米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察
(二》
下
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一︑事業部制成立に関する諸見解とその検討
前節迄でわれわれは︑
一九
二0年代において事業部制成立のパイオニアとなった三社の特徴点を比較する形で明ら
かにし︑さらにそれ以降の各産業部門別にみた事業部制の成立ないし導入の概況を分析した︒その中で明らかにした
主要な問題点は次のようなものであった︒すなわち的事業部制の成立が近代的経営管理の発展史において工場レベル
だけを問題としていたテイラーの科学的管理とは異る新しい時元での組織化の原理を体現したエポックメーキングな
判事業部制の成立が管理運動の一時期を劃するとみられる根拠は︑現象であること︑それが全般的経営管理の成立
内ペ
U の端緒をきりひらいたことにあるのであって︑そのことは事業部制の形成過程が激変する市場情勢に対処すべき経営戦略とこれを体現する全般的管理機構の成立の中にあらわれていることに明らかであること︑付パイオニア的役割をはたした三社についていえば︑経営戦略を基礎ずける体系的な予測の制度ならびに効果的な財務的統制手段の形成が組織上の改革を真に効果あらしめることになったこと︑村三社以外の各産業部門別に事業部制の成立過程を観察すると︑産業構造の変貌と市場情勢の変化につれて経営多角化ないし製品多様化の政策がいかなる形で導入されたかということでそれは基本的には左右されて居る如く見えながら︑直接的には再組織の必要性︑とくに全般管理機構と自立的事業部門の創設の必要性が個別企業の経営者によって如何に意識され実施に移されるかによってその成立過程の内
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察伺
一七
九
ハhuq ノ ﹄ 内ペ
υ 富大経済論集
一 八 O
容にはいろいろな相違がみられるということ︑以上であった︒
本章ではこれらの諸点を基礎としながら事業部制の本質ならびに成立に関する若干の代表的見解に検討を加えるこ
とによって成立史の観点からする事業部制の本質的把握を進めることとしたい︒
占部教授によれば︑ー分権管理と事業部制の関係は次のように4説明されている︒すなわち分権管理は権限委譲を制度
化した管理体制であり︑事業部制は分権管理の実効的管理制度として採用されてい&︒この場合分権化が事業部制の
すべてであると規定してしまうことによって︑事業部制がもっている他の本質的側面を見逃がしてしまっては︑事業
部制の本質を正しくとらえることはできない︒結局事業部は分権化を基底としながら利益責任単位および市場責任単
位というこつの側面を同時にわかちがたく有しているというのであみ炉事業部制が分権管理の実効的管理制度である
ということの内容は︑これら二つの側面ならびにそれと関連して綜合的利益管理に集約される業績評定制度の存在を
とくに指していると思われる︒
これと同様な指適は中村常次郎教授によってもなされている︒すなわち教授によると︑製品別または地域別部門化
利益責任単位としての事業部︑ならびに分権化の三つの特質が︑事業部制組織のいわば三つの側面をなしており︑相
互の結び付きにおいて考えられねばならないというわけである︒このように占部・中村両教授の指適は内容的にはほ
ただ一つ占部教授が市場責任単位という形で捉えて居られる側面を中村教授が部門化Hぼ同一のものと思われるが︑
製品又は地域を基準とする職能の割当原則の変化︑の問題に帰着させて居られる点が異っている︒中村教授の指適し
て居られる部門化の問題は︑米国大企業における事業部制を成立史として考察する上でぜひ触れねばならぬ問題であ
るが︑まずさしあたり一般にみられる事業部制ないし分権管理に関する見解の代表的傾向のものを整理し検討を加え
一般にみられる見解では︑そのいずれもが事業部制の三つの側面に何らかの形で触れているとはいえる必要がある︒
それら三側面の有機的関連をかならずしも明確に位置ずけることなく︑三側面のいずれか一つに重点を置く形で論議 がなされている場合が多い︒すなわちまず第一に分権的組織原理に力点を置くものがあり︑第二に利益責任単位の側
面を特に強調するものがある︒そして第三の傾向として︑すでに触れた部門化の原理ないし基準から問題を一説明する
ものがあるわけなのである︒
まず第一の分権的組織原理に力点をおく見解について見てみよう︒この見解には山本安次郎教授も指適される如く 的分権組織を如何なる組織形態の下にも共通に見られる互いに対立する組織作用として︑単に抽象的論理的に︑従っ
て相対的に見ょうとする見方︑同円分権組織を組織形態の典型として具体的歴史的に︑すなわち集中形態から分散形態
への発展としていわば絶対的に見ょうとする見方︑の二つがあると思われか︒これによって山本教授は︑前者におい ては︑集中と分散は委譲問題の反面であるから可もなく不可もなく︑問題は集中と分散の程度で︑その調和︑均衡な いし統一こそが重要となるのであり︑後者においては集中から分散への発展の必然性︑従って集中形態に対する分散 形態の優越性が問題となることを指適されるとともに︑これら二つの見解が互に対主する如くでありながら実は互に
補足綜合統一さるべきものであることも強調されている︒
