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博士学位申請論文審査報告書

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Academic year: 2022

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(1)博士学位申請論文審査報告書. 論文題目. Dressing to be a Nation: Japanese and Indians experiencing nationalism, 1870s to1920s. 博士学位申請者:Maumita Banerjee. 早稲田大学政治学研究科. 1.

(2) 1. 審査実施の概要 2019 年5月 22 日に受理されたモウミタ・バナジー氏の博士学位論文 ”Dressing to be a. Nation: Japanese and Indians experiencing nationalism, 1870s to1920s” の審査を下 記の通り実施した。 日時:2019 年6月4日 13:00~15:00 場所:3号館 703 号室 審査委員: 主査 梅森 直之 早稲田大学政治経済学術院教授 副査 国吉 知樹 早稲田大学政治経済学術教授 副査 澤井 啓一 恵泉女学園大学名誉教授 副査 SAND, Jordan Georgetown University, Department of History, Professor. 2. 本論文の構成および主旨 本論文は、全6章よりなる本文・脚注と参照文献により構成されている。フォーマット. は、A4 横書き、1 ページ 18 行。フォントの大きさは、Times New Roman 12。本文・脚注 225 ページ、文献 40 ページ。総語数は、55,421 ワードである。本論文の構成は以下の通り である。 Table of Contents Chapter One: Introduction Chapter Two: Dressing to be a man: Fashioning masculine nationalism in ‘semi-colonial’ Japan and ‘colonial’ India Chapter Three: Consequences of masculine militant nationalism: Dress politics of Japanese and Indian nationalism vis-à-vis the marginalized Chapter Four: Woman and dress under masculine nationalism: Response and Reaction Chapter Five: Interweaving flows, influences and adaptations-hybridized identities: Okakura Kakuzō and M.K. Gandhi Chapter Six: Summary of the arguments and conclusion Bibliography. 3. 論文の概要 各章ごとの概要は以下の通りである。. 2.

(3) Chapter One: Introduction 問題構成、リサーチ・クエスチョンとその重要性、本研究のトピックと方法、先行研究 に対する本論文の位置づけと意義、本論文の構成を示す章である。ここではまず、本論文 の主要な問題構成が、日本とインドにおけるナショナリズムの生成と展開を、服飾(dress) という視座から再解釈し、その共通性と差異を示すことにより、主として非西洋圏におけ るナショナリズムの特質の解明に理論的貢献をなそうとするものであることが述べられる。 より具体的には、両国のナショナリズムの確立にとってきわめて重要な意義を有している 1870 年代から 1920 年代までの期間に焦点を絞り、その時期に生じた服飾の変化や、またさ まざまなレベルで行われた服飾をめぐる考察や論争(著者はそれをドレス・ポリティック スと呼ぶ)のイデオロギー的含意を、日本とインドの歴史的文脈の差異を考慮しつつ明ら かにすることを課題として設定する。 日本とインドをケースとして、ドレス・ポリティックスという視座から、ナショナリズ ム理論の再構築を進めることのメリットを、著者は以下の二点に求めている。一点目は、 知識人の運動と思想の研究に偏りがちな思想史中心の従来のナショナリズム研究に対し、 服飾政治は、一般の民衆もナショナリズム形成の主要なアクターとして分析の対象とする ことができること、二点目は、ナショナリズムを近代の産物とみなし、伝統との断絶を強 調する傾向の強い非西洋圏におけるナショナリズム研究に対し、伝統的な文化や連続性と その重要性を示唆することができることである。これらはいずれも、人間は、時代や文化、 階級や階層を問わず、等しく服を着る存在である普遍的事実から導き出される考察である。 またその点にこそ、日本とインドのナショナリズムをドレス・ポリティックスという視角 から比較することの意義と可能性が求められている。 Chapter Two: Dressing to be a man: Fashioning masculine nationalism in ‘semi-colonial’ Japan and ‘colonial’ India 本章においては、日本とインドのナショナリズムの形成期において、もっとも顕著な役 割を演じた人物たち、すなわち男性のエリート指導層に焦点をあてながら、そこに現れた ドレス・ポリティックスを分析する。その際、中心となる問題系は、両地域においてナシ ョナリズムが「男らしさ」(masculinity)と密接な関係をともないつつ生成するプロセス の検討である。マスキュリン・ナショナリズムが、日本とインドの両地域において、どの ようにドレス・ポリティックスと関連をもちながら生成・発展していったのかの分析が、 本章の中心をなす。 日本においてマスキュリン・ナショナリズムの形成は、男性エリートが、近世的な侍の 衣装から西洋的な軍服もしくは三つ揃いのスーツへと衣替えをはたすという状況のうちに 見て取ることができる。それに対してインドにおいては、男性エリート伝統的な衣装を身 にまとい、マスキュリニティを表現する戦略がとられた。これは植民地化されたインドに おいて、植民地支配者と異なるみずからのアイデンティティを示す上での必要な戦略であ 3.

