• 検索結果がありません。

『介護施設における高齢者と若い人

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『介護施設における高齢者と若い人"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに

 高齢者と若者層との世代間交流には一般的に,高齢 者の蓄えた経験や知識が若者に活用されるだけではな く,若者世代と高齢者相互の身体的 ・ 心理的 ・ 社会的 な健康を向上させ,とりわけ高齢者にとっては「参加」

と「活動」によって生活機能に肯定的な影響を与える という意義が認められている(田中ほか,2016).そし て具体的には①高齢者と若い世代が一緒に楽しむ活動

②高齢者が特技や文化を若い世代に伝える活動③高齢 者が文化や技術を若い世代から教わる活動の三つが想 定されている(総務庁長官官房老人対策室,1994).

 拙稿では,わが国で注目されることの少ない介護施 設における居住および通所高齢者と幼児から大学生ま での若年層による芸術 ・ 演劇活動を通した,ドイツを はじめとするヨーロッパの世代間交流を取り上げる.

 たしかに世代間交流については,わが国でもいろい ろな視角から多くの研究がなされており(黒澤,2010;

石川,2005;築山ほか,2006;村山ほか,2013),高齢 者福祉との関連でも,多くの実践例に基づく研究がみ られる(末田ほか,2007;山田,2011).だが筆者の関 心がある介護施設における世代間交流に関しては,最 近いくつかの事例研究が始められた段階である(森田 ほか,2012;新田,2000,土井ほか,2009).

 では,高齢者福祉や世代間交流が進んでいるドイツ ではどうか.従来,わが国のドイツの高齢者福祉に関 する研究は,わが国の模範となった介護保険制度など 高齢者福祉政策と高齢者福祉の現状に焦点が当てられ

(斎藤,2011;斎藤,2012;松本,2011),高齢者福祉 施設,とりわけ介護施設における世代間交流について

は,ほとんど紹介 ・ 研究がなされていない.高齢者施 設における世代間交流が,高齢者に喜びを与える若い 人からの一方通行とみなされているわが国の状況は,

基本的にはドイツでも同様である.ところが,そのよ うな一般的な捉え方を問い直し高齢者観を見直したう えで,新たな世代間交流のあり方を実践的にも提起し ている注目すべき潮流がドイツをはじめとするヨーロッ パで生まれている.

 それを象徴しているのが,ミヒャエル ・ ガンス,バー バラ ・ ナル(編)『介護施設における高齢者と若い人―

絵画,制作,演劇に関する世代間プロジェクト―』(以 下,本書と略す)フランクフルト2010,206 S. である.

本書は,フランクフルトで開催されたシンポジウム「居 住介護施設における高齢者の活動/世代間交流での芸 術療法」の報告書である.本書刊行後数年を経ている ものの,このような総括的研究はその後も見受けられ ないので,拙稿で紹介する意義は十分にあると考える.

さらに,基本的立場として「高齢者と若い人の出会い は,常に新たに驚くほどの反応を引き起こす」(S.7)

と世代間交流を積極的に捉えていこうとする,14編の 論文からなる本書はドイツ ・ オーストリアを対象とし ているが,2編のイギリスの事例報告も含まれており,

ヨーロッパ全体の動向も知ることができる.

 本書は世代間交流の対象領域を「個人史に依拠した 芸術 ・ 演劇に限る」(S.7)と限定している.本書の構 成は,序論に次いで,個人史(伝記)作業,演劇と音 楽,造形芸術の各篇から成っている.なお,掲載論文 には通し番号をつけてある.本文中の数字は引用頁数 である.

デイサービス あいほっと。

キーワード:介護施設,世代間交流,ドイツ

M. ガンス,B. ナル編

『介護施設における高齢者と若い人

―絵画,制作,演劇に関する世代間プロジェクト― 』

鎗 田 進 也

(2)

Ⅰ 序 論

 [1]イーリス ・ マレール「『世代間の対話』プロジェ クト本部」(SS.9~13)では,高齢者の立場からみた 世代間交流の意義およびその最近の動向が総括的に検 討されたうえで,介護施設における世代間交流の注目 すべき二つの例が紹介されている.

 まず世論の高齢者に対する関心は,若くて活動的な 高齢者の退職後の生活形成に集まっており,いわゆる 高齢者に関しては,福祉における人員不足や費用の増 大との関連できわめてネガティブな存在とみなされて いるのが現状である.しかし高齢者は,その能力を発 展させることができるポジティブな存在で,世代間交 流による若い人との接触 ・ 交流を通して,高齢者それ も介護施設で暮らしている人びとにとって積極的な人 生参加と社会生活への統合が可能になるとする.そこ から,「介護施設の世界への異なったアプローチ」(S.9)

が生まれてくる点が強調されている.

 筆者は,ベルリンに本部を置く「世代間の対話」プ ロジェクトに携わっており,世代間交流が盛んになり つつある現状をいくつかの方向にまとめている.第一 は,従来の高齢者施設を中心にした交流の発展形態で,

保育所などの幼児施設やデイサービスや入居型の高齢 者施設がそれぞれ他の世代に開放され,幼児や高齢者 への読み聞かせ,おしゃべりカフェ,そして訪問ボラ ンティアや代父母計画のような共同の運動のための空 間が形成されるようになっている.第二は,いろいろ な世代が共に住む共同住宅への需要が高まっている.

第三は,政治的領域でもすべての世代を含む出会いの 場やネットワークをつくろうとする計画があり,連邦 家族 ・ 高齢者 ・ 女性省などが中心となって「多世代の 家」が推進されている.だが,共通して問題になるの は,具体的に諸世代がどう接触し,関係を発展させる ことができるかだと指摘する.

 そして本稿では世代間交流の注目すべき二つの事例 が紹介されている.一つは,ベルリンでトルコ系移民 家族が増加しているヴェッディング地区の例である.

