Title
人的資源会計の問題領域
Author(s)
照屋, 行雄
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 5(1): 123-137
Issue Date
1981-02-28
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6705
人 的 資 源 会 計 の 問 題 領 域
1
は じめにⅡ
会計 の情報提供機能 とその拡充Ⅲ
人的資源会計の意義 と課題Ⅳ
人的貿源会計情報 の利用 日的Ⅴ
おわ りに照
屋
行
雄
l は じめ に
会計 は従来、企 業における物 的資源や財務的資源 につ いては厳密 な処理 の原則や 手続を確立 し、実施 してきたのであるが、 もっとも重要 な人的資源 につ いては、そ れの もつ重要 な要素を閑却 して きた。 それはす なわち、人的資源 に対す る投資 に関 す る会計lYJ処摺及び、人的資源 の もつ経済的価値 の会計的認識 の問題 と して集約で きるであろ う。 人的資源 に 関す る従 来 と違 っ たこのよ うな会計的取扱 いを重要 な問題 と して把 え、 しか も会計理論遊びに会計実務 におけ る独 自の問題領域 と して開発す るよ うに なったのは歴 史的 には比較的新 しく、 また、その生起 は、会 計 の内発性 に もとづ く ものではな く、多分にア メ リカ経済 における最近 の リー ダー シップ論か らの研究上 の刺激を受 けた ものであると考 えられている。 人間を企業内の経済資源 の一つ と して認識 し、会計行為 (測定及 び伝達 )の対象 とす ることについては多 くの開祖があることは否めないことである。最 も極端 な批 判は、かつて人類が経験 し、 もはや今 日では皐 も忌避す る奴隷制度 を想起 して、人 間を財貨 と同様 に会計の対象 とす ることは奴隷観 に通 じるとす る意 見がある。 これ -123-は、会計 の もつ職能を物的資源及 び財務的資源 の処理 に比重を置 くべきであるとす る偏向的 な会計観 に立つ ものであるとはいえ、実際的 にも、例えば労働組合の運動 家 にとっては容易 に受入れがたい考え方 となる可能性 は高いことが知れる。 他方、批判の程度 は弱いとして も、人間を財貨同様 に扱 うことの会計的必要性に 疑問を抱 いた り、また、人的資源 は財貨資源 とは全 く違 う働 きを もつ ものであって、 企業 に対す る生産能力 においては、財貨資源 の もつそれを創造す る本源的生産能力 を もつ ものであって、それ故両者を同列 に扱 うことは間違 っているとする見解 も少 な くないのである。 このよ うな人的資源 の会 計 展 開 に対 す る種 々の批判や疑問 にもかかわ らず、現 代 の企業会計 における間蓮の重要性 はます ます高 まって きていることは事実である。 他 の財貨資源 と同列 に会計処理す ることを疑問 とす る主頚 に して も、昨今の リース 会計 にみ られる理論的実践的展開を充分考慮すべ きであり、 しか も、人的資源 の会 計問題は、次節以下 で詳 しくみるように、単に伝統的会計処理 の レベルまで人的資 源 の会計処理を引上 げるにとどまらず、より本質的な ところは、人的資源EEI有の要 莱 (特質 )を会計的に正 しく把握 し、適切に処理 してい くことを目指す ところにあ るわけで、 いわば会計 のもつ職能の拡充がその基盤 となっているわけである。一般 的 にいえば、会計 は、従来、会計 システムへのインプ ッ ト資料 と、それか らのアウ トプ ッ ト資料を測定 ・伝達の対象 としてきた、会計職能の拡充 に伴 って、企業内部 におけるイ ンプ ッ ト資料の質的転換をその対象 として把握することにつ とめるよう に展開 されてきているとい うことである。 本稿では、人的資源会計の意義、 目的、必要性、及 び、人的資源会計情報の利用 目的 につ いて考察す ることによって、人的資源会計 の問題街城を明確 に したいと思
う。
まず、人的資源会計 の展開を、会計の情報提供機能 の拡充の観点か ら把え、次 に、 人的資源会計 の意義 と目的を明 らかに し.最後 に、人的資源会計情報の利用 目的に ついて述べ ることとす る。 -124-Ⅰ
