作品制作における個人性とその解消 : 一九世紀後 半以降の西洋芸術
著者 伊達 立晶
雑誌名 人文學
号 201
ページ 25‑61
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000068
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
│
│ 一九 世 紀 後半 以 降 の西 洋 芸 術│
│
伊 達 立 晶
序 詩
なり 絵画 なり 作者 が何 らか の作 品を 制作 する 際︑ ふつ う 我 々 はそ こ に 作者 の 個 人的 な 制 作 意志 を 認 める だ ろ う︒ この 場合
︑作 者は 作者 とし ての 個人 性を 維持 して 制作 活動 に従 事し てい ると いえ る︒ しか し他 方で
︑作 者の 個人 的な 意志 を越 えた 力に よっ て作 品が 制作 され ると いう 考え 方も 古く から ある
︒た とえ ば詩 的霊 感論 がそ うで あり
︑古 代ギ リシ アで は詩 の女 神ム ーサ が詩 人の 口を 通じ て詩 を語 ると され てい た︒ この 場合 詩の 語り 手は ムー サで あり
︑詩 人は 自ら の制 作意 志に よら ず︑ 場合 によ って は陶 酔状 態で 詩を 語る こと にな る︒ シュ ルレ アリ スム にお ける 自動 筆記 の場 合も
︑作 者は 自己 の意 識的 な制 作意 図を 越え る無 意識 的な 働き を招 来し よう と求 める が︑ この 場合
︑そ の無 意識 的な 働き をあ くま でも 個人 の意 志と 見な すの か︑ それ とも 意図 的な 作者 の手 を離 れる とい う意 味で
︑作 者が 陶酔 状態 の中 に自 らの 個人 性を 解消 しよ うと して いる と見 なす のか
︑判 断は 分か れよ う︒
― 25 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
制 作過 程に おい て作 者の 個人 性が 保た れる のか 否か とい う違 いを 厳密 に見 きわ める こと は︑ あま り容 易で はあ るま い︒ 個人 性を 発揮 しよ うと する 作者 は少 なか らず 独創 的な 作品 を制 作し よう とす るだ ろう が︑ 今ま でに ない 作品 を制 作す るた めに は自 分で も思 いも よら なか った 新し い発 想が 求め られ るの であ り︑ いわ ば意 図を 越え た成 果が 期待 され る︒ こう した 発想 が生 じる 事態 をあ くま でも 作者 個人 の発 想と 見な すの か否 か︑ その 判断 は人 によ って 異な るの では ない だろ うか
︒本 稿で は意 識的 に制 作し よ う と する 心 の 働き を
﹁意 図﹂ と 呼び
︑﹁ 意 図﹂ を 越 えた 無 意 識的 な 働 きを も 含む 個 人 の 心の 働 き を﹁ 意志
﹂と 呼 ぶ こと で
︑意 図 を 越え た 制 作に お い て 個人 性 が 保 た れ る
︵意 志 的 で あ る
︶の か︑ 個人 性を 失っ てい る︵ もは や意 志的 では ない
︶の かと いう 判断 の違 いに 注目 した いと 思う
︒ こ うし た観 点か ら本 稿で 注目 する のは
︑作 者個 人の 意志 によ る作 品制 作を 追求 した アメ リカ の詩 人ポ ー︵
Edgar A l
lan P oe, 1809 1849
︶と
︑そ の詩 論の 影響 を受 けつ つ作 者と して の個 人性 の解 消へ の方 向性 を拓 くボ ード レー ル︵
Charles
Pierre Baudelaire, 1821 1867
︶︑ およ び個 人 性 の解 消 を 明言 す る マラ ル メ︵
Stéphane Mallarmé, 1842 1898
︶ で ある
︒特 にマ ラ ルメ は 晩 年の 詩 論
﹁詩 の 危機
﹂︵
“Crise de vers,” 1897
︶に お い て︑ 詩作 の 過 程 で﹁ 詩人 の 消 滅﹂ とい う 事 態が 生 じる こ と を 論じ て お り︑ ロラ ン
・バ ル ト︵
Roland Barthes, 1915 1980
︶は こ のマ ラ ル メの 主 張 や シュ ル レ ア リ ス ム な どを ふ ま え て︑ 有名 な
﹁作 者 の死
﹂︵
“La m ort de l’Auteur,” 1968
︶ を 論じ る こ と にな る
︒い わ ばポ ー か らマ ラ ル メ へと 移行 する 際の 詩的 制作 論の 転換 に︑ 現代 の﹁ 作者 の死
﹂問 題の 端緒 を見 出し うる 可能 性が ある ので ある
︒ そ れで は個 人に よる 制作 とい うこ とを 疑わ なか った ポー の制 作論 は︑ ボー ドレ ール やマ ラル メに よっ てい かに して 変容 し︑ 現代 芸術 にい かな る影 響を 及ぼ した のだ ろう か︒ この 問題 につ いて 考察 する ため に︑ 第一 章で はま ずポ ーの 詩論 につ いて
︑第 二章 では ボー ドレ ール の詩 や絵 画の 制作 論︑ 第三 章で マラ ルメ の詩 や絵 画の 制作 論を 検討 し︑ 第四
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
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章で 一九 世紀 末以 降の 西洋 芸術 を視 野に 入れ つつ
︑制 作に おけ る個 人性 の消 滅が きわ めて 重要 な問 題と なっ てい くこ とを 指摘 した い︒ さら に第 五章 にお いて
︑そ うし た芸 術運 動の 展開 を取 り巻 く批 評も また
︑作 品制 作に おけ る作 者の 個人 性の 解消 を意 識す るよ うに なっ たこ とを 確認 する
︒以 上の 考察 を経 て︑ ポー から マラ ルメ に至 る制 作論 の変 化の 内実 を明 らか にし
︑こ の変 化が 現代 に至 る西 洋芸 術の 流れ を決 定づ ける もの であ った こと を明 らか にし たい
︒ 第
一 章 ポ ー の詩 論 作
者個 人の 意志 的な 作品 制作 を追 求し たポ ーの 詩論 とい うと
︑多 くの 人は
﹁ 構成 の哲 学﹂
︵
“The Philosophy of Com
position,” 1846
︶の こと を想 起す るだ ろう
︒こ の詩 論は 自ら の 詩﹁ 大 鴉﹂
︵
“The Raven,” 1845
︶ の制 作 方 法に つ い て紹 介し たも ので あり
︑こ の作 品が 偶然 や直 観に 頼る こと なく
︑徹 底的 に意 図的 に書 かれ たも ので ある こと が主 張さ れて いる
︵
Poe
︹
a
︺
,X IV ,1 95
︶︒ そ れゆ えポ ーが 作者 個人 の 意 志 によ る 作 品制 作 を 追求 し た こ とを 確 認 する た め には
︑た だこ の詩 論の 存在 を指 摘す るだ けで 十分 に思 われ るか もし れな い︒ しか しじ つは この 詩論 は︑ ポー 自ら が他 の様 々な テク スト に書 き残 して いる 詩的 イマ ジネ ーシ ョン 論を あえ て隠 蔽す るも ので あり
︑そ の意 味で は瞞 着を 含む 詩論 であ る⑴
︒ その ため
﹁構 成の 哲学