介護施設で暮らす高齢者のほとんどがドイツ人で,彼 らは近隣住民のトルコ系の子どもたちの騒音に悩まさ れ,いさかいが絶えなかった.そこで,介護施設の管 理者が事態打開に向け双方の交流を図るために,施設 のロビーで近隣の小学生や保育園の子どもの美術作品 の展示会を開き,近隣住民と施設居住者の双方を招待

した.その成功をきっかけにして,近隣の小学校,幼 稚園,そして保育園の協力が得られ,子どもと高齢者 が童話の読み聞かせにそれぞれを訪問するようになり,

なかには子どもが個人的に施設を訪れ,高齢者を散歩 に連れ出すこともみられるようになった.そのような 交流の結果,道でお互いに挨拶し,高齢者は,「夏の近 所で遊んでいる子どもの騒音にうまく共存できるよう になった」(S.11)のである.

 第二の例が,マインツのカトリック系介護施設と隣 接の女子ギムナジウム(中等高等学校)の交流である.

歴史や宗教の授業(「老い―衰え―死」)で,高齢者に 個人史を語ってもらうという試みが始まりであった.

そこで在宅 ・ 施設居住を問わず高齢者が孤立している のを痛感した生徒のチームは,2000年に「若い人が高 齢者と出会う」プロジェクトの援助 ・ 協力を得て,テ ントの「出会いのパビリオン」をつくり,いろいろな 催しを行うようになった.

 さらに,小学校5~6学年の授業として,週に午後 一回,10~15人単位で介護施設を訪問し,読み語り,

遊戯,歌,音楽,工作,散歩などを行うようになった.

そして2004年の初めには,連邦の計画「社会的都市」

の資金援助を得て,マインツ市が乗り出し,専従者や 事務所などを設置するなど世代間交流は地域ぐるみで 発展し大規模化していった.しかし翌年財政援助が打 ち切られるなどで「学校と施設の協力は失敗に終わっ た」(S.12).この例は,「構造的 ・ 個人的資源が新しい 改革的方向の継続と発展にとってどのくらい重要なの か」(S.13)を示す好例として挙げられている.

 最後に本稿では,交流がどのようにしたら上手くい くのかという方法論が述べられている.重要な要素と して,世代間交流は楽しんで行い,喜びを広めていか なければならないという点が強調されている.

Ⅱ 個人史(伝記)作業

 本書のほとんどすべての論文で,個人史に立った取 り組みが重視されている.前述の「序論」では,「異 なった世代間の人びとが深い関係を構築するのを促進 し」,「回想活動が若い人に過去との結びつきを,高齢 者には未来への参加を促進する」(S.13)とその意義が 強調されている.この章では,二つの論文が掲載され ている.

 まず,[2]ハインツ ・ ブラウマイザー,エリザベ ス ・ ヴァッペルスハムマー「世代間交流プロジェクト

(3)

『ウィーンの歴史と生き生きした日常史』の基礎として の個人史作業」(SS.17~39)では,個人史作業の高 齢者にとっての意義として次の点が指摘されている.

第一に,聞き取り調査への参加を通した多世代との交 流や回想活動により会話や活動力が活発化する.第二 に,介護施設で個人史作業を行うことにより居住者そ れぞれの人生を理解し,専門的立場からの介護が一層 進展すると指摘されている.

 そして,個人史作業の⑴活動発展の経緯,⑵理論的 枠組み,⑶事例の紹介が述べられる.

 ⑴ 1970年代末から80年代初めにかけて,「オーラル ヒストリー」,「下からの歴史」の活動が活発になり,

生活史を中心として,高齢者に対する新たな活動の内 容と方法も発展してきた.やがてそれらは,「個人史作 業」と総称され,とくに要介護の人びとに対する活動 は,「回想介護」と呼ばれるようになった.

 ⑵ 人びとの生活世界や生活状況,人生の経歴は,

18世紀末からの「近代化」に大きく影響され変化して いる.それは高齢者にとっても例外ではなく,高齢者 の状況を正しく認識するためには,①社会構造,②文 化,③個人の三領域との関係の変化を把握する必要が ある.

 ①社会構造では,差異化の過程が特徴的であり,そ れぞれに課題と機能を持った種々の社会グループ ・ 社 会組織に細分化されている.高齢者援助における職業 養成や扶助組織においても同様である.だが同時に,

小組織を組織化し,管轄するための新たな包括的な組 織が地球規模で形成されるという逆説的状況も進行す る.

 ②世界観やメンタリティーのように,われわれの思 考や行動に意味を付与する文化的領域では,「合理化」

が顕著である.思考様式や行動規範の多様化が進行す る一方で,現実や人びとの行動は予見可能になり,自 己規律性が奪われ,均一性が支配的になっていく.「文 化的な社会は,繰り返し自らを新たに方向づけ,伝統 的な生活様式を見直すことを意味する」(S.22).それ ゆえ高齢者にとっても「生活様式に関する堅固な考え や精神的思考が解体され」,今までの「高齢者像」は

「時代遅れ」となる.その結果,「われわれにとって全 生涯にわたる自己形成が課題となり」,成人教育も「生 涯学習」となるのである(S.29).

 ③個人の領域では個別化となって現れる.社会構造 の差異化と密接に関連し,諸個人は多くの社会的グルー

プに属し,多様な顔 ・ アイデンティティを持つように なる.介護施設にいる高齢者にとっても,「個別化は過 去の思い出の材料で終わるのではなくて,葬式や埋葬 の形態に至るまで続く」(S.23).個人は小さな集団と より大きな組織にいろいろな形で関係することによっ て,従来と違って自由と自律を体得する反面,新たな 従属に陥るのである.世代的にみても,今の高齢者は,

近代的な民主主義 ・ 経済 ・ 文化,とくに戦後の「経済 の奇跡」の数十年にわたる自由や個人的進歩を享受し てきたけれども,現在の若者は自己決定の機会を奪わ れ,画一化が顕著となっている.さらに世代間交流に おいては階級概念よりも「世代」概念の有効性が指摘 され,マンハイムの周知の議論と「同時代性の非同時 性」(ゲーテ)が検討される.

