の運動」論 : 経済的自由主義と社会政策をめぐっ て
著者 笠井 高人
雑誌名 經濟學論叢
巻 65
号 1
ページ 321‑347
発行年 2013‑07‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/00027384
【研究ノート】
カール・ポランニーの「19 世紀文明」批判と
「二重の運動」論
*―経済的自由主義と社会政策をめぐって―
笠 井 高 人
1 は じ め に
カール・ポランニー(Karl Polanyi, 1886―1964)が生きた19世紀後半から20 世紀にかけては,まさに世界史上の激闘の時代である.ユダヤ人という彼の 民族的なバックグラウンドも作用し,世界中を亡命のために駆け巡った人生 であった.そのような人生を通して,彼は既存の経済学をより包括的な概 念でとり扱う新たな経済学説を提示した.なかでも彼が『大転換(The Great
Transformation)』で示した,経済的自由主義の際限のない拡大に対するアンチ
テーゼは,さまざまな部面において高い評価を得てきた.経済分析の対象を 市場取引だけに絞るのではなく,社会に埋め込まれた経済という視点のもと,
市場交換をアルカイックな社会における交易と比較することで相対化したこ とが,大きな功績であると考えられている.これは,すなわち物々交換の原 始社会から市場社会への変遷が,単線的でないという可能性を示すこととなっ た.
* 本稿は,2012年経済学史学会関西部会第163回例会(名古屋市立大学)での報告にもとづい て執筆した.討論者を引き受けてくださった若森みどり先生(首都大学東京)からは有益なコ メントを頂いた.本稿の作成においては,西岡幹雄教授(同志社大学)から数多くの助言をい ただいた.ここに記して感謝の意を表したい.当然のことながら,ありうべき誤りは全て筆者 の責任である.
このような功績を認め,スティグリッツが2001年にアメリカで出版された
『大転換』の新版において序文を執筆し,ポランニーをきわめて高く評価して いることに注目が集まった.日本においても,中谷(2008)がポランニーにつ いて言及したことが,専門家以外にもその名が知られるきっかけとなったで あろう.同時に,2008年の金融危機以降,加熱しすぎたグローバリゼーショ ンをポランニーの視座より読み解くものも多数ある1).これらは,ポランニー が提示した視座の現代的意義およびその有用性を評価したものといえよう.
社会科学の古典としてのポランニーの地位が定着しつつある証左と考えられ る.
また,上記のようなポランニーの視座の現代的意義に関する考察と同時 に,彼自身の経済社会思想に関する研究も盛んである2).日本では1980年代 頃からとくに活発となり3),とりわけ『大転換』で示された「自己調整的市 場(self-regulating market)」と「二重の運動(double movement)」という2つのユ ニークな概念は精力的に分析されてきた4).しかし,それらの多くの研究は,
2つの概念について詳細に言及するが,それらを生み出した「19世紀文明
(nineteenth-century civilization)」に対する考察はきわめて少ない.これらの研究 においては,「19世紀文明」という概念は,たんに市場交換が社会の中心を 成しているという程度の解釈でしか捉えられていない.くわえて,「自己調整 的市場」と「二重の運動」という2つのユニークな概念が,それぞれ独立し たバラバラの理論として取り扱われており,互いに結びつけられて議論され ていない.
しかしながら,ポランニーの理論は彼が見た当時の世界である「19世紀文明」
から産出されたものであるため,個々を分けて議論することは決して妥当で
1) たとえば,佐伯(2009),山田(2011),柴山(2012),そして佐藤(2012)など.
2) Stanfield(1986)がその代表であり,近年のものであればDale(2010)や野口(2011)がある.
3) 1986年にポランニーの生誕100年を記念した国際ポランニー学会がブタペストで行われた.
4) 上記2つの概念とは異なるが「再埋め込み」についての言及も数多く存在し,Mendell and
Saleé(1991)などがある.
はない.では「自己調整的市場」と「二重の運動」との関係はどのようなも のであろうか.そこで,本稿では,彼の経済社会思想を新たな視座から考察 する.とりわけ,主著である『大転換』に対象を絞り,なかでも,「自己調整 的市場」と「二重の運動」をもとに,彼の見た当時の世界観,すなわち,「19 世紀文明」を明らかにすることが本稿の目的である.その際に,「自己調整的 市場」と「二重の運動」とをそれぞれ別々の議論として終始せず,「二重の運動」
が「19世紀文明」によって生み出されたという立場のもと,両者を有機的に 結びつけることとする.つまり,「19世紀文明」という概念に「自己調整的市場」
と「二重の運動」との結節点としての意味を求めるのである.そして,その ように結節点としての地位を探求することによって,彼の「19世紀文明」観 をより明らかにすることとしたい.
そこで,次章では,これまでのポランニー研究から,彼の世界観に着目し たもののうち代表的なものを取り上げ,先行研究を振り返る.つづく第3章 および第4章では「19世紀文明」と「二重の運動」のそれぞれについて,ポ ランニーによる言及を確認する.その後,第5章,第6章で,これまでのポ ランニー研究の成果もふまえて,前の2章で取り扱った諸概念を連続的に取 り扱うことで,彼の「19世紀文明」を再構成する.
2 先 行 研 究
本章では,これまでの数多くのポランニー研究のうち「19世紀文明」観に 着目したものを取り上げる.ここで,筆者は,ポランニーの見た世界観を「19 世紀文明」として記しているが,以下で言及する論者は,いずれもこの言葉 を用いて表現していない5).この点には注意を要するだろう.このような注 意を喚起すること自体が,「19世紀文明」というフレームワークが,これま でのポランニー研究において欠如していたことの証拠でもある.
5) もちろんポランニー自身は『大転換』の冒頭で「一九世紀文明は崩壊した.」(Polanyi(1944),
p.3, 邦訳5ページ)のように「19世紀文明」という言葉を使用している.
まず,はじめに,Ágh(1990)をとりあげる.Ághはポランニーの『大転換』
に世界システム分析を見いだし,彼がそのような世界観を抱いた根拠をパッ クス・ブリタニカに求める.すなわち,ポランニーの「19世紀文明」を当時 の時代背景にあわせ,パックス・ブリタニカの一形態として解釈している.
Ághによれば,パックス・ブリタニカへの関心がなければ,市場システム批 判は生まれることはない.さらに,ポランニーが「19世紀文明」崩壊の引き 金とした国際金本位制の瓦解は,金融資本家が担ったというポランニーの見 解をふまえつつ,パックス・ブリタニカにおけるシティを中心とした国際金 融のコントロール機能が不全に陥ったことを指摘する.
