博士(水産科学)奥西 学位論文題名
生態系モデルによるオホーツク海における 植物プランクトン分布の時空間変動に関する研究
学位論文内容の要旨
武
【緒言および目的】
植物プランクトン現存量の時空間変動のメカニズムを理解することは、炭素の生物地球化学 的なサイクルにおける海洋の役割を明らかにするために重要である。オホーツク海は世界でも 最も高生産海域の1つであり、この海域での植物プランクトンの主な構成種は珪藻類であり、
その細 胞数は春 季に最 大となり 秋季に最 小とな ることが 報告さ れている(Hanzawa et al,
1981)。そして、秋季は小型植物プランクトンが優占し、珪藻類のブルームは起きないことが
報告されている(Shiomoto,1997)。また、衛星海色データを用いて植物プランクトン現存量 を示す ク口口フィル分布の季節変動が解析されている(Saitoh etむ1996)。これまでの研究 ではオホーツク海における植物プランクトンの時間的な変動、または空間的な分布傾向につい ての論議はあるものの、ブルーム期における植物プランクトン現存量の空間的な分布を決定す る要因についての議論は少ない。海水の鉛直混合、水温、光環境、栄養塩の濃度とその構成、
そして生物の種間関係など多くの重要な因子が植物プランクトン現存量の時間的または空間 的な分布に影響を与え、解析を困難にしている。これら複合要因を解析するきわめて有効な手 段に数値モデルがある。物理過程と生物過程を考慮した生態系モデルの利用は、上述したよう な様々な要因について同時に考慮して解析できる方法の1つである。本論文では、生態系モデ ルを利用して、秋季および春季のオホーツク海における植物プランクトンの空間分布を決定す る要因を明確にすることを試みた。
【モデル】
北 太 平 洋 の 生 態 系を 解 析 する た め に 開発 さ れ たNEMURO (North Pacific Ecosystem Model Understanding Regional OceanographyEslinger et aI,2000)と呼ばれる生態系モ デルを3次元物理モデルと結合させ、オホーツク海に適用した。物理モデルはハーバ・ード大 学 に よ って 開 発 され たHOPS(Harvard Ocean Prediction System,Lozano et al.,1994;
Robinson,1996)を 用 い た 。NEMUROは11個 の コン バ ー トヌ ン ト から 構 成 さ れ、 植 物 プ ラ ンクトン2区分 (珪藻 類とその 他の小 型植物プ ランクト ン)と動物プランクトンの3区分
(小型、大型および捕食性の動物プランクトン)を含んでいる。
( 秋 季 プル ー ム 期の 解 析 ):1996年10月6日 〜 11月10日 の 現場 デ ー タと 気 候値(World ―1373一
Ocean Atlas 94)を客観解析して水温および塩分の初期値を求めた。また、この水温・塩分場 を用い、水深1000mを無流面とした地衡流を計算して得られた流速を、初期の流速場とした。
海表面境界でdaSilva et aI(1994)の気候値を用いて風応力、熱フラックス、日射量を与え、30 日問のモデル計算を行い、秋季ブルーム期における植物プランク卜ンの空間分布の再現を試み た。(春季プルーム期の解析):衛星の海氷厚データをモデルに組み込み海氷の効果(表面水温 のバラメタリゼーション、海氷下の光環境、海氷と海水間での運動フラックスと塩分フラック ス)を考慮した。初期の水温・塩分場は気候値を用いた。海表面境界でdaSilva et aL(1994) の 気候値を 与え、 海氷が形 成される 前の10月 中旬から 翌年6月までの260日間のモデル計算 を 行い1997年と2001年の春季ブルームの再現を試みた。なお、2001年の海氷積算体積は1997 年より約2倍多い。
【結果および考察】
