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『いはでしのぶ物語』の表現機構−−皇統譜の瞼としての桜

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Academic year: 2022

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(1)−−皇統譜の瞼としての桜. ﹃いはでしのぶ物語﹄の表現機構. はじめ. 横 溝. 博. 分節化されていると見え︑物語はそれらを象徴的に︑南殿の桜・一. 条院の桜と︑形象化して描き分けているわけである︒このように分. 華されていく成り行きを描くことを︑物語は主題的に目指している. 断した皇統譜が︑皇統譜を讃煩する花の瞼へと︑次第に整合し︑昇 ﹁いはでしのぶ﹄は既存の文学史の通念では回収しきれない︑物語. めたい︒. ようである︒まずは内大臣の内面に焦点をあてるところから読み始. のありようと︑その行方に注目して︑﹃いはでしのぶ﹄という物語を. 読み解いていく︒本物語において﹁桜﹂は︑作中人物の思惟を解読 するための鍵語であると同時に︑物語にとっては︑一条・白河両皇. 頭部に明確なように︑一条院の桜は一品宮によって否定的な眼差し. 置かれていく内大臣の姿を︑容赦なくクローズアップしていく︒冒. される東宮︵帝︶像をまずは描き出しながら︑虚勢を剥がされ劣位に. 物語は一条系の皇胤である大将︵内大臣︶に挑発され︑尊厳を脅か. 統の人々に対するもどかしさや焦りが見え隠れしており︑同時に︑. こには皇統の血を引きながらも︑それと認知しようとしない白河皇. に過剰に反応し︑一品宮の底意を深く勘ぐってしまいさえする︒そ. 品宮の測りがたいその面持ちゆえに︑ときに一品宮の何気ない態度. たそのように振る舞う内大臣ではあったが︑内大臣は内大臣で︑一. 一品宮を得て︑今や帝をも上回る光輝を身につけたかに見え︑ま. を向けられ︑また南殿の桜は︑兄東宮を顧みないところで一品宮に. 一九. 皇統コンプレックスとでもいうべきものが内大臣の心の中に顕然と ﹃いはでしのぶ物語﹄の表現機構. よって憧僚されていた︒いわば一晶宮自身の思惟によって皇統譜は. 統の確執を物語るための方法的素材であると認められる︒. 内大臣の皇統コンプレックス. ることへの野心と意欲とを︑様々な方法によって見せている作品で ^1︺ あると言えよう︒本稿では前稿に引き続き︑開巻部に派生する﹁桜﹂. に.

(2) 横たわっている事実が見透かされよう︒次の場面では︑それが端的. うに︑又絶えずおどかしたてまっりたまふに︑いとど御心の動. ばかりの御思ひまでは思はざりけるこそをこがましけれ︒かや. 二〇. に顕れてしまっている︒. 内大臣が撞父関白の堀川邸を訪れている間︑一条院の一品宮の元. くぞかし︒たぐひなからんことのやうに︑あながちに︑霞のを ^2︺ ︵巻一・脳−醐頁︶. む宮を見ていぶかしむ︒内大臣は︑帝の文と宮の手習いを発見し︑. 言外に一品宮思慕を強く湊ませるとともに︑宮の無音を恨むもので. 帝の贈歌は︑帝位に着くも︑一晶宮不在の内裏という現況を慨嘆し︑. ちとおぼしおとさるべしとも思はず︒. 樗然とする︒そしてそこにしたためられた帝の贈歌と︑その傍らに. ある︒前稿で述べたように︑実は一品宮は兄帝を別段︑慕っている. には兄帝より文が届けられていた︒折から帰邸した内大臣は︑涙ぐ. 