前者の相対的見地がおよそ組織一般に関するすべての社会現象全般にあてはまる極めて一般的抽象的な性格のもの であるのに対して︑後者の絶対的見地は多くの経営学者︑経営組織論者のとっている見解である︒しかもこのような 絶対的見地に立つ論者も︑例えばドラッカーが﹁どの連邦的組織においても強力なセンターとパ
1ツはともに必要で
ある﹂と指適しているこL
にも見られる如く︑一面において相対的見地を折衰的にではあれとり入れている場合が多
→327=‑
い︒このことは︑二つの見地の綜合統一を主張される山本教授にあっても同様で︑結果的には折衷論たることをまぬ がれないようである︒例えば同教授は一面において︑分散は同時に集中であり︑集中は同時に分散であることを指適
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察制
八
‑328‑
富大
経済
論集
八
され︑集中といい分散というも組織統一の方法であり︑分権組織は文字通りの分散を意味するものでなく︑分散の背
後の集中を忘れてはならないことを強調される︒しかしながらその反面E
・デ
lルの経営組織に関する七段階発展説
を援用されて︑集権と分権は委譲問題の反面であり'︑そこに種々の形態があり︑分権組織はその極限として問題とな
るとの指適もみられる︒要するにこれは経営組織を責任権限の委譲の体系として理解する見解をとって居られること
を示すわけであるが︑このような見解が︑経営の大規模化と管理機構の物化リ官僚組織化によって生じた幣害を克服
するための経営における人間性H創意性の発揚の問題と関連ずけて主張されていることは明らかであり︑またかかる
見解の背景をなすのがとくにアメリカの大企業に顕著にみられる専門経営者層の拾頭であることも論をまたない︒
ところで問題は何故に組織一般から出発する相対的見地と経営.組織における分権的組織化を主張する絶対的見地と
が折衰的に論議されざるを得ないかということであるロわれわれはその原因を何よりも次のことに求めたい︒すなわ
ち資本制企業における権限の集中と分散についての本質的理解がかならずしも十分になされていないということ︑こ
れである︒組織一般におけるそれでなく資本制企業における権限の集中とは︑元来技術的分業に対応する作業場内権
威に根拠をもっ資本的支配そのものに関連するものである︒その意味で権限集中は資本機能の本質的側面たる価値過
程そのものに関連する傾向が強い︒このことはとくに分権制において集権化される諸機能を検討すれば明白である︒
いっぽう権限の分散の問題はまず何よりも労働過程的日技術的な要素を強く内包しているように見える︒そして資本
制企業が自らの生産力発展にもとずく管理機構の肥大化に何らかの形で即応した指揮監督機能の再構成をはかり責任
権限を明確化するとき︑これを前提として分権化の問題は発生する︒このことは経営組織が権限委譲の体系によって
成立するとする見解がしばしばみられる理由でもある︒だがしかし次のことは銘記されねばならない︒すなわち資本
制企業における分権化は指揮監督労働のそれであって指揮監督労働の有するこ面的性格(生産的労働であると同時に
搾取労働でもある)を離れて存在しえないということこれである︒
権限の委譲ということは労働力の消費権とそれに関連した計画権限の委任を意味しているのであるから︑三戸教授
も指適される如く権限の無原則的な委任はあり得な
h i f
しかしながら組織が人間の協働行為の体系である以上︑組織
の一般原則は自らの仕事を計画し実施する権限を分割し全構成員にこれを割り当てる形で委任することを要求する︒
経営組織も組織の一形態である以上この一般原則を離れて存立することはできない︒にもかかわらずこの一般原則も
あくまで資本的権威の下に包摂されたものとしてしか自己を貫徹し得ないのであるから︑一般原則のみを一面的に強
調しさらにそれに人間性の原理や民主化の原理をあてはめることは資本制企業の経営組織の現実を無視した分権組織
に関する絶対的見解を主張することになるのは明らかであろう︒このような見解は結果において無差別な全員経営者
的見解に連らなることは明らかであり︑管理者労働者を問わず無差別な形で分権化の理念が説かれることになりかね
内入︑0・
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︑vhy市原教授も指適される如く現実の分権管理では﹁下級の管理者を重く用いることがそこで考えられているの
であり︑労働者一般の地位を高めんとする意図はその出発点には存在せず︑管理の分散は部門の長にまで及ぶのであ
り︑そこにおいてとまる﹂のである︒
絶対的見解にこのような問題があると相対的見解ではどのような点が問題になるか︒委譲問題の反面として集中を
とりあげ権限の集中と分散という両者の均衡関係を説くことは両者を形式的平面的に単に組織機能の観点から捉えた
にすぎないことになる︒このような捉え方をもってしては資本の権威の下におかれた具体的歴史的な企業組織におけ
る権限の集中と分散の区分と内的関連は明らかにできない︒集中は資本関係にもとずく支配機能を強く反映してお
り︑分散は組織の一般原理の反映であるといえるのであり︑しかも両者はあくまで集中の下におかれた分散であると
いう形での個別資本機能の下で統一的に機能している︒両者は決して単なる技術的機能による区分の上に成り立つも
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三
富大経済論集
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四
ので
はな
い︒
