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グレアム・グリーンの小説について(完)

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(1)

グレアム・グリーンの小説について(完)

著者 宮井 敏

雑誌名 主流

号 19

ページ 54‑64

発行年 1955‑10‑10

権利 同志社英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016634

(2)

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﹁朱竹一と言う日本闘の技法がある︒真蒼である筈の若竹

を朱で描く事によってその青さを一そうきわだたせようと云う訳である︒同様に川の中に浮んでいる何でもない空瓶を事

こまかに描写する事によって月の光を描く事も出来よう︒こ

れは憎しみを通して愛の諸相を示そうとした一人の人聞の果

てしない愛憎の記録である︒恋の悲劇とはけだし別離や死を意味するものではなく︑冷

やかな無関心と死灰の如き沈黙であるからには︑︵ω

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U憎しみや疑惑︑不安︑嫉妬も又一つの愛

の表現形式ででもあろうか︒キリストを愛したのは果して嫉

妬深いユグであったのか︑それとも卑怯なベテロであったの

か︑もし我々が基督受難劇の物語の解釈法を教えられていなかったならば︑二人の行動からだけではそれを判断する事は

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憎しみは愛と同じ肉体の腺に作用し︑

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の小説について

︵白刃︶

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同じ活動をさえ生︑ぜしめる︒憎しみと言うこの破壊的な情熱

は正確に愛と同じく人を破滅させる事すら出来るのだ︒グリ

ーンは不信と憎悪と嫉妬とによってこの﹁愛の終り﹂をつく

り上げているのである︒

話は順行逆叙法で始る︒一九四三年四月︑ある雨の夜︑モ

iリス・ベンドリヴクスはほとんどゴ一年振りで友人へンリ・マイルズに出くわす︒典型的な英国紳士であり︑自信に充ち

た政府の高官である彼を︑彼が

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戸であり殆ど自分の恋を

手助けして呉れんばかりの寛容さの故に︑この年月憎み続け

て来たのであるが︑傘も持たず︑ズブ濡れのまま灰暗い街燈

の下に侍んでいる彼の類に浮ぶ不思議な白信のなさに心惹か

れて︑彼の悩みに耳を傾け︑最近の妻の不審な行動に苦しみ

抜いたあげく私立探偵に調査を依頼しようかと考えている彼

に同意し︑モIリス白らが替ってそれを買って出る事にな

る ︒

54 ‑

(3)

あれは何時の事であったであろうか︒盲人が光線の移り変

りを認め得ないように︑真黒な靖疑︑と嫉妬に苦しめられて来

た状態では︑日数のたつのも実は定かでないのであるが︑ともかくも七年まえ︑一九三九年の初夏の事であった︒せまり

来る嵐の予感に酔払いと子供を除いて人々の幸福感はすでに

過去のものとなりつつあった時︑とあるパーティの席上モl

リスは美しい肉体に純粋な幸福感をみなぎらせたセアラに出会った︒最初は作家としての好奇心から︑モデルにする坐目だ

った高級官吏の生態を知るために接近して行ったそi

リス

はあったが︑次第に心惹かれて彼女と恋に陥る︒単に世間的

な約束にすぎぬ夫にたえず不満を感じていたセアラはモlリ

スの最初からの不純な動機にもかかわらず彼を愛する様にな

り︑一九四四年六月︑無人機

VI

号ロンドン初空襲の日迄彼

等の関係は続くのである︒セアラはその美貌に加えて素朴な

魂の持主であり︑単純率直に何のためらいもなく︑モi

リス

の愛をうけ入れ︑その行為自体に対しては何の罪の意識も心

の疾しさも決して感ずる事のない言わば包己同司の原型と

も言うべきタイプの女性である︒彼女にとってこうした行為

の一つ一つは︑もしそれが純粋な肉体の悦びをもたらす限

り︑意味があるのであって︑そこには何等の悔恨も反省もあ

る訳ではなく︑ましてやそれが自棄や絶望の所産である筈は

なかった︒一切の思考はその行為と共に死んでしまうべきで

あって︑後に残されるものは次の行為への全身の期待感だけ

であ

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何時ものような逢曳の後︑問われもしないのに彼女はせくのである︒﹁あたしはこれまで誰をも︑どんな物をも貴方を