(秋季ブ ルーム 期の解析 ):モ デルの計算結果の解析から小型植物プランクトンがChl‑aの 90%以上を占め、その空間分布は観測値のChl‑a分布とよく一致している。サハリン東岸では 表層の低 塩分水 の影響で 混合層 深度は約20mと浅い状況が保たれる。一方、オホーツク海南 部では塩 分躍層 がないた め、混 合層深度 は計算開 始時の 約30mから30日後には40mに発達す る。計算 開始10日 後から30日 後まの で光合成速度は、モデル第1層において、サハリン東岸 は0.40〜0.50/dayオホーック海南部では0.49〜0.50/dayと大きな違いは認められないが、第 1層に おけるChl‑a濃度 はサハ リン東岸 で1.30〜2.66mg/m3、オ ホーツク 海南部で は0.98〜 l.51mg/m3となり、オホーツク海南部よルサハリン東岸で濃度が高く維持されている。混合層 の発達の強いオホーツク海南部では、表層部で生産された植物プランクトンは鉛直的に大きく 混合されるために、生物量の増加にとって不利な環境である。一方、サハリン東岸では混合層 が浅いことが、表層の高Chl‑aを維持する要因となっている。秋季のオホーツク海において、
混合層の発達の空間的は変化が、植物プランクトンの空間分布を決定する要因の1つとなって いる。
(春季プ ルーム 期の解析 ):2001年 のSi02‑Siのス卜ッ ク量は1997年の約1.1倍と海氷積算 体積の差(約2倍)と比較して小さく、海氷成長にともなう鉛直混合によってもたらされる海 氷面への 栄養塩供給は必ずしも大きいはわけではない。1997年および2001年における春季ブ ルームの再現実験の結果、オホーツク海のプルームの始まりは、光合成速度の増加によって説 明でき、 その光合成速度は、光環境に依存していることが明らになった。1997年の春季ブル ームのピ ークは5月下旬であったが、海氷の影響が強かった2001 年の春季ブルームは5月下 旬から6月中旬であった。その理由は、海氷存在下では光制限を受けるため、光合成速度が低 くなり、植物プランクトンは海氷融解まで現存量を増加ができないことにある。海氷融解の時 間的なタイミングが、プルームの時間的なズレを生じさせ、植物プランクトンの時空間分布に 影響を与えると考えられる。
(感度解 析): 過去にNEMUROに使用さ れている パラメ ータと本論文で使用したバラメータ を用いて 、1997年の春季ブルームの再現を試みるモデル計算を行った。異なった海域で適用 されたバラメータを用いた場合、モデルはオホーツク海の春季ブルームを再現できないことが 分か っ た 。北 海 道 沖でNEMUROを 適用 し て いるKuroda&Kishi (2002)およ び 西 部北太 平 ー1374―
洋(44°N,155°E)でのFujii甜a1(2002)のパラメータとオホーツク海の春季ブルームに用しゝた バラメータとの違いの1っは最大光合成速度の大きさである。最大光合成速度の大きさはプル ームの大きさとタイミングを支配しており、オホーツク海における春季ブルーム時期を再現す るには、大型植物プランク卜ンの最大光合成速度のバラメータを過去に用いられているより小 さく設定しなければならない。これは、光合成活性が低い状態においても植物プランクトンが 大増殖できるオホーツク海の特徴を示す結果と考えられる。
以上の ように 物理生態 系結合 モデルを オホー ツク海に 適用してブルームに関する多くの知 見が得られた。
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学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
岸 道 郎 三 宅 秀 男 齊 藤 誠 一 磯 田 豊
学 位 論 文 題 名
生 態系モデ ルによるオホーツク海における 植物 プランク トン分 布の時空 間変動に関する研究
こ れ ま で の オ ホ ー ツ ク 海 に お け る 研 究 で は 、 植 物 プ ラ ン ク ト ン の 時 間 的 な 変 動 、 ま た は 空 間 的 な 分 布 傾 向 に っ い て の 論 議 は あ る も の の 、 ブ ル ー ム 期 に おけ る 植 物 プ ラ ン ク ト ン 現 存 量 の 空 間 的 な 分 布 を 決 定 す る 要 因 に っ い て の 議 論 は少 な い 。 