ポランニーが無意識的に「平和の100年」をパックス・ブリタニカに重ね ているという指摘は,たしかに的を射ており刺激的である.しかしながら,
ポランニーは「19世紀文明」分析において,特定の覇権国家の存在を想定し ていない.この点は本稿で再三強調する.
また,Ághと同様に,覇権論としてポランニーを解釈したものにGoldfrank
(1990)がある.彼は「19世紀文明」の崩壊局面をイギリスからアメリカへの 覇権の移行期として捉え,ポランニーが問題視した市場システムの勃興とそ の否定は,イギリスによる世界覇権の獲得とその終焉を意味するという.大 国による覇権安定論をポランニーに見いだし,覇権の移行にともなう不安定 を『大転換』の主題として捉えている.このような解釈に基づくと,「19世 紀文明」から「複合社会」への「大転換」6)もアメリカへの覇権の移動を指す こととなろう.そうであれば,「大転換」の意味合いもいささか陳腐なものと なるのではないか.
さらに,ポランニーと覇権論との親和性は,Kindlebarger(1974)に顕著で ある.現代の古典として『大転換』を挙げていることから,Kindlebargerな どの覇権論者におけるポランニーの影響力がはっきりと確認される.このよ
6) 筆者は「19世紀文明」から「複合社会」への変革が「大転換」であると解釈している.この
解釈は,まだそれほど一般的でない.
うに,ポランニーが後の社会科学,とりわけ社会学や歴史学,に及ぼした影 響力を指摘したものにFusfeld(1988)やStanfield(1986)がある.ポランニー に対しウォーラーステインやブローデルに刺激を与えた人物であると評価し,
グローバルな分析視点の萌芽であるとする.
たしかに,ポランニーがグローバルな分析視点の必要性を感じていたこ とは,彼が国際連盟を高く評価していたことから容易に推測できる(Polanyi,
1944, p.23, 邦訳38ページ).また,ヨーロッパ世界と他の世界の一部7)だけであ
るが,世界システムのような構想を持っていたことは否定できない.しかし,
彼の言及はあくまでインターナショナルな次元,すなわち国家を単位とする 視点にとどまり,グローバルな視点8)を明示的には分析に導入していない.あ くまでも,その必要性を認識した点に留まっている.この点は,ポランニー の経済社会思想を考察する際にきわめて重要であり,彼を規定する大きな特 徴の一つでもある.
その他,ポランニーの世界観におけるインターナショナルな次元に着目し た研究に中山(2007)がある.中山氏は「19世紀文明」を特徴づける4つの 制度的システム9)のうち,リベラル・インターナショナリズムについて言及し,
ポランニーとシュンペーターの認識を比較している.国家概念をポランニー 分析に明示的に導入している数少ない研究である.また,リベラル・インター ナショナリズムを主権国家特有の概念であると規定し,それ以外の主体には 攻撃的に作用するという性質を指摘する.さらに,その性質をもとにして,
国家と社会組織との対立を定式化している.上述のように,中山氏はポラン
7) ポランニーによる日本や中国への言及はきわめて少なく,他のアジア諸国となると,もはや 皆無である.あくまでヨーロッパ中心の歴史の叙述といえるであろう.このような絶対王政が 中心であった近世というポランニーも依拠した歴史解釈に対し,あえて帝国主義として解釈す る試みを示したものに山下(2002)がある.
8) たとえば,民族や地域などの国家よりも下位の単位と,国境を越えた問題との関係を論ずる 視点がグローバルな視点の典型である.また,国家より上位の概念である国際連盟もそれにあ たるであろう.
9) 制度的システムの詳細については後述する.
ニー分析において,制度的システムを考察に導入してはいるが,シュンペー ターとの比較に力点を置くため,リベラル・インターナショナリズムにしか 言及できていない.「19世紀文明」に着目しつつも,その一部を取り出して 検討しているために,これを彼の全体像から位置づけるまでには至っていな い.
別の観点から「19世紀文明」を論じたものに若森(2011)がある.若森氏 は「19世紀文明」の崩壊の原因をヴェルサイユ体制の欠陥に着目しながら整 理し,民主主義と自由との矛盾についての問題を提起する.ポランニーから 民主主義と自由という大きな問題を導出するものとして「19世紀文明」を捉 えている.
以上のように,ポランニーの世界観に着目した研究がこれまで無かったわ けでないが,その多くが覇権論や世界システム概念に執着してしまっている.
これらの諸研究は,先に見たように,彼への古典としての評価を強化するも のであるが,彼の経済社会思想そのものを理解するものではない.彼の思想 を解明するためには,やはり「19世紀文明」観をそのままとり扱う必要があ ろう.
したがって,次章では,ポランニーの全体像を描写するために,「19世紀文明」
を規定する4つの制度的システムについて検討する.
3 『大転換』の構成と重要概念
これまでのポランニー分析における「19世紀文明」という視点の欠如は,
前章で指摘した通りであり,彼の思想を解明するためには「19世紀文明」に おける個々の成分に,さらに着目する必要がある.したがって,本章では,「19 世紀文明」の制度的システムを彼の叙述に即して,確認することとしたい.
この作業は,すなわち,『大転換』のフレームワークを提供することにほかな らない.
『大転換』は「一九世紀文明は崩壊した.本書は,一九世紀文明の崩壊とい
う出来事の政治的・経済的起源,およびそれが到来を告げた大転換に関する ものである.」(Polanyi, 1944, p.3, 邦訳5ページ)という冒頭で始まる.そして,
この崩壊は20世紀に経験した2度の大戦と大恐慌によってもたらされたとい い,崩壊後の世界における新たな社会像の必要性10)が謳われている.
本稿では,これまで,とくに断りなく「19世紀文明」という言葉を使用し てきたが,この表現はあくまで,19世紀において支配的であった文明を示し たものであるため,決して時間的な概念ではない.ポランニーによれば,20 世紀の大戦および大恐慌によって「19世紀文明」が崩壊したという.このこ とから,彼にとっては,20世紀中頃まで「19世紀文明」が存続していたと考 えられ,崩壊までの20世紀はたんなる19世紀の延長でしかない.そのよう な認識のもと,彼は文明の崩壊をもたらした20世紀の危機の真因を探るべく,
「19世紀文明」を詳細に検討する.その中で,自己調整的市場の虚構性およ び特異性という命題を見つけ,くわえて,4つの制度的システムと「二重の運動」
という概念を派生させた.さらに,これら2つの概念によって当時の世界を 説明し,上の命題の証明を試みた.以上が『大転換』の大きなフレームワー クである.
