博 士 ( 経 営 学 ) 宮 川 昭 義
学 位 論 文 題 名
アメリカ年金会計に関する研究 学位論文内容の要旨
本稿は、アメリカ における年金会計について、 アメリカにおける企業年金 制度の社会的 役割の変化に関する 史的展開と、それに付随する 法的フレームワークの成立 が、アメリカ における年金会計基 準形成に与えた影響にっいて 分析したものである。その うえで、今日 のアメリカ年金会計 が、概念フレームワークを基 軸とする演繹的なアプロー チにより、よ り理論的に体系化し た会計基準形成が図られてき たとされる点について検証 し、それが必 ずしも会計理論に基 づく説明可能性の拡大をもっ て、会計実務に受け入れら れているので はなく、むしろ企業 年金制度の性格として、賃金 の繰延報酬システムである との前提によ り、より保守主義的 な会計思考を包摂しているこ とが、会計基準としての一 般的承認性を 与えていることにつ いての可能性を探り出そうと している。とりわけ、今日 のアメリカ年 金会計のあり方とし て拠りどころとなっているSFAS87が、1980年代における 経済政策とそ れに付随する課税政 策の変更が、年金会計基準と しての実務における一般的 承認性を裏打 ちするものであることの示 唆をおこなっている。
本 稿の 構成 は以 下 のと おりである。第1章にお いて、アメリカにおける年 金会計の黎明 期に 焦点 を当 て、 当 時の 会計 基準 設 定主 体で あっ たCAPが 公表 し たARB36お よびARB47を 中心として、そこで 展開されている年金会計基準 と年金会計実務との乖離に っいて分析を 加えている。ここで 言う「乖離」とは、当時の年 金会計基準が、当時の年金 会計実務にお いて、事実上、無視 されていたことを示している 。また年金会計実務に関す る具体的事例 として、当時の鉱工 業界の会計実務指針として影 響カの大きかったMAPI会計 マニュアルと の比較分析をおこなってい る。
ここで重要なのは 、当時の年金会計基準がいか に対処療法的であり、しか も会計実務に 受け入れられるのに はあまりに抽象的であり、し かも会計基準としての実際 性を欠いたも のであったかを明らかにす ることで、企業年金制度を会計対象として担保させるためには、
賃金の繰延報酬シス テムであるという前提が必要 であり、加えて年金会計実 務における課 税政策の影響の大きさにっ いて分析を試みたものである 。
第2章 とし て、 近代 年金 会計から現代年金会計 へ年金会計基準が引き継が れていくなか にあって、1950年代 後半から1960年代かけて、ア メリカで生じた企業年金制 度をとりまく 具体的な問題を取り 上げ、私的制度であるはずの 企業年金制度に対し、徐々 に公的関与が 強まっていく過程に おける年金会計基準について 分析している。ここでの目 的は、アメリ カにおける企業年金制度が、もはや私的市I亅度として公的部門が無関心であるには、その制 度規模があまりにも 巨大化し、アメリカ社会およ び経済に対する影響が甚大 であるとの政 治的関心を惹起し、 これか年金会計基準の設定プ ロセスにも暗黙裡に影響を 与えているこ ‑ 21−
との 可能性を探り出すことである 。ここでの具体的検討は、 当時の会計基準設定主体であ るAPBに よ り 公 表 さ れ た APB08の 会 計 基 準 と し て の 意 義 を 分 析 し て い る 。 第3章は 、アメリカにおけ る企業年金制度に対し、直接 的な規制強化が図られるこ とと な った1974年 のERISA成立 の背 景と その目的、さらにはERISAで規定される内容が、 年金 会計 に与えた影響についての分析 をおこなっている。ERISAは、アメリカ社会において社会 通念 として理解されていた企業年 金制度の基礎概念について 、これを賃金の繰延報酬シス テム として法的かっ明示的に担保 した初めての法律である。 その意味において、アメリカ 年 金 会 計 の 分 析 に お い て 、ERISAの 関 わ り を 無 視 す る こ と は で き な い 。 とく に 、ERISAの成立は、 今日のSFAS87およびSFAS88設 定の端緒となっているだけ に、
