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タイ王国判例調査報告

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Academic year: 2021

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1.はじめに

現在,中国と並行して行われているタイに おける英訳判例データベース構築は,知的財 産国際貿易中央裁判所(the Central Intel- lectual Property and International Trade Court. 以下,IP & IT裁判所とする。)の全面 的協力の下に進行している1

知的財産法制研究センターでは,第1回と して 2003 年 12 月 25 日から 12 月 31 日2,第2 回として 2004 年1月 29 日から2月3日の日 程でタイを訪問した。第1回目の訪問は,早 稲田大学のタイ調査コーディネータである三 浦由美子氏(œ日本協力センター所属)と今 村とが行い,第二回目の訪問は,本学の高林 龍教授,三浦氏そして今村とがそれぞれ調査 と交渉を行った。交渉はきわめてスムーズに 進み,実りの多い海外出張となった3

2.タイの司法制度と判例の状況

¸ タイの司法裁判所制度

第1回目の訪問では,IP & IT裁判所に加 え,最高裁判所,特許庁を訪問した。最高裁 判所に訪問した際には,最高裁判所の裁判官 に庁舎を案内していただくとともに,タイの 裁判所制度についてうかがった。

タイでは司法裁判所に 3,500 名の裁判官,

行政裁判所4に 300 名の裁判官,憲法裁判所

に 15 名の裁判官がそれぞれ存在する。司法 裁判所には,第一審裁判所,控訴裁判所,最 高裁判所の三段階がある。第一審裁判所には,

地方裁判所(Provisional Court),下級行政 区裁判所の普通裁判所がある。バンコクに限 り,刑事裁判所,民事裁判所が特別に存在し ている。また,特別な事物管轄を有する第一 審裁判所として,破産裁判所,少年家庭裁判 所,知的財産国際貿易中央裁判所,労働裁判 所,租税裁判所がある。これらは,特別裁判 所として二審制が採用されており,上訴は最 高裁判所に係属する。控訴裁判所は,全国に 10 の区があり,350 名の裁判官が存在してい る。

¹ 最高裁判所と判例

最高裁判所には,89 名の裁判官と 90 名の 調査裁判官が存在する。最高裁判所裁判官は 30 年以上の経験を有している裁判官が選任 される。調査裁判官は,高等裁判所裁判官か ら選任される。最高裁判所裁判官と調査裁判 官のうち,知的財産に専門性を有している裁 判官は 12 名,調査裁判官は8名である。12 名の裁判官は,最高裁長官が任命する。12 名の裁判官は3年毎に組換えを行う4つのコ ラムを形成している。

タイの最高裁判所では年間 100 件程度の知 的財産に関する事件を審理している。タイに は,日本のような上告受理申立手続は存在し ないため,上告された事案はすべて審理し判 断する。上告の理由となっているのは,罰則 の軽減や,禁固刑について執行猶予を与える ことを求めるものが多く,最高裁に対する上

タイ王国判例調査報告

今村哲也

* 早稲田大学助手

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告は刑の調整的機能も有している。ただし,

事案によって法律的に重要な内容を審理する こともあり,2割程度は法律的に重要な意義 を有する案件もあるという。

最高裁で審理される知的財産に関する事件 は,3名の裁判官から形成されるコラムによ り審理され判断される。判決形成の手順は次 のとおりである。まず,裁判官が判決文の草 案を作成する。それに対して,調査裁判官が 従来の判決等を調査した上で自由に意見を述 べる。この意見はコラムに報告され,議論し,

草案の理由付け等を検討し訂正していく。そ の後,12 名の裁判官が8名の調査官を招集 し,会議を実施し,それぞれが意見を自由に 述べた上で,最終的に 12 名の裁判官で採決 する。多くの判決はこれで決定するが,コラ ムを形成していた裁判官が採決の内容を不服 とする場合,最高裁判所長官は,別のコラム を設けて議論をするか,あるいは 89 人の大 会議で採決を行わせる。

タイ王国最高裁判所では,知的財産に関す る判例について,書類ファイル形式とコン ピュータ形式という二つの形式で管理してい る。書類ファイル形式,コンピュータ形式の それぞれの判例は民事と刑事に分類されてい る。書類ファイル形式において全ての判例が 保存されているが,コンピュータ形式のもの についてはすべての判例の中で重要と判断さ れる判例のみが保存されている。判例は全文 を掲載しているものもあるが,すべてが重要 ではない判例や長い判決については要約をし てあるものもある。これらはデータベース化 しているために,特定のキーワードによって 検索が可能である5。また,判決には,裁判 官を含めた識者のコメントが付されているも のもある6。古い判例もあるが最高裁判所内 部で知的財産部門が設立された 1996 年以降 のものが重要であり,このうちコンピュータ 形式に収められている判例は,民事と刑事を あわせて 100 件程度であるという。