 ⑶ 事例の紹介.社会史的分析,近代化論,世代論 を理論的な背景として,1980年代初頭からウィーンに おいて,テーマに基づく個別ならびに集団インタビュー を中心とする個人史作業が,社会史アプローチに依拠 して開始された.やがてそれが高齢者の成人教育や臨 床においても効果があることが認められ,1980年代末 には,ドイツ中央高齢者援助成人教育局も取り組みに 理解をみせるようになった.1990年代からはケルン,

ザルツブルクなど各地の「世代祭り」でその成果が演 劇として上演されるようになっている.

 そして,個人の事例としてフランツ ・ アーデンザム の場合が紹介される.1929年にウィーンの森林地帯に 生まれた彼は,10歳でヒトラー ・ ユーゲントに「自由 意志」で加入し,14歳でドイツ鉄道に徒弟として入職 し,一時は都市の若者文化スィングに染まり,戦後は 社会民主党に属し,35年の勤務ののちに50歳から年金 生活に入った.世界恐慌,ヒトラーによるオーストリ ア併合,敗戦という三つの「歴史的な出来事」が彼の 生活にどう影響したのかが明らかにされている.

 また,1997年にフライブルクの介護施設で実施され た食文化に関するプロジェクトが紹介されている.施 設の居住者の自由参加による昼食パーティーで,居住 者,介護者,聞き取り学生が順番に座り,和やかな雰 囲気の中で,ジャガイモなど出された食材や食器など を題材として,聞き取り調査が行われたのである.

 そして,この「ウィーンの方法」から,今後の個人 史作業の領域として,①以前の生活関係を,語られた 又は書かれた生活史から再構成する「生活史からの歴 史」,②高齢者に対する文化 ・ 教育活動における生活

(4)

史,③介護施設や老人ホームにおける生活史,④自治 体の高齢者計画における生活史の四つが提起されてい る.

 つづいて二人の筆者は,[3]「『個人史作業』の手引 き」(SS.41~65)で具体的な方法を述べている.

⑴ 聞き取りの際の対話指導

 語られている内容が,外的評価,一般的知識 ・ 意見 ・ 感情に影響されやすいので,話し手自身の体験かどう か見極めるのが重要である.また,だらだらと並列的 に話されることも多いので,起承転結をつけて会話を 進行させ,具体化させる質問を準備しておく必要があ る.

 さらに,質問―答え―質問というインタビュー形式 では自由に語ってもらうのが難しいので,テーマに沿っ て自由に話させるには,「話し手が思い出すことができ るようなマニュアルによる内容的な準備」(S.46),と くに大きなテーマを細かい内容に細分化した質問手法 が求められる.

⑵ 個人年表と聞き取り調査の処理方法

 「自分の生活や他人のそれを理解するには,一般的な 時代関係や時代の出来事と個々の経歴との関連を意識 する必要がある」(S.50).左側には戦争などの「大政 治」の出来事や社会福祉の切り捨てなどの社会的出来 事を,右側には職業選択,結婚,年金生活など個人の 生活史を対照させた年表を個人ごとに作成するのが有 効である.

 また,個人の生活状況は社会的グループおよび社会 的空間によっても異なるので,前者に関しては「階級 ・ 階層 ・ ミリュー」,世代,生活の局面,生活様式が,後 者では居住空間,自営か組織で活動しているかの社会 的活動空間,家族,余暇,教育,労働形態などが個々 人について検討され,大きなテーマごとに個別項目の 形で整理する必要がある.さらに分析を深化させると,

「歴史的回顧において,また世代,ミリュー,性差の比 較において,人間の一定した基本的必要との関わりが いかに異なって扱われ,意味づけされているかが明ら かになる」(S.61)ので,飲食,衣類,暖房/照明,睡 眠,衛生,身体管理,愛と性,社交性なども検討され るべきである.

Ⅲ 演劇と音楽

 この篇では,事例紹介を主とした六論文が掲載され ているが,[4]イェンス ・ クラウゼン「世代間交流計

画における大枠の条件」(SS.69~78)は,現在の世 代間交流のありかたを批判的に検討している点でとく に注目に値する.

 まず,閉塞的な世代間の現状を「並存の保護」と呼 ぶ.1960年代に家族の中で生じた「世代間闘争」は,

現在社会的領域にまで広がり,年金 ・ 健康保険や国家 負債などの政治的論争や,若年層の可能性の少ない求 職願望と高齢者の過剰という労働市場での対立に象徴 され,「どの世代も,いわば自分の領域を持っており,

世代間の交わりを意識的に志向する場所も活動もほと んどない」(S.69)のである.

 だが,鉄道模型クラブのように,意識せずに諸世代 がともに活動する組織もあり,世代間を結びつけるに は,共通の利害 ・ 関心が存在していることが重要であ る.にもかかわらず,現状の世代間交流にはそれが欠 如している.なぜなら,交流参加者の関心が高いとは 言えず,交流内容が「人為的に」演出されたものであ り,それに参加する子どもや高齢者は,受動的に学校 や施設など組織を通じて「容易に動員されうる獲物」

にしか過ぎないからである.また,内容的にも「感謝 している高齢者と一緒の可愛い子ども」という視角が 支配的で,ただ一緒にいることだけが重視されており,

「異なった世代が単に出会うのは,質的メルクマールで はない」(S.70)と批判している.

 では,参加する世代が共に利害 ・ 関心を持ち,世代 間交流計画が成功するにはどうしたらよいのか.実践 的な立場から,大枠の条件として,①オープン性(率 直さ,開放性),②等価交換,③相互評価,④種々のア プローチ,⑤共通性と相違性を認める,⑥人生観志向 が挙げられている.

 ①諸世代のオープンな参加には,最初に抱いている 不安を出来るだけ早く解消させる必要がある.そのた めには,儀式的ではなく,簡単で出来るだけ非公式に 会を始めてしまうのが良い.また他の世代との接触の 経験がない「世代間の隔たり」が存在しているので,

「すべての参加者を個人的に受け入れるオープンさを各 自が持つように促進することが重要である」(S.72).

そのためには,他の人を間違っているとか評価しない ような雰囲気づくりが求められる.

 ②交流が双方にとって等価と感じられるよう,主催 者は,双方の参加人数のバランスをとり,「機会の平 等」に配慮する必要がある.また「等価交換」を実現 するには,参加者全体の関心を喚起するよう「一定の

(5)

年齢コーホートに特有の個人史的な体験と関連づける」

(S.74)方法が有効である.