前段落のように『大転換』の枠組みを確認したところで,では,実際に個々 の制度的システムについて見ていこう.ポランニーにとって「19世紀文明」
を特徴付ける制度とは,すなわち,(A)バランス・オブ・パワー・システム,
(B)国際金本位制,(C)自己調整的市場,そして(D)自由主義的国家とい う4つのシステムである11).これら4つは国際問題―国内問題,および経済 問題―政治問題というそれぞれの二分法が成立するという.つまり,バラン
10) 新たな社会像とは,すなわち「複合社会」である.この概念はポランニーを取り扱う上で,
きわめて重要な地位を占めている.しかしながら,その内容に関しては,本稿の関心の直接的 な範疇にないため詳述はさける.「複合社会」に関しては,若森(2011)の第6章が詳しい.
また野口(2011)は一種の社会民主主義として解釈している.
11) (A)(B)(C)(D)という記号はポランニーが記したものでなく,筆者が便宜上付与した.
というのも,後の議論において,これら4つを考察する際に順番を入れ替えたためである.な お,ここで記述している順序はポランニーが叙述した順番による.
ス・オブ・パワー・システムが国際的政治的問題,国際金本位制が国際的経 済的問題,自己調整的市場が国内的経済的問題,最後に,自由主義的国家が 国内的政治的問題となる.この区分は重要であり,後の議論まで引き継ぐため,
331ページの第 1 表にまとめた.
ポランニーはさらに,これら4つの制度的システムを平面に並べるのでは なく,その生成の順序および機能を立体的に構成する.
「この体制(19世紀文明)の源泉であり,母体であったものは,自己調整的市場であっ た.ある特定の文明の勃興をもたらしたのは,この画期的発明である.金本位制は 国内市場システムを国際的に拡大しようとした試みにすぎなかった.また,バランス・
オブ・パワー・システムは,金本位制の上に組み立てられ,ある場合にはそれを通 して機能した上部構造であった.さらに,自由主義的国家は,それ自体が自己調整 的市場から生み出されたものであった.一九世紀の制度的システムを構成する鍵は,
市場経済を支配する法則にあった.」(Polanyi, 1944, p.3, 邦訳6ページ,括弧内は筆者)
(A)バランス・オブ・パワー・システムは,「19世紀文明」を成立させる ものであり,関係する諸国家の行動指針を示したものにすぎない.しかしな がら,意図せざる結果として諸国家の独立を維持したのである.また,世界 経済に依存し,それが機能しなくなれば平和を確保することができなくなる,
いわばバランス・オブ・パワー・システムが調和し,平和な状態であること が「19世紀文明」といえよう.
(B)国際金本位制は,「19世紀文明」を維持させる機能を有した.逆に言えば,
このシステムの瓦解が「19世紀文明」の崩壊の直接的な原因になったとポラ ンニーはいう.国際金本位制の具体的な機能とは,通貨的信用を国家に供与 したことである.
この通貨的信用の確保による「19世紀文明」的平和の維持の裏側には,国
際金融業者すなわち大銀行家(haute finance)12)の活躍がある.
「彼ら(大銀行家)は,戦争の資金を調達することでその財産を築いた.彼らには道 徳的な判断は通じなかった.彼らにとって,小さな,短期間の,局地的な戦争はい くつあってもかまわなかった.」(Ibid., p.10, 邦訳16ページ,括弧内は筆者)
彼らの行動原理は利潤志向であり,その方法は各国政府に戦費を貸し付け ることであった.また,それにより実際に財を築いた.つまり,国家に戦争 を行わしめることで利益を得ていたのであり,いうなれば,戦争を好んだ.
しかし,これらの戦争もあまりに大きく,貨幣市場を大混乱に陥らせるもの であってはならない.というのも,混乱の大きさゆえに彼らの債券がデフォ ルトを起こしては損失を被るため,そのような状況に陥れば,利潤動機で行 動する彼らにとっては元も子もないからである.つまり,大きすぎない戦争 を彼らは好んだのである.
また,同時に,ポランニーは国際金融業者に対して「国際平和システムを 維持する手段を提供した」(Ibid., p.10, 邦訳14ページ)という評価を下し,彼ら は戦争と同時に平和をもたらしたとする.すなわち,市場取引によって各国 がつながることが彼らによって提供された.そして,利潤動機から大戦を厭 い,それを起こさぬように行動した.そのような動機によって国際金融業者 の世界的なネットワークが,当時のヨーロッパ世界において,結果として,「19 世紀文明」の維持すなわち平和という1つの目的のために協力する礎を作っ たのである.このような大銀行家の行動に裏付けされて,国際金本位制が「19 世紀文明」を維持したとポランニーは分析する.
(C)自己調整的市場は,ポランニーの「19世紀文明」を考察する際の鍵概 念である.彼によれば,これは「19世紀文明」の全ての源泉であり,歴史上
12) この大銀行家について,ポランニーは具体的にはロスチャイルド家に代表されるマーチャン ト・バンカーを想定している.
きわめて稀な存在でもあり,「社会の人間的実存と自然的実存を崩壊させるこ となしには,一瞬たりとも存在し得ない」(Ibid., p.3, 邦訳6ページ)という.ま た,自己調整の具体的内容に関しては,「すべての生産が市場における販売の ために行われ,すべての所得がそのような販売から派生することを意味する」
(Ibid., p.69, 邦訳120ページ)と述べ,生産と販売の連関を問題視する.したがって,
自己調整的市場とは社会のルールが価格という尺度によって規定されており,
それから逃れることができないことを指す.また,これはあらゆるものが商 品として扱われることを意味するのである.
(D)自由主義的国家は,バランス・オブ・パワー・システムと同様に国家 という主体によって,特徴づけられる制度的システムである.それは経済的 自由主義を標榜する国家群を指し,それを保障するよう行動する.たとえば,
自由貿易の源泉であるとされる木綿工業を例にとると,それが主導的な輸出 産業となるまでは,多くの保護主義的政策,とくに木綿の交換を禁止する法 律が採用された.木綿工業は,一見して当初より自由貿易を志向し,またそ のように発展した産業であると考えられるが,実際は,あくまでも,木綿工 業の生産領域における解放が望まれただけであった.(Ibid., p.142, 邦訳248ペー ジ)また,自由主義的国家は国内問題に関心を持つため,国内経済の繁栄を 重視する.そのような国家群によって形成される国際社会がポランニーにとっ ての「19世紀文明」であった.