﹂の 主張 をふ まえ るだ けで はポ ーの 詩論 全体 を 理 解す る こ と はで き ず︑ む しろ 誤 解 に陥 る危 険さ えあ る︒ そこ でそ のイ マジ ネー ショ ン論 をも 視野 に入 れて
︑ポ ーの 詩論 を概 観し てお こう
⑵
︒ ロ ン グ フェ ロ ー︵
Henry Wadsworth Longfellow, 1807 1882
︶ の バラ ッ ド など の 作 品を 論 じ た 一八 四 二 年の ポ ー の詩 論︵ 以下
﹁ロ ング フェ ロー のバ ラッ ド﹂ と呼 ぶ︶ にお いて
︑ポ ーは
︑詩 人た るも のは 感覚 的に とら える こと ので きる
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品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
地 上 世 界 の 美 に 満 足 す る こ と が な く︑ 霊 感 に よ っ て 与 え ら れ る 天 上 の 美 を 求 め る も の だ と い う
︵
XI, 71
︶︒ そ れ が
﹁ 人間 本性 の不! 滅! の! 本質
﹂に よる のだ とい う説 明か らも
︵
71
︶︑ 魂の 不滅 を説 くプ ラト ニズ ムの 影響 を受 けて いる こと は明 らか だろ う︒ さて その 天上 の美 を十 全に 把握 する こと は生 身の 人間 には 不可 能で あり
︑ど れほ ど努 力し ても
︑詩 人は その 天上 の美 その もの を作 品化 する こと はで きな い︒ つま り詩 人が 瞬間 的に 霊感 を受 ける こと 自体 は肯 定さ れる もの の︑ そこ で享 受さ れた 天上 の美 がそ のま ま作 品化 され る可 能性 は否 定さ れる ので ある
︒そ れゆ え詩 人は 天上 の美 に で き る だ け 近 づ く た め に
︑﹁ 諸 々 の 事 物 や 思 念
﹂を
﹁結 合﹂ し て
︑心 の 渇 き を 癒 す の だ と い
う︵
71-72
︶︒ こ の
﹁ 諸々 の事 物や 思念
﹂を 意図 的に
﹁結 合﹂ する 能力 が﹁ イマ ジネ ーシ ョン
﹂で ある
︵
73
︶︒ 一 八四 五年 のウ ィリ ス︵
Nathaniel P arker W illis, 1806-1867
︶ につ い ての 批 評 では
︑イ マ ジ ネ ーシ ョ ン につ い て 次の よ うに 論 じ られ て い る︒ 人 間の 心 は 無か ら 何 かを 想 像 す る︵
imagine
︶こ と は でき な い︒ こ の 世に 存 在 しな い グ リフ ィン のよ うな 存在 を想 像す る場 合で も︑ 実際 には 感覚 的経 験を 経て 獲得 され た既 存の 観念
︵鷲 の頭 部と 鈎爪
︑ラ イオ ンの 胴と 下肢
︶を 結合 して 想像 して いる にす ぎな い︒ それ ゆえ いか に新 奇な 構想 であ って も︑ その 構想 は単 に普 通に ない 結合 に基 づい てい ると 考え られ る︵
XII, 38-39
︶︒ だが この 主張 を裏 返す なら
︑今 まで 結び つけ て 考 える こ と のな かっ たも のど うし をイ マジ ネー ショ ンに よっ て結 合す るな らば
︑新 奇な 構想 が可 能に なる こと を意 味し てい る︒ この 批 評に お い て イマ ジ ネ ーシ ョ ン の作 用 が
︑化 学 的結 合 に よっ て 化 合 物を 産 出 する 化 学 変化 に 喩 え られ て い るよ う に
︵
38-39
︶︒ 結 合作 用に よっ て元 の素 材 に はな か っ た新 奇 性 が 生じ る と いう わ け であ る
︒そ し て イマ ジ ネ ーシ ョ ン はそ の結 合作 用に よっ て︑
﹁ 今ま でに こう した 結合 が想 像さ れ な かっ た の はな! ぜ! な! の! か!
﹂と 自 問 せ ずに お れ ない ほ ど 統一 性の ある 美を 産出 する のだ とい う︵
39
︶︒ いわ ば詩 人 は 化学 者 の よう に
︑結 合 する 詩 句 の 潜在 的 性 質を 吟 味 し︑ 生じ
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
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るで あろ う詩 句の
﹁化 学変 化﹂ をあ る程 度予 想し つつ
︑詩 句を 結合 して 予想 を超 える 美的 効果 を産 出し てい くわ けで ある
︵
39
︶︒ も ちろ んす でに 述べ たよ うに
︑そ の美 は 天 上の 美 の 再現 で は ない
︒あ く ま で も詩 人 に でき る こ とは
︑天 上の 美に でき るだ け近 い美 を産 出し よう とす るこ とな ので ある
︒ こ のイ マジ ネー ショ ン論 のう ちに
︑作 品制 作が 作者 個人 の意 志に よる のか 否か をめ ぐる 微妙 な問 題を 見出 すこ とが でき るだ ろう
︒た しか にこ の制 作活 動は
︑自 らの 意図 を越 え出 る成 果を 求め るも ので ある
︒化 学変 化が 物質 自体 の性 質に よっ て生 じる よう に︑ 詩人 は詩 句自 体の 生み 出す 作用 に制 作を 委ね ると いう 側面 も認 めら れる
︒し かし イマ ジネ ーシ ョン を発 揮し て詩 句を 操作 する のは あく まで も作 者個 人で あり
︑ポ ー自 身も この 制作 過程 に詩 人と して の個 人性 の解 消を 認め てい ない
︒つ まり 作者 の意 図を 越え る成 果も
︑作 者個 人の 所産 とし て認 めら れて いる ので ある
︒ ポ ーが 詩作 にお いて 詩人 とし ての 個人 性の 解消 を認 めな いこ とは
︑個 人の 本性 が不 滅で ある とす る前 提か らも 説明 でき よう
︒﹁ ロ ング フェ ロー のバ ラッ ド﹂ に お いて 天 上 の美 が
﹁来 た るべ き 美 し さ﹂ とか
﹁墓 場 の 彼方 の 美﹂ と 述べ られ て いる の は︵
XI, 72
︶︑ 人 間 の身 体 が 死 によ っ て 滅び た 後 に こそ 人 間 の不 滅 の 本性 が 天 上 の美 を 十 全に 享 受 する とい う考 えに よる もの であ り︑ 人間 は死 を迎 えて さえ 個人 的存 在で ある こと がポ ーの 前提 とな って いる ので ある
︒ 人 間は 死後 にお いて さえ 個人 的存 在で ある とい うポ ーの 考え 方は
︑人 間が 死ん だ後
﹁天 使﹂ とし て生 まれ 変わ ると いう 設定 のい くつ かの 小説 から 確認 でき る⑶
︒ 中で も短 編小 説﹁ メ ス メリ ズ ム の啓 示
﹂︵
“Mesmeric R evelation,” 1844
︶ で は︑ 地上 生 活 を 送る 人 間 の身 体 が﹁ 未 発達 な 身 体︵
rudimental body
︶﹂ と 呼 ば れ︑ 身体 の 死 を 経て 生 ま れ 変 わ っ た 天使 の身 体が
﹁本 源的 な身 体︵
ultimate body
︶﹂ と 呼ば れて いる
︵
V, 250
︶︒
﹁ 本源 的な 身体
﹂は 希薄 な物 質で でき てお り︑ 生前 には それ と知 られ るこ とな く﹁ 未発 達 な 身 体﹂ の内 に 潜 んで い る のだ が
︑﹁ 未 発 達な 身 体﹂ が 死を 迎 え た後