 ③お互いに評価しあうためには,どの世代にもそれ ぞれに時間帯を設け,予め話す時間をみな同等に設定 しておく必要がある.また,相手から知識だけでなく 創造性やユーモア,個性,ものの見方なども身につく ように配慮することも必要となる.主催者は,すべて の世代が,交流の過程でテーマ的にまた時代的にそれ ぞれの重要性を維持できるようにする責任を負ってい る.そのため,すべての世代が,プロジェクトやテー マにどの程度,またどのようなバランスで参加してい るかを配慮しなければならない.

 ④テーマの多様性と交流のやり方を変えるなどアプ ローチに変化を持たせる必要がある.というのも,「多 様性が配慮されればされるほど,参加者は対話の糸口 を見つけ出しやすくなり,自分の能力に応じ参加する ことができるようになる」(S.76)からである.また,

楽器を演奏するなど個人の「強み」や一定の年齢層が 持っている独特の経験的見方を引き出すことも有効で ある.

 ⑤共通性の維持 ・ 強化が重視されるあまり,既存の 相違 ・ 対立が見過ごされるべきではない.「相違を何ら 変化させずに存続させ,多くの相違を認める機会がう まれるように統合する」(S.77)必要がある.実際,「月 並みな表現だが,『遊び半分』(『 』は拙者)を諸世代 に勧めることによって,世代間の偏見が減殺される」

(S.78)のである.

 ⑥日常世界の概念と違った包括的な経験観 ・ 創造観 を含むものと「人生観」を定義したうえで,「人生観志 向を世代間交流プロジェクトと関連づけることで,そ の経験が日常の中に移される機会は大きくなる」(S.78).

 [5]イレーネ ・ ブルンス「演劇での世代間交流活動 における倫理的諸問題―種々の年齢層は共通の演劇活 動によってどんな利益を得ることが出来るだろうか―」

(SS.79~93)では,演劇による世代間交流がポジティ ブな高齢者の能力を発展させるのに適合的であり,「決 して治療ではなく,ひとつの文化技術であり,場合に よっては治療上の効果もある学習形態である」(S.92)

と積極的に位置づけられる.すなわち,高齢者は自分 の人生にゆるぎない自信を持ちながらも新たな考えに 適応し,新たなことに取り組める「撤回能力」を備え ており,演劇により新たな挑戦が可能となりその能力 が開花するのである.

 演劇といっても,一般的な既存の脚本を演じるので はなく,一つのテーマに基づいて高齢者と児童がその 経験を語り合って実演し,そこから場面や演劇形態を みんなで作り上げ上演に至るという「即興性」が交流 には有効である.テーマは生活のあらゆる領域に及ぶ が,とくに老い ・ 病気 ・ 孤独 ・ 死など「現実に直面し ているテーマ」が重視される.そこで意識的に追及さ れたのは,テーマに対して社会全体に浸透している「月 並みな」イメージではなく,自分たちの経験に基づく 個性的な像を対置することである.また,体験を劇化 するか,彼らがそれを演じるかは,彼ら自身の決定に 委ねられており,「自主的な創造性」も特徴である.

 そして交流の高齢者にとっての意義は,各々が自己 の生涯を振り返り,自己の規準や価値を見直し,さら に他の人の見方 ・ 考え方によって補完されながら歴史 認識を深めることである.そのうえ,「古くからの友達 が次々と死んで友情が途絶えた時に,生き残るために 必要な新たな接触や他人に対する開放性」(S.80)が,

生きる力 ・ 喜び ・ 気力を生み,とくに施設にいる高齢 者にとって人生はさらに続くというシグナルを出し,

「未来志向」を与えるのである.

 また,若い人,とくに児童にとっては,「(高齢者の)

生活史は生きた時代の歴史の一部として次の世代に引 き継がれる」(S.80).子どもたちは,洗濯のやり方な ど日常の技術を真似ることで新たな体験をするだけで なく,新たな考え方にも出会うのである.さらに現在 のメディア社会は,知らないうちに人びとの意味,感 情,考え,ファンタジーという「生活に不可欠な根本 的欲求」を奪い,人間同士のコミュニケーションや独 自の肉体的言語の育成を困難にしている.世代間交流 では高齢者にぶつからないようにするとか,そのテン ポに合わせるなど,子どもたちに根本的欲求を取り戻 す手助けをしているのである.

 最後に,実際の方法が紹介される.相手の話を傾聴 したり,相手に触ったり,手のひらを合わせたりとい う車椅子でもできる基本練習の後,ジャガイモのむき 方などのテーマに応じて,各自の記憶が身振りや手真 似によって表現され,それを他の人びと(児童も含め)

が真似し,さらに他の人の記憶によって確認 ・ 補充さ れ,一場面が構成されていく.そして,それらがまと められ,ある題名が付けられ演劇に仕上がってゆくの である.

 ただ活動が抱える困難も指摘されている.介護保険

(6)

制度のもとでの介護費抑制により,演劇グループの活 動も被害を受け,高齢者の世話も十分保障されなくなっ ている.また出演者が死亡したり認知症などの病気に かかることで支障をきたす場合もある.そのためとく に高齢者や子どもが対象なので,各自できる範囲で行 う,自分の意志に反することは強制されない,笑いも のにしない,個人のプライベートは尊重するなどの倫 理コードをつくる必要も強調されている.

 [6]ジャン ・ スターリング「ロンドンの組織マジッ ク ・ ミー」(SS.95~108)はロンドンからの事例報 告である.それは「芸術活動を通した若い人との共同 活動によって,しばしば介護施設で孤独に暮らしてい る一人暮らしの高齢者が元気になるような機会を提供 する」目的で開始された.だが,活動が低所得者層の 住むイーストエンドで行われたという地域的特性から,

イギリスに移住してきた種々の文化 ・ 出自の人びとを 結びつけ,社会的乖離を緩和し,地域の再生を図る方 向が明確になっていった.すなわちこの伝統的に白人 の労働者地区に,近年バングラディッシュやソマリア からの移民家族の増加が著しく,新旧住民の交流も皆 無であった.それゆえ,参加する高齢者は白人かユダ ヤ系の旧住民なのに,子どもたちはほとんどバングラ ディッシュ系であったのである.