(4) った。 一見したところ、日本とインドとの男性エリートにみられるドレス・ポリティックスの 差異は、模倣と抵抗という正反対の戦略を示しているように思われる。しかしながら、こ の両地域において、男性エリートが、西洋の帝国主義的な視線のもと、服装を通じてみず からのマスキュリニティを強調しつつそのナショナリズムを想像したという点では共通性 もみられる。著者は、本章の議論を通して、こうした模倣か抵抗かという戦略上の差異が、 日本とインドがおかれた西洋帝国主義との位置関係の差異に基づくものであり、両地域に 共通するナショナリズムの男性中心主義的な特徴に対しても十分な注意が払われるべきこ とを主張している。 Chapter Three: Consequences of masculine militant nationalism: Dress politics of Japanese and Indian nationalism vis-à-vis the marginalized 本章では、マスキュリン・ナショナリズムの形成をエリート層の西洋帝国主義の視線への 対応として分析した前章に続き、ドレス・ポリティックスが、それぞれの地域のローカル なコンテクストで、周辺化された人々に対してどのように機能したのかを論ずる。その際 本章では、日本の場合では、植民地化された台湾の人々や被差別部落の人々、インドの場 合では、最底辺のカーストに位置し、キリスト教に改宗した Nadar の共同体の人々が、そ の具体例として取り上げられ、分析されている。 西洋帝国主義に対抗するマスキュリン・ナショナリズムの発動として登場したドレス・ ポリティックスは、両地域において、エリートがみずからを政治的に周辺化された人々か ら差異化し、その地位を確保し続けるための抑圧的な手段としてもあらわれた。たしかに 両地域において、近代の到来とともに被差別民に対する前近代的な差別は公的には廃止さ れた。しかしながら、そうした差別撤廃に反対する大衆の暴力の発動は、両地域において しばしばみられた現象であった。加えてエリート層もまた、とりわけインドの場合、完全 なる差異の消滅を、みずからの特権的な地位を脅かす要因と認識していたため、そうした 差別の存続に対して宥和的な姿勢をとることもあった。 その一方で、ドレス・ポリティックスの主体が多様化していったことは、エリートの支 配に対し、さまざまな困難をもたらすことになった。例えば、台湾を軍事的に制圧した日 本は、ドレス・ポリティックスという見地から見るならば、みずからの優越性を、台湾の 人々に対して誇示することに失敗している。なぜなら、現地日本人のだらしない服装が、 台湾人からの軽侮を招いていることは、植民地統治の展開にあたり繰り返し指摘された問 題点であったからである。またインドのエリートも、アウトカーストたちが行った、キリ スト教に改宗することを通じて地位の向上をはかる試みを、みずからの政治的優越性を脅 かすものと認識しつつも、完全にコントロールすることはできなかった。被差別民を含む 大衆もまた、単にドレス・ポリティックスの客体であったばかりではなく、またその主体 でもあったのである。 4.