ポランニーは,以上のように,当時の世界を「19世紀文明」として捉え,
自己調整的市場が社会を席巻している特殊な状況を批判した.先述のように,
自己調整的市場がユートピアであると明らかにすることが『大転換』の主題 であり,それはとりもなおさず,「19世紀文明」を批判することである.こ のような「19世紀文明」を乗り越え,新たな社会像すなわち「複合社会(complex
society)」13)の到来の必要性を主張したのである.
13) 若森(2011)や若森他(2012)ではこの「複合社会」を「複雑な社会」と訳している.
4 「二重の運動」論
ポランニーが「19世紀文明」をいかに捉えていたかという問題は前章で 扱ったが,本章では,さらに,「19世紀文明」から導き出された「二重の運動」
について,その概念の確認を行う.
この概念は,本稿の冒頭でも述べたが,ポランニーに特有のものであり,
その斬新さから今日でも,経済的自由主義を批判するさまざまな文脈におい てしばしば引用されている.しかしながら,この概念は,彼が分析対象とし た19世紀の歴史に対する詳細な考察から導出されたものであるため,必ずし も現代にそのまま適用することが妥当ではない.彼は以下のように「二重の 運動」について示す.すなわち,
「19世紀における社会の歴史は,二重の運動の結果であった.すなわち,本来的商品 に関する市場組織の拡大は,擬制商品に関してそれを制限しようとする動きをとも なったのである.」(Ibid., p.79, 邦訳130 ページ)
つまり,19世紀の歴史は市場の拡大のみによって形成されたものではなく,
それに対する反作用を伴って発展してきたという.くわえて,自己調整的市 場は「19世紀文明」の「源泉であり,母体」(Ibid., p.3, 邦訳5ページ)となった 制度的システムであるが,それも実際のところ不完全な形でしか実現されて こなかったことを「二重の運動」を用いて,以下のようにいう.
国内 国際
経済 自己調整的市場 国際金本位制
政治 自由主義的国家 バランス・オブ・パワー・システム 第1表 19世紀文明の制度的システムの区分
「この運動(二重の運動)は,社会における二つの組織原理の作用として擬人化する ことができる.それらはともに,自己のために特徴的な制度的目標を設定し,その ために特定の社会的勢力の支持を得,また独自の特徴的な手段を用いたのである.
一方の組織原理とは,経済的自由主義の原理であった.それは自己調整的市場の確 立を目標とし,商業階級の支持に依拠しながら,その手段として自由放任と自由貿 易を広く利用したのである.もう一方は,社会防衛の原理であった.それは人間,
自然及び生産組織の保全を目標とし,市場の有害な作用によって最も直接的に影響 をうける人々,すなわち労働者階級及び地主階級を中心にそれ以外の人々の支持に も依拠しながら,保護立法,競争制限的組織,その他の介入方法を手段として利用 したのであった.」(Ibid., p.138, 邦訳240 ページ,括弧内は筆者)
したがって,「二重の運動」とは市場の拡大運動とそれに相反する社会の防 衛運動としてまとめることができよう.ポランニーはこの概念を用いて,『大 転換』の主題である自己調整的市場の虚構性を明らかにしたのである.
では,具体的に市場の拡大運動と社会の防衛運動とは何を指し示すのであ ろうか.前者は,第一に,自己調整的市場の確立を標榜するものである.こ れは,地理的のみならず,あらゆる領域に自己調整的な論理にもとづく市場 を広げ,それを適用することを指す.なかでもポランニーは労働,土地,貨 幣に着眼し,それら3つを本来的には商品と成り得ないという意味で「商品 擬制(commodity fiction)」が行われているとして問題視した.
ポランニーにとっての商品とは,「販売のために生産された品物」(Ibid., p75,
邦訳125 ページ)であり,その意味では少なくとも,これら3つは,販売され
ることを想定して生産されていない14).すなわち,労働は人間の言い換えに
14) 先に見たように,自己調整の意味が商品の定義と酷似していることが窺えるであろう.これ より,ポランニーの思想体系において,商品と自己調整とはセットで考察されるべきものであ ると考えられる.
過ぎず,土地と貨幣もそれぞれ自然と購買力の別称であると主張する.この ように,本来,商品たり得ないものがあたかも商品として市場で扱われ,価 格という尺度にもとづいて取引されること,また,そのような取引の確立を 目指すことが市場の拡大運動なのである.言い換えれば,社会的な存在であ るはずの要素を,社会とのつながりを切ることで,市場での取扱い対象とす ることである.彼は,この拡大運動に対して「悪魔のひき臼(satanic mill)」と いう表現をあたえ,痛烈に批判した.
一方,社会の防衛運動は,この様な市場の拡大運動に対抗するものとして 定義されている.すなわち,それは労働,土地,貨幣として擬制的に商品化 される人間,自然,購買力を市場の圧力から守る動きであり,また,場合によっ ては商品化された本源的生産要素をもう一度社会につなげる動きである.
具体的には,労働は社会政策という形で暴力的な市場からの作用を防いだ.
とくに,ポランニーはチャーティスト運動やロバート・オーウェンの活動を 高く評価し,労働側面における社会からの防衛運動の典型として挙げている.
工場法によって労働が人間的側面を回復することは直感的にも理解しやすい であろう.
また,土地に関しては,農業関税や保護主義的政策が社会の防衛運動にあ たるという.土地は自然の別称であったため,農業関税はまさに自然を保護 することに他ならず,また保護主義的政策が実施されると,各国の自由主義 的な貿易が控えられ,経済的自給自足の傾向が強くなる.これらの諸政策は,
当然,国家という存在を前提とし,それによって行われる.したがって,こ の点においても,自国の利益をその主たる関心とする自由主義的国家の特徴 が窺える.
さらに,貨幣は紙券貨幣制度によって,人間の本来的な購買力の市場取引 を制限したのである.後に詳述するが,これは国家の後ろ盾のもとに,中央 銀行によってとられた国内の生産組織すなわち企業を守るための行動であり,
拡大する市場への対処であった.つまり,政府の存在が不可欠である.その
ため,貨幣側面での「二重の運動」においても4つ目の制度的システムであ る自由主義的国家像が浮上する.
