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密教文化 Vol. 2001 No. 206 003三穗野 英彦「『解深密経』における二種の因相説に関する一考察 PL22-L55」

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全文

(1)

『解 深 密 経 』 にお け る二 種 の

因相 説 に関 す る一 考 察

三穗野 英 彦

1. は じ め に 筆 者 は平 成12年 東 洋 大 学 で 開 催 され た第51回 日本 印 度 学 仏 教 学 会 学 術 大 会 に お い て、SNSに お け る修道 理 論 が三 性 説 を横 の理 論 と しっ っ、 十 八 空 説 に基 づ く因 相 説 を縦 の 理 論 とす る、 因 相(nimitta)除 去 の 構 造 を持 っ こ と を指 摘 す る 旨の 口頭 発表 を行 った。1)そ の 際 に検 討 を 試 み たSamdhinir-mocanasutra(以 下SNS)「 分 別 喩 伽 品」 に は、 異 な っ た 視 点 か ら、 こ の 修 道 理 論 に よ る 因相 の 除去 を説 く、部 分 が二 箇 所 存 在 して い たが、 奇 妙 な こ と に こ の二 っ の 因相 説 の説 示 内容 に は か な りの 相 違 が 見 られ る ことが 判 明 した。 まず 一 つ の因 相 説 は、 「分 別 喩 伽 品」 の 中 盤 辺 りに表 れ る 「除 去 の 困 難 な十 の 因 相 」 を説 く一 節 に見 られ る もの で あ る。2)こ こ で は全 部 で 十 七 の 空 性 に よ る因 相 除 去 の構 造 が 示 され て い る が、 お お む ね 聞 ・思 ・修 の 行 次 第 に則 った 止 観 道 の説 明 が な され る中、 最 後 の修 習 に 関 す る文 脈 にお いて 説 か れ て い る。 ま た も う一 っ は、 同 品 の 終 盤 近 くの 「無 上 正 等 菩 提 の 現 証 に お い て止 観 修 習 に よ り除去 され るべ き微 細 な二 十 一 の 因相 」 を 説 く一 節 に現 れ る。3)こ の箇 所 は、 見 道 へ の悟 入 か ら無 上 正 等 菩 提 と い う大 果 の現 証 に至 る、 菩 薩 の修 行 階梯 全 体 を視 野 に入 れ た もの で あ り、 先 の 「除去 の 困 難 な十 の因 相 」 の箇 所 ま で に説 か れ た止 観 の 行 次 第 を踏 ま え た、 菩 薩道 にお け る漸 進 の過 程 の ダイ ジェ ス トとい った 趣 が あ る。 両 者 の 因 相 除 去 の構 造 が、 と もに三 性 説 の 修 道 理 論 を基 盤 とす る もの で あ る こ と に は相 違 な い と して も、各 因 相 の対 治 とな る空 性 の法 数 と、 そ の ﹃ 解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(2)

密 教 文 化 配 列 は明 らか に異 な って い る。 ま た二 っ の 因相 説 に お い て同 じ空 性 の所 対 治 と され る因相 を比 較 した場 合、 両 者 の 因相 の概 念 に共 通 性 を見 出 す こ と が困 難 な もの も多 々見 受 け られ る の で あ る。 よ って本 稿 はSNS諸 本 に お け る この二 っ の因 相 説 を 検 討 す る こ とで、 こ れ らが 示 す 思 想 的 断 層 が 経 典 成 立 時 の痕 跡 で あ る可 能 性 を 指 摘 し、 さ らに 両 者 をSNSよ り後 代 に位 置 づ け られ る喩 伽 行 派 の 諸 論 にお け る因相 説 ・空 性 説 と比 較 す る こ とで、 複 数 の因 相 説 の系 譜 の存 在 を想 定 す る こ とを 目的 とす る もの で あ る。 本 稿 で 使 用 す る テキ ス トは、 デ ル ゲ、 ナ ル タ ン、 北 京 のSNS蔵 訳 各 本 (以下 順 にD, N, P)、 袴 谷 憲 昭氏 に よ り紹 介 され た 旧訳 とさ れ る敦 煤 出 土 の チ ベ ッ ト語 訳 文 献(以 下SNS(H))に、 菩 提 流 支 訳 『深 密 解 脱 経 』(以 下Bo)、 玄 奨 訳 『解 深 密 経 』(以 下Hsu)の 漢 訳 二 種、 ま た いず れ も蔵 訳 の み 存 在 す る'Phags. pa dGongs. pa ngeS. par'grel pai mdo laS phags. pa

byams pa'i lebu nyi tshe bshad pa (*A rya-Maitreya-kevala

parivarta-bhaya以 下MKPBh)お よ びPhags. pa dGongs pa nges par'grel pai

mdo'i rna7n par bshad pa(*Smdhiirmocana-sutra-vyakhyana以 下

SNSVy)の 二 っ の 註 釈 書 に 加 え、 中 国 撰 述 で あ り な が ら 蔵 訳 も な さ れ た 註 釈 書 で あ る 円 測 造 『解 深 密 経 疏 』(以 下Wo)も 扱 う。 さ ら に 因 相 説 を 継 承 し て い る 喩 伽 行 派 関 連 の 諸 論 と し て、MAV(Madhyantavibhaga)、 VinSg (yogaoara-bhuni-viniscaya-Samgrahmi)、 お よ び と も に 漢 訳 の み が 現 存 す る 無 著 造 ・玄 奨 訳 『顕 揚 聖 教 論 』(以 下 『顕 揚 論 』)と 龍 樹 造 ・ 真 諦 訳 『十 八 空 論 』 を 比 較 す る。 2.『 解 深 密 経 』 に お け る 二 種 の 因 相 説 (1)二 種 の 因 相 説 の 内 容 的 相 違 の 検 討 ま ずSNS中 に お い て 因 相 説 が 説 か れ る二 箇 所 の 試 訳 を 提 示 して み た い。

(3)

A. 除 去 の 困 難 な 十 の 因 相 「世 尊 よ、 菩 薩 が こ の よ う に 法 と義 を 了 知 し、 因 相 を 除 去 す る こ と を 行 じ る場 合、 ど れ ほ ど の 因 相 を 除 去 す る の が 困 難 で あ り、 何 に よ っ て 実 に そ れ ら は 除 去 さ れ る の で す か。」 「マ イ ト レ ー ヤ よ、 十[種]で あ っ て、 そ れ ら は 空 性 に よ っ て 除 去 さ れ る の で あ る。 十[種]と は 何 で あ る か と い う と、 そ れ は 法 の 義 を 了 知 さ せ る 様 々 な 文 章 と 音 節 と い う 因 相 で あ っ て、 そ れ は 一 切 法 の 空 性(sarva-dharma-sunyata一 切 法 空)に よ っ て 除 去 さ れ る。 [ま た]そ れ は 安 立 真 如(sannivesa-tathata)の 義 を 了 知 さ せ る、 実 に 生 ・住 ・異 ・滅 と 連 続 し て 変 化 す る 因 相 で あ って、 そ れ は[諸 法 の]特 相 の 空 性(svalakapa-s相 空)と 無 始 無 終 で あ る こ と の 空 性(anavara-gra-s無 先 後 空)に よ っ て 除 去 さ れ る。 [ま た]そ れ は 能 取 の 義 を 了 知 さ せ る 有 身 見(satkaya-drsti)と い う 因 相 と、 〈私 が 存 在 し て い る〉 と考 え る 慢 心(asmi-mana)と い う 因 相 で あ っ て、 そ れ は[六]内[処]の 空 性(adhyatma-s内 空)と[諸 法 を] 認 識 し な い こ と の 空 性(anupalambha-s無 所 得 空)に よ っ て 除 去 さ れ る。 [ま た]そ れ は 所 取 の 義 を 了 知 さ せ る 享 受 を 見 る(bhoga-drsti)因 相 で あ っ て、 そ れ は[六]外[処]の 空 性(bahirdha-s外 空)に よ っ て 除 去 さ れ る。 [ま た]そ れ は 享 受 の 義 に お い て、 男 女 の[使 用 人 に よ る]奉 仕 と資 産 を 所 有 す る こ と を 了 知 さ せ る 内 的 な 快 楽 と い う因 相 と、 外 的 な 相 貌 と い う 因 相 で あ っ て、 そ れ は 内 外[処]の 空 性(adhyatma-bahirdha-s内 外 空)と、[諸 法 の]本 性 の 空 性(prakrti-so本 性 空)に よ っ て 除 去 さ れ る。 [ま た]そ れ は 場 所 の 義 を 了 知 さ せ る無 量 と い う 因 相 で あ っ て、 そ れ は ﹃ 解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(4)

密 教 文 化 広 大 性 の空 性(maha-s大 空)に よ って 除去 され る。 [ま た]そ れ は無 色[界]に 依 拠 す る内 の寂静 な る解脱 とい う因相 で あ っ て、 そ れ は有 為 の空 性(sarpskrta-s有 為 空)に よ って 除 去 され る。 [ま た]そ れ は相 真如(laksana-tathataの 義 を了 知 させ る人 無 我 と い う 因 相 と、法 無 我 と い う因 相 と、唯 識 とい う因 相 と、勝義 と い う因 相 で あ っ て、 そ れ は[諸 法 の]究 極 の空 性(atyanta-s畢 寛 空)と、 非 存 在 の空 性 (abhava-s無 性 空)と、 存 在 と非 存 在 の 空 性(abhava-svabhava-s無 性 自性 空)と、 勝 義 の空 性(paramartha-s勝 義 空)に よ って除 去 され る。 [ま た]そ れ は清 浄 真 如(visuddhi-tathata)の 義 を了 知 させ る無 為 と い う因 相、無 変 化 と い う因 相 で あ って、そ れ は 無 為 の 空 性(asarpskrta-s 無 為 空)と 捨 て るべ き もの が 無 い こ と の 空 性(anavakara-s無 変 異 空) に よ って 除 去 され る。 [また]そ れ は、 そ[れ ら]の 因 相 を対 治 す る もの で あ る、 空 性 そ の も の を 作 意 す る空 性 と い う因 相 で あ っ て、 そ れ は[諸 法 の]空 性 の 空 性 (aanyata-s空 空)に よ って除 去 さ れ る。」4) B. 無 上正 等 菩 提 の 現 証 にお いて 止 観 修 習 に よ り除去 さ れ る べ き微 細 な 二 十一 の 因 相 「世 尊 よ、 菩 薩 は止 と観 を どの よ うに行 じる な らば、 無 上 正 等 菩 提 を 現 証 す るの で す か。」 世 尊 が お言 葉 を 賜 った。 「マ イ トレー ヤ よ、 ここ に お い て 菩 薩 は止 と観 を 習得 した後、 七 真 如[を 所 縁 と して 作 意 す る こ と]か ら始 め る。 そ し て聴 聞 し、思 惟 した そ の ま まの 諸 の教 法 を、 精 神 集 中状態 の心 に よ って、 よ く憶 持 し、 よ く思 惟 し、 よ く確 定 した真 如 を 内[心]に お い て 作 意 す る。 そ して彼(菩 薩)が そ の よ うに真 如 を作 意 す る と き、 い か な る あ り 方 で微 細 な因 相 が現 に生 起 す る場 合 に お い て も、 まず も って心 が[微 細 な因 相 の生 起 を]無 関心 に捨 て 置 くの で あ れ ば、 ま して や諸 の 粗 大 な 因 相 につ い て は言 うに は及 ぼ な い。