(5) Chapter Four: Woman and dress under masculine nationalism: Response and Reaction 本章では、両地域における女性とドレス・ポリティックスの関係が主題化され分析され ている。その際、 「女らしさ」womanhood という考えが、いかに日常的な服装を通して、ロ ーカルな政治的文脈とグローバルな帝国主義的環境の双方において、 「日本女性」 、 「インド 女性」なる表象の形成に寄与したのかを明らかにすることが中心的な課題となる。またそ の一方で両地域における女性が、階級を問わず、利用できる限りのものを活用することに よって、服飾という媒体を通じてみずからの地位を改善させるように努めていったことも あわせて分析される。 本書の分析を通じて、インド女性と日本女性がおかれてきたコンテクストの差異が明ら かにされてゆく。インドの場合、服装の改革は、エリート女性の自由主義的な運動として、 19 世紀後半に開始された。伝統衣装であるサリにこの時期加えられた様々な改良が、その 具体的なあらわれであった。こうした改良は、エリート女性に対し、これまでの伝統的な 衣装にはない、動きやすさの感覚をもたらした。この服飾改良を通じて、インド女性は、 自由主義的・進歩的な環境のなかで、平等な教育や外国への留学などの権利を獲得し、公 的な空間へ参入することが可能となっていったのである。しかしこうした選択はまた、植 民地支配のもとで、アイデンティティをドレスを通じて支配者に誇示するという家父長制 的なナショナリズムの発露でもあったのである。これに対し、日本の場合、服飾の変化は、 エリート女性たちが、ヴィクトリア朝風のガウンをまとうようになったことのうちに認め られる。ヴィクトリア朝的な服装は、すでに同時代の西洋において、そのあまりに窮屈な デザインのため女性の身体に害をあたえるものとして、多くの批判にさらされていた。し かし明治前半期の日本においては、こうした服装は、西洋人と鹿鳴館のダンスホールで交 際する必要上、政府の肝いりで推し進められていった。 本章ではまた、こうしたコンテクストや選択されたドレスの違いにもかかわらず、イン ドと日本の女性たちが、外国経験を基軸として、みずからの環境を批判的にとらえ直し、 ドレスの改良を通じて女性の地位の向上をめざして活動した様子も明らかにされる。その 際、 具体的な分析の対象とされたのは、インドの Saraladebi Chaudhurani や Pandita Ramabai、 日本の津田梅子であった。また著者は、こうしたドレス・ポリティックスにおける主体性 が、単にエリート女性に関してのみ認められるべきではなく、両地域において、周辺化さ れた女性や一般の女性に対しても承認されるべきであることを主張する。しかしながら著 者は同時に、両地域におけるシンガーミシンの導入や化粧品の流行に象徴されるグローバ ルな商品市場の力が、ナショナリズムの力と結びつくことによって、ステレオタイプ化さ れた女性の形象を両地域で生み出すことになった。そうしたプロセスは、ネーションが女 性として人格化され、 「母なるインド」や「芸者」といった形象により表現され、さまざま な商品の宣伝に使われてゆくプロセスのうちに示されている。服装のような利用可能な資 源を活用して、みずからの状況の改善をめざすのは、階級やジェンダーやナショナリティ 5.

(6) ーを問わない人間の性である。しかしながら、その様態は、常にナショナリズムとグロー バル市場という二つの強力な力により比較的容易に操作されるものとなった。 Chapter Five: Interweaving flows, influences and adaptations- hybridized identities: Okakura Kakuzō and M.K. Gandhi 本章では、日本とインドを代表する服飾政治の理論家、実践家として、岡倉覚三とマハ トマ・ガンディーの思想と行動を分析する。かれらはともに、両地域における近代的な服 飾改良の開始からほぼ一世代が経過したのち、その活動を本格的に開始した。かれらはと もに、先行者たちの失敗や成功をもとに、みずからの服飾政治を構想したという点で、共 通点をもつ。かれらはともに、西洋との交渉を通じてみずからの思想形成を果たし、西洋 文明との接触によってもたらされた自国のアイデンティティの危機に対抗するため、服飾 を重要な政治的手段として利用した点においても共通性を有する。 服飾政治という視角からかれらの思想を再評価することを通じて、本章で主張される論 点は以下の通りである。この二人の思想家、岡倉とガンディーは、帝国主義の最盛期の時 代において、しばしばそう主張されるように、東洋と西洋という二項対立的な枠組みを通 してナショナリズムの思想的構築を果たしたわけではない。むしろかれらが試みた、さま ざまな服飾改良を通じてあきらかになるのは、その思想の変革が、西洋と東洋というカテ ゴリーの両方で生じたものであったこと、ならびにそこにあらわれているのは、自国中心 的なナショナリズムとは対照的な、包括性によって特徴づけられた「普遍主義」への強い 指向性であったことである。本章では、こうした主張を、岡倉とガンディーの個人史を追 い、またかれらが実際に選択した服装(岡倉の場合では、かれがデザインした東京芸術学 校の制服、ガンディーの場合には、半裸に腰巻きのスタイルなど)の政治的・文化的意味 を読み解くことで明らかにしている。 Chapter Six: Summary of the arguments and conclusion 最終章では、これまでの議論のまとめとドレス・ポリティックスの現在における機能と その重要性についての考察が行われる。政治史ならびにそれに付随するカテゴリーを、服 飾を通して議論することの意義、ならびに日本とインドの近代化の諸相を、同一の視座か ら、相互に関係させつつ論じていく本プロジェクトの方法の成果と理論的可能性が、あら ためて提示される。加えて最終節では、現代社会においても、服飾が重要な政治的意味を 持ち続けている実例を、日本とインドのそれぞれについて紹介し、本論文全体の締めくく りとしている。. 4. 論文の評価 本論文で評価されるべき最大のポイントは、ドレス・ポリティックスという新しい研究. 領域を開拓し、その視座から、日本とインドのケースを素材としつつ、ナショナリズムの 理論的な研究に、新たな知見を付け加えたことである。服飾を主題とする研究そのものは、 6.