以上のように,「二重の運動」を整理したが,本稿ではとくに労働の局面 での「二重の運動」すなわち労働か社会政策かという狭間で,「19世紀文明」
が変容し,さらに崩壊していった道筋を以下で議論する.
5 ポランニーにとっての「19
世紀文明」の制度的システムとはここまでは,ポランニーが直接的に言及した各概念を整理し,示してきた わけであるが,次に,本章ではそのような概念から導き出される「19世紀文 明」の崩壊局面を叙述し,さらに,これまでの研究を基にして,「19世紀文明」
を再構築する.
はじめに,「19世紀文明」の根源である(C)自己調整的市場について見て いこう.上述したように,これは社会が価格によってその尺度を規定されて いる状況を指し,同時に,あらゆるものの商品化が必要となった状態である.
擬制商品が必要とされていることは,すなわち,経済と社会との分離を意味 する.理論的な変遷を辿るとすれば,ポリティカルエコノミーからエコノミ クスへの変化がこれの意味するところである.もちろん,ポランニーの言う ように自己調整的市場はユートピアであり,実体を持たず,あくまで観念・
理念型でしかない(柳田,2001).したがって,ホモ・エコノミクスという教 義が浸透し,あたかも政治的圧力とは独立した経済行動によって社会を基礎 付けられると人々に思わせたことが自己調整的市場の機能である.あくまで,
観念であるため純粋な自己調整的市場は存在しない.ここでは自己調整的市 場が観念にすぎないということを強調しておこう.
2つ目の(B)国際金本位制は,「19世紀文明」崩壊の引き金である.大銀 行家による平和が「19世紀文明」維持の鍵であったが,それには取引遂行期 待と信用できる貨幣が自ずと必要となる.前者は,大銀行家と国家との間で 行われる戦費の貸付という取引が遂行される確証である.つまり,取引その
ものを保証する.後者は,取引が成立した後,支払われた貨幣の価値に関わ る問題である.すなわち,当該通貨が妥当な価値を有するかどうかが問題と なり,通貨の信用の度合いを意味する.これら2つが確保されなければ,大 銀行家は商業を通じた安定を提供し得ない15).
国際金本位制は,当時の世界にとって,これら2つの問題を解決するため には不可欠であり,また両者を同時に解決しえた.つまり,後者の問題に関 しては,金が地金となることで必然的に対価が保証される.一方,支払い行 為そのものの保証は,貿易によって富が拡大されることが認識され,略奪よ りも貿易のほうが富の蓄積に有効であると自覚されることによってなされる.
これはすなわち,平和が確立されることであるが,これはまさに金本位制に よって成し遂げられたのである.
くわえて,ここで重要となることは,国際金本位制は,当該政府による現 実の制度として運用されている点である.さきほどの,観念として成立して いる自己調整的市場とは,この点において決定的に異なる.国際金本位制は 制度的システムの中で唯一実体を持つのである.
また,政府の後ろ盾による実体を持つ制度であるため,このシステムは各 国政府の選択を表したものと考えることができる.つまり,紙券貨幣か金本 位制かの選択の結果,導きだされるものとして想定可能である.国際金本位 制という制度を重視することは,その裏で紙券貨幣制度の可能性を示唆する.
表裏一体となった国際金本位制と紙券貨幣制度の重視がポランニーの経済社 会思想を解く点で鍵となる.
15) 逆に2つの課題の解決が保証されない場合を想定してみよう.前者の取引遂行期待が保証
されない場合に関しては,たとえば,海賊行為等による略奪を基礎とする「交易」が考えられ る.モノの移動があるため,ポランニーの考察からは,交易として扱うことが可能である.し かし,もちろんそれは平和を提供しない.略奪そのものが平和的でないだけでなく,略奪が行 われるという予想が高まること(取引が不安定になること)で,平和的な取引も縮小し,貿易 によるネットワークが作る平和も構築不可能となる.
一方,信用できる貨幣が確保されない場合に関しては,金融市場でのデフォルト期待の高ま りを意味する.取引後に手に入る貨幣が無価値であれば,売り手がきわめて不利な状況となる ため,そもそも両者の合意にもとづく取引そのものが行われない.
つづいて,(A)バランス・オブ・パワー・システムは,先述のように意図 せざる結果として諸国家の独立を維持した.つまり,ポランニーの想定では 独立という平和も絶え間の無い戦争の存在を前提としており,戦争と平和の 構成要素が原理的に同じであることを意味する.したがって,バランス・オ ブ・パワー・システムによって作られた「19世紀文明」はつねに大戦への危 機をはらむ.「19世紀文明」は諸国家の独立による平和というかたちで安定 してはいるが,崩壊への危機とつねに直面している.それは,国家という分 析単位を前提とするためであり,この点からも彼の「19世紀文明」観の特徴 が窺える.また,諸国家を並立に扱い,特定の超大国が存在しない.もちろん,
彼は当時の時代を目の当たりにしていたため,大国としてのイギリスの存在 は認知しており,『大転換』でもイギリスを,ドイツやフランス,アメリカと は一段違った扱いをしている.けれども,「19世紀文明」として世界を特徴 付ける際には,そのような視点を削ぎ落としている.彼の分析には大国の存 在が明示的に導入されていない.
最後に,(D)自由主義的国家であるが,これは保護主義的傾向をもつ国家 政策の採用を意味する.この点はいささか不可解であるように思われるかも しれない.しかし,ポランニーは経済的自由主義とくに自由貿易や自由放任 の教義そのものを保護するという意味で,自由主義的国家は保護主義的性格 を有すると示す.すなわち,
「自由放任に,自然なところは何一つなかった.自由市場は,事態の自然な成り行き に任せていたら出現しなかったことだろう.代表的な自由貿易産業である綿工業が,
保護的な関税,輸出奨励金,および間接的賃金扶助のおかげで創設されたように,
自由貿易それ自体も国家によって実施されたのである.」(Polanyi, 1944, p.145, 邦訳
252ページ)
「自由主義者の行動それ自体が次のことを明らかにしている.すなわち自由貿易の維
持,あるいはわれわれの言葉でいえば自己調整的市場の維持が干渉行動を排除する どころかその実施を必要とし,また労働組合や反トラスト法にみられるように,自 由主義者自身が国家の側による強制的な行動を常に要求したことである.」(Ibid., p.157, 邦訳268ページ)
自由主義的国家とは,自国の利益のみを考察対象にいれて行動する国家主 体を意味する.それは具体的には,自己調整的市場の保証者としての役割を 果たす国家像である.この点においても,ポランニーの分析対象が国家とい う単位で構成されている.また,その国家は国民経済に焦点を絞り,国内問 題への関心をとくに示す.国内問題という関心事をいかに解決するかに自由 主義的国家の行動は集約されるのである.これはマクロ経済と同様の視点と 言えよう16).分析単位が国家であること,すなわち「19世紀文明」の主体は 国家しか存在しないことは,これまで幾度も述べた.さらに,この自由主義 的国家という論理からすれば,この主体は主権国家以外には攻撃的に作用す る17).自己のリベラルな論理を広め,他者に押し付ける性格が自由主義的国 家である(中山,2000).自国の関与する問題に対し,各国が自国での解決を 優先するため,国家間にわたる問題はインターナショナルな次元でしか捉え られない.つまり,リベラルな国家間では干渉が不能である.したがって,
グローバルな視点は生まれない.ポランニーはこのような各国が自由な行動 をとれる制度を問題視したのである.