愛しているように愛した事はありませんL

彼女の行為はたしかに罪の一つには違いなかった︒政府の

高官の美貌の夫人と流行作家との

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に外ならなかったし︑この種の事件に対しては極めて非同情

的であると言う英国にあってそれは法的な罪でもあった︒し

かも彼女は罪びとであったであろうか︒原始の社会に於て

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世自己可の出現以前では少くとも提にふれる事

はなかったであろう︒時の経過や人間相互の関係が約束をつくり︑人間同志の約束が道徳を生み︑それに外れるものを罪

なりと断定する︒一体時と場所とをこえる絶対の道徳がある

ものであろうか︒少くともセプラがモ!リスに寄ぜる愛情は

それが人間社会の規準から見て何であれ︑隈りなく純粋であ

り美しいものであった︒セアラにとってモiリスは言わば彼

女の言う仏

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円︒︒仏との関係にもおきかえうる絶対のもので

あり︑何物の介入をも許さない︑一切の社会の提から隔絶し

た場における対決であったのである︒この現在の一瞬に最高

‑ 5 5 ‑

(4)

の喜びを求める彼女の自己放棄は又︑﹁︑氷遠の生命﹂の相を

追求してやまない︒氷遠とは時間の連なりではなくして時間

そのものの欠除であると一言われる︒幾何学の公理で言う﹁点﹂

の本在のように︑セアラの時聞は広さを持たず︑空聞を占め

ない無限のものであった︒︵丁度吋宮

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のアンドリ41ズがエリザペスに寄せる愛情の瞬間を﹁確実

な時間﹂と呼んでいるのを思わせる︒﹀したがってそれは始

めがなく終りを持たない︒グリーンが︑E

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3と言った場合︑丘町山町とは始まれば何時かは終ると

言う一つの事件であり︑その情事の果てる所から昇華された

氷遠のZ40は生れると言う事を暗示しているのであるが︑

時のない世界での道倍以前の宮司ぬこそがセアラの愛情であ

り︑生命を堵したものなのであった︒

一方︑作家モ!リスは時の世界にすんでいる︒セアラにょ

せる彼の愛情は不信と猪疑と嫉妬にみちたものであり︑彼女

の献身の愛にもかかわらず︑絶えずいさかいの種をもちだす

のはモ!リスのほうであった︒人にとりついて離れようとも

しない︒

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富山︒ロの故に彼の苦しみは生き乍らの地獄であ

り沙漠であった︒

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率直に彼自らが語っている︒﹁わたしは嫉妬深い男であ

る︒ーーーおそらく一篇の長い族拓の記録︑つまりへンリーへ

の嫉拓︑セアラへの嫉妬となるらしい文章の中でこんな事を

書くのは愚かしい事だろう:::私は恋がわたし自身の恋とは

別の形をとる事がありうるとは信じたくなかった︒わたしはa

愛情をわたしの嫉妬の程度によって測ったから︑その標準か

らおせば︑もちろん彼女はわたしを全然愛している筈はなか

った︒﹂救われぬ魂︒結局はセアラの方が正しくて自分の方

が間違っていたのではないかと言う疑いにとらわれ乍らも︑

モlリスは彼女を冷淡だから嫉妬しないと言い︑ありきたり

の人間的な感情にとらわれる事がないからだと非難する︒一

方セアラはその純粋な気持から︑ただモIリスの不幸な姿を

見たくないだけだと答え︑自分の彼に対する愛が不変のもの

であるのを納得させる事に疲れてしまう︒同じ罪を犯し乍ら

も二人の考え方はこのように喰遠っているのである︒嫉妬で

一裏打ちしたあくまでも地上の愛と︑自らを放棄してしまった

一途の純粋な愛︑次元を超えた時のない世界に浸っている女

と︑過去に苦しみ現在に不満であり未来に希望をもてない︑

﹁時﹂の重みの下に生きる男と︑つまりは古

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の本質的なくい遣いを作者は極めて対照的に描き出している

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(5)