会 計 の 情 報 提 供 機 能 と そ の 拡 充 今 日一般に、会計 の基本的な職能 は、企業の経済的活動を貨弊計数的に測定 し、 情報化 して,企業円外の利害関係者 に伝達す ることであると理解 されている。 この 場合、提供 される会計情報は利用者 の情報要求 (利用 日的 )に適合す るものでなけ ればならない。なぜな ら、会計情報の利用者が企業に対 して有 している自己の利害 関係 についての意思決定 に当って、企業の経済的事実 に精通 して適切な判断をなす ためには、情報利用者 の利用 目的 に対 して有用 な会計情報が可能 な限 り充分 に提供 されなければな らないか らである。 会計の情報提供機能が一段 と重視 され、それの拡充を求めて新 しい局面への会計 理論の展開がはか られるようになってきたのは、文献的には、アメ リカ会計学会(American Accounting AsきOCiation )の基礎的会計理論に関す る報告書 (A Statementof Basic Accounting Theory ,1966 ,以下 ASOBAT )
の公
5) 表が契機 となった。即ち、ASOBAT は情報理論の援用 と行動科学的アプ ローチの 志向により 「会計理論の構造変革」を求めて形成 された ものであるといえる。それ によれば、会計は所謂、 「情報の利用者が事情 に精通 して判断や意思決定を行な う ことができるように、経済的情報を識別 し、測定 し、伝達す るプロセス」であると 2) 定義 されているか らである。 ASOBAT では、企業会計が企業利益の測定 ・伝達を 中心 とした計算構造論 として展開 されてきた伝統的ない し制度的な会計理論か ら完 全に離脱 している。例えば、会計情報ない し伝達の理論 (Accounting Infor
ma-tionand Comunication Theory )は企業の利害関係者が各 々意思決定す るのに 必要な情報要求 に応える4つの評価基準によって、それが有用性の基準を中核 とし て、これに会計情報のあり方や情報伝達のプ ロセスを満 たす ための 5つの指針を勧. 告 し、情報 .伝達の理論へ と構造変革するに至った…) このように、現代の会計理論がASOBAT 以来、会 計 情 報 論 的特 徴 を 色 濃 く して.現 代 社会 の情 報 要 求 に よ り適切に対応できる新 しい会計理論の展開 とし て托目されていることは、す で に周 知 の事 実 である。 そ して、ます ます増大す る 社会 の情報要求を充足 し得 る会計理論の形成のためによりす ぐれた会計手法の開発
-1
2
5-や導入が必要 となって きて いることも事実である。 そのことにつ いて、アメ リカに おけ る現代会計学 の担 い手 の一人 と日されているベ ッ ドフ ォー ド(Norton M. Bedford)は、 「一般 に、会計職能 の拡張 は、アカウンタン トに対 して、必要 の生 じた ときには、 いかなる伝統的制約条件 もこれを排除す ることに鋳緒を感 じてはな らないことを要求す るであろ う
。
」 と述べて、大規模化 した現代企業に関す る情報 につ いての社会 の要求 と伝統的会計 によって提供 されている会計情報の量 と質 との 開 きを埋 め ることがアカウンタン ト(会計担 当者 )の責務で あると主張 しているの である4.) このよ うにみて くると、アカウンタ ビリテ ィ(会計責任 )とは、企業を とりま く利 害関係者 が企業 に関す る合理的意志決定を為す ための有用 な会計情 報を提供すべき で あって、 アカウンタン トは企業の経済的状況 に関 して正 しい会計認識 と測定が行 なわれなければな らないことを再吟味す る必要 がある。伝統的会計推論及 び会計実 践 は、企業 の経済的賢料 の うち最 も重要 な要素を欠落 しているため、企業の経済事 実 に関す る不充分で不正確 な会計情報を提供せ ざるを得 ない状況 にある。すなわち、 会計 を システムズ ・アプ ローチす るな らば、経済活動 は物的資源 、財務的賢源 の-- ドウエア と人的資源、情報的資源 、環境 資源 (顧客信用等 )の ソフ トウエアとの 有効 な統合 によって機能化す るわけで あ り、 これ らの諸賢源 の樽得、開発、維持及 び利用 についての情報が会計情報 と して整理統合 され、伝達 されなければな らない ことはい うまで もない。 ところが、現行 の伝統的会計理論及び会計実践 においては、 物的、財務的資源 に関 しては一定 の会計処理 の原則及び f・続 により厳密 に会計処押 され、定期的 にそれ らの貞実 な報告が提供 されているとはいえて も、人的資源その 他 につ いては、特殊な例外 を除 いては、それ らの資源 の経済的実状を LI三権 に測定 し 伝達す るシステムになっていない。勿論一つ には、そ こに会計rrJ測定 の脚難件 など 種 々の問題点 が横 たわって いるために、それ らの問題点 の解決 に努めて、 よりlI三確 で一般 に認 め られた会計処理 の原則を採用す るべ く動機づけるほどにはこれ らの資 源 に関す る情報要求 につ いての適確 な理解が会計担 当者 の間になか った とい うこと が いえ るで あろ う. しか し、企業の保有す る各種賢源 の うちで も人的資源 こそが最 も基本的で重要 な資源で あることは、企業経営者 は もとより外部の利害関係者にお-1