16) 伝統的なIS-LMモデルや開放経済のマンデル=フレミングモデルを考慮した際にもポラン
ニーの議論は整合的である.というより,むしろ,その方が理解を促す.たとえば固定相場制(金 本位制)において,過少雇用均衡が存在する場合,失業を解決するために財政金融政策を政府 は行うだろう.しかし,それは,失業を輸出する隣人窮乏化政策でしかない.一国のGDPの みを問題としているために,そのような一国家の関心にもとづく部分的な最適化を行う事態が 発生するのである.これはまさにポランニーが認識した自由主義的国家の問題に他ならない.
17) 例として,中山氏は,民族という国家より小さい単位に対して,自由主義的国家が何もアプ ローチできないことを挙げている.また,民族の独立を押さえ込もうとする行為も自由主義的 国家の保護主義的傾向として示す.
以上のことから,ポランニーにとっての「19世紀文明」という概念を集約 するのであれば,自己調整的市場から生み出された自由主義的国家という考 えが,バランス・オブ・パワー・システムと金本位制を採用し,その文明を 形成したということになろう.ポランニーは各国が自己調整的市場という理 念のもと,他国などからの干渉も無しに,自己調整的市場を標榜するリベラ ルな教義そのものを保護する政策が,国家によって自由に採択される事態を 危険視したのである.
6
貨幣および労働における「二重の運動」―とくに紙券貨幣と社会 政策との関連について前章でみたようなポランニーにとっての「19世紀文明」という概念に立脚 した場合,「二重の運動」はどのように映るのであろうか.本章では貨幣と労 働の領域に限って「二重の運動」論を再検討していく.
6. 1 貨幣の二重の運動
先に,貨幣領域における「二重の運動」を検討してみよう.そもそも,貨 幣領域における「二重の運動」とは,金本位制と紙券貨幣制との対立を指し,
前者が市場の拡大運動に,後者が社会の防衛運動にあたる.
市場の拡大運動は,ポランニーによれば必然的に企業の倒産を招く.それは,
商品貨幣を使用することに伴う不可避のデフレが原因であるという.たとえ ば,貝や金など何でもよいが,商品貨幣を使用するもとで,国内経済取引が 活発となるとしよう.すると,当然支払い需要が従来よりも増加し,相対的 な貨幣不足が発生する.
このような状況下で,商品貨幣となる財が入手可能であれば,比較的容易 に追加的な貨幣をこの経済に導入することができよう.しかし,ポランニー が目の当たりにした当時の世界での商品貨幣は金である.金が地金として使 用されているために,その増加は新たな金山を見つけること以外に無く,き
わめて困難である.したがって,金が量的に制約されているために,取引需 要が高まると,相対的に貨幣不足となり,両者のバランスから貨幣価値が増 価することとなる.つまり,商品貨幣を使用する経済は,経済活動が活発に なるに伴い,不可避のデフレと直面する.さらに,この物価の下落は労働者 の賃金下落への抵抗を伴い,企業の利潤を低下させる.その結果,生産組織 が破綻してしまうと述べる.自己調整的市場の主人公たる生産組織が,自己 調整的市場から派生した金本位制によって破壊されてしまうというパラドッ クスを生むのである.
他方,社会の防衛運動は,上記のように市場の拡大運動で発生した倒産の 危機から企業という生産組織を保護するものであり,企業の破綻を紙券貨幣 によって防ぐものである.具体的には,商品貨幣の量的制約を撤廃すること で防衛する.貨幣の金との兌換を必ずしも保証しないことで,金の制約を排 除し,同時に,紙券貨幣を導入することで追加的な貨幣供給を可能とする.
経済取引が活発となり支払い需要が増大した経済でも,追加的な貨幣を供給 されればデフレを回避できる.このような文脈において,紙券貨幣は,貨幣 領域における市場に対する社会からの防衛運動として理解されるのである.
このような視点に立つと,市場と人間との緩衝材としての企業観というポラ ンニー独特の見解が見受けられるだろう.また,国際的な自己調整的市場の 論理に対抗するために,自由主義的国家が貨幣の政治領域化という保護主義 政策を採用したと解釈可能である.企業を守る紙券貨幣制度は通貨を政治領 域へ持ち込むことを意味し,それがすなわち,社会の防衛であった.
しかしながら,ここで大きな問題が浮上する.それは,財政規律の問題で ある.紙券貨幣を発行することで,当然ながら国家の負債が増えよう.それ はもちろん当該通貨の信用に影響を及ぼす.つまり,国家はデフレに対処す ることの代償として,通貨の信用を下落させてしまうのである.そのように 信用が低下すれば,第3章で見たように,国際金融業者が活躍し得ない.国 際金融業者の利得動機に基づく各国への貸付が「19世紀文明」の平和を維持
していたために,それらが縮小することで平和が瓦解してしまう.したがって,
紙券貨幣の導入により,国際金融業者の経済活動が不活発となることで「19 世紀文明」は崩壊したのである.このように,貨幣制度における社会の防衛 運動が文明の崩壊を導いてしまったのである.
「19世紀文明」が崩壊する局面において,鍵となるのは国際金本位制であっ たが,それはその制度が現実のシステムとして実施されていたからに他なら ない.逆に言えば,自己調整的市場は「19世紀文明」を考察する際にはきわ めて重視されていたにも拘らず,現実的な制度ではなく,あくまで観念でし かなかったため,それが放棄されても崩壊の局面では積極的に関与していな い.というより,その放棄が認識されていなかったという方が適切であろう.