書き付けられた宮の歌を読んで︑内大臣はこともあろうに︑一品宮. わけではないのだが︑常日頃の父恋しさが︑折からの帝の贈歌にも. よおされて︑それへの返歌という体裁をとりつつ︑宮は内心の物憂. に憤慨してしまうのである︒当該場面を以下に引用する︒ ︵略︶いたううつくしき御目見のわたりの濡れたるは︑泣かせた. さを︑手習い歌としてしたため表白したのである︒それは内大臣が. くぞかし﹂と窺うとおりである︒. ﹁かやうに︑又絶えずおどかしたてまっりたまふに︑いとど御心の動. まうけるにやとおぼゆるに︑この御手習いとどゆかしうなりて︑ 取りて見たまへば︑内よりの御文なりけり︒﹁尽きせぬいぶせさ﹂. など︑書かせたまひて︑. しまったその距離感を︑相手を月に瞼え︑それが霞によって遮られ. さて︑帝と一品宮の歌は︑宮中と一条院と︑互いに遠く隔たって. と さりとても︑なにかあながちにおぼしたえたる﹂などある傍ら. て見えないとする見立てによって︑表すものである︒霞による隔て. 繭ひきや雲井に月の影愛て霞のわちをながむべしとは. に︑黒う書きけがされたるを︑しひて見たまへば︑. を透かして︑そのはるか向こう側に隠された月の光を腱気ながら幻. 一■. ﹁涙のみ霞のをちにふりまがひ光も見えず夜半の月影. 視し︑偲ぼうというその詠みぶりは︑修辞的には至ってありふれて. ^一﹇架呂︺. なげきわびうかりし夢のうちにだに消えなばかかる物は思. いて︑奇抜なものではない︒その意味では哀傷味を帯びた︑典型的. な述懐調の歌となっていよう︵﹃風葉集﹄では一品宮の﹁涙のみ﹂歌. はじ. かくても経ぬる﹂など書かれたるを︑うち見たまふままに物も. 両者の歌に詠み込まれた︑﹁霞のをち﹂という修辞に過剰なまでの反. とともに︑雑部に収められている︶︒しかし︑それを見る内大臣は︑. 涙をさへほろほろとこぼしたまうつつ︑内大匝﹁今はかばかり. 応を示し︑傍線部﹁たぐひなからんことのやうに︑あながちに︑霞. のたまはず︒. あさはかならず︑又大方にゆるしなき御事にてもあらねば︑さ.

(3) いう修辞の何が︑内大臣の摘に障ったというのであろうか︒. を非難するとともに一品宮を責めるのである︒一体︑﹁霞のをち﹂と. のをちとおぼしおとさるべしとも思はず︒﹂と︑それを言挙げし︑帝. 追及して︑執勘なまでに血統にこだわっているのである︒. 原因が︑自身が一条院の血統であることに関わるものであるのかを. 憂かるべきぞ︒我が身なればにや﹂というように︑一品宮の嘆きの. を︑帝の歌についてほどこす形となってしまっていたのである︒一. 内大臣が﹁霞のをち﹂という修辞に不快感を表したのも︑このよ. 遠きことかは︑左の大臣の上も︑院と一つ御腹の后腹とかや︒. 首目では︑帝への返歌の形をとって︑贈歌同様﹁霞のをち﹂を詠み. 内大臣は二人のそもそもの契りは︑先に同じような例がないわけ. 又︑権大納言御母︑故女一の宮の御事よ︒后腹ならずとても︑. 込み︑悲しみの涙に︑今や宮中の光も見えなくなってしまったこと. うな皇統コンプレックスと大いに関わりがあろう︒一品宮は手習い. さばかりの御代のはじめ︑なのめならずこそかしづききこえた. を︑﹁霞﹂﹁光﹂﹁月影﹂の見立てでもって訴える︒それはあたかも霞. ではないと︑過去の事例に言及しつつ︑自らの正当性を主張しにか. まうけれ︒それに何の報いに︑御事はさまで心憂かるべきぞ︒. の世界に幽閉されていると嘆かんばかりである︒さらにそれに付さ. 歌で︑はからずも︑そのような内大臣の心の暗部を突くような解釈. 我が身なればにや︒その人々よりなどか思ひ上がらさらむと思. れた宮の独詠歌は︑内大臣とのそもそもの契りの初めに︑その悪夢. かる︒. ︵㎜頁︶. 大臣が日頃抱える不満︑つまり白河皇統へのコンプレックスが︑一. ままに﹂︵脇頁︶︑一品宮を執働に問いただすのであるが︑ここに内. 述べた上で︑自分のどこが不満なのだと︑﹁げに恨めしう腹立たしき. 列挙した過去の事例とは︑自らを差別化するのである︒そのように. 