要するに資本制企業組織における権限はつねに所有権にもとずく支配にその根源を有して居り︑その限りにおいて
つねに集権的性格を本来有している︒いっぽう組織形成の一般原理は権限委譲を要求するのであって︑この原理の活用
は企業組織にとって避けることはできない︒しかし委譲される権限そのものは前にも触れた如く指揮監督労働︑管理
労働のそれであって無制限な委譲ではありえない︒ここに資本的支配にもとずく集権的管理体制と組織の一般原則と
の矛盾の妥協的な統一をはかることが行われる︒大︐企業における巨大化し複雑化した生産力構造に適合した形の集権
化と分権化の質的分割
l
i指揮監督労働ないし管理労働における全般的管理業務と部門管理業務の分割
l l︑と両者
のんゲ私的支配による単一の管理体系ψの下への有機的関連ずけ︑これらのことが休系的に整備されるとき事業部制は
成立
する
︒
以上の如く分権的組織原理に力点をおいた見解がいかに能率の原理の根抵にある人間性の原理を強調するものであ
っても︑それが組織一般の原理から主張される限り論述の形式性と折衷的傾向は避けられないわけである︒
第二の利益責任単位であることを強調する観点は︑しばしば批判的経営学者によって主張されている︒例えば岩尾
教授は︑事業部制のもつ歴史的性格とくにその成立の必然性を念頭におきつつ大トラスト化の進展の過程でポリシイ
‑メ
lキングにもとずく経営管理の再編成のあらわれが分権制であるとされ︑ポリシイ・メイキングの技術的内容が
結局のところはドラッカーの目標と自己統制による管理に一致すると指適して居られ札口目標と自己統制による管理
では何よりも目標を樹立することが先決であるが︑この目標とは上位から与えられるものではなく︑各人が企業の客
観的必要にもとやついて自主的に決定するものである︒つまり独占利潤を確保せねばならぬという企業の客観的要求を
友峡する各種目標を設定し︑それによって︑各経営者が自主的に創造的に活動することを求めるという形で﹁自己統
制による管理﹂をつくり出すというわけである︒このような観点からすると事業部制の成立は利益責任単位となるこ
とに最大の特色をもっとととなる︒岩尾教授によると連邦的分権制が成立しうる契機は︑①各単位が全体の有機的な
生産・販売行程の一環であり①同時に各単位が外部に独自の市場をもちうること︑の二つであるとされているが︑そ
の運営の重要点は目標の設定つまり各単位の利益計画の具体的設定であるということが強調されている︒このことは
事業部制の利益責任単位としての性格を強調することであり︑またそのような利益責任の内容がここに問題となるわ
けである︒この点に関連して岩尾教授は︑各事業部の利益目標の作成について触れられ︑作成にあたってはまず︑そ
の手続を各事業部のコントローラーの作業から始めて︑本社のマネジャーが各事業部のジェ︑不一フル・マネジャーと協
力してその目標を利益率の形式でとりまとめるというのであるが︑それぞれ集まった各事業部の利益率が本社の考え
る企業の客観的必要である独占利潤にみたぬばあいに作業がもう一度やり直されるものであることを指適しておられ
る︒であるから各事業部の目標は各事業部内の作業を企業の客観的必要である独占利潤確保への奉仕に転化さす手段
となり︑各事業部が目標めざして競争して自主的創造的に活動すれば︑企業は自動的に独占利潤を貢献されることに
なるようになるというのである︒
同様に利益責任単位を強調する主張は高橋昭三教授によってもなされている︒同教授は事業部制が現代企業の管理
方式として支配的地位を占めるに至った理由として︑的大企業が強大な固定設備による迂廻生産をその特質としてい
るために大企業の各経営部門が競争的市場から切断され各部門の業績が正しく評価されなくなること︑同大企業の組
織方法が職能主義を根幹とする責任と権限の体系化であることと関連して各下級経営者の業績評価にたいして殆んど
‑331‑
役立ちえない会計制度を採用していることを指適され︑これらの欠陥を制度的に克服する組織形成の方法が連邦的分
権管理であるとされてい&︒そしてこの管理方式が市場機構を企業の生産過程に持ちこむものなのであり︑流通過程
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察同
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‑332‑
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から逆に生産過程を規制していくという顛倒した形式をとって居り︑各経営部門に広汎な責任と権限を賦与すると同
時に資本配分・経理的統制などのいわば総括的財務的管理機能を中枢部に集中するものであることを指適されて︑か
かる形式的自立性の賦与と財務的中央統制を基軸とする管理方式が金融的手段を根幹として各企業を広く結合・支配
していくコンツェルンに最もふさわしい管理方法であると規定されるのである︒
このような利益責任単位の側面を強調する見解にはどのような点に問題があるであろうか︒岩尾教授が事業部制の
歴史的性格を強調され︑それがポリシイメイキングにもとずく経営管理の再編成のあらわれであることを指適された
ことはきわめて適切な指適であるといえよう︒大企業におけるポリシイメイキングH経営戦略の形成の過程が大トラ
スト化の進行ないし産業コンツェルン化の進行の過程を同時に意味していることも明らかな事実であり︑ポリジイメ
イキングの技術的内容が目標と自己統制による管理に帰着することも首肯しうるところである︒しかしわれわれがこ