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品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
に︑ それ まで の身 体︵
﹁ 未発 達な 身体
﹂︶ を抜 け出 して 現れ るの であ る︵
250
︶︒ こ うし たこ とか らも
︑ポ ーが 個人 の本 性が 不滅 であ ると して いる こと が確 認で きよ う︒ さ らに 作品 の前 半で 造園 論が 展開 され る短 編 小 説﹁ ア ルン ハ イ ムの 地 所﹂
︵
“The Domain of Arnheim,” 1847
︶ で は︑ 造ら れる べき 庭園 美は 自然 美を 凌駕 する もの でな けれ ばな らず
︑一 方で 死す べき 人間 の審 美眼 に即 応さ せつ つ︑ 他方 で不 死な る存 在す なわ ち天 使た ちの 審美 眼に さえ 訴え かけ るよ うな もの でな けれ ばな ら な い とさ れ る︵ 特 に
VI, 187-
188
︶︒ そ の よ う な造 園 に 必要 な の が︑ 自然 物 を 新 奇に 結 合 する イ マ ジネ ー シ ョ ン の 働 き な の で あ る︵
182
︶︒ こ れ が
﹁ ロン グフ ェロ ーの バラ ッド
﹂に 見ら れた 主張 と重 な る こと は 明 らか だ ろ う︒ 人間 は 地 上 的な 美 に 満足 せ ず︑ イ マジ ネー ショ ンに よっ て天 上の 美に 近い もの を産 出し よう とす べき なの だが
︑天 使た ちの 審美 眼の みを 満足 させ る天 上の 美そ のも のを 再現 する こと はで きず
︑あ くま でも それ に近 い美 を求 める こと しか でき ない ので ある
︒そ して 地上 的な 美を 越え る美 を産 出す る際
︑人 間は 地上 的な 人間 を越 える 境地 に達 した とし ても
︑そ の人 間と 天使 との 双方 の審 美眼 に訴 えか ける 美的 所産 は︑ いわ ば﹁ 未発 達な 身 体﹂ を も つ自 己 と﹁ 完 成さ れ た 身体
﹂を も つ 自 己と の 共 有物 で あ り︑ 結局 は自 己の 人格 の作 り出 した 作品 とし て位 置づ けら れ る の であ る
︒自 ら が確 固 た る個 人 性 を 保持 す る 存在 で あ り︑ その 個人 性が 現世 と来 世と で二 重の 存在 であ ると いう 自覚 が︑ 地上 的な 美を 越え る美 を産 出し よう とす る制 作を 支え てい たの だと いえ よう
︒だ から こそ ポー にお いて
︑作 品制 作に おい て作 者の 意図 を越 える 成果 が求 めら れる ので はあ るが
︑そ こに 作者 とし ての 個人 性の 解消 とい う事 態は 生じ ない ので ある
︒
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 30 ―
第 二 章 ボ ー ドレ ー ル のイ マ ジ ネー シ ョ ン論 ボ
ード レー ルは 一八 四八 年に 先に 挙げ た﹁ メス メリ ズム の啓 示﹂ を仏 訳し た後
︑特 に一 八五
〇年 代前 半に ポー の小 説の ほと んど を仏 訳し たほ か︑ ポー につ いて の評 論も 三本 書き
︑ポ ーの 生涯 や詩 論に つい て紹 介し てい る︒ 特に 三本 目の
﹁エ ドガ ー・ ポー に関 する 新た な覚 書
﹂︵
“Notes nouvelles sur Edgar P oe,” 1857
︶で は ポ ー の思 想 へ の理 解 度 が深 まり
︑そ こで ポー のイ マジ ネー ショ ン論 も次 のよ うに 紹介 され るこ とに なる
︒ 彼に
とっ て︑ イマ ジネ ーシ ョン は諸 能力 の女 王で ある
︒し かし この 語に よっ て彼 は︑ 一般 の読 者に 理解 され てい るよ りは るか に大 きな 何も のか を考 えて いる のだ
︒イ マジ ネー ショ ンと は空 想で はな い︒ それ はま た感 受性 でも ない
︒た しか に想 像的
︵
imaginative
︶で あり なが ら感 受性 の強 くな いよ うな 人 間を 考 え る のは 難 し いこ と で はあ るが
︒イ マジ ネー ショ ンは
︑ま ず哲 学的 方法 の外 にあ って
︑諸 事物 の内 面的 で密 やか な関 係を
︑照 応︵
correspon-
dances
︶ と類 縁関 係︵
analogies
︶と を関 知す る︑ ほと んど 神的 な能 力な ので ある
︒︵
Baudelaire, 328-329
︶ こ
の文 脈に おい て﹁ 照応
﹂や
﹁類 縁関 係﹂ とは
︑イ マジ ネー ショ ンに よっ て結 合す べき 素材 どう しの 関係 のこ とで ある
︒つ まり 優れ たイ マジ ネー ショ ンを もつ 人は
︑何 と何 とを 結合 すれ ば美 しい 所産 が産 出で きる のか を結 合以 前に 見抜 くの であ るが
︑そ うし た能 力こ そあ らゆ る能 力の 中で 最も 偉大 なも ので あり
︑単 なる 感受 性で も哲 学的 方法 でも
― 31 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
ない
﹁神 的な 能力
﹂だ とい うの であ る⑷
︒ こう した 説明 の後 ボー ドレ ール は
︑ポ ー のよ う に 芸 術家 た る もの は 自 己の 着想 に即 して 作品 の素 材と なる 諸事 物を 結合 すべ きだ と論 じて いる
︵
329
︶︒ 作品 制作 にイ マジ ネー ショ ンが 必要 であ ると いう こと
︑お よび その イマ ジネ ーシ ョン の働 きが 素材 の新 奇な 結合 とし て理 解さ れて いる こと にお いて
︑ボ ード レー ルが ポー を正 しく 読み 解い てい るこ とが 理解 でき るだ ろう
︒ そ して ポー がイ マジ ネー ショ ン論 を造 園論 にも 適用 して いた よう に︑ ボー ドレ ール はイ マジ ネー ショ ン論 を絵 画の 制 作論 へ と 援 用 す る こ と に な る︒ す な わ ち ボ ー ド レ ー ル は
︑二 年 後 の 美 術 批 評﹁ 一 八 五 九 年 の サ ロ ン﹂
︵
“Salon de
1859”
︶第 三章 にお いて
︑ド ラク ロワ を 念頭 に 置 い た絵 画 の 制作 論 と して
︑イ マ ジ ネ ーシ ョ ン が﹁ 諸能 力 の 女王
﹂で ある とし たう えで
︵
619
︶⑸
︑ 次章 にか けて イ マ ジネ ー シ ョン に 基 づく 作 品 制 作を 推 奨 する の で ある
︵
619-628
︶︒ 制作 の際 にイ マジ ネー ショ ンを 働か せる とい うこ と自 体︑ 我々 はご く自 然な こと であ るよ うに 考え がち であ るが
︑当 時の フ ラン ス に お いて 勢 力 をも っ て いた 古 典 主 義は 理 念 的に は 模 倣 論を 基 盤 とし て ア カデ ミ ズ ム の規 則 を 遵守 し て いた し︑ 対す るロ マン 主義 もも とも とジ ェリ コー
︵
Theodore G ericault, 1791-1824
︶ の︽ メデ ュー ズ号 の筏
︾︵
Le Radeau de
la Méduse, 1818-1819
︶ のよ う な 現実 描 写 へ の傾 向 が 強い 運 動 であ る