そ の 理 由 と し て 、 海 水 の 鉛 直 混 合 、 水 温 、 光 環 境 、 栄 養 塩 の 濃 度 と その 構 成 な ど 複 雑 に か ら み あ っ た 物 理 的 要 因 が あ り 、 そ れ ら に 加 え て 生 物 の 種 間関 係 な ど 多 く の 生 物 的 な 因 子 が 植 物 プ ラ ン ク ト ン 現 存 量 の 時 間 的 ま た は 空 間 的な 分 布 に 影 響 を 与 え て い る た め 、 解 析 を 困 難 に し て き た こ と が 挙 げ ら れ る 。 こ れ ら 物 理 的 、 生 物 的 複 合 要 因 を 解 析 す る き わ め て 有 効 な 手 段 に 数 値 モ デ ル が あ る 。 本 研 究 で は 、PICES( 北 太 平 洋 海 洋 科 学 機 構 ) のMODEL Task Teamで 開 発 さ れ た 北 太 平 洋 向 け の 低 次 生 態 系 モ デ ルNEMURO(North Pacific Ecosystem Model for Understanding Regional Oceanography)を 利 用 し て し ヽ る 。NEMURO は 低 次 生 態 系 の 種 間 関 係 を 考 慮 し た 近 年 開 発 さ れ た モ デ ル で あ り 、 こ れ を 実際 の 海 域 で 応 用 し た 研 究 は ま だ 非 常 に 少 な い 。 こ のNEMUROを3次 元 物 理 モ デ ル と 結 合 す る こ と に よ っ て 、 秋 季 お よ び 春 季 の オ ホ ー ツ ク 海 に お け る 植 物 プ ラン ク ト ン の 空 間 分 布 を 決 定 す る 要 因 を 明 確 に し た 重 要 な 研 究 で あ る 。 そ の 結 果 、 秋 季 は 海 洋 の 成 層 構 造 の 違 い に よ っ て 植 物 プ ラ ン ク ト ン の ブ ル ー ム の 海 域 に よ る 差 が 生 じ る こ と を 数 値 的 に 証 明 し た 。 オ ホ ー ツ ク 海 西 部 で はア ム ー ル 川 の 影 響 で 密 度 躍 層 が 薄 く 、 一 方 中 央 部 で は 躍 層 比 較 的 厚 い こ と が 秋季 ブ ル ー ム の 有 無 に 密 接 に 関 わ っ て い る こ と を 解 明 し た 。 ま た 南 部 千 島 列 島 周辺 で は 北 西 季 節 風 の 影 響 に よ っ て 湧 昇 が お こ り こ れ が 列 島 周 辺 の 一 次 生 産 の 増大 に 寄 与 し て い る こ と を 数 値 的 に 示 し た 。 こ の こ と は 従 来 か ら 「 想 像 」 と し て言 わ れ て き た こ と で あ る が 、 モ デ ル を 用 い て 証 明 し た こ と に 大 き な 価 値 が 在 る。
一 方 、 春 季 ブ ル ー ム の 解 析 で は 、 海 氷 に よ る 光 制 限 を 導 入 す る こ と で 春 季 ブ
ルームの海域的な推移を説明できることを示した。海氷は人工衛星の解析から 得られた分布を与え、物理モデルとの結合を行った。そして特に海氷の多かっ た年と少なかった年の違いをモデルで再現することによって、実際の人工衛星 からの海色データと比較した。モデルは人工衛星での海色データをよく再現し た。これらの結果に基づいて、海氷の有無が春期ブルームに与える影響を解析 した結果、海氷によって光が海面に達することが制限される効果を導入するだ けで、従来言われてきたice algae のブルームを考慮しなくても十分にオホー ツク海南部のブルームの季節的推移、ならびに年々変動を説明できることを示 した。またパラメータの感度実験を行って、数値モデルで解析しうる新しい知 見を多く提供したことも画期的である。また、PICES によるモデル「NEIVfURO 」 が実際の海域の生態系の解析にきわめて有効であることを示した研究としても 国際的に価値があるものである。
以上の結果は、オホーツク海のおける植物プランクトンのブルームに対 して多くの有益な知見を与えたものであり、高く評価できる。よって審査員一 同は本論文が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと判定した。
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