º IP&IT裁判所と判例

IP&IT裁判所は,知的財産および国際貿 易に関する分野について専属的な管轄を有す る 特 別 裁 判 所 で あ る 。IP&IT裁 判 所 は , 1997 年にタイに設立された知的財産と国際 貿易について専属の管轄を有する高等裁判所 であり,知的財産権及び国際通商裁判所の設 置 な ら び に 手 続 に 関 す る 法 律B . E .2 5 3 9

(1996)に基づいて設置された裁判所である。

知的財産訴訟に関して,著作権,特許ならび に商標に関する民事訴訟,刑事訴訟を取り扱 い,国際貿易に関してはLetter of Credit, Trust Receipts,国際サービス,海運保険な どの訴訟を取り扱っている。

また,特別裁判所であるために訴訟手続も 他の裁判所とは異なっている。年間の訴訟取 扱件数は,年によっても異なるが,約 5,000 件であり,そのうち約 4,000 件が知的財産関 連,約 1,000 件が国際貿易関連である。知的 財産に関する訴訟に関してはほとんどが商標 と著作権に関するものであり,特許に関する 訴訟は約 20 件程度しかない。年間約 4,000 件 にも及ぶ訴訟のうち,約 70 %は刑事訴訟で ある。

3.判例データベースの構築

2004 年1月 30 日,IP&IT裁判所 14 階会議 室において 10 時から 12 時半の日程で,IP& IT裁判所と早稲田大学代表間の会合を持っ た。参加者は,以下のとおりである。

IP&IT裁判所側参加者:

IP&IT裁判所長官 

パトラサック ワンナセーン IP&IT裁判所副長官

スウィチャー ナークワチャラ IP&IT裁判所副長官

ウィチャイ アリヤナンタカ IP&IT裁判所裁判官

ジュンポン ピンヨーシンワット

(3)

IP&IT裁判所裁判官

ウィシット シーピブーン IP&IT裁判所事務局長

ルアンシット タンガーンジャナーヌ ラック

早稲田大学代表側参加者:

早稲田大学教授 高林  龍 早稲田大学助手 今村 哲也 研究協力者   三浦由美子

会合において,英訳判例データベースプロ ジェクトに関しては,おおむね以下のような 議論がなされた。裁判所がまとめた議事録を 基に再構成したので,いかにまとめておくこ とにする7

¸ 他のプロジェクトの選定方法との関係 現在,知的財産法制研究センターでは中国 との協力体制に関しては2名の担当者を派遣 している。ただ,中国の裁判所からの協力は 今のところあまり得られておらず,判例の収 集について中国の法律専門家4,5名の協力 を得ることになっている。中国では,まず特 許法,商権法・不正競争防止法,著作権法の うちの3つの分野についてこれらの専門家が 判例の選定を行う。そして,その作業が完了 した時点で弁護士及び判事によって,いずれ をデータベースに掲載する判例とするかの検 討してもらい,300 件を選定する。選定が終 了したら英訳を開始するという手順で作業を 進めることにしている。

これに対して,タイにおいては法分野にお いて,判例の数のばらつきが存在するので3 つの分野において他国と同数の判例を選定す る必要はない。作業の進行方法についてもタ イでは裁判官が直接選定を行うため,中国と は異なると考えられる。

¹ タイ最高裁判所判例の刊行状況 パトラサック長官から現在の最高裁判所の 判例の刊行状況について説明を受けた。現在,

タイ国内の判例についてはCD-ROMにデー タが収められている。タイではCivil Law方

式を採用しているが,判例は最高裁判所の判 決に基づいている。現在,IP&IT裁判所も その発行する刊行誌に英訳した判例を掲載し ている8。英語の判例集の作成は裁判所の方 針であり,データベースに掲載する判例の選 定とその翻訳は,裁判官が既存の判例に基づ いて直接作業する方が効率が良いという。一 方で,要約の形式は早稲田側の用意する方式 に合わせることにした。