思ひ上がらざらむと思へど﹂という言葉に顕著である︒そうして︑. 気概に強く根ざすものであることが︑傍線部﹁その人々よりなどか. そしてそのように言う根拠が︑皇統という血統の尊貴性を自負する. 修辞においては︑一面に咲きわたる桜の比楡にも用いられることか. ばかりであると直覚されたのであった︒なお﹁霞﹂が一般に和歌の. 宮中からは遠く隔たった︑今はなき一条皇統の滅びの世界生言わん. 目にはまさにそのように映ったのである︒一条院を︑今上の住まう. 幽界の地と措定するかのように霞の修辞を響かせており︑内大臣の. と言及する一品宮の歌は︑あたかも一条院を現世から遠く隔たった. と︑多分に悔恨を湊ませるものである︒つまり霞の見立てから死へ. のような物憂さの中にいっそのこと死んでしまっていればよかった. べど︑げにも当時の有様︑さるべきにあらずかし︒. 気に奔騰している様が看て取れよう︒内大臣の抗弁する心情には︑. らすれば︑ここでは一条院の桜までもが︑おとしめられていると見 なすことも可能である︒. 二一. 皇統から排除されることへの不安と恐れがない交ぜになっている︒ 一品宮に真意を問いただして︑﹁それに何の報ひに︑御事はさまで心 ︐いはでしのぶ物語﹄の表現機構.

(4) 一品宮の内心の吐露に他意はなかったが︑和歌の修辞のはらむ多 義性が︑内大臣の誤解を招くとともに︑内大臣の自尊心を傷つけた のである︒. 対する一品宮の︑. ︵㎜頁︶. ﹁とにかくに絶えぬ契はうからねどありしにかはる身をぞ 1艮むる. さまで恩ひ入りたる事もなきものを︑心深げにも﹂. との弁明は︑これまた本心である︒後にも繰り返し語られるように︑. 二. 満たされない花々. ニニ. 帝は一品宮を失い︑それに代わる聖女を求める︒そして見出され. たのが︑偶然にも避逓した︑一品宮の面影にかよう故伏見入道式部. 卿宮の大君であった︒大君は故入適の違言により︑内大臣が癸った. 一条院系の姫君であり︑従って帝は内大臣が白河皇統の姫宮を奮っ. たのと同じく︑一条皇統の姫宮を奪ったのである︒しかし︑その大. 院は︑一品宮を内大臣と離縁させて白河院に呼びかえし︑大君を帝. 君をめぐって内大臣を誹誇するデマが白河院の耳に入り︑激昂した. しかし︑そのような宮の純粋さは︑内大臣の目には不可解さとして. のもとから追放してしまう︒内大臣も帝も︑ともに掌中の玉を失い︑. 一品宮は内大臣が思うようなレベルでは︑内大臣を虐げてはいない︒. 映るばかりであり︑皇統コンプレックスを癒すどころか︑排除され. 嘆きに沈むのであった︒. 送られる文にも一くだりの返事をもしたためようとはしなかった︒. 離縁後の一品宮は︑内大臣の度重なる訪れにも対面しようとせず︑. ることへの不安︑滅びることへの不安へと駆り立てていってしまう︒. このような意味で︑内大臣にとって︑宮の尊貴性は諸刃の刃なので ある︒. く︑一条院皇統の聖女・一品宮として管理しなければならない︒そ. 内大臣は宮の真意を執勧に追及し︑念押しする︒白河皇統のではな. 意向を悌り︑畏怖するあまり︑そうとは認められないのであった︒. る内大臣の愛情から︑分かっていることである︒しかし父白河院の. るとは︑自分に接する内大臣の日常の態度や︑何よりも自分に寄せ. 一品宮もデマを聞き知ってはいたが︑それが根も葉もないことであ. のような欲求と観念が︑内大臣を強迫的に支配しているのだと言え. そのような一品宮からの一方的な拒絶を受けつつも︑やがて時節は. そのような理不尽さを払拭し︑傷ついた自尊心を挽回しようと︑. よ・つ︒. めぐり︑一条院の桜の咲く季節ともなった︒. かくしつつ︑なかば過ぎゆく春の気色につけても︑一条院に. は︑見しや昔のともなき花の匂ひは︑変はらぬ色もうらめしう︑.