こでとくに問題としなければならないのは利益責任を規定ずける目標利益の経営技術的性格についての理解がこれら
の見解ではどのように取り扱かわれているかということである︒われわれがこのことを問題にするのは︑われわれの
基本的課題である事業部制の本質をその成立史との関連において理解する場合にこのことが一定の意味をもっと考え
るからである︒
われわれは事業部制ににおける利益責任単位の側面を強調するこれらの見解と基本的には意見を同じくするもので
ある︒しかしながら事業部制がその成立史の過程でたどった経営管理一制度発展の歴史的内容に即して問題を検討する
ならば︑利益責任の性格とその理解については若干の問題点があるように思われるのである︒問題は何よりも目標利
益の性格である︒岩尾教授もいわれるごとく大企業の客観的必要が独占利潤であることは疑う余地がない︒しかし独
占利潤とひとくちに言ってもその具体的内容は歴史的にも技術的内容としても変化しつつあることは事実である︒独
占利潤が独占段階の初期においてカ戸テル利潤に典型的にみられる如き流通過程中心の収奪利潤であり短期的極大利
潤の性格を有したのに対し︑大トラストや産業コンツェルンの段階で問題となる独占利潤は︑その収奪的性格そのも
のは.基本的に変らないとしても︑現実資本の運動に対する私経済的計画化と結びついたものであり︑企業成長要因を
も考慮に入れた長期的極大利潤の性格を帯びつつあることは否定できない︒私経済的計画化の内容そのものが極めて
複雑な様相を呈しているとすれば︑大企業の客観的必要とか要求としての独占利潤なるものも内容的には決して単純
なものでないことは勿論である︒しかるに岩尾教授にあっては企業の客観的必要ということの内容について具体的な
指適は何も見られず︑この客観的必要としての独占利潤なるものが各事業部によっていちおうきめられる目標利益率
をチェックするものとして対立的に描かれているのである︒もちろん各部門による自主的決定も主張されてはいるが
全体目標との調整においてあくまで優先するのは全体目標であるとされている︒このことは事業部制利益管理の一つ
の側面たる経営者のタスクマ︑ネジメント的な側面を強調することにはなっても︑資本利益率の形であらわされる事業
部の目標を事業部制利益管理の実態に即した利益責任と結びつけて理解させることにはかならずしもならないであろ
う︒資本利益率による管理方式は︑本社の事業部に対する予算統制の制度にとってかわる性質のものとされているが刈
客観的必要としての独占利潤によって部門の目標利益がチェックされるという理解にたつことは予算統制による上か
らの統制︑そしてそれによる部門自主権の侵害を認めることに結果においてなるのではないであろうか︒これでは在
来の予算統制方式との区別が不明確になることは避けがたい︒シュマlレンバッハがかつて予算統制方式はともすれ
ば官僚的管理に導き易いと指適したことや資本利益率方式が予算統制に対して事業部の創意力を重んじ計画の弾力
性を尊重しまた総合的な管理責任を強調する点に大きな特色があるとされているこむを想起すれば︑事業部制におけ
る利益責任の内容は集権的組織と結びついた予算統制方式の下でのそれとははっきり区別さるべきである︒同じ独占
米国大企業における事業部嶋成立の歴史物一考察制
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七
‑334一
富大経済論集
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利潤を追求するとはいってもその具体的な追求の手法は異なっているのであるD予算統制があくまで部門(とくに集権
的職能別部門)における原価責任に基礎をおいた計数管理中心の非弾力的な性格を有するのに対し︑利益責任が資本利
益率方式によって確定される場合には事業部にその計画内容の弾力的な運用と総合的な管理責任が保障されることに
よって︑結果的には企業全体に独占利潤が貢献されることになるのである︒
占部教授によれば.︑資本利益率方式は︑単なる計算方式ではなくて︑分権管理を行なう場合の一つの管理方式であ
り︑管理制度なのであっぺ︑管理組織︑分権化の程度︑事業部長の責任︑報告制度などと密接な関連をもった全体的な制度であるとされていかoそして資本利益率方式の特色として次の点を列挙して居られ
PD
すなわち・:
白)
事業部に資本計画を含めた総合的な利益管理を促進すること︒
売上総量の増加より︑利益率の向上のための計画を促進すること︒
(3)
回転率を向上するための計画を促進すること︒
(4)
資本利益率が一定率を下回る製品や事業を中断する必要を明示すること︒
(5)
)定の限度のある資本をより高い収益性の製品や事業に集中していくことを促進すること︒
事業部の創意力を発揮させ︑計画の弾力性を与えること︒
(6)
このようないくつかの利点が存在するにかかわらず占部教授は︑事業部の業績評価の基準としての資本利益率には
一定の限界なり欠陥があることをも強調している︒簡単に要約すれば山:::
資本利益率にのみ拘泥することは資本と利益の関係比率の改善のみを強調し︑企業の成長力要因としての利益
の絶対額の無視に連らなることになる︒事業部は資本利益率の低下をおそれで現在より収益性の低い事業や新製
品への進出︑設備拡張に消極的となる口
(2)'
事業部の資本利益率は期間計算的に評価されるので︑短期的な資本利益率の向上に努力を集中する傾向が生じ
