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法令違憲 : 適用違憲とこれのほかに、運用違憲、処分違憲は存在するか

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Academic year: 2021

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(1)法令違憲. 論 説. 法令違憲 ―適用違憲とこれのほかに、運用違憲、処分違憲は存在するか―. 君塚 正臣 はじめに 法令違憲とは、裁判所が、判決・決定等において、当該事案で争点となって いる法令をそのまま憲法違反とすることである。付随的違憲審査制 1)の下では、 違憲の判断を行う場合でも、適用違憲が寧ろ原則である、と筆者は主張してき た 2)。そうであれば、法令違憲は例外的な手法ということになる 3)。表現の自 由の優越的地位などの理由があるとき、原則と例外が逆転する 4)。 しかしまず、最高裁判所を初めとする裁判所は、必ずしもそのように考えて おらず 5)、最高裁による違憲判決はほぼ全て法令違憲に分類できよう 6)。最高 裁は、法令が丸ごと違憲でない限りはあらゆる意味で違憲判断を行わず 7)、当 該事例に限りの憲法的救済が可能だったケースの多くを救済しなかったとの誹 りを受けることは免れまい 8)。学説の中にも、日本は付随的違憲審査制としつ つも、憲法判断については法令違憲を原則としたり、甚だしきは憲法裁判所の 設立も憲法上可能としたりするものがある 9)。また、違憲判決の分類について、 必ずしも学説・判例の意見の一致はないものと思われ、加えて、どの判決をど の判断と読むかについても意見の微妙なずれがあるように思われる。 このため、日本では適用違憲が原則であると述べるのみでは尻抜けであり、 29.

(2) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 例外的な違憲判断の手法についても整理して示す必要がある。結局、裁判所は、 どのようなケースで適用違憲、法令違憲などの判断を区別すべきか。本稿は、 この点の研究を進めるものである。. 1 法令違憲の選択 最高裁判所は、 「適用違憲」という判断が眼中にないが如く、違憲判決はほ ぼ法令違憲に分類されるような状況にある。その最初の例とされるものが、有 名な尊属殺重罰規定違憲判決 10)であり、またその典型例と言ってよいもので ある。事案は、父親から長年姦淫され、夫婦同然の生活を送り、父の子を産ん だ被告が、正常な婚姻の機会を得たところ、父親から脅迫虐待を受け、暴言に 触発されて父を絞殺したというものであった。 多数意見は、 「刑法 200 条の立法目的は、尊属を卑属またはその配偶者が殺 害することをもつて一般に高度の社会的道義的非難に値するものとし、かかる 所為を通常の殺人の場合より厳重に処罰し、もつて特に強くこれを禁圧しよう とするにあるものと解され」 、 「尊属の殺害は通常の殺人に比して一般に高度の 社会的道義的非難を受けて然るべきであるとして、このことをその処罰に反映 させても、あながち不合理であるとはいえない」とした。 「しかしながら、刑 罰加重の程度いかんによつては、かかる差別の合理性を否定すべき場合がない とはいえない。すなわち、加重の程度が極端であつて、前示のごとき立法目的 達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえ ないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならず、かかる規 定は憲法 14 条 1 項に違反して無効であるとしなければならない」と述べ、続 けて、 「この観点から刑法 200 条をみるに、同条の法定刑は死刑および無期懲 役刑のみであり、普通殺人罪に関する同法 199 条の法定刑が、死刑、無期懲役 刑のほか 3 年以上の有期懲役刑となつているのと比較して、刑種選択の範囲が 極めて重い刑に限られていることは明らかである。もつとも、現行刑法にはい 30.

(3) 法令違憲. くつかの減軽規定が存し、これによつて法定刑を修正しうるのであるが、現行 法上許される 2 回の減軽を加えても、尊属殺につき有罪とされた卑属に対して 刑を言い渡すべきときには、処断刑の下限は懲役 3 年 6 月を下ることがなく、 その結果として、いかに酌量すべき情状があろうとも法律上刑の執行を猶予す ることはできないのであり、普通殺の場合とは著しい対照をなすものといわな ければならない」と判示し、本件を念頭にか、 「尊属でありながら卑属に対し て非道の行為に出で、ついには卑属をして尊属を殺害する事態に立ち至らしめ る事例も見られ、かかる場合、卑属の行為は必ずしも現行法の定める尊属殺の 重刑をもつて臨むほどの峻厳な非難には値しない」と述べ、結論として、 「刑 法 200 条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点にお いて、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法 199 条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲 法 14 条 1 項に違反して無効であるとし」たのである 11)。 少数意見の中でも、例えば田中二郎裁判官は、 「個人の尊厳と人格価値の平 等の尊重・保障という民主主義の根本理念に照らして不合理とみられる差別的 取扱いは、すべて右条項の趣旨に違反するものとして、その効力を否定すべき もの」であることなどを理由に、 「普通殺人と区別して尊属殺人に関する規定 を設け、尊属殺人なるがゆえに差別的取扱いを認めること自体が、法の下の平 等を定めた憲法 14 条 1 項に違反するものと解すべき」とするなど、6 裁判官が、 多数意見の容認した刑法 200 条の目的をも違憲と判断したのである 12)。何れ の意見も、適用審査から出発した法令違憲の判断と解されよう 13)。 ところで、以前、初宿正典が、同判決における適用違憲の可能性を論じたこ とがあった 14)。初宿は、学生の答案に同判決を、被害者「の側に、殺されて もしかたないような相当の原因のあるような場合には、 」 「刑法 200 条を適用し て厳罰に処することは憲法に違反する、という立論」が数多く見られた 15)と いうことを議論の発端とし、本判決の分析としてはそれらは誤りではあるが、 「このような立論は、少なくとも最高裁の従前の見解からすると、まったく不 31.

(4) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 可能ではないのではないか」16)と指摘した。 「多数意見の見解からすれば、当 該事案に対する量刑上の不都合は、他の方法で解決した方が『自己撞着』がな かったのではないか」17)というのである。刑法 200 条が「普遍的倫理」に立脚 するというのであれば、手段が厳しすぎるということだけをもって従来の立場 を変更するのは論理性に欠け、目的からはっきりと法令違憲とするか、手段に 拘るならば、本件については適用違憲などの手法を採用することが可能であり、 また、まだ論理的である、という旨の批判である 18)。刑法 200 条は、 「事案に よっては、 『合憲的に適用される余地を残している』 」19)とも指摘している。 しかし、初宿自身も認めるように、 「尊重報恩に値しない親は、刑法 200 条 の直系尊属に当たらない、と解することは、刑法解釈上無理であ」る 20)。刑 法の解釈を是正するために合憲限定解釈を行うことも、親の分類に成功せず、 法文上可分ではないから無理である。一般的な事例は、通常なら軽い刑が予定 されるが尊属殺人であるが故に重い刑を求め、また求めてもよいとするもので はない。また、精神的自由ではないが、刑罰法規の実体的適正さが求められて いるため、司法積極主義的判断が求められるものである。刑法 200 条が適用さ れることは、大半を占めるこのような事例で違憲的な結果を招来するものと予 想される 21)。実際、当時、刑の減軽は異例ではなかった。違憲的な適用の大 半は違憲的適用となろうから、法令違憲という判断は妥当であると思われ、多 数意見が手段違憲に留まったことのみが批判の対象となるべきであろう。 法令違憲はまず、文面審査 22)により、事前抑制禁止原則 23)、過度に広汎ゆ え無効の法理 24)、曖昧漠然ゆえ無効の法理 25)の何れかに反し、合憲的な目的 と合憲的な手段が一部では重なっても、それ以外の場面があるが故に 26)、換 言すれば「第三者の権利侵害の主張を認め」て 27)、主に法令を残すことによ る萎縮的効果を消し去る 28)ためになされる 29)。それ以外では、適用審査が原 則である以上、当該法令の適用を考えてみたとしても普く違憲になるため 30)、 法令そのものを「全体として違憲(Void in toto)」31)と考えざるを得ない場合の 判断であると言えよう 32)。適用審査の下での法令違憲とは、違憲的適用場面 32.