(5)

マ イ ト レ ー ヤ よ、 そ こ で 微 細 な 因 相 と は 次 の よ う な も の で あ る。 即 ち、

心 の 執 持 と い う因 相(*citta-upadana-nimitta)、[心 の]享 受 と い う 因

相(*[citta-]anubhava-no)、[心 の]識 別 と い う 因

pti-no)、[心 の]雑 染 と 清 浄 と い う 因 dana-no)、 内 と い う因 相(adhyatma-no)、 外 と い う 因 相(bahya-n。)、

そ の(内 と外)両 者 と い う 因 相(*tat-ubhaya-n)、 あ ら ゆ る 有 情 の 利 益 の た め に 修 習 し よ う と 考 え る 因 相、 智 と い う 因 相(jiana-nO)、 真 如 と苦 ・集 ・滅 ・道 と い う 因 相、 有 為 と い う因 相(samskrta-n)、 無 為 と い う 因 相(asamskrta-no)、 常 と い う 因 相(nitya-n)、 無 常 と い う 因 相 (anitya-nO)、 苦 と変 化 が あ る こ と の 本 質 と い う 因 相、 そ れ(苦 と 変 化 が あ る こ と の 本 質)が 無 変 化 な る こ と の 本 質 と い う 因 相、 有 為 と 特 相 を 異 に す る 因 相(*samskrta-vilaksana-n)、 ま た は そ れ(有 為)そ の も の の 特 相 と い う因 相、 一 切 が 一 切 で あ る こ と を 了 知 し た 後 の 一 切 と い う 因 相、 人 無 我 と い う因 相(pudgala-nairatmya-n)、 法 無 我 と い う 因 相 (dharma-nairatmya-no)で あ る。」5) で は こ の 試 訳 に 基 づ き、A・B二 っ の 因 相 説 の 特 徴 を 検 討 し て み た い。 ま ずAの 因 相 説 で は 空 性 と 因 相 と が 対 治 ・所 対 治 の 関 係 に な っ て い る。 こ こ で 対 治 に 当 た る 諸 々 の 空 性 は、 『般 若 経 』 に お い て 説 か れ る 十 八 空 の う ち、 自 性 空(svabhava-s)を 除 い た 十 七 空 で あ る。 十 八 空 は 『般 若 経 』 の 初 期 形 態 と さ れ る 『八 千 頒 般 若 経 』 に は 見 られ ず、 諸 般 若 経 典 群 の 中 で も 特 にPancavimatisahasrika Prajnapsramita (以 下PaP)な ど の 拡 大 般 若 経 典 群 に お い て 確 立 さ れ た 教 義 概 念 で あ る。 し か し 『施 設 論 』 や 『婆 沙 論 』 に は、 十 八 空 の 前 半 の 十 項 目 と ほ ぼ 同 一 の 名 称、 思 想 内 容 を も っ 十 空 が 散 見 さ れ る こ と か ら、 十 八 空 の 成 立 に っ い て は、 拡 大 般 若 経 典 群 へ の 増 広 発 展 の 過 程 に お い て、 少 な か ら ず ア ビ ダ ル マ か ら影 響 を 受 け た で あ ろ う こ と が 推 測 さ れ る。6) ま た 『般 若 経 』 に お け る 空 性 説 は、 四 空、 十 四 空、 十 六 空、 十 七 空、 十 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(6)

密 教 文 化 八 空、 二 十 空 な ど、 そ の 法 数 に関 して か な りの ヴ ァ リエ ー シ ョンが 認 め ら れ る。渡 辺 章 悟 氏 に よ れ ば、 概 して『大 品 般 若 経』以 前 の訳 に な る ほ どそ の 法 数 は少 な く、 時代 が進 む に つ れ て拡 大 化 へ 向 か う傾 向 に あ る と い う。7) しか しPaPや 『大 品般 若 経 』 を 中心 と した拡 大 般 若 経 各 本 で は十 八 空 の 用 例 が最 も多 い こ とか ら、分 別 され た空 性 説 全 般 にお いて は十 八 空 が 最 も一 般 的 な法 数 と見 な せ るで あ ろ う。8) こ こでAの 因相 説 の特 徴 の一 っ と して 説 示 され る空 性 の順 序 が一 般 的 な十 八 空 の説 示 次 第 に一 致 して い な い点 が 挙 げ られ る。 こ の因 相 除去 の構 造 を経 の説 示 順 序 に従 って整 理 した もの が、 以 下 に示 した 【表1】 「除去 の困 難 な十 の因 相 と適 応 され る空 性 との対 応 」 で あ る。 右 列 に示 した各 空 性 の先 頭 に付 した数 字 が 『般 若 経 』 に 見 られ る一 般 的 【表1】 除去 の 困難 な十 の因 相 と適 応 され る空 性 と の対 応

(7)

な十 八 空 の 順 番 で あ るが、(17)自性 空 を除 く十七 空 が十種 の因 相 の分類 に従 っ て並 び替 え られ て い るの が 分 か る。 またii、iii、vに見 られ る よ う に、 因 相 と空 性 との一 対 一 対 応 が必 ず し も成 立 して いな い点 も一 っ の特 徴 で あ る。 これ ら はAの 因相 説 の構 造 が、 この一 節 の 直 前 に説 か れ て い た詳 細 な 一 切 法 の カ テ ゴ リー体 系 で あ る 「法 の了 知 と義 の 了知 」 の構 造 を踏 襲 して い る こと に よ る と思 わ れ る。9)例 え ばiは 名 称 ・文 章 ・音 節 な ど に基 づ く五 種 の 法 に、iii∼viは 十 種 の義 に お け る能 取 か ら享 受 ま で に対 応 して い る。 こ こ に お い てSNSは、 新 た に成 立 した修 道 理 論 で あ る因 相 説 を基 軸 と した うえ で、 従 来 の十 八 空 の概 念 をす り合 わせ て い る。 つ ま り これ を十 八 空 説 と は見 な して い な い ので あ る。 そ もそ も十 八 空 の成 立 自体 が、 般 若 空 思 想 とア ビ ダ ル マ の思 想 と の交 渉 に求 め られ る こ とを鑑 み れ ば、SNSが 比 較 的 自 由 な立 場 で 十 八 空 説 を 応 用 し、除 去 構 造 を もっ た独 自 の因 相 説 を構 築 し た と考 え て も何 ら不 自然 で はな いで あ ろ う。 ま たBに つ い て 見 る と因相 の 法 数 は二 十 一 と な って お り、明 らか にAと は異 な った 因相 説 で あ る こ とが認 め られ る。 ま たBの 因 相 説 の特 徴 的 な点 は、 一一々 の因 相 に対 応 す る空 性 が 明記 され て いな い点 で あ る。 こ の点 に関 してSNSVyは、 「二 十 一 の微 細 な因 相 の うち、 最 初 の 四 つ の 意 味 は四 念 住 に相 当 す る と知 るべ きで あ る。 残 りの 意 味 は十 六 空 に相 当 す る と知 るべ き で あ る。 ……相 空 に は二 っ の 因相 が あ る。 残 りの もの(空 性) は 各 々 一 対 一 で[因 相 と]結 び付 く と知 るべ きで あ る」 と述 べ て い る。10) さ らに これ を説 明 して、 「『有 為 と特 相 を異 に す る因相、 また はそれ(有 為) そ の もの の特 相 と い う因 相 』 と は、 相 空 を了 知 す る作 用 相(akara)で あ る。 つ ま り 『有 為 と特 相 を異 にす る もの』 とは無 為、 す な わ ち勝 義 諦 で あ る。 『それ(有 為)そ の もの の特 相 』 と は有 為、 す なわ ち世 俗 諦 で あ る。[相 空 と は]そ の 二 っ の 特 相 が 無 自性 空 で あ る こ と を 了 知 す る こ とで あ る が、 [今 こ こで は]二 っ の特 相 を各 別 に数 え る の で あ る」 とす る。11)つま り こ こ で列 挙 され て い る因 相 は全 部 で 二 十 一 種 で あ る が、 そ の うち前 四 種 の 因 相 は 四念 住 に対 応 し、 また相 空 の み 有 為 ・無 為 の二 っ の因 相 に対 応 す るた ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(8)