(5) 散らば散らなむとまで思ひすてられたまへど︑寝殿の東面︑渡. その帰属性が転化してしまった花であり︑内大臣からは隔たった花. る花としてはない︒一品宮の存在によって︑またその不在によって︑. かの. 殿の前なる樺桜の︑ことに○御心とどめて︑豆宮﹁いかなる花 なのである︒. 不気味にも咲き誇っている︒先に﹁霞のをち﹂と楡えられ︑言いお. 一条院の桜は︑意気消沈する内大臣の諦めにも似た心情をよそに︑. もかくはえあらぬものを︒せめては︑げにこの一もとをさそは .ぬ風もがな﹂とのたまはせしに︑内大胆﹁覆ふばかりの袖だにあ 一ン. 実はもう一つの一条院のありさまとして︑厳然と存在しているので. ナ. るに︑心狭げにも﹂と聞こえさせしかば︑うち笑ませたまへり も し御顔の匂ひなどの︑いかにさましやるべきかた○なく︑しの 給 ばれぬ心の人わろさも︑かつはあぢきなければ︑一枝折らせ○ ある︒. 内大臣﹁︵略︶かの侍るところの北ざまに︑故院の占めさせたまひ. としめられた一条院であったが︑その本来あるはずの滅びの姿は︑. て︑大納言の君のもとに︑. ﹁思ひ出づる人もあらじを古里に忘れぬ花の色ぞ露けき. ^内大︑匝︶ な. て︑雪・月・花の折節の興をば︑かならずこれに渡りて︑もて. シ. 散るをや人の﹂○とあるを︑かの院にも︑のどやかなる春の眺. ナ. ず︑さらばかしこにまれ︑おはしまさせばやと思ひたまへて︑. はやさせたまひける所とうけたまはれば︑昔の御名残も浅から. ︵巻二・蝸︑蜥頁︶. めには︑さすが思ひやみにし人の上も︑折々︑ただにしもいか でかあらん︒. 一日ころまかりて見はべりしかば︑屋戸はかたぶき︑簾たえて︑. まことに庭も離も草ふかく︑人の住むべきさまにも侍らさりし. 一条院の美しい桜は︑春も半ばを過ぎたというのに︑衰える気色も. なく︑燦燗と咲いている︒一品宮不在の虚無感に沈んでいる内大臣. かば︑⁝︵後略︶⁝﹂. なむとまで思ひすてられ﹂てしまうのである︒今やその美しさは︑. ど自尊心の拠り所でさえあった花であるにも関わらず︑﹁散らば散ら. 嫌みなものとしてしか映らない︒その心理的な隔たりから︑あれほ. 裏に隠されてある︑可能態としての姿である︒このあまりに対照的. う︒これは一面︑一条皇統がたどる一つの末路として︑現一条院の. できたというその別邸は︑今やとても人が住める状態ではないとい. 荒廃した一条院の北殿︑一条院在世時には四季折々の自然美を堪能. ︵巻二・獅頁︶. には︑そのような絢燗たる桜花は︑いやが上にも孤絶を味わわせる︑. 内大臣に寄り添う花としてのそれではなくなり︑一条院にありなが. な邸の布置に︑しかし綻びも見せない現一条院の桜の不気味さは︑. 一一一一一. がら︑一条皇統の生命力は︑内大臣の住まう邸の桜に収敏されて︑. 一層際立って感じられるであろう︒一条院の死の影を一方で抱えな. ら︑まったく他者として眺められる花としてのものである︒もはや 一条院の桜は︑物語始発部におけるような︑内大臣にとってその皇. 胤としての自分を誉め︑その尊貴性に根拠を置く自尊心を昂揚させ ︐いはでしのぶ物語﹄の表現機構.