︒ま し て や一 八 五
〇年 代 に はさ ら に 徹 底し た 写 実を 重視 した 写実 主義 が擡 頭し た時 期で あり
︑作 者個 人の イマ ジネ ーシ ョン が重 視さ れる のは
︑当 時の フラ ンス にお いて は必 ずし も一 般的 では なか った とい えよ う︒ 現に ボー ドレ ール は﹁ 一八 五九 年の サロ ン﹂ 第三 章で
︑自 然の 写実 ばか り重 視す る当 代の 傾向 を批 判し
︵
619-620
︶︑ その うえ でイ マジ ネー ショ ンの 重要 さを 力説 し て いる の で ある
︒フ ラ ンス で 作 者 のイ マ ジ ネー シ ョ ンの 重 要 性 を主 張 す るよ う に な るの が ボ ード レ ー ルを 契 機 と して い る とい う 観 点か ら︑ 彼の 主張 を検 討す る必 要が あろ う︒
﹁ 一八 五九 年の サ ロ ン﹂ では イ マ ジネ ー シ ョン の 作 用 につ い て 次の よ う に述
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 32 ―
べら れて いる
︒ それ
︹イ マジ ネー ショ ン︺ はす べて の被 造物 を解 体し
︑魂 の最 も奥 底に しか その 源泉 が見 出さ れえ ない 規則 に従 って 寄せ 集め られ 配列 され た素 材で もっ て︑ 一個 の新 奇な 世界 を創 造し
︑新 たな もの の感 覚を 産出 する
︒︵
621
︶ つ
まり 画家 は既 存の 事象 をあ りの まま に再 現す るの では なく
︑イ マジ ネー ショ ンに よっ てそ れら の事 象を いっ たん 解体 し︑ 自己 の魂 の奥 底に 由来 する 規則 に即 して それ らを 結合 して
︑新 奇な 世界 を創 造す ると いう ので ある
︒さ らに ボ ー ド レ ー ル は︑
﹁ 自 然 と は 一 冊 の 辞 書 に す ぎ な い﹂ と い う ド ラ ク ロ ワ︵
Ferdinand V ictor E ugène Delacroix, 1798-
1863
︶自 身の 言葉 を引 き合 いに 出し たう えで
⑹
︑次 のよ うに 続け る︒ イ
マジ ネ ー シ ョン に 服 従 す る 画 家 た ち︵
Les peintres qui obéissent à l’imagination
︶は
︑彼 ら の 辞 書 の 中 に
︑自 己 の 着想 に 和 合 する よ う な諸 要 素 を探 す
︒そ の う えで
︑あ る 技 巧を も っ て それ ら の 諸要 素 を 整合 さ せ る こ と に よ り︑ 画家 たち はそ れら にま った く新 奇な 相貌 を与 える のだ
︒︵
624-625
︶ つ
まり イマ ジネ ーシ ョン に従 う画 家た ちは
︑自 然界 の様 々な 事象 に自 分の 思念 を適 合さ せる ので はな く︑ むし ろ生 み出 すべ き効 果を じっ くり 熟慮 して 着想 した うえ で︑ その 着想 に合 致す る要 素を
﹁辞 書﹂ たる 自然 から 選択 し︑ それ らを 結合 する こと によ って 新奇 な世 界を 構成 する わけ であ る︒ ボー ドレ ール がポ ーの イマ ジネ ーシ ョン 論を 絵画 論に
― 33 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
転じ
︑そ の結 果︑ 制作 論の レベ ルで も詩 と絵 画と の間 の並 行関 係を 認め てい るこ とが 確認 でき るだ ろう
︒ し かし 画家 たち がイ マジ ネー ショ ンに
﹁服 従す る﹂ とい う表 現は
︑制 作の 主体 があ たか も画 家た ちで はな く﹁ イマ ジネ ーシ ョン
﹂で ある かの よう な︑ 奇妙 な印 象を 与え るだ ろう
︒も ちろ んそ のイ マジ ネー ショ ンは 画家 のイ マジ ネー ショ ンな ので
︑画 家と イマ ジネ ーシ ョン を区 別す る必 要は 本来 ない わけ であ るが
︑イ マジ ネー ショ ンを
﹁エ ドガ ー・ ポー に関 する 新た な覚 書﹂ にお いて
︑さ らに はこ の﹁ 一八 五九 年の サロ ン﹂ にお いて も﹁ 諸能 力の 女王
﹂と 擬人 法で 呼ぶ こと も合 わせ て考 える なら
︑あ たか もイ マジ ネー ショ ンが 画家 の個 人的 意識 とは 別の 制作 主体 であ るか のよ うに 考え られ てい るこ とは 明ら かで ある
︒つ まり イマ ジネ ーシ ョ ン に よっ て 作 者の 意 図 を越 え 出 る 成果 を 産 出す る と き︑ 作者 は自 己の 意識 的な 個人 性と は別 の主 体に 制作 行為 を委 ねる こと にな るの であ り︑ そこ に個 人性 の分 裂を 見出 すこ とに なる ので ある
︒こ うし た分 裂を 意識 しな かっ たポ ーと は︑ ここ で決 定的 な違 いが 生じ るの であ る︒ そ れで はな ぜこ のよ うな 違い が生 じる のだ ろう か︒ それ は︑ ポー が独 自の 天使 論を 背景 に︑ 意志 的に イマ ジネ ーシ ョン を発 動し て新 奇な もの を﹁ 創造
﹂し よう とし てい たの に対 し︑ ボー ドレ ール はむ しろ 自己 の深 層に 潜在 する 領域 を直 接的 に︑ つま り理 性の 統制 なし に﹁ 表出
﹂す るこ とを 求め たと いう こと に起 因す るだ ろう
︒い わば ボー ドレ ール はイ マジ ネー ショ ンを
︑も っぱ ら無 意識 的な 制作 に関 わる 能力 とし て理 解し てい るの であ る︒ 実際 ボー ドレ ール は芸 術の あら ゆる 部分 がイ マジ ネー ショ ンの
﹁へ りく だっ た下 女た ち﹂
︵
625
︶だ と述 べ︑ 次の よう に文 章を 続け てい る︒ もし
も非 常に 純粋 な制 作が 必要 であ れば
︑そ れは 夢の 言語 が非 常に 明瞭 に翻 訳さ れる ため であ り︑ その 制作 が非 常に 速い とす れば
︑そ れは 着想 に付 随す る途 方も ない 印象 から 何も 失わ れな いた めだ
︒︵
625
︶
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 34 ―
つ まり 作品 制作 のた めの 意識 的な 諸々 の作 業は
﹁へ りく だっ た下 女た ち﹂ の仕 事で あり
︑イ マジ ネー ショ ンの 仕事 は﹁ 夢の 言語
﹂を 翻訳 する とい う﹁ 純粋 な制 作﹂ にあ ると いう ので ある
︒さ らに ボー ドレ ール はイ マジ ネー ショ ン豊 かな 画家 とし てド ラク ロワ を挙 げ︑ 彼が
﹁さ らに 確か な武 器を 自分 のイ マジ ネー ショ ンに 用意 する ため に︑ 手や 記憶 や 目を 訓 練 す るこ と に 青春 期 以 来も ち 時 間 のす べ て を捧 げ た﹂ 人 物 だと 述 べ たう え で︵
632
︶︑ 次 の よ う に 論 じ て い る︒ 最も
豊か なイ マジ ネー ショ ンに 恵ま れ︑ 彼は とり わ け 脳 髄の 内 奥 を︑ 物事 の 驚 くべ き 局 面 を表 現 す るの で あ り︑ それ ほど に彼 の作 品は 自ら の着 想の 痕跡 と気 質と を忠 実に 保持 して いる とい えよ う︒ それ は有 限の 中の 無限 であ る︒ それ は夢 であ る!