密 教 文 化 め、 結 果 的 に こ こで は十 六 空 が説 か れ て い る こと に な る と い うの で あ る。 こ こで は有 為 と無 為 の 因相 は そ れ ぞ れ独 立 した因 相 と して 別 に述 べ られ て い る た め、 相 空 に対 応 す る因 相 と して有 為 相 と無 為 相 を ま と めて い る こ と が考 え られ る。 よ ってB列 で は因 相 と空性 は一 対一 対応 の関 係 に あ るとい っ て よ い で あ ろ う。 た だ し この箇 所 で十 六 空 の名 称 が 説 か れ るの はSNSVyだ け で あ り、 経 中 はお ろかMKPBhに も各 空 性 の名 称 は一 切 述 べ られ て い な い。 しか し筆 者 の想 定 す る三 性 説 に よ る修 道 理 論 に基 づ けば、 こ こで説 か れ る因 相 の階 梯 は同 時 に空 性 の階 梯 で もあ り、そ こ に列 挙 され た 因相 の特 徴 はそ の ま ま 空 性 の 特 徴 で もあ る こ とか ら、各 因 相 の 内 容 か ら対 応 す る空 性 を否 定 す る こと はSNSVyに 拠 らず と もあ る程 度 は可 能 で あ る と思 わ れ る。 これ らの点 を踏 まえ て、 両 者 の説 を 『般 若 経 』 所 説 の因 相 説 と対 照 させ たの が 【表2】 「『般 若 経 』 に お け る十 八 空 説 とSNSに お け る 因 相 説 と の 対 応」 で あ る。 最 左 列 が 最 も一 般 的 で あ る と思 わ れ る 『般 若 経 』 所 説 の 十 八 空 の 名 称 で あ り、そ の隣 がPaPに お け るそ れ らの 意 味 内 容 を 示 した も の で あ る。 A列 は、 先 に示 した 【表1】 の配 列 を経 の説 示 次 第 に従 わ ず に、 『般 若 経 」 所 説 の十 八 空 説 の 順序 に基 づ い て並 び替 え た もので あ る。 またB列 は SNSVyの 理 解 に した が って、 「無 上 正 等 菩 提 の 現証 に お い て止 観 修 習 に よ り除去 され るべ き微 細 な二 十 一 の因 相 」 の箇 所 に示 され る因 相 の うち、 四 念 住 に該 当 す る もの を 除 き、十 八 空 説 に該 当す る と され る も の を再 配 列 し た もの で あ る。 一 見 して気 づ く点 は、B列 に配 当 さ れ た十 七 空 が、(13)一切 法 空 と(14)相空 の順 序 の逆 転 を除 け ば、 ほぼ 『般 若 経 』 の説 示 次 第 に則 って い る とい う こ とで あ る。 実 際 に一 々 の因 相 が示 す 内容 をSNSVyに 拠 らず に見 て み る と、(1)-(5)、 (2)-(6)、(3)-(7)、(7)-(11)、(12)-(12)など は名 称 その ま まで あ るた め理 解 しや す い。 (9)-(13)に関 して はatyantaと 常(nitya)が 同 義 で あ り、 また(10)の無 始 無 終 の

(9)

【表2】 『般 若経 』 に お け る十 八 空 説 とSNSに お ける 因 相 説 との 対 応 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(10)

密 教 文 化 ○ 漢 訳 の 十 八 空 の名 称 は『大 品 』羅 什 訳 ・『大 般 若 』玄 訳 ・『解 深 密 経 』玄 奨 訳 の 順 に 示 す が、 特 に 「解 深 密 経 』の もの に は*印 を 付 し、共 通 す る 際 に は別 記 して い な い。ま た 「般 若 経 』に お け る定 義 に つ い て はed. Nalinaksha Dutt, Pancauimsatisahasrika Prajnaparamita, Luzac & Co., London, 1934, 195, 13-198, 10; T7, 73a18-c21の 記 述 に 基 づ い た。 ま たB 列 へ の十 八 空 の配 当 はSNSVy, VinSg, 「顕 揚 論 』 に 基 づ く理 解 に よ る もの で あ る。

(11)

概 念 は輪 廻 を表 わ す 常 套 表 現 で あ る こ とか ら(14)の無 常(anitya)の 概 念 に結 びっ くた め、PaPの 定 義 に難 な く相 応 す る と思 わ れ る。(13)-(19)につ い て は、 た だ 「一 切 諸 法 の 因相 」 を 除去 す るの で は な く、 「一 切 が 一 切 で あ る こ と を知 った後 の一 切 の 因相 」 と理 解 す るSNSVyの 意 図 は斜 酌 し難 い も の の、 一 切 法 空 と の対 応 と い う こ とにっ いて は問 題 が な い と思 わ れ る。(6)-(10)の 対 応 は真 実(tattva)を 真 如 と四 聖 諦 と見 なす 『喩伽 師 地 論 』 「本 地 分 」 の 理 解 を 踏 襲 す る もので あ り、12)ここで の 理 解 は そ の ま まVinSgに 継 承 さ れ て い る。13)また(14)-(17)(18)は諸 法 を 有 為 と無 為 と見 なす こと で理 解 で き る。 さ らに(16)の非 存 在(abhava)と は、(17)(18)との関 係 か ら 自性 の 非 存 在、 す な わ ち無 自性(nihsvabhava)で あ る こ とが 理 解 さ れ るが、(20)の法 無 我 が 無 自性 と 同義 で あ る こ とか ら、 そ の 対応 は妥 当 で あ る と いえ る。 た だ し(4)-(8)14)、(5)-(9)15)、(11)-(15)16)、(12)-(16)17)の対 応 に関 して、SNSの 因 相/ 空 性 の説 明 はPaPの 定 義 と はか け 離 れ た も の で あ り、 SNSVyの 説 明 に よ らず して は理 解 し難 い。 ま た(15)-(20)の対 応 に至 って はSNSVyの 理 解 に よ っ て も判 然 と しな い。18)しか し これ以 外 の十 二 の 因相 に つ い て は空 性 の配列、 お よ び思 想 内 容 に お い て ほ ぼPaPと 一 致 して い る こ とが認 め られ る こ とか ら、 経 中 に十 八 空 の名 称 は記 さ れ な い にせ よ、 『般 若 経 』 所 説 の 十 八 空 の 構 造 を 雛 形 と してB列 の因 相 説 が 構 築 され た と見 な す こ とに 問 題 は な いで あ ろ う。 A列 に つ い て は、(2)-iv、(4)-x、(5)-iv、(8)(11)-iXの関 係 は 理 解 しや す い と思 わ れ る。(7)-viiにつ いて はPaPが 有 為 を 三 界 と定 義 して お り、 そ の 中 で 最 も清 浄 か っ微 細 な 無色 界 の 因相 の 除去 が 困 難 で あ る と考 え れ ば理 解 で き よ う。 しか し(1)が血の対 治 で あ る こ とは理 解 しや す いが、(15)が血の対 治 で あ る と は考 え に く く、 同様 の こ とが(3)-v/(12)vに つ いて も言 え る。 ま た(10)-iiに関 して は安 立 真 如 が苦 諦 を表 わ し、生 ・住 ・異 ・滅 が諸 法 の生 々 流 転 を 示 す こ とか ら、無 常 の概 念 と結 び付 くが、(14)-iiの関 係 は 判 然 と し な い。 さ らに(6)(9)(16)(18)-Viii、(13)-iに関 して は、 か な りの教 義 的 変 遷 が 見 ら れ る。 や は りB列 同 様、A列 にお いて も 『般 若 経 」 所 説 の 空 性 説 を モ デ ル ﹃ 解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(12)

密 教 文 化 と しっっ も喩 伽 行 派 の因 相 説 と して再 解 釈 し、教 義 的 な改 変 を行 って い る のが 認 め られ る。 た だ し両 者 の各 空 性 の解 釈 の相 違 を比 較 した場 合、(1)-iii-(5)、(2)-iv-(6)、 (3)-v-(7)、(7)-Vii-(11)、(8)-iX-(12)、(10)-ii-(14)、(16)-Viii-(20)に関 して は ほ ぼ 見 解 は 一 致 す る もの の、 残 りの もの につ い て はB列 の言 葉 足 らず な こ と も手 伝 っ て共 通 点 を 見 出 す こ と は難 しい と思 われ る。 以 上 の よ う に、SNSの 二 種 の因 相 説 は一 貫 した止 観修 習 に基 づ く修 道 論 の文 脈 で 説 か れ っ っ も、 明 らか に異 な っ た角 度 か ら 『般 若 経 』 所 説 の十 八 空 説 に対 す る再 解 釈 が な され て い る。 両 者 の問 の 思想 的相 違 が 示 す 教 義 的 不 整 合 性 の意 味 を 知 る に は、 よ り深 く思 想 的 観 点 の相 違 の 問題 に まで 立 ち 入 って 考察 す る必 要 が あ る と思 わ れ る。 今 この 問題 を本 稿 で論 ず る余 地 は ない が、 少 な く と も この 思 想 的 断 層 がSNS成 立 の 際 の痕 跡 を示 す と い う仮 説 は認 め られ るの で はな いだ ろ うか。 以 下 この仮 説 を前 提 に、SNS以 降 の喩 伽 行 派 の諸 論 に お け る 因相 説 を 検 討 し、SNSに 端 を発 す る複 数 の 因相 説 の系 譜 に っ い て考 察 して み た い。 (2)二 種 の 因 相 説 の 法 数 の 異 同 に つ い て ま ずSNS周 辺 の諸 本 に お け る二 箇 所 の 因相 説 説 示 部 分 を比 較 し、 そ れ ぞ れ の空 性 の法 数 の検 討 を行 った。 た だ しBの 因 相 説 に つ い て は あ く ま で SNSVyに お け る空 性 の法 数 理 解 に基 づ い た もの で あ る。 こ の 異 同 の 詳 細 を以 下 の 【表3】 に示 す。 前 節 で示 した 【表2】 にお け るA列 とB列 の 因 相 説 を、 同 じ くそ れ ぞ れA列、B列 に示 して い る。

(13)

まずA列 の場 合、D, N, Pの 蔵 訳 各 本、 SNS(H), MKPBhお よ びHsu は一 様 に十 七 空 説 を採 る。 ま たSNSVy中 に は 「十 六 空 を 説 く」 と い う記 述 が 見 られ るが、 一 々 の 空 性 を解 説 す る 中 で実 際 に説 か れ る空 性 は同 様 に 十 七 とな って い る。19) しか し唯 一Boのみ が こ こで 十 八 空 説 を採 用 して い る のが 認 め られ る。Bo の 当該 箇 所 の 冒頭 に は、 は っ き り と 「十 種 の修 行 し難 き相 有 り。十 八 空 に 依 りて、 彼 修 行 し難 き相 を観 ず るな り。」 と説 か れ て お り、20)これ は他 の ど の テ キ ス トに も確 認 す る こ との で きな い もの で ある。具体 的 には 【表1】 の 面 に示 さ れ る 四っ の因 相 に対 応 す る空 性 が、 「自体 空 」(svabhava-s自 性 空)を 加 え る五 つ に 増 補 され て い る た め十 八 を数 え る結 果 に な って い る。 経 中 に は各 々 の対 応 は明 確 に示 され て い な い が、SNSVyに よ れ ば 経 に説 示 され るそ の ま まの 順 番 に、 人 無 我 が(9)に、法 無 我 が(16)に、唯 識性 が(18)に、 勝 義 が(6)にそ れ ぞ れ 対 応 して い る こ とが示 さ れ て い る。 しか しBoが 説 く よ うに 「自体 空」 を 加 え て しま うと、 この箇 所 の因 相 と空 性 の 対 応 関 係 が 崩 れ て しま う こ とに な る。 こ の点 に関 して はWoも そ の 注 釈 に お い て 触 れ て お り、異 説 と して認 知 され て い た ことが 知 られ る。21) 次 にB列 を見 て み る と、十 八 空 の 内 容 に は一 切 関 説 さ れ な いMKPBh、 お よ び 当該 箇 所 が散 逸 して い るSNS(H)を 除 け ば、 他 のす べ て の テ キ ス ト は十 六 空 説 で一 致 して い るが、Boに 関 して は判 読 が 不 可 能 な ほ ど 文 脈 が 【表3】SNS各 本 の因 相 説 に お け る空 性 の 法 数 の異 同 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(14)