考えて見ればモ!リスの心理はつよい独占慾から発した人

間感情の動揺であり︑人間の誠実を信ずる事のみが或は唯一

の救いかもしれぬと感じ乍らもそれを信じ切る事が出来ない

と言う

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に陥っているのであるが︑そこに不安定な

社会情勢が大きく影響している事は見逃せない︒生れ乍らの

肢のために兵役は免除されており︑身についた職業的習慣は

一日五百語づつの早さで創作を続けさせてはいるが︑空襲下

のロンドンがさまざまの形でその心理に陰影を投げかけてい

る事は否むべくもない︒世界史の舞台が大きく廻ろうとして

いるさなかにあって︑しかも形式上そうした動きから孤立し

ている事が彼をたえまない神経的不安にかり立てる︒はげし

い世の中の動きとは完全に無縁にはなり切れず︑と言って一

人の女性の愛にすがって生きる事も出来ない︒こうした時代

に人と人との聞に生じた愛情以外に何にたよろうと言うのか

と自問し乍らも︑目前の愛を信じ切る事が出来ないと一言うこ

の悪循環はつまりは戦争の片隅に生きている市民の象徴でで

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一九四四年六月︑独軍の新兵器

VI

号のロンドン初空襲の

夜︑何時ものような逢曳のあと︑セア一フの家は爆撃のため破

壊され︑様子を見るために階下に降りたモiリスは玄関の扉の下敷となり失神してしまう︒かけ下りて来たセアラは壁土

の下から突き出ている血の気のない腕を見て︑彼が爆死した

ものと思い込み︑部屋に帰ると指の爪が掌にくい込む程つよ く手を握りしめて神に祈るのであった︒子供の頃さえ神に祈りを捧げた事もなく祈需の言葉も知らない彼女が︒﹁愛する神様﹂︑彼女は必死の思いで話しかけた︒﹁私を信じさぜて下さい︒私は信じられません︒信じさせて下さい︒私は自分が良くない女である事は存じております︒私は自分を憎んでいま

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蘇生したモiリスが部屋に入って来るのを見て樗然としたセ

アラは︑それが彼女の希った奇蹟ではなくして︑ただ爆風に

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lリスが意識をとり戻しただけの事

であるのを見て思わず落胆する︒彼女が誓った褐との約束が

いかにむずかしいかを思う時︑これからの索漠たる生活を考

えて思わず戦懐するのであった︒セア一プの悲劇はつまりはこ

の小説は実はここから始るのである︒彼女は約束を絞らなか

った︒誰にも洩らさずに彼女はそiリスの前から突然姿を消

してしまうのである︒

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lリスに求める愛の悦びは他のどのような男性か

らも得られる筈のない事を知っていたセアラにとっては彼と

離れている事の苦しみは非常なものであった︒且ての日々に

(6)

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1リスに︑互に逢えなくなる事はあっても愛に終りはない事を説いた彼女ではあったが︑苦しみは予想外に大きい

