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密教研究 Vol. 1933 No. 51 008那須 政隆「弘法大師と興教大師との思想的立場 P186-212」

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 八 六

一 謂 ふ 迄 も な く 弘 法 大 師 (以 下 高 祖 と い ふ ) の 思 想 的 立 場 と は 、 即 ち 眞 言 密 教 の 立 場 で あ る 。 し か し て 興 教 大 師 (以 下 開 山 と い ふ ) の 思 想 的 立 場 と は 、 一 面 新 義 眞 言 宗 の 教 學 的 立 場 と 見 る こ と も 可 能 る や う で あ る が 、 し か し か ゝ る 考 へ 方 は 可 成 粗 雑 な も の で あ る 。 何 故 か と い ふ に 開 山 が 高 野 を 去 つ て 根 來 の 地 に 隠 棲 さ れ た る 事 情 は 、 必 す し も 高 野 學 派 に 對 抗 し て 覺 鰻 學 派 ︱ 後 代 に 約 す れ ば 新 義 學 派 で あ る が ︱ を 樹 立 せ ん が 爲 め で は な か つ た か ら で あ る 。 開 山 が 高 野 の 密 嚴 院 に 住 居 せ ら れ し 頃 、 所 謂 金 剛 峰 寺 方 と の 間 に 種 々 な る 經 緯 が あ つ て 、 つ ひ に 大 傳 法 院 密 嚴 院 等 の 襲 撃 破 壊 と ま で な つ た め で あ る が 、 か ゝ る 紛 騒 の 中 心 問 題 は 一 體 何 ん で あ つ た か 、 そ れ に 就 て は 見 方 に 依 つ て 種 々 に 解 さ れ る で あ ら う が 、 兎 も 角 教 學 的 立 場 の 相 異 か ら 薙 醗 さ れ た の で は な か つ た 、 少 く と も 敢 學 問 題 が そ の 紛 騒 の 中 心 で は な か つ た の で あ る 。 随 つ て 開 山 の 根 來 開 創 の 精 紳 も 亦 教 學 を 以 て 金 剛 峰 寺 方 に 對 抗 せ ん と せ ら れ た も の で は な か つ た 。 す れ ば 開 山 の 學 的 立 場 は 後 世 に 所 謂 、 古 義 新 義 の 如 く 對 立 的 で な か っ た 、 し か し

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開 山 の 撰 述 の 裡 に は 新 義 の 教 學 へ 発 展 す べ き 素 因 が 胚 胎 し て ゐ た こ と は 否 め ぬ 事 實 で あ る が 、 そ れ は 結 果 か ら 論 す る も の で あ つ て 、 開 山 自 身 に は 何 等 豫 想 せ ら れ な か つ た 事 柄 で あ る 。 か や う に 考 へ る 私 は 、 開 山 の 思 想 的 立 場 が 直 ち に 新 義 教 學 の 立 場 で あ る と す る こ と は 、 早 計 で あ り 粗 雑 で あ る と 思 ふ 。 更 に 遡 つ て 考 察 す れ ば 開 山 の 思 想 的 立 場 が 、 高 祖 の 思 想 的 立 場 を 離 れ て 獨 自 的 で あ つ た だ ら う か 。 言 ひ 換 ふ れ ば 眞 言 密 教 の 立 場 と 開 山 の 思 想 的 立 場 と が 如 何 な る 關 係 に あ る か 、 こ れ が 一 つ の 問 題 と し て 提 供 さ れ る の で あ る 。 私 は ﹁ 密 教 研 究 ﹂ の 係 の 方 か ら 、 表 題 に 依 る 論 文 を 草 す る や う 依 頼 さ れ た の で あ つ て 、 係 の 方 が か ゝ る 表 題 を 撰 擇 さ れ た 底 意 は 、 那 邊 に 存 す る か 素 よ り 明 か で な い け れ ど も 、 私 は 如 上 の 見 地 か ら 、 高 祖 の 思 想 的 立 場 (眞 言 密 教 の 立 場 ) と 、 開 山 の 思 想 的 立 場 と の 關 係 交 渉 を 述 べ て 、 責 任 を 果 し た い と 思 ふ の で あ る 。 ( 一 )日 本 宗 教 大 學 講 座 、 新 義 眞 言 宗 第 二 章 。 松 永 有 見 著 ﹁日 本 密 教 史 ﹂第 七 章 。 等 参 照 。 二 高 祖 の 思 想 的 立 場 は 取 り も 直 さ す 眞 言 密 教 の 立 場 で あ る が 、 一 體 眞 言 密 教 は 如 何 な る 立 場 に 擦 つ て ゐ る か 。 こ れ を 一 言 に し て 答 ふ れ ば 、 顯 教 一 般 が 從 因 至 果 な る に 對 し 、 眞 言 密 激 は 從 果 向 因 の 立 場 で あ る 。 顯 教 は 迷 の 現 實 に 立 脚 し て 、 彼 方 に 悟 界 を 眺 む る の 態 度 で あ る が 、 密 教 は 恰 も そ の 反 對 で 、 悟 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 八 七

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 八 八 界 に 立 脚 し て 迷 へ る 現 實 を 見 直 す の で あ る 。 顯 教 は 現 實 の 本 質 は 何 ぞ や の 態 度 で あ る が 、 密 数 は 本 質 よ り 観 た る 現 實 は 如 何 の 立 場 で あ る 。 だ か ら 古 來 顯 教 は 遮 情 で あ り 、 密 教 は 表 徳 で あ る と い は れ て ゐ る 。 ま た 高 祖 は 秘 藏 賓 鑰 に ﹁ 顯 藥 彿 塵 、 眞 言 開 庫 、 秘 寳 忽 陳 、 萬 徳 即 證 ﹂ と 述 べ ら れ て ゐ る 。 か ゝ る 根 本 的 立 場 は 開 山 に 於 て も 何 等 異 る こ と な く 、 そ の 秘 釋 に ( 全 集 三 頁 )﹁ 顯 似 説 遮 情 門 義 、密 兼 具 説 遮 表 徳 ﹂ と か 、 或 は ﹁ 顯 佛 倶 無 明 非 明 、 密 佛 盡 迷 妄 無 除 ﹂ な ど と 説 か れ て ゐ る 。 さ て 然 ら ば か ゝ る 表 徳 的 立 場 が 、 高 祖 に 依 つ て 如 何 に 説 か れ て ゐ る か 、 ま た 佛 教 學 上 如 何 な る 論 理 の 上 に 立 つ て ゐ る か 。 こ の 問 題 の 究 明 が 必 要 と な つ て 來 る 。 今 か ゝ る 意 圖 の 下 に 高 祖 の 撰 述 を 窺 ふ と き 、 高 祖 の 思 想 的 立 場 が 二 様 の 形 に 於 て 現 は れ て ゐ る こ と を 知 る 〇 そ の 一 は 主 觀 的 考 察 に 依 る 三 摩 地 の 立 場 で あ り 、 そ の 一 は 客 觀 的 考 察 に 基 づ く 本 不 生 際 の 立 場 で あ る 。 由 來 哲 學 的 思 辮 の 方 法 と し て は 客 観 的 な る か 、 主 観 的 な る か , 將 た ま た 主 客 兩 観 の 統 一 的 存 在 と し て 辮 證 法 的 に 考 察 す る か の 三 様 式 が あ る け れ ど も 、 そ の う ち 特 に 基 本 的 な る は 前 二 者 で あ る 。 し か し て 宗 教 は 全 體 的 立 場 を 探 る べ き も の で あ る か ら 、 そ の 哲 學 的 部 門 は 當 然 に 主 槻 的 要 素 と 客 觀 的 要 素 を 兼 ね 具 へ ね ば な ら 漁 、 若 し そ の 一 を 缺 く か 、 或 は そ の ︼ に 偏 す る 場 合 は 、 宗 教 哲 學 と し て 到 底 完 全 を 期 し 得 な い の で あ る 。 我 が 高 租 が 高 調 せ ら れ た る 不 二 の 思 想 は 、 ま さ に 主 客 兩 要 素 を 具 備 し な が ら 、 し か も 全 體 的 立 場 を 採 つ た も の で あ る 。 そ れ で 私 は 、 客 観 的 考 察 よ り す る 本 不 生 際 と 、 主 觀 的 考 察 よ り す る 三 摩 地 と 、 こ の 兩 者 不 二 の