密 教 文 化 乱 れ て い る。22)この た めかWoに お いて もBoの 当該 箇 所 に 対 す る 明 確 な 注 釈 は ほ とん ど施 され て い な い。 Boに つ いて の訳 語 に関 す る特 徴 お よ び問題 点 は、 Hsuと の 比 較 に お い て 幾 っ か の 先 行 研 究 に よ って 指 摘 され て い る。23)原典 に忠 実 な 直 訳 的 傾 向 の あ る玄 に対 して、 菩 提 流 支 は概 して 自身 の思 想 に依 拠 した 表 現 を重 視 す るあ ま り意 訳 的 傾 向 が 見 受 け られ る。Boの み が 十 八 空 説 を 採 用 す る こ と の根 拠 を、 異 説 を 唱 え る別 系 統 の 写本 に基 づ くた め と見 な す こ と も可 能 で あ るが、 この よ うな菩 提 流 支 の 訳語 に 関 す る問 題 点 を加 味 す れ ば、 いず れ に して も仮 説 の域 を 出 る もの で はな い で あ ろ う。 よ ってBoに つ い て若 干 の 問題 は残 る もの の、A列 に っ い て は十 七 空 説 あ るい は十 八 空 説 を示 し、B列 に つ い て は いず れ の テ キ ス トも一 様 に十 六 空 説 を示 して い るの が認 め られ、AB間 にお け る空 性 の法 数 の 食 い違 い は 紛 れ もな い事 実 と して残 って しま う。 よ って 空 性 の法 数 の 点 か ら見 て も、 AB間 に は経 典 成 立 時 の痕 跡 と思 わ れ る思 想 的 断 層 が 明 確 に存 在 す る ので あ る。 3.「 摂 決 択 分 」 お よ び 『顕 揚 聖 教 論 」 に お け る 因 相 説 で は次 にSNSと 他 の喩 伽 行 派 の論 典 との 関係 の検 討 に移 り た い。 こ れ に つ いて はす で に毛 利 俊 英 氏 が、 喩 伽 行 派 にお け る四念 住 の 意 義 の展 開 を 考 察 す る中 で、 【表1】 のB列 に示 され る因相 説 が、VinSg「 菩 薩 地 」 お よ び 『顕 揚 論 』 に継 承 さ れて い る点 に言 及 して い る。以)た だ し こ の 除 去 の 構 造 が、 因 相 で は な く、十 七 種 の想 縛(*sarpj-bandhana)を 除 去 す る も の と して 展 開 して い る のが 注 目 され る。 こ こで は二 十 一 種 の 因 相 か ら四 念 住 の 所 対 治 と され て い た もの が 除 外 され、十 七空 に対応 す る想 縛 のみ に よ っ て新 た な 除 去 の 構 造 を もっ 階 梯 が編 成 され て い る。 っ ま りSNSで は 四 念 住 か ら十 六 空 へ と、 単 に連 続 す る階梯 と して説 か れ て い た もの が、 除 去 に 当 た る能対 治 と して両 者 が 思 想 的 に融合 され た形 へ と変 化 して い るの で あ る。

(15)

-94-正 行 の前 に前 行 と して 四念 住 を 置 く構造 は、 声 聞 乗 の 修行 道 にお い て、 四 諦 十 六 行 相 の前 行 と して 四 念 住 観 を配 置 して い る こ とに 類 似 し て い る が、25)声聞 乗 の修 行 階梯 を モ デ ル に形 成 さ れ たSNSに お け る因 相 除 去 の構 造 を、 よ り大 乗 的 な形 へ と発 展 さ せ た もの と理 解 す るべ きか も しれ な い。 またVinSgお よ び 『顕 揚 論 」 と もに、 この一 節 が説 か れ る直前 に は 対 治 さ れ るべ き十 四 種 の相 縛 と麓 重 縛 を説 明 して お り、SNSの 「無 上 正 等 菩 提 の現 証 にお いて 止 観 修 習 に よ り除 去 され るべ き微 細 な二 十 一 の因 相 」 を説 く箇 所 で 煉 金 の 讐 喩 を 用 いて 説 明 され て い た、 四念 住 と十 六 空 に よ る相 縛 と鹿 重 縛 の 滅 尽 が こ こで も踏 襲 され て い る こ とが 理 解 され る。 特 に 『顕 揚 論 』 で は これ らの 相 縛 と鹿重 縛 が 無 体 空、 遠 離 空、 除 去 空 に よ って 対 治 さ れ る と す るが、 この三 っ は1頂に遍 計 所 執 性、 依 他 起 性、 円成 実 性 の三 性 に 対 応 して い る と して い る。26)これ はSNSに お け る三 性 説 に よ る因 相 除 去 の 修 道 理 論 を継 承 して い る もの と思 わ れ るた め、 更 な る検 討 を 要 す る点 で あ る。 これ らの対 応 関 係 の詳 細 を、 次 ペ ー ジ 【表4】 「VinSg, 『顕 揚 論 』 お よ びSNSVyの 因 相 説 に お け る十 六 空 の対 応 」 に示 す。27) 当該 の 問 題 に関 す る両 論 の説 示 内容 は ほ とん どに お い て一 致 す るが、 若 干 の相 違 も見 られ る。 まずVinSgと 比 較 す る と『顕 揚 論 』で は(11)-(11)、(12)-(13)

が そ れ ぞ れ 入 れ 替 わ って い る。 ま た(16)では 「我 無 染 浄 想 」(kun nas nyon mongs pa dang rnam par byang ba'i bdag nyid med par'du shes pa)と、 否 定 辞 が入 る こ と に よ って 無 我(anatman)を 表 す の に対 して、(16)には否 定 辞 は な く有 我 とな って お り、 同 様 に(17)にお い て も 「無 自性 相 」(ngo bo nyid med pa'i rang gi mtshan nyid)と 否 定 辞 が付 され て い る の に 対 し、 (17)では 「自体 自相 」 と否 定 辞 を欠 き逆 の 意 味 と な っ て い る。 この ことか ら、 VinSgか ら 『顕 揚 論 』 へ の展 開 に お け る思 想 的 変 化 もあ り うる と思 わ れ る が、 こ の点 は 明確 で な い。 両 論 そ れ ぞ れ につ いて 見 て い く と、VinSgの 説 示 にお け る特 徴 は 各 因 相 に対 応 す る空 性 が 説 か れ て い な い点 で あ る と いえ る。28)これ に対 し 『顕 揚 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(16)

(17)

論 』 で は(1)∼(1のの 想 が 説 明 され た後、 菩 薩 が これ らを 観察 した の ち空性 に 依 止 して諸 の念 住 を修 す る こ とで、 諸 想 縛 か ら心 解 脱 す る こ とが述 べ られ、 何 の説 明 もな く 「十 六 空 とは、 所 謂 内空 外 空 … …無 性 自性 空 な り」 と空 性 の 名 称 の み を列 挙 して い る。29)よって 各 空 性 と想 縛 の結 び っ き は必 ず し も 明 確 で は な い が、 お そ ら く この順 番 で 想 縛 除 去 の対 治 と して適 用 され る も の と思 わ れ る。 一 瞥 して分 か る通 り、想 は全 部 で十 七 を数 え るに もか か わ らず、 空 性 は十 六 しか 挙 げ られ て お らず、 いず れか の空 性 が二 っ の想 を除 去 す る こ とが 予 想 され るが、 詳 しい説 明 は な さ れて い な い。 ま た 「六 種 の 妄 想 縛 」 の 最 後 の想 に対 応 す る空 性 はSNSVy中 に は説 明 さ れ て い な い た め空 白 とな って い る。 『顕 揚 論 』 に お け る(5)と(6)の関 係 が 対 を な して い る こ とを考 慮 す る と、 この 除去 は と もに空 空 に よ る もの と考 え る のが 妥 当 か も しれ な い。 こ こで注 意 した い の は、VinSgに は各 因相 に対 応 す る空 性 が 説 か れ て い な い点 と、 『顕 揚 論 』 で 十 六 空 説 が 採 用 され て い る点 で あ る。 前 章 で 見 た よ う に、SNSはAの 説 を あ くま で因 相 説 と見 な し、決 して 十 八 空 説 と は 見 て い なか っ た。 同様 に この二 っ の点 か ら も、SNSに お け るB列 の見 解 がVi nSgお よ び 『顕 揚 論 』 に も継 承 され て お り、両 論 の 関心 が 十 八 空 説 で は な く、 あ くまで 因 相 説 に あ る こ とが 理 解 され る で あ ろ う。 ま たSNSVyで は 『顕 揚 論 』 と比 較 す る と大 空 と空 空 の順 が 入 れ替 わ っ て い るが、(4)の内 容 か ら判 断 す れ ば、 『般 若 経 』 で は単 に物 理 的 な 空 間 の 広 大 を意 味 して い た大 空 に、 喩 伽 行 派 に よ って 「一 切 有 情 の済 劇 とい う、 菩 薩 行 の概 念 が 付 託 され た と見 な す こ と もで き よ う。 さ らに(5)の 「智 慧 を 有 ち て正 し く観 察 して住 す」 とあ るの が 空 空 に対 応 して い るの は、 次 章 で 示 すMAVの 「空 智 に よ って空 性 を見 る」 と い う空 空 理 解 を 支 持 す る も の で あ る。 の み な らず、MAVに お け る十 六 空 の 配 列 は完 全 に 『顕 揚 論 』 の 見 解 に一 致 す る もの で あ り、 この点 にっ い て はSNSVyよ り も 『顕 揚 論 』 の 方 がSNSの 思 想 を忠 実 に継 承 して い る とい え る。 しか し 【表2】 に 示 さ れ る通 りSNSVyの 順 序 は 『般 若 経 」 の説 に は忠 実 で あ り、 よ り一 般 的 な ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(18)