アメ リカにおける年金会計分析に は不可欠な要素である。し たがって、ここではアメリカ 年金 会計におけるERISAの影響が 重大であったことについて、ERISAがアメリカ社会および 経済 、さらにはAPB08に与えた影 響について分析を加えている 。
第4章は、ERISA成立とほば同時 期に、アメリカにおける会 計基準設定の目的観として注 目を 集めるにいたった、会計基準 処理を通じて導出される会 計情報が、投資家を中心とす る情 報利用者の意思決定に資する ものであるぺきであるとす る、意思決定有用性アプロー チの 台頭により、年金会計情報の 重要性が増していった点に ついて分析を試み、それが結 果と してアメリカにおける今日の 年金会計基準であるSFAS87に与えた影響について分析を 試み ている。
今 日の企業会計におけるーつの 特徴は、それまでの会計実 務からの帰納的な会計基準の 形成 から、会計処理における基礎 的概念を主柱とする演繹的 な会計基準の形成に軸足を移 そう としている点にある。したが って、今日の会計基準設定 プロセスには、保守主義のよ うな 経験に裏打ちされた帰納的概 念は、できるだけ持ち込ま ないことが、会計基準の理論 的説 明可能性を広げるものと捉え られるが、本章ではSFAS87が意外とも言えるほどの保守 主義 的会計思考を取り入れている ことを明らかにしようとし ている。っまり、現代企業会 計と いう枠組みのなかにあっても 、現代年金会計の基本的性 格が、企業年金制度の社会的 目的 を無視しえず、結果として会 計学的に論理化しうる最大 限の保守主義的会計処理によ り対 応を図っている可能性につい て分析している。
第5章と して、SFAS87が今 日の年金会計実務に広く受け 入れられた背景にっいての 分析 をお こなっている。今日の企業会 計におけるーつの特徴が、 会計処理における基礎的概念 を主 柱とする演繹的な会計基準の 形成にあると言えるが、こ れがスムーズに会計実務に受 け入 れられる理由となっているか 否かは議論の余地が残され ているものと考えられる。と くに アメリカにおける企業年金制度の社会的重要性や、ERエSAに見られる制度加入者の財産 権保 護に関する社会的要請の観点 から、SFAS87の置かれた立 場をどのように理解すべきで ある かについて、改めて分析の必 要性を感じるのである。
具 体的には1980年代を通じて、 アメリカでは経済政策の転 換の下で、企業年金制度に対 する 大幅な課税政策の変更がなさ れている点に着目し分析を 進めている。アメリカにおけ る会 計基準の設定および改訂が、 会計理論による演繹的な自 主的な改善により行なわれる もの ではなく、絶えず何らかの社 会的事件あるいは社会的批 判に応えるかたちで対処療法 的に 発展してきたことを考慮すれ ば、それを理解するための 手段として、課税政策に関す る 影 響 の 可 能 性 を 探 る こ と は 極 め て 至 当 な 分 析 で あ る と 考 え ら れ る 。 最 後に、本論の総括と今後の年 金会計基準についての予想 される方向性にっいての示唆 を試 みている。
―22―
本稿の分析を通じて、アメリカ年金会計に見られるーつの結諭は、アメリカにおける年金 会計は、年金会計基準の有する理論的説明可能性が年金会計実務に受け入れられたという 方向性にあるのではなく、むしろ企業年金制度の社会的影響カの増大とともに、これを経 済政策あるいは社会政策などの含意が包摂されたもののなかに、会計理論上の検討を加え ることで、そのバランスミックスが年金会計基準としての一般的承認性を支えているとい うものである。したがって、年金会計基準の形成にあたっては、経済政策あるいは社会政 策などの外的要因の大幅な変更が、年金会計基準それ自体に大きく影響を与え、これまで の年金会計理論そのものの枠組みを大きく変化させる可能性が示唆されるのである。
