検証が必要ではあるが,一 方でこの地域ブランド化プロセスは,長期的継 続的な取り組みが必然であることも同時に示さ れた。
7.結論および展望
本稿では,「地域性」に対する理解と貢献と,
地域のステークホルダーによるレピュテーショ ン形成を軸に,都農ワインの事例について,日
本ワインの地域ブランド化のプロセスについ て,青木モデルの枠組みによって考察した。
日本ワインおよび,ブランド化の概念の再構 築が必要とされる地域ブランドの双方におい て,まず重要な視点は,自然条件,歴史,人,
文化,産業といった,長年培われてきた地域資 源に対する理解と貢献,長期的な関係性の構築 である。この風土や地域性への理解が,地域ブ ランド化の基盤的な役割を果たすことが明らか になった。地域ブランド化のプロセスには,こ の地域の受け手側の評価の視点と,長期的,継 続的な取り組みによって,より強いブランド形 成に至る過程が示された。都農ワインの事例 は,「ヨソ者」である醸造家という客観的視点 の存在が,風土や地域性への理解を進ませる要 因のひとつと考える余地もある。しかし,これ は本稿の領域とは異なるのでここでは議論して いない。
日本ワインの定義には,国内のワイナリーを 地域資源ブランドとして,および地域活性化の 図 5 都農ワインの地域ブランド構築プロセスの構図
②地域資源ブランドによる地域全体のブランド ③地域ブランドによる地域資源ブランドの底上げ
①「地域性」を活かした地域資源のブランド化 ④地域資源ブランドによる地域(経済)の活性化 都農ワイン「闘う」ワイナリー
(象徴としての「地域性」)
ブドウ産地ブランド 生食用ブドウのワイン ブドウ以外の地域の果実ワイン
核 農 地 開 拓 者 永 友 氏
ビジネスパ
―トナ
―など
観光地ブランド
商業集積地ブランド
受け手の評価 , 愛着 , 誇り
消費者,ブドウ農家,JA,地元企業,住民,自治体,参加者
① ④
② ③
ワイン専用品種のワイン
ブランディングの「場」としての地域
(地域資源ブランドの基盤としての「地域性」)
風土・地域性への理解