(6) 二四. 面頁一. と︑一条院の花を目にして︑ふと南殿の桜を思い起こし︑今上の庭. かひなくきかせたまひつつ︑⁝︵後略︶⁝. 一条院の桜はそれ自体︑意思を持つ花であるかのように︑失意に. に言い及ぶ︒しかし︑その花宴の御遊に内大臣の姿がないことを聞. その命脈をかろうじて維持しているかの如くである︒. 沈む内大臣の側を離れて︑彼の憂いにしらを切り︑一条皇統の永続. うのであった︒瓶に挿された美しい一条院の桜を前に︑院は内心︑. いて︑院には南殿にそそぐ空しい春の陽光が思い浮かべられてしま. もはや内大臣が一条院の桜の主ではなくなったことを意味すると同. 内大臣の皇胤としての尊貴性を認めざるを得ないでいる︒対照的に︑. の夢を引き継いで︑燦燗たる花房を見せているのである︒これは︑. 時に︑彼の来る死を暗示する伏線となっていると見なしうる︒しか. 映えのない今上帝の庭の景がここには浮かび上がる︒. をたたえて鋒える南殿の桜が︑春の陽をうけて︑燦燗と咲いている. そこには︑一条院の桜同様︑満たされない空間に︑屹然と美しさ. し内大臣は︑寝殿の東面の樺桜を一品宮が賞翫していたことを思い 出して︑かろうじて気持ちを奮い立たせ︑その桜の枝に思いを託し︑ 一品宮のもとに送る︒. 条皇統復活への回路が開かれつつあることを予兆しよう︒一条院・. に違いない︒ここに内大臣の不在が強くイメージされることは︑一. 御覧ずるも︑色には出でじとつつましきを︑﹁橋のもとなる花園. 宮中ともに︑主不在の桜は︑人々の失意をよそに︑真の主の誕生を. ︵略︶花はげになほ捨てがたきにや︑大なる瓶に挿させたまひて. に﹂など︑しのびやかにうちうそぶきつつ︑右大将参りたまへ. 皇統譜の. 夢見て輝いている︒. 満たされる桜. 一品宮は一条院を去った︒しかし帝の待つ内裏に戻ったのではな. 三. り︒なべてに越えたる花のさまは︑ふと﹁さにや﹂と見知りた. ︵蜥︑蜘頁︶. まひつつ︑右大将﹁いづくの梢ぞとよ︒宿も借らまほしかりける ものを﹂とて︑⁝︵後略︶⁝. 言わずと知れる一条院の桜は︑やはり﹁なべてに越えたる花のさま﹂ であると︑右大将︵先の二位中将︶によって見られる︒と同時に院に. く︑収まった先は父院のいる白河院であった︒一品宮を希求しなが. ら︑満たされることのなかった︑一条・白河それぞれの皇統の花々. おいては︑. 例の大将見たてまつらせたまひては︑異事なき御物語にて︑. 年月は過ぎ︑一条院の主である内大臣は亡くなった︒遺児若宮は. の行方は︑その後どうなるであろうか︒. や︒誰々か︑この頃は﹂など問はせたまへば︑それがしかれが. 白河院の一品宮に預けられ︑宮の手元で養育されることになる︒こ. 院﹁いかに︑南殿の桜も盛りなるらんを︑御遊びなどにはあり. 内大臣殿のおはせぬは︑さすが春の光. しと聞こえたまふにも.