(5) 法令違憲. を想定し 33)、それが法文自体の評価に及ぶときに下されるものである 34)。山 本龍彦のいう「構造審査」35)とはこれであろう。厳格審査下ならば少ない想 あまね. 定でよく、合理性の基準下であれば、ほぼ普くの想定でなければなるまい 36)。 それは、目的審査、手段審査何れの場面でも生じることであるとともに、主 として厳格度の高い司法審査基準 37)の下で生じるものと想定はされるものの、 合理性の基準の下でも、法令がいかなる適用を考えても全く不合理であれば、 あり得る判断だと言えよう 38)。そして、他方、当該事案が「法令の禁止する 典型的行為」39)である場合は、そうなり易い。また、法令違憲には、全部違憲 と一部違憲があり得るが、そもそも、当該法令全体から見れば、一字でも複数 箇条でも、その一部の法文が違憲とされる 40)点では一部違憲であるのであっ て、両者は量的な問題であり、連続的に捉えることが可能であるので、最高裁 が国会に法改正を求める点で変わりはなく、区別して論じる意味はあまりない ものであろう 41)。 なお、事情判決や警告判決を、法令違憲、適用違憲と並ぶ「手法」として挙 げる例 42)もあるが、議員定数不均衡違憲判決の多くは公職選挙法別表を違憲 としたもの 43)で、分類すれば法令違憲である。これらの判決方法は、別類型 の問題であると解したい。. 2 運用違憲の幻 ところで、違憲判決の手法として、運用違憲という概念が挙げられる場合が ある。そこでは、運用違憲は適用違憲と区別すべきものとされている 44)。 日韓条約反対デモ事件第一審判決(寺尾判決)45)は、東京都「集会、集団行進 及び集団示威運動に関する条例」の運用を検討し、 「現実に行なわれる道路に おける集団示威運動が、すべて条件違反であり、その主催者、指導者、煽動者は、 刑罰法令に触れるものとされていることを思うとき現在のごとき運用は、条件 付与の部分において、もはや、合理的かつ必要最少限度の範囲内で道路におけ 33.

(6) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). る集団示威運動が制限されているにすぎないといえないことが明らかである」 として、 「条件付許可処分に関する都公安委員会の運用は、総括的にみて手続 及び内容において著しく取締の便宜に傾斜し、憲法の保障する集団行動として の表現の自由を事前に抑制するものとして最少限度の域を超えており、かかる 運用の一環として流出したともいうべき本件条件付許可処分は憲法第 21 条に 違反しその瑕疵が重大かつ明白であつて違憲、無効であると認めざるをえない」 と判断したものであり、運用違憲の例とされている。これには、 「純粋にその 事件の解決という観点からすれば、憲法問題にふれる必要はないのであるが、 いわば法令の上位に憲法を重ねることによって、その法令の本来の解釈運用の あるべきすがたを示す、という意味をもつ」46)という肯定的理解もある。 しかし、裁判所が法令の運用実態について審査できるとしても、あくまでも 当該事件の処分もしくは法令自体の合憲性等を判断するための補助事実に過ぎ ない筈である 47)。表現や集会結社の自由の制限について、判決が認定するよ うに、 「事務処理の実体はいわゆる事前折衝という闇の手続をもふくめて、コー スの一部変更や警視庁独自の考案にかかる『集団行進』という概念の設定とこ の枠にはめこむことによる集団行動の実質的空虚化、集団示威運動に対するお びただしい条件の付与等々、集団行動における表現の自由がいちじるしく制限 される許可制が行われているのであつて、とうてい届出制と近似するものとは いえない」のであれば、過度に広汎な規制であり、曖昧漠然な規制であって、 端的に文面違憲とすべきである 48)。逆に、経済的自由の規制について、多く のガイドラインや指導によってなされており、法律だけからは規制対象が明確 にならないとしても、合理性の基準の下では運用全体を問題にする必要はなく、 当該事案への適用が明らかに違憲であるときに、これに限って違憲、即ち適用 違憲と言えば足りるであろう 49)。 「運用状況いかんによっては、 」 「違憲的な運 用を許す法令自体の効力を問題にするのが妥当」50)だからである。また、合理 性の基準の下といえども、事案を超えて、当該法令の全ての適用が合憲である と判断することは不可能であり、また、萎縮的効果等とも無縁である以上、そ 34.

(7) 法令違憲. うする必要もないのであるから、文面審査による「法令合憲判決」というもの は、付随的違憲審査の下では、ない 51)。別の観点からすれば、適用か法令の 違憲を判示すればよいところ、運用について合憲性を判示することは、事件の 解決を旨とする司法権の判断を超えるものとの疑念が拭えまい 52)。 そのように考えると、 「運用違憲」という概念は不要なのではないか、と思 えるものである。判例が固まった後の下級審の知恵として、このような手法が 「なお評価すべきところがある」との評価 53)もあるが、猿払事件一審判決 54)の 評価と同様、理論的には苦しい。 「法令の上位に憲法規定を重ねることによっ て、その法令の本来の解釈運用のあるべきすがたを示す」55)ものであるなら尚 更、運用への言及は傍論までではなかろうか。また、そのためか、この手法は 「適用違憲ほど発展しなかった」56)のである。 そうであれば、存在するのは、法令違憲と適用違憲の区別ではないか。一般 的に、付随的違憲審査制の下では、事案を見て、その解決のために必要な限り で憲法判断を行うべきであるので、 適用審査の下でそれらは行われる 57)。ただ、 上述のように、表現の自由の優越的地位、特に萎縮的効果の面から、事案を見 るまでもなく法文の審査を行うことが認められており、文面違憲とは、文面審 査の下での法令違憲と分類できる。違憲判断自体は 2 種類と考えられよう。. 3 処分違憲の謎 ところが、以上のほか、近年、 「処分違憲」という概念を創設する学説の動 きがある。処分違憲とは、 「適用違憲の場合のように法令の規定の合憲性につ いては問題とせず、つまり法令が合憲であることを前提として、裁判を含めた 公権力の権限行使(処分)そのものの合憲性について審査を加え、違憲の見解 を示すこと」58)だとされる。法令違憲の場合とは異なり、立法事実ではなく、 「司法事実」的な事実問題に審理の中心があることとなろう 59)。 戸松秀典は、強制調停違憲決定 60)をまず例に挙げる。金銭債務臨時調停法 7 35.

(8) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 条の定める調停に代え得る裁判については「純然たる訴訟事件」を含んでいな いにも拘らず、下級審が純然たる訴訟事件について強制調停としたことを、 「憲 法 82 条、32 条に照らし、違憲たるを免れない」としたものである 61)。また、 愛媛玉串料訴訟最高裁判決 62)もその例に挙げる。公金支出という行政権の行 為を違憲と判断した判例である。加えて、 高田事件判決 63)も処分違憲の例に 「加 えることができる」64)という。長年の審理中断を不作為の処分と見ることがで きるのであれば、そう考えることもできようか。更には、下級審では、第二次 家永教科書訴訟第一審判決(杉本判決)65)もあるという。 しかし、一般的には「処分違憲」の例としては、いわゆる第三者没収事件判 決 66)が挙げられることが何よりも多い 67)。同判決において、最高裁は、憲法 29 条 1 項と 31 条を根拠に、 「第三者の所有物を没収する場合において、その 没収に関して当該所有者に対し、 何ら告知、 弁解、 防禦の機会を与えることなく、 その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところで あるといわなければならない」とし、 「第三者の所有物の没収は、被告人に対 する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものである から、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与 えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適 正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならない」の で、 「関税法 118 条 1 項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法 31 条、 29 条に違反する」とし、 「没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有 物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の 違憲を理由として上告をなしうる」としたのである。 この判決は、当初から、関税法 118 条 1 項を違憲とした法令違憲判決である のか、同項の下での本件没収のあり方、即ち適用が違憲なのか、という論争が 生じた 68)。これについて、野坂泰司は、犯罪に係る貨物の没収は憲法上問題 ないので、第三者に確認を取らないことをもって法令違憲と断じることは難 しく 69)、合憲限定解釈の余地があれば法令の解釈適用を誤ったと言えばよく、 36.