‑ 23―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
アメリカ年金会計に関する研究
本 研究 は , 第
1章 「 ア メリ カ 年 金会 計 に対 す る 分析 視 点」 , 第
2章 「ア メ リカ 年 金
会 計 の 黎明 」 ,第
3章 「 ア メリ カ 年金 会 計 の発 展 」 ,第
4章 「
ERISAの 成立 」 ,第
5章
「 現代 年 金 会計 の 実相 」 , 第6 章「 現 代年 金 会 計に 与 える 課税政 策の影響 」および 終
章 の7 章か ら 成 り, 歴 史的 変 遷 の考 察 を通 じ て ,ア メ リカ の年金 会計基準 の制定と 企
業年金制度との相互影響の実態を明らかにしたものである。
ま ず, 第
1章 で研 究 の 全体 像 を 述べ た 上で , 統 く第
2章 で ,ア メ リ カに お ける 最 初
期 の会計基 準である
ARB(
Accounting Research Bulletin,会計研究公報)第
36号と
ARB第
47号 を 対象 と して , ア メリ カの年金 会計基準 の初期形態 を明らか にしてい る。これ
ら の会 計 基 準は , 第二 次 大 戦後のイ ンフレ期 の賃金抑制 策のため に企業が 採用した 繰
延 報酬 制 度 とし て の退 職 給 付に対す るアドホ ックなもの であり, 費用収益 対応原則 に
基 づく 発 生 給付 費 用の 認 識 要求とい う抽象的 な概念を導 入するに とどまり ,会計基 準
としての具体性を備えていなかったことを明らかにしている。
第
2章 で は ,
1960年 代 のア メ リ カに お ける 企 業 年金 の 意味変 化を背景 として, 新し
く 公表された
APBO(
Accounting Principles Board Opinion,会計原則審議会意見書)第
8号 を考 察 の 対象 に して い る 。1960 年代に は企業年 金制度が大 規模化し ,従前に 増して
, 社 会 的な 意 義 が高 ま った と いう。 ここに, 社会におけ る企業年 金制度へ の期待を 反映
す る 会 計 基 準 が 必 要 に な り ,
APBO第
8号 が 公表 さ れ たと い う。 こ の こと は ,同 時 期
の 他の 会 計 基準 が 費用 収 益 対応 原 則の 枠 組 みで 体 系 が構 築され ている中 で,
APBO第
8号 が保 険 数 理計 算 を導 入 し ,しかも 保険数理 計算の方法 として複 数の方法 を許容し て
い るこ と に 表れ て いる と い う。企業 年金の財 政的堅牢性 を社会が 要求して おり,こ の
要 求を 反 映 させ る ため に 費 用収益対 応原則の 枠組みを越 えて企業 年金の会 計基準が 制
定されたことを意味するからである。
第
3章 で は ,ア メ リ カの 企 業 年金 に 関す る 環 境変 化 とし て 決 定的 と され る
ERisA(
Employee Retirement Income Security Act,従業員退職所得保障法)が,企業年金会計に
及 ばし た 影 響に つ いて 論 じ てい る 。ERISA 施行 前 に は, 企業 年金制度 に対する 社会的
な 期待 は , 会計 基 準設 定 体 が推 し 量る も の であ っ た が,
ERISAの施行 によって 企業年
‑ 24一
司 章
司
淳
祐
保 江
山
久 蟹
米
授 授
授
教
助 教
教
査 査
査
主 副
副
金 制 度 に 対 す る 社 会 的 な 要求 が明 確化さ れた とい うの であ る。
ERISAは, 企業 の年 金 資 産と して 積み 立て るべ き金 額につ いて 「最 低積 立基 準」 を制 定し ,こ れを 下回る年 金 資産 積立 不足 額を 法的 債務 とした 。こ の結 果, 企業 は年 金資 産の 積み 立て 不足額に 丁 元的 な責 任を 負う こと にな り,企 業年 金の 会計 処理 が費 用収 益対 応原 則と いう会計 理 論の 枠組 みに は収 まりきらないものへの変化が法的に裏付けられたというのである。