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立 場 と を 搬 討 し て 、 高 祖 の 思 想 的 立 場 を 闡 明 な ら し め た い と 思 ふ 。 三 佛 教 の 根 本 義 は 無 常 觀 を 基 調 と す る 無 我 思 想 で あ る 。 し か し て こ の 無 我 思 想 は 、 現 實 の す べ て を 否 定 し て 、 一 切 諸 法 の 無 自 性 室 な る こ と を 敢 へ る の で あ る が 、 か く 一 切 を 否 定 す る こ と は 、 軍 に 自 己 を 否 定 し 、 客 觀 を 否 定 し た る 一 切 皆 空 を 最 後 的 理 想 と す る も の で は な い 、 常 識 的 な 經 驗 世 界 は 皆 悉 く 苦 空 無 常 無 我 で あ つ て 、 一 物 と し て 永 遠 的 實 在 性 を も つ も の は な い こ と を 表 明 し 、 こ れ に 依 つ て 無 常 無 我 な る 諸 法 の 當 體 を 悟 る こ と で あ る 。 さ れ ば 無 常 觀 は 現 實 の す べ て を 否 定 し 去 る こ と に 依 っ て 、 常 識 的 立 場 を 超 剋 し 、 そ こ に 新 し き 立 場 を 捕 捉 せ ん と す る も の で あ る 、 言 ひ 換 ふ れ ば 經 驗 世 界 の 無 常 な る 相 を 、 無 常 な る ま ゝ に 諦 觀 し て 、 新 し く 設 定 さ れ た る 全 體 的 立 場 に 於 て 諸 法 を 再 認 識 せ ん と す る も の で あ る 。 し か し て こ の 目 的 を 達 成 せ ん が 爲 め に 、 釋 尊 は 十 二 縁 起 觀 を 説 か れ た 。 こ の 縁 起 觀 の 中 心 觀 念 は 謂 ふ 迄 も な く 因 緑 觀 で あ る 。 因 縁 觀 は 復 た 諸 法 無 我 を 觀 照 す る こ と な の で あ る 。 す な は ち 一 切 の 諸 法 は 、 因 縁 の 和 合 に 依 つ て 生 じ た る 果 で あ り 、 現 在 の 果 は ま た 何 等 か の 縁 と 結 む で 未 來 の 果 を 招 き か く し て 現 象 発 展 の 和 は 、 即 ち 因 縁 果 の 連 續 に 外 な ら な い の で あ る 。 諸 法 を ば か く の 如 く 因 縁 果 の 流 轉 と し て 觀 照 す る こ と は 、 や が て 無 我 の 當 體 を 體 認 す る こ と な の で あ る 。 か ゝ る 因 縁 觀 は 佛 教 思 想 に 於 て 重 要 な 位 置 を 占 め て ゐ る が 、 我 が 高 祖 も こ の 因 縁 觀 か ら し て 諸 法 の 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 入 九

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 〇 因 不 可 得 を 説 か れ た 。 彼 の 畔 字 義 に 於 て 訶 字 の 實 義 釋 に 託 し て 、 こ の 第 一 原 因 不 可 得 を 高 調 せ ら れ ん が 爲 め 、 所 謂 詞 字 門 一 切 諸 法 因 不 可 得 故 。 何 以 故 。 以 諸 法 展 轉 待 因 成 故 。 當 知 。 最 後 無 依 。 故 説 無 住 爲 諸 法 本 。 と 述 べ ら れ て ゐ る 。 諸 法 は 因 不 可 得 に し て 、 ﹁ 無 住 ﹂ が そ の 本 質 で あ る と す れ ば 、 宇 宙 法 界 は 無 始 以 來 宛 然 と し て 大 自 然 界 を 呈 し つ ゝ 発 展 止 ま ざ る も の で あ る 。 法 界 に 於 け る 萬 象 は 一 と し て 固 定 的 存 在 は 無 く 、 無 限 法 界 な る 全 體 的 立 場 に 於 て ﹁ 無 住 の 住 ﹂ な る 當 體 が 把 握 さ れ る の み で あ る 。 既 に ﹁ 無 住 の 住 ﹂ と い へ ば 、 そ れ は 能 所 生 な る 常 識 的 立 場 を 越 え 、 新 し く 設 定 さ れ た る 全 體 的 立 場 に 於 て 觀 照 さ れ て ゐ る の で あ る 。 し か し て こ の 能 所 生 を 越 え る こ と は 即 ち 本 不 生 で あ り 、 ま た 能 所 生 を 越 え て 新 し く 拓 か れ た る 立 場 は 即 ち 本 不 生 際 で あ る 。 大 疏 七 卷 十丁 二 に こ の 間 の 消 息 を 説 い て 次 の 如 く 述 べ て ゐ る 。 今 正 觀 察 作 作 者 等 。 悉 從 衆 縁 生 即 入 本 不 生 際 。 本 不 生 際 者 。 有 佛 無 佛 法 爾 如 是 。 誰 造 作 之 首 乎 。 ま た 高 祖 は 噂 字 義 に 於 て 大 疏 第 七 卷 十 二丁 の 文 を 引 用 し て 、 因 不 可 得 な れ ば 諸 法 は 本 不 生 な る こ と を 示 し ま た 因 不 可 得 を 覺 る 世 界 は 、 即 ち 本 不 生 際 な る こ と を 示 さ れ て ゐ る 。 す な は ち 曰 く 、 當 知 。 阿 字 門 眞 實 義 亦 復 如 是 。 遍 一 切 法 義 之 中 也 。 所 以 者 何 。 以 一 切 法 無 不 從 衆 縁 生 。 從 緑 生 者 悉 皆 有 始 有 本 。 今 觀 此 能 生 之 縁 亦 復 從 衆 因 縁 生 。 展 轉 從 縁 誰 爲 其 本 。 如 是 觀 察 時 則 知 本

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不 生 際 。 是 萬 法 之 本 。 常 識 的 立 場 は 能 所 生 の 關 係 に 於 て 諸 法 を 觀 察 す る か ら 、 こ の 立 場 に 依 る 限 り は 諸 法 は 無 常 で あ り 、 苦 で あ り 、 無 我 で あ る が 、 本 不 生 際 な る 更 生 の 立 場 で は 、 す で に 能 所 生 を 超 え て ゐ る か ら 、 諸 法 は 本 不 生 な る 絶 對 の 相 に 於 て 捕 捉 さ れ る の で あ る 。 こ の 本 不 生 の 相 こ そ 諸 法 の 實 相 で あ る 、 さ れ ば 諸 法 の 實 相 は 本 不 生 際 に 於 て 初 め て 觀 照 さ れ る の で あ る 。 し か も こ の 本 不 生 際 な る 立 場 は 、 前 に も 述 べ た る 如 く 全 體 的 立 場 ︱ 時 間 的 に も 空 間 的 に も ︱ を 探 る こ と で あ る か ら 、 そ の 立 場 で は 嘗 て 無 常 で あ り 無 我 で あ る と さ れ た る 現 象 が 、 法 界 発 展 の 曼 茶 羅 相 と し て 受 け と ら れ る の で あ る 。 實 に ﹁ 一 心 法 界 猶 如 一 虚 常 住 。 塵 數 智 慧 譬 如 三 辰 本 有 ﹂ (吽 字 義 ) で あ る 。 ま た 大 疏 第 七 卷 廿 五丁 に は 、 因 亦 是 法 界 。 縁 亦 是 法 界 。 因 縁 所 生 法 亦 是 法 界 。 と 述 べ て 、 本 不 生 際 の 風 光 を 巧 に 道 破 し て ゐ る 。 か く の 如 く に し て 吾 人 は 、 現 象 の 第 一 原 因 不 可 得 か ら 本 不 生 際 な る 新 し き 立 場 を 獲 得 し 、 そ こ に 於 て 諸 法 の 實 相 を 體 認 し 、 密 教 の 所 謂 曼 茶 羅 海 會 を 味 得 す る の で あ る 。 以 上 の 叙 述 に 依 つ て 理 解 す る 如 く 、 眞 言 密 教 で は 自 己 並 に 諸 法 を ば 、 客 觀 的 に 考 察 し て 非 第 一 原 因 に 到 達 し 、 更 に 非 第 一 原 因 か ら 諸 法 本 不 生 に ま で 進 む で 、 こ ゝ に 本 不 生 際 な る 最 後 的 絶 對 肯 定 の 立 場 を 獲 得 し 、 す べ て を こ の 立 場 か ら 觀 察 す る の で あ る 。 密 教 が 表 徳 の 法 門 と い は る ゝ の も 宜 な る か な で 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一九 一