そ して 私は その 語に よっ て夜 見る とり とめ ない もの を意 味し てい るの では なく
︑徹 底的 な瞑 想に よっ て︑ ある いは より 豊か でな い脳 髄に おい ては 人工 的な 興奮 物質 によ って つく られ た幻 影を 意味 して いる のだ
︒一 言 で 言え ば
︑ウ ー ジェ ー ヌ
・ド ラ クロ ワ は︑ と りわ け 美 しき 時 に お ける 魂 を 描く の で ある
︒︵
636-
637
︶ つ
まり
﹁手 や記 憶や 目﹂ の訓 練と いう 意識 的な 研鑽 は︑ 脳髄 にお いて 作ら れた
﹁夢
﹂な いし
﹁幻 影﹂ をそ のま ま作 品化 する ため の手 段に すぎ ず︑ その
﹁夢
﹂な いし
﹁幻 影﹂ を発 露す るこ とに こそ イマ ジネ ーシ ョン の本 質が ある とい うこ とに なる
︒こ れは ポー のイ マジ ネー ショ ン論 とは 似て 非な るも ので ある
︒前 章で 述べ たよ うに
︑ポ ーは 地上 の人 間の 手に は届 かぬ 天上 の美 に近 づく ため にイ マジ ネー ショ ンを 発揮 すべ き だ とし て い た⑺
︒ そ のイ マ ジ ネー シ ョ ンが
― 35 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
素材 の新 奇な 結合 によ って 作者 の意 図を 越え る効 果を 生み 出す とし ても
︑そ の能 力は あく まで も作 者の 意図 的な 操作 に基 づい て発 動さ れる もの なの であ る︒ とこ ろが ボー ドレ ール にと って のイ マジ ネー ショ ンは 自然 発生 的な 内面 の発 露で あり
︑作 者に 求め られ るの は制 作の 主体 をそ の内 面の 発露 に委 ねる こと なの であ る︒ な ぜこ のよ うな 議論 にす り替 わる のだ ろう か︒ その 謎を 解く 鍵は
︑こ のサ ロン 評の 四年 前に ボー ドレ ール が書 いた
﹁ 一八 五 五 年 の万 国 博 覧会
︑美 術
﹂︵
“Exposition universelle, 1855, Beaux-arts”
︶ に見 出 さ れ よう
︒こ れ は パリ で 開 催さ れた 万国 博覧 会の 美術 部門 につ いて 批評 した もの で︑ ボー ドレ ール はそ こで もド ラク ロワ を独 特の 観点 から 賛美 して い るの で あ る︒ そ れに よ る と
︑ド ラ ク ロ ワ の 絵 画 は 阿 片 を 服 用 し た 際 に 体 験 さ れ る よ う な
﹁観 念 世 界﹂
︑す な わ ち
﹁ 精神 の美 しき 日々
﹂を 描く のだ とい う︵
596
︶︒ こ うし た記 述か ら︑
﹁一 八五 九年 のサ ロン
﹂に おけ る﹁ 人工 的な 興奮 物質
﹂が 阿片 のよ うな 薬物 であ るこ とは おお よそ 推 測 で きる だ ろ う︒
﹁観 念 世 界﹂ を表 現 す る ドラ ク ロ ワと い う 人物 像が
︑﹁ 一 八五 九年 のサ ロン
﹂に 受け 継が れる こと で︑ ポー か ら 受け 継 ぐ イマ ジ ネ ーシ ョ ン 概 念が ね じ れた も の にな って しま うの であ る︒
﹁ 一八 五五 年の 万国 博覧 会︑ 美術
﹂で は そ のド ラ ク ロワ が 超 自然 的 な 世 界を 描 写 して い る とま で 言及 さ れ
︑そ の 制作 の あ り方 が
﹁超 自 然主 義
︵
surnaturalisme
︶﹂ であ る と され て い る︵
596
︶︒ こ の 概 念が 二
〇 世紀 に﹁ 超現 実主 義︵
surrealism
︶﹂ へ と展 開す るこ とに つい ては
︑第 四章 で論 じよ う︒ 興 味深 いこ とに
︑﹁ 一 八五 五年 の万 国博 覧会
︑美 術﹂ に お ける こ の ドラ ク ロ ワの 画 家 像 にも ま た︑ ポ ーか ら の 影響 を認 める こと がで きる
︒ボ ード レー ルは
︑何 が描 かれ てい るか わか らな いほ ど遠 くか ら見 ても ドラ クロ ワの 絵画 が魅 力的 であ り︑ その 印象 が音 楽的 であ ると 述べ て︵
594-595
︶︑ 具 象性 を越 えた レベ ルで ドラ クロ ワを 称 賛 する の で ある が︑ そこ にポ ーの 短編 小説
﹁ア ッシ ャー 家の 崩壊
﹂︵
“The Fall of the H ouse of U sher,” 1839
︶の 影響 を認 める こと がで
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 36 ―
きる ので ある
⑻
︒す なわ ち万 博評 の二 ヶ月 前に ボー ドレ ール が仏 訳 し た﹁ アッ シ ャ ー 家の 崩 壊﹂ で は︑ 登場 人 物 アッ シャ ーが 精神 に異 常を 来し
︑阿 片吸 引者 の興 奮状 態に も比 せら れる よ うな 症 状 を示 す 状 態 にあ っ た のだ が
︵
Poe
︹
a
︺
,
III, 279
︶︑ そ の彼 が︑ 意志 によ って 制御 でき ない 自己 の空
想︵
fancy
︶を 画筆 に委 ねる こと によ っ て︑ 説 明の で き ない よう な純 粋な 抽象
︵
the pure abstraction
︶を 画布 に描 く とさ れ て いる の だ︵
283
︶︒ ポ ー が こ こで
﹁イ マ ジ ネー シ ョ ン﹂ では なく
﹁空 想﹂ とい う語 を用 いて いる のだ が︑ こう した 制作 のあ り方 をボ ード レー ルが
﹁イ マジ ネー ショ ン﹂ の作 用と して 理解 して しま った 可能 性が あろ う︒ さら にア ッシ ャー は︑ 抽象 画を 描く のみ なら ず︑ ウェ ーバ ー︵
Carl Maria
Friedrich E rnst von Weber, 1786-1826
︶の 音 楽を 奏 で た り詩 を 朗 唱し た り して い た と され て い る︵
282-283
︶⑼
︒ 常 軌を 逸し た観 念が
︑抽 象画 や音 楽︑ 詩と して 作品 化さ れる とい うわ けで ある
⑽
︒す でに
﹁一 八四 六年 のサ ロン
﹂︵
“Salon de
1846”
︶に おい てド ラク ロワ の絵 画を ウェ ーバ ー の音 楽 に 喩 え︑ 内面 的 な もの の 表 出と し て ド ラク ロ ワ の作 品 を 評価 して いた ボー ドレ ール にと って
︵
Baudelaire, 440
︶︑ この アッ シャ ーの 存在 がド ラク ロワ を連 想さ せる もの であ っ たこ とは 想像 に難 くな い︒ そも そも ドラ クロ ワの 時代 に抽 象画 がサ ロン に出 品さ れる こと など ない し︑ ドラ クロ ワも また 抽象 画を 描い てい たわ けで はな い︒ だが ボー ドレ ール は︑ 筆致 が粗 いと しば しば 批判 され てい たド ラク ロワ を擁 護し たい とい う気 もち から
︑﹁ ア ッシ ャー 家の 崩壊
﹂に 引き 寄せ て こ のよ う な 批評 文 を 書く こ と に なっ た の では な い だろ うか
︒意 図を 越え た内 面の 表出 とい うボ ード レー ルの イマ ジネ ーシ ョン 理解 は︑ こう して 成立 した よう に思 われ る︒ こ うし てボ ード レー ルは
︑一 方で ポー の詩 的イ マジ ネー ショ ン論 を継 承し なが ら︑ 他方 でそ の作 者の 意図 を越 える 成果 を産 出す る働 きを 脳髄 の内 奥で 作ら れた
﹁夢
﹂の 発露 とし
︑そ れが 理性 的な 作者 個人 とは 別の 主体 であ るか のよ うに 語る こと にな った
︒も ちろ んそ れは その 作者 のイ マジ ネー ショ ンで ある とい うこ とが 前提 であ るの で︑ 作者 とし
― 37 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
ての 個人 性の 解消 とい う事 態が 生じ たと まで は言 えな い︒ だが 一種 の狂 気に さえ 通じ るこ の非 理性 的︑ 無意 識的 なこ の心 の働 きが 作品 制作 に関 わる とい う制 作観 こそ
