はじめに
1989年,国連総会において「児童の権利に関する条約」(以下,本稿では政府等の公式文書 からの引用を除いて「子どもの権利条約」という)が採択された。同条約は,世界人権宣言
(1948年)を出発点とする,すべての人の人権を保障する国際的な努力の到達点である。すな わち,子ども期を人間にとっての特別な時間として確認し,大人になりゆく過程にあるから こそ保護されなければならないという観点と,未熟であるとしても人として尊重され,生ま れながらの人権に軽重はないという観点の双方を備えた子どもの人権の構造を具体化した条 約であることにその特徴があるのである。
日本は1994年に同条約を批准した。
子どもの権利条約の提案から採択までの経過や国際的な動向,また子どもの人権を保障す る上での同条約の意義,採択後の解釈の深化などについては,数多くの研究の蓄積がある。
それらに学びつつ,条約に義務づけられた第 4 回目の政府報告を視野において,本稿では,
障害児に関する条文に焦点をしぼり,批准以降 3 回の国連子どもの権利委員会への政府報告 と市民社会からの報告,さらに権利委員会の最終見解を通覧し,その特徴を整理することを 目的とする。
1 .子どもの権利条約と政府報告 1 )条約履行状況に関する締約国報告
国際人権規約や女性差別撤廃条約などの人権条約はいずれも,条約を批准した国の履行状 況を監視するシステムを設けている。子どもの権利条約では,条約履行の進捗状況を審査す る権利委員会が国連に設置されており(第43条),批准した国(締約国)はこの委員会にたい して,自国の状況を定期的に報告する義務を負っている(第44条)。委員会は各国報告を審査 し,必要な場合は国際的な専門機関の助言を受け,最終的に当該国にたいして見解を述べ勧 告を行う(第45条)。報告は批准・発効後 2 年以内を初回とし,その後は 5 年ごとに義務づけ
*立正大学社会福祉学部社会福祉学科
キーワード:子どもの権利条約,政府報告,障害児
国連子どもの権利条約政府報告の問題点と 委員会最終見解(勧告)
The Report of Japan under Article44 of CRC and Concluding observations of Committee on the Rights of the Child
中村 尚子
*Takako Nakamura
られている。
締約国に求められている報告の内容は,子どもの権利の実現のためにとった措置と,その 結果として権利によってもたらされた進歩である。また,条約履行上に障害がある場合はそ の要因を示すこととされている。
日本は1994年に批准したので,2016年の今日まで以下のように報告を提出し,審査を受け ている。
第 1 回 政府報告提出 1996年 5 月 第 2 回 政府報告提出 2001年11月 第 3 回 政府報告提出 2008年 4 月
なお,2017年に提出予定の第 4 回報告は第 5 回と統合して作成される予定である。
2 )権利委員会による審査過程と最終見解
報告の提出から最終見解・勧告までの間に,権利委員会は市民社会からの報告をも積極的 に求めている。市民社会の報告は,政府報告が言及していない分野,政府が講じた施策の問 題点,施策を講じたとしてもその影響が必ずしも良好とはいえない現状など,子どもをめぐ るさまざまな現状がまとめられている。権利委員会は政府,市民社会双方の報告を検討し,
必要な場合は権利委員会から締約国に対して追加の報告を求め,政府はこれに答えなければ ならない。
市民社会からの報告に関してみると,日本からも過去 3 回の審査に合わせて,複数の人権 団体,非政府組織(NGO)が独自の視点で条約履行状況と子どもの現状を報告書にまとめて 権利委員会に提出してきた1)。
これらの文書による応答的な審査の後,権利委員会において最終的な審査の会合が開かれ,
政府との問答が行われる。こうした手続きを経て,権利委員会から最終見解・勧告が政府に 発せられる。
第 1 回報告に対する権利委員会最終見解 1998年 6 月24日 第 2 回報告に対する権利委員会最終見解 2004年 1 月30日 第 3 回報告に対する権利委員会最終見解 2010年 6 月20日