ものであり︑絶望の中に疲れ果てては神を憎み神を呪い︑果

てしない愛憎の焔につつまれて眠られぬ夜は続く︒彼女にと

ってこの愛が氷遠なものであるためには︑情事はここで曇ら

なければならない︒生々しい実感を伝える地上の愛はそれ自

体止揚されては神への愛に到らなければならない︒i

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えつつもおそう激情の嵐にともすれば最初にして最後の彼女

の約束は破れそうになる︒夜毎の迷いと煩悩の苦しみを命を

削る思いで書きつづる彼女であった︒

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こうした苦しみのさなかにあってセアラはふと︑一体無関

心であるものを憎む事が出来るだろうかと疑いはじめる︒自

らの誓いの故に神を憎むと言う感情は実は神への愛と表裏相通じているのではなかろうかと言う考えから形のないものと

して取扱っていた怖と一言う存在が結局のところ︑モl

リス

寄せる愛情と同じように心理的実感として感じられて来る︒ モiリス一を愛しつくしたとき︑つまりは情事のおわった時に︑

始めて殉に対する憎しみが湧いて来たわけであり︑同時に神

を最も深く愛しているのだと︒このの︒ロ405

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て祈需を知らないセアラであったが︑知らず識らずの内に歩

一歩補に近づいてゆき︑砂漠は少しずつ消えてゆくのである︒

一方彼女の回心を知らされていないそlリスはセアラの新

しい愛人︵彼女の言う色︒号ロ︒

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を地上の人間であると考

えますます絶望に陥ってしまう︒自分の心に悪魔が巣喰って

おり︑その悪魔が自分の想像の中で活躍するのだと信じたモ

lリスは︑神が人間を材料として聖徒をつくり出したのと同

時に悪魔も叉我々人聞がすべて一一切者となる様に野心をもっ

て動きはじめたのだとさえ考えるようになる︒荒涼たる砂漠

の風景の中で孤独に蝕ばまれた彼のこうした姿は言わば平凡

な日常の生活の場における文明の類廃の現われであって︑作

家であるが故に現代の病患である危機感に敏感ならざるを得

ないと言う情況なのである︒単に日常的な習慣性の故に日々

の人々の動きの底にひそむ違和感を無視してしまう人々が多

いのであるが︑彼の感受性は自らがそれを意識するとしない

とにかかわらず︑絶えず末梢神経で感じる以上の何物かがあ

る事会︸探りあてているのである︒現代の病患とは︑一つに

は単なる幻滅より以上の苦悩に充ちた孤独感山口虫

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出色白であり︑一一つには自分の外部にある或る入︑

或る物に到達出来ないと言う罪悪感白話回話丘

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hwR﹀最初モiリスはセアラとの歓喜に充ち

た怯惚境を本当の現実だと考えていたのであるが︑それを

経験した後に残ったものは何の現実性もない悪夢のような記憶の残骸だけであり︑ある一つの人間関係がもはや存在しな

くなったと言う空虚な孤独感だけであった︒ともあれ彼のこ

の俗人的苦しみはセアラの回心と著しい対照をなしており︑

女の宗教的解説と男の顕悩の迷いとの対比は極めて印象的に

構成されている︒言いかえれば︑自己自身が︑氷久に邪悪な性

質の苛責に問えている地獄の苦しみと︑悔い改めようとした

人聞が自ら進んで受け容れようとした浄火の責苦のための煉獄の苦しみ︵同

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まじければすさまじい程一層煉獄における救済の可能性は強

調されているのである︒

私立探偵のもたらしたセアラの日記を読んでモiリスは驚

きにうたれる︒始めて知る彼女の真意は彼を樗然とさせるに

充分であった︒直ちに何年振りかで彼女の家へ電話をかけて

面会を求めるのであったが︑セアラは頑なに拒み通し風邪の

床から彼を避けて一闘の降る街に走り出る︒教会で追いついたモIリスの手をつくした忠台にもかかわらず最後迄彼の申し

出を拒絶し︑もう一度やり直そうと言う彼の言葉を一蹴して

しまう︒なすすべを知らず主然と帰宅するモ!リス︑祭壇の 前で涙に濡れて震え乍ら障っているセアラ︒二日後電話がかかって来て彼は彼女の死を知らされる︒幾度か彼女の愛を疑い︑絶えまない焦慮感から彼女を苦しめ︑別れては彼女の怖に対してすら嫉妬してやまなかった彼ではあったが︑時々彼の頭を掠めた考え︑結局は終始一貫彼女の方が正しかったのではあるまいかと言う考えを肯定せざるを得ない様な立場におかれる時︑彼女の回心をしいて無視しようとし︑彼女の信仰を頭から否定し︑あくまでもこの腹い地上の愛に彼女を引き戻そうとした自分の態度を振返ってみて︑次第に彼は作家として頑強に信じていた人生の価値に疑いをもちはじめる︒﹁わたしは自分の仕事をありのままで認識した︒

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なり何年間なりわたしの生活を支えてくれる煙草のような麻

酔剤として︒もしわたしが信じたがっていたように︑我々が

死によって消滅するものなら︑数冊の書物をあとに残したと

言う事は査や安物の宝石を残すのとどこが違うだろうか︒﹂

死の直前モlリスに宛てた手紙の中でセアラがカソリ?ク

への信仰を告白していたために葬儀の様式が問題となるが︑

結居それも済んでしまったあと︑御用済となった私立探偵が

やって帝京て伎の子供が夜中激しい腹痛におそわれた時︑夢に

彼女が現れて脇腹をさすると忽ち痛みがとまったと言う話を

する︒一方︑生前彼女が相談相手としていた合理主義者スミ

スがやって来て日頃の無禰論にもかかわらず彼女の遺髪を貰

いうけたいと言う︒見れば彼の頬の赤諒は拭ったように消え

‑ 59

(8)