2
61
いて もます ます認識が高 まって きているのは周 知 の事 で あ る。 しか も、人的資源 の獲得、開発及 び利用 に要す i支出が どの企業で も莫大 な金額 にな ってお り、それ に関す る適切 な情報を欠 いた会計情報はその有用性 を著 しく弱め ることにな らざる を得 な くなったのである。 会計は、企業の有す る諸賢源 の中で もとくに重要 な人的資源 の程済活動 におけ る 役割及びその結果 と しての経済的資料を会計情報 の中に適切 に組み入れ ることによ って、情報提供及 び伝達 の機能を拡充す ることがで きるよ うになる。利害関係者 を 中心 とした会計情報 の利用者 は、各 々の利用 目的 に応 じて、企業の提供す る人的資 源情報を含む会計情報を判断の基礎 資料 と して利用す ることによって、 これ まで以 上 に合確的 な凝析的意思 決 定 を 行 な うこ とが期 待 され るので ある。 そ して、 この ことは、人的資源会計 システムの構築 によっては じめて充足 され ることにな ると考 え られるのである。
Ⅲ
人 的 資 源 会 計 の 意 義 と 課 題 企業の経済活動 における人間要素に関す る会計上 の取扱 いは、特殊 な例外を除 い 5) て、殆ん どが 支fLliのあった期間 に全額費用 と して処理 されて いる。 しか しなが ら、 そのよ うな 支出の中には従業員等 の募集 ・採用 ・訓 練 ・開発や組織 の形成 ・開発 に 対す る支出が含 まれてお り、 これ らの支出の効 果はその殆 ん との部分が将来の期間 に帰属すべ きであることが予想 され る。現行 の伝統的 あるいは制度的会計 では、適 JEti期間損益計欝を行 な う上か ら、将来の期間 に効果が発現す ると期待 され る支出 額 については、企業の凝 析 活 動 の過 程 の 中 で 「存在」を示す資産 と して計上 され ることは説明を要 しないo財貨的資源 の獲得 ・開発等 に要す る支出額 につ いて はこ のよ うに合用的 な処坤を施 しているのに対 して、人的資源 につ いてはこれ と同様 な 処甥 は原則的に行 なわれていない。 明 らか に伝統的会計 はそれ 自休 に欠陥があ り、 あるいは限界があるのであって、人的資源 に対す る支出が相当額 にのぼ るに至 った 今日の企業では もはや この ままの状態を放置で きない もの と考 え られ る。所謂、一 一127-般 に認め られた会計原則はこのような人的資源投資についての正当な取扱いを欠い た会計処理 によって誘導 されているので、それが仮 に会計情報 としてのプロセスに 包含 されたとして も、決 して利害関係者の、企業の実態 に関す る合理的な判断を保 証す る結果にはな らない。けだ し、単に人的資源 の諸特性か らもたらされる人的資 源特有 の経済的事実 につ いて、 これを会計 の対象 としで情報化 し、伝達 されるもの でなければな らないか らである。 このよ うに、社会の企業会計 に対す る情報要求が強 まる環境 にあって、企業の経 済実態を正 しく知 る上で最 も重要な人的資源 の「活 動」(費用)及び「存在」(資産)に関 す る会計情報を誘導すべ く人的資源会計の必要性はます ます高まっているといえよ
う。
ここに、 AAAの 『人的質源会計委員会報告 』によれば、人的資源会計 (Hurnan Resource Accounting,H・R・A.)とは、 「人的資鋸 に関す るデータを識別 し、
6
)
測定 して、 この情報を利害関係者に伝達す るプロセス」である、 と定点 している。
この定義によれば、現行の伝統的会計が行なっている人的賢源総 支出鞄の費用化処 理が単なる便宜的な一つの方法であるにす ぎないことは明 らかである。同時にまた、 そこには伝統的会計 の拡張 によって容易 に実施が口丁能 となる人的資源投賢額 の資産 計上を もって事足れ りと考えることも妥当でないことが含意 されているといわなけ ればな らない。つ まり、人的資蹄の企業に対す る原価のみならず、価僻の測定 も考 慮 に入れなければならないとい うことである。. 同委員会報告は、 この定義を踏 えて、人的資源会計 の目的をつ ぎのように明 らか に している。 「人的資源会計の目的は、企業について円町 村及び外部(YtJに行なわれる財政 上 の決定 の質を改善す ることである。
」 (ThepurposeofH・R・A・ istoprovethequalityoffinancialdecisionsmadebothinternaHyandexternally concerringonorganization )。7)