こうした市民社会を含めた応答的審議によって,第 3 回報告に対しては18項目にわたる事 前質問が発せられた。いじめや暴力,引きこもりの解決に関わって,「児童,親及び教師との 間のコミュニケーション及び関係を支援し,学校や教室における雰囲気を改善するための措 置をとっているか」といった,法制度の整備状況から一歩踏み込んだ学校教育の問題状況に 迫る質問や,子ども施策を実施するための財源が確保されていないとの第 2 回権利委員会の 指摘が改善されていないことについてのコメントを求めるなど,政府報告,市民社会報告の 双方を尊重した結果と思われる内容である。
2 .「障害のある児童」に関する政府報告
子どもの権利条約履行に関わる施策,実行主体となる行政部局は多岐にわたる。過去 3 回 の政府報告は,各省庁が分担をして原案を持ち寄り,外務省人権人道課が中心となり調整を 図ってきた。条文によって主たる担当省庁が異なるのである。
国連は政府報告の構成についてガイドラインを提示しているので,それにそった報告とな る。子どもの権利条約はすべての条項にわたって障害のある子どもをも念頭においていると いわれるが,中心的な条項は第23条である。第 1 回~第 3 回まで,「Ⅵ 基礎的な保健及び福 祉 障害を有する児童(第23条)」の章がこれにあたる。
1 )第 1 回報告の概要と問題点
報告は18のパラグラフで構成される。冒頭,障害者基本法,児童福祉法をもって基本理念 としている(パラ166)。すなわち,「障害者基本法では,すべて障害者は,個人の尊厳が重ん ぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有し,社会を構成する一員として社 会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるとともに,障害者は,
その有する能力を活用することにより,進んで社会経済活動に参与するよう努めなければな らない,また,その家庭にあっては自立の促進に努めなければならない旨規定している」「児 童福祉法は,すべて児童は,ひとしくその生活を保障され,愛護されなければならない旨規 定している」とある。
条約23条が求めているのは,子どもとしての発達と生活を十分に保障される権利を有する ことを認めた上で,障害があるがゆえにその権利を保障されるにあたって特別なケアが必要 であるという認識の下に施策を整備することである。障害者施策の中に含まれる障害児施策 ではなく,子ども施策の中で障害児施策が展開されることである。この点で,政府報告は第
1 回から視点がずれていた。
理念に続いて,「身体障害児」と「知的障害児」の数を調査統計(推計)の基づいて示し
(パラ167),以下具体的な施策について次のように述べている。
「ハンディキャップをできる限り軽減し,一般の児童と同様の生活が営めるようにすること を基本とし,福祉,保健・医療,教育,雇用等の広範な分野にわたり,主に以下のような各 種施策を行っている。他方,我が国における障害児(者)を取り巻く社会環境として,未だ,
交通機関,建築物等における物理的な障壁,点字,手話サービスの欠如による文化・情報面 の障壁等があるところ,これらの障壁を除去し,障害児(者)の自立を促進し社会活動を自 由にできるような平等な社会づくりをめざしていくことが必要である。このため,政府にお いては,1995年12月に障害者プランを策定し,具体的な施策目標を明記し,保健福祉施策を 強力かつ計画的に推進していくこととしている」(パラ168)。
「障害児(者)」とあるが,記述の中心は「障害者施策」である。
では具体的な領域がどうだろうか。パラ169以下,「福祉,医療」「教育」「雇用」「レクリ エーション」「治療分野の国際協力」の 5 分野の現状が報告されている。
「福祉,医療」で扱われている現状は,厚生省(当時)が公表している施策で,乳幼児健 診,療育指導,通園事業数,障害児施設数と児童数,そしてホームペルパーの数である。文 部省は,「障害により,通常の学級において指導を受けることが困難な,又は通常の学級にお ける指導のみによっては十分な教育効果が期待できない児童生徒については,その能力を最 大限に引き出し,社会的自立及び参加を可能な限り実現することを目的として,障害の種類,
程度等に応じ,特別な配慮の下に,より手厚く,きめ細やかな教育を行っている」と述べた 上で,盲学校,聾学校,養護学校,特殊学級,通級による指導の1994年度の学校基本調査結 果の数値を並べている。