(7) 日本やインドのケースを含め、けっして先行研究が乏しいとはいえない分野である。しか しながら、そうした研究は、もっぱら特定の時代の社会構造や風俗を明らかにするために、 社会史や文化史の領域で蓄積されてきたものである。本研究のように、ナショナリズムと いう政治的主題を設定し、その見地から一貫して服飾の変化の政治的意味を思想史的に読 み解こうとした本格的研究は、これまでに類を見ないものであり、きわめてオリジナリテ ィの高い思想史研究として評価に価する。 ドレス・ポリティックスという新しい研究領域・方法を開拓することで、本論文は、こ れまでのナショナリズム研究が前提としてきた常識をこえるいくつかの新鮮な知見を打ち 出している。その第一は、ナショナリズムの連続説と断絶説を媒介する新しい素材とその 分析を提示したことである。周知のように現在のナショナリズムをめぐる理論的な論争と して、アンソニー・スミスのようにナショナリズムの形成における近代以前の伝統的な要 素の重要性を指摘する学派(連続説)と、ベネディクト・アンダーソンのようにナショナ リズムの近代における発明という契機を重視する学派(断絶説)とのあいだの対立が知ら れている。こうした論争に対し、本論文は、基本的には断絶説の論者と認識を同じくしつ つも、例えばアンダーソンのように出版資本主義という特殊近代的な現象ではなく、服飾 という近代以前から継続する事象にあえて焦点をあわせることにより、ナショナリズムに おける前近代的な要素の政治的意味を明らかにすることを可能としている。近代化の開始 以後も、インドと日本の双方で、伝統的な衣装は残存し続けた。それはたしかに伝統的要 素とそれぞれの地域におけるナショナリズムとの密接な連続性を示唆するものである。し かしながら本論文のフォーカスは、それぞれの地域において多様なアクターが、帝国主義 的な西洋の視線のもと、どのように伝統的な服飾の意味を変容させつつその活動を行って いったのかの分析にあてられている。こうした視座は、両地域におけるナショナリズムを、 連続か断絶かの二項対立的な見地から捉えるのではなく、むしろそこにあらわれた連続と 断絶の諸相を動的に把握する新鮮な歴史叙述を生み出している。 本論文から得られる重要な第二の知見は、ナショナリズムの生成と展開を、単にエリー トだけでなく、女性や被差別民を含む多様なアクターの相互作用として描き出す視座を開 拓したことである。日本とインドにおけるナショナリズムの研究は枚挙に遑がないが、そ れらの多くは知識人が書き残したテクストに依拠するものであり、そこでは男性エリート をナショナリズムの中心的アクターとみなす傾向が根強く存在する。しかし本論文は、服 飾という、階級・性別・民族を問わない生活必需品をナショナリズム研究の主題として設 定することにより、単にエリート男性だけでなく、さまざまな階層の女性や被差別民、民 衆など多様なアクターを、ナショナリズムを構成する主体として分析する方法を開拓した。 こうした視座から明らかになったのは、両地域の男性エリートが、帝国主義的な西洋の 視座のもと、それぞれ異なった衣装を用いてマスキュリン・ナショナリズムを形成してい くその過程である。しかしその一方で、非エリートである多様なアクターも、そうしたナ ショナリズムの形成をめぐるドレス・ポリティックスの単なる客体であったわけではない。 7.