ジュンポン判事からは,タイの最高裁判所 判例の要約の作成について説明を受けた。タ イの最高裁判所の判例は毎年2万件程に及ぶ。

全ての判例を熟読し,その中から選別した判 例を収集して,年に 12 冊の冊子(『Supreme Court Law Report』)として発行し,掲載し て,一般に公開すべき重要かつ適切とされる 判例を選定する編集チームがおかれている。

最高裁判所が公開していない判例に関して は,判例の番号或いは判例名がわからない限 り,過去に遡って調べることは不可能である。

また,最高裁判所の判例数は非常に多いため,

当事者の主張の部分を除いた形で非常に重要 性の高いもののみを選定して要約しなければ ならないであろう。よって,要約文は日本の 最高裁判所のものとは異なる。また,要約は 判事が行うべきである。さらに,長官からは,

最高裁判所の判例に関しては判例の番号を調 べるために留めておき,要約の段階において,

判決文の全文を日本の最高裁判所において判 例の要旨を抽出するのと同じ形式で,再度要 約し直すこととすると述べた。

ウィチャイ副長官から,タイの知的財産法 はそれぞれ比較的新しいものであり,それに 基づくもののみに限定した場合,収集すべき 判例が 10 年内のものみ限定されること,ま た最高裁判所の判例のほか,IP&IT裁判所 の判決以降,最高裁判所に上告されなかった 訴訟の判例や最高裁判所が知的財産の判例を そのまま引用している判例も少なくないこと が指摘された。IP&IT裁判所の判例でもそ の重要性を検討すべきであるとしてデータ

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ベースに掲載する判例は最高裁判所の判例の みに限るのか否かを問題とした。

º データベース掲載判例についての確認 ルアンシット事務局長は,データベースに 掲載する判例について以下の三点を確認した。

1.国外の閲覧者が判例を読んで理解できる ことを考慮すると判例の要約の形式を変え る必要がある。判例の形式を他国のものと 統一するためにも判例の要約は日本側で用 意する要約の形式を取り入れる。日本人が 読んでわかりやすいように,中国のものと 比較しながら請求,当事者の主張,争点,

争点に対する判断の形式で作成する。

2.判例の本文以外でも翻訳すべき箇所があ る場合は,その部分についても翻訳を行う。

3.判例の要約は(英訳が終了した時点で)

A4サイズで5枚から8枚程度にまとめる。

これについては,ジュンポン判事が既に知 的財産訴訟に関する最高裁判所の重要判例 を約 200 件程選定済みである。早稲田大学 のプロジェクト期間が5年間と限定されて いるため,データベースの作成は2年半以 内に完成させ,タイの判例に関しては最終 的に 250 から 300 件を選定することとする。

4.以上について,早稲田が合意した時点で 作業を開始する。

» プロジェクトの期間と成果の利用 このプロジェクトの期間は5年間とされて いるが,判例は追って情報の更新をする必要 があるため,このプロジェクトの成功により 日本の文部科学省あるいは他の機関に対して 情報更新のための予算の申請することも見込 んでいる。

データベースにおいて,判例解説を掲載す るかどうか,このデータベースを基にして書 かれた出版物を個人が営利の目的で発行する ことについて咎めないとするかどうかが問題 となった。これは,国内外に翻訳物を公開し,

最終的に最高裁判所の判例に関するコメント 等を付した場合の著作者の著作権について,

後で問題が起こらないようにするためである。

パトラサック長官は,翻訳者が早稲田大学に 一般公開の許諾をしたとしても,翻訳の著作 権は翻訳者が有するべきことも要請した。

これに対して,早稲田側としては,データ ベース自体については個人が営利目的でそれ を修正や訂正するべきではないと答えた。ま た,日本の最高裁判所が作成したデータベー スの場合,最高裁判例自体の数が少ないため,

下級裁判所の判例も掲載しているが,タイの 判例も最高裁判所のもののみに限定せずその 重要性を考慮して選定すべきだと述べた。ま た翻訳を開始する前の段階で,例として2,

3件の翻訳を行ってその様子をみることを確 認した。

ルアンシット事務局長から,2年半という 期間が十分でないとの懸念が表明された。

早稲田側としては,本プロジェクトは現時 点で開始から既に約1年が過ぎようとしてお り,このためデータベースの試用期間も考慮 すると西暦 2007 年あるいはプロジェクト終 了の1年前にデータの収集を完了させるべき であることを説明した。またこのプロジェク トの費用は文部科学省から与えられているも のであるため,早期に結果を示すことがその 後の予算確保に影響するであろうと述べた。