ここでは、 まず第一 に、人的賢源会計が単に経営管理 との意,Fii決起のためにのみ 利用 され るものではな く、人的資源会計 により測定、伝達 される会計情報は広 く外
Hl
部 の利害関係者 にも役立つ ことを 目標 と していることが表明されている。 また第二
8-に、 これまでの伝統的会計情報 に人的資源会計情報が加 え られ ることによって、そ れを重要な判断資料 とした利害関係者 の、企業 との経済的関係 の将来についての意 思決定の内容がより適切な ものとなることが期待 されている。人的資源が企業の経 済活動及 び状態を構成す る不可欠の貴重な要素であるにもかかわ らず、現行の会計 実務においてそれについての適切な会計処理が行なわれていない。従 って、それを 欠 いた会計情報は企業の実態を正 しく反映 した もの とはいえず、そのよ うな会計情 報を判断の基礎的資料 として行なった利害関係者 の意思決定 は人的資源会計情報を 欠いた分だけ合理性を欠 くことになるのである。 さて、このよ うに人的資源会計は企業における人的資源 に関す るデー タを識別 し、 測定 し、情報化す ることを一般的 目的 とす るが、それは一万では企業の経営管理者 の経営計画の設定等 に役立た しめるとともに、他方では外部の利害関係者のための 経営業績の評価や
息
ぷ決定に役立た しめるよ うに情報伝達 されることは勿論である。 しか し、本来人的資源会計の構想す るところはこれだけにとどまるものではない。 人的資源会計は決 して単なる人的資源 の会計的測定 と伝達による人間の合理的な有 効利用 と管理保全を行な うことを終極 の目的 とするものではない。 もし、人的資源 会計が企業の経営効率の上昇のみを意図す るものであるな らば、理論 と しての研究 は展開 し得て も、それの実践は極 めて困難 となるであろうし.そ うなれば、会計実 践 に対する指導性が発揮 されては じめて意義を もつ 人的資源会計理論その ものが社 会的認知を永久 に受けないことになるのは明 らかである。人的資源会計を制度化す ることによって人的資源 の もつ原価や価値を貨弊金額的に測定 し、情報化す るとい うことは、なにも人的資源を物的資源や財務的資源 と同質 にみなす とい うことを意 味するわけではない。 わが国で人的賢抑会計の研究に巌 も意欲的に取組んでいる若杉明教授は人的資源 会計の兵の目的を次のよ うに説いている。 「人間賢慮会計の貞の目的は、人間資産会計情報を通 じて、企業の経営者 に対 しては組織のあり方や人事政策 の核心にふれた重要性を示 し、また利害関係者 に 対 しては、人間資席 の情況や経営者 の人間資産 に対す る取扱 い方を正 しく評価せ しめることによって社会的プ レッシャー として、経営者 に間接的に人間資産 に対-1
2
9-す る正 しい取扱 い万を促9-す ことにより、結果 において企業円の人 々にやる気をよ び起 し、生 きがいを もたせ、その結果 として企業の経営効率の向上を期待 しよう とす る点 にある
。
」 若杉教授 の構想す る人的資源会計 (人間資産会計 )は、上の文言に明確′に示されて いるよ うに、企業内の人的資源 の貸弊的測定による経営効率 の増進が本来の目的で はな く、む しろ人的資源 に関す る正確 な経済的情報を伝達、利用することによって 企業内の従業員等 にや る気 と生 きがいを感 じさせ、結果的にそれが経営効率の上昇 につなが ってい くことを意図 しているのである。 これはまさに人間尊重の会計学 と しての展開を意味 している。 ただ、同教授 の見解は、 リカー トを中心 に した ミシガ ン大学 の研究 グループが人的資源会計を企業内の経営管理 目的のための人的資源会 計情報 の利用を意図 した円容 よりははるかに広 く、 また、AAAの人的資源会計委員 会が報告 した人的資源 の目的よりははるかに明確に、人的資源会計 についての独 自 の構想を展開 しているといえよ う。 わが国における人的資源会計 の研究は、それほど多 くはないが、基本的にはこの 若杉教授 の構想す る見解が多 くの支持を得 ているように思われる。それは、第-に、 人的資源 会計の構想 それ 自体が、かなり前か ら研究が進め られて きた経済学 にお.