さっていた︒こうした不可思議な現象を︑奇妙な不合理な偶

然として意識的に無視しようとするモ!リスは最後迄怖と妥

協する事が出来ない︒ゼアラを奪い去り︑彼を砂漠の中に置e

き去りにした術︑二人の幸福をめちゃめちゃにした神に向っ

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をつみ重ねる事によって人間は氷遠の相をかちうるだろうと

言う人間主義的楽観にあったようにおもわれる︒社会におい

ては真理は多数決で決められるだろうし︑進化論は人間の自

らなる進歩を約束してくれる︒人間の頭脳は大自然へのたえまない挑戦の結果︑天変地変をさえ制御しうる技術を学びと

るだろうし︑合理主義は一切の人間的なゃみをあまさず明快

に解決してくれる事になっていた︒ところが︑こうした大き

な間に対する答である筈だった二十世紀と一言う時代はもはや

その前半を終えてしまっているにもかかわらず︑何等の結論

にも到達しないままに何時とは知れぬ不安と動揺をくりかえ しているのである︒よりどころのないロロ

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可な魂は崩壊し

た秩序の瓦礁の上をさまよっているにすぎず︑巨大な文明機

構は個人をその歯車の中に押しつぶそうとしているかのように見える︒豆て権威が信頼の結合形式であった時︑一応の社

会秩序はその上に立って回転していたに違いないのである

が︑権威が批判の火にやき払われたあと残ったものは中心の

喪失からくる義務の峻厳の消滅であり︑確信の意識の敗退で

あった︒一方人類の統一化を誠実に目指すかに見えた人間の︑

水平化の過程は人聞を没個性的な一つの単位にまでおしちぢ

め︑平均的な集団機構の下に人格の実体をうばい去ってしま

う︒今や残されているものは﹁徹底的な危機の意識としての

危険と喪失の意識﹂あるのみと言う外はないのである︒︵カ

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て一時的な秩序恢復のための手段として扱われ︑それ本来の

あり方を失ってしまったかのようである︒そこにおいては人

間はもはやどんな意味からも精神的尊厳を保つ存在ではあり

得ず︑無名の灰色の群集の一人にすぎなくなってしまう︒凡

ゆる人間は一元来自分自身の個人性を持っているにもかかわら

ず︑分化されない群集の中にとけ込んでしまい︒時に出

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凶可ぬと言う名前でとり扱われる事

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はあっても遠い以前から人間である事を停止してしまってい

るのである︒タイムズの文芸附録はこうした不安の時代︑挫

折の時代の心理を︑

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臼ロ︶誰しも不満の感じを免れ

る事が出来ないために︑何等希望のもてない未来を理性の判

断から認めざるを得ないために︑強力な意志だけではとうて

い解決出来ない心理的袋小路に追い詰められてしまう︒だか

ら全体としては勿論否定なのであるが今日一日だけは肯定し

ようと言う︑利部の現象面に対する条件反射のみが残る事と

なり︑﹁エンゾンは回転を早めるが馬力はますます誠ずる﹂︵

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位︶ようになるのである︒

「 人 文 学 」 英 語 英 文 学 特 集 既 刊 号

こうしたどうにもならない行き詰りを打破して︑本来の秩

序を再建し︑混乱を軌道に引きもどす事によってこの人間存

在の危撲をくぐり抜けようとする試みは色々な形で試みられ

て来た︒湛沌にみちた現代社会の不安をあるがままに重視す

る事によって自慰的な楽観や﹁偽れる範噂﹂を捨て去り︑現

代人の信念の喪失を今一度再認識して︑人間性の有限を諦観

する事が出来た中世の姿を目標としてゆこうと一言うのもその

一つの現れであった︒つまりは岳

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ずゆ日間止を獲得しようと言うのである︒過去や個人的伝統の中