(7) の頃︑宮は自身の視線のありようが︑内大臣を苦しめていたことに. 気づき︑自分の意思ではないにせよ︑結果的に内大臣を死へと追い. やったことへの罪障意識に目覚め︑故内大臣の菩提を弔い︑その回. 山伏のなげきのもとをまれに出でてひもとく花を見しぞうれし ^3︺ ︵巻四・冷泉本uウ︶. き. 故内大臣の面影をたたえ︑なお帝王相をも持ち合わせた東宮は︑母. において六十僧を招いて盛大に催した夜であった︒夢に内大臣が現. の面影を︑この東宮の上に落ち着かせようとしているかのようであ. 瞭えて︑言祝ぐのであった︒物語はここにきて︑皇統譜を誉める花. ^4︺. 一品宮譲りの美質の持ち主であった︒その東宮を︑入道は﹁花﹂に. れ︑宮の供養に感謝を述べるとともに︑その栄えある将来を予祝す. る︒やがて入遺は入滅し︑東宮は即位した︒一条院の血筋が︑皇統. 向を願うようになる︒その一周忌の法要を︑一品宮主催で︑一条院. る︒宮はその夢告に力を得て︑なお故内大臣の回向に励み︑またそ. 譜に復活したのである︒. ぞって参賀のために白河院に集まった︒自河院と女院︵一品宮︶は︑. ^5︶. して関白︵先の右大将︶を初めとする重臣たちとその子息らが︑こ. 白河院は六十賀を迎え︑皇太后・皇后・中宮・嵯峨院・新帝︑そ. の遺児である若宮・姫宮の養育に力を注ぐのであった︒そのような. 宮のあり方が︑父院の頑なだった心を融かし︑若宮を皇胤として見 る眼差しを生ませるようになる︒. 時に嵯峨帝には世継が誕生しない︒院も皇統が絶えることを心配. 親王宣下を受け︑立坊した︒すでに故内大臣の養父関白は出家して. 奏上する︒白河院はその提案を許諾し︑若宮は嵯峨帝の猶子となり︑. たちの御末しも︑かう光を継ぎたまふことこそと︑上の御さま. つつ︑げに昔はさまざまあかずくちをしとのみきこえし女皇子. 主の院は左右におとらずうつくしとのみ︑うちまもらせたまひ. その行列を感慨をもって迎えるのであった︒. いる︒その出家は内大臣を死へと追いやった白河院に対する︑明確. などにはかたじけなく︑御涙もこほれさせたまふに︑ありてう. した︒嵯峨帝は夢にしるしを得て︑若宮を立坊させることを︑院に. な抗議であったろう︒今や過去の事実を悟る自河院は︑あらゆるわ. き世のとのみ︑おぼしとりし女院の御心にも︑今日の行幸をま. の御涙もいとどところせかりけり︒. ちとりきこえさせたまふには︑へにける命うれしう︑よろこび. だかまりを解いて︑遺児若宮を皇統譜に連ねたのであった︒そして 入道の出家隠棲する小倉を︑東宮を伴って訪れ︑久々の対面を果た した︒若宮立坊の経緯を伝えるとともに︑悔恨の情を示すことで︑. ︵巻四・冷泉本2ーオ︑2ーウ︶. 院はとりわけ帝の行幸と︑雇従する関白の姿に目をとめる︒一条院. 故内大臣にまつわる入道との確執を解いたのである︒翌日には還御 となったが︑感無量の入道は︑感謝の意を伝えて︑次のような和歌. 系に皇統が移ったとはいえ︑一晶宮の若宮が帝位に着いたのであり︑. 二五. を東宮に贈った︒ ︐いはでしのぶ物語﹄の表現機構.