密 教 文 化 十 八 空 説 理 解 に基 づ い てSNSを 解 釈 して い る と思 われ る。 さ らに(16)-(17)にお い て は 『顕 揚 論 』 とSNSVyの 空 性 の対 応 は ま っ た く異 な って い る が、 これ に つ い て もMAVに お け る配 列 は や は り 『顕 揚 論 』 と 同様 の見 解 を示 して い る。 こ れ らの 結 果 を 見 る と、SNSの 註 釈 書 で あ る SNSVyの 見 解 よ り も、 む しろ 『顕 揚 論 』 の 見 解 の方 が よ り正 統 的 な 喩 伽 行 派 の思 想 的 系 譜 を示 して い る と思、わ れ、SNSの 教 義 理 解 に お い て は 有 用 で あ る と い え る。

これ に関 して、E. Steinkellner博 士 はSNSVyが チベ ッ ト撰 述 で あ る可 能 性 が 強 い こ と を指 摘 さ れ、 そ の著 者Byang chub rdsuphrulをKhri Srong lde btsan王 と同 一 視 して い る。30)また吉 水 千 鶴 子 氏 は、 SNSVyがSNS第 十 章 で 説 明 され る四 種 道 理 の一 っ、upapatti-sadhanayuktiを 解 釈 す る に 当 た って、 原 典 に は見 る こ との で き な い 喩 例(drstanta)を 加 え る こ と で 因 の三 相 を 備 え た論 証 式 を作 ろ うと して い る点 を 指 摘 し、 そ の 教 義 解 釈 が DignagaやDharmakirti以 降 の仏 教 論 理 学 の 影 響 を 多 分 に受 け た もの で あ る と い う見 解 を 示 して い る。31)この両 者 の見 解 を考 慮 す る な らば、必 ず し も正 統 的 な 喩 伽 行 派 の 教 義 理 解 の う え にSNSVyが 解 釈 を施 して い る と は 限 らず、そ の扱 い に関 して は余 程 慎 重 に な らな け れ ば な らな い と思 わ れ る。 以 上 の こ とか らSNSに お け るB列 の因 相 説 は、 VinSgを 経 て 『顕 揚 論 』 に継 承 され、 さ らに両 論 の 影 響 の 下 にSNSVyが 成 立 して い る こ とが 理 解 され るで あ ろ う。 4. 『中 辺 分 別 論 』 お よ び 『十 八 空 論 」 に お け る 空 性 説 続 い て 【表2】A列 の 系 統 に属 す る と思 わ れ る、MAVと 『十 八 空 論 』 を 見 て い き た い。 ま ずMAVは 十 六 空 を 採 用 し て お り、 こ れ は第 一 章 Laksapa-paricchedha'vv. 17-20に お い て 空 性 の 分 類 を 説 く中 で 説 明 され る。32)特にMadhyantavibhaga-tzka(以 下MAVT)に 基 づ い た こ の十 六 空 に よ る修 道 理 論 を把 握 す るた め に は、 識(vijiana)の もっ 所 縁(alambana)

(19)

-90-と行 相(akara)の 両 側 面 との関 係 か ら、33)また入 無 相 方 便 相(asallaksapa-nupravesopayalaksana)と の 関 係 か らの考 察 は必 須 で あ る と思 わ れ る が、 本 稿 に お いて は そ の用 意 が な い た め、MAVの 十 六 空 説 に お け る 構 造 上 の 特 徴 を 検 討 す る に留 め、 よ り思 想 的 な 考 察 につ いて は稿 を改 め た い。 さて 次 ペ ー ジ に示 した 【表5】 「Madhyanavibhaga I. 17-20に お け る 十 六 空 」 はMAVの 十 六 空 の 構 造 を 図 式化 した もの で あ る。 【表5】 を一 瞥 して 気 付 くこ と は、 そ れ ぞ れ の 空 性 の 役 割 と、 それ に基 づ く分 類、 お よ び各 空 性 の相 関 関係 が極 め て整 然 と体 系 化 され て い る点 で あ ろ う。空 性 の法 数 とそ の配 列 に 関 して は 『顕 揚 論 』 所 説 の もの と完 全 に 一 致 す る が、 両 者 の行 体 系 と して の完 成 度 を比 較 す る とそ の違 い は歴 然 と す る。 このMAVの 整 然 とカ テ ゴ ライ ズ さ れ た体 系 に お け る空 性 の 所 対 治 と十 六 空 と の関 係 は、 【表1】 に示 され たSNSに お け る因 相 の義 と各 空 性 との 対 応 を彷 彿 と させ る もの で あ る。 特 に 【表5】 の 「事 物 」(vastu)に 相 当 す る四 つ の 所 対 治 の配 列 は、 【表1】 のiii∼viと完 全 に対応 して い る。 この 空 性 の カテ ゴ リー は有 情 界 にお け る所 取 と能 取、 所 依 と能 依 の依 存 関 係 を、 感 受 レベ ル か ら空 間 レベ ル に至 る まで 階 梯 化 した もの で あ る が、 そ の対 象 領 域 を拡 大 して い く構 図 は、 明 らか にSNSの 「法 と義 の了 知 」 に見 られ る範 疇論 的方 法 論 と同様 の もの で あ る。34) 次 の段 階 で あ る 「智 」(jnana)に 相 当 す る空 空 とは、 四種 の 「事 物」 各 々 の空 性 を空 智(sanyata-jnana)、 つ ま り空 性 を見 る智 を も って見 た場 合 に、 四 種 の 「事 物 」 の空 性 を所 取、 空 智 を能 取 と見 な して しま う執 着 を除 去 す る空 性 と され る。35) ま た 「様 相 」(akara)に 相 当す る勝 義 空 は、 そ の よ うな 四 種 の 「事 物 」 の空 性 と空 智 を 所 取 ・能 取 と見 なす 執 着 が、 空 空 の智 に よ って 見 られ る こ とで 除去 され、 最 上 の 段 階 に達 した と構 想 す る よ うな、 あ る種 の 増 上 慢 を 除 去 す る空性 で あ る と思 わ れ る。 この 「智 」 と 「様 相 」 の 段 階 は、 空 観 にお け る所 取 ・能 取 の概 念 の 否 定 と、 この否 定 に よ り最 上 の 空性 に達 した と構 想 す る こ との更 な る否 定 の、 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

(20)

密 教 文 化 【表5】Madhyantwibhaga 1. 17-20に お け る 十 六 空 *各 空 性 の 所 対 治 の 具 体 的 内 容 はMAVTに 基 づ く理 解 に よ る も の で あ る。

(21)

徹 底 した二 重 の 概 念 否 定 の構 造 を 形 成 して い る。 これ は 【表1】 のXに 位 置 づ け られ た、 諸 因 相 の 対治 で あ る空 性 そ の もの を 空 じる と い うSNSの 思 想 の延 長 線 上 に あ る もの と思 わ れ る。 た だ しSNSに は、所 取 ・能 取 の 認 識 に お け る相 互 依 存 関係 を超 越 す る こ とで無 相 へ と悟 入 す る とい う、 入 無 相 方 便 相 は説 か れ て い な い た あ、36)「空 智 に よ って 空 を 見 る」 と い う所 取 ・ 能 取 の関 係 に基 づ く空 空 の理 解 は見 られ な い。 しか し特 にMAVに お い て 勝 義 空 の担 う、 最 上 の段 階 に達 した と構 想 す る増 上 慢 の除 去 とい う機 能 は そ の ま まSNSの 思 想 を踏 襲 す る もの で あ る。37) この よ うな 空 空、 勝 義 空 に関 す る理 解 は、 前 章 で 見 た 【表2】B列 の 系 譜 に あ るVinSgや 『顕 揚 論』 に は認 め られ な い も ので あ り、 ま さ し くMA Vが 【表2】A列 の 系譜 にあ る こ と を裏 付 け る も ので あ ろ う。 続 く 「目的 」 に相 当 す る八 っ の 空 性 の 概 念 は、 これ 以 前 の空 性 と較 べ て 若 干 趣 が 異 な って い る。MAVTに よれ ば、 菩 薩 が あ る 目 的 を も っ て 空 性 を行 ず る こと で、 もの の本 質 が 虚 構 さ れ る(samaropyate)の で、 そ れ を除 去 す る(vibhavana)た め に有 為 空 か ら一 切 法 空 ま で の 八 っ の空 性 が 説 明 され るの だ と い う。38)MAVTは、 先 の 四種 の 「事 物 」 の 空 性 を 作 意 す る場 合 の 空 智 に対 す る所 取 ・能 取 とい う執 着、 お よ び これ を最 上 と見 なす 構 想 分 別 に加 え て、 菩 薩 が 空 性 を行 ず る場 合 に もの の本 質 を虚 構 して しま う こ とを、 「因 相 に対 す る執 着 」(nimittagraha)と 呼 ん で い る。39)すな わ ち菩 薩 の 「目 的」(artha)で あ る様 々 な菩 薩 道 の修 行 項 目 も、 本 質 を 概 念 的 に虚 構 し因 相 に執 着 して しま う と、 逆 に過 失 と な って しま う とい うの で あ る。 Mladhyantavibhaga-bhasyaお よ びMAVTに お い て は 八 っ の 空 性 は す べ て 並 列 的 に説 か れ て お り、 そ こに 階梯 付 けや 各 空 性 の 相 関 関 係 を見 出 す の は困 難 で あ るが、 『十八 空 論 』 で は各 空 性 の間 に さ らに 詳 細 な 相 関 関 係 を 規 定 し、 よ り秩 序 立 った体 系 化 が な され て い る。40)ここで 各 空 性 に 担 わ され た、 菩 薩 道 の 修 行 項 目 に対 す る概 念 的虚 構 の 除去 とい う機 能 は、 先 の B列 の系 統 の 諸 論 は も ち ろん の こ と、幾 っ かの 類 似 点 が 見 られ たA列 に お ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