る可能性がある︒短期的利益率向上のために︑教育訓練費や研究開発費や市場開拓費を削減するようなことにな
(3) る
と
1会社全体としての将来の成長性が損なわれる可能性がある︒だから事業部の業績評価の基準として毎期の
収益性が測定される基準ばかりでなく︑長期収益性の要素も測定するような業績尺度の設定が望ましい︒
事業部の資本利益率は︑業界の不況︑競争業者の出現︑価格の下落などの外部的要因によって影響される︒そ
こで真の業績評価のために外部要因の影響を排除しなくてはならぬ︒そのために各事業部の市場占拠率や生産性
などを業績尺度とする必要がある︒
(4)
事業部の業績尺度として資本利益率のみに頼るときには︑それが非常に客観的︑総合的︑終極的な業績尺度で
あるため事業部長は事業部の活動にたいして盲目的に目的達成のための手段を選ばないことになる︒本社スタッ
フの助言や専門的援助を無視する傾向があらわれ︑各事業部聞の職能調整が困難となってくるなど販売︑研究等
のいろいろな面で事業部聞の協調が失なわれがちになってくる︒そこで事業部の資本利益率の追求は︑トップマ
ネジメントの定めた長期的な経営方針の枠内で行われ︑会社の経営方針への遵行度について︑本社のコントロ1
ルが行われることが必要である︒
(5)
資本利益率の業績尺度は︑資本(筆者骨︑会計的概念としての)を唯一の分母とする限りでは︑資本だけが企業の
成長力の要因であるという考え方に立脚している︒しかし企業をめぐる制度的諸条件の変化︑とくに技術革新と
消費革命の進行しているもとでは︑資本だけが成長力の要因ではなく︑強力な技術力︑販売力︑経営者能力など
も非常に重要な要因となってきている︒
‑335ー
以上要するに資本利益率は︑これのみに頼るとすると長期的な収益性及び成長力の評価が十分に行なわれないとい
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察伺
一八
九
‑336ー
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一 九 O
うことである︒そこでG・Eなどでは︑業績評価の共通指標として八つのキ1成果領域(同
qH Ng zr Fg
印 )
とし
て︑
ω
市場
地位
︑
ω生
産性
︑
ω製品リーダω
短期目標と長期目標の調整︑を活用しているといわれり
このような事態の経過をみれば資本利益率概念の活用にも事業部制の成立史にまつわる歴史的な変遷があることをわ
れわれは知るのである︒すなわち資本利益率概念はデュポンやG・Mに代表される事業部制成立の第一段階においで
は︑予算統制方式と結合された形でまず活用され︑それが事業部制への管理体制の全面移行ないし確立とともに業績 ω収益性(資本利益率でなく利潤絶対額であって︑資本コストを控除した後の純利益)ly
ップ
︑
ω人
材育
成︑
制従業員の態度︑的公共責任︑
評価尺度として予算統制とは相対的に独自な形でこの資本利益率方式の利点が最大限に活用されたものであり︑それ
が一九三0年代の事業部制成立の第二段階を経て第二次大戦後の第三段階に至ってその限界性が意識され︑綜合的指
標が登場するに至ったわけである︒そもそも投資利益率方式はデュポンにおいて集権的職能別管理方式がとられてい
た九にすでに導入されているDその限りではデュポンが他社にさきがけていち早く採用していたといわれる予算統制
制度と緊密に結びついて運用せしめられていたということができようDデュポンが︑そしてそれと殆んど時を同じく
して
G・Mが事業部制に移行した時︑資本利益率方式は業績評定制度の核心をなす筈のものであった︒しかしこのこ
とは︑これら企業が綜合的な経営戦略に裏付けられた長期的なポリシーメ1
キングをもつことによって可能であっ
た︒デュポンの場合には化学産業の新分野への多角的成長政策︑G・Mの場合にはプライス・ポジションにもとずく
新しい製品政策︑がそれぞれ確定し︑しかも他の同種企業においてそれに類似した政策の形成がみられなかった状況
のもとでは︑こういった綜合的一貫的な政策はきわめて独占的に追求されたといえよう︒とすれば業績評価の主要な
課題は短期的ではあれ各事業部における投資の財務効率の測定とそれにもとずく投資配分ないし資本移動でありまた
帥判事業部経営層に対する報償の制度である︒しかるに技術革新と市場競争制条件の変化によっlて独占情競争の激化︑特
に産業部門の枠を越えた新参入者登場の可能性の増大は︑あらゆる大企業がポリジ1メlキングを競って採用するこ
とに伴ないその内容をよりいっそう長期的考慮にもとずく複雑高度な内容のものたらしめる︒そのことは業績評価の
内容にも一定の変化ないし影響を及ぼさずにはいない︒G・Eのそれに見られる如き業績指標の多様化はこのような
歴史的条件の下で形成されたものと考えねばならない︒
このようにみてくると利益責任単位という事業部制において最も重要な側面についての理解にも︑事業部制の成立
史における歴史的経過との関連がきわめて大きな意味をもつことが明白となる︒事業部制成立の初期の第一段階にお
いてその利益責任の内容は短期的財務業績追求を旨とする資本利益率によって規定されていた︒第二次大戦後の技術
革新に促された独占間競争の激化は︑利益責任の内容を在来の比率であらわされた財務業績だけでなく成長要因を考
慮した長期的利潤極大原則に立脚する多面的綜合的な指標にもとずくものたらしめた︒綜合的指標の内容を検討する
と市場地位といい生産性といい︑また製品リーダーシップや人材の育成等々いずれをとってみても近年しばしば経営