(9) 法令違憲. 合憲性に疑問がないのであれば「法令を違憲的に適用した国家行為(処分)を 端的に違憲と判示すれば十分であって、これを法令の適用違憲という必要はな い」と断じ、処分違憲であると結論付けている 70)。野坂は、前述の東京高裁 寺尾判決も処分違憲であるとしている 71)。 処分違憲の範疇に入るとされる事案には、司法手続に関するものが目立つの も特徴である。山本龍彦は、適用違憲が「照準にしているのは、法令、あるい は法令を定立した立法府なのであって、行政機関等による法令の『適用行為 』ではな」いのに対し、 「法令自体は “ シロ ” で(つまりは、法令自体 (application) 、専ら行政機関等の適用行為または処分を審査 に洗い出すべき憲法上の問題はなく) する方式」が処分違憲であるとしている 72)。処分違憲などの判断は、 「立法・ 行政権との対抗関係を生むことのない、司法権の内部で処理可能な問題につい ての違憲判断であるとの性格づけが可能」であって、 「司法消極主義の姿勢に おいても、産出可能な違憲判断であったと読み取ることができる」73)という評 価もある。 しかし、第三者没収事件判決では、あらゆる処分・適用は、この法令に基 づく限りは違憲とならざるを得ず 74)、実質は、およそこのような被告人に「告 知、弁解、防禦」の機会を与えていない法令が違憲とされたのであるから、 刑事手続に関する本法令の規定を合憲的に適用することは無理なのであり、 その部分(或いはその不作為)について、本来、法令違憲とすべきものではなかっ たかと思える 75)。しかし、本判決に関しては、法文に対する審査は行ってお らず、国会に裁判書も送っていない。法令違憲判決でないことは、これとは 異なる事例であれば法令違憲となると指摘した、垂水裁判官の補足意見から も裏打ちされよう 76)。もしも、本項そのものを違憲としたのではないのだと すれば、少なくとも本件事例での本項の適用する限りで違憲、結果として本 項に基づく本件事案の処分が違憲違法であったものであり、適用違憲と言え ばよい 77)のではないであろうか 78)。そうであるとすれば、最高裁による明示 的な適用違憲判決がない 79)中で、覚醒せざる適用違憲判決が下されていたこ 37.

(10) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). ととなる。これ以外の判決の多くは、法令違憲や合憲限定解釈の一種と考え るべきであろう 80)。処分違憲という概念があるとしても、それは適用違憲のサ ブカテゴリーであるに過ぎず、あえてそのような概念を立てる必要は薄い 81)。 そもそも、処分が違憲であることが判断される中で、法令自体の合憲性を担保 する必要はなく、その合憲性についての判断は、当該事案の解決の中では留保 されていると解すべきであろう。そして、それ以前に、処分は法令に基づくも のであるため、その場合は法令の解釈や合憲性が問題にされるべきではあるま いか 82)。このことは、他の判決・決定についても言えることではなかろうか。 戸松秀典は、 「適用違憲や処分違憲の場合」 「についても、効力や効果のことを 考える必要がある」として、 「これらの手法は、当該訴訟・事件における事実 の関連で裁判されるから、同じような事実状態にある者は、同じように違憲の 効果を受けるとの期待が抱かれ、法令違憲と同様の裁判の効果の問題が生じる」 と述べている 83)。だが、このことは、直接的に法令の無効が宣言される法令 違憲と区別されながら、適用違憲と処分違憲とが効果の点で同じであることを 端的に示していよう。 山本龍彦は、適用違憲について、 「法令に含まれる問題を、当該事件限りで 洗い出そうとする営為、あるいは、その具体的事件によって切り出された法令 部分の違憲性を審査する営為である」84)とするが、これでは、一部違憲や合憲 限定解釈との区別がないことになる。適用違憲とは、法令自体の合憲性の判断 には触れない判断であると解すべきであり、適用違憲を「法令違憲の一種で ある」85)とするのは疑問である。もし山本説に従うならば、適用違憲という概 念はないか、少なくとも誤解を招く名称だったことになろうが、適用のみを違 憲とする判断は厳然としてあり得るので、疑問である 86)。こう解する山本は、 これと区別して、処分違憲を、立法府ではなく、 「行政機関等の適用行為また は処分に疑わしい点があり、それ(のみ)を洗い出す審査」87)と述べているも のであるが、裁判所が、一つの事案で法令が合憲であることにお墨付きを与え ることはないのであり、適用審査から入って、少なくとも法令の適用行為等に 38.

(11) 法令違憲. 違憲の点があるものは適用違憲と判示すべきように思われる 88)。山本は、 「法 令を作った『立法者』に非があるのか、本件のような適用を行った『行政府』 に非があるのか」 「がきわめて不明瞭になる」ことを恐れている 89)が、適用違 憲が法令の文言の変更を裁判所は求めるものではないことは明快であって、こ の疑問は不必要なものに思われる 90)。 宍戸常寿もまた、 「憲法 81 条の文言でいえば、 『法律、命令、規則』ではな く、その適用行為すなわち『処分』 」についての違憲判断であれば、 「いわゆる 『処分違憲』と整理」できると述べている 91)。だが、だとすれば、 「法律、命令、 規則」については法令違憲であり、処分を問題にするのは、法令のまさに「適 用行為」なのであるから、適用違憲に分類すればよいだけなのではなかろうか。 まさに、 「法令ではなく処分についての違憲・合憲の判断は、 」 「処分の個別的・ 具体的性質上、当該事件に限定される」のみ 92)であり、特段の区別は必要な いのではあるまいか 93)。 古くは、捜査機関から令状の発付又は強制処分の請求を受けた裁判官が、こ れを違憲と判断して拒絶できるかという論点があった 94)。本裁判を前に、違 憲の判断を行える例がどれだけあるかは疑問であるが、国家行為の全ては司法 審査の対象であることからすれば、その判断は不可能ではないという結論には なろう 95)。これは処分違憲か。しかしこれについても、少なくとも本件適用 の限りで違憲と判断するときと、一見して当該法文の適用がおよそ違憲となる ために法令違憲となるときに分かれるのみであり、処分違憲という概念はここ でも不要であると思われる。 処分違憲とは、法令の合憲性を担保しながら、当該処分だけを違憲とするも のだとするところに問題の端緒があろう。裁判所が、当該事件の解決に際して は法令の適用を違憲としながら、事件の解決を超えて、法文自体は合憲である ことを保障するということがあり得ようか 96)。別の事件が法廷に来なければ、 この点はわからない筈であり、いわゆる合憲判決も「本件適用の限りでは違憲 ではない」という判断に過ぎない 97)。適用違憲は当該法令の法文自体が合憲 39.

(12) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). であることを保障するものではない。また、法令違憲の一種という位置付けが なされることもあるが、適用違憲の意味が曖昧もしくは無になる 98)ばかりか、 そもそも事案の解決を主とする日本国憲法下の司法権に即した司法判断の可能 性を否定することになり、首肯できるものではない。. おわりに 運用違憲や処分違憲という概念は認める必要はなく、違憲判断には、文面審 査による法令違憲、適用審査による法令違憲、適用審査による適用違憲の 3 種 類(違憲判断自体は 2 種類)があり 99)、最後のものが原則であって前 2 者は例外 であるということが、本稿のまとめである。特に、近年、処分違憲概念を所与 のものとし、何らかの判断手法をこれに分類をすることを試みる例が多いが、 これを適用違憲と区別して論じる意義は、やはりないように思われる 100)。 適用違憲が本筋である中で、法令違憲をする場合とは、法令によほどの瑕疵 があるときではないか。この点、精神的自由規制法令は、厳格審査の下で僅か な不適合性をも理由とされるため、立法者の目的や動機ではなく、いわば立法 技術的過失が指摘されることもあろう。これに対して、経済的自由規制のよう な事案での、より緩やかな司法審査基準の下での法令違憲については、司法消 極主義によればなるべく正面からの目的審査を避けるべき 101)ではあるが、結 局は、かえって法令の目的や立法動機にメスが入っていると解すべきではなか ろうか。しかし、最高裁の法令違憲判決は、何れも手段違憲と評価されている。 法令違憲が本来であるとすれば、違憲判断は頻発するのが普通であるのに、現 実はそうではないことを鑑みると、日本の最高裁の付随的違憲審査制理解の一 貫性には疑問がある。多くの適用違憲を本流に、法令違憲は数少なくとも衝撃 力のあるものにというのが憲法上の要請であり 102)、ここに戻るべきである。. 40.