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密 教 文 化 け る空 性 理 解 に も ま っ た く見 る こ との で きな い もの で あ る。 最 後 の 「空 性 の 特 相 の 顕 示」 は前 十 四 空 を総 括 す る意 味 で の 二 っ の空 性 が 設 定 され て い る。41)この う ちの 無性 空 は人 法 二 空 を表 し、 無 性 自性 空 は そ の 人 法 二 空 が 有 で あ る こ とを表 して い る。っ ま り無 性 空 に よ って 人 法 に 存在 性 を 虚 構 して し ま う(samaropa増 益)遍 計 所執 性 を 除 去 し、 ま た無 性 自性 空 に よ って 空 性 を 完 全 な る無 と見 て しま う(apavada損 減)虚 無 論 的 見解 を 除去 す るの で あ る。 この 除去 の構 造 はMAV第 一 章 の 冒 頭 に 表 明 さ れ る、 「虚 妄 な る分 別 は あ る。 そ こ に二 っ の もの は存 在 しな い 」 と い う有 名 な一 節 に 見 られ る喩 伽 行 派 的 中道 思 想 を、 修 道 理 論 と して ま さ に具 現 化 した もの で あ ろ う。 【表2】 に お け るSNSの 因相 説 で は、A列、B列 と も に(15)無所 得 空 一 人 無 我、(16)無性 空 一 法 無 我 とい う対 治 と所 対 治 の関 係 が 成 立 して い た。 そ し て十 七 空 を説 くA列 が、 最 後 の無 性 自性 空 に唯 識 の因 相 を 対 応 させ て い る 点 で異 な る とは い え、 両 者 と もに人 空 の後 に法 空 を行 じ、人 無 我 → 法 無 我 の順 に除 去 して い く構造 を も って い た。MAVは こ の よ う なSNSの 空 性 の 除 去 構造 に、 こ こに見 られ るよ うな有 と無 の両 極 端 を 否定 す る喩 伽 行 派 的 な 中道 の思 想 を取 り込 む こ とで、 独 自 の修 道 理 論 を 構 築 して い る と思 わ れ る。 この よ うにMAVで は、 大 別 して五 段 階 よ りな る空 性 の所 対 治 の 階 層 構 造 が 確 認 さ れ るが、 各 空 性 間 に認 め られ る所 取 と能 取、 所 依 と能 依 の依 存 関 係 は 【表5】 の最 右 列 に示 す 通 りで あ る。 ま た前 章 で 述 べ た よ うに、MAVに お け る空 性 説 は法数、 お よ び そ の 配 列 と も に 『顕 揚 論 』 の見 解 に完 全 に一 致 す る もの で あ り、 こ こに両 論 の 思 想 的 影 響 関 係 を伺 い知 る ことが で き る。 しか しMAVの 説 に はSNSのB列 や 『顕 揚 論」 な ど に特 徴 的 な、 階 梯 構 造 を も った 因相 説 とい う概 念 は希 薄 で あ り、 む しろ空 性 の方 に重 き を置 いた 階梯 構 造 を持 って い る こ とが認 め られ る。 実 際MAVBhの 当 該 箇 所 で は空性 とそ の所 対 治 の 関 係 は 認 め られ るが、 さ ほ ど強 調 され て お らず、 因 相 の概 念 に 至 って は ま っ た く現 れ て い

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-86-な い。42)MAVTに は先 に見 た 「因相 に対 す る執 着 」 とい う概 念 が 説 か れ て お り、因 相 除 去 の構 造 は 明確 で あ る が、 あ くま で空 性 に比 重 が 置 か れ た十 六 空 説 と して説 明 さ れ て い る。 『十 八 空 論 』 に お い て は この傾 向 に さ らに拍 車 がか か り、空 の語 を冠 す るそ の 書 名 を見 て も、本 論 と著 者 の意 図 は顕 著 で あ る と いえ よ う。 先 に も 述 べ た よ う に、MAVと 比 較 した場 合、 『十 八 空 論 』 で は 各 空 性 の 間 に さ らに詳 細 な 相 関 関 係 を 規 定 し、 よ り秩 序 立 っ た体 系 化 が な され て い る。 実 際 『十 八 空 論』 に は、 あ る論典 にお け る十 六 空 を 踏 まえ て 空 性 を解 釈 す る 箇 所 が存 在 して お り、宇 井 伯 寿博 士 に よ る緻 密 な 考 察 の結 果、 この論 典 が MAVで あ る こ とが論 証 され て い る。43) 『十 八 空 論 』 の体 系 で は前 十 四空 はMAVと 全 く同様 の 構 造 で あ る が、 残 り四 空 に お い て若 干 趣 を異 に して い る。 【表2】 の左 列 の番 号 で い え ば (17)有法 空(svabhava-s自 性 空)、(16)無法 空(abhava-s無 性 空)、(18)有法 無 法 空(abhava-svabhava-s無 性 自性 空)、(15)不可 得 空(anupalambha一 自。 無 所 得 空)の 順 とな るが、(17)にお い て諸 法 にお け る虚 構 を 除 去 し、(16)にお い て虚 無 を 除 去 す る と され て お り、先 のMAVの 喩 伽 行 派 的 中 道 思 想 に基 づ い た 修道 理 論 が 『十 八 空 論」 に も継 承 さ れ て い る こ とが分 か る。 次 の(18) の役 割 はMAVで は(16)に与 え られ て い たが、 こ こで は(17)の虚 構 の 除 去 と(16) の虚 無 の 除去 を 弁証 法 的 に止 揚 す る もの で あ り、 これ に よ り真 実 無 と真 実 有 が 表 さ れ る とす る。(4)また(15)はSNSと 『十 八 空 論 』 の 解 釈 が ま っ た く と 言 っ て い い ほ ど異 な って い る。SNSで はA列 ・B列 と もに法 無 我 の 空 を 意 味 して い た が、 『十 八 空 論 』 の理 解 に よ れ ば この空 は 断/常 ・苦/楽 ・我 /無 我 ・浄/不 浄 の相 反 す る概 念 を止 揚 し、 大常 ・大 楽 ・大 我 ・大 浄 と い う獲 得 しが た い空 の果 を生 み 出す と され る。45) SNSに お け るA列 の因 相 説 と比 較 す る と、MAVの 空 性 説 は、 前 六 空 の 構 造 に お いて ほ ぼ同 様 の階 梯 化 の傾 向 が見 られ るが、 そ れ以 外 の部 分 の 構 造 は ま った く別 物 と い って よ い ほ ど発 達 した様 相 を呈 して い る。思 想 的 に 見 て も前 六 空 に関 して はA列 か らの影 響 が 濃 厚 で あ るが、 そ れ以 降 の 階 梯 ﹃ 解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

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密 教 文 化 に見 られ る思 想 は、MAVに 顕 著 な喩 伽 行 派 的 中道 思 想 を 反 映 した ま った くの オ リジ ナ ルで あ る。 ま たSNSに お け るA列 の 因相 説 が そ の 前 半 部 を 除 いて、 『般 若 経 』所説 の 十 八 空 説 の配 列 を完 全 に無 視 した独 特 の構 造 を有 し て いた の に対 して、MAVの 空 性 説 に関 して は、思 想 的 に はA列 か ら多 く の もの を継 承 しっ っ も、空 性 の法 数、 お よ び そ の配 列 に関 して は 『般 若緻 の所 説 にか な り忠 実 な、 む しろB列 の影 響 を窺 わせ る もの とな って い る。 よ ってMAVの 説 の発 展 形 成 の過 程 に お い て は、A・B両 系 統 の 因 相 説 が 影 響 を及 ぼ して い る こ とが 考 え られ る。 た だ しMAVに お け る説 相 は、 所 対 治 に重 点 が 置 か れ た 因相 説 とい うよ り、対 治 で あ る空 性 の方 に重 点 が置 か れ た 空性 説 とい った感 が 強 い。 この よ うな思 想 的 傾 向 に は、 喩 伽 行 派 に お け る中道 と空 性 の考 察 を 中心 テ 「 マ とす る本 論 の特 徴 が、 濃 厚 に反 映 さ れ て い る もの と思 わ れ る。 特 にMAVか ら 『十 八 空 論 』 に至 る喩 伽 行 派 の空 性 思 想 の 発 展 の経 緯 は、 あ た か も 『般 若 経 』 に お け る増 広 発 展 の過 程 を彷 彿 と させ る もので あ る。 これ は十 八 空 説 に基 づ い て 因相 説 を構 築 した喩 伽 行 派 に よ る、 十 八 空 の再 再 解 釈 と も見 なせ よ う。 5. ま と め これ まで の考 察 の要 点 を以 下 ま と めて み た い。 i. SNS所 説 の二 種 の因 相 説 は、 一貫 した止 観 修 習 に基 づ く修 道 論 の 文 脈 で 説 か れ っ っ も、明 らか に異 な る構造 と機 能 を有 して い る。A列 の 因 相 説 で は 『般 若 経 』 所 説 の 十 八 空 説 を 改変 して導入 して は いるが、 構 造 と して はあ くまで 十 種 の 因 相 の分 類 を基 軸 と した因 相 説 と して 述 べ られ て い る。 ま たB列 の 因 相 説 は二 十 一 の 除去 しが た い 因 相 か らな る と され るが、 各 因 相 に対 応 す る空性 が説 か れ て い な い。 因相 の 内 容 的 検 討 を 行 う と、 両 者 は説 相 はお ろか各 因相/空 性 の示 す 内 容 や、 因 相 と空性 の 対応 関 係 につ いて も大 き く異 な って い る こ と が分 か る。 し

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か し両 者 は十 八 空 説 を雛 形 と して 用 いっ っ も、修 道 理 論 と して ま っ た く独 自 の因 相 説 を構 築 して い る点 が共 通 して 認 め られ る。 h. ま たSNS周 辺 の異 訳 諸 本、 お よ び 註 釈 書 の 当 該 箇 所 に お け る空 性 の法 数 の 相 違 を 検討 した結 果、Boに よ る翻 訳 上 の 問 題 に よ る異 同 を 除 く と、 他 の 諸本 の見 解 で は す べ てAB間 に法 数 の 食 い違 いが 見 られ る。 よ ってi、hの 結 果 か ら二 つ の 因相 説 の 間 に は思 想 的 断 層 が 存 在 す る こ とが認 め られ るが、 これ は経 典 編 纂 の 際 の 痕 跡 で あ る可 能 性 が 非 常 に高 い と思 わ れ る。