障害児に関わる代表的な 2 省庁においてさえ,その報告は,いずれも数値の表記に限定さ れている。しかも厚生省関係報告はその数値の取り上げ方が,成人施策との区別がなく子ど もに焦点を絞った記述になっていない点が問題点として指摘されなければならない。たとえ ば,「障害児施設の現況」(1994年)として示された施設には,精神薄弱者更生施設(当時の 名称,以下同じ),精神薄弱者授産施設,精神薄弱者通勤寮,精神薄弱者福祉ホームの 4 種が 載っている。これらの施設はたしかに18歳未満の精神薄弱児の入所を認めていたが,いずれ も児童福祉法に定めた児童福祉施設ではなく,原則として18歳以降の成人施設である。これ らの施設の数や入所者の現況を示すのであれば,18歳未満の精神薄弱児の人数やそうした施 設に入所していることから生じる問題を報告すべきであった。在宅施策で示されたホームペ ルパー数も,子どもに対する支援に焦点化していないという点で同様の問題を指摘できる。
文部省の報告は,「障害の種類,程度等に応じ,特別な配慮の下に,より手厚く,きめ細や かな教育を行っている」とのことであるが,90年代の後半,特に養護学校では義務教育課程 修了後の教育が大きな課題となっていた。1979年度からの養護学校教育義務制実施によって 就学した子どもたちが後期中等教育の場を求めていたのである。したがって,障害のある子 どもの教育については,少なくとも小・中学校(学部)段階と後期中等教育段階の数値を明 示すべきであった。
これらの主要な現状報告を見ると,第 1 回政府報告は,政府による統計資料が掲載されて いるが,その意味するところの分析や見解がまったく見当たらない。条約第23条の趣旨に照 らした現状報告にはなり得ていないといえよう。
2 )第 2 回報告の概要と問題点
21世紀に入って提出された第 2 回政府報告(2001年)は,同じく「Ⅵ 基礎的な保健及び 福祉」中の「障害を有する児童(第23条)」の項に 6 つのパラグラフで構成されている。報告 の項目が第 1 回より明らかに少なくなり,政府の判断で基本理念等は省略し,在宅福祉サー ビスや施設福祉サービスの叙述は「第 1 回報告参照」としている。たしかに,条約第44条は,
「既に提供した基本的な情報を繰り返す必要はない」と述べているが,前項で指摘したよう に,第 1 回報告が障害のある子どもに焦点をあてた報告になり得ていないという点であまり におざなりであったことを考えると,第 2 回は少なくとも子どもに特化した統計などが示さ れるべきであった。報告された統計は,第 1 回同様,居宅介護事業としてのホームヘルパー 人数や児童デイサービス事業の数である。前者の数字は子どものが対象であるかどうかの区 分はない。施設福祉についても,前回同様の問題がそのままであった。さらに,これらの数 字(統計ともいいがたい項目)を報告しただけで,これをどう読むかという政府の現状認識 は記述されていない。ただし,障害のある子どもの学校教育については,文部省の下で「21 世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」が2001年に報告をまとめたことを報 告している。
第 2 回報告も,子どもの権利条約に取り組む意識の希薄さが露呈しているといえそうだ。
3 )第 3 回報告の概要と問題点
本来の提出期限から大幅に遅れて提出された第 3 回政府報告(2010年)の「Ⅵ 基礎的な 保健及び福祉 障害のある児童(第23条)」は,前 2 回より項目,文字数ともに大幅に増え,
18のパラグラフで構成されている。2000年代に入って障害者福祉,障害児教育において,法 改正を伴う施策の転換があったことを反映したものである。
「障害を有する児童の数」では初めて 5 歳ごとに区分した17歳までの推計人数が表示され た。
具体的な施策を記述した「b 尊厳等を確保する条件の下で児童が十分かつ相応な生活を 享受すること」の項では,障害者基本法改正(2004年),障害者自立支援法成立(2005年),
発達障害者支援法施行(2005年),支援費制度の導入(2003年)などの社会福祉関係施策と,
「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」最終報告(2003年)に基づいた学校教 育法改正などに至る学校教育について,関係する報告を行っている。ただし,障害者自立支 援法に関する記述パラ346,347,348はほとんど同じ内容であり,3 つのパラグラフに分ける 必要のない内容である。