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一九 二 あ る 。 ( 一 )宇 井 伯 壽 著 ﹁印 度 哲 學 研 究 ﹂第 二 、 三 二 四 頁 以 下 参 照 。 四 大 乗 佛 教 で は 、 三 界 唯 心 の 思 想 を 基 調 と し て 、 自 心 を 諸 法 の 根 源 と し て ゐ る 、 今 そ の 一 例 と し て 大 乗 起 信 論 の 文 を 擧 ぐ れ ば , 所 謂 法 者 、 謂 衆 生 心 。 是 心 則 攝 切 世 間 出 世 間 法 。 謂 ふ 所 の 衆 生 心 は 人 間 的 存 在 の 全 體 を 指 せ る も の で 、 單 な る 精 神 活 動 の み の 謂 で は な い 、 彼 の 釋 論 第 一 卷 拝 に ﹁ 一 法 界 藏 と は 、 所 謂 諸 の 如 來 衆 と 、 諸 の 菩 薩 衆 と 、 諸 の 聲 聞 衆 と 、 諸 の 緑 覺 衆 と 、 及 び 諸 の 異 生 と に 偏 じ て 、 通 せ ざ る と こ ろ 無 く 至 ら ざ る こ と 無 く 、 當 ら ざ る と こ ろ 無 し 、 ﹂ と 述 べ て 、 衆 生 心 が 一 切 の 衆 生 界 に 遍 在 す る こ と を 闡 明 し て ゐ る 。 常 識 的 に 考 へ ら れ て ゐ る 自 己 は 、 外 界 の 他 に 對 す る 自 己 で あ つ て 、 刻 々 に 生 滅 變 化 す る 所 の 無 常 體 で あ る 、 随 つ て 常 識 的 な 自 己 に 執 着 す る 限 り 自 己 は 無 常 で あ り 、 苫 で あ り 、 空 で あ り 、 無 我 で あ る 、 か く て こ ゝ に も 佛 教 の 無 常 觀 が 適 用 さ れ て 、 自 己 の 無 常 を 識 り 、 無 我 を 覺 る の で あ る 。 し か し こ の 無 我 な る 意 味 は 、 前 項 に も 述 べ た る 如 く 自 己 の 無 自 性 を 識 る こ と に 依 っ て 、 新 し き 立 場 に 更 生 す る こ と で あ る 、 無 我 が 身 心 都 滅 の 無 除 涅 槃 で な い こ と は 夙 に 大 乗 佛 数 の 教 ふ る 仮 で あ る 。 さ れ ば 無 我 は 自 己 否 定 に 依 つ て 更 生 の 立 場 を 設 定 す る こ と で あ る 。 常 識

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的 に 考 へ ら れ て ゐ る 自 己 は 、 す で に 考 へ ら れ た 自 己 で あ つ て 本 當 の 自 己 で な い 、 考 へ ら れ た も の は 抽 象 的 で あ つ て 、 眞 に 生 活 し つ ゝ あ る 自 己 の 實 體 と は 別 の も の で あ る 、 す べ て 自 己 に 依 つ て 捕 捉 さ れ た る も の は 、 月 己 の 實 體 で な く 、 寧 ろ 能 く 捕 捉 す る 所 の も の が 本 當 の 自 己 な の で あ る 。 だ か ら 自 己 の 實 盤 は 吾 人 の 對 象 と な ら な い も の で あ つ て 、 普 通 に 謂 ふ 所 の 自 己 の 無 い 境 地 に 息 づ い て ゐ る の で あ る 。 こ の ﹁ 自 己 の 無 い ﹂ 境 地 は 無 我 觀 に 依 つ て 招 か る ゝ 新 し き 立 場 で あ つ て 、 そ こ に 初 め て 自 己 の 如 實 相 が 體 現 さ る ゝ の で あ る 、 か ゝ る ﹁ 自 己 の 無 い ﹂ 直 接 的 な る 境 地 を 三 摩 地 と 稱 す る こ と は 既 に 吾 人 の 知 る 紋 で あ る 。 無 畏 の 禪 要 升 四 に は 三 摩 地 者 。 更 無 別 法 。 直 是 一 切 衆 生 自 性 清 浮 心 。 と い ひ 。 高 祖 は ま た 秘 藏 寳 鑰 卷 下 秘 密 荘 嚴 心 の 項 に 菩 提 心 論 の 文 を 引 用 し て 、 即 此 三 摩 地 者 。 能 達 鴨諸 佛 自 性 。 悟 昌諸 佛 法 身 。 證 法 界 體 性 智 。 成 大 毘 盧 遮 那 佛 自 性 身 受 用 身 變 化 身 等 流 身 。 と 述 べ ち る 。 か や う に 三 摩 地 の 世 界 は 自 己 の 源 底 に 徹 し て 、 人 間 的 存 在 が 完 全 に 統 一 せ ら れ 、 自 己 の 實 體 が 活 躍 し つ ゝ あ る の 境 地 で あ る 。 大 日 經 に い へ る 如 實 知 自 心 の 世 界 も , つ ま り こ の 三 摩 地 の 立 場 を 獲 得 す る に 外 な ら な い の で あ る 。 そ れ で 三 摩 地 の 立 場 で は す べ て が 絶 對 中 道 に 於 て 觀 照 せ ら れ 、﹁ 知 る こ と ﹂ と ﹁ 在 る こ と ﹂ と が 全 く 一 致 し て 受 け と ら れ る の で あ る 、 智 と 存 在 が 一 な る こ と は 即 ち 三 昧 耶 弘 法 大 節 と 興 教 大 節 と の 思 想 的 立 場 一 九 三

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 四 身 で あ つ て 、 最 も 深 い 意 味 で の 象 徴 で あ る 、 本 宗 で 人 法 不 二 と い ふ は こ ゝ を 表 現 し た も の で あ る 。 か く す べ て が 三 昧 耶 身 と し て 顯 現 す る と こ ろ は 、 所 謂 曼 茶 羅 海 會 で あ り 、 一 切 智 々 の 世 界 で あ る 。 ( 一 ) 釋 論 第 一 卷 三 十四丁 、 ﹁ 何 散 不 二 摩 訶 衍 法 無 因 線 耶 。 是 法 極 妙 甚 深 獨 尊 。 離 機 根 故 。 何 故 離 機 。 無 機 根 故 。 何 須 遣 立 。 非 建 立 。 故 。 云 々 ﹂ 以 下 参 照 。 ( 二 )高 祖 の 三 昧 耶 戒 序 全 集 卷 五 一 三 六 頁 、 に 曰 く 。 大 砒 盧 遮 那 四 種 法 身 四 種 曼 茶 羅 。 皆 是 一 切 衆 生 本 來 平 等 共 有 。 雖 然 被 五 障 之 覆 弊 依 三 妄 之 雲 翳 不 得 覺 悟 。 若 能 觀 日 月 之 輪 光。 誦 聲 字 之 眞 言。 発 三 密 之 加 持。 揮 四 印 之 妙 用。 則 大 日 之 光 明 廓 周 法 界。 無 明 之 障 者 忽 歸 心 海。 無 明 忽 爲 明 毒 薬 乍 爲 薬。 五 部 三 部 之 尊 森 羅 圓 現 。 刹 塵 海 滴 之 佛 忽 然 涌 出 。 住 此 三 昧 多 秘 密 三 摩 地 。 開 山 の 秘 鍵 略 註 全 集 二 八 八 頁 に 曰 く 、 三 摩 地 。 定 之 梵 號 。 即 是 妙 覺 輪 園 之 深 禪 。 大 智 相 應 之 勝 定 。 秘 鍵 の 快 鈔 一 十 三 丁 等 参 照 。 五 吾 人 は 客 觀 的 考 察 か ら 本 不 生 際 に 到 達 す べ き こ と を 述 べ た が 、 こ の 本 不 生 際 は 即 ち 經 驗 世 界 の す べ て は 本 不 生 に し て 、 そ の 無 常 な る 相 の ま ゝ に 絶 對 常 住 な る を 洞 察 し た 世 界 で あ る 、 換 言 す れ ば 諸 法 の 宇 宙 に 於 け る 位 置 を 永 遠 の 上 に 體 認 す る こ と で あ る 。 こ れ は 前 述 の 如 く 經 驗 世 界 の 無 常 觀 を 通 し て 、 新 し く 設 定 さ れ た る 立 場 か ら 諸 法 を 再 認 し た も の で あ る 。 こ の 場 合 能 く 體 認 す る 主 觀 そ の も の は 、 時 室 の 形 式 に 制 約 さ る ゝ 底 の も の で な く 、 寧 ろ 一 般 認 識 の 根 底 を な す 絶 對 的 の も の で あ る 。 そ れ は 一 般 認 識 の 絶 對 否 定 に 於 て 初 め て 働 き か け る と こ ろ の 始 覺 般 若 智 で あ る 。 こ ゝ に 謂 ふ 絶 對 否 定 と は 、 即