(8) かれらもまた、利用可能な素材を最大限利用することにより、みずからの地位を向上させ ることを目的に積極的に服装を利用した。このように本論文は、日本とインドにおけるナ ショナリズムの生成と展開を、エリートによるモノリスティックな語りとしてではなく、 多様なアクターの服飾をめぐる政治的活動の相互作用の集積として描き出すユニークな分 析を生み出した。 本論文の特筆すべき第三の知見は、インドと日本というこれまで直接比較されたことの 乏しい対象を、ドレス・ポリティックスという視角から、相互に関連づけて論ずることに より、とりわけ日本ナショナリズムの性格について新しい解釈を提示したことである。日 本のナショナリズム研究は、その多くが、意識的にせよ無意識的にせよ、他の地域におけ るナショナリズムとの比較において進められてきた。しかしその際、比較の対象とされて きたのは、その多くが西洋との対比(丸山真男)でありまた中国との対比(竹内好)であ った。本論文のように、日本とインドを並行して叙述するスタイルの研究はきわめて異例 であるが、それはこれまでの研究において、植民地というインドの歴史的文脈が日本とは 全く異質であり、したがって両地域の比較は意味をなさないと考えられてきたからであっ た。こうした常識に対し、本論文は、両地域におけるドレス・ポリティックスを駆動する 重要な要因として、西洋帝国主義の視線という共通の要素を設定することで、日本とイン ドにおけるナショナリズムを相互に関連させながら論述する試みを実現した。 こうした試みの結果、明治初期におけるエリート男性の軍服や三つ揃いのスーツ、エリ ート女性のヴィクトリア朝風のガウンの着用を、単なる西洋の模倣としてではなく、一定 の歴史的文脈におけるマスキュリン・ナショナリズムの発露として再解釈する視座が開か れる。またこうした視座は、しばしば、西洋と東洋の二元論的区分の構築者として論じら れてきた岡倉覚三の思想に関しても、新しい解釈を提示するのに成功している。著者は岡 倉を同時代のガンディーと対比させることにより、両者の思想と行動がともに「西洋」と 「東洋」というカテゴリーそのものの脱構築をめざしたものであり、かれらの生み出した 新しい服装(岡倉の場合では、かれがデザインした東京芸術学校の制服、ガンディーの場 合には、半裸に腰巻きのスタイル)が、ともに新しい普遍主義を志向したものであったと いう解釈を提示したが、これは岡倉覚三の思想研究に新しい視座から光をあてたものとし て評価できる。 しかしながら、本論文には、再検討されるべき課題や問題点もまた存在する。その第一 は、理論的なパースペクティブの革新性に対して、実際の歴史資料の分析に関しては、質 量ともに不満足な点が残る。日本とインドにおけるドレス・ポリティックスの差異と共通 点を提示し、その政治的意義を示した本論文の主張をさらに説得力のあるものとしていく ためには、一次資料を含めたさらなる資料収集とその分析に向かうことが望まれる。 第二に、日本とインドとの対比を、さらに明瞭なものとするために、帝国主義の実践と いう見地からの日本におけるドレス・ポリティックスの検討は、さらに深められるべき重 要な課題として残されている。本論文において、こうした分析は、植民地台湾における日 8.

(9) 本人統治者と台湾住民とのあいだでの統治・抵抗の関係として言及はされているが、質量 ともに十分な水準に達しているとはいいがたい。植民地におけるドレス・ポリティックス は、アイヌ民族や琉球人に対する支配のあり方の検討を含め、本論文で残された重要な課 題である。そうした作業を通じて、本論文は、日本のナショナリズムを超えた、日本の帝 国主義の文化的特質を明らかにしうる研究へと発展しうるはずである。 第三に、本論文がカバーする 1870 年代から 1920 年代のおよそ 50 年に及ぶ国際関係の変 化が、本論文の叙述に十分に反映されていない点である。本論文は、この時期の日本とイ ンドをとりまく国際関係を、一貫して西洋帝国主義の視線とそれへの抵抗として問題化し ている。しかしながらこの両地域をめぐる国際関係は、この 50 年間のあいだに大きな変貌 を遂げた。インドとイギリスの関係、日本とイギリスとの関係、日本と中国との関係は、 日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦などの経験を通じて大きく変化した。こうした国際 関係の変化が、それぞれの地域におけるナショナリズムにどのような影響を及ぼしたのか、 またその変化が、服飾という領域においてどのようにあらわれたのか。本書のイデオロギ ー分析は、そうしたミクロなレベルでの実証研究と組み合わされることにより、さらなる 説得力を有することになると思われる。. 5. 結論 以上本論文は、ドレス・ポリティックスという新しい研究領域と方法を開拓することに. より、日本とインドのナショナリズム研究に対し、ユニークな理論的貢献をなしたことが 認められ、政治学の博士論文としての十分な水準に達していると評価される。先述した問 題点も、現時点での本研究の学術的な価値を損なうものではなく、むしろ今後の研究にお いて発展させられるべき課題として提示されたものである。よって審査委員一同は、全員 一致で、本論文を博士(政治学)の学位にふさわしいものと判断する。 2019 年 7 月 1 日 梅森直之(日本政治思想史) 国吉知樹(国際関係論) 澤井啓一(アジア思想史) Sand, Jordan(Japanese History). 9.

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