第4回 ワイン市場とワイン法のグローバル化を考
える ―競争にさらされるEU 産ワイン―
著者
蛯原 健介
雑誌名
ヨーロッパ研究
号
13
ページ
197-200
発行年
2019-03-25
URL
http://hdl.handle.net/10097/00131600
第 4 回 ワイン市場とワイン法の
グローバル化を考える
―競争にさらされる EU 産ワイン―
蛯 原 健 介
キーワード:ワイン法/ワイン市場/地理的表示/原産地呼称1. はじめに
ワインは、古くから国境を越えて取引きさ れてきた国際商品ではあるが、近年、ワイン 市場のグローバル化が急速に進行している。 かつては、フランス、イタリア、スペインと いったヨーロッパ諸国がワイン生産の中心で あり、また消費の中心でもあった。しかし、 その地位は大きく揺らいでいる。本稿では、 EU 産ワインをとりまく市場の状況を、5つ の脅威という観点から論じることにしたい。2.EU 産ワインをとりまく5つの脅威
(1)消費者のワイン離れ
第一の脅威は、EUの伝統的ワイン生産国・消費国における消費者のワ イン離れである。今やワイン消費量のトップに位置しているのはアメリカ であり、フランスは2位に甘んじている。イタリア、スペイン、ポルトガルでもワインの消費量は落ち込んでいる。その理由としては、若い世代や 女性のワイン離れ、競合する他のアルコール類やソフトドリンク類という 選択肢の増加、飲酒運転の厳罰化、酒類は健康に良くないというイメージ の流布などが指摘されている。
(2)新世界ワインの台頭
第二の脅威は、ワイン業界において「新世界」と呼ばれている、新興生 産国のワインの台頭である。一般に、新世界ワインと呼ばれているのは、 北米、南米、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなどの国々 のワインである。アメリカ独立200 周年を記念して開催された 1976 年の試 飲会において、カリフォルニアワインがフランスの銘醸ワインに勝利した 「パリ試飲会事件」をひとつの契機に、ヨーロッパ以外の国々でも高品質ワ インが生産されうることが知られることとなった。日本の輸入ワイン市場 を見ても、現在では、輸入数量でトップに位置しているのはチリワインで ある。フランスワインは輸入金額では第1位であるが、輸入数量ではチリ に及ばない。EU 域内でも新世界ワインが市場シェアを伸ばしており、EU のワイン生産者は競争力の強化を迫られている。(3)産地・ブランドの不正使用
世界各国でワインが生産され、ワイン市場が著しくグローバル化してい る中にあって、EU 諸国には高い知名度を有するワイン産地が少なくない。 こうした産地の名称は、有名であるがゆえに、たびたび不正使用の標的に されてきた。シャンパーニュ、ボルドー、ブルゴーニュ、シャブリ、ポル ト(ポート)、キアンティなどである。そこで、産地名の不正使用を防止し、 善良な生産者や消費者を保護するために導入されたのが、原産地呼称制度 である。今日、日本を含む世界各国で用いられている地理的表示制度は、 もともとワインの原産地呼称制度からはじまり、他の産品にも拡大されて いったものである。 WTO の TRIPS 協定により、地理的表示は、知的財産権のひとつとして、第 4 回 ワイン市場とワイン法のグローバル化を考える ―競争にさらされる EU 産ワイン― 保護すべきものとされている。しかし、WTO 加盟国をみても、保護の状況 には、それぞれの国で大きな違いが見られる。EU 諸国においては、ワイン 以外の産品をも含め、厳格な制度の下で保護が行われているが、アメリカ では、「カリフォルニア・シャンパン」「カリフォルニア・シャブリ」といっ た名称を用いたセミ・ジェネリック商品が流通している。
(4)気候変動
気候は、テロワールを構成する重要な要素である。地球温暖化や異常気 象は、ワイン用ブドウ栽培に深刻な影響を及ぼすことが予想されている。 カベルネ・ソーヴィニヨンの栽培適地とされていたボルドー、ピノ・ノワー ルの栽培適地とされているブルゴーニュも、温暖化の進行により、将来、 それらの品種の栽培が困難になるおそれがある。すでに多くの地域で、数 十年前と比較して、ブドウの収穫時期が早まっていることが指摘されてい る。逆に、ワイン用ブドウ栽培には冷涼すぎるといわれてきた北ヨーロッ パなどがワイン産地となる可能性もある。気候変動に直面し、EU のワイン 産業は難しい対応を迫られている。(5)
「日本ワイン」の誕生
最後の脅威として言及すべきは、日本市場固有のものといえるが、昨今 の「日本ワイン」ブームの影響である。2000 年代に入って、日本ワインの 品質は顕著に向上しており、海外のコンクールでも受賞するワインが増え てきた。消費者やメディアの関心も高まっており、日本市場では、フラン ス産高級ワインなどの消費者層まで取り込みつつある。 従来、日本にはワイン法と呼べるものは存在せず、業界団体の自主基準 に委ねられていた。しかし、2018 年 10 月 30 日に施行された国税庁告示「果 実酒等の製法品質表示基準」により、はじめて「日本ワイン」が定義され、 地名、品種名、収穫年などの表示基準が明確に定められることとなった。 この基準は、酒類業組合法を根拠に策定されたものであり、罰則も置かれ るなど、実質的にはワイン法として機能していくものといえるが、ワインの品質そのものについて基準が定められているわけではない。2013 年に指 定された地理的表示「山梨」につづいて、2018 年 6 月には、地理的表示「北 海道」が誕生し、これらの産地では、地名表示がワインの品質と結び付け られる形になっている。