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ち 一 般 認 識 が 絶 對 智 の 上 に 更 轉 す る こ と で あ つ て 、 謂 は ゆ る 轉 識 得 智 と 稱 せ ら る ゝ も の で あ る 。 若 し 本 不 生 際 に 於 て 諸 法 の 實 相 を 體 認 す れ ば 、 九 識 が 轉 じ て 五 智 と な る の で あ る 。 五 智 は 即 ち 一 切 智 々 で あ り 、 ま た 一 切 智 々 を 獲 得 す る こ と は 即 ち 如 實 知 自 心 で あ る か ら (大 日 經 住 心 品 ) 、 本 不 生 際 を 證 得 す る こ と は 、 や が て 如 實 知 自 心 と 一 致 す る の で あ る 。 如 實 知 自 心 は ま た 前 述 の 三 摩 地 で あ る か ら 、 所 詮 本 不 生 際 と 三 摩 地 と は 同 一 の 世 界 な る こ と が 理 解 さ れ る 。 そ れ で 我 が 密 教 は 、 三 摩 地 並 に 本 不 生 際 の 立 場 か ら 經 驗 世 界 を 眺 め て 、 所 謂 表 徳 の 法 門 を 開 陳 す る の で あ る 。 高 祖 は 顯 教 が 言 断 心 滅 の 極 致 と せ る 世 界 を 立 場 と し 、 そ こ か ら 現 象 を 觀 照 せ ら れ た の で あ る か ら 、 す べ て は 是 れ 如 來 の 三 昧 耶 身 な り と 喝 破 さ れ た の で あ る 。 顯 教 が 以 て 不 可 説 と せ る 果 分 を ば 、 本 不 生 際 に 立 脚 し て 遺 憾 な く 道 破 さ れ た の が 、 六 大 四 曼 三 密 の 教 綱 で あ る 。 だ か ら 高 祖 の 言 葉 は 全 く 秘 密 語 で あ り 、 如 義 語 で あ る 。 ( 一 ) 冠 註 即 身 義 上 廿 三 丁 。 唯 識 論 第 十 卷 十 四 丁 等 参 照 。 ( 二 ) 高 祖 の ﹁ 雑 問 答 ﹂ 第 十 七 眞 言 二 字 義 全 集 十 一卷 一 七 九 頁 。 大 疏 第 七 卷 十 二 丁 等 参 照 。 ( 三 ) ﹁ 二 教 論 ﹂ に に 、 顕 教 の 極 致 に 、 漸 く 密 教 の 入 門 な る こ と を 示 し て 、 入 道 初 門 と か 、 助 佛 道 初 門 な ど ゝ 説 く 。 ﹁ 賓 鑰 ﹂ に ば 顯 藥 沸 塵 、 眞 言 開 庫 云 々 と い ふ 。 六 以 上 數 項 に 亘 つ て 高 祖 の 思 想 的 立 場 を 述 べ た が 、 然 ら ば 開 山 の 思 想 的 立 場 は 如 何 で あ る か と い ふ に 、 こ れ を 一 言 に し て 盡 さ ば 、 開 山 は 高 祖 の 立 場 を 最 も 忠 實 に 繼 承 さ れ た も の で 、 高 祖 の 立 場 と 全 く 同 一 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 五

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 六 で あ る と 云 は ね ば な ら ぬ 。 開 山 御 在 世 當 時 に は 高 祖 の 遺 風 漸 く 地 を 彿 は ん と し 、 事 教 二 相 に 亘 つ て 異 義 百 出 し 、 そ の 何 れ を 探 る べ き や に 躊 躇 せ ざ る を 得 な い 状 態 で あ つ た か ら 、 我 が 開 山 は 、 夢 裏 有 無 有 無 同 無 迷 中 是 非 是 非 倶 非 濁 水 清 澄 既 是 珠 力 妄 去 眞 來 豈 非 智 用 と 絶 叫 し て 身 を 以 て 精 進 せ ら れ た の で あ る 。 實 修 の 必 須 な る 密 教 に あ り て は 特 に さ う で あ る 。 否 寧 ろ 實 修 實 行 を 離 れ て は 、 密 教 の 教 學 も 思 想 も 有 り 得 な い と い ふ も 、 敢 へ て 過 言 で あ る ま い と 信 す る 。 乃 ち 開 山 は 兎 や 角 迷 中 の 是 非 を 論 す る よ り 、 先 づ 高 祖 の 提 斯 の ま ゝ に 深 信 決 定 し て 、 如 法 に 修 學 練 行 す べ き を 自 覺 せ ら れ 、 多 年 精 進 の 結 果 途 に 初 位 の 三 昧 を 證 得 せ ら れ た の で あ る 。 高 祖 立 教 の 旗 幟 は 即 身 成 佛 で あ つ た が 、 こ の 即 身 成 佛 を ば 單 に 思 想 的 に 理 解 す る の み な ら す 、 正 し く 身 に こ れ を 體 現 せ ら れ た の で あ る か ら 、 そ の 思 想 的 立 場 が 如 何 で あ つ た か は 贅 言 を 要 し な い で あ ら う 。 寧 ろ 私 は い ふ 、 も は や こ の 地 か ら 失 は れ ん と し た る 高 祖 の 即 身 成 佛 が 、 我 が 開 山 に 依 つ て 再 現 し た の で あ る 、 若 し 夫 れ 開 山 無 か り せ ば 、 我 が 密 教 の 運 命 や 如 何 に 云 々 と 。 し か し 開 山 の 選 述 に 就 て そ れ を 論 證 せ ん と せ ば 、 五 輪 九 字 秘 釋 に 於 け る 顯 密 二 教 の 比 較 (全 集 三 頁 以 下 )、 顯 密 不 同 章 ( 全 集 一 二 頁 )、 秘 蜜 荘 嚴 不 二 義 章 (全 集 一 二 五 頁 ) な ど を 繙 け ば 明 瞭 な る を 得 や う 。 な ほ 五 輪 九 字 秘 釋 の 第 二 正 入 秘 密 眞 言 の 條 下 (全 集 五 頁 以 下 )を 披 見 せ ば 、 高 祖 の 思 想 が 如 何 に 明 確 に 、 如 何 に 徹 底 的 に 再 現 さ れ て ゐ る か を 知 る で あ ら う 。 今 は か ゝ る 論 證 を す る 遑 も な い の で あ る か ら す べ て を 省 略 す る が 、 心 あ ら ん 讀 者 は 是 非 披 覧 せ ら れ た い 。

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か や う に 云 つ て 仕 舞 へ ば 何 の 所 詮 も な い の で あ る が 、 實 は 開 山 の 選 述 を 通 覧 す る に 、 部 分 的 に は 高 祖 の 立 場 と 相 異 す る か の や う に 見 受 け ら る ヽ 貼 が 全 く 無 い 譯 で は な い 、 そ れ 等 疑 義 を 生 す べ き も の の う ち 、 法 界 身 を 立 て ゝ 五 種 法 身 説 を 案 立 さ れ た 鮎 と 、 彌 陀 信 仰 に 依 る 往 生 思 想 を 鼓 吹 さ れ た 點 と が 特 に 目 に つ く で あ ら う 、 そ れ で 私 は こ の こ 問 題 を 槍 討 し て 、 高 祖 の 思 想 と 如 何 な る 關 係 に あ る か を 明 か に し た い と 思 ふ 。 ( 一 )五 輪 九 字 秘 釋 (全 集一 四 頁 ) に 曰 く 、 三 藏 云 。 余 依 金 剛 智 三 藏。 傳 此 五 字 起 信 。 信 之 及 一千 日。 於 秋 夜 満 月 忽 然 而 得 除 蒸 障 三 昧 云 々。 因 叢 弟 子 得 聞 此 秘 訣。 深 信 多 年 修 之 既 得 初 位 三 昧。 有 信 禪 徒 勿 生 疑 惑。 若 オ 虚 言 修 之 自 知 。 七 四 種 法 身 が 説 か れ た 本 來 の 趣 旨 は 、 大 日 如 來 の 化 他 大 悲 を 開 示 す る に あ る 。 然 る に 密 教 に て は 不 二 門 の 立 場 か ら 五 佛 三 十 七 尊 乃 至 刹 塵 の 佛 が 、 各 々 に 五 智 三 十 七 智 乃 至 刹 塵 の 智 を 具 足 し て 主 伴 重 々 で あ る と す る か ら 、 化 他 大 悲 の 身 雲 と し て 開 示 さ れ た 四 種 法 身 も 、 平 等 門 に 約 す れ ば 皆 悉 く 五 智 具 足 の 佛 身 で あ る と す る 。 高 祖 が 二 激 論 下 卷 に 瑜 祇 經 の ﹁ 以 五 智 所 成 四 種 法 身 ﹂ な る 文 を 引 い て 、 四 種 法 身 に 横 竪 自 利 々 他 の 兩 面 あ る こ と を 註 せ ら る ゝ も 、 畢 竟 如 上 の 意 味 を 示 さ れ た の で あ る 。 か や う に 四 種 法 身 に 横 竪 の 兩 面 あ る が 爲 め 、 本 宗 で は 四 種 法 身 を 取 扱 ふ 上 に 三 種 の 義 門 が あ る と さ れ て ゐ る 、 即 ち 毘

弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 七

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一 九 八

も の で 所 謂 自 利 自 證 で あ り 、 第 三 の 本 影 合 論 の 四 身 は 、 竪 差 別 の 立 場 か ら 觀 察 し た も の で 、 所 謂 利 他 門 で あ る 、 し か し て 第 一 の 毘 盧 遮 那 具 體 の 四 身 は 、 不 二 獨 一 法 身 か ら 考 察 し た も の で 、 自 證 化 他 の 對 立 を 超 越 せ る も の で あ る 。 開 山 が 其 言 所 學 釋 摩 訶 衍 論 指 事 の 中 に (全 集 三 〇 八 頁 )﹁ 不 二 法 身 獨 具 足 利 他 四 法 身 故 ﹂ と 述 べ ら れ た る は 、 即 ち 毘 盧 遮 那 具 體 り 四 身 で あ り 、 ま た 同 く 指 事 に ( 全 集 三 〇 九 頁 ) 三 辭 無 礙 者 。 不 二 法 身 不 壊 假 名 説 字 字 等 實 相 故 。 四 種 法 身 横 平 等 之 (之 恐 故 字 )。 自 受 法 樂 故 。 と あ る は 、 自 性 會 の 四 身 で あ る 。 ま た 同 書 に 四 樂 説 無 礙 者 。 四 種 法 身 竪 差 別 故 。 利 他 故 。 及 説 顯 教 故 。 と あ る は 、 即 ち 本 影 合 論 の 四 身 で あ る 。 か く の 如 く 兩 大 師 を 初 め 一 般 に 三 種 の 四 身 説 が 説 か れ て ゐ る け れ ど も 、 つ ま り そ れ ら は 立 場 の 相 異 に 依 る 三 義 門 で あ つ て 、 四 種 法 身 本 來 の 取 扱 は 竪 差 別 で あ ら ね ば な ら ぬ 、 若 し 獨 一 法 身 或 は 自 性 會 の 立 場 の み な ら ば 恐 ら く 四 種 法 身 な ど 説 か れ な か つ た で あ ら う 。 由 來 三 身 説 に し ろ 四 身 説 に し ろ 差 別 身 を 説 く こ と は 、 所 化 の 機 に 對 し て 爲 さ れ た も の で 、 佛 自 ら に 於 て は 寧 ろ 關 る こ と 無 き も の で あ る 、 さ れ ば 四 種 法 身 の 基 本 的 意 義 ば 差 別 門 に あ る と 言 は ね ば な ら ぬ 。 そ れ で 吾 人 は こ の 竪 差 別 的 立 場 か ら 四 種 法 身 の 内 容 的 意 義 を 考 察 す る こ と と す る 。 さ て 我 が 密 教 で は 胎 金 兩 部 を 説 い て 理 智 の 兩 曼 茶 羅 と し て ゐ る が 、 一 體 そ れ は 如 何 な る 意 味 で あ る か 、 普 通 に は 胎 藏 は

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本 有 の 理 體 で あ り 、 金 剛 は 修 生 の 智 體 で あ る と さ れ て ゐ る 、 さ れ ば 胎 藏 部 は 當 爲 と し て の 蟹 の 世 界 (本 不 生 際 ) を 開 示 し た も の で あ り 、 金 剛 部 は 現 實 の 生 命 と な b た る 覺 の 世 界 (三 摩 地 ) を 開 陳 し た も の で あ る と 解 し て 差 問 な い で あ ら う 。 何 れ に し て も 密 教 の 覺 の 世 界 な る 點 は 同 一 で あ る が 、 た や 説 く 場 合 に 於 け る 取 扱 ひ 方 が 異 つ て ゐ る の み で あ る 、 こ れ は 前 に も 述 べ た る 如 く 覺 の 理 想 境 を 客 觀 的 に 取 り 扱 ふ か 、 主 觀 的 に 考 察 す る か に 因 つ て 分 れ て 來 る 相 異 で あ る 、 し か し 説 か れ た る 覺 の 世 界 は 勿 論 同 一 の も の で あ る 、 だ か ら 東 密 で は 兩 部 の 而 二 に 即 し て 不 二 を 認 め 、 台 密 の 遮 二 詮 一 の 不 二 を 極 力 排 斥 し て ゐ る 譯 で あ る 。 以 上 の 叙 述 に 依 つ て 兩 部 を 理 智 本 修 と す る 意 味 が 解 つ た で あ ら う し 、 ま た 随 っ て 胎 大 日 を 理 法 身 と し 、 金 大 日 を 智 法 身 と す る 意 味 も 理 解 さ れ た こ と と 思 ふ 。 か く の 如 く 金 胎 各 の 立 場 を 異 に し な が ら 、 同 じ く 覺 の 世 界 を 開 示 し た も の な れ ば 、 金 胎 兩 部 に そ れ ぐ 四 種 法 身 が 説 か る ゝ 筈 で あ る 。 二 教 論 下 に 引 證 せ ら る ゝ 瑜 祇 經 所 説 の 四 身 は 金 界 、 大 日 經 所 説 の 四 身 は 台 界 で あ る と 云 は る 、 こ と も 、 如 上 の 意 味 か ら 理 解 さ れ る の で あ る 。 か く 兩 部 各 別 に 四 種 法 身 あ b と は い へ 、 そ の 意 味 は 何 等 異 る と こ ろ な く 、 全 く 同 一 に 解 し て 少 し の 差 間 も な い の で あ る 。 さ て そ こ で い よ く 四 種 法 身 の 説 明 に 移 る こ と と す る が 、 初 め に 自 性 法 身 と は 、 大 日 法 身 の 法 性 自 體 で あ る 、 因 果 染 浮 等 の 對 立 を 絶 し た る 自 然 の 體 性 で あ る か ら 自 性 と い ふ の で あ る 。 次 に 受 用 身 は 大 日 如 來 の 智 用 で あ る 、 即 ち 自 性 身 が 静 的 體 性 な る 對 し 、 受 用 身 は 動 的 智 用 で あ る 、 さ れ ば こ の 受 用 身 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 一九 九

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 〇 に 自 受 用 (自 證 ) と 他 受 用 (化 他 ) と あ る 。 次 に 變 化 と 等 流 と の 二 身 も 受 用 身 と 同 じ く 大 日 如 來 の 智 用 で あ る が 、 機 根 の 差 別 に 随 つ て 區 別 さ れ た も の で あ る 。 今 の 吾 人 に 必 要 な る は 自 性 と 受 用 と の 二 身 で あ る か ら 、 變 化 等 流 の 考 察 は こ れ で 止 め る こ と と す る 。 前 述 の 如 く 自 性 身 は 大 日 法 身 の 自 性 で あ る か ら 全 く 静 的 の も の な る に 拘 は ら す 、 古 來 自 性 身 に 理 法 身 と 智 法 身 と あ る と さ れ て ゐ る が 、 こ の 場 合 の 智 法 身 は 一 體 如 何 な る 内 容 を 持 つ で あ ら う か 、 普 通 に は 自 受 用 智 身 と 同 一 と さ れ て ゐ る け れ ど も (眞 言 名 目 十 九 丁 等 )、 こ ゝ に 疑 問 な き を 得 な い 、 何 ん と な れ ば 元 來 自 性 身 は 體 性 に 名 け た も の で あ る か ら 智 作 用 を 具 有 し な い 筈 で あ る 、 否 若 し 具 有 す る と す る な ら ば 、 そ れ は 理 體 に 即 す る 智 用 で あ つ て 、 何 處 ま で も 修 生 顯 得 な る 自 受 用 智 身 と は 別 な も の で あ る . 自 性 身 所 具 の 智 は 本 有 本 覺 の 智 で あ る 。 平 等 門 か ら す れ ば 本 有 智 も 修 生 智 も 平 等 不 二 で あ る が 、 四 種 法 身 は 差 別 門 の 施 設 な れ ば 、 何 處 ま で も 差 別 的 立 場 で 考 察 せ ね ば な ら ぬ 、 若 し 平 等 的 立 場 を 固 執 す る な ら ば 、 四 種 身 を 建 立 し た る 意 義 を 全 く 没 却 し て 仕 舞 ふ で あ ら う 、 仍 て 自 性 身 に 智 用 を 内 具 す る と も 、 そ れ は 本 有 本 覺 の 智 で あ つ て 、 自 受 用 身 の 修 生 始 覺 智 と 同 一 視 す る こ と は 不 可 で あ る 。 然 し な が ら 秘 藏 記 本 十 六 丁 右 に は 、 亦 據 人 喩 。 四 大 和 合 所 成 身 是 即 體 。 手 足 屈 申 取 捨 是 即 用 。 眼 耳 鼻 等 一 切 好 醜 是 即 相 。 地 水 火 風 是 即 性 。 性 相 體 用 不 相 離 而 各 各 宛 然 。 是 故 稱 性 相 共 本 有 一耳 。 と 説 き 、 ま た 五 輪 九 字 秘 釋 (全 集 三 一 頁 ) に は 、