 活動内容は,多岐にわたり,多くの場合二つ以上の 芸術形態を含んでいる.プロジェクトは,3~4日か ら一年以上の長期の期間にわたるものまで様々で,主 として9歳以上の10~12人の児童と介護施設の高齢者 の小グループによって,週に1~2時間,介護施設で 行われる形が最も多い.活動は,「マジック ・ ミー」と 学校 ・ 介護施設などのプロジェクト ・ パートナーとの 共同開催で,「マジック ・ ミー」が資金調達や芸術上の 協同者との調整,後者が開催場所の設定や参加者の手 配を行う.

 なぜ芸術活動が重視されるのか.「マジック ・ ミー」

が行った一つの事例が批判的に紹介される.デイサー ビスの高齢者が,学習困難な15歳の児童の勉強の手助 けをするというケースでは,高齢者は若い人との交流 に興味を示すものの,「若い時勉強は苦手だった」と教 えることに不安を覚え躊躇する.他方,児童は「授業 の一部」として捉え,高齢者との交流自体には関心を 持たない傾向がみられた.それゆえ教育活動よりも「創 造的で表現力のある楽しみをつくり,参加者がお互い に興味を引く芸術に依拠した活動」が中心となったの

である.

 最後に,興味のある事例「(事実は)小説よりも奇な り」が紹介される.それは,12歳の児童,70~92歳ま でのデイサービスの高齢者,20代前半の大学の演劇学 部の学生という三世代からなる参加者による演劇プロ ジェクトである.2002年秋から翌年1~4月にかけて,

三者による会合や公演準備を経て,その成果をアトリ エ公演で参加者が演じたのである.これは「マジック ・ ミー」と多文化の隣人との共生を目指す組織「共通の 基盤に立つ」との三年来のプロジェクトの総決算でも あった.具体的には,児童,高齢者,学生がセットと なり,学生が進行役になって,個別または集団でお互 いの体験を話し合い,その内容を脚本化したのである.

さらに高齢者が普段学校でいじめられているペアの生 徒の役に,生徒本人がいじめ役,学生がその手下になっ ての即興劇など多様な形で進められていった.ちょう どイラク戦争の開始時期と重なり,人種 ・ 宗教対立が 激化していた頃だったが,交流を通して様々な文化 ・ 出自を持つ若者と高齢者が初めて知り合い,宗教や肌 の色の違いに左右されずに,彼らやその人生に関心を 持つことが可能になったのである.

 次の[7]パム ・ シュヴァイツァー「『昨日を思い出 し,今日治療する』回想介護と認知症の患者とその家 族―ヨーロッパのモデル探求についての報告」(SS.109

~113)では,ヨーロッパの多くの国で実践されてい る試みのモデルとして,ロンドンの組織「高齢者交流」

のプロジェクトが紹介されている.

 それは,グループごとに分かれて,「しばしば記憶や それと結びついた行動を呼び覚まし,気分を高揚させ る時代に適ったテーマ」(S.110)を引き金として,高 齢者の記憶をよみがえらせ(回想介護),認知症高齢者 の能力を活性化させることを目的としている.参加者 は高齢者とその家族およびボランティアの若者である.

そこでは,身振り,手作業,絵,歌,即興劇,ダンス などの芸術方法が会話を促進し,参加者が流れに乗っ ていくうえでもきわめて有効であった.一例として,

ビルマに兵士として出征した高齢者がナタをどのよう に使ったのかを再現した時,それを見ている人は寒気 と震えで追体験すると同時に,かつての言語能力と活 力 ・ 元気を取り戻したのである.老婦人は楽譜を握り しめ楽譜に合わせて歌を歌い,筆者のシュヴァイツァー と一緒にデュエットした.

 18週にわたって,毎週一回開催されたプロジェクト

(7)

には全部で45人もの多数が参加したのにもかかわらず,

十分に機能しえたのは,「一対一関係」と同権的な交流 形態が重視されていたからである.たとえば,テーマ を選ぶ際にも,記憶を呼び覚ますのにふさわしい世代 に典型的な対象だけでなく,馴染みのあるものも考慮 された.そして多くのシチュエーションは,参加者自 身の結婚式の写真を基にして結婚式を即興で演じるな ど個人に合わせて設定されたのである.

 また,家族やボランティアも興味を抱くように配慮 することが重視されたのは,彼らもプロジェクトの中 の一員として位置づけられていたからである.家族を 一緒に参加させることがプロジェクトの大きな特徴で ある.それにより,認知症の人とボランティアという 非日常的な関係がスムーズに進行したのである.また 家族にとっても,孤独から脱することが可能になった だけではない.他の家族から学び,いつもの家庭の中 では考えられないような形で他の認知症の人と自由に 付き合うことができるようになったのである.家族に とって,認知症の人の「沈んだ」記憶が蘇るのは驚き であると同時に喜ばしいことでもあった.「身近に一緒 に暮らしていると,家庭内での介護はほとんど楽しい とは感じられず,むしろ『家に囚われている』と重荷 になってしまう.しかしより大きなコンテクストとプ ロジェクトの準備の良さのおかげで,癒すのに役立つ 新たな連帯を感じる」(S.110)ようになる.そのため プロジェクトの第一段階は,認知症の人の家族の家を 訪問して企画を説明し,協力を確保することから始ま るのである.

 プロジェクトの結果,認知症の人は生き生きとし,

再び笑いはじめ,同世代の人との思い出の交換を通し て,歳をとると難しくなる連帯や友情の感情が芽生え たのである.認知症では最近の記憶は飛んでしまうと いわれているが,2~4週間超えても他の参加者を思 い出すなど,その記憶が生きていることが確認できた のである.

 [8]イェンス ・ クラウゼン「劇場の脚本を自ら創作 する実践から,始まりから上演まで」(SS.115~123)

では,参加者の個人の体験から脚本を創作する過程で 重要な点を実践に即して指摘している.まず創作過程 を二つのアプローチで整理している.