管理において問題とされるいわゆる経営者能力に帰着するものであり︑結局これらの大企業が自らの内部業績指標と
して他企業に対する超過収益力の創出能力つまり暖簾を形成する諸要因を活用しているものであることが明らかとな
る︒元来自己創設暖簾は会計上資産表示能力がないものとされているが︑独占間競争の激化する局面に伴う事業部制
のより高度なる展開は︑各事業部の内部業績評価の基準として各事業部による長期的な暖簾創出能力ないし超過収益
力に対する貢献度を綜合的な見地から活用せしめることとなったわけである︒
‑337一
岩尾教授が事業部制の歴史的性格を強調され大トラスト化の進展とポリシイ・メイキングにもとずく経営管理の再
編成のあらわれとしてきわめて適切な指適をされながら︑企業の客観的必要によってきまる目標利益の性格を独占利
潤一般をもって規定されたことによってその業績評価の性格とくにその歴史的変化とその変化の意味についての考察
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察伺
九
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富大経済論集
九 は十分になされなかった︒同じく利益責任単位を強調した主張をされる高橋教授についていえば︑固定資本巨大化に 伴う各経営部門の競争的市場からの切断やこういった状況下での業績評価を可能ならしむべき責任会計制度の欠除を 事業部制登場の原因として指適され︑さらにこの制度が窮極に目指すのは︑全体的かつ長期的な均衡と安定をもたら
制
す投資を可能にすることと市場支配の強化拡大であることを明快に指適して居られる︒しかしコンツェルンにふさわ しい管理方式として財務的管理機能を企業の中枢部に集中するのに何よりも必要な業績評価基準については︑ドラッ
︐カーが述べた投資利益率を基礎とした基準価格と市場における地位を指適されたにとどまり︑利益責任の内容の歴史 的変遷やさらに業績評価基準とポリシー‑メ
lキングとの関連については触れられていないのである︒
最後に事業部制の成立についてこれを管理機構編成における部門化の原理ないし基準の確立に重点をおいて‑説明す
る見解について検討を加えよう︒中村常次郎教授によれば事業部制の成立要因は次の如く説明されい
o
すなわち﹁経 営の発展においては︑業務諸活動が拡大し︑その質的な複雑化が増大するに伴い︑それらを管理するために常に集権 的な管理の強化が図られねばならず︑分権化はこの集権化との関連において押し進められてきたのが認められる︒分 権化は集権化のために必要とされ︑発展させられる関係にあった﹂として︑資本主義経営における集権化のもつ本質 的性格が強調され︑﹁分権化の進展に対応して︑集権化がいよいよ強化されねばならないという関係が生じてくる﹂
と主張される︒そして事業部なる組織単位が︑全般的方針の枠内で活動する分権単位であるとともに︑それがあくま で機能別組織単位で独立採算方式をとる分権単位とは区別された形の製品別︑市場別の部門化による職能の割当基準
を異にする組織単位であることを強調されるのである︒
このような部門化の基準ないし職能の割り当て基準の相違を重視する見解は土屋守章氏によっても主張されている が︑同氏の主張は管理機構の編成の原理が一九二
O
年を契機として起った経営多角化の政策的追求と相まって各機能
別の業務複雑化と企業全体の将来にかかわる重要決定事項が増大すると製品の差異を基準とした部門化が行われ︑計
数的な諸管理技術が発達し︑これによって最高経営層は業務活動から離れ︑会社全体の将来に関わる重要事項の決定
MW に専念することになるというものである︒同氏はさらに部門化の基準と統合のための手段すなわち管理技術が管理機
構の基本問題であると主張されるとともに︑分業のための仕事の細分化と分業化された個々の仕事を全体として統合
することとがともに管理機構の不可欠の条件であるとされ︑一方のみを強調することはできないと主張されている︒
土屋氏のこのような主張は︑中村教授の指適にみられた如き資本家的経営における集権化の本質的役割の強調が余り
見られないことは否定できない︒事業部制そのものの成立過程からみても職能の部門化に応じた割り当てということ
は︑管理上の統合ということが前提となり中心的条件となって実現されたものであることは明らかである︒そしてこ
の管理上の統合を実践しポリシーメlキングの主体となって活動するものこそセントラルオフィスなる全社的機構な
のであって︑そこにおいて形成される経営戦略は︑市場の情勢や変動に密着した形での職能の部門化に応じた割り当
てを実現するのである︒
ところでこれらの職能の割り当て基準の変化という側面を強調する見解は︑チャンドラlの事業部制成立史分析の
手法たる多角化の経営戦略の出現とそれを契機とした集権的職能別組織から製品別市場別組織への改編過程の分析に
立脚している如くである︒しかしチャンドラl自身は事業部制の成立の契機を製品別地域別部門化における職能の割
り当て基準の変化に求めているのではなくて︑市場戦略と結びついた中央管理機構の創設に求めていると考えられ
る︒例えばチャンドラlは一九五六年に書かれた分権制の歴史的分析に関する論文では︑多角化の程度に従った産業
分類を行い︑分類された各産業部門における分権制の成立を検討しているが︑一九六二年に書かれた著作﹁経営戦略
帥刊と管理機構﹂では︑新しい管理機構をどの程度受け入れたかによって産業を分類している︒このことは︑多角化!│