け る人間資本 の投資効果測定 の理論 に刺激を受けたとい うよりも、む しろ、厄接的に は経営学 における リーダーシップ論の展開 に刺激 され、 これに会計専門'家が会計学 における人間尊重 の新 しい問題領域 として開発す るに至ったこと、第二 に、後述す る通 り、人的資源会計の問題領域を単に、人的資源 に対す る支出額の うち損益計算 上将来期間に属すべ き部分 についての資産 の計 上手続 (伝統的会計上のLE当な 手続 ) を厳格 に適用 してい くことを もって人的資源会計の任務 とす るだけでは、伝統的な 企業会計 に対す る人的資源会計 の独 自の存在意義が極めて弱 い ものとなること、第 三 に、人的資源 には財貨資源 にない諸特質が認め られるため、それを正 しく反映せ しめるよ うな会計処理を しなければな らないこと、及 び第軌 こ、わが国周有の終身 雇用的慣行 の社会では、企業円の人間の尊重及び生 きがいづ くりに会計学 として も 学問的限界を超えて挑戦 してい くことが今 日的に要求 されているため、 この領域の 研究を行な うこととなった人的資源会計は、 このよ うな社会 の要求 に応えていける -130-よう理論体系を構築 していかなければな らないこと、などによるといえよう。本稿 で定義づける人的資源会計の構想 もまた上 のような理由によって若杉教授 の見解 に 従 うところである。 ここに、かかる特色を もつ人的資源会計 の問題領域 について攻めて明 らかに してお きたい。人的資源会計 の問題領域 には、その日的観か らすれば、大 き くわけて二つ あると考えられる。すなわち、第-は、人的資源 に対す る投資額 の計上 の問題であ り、第二は、人的資源 に特有の諸特性をいかに会計的 に取扱 うか とい う問題である。 第-の問題点は、近代会計学が.今 日ではそれほどの説得力を もたな くなったあ る種の用由により人的資源 についての適 正な会計処理を怠 っている問題を是正す る 作業であ る.例えば近代会計では、備品や建物等 の物的資源 に対す る支出について は、その支出の効果が将来の期間に発現 し、従 って、将来期間の収益獲得活動 に竜 献する部分を今期 の費用処理 の部分か ら分離 して、貸借対照表上資産 として計上 し 次期以降に繰延べ る会計手続 (費用の期間配分 )を厳密 に行 なっている。 ところが、 人的資源 に対す る支出についてはその全額を支出のなされた期間の費用 として処理 するが、建物等への支出にみ られ るような費用 (原価 )の配分手続 は適用 されてい ない。 この場合、人的資源-の支出が全額その期間の人的資源 の利用 (労働用役の 消費のための支出 )のみに対 して行なわれるのであれば問題はない。 しか し、実際 には、人的資源 に対す る支出の うちには人的貿源 の利用 のためばか りでな く、同時 に他方では、従 業員の募集 ・採用及び教育訓練、管理者 の開発、人的組織 の形成及 び開発などのように、人的資源 の獲得、開発 についての支出 もあるわけである。 し かも、これ ら人的資源 の樟得、開発に対 してなされた支出の効果 は、む しろ将来の 一定の期間にわたって発現 されるものである。従 って、人的賢源 の獲得 ・開発 に対 してなされた支出の殆んどの部分が資本的支出であるとい うことが認識 されなけれ な らない.問題は、人的資源 についての資本的 支出が収益的支出 と誤 って処理 され ているために、現行の期間損益計算が著 しくゆがめ られることになる。 これは、明 らかに現行の制度会計の不備であって、人的資源会計の適用 によってすみやかに是 止されていかなければならない点である。 つ ぎに、第 二の問題点は、人的資源会計が企業会計 における独 自の問題領域を開 -1
31-拓 して い く上 で必然的 に認識 され る問題領域 につ いてである。すなわち、 これは、 人的資源会計 の真 の 目的が、それの実践を通 じて、企業内の人 々にや る気 と生がい を惹起 させ るとい うことにあるところか ら当然 に導 出 され る課題である。 要す るに、第- の問題 は伝統的会計 の基本原則である費用分配の原則 の適用 によ る人 的 資 源 投 資 額 の資 産 化 と費 用 化 の 問 題 で あ り、 理 論 的 に は比 較 的容 易 に解決す ることがで きる。 これ に対 して、第二 の問題は、 まず人的資源 に特有の諸 特質を認識 して、それの経済的側 面を測定 し、情報化す ることによって、一方経営 者 の経営管理上 の諸決定及 び外部 関係者 の意思決定 の質を高め る役割 を果 し、他方 従 業員等 にや る気を起 させ、生 きがいを感 じさせ る上 での有効 な会計 システムを構 築す ることで ある。 しか し、 この問題 ははかな り困難 な課題 といわなければな らな い。人 的資源 は他 の資源 と異 な り、人的資源 のおかれた環境 条件 により、 あるいは それ 自体 の 自由な意志 によって企 業 に対 して発揮す るサー ビス提供能刀 (人的資源 10) の効益的価値 )が変化す る特性を有 している。従 って、 このよ うな固有の特性を有 す る人的資源 の会計 は、 これまでの伝統的会計手法 のみな らず、経営学 における近 代組織論的概念や社会心理学的手法 の援用、 さらには、統計学 、数学、情報理論、 測定理論、 システム理論 などを導入 した、イ ンターディシプ リナ リー ・アプ ローチ が必要 とされ ることになる。 人的資源会計 の展開 にあたっては、極 めて多 くの困難が横 たわっていると して も、 ここに述べ た第-及び第二 の課題が理論的 に整合性 のある解決がはか られ るよ うな 会計 システムが構築 されて いかなければな らない。