︑そ うし た事 態へ の転 換点 とな るだ ろう
︒こ の点 につ いて は︑ 次章 でマ ラル メに つい て検 討し た後
︑第 四章 で論 じた い︒ 第
三 章 マ ラ ルメ に お ける
﹁ 詩 人の 消 滅
﹂ ボ
ード レー ルよ り二 一才 年下 のマ ラル メ︵
Stéphane Mallarmé, 1842-1898
︶ は︑ 若年 より ボー ドレ ー ル に傾 倒 し た詩 人と して 知ら れて いる が︑ 同時 にポ ーの 影響 を強 く 受 け た詩 人 で もあ る
︒の み なら ず
︑本 章 で 明ら か に する よ う に︑ 彼も また ポー から 得た 詩論 を絵 画論 に転 換し
︑当 時の 絵画 に多 大な 影響 力 を もっ た と 考 えら れ る⑾
︒ し かし ボ ー ドレ ール がポ ーの 小説 や詩 論を 翻訳 して イマ ジネ ーシ ョン 論の 重要 性を 見出 して いた のと は異 なり
︑マ ラル メは ポー のイ マジ ネー ショ ン論 には まっ たく 注目 して いな い︒ むし ろマ ラル メの 心を とら えた のは
︑イ マジ ネー ショ ン論 が隠 蔽さ れた 詩論
﹁構 成の 哲学
﹂だ った ので ある
︒つ まり マラ ルメ は当 初︑ 偶然 やイ ンス ピレ ーシ ョン に頼 るこ とな く︑ 徹底 して 意 図 的に 詩 的 効 果を 追 求 して い く 方法 を
︑﹁ 構 成 の哲 学
﹂か ら 継承 し よ うと し⑿
︑具 体 的 な事 象 を 言語 化 す るよ りも むし ろ語 音の 美的 効果 を優 先さ せる べき だと いう
﹁構 成の 哲学
﹂で の 詩 作方 法 に 没 頭す る こ とに な る⒀
︒ ポ ーの 詩﹁ 大鴉
﹂で はリ フレ イン や頻 繁な 押韻 によ って そう した 音楽 的効 果が 徹底 され なが ら︑ それ でも 一応 の意 味が 通る 作品 に仕 上が って いた もの の︑ それ をも 凌駕 しよ うと する マラ ルメ は︑ 具体 的な 意味 が読 み取 りに くい 難解 な詩 を制 作す るよ うに なっ てい く︒ つま り明 確な 意味 内容 より も語 の音 楽的 効果 を重 視し たポ ーの 詩論 は︑ ボー ドレ ール の場
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 38 ―
合は 観念 の自 発的 な表 出と いう 絵画 制作 論に 現れ るが
︑マ ラル メの 場合 はま ずも って 自ら の詩 作に 顕著 に現 れる ので ある
⒁
︒晩 年の 詩論
﹁詩 の危 機﹂
︵
“Crise de vers,” 1897
︶で は︑ 徹底 した 詩句 の操 作を おこ なっ た結 果と して 次の よう な詩 が成 立す るこ とを 求め てい る︒ 全体
的で 新し く︑ 国語 とは 無縁 で︑ まる で呪 文の よう な言 葉を 数語 で作 り直 すと いう
︑そ のよ うな 詩は
︑意 味と 響き を代 わる 代わ る鍛 え直 す技 巧に 反し てな お用 語に 残る 偶然 性を 一気 呵成 に否 定し
︑言 葉の この 孤立 を完 成す る︒ 語ら れる うえ では 普通 であ りな がら
︑名 指さ れた 対象 のか すか な記 憶が まっ たく 新し い雰 囲気 のな かに ひた って もい ると いう 断片
︒こ の詩 は︑ その よう な断 片な ど今 まで 聞い たこ とも なか った とい う驚 愕を
︑諸 君に 引き 起こ すの であ る︒
︵
Mallarmé
︹
b
︺
, 213
︶ こ
こで も示 唆さ れて いる よう に︑ 詩は 具体 的な 対象 を明 確に 示す もの では なく
︑た だそ の﹁ かす かな 記憶
﹂を 暗示 する だけ であ るが
︑言 葉を
﹁呪 文﹂ のよ うに 作り 直す こと によ って
︑ま った く新 しい 印象 を与 える こと がで きる
︒現 実 世界 か ら
﹁孤 立﹂ し たそ の よ うな 作 品 を完 成 す る た め に は︑ ほ の め か さ れ る
﹁意 味
﹂と 言 葉 の
﹁響 き
﹂と を
﹁技 巧﹂ によ って 調整 し︑ 鍛え 上げ なけ れば なら ない のだ が︑ 最終 的に はそ の技 巧は
﹁偶 然性
﹂を 排除 した よう に見 えね ばな らな いの であ る︒ それ は﹁ 大鴉
﹂の 構成 の内 に﹁ 何も 偶然 や直 観に 帰し うる もの がな く︑ 数学 的問 題の 正確 さと 厳密 な帰 結で も っ て︑ 一歩 一 歩 完成 へ と 進 んで い っ た﹂
︵
Poe
︹
a
︺
,X IV ,1 95
︶と い う﹁ 構 成の 哲 学﹂ の 主張 を 遵 守し た主 張だ と言 えよ う︒ だか らこ そ主 観的 に制 作を 進め なが らも
︑最 終的 には 数学 のよ うに 主観 から 離れ た成 果に 帰結
― 39 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
する こと が求 めら れる
︒有 名な
﹁詩 人の 消滅
﹂が 語ら れる のは
︑ま さに そう した 文脈 にお いて であ る︒ 純粋
な作 品は 語り の上 での 詩人 の消 滅を 意味 し︑ 彼は 諸々 の語 に主 導権 を譲 る︒ それ らの 語は
︑そ れら の不 均等 さの ぶつ かり 合い を通 じて 結集 され るの であ る︒
︵
Mallarmé
︹
b
︺
, 211
︶ 様
々な 語を ぶつ かり 合わ せる とい う方 法自 体は
︑様 々 な 語 を結 合 し てい く ポ ーの 方 法 と 重な る と も言 え る︒
﹁ 構成 の哲 学﹂ の瞞 着に 騙さ れた マラ ルメ も︑ 意図 を越 えた 新奇 な効 果を 語の 新奇 な結 合に よっ て獲 得す ると いう 点に おい て︑ ボー ドレ ール と見 解を 共有 する こと にな るの であ る︒ たし かに ポー やボ ード レー ルの イマ ジネ ーシ ョン 論を 継承 した 形跡 はマ ラル メに はま った く見 られ ない ので ある が︑ 制作 の実 践を 極め るう ちに
︑両 者と 似た よう な見 解に 至っ たの だと いえ よう
︒し かし ポー はあ くま でも 意志 的に 作品 を制 作す るの であ って
︑彼 が﹁ 詩人 の消 滅﹂ を自 覚す るこ とは ない
︒イ マジ ネー ショ ンに よっ て当 初の 意図 を越 えた 新奇 な成 果を 得る 場合 であ って も︑ それ はポ ー自 身の イマ ジネ ーシ ョン によ るも ので あり
︑そ こに 彼の 個人 性は 維持 され るの であ る︒ とこ ろが 詩作 に数 学の よう な必 然性 を求 める なら ば︑ 一般 に数 学問 題を 解く 際に 解答 者の 個性 によ って 解答 が違 って こな いよ うに
︑そ こに 個性 は不 要と なる だろ う︒ いわ ば個 人の 意志 とは 無縁 な語 の自 律性 が作 品の 中で 達成 する とき
︑諸 々の 語は おさ まる べき とこ ろに 必然 的に おさ まり
︑作 者は ただ の傍 観的 立場 に移 行す るの であ る︒ 作 品制 作に おい て﹁ 個人
﹂性 を越 える とい う考 え方 は︑ この 時期 にな っ て 初め て 現 れ るも の で はな い⒂
︒マ ラ ルメ の 絵 画 評
﹁印 象 主 義 者 た ち と エ ド ゥ ア ー ル
・マ ネ
﹂︵ 仏 文 原 稿 は 残 っ て い な い
︒
“The Impressionists and Edouart
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 40 ―
Manet,” 1876
︶で は︑ マネ
︵
Édouard Manet, 1832-1883
︶ がい つも 初め ても のを 見る よう に対 象を 描い て いた こ と に言 及し た後
︑次 のよ うに 述べ てい る︒ 手は