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あ る 。 ︱ 右 引 證 の 二 文 の う ち 性 と 心 と 異 れ ど も こ の 二 者 は 畢 竟 同 一 で あ る 、 (呆 賓 私 鈔 十 十丁 ) ︱ 而 し て 前 掲 の 秘 藏 記 の 文 意 か ら す れ ば 、 性 相 共 に 本 有 な る が 故 に 、 自 性 身 の 上 に も 智 作 用 の あ る こ と は 明 か な れ ど も 、 そ れ は 本 有 で あ る し 、 ま た 不 二 平 等 門 の 所 談 で あ る 。 今 は 高 祖 の 宣 べ 給 へ る 随 縁 竪 差 別 の 立 場 で あ る か ら 、 性 相 本 有 の 理 由 に 由 つ て 自 性 身 の 上 の 智 法 身 を ば 、 直 に 受 用 智 法 身 と 同 一 親 す る の は 早 計 で あ る 。 か く の 如 く に し て 自 性 身 は 何 處 ま で も 本 有 體 性 で あ つ て 、 受 用 身 と 對 立 的 な 關 係 の も の で あ る 。 と こ ろ が ま た 高 祖 は 二 教 論 上 卷 に 於 て 、 喩 日 。 所 謂 不 二 摩 訶 衍 及 圓 圓 海 徳 諸 佛 者 。 即 是 自 性 法 身 。 是 名 秘 密 藏 。 と 述 べ 給 へ る 如 く 自 性 身 を 以 て 餘 三 身 の 総 體 と せ ら る ゝ こ と も あ り 、 ま た 一 面 に は 之 れ に 相 異 し て 自 性 身 も 籐 三 身 と 同 じ く 所 現 の 別 徳 と せ ら る ゝ こ と も あ る 。 秘 藏 賓 鑰 下 卷 の 終 り に 、 眞 言 齋 教 兩 部 秘 藏 是 法 身 大 毘 盧 遮 那 如 來 。 與 自 卷 屬 四 種 法 身 。 住 金 剛 法 界 宮 及 眞 言 宮 殿 等 。 自 受 法 樂 故 所 演 説 。 と 述 べ 給 へ る は 即 ち そ の 一 例 で あ る 。 か く の 如 く 自 性 身 を ば 総 別 の 二 様 に 解 し 給 へ る は 一 體 何 に 由 る 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 一

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 二 の で あ る か 、 是 れ は 可 成 難 解 な 點 で あ る が 、 然 し ま た 可 成 重 要 な 點 で も あ る 。 惟 ふ に 高 祖 は 四 種 法 身 の 各 , に 法 爾 と 随 縁 と あ る こ と を 聲 字 義 に 説 い て ゐ ら れ る か ら 、 自 性 身 を 理 智 不 二 の 絶 對 能 現 の 身 と せ ら る ゝ の は 、 多 分 法 爾 門 の 立 場 で 説 か れ た も の で あ ら う 、 随 縁 門 な ら ば 高 祖 自 ら も 云 は る ゝ 如 く 、 大 小 麓 細 等 の 區 別 次 第 が あ つ て 、 自 性 身 は 何 處 ま で も 餘 三 身 の 智 的 活 動 體 な る に 對 し て 静 的 理 體 で あ ら ね ば な ら ぬ 、 こ の 意 味 で は 自 性 身 と 受 用 身 と は 對 立 的 關 係 の も の で あ つ て 、 総 別 能 所 現 の 關 係 で は な い の で あ る 。 然 る に 法 爾 門 に 在 り て は 理 智 不 二 平 等 で あ る か ら 、 自 性 理 法 身 に も 智 作 用 を 具 有 し て ゐ て 、 所 謂 理 智 不 二 の 絶 對 法 身 と 見 る こ と も 可 能 で あ る 。 さ れ ど 四 種 法 身 建 立 の 基 本 的 意 義 は 随 縁 差 別 門 に あ る を 以 て 、 自 性 身 を 絶 對 能 現 の 身 と す る 高 祖 の 一 説 は 、 法 爾 不 二 門 に 依 る 一 邊 の 義 理 と し 、 表 た る 當 然 の 解 釋 と し て は 四 種 身 共 に 所 現 と す べ き で あ る 。 か く の 如 く に し て 自 性 身 と 自 受 用 身 と は 本 有 理 法 身 と 修 生 智 法 身 と で あ る か ら 、 そ の 關 係 は 全 く 相 關 的 の も の で あ る 、 即 ち 自 性 身 は 自 受 用 の 智 作 用 に 裏 づ け ら れ て 、 初 め て 自 然 理 法 身 た る の 意 義 を 爲 し 、 自 受 用 智 法 身 は ま た 自 性 身 の 理 體 に 即 す る こ と に 依 つ て 、 初 め て 智 法 身 と し て の 意 義 を 生 す る の で あ る 。 理 が 理 た ら ん に は 智 に 裏 づ け ら れ る を 要 し 、 智 が 智 た ら ん に は 理 に 即 せ ね ば な ら ぬ 。 か ゝ る 意 味 か ら し て 自 性 理 法 身 を 中 尊 と す る 胎 藏 曼 茶 羅 と 、 自 受 用 智 法 身 を 中 尊 と す る 金 剛 界 曼 茶 羅 と が 二 而 不 二 だ と 云 は れ る の で あ る 。 こ の 理 智 二 法 身 は 互 に 官 位 を 守 り な が ら 、 し か も 互 に 不 即 不 離 の 關 係 に あ る も の で あ る 。 彼 の 眞 言 淨 菩 提 心 私 記

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二丁

レ知

1之

弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 三

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 四 空 三 昧 故 。 四 種 法 身 是 心 王 法 界 之 體 自 性 受 用 變 化 等 流 四 義 也 。 と 述 べ 給 へ る 如 く 、 四 種 法 身 は 心 王 法 界 身 の 四 面 觀 と も い ふ べ き も の に し て 、 不 二 絶 對 身 の 内 徳 を 開 示 し た も の で あ る 。 ま こ と に 横 平 等 門 に 依 れ ば ﹁ 自 性 及 び 受 用 變 化 井 に 等 流 、 佛 徳 三 十 六 皆 同 く 自 性 身 ﹂ で あ る が (聖 位 經 。 異 本 即 身 義 五 全 集 卷 十 一 七 十 六 丁 、 に 依 る ) 、 竪 差 別 随 縁 の 立 場 で は 各 の 一 義 に 擦 つ て 成 立 し て ゐ る 。 讀 者 は 以 上 の 叙 述 に 依 つ て 既 に 推 知 さ れ た こ と と 思 ふ が 、 四 種 法 身 は 一 佛 の 四 方 面 で あ る の だ か ら 、 こ れ を 道 觀 す れ ば 四 種 法 身 な る 功 徳 を 具 有 す る 一 佛 が 存 在 す る と い ふ こ と に な る 。 所 謂 一 佛 と は 何 ぞ や 、 そ れ は 謂 ふ 迄 も な く 不 二 絶 對 身 で あ る 。 開 山 は こ の 不 二 絶 對 身 を ば 法 界 身 即 ち 六 大 法 身 と 稱 せ ら れ た の で あ る 。

一故

昌法

(五

)

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秘 藏 賓 鎗 下 卷 の 終 り に 、 眞 言 密 教 兩 部 秘 藏 是 法 身 大 毘 盧 遮 那 如 來 。 與 自 卷 屬 四 種 法 身 。 住 金 剛 法 界 宮 及 眞 言 宮 殿 等 。 自 受 法 樂 故 所 演 説 。 と 述 べ ら れ て あ る が 、 こ の 文 は 明 か に 四 種 法 身 を 自 卷 屬 と し 給 ふ 大 毘 盧 遮 那 如 來 を 示 し て ゐ る 。 さ れ ば 開 山 の 五 身 説 は 高 祖 に 在 り し も の を 明 瞭 に 且 つ 徹 底 さ れ た も の と 云 ふ べ き で あ る 。 ( 一 ) 二 教 論 卷 下 全 集 第 三 卷 五 〇 〇 頁 に 日 く 、 四 種 法 身 者 。 一 自 性 身 。 二 受 用 身 。 三 變 化 身 。 四 等 流 身 。 此 四 種 身 具 竪 横 義。 横 則 自 利 。 竪 則 利 他 。 深 義 更 問 ( 二 ) 縄 論 第 六 卷 十 五 丁 に 曰 く 、 次 説 無 相 現 應 門 者 。 自 性 身 體 空 寂 無 像 。 能 現 諸 像 讐 如 兎 角 自 體 空 無 善 能 出 生 一 切 角 故 。 謂 法 身 佛 唯 是 一 一 。 唯 是 寂 寂 。 亦 非 一 一 亦 非 寂 寂。 心 行 處 滅 言 語 道 斷 。 滅 滅 斷 斷 唯 阿 作 阿 故 。 所 以 者 何 諸 佛 如 來 唯 自 自 身 無 他 身 故 。 而 諸 衆 生 見 聞 得 益 。 自 心 量 中 獲 得 利 益。 法 均 體 中 無 有 關 故 。 な ほ 以 下 に 於 て 應 身 報 身 の 随 見 の 相 を 説 く 、 就 て 見 よ 。 ( 三 ) 聲 字 義 全 集 第 三 卷 五 三 三 頁 に 曰 く 、 上 所 説 依 正 土 並 通 四 種 身。 若 約 竪 義 有 大 小 鹿 細。 若 據 横 義 平 等 平 等 一 。 如 是 身 及 土 並 有 法 爾 随 緑 二 義。 故 日 法 然 随 緑 有 。 八 興 殺 大 師 の 撰 述 を 繙 く と き 彌 陀 信 仰 に 關 す る 文 献 の 多 き を 発 見 す る 。 然 ら ば こ の 彌 陀 信 仰 の 思 想 が 高 祖 の 思 想 と 如 何 な る 關 係 に あ る か 、 開 山 は 一 體 如 何 な る 思 想 的 立 場 よ り し て こ の 彌 陀 信 仰 の 問 題 を 取 扱 つ て ゐ ら る ゝ か 、 こ の 點 に 就 て 聊 か 槍 討 し て 見 た い と 思 ふ 。︱ こ れ は 開 山 の 思 想 的 立 場 を 決 定 す る に 大 な る 關 係 を 持 つ か ら で あ る 。 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 五