 一つは,「内から外へ」という「劇を演じる人の体験 に基づいて劇の設定が立てられる方法」(S.116)であ る.たとえば演劇グループのイカルスでは,おばあさ

んの誕生日をすっかり忘れて孫が様子を見に立ち寄る という肉親関係をテーマとした設定で,孫がボディビ ルに熱中している実体験をもとに場面が構成される.

そして「忘れないように筋肉の真ん中に私の誕生日の 日付を書いておけ」と怒ったおばあさんの一言が付け 加えられる.たしかに,演技者自身の体験を脚色する 場合,「演劇は現実を倍加したものである」(S.121)の で,本人の本当の記憶や考えからかけ離れ苦痛を与え ることがある.しかし,最後には演技者が快く感じ,

観客にも感銘を与える「本物で新しいこと」がうまれ ることの方が多い.

 もう一つが,「外から内へ」という一見演技者と関係 ない設定―たとえば,あなたは死んだ父親の霊に会う 王子である―で作られる方法である.そこでは「演技 者がどのくらいその中に自己の経験と考えをもちこむ か」(S.118)が期待される.

 そして二つの方法に共通して,脚本を創作するのに 必要な点が挙げられる.まず設定は,演技者のインス ピレーションがひらめくような自然で周知なものであ ること.内容的には,観客が理解可能なものにすべき で,そのノーマルな「関心」に応じるという意味で「楽 しむ」ことへの配慮が必要である.構成においては,

語り手を加えるなどのドラマ的手法を活用して,演劇 の進行をオープンにするやり方も魅力的である.マイ センのプロテスタントアカデミーの演劇週間の例では,

この手法を取り入れ,16歳~70歳までの若い人と高齢 者が語り部としてペアを組むなど,全体を通して双方 の共通性と同等性が際立っていた.

 [9]イレーネ ・ ブルンス「世代間交流の演劇活動:

体験 ・ 模倣 ・ 舞台への反映―練習」(SS.125~128)

で,高齢者と児童が一緒に行う演劇活動の練習方法を,

最初から舞台稽古に至るまで順を追って紹介している.

①儀式的ジェスチャー(参加者は輪になって身振りで 自己紹介し,それを時計回りに隣の人が真似ていく)

②時間のイメージ(司会者が告げる時間(朝5時から 夕方4時まで)にいつも行っていることをジェスチャー でする)③集中練習:拍手の輪(左側の人に対して拍 手し,された人は一緒に拍手する)④立ち稽古:元気 づけ(司会者の合図で,高齢者が児童に対し元気づけ る所作をする)⑤パートナー練習:鏡(両者が対になっ て,一方の動きを他方が鏡のように同時に真似をする)

⑥知覚練習:傾聴練習(両者が交互に輪になり,一方 が言ったことを繰り返し,さらに自分で文章を付け加

(8)

え,それをまた相手が繰り返す)⑦舞台練習(高齢者 が輪になって座り,その前に児童が立って理髪師など の職業の真似をし,高齢者があてる.児童は時計回り に相手を変えながら職業の真似を繰り返す)⑧一緒の 舞台稽古(高齢者と児童が対になってセリフを言って 芝居をする)⑨最後の練習(一方が歌いながら,それ に合わせてリズムをつけ,相手も一緒に真似をする).

Ⅳ 造形芸術

 [10]ミヒャエル ・ ガンス「認知症の人と幼児との 彫塑プロジェクトについて」(SS.131~161)では,

認知症高齢者の世代間交流という注目すべきテーマが 詳細にわたって検討されている.

 現在,高齢者は社会的に冷遇されている存在で,か つ「無気力によって社会的に危険にさらされているの で,なんとか何かをやらせようという広範に流布した ステレオタイプな見方」(S.135)が支配的である.そ のようなネガティブな高齢者観によって,高齢者は保 護され,面倒をみる対象でしかないという現在の消極 的な介護や世代間交流のあり方が規定されている.そ こではマニュアルに沿ってコンピュータで「入力操作」

し,介護活動の段階を評価するように,介護する側が 最新の「科学的」知識を駆使して,介護の内容や世代 間交流への参加の程度を決定しており,高齢者は「消 費する参加者」に格下げされているのである.

 このような現状を批判し,まず高齢者は,世代間交 流を通してその能力を発展させることが可能なポジティ ブな存在である点が強調される.だが,その能力を開 花させるためには,従来のように高齢者を「客体」

(サービスの消費者)として扱うのではなく,「主体」

として彼らの自立性を保証し,彼らの決定権や生活形 成権を認め,「生命力への信頼」が必要不可欠である.

「個別化の増大や自己決定的な生活形成への欲求の高ま りを伴う社会の発展は,高齢者にも妥当するはずなの にまったく考慮されていない」(S.134).認知症の場合 でも,自律的な思考を維持することから出発するべき であり,「支援を必要としていることと自律とは,お互 い基本的に排除しあう選択肢ではない」(S.137).実 際,認知症の人は「規準の形式や行動への期待で制約 されると不安になり,行動できなくなるようにみえ る」.しかし「自由に行う余地が大きいほど,その潜在 的能力を大きく,また広く活用しつくすことができる」

(S.132)のである.

 それゆえ彫塑プロジェクトは,参加者が共通の活動 の中で,自律的 ・ 自由に発展していくことを特徴とし,

それに適合的であるとする.なぜなら彫塑活動は,手 を加えたことはすべて跡が残り,参加者はそれを見な がら次にどうするかお互いの対話の中で決めていくの が可能となるからである.

 さらに,ネガティブな高齢者観に規定された今まで の世代間交流も見直しが迫られる.「世代間交流の叙述 の中では,しばしば一方の側(若い人)が他方(高齢 者)のために援助し,善意の構成要素が強調されてい る」けれども,「世代間交流はもっぱら援助という視野 からみなされるべきではない」(S.143).そして交流が 成立するには,交流を通して得る同等のギブアンドテ イクが若い世代と高齢者世代の双方に成り立ち,同権 のパートナーとしてみなされるような関係が生まれて いなければならない.