︑あ らか じめ 身に 付け た熟 練の すべ てを 忘れ て︑ 意志 によ って のみ 導か れる 非個 人的 な抽 象作 用︵
impersonal
abstraction
︶と なら ねば な らな い
︒芸 術 家自 身 は ど うか と い うと
︑彼 の 個 人的 な 感 情︑ 彼 特有 の 趣 味は 当 分 の間 さえ ぎら れ︑ 無視 され
︑あ るい は彼 の個 人生 活の 享楽 のた めに 脇に 置か れる
︒そ れに 至る ため に巨 匠は
︑こ の自 己 分離
︵
self-isolation
︶が 獲 得さ れ う る 前に
︑そ し て 芸術 の こ の新 し い 進 化が 学 習 され る 前 に︑ 多く の 局 面 を 経 なけ れば なら ない のだ
︒︵
Mallarmé
︹
b
︺
, 448
︶ こ
のよ うに マラ ルメ は︑ 傑作 が個 人的 な意 図に よっ て制 作さ れる ので はな く︑ むし ろ個 人的 な意 図が 解消 され るよ うな 内的 表現 を高 く評 価し てい る︒ これ はマ ラル メ自 身が 自ら の詩 作を 通じ て得 られ た見 解と 考え るべ きだ ろう
︒し かし この 方法 は︑ 単に 感情 を吐 露す れば よい とい うも ので はな い︒ こう した
﹁自 己分 離﹂ が﹁ 多く の局 面﹂ を経 て獲 得さ れる と述 べら れて いる よう に︑ こう した 制作 方法 は特 殊な 訓練 を経 ては じめ て身 に付 ける こと がで きる もの なの だと 考え られ よう
︒詩 的霊 感に 任せ た詩 作を 否定 し︑ 意図 を凝 らし た詩 作を 求め てき たマ ラル メも
︑す べて が意 図的 に仕 上げ られ るわ けで はな く︑ 詩の 素養 を身 につ けた うえ で特 殊な 境地 に到 達す るこ とが 求め られ るよ うに なる ので ある
︒個 人的 な直 観や 偶然 的な 要素 を詩 作の 過程 から 排除 する こと は詩 人に とっ て困 難な ので ある が︑ 訓練 を経 てそ れ が実 践 で き るよ う に なっ た と き︑ 美的 効 果 に 優れ た 作 品が
︑個 人 の 意 図を 越 え︑ 必 然的 に 生 じる と い う わ け で あ
― 41 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
る︒ た だし 先の 引用 文で は﹁ 非個 人的 な抽 象作 用﹂ とい う語 に﹁ 意志 によ って のみ 導か れる
﹂と いう 修飾 句が 付い てい るこ とも 看過 でき ない
︒こ こで は個 人的 な制 作意 図を 捨て た果 てに
︑も はや 個人 のも のと は言 えぬ
﹁意 志﹂ が働 いて いる こと を認 めて いる ので ある
︒こ の点 では
︑制 作意 図を 越え たイ マジ ネー ショ ンを
﹁諸 能力 の女 王﹂ と人 格化 して みせ たボ ード レー ルと も通 底す ると 言え るか もし れな い︒ つま り問 題は
︑当 初の 制作 意図 を越 えた 成果 をも たら す主 体を いか に解 釈す るか であ り︑
︵ 一︶ あく まで も 作 者 個人 と す るの か
︵ポ ー︶
︑︵ 二
︶作 者 を 通 じて 作 用 する 何 も のか とす るの か︵ ボー ドレ ール
︑お よび マ ラル メ の
﹁印 象 主義 者 た ちと エ ド ゥア ー ル
・マ ネ﹂
︶︑
︵三
︶作 者 を離 れ た もの とす るの か︵ マラ ルメ の﹁ 詩の 危機
﹂の 逐語 的解 釈︶ とい うと らえ 方次 第で
︑作 者の 個人 性が 消滅 する のか どう かと いう 理解 が異 なっ てく るの であ る︒ イマ ジネ ーシ ョン を問 題に しな いマ ラル メの 場合 は︑ ボー ドレ ール より もい っそ う 作者 の 消 滅 が意 識 さ れる よ う にな る の だ ろう
︒も ち ろ ん﹁ 詩の 危 機﹂ に お いて も 実 際に 念 頭 に置 か れ て い る の が
︵ 二︶ であ る可 能性 もあ る︒ しか し﹁ 印象 主義 者た ち と エド ゥ ア ール
・マ ネ
﹂に お ける 説 明 よ りも さ ら に過 激 な 説明 とな って いる こと は︑ 認め ざる をえ ない ので はな いだ ろう か︒ その 程度 差が 問題 なの であ る︒ 第
四 章 ボ ー ドレ ー ル の制 作 論 の余 波 マ
ラル メが 独自 の詩 作を 追求 する 一方 で︑ ボー ドレ ール の制 作論 は︑ その 後の 芸術 に多 大な 影響 を及 ぼす こと にな る︒ たと えば サ ミュ エ ル・ ビ ング
︵
Samuel Bing, 1838-1905
︶が 企 画 し た一 連 の 日本 美 術 評﹃ 芸術 の 日 本﹄
︵
Le Japon
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 42 ―
artistique, mai 1888-avril 1891
︶ 所 収 の 一 八 八 九 年 一 月 に 発 行 さ れ た 葛 飾 北 斎 論︵
“La «Mangua» de H okusai,” janvier
1889
︶に 注 目 して み よ う︒ 筆 者の ア リ・ ル ナン
︵
Ary R enan, 1857-1900
︶は
︑北 斎 が写 実 的 な 描写 に 巧 みな こ と も認 めた うえ で︑ 次の よう に述 べて いる
︒ 北斎
は夢 や幻 影︑ 悪夢 を描 いた
︒阿 片は この 想起 とは 無関 係で ある
︒我 々は
﹃漫 画﹄ のあ ちら こち らで あま りに も奇 妙な 絵画 に出 くわ すの で︑ もし 日本 人の 気質 につ いて 知ら なけ れば
︑そ れら を混 乱し たイ マジ ネー ショ ンに よる 淡い 記憶 のせ いに して しま うこ とだ ろう
︒激 しく 動揺 する 脳髄 に対 して 酩酊 が啓 示す るあ らゆ るも のが
︑毒 気に 刺激 され た瞳 孔に 対し て紫 煙が 与え うる あら ゆる もの が︑ あら ゆる 超自 然的 陶酔 が︑ そし てク ィン シー やポ ー︑ 我ら がボ ード レー ルが 番人 に指 定さ れた あら ゆる
︽人 工楽 園︾ が︑ 狂的 な渦 巻と なり
︑魅 惑に 満ち
︑恐 怖を 詰め 込ん で繰 り広 げら れる のだ
︒英 文学 や仏 文学 の 最 も 先進 的 な 一派 が 自 分た ち だ け 瞥見 し た と信 ず る︽ 彼 岸︾ の夢 やノ スタ ルジ ック な夢 幻の 造形 的実 現が
︑極 東の 芸術 家の もと に見 出さ れる とい うこ とは
︑注 目す べき こと では ない だろ うか
︒お 尋ね した いが
︑非 現実 の世 界ヘ
︑い うな れば 暗! 示! さ! れ! た! 世 界へ と同 様の 旅を 推し 進め たヨ ーロ ッパ の芸 術家 はど のく らい いる のだ ろう
︒︵
Renan, 110-111
︶ こ
こで は一 部の 北斎 漫画 に見 られ る夢 のよ うな 世 界 が︑ 阿 片の 服 用 に際 し て 知覚 さ れ る 世界 に た とえ ら れ︑
︵ 北斎 自身 が阿 片を 服用 する こと はな いも のの
︶実 際に 北斎 がそ のよ うな 世界 を自 ら見 たう えで それ を作 品化 した とい う理 解が 示さ れて いる
︒そ して その 世界 が﹁ 超自 然的
︵
surnaturel
︶﹂ と 呼ば れ︑ それ を描 く西 洋の 作家 とし てポ ー や︑
﹃人
― 43 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
口楽 園﹄
︵
Les paradis artificiels, 1860
︶と い う薬 物体 験記 まで 書い たボ ード レー ル︑ そし て﹃ 阿片 常用 者の 告白
﹄︵
Con-
fessions of an English O pium-Eater, 1821
︶ とい う手 記で 知ら れる ク ィン シ ー︵
Thomas De Quincey, 1785-1859