その証拠に,紙券貨幣を導入する理由ともなった物価下落と賃金下落とのタ イムラグの存在が挙げられる.
物価の下落と賃金の下落とのタイムラグは,市場の拡大運動の中で導出さ れた問題であった.しかし,これは純粋な市場の拡大の論理,すなわち,自 己調整的市場からは説明がつくものではない.市場の拡大運動において,国 内経済の活発化から企業の破綻までは自己調整的市場の枠組みであるはずで,
そうであれば,伸縮的な賃金が想定されているため,物価下落と賃金下落と の間のタイムラグは問題として存在しない.しかしながら,われわれはポラ ンニーの議論を追うことで,それを知覚できた.すなわち,市場の拡大運動 の中でも自己調整的な論理が放棄されていたのである.結局のところ,タイ ムラグとは,そのような自己調整的市場の論理の放棄が表出したことにすぎ ない.このように,タイムラグが表出するためには観念としての自己調整的 市場の機能を阻み,伸縮的な賃金を実現させないなにがしかの現実的制度が 存在しなければならない.それがまさに社会政策である.
唐突に社会政策という概念が登場した感じがあるが,社会政策とはポラン ニーの文脈に即して言えば,第4章でみたように人間実存を自己調整的市場 という悪魔のひき臼から守る運動であった.また,社会政策の助けを借りて,
労働者が企業と対峙することで,賃金下落への抵抗が可能となったのである.
すなわち,社会政策は労働局面における市場の拡大運動に対する社会からの 防衛運動の一形態でもあった.したがって,つぎに,社会政策を生み出した 労働領域における「二重の運動」について検討しよう.
6. 2 労働の二重の運動
労働の領域における「二重の運動」というコンセプトに基づくと,市場の 拡大運動は,まさに人間を労働という名で擬制的に商品としてとり扱うこと である.具体的には,それまで血縁,地縁,同業者仲間,信仰集団などで結 びついていた人間を個人に解体し,自己調整的市場の論理によって運営され る労働市場を創設したことである.
「経済的自由主義は,契約自由の原理を非干渉的な原理であると説明するのを常とし ていたが,実はそれは,ある特定の干渉,すなわち個人間の非契約的関係(血縁,隣人,
同業者仲間,信仰集団)を破壊し,そうした関係の自生的な再形成を妨げるような 干渉を好ましいとする根深い偏見の表明にほかならなかった.」(Ibid., p.171, 邦訳297 ページ,括弧内は筆者)
一方,社会の防衛運動とは,市場の拡大運動でバラバラにされた個人をも う一度結束させ,市場の圧力から人間を保護する動きである.チャーティス ト運動,組合,工場法や労働立法がそれであった.これらはまさに社会政策 として19世紀から20世紀にかけての歴史において実現してきたものである.
すなわち,ポランニーにとっての社会政策の実体とは,人間の集合や結合を 促す動きであった.彼は労働領域における社会の防衛運動を以下のように示 す.すなわち,
「時として,社会立法,工場法,失業保険,そして何よりも労働組合などというさま
ざまな制度は,労働の流動性および賃金の柔軟性を妨害するものではなかったので あると論じられる.しかしこのように主張することは,右のような諸制度が所期の 目的を全く果たさなかったと論じているに等しい.というのは,そうした制度の目 的とは,まさに人間労働に関する需要と供給の法則に干渉し,人間労働を市場の作 用から守ることにあったのである.」(Ibid., p.185, 邦訳316ページ)
社会政策が人間労働に対する需給原則の浸透に干渉したと示している.結 束することで,賃金下落への抵抗が可能となったのであろう.ここから6.1 節末で見たタイムラグが社会政策によってもたらされたと導かれる.
しかし,彼は一方で,自己調整的な労働市場は「商品であるとされた労働 の人間的な性格を確保する」(Ibid., p.185, 邦訳316ページ)場合に限って機能す ると述べる.社会政策が労働者の人間性を確保することは上でみたが,それ は決して市場の拡大運動を阻止するものではなかった.むしろ,社会政策が 人間性を確保することで,労働市場が創出され,機能したのである.すなわち,
結束を促す社会政策は労働市場を安定化させてしまった.
社会政策は,自己調整的市場の論理に基づく市場の拡大運動に対抗するた めに,社会の防衛運動として発生したが,結果として,労働市場の安定化を もたらしてしまった.労働市場の安定化は,市場の拡大運動の一翼を担い,「19 世紀文明」の教義である自己調整的市場を強化することとなった.そして同 時に,人間の不安定化を招いた.したがって,社会政策は労働市場があたか も自己調整的であるかのようなメッキを塗ったのである.当然ながら,この 労働市場は部分的にしか自己調整的ではなかった.
かくしてポランニーの議論を再構築することで,完全には自己調整的でな い労働市場が,「19世紀文明」において重要な役割を担っていたことがわかっ た.すなわち,社会政策により労働者の人間性が確保されることで,彼らに よる賃金下落への抵抗が可能となった.そして,その抵抗がデフレ下で企業 の利潤を圧迫し,貨幣領域での社会の防衛運動の引き金を引いた.さらに,
その矛盾は国際金融業者を経由して「19世紀文明」を崩壊させていくのである.
以上のように,紙券貨幣が文明の崩壊を招いた最終的な引き金であれば,「二 重の運動」という概念は崩壊への一部を記したものである.すなわち,ポラ ンニーの論理を素直に読み取れば,「二重の運動」における社会の防衛が,労 働や貨幣の社会化・政治化を促し,社会安定を導いたとする解釈は妥当でない.
市場の拡大と社会の防衛との両者を含有する「二重の運動」という概念こそが,
「19世紀文明」崩壊の道筋そのものである.それは社会を不安定化させ,「大 転換」をもたらした.
7 お わ り に
これまで「二重の運動」論における社会の防衛運動は,経済的自由主義に あらがい,「19世紀文明」に対峙する運動であるという解釈が支配的であった.
しかし,ポランニーの議論に則して考察を行うと,実際は労働の領域におけ る社会の防衛運動も自己調整的市場という教義を補強した.このようにして,
その存在自体を確保された「19世紀文明」は,自己調整的市場という観念に おいて,不均衡を調整する方向を見いだせなくなると,現実的制度である国 際金本位制から崩壊せずにはいられなかったのである.