(8) 一=ハ. あった︒内大臣との宿縁を悲嘆し︑物思いを繰り返して出家するに. 持してきたことへの自負も覗こう︒女院は女院として別の感慨が. もってすれば︑大いに慰めとなった︒そこにはここまで皇統譜を維. 河院が祝われるのも︑謂われあることであった︒即位以前より︑一. 人々に誉められ︑燦燭と輝いている︒思えばここ白河の主である白. ない皇統の花々は︑皇統譜を言祝ぐ花として︑ここ白河において︑. これまで物語に繰り返し語られてきた︑聖性の不在による満たされ. ︵巻四・冷泉本22ウー23ウ︶. までいたった宮であったが︑今日ばかりは︑内大臣の回向が真に果. 条院や関白家からの︑様々な浸食に見舞われつつも︑家々が挑発し. また故女二呂の遮児関白が︑人臣の位を極めることとなったことを. たされたようで︑夢に見た予祝が現実のものとなったことを感じて︑. あう世にあって︑皇統譜を今日まで繋げてきた院である︒院の歌に. が席を同じくし︑皇統の綻びを見続けてきた関白が席を並べる︒人々. におり︑それを希求し続けた嵯峨院と︑故内大臣の遺−日ルである新帝. 南殿の桜を真に満たすものとして希求され続けてきた一品宮がここ. 河院個人であるかどうかは︑実は問題ではなかった︒一条院の桜︑. もそのような自負は見えている︒しかし︑そうして今や花の主が白. 喜 びの涙を禁じ得な い ︒. 御賀も果てて︑酒宴となり︑白河院をはじめ︑皆歌を詠み交わし て︑院を祝うとともに︑新帝の御代と皇統譜の永続圭言祝ぐ︒ ナシ. かやうにてこと・も果てて︑月おぼろにさし出でたるほど︑ 御 盃 あ ま た た びになりぬ︒. 君がすむながれ久しき白河の花ものどけきにほひなりけり. ^嵯峨院一. はこの祝祭の場で︑ようやく一つの共有しあえる桜に趨逓したので ナシ. 春をへてかひある花の光とはふりにしものを白河の水. ^白河院︺. ムと. あり︑聖性に満たされた桜は︑ようやく皇統譜の瞼としての花の像. はナシ. り. 関係の中で花開いていた桜は︑誰の目によっても錯覚しようのない︑. 開巻部に﹁見る人からに分きける﹂花としてあり︑二皇統の対立. おわりに. として︑人々をその﹁花の蔭﹂に包み込んで︑聾え立っている︒. ^7︶. もない︑あらゆる距離感を包摂して無効化する︑万代に栄える聖樹. ^6︺. を結ぶにいたったのである︒もはや他者でもなく︑嫉視される花で. とある法皇のO御かたへしたり顔にめでたきに︑大臣の上の御 ^閑白︶ 世を. 前に御土器まゐらせ給○て︑. よろづ膓にほひもふかしさくら花かかる行幸の春の心は. とらせたまひて︑. 山桜木高きみねに咲くのみやふるにかひあるみゆきなるら. ︵今上︺. む. とのたまへる御気色・用意は︑いふかぎりなくめでたう見えさ せたまふに︑ふりたまへる人々は老の涙ところせく︑さまざま 聞こえ出づめれど︑むっかしければとどめっ︒.