量的には増えたとはいえ,内容面では,第 1 回,第 2 回でふれたことと同様の問題点を指 摘しなければならない。b項で報告されるべき事象は,子どもの十分かつ相応した生活の享 受の実態である。しかし筆頭に掲げる障害者自立支援法はあくまでも身体障害者福祉法や知 的障害者福祉法など,成人期障害者の福祉の改変であるから,これが障害のある「子ども」
にどう関わるのか,丁寧な考察が求められなければならなかった。
たとえば「在宅福祉サービス」の項では,「利用者自らサービスを選択し,契約によりサー ビス利用する『支援費制度』によりサービスが提供されて」おり,「新規のサービス利用が大 幅に伸びていることから,今後も利用増加が予想される」と記述している。こうした支援費 制度に関する評価は,障害者福祉においては一般的なものである3)。しかし,子どもの時期,
障害のある子どもの保護者の契約となると,本来,別の観点が必要である。実際,支援費制 度の議論にあたって,障害児通園施設・入所施設については,契約という利用者の判断を優 先する仕組みは,それを保護者が行うにしても子どもの発達の状況や養育の条件などを専門 的に勘案する必要があるために,子ども期の福祉にふさわしくないと,中央児童福祉審議会 等において結論づけられたのであるが,報告はまったくふれていないのである4)。
厚生労働省管轄の資料は,「ホームヘルパーの確保人数」「障害児施設の現況」などについ て,第 1 回から続いている問題点は是正されていない。加えていえば,「(資料)デイサービ スセンターの設置箇所数 身体障害者,知的障害児及び障害児分」については意味がまった く不明である。この時期,障害児施策としての「デイサービスセンター」は存在しない上,
注書きの「身体障害者,知的障害児及び障害児分」という統計資料は理解できないものであ る。「知的障害児」が「知的障害者」の誤りであるとしても,子どもの権利条約が求める「障 害のある児童」に対する施策とはいえない数値である。
学校教育の項目はどうであろうか。特別支援教育への移行初期のこの時期,学校教育法施 行令の改正による「認定就学者」の制度によって盲・ろう・養護学校への就学該当者が小・
中学校へ就学できるようになったこと,「一人ひとりの教育的ニーズに応じた適切な教育的支 援を行う」という特別支援教育を展開するための小・中学校における体制整備,等々,新規 事項が並ぶ。しかし,報告が行われた2010年にはすでに,教育条件整備についてのナショナ ルミニマムは達成された,すなわち学校新設や教職員の増員等はの必要性はないとの認識の もとに始まった特別支援教育の矛盾が全国各地で現れていた。たとえば,特別支援学校在学 児が増加して,「教室が不足する」という事態が生じていた。新たに講じた施策を記述するこ とにのみに偏重した政府報告は,こうした現状をつぶさに報告することを怠っていたのである。
3 .子どもの権利条約市民・NGO 報告書をつくる会による報告
子どもの権利条約市民・NGO 報告書をつくる会(以下,「つくる会」」の報告書は,第 1 回 から作成過程に特徴がある。会の目的にそのことが示されている。
「子どもの権利に関心のあるすべての市民および NGO から基礎報告書を募り,それをもと に,子どもの権利条約に関するひとつの『市民・NGO 報告書』(代替報告書)を国連子ども の権利委員会に提出する。この過程を通じて,国連子どもの権利委員会による日本政府報告 の審査をより実効的なものにするとともに,子どもの権利条約の日本における実施の水準を 向上させる5)」
個人であれ団体であれ,「子どもの権利に関心のある」者が,自分の周りに起こった子ども の権利条約に照らして改善されるべきだと思う事実を基礎報告書としてまとめ,会の事務局 に提出することができる。この取り組みは,子どもに関わる団体などを通じて,全国津々浦々 に呼びかけられる。それぞれの報告は自分の子どもや子どもの通う学校についてであったり,
教職員団体からの報告であったりと多種多様である。 1 枚の用紙から複数にわたるものまで
字数も規定はない。
第 3 回では,寄せられた基礎報告書の趣旨を条約に照らして検討し,第 1 回,第 2 回の権 利委員会からの最終見解の指摘,政府報告の問題点をふまえて議論,NGO の「統一報告書」
としてまとめ上げられた。第 3 回報告書は基礎報告の呼びかけ(2006年)から統一報告作成 までまる 4 年の歳月が費やされた。つくる会に寄せられた基礎報告の総数は408,障害のある 子どもに関わるものは21に及んだ6)。