︶ が 挙げ られ てい るの であ る︒ 日 本人 のわ れわ れか ら見 てこ のル ナン の北 斎論 は︑ かな り的 外れ であ るよ うに 思わ れよ う︒ ルナ ンが 具体 的に どの よう な図 像に つい て言 及し てい るの か明 らか では ない が︑ おそ らく 実際 の北 斎は 妖怪 画な ど何 らか の図 像的 伝統 に基 づい てい たの だろ う︒ だが 西洋 人に とっ ては
︑自 分た ちの 伝統 から あま りに も逸 脱し た異 様な 絵画 をな おも 肯定 的に 評価 する ため には
︑ボ ード レー ルの 主張 を引 き合 いに 出す こと が有 効だ った わけ であ る︒ また
︑こ の文 章に おい ても 阿片 の効 果は
﹁狂 的な 渦巻 き﹂ とな って 繰り 広げ られ る夢 想や 酩酊 であ り︑ 身の まわ りの 個々 の事 物に 対す る関 心で はな い︒
﹁ 超自 然的
﹂と 呼ば れる 対象 は︑
﹁彼 岸﹂ に属 する もの なの であ る︒ こ のよ うに
︑こ こに 見ら れる ボー ドレ ール 像は
︑あ くま でも 主と して 万博 評か ら抽 出さ れ︑ 再構 成さ れた 虚像 にす ぎ ない
︒つ ま り ル ナン の 示 すボ ー ド レー ル 像 は︑ 万 博評 以 外 にも 様 々 な 美術 批 評 を書 い た ボー ド レ ー ル自 身 で は な く︑ また 万博 評に おけ る彼 の見 解を 正確 に反 映さ せた もの でも ない
︒そ うし た俗 流ボ ード レー ル解 釈が
︑こ うし た非 伝統 的な いし 非西 洋的 で異 様な 絵画 を受 け入 れる 際の 誘い 水の 役割 を果 たし てい るわ けで ある
︒い ずれ にせ よ阿 片あ るい はそ の他 の働 きで 陶酔 した 作者 によ って 超自 然的 な作 品が 表現 され ると いう 制作 観が
︑ボ ード レー ルの 名の 下で 語ら れて いる ので ある
︒ 一 八八 六年 九月 一八 日の モレ アス
︵
Jean Moréas, 1856-1910
︶の
﹁ 象徴 主義 宣言
﹂︵
﹃フ ィガ ロ・ リテ レー ル﹄
︹
Figaro
Littéraire
︺︶ で は︑ ボー ド レ ール と マ ラ ルメ が 象 徴主 義 運 動の 先 駆 者 とし て 名 指さ れ て おり
⒃
︑彼 ら の 影 響 が 一 つ の
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
― 44 ―
芸 術運 動 に 結 実さ れ て いく こ と が理 解 で き る︒ また マ ラ ルメ な ど と 間近 に 接 する 機 会 のあ っ た ア ーサ ー
・シ モ ン ズ
︵
Arthur William S ymons, 1865-1945
︶ は︑
﹃象 徴 主 義 の 文 学 運 動﹄
︵
The Symbolist M ovement in L iterature
︶ 初 版 本
︵
1899
︶の 冒頭 をジ ェラ ール
・ネ ル ヴァ ル
︵
Gérard de Nerval, 1808-1855
︶に つ いて の 紹 介 で始 め て おり
︑そ の 中 でネ ルヴ ァル が暗 示的 な言 葉を 用い てい るこ とを 指摘 し︵
Symons, 91-92
︶︑ 次の よう に述 べて いる
︒ ジェ
ラー ルは 自然 全体 の感 覚的 な統 一を 確信 して いた ので
︑他 の人 たち が相 違だ けを 見る とこ ろに
︑彼 は類 似性 を探 し出 すこ とが でき た︒ 馴染 みに くく 明ら かに 異質 のも のど うし をひ とま とめ にし
︑彼 の詩 の中 で我 々に はあ まり にも 奇妙 に思 える もの どう しを ひと まと めに した とい うこ とは
︑お そら く不 幸に も我 々に は見 えな いも のを 現に 見て いる とい うこ とだ ろう
︒︵ 中 略︶ そし て彼 の 内 なる 狂 気 はあ た か も稲 光 の よ うに
︑隔 た っ た相 異 な る諸 事象 の隠 れた 連鎖 を照 らし 出す ので ある
︒お そら くそ れは
︑意 図的 に幻 想が 産出 され るハ シー シュ や阿 片︑ その 他の 薬物 の人 工的 な刺 激に よっ て︑ 新し いと 同時 に驚 くべ き︑ おそ らく は真 実す ぎる 諸事 象の 光景 が得 られ るの と何 か同 じよ うな やり 方に よる ので あり
︑そ れは 魂が それ 固有 の魔 術の 危険 な輪 の中 で安 らぎ
︑手 元の 闇か ら立 ち現 れ︑ そこ から 闇へ と流 れゆ くパ ノラ マの ほう を見 やる のと 同じ よう なや り方 によ るの であ る︒
︵
92-93
︶ こ
こで はボ ード レー ルの 名が 引き 合い に出 され ては いな いが
︑ボ ード レー ルの イマ ジネ ーシ ョン 論を ふま えた 表現 であ るこ とは 明ら かで ある
︒こ こで 作者 は意 図的 に薬 物を 服用 する かも しれ ない が︑ 作品 世界 を生 み出 すの は刺 激に 反応 して 自ず から 生じ る幻 想で あり
︑作 者は その
﹁内 なる 狂気
﹂に 制作 を委 ねる こと にな るの であ る︒
― 45 ― 作
品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
作 者の 意志 的な
﹁創 造﹂ では なく
︑無 意識 的な 内奥 の表 出が 求め られ る傾 向が
︑シ ュル レア リス ムの 自動 筆記 など に 受け 継 が れ てい く こ とは
︑詳 説 す る必 要 も な いだ ろ う︒
﹁ シュ ル レ アリ ス ム
︵
surrealism
︶﹂ と い う 名称 の 初 出 と な る一 九一 七年 三月 のア ポリ ネー ル︵
Guillaume A pollinaire, 1880-1918
︶に よる デル メ宛 の書 簡で は︑ その 名称 がこ れま で使 われ てき た
﹁超 自 然 主義
︵
surnaturalisme
︶﹂ より も 使 い やす い だ ろう と 述 べら れ る な ど︵
Apollinaire, 886
︶︑ ボー ドレ ー ル を意 識 し た 発言 を 見 るこ と も でき る⒄
︒﹁ 甘 美 な死 骸
﹂の よ うな 言 語 遊戯 や
︑コ ラ ー ジュ や ア サン ブ ラ ージ ュと いっ た造 形技 法が ボー ドレ ール のイ マジ ネー ショ ン論 の延 長線 上に ある こと も明 らか であ り︑ 詩と 美術 とが 結び つい てそ の伝 統を 継承 して いる こと は否 定で きな い︒ もち ろん その 余波 は︑ フラ ンス 一国 には とど まら ない
︒理 性的 な制 作意 図か らの 解放 とい う偏 執的 な嗜 好は
︑そ の後 もア クシ ョン
・ペ イン ティ ング
︑レ ディ
・メ イド
︑ア ール
・ブ リュ ット など
︑現 代芸 術と して 各国 の多 様な 形式 のも とで 追求 され てい くこ とに なる ので ある
︒ 第
五 章 芸 術 運動 を 取 り巻 く 批 評 こ
うし た芸 術運 動の 展開 は︑ その 周囲 の人 々の 芸術 観 に も 影響 を 及 ばさ ざ る を得 な い︒ 先 に 見た 北 斎 評の よ う に︑ 作品 制作 が一 種の 狂気 に基 づく もの とす る芸 術理 解が 広ま って いく ので ある
︒も ちろ ん作 品制 作を 狂気 と近 づけ て考 える 考え 方は 古来 から ある が︑ それ と大 きく 異な るの は︑ 先に 見た ルナ ンに よる 北斎 評が そう であ った よう に︑ 一九 世紀 後半 以降 の芸 術に おけ る狂 気が 神的 憑依 とは 無縁 だと いう こと であ る︒ たと えば 一八 七四 年の 第一 回印 象派 展を 対話 形式 で紹 介し たル ロワ
︵
Louis L eroy, 1812-1885
︶ は︑ 対話 者の うち の一 人が
︑展 覧会 の作 品が どれ もあ まり に粗
作 品 制 作 に お け る 個 人 性 と そ の 解 消
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