(13) 法令違憲. 1)こ れは、日本国憲法の「司法権」が具体的事件の法的解決を行う作用であること、違憲 審査権もまた、憲法解釈上、 「司法権」の一部であると解さざるを得ないため、憲法訴訟 論がその拘束を受けることによって概念構成される。川岸令和ほか『憲法』 〔第 3 版〕328 頁以下(青林書院、2011) [君塚正臣]参照。 2)君塚正臣「適用違憲『原則』について」横浜国際経済法学 15 巻 1 号 1 頁(2006) 。稲井雄介「憲 法判断の方法と違憲審査制」九大学生法政論集 1 号 15 頁、22 頁(2007)同旨。君塚「公 法系第 1 問・解説」ロースクール研究別冊 Law School 演習 5 号 48 頁、51 頁以下(2011) も参照。なお、市川正人「文面審査と適用審査・再考」立命館法学 321=322 号 21 頁、25 頁(2008)は、こういった判断は「政策的判断に基づくものでもある」と述べる。 3)なお念のためであるが、法令違憲か適用違憲かは、具体的事件における、憲法判断の結 論の出し方の問題であり、違憲判決の効力の問題と異なる。後者は、法令違憲のときでも、 判決は一般的効力を有さず、立法機関、当該法令制定機関による法令の改変を必要とす るということで決着している。渋谷秀樹『憲法訴訟要件論』396-397 頁(信山社、1995) など参照。 4)君塚正臣「国家公務員法違反事件鑑定意見書」横浜国際経済法学 19 巻 1 号 89 頁、101111 頁(2010)参照。 5)山本龍彦「 『適用か、 法令か』という悩み (後篇) 」法学セミナー 682 号 86 頁、87 頁(2011) 、 市川前掲註 2)論文 26 頁ほか。当初からそうであったと思われる。最高裁初期の合憲判 決がおよそあっさりと法文が合憲であることを認定し、その適用も当然に合憲としてい た点は、大島笙「最高裁判所判例にあらわれた法令違憲論」判例タイムズ 3 巻 6 号 11 頁 (1952)参照。 6)郵便法違憲判決(最大判平成 14 年 9 月 11 日民集 56 巻 7 号 1439 頁)が適用違憲でなかっ たことの分析につき、野坂泰司『憲法基本判例を読み直す』10-11 頁(有斐閣、2011)参 照。他方、アメリカの連邦最高裁判所は、ロバーツ長官が就任して以降ますます、 「文面 上の訴え」ではなく「適用上の訴え」を選好しているとの指摘があり、司法消極主義的 な態度と言っても、日米で対照的である。青井未帆「憲法判断の対象と範囲について(適 用違憲・法令違憲) 」成城法学 79 号 41 頁、44 頁(2010) 。山本同上 86 頁同旨。 7)このことは、憲法判断と法令の解釈の順序について、憲法判断先行説が根強かったこと にも表れている。付随的違憲審査制を採る限り、それは誤りであろう。君塚正臣「憲法 判断回避の『法理』について」横浜国際経済法学 14 巻 1 号 1 頁、5 頁(2005) 。また、 「憲 法裁判」の一般的イメージの問題でもある。同「付随的違憲審査制の活性化に向けて」 関西大学法学論集 52 巻 6 号 81 頁(2003)参照。 8)市川前掲註 2)論文 27 頁は、これらを「安易な合憲判決」と表現する。 9)榎原猛編『基礎法学』106 頁(法律文化社、1984) [澤田嘉貞] 、戸波江二「ドイツ連邦憲 法裁判所の現況とその後」ジュリスト 1937 号 53 頁(1994) 、佐々木雅寿『現代における 41.

(14) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 違憲審査権の性格』276 頁以下(有斐閣、1995) 、畑尻剛「憲法裁判所設置問題も含めた 機構改革の問題」公法研究 63 号 110 頁(2001)など。憲法裁判所設置には、全体主義政 党の解散などを動機とする憲法改正が必要である、というのが本稿の立場である。立法 政策としても賛同できない。特に、 戸波江二『憲法』 〔新版〕440 頁(ぎょうせい、1998)は、 「事件性の要件は必ずしも例外を許さない絶対的な要件ではな」く、 「事件性を欠く訴訟 が法定され」ていること、 「抽象的違憲審査制の観念自体が多義的であ」ること(抽象的 と付随的の区別が明確でない、の意か) 、 「憲法上の明文規定のないことは、必ずしも決 定的な理由とはいえない」ことなどから、 「抽象的違憲審査制をとるには憲法改正が必 要であるとは解され」ないとするが、この議論によれば、憲法裁判所はおろか、軍法会 議も革命裁判所も星室裁判所も日本国憲法が許容する結果になりそうである。だが、同 書 411 頁が、 「特定の人間または事件について裁判するために、通常裁判所の系列から独 立して裁判権を行使する裁判所」の設置は違憲であると述べていることと矛盾はないか、 疑問である。長尾一紘「司法権の現代的課題」法学教室 253 号 7 頁、12 頁(2001)の、 「客 観訴訟も含めて」 「およそ裁判作用」を全て「司法」とする定義も、同様の問題を含むで あろう。君塚正臣「判批」法学セミナー増刊『判例解説 vol.10』註 11(日本評論社、2012 近刊)も参照。 10)最大判昭和 48 年 4 月 4 日刑集 27 巻 3 号 265 頁。 11)尊属殺重罰規定が法令違憲に至ったことにつき、芦部信喜ほか「研究会・憲法判例の 30 年」ジュリスト 638 号 452 頁、463 頁(1977) [園部逸夫発言]は「事実審の影響」を挙 げている。 12)田中裁判官は、多数意見を批判し、 「尊属殺害が通常の殺人に比して一般に高度の社会 的道義的非難を受けて然るべきであるとしてこれを処罰に反映させても不合理ではない という観点に立つとすれば、尊属殺害について通常の殺人に比して厳しい法定刑を定め るのは当然の帰結であつて、処断刑 3 年半にまで減軽することができる現行の法定刑が 厳しきに失し、その点においてただちに違憲であるというのでは、論理の一貫性を欠く のみならず、それは、法定刑の均衡という立法政策の当否の問題であつて、刑法 200 条 の定める法定刑が苛酷にすぎるかどうかは、憲法 14 条 1 項の定める法の下の平等の見 地からではなく、むしろ憲法 36 条の定める残虐刑に該当するかどうかの観点から、合 憲か違憲かの判断が加えられて然るべき問題である」と判示しており、刑法 200 条を寧 ろ憲法の 31 条以下(刑事における実体的適正保障)に触れるのではないかと示唆して いる。尊属と卑属で扱いをことにすることは、相続に関する民法 900 条及び 901 条など の通り、家族法分野では当然にあることであり、本件が刑罰に関するものであるため にこれだけの問題になったと解せないか。君塚正臣「日本国憲法 31 条の射程について」 横浜国際経済法学 13 巻 2 号 31 頁(2005)も参照。 13)佐藤幸治『憲法訴訟と司法権』214 頁(日本評論社、1984)は、 「適用審査に基づく文面 42.