1 )障害のある子どもに関する報告の特徴
本稿では資料の制限から,第 2 回と第 3 回の比較に限定せざるを得ないが,第 3 回基礎報 告にはつぎのような特徴がある。
まず第 1 は,報告数の増加である。第 2 回では障害のある子どもに関する報告は 9 本であっ たが,第 3 回では倍加した。第 2 に,障害児福祉にかんする報告の増加である。特に障害者 自立支援法の成立・施行に伴う問題を指摘した報告が 6 本とめだった。第 3 には,学校教育 の課題がどこに就学するかだけではなく,学習権を保障しているかという視点が明確になっ てきたことである。
こうした特徴をふまえ,統一報告書では「障害児」の項において,以下のようにまとめて いる。
2 )学校教育について
政府報告は,特別支援教育によって通常の小・中学校における教育的支援の強化を図った としているが,保護者からの基礎報告によれば,通常学級に就学することそれ自体が困難で あり,学ぶための条件が改善されていないことが具体的に指摘されている。根本的な改善は,
「障害のある子どもが学ぶことを前提とした通常教育の見直し」と「通常学級における特別な 支援の提供」の両面から追求されなければならないが,政府は通常教育の内容にはまったく 手をつけず,支援の要となるはずの特別支援教育支援員の資格は曖昧で,予算があまりに少 ない。
子どもの数は毎年減少傾向にあるが,特別支援学校と特別支援学級では児童生徒数の増加 が続いている。たとえば「大規模になったことで,担任の先生に余裕がなくなり,本来の特 別支援学級のよさが失われつつある」という特別支援学級児の保護者の声を紹介し,子ども の権利委員会の日本に対する第 2 回最終見解の「障害を持つ子どものための特別な教育およ びサービスに割り当てられる人的および財政的資源を増加させること」という指摘はまった く改善されていないと喝破している。他方,特別支援学校の過大化,過密化といわれる状況 については基礎報告からの指摘が多かった点だが,「量的な面において概ねナショナルミニマ ムは達成された」とする認識に基づいて特別支援教育施策を推進する状況に対して,「学習環 境の整備を欠いた『機会の保障』など本来ありありえない」と批判しているのである。
3 )障害者自立支援法について
政府報告は,障害児の福祉の増進を図ることを目的として同法を成立させたとしているが,
基礎報告書からは,福祉サービス利用ばかりか補装具にも費用の 1 割を負担する仕組みが導 入されたことによる利用控えなどの問題が生じていることが明らかにされている。条約第23 条のいう特別なケアにかかる費用は「可能な場合はいつでも無償」という趣旨に明らかに反 するのである。また社会福祉施設や事業を担う側は「日額報酬単価制」によって事業存続の 危機にさらされるケースがあることも報告された。
ここでは,この項において契約制度の矛盾についてふれた部分が,第 3 回統一報告書の中 核をなす新自由主義的政策への批判に通じるので,以下に引用する。
「障害者自立支援法成立の一括処理として児童福祉法が改正されたことによって,障害児施 設の利用は原則として保護者と施設との契約によることとなり,施設利用における行政責任 が後退した。入所型の障害児施設も保護者の契約能力や経済的能力があると認められた場合 は原則として契約入所となり,利用料 1 割や食費・日常生活費,学校関係諸費の負担が保護 者に生じた。しかし,施設入所の背景には家庭の貧困や養育困難があり,この問題を軽視し て保護者の契約能力を中心に入所を判断することは,実際には子どもが不利益を被ることに なる。契約しても費用が未払いであれば施設行事に参加できない,日常生活品の購入ができ ない,医者に連れていけない,学校行事や職場実習に参加できないなど,契約制度の導入に よって生じている問題は多岐にわたる6)。」
利用契約,応益負担,日額報酬単価制という仕組みは,子どもの福祉にとしては採用すべ きではないことという統一報告書の主張は,政府の措置に正面から修正を求めるものであっ た。
4 .子どもの権利委員会による「障害児」に関する最終見解
最終見解は,毎回,日本の子どもの置かれている状況を象徴するようなキーワードを示し て論じている。たとえば,「過度に競争的な教育制度によるストレスによる発達のゆがみ」