¼ 判例の件数について

判例の件数に関しては,既に選定した 200 件の他にIP&IT裁判所の判例を 50 から 100 件程選定することとする。選定が終了した時 点で各判例の内容を一行にまとめたリストを 作成して早稲田大学に提示し,判例のリスト の作成が終了した時点で各国の判例リストを 比較した上で訂正または追加する可能性があ る。ここまでの手続きが全て終了した時点で 英語の翻訳を開始する。

パトラサック長官は,判例は毎年増え続け ることからこの部分についての作業期間につ いても質問した。

早稲田側としては将来のことについては全 てが未確定であるため現時点で既存の判例に ついてのみを考慮すると答えた。

(5)

スウィチャー副長官は選定する判例につい てそれぞれの分野について同数の判例を選定 する必要性について尋ねた。

早稲田側は,タイの特許の判例が 100 件に 満たない場合であっても,全て掲載するので はなく,重要なものだけを選定すること,逆 に重要な判例が 100 件を越した場合はそれで も構わないと説明した。

½ 作業の予定,費用の見積もり

ルアンシット事務局長は判例のリストに関 して英語のものを翻訳の検査と同時に2月中 に作業を完了すると述べた。

高林教授はプロジェクト費用が政府の予算 であり,額が限られているため裁判所側にプ ロジェクトのそれぞれの段階において全体で 見積もる場合と判例毎に予算を見積もる場合 ではどちらが費用を抑えられるかを質問した。

パトラサック長官はこれに対し,要約と翻 訳の作業を同一人物が行うこととして,全体 として見積もるほうが低予算に抑えられるで あろうと述べた。また翻訳に関しては,外部 に委託することを考慮して,早稲田側の予算 を尋ねた。早稲田側は,予算は潤沢に使える ほどあるわけではないと説明すると,長官が このプロジェクトが公共のために有益な事業 であることを検討した上で,適切であると考 えられる額を打ち出すことにするとの説明が あった。

1 IP&IT裁判所のパトラサック長官の許可の

下,ウィシット裁判官の裁判官室を知的財産 法制研究センター分室として提供していただ き,判例データベース構築のためのパソコン 一式もすでに設置した。

2 第一回の訪問では,12月 20日からシンガ ポール,マレーシアを同時に訪問した。›日 本国際知的財産保護協会(AIPPI・JAPAN) の海外調査に,東南アジアがはじめての私が 21世紀COEの用務として,タイを除く2カ 国の調査に随行するという形となった。東南 アジア出張は,従来から国際交渉に携わって こられた一橋大学大学院国際企業戦略科の大 町 真 義 助 教 授 , 国 際 調 査 に 手 馴 れ て い る

AIPPI・JAPANの松浦誠四郎常務理事に随

行することで,海外調査のまたとない経験を させていただくことができた。記して感謝し たい。なお,シンガポール,マレーシア訪問 時の面会者は,2004年3月 22日に知的財産 法制研究センターが主催するシンポジウムに も招聘することとなり,予想外の成果が生ま れた。

3 昨年末,タイ最高裁の裁判官ら約 20人が 来日し,三週間にわたり特許庁や最高裁など で日本の知財保護制度に関する研修を受けた

(日本経済新聞 2004 年2月 10 日朝刊7頁参 照)。その際,高林教授もアジア太平洋工業 所有権センター(APIC)において,タイの 裁判官を対象に特許法セミナーを担当し,セ ミナー終了後,タイ最高裁判所のナンダナ調 査裁判官とIP&IT裁判所のウィシット裁判官 とタイでのデータベース構築事業につき事前 交渉の機会を設けることができた。調査がス ムーズに進行した背景にはこうした事情も存 在する。

4 行政裁判所には第一審行政裁判所と最高行 政裁判所とがあり,二審制を採用している。

5 インターネットで公開されている。ただし,

タイ語のみ。www.supremecourt.or.thを参 照。

6 実際に案内をしていただいたナンダナ調査 裁判官の名前をキーワードに検索してみたと ころ,十数件の判例コメントを検索すること ができた。よいシステムだが検索速度や通信 速度が遅い点が難点であるという話をうか がった。

7 裁判所の作成した議事録は,三浦由美子氏 に翻訳をしていただいた。

8 知的財産国際貿易中央裁判所は,創設当初 から毎年,裁判所の紀要を発行しており(本 年度版は『The IP&IT Law Forum: Special

Issue 2003』),巻末に裁判所が選別した一部

の判例の英訳が掲載されている。

参照

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