 では,彫塑プロジェクトでギブアンドテイクの関係 は実際に生まれるのだろうか.高齢者にとって,その 能力の発展がみられるだけではない.施設で働く若い 職員の多くは,高齢者は子どもの大騒ぎに耐えられな いし,それを望んでいないと言うが,高齢者は「子ど も中毒」と表現されるほど世代間交流を望んでいる.

55歳~70歳までの43%が,子どもとの交流を求めてい るというインフラテスト&ジーヌス社会調査研究所の 調査結果にもそれは表れている(Generationarbeit, 2003).施設にいる人ではこの割合はさらに高くなるで あろう.

 また若い人にとってはどうか.ガンスは知識の継承 という世代間教育の側面を重視する考えに対して,変 化が著しいなか高齢者の日常的な知恵はどのような意 味を持つのか疑問を投げかける.そのうえで,むしろ 個人の発展の場所であると同時に,社会形成の場とい う「文化的空間」としての意義を強調している.すな わち,高齢者の場合,歳を重ねるとともに,生活体験 に根づいた哲学からうまれる作品の濃密化が生まれ,

それは若い人にとって自己の創作に刺激を与えるだけ ではない.若い人はそこから偏見なく新たな考えに行 き着き,新たな道を切り拓くという社会形成の更なる 発展がみられるのである.

 さらに,世代間交流に基づく芸術活動は「芸術が永 遠に行われる人間的共生の本質的構成要素である」

(S.138)ので,「諸世代 ・ グループが現在そして将来ど うしたらお互いに共生できるか」という「共通の社会

(9)

的形成における課題」を考えるのに有効であるとする.

 現在,「世代間闘争」がメディアの中で騒がれている が,それはコーホート化で拡大し機構化された社会的 不安 ・ 妬みの表現であり,もっぱら経済的領域に限定 されたものでしかないと社会的共生の可能性を積極的 に捉える.たとえば認知症の人のおよそ70%を家族が 面倒をみており,それも義務感情からではない.また 60歳の人が孫と同じディスコに行くなど,「年齢層の混 在の拡大」もみられる.なぜなら,欲望は生活形成か ら発展し,年齢を超えるもので,コーホートに特有な 欲望はほんの僅かになっているからである.

 しかし「混在の拡大」にもかかわらず,世代間交流 的な文化の余地がますます小さくなり,諸世代が一緒 に行動することもほとんどない.そして相互理解が困 難になっているのも事実である.そこでこのプロジェ クトのように,一緒に作りながら活動する場所が求め られてくるのである.一緒の行動によって他の世代へ の見方が変わってきて,社会的共生の土壌が育つ.多 くの世代間交流では,二世代間,それも同じようなコ ミュニケーション構造を有しており,お互い偏見を持 たないという点から,高齢者と11歳までの児童に限ら れる場合が多い.しかし芸術活動では二世代以上の間 での交流がうまれることによって,社会的共生が一層 可能になる.とくに40歳代は,時間を節約するリズム に縛られて,高齢者の速さに合わせることが難しく,

コミュニケーションカタスロトフィーに陥る傾向があ るが,芸術活動ならともに行動することができるので ある.

 だが,このような有意義な芸術活動に基づく世代間 交流の発展に,現在の介護制度がブレーキをかけてい る点も見逃すことができないとする.介護に対する財 源のひっ迫から1996年に導入された介護保険制度では,

費用削減が緊急の課題であり,援助の対象も身体的領 域を中心に狭まってきた.そのうえ疾病金庫の医療サー ビスでさえ,介護プランに組み込まれないのが現状で ある.とくに認知症の人に対しては,保険制度導入時 には扶養サービスは介護保険制度の枠外となり,芸術 活動などの「心理社会的」サービスはボランティアや

「一ユーロ雇用者」に委ねられていた.その後,2002年 の「品質保証法」(2008年改定)で要介護度ゼロの認知 症の人にも給付が適用されるようになったものの,比 較的複雑な申請 ・ 決算方法によって,「心理社会的」

サービスには活用されておらず,芸術 ・ 文化的活動は

副次的な意味しか持たないのが現状である.

 後半では,筆者が芸術療法士として働いている高齢 者介護施設の居住者と小学2年生(23名)との彫塑プ ロジェクトが紹介されている.参加人数が多数になる ことから,介護施設の庭で,プロジェクト週間として 一週間にわたり午前8時半~12時半に実施された.基 本的には高齢者と生徒がペアになって活動に取り組む が,多人数が関わる大きな対象物として,陸に住む動 物をモチーフに,トーテムポールを少人数ずつ交代で 創作した.会場は,高齢者の多くは移動が困難である こと,疲れたら自分の部屋に戻れるというメリットが あること,そしてとくに認知症の人においては,環境 の変化で不安や混乱を増大させないようにするため施 設で行うことになった.それにより,プロジェクトに 参加していない施設の居住者が,プロジェクトの進行 を興味深く見守るという「心の参加」,「受容的参加」

も可能になる.

 プロジェクトの一日は,「最初のサークル」から始ま り共同作業に移る.時間やプロセスがあらかじめ決め られていないので,参加者同士が一緒に作り上げ解決 策を見つけていくのである.自分の好きな時に好きな ように行うという自由さも保証されている.たしかに,

方向も示さず「さあやれ」だと児童はどうしてよいか 不安になるけれども,高齢者に尋ねることでコミュニ ケーションが生まれ,次にどうするのかが決められて くるのである.高齢者も児童も次にどうするのかだけ を考え,実際に手を動かしながら共通の作業と会話が 続いていく.そして終了時には「終わりのサークル」

で,参加者各自が自分の感想や意見を述べあう「自己 プレゼンテーション」の機会が持たれる.交流の成功 には,「管理された出会い」なのではなく,「内的必要 からの出会い」(他人への好奇心,交流への望み,他の 世界観との出会いや参加)が重要であった.