(第 1 回),「教育制度の過度に競争的な性格が,子どもが最大限可能なまでに発達することを 妨げている」(第 2 回),「高度に競争主義的な学校環境が,就学年齢にある子ども間のいじ め,精神的障害,不登校・登校拒否,中退および自殺の原因となることを懸念する」(第 3 回)と,連続して学校教育の競争主義が根本的な問題として指摘され,これを改善するため の政策を講じるよう勧告されている。こうした見解・勧告は政府報告から導かれるものでは ない。市民社会による報告が権利委員会において精査された結果である。
障害児の分野でも同様に,つくる会をはじめとする市民社会からの報告を正当に受けとめ た最終見解・勧告がなされている。障害児分野のキーとなるセンテンスを抽出すると,「障害 をもつ子どもの教育への効果的なアクセスの不十分さ,インクルージョンの不十分さ」(第 1 回),「機会均等化に関する基準規則に従うことを確保するための見直し,人的・財政的資源
の増加」(第 2 回,資料 1 ),「必要な施設設備を整備するための政治的意思や財源が欠如して いるために,教育へのアクセスが制限され続けている」(第 3 回,資料 2 )といった懸念が示 され,「障害をもつ子どもの社会的インクルージョンを助長するために,意識向上キャンペー ンを開始する」こと(第 1 回),「障害をもつ子どものための特別な教育およびサービスに割 り当てられる人的及び財政的資源を増加させること」(第 2 回),そして第 3 回には資料にあ るように 9 項目が勧告された。
第 1 回以来,毎回指摘を受けているのが人的・財政的措置を講じることである。しかし日 本政府は国連子どもの権利委員会から勧告を受けても,改善する施策を講じてこなかった。
それは障害児施策に限ったことではない。子どもの権利を保障するための策を講じない背景
資料 1 第 2 回政府報告に対する勧告(障害児)
第 2 回国連子どもの権利委員会最終所見パラグラフ44
a. 障害をもつ子どもに影響を与えるすべての施策が,障害を持つ子どものニーズを満たし,か つ,本条約および障害者のための機会の均等化に関する基準規則に従うことを確保するため に,障害を持つ子どもに影響を与えるすべての施策を,障害を持つ子ども及び関連する非政 府組織と共同して,見直すこと。
b. 教育,余暇,および文化活動における障害をもつ子どものより一層の統合を促進すること。
c. 障害をもつ子どものための特別な教育およびサービスに割り当てられる人的および財政的資 源を増加させること。
子どもの権利・教育・文化全国センター(2010)ポケット版子どもの権利ノート(2010年改訂版)よ り引用
資料 2 第 3 回政府報告に対する勧告(障害児)
第 3 回国連子どもの権利委員会最終所見パラグラフ59
a. 障害をもつすべての子どもを十全に保護するために法改正や法制定を行うこと。達成された 進捗を注意深く記録し,実施における問題点を特定する監視システムを設立すること。
b. 障害をもつ子どもの生活の質の向上,その基礎的ニーズの充足,および,インクルージョン と参加の確保に焦点をおいた,地域を基礎とするサービスを提供すること。
c. 既存の差別的態度と闘い,かつ,障害をもつ子どもの権利および特別なニーズを公衆に理解 させるために,意識喚起キャンペーンを実施すること。障害をもつ子どものインクルージョ ンを助長し,かつ,子どもおよび親の,意見を聞いてもらう権利の尊重を促進すること。
d. 障害をもつ子どものために,適切な人的,財政的資源を伴うプログラムをおよびサービスを 提供するためのすべての努力を行うこと。
e. 障害をもつ子どものインクルージョン教育のために必要とされる設備を学校に整備すること。
障害をもつ子どもが希望する学校を選択し,その最善の利益に応じて,普通学校と特別学校 との間を移動できることを確保すること。
f. 障害をもつ子どものために,障害をもつ子どもとともに働いている NGO に援助を提供するこ g. 教師,ソーシャルワーカー,保健・医療・セラピー・ケア従事者など,障害をもつ子どもとと。
働く専門的スタッフに研修を実施すること。
h. 関連して,障害をもつものの機会均等化に関する国際標準規則および障害をもつ子どもの権 利に関する本委員会の一般的注釈 9 号(2006年)を批准すること
i. 障害を持つものの権利に関する条約(署名済み)およびその選択議定書(2006年)を批准す ること。
子どもの権利・教育・文化全国センター(2010)ポケット版子どもの権利ノート(2010年改訂版)よ り引用