Ⅳ
人 的 資 源 会 計 情 報 の 利 用 日 的 今 日、人的資源 に関す る会計情報伝 達 の重要性が高 まって いるとはいえ、何故人 的資源会計 の名 の もとに伝統的会計 の変革 の可能性を も余儀 な くして、そ して独 自 の会計領域 と して展開 され る必要が あるので あろ うか。 この設問 に対す る解はすで に述べ た人的資源会計 の目的 において明確 に示 されて いる。す なわち、人的資源会 -132-計は、単純 に物的及 び財務的資源 の会計 と同一 レベルでの人的資源 に関す る会計を 意図 しているわけではな く、人的資源の諸特性を反映せ しめる必要か ら、物的、財 務的資源 とは異 なる会計処理の原則及び手続が要求 されるところに、人的資源会計 の独 自性があるのである。 一般的に、企業会計 は、会計情報の報告 日的ない し伝達対象 の違 いか ら、内部報 告会計 (管理会計 )と外部報告会計 (財務会計 )の 2つに大 きく分けられ るO これ ら2つの報告書の利用 目的の違 い、すなわち会計情報の利用者 の意思決定 目的 (情 報要求 )の違いはそれぞれの会計 システムそれ自体の違 いとして展開 されているこ とはい うまで もない。人的資源会計が これ ら2つの会計領域の うちどこに位置づけ られるべ きかを考察 してお くことは人的資源会計 の今後の展開の方向を定める上で 極めて重要なことである。 まず、人的資源会計の開発の先駆者 とみなされる リカー トを中心 とした ミシガ ン 大学の研究 グループは、彼 らの構想す る人的資源会計が もっぱ ら企業内部の経営者 の管理ない し意思決定側面に有用 な会計情報 の提供 目的を意図 していることは前述 H) の通 りである。そこでは管理会計の領域 に属すべ きもの として人的資源会計が展開 されている。 他方
、AAA
の人的賢源会計委員会は、人的資源会計の情報提供目的を、 「企業 について内部的及び外部的に行なわれる財務上の決定 の質を改善す ること」である として、管理会計領域のみな らず財務会計領域 まで人的資源会計 の適用範囲を拡大 して考察 している1.2)企業外部の利害関係者は人的資源会計による情報の利用 目的 に よって、企業の経営者が人的資源 に関する損失 (減価 )によって、短期間Iこは利益 の過大計上を行な うような事憶 についての正確 な情報を得 ることが可能 となるか ら である。 ただ、同委員会 は人的資源会計は、まず第一段階 として、内部報告 目的の 15) ために実施 されてい くことになるとしている。 人的賢源会計の究極の目的が、その実施 によって経常管理者 に新ためて企菜 こおけ る人的資源 に関す る資産性 の重要性を再認識 させ、 また、物的資源、財務的資源及 び人的資源を総体的 に包含 した人的資源会計の情報利用 によってより質 の高 い経営 計画の設定や経営管理を可能ならしめる機能を通 じて、従業員等 にや る気 と生 きが-1
3
3-いを感 じさせ るためにあるとい う見解か らすれば、人的資源会計は管理会計上 の領 域問題 と して、そのよ うな情報 目的に適合す る形で展開されていけばよいことにな る。 しか しなが ら、企業外部の利害関係者 の意思決定 に有用な情報を可能な限 り十 分 に提供す ることが企業会計 に課せ られた社 会 経 済 的 責任 で あるとの認識が高ま ってきている今 日、企業活動 に関す る経済的デー タの中で も最 も重要な人的資源会 計 の情報を開示す ることは企業会計 にとって不 可欠の職能 となるに至 っているO従 って、第- には、 このよ うな情報開示の観点か ら外部利害関係者 への人的資源会計 情報の伝連かメリッ トが理解 される。他方、外部利害関係者による人的資源会計の情 報利用 は同時に、企業経営者の人的資源への管理責任 (人的資源 の適正配置、有効 利用及び管理管理保全 )の経栗に対す る社会的統制 として機能す ることになり、こ のことが最終的には企業内の人間の利益を保護す ることになる。人的賢源会計の財 務会計肯域での展開を必要 とす る第二 の理由がこれであるO っ ぎに、制度会計 に対する人的資源会計の関係を考えてみよう1.4)制度会計が基本 的には処分可能利益 (商法上は配当可能利益 )の算定 目的あるいは計算構造を有 し ているところか ら、人的資源会計を社会経済的制度 の中にとり入れ るためには会計 情報の有用性規準や 目的適合性基準に合致す るのみではな く、 さらに客観性、検証 可能性、確実性,公正性等 の諸条件を充足 させ る会計基準、原則、処理の基準及び手 続 きが開発 ・導入 されなければならない。