iii. VinSgと 『顕 揚 論』の因 相 説 は、 若 干 の因 相 の配 列 の相 違 とVinSg で 空 性 の名 称 が言 及 され な い こ と を除 け ば ほ ぼ思 想 的 に一 致 してお り、 SNS-B列 の因 相 説 と四 念 住 観 を 有 機 的 に 融 合 さ せ た想 縛 の 除 去 構 造 と して 説 か れ て い る。 こ こでVinSgに 各 因 相 に対 応 す る空 性 が 説 か れ て い な い点 と、 『顕 揚 論 」 で十 六 空 が採 用 され て い る 点 を 鑑 み れ ば、 iで 述 べ たSNSの 思想 は こ こに も継 承 され、 両 論 の関 心 が十 八 空 説 で は な く、あ くまで 因相 説 に あ る こ とが 理 解 され る。 ま た幾 っ か の点 でVinSgと 『顕 揚 論 』 の 空 性 理 解 は、 SNSVyよ り も む しろMAVに 近 似 性 を示 して お り、 そ の 独 特 な 解 釈 の特 徴 を 加 味 す れ ば、SNSVyに お い て必 ず し も正 統 的 な 喩 伽 行 派 の 教 義 理 解 の うえ に解 釈 が施 され て い る と は限 らな い とい え る。 iv. MAVの 説 は、 空 性 の法 数 お よ び配 列 に 関 して は、SNSに お け る B列 の系 譜 に あ る 『顕 揚 論 』 の もの に完 全 に一 致 す るが、 各 空 性 の 相 関 関 係 や 意 味 付 けな ど にお い て、 は るか に整 然 と体 系 化 され た もの で あ る。 一 方 そ の 構 造 の 背 景 に あ る思 想 は、SNSに お け るA列 の 因 相 説 を継 承 して い る と思 わ れ、 「事 物 」 「智 」 「様 相 」 の 各 段 階 に は か な り の思 想 的 近 似 性 が確 認 され る。 よ ってMAVの 説 の 発 展 形 成 過 程 に お い て は、A・B両 系 統 の 因相 説 が 影 響 を 及 ぼ して い る と考 え られ る。 しか し 「目的」 「空 性 の 特 相 の 顕 示 」 の 段 階 に はSNSのA・B列 に は見 る こ との で きな い、MAV独 自 の発 達 した思 想 が 見 られ る。 さ ら ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

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密 教 文 化 にMAVの 説 は因 相 説 とい うよ りは、 む しろ空 性 に 重 きを 置 い た 階 梯 構 造 を もっ 空 性 説 とい った感 が強 い。これ らの思 想 的 傾 向 に は、MAV に特 徴 的 な喩 伽 行 派 的 中道 思 想、 お よ び空 性 思 想 か らの影 響 が 濃 厚 で あ る と思 わ れ る。 ま た 『十 八 空 論 』 は そ の名 に示 さ れ る よ うに、 この よ う なMAVの 空 性 理 解 を 継 承 しっ っ も、各 空 性 の間 に さ らに詳 細 な 相 関 関 係 を規 定 し、 よ り秩 序 立 っ た体 系 化 を行 って い る。MAVか ら 『十 八 空 論 』 に 至 る発 展 の 経 緯 は 『般 若 経 』 の 増 広 の 過 程 を 彷 彿 と させ るが、 十 八 空 説 に基 づ い て 因 相 説 を 構 築 した 喩 伽 行 派 に よ る、 十 八 空 説 の 再 再 解 釈 と も見 な せ る。 以 上 の こ とか らSNSに お け るB列 の系 統 は、 VinSgを 経 て 『顕 揚 論 』 へ と継 承 さ れ、SNSVyへ と到 る もの で あ る こ と が 予 想 さ れ る。 ま たAの 系 統 は、 前 六 空 の構 造 に っ い て はSNSの 「法 と義 の了 知 」 に見 られ る範 疇 論 的方 法 論 を踏 ま え た もの と して、MAVか ら 『十 八 空 論 』 に 至 って 継 承 さ れ て い る と見 なせ るが、MAVお よ び 『十 八 空 論 』 に お け る 空 性 の 法 数 と そ の配 列 はB列 の それ に完 全 に一 致 して い る こ とか ら、む しろA・B両 者 の影 響 を受 けて 成 立 した もの で あ る と推 測 さ れ る。 これ らの結 論 に基 づ い た系 統 図 を次 ペ ー ジ 【図1】 に示 した。

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本 論 にお い て そ の 片 鱗 に触 れ た、 喩 伽 行 派 の 伝 統 的 教 義 概 念 に 対 す る再 解 釈 に つ い て は、初 期 喩 伽 行 派 の 諸 経論 にお いて 他 に も数 多 くの事 例 が 見 られ る と思 わ れ る。 そ の 中 で も特 にMAVは、 同 じSNSか ら派 生 した 二 っ の 因 相 説 の系 譜 を再 び継 承 した の ち、 さ ら に独 自 に理 論 的 ・実 践 的整 合性 を 高 め た修 行 道 を構 築 して い る とい う点 で重 要 な位 置 に あ る と い え る。 先 に も述 べ た よ うに、MAVの 空 性 説 の前 四空 に顕 著 で あ っ た所 取 と能 取、 あ る い は所 依 と能 依 の二 項 対 立 を昇 華 させ て い く修 行 階 梯 の構 図 は、 同 じ く第一 章 にお いて 説 か れ る、 識 に お け る所 縁 と行 相 の 関 係 を前 提 と し て い る こ とが予 想 され る。 就 中 これ に関 して、 第 一 章 で 説 か れ、MAV以 降 の主 要 な喩 伽 行 派 の 論 典 にお いて 中 心 的 な位 置 を 占 め る修 道 概念 であ る、 入 無 相 方 便 相 との 関 係 は決 して 看 過 され るべ きで は な い で あ ろ う。 MAV以 降 の喩 伽 行 派 の 論 典 にお い て 入 無 相 方 便 相 に っ い て 論 ず る こ と は あ って も、十 八 空 説 に基 づ く因相 説 に 関 して は ま っ た く言 及 され る こ と が な くな っ て い る点 を考 慮 す れ ば、MAVが 喩 伽 行 派 の 修 道 理 論 の変 遷 に お け る タ ー ニ ング ポ イ ン トで あ る と も考 え られ るで あ ろ う。 した が って 因 相 説 と と も にSNSの 修道 理 論 を形 成 す る重 要 な概 念 で あ っ た三 性 説 が、 い 【図1】 『解 深 密 経 』 にお け る二 種 の 因 相 説 の 系 統 図 ﹃解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

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密 教 文 化 か にMAVの 修 道 論 に受 容 され、 ま た改 変 され て い るか を 検 討 す る こ と は 非 常 に重 要 な意 味 を もっ と思 わ れ る。 今 後 の研 究 課 題 と した い。 (本稿 は平成11年 度高野山大学提 出修士論文 「『解深密経』 に お け る止 観修 習 に つ いて の研究」付録 の副論文 に、新 たに加筆 ・増補 した ものであ る。) 略号

D sDe dge edition of 'Phags pa dGongs pa nges par 'grel pa theg pa chen po'i mdo, No. 106, ca, lbl-55b7.

N sNar thang edition of 'Phags pa dGongs pa nges par 'grel pa theg pa chen po'i mdo, No. 106, ca, lbl-81a7.

P Peking edition of 'Phags pa dGongs pa nges par 'grel pa theg pa chen po' i mdo, No. 774, ngu, lbl-60b7.

Bo 菩 提流 支 訳 『深 密 解 脱 経 』5巻, T No. 675, vol. 16. Hsu 玄 訳 『解 深 密 経 』5巻, T No. 676, vol. 16.

SNS(H) Noriaki Hakamaya, A Comparative Edition of the Old and New Tibetan Translations of the Samdhinirmocana-sutra

(H) 「駒沢 大 学仏 教 学部 研 究 紀 要 』, 45, 1987, pp. 18-35(L).

SNS(L) Etienne Lamotte, Samdhinirmocana Sutra: L Explication des Mysteres, Louvain, Paris, 1935.

MKPBh Ye shes snying po (Jnanagarbha), 'Phags pa dGongs pa nges par 'grel pa 'i mdo las 'phags pa byams pa'i lebu nyi

tshe bshad pa (* Arya-Maitreya-kevala-parivarta-bhasya.), P: No. 5535, tshi, 171a1-203a8; D: - No. 4033, bi, 318b1-345a7. SNSVy Byang chub rdzu ' phrul, 'Phags pa dGongs pa nges par

'gr-el pa 'i mdo'i rnam par vyakhyana), D: No. 4358, cho, lbl-293a7.

Wo 円測 造 『解 深 密 経 疏 』10巻, 卍蔵 経. 第1輯, 第34套, 第4冊, 291枚 右-第35套, 第1冊, 50枚 左.

MAV Madhyantavibhaga. MAVT Madhyantavibhaga-tika

PaP Pancavimsatisahasrika Prajnaparamita. SNS Samdhinirmocanasutra.

VinSg rNal 'byor spyod pa 'i sa rnam par gtan la dbab pa bsdu ba (Yogacara-bhumi-viniscaya-samgrahani), P: No. 5539,

(29)

zi, 152a1-'i, 142b8; D: No. 4038, zhi, lbl-289a7; zi, lbl-127a4. T 大 正 新 脩 大 蔵 経 『顕 揚 論 』 無 著 造 ・玄 訳 『顕 揚 聖 教 論 』20巻, TNo. 1602, vo1. 31. 「十 八 空 論 』 龍 樹 造 ・真 諦 訳 「十 八 空 論 』1巻, TNo. 1616, vol. 31. 野 澤[1957]野 澤 静 讃 「大 乗 仏 教 喩 伽 行 の研 究 一 解 深 密 経 聖 者 慈 氏 章 及 び疏 の訳 註-』, 法 蔵 館, 1957. 渡 辺[1982]渡 辺 章 悟 「大 乗 空 観 の一 考 察 一 十 八 空 を 中心 と して 一 」 「東 洋 大 学 大 学 院 紀 要 』19, 1982. 註 1)Cf. 拙 稿 「『解 深 密経 』 にお け る止 観 修 習 と三 性 説 の関 係 にっ いて 」 「印 度 学 仏 教 研 究 』49-2, 2001. な お因 相 にっ い て は、 横 山紘 一 「nimitta(相)に つ い て 」 『仏 教 学 』, 1, 1976を 参 照 の こ と。 2)SNS(L): VIII. 29; 野 澤[1957: 321, 4. 322, 3].

3)SNS(L): VIII. 36; 野 澤[1957: 371-372]; SNSVy: 203a2-206a6; 野澤[1957:

389, 2-395, 81.