を論じるにあたって,新自由主義構造改革の影響として分析する必要があるという認識を権 利委員会自体がもっているとして,世取山はつぎのように述べる。
「労働規制緩和および民営化政策」「社会支出(および教育費支出)と抑制する財政政策」
「新自由主義改革の下で現れている,予算配分における子どもへの権利の圧倒的な低下」「変 わらず維持されている高度に競争主義的な教育制度」「以上のような施策を背後から突き動か している財界を野放しにし,やりたい放題にやらせているということ」が子どもの危機的事 態を招いているというのである7)。
世取山の指摘にならうならば,特別支援教育,福祉分野の双方ともにこれらの枠組みにあ てはまる事態が進行している。障害児福祉における公的責任の後退,特別支援教育における 人的物的資源の未充足状況などの背景に,日本政府としての無策があり,その根幹に新自由 主義的改革の進行があるということである。
おわりに
過去 3 回の子どもの権利条約政府報告,国連子どもの権利委員会の報告に対する審査結果
(最終見解・勧告)の中でも障害児に関係する事項を通覧した。その結果は 3 点にまとめるこ とができる。
① 政府報告はほとんどが「採った施策」の羅列と説明に終始している。しかもなぜその施策 が必要であったのかが語られず,子どもの現状から出発するという記述がなされていない。
改善策立案に必要あるいは根拠とされる統計や資料も提示されていなかった。採った施策 によって子どもの権利が前進するかという方向での政府報告ではまったくない。
② 政府報告は 3 回とも「採った施策」中心で,その書き方はほとんど変化していない一方で,
「つくる会」報告は第 1 回から第 3 回にいたる過程そのものが子どもと直に接している保護 者や教職員の「意見をまとめる活動」として重視され,直面する困難を権利委員会に具体 性をもって伝えることができた。そのために,とりわけ第 3 回の報告審査においては権利 委員会から政府に対して質問も行われ,日本の子どもの現状を深く審査することとなった。
③ 市民 NGO 統一報告書は,基礎報告書の内容を重視し,子どものかかえる困難の原因を政 府の施策との関連で分析したものであるから,リアルな実態が描かれるのであるが,なぜ 困難な実態が生じるのか日本政府の姿勢に踏み込んで分析し報告している点で貴重である。
分析の結果は第 3 回でいえば,「新自由主義社会における子ども期の剥奪」という報告書の タイトルに収斂されている(本稿では詳細に紹介できていない)。
最後になるが,締約国政府は権利委員会からの「最終見解」は本来締約国で生かされなけ ればならないものであるが,過去 3 回,一度も改善措置を積極的にとっていないことがわかっ た。「最終見解」を生かす取り組みが強化されなければならない。
付記:本稿は立正大学社会福祉学部20周年記念プロジェクト研究の一部をなすものである。
注
1 )筆者は,国内民間団体の一つである,「子どもの権利条約市民・NGO 報告書をつくる会」
に1996年から参加し,特に第 2 回政府報告以後は同会の権利委員会への市民社会からの報 告書づくりに関わってきた経験をもつことから,本稿において扱う市民社会の報告は同会 の報告書等からのものである。
2 )条文,政府報告,最終見解等,子どもの権利条約に関する一連文書は外務省ホームペー ジに掲載されている。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/
なお,本稿では,権利委員会の 1 ~ 3 回の見解は,つぎの文献からの引用による(子ど もの権利・教育・文化全国センター(2010)10年改訂ポケット版子どもの権利ノート.
3 )支援費制度は社会福祉分野において介護保険制度につづき導入された利用契約制度であ る。契約制度については,福祉サービスを必要とする人に利用上の責任を課すものであり,
結果として公的な責任の後退を招くものである。
4 )中央児童福祉審議会「今後の知的障害者・障害児施策の在り方について」1999年 1 月19 日
5 )「子どもの権利条約市民・NGO 報告書をつくる会」申し合わせ
6 )第 3 回子どもの権利条約市民・NGO 報告書をつくる会(2010)新自由主義社会における 子ども期の剥奪〈完全版〉(CD - ROM)
7 )世取山洋介(2010)国連子どもの権利委員会第 3 回勧告をどう読むか―子どもたちの「新 しい困難」と新自由主義改革の関係.『クレスコ』№114,pp.14-19