(15) 法令違憲. 違憲無効型」とする。これに対して、市川前掲註 2)論文 31 頁はこれを批判しつつ、 「適 用審査から出発し文面審査に転換したと見るべき」と評する。 14)初宿正典「刑法 200 条と適用違憲の可能性」ジュリスト 766 号 82 頁(1982) 。 15)同上同頁。 16)同上同頁。 17)同上 84 頁。 18)同上 84-85 頁。 19)同上 85 頁。 20)同上同頁。 21)1995 年まで、刑法 200 条が廃止されなかったことも想起すべきである。尾崎良康「初宿 先生の論文『刑法 200 条と適用違憲の可能性』に寄せて」愛知教育大学社会科学論集 23 号 119 頁、122 頁(1983)同旨か。 22)なお、文面審査とは、法令自体を問題にするものであり、必ずしも法令の文言だけを問 題とする審査ではない。市川前掲註 2)論文 23 頁。 23)君塚正臣「判批」東海大学文明研究所紀要 15 号 95 頁(1995) 、同「判批」佐藤幸治=土 井真一編『判例講義憲法Ⅰ』79 頁(悠々社、2010) 、同「判批」同 81 頁など参照。 24)君塚正臣「判批」佐藤=土井編同上 117 頁、同前掲註 4)研究など参照。 25)君塚正臣「判批」阪大法学 41 巻 4 号 501 頁(1992) 、同「判批」佐藤=土井編同上 85 頁、 同「判批」同 87 頁、同「明確性の原則」戸松秀典=野坂泰司編『憲法訴訟の現状分析』 掲載予定(有斐閣、2012 近刊)など参照。 26)長谷部恭男『憲法』 〔第 5 版〕414 頁図 3(新世社、2011)参照。 27)松井茂記『日本国憲法』 〔第 3 版〕119 頁(有斐閣、2007) 。藤井俊夫『憲法訴訟の基礎理論』 123 頁(成文堂、1981)のいう「standing の是認」と同旨か。 28)毛利透『表現の自由』105 頁以下(岩波書店、2008) 、稲井前掲註 2)論文 23 頁。高橋和 之『立憲主義と日本国憲法』 〔第 2 版〕394 頁も、萎縮的効果の故に、 「表現の自由等の 領域については」 「文面上判断を優先すべき」だが、これ「を必ずしも懸念する必要の ない経済的自由等領域については、適用上判断をとるのがよい」としている。 29)だからこそ、第三者の憲法上の権利主張と文面審査は結び付き易いのである。宍戸常寿 『憲法解釈論の応用と展開』292 頁(日本評論社、2011) 。また、 同書が権利一般ではなく、 憲法上の権利であると注意深く記述している点は重要である。 30)これについて、阪本昌成『憲法理論 I』 〔補訂第 3 版〕445 頁(成文堂、2000)は、 「適用 審査→法令審査→法令違憲」と表現している。 31)時國康夫『憲法訴訟とその判断の手法』90 頁(第一法規、1996) 。 32)宍戸前掲註 29)書 42 頁同旨。松井前掲註 27)書 120 頁 は、こ れ を、 「法律 の 適用 さ れ た限りでの違憲」と呼び、 「法律の文面上違憲」と区別する。この点、高橋和之『憲法 43.

(16) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 判断の方法』48 頁(有斐閣、1995)が、 「日本でいう『法令違憲』の判決は、文面上違 憲と同じ」とし、同書 178 頁が、 「法律がその適用のすべてにおいて違憲とされる場合」 も「文面上違憲判決」に含めているのは疑問である。文面違憲は、あくまでも精神的自 由の場合、その優越的地位から例外的に認められる判決手法であって、適用審査法令違 憲は、文面審査法令違憲(文面違憲)と概念上も区別されるべきである。 33)稲井前掲註 2)論文 20 頁。 34)君塚正臣『性差別司法審査基準論』167 頁以下(信山社、1996)の事例の多くが法令違 憲的判断を是としているのは、性差別事例の司法審査基準が厳格審査であるという同書 の主張と密接に関連している。 35)山本龍彦「 『適用か、 法令か』という悩み (前篇) 」法学セミナー 681 号 86 頁、89 頁(2011) 。 36)こ の点、青井前掲註 6)論文 72 頁は、アメリカの最高裁が近年、事実関係 A に適用さ れる限りにおいて制定法 S が違憲とされていた部分が適用違憲になってきていることを 指摘している。このことは、一つの適用例が違憲であることで法令違憲を導けない傾向 にあるということであり、司法審査基準が緩くなっていることが示唆できるであろう。 37)司法審査基準については、君塚正臣「二重の基準論の根拠について」横浜国際経済法学 16 巻 1 号 1 頁(2007) 、 同「二重の基準論の意義と展開──『二重』は『三重』ではない」 佐藤幸治古稀記念『国民主権と法の支配下巻』31 頁(成文堂、2008) 、同「二重の基準 論の応用と展望」横浜国際経済法学 17 巻 2 号 1 頁(2008) 、同「二重の基準論とは異質 な憲法訴訟理論は成立するか──併せて私人間効力論を一部再論する」横浜国際経済法 学 18 巻 1 号 17-58 頁(2009) 、同「司法審査基準──二重 の 基準論 の 重要性」公法研究 71 号 88-99 頁(2009)など参照。 38)青柳幸一「法令違憲・適用違憲」芦部信喜編『講座憲法訴訟第 3 巻』3 頁、5 頁(有斐閣、 1987)は、法令違憲を 4 つに分類し、立法目的が違憲、規制手段自体が違憲、目的と手 段とが「不適合・不必要・不均衡」なとき、 「規定が不明確であるか、あるいは過度に 広汎(overbroad)である場合」であるとする。しかし、第 3 のものは一般に手段が不 合理なものの一つであるので第 2 の類型に吸収されるべきであるし、第 4 のものは文面 審査としてメタレベルで異なる分類として記述されるべきであるほか、事前抑制禁止の 法理に触れられていない点で問題がある。なお、政教分離違反、多分に大学の自治の侵 害については、文面違憲そのものではないが、原告適格の拡大は許容されるべきだと考 えられる。君塚正臣「政教分離と原告適格」榎原猛古稀『現代国家の制度と人権』194 頁(法律文化社、1997)参照。  関連 し て、 「平成 23 年新司法試験 の 採点実感等 に 関 す る 意見(公法系科目第 1 問) 」 (http://www.moj.go.jp/content/000082799.pdf)において、 「原告の主張を展開すべき場面 で、違憲審査基準に言及する答案が多数あった。違憲審査基準の実際の機能を理解して いないことがうかがえるとともに、事案を自分なりに分析して当該事案に即した解答を 44.