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 六 先 づ 開 山 の 撰 述 中 彌 陀 信 仰 の 代 表 的 述 作 と し て は 、 五 輪 九 字 明 秘 釋 と 阿 彌 陀 秘 釋 と が 擧 げ ら れ る で あ ら う 、 そ の 他 仔 細 に 點 検 す れ ば 、 一 期 大 要 秘 密 集 ( 全 集 一 四 四 頁 ) 、 阿 字 月 翰 觀 ( 全 集 三 九 二 頁 )、 無 常 導 師 表 白 (全 集 四 三 三 頁 ) 、 舎 利 供 養 式 (全 集 四 七 ご 頁 )な ど に も 斷 片 的 な が ら 散 見 し て ゐ る 。 な ほ 孝 養 集 ( 全 集 五 八 五 頁 ) に は 可 成 詳 細 に 亘 つ て 彌 陀 信 仰 が 鼓 吹 さ れ て ゐ る が 、 し か し こ の 書 物 は 僞 作 で あ る と す る 説 が 古 く か ら 傳 へ ら れ て ゐ る し 。 ま た 近 く は 中 野 達 慧 氏 が 本 誌 三 十 六 號 六 七 頁 に 於 て 、 こ 難 を 擧 げ て そ の 僞 作 な る こ と を 斷 言 し て ゐ ら れ る か ら 、 こ の 書 は 問 題 の 内 に 入 れ な い こ と と す る 。 さ て 右 に 掲 げ た る 撰 述 を 見 る に 、 開 山 の 彌 陀 觀 は 何 處 ま で も 大 目 法 身 の 別 徳 妙 觀 察 智 を 内 證 と し 給 へ る 彌 陀 で あ つ て 、 彼 の 淨 土 教 に 謂 ふ 所 の そ れ と は 全 く 別 な も の で あ る 、 随 つ て 大 日 と 彌 陀 と は 同 佛 で あ h , 密 嚴 淨 土 と 極 樂 淨 土 と は 同 處 で あ り 、 ま た 彌 陀 は 自 心 本 具 の 菩 提 心 の 外 に な く 、 極 樂 淨 土 は 現 實 の 娑 婆 世 界 を 離 れ て 存 在 し な い の で あ る 。 か ゝ る 彌 陀 觀 は 前 に 述 べ た る 本 不 生 際 若 く は 三 摩 地 の 立 場 に 在 り て は 寧 ろ 當 然 の こ と な の で あ る 。 高 祖 の 彌 陀 觀 と 開 山 の そ れ と が 如 何 に 一 致 し て ゐ る か を 證 せ ん が 爲 め 、 高 租 の 作 法 次 第 (或 云 無 量 壽 次 第 或 云 阿 彌 陀 次 第 ) の 所 説 と 、 開 山 の 五 輪 九 字 秘 釋 の 所 説 と を 對 照 し て 見 よ う 。 先 づ 作 法 次 第 (全 集 卷 六 、 五 〇 二 頁 ) に 説 き 給 ふ 。 是 字 (" 字 ) 變 成 八 葉 蓮 華 一〇 於 蓮 華 臺 上 有 觀 自 在 菩 薩 相 好 分 明 。 左 手 持 蓮 華 右 手 作 開 敷 蓮 華 勢 。

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(全

)

翻 つ て 開 山 の 秘 釋 (全 集 三 三 頁 ) に 出 し 給 へ る 秘 密 曼 茶 羅 を 見 る に 高 祖 の ﹁ 是 字 變 成 八 葉 蓮 華 云 云 ﹂ が 、中 台 と 第 二 重 と 成 り 、 次 に 高 祖 の 小 呪 曼 茶 羅 が 第 三 重 の 八 尊 と 成 つ て ゐ る こ と を 知 る 、 さ れ ば 兩 祖 の 御 意 は 全 く 同 一 で 、 高 祖 の も の が 開 山 に 於 て 一 層 徹 底 さ れ 完 結 さ れ た の で あ る 。 か や う に 開 山 の 彌 陀 觀 は 決 し て 新 し き も の で な く 、 高 祖 の 思 想 を そ の ま ゝ 繼 承 せ ら れ た の で あ る が 、 し か し 開 山 の 當 時 は 祖 會 一 般 に 彌 陀 信 仰 が 勃 興 し て . 世 を 歴 す る の 状 勢 で あ つ て 動 も す れ ば 淨 土 門 の 爲 め に 秘 密 聖 道 門 が 歴 倒 さ れ ん と す る

(全

)

西

往 生 難 易 有 執 使 然 而 已 。 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 七

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 八 と 述 べ 給 へ る に 徴 し て も 察 知 せ ら れ る 。 だ か ら 言 ひ 換 れ ば 、 開 山 の 彌 陀 觀 は 、 密 教 の 立 場 即 ち 高 祖 の 思 想 的 立 場 か ら 試 み ら れ た も の で 、 そ れ は 社 會 情 勢 に 樹 す る 意 圖 が 多 分 に 含 ま れ て ゐ た の で あ る 。 さ れ ば 開 山 の 彌 陀 觀 は 自 ら の 信 仰 問 題 に あ ら す し て 他 を 教 導 し 給 は ん が 爲 め で あ つ た 。 か ゝ る 仕 事 は 密 敢 的 信 念 に 燃 え さ せ 給 へ る 開 山 大 師 に し て 始 め て 爲 さ る ゝ も の で あ る 、 か く て 開 山 の 彌 陀 信 仰 論 は 却 て 高 祖 の 思 想 を 體 得 し 給 へ る 證 左 と し て 受 け 容 れ ら れ る の で あ る 。 然 し 讀 者 の う ち に は 開 山 の 撰 述 に 於 て 、 未 來 隔 生 成 佛 の 思 想 が 説 か れ て ゐ る か ら 、 そ れ は 高 祖 の 思 想 に 異 る も の で あ る と 批 難 す る 向 き も あ る か と 思 ふ か ら 、 そ れ に 就 て 一 言 し て 置 か う 。 五 輪 九 字 秘 釋 に 現 身 往 生 と 順 次 往 生 と の 機 根 を 立 て ら れ て ゐ る 、 こ の 中 現 身 往 生 は 謂 ふ 迄 も な く 現

す る も の な れ ば 、 高 祖 の 即 身 成 佛 と 同 義 で あ つ て 、 何 等 疑 義 を 生 す べ き 餘 地 も な い が 、 順 次 往 生 は そ の 意 味 多 少 不 明 な れ ば 古 來 異 説 多 く 、 現 世 往 生 か 隔 生 往 生 か 、 果 し て 何 れ に 解 す べ き や 甚 だ 疑 は し き 點 が 存 す る 、 こ れ が 爲 め 今 私 は 五 輪 九 字 秘 釋 に 示 さ る ゝ と こ ろ に 随 っ て 、 そ の 眞 意 を 探 求 す る こ と と す る 。 開 山 は 同 秘 釋 第 入 即 身 成 佛 行 異 門 ( 全 集 四 〇 頁 ) に 於 て 、 即 身 成 佛 の 行 に 深 智 相 應 印 明 行 、 事 觀 相 應 結 誦 行 、 唯 信 作 印 誦 明 行 、 随 於 一 .密 至 功 行 の 四 種 あ り と し 、 更 に 第 四 の 随 於 一 密 至 功 行 を 説 明 し て 、 第 四 行 設 無 昌餘 二 行 及 廣 智 。 唯 親 一 義 解 一 法 至 心 修 行 故 。 即 身 成 佛 故 。 設 且 無 一 法 智 慧 及 餘 二 行 。

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唯 以 信 爲 門 。 觀 字 形 成 佛 。 觀 一 印 形 三 摩 耶 形 成 佛 。 觀 一 尊 形 相 之 一 相 而 成 佛 。 及 無 餘 行 唯 誦 一 明 一 字 成 佛 。 並 結 印 契 。 且 無 餘 密 行 唯 相 應 必 定 即 身 成 佛 故 。 総 云 爾 也 。 と 述 べ ら る 。 こ れ に 依 れ ば 所 謂 但 信 行 淺 の 人 も 即 身 成 佛 す る も の な る こ と が 明 か に し て 、 そ れ は ま た 如 何 な る も の も 秘 密 の 法 門 に 遇 ふ と き は 必 す 即 身 成 佛 す べ き も の な る を 指 示 し て ゐ る 。 さ れ ば 開 山 は 高 祖 と 同 じ く 即 身 成 佛 を 力 説 さ れ た こ と が 窺 知 さ れ る 、 然 る に 衆 生 の 性 欲 萬 差 に し て 、 若 し 未 來 に 往 生 を 期 す る が 如 き も の あ ら ん に 、 か ゝ る も の に 對 し て は ま た 未 來 往 生 を も 可 能 な る こ と を 示 し て ︱

