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<特集 : 研究生活を振り返って> 偶然と必然

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Academic year: 2022

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<特集 : 研究生活を振り返って> 偶然と必然

著者 日浦 直美

雑誌名 教育学論究

号 13

ページ iv‑v

発行年 2021‑12‑15

URL http://hdl.handle.net/10236/00029946

(2)

【T:】Edianserver /【関西学院】/教育学論究/第 13 号/

⚒ 校

iv

日浦 直美

(ひうら なおみ)

教育学部 教授

大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了

博士(人間科学)

学位論文:「寛容性」の涵養に関する幼児教育学的考察

主な職歴 1985年⚔月 聖和大学 助手(至1988年⚓月)

1988年⚔月 聖和大学 専任講師(至1993年⚓月)

1993年⚔月 聖和大学教育学部 助教授(至2001年⚓月)

2001年⚔月 聖和大学教育学部・聖和大学大学院教育学研究科 教授(至2009年⚓月)

2009年⚔月 関西学院大学教育学部・関西学院大学大学院教育学研究科 教授(至現在)

2013年⚔月 関西学院大学教育学部長・大学院教育学研究科委員長(至2017年⚓月)

2018年⚔月 関西学院大学副学長(国際連携機構長)(至2021年⚓月)

そ の 他 1999年⚑月 世界幼児教育・保育機構日本委員会 理事(至現在)

2001年⚗月 兵庫県西宮市教育委員(至2005年⚖月)

2003年⚙月 兵庫県神戸市すこやか保育専門指導委員会 委員(至現在)

2004年⚖月 大阪府豊中市幼児教育振興審議会委員・会長(至2014年⚕月)

2013年⚖月 大阪府寝屋川市子ども・子育て会議 委員長(至現在)

2014年⚔月 学校法人聖母女学院 理事(至2017年⚓月)

2014年⚔月 国立大学法人奈良女子大学付属幼稚園 学校評議員(至2018年⚓月)

2014年⚕月 一般社団法人日本保育学会 評議員(至現在)

2014年⚔月 文部科学省大学設置・大学法人審議会 大学設置分科会専門委員会

(教育学・保育)委員(至2017年11月)

2015年11月 日本乳幼児教育学会 会長(至2021年12月)

2016年⚔月 学校法人関西学院 評議員・理事(至現在)

2021年⚔月 学校法人関西学院 キャンパス・ハラスメント等相談センター長(至現在)

主な著書・論文等

・幼児期の多文化・多様性教育に関する一考察 ―幼児の前偏見的言動に対する「相互的方法」の 民族誌的分析―乳幼児教育研究 第15号 日本乳幼児教育学会 2006年12月

・「寛容性」の涵養に関する幼児教育学的考察 ―可視的差異に対する幼児の反応と反偏見教育的 アプローチの分析― 風間書房 2009年⚒月

・一人ひとりの幼児にとっての保育 岸井勇夫・無藤隆・湯川秀樹(監)、塩美佐江(編)児島雅 典他(著)保育内容総論 第11章 pp. 221-236/全257頁 同文書院 2019年⚓月

(3)

【T:】Edianserver /【関西学院】/教育学論究/第 13 号/

⚒ 校

v

偶然と必然

日 浦 直 美 生きるということを旅に例えることがある。時々

寄り道をしたり、休憩したりしながら人は旅を続け る。旅の途上で、様々な出来事や人々と出逢い、あ る時は他者と楽しさや苦しさを分かち合って歩みを 共にしたり、通りすがりに声をかけ合ったりしなが ら歩き続けるので、全く独りで旅を続けているわけ ではないことに気づく。また、いくつかの巡り合わ せによって、いつの間にか自分自身では選ばなかっ たような道を通ってきたことや、そのことによって 自分が変えられたことにも気づく。振り返れば、私 はその時々で自分が思い描いていたものとは異なる 旅程を歩むこととなったが、そこには多くの出逢い が用意されており、それらの出逢いを通して私の内 面は豊かにされた。旅の途中ではあるが、定年退職 というひとつの区切りを迎えて、このことを改めて 深く感謝したい。

学問的には、「少年老いやすく学成り難し」とい う言葉を実感している。私が就学前の幼い子どもを 巡る人間関係に興味を持ったのは、ある一人の子ど もとの出逢いがきっかけだった。文学部英文学科を 卒業した20代の私の生活には「子ども」という言葉 や存在は無縁であり、私は「子ども」に何の興味・

関心もなかったが、偶然出逢ったある子どもの私に 対する予想外の言動を目の当たりにして、驚きと共 にその言動の背後にある心の声を知りたいと思った ことが、現在の私へと導いてくれたと思う。この出 逢いに導かれて乳幼児期の子どもについての学びを 深めるうちに、その子どもの私に対する突然の予想 を超えたネガティブな反応が、実は自分自身の存在 を受け止めてほしいという深層心理の現れであり、

自分が置かれた環境への無意識の抵抗であったこと を私は知ることとなった。この偶然の出逢いをきっ かけとして、自らの力で自身の生活を選択したり変 えたりすることのできない幼い子どもたちの魂が、

少しでも平安であるためにはどうしたらよいのかと いうことを考え、そのことにわずかでも貢献できる ような時間の使い方をしたいと思って過ごしてき た。研究関心の根底には、いつも「人間としての類 似性と差異」ということがあり、今後も人々が共に 生きるということをこの視点から検討し続けたいと

考えている。教育学部の教員となってからは、学生 たちの多くを教育の現場に送り出す立場上、上述の 研究関心を形而上的な考察に留めるのではなく、教 育・保育の実践やそれに携わる「保育者」と呼ばれ る専門職業人の養成に関連付け、これらに僅かでも 資する働きとなるよう願いつつ教育・研究、社会的 活動を続けてきたつもりである。しかし、いずれの 側面においてもこれまでの歩みは十分とは言い難 く、特に研究活動に関しては課題が多く残されてい る。私にとって研究活動は、「終わり」がないもの であるがゆえに、その厳しさを教えられる反面、自 分の魂が解放され、何物にも縛られず自由でいるこ とができる魅力ある営みである。今後は、これまで のある種の「しがらみ」から解放されるため、これ まで以上に心の自由を求めながら、自身の研究活動 を私なりのやり方で社会貢献につなげていきたいと 考えている。

大学教員として若い人々と過ごした時間は、何物 にも替え難く貴重で、私の旅の歩みを励まし、時に 反省を促して、人間として成長するよう導いてくれ た。まさに今、本来の自分自身の旅をはじめようと する初々しい命の傍らで、彼らが未来を希求し、自 身と他者を信じようともがき、悩みながらも生きよ うとする姿に触れながら過ごせたこと、彼らとの出 逢いと繋がりは、現在の私の大切な宝である。人生 という旅の途上で用意されたすべての出逢いは、偶 然のようでいて私にとっては必然であったと思う。

クリスマス前のアドベントの時期にクリスマスツ リーとして用いられる西宮聖和キャンパス⚒号館前 のメタセコイアの樹は、春、夏、秋、冬と季節が移 り変わり、時が流れていく中で、このキャンパスで の出逢いと別れを静かに見守っている。この樹に見 守られて過ごし、やがては去っていく人々の中の一 人として、感謝と共に、教育学部に繋がるすべての 人々のこれからの旅の歩みが祝福されるよう心から 祈念している。

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