 プロジェクト週間の最後には,祭りを兼ねた発表会 が催された.それは子どもの親や居住者の家族だけで なく,地域の注目を集め,世代間交流の必要性を広く 認識させることになった.プロジェクトは二世代間の 交流に留まっていたが,「高齢者施設に対する不安」か ら世代間交流に消極的だった親の中年世代も,「子ども の助けで出会いに関わり,新たな経験空間を開いた」

(S.159).そして今までの「高齢者はもっぱら援助を必 要とする,受動的な社会構成員という像」は打破され たのである.

(10)

 以上の経験を踏まえて次のように結論づけられる.

まず認知症の高齢者と児童との世代間交流は困難であ ると主張されているけれども,両世代の出会いは肯定 的に評価されるべきである.なぜなら,コミュニケー ションは言語の領域に限定されるものではないからで ある.子どもは「頭がいかれている」ことに対する不 安がなく,独特な行動を個性と捉え,無邪気に興味を 持って認知症の高齢者に接触する.認知症の高齢者は,

四時間のプロジェクトの間,創作したりまた見たりし ながらでも「積極的に参加」しており,とくにずっと 同じことを続ける単調な作業に熱中するのである.ま た,通常自分を実際の年よりも若いと思っており,子 どもと一緒にいるのを喜び,彼らに導かれながら創作 に取り組むのであった.

 さらに彫塑活動が有効な理由として,子どもたちは あらかじめ心に描いている絵のイメージに支配されて いるが,彫塑ではまったくそれがなく創造力を発揮で きる.高齢者には,完全に未知の分野で手作業も多い ので取り組みやすい.認知症の人にとってバラバラな ものから一つのものを作り上げるのは難しいが,出来 上がった柔らかい素材を壊すのは適しているからであ る.

 [11]バーバラ ・ ナル「介護施設におけるプロジェ クト週間としての学校のカリキュラム」(SS.163~

176)で,学校の課外活動ではなく,カリキュラムの 一環に組み入れられた世代間交流を扱っている.ハノー ファー近郊のリンデンリックでは,15年前から続けら れていた高齢者介護施設と諸学校との協同の成果を踏 まえ,世代間交流を集中的に実施するプロジェクト週 間を行うことが決定された.それをカリキュラムの一 環に組み入れたのは,教育上の意義だけでなく,学校 の授業とプロジェクト週間を二重に準備する教師の負 担を減らすためでもあった.また教育的効果と斬新さ から,季節や死など高齢者の生涯に関する一般的なテー マではなく,古代エジプト,ローマとドイツ,中世と いう歴史のテーマを扱うことにした.

 一日の日程は二部構成になっている.生徒たちは朝 施設に着くと,知り合いの高齢者を部屋に迎えに行く.

その後で,40~50人の居住者を前に,レゴで作った大 きな男性用と小さな女性用のピラミッドを見せたりし て分かり易い短い報告をする.それに対し,居住者は それぞれのやり方で興味を示した.認知症の人は,た だ子どもがそばにいることだけで喜び,博物館のレプ

リカの短刀のような説明材料に驚く.また知的に旺盛 な居住者は,自分達が若い時に教わらなかったことを 子どもたちから教わることで,乱暴者という子どもへ の偏見だけでなく,「昔が全て良かった」というネガ ティブな態度も改めることにもなった.生徒もゆっく りはっきりと話すというプレゼンテーションを学ぶの である.

 報告の後は,生徒たちは二グループに分かれ,一方 は学校に戻って報告を総括し,残りは施設で意欲のあ る居住者と芸術的 ・ 手作業的な作業に取り組む.そし て週の後半は,グループが入れ替わる.

 たとえば古代エジプトのグループの場合,あらかじ め用意された石棺に生徒と居住者がペアになって新聞 紙を破ったり(認知症の人はこの作業を好む),貼った りしながら会話が生まれ,緊密な関係が育っていく.

 二日目には,刷毛で石棺を金色に塗ったり,パピル ス代わりの破いた紙に象形文字を書いたり,飾りつけ を工夫する.施設で行う絵画にはまったく興味がなかっ た居住者も,子どもがそばにいると関心を抱くように なる.また問題児とみられた子どもも,90歳の高齢者 と一緒に一心不乱に取り組んだりする.芸術は新聞紙 の石棺制作の場合でも,違った経験と能力を持った人 の共存を促進する媒介として非常に有効であった.脳 卒中の視覚障害の人や認知症の人に向けられた寛容さ は,芸術による自由な表現形態を可能にするのである.

そして最後の日の作品の展示会には,子どもの親や高 齢者の家族が招待され,展示された活動の写真を見て 追体験するのである.

 世代間交流の活動には,人と人が直接触れ合うこと によって生じる出会いがある.とくに芸術的 ・ 手作業 的な場合には,新しいことに一緒に取り組み,初めて の作業ならみんな同じ立場で,そこで現れた困難を一 緒に解決する.さらにその後,生徒と高齢者による普 段の生活の中での交流も生まれてくる.いろいろな芸 術 ・ 手作業的な作業が組み合わさることは,交流を効 果的にし,「個人史的活動,芸術と演劇を融合すること が世代間交流活動のもっとも実り多い形態である」

(S.176)と結論づける.

 次に,二つの論文が,ブレーマーフェルデの介護施 設の居住者と隣接した市立幼稚園の幼児との絵画を通 じた世代間交流を違った観点から取り上げている.

 一つは,幼稚園の側から取り上げた[12]エルケ ・ ラウダン「色彩は生活を通してわれわれに寄り添う―

参照

関連したドキュメント

成績 在宅高齢者の生活満足度の特徴を検討した結果,身体的健康に関する満足度において顕著

を占めている。そのうち 75 歳以上の後期高齢者は 1,872 万人(14.9%)、80 歳以上は 1,125 万

活動の概要 炊き出し、救援物資の仕分け・配送、ごみの収集・

「新老人運動」 の趣旨を韓国に紹介し, 日本の 「新老人 の会」 会員と, 韓国の高齢者が協力して活動を進めるこ とは, 日韓両国民の友好親善に寄与するところがきわめ

地区住民の健康増進のための運動施設 地区の集会施設 高齢者による生きがい活動のための施設 防災避難施設

海に携わる事業者の高齢化と一般家庭の核家族化の進行により、子育て世代との

Q7