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察伺
一 ム ん 一
一 一
‑340ー
富大経済論集
一九
四
多部門化
ll
の要因もさることながら︑新しい管理機構の改革を受け入れる企業主体の側の意識性の側面││それは
特に市場条件に適応せんとする中央管理機構の形成につながるーーが強調され再認識されていることを示している︒
勿論多角化が分権的管理機構ないしは事業部制の形成の大きな促進要因ないし契機となっていることは否定できな
い︒しかしながら多角化をうけいれるに当つであるいはうけいれた結果として︑当然発生する戦略的戦術的決定の量
ならびにその内容的複雑性の増大に効果的に対処する上で何よりも決定的な意義をもつのは︑中央管理機構の形成と
その運用である︒部門の再編成││職能の割り当て基準の変更lーは中央管理機構が全般的管理機関としての機能を
確立した前提の下でのみ実現されるにすぎない︒チャンド一フーによると︑アメリカの近代産業企業の歴史は︑①企業
合同による最初の拡張と蓄積の段階(一八九O年頃迄)︑②蓄積された諸資源の合理的利用の段階(一八九O年i
一九
二O
④変化する需要に適合する資源の効果的流動年頃迄)①新市場への拡張による成長の段階(一九二O年t
一九
三O
年 ) ︑
化を可能にする新機構の発達した段階(一九三0年代以降)︑の四つの段階に分類されるが︑その第二段階でのさし迫っ
た課題というのは︑①職能部門別の活動の合理化によるコスト引下げと①職能部門別の活動の市場の変動への密接な
倒統合であった︒そのためにさし当って①については権限とコミュニケージョンのラインの定義と②については全社的
管理機構の形成が要請されたといわれる︒
要するに中央管理機構の中心的任務はこの時期には各職能部門の調整であったわけである︒しかしながら第三段階
以降になると組織体制の整備につれて市場条件に適応せんとする体系的な政策形成と資源配分の実施にその活動の焦
点が移ったと考えられる︒多角化の傾向が顕在化するのはまさにこの第三段階以降であ右︒つまり多角化は市場戦略
と結びついた中央管理機構の形成と整備の中での産物である︒多角化の進展はたしかに事業部制ないし分権化の拾頭
を促す︒しかし多角化の政策自身︑むしろ中央管理機構による体系的な政策形成
1 1
市場戦略の形成111の一環であ
って︑これをもってただちに事業部制の成立の契機ないし要因と結論するわけにはいかない︒多角化←業務上の決定
の複雑性増大←部門化による職能の割り当て基準の変更︑という形のジェlマも︑その管理実践主体の側の要因を抜
きにして論ずることはできないであろう︒とくにこのことは︑事業部制の問題を成立史的に観察する場合に重要であ
る︒まず中央管理機関の形成︑その市場戦略と結びついた運営による戦略的意志決定機関としての地位の明確化︑重
コンツェルンにふさわしい中央統制機構の確立が前提となりあるいは少くとも要決定事項に関する管理権限の集中︑
主役となることによって多角化の政策はより体系的かつ完全な形で実行に移されたのであり︑部門の再編成︑部門に
おける職能の割当基準の変更はそういった一連の動向の結果である︒であるから部門化の基準が職能別から製品別地
域別に変ったというよりも︑むしろ市場責任単位としての性格が明確になったと表現する方がより事態を正確に捉え
ていることとなろう︒
以上要するに事業部制の成立に関する代表的な見解と思われるものを︑事業部制の三つの側面のいずれに重点をお
くかによって分類し検討を加えた︒そこでわれわれはこれら三つの側面を事業部制成立史との関連からみてどのよう
に位置ずけ関係ずけるかを最後に検討せねばならない︒事業部制そのものについていえば利益責任単位としての側面
が決定的に重要な意味をもつことはいうまでもない︒しかし事業部制の問題は︑これを成立史としての観点よりみれ
ばまず管理体制ないし管理機構上の変化なのであり︑事業部の利益責任単位としての確定はむしろその後のことに属
倒しているとみられる︒すでにわれわれは一般組織論の見地から分権化の側面を強調する見解については若干の批判的
考察を加えたのであった︒その場合資本制企業組織が本来的に有している集権的性格と組織の一般原則との矛盾の妥
‑341‑
協的統一︑換言すれば集権的管理体制のよりいっそうの拡充強化ということは︑中央管理機構の全般的管理機関とし
ての機能確立の問題に照応する︒われわれはすでに具体的な史実としての中央管理機構の機能確立が事業部制の成立
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察伺
一九
五
‑342ー
富大経済論集
一九
六 において如何に積極的役割を果すものであるかをみて来た︒デュポンやウェスチングハウスにおいて集権的職能別組 織から分権的組織への移行の過程で生じた妥協的組織が永続きせずトップの強力なイニジャティヴの下で再組織が行
われ︑トップ自身もそのことの中で自らの機能を確立したこと︑分散的傾向の強かったG・MやN・Jにおいても本
格的な経営戦略の確立と事業部制への移行は︑中央管理機構の組織的確立が重要な足掛りとなっていたことなどを想
われわれはこの変化を単なる職能上の変化とのみ解することはできな
起すればこのことはおのずと明らかである︒
い︒明らかにその中では資本制企業に本来的な集権的性格が︑新しい情勢に直面してそれに何らかの形で対応し積極