(17) 法令違憲. しようとするよりも、問題となる人権の確定、それによる違憲審査基準の設定、事案へ の当てはめ、という事前に用意したステレオタイプ的な思考に、事案の方を当てはめて 結論を出してしまうという解答姿勢を感じた」 (4 頁) 、 「目的手段審査にとらわれず、両 者の人権価値が本問においてどのように衝突しているのかを具体的に分析し、解決を見 いだそうとする優れた答案も少なからずあった」 (5 頁)等の記述があるが、当該人権が いかなる司法審査基準の適用を呼ぶのかは重要な点であり、適用審査と文面審査の何れ が自然であるかの選択にも関わる点である。これすらも、機械的で「紋切り型」とされ るのであれば、憲法判断は個別具体的でアド・ホックな審査にならざるを得ない。解釈 者・判断権者の恣意的判断を避けるべく努力してきた、これまでの憲法学の成果を否定 するものではないか。 39)小山剛『 「憲法上の権利」の作法』 〔新版〕240 頁(尚学社、2011) 。 40)木村草太『憲法の急所』36-37 頁(羽鳥書店、2011)は、 一部違憲を法令が違憲になる点で、 いわゆる法令違憲は「法文違憲」と呼ぶべきだと言う。しかし、一部違憲も量的な問題 であるので、法令違憲の範疇に含むと考えればよい。なお、ある法規が違憲であること を主張するのに、その法規の属するおよそ無関係の条文の合憲性や法令全体の合憲性に 疑義を唱えて上告理由とすることは許されない。芦部信喜『憲法訴訟の理論』169 頁(有 斐閣、1973) 。 41)青 柳 前 掲 註 38 ). 論 文 8 頁 は、. 一 部 違 憲 の 中 に「質 的 一 部 無 効( qualitative. Teilnichtigkeit)」という「法規の有する可分の意味の一部を違憲とするもの」があると 述べる。この部分の記述は、 「ドイツの判例・学説」を根拠にしているが、憲法裁判所 制度を採用していない日本では、法令違憲に拘る必要はなく、また、合憲限定解釈と呼 べば十分なものである。同論文 9 頁は、西ドイツ連邦憲法裁判所法 79 条 1 項の 1970 年 改正を紹介しつつ、10 頁では「一般的には、質的一部違憲と合憲限定解釈とは区別しう る」と述べる。新正幸『憲法訴訟論』 〔第 2 版〕443 頁以下(信山社、2010)同旨。また、 木村同上 37 頁も、合憲限定解釈について、 「法令の一部を違憲無効にするという判断を 伴っている点で、 」 「単なる限定解釈とは区別される」と述べた上で、 「違憲部分を除外 する解釈が解釈の限界を超え」 、合憲限定解釈をが「論理的に不可能」なときには、 「法 令の可分な意味の一部の違憲、 一部違憲」と言えばよいとする。しかし、 合憲限定解釈は、 実は、厳格審査ならば素直に法令違憲と言えばよく、合理性の基準ならば合憲的適用の 余地があるにも拘らず事案の解決を超えて裁判所が判断をするものであるから、実際は、 法文そのものが広汎な一般条項やそれに近いものに限られる、特異な判断手法であると 思われる。君塚正臣「合憲限定解釈の再検討」帝塚山法学 11 号 35 頁(2006)参照。付 随的違憲審査制度を採用する日本では、質的一部違憲の概念を否定し、適用違憲である と言えば足りる。山本前掲註 35)論文 88 頁もまた、 適用審査について、 「 『部分無効』 (意 味上の一部違憲) 」という形式に非常に近い」と記すが、それが法令審査ではなく、こ 45.

(18) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). のように分析する必要はないものと思える。市川前掲註 2)論文 35 頁も、 「 『適用上違憲』 か 『一部違憲』かは、 判決内容にそれほどの違いをもたらすものではなく、 」あくまでも 「一 部違憲」と市川が呼ぶのは「文面審査であるから」だと述べており、その趣旨には賛同 できる。 42)佐藤幸治『日本国憲法論』660 頁(成文堂、2011)など。 43)例えば、最大判昭和 51 年 4 月 14 日民集 30 巻 3 号 223 頁、最大判昭和 60 年 7 月 17 日民 集 39 巻 5 号 1100 頁など。 44)芦部信喜『憲法訴訟の現代的展開』53 頁(有斐閣、1981) 。 45)東京地判昭和 42 年 5 月 10 日下刑集 9 巻 5 号 638 頁。 46)樋口陽一『憲法』 〔第 3 版〕451 頁(創文社、2007) 。 47)戸松秀典『憲法訴訟』 〔第 2 版〕356 頁(有斐閣、2008) 。 48)こ の点、青柳前掲註 38)論文 6-7 頁の述べるように。運用違憲は、 「当該制度の運用自 体を違憲とする点で法令違憲に類似した効果をも」ち、 「文面審査的なものと結び付く アプローチ」である。しかし、同論文は、本概念はだからこそ法令違憲に吸収されるべ きことを指摘しておらず、疑問である。 49)同上 4-5 頁は、経済的自由でも、 「 『個人の尊重』あるいは『人間の尊厳』にとって不可 欠なものもあ」り、 「それらは優越的に保護されなければならない」ので、 「権利救済の ための文面審査が許されなければならない」とする。しかし、まず、憲法 13 条の幸福 追求権の核心であれば、司法審査基準の厳格度が高まるだけであり、付随的違憲審査制 の下では、文面審査はあくまでも精神的自由の一部の特則と言うべきである。芦部信喜 以来の憲法訴訟論の成果を無視したこのような結論は、前掲註 38)採点実感同様、賛成 できない。 50)芦部前掲註 44)書 54 頁。 51)青柳前掲註 38)論文 4 頁は、アメリカ「連邦最高裁は、1960 年代以前から」 「合理性の テストの下で」 。 「当事者への法令の適用の合憲性」を「個別的に審査」しない「法律救 済のための文面審査」を行っていると記すが、少なくとも、事件争訟性概念を踏まえて 付随的違憲審査制を前提にするならば、そのようなものは誤りと言わねばならず、日本 法への示唆とすることは有害である。日本の裁判所は憲法裁判所ではない。高橋前掲註 28)書 178 頁も、 「原則は適用上判断」としており、 同書 21 頁も、 「事件の救済としては、 合憲判断は不必要」としている。 52)戸松前掲註 47)書 356 頁は、 「勧告的意見に等しい」 「不明確な裁判である」し、 「裁判 官の個人的見解が色濃く現れてい」るなどと、寺尾判決を批判する。新前掲註 41)書 489 頁も、事件性の要件との関係で問題であると指摘する。 53)佐藤前掲註 42)書 660 頁。初宿正典『憲法 1』147 頁(成文堂、2002)同旨。杉原泰雄『憲 法 II』421 頁(有斐閣、1989)も「考慮に値する」とし、阪本前掲註 30)書 449 頁も肯 46.

(19) 法令違憲. 定的に紹介する。野中俊彦ほか『憲法 II』 〔第 4 版〕305 頁(有斐閣、2006) [野中]は、 「一 概に否定しさるのは適切ではなかろう。ただ通常の場合には、違憲的な運用を許す法令 自体を違憲と判断すべき」だと論じる。 54)旭川地判昭和 43 年 3 月 25 日下刑集 10 巻 3 号 293 頁。本件も、表現の自由の規制である 以上、理論的には、原則として法令違憲で臨むべきであった。 55)樋口陽一『憲法 I』525 頁(青林書院、1998) 。 56)中谷実編『憲法訴訟の基本問題』242 頁(法曹同人、1989) [井上典之] 。 57)青柳前掲註 38)論文 7 頁は、 「適用審査における法令違憲」について、 「それは、ある法 令に違憲の部分と合憲の部分があることを前提とする」とあるが、その可能性があり、 特に厳格度の低い司法審査基準の判断すべき事案では、裁判所は適用違憲までを限度 とすべきであろうから、この整理は疑問である。同論文が続けて、 「適用審査における 法令違憲の問題は、可分性の問題に帰着する」として、 「合憲限定解釈」や「一部違憲」 概念に筆を進めていることからも、次元の異なる論点を混同しているものと考える。芦 部前掲註 44)書 45 頁も、 「法令違憲は合憲限定解釈の余地がない場合に成立」すると明 言している。 58)戸松前掲註 47)書 349 頁。 59)林屋礼二『憲法訴訟 の 手続理論』160 頁(信山社、1999) 。な お、同書 は、 「適用違憲」 という概念を特に取り上げていない。他方、127 頁では、 「当事者から『処分の違憲性』 についての審査が申し立てられた場合には、そのさいの憲法訴訟では、 『具体的事件』 と『処分の違憲性』が『審判の対象』となる」とも述べており、同書のいう「処分違憲」 とは実は「適用違憲」のことなのではないかという感がある。 60)最大決昭和 35 年 7 月 6 日民集 14 巻 9 号 1657 頁。 61)こ れについては、戸松前掲註 47)書 350 頁が、 「この決定は、最高裁判所が司法審査制 の発足以来はじめて国家の行為に対して違憲判断を下したものとして、特筆されてよい といえるのだが、憲法学説上は、あまりこれが重視されていない」と論評している。 62)最大判平成 9 年 4 月 2 日民集 51 巻 4 号 1673 頁。 63)最大判昭和 47 年 12 月 20 日刑集 26 巻 10 号 631 頁。 64)戸松前掲註 47)書 351 頁。 65)東京地判昭和 45 年 7 月 17 日行集 21 巻 7 号別冊。 66)最大判昭和 37 年 11 月 28 日刑集 16 巻 11 号 1593 頁。 67)戸松前掲註 47)書 350 頁、宍戸前掲註 29)書 293 頁註 2 など。だが、最近の著作でも、 内野正幸『憲法解釈 の 論点』 〔第 4 版〕173 頁(日本評論社、2005) 、渋谷秀樹=赤坂正 浩『憲法 2』 〔第 3 版〕159-160 頁(有斐閣、2007) [渋谷] 、渋谷秀樹『憲法』652 頁(有 斐閣、2007) 、川又伸彦『マスター憲法』306-308 頁(立花書房、2009) 、岩間昭道『憲法 綱要』302 頁(尚学社、2011) 、小泉良幸ほか『Legal Quest 憲法 I』343 頁以下(有斐閣、 47.