(9) 疑いようのない色を持つ花として︑御賀の場面に顕現した︒﹃いはで. しのぶ﹄物語の表現は︑このように物語前半部のとじ目を︑桜の瞼 の枠でもって︑大団円的に締めくくっていくのである︒ ︐いはでしのぶ﹄において︑花の楡は特権的なものなのであった︒ ^宮︺. おそらくそれは当代の文婆における﹁桜﹂の︑とりわけ﹁南殿の桜﹂. の修辞上の機制が強く働いていたと思われる︒花の楡は︑引用され るや︑たちまち皇統にまつわる文脈を生成してしまうのであった︒. しかし︑物語はそのような︑一見厄介な花の瞼の時代的特性を逆手 にとり︑方法として利用したということなのであろう︒桜を人々の. 嫉視・領奪・占有の対象物に据え︑個々の顛末それ自体を大掛かり な瞼とすることで︑皇統をめぐる物語を形象したのである︒. ︵2︶. 拙稿﹁︐いはでしのぶ物語﹄閉巻部の表現機構−一条院の桜・南殿の桜を. ︵5︶. 白河院六十賀の盛儀の模様は︑﹃今鏡﹄︵すべらぎの中・白河の花宴︶に. 院の法勝寺の観桜︑白河南殿での和歌会の趣を基調に据え︑﹃源氏物語﹄の. 見える保安五年︵一一二四︶閏二月十二日︑白河法皇・鳥羽院・待賢門院三. 河花見御幸における和歌会の歌に多く依っているとおほしい︒金子桂子. 表現を加味して構成されていよう︒一々注さないが︑本物語の賀歌は︑白. ﹁︐風葉和歌集﹄の政教性^上︶−物語享受の一様相−﹂^﹁国語国文﹂一九九. 小林正明﹁︐源氏物語﹄王権聖樹解体論−樹下美人からリゾームヘー﹂. 八年九月︶にも指摘がある︵三四⊥二六頁︶︒ ︵6︶. 一﹃源氏物語をく読むV﹂一九九六年︑若草杳房︶が示唆に富む︒花︵桜︶の瞼. が特権化されている時代状況の中で︑本物語がその瞼の獲得をめぐる争い. を描いて︑皇統の確執の物語を紡いでいるところは︑自覚的であり︑︐源氏. 物語﹂の花の瞼の表現構造を対象化し得ていると言ってよかろう︒しかし. ﹁さるおもしろき花の蔭﹂^22オ︶とある︒﹁花の蔭﹂については︑三田村. 王権についての主題は︑本物語にはみとめられない︒ 一7︶. 院の﹁花の蔭﹂のような重苦しさはここにはなく︑もっぱら皇室誠類の鍵. 雅子︐源氏物諮−物語空間を読む﹄二九九七年︑筑摩普房︶を参照︒六条. 南殿の桜については︑山田孝雄﹃櫻史﹄︵講談祉学術文庫︑山田忠雄校訳︑. 語として︑換竹奪胎して州いている︒ 一8︶. 一九九〇年︶が史料を列挙している︒久保田淳﹁南殿の桜﹂^初出︐文学﹄ 本文と研究﹂. ﹃いはでしのぷ﹄本文の引州は︑小木喬︐いはでしのぶ物語. 杳房Vに所収︶は︑平安︑鎌倉期の和歌に表現された﹁南殿の桜﹂の史的. 一九九〇年冬︑粘波普店︒後に同著﹃巾世文学の時空﹄︿一九九八年︑若草. 審の残る本文の異同は︑右に傍記する︒表記仮名遣い等︑私に改め︑会話. 微的な素材として桜が選ばれていることを︑同時代の︐続古今集﹄との重. 変遷を概観する︒また注5金子桂子論文は︑︐風葉災﹄寿部に皇室讃類の象. 巻四︵冷泉本︶は﹃冷泉家時雨亭叢書43源家長日記いはでしのぷ撰集. でしのぶ﹂の桜のありようも︑諸氏の論に説く桜の︑表現史上の位相と無. なりから指摘し︑当代の政教観の反映を読み解く︒本稿で見てきた︐いは. 縁ではなかろう︒. 抄﹄︵一九九七年︑朝日新閉祉︶の影印による︒引州の仕方は注2に同然︒. れにあけてまだ見ぬ花のかほを見るかな﹂を模していよう︒このことから︑. ︵4︶. ﹁花﹂を優坐雅ならぬ桜に比定してよいし︑﹁ひもとく花﹂の措辞を︑帝位 の実現の比瞼と解してよい︒. ﹃いはでしのぶ物語﹄の表現機構. 二七. 当該歌は︐源氏物語﹄若紫巻の︑北山の聖の歌﹁奥山の松のとぼそをま. ︵3︶. 文には主語を︑和歌には詠者名を付した︒^. ︶の傍記は稿者の私注である︒. ^一九七七年︑笠閥卉院︶により︑他本によって本文を校訂した︒しかし不. めぐって1﹂^︐源氏物語と王靭世界﹄︿二〇〇〇年三月︑武蔵野菩院﹀︶︒. ^1︶. 注.

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