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二 種 あ り と さ れ た の で あ る 。 さ れ ば 開 山 の 御 意 は 、 秘 密 の 五 翰 門 は 即 身 成 佛 の 直 路 を 示 す 深 教 で あ る が 、 若 し 好 む で 未 來 往 生 を 希 ふ も の あ ら ば 、 勿 論 そ の 所 願 の 如 く 未 來 往 生 も 可 能 な る こ と を 指 示 さ れ た も の で あ る 。 仍 て 現 身 と か 順 次 と か 稱 す る は 、 機 根 の 上 に 於 け る 問 題 で あ つ て 、 法 門 の 上 に は 別 異 な い の で あ る 。 げ に 本 不 生 際 に 立 脚 す れ ば ﹁ 安 立 無 量 乗 ﹂ と 言 へ る 疏 家 の 意 も 、 ま た ﹁ 顯 密 は 人 に 在 り 聲 字 は 即 ち 非 な り ﹂ と 喝 破 さ れ た る 高 祖 の 眞 意 も 能 く 理 解 さ れ る の で あ る 。 然 し て 順 次 往 生 が 隔 生 往 生 な る こ と は 、 開 山 の 用 語 の 上 か ら 觀 て 明 か で あ る 。 例 へ ば 、 章 提 月 蓋 途 昌現 身 於 往 生 。 龍 樹 護 法 期 三順 次 往 生 (五 輪 九 字 秘 釋 全 集 三 六 頁 )。 解 怠 小 機 者 塗 順 次 往 生 之 大 願 。 精 進 大 機 者 得 現 身 成 佛 之 悉 地 。 ( 一 期 大 要 秘 密 集 全 集 一 五 七 頁 )。 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 〇 九

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 一 〇 と せ ら る ゝ 如 く 、 現 身 に 對 し て 順 次 と 述 べ ら る ゝ よ り し て 、 順 次 は 未 來 順 次 に 往 生 す る も の な る こ ど は 明 瞭 で あ る 。 然 る に 大 疏 第 三 重 第 二 卷 七丁 に は 、 三 種 悉 地 宮 中 第 一 密 嚴 佛 國 。 大 機 悉 地 故 一 生 成 佛 義 無 3仔 細 一。 第 二 十 方 淨 嚴 。 第 三 諸 天 修 羅 宮 。 此 等 世 間 出 世 一 門 之 悉 地 也 。 十 方 淨 嚴 順 次 往 生 故 非 診即 身 成 佛 。 と 述 べ て 順 次 の 意 味 を ば 、 一 門 よ り 普 門 へ 順 次 に 往 生 す る の 意 味 に 解 し て ゐ る 。 智 山 の 隆 瑜 能 化 も こ れ と 同 じ く 解 し て 、 そ の 五 輪 九 字 秘 釋 拾 要 記 第 五 卷 升 七 に 次 の 如 く 述 べ て ゐ る 。 順 次 往 生 言 。 不 局 隔 生 現 身 可 通 也 。 今 文 五 翰 門 依 大 日 五 字 力 故 。 正 往 生 密 嚴 淨 土 。 兼 有 十 方 淨 土 往 生 人 。 然 生 十 方 淨 土 一 門 即 普 門 故 後 生 密 嚴 淨 土 故 。 云 順 次 。 非 隔 生 也 、 か く の 如 く 順 次 往 生 の 意 味 を 一 門 よ り 普 門 へ 順 次 に 往 生 す る の 意 に 解 す る こ と が 誤 り な る は 、 上 述 の 如 く 開 山 の 用 語 か ら し て 明 か で あ る が 、 ま た 左 の 説 文 に 照 ら せ ば 一 層 明 か な る を 得 や う 。 於 此 所 化 機 總 有 二 類 。 一 現 身 往 生 、 二 順 次 往 生 。 於 現 身 門 又 二 別 。 一 大 機 即 身 成 佛 、 二 小 機 即 身 成 佛 。 又 於 二 各 有 二 。 利 鈍 別 故 。 謂 大 機 利 根 者 直 入 法 界 體 性 三 昧 横 觀 法 界 即 身 成 佛 。 (中 略 )小 機 利 根 就 心 數 別 本 尊 。 且 約 觀 音 行 者 釋 之 。 云 云 。 ( 五 輪 九 字 秘 釋 全 集 四 一 頁 ) こ の 文 中 に 觀 る 如 く 現 身 往 生 の 小 機 の も の は 、 即 ち 一 門 よ り 普 門 へ 趣 入 し て 即 身 成 佛 す る も の で あ る 、 然 る に 開 山 は か ゝ る 現 身 往 生 の 機 類 に 對 し て 、 順 次 往 生 を 説 か れ た る を 以 て 、 順 次 は 一 門 よ り 普

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門 へ 趣 入 す る の 意 味 で な く 、 現 身 に 對 す る 未 來 隔 生 の 往 生 と 解 す る の が 妥 當 で あ る 。 さ れ ば 本 宗 の 立 前 と し て は 勿 論 即 身 成 佛 を 宗 と す る け れ ど も 、 未 來 往 生 を 希 求 す る も の に 對 し て も 教 益 は 被 ら し む る も の な る こ と を 提 示 さ れ た の で あ る 〇 か ゝ る 意 味 に 於 て は 高 祖 も ﹁ 若 人 持 此 一 字 眞 言 。 能 除 一 切 宍 禍 疾 病 命 終 之 後 。 當 生 安 樂 國 土 得 上 品 上 生 ﹂ ( 作 法 次 第 全 集 卷 六 五 ○ 八 頁 ) 。 と 述 べ て 、 順 次 往 生 の 旨 を 示 さ れ て ゐ る 。 仍 て 開 山 の 立 場 は 高 祖 と 何 等 異 る こ と な く 、 寧 ろ 高 祖 の 思 想 が 開 山 に 至 り て 愈 々 徹 底 せ ら れ 、 大 成 せ ら れ た と 言 ふ べ き で あ る 。 ( 一 ) 五 輪 九 字 秘 釋 全 集一頁 に 云 く 、 顯 教 釋 尊 之 外 有 彌 陀。 密 藏 大 日 即 弼 陀 極 樂 教 主 。 當 知 。 十 方 淨 土 皆 是 一 佛 化 土 。 一 切 如 來 悉 是 大 日 。 毘 盧 彌 陀 同 體 異 名 。 極 樂 密 嚴 名 異 一 處 。 阿 彌 陀 秘 釋 全 集 五 八 頁 に 云 く 、 至 如 己 身 外 説 佛 身。 穢 土 外 示 淨 刹。 爲 勸 深 著 凡 愚 利 極 悪 衆 生 也 。 随 機 説 法 秘 實 義 顧 淺 略 。 法 身 實 觀 開 實 智 遮 執 情。 故 若 悟 一 心 深 源 九 品 心 蓮 等 開 九 識 淨 心。 證 三 密 現 覺 五 佛 相 好 同 成 五 根 色 身。 誰 蓮 望 荘 嚴 賓 刹。 誰 遠 期 微 妙 色 相 乎 云 々 。 舎 利 供 養 式 全 集 四 七 二 頁 に 云 く 、 然 則 名 假 西 方 實 遍 一法 界。 発 願 欲 生 此 心 彼 刹 。 九 品 蓮 台 則 開 性 徳 之 心 蓮。 無 量 荘 嚴 則 顧 恒 沙 之 己 有 云 々 。 ( 二 ) 五 輪 九 字 秘 釋 全 集 三 三 頁 に 云 く 、 中 靈 開 八 葉 上 觀 嵩 九 字 臺 上 觀 自 在 葉 上 入 佛 定 次 八 葉 之 上 如 次 八 尊 種 子 身 云 々 。 此 の 文 と 高 祖 の 意 と 全 同 で あ る 。 ( 三 ) 中 野 遑 慧 氏 稿 ﹁ 興 教 大 師 御 撰 述 に 對 す る 書 史 學 的 研 究 ﹂ (密 教 研 究 第 三 十 六 號 四 八 頁 以 下 ) 。 村 上 專 精 氏 著 ﹁ 眞 宗 全 史 ﹂ 第 二 章 平 安 朝 時 代 の 淨 土 教 。 島 地 大 等 氏 著 ﹁ 日 本 佛 教 々 學 史 ﹂ 一 九 四 頁 。 等 参 照 。 弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 一 一

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弘 法 大 師 と 興 教 大 師 と の 思 想 的 立 場 二 一 二 ( 四 ) 五 輪 九 字 秘 釋 (全 集 四 四 頁 ) に 云 く 、 問 。 依 五 輪 門 機 有 幾 種。 答 。 有 哺 二 種 機。 一 上 根 上 智 。 期 即 身 成 佛。 二 但 信 行 淺 。 期 順 次 往 生。 就 此 行 者。 亦 有 多 。 正 往 生 密 嚴 淨 土。 兼 有 期 幅 十 方 浮 土 。 ( 完 )

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