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博士学位論文審査報告書

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Academic year: 2022

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(1)2020年. 1月13日. 博士学位論文審査報告書 大学名. 早稲田大学. 研究科名. スポーツ科学研究科. 申請者氏名. 佐藤 皓也. 学位の種類. 博士(スポーツ科学). 論文題目. 明治期から現代に至る競技としての剣道の形成過程の研究-型の術理と競 技スポーツ性との対抗関係をめぐって- A historical study of the developmental process of kendo competition from the Meiji era to the present day: Focusing on the conflict relation between techniques and thought in the kata, and competitive sport aspects, of kendo. 論文審査員. 主査 早稲田大学教授 志々田 文明. 博士(人間科学) (早稲田大学). 副査. 早稲田大学教授 トンプソン リー A. 博士(社会学)(大阪大学). 副査. 早稲田大学教授 川島. 浩平. 博士(文学)(ブラウン大学). 日本剣道の技術性に関する歴史研究では「競技スポーツ性」と「型の術理」をめぐる研究 がなされてきた.前者では,試合で勝利志向の強い剣道観及びそれに付随する竹刀操作の技 術及び剣道の審判規定や試合方法に対する工夫が論じられ,後者では,日本刀の操作法に裏 打ちされた剣道観や技術性が論じられてきた.しかしこれら相互の関係については,これま で本格的研究がなされてこなかった.こうした認識を踏まえて著者は,先行研究の議論を総 合的に検討した場合に,現在及び将来の剣道にどのような影響を及ぼすことができるのかと いう問いを立て,以下のように問題設定している.つまり本論文では,明治維新以降現代に 至る剣道史を精査することにより,剣道の競技スポーツ性と型の術理とが対抗しつつも併存 していく過程について,次の三つの観点から解明しようとしている. 観点 1:戦前における学生剣道界の剣道に対する取り組みの実態(第 1 章) 観点 2:剣道競技の目的である有効打突の思想の変遷(第 2 章及び第 3 章) 観点 3:剣道において勝利至上主義的な剣道と批判されてきた<あてっこ剣道>と全日本 剣道連盟制定の”剣道の理念”にそった<剣理剣道>とはどのように対抗してき たか.(第 4 章) 第一章(1711-1968)では,まず江戸期における競技剣道の幕開けと明治期における展開 を明らかにし,競技剣道の萌芽がみられる江戸期の竹刀打ち込み稽古の登場と発展について, ルールや審判の出現を指標にして歴史的に解明している.その結果,①現代における“あて っこ”という剣道技術の出現は,竹刀打ち込み稽古を開始してから約 100 年後の 1820 年代で あること,②勝敗を示す“一本”という言葉の使用は 1840 年代であること,以上から,③ 江戸中期から後期は型の術理(日本刀に操作法)を基本としながらも,結果的に競技スポー ツ性(竹刀独自の技術)の萌芽がみられた時期であることを明らかにしている.次に著者は, 明治期以降大正期にかけての旧制高校剣道部の学生たちが競技剣道の発展に与えた影響に ついて検討し,①学生たちは,武士的精神(公正,廉恥,勇猛,剛健)及び道具,審判制度.

(2) 及び技術の工夫によって<公明正大>な勝利を追求し,このことが学生剣道の理念形成(公 平性と競技性の追求)に一定の貢献を果たしたこと,②彼らの勝利の追求は,竹刀操作と刀 剣の観念との乖離を生み出しながら結果的に近代スポーツに類似した競技文化を作り上げ ていったこと,③明治維新から昭和天覧試合(1929)までは,学生らによる<公明正大>な 勝利の追求によって競技スポーツ性が次第に台頭し,型の術理が薄れていく時期であること を一次史料の分析から明らかにしている. 第二章(1868-1945)では,明治期以降における競技剣道の展開が論じられた.競技剣道 を成立させるルールに着目して戦前における有効打突の誕生と思想について検討し,①1927 年に大日本武徳会によって制定された有効打突の規定は,竹刀操作が真剣操作に密接に繋が ることが重視されていたこと,②有効打突の三要素とその説明は明治時代における剣道家の 文献によってすでに示されていたこと,また,③戦争が続いた 1930 年から日本の敗戦(1945) までは,剣道の型の術理が実戦性の観点から見直され,日本刀の操作法に対する関心が高ま っていくと共に,競技スポーツ性が一部で酷評されるなどして薄れていく時期であったこと, を明らかにしている. 第三章(1945-1975)では,敗戦後における競技剣道の<有効打突>の誕生と思想につい て検討している.まず,戦後の剣道実施の禁止のなかで剣道に代わるものとして誕生した撓 競技において打突のポイント化の傾向が生じたこと,その後 GHQ の指示によって剣道は“日 本刀(剣)の観念”を払拭した“体育・スポーツ”として再生したこと,全日本剣道連盟の 設立(1952 年)以後有効打突は戦前と同様の要素で復活したこと,を確認し,以下について 明らかにしている.①当該時期の有効打突は刃筋にみられる型の術理よりも競技スポーツ性 が強調されたこと,②その後国民体育大会への参加も公認され“打突による竹刀剣道”とし て復活したが,これはやがて勝敗にこだわる“当てる技術”(当打)を助長するに至ったこ と,③その原因は,敗戦から 1991 年までの間に型の術理を示す日本剣道形が学校教育から下 火となったことが主な影響であったこと,④このことを憂いた戦前・戦後を体験する剣道指 導者たちが“剣道の理念”と“剣道修行の心構え”を制定(1975)して過去の精神性の継承 を願ったこと,以上から,⑤敗戦から剣道の“理念制定”までは,戦前に比べて剣道の競技 スポーツ性が一気に高まり,それに伴って型の術理は急速に希薄化することになったこと. 第四章(1975 以降現在)では,あてっこ剣道と剣理剣道との対抗関係を歴史的に論じてい る.まず,これまで研究者の間で曖昧であった上記二つの剣道実態について,内在する性格要 素を中心にそれぞれ概念規定を行っている.この作業を踏まえて著者は,①あてっこ剣道が 根強く残存する要因としては,競技規則上は違背性がないこと,競技剣道に内在する積極性 をもっていること,及び規則内で技の多様性をもっていること,②“剣道の理念”制定以降, 刀剣の観念の重要性が見直されたことを明らかにしている. 本研究を総括して著者は,剣理剣道の思想が支持されるなかでも,なお残存するあてっこ 剣道との軋轢を解決するための方策として,剣道における試合,昇段審査,稽古の関係を追 求する必要性を提言している. 以上のように本研究の内容は,現在の剣道界がかかえる技術・思想上の問題について高度 な専門的知識に基づいて取り組んだ本研究科入学後の研究成果であり,独創性と学術的意義 をもつことが認められる.依って博士(スポーツ科学)の学位を授与するに十分値するもの と認める..

(3) <本研究に反映された論文> ・佐藤皓也・工藤龍太・志々田文明・大保木輝雄(2017)柳生新陰流の刀法:伝書にそった 実践者の理解を中心に, 埼玉武道学研究,第 10 号,埼玉武道学会,pp.3-17.[註:第 4 章 に反映. 原著] ・佐藤皓也, 剣道界における“あてっこ剣道”問題:“剣の理法”に基づく剣道との関係 から,スポーツ人類学研究 21 号,(印刷中).[註:第 4 章に反映. 原著]. 以. 上.

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参照

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