また,「19世紀文明」において,労働市場は労働者の人間性が確保されな い限り自己調整的な市場として機能しないのであるが,その人間性を確保す るはずの社会政策が結果として労働市場を本来の意味で機能するものにして しまったのである.つまり,「19世紀文明」初期においては,自己調整的市 場という観念が蔓延しつつも,実際は人間性が確保されていなかったため,
労働市場が自己調整的でなかった.しかし,社会政策によって労働者の人間 性が確保され,労働市場の自己調整的機能が強化されることとなった.くわ えて,不均衡を人間に負わすことができなくなり,その不均衡はやがて企業 へと連鎖する.その際,自由主義的国家は国際政治の問題より国内経済を優 先させ,さらに企業を保護するために貨幣制度に手をつけた.その結果,文
明の崩壊を招いたのである.
したがって,国内的経済的領域である自己調整的市場で生み出された問題 が,国内的政治的問題を扱う自由主義的国家のもと,「二重の運動」となり,
国際的経済的問題である国際金本位制を経由し,最終的には,国際的政治的 問題であるバランス・オブ・パワー・システムを崩壊させてしまったのである.
以上のように,市場の拡大だけでなく社会の防衛運動も含むという意味で の「二重の運動」が「19世紀文明」を崩壊させてしまった.本稿の成果は「二 重の運動」と「19世紀文明」との関連を論じ,前者がどのようなルートで後 者への関わりを持ったかを示したことと言えよう.このような考察の過程に おいて,ポランニーから紙券貨幣制度の不安定性という問題が浮上すること となった.これは,今日では通貨の切り下げ問題という方がなじみ深いであ ろう.そのような,現在でも根本的な解決を見いだせていない問題に関し,
彼が言及していたことを考慮すれば,今日におけるポランニーを読む意義が さらに際立つであろう.
本稿では,貨幣と労働における「二重の運動」と「19世紀文明」の関係を 論じたが,残りの擬制商品すなわち土地に関しては言及できなかった.また,
「大転換」後に現れる「複合社会」や『大転換』以外の書物に関しては考察の 対象外とし,彼の経済社会思想の一部を取り出したいわばエッセンスを表現 することとなり,彼の全体像を掴むには至っていない.この点は今後の課題 としたい.
ポランニーはこれまで,「二重の運動」論から資本主義に対峙する思想家と して評価されてきた.しかしながら,本稿で見たように,彼の論理および思 想体系はそれほど単純ではない.資本主義の致命的な問題を知覚するが,そ れが受け入れざるを得ない事実であったということも認識していた.だから こそ,「複合社会」という構想を夢見たのである.資本主義の問題を指摘し,
その必然的な崩壊を認識した後に,それでも新たな社会の形成を志したのが ポランニーであったと考えたい.
【参考文献】
Ágh, Attila (1990) “The Hundred Years’ Peace: Karl Polanyi on the Dynamics of World Systems,” Polanyi-Levitt, Kari (edit.) The Life and Work of Karl Polanyi, Black Rose Books, pp.93―97.
Dale, Gareth (2010) Karl Polanyi: The Limits of the Market, Polity Press.
Fusfeld, D. R. (1988) “The Economic Thought of Karl Polanyi,” Journal of Economic Issues, Vol.22, No.1, pp.264―268.
Goldfrank, W. L. (1990) “Fascism and The Great Transformation,” Polanyi-Levitt, Kari (edit.) The Life and Work of Karl Polanyi, Black Rose Books, pp.87―92.
Kindlebarger, Charles P. (1974) “The Great Transformation by Karl Polanyi,” Daedalus Journal of the American Academy of Arts of Science, Vol. 103, winter, pp.45―52.
Mendell, Marguerite and Daniel Saleé (1991) The Legacy of Karl Polanyi, Macmilian Press.
Polanyi, Karl (1944) The Great Transformation, Beacon Press.(野口建彦・栖原学訳『大転換』
東洋経済新報社,2009年.)
Stanfield, J. Ron (1986) The Economic Thought of Karl Polanyi: Lives and Livelihood, Macmillian Press.
Zoellick, Robert (2010) “The G20 must look beyond Bretton Woods,” Financial Times, Nov. 7.
カール・ポランニー(2012)『市場社会と人間の自由―社会哲学論選―』若森みどり・
植村邦彦・若森章孝編訳,大月書店.
佐伯啓思(2009)『大転換―脱成長社会へ―』NTT出版.
佐藤光(2012)『カール・ポランニーと金融危機以後の世界』晃洋書房.
中谷巌(2008)『なぜ資本主義は自壊したのか』集英社.
中山智香子(2007)「リベラル・インターナショナリズム批判―ポラニーとシュンペー ター―」平井俊顕編『市場社会とは何か―ヴィジョンとデザイン―』上智大 学出版,pp.161―181.
野口建彦(2011)『K・ポラニー―市場自由主義の根源的批判者―』文眞堂.
柴山桂太(2012)『静かなる大恐慌』集英社.
山下範久(2002)「グローバリゼーションの帰結,あるいは『新しい近世』?―ポラ ンニーとブローデルによる市場の歴史社会学―」佐伯啓思・松原隆一郎編著『〈新
しい市場社会〉の構想―信頼と公正の経済社会像―』新世社.
山田鋭夫(2010)「世界金融危機の構図と歴史的位相」宇仁宏幸,山田鋭夫,磯谷明徳,
植村浩泰『金融危機のレギュラシオン理論―日本経済の課題―』昭和堂,pp.1
―57.
柳田香織(2001)「市場社会の起源と進化―マクロ経済史の書き換えに向けて―」
杉浦克己,柴田徳太郎,丸山眞人編『多元的経済社会の構想』日本評論社,pp.185
―214.
若森みどり(2011)『カール・ポランニー―市場社会・民主主義・人間の自由―』
NTT出版.
(かさい たかと・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review, Vol.65 No.1 Abstract
Takato KASAI, A Criticism of “Nineteenth-century Civilization” and “Double Move- ment” by Karl Polanyi: Economic Liberalism and Social Policy
This paper reconsiders Karl Polanyi’s theory and his economic social thought in The Great Transformation by connecting two concepts, namely, the “self-regulat- ing market” and “double movement.” From his perspective, we can see that social policy, considered to be a self-protection movement of society, reinforced a creed of economic liberalism. In addition, ironically, the social defense movement made
“self-regulating market” functional and effective. Therefore, both the market ex- pansion movement and the defense movement of society are factors of the collapse of “nineteenth-century civilization.” The cause of the collapse was just “double movement.”