ERISA
に よ る 企 業 年 金 会 計 の 性 質 の 変 容 を 受 け て 公 表 さ れ た 会 計 基 準
SFAS(Statement of Financial Accounting StandardS ,財務会計基準ステートメント)第87 号につ い て 考 察 し て い る の が , 第
4章 で あ る 。
SFAS第
87号 に は ,APBO 第
8号 と 比 較 し て ,
@ 保険 数理 計算 にお ける 給付 勤続年 数方 式へ の統 一, ◎過 去勤 務費 用の 計画 的償却の 採 用, ◎追 加最 小負 債お よぴ 無形資 産と いう 新概 念の 採用 ,@ 数理 計算 差異 に関する 回 廊 方 式 の 採 用 と い う
4つ の 特徴 が あ る と い う 。 こ れ ら の 特 徴 は ,
SFAS第
87号 が ,
ER亅SA の要 求し た企 業年 金の 財政的 堅牢 性へ の配 慮を ,他 の会 計事 象に 関す る会計処 理 との 整合 性を 保ち うる 中で 最大限 まで 図っ た結 果で ある とい う。 すな わち ,SFAS 第
87号 の 内 容 を 単 な る 資 産 負 債 ア プ ロ ー チ の 導入 と す る こ とは ,SFAS 第87 号あ るい は 企 業年 金会 計の 特殊 性を 無視 した見 解で ある とし て, 多く の先 行研 究の 見解 を批判す る の で あ る 。 第
4章 に 示 さ れた ,企 業年 金会 計の 特殊 性に つい て,課 税制 度の 変遷 を 題 材 に し て 論 証 を 加 え た のが 第5 章 であ る。
1980年代 のレ ーガ ン政権 下の 規制 緩和 と 減 税政 策を 背景 とし た, 各企 業の企 業年 金の 積み 立て 行動 の変 化を 詳細 に分 析してい る 。 す な わ ち ,
E心
SAの 企 業年 金の 財政 的堅 牢性 の要 求を 後追 い的に 会計 基準 化し た
SW峪 第
87号 で あ っ た が , 逆 に ,
SFAS第
87号 の 公 表 が
OBRA87(
OnmibuSBudget ReconciliationAct,包括予算調整法)の施行時には企業の年金積み立てのインセンテイ ブとして機能したというのである。
以上 の考 察を 基に して ,終 章にお いて ,ア メリ カ企 業年 金会 計の 特徴 をま とめてい る 。す なわ ち, アメ リカ の企 業年金 会計 にお いて は, 他の 会計 事象 に関 する 会計処理 と の整 合性 以上 に, 企業 年金 制度に 対す る社 会的 な要 求が 重視 され て会 計基 準の制定 が なさ れて きた とい うの であ る。し たが って ,他 の会 計事 象に おい て国 際的 汎用性が 高 いと され るア メリ カ会 計基 準であ るが ,企 業年 金会 計に 関し ては アメ リカ の独自色 の濃い会計基準になっているというのである。
本研 究は ,先 行研 究が 比較 的軽視 して きた 会計 基準 と社 会環 境と の相 互影 響を明ら か にし ,ア メリ カ企 業年 金会 計の独 自性 を明 確に 論証 して おり ,学 界へ の貢 献大であ ると高く評価できる。
本研 究に 問題 がな いわけではない。とくに,会計基準を中心にした議論であるため,
会 計理 論的 な視 点か らの 考察 が手薄 にな って おり ,本 研究 の内 容に 対す る誤 解を招き か ねな いこ とは 問題 であ る。 しかし ,こ のこ とは ,企 業年 金の 会計 基準 を題 材にする 本 研究 の目 的に おい ては ,む しろ今 後の 課題 とい うべ きも ので あり ,本 研究 の貢献を 損なうものではない。
以上 の本 研究 に関 する 評価 に鑑み て, 本審 査委 員会 では 全員 一致 で, 本研 究が博士
(経営学)を授与するに充分な水準にあるものと評価する。
― 25―