に統一的な信条を求めようと言う行き方や︑新らしい未来像

i第 六 集

; い

ersRe sView.上 野 直 蔵

The Study of Literature 

R.H. Grant 

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抑圧の;意義とその効果・・HH・−吉 ) Shakespeare英語の

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ー特質………・・・・・・H・−−…中

Shakespeare の定冠詞…・・桜

i 英文学に於ける

: 

近代リアリズムの形成 木 口 敏 郎

; 閉 山 る 制 ( ー ) 太 田 藤 一 郎

第十二葉 } 

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ける宗教的要素…....・H・ − 児 玉 実 用 t

¥  Eugene oNeilの作品に

於ける Mother....H・−−木

~ On the Source of the 

Pαrd仰 向 Tale. ・ 上

;第十五集

T. S.  Eliot について

-~幸に彼の世界像を貫くもの一…片

本邦に於けるシエリの く

詩の漢訳....・H・−…....・H・−・衣笠梅二郎!

シエグスピアの語戯に

ついて・・HH・...・H・...・H・−−中村健蔵、

) 

英 文 学 に 於 け る 捌 に 〕 −W.M.サ 吋

レーのヒユーマユ兄ム....・H・−…太田藤一郎 第十八集

D. G. Rossettiの作品に見られたる 芸術性について(1)‑The House of Life 

を中心としてー・・HH・−…...・H・−・児 玉 突 ホイットマシの一考察

ーソウルをめぐって一 木 シナリオに現れた Interjection

of Surprise就いて・・HH・−吉 Eugene ONeillの作品に環

れた「白く塗りたる墓」…木

「カムプベル氏英国

海軍の詩」前後....・H・−……衣笠梅二郎 同 志 社 大 学 人 文 学 会 編

各 冊 ¥100

‑ 61

睦 蔵

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(10)

の中に信条の世界を見ようとする考え方や︑或は文︑原始の

社会に立ちかえる事によって︑迷い始めた蚊れ道を見付けて

そこからやり直そうとする方法も含めて︑この比類なき混乱

の世界の中で首尾一貫した一つのモラル︑心のよりどころを

求めようとする努力は執拘に試みられて来たのである︒精神

の尊厳を再詔識する事︑言い換れば∞ロ巴

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考えられなかった精神︑神経と同じく無力なものとして同一

視されていた精神を現実と対決させる事によって現代の病患

を克服しようと言うのであった︒事実結果論的にみて︑あま

りにも誇大に危機感をうたう事によって通俗に娼びた多くの

文学がそれ自身不安の一現象となって︑今までのものに又一

つ附け加えられる事にはなっても決してそれを解決しては来

なかったからである︒

こうした考え方はただに文学の世界のみならず︑社会的な

問題に対する発想法としても共通する行き方であるが︑キリスト教の伝統の強いイギリスにあって︑もし一人の作家が

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言わば当然の過程であって︑なかんづて第二次大戦後のおそ

るべき国際的不安のなかにこの傾向は著しく強まっており︑ 理論的にはれ胃

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グレアム・グリーンがその数多くの作品の中で︑人間の罪の問題と真正面から取組んで来たのもこうした時代を背景とし

た上での事であったのである︒

エリオヅトは﹁カクテル・パーティ﹂の中で舞台の上には

姿を現はさない人物として大胆にも神を登場せしめているの

であるが︑グリーンも同じ意味合から︑恋愛で結ぼれた男女

二者に対する第三者の形で神を人物として使っている︒小説

の舞台の設定としては従来の諸作よりはより一般的な背景を

撰ぶ一方︑自らの信念の表白のためには︑敢てこうした登場人物を迎え入れる事をためらわなかったと言うのは︑聖女セ

アラの演ずる奇蹟と共に︑作者グリ

が所謂リアリズムと

一言うものに信を置いていない事を示している︒成程︑こうし

た話は有り得ない事かもしれない︒そうして︑﹁事件の核心﹂

のスコウピイや︑﹁権力と栄光﹂のd

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りものであると言う批難は当っているかもしれない︒が︑よ

しこうした人物が実在すると一言う蓋然性はないにせよ︑旬︒E

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はあるのであって︑グリーンの根本命題は奇蹟を不

可能だと信︑ずる立場を拒んで︑奇蹟或は超自然な事はおこり

うるものだと信ずる事にあるのである︒作者は︑﹁小説家の

哲理とはしばしば均斉を欠くものである﹂︵吋

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(11)