物的資源 などと違 って、人的賢粒には先 にみたよ うな諸特性が会計的に認識 ・測定 されなければな らないので、制度会計 と しての実施は現在の段階 としては極 めて困難であることが理解 される。 しか しなが ら、あるべ き企業会計 として外部報告のための会計 システムを開発 してい くことは 可能であり、また、今後 の研究 の一つの重要な方向がそこに妃出 されねばti:らない と考 える。 この方向での可能性 について、若杉教授は次のように述べている。すfi わち、 「制度化 され るに先ん じて、企業が経営管樫のために実践 している段満にお いて も、財務会計 として、人間資産会計を外部報告日的を も兼ねて実践す ることは 可能である
。
」 と1.5)本稿では人的資源会計の問題領域 として巌 も鹿本的な関越を考 察す ることが主たる目的なので、人的資源会計の展開領域 としての企 業会計上の位 置づけについては別の稿で論及 したいと考えている。 -134-Ⅴ
おわ リに
人的資源会計 は、現在の会計学研究及 び会計実践 においては、残念 なが ら末 だ特 殊 な問題領域 として、一部 の識者 の関心を引 くにと どま っているが、人的資源会計 は 論者の問題意識 によって 、様 々な内容を も って展開 され うる性格 の もので あるため、 人的資源会計 の研究 にあた っては、 まず問題領域 を明確 に してお くことが極めて重 要である。 このよ うな問題意識 の もとに、筆者 の構想す る人的資源会計 の問題領域 を、以上 の通 りに新 ためて明確 に論述 したわけである。 本稿では間超 の指摘 に とどめたので あるが、人的資源会計 の管理会計的研究 につ 16) いては,西津備教授 によ って注 目すべ き論述が試み られて いる。 もとより、人的資 源会計 は、管坤会計 におけるばか りでな く、 さらに財務会計 において も重要な位置 が確保 され るべきであることは前述 した通 りで ある。 しか しなが ら、人的資源会計 の甥論的展開池びに実践への適用 に関 しては、種 々の制約条件 の考慮が重視 され る 財務 会計領域 よりも、経営管理的利用を主 目的 とす る管理会計 における展開が-つ の重要 な方向 と して注 目され ざるを得 ない といえよ う。 さて、人的資源会計の展開にあた っては、 まず、理論的研究 の成果 を人的資源会 計論 として固め、それについて可能 な ものか ら実践へ の適用を試み るとい うことが 当面の謙遜 とな る。そ して、実践 により一定 の成果が得 られた後、それを材料 に し て確論の検証 と深化をはか り、 さらに、それを実践 に移 して い くとい う形で人的賓 源 会計を今 Hの企業会計の中 に次第 に定着 させてい くことが要請 され るのである。 虫妄後に、人的賢源会計の展開 にあた って特 に認識 されなければな らないことは、 人的資源会計情報の種 々の利 鞘目的を想定す るこ とが研究 の出発点でなければな ら ないとい う点である。換 言すれば、人的資源会計情報 の種 々の利用 目的を想定 し、 それ らの目的に適合す る会計 情報のアウ トプ ッ トが実現 され得 る会計 システムを構 築す ることが、人的資源会計 の理論的実践的研究 の基本でなければな らない とい う ことである。 -135-注 1) Al托 rican Accounting Association (AAA),Committee tO Prepare
a statementoE Basic Accounting Theory. LtA Stateme..IoI Basic Accout)ting (ASOBAT)
"
, 1966 (飯野利夫訳 「基礎的会計理論」国 元書房 、 (昭軸 4年 1969年 )。2) AAA ,Com ittee to Prepare ASOBAT ,op cit・,p・1 (飯野利夫訳 前掲書, 2ペ ージ )
3) ASOBAT の勧告する 4つの会計情報評価基準は、① 目的適合性 (Relevance)、 ②検証可能性 (Verifiabillty)、③不偏性 (Freedom from bias)及 び ④量的 表現可能性 (Quantifiability)であ る (lbid,p・8 同訳書 13ページ )。 また、 会計情報の伝達 プロセスに関 しては、①予期 された利用 に対する適合性 (AppropriaL
e-ness to expected use )、 ②重要な る関係の明示 (Disclosure ofslgnificant relationships) 、③環境的情報の付記 (lTIClusion oEenvironmentet infor mation )、④ 会計単位内部及 び相互間の実務の統一性 (ConsIStenCy Ofprac