(20) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 2011) [松本哲治] 、長谷部前掲註 26)書 411 頁以下、松井前掲註 27)書 119 頁以下のよ うに、処分違憲概念を特に用いないものも多い。また、小山前掲註 39)書 237 頁以下は、 この概念を採る学説があることを指摘しつつ、 「以下の解釈・適用審査の説明において 触れないこととする」とする。 68)横田喜三郎『違憲審査』824 頁(有斐閣、1968)な ど 参照。清水睦 ほ か『憲法講義 1』 247 頁(有斐閣、1979) [野中利彦] 、 芦部信喜ほか「研究会・憲法裁判の客観性と創造性」 ジュリスト 835 号 6 頁、22-23 頁(1985) [香城敏麿発言]は適用違憲説に立つ。 69)野坂前掲註 6)書 37 頁。 70)同上 38 頁。 71)野坂泰司「憲法判断の方法」大石眞=石川健治編『憲法の争点』286 頁、287 頁(有斐閣、 2008) 。 72)山本前掲註 35)論文 87 頁。 73)戸松前掲註 47)書 351 頁。 74)稲井前掲註 2)論文 19 頁。 75)青柳前掲註 38)論文 12 頁も結論において同旨。 76)稲井前掲註 2)論文 19 頁。 77)佐藤前掲註 42)書 659 頁註 69 は、第三者没収事件判決について、 「通常型適用違憲の一 種」として捉えるべきであるとする。 78)君塚前掲註 2)論文 18 頁は、 「適用違憲と考えても、 」それは「異例の判断だったか、黎 明期の気紛れ」であろうと述べる。 79)上告趣意書に「適用違憲」が登場する例は多いが、最高裁多数意見が正面から「適用違 憲」だと判示した例はない。第三次家永教科書裁判(最判平成 9 年 8 月 29 日民集 51 巻 7 号 2921 頁)多数意見が、 「教科書の検定が、教育に対する不当な介入を意図する目的の下 に、検定制度の目的、趣旨を逸脱して行われるようなことがあれば、適用上の違憲の問題 も生じ得るが、原審の認定によれば、本件検定処分等を通じてそのような運用がされたと は認められないというのであるから、所論違憲の主張は、前提を欠く」として、辛うじて 適用違憲の可能性を示唆したことがある。このほか、外国人登録法違反被告事件(最判昭 和 57 年 3 月 30 日刑集 36 巻 3 号 748 頁)の横井大三・伊藤正己補足意見が、 「もし現実の 取扱いにおいて、右の限度をこえて秘密の開示を求める取扱いがされていると認められる ときには、いわゆる適用違憲の問題を生ずる余地があると解すべきである」と述べたこ と、 ビニール本事件(最判昭和 58 年 3 月 8 日刑集 37 巻 2 号 15 頁)の伊藤正己補足意見が、 「準ハード・コア・ポルノを『猥褻』にあたるとして刑法 175 条を適用することになると、 適用違憲の問題を生ずる余地がある」と述べたこと、サラリーマン税金訴訟(最大判昭 和 60 年 3 月 27 日民集 39 巻 2 号 247 頁)の島谷六郎補足意見が、 「一般論としては、給与 所得者の必要経費の実額が給与所得控除の額を超える場合の存する可能性がないとはいえ 48.

(21) 法令違憲. ず、超過の程度が著しいときは、給与所得に係る課税関係規定の適用違憲の問題が生ずる ことになると考えられる」と述べたこと、大分県屋外広告物条例事件(最判昭和 62 年 3 月 3 日刑集 41 巻 2 号 15 頁)の伊藤正己補足意見が、 「すでにのべたいくつかの疑問点の あることは、当然に、本条例の適用にあたつては憲法の趣旨に即して慎重な態度をとるべ きことを要求するものであり、場合によつては適用違憲の事態を生ずることをみのがして はならない」と述べたこと、沖縄県知事署名等代行職務執行命令訴訟(最大判平成 8 年 8 月 28 日民集 50 巻 7 号 1952 頁)の大野正男ほか補足意見が、 「駐留軍基地の沖縄県への集 中を理由とする駐留軍用地特措法の同県への適用違憲、本件各土地の使用認定の無効の主 張に対する判断は、外交上、行政上考慮すべき多元的な問題を彼此検討してなされるべき ものであるから、裁判所が一義的に判断するのに適切な事項ではなく、したがって、違憲 ないし違法とすべき明らかな理由の存否の判 断にとどめるべきであると考える」と述べ た こ と、東京都議会議員選挙定数不均衡訴訟(最判平成 11 年 1 月 22 日判例時報 1666 号 32 頁)の福田博反対意見が、 「私は、配当基数 0.5 ないしそれを下回る選挙区を定めるこ とは、ほとんどの場合、そもそも憲法で許される裁量の幅を既に超えているのではないか との疑念を強く持つが、配当基数 0.5 を下回る選挙区を定めることが許される場合がある との立場を採る場合であっても、それは特段の事情に基づく極めて例外的かつ暫定的な場 合にのみその可否が検討されるべきもので(さもなくば適用違憲の問題を生ずる。 ) 」ある などと述べたことなどが、少数意見での数少ない例である。 80)佐藤前掲註 42)書 659 頁註 69 は、愛媛玉串料判決や空知太訴訟判決(最大判平成 22 年 1 月 20 日民集 64 巻 1 号 1 頁)について、 「合憲限定解釈可能型適用違憲」として捉える べきであるとする。このような概念まで必要かは疑問であるが、何れにせよ、法令違憲 や合憲限定解釈である場合があると思われる。 81)芦部信喜『人権と憲法訴訟』310 頁(有斐閣、1994)は、教科書検定制度を素材に、 「処 分違憲という適用違憲判決があり得る」と表現している。 82)美濃部達吉『日本国憲法原論』470 頁(有斐閣、1948)は、 「命令・規則・処分」は「直 接に憲法に基くよりは憲法の下に於いて法律に基いて行はるるのが普通であるから、実 際には法律違反でなきや否やが多く問題となり憲法違反が実際上の問題となることは寧 ろ稀」だと断じている。 83)戸松前掲註 47)書 394 頁。 84)山本前掲註 35)論文 87 頁。 85)同上 88 頁。 86)このため、山本は、 「 『適用か、法令か』という」 「問題設定は、厳密には成り立ち得な いことになる」と言う。同上同頁。そして、 「 『適用審査』が『法令審査』の一種(事案 限定的な法令審査)であるとすれば、両者の差異は、理論上は相対的なものであ」って、 「問題となる憲法上の権利・自由の性格を踏まえつつ、裁判所の制度的能力等から、裁 49.