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が︑例えばこの﹁愛の終り﹂の場合︑一人の地上の俗人の地

獄を描くためには︑どうしてもセアラと一吉う聖女が必要だっ

たのである︒結果として現われた行為と言う現象面をとらえ

て問題提出の契機としようとするのならば︑一定の単位時間

内の人間の動きを克明にうっし取る事も一つの方法であろう

が︑社会的な約束でしかない行為のE邪ではなくして魂が直面する善悪の方向を見きわめようとするにはこうした象徴に

たよらざるを得なかったのである︒

こうして高度な回心に到るセアラの堅信への過程とその奇蹟と︑モlリノスの頑なな実証精神︑或は﹁高き夢と呼びなす

ものの世界と低き夢しか見る事の出来ぬ近代の世界﹂︵叶−

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ω︶と言う二つの対比を考えて

見る時︑凡俗の我々がセアラの崇高な宗教的解脱よりはそi

リスの人間的苦しみにより心惹かれるとしても︑基督教的な伝統の基盤のない我々の場合或る程度やむを得ぬ事ではなか

ろうか︒エリオットは

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中で︑すぐれた科学者であったパスカルの数次にわたる回心

への苦しい︑過程をのベ︑まず宮

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て我々はぴ色ぽ同の世界に到るに先立って色白ゲ己目止の世界の

苦しみを︑砂漠のすさまじさを少く共見詰めなければならな

いのであって︑信仰でなくともせめて当惑を感じるべきなの

であろう︒我々の信ずる世界が実は︑内出

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以外の何物でもない事を考え︑何物もそこから生れては来な

い事を考えるべきである︒救われるにせよ救われぬにせよ要

は魂の問題なのであるから︒

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一項

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えているのでここでははぶいておく︒﹀これ等の小説に共通

する特徴は︑その何れもが︑逃亡と追跡︑と言う形式をとって

いる事︑各々︑媒体としての主題︑傍えば︑﹁恐怖省﹂にお

ける立号︑﹁密使﹂における悲劇的な義務感︑﹁拳銃売りま

す﹂の復讐と言ったモティiフが可成明瞭に打位されている

事︑尽くが︑ヨーロッパの戦時下の話である事︑映画批評家

であったグリーンだけにスリラー的手法がきわめて緊縮した

‑ 6 3 ‑

(12)

務の携成と相まって成功を収めている事などである︒

こう

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同をこれ以外の言わば若江︒

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な作品と較べて見て言いうる事は︑作者が抱いているテ!?を

物語に組立てるに際して︑前者の方がそれをより明らかに

図式化して扱っている官一ずであって︑例えば章分けの如きも

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人間﹂︑﹁幸福な人間﹂︑﹁完成した人間﹂︑となっていたりす

る︒これらの全作品が映固化されたのを見ても︑渋滞や難解

な箇所がなく︑配分宜しきを得た構成の下に︑力の葛藤を如

何に巧みに扱っているかが覗えるのであるが︑反面︑人物が

類型化してしまっており︑異常なまでの急追した雰囲気をも

り込む事に急なあまり︑人物の動きと主題との有機的な結合

が弱いように感じられる︒

この二種の作品を特に区別しないで取扱っている批評家も

あるけれども︑以上のような意味から一寄って︑つまり芸術的

香気が稀薄である事︑思想性がそれほど強くない事などから

言ってやはり︑この一連のグループは︑純然たる娯楽物では

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:: 薬師 川虹 一

想像力の挫折

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−−金関寿夫

詩の翻訳について

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−− 北垣 宗治

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現代 性に つい て:

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本違い

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沖塩信男君の思い出に

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衣笠梅二郎

﹁同 志社 文学

﹂ の背 景:

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−・ 重久 篤太 郎

‑ 64‑

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