4) SNS (L): VIII. 29 (107-109); D: 33b3-34a4; N: 50a5-5la3; P: 36b3-37a6; SNS (H): 2619-28, 16(L); H: T 16, 701 a8-70l a28; B: T 16, 678c19-678a4. 5) SNS (L): VIII. 36. 1-2 (114-115); D: 36a2-36b2; N: 53b5-54a7; P: 39b1-40

al; SNS(H): 34, 8-14(L); H: T 16, 702a14-702a29; B: T 16, 677c13-678c29. 6)「 大 毘 婆 沙 論 』 や 『施 設 論 』(『婆 沙 論 』 中 の 引用 に よ って 知 られ る)で は、 こ れ ら十 空 は二 十 邪 見 の能 対 治 と して機 能 して お り、喩 伽 行 派 に お け る空 性 説 に特 徴 的 な 除 去 の 機 能 に酷 似 した役 割 を す で に与 え られ て い る。cf. T 27, 37a12, 540 a20; 渡 辺[1982, 6-7(L)]. この よ うに 拡 大 般 若 経 典 群 の 中 に、 十 空 か ら派 生 した と考 え られ る十 八 空 説 が 導 入 され た 背 景 に は、 袴 谷 憲 昭 氏 が 述 べ る よ うに、 「実 在 論 否 定 で 出 発 し た 『般 若 経 』 も、 習 慣 重 視 主 義 的 風 潮 の 強 い イ ン ドに あ って は時 代 を経 る に した が って そ の 習慣 の原 理 と もい うべ き ア ー トマ ン的 思 考 に侵 蝕 さ れて、 実 在 論 的色 彩 を 強 あ て い った」 とい うよ うな 可 能 性 も充 分 に考 え られ る で あ ろ う。(cf. 袴 谷 憲 昭 『唯識 の解 釈 学-「 解 深密 経 』を読 む-』, 春 秋 社, 1994, p. 15.)し か し こ の 点 に っ い て は 『施 設 論 』 や 「大 毘 婆 沙 論 』 を 著 した 有 部 の論 師 た ち と、 『般 若 経 』 を 著 した 出家 菩 薩 た ち との交 渉、 延 い て は袴 谷 氏 が 提 唱 す る よ う な大 乗 仏 教 の起 源 に 関 す る重 要 な 問題 も孕 ん で い るた め、 慎 重 に論 議 され な けれ ば な らな い と思 わ れ る。cf. 袴 谷 憲 昭 「悪 業 払 拭 の儀 式 関 連 経 典 雑 考(IV)」 『駒 沢 大 学 仏 教 学 部 論 集 』, 24, 1993, 46-50(L). 7)渡 辺 氏 は法 数 と して の 十 八 空 の 確 立 を 『一 万 八 千 頒 般 若 経 』(Astdasasaha-﹃ 解 深 密 経 ﹄ に お け る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察 79

(30)

-密

Srika Prafnaparamita)か らPaPに か け て と 推 定 して い る。 氏 に よ れ ば、 『一 万 八 千 頒 般 若 経 』 で は 十 四 空 と、 こ れ に さ ら に 否 定 的 色 彩 を も っ 思 惟 が 発 達 し た 結 果、 無 性 空(abhava-s)、 無 性 自性 空(abhava-svabhava-s)が 付 加 さ れ た 十 六 空 が 中 心 に 説 か れ て い る と い う。 そ し て こ の 十 六 空 と 異 な っ た 思 潮 で 形 成 さ れ た 四 空(bhava-s, abhava-s, svabhava-s, parabhava-s)中 のsvabhava-soを、 十 六 空 中 の 第 十 五abhava-sに 対 す る 有 性 空 と して む か え い れ、 最 後 に 空 の 同 義 語 と さ れ て き た 無 所 得(anupalambha)を 空 性 と して 導 入 す る こ と で、 十 八 空 が 成 立 した と し て い る。 さ ら に こ の 後 十 八 空 に 四 空 を 合 し、abhava-s, svabhava-sの 重 複 を 避 け て 二 十 空 へ と 拡 大 して い っ た と い う の が 氏 の 見 解 で あ

る。cf. 渡 辺[1982, 6, 16-19(L); 13, 23-14, 11(L)].

8)Mahaoyutpattiお よ び そ の 難 語 釈 で あ るSGra sbyor bam po gnyis. paの い ず れ に お い て も十 八 空 を 説 い て い る こ と か ら、 チ ベ ッ ト伝 承 に お い て も十 八 空 が 基 本 形 と 見 な さ れ て い る こ と が 理 解 さ れ る。cf. M'ahavyutpatti: Yumiko Ishi-hama, Yoichi Fukuda, A New Critical Edition of the Mahavyutpatti, Sanskrit-Tibetan-Mongolian Dictionary of Buddhist Terminology, The Toyo Bunko, 1989, No. 935-953; 榊 亮 三 郎 「梵 蔵 漢 和 四 訳 対 校 翻 訳 名 義 大 集 』 鈴 木 学 術 財 団, rpt., 1962. No. 933-951; 石 川 美 恵 訳 ・注 「SGra sbyor ban po gnyiS pa二 巻 本 訳 語 釈 一 和 訳 と註 解 一 』, 東 洋 文 庫, 1993. 9) SNS(L): VIII. 19-23; 野 澤[1957: 265, 8. 270, 2]. 10) SNSVy: 203b2-3; 野 澤[1957: 390, 1-3]. 11) SNSVy: 205a4-5; 野 澤[1957: 392, 15-393, 4]. 12) D tshi, 162b6; T 30, 345c22: 云何んが眞實 なるや。謂 く眞如及 び四聖諦な り。 13) SNSVy: 204a7-bl: 真 如 と苦 ・集 ・滅 ・道 の 因 相 とは、 勝 義 空 に通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ち 確 定 され て い な い[真 実 で あ る]真 如 と、確 定 さ れ た[真 実 で あ る]四 聖 諦 に 通 達 す る こ とで あ る。(拙 訳)

D zhi, 187a7-b6; T 30, 653c22-654a6:

復た次 に磨 に知 るべ し、眞義に略 して六種有 ると。謂 く世間所 成眞實、乃至 所知 障浮智 所行眞實、安 立眞實、非安立眞實 な り。前の四眞實 は鷹 に知 るべ し、前に菩 薩地中 に己に廣 く分別 せるが如 しと。云何んが安立 眞實 なるや。 謂 く四聖諦な り。苦 は苦に由 るが故 に、乃至道 は道 に由 るが故 な り。 … 又 復 た安立 に略 して四種有 り。謂 く前 に説 けるが如 き三種の世俗 と、及 び勝義 世俗 を安立 せ し、即 ち勝義諦 な り。 … 云何んが非安立眞實 な るや。謂 く諸 法 の眞如 な り。 14) SNSVy: 204a5-7:

(31)

-78-「〈 あ らゆ る有 情 の利 益 の た あ に修 習 しよ う〉 と考 え る因 相 」 と は、 空 空 に 通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ち彼(菩 薩)が、 こ の よ う に[六]内[処]・ [六]外[処]の 両 者 が 空 性 で あ るな らば く 空 性 にっ いて 何 も行 じる べ き で な い〉 と考 え て、 有 情 の 利 益 を 放 棄 す る こ と の対 治 と して、<何 も行 じるべ きで な い〉 と い うそ の 空 性 も もま た 空 で あ るの で、 〈 あ らゆ 一る有 情 の 利 益 の た め に 修 習 しよ う〉 と考 え、 空 空 に 通達 す るの で あ る。 15) SNSVy: 204a7: 「智 の 因 相」 と は大 空 に通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ち 十 方 の あ ら ゆ る世 間 界 は外 的存 在 で はな く、智 を本 質 とす る もの で あ る こ とに通 達 す るの であ る。 16) SNSVy: 204b3-7: 「苦 と変 化 が あ る こ と との本 質 の 因相 」 とは、 無 変 異 空 に 通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ち苦 の本 質 と、変 化 が あ る こ との本 質 とい う二 語 を集 約 した一 っ の因 相 と見 な すべ き で あ る。 そ の うち苦 の本 質 も蕊 で あ り、変 化 が あ る こ と の本 質 も繭 で あ る。 なぜ な らば[前 者 は 四聖 諦 中 の]苦 諦 を本 質 とす る か ら で あ り、[後 者 は]無 常 の本 質 で あ る か らで あ る。 そ の苦 の本 質 で あ る緬 と、 変 化 が あ る こ との本 質 で あ る緬 と は 「損 害 」(avakara)と よ ば れ る。[「損 害 」 と は]繭 の名 称 の 同義 語 で あ る。 「損 害 な き こ と」(anavakara)と は浬 葉 で あ る。 なぜ な らば それ(浬 藥)は 苦 の永 滅 と無 変 化 とを本 質 とす る か ら で あ る。 そ れ(浬 葉)に 通 達 す る行 相 を、 苦 と変 化 と が な い状 態 に あ る本 質 の 因 相 と い う ので あ る。 17) SNSVy: 204b7-205a4: 「そ れ(苦 と変 化 が あ る こ と との 本 質)が 無 変 化 な る こ と の本 質 の 因 相 」 と は、 自性 空 に通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ちく そ の苦 と変 化 が あ る こ と との 本 質 が無 変 化 な る本質 に して恒 常 で あ る〉 と見 なす こ と、 それ が 自性 空 に適 達 す る こ とで あ る、 と接 続 す る。 そ れ に 関 して ま た あ る者 は次 のよ うに い う, 「も し一 切諸 法 が 自性 空 で あ り、 ま た 有 情 た ち の 本 質 と な る愛 欲 な ど の 能 為、 意 楽(asaya)、 随 眠(anusaya)、 勝 解(adhimukti)、 界(dhatu)、 梱 姓(gotra)と い った もの な ど が無 変 化 な る本 質 を もっ も ので あ るな ら ば、 表 よ そ そ れ らの 力 に よ って様 々 な意 楽 や 随 眠 を 知 り、 様 々 な 勝 解 を 知 り、 様 々 な界 を知 るな ど とい った仏 陀 の共 通 で な い諸 々 の 特 性(avepika-buddha dharma)を 生 じさせ る、 そ れ ら諸 の法 が不 合 理 とな って しま う」 と。 そ 定 故 に、 〈 無 変 化 を本 質 とす る そ れ ら諸 法 は勝 義 と して 存 在 す る〉 と考 え る老 が、 〈 それ ら諸 法 は 自性 空 で あ る〉 と作 意 す る場 合 に、 空 と して み るそ の 蓋 相 が 「無 変 化 な る こ と の本 質 の因 相 」 と い わ れ るの で あ る。 18) SNSVy: 205a6: 「人 無 我 の 因 相 」 と は無 所 得 空 に通 達 す る行 相 で あ る。 す な わ ち プ ドガ ラ は ﹃解 深 密 経 ﹄ に お げ る 二 種 の 因 相 説 に 関 す る 一 考 察

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