(22) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). 判所としてどれだけ実質的で適切な憲法判断が行えるか(そのような判断を行うべきか) どうかに強く依存している」とする。山本前掲註 5)論文 87 頁。全ての憲法判断はまず 法令審査であり、意味上の違憲判断がいわゆる適用違憲であり、法令は合憲と結論付け た上での適用・処分が憲法違反だというものが処分違憲だということになろうが、司法 裁判所の憲法判断がまず法文の審査であることとなるのは疑問である。適用審査の結果、 法令違憲に達することはあるが、これをもって、適用審査と法令審査は同じものだと解 することはできない。なお、名古屋高判平成 23 年 12 月 21 日判例集未登載は、 「嫡出子 と婚外子とで異なった規律があることには合理性がある」としながら、本件で、非嫡出 子が「後に生まれた嫡出子との相続分に差をつけられるのは、法の下の平等を定める憲 法に違反」するが、いかなる別異取扱いが合憲かは明確ではなく、民法 900 条 4 号但書 が法文違憲なのか合憲と断定したのかは不明であるので、少なくとも本件適用の限りは 違憲と判示したと解すべきであろう。 87)山本前掲註 35)論文 87 頁。 88)勿論、同上 89 頁が示唆するように、事件当時者が、事案が味方しないなどの理由で、適 用違憲より前に法令違憲を主張することはあり、新司法試験の第 1 問の論述としてもあ りうるものではある。しかし、裁判所が一般的にその順序で判断すべきものではなく、 精神的自由などの例外的事案に限るべきものである。山本前掲註 5)論文 88-89 頁は、国 家公務員法違反堀越事件二審判決(東京高判平成 22 年 3 月 29 日判 タ 1340 号 105 頁)を 批判するが、しかし、本件では、法令違憲の可能性を検討し、仮にそこまで言えなくと も適用違憲もしくは合憲限定解釈の可能性を検討するのは当然であったように思われる。 但し、山本の批判のように、法令が合憲であることを明言すべきではなかったと思われる。 89)山 本前掲註 5)論文 89 頁。同論文 は、憲法違反 を 行った 者 や 機関 を「憲法的罪人 (constitutionalculprit) 」と呼んでいる。 90)適用違憲判決を受けて、法令が改正されることはあろうが、あくまでも立法政策の問題 であって、 憲法上の要請ではない。適用違憲や合憲限定解釈の後は、 裁判所の解釈に従い、 当該法令を解釈適用すべきことが行政権などの解釈適用者に求められるのみである。 91)宍戸前掲註 29)書 294 頁。同「司法審査—『部分無効の法理』をめぐって」法律時報 81 巻 1 号 76 頁(2009)も参照。 92)野中俊彦『憲法訴訟の原理と技術』387 頁(有斐閣、1995) 。 93)関連して、 高橋和之「違憲審査方法に関する学説・判例の動向」法曹時報 61 巻 2 号 1 頁、 17 頁(2010)は、 「法律を適用得る国家機関の適用行為に焦点を当て」た「法律適用行 為の適用上判断」と、 「法律が適用される側の具体的事実関係に焦点を当て」た「本来 的意味での適用上の判断」を区別するが、効果の点では区別する実益は乏しかろう。 94)高田卓爾「令状裁判官と法令審査権」ジュリスト 204 号 18 頁(1960)など参照。 95)実際、公職選挙法違反被疑事件の捜査における投票済投票用紙の差押処分が、憲法 15 50.

(23) 法令違憲. 条 4 項に違反するとして、これを取り消す決定がなされたことがある。大阪地堺支決昭 和 61 年 10 月 20 日判時 1213 号 59 頁。但し、本裁判前のこの段階での違憲判断はよほど のケースに限られると思われる。なお、高田同上 20 頁は、 「令状裁判官はいかなる場合 でもそのような審査権は持たないというのが論理的帰結」だとしている。 96)同様に、市川前掲註 2)論文 28 頁も、 「文面審査に基づく合憲判決は、適用審査に基づ く適用違憲の判断をあらかじめ排除するものではない」とする。 97)川岸ほか前掲註 1)書 344 頁表[君塚正臣]参照。なお、藤井俊夫『司法権と憲法訴訟』 144 頁(成文堂、2007)が、 「法律がそのすべての適用において合憲である(もちろん、 これはあくまでも判決を出した時点でそのように解されるという趣旨であるにとどまる が) 」という「全面合憲判決(立法合憲判決) 」という判断があるとするが、司法裁判所 の行う憲法判断においては、これはない。 98)青井前掲註 6)論文 95 頁。 99)樋口陽一=栗城壽夫『憲法と裁判』314 頁(法律文化社、1988) [栗城]もそう纏める。 100)木村前掲註 40)書 38 頁は、逆に、適用違憲という概念はおかしく、 「違憲の処分を基礎 づけている法令の部分が有効なまま残るという理解は、 『憲法』 『に反する法律』 『の全部 又は一部は、その効力を有しない』とする憲法 98 条 1 項の文言に反する」もので誤解で あると主張する。しかし、ドイツの憲法裁判所ではない、日本の司法裁判所が、事件の 解決の限りで行う司法審査とは、まず、本件適用限りに違憲と言えば済むのであればそ うすべきものであり、憲法 76 条の司法権概念からそうである。憲法 98 条 1 項は、憲法 の最高法規性を述べたものであり、もしも法令に全く違憲の条項があれば無効を宣言で きることを示唆するものではあるが、適用違憲が日本国憲法下の司法権の許されざる判 断方式であることを語るものではない。同様に、同書 127 頁の「処分審査」についても 「適用審査」 、同書 172 頁の「二段階審査(法文違憲審査+処分審査) 」についても「文面 審査に続く適用審査」というこれまでの専門用語の方が適切ではないか。 101)戸松前掲註 47)書 345 頁。 102)なお、事案の解決が司法裁判所の本務であるとすれば、憲法的価値には配慮するものの 明示的には憲法違反との判断を示さない判決が推奨されるべき、との見解もあるかも しれない。しかし、 憲法 76 条の「司法権」が、 法の解釈・適用を本質とし、 その中に「上 位法は下位法を破る」という原則を含む以上は、 上位法である憲法に反する法令の解釈・ 適用は排除することは当然にできると考えられるべきである。これを否定するならば、 司法権が法的判断をしないことが望ましいことになり、やはりその見解は首肯できま い。近年の最高裁を「穏やかな司法積極主義」傾向があると評する、戸松秀典「違憲・ 合憲の審査の動向」ジュリスト 1414 号 21 頁(2011)も、 「議員立法過程」などでの「憲 法秩序の形成にかかわることの意識」の「希薄」さ(同論文 26 頁)を嘆くものである。 最近の最高裁の憲法判断の活性化につき、藤田宙靖「裁判官と学者の間で」中央ロー・ 51.

(24) 横浜国際経済法学第 20 巻第 3 号(2012 年 3 月). ジャーナル 7 巻 3 号 3 頁、24 頁(2010)は、 「全教育課程において日本国憲法の下での 教育を受けてきた」世代の最高裁入りを 「無視できない要因」に挙げている。杉原則彦「活 性化する憲法・行政訴訟の現状」公法研究 71 号 196 頁(2009)も参照。また、人権配 慮的解釈は、憲法規定との関係が示されない限りはあくまでも当該法令条項の解釈で あり、憲法解釈とは理論的に区別されるべきである。そして、この無分別が、憲法の 私人間効力論における無適用説(もしくは新無効力説。高橋和之「私人間効力論再訪」 ジュリスト 1372 号 148 頁(2009) 、同「私人間効力論とは何の問題で、何が問題か」法 律時報 82 巻 5 号 59 頁(2010)など)を産んでいると言わざるを得ない。君塚正臣「三 菱樹脂事件判決」論究ジュリスト創刊号掲載予定(2012) 、 棟居快行「私人間の憲法訴訟」 戸松=野坂編前掲註 25)書掲載予定参照。 〔付記〕 本稿では敬称は全て略させて戴きました。本稿のテーマに関しては、戸松秀典= 野坂泰司編『憲法訴訟の現状分析』 (有斐閣、2012 近刊)において、市川正人、宍戸常寿ほ かにより、議論が展開されるものと思われる。. 52.

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