的に自らの管理体制を再整備させる方向で拡充強化されつつあるのである︒このような管理機構の変化を通じた集権
的管理体制のいっそうの拡充と強化をはかる上で欠くことのできないもの︑それは利益責任の確定とそれに基礎をお
いた財務的統制の制度である︒しかし財務統制制度や利益責任の確定は管理機構の組織的変化と同時的に行なわれた
ものではなく︑組織的変革の後に漸進的にその確立をみたものであることは︑G・Mの例をみても明らかである︒し
かもいったん組織上の改革と財務的統制が結びつくことになれば︑事業部制は完全な形でその機能を発揮する︒ここ
に事業部制の運営において事業部の利益責任単位としての運営が決定的に重要な意味をもつことになる︒利益責任単
位であることを基本としながら分権的単位でありかつ市場責任単位でもあるという基本的性格が明瞭となる︒この場
合利益責任単位としての内容自体はすでに明らかにしたように︑初期に事業部制を成立させたデュポンの如く単一の
資本利益率の如き財務指標を基準とするものから︑その後G・Eなどにみられる綜合的指標によって利益責任を評定
する方式に変化しで今日に至っているわけである︒このように事業部制の成立史における段階に応じて利益責任の内
容も変化しつつあることは注目すべきこととみなければならない︒
註ω
占部
都美
﹁事
業部
制の
運営
﹂二
一頁
︒
ω前掲書七六t
七七
頁︒
ω中村常次郎﹁事業部制の本質﹂経営教室一九六五年三月号四九頁︒ω山本安次郎﹁分権管理と分権管理組織﹂p
・R
第八巻第四号二二頁︒
伺司・司・ロE
岳民
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同日
唱E白
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lルは会社発展の七主要段階として次の段階を分類している︒すなわちω目的の設定︑仕事の分掌︑ω責任の委譲と陳容
の整
備︑
ω経営職能の委譲と部下の数︑凶経営者の負担軽減と補佐スタッフ︑同職能他と専門スタッフ︑ω経営職能と委員会
制度︑間決定権の委譲と分権伯︑がそれで︑経営組織発展の究極的形態が分権化であると指適している︒
開三一戸公﹁経営学講義﹂一一一四頁︒
倒市原季一﹁ドイツ経営政策﹂一二九頁︒ω岩尾裕純﹁経営技術の研究﹂一O六i一O
八頁
︒ 側 全 右 一 一
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頁 ︒
ω全右一一五頁︒ω
全 右 二 九
i
一 二 O
頁 ︒
ω
全 右 二 二 頁
︒
ω高橋昭三﹁連邦制分権的経営管理の基本構造﹂p・R第八巻第四号五一頁︒
側 全 右 五 五 頁
︒
側占部氏前掲書一六三頁︒
間 シ ュ マ
lレンバッハ﹁コンテシラーメン﹂土岐政蔵訳二三頁︒倒占部氏前掲書一六四頁︒ω
全 右 二
ハO
頁 ︒ 側 全 右 一 六 六 頁
︒
ω
全 右 一 八
二t
一八
六頁
︒
ω
全 右 一 八 七 頁
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拙稿﹁多角的経営戦略と管理機構の変貌﹂
(富
大経
済論
米国大企業における事業部制成立の歴史的一考察同
九七
‑344一
富大経済論集
一九
八
集第九巻三号二一六頁︒)
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周知
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く︑
G・Mでは投資利益率以外に市場占有度をも差損評価の尺度として用いるに至っている︒
倒高橋氏前掲論文︒
側中村常次郎﹁分権佑と集権佑﹂経営教室一九六五年四月号三五t
三八
頁︒
仰土屋守章﹁管理機構の編成原理﹂
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ω ( 商学論集第三三巻二号二四頁︒)﹀・
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倒 す で に み た 如 く
G・M
では
スロ
lンプランによる組織改革が実施されて後四年を経て事業部を利益責任単位とする市場政策
と結びついた財務統制制度を確立しているし︑ウェスチングハウスでも組織改革後に財務統制制度が導入されている︒デュポ
ンの如く両者が殆んど同時に実施されたのは︑稀なケlスであったといえよう︒
ω
市場戦略にもとずく市場支配の責任を付与された経営単位の意である︒職能別組織から製品別︑地域別部門組織へという単なる部門佑の基準の変佑だけでこの側面を規定することはできない︒四︑米国大企業における事業部制成立の基本的意義
ーlむすびにかえて
il
以上でわれわれは米国大企業における一九二0
年代以降の管理機構と管理体制の変貌
1 1
事業部制の確立と普及
ーーについての歴史的経過ならびに事業部制成立にまつわるその本質論議に関して︑これを種々の角度から検討を加
えたわけである︒しからばわれわれは︑この新なる市場支配のための組織化たる事業部制の成立を経営管理発展史に
位置ずけた場合の基本的意義に言及せねばならない︒すでに我々は︑事業部制の成立をもって科学的管理運動の単な
る外延的発展ではなくしかも経営管理発展史において科学的管理運動にも比すべき一時期を劃する性格のものである
ことを指適Lて来た︒しからばどのような意味において事業部制の成立は時期を劃するといえるのであろうか︒