tices through time)の 5つの指針 を勧告 してい る. Ibid,p7,間訳者 12ペ-ジ 4 ) NortonM ・Bedford
,
t
t
'm eFuture ofAccounting lnA Chonging Society"1970,p.19 (菊地和聖訳 「会計学 の将来」森山書店、昭和 47年 (1972年 )、29ページ。 5) 人的資源に対す る支出額 (投資 )の うち、収益獲得効果の発現が将来の期間に及ぶ部 分 について物的資源 と同様の処理の原則及 び手続 きによって資産計 上きれ る特殊なケー スとしては、無形固定資産 である営農権 (のれん )と繰延資産 T=る創 )I.控がある。 これ らの項 目の中に人的資源投資部分が含まれ てお り、一定の方法 で鮎JOj規則的に背用化処 理 されている。 しか し,人的資源投資部分が客観的に分離計上で きないとか、それ以外 の内容 も含めた全体 として処押す ることが適当であろとして、人的資源投資観 をLllJ性的 に測定す る項 目とはなっていないわけである。
6 ) AAA ,CoTTm ittee onHuman Resource Accountlng,ttRepo,Iof the Committee on Human Resource Accounting〟,IAccounting Rev】ew , Supplement,1973,p・169 なお、ここでの測定は、貨弊的測tjiIと非貨弊的測定の向方 を包含する ものである。 7 ) Ibid・,p・169 8) リカー ト教授 を中心 とした ミシガン大学の研究 グループは人的賢村会.汁を. 捕 :業内 における有効な測定 を促進 するf=めに、人的資源に関する情報を識別 し.測'ilL、伝達 す るプロセス」であると定義 して、 もっぱ ら企業内における経常管押 目的のための人的 資源会計情報の利用 を意図 してい る。 (R.L.Brummet,E.G・ Flamholtzand w ・C・pyle,ttHuman Resou,cc Accountlng :Developn.enland lmpl
e-mentation in Industry ",1969,chap i))・)O
しか し,このよ うな定義では人的資源会計の 目的 を狭い範囲に限定 し、研究開発の当
36-初か らそれの適用可能性 を過小 に評価 す ることとな るので,筆者 はAAAの委員会報告 の定 義及 び目的 を妥 当な もの として支持す る。 なお、プラムホルツは、その後 別著において 、人的資源会計の主た る目的 を企業 内の 経営管理者によ る人力計画及 び管理統制のための人的資源会計情 報の測定 ・伝達 に求 め る従来の見解 を表明 しなが らも、一定 の人的資源会計情報が投資家等企業外部の利害 関 係者に対 して も会計報告書 を通 じて伝遷 され るべ きであ ると述べ、人的資源会計情報の 報告対象 を企菜外部に まで拡 大 してい る。 (ErieG.FlanJIOltZ,ttHuman
Re-source Accour)ting 〝.1974,p.3)。 9) 若杉明著 「人間資産会計」 ビジネス教育出版社 、昭和54年 (1979年 )、 21ページ。 なお、若杉教授 は前の著書 ( 「人的資源会計論」森 山書店,昭細 年 (1973年
)O)
において 、人的資源会計 とい う語 を用 いていたが 、 この著書 では人間資産会計 にかえて い る。 その瑚由について同教授 は序文 で次の よ うに述べ てい る。すなわ ち、 「人的資源 とい う語が、固 く冷 いひび きを もってお り、著者の構想 す る もの と何か そ ぐわない感 じ を もつ ところか ら、人 間性 にあふれた語感の人間資産 とい う語に替 えることに した。」
と。 で者は、人的 資源の資産化 についてはい まだ一般的認識が得 られていない と思 われ る ところか ら、人的資源会計の語 を用い ることとした。 10) いわゆる人的資源の自生価値及 び自失価値の認為の間蓮 であるo建物等の固定資産に ついて も所 有によろ増価及 び接価が認識 され るが 、 これは、貨弊価値の変動や当該資産 の'.お節的係の変化に准 づ く個 別物価の変動 によ る ものであ り、ここにい う人的資源の増 価 (自Lt価値)及 び減価 (自失価値 )とは性質が異 な る。ll) R・1.・BrurrLmet, E・G・FLamhaltz and W IC・Pyle, optcit・,pp lff 12) AAA,Co… ittee (川 H・R.A・,op・clt・,p・169
13) Ibid・,p・170 14) 制度公.汁の