1970年代の国債管理政策と累積国債の満期構成の長 期化(下)
その他のタイトル National Debt Management and the Lengthening of Debt Maturities in the 1970s of the U.S.A.
(II)
著者 池島 正興
雑誌名 關西大學商學論集
巻 53
号 5
ページ 17‑31
発行年 2008‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/779
関西大学商学論集 第
53巻第
5号
(2008年1
2月 )
1 9 7 0 年代の国債管理政策と累積国債の 満期構成の長期化(下)
目 次 はじめに
I. 1970
年代の国債管理政策と国債市場の変革 I I .
1970年代の長期国債発行の態様(以上.前号)
皿.国債・連邦政府機関伯委員会の勧告と国俵発行
w. 1970
年代の国伯市場の変革と国債投資家 おわりに
m . 国偵・連邦政府機関偵委員会の勧告と国債発行
池 島 正 興
17
1960
年代と異なり,金利の高騰にもかかわらず
76‑79年において満期
10年超の長期国偵およ ぴ満期
10年の中期国俵が競争入札制とリンクした現金調達発行方式のもとで大規模に発行され てきたことを見てきた。また,長期国個の発行の定期化の推進が自動的に長期国恨の大最発行 とも結合するものではない.ことも確認した。
それでは,こうした
1976年以降の長期の国債の大規模発行もたらした要因は何であろうか。
まず第一の要因が,「過去
20年以上にわたっての
(1960年 代 以 降 の 一 訳者)国恨管理政策 の主要な政策シフトはおそらく,連邦偵の平均満期の漸次的長期化を開始するという
1976年の 決定であった」
12)と指摘されるような国偵の発行主体である財務省の側での累積市場性国恨 の満期構成の長期化=長期の国債の大規模発行の推進という国偵管理政策の転換にあることは 言うまでもない。財務省は「景気中立型」国恨管理政策のもとで
1971年以降ではコンスタント に長期国恨を発行する一方で,その満期構成の長期化のためにも
76年からは長期の国偵を大最 に発行したのである。
もちろん,長期国恨発行への法定上限発行金利の制約に対する例外枠の設定や中期国俄の満 期の拡張などの措置も長期の国領の大最発行を制度的に可能にしたと言える。
しかし他方で,仮に財務省が累積市場性国餌の満期構成の長期化のために長期国債を大規模 に発行する意向を有し, さらにそれが制度的にも可能とされたとしても,その発行される長期
12) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.47.
18
関西大学商学論集 第5
3巻第
5号
(2008年1
2月 )
の国偵の大部分が一般投資家により円滑に消化されるには,そもそも,それの発行規模や発行 条件が一般投資家の要求に合致することが前提条件となる。したがって,
1976年から財務省が 長期の国恨を現実に大規模に発行できたのは,一般投資家の側でのそれに見合った十分な需要 が存在したからであると考えることもできる。
そして,この点に関して興味有るのは財務省の国偵発行計画自体が国偵デイーラーや国債投 資家の要求と調整しつつそれを反映するよう作成されていたことである。このことについて立 ち入って考察してみよう。
1982
年に開催された,連邦議会下院銀行業・ファイナンス・都市問題委員会国内金融政策小 委員会の「国偵管理に関連する諸問題」の公聴会では国偵管理に関する種々の問題が取り上 げられたが,国債の発行と公共債協会の国偵・連邦政府機関債委員会の活動との関係が論議の 中心の一つとなった。そこでは次のことが明らかにされた。
公共偵協会の国債・連邦政府機関債委員会は「財務省への投資銀行家あるいは金融アドバイ ザーとして行動する」
13)組織である。同委員会のメンバーは
1981年現在では
26名から構成され る。メンバーは投資家,投資顧問,国偵デイーラーとして,国債市場で重きをなすポジション に就き,取引を毎日する,あるいはしていた,現在あるいは過去の市場関係者であり,
9名以 外は全て国債プライマリー・デイーラーであり,銀行系デイーラーが多数をなす。より包括的 に言えば,そのメンバーは国偵プライマリー・ディーラー,国偵非プライマリー・ディーラー およぴ機関投資家で構成され,
3分の
2が商業銀行,
3分の
1が投資銀行である
14)。
同委員会は年
4回,四半期ごとに財務省と会合を持つ。同委員会メンバーはワシントン
D.C.で財務省当局者とまず火曜日に会談を持ち,財務省から,予想される現金の必要額や国債 発行に関わるその他の項目の説明を受ける。さらに財務省側からは,四半期のファイナンスの 規模調達されるべき現金の規模,適当とされる現金残高,発行証券の規模,発行証券の満期,
適当とされる発行証券の販売方法,ビルとクーポン国偵との適当と思われる発行比率,などに ついて返答を期待する質問が出される。その後,水曜日の午前中に同委員会議長が財務長官も しくは次官に報告書を提出し,「提供される証券の規模と提供されるべき方法を勧告する。」
15)そして水曜日の午後に今後の四半期の国偵発行計画が財務省から公表される。
このように,財務省はその四半期の国偵発行計画を公表する前に,国偵市場の中核をなす同 委員会のメンバーと会談を持ち,また,その委員会は国恨発行に関して勧告することが制度化 されている。それゆえ,現実の国偵発行に国偵市場関係者の要求=勧告を反映することが制度 的には十分可能である。『国債管理に関連する諸問題」の公聴会では,同委員会の活動に関わ
13) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.47.
14) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.58: p.67
およぴ渋谷.前掲書.
198ペ ージを参照。
15) Problems Associated with Federal Debt Management, Hean・ngs, p.67.
1970
年代の国恨管理政策と累積国債の満期構成の長期化(下) ( 池 島 )
19る論点の一つとして.その委員会の国債発行への要求=勧告が財務省の国俵発行計画の決定に 与えるインパクトが問題とされた。
そこで.連邦議会の要請によりその委員会が行った
1980年
10月29 日から81 年
10月
28日まで の計
5回の同委員会の国偵発行への勧告=報告書が提出されるに至った。したがって.その勧 告=報告書の内容と勧告後の四半期での国偵発行の実際を比べることにより.その委員会の要 求の反映の程度を事後的に検証することは可能である。紙幅との関係で.その最初の1980 年10 月
29日の報告書のみを取り上げて,その検証を試みることにしよう。
1980
年10 月29 日付けの公共偵協会国恨・連邦政府機関債委員会の報告書は冒頭.財務長官に 次のように勧告している。
当委員会は1
1月1
5日に満期となる,市中で保有される
49低ドルのクーポン証券を借り換えて新規の マネーを
33低5
,000万ドルを調達するために,差し迫った8
2億
5,000万ドルの国債発行を次のように行う
よう勧告する。
1 .
84年
5月
15日に満期となる
3.5年中期国債の3
5低ドルの発行。
2. 1990
年1
1月1
5日に満期となる
10年中期国偵の2
7位5
,000万ドルの発行。
3. 2010
年1
1月1
5日に満期となり.
2005年に額面で償遥可能とする
30年長期国債の2
0低ドルの発行。
そして,この
3銘柄の国債の発行の必要性について簡単にコメントした後,
7年中期国債に ついて次のように勧告している。
7
年中期国俄
当委貝会はまた
7年中期国依がいつか適当な時期に四半期ベースでサイクル的に発行されるよう勧 告してきた。……われわれはこの四半期中に定期的な四半期毎のサイクルとして,これを開始する必 要性は見ないけれど,この会計年度の早い時期に
7年のサイクル中期国偵の甜入を期待して勧告する であろう。
さらに.
15年長期国債から20 年長期国債への発行の振替について次のように述べている。
15
年長期国餌対2
0年長期国俄
当委員会の実質的多数派は定期的にスケジュール化されている
15年長期国債の2
0年長期国俵への代 位に費成しないであろう。……
このようにクーポン国偵の関連事項について勧告した後.この四半期の出納管理証券
(cash management bill)の発行について次のように提案している。
20
関 西 大 学 商 学 論 集 第
53巻第
5号
(2008年1
2月 )
出納管理証券
当委員会は
75似ドルの出納管理証券の販売を提案するが.
35低ドル〜
40位ドルは
11月初旬に販売さ れ,今年の末日,すなわち
80年
12月
31日に満期となるよう予定されるべきである。……
これらの証券は
1981年
4月中旬の黒字の第
2四半期に満期となるように国恨発行の上限の制約と は関係無しに.再ファイナンスされるであろう。出納管理証券の追加額は
1981年
4月中旬に満期とな るよう
12月初旬に発行されるべきである。
そして,この四半期の国偵発行によるネットの資金調達予定額が要約的に次のように提案さ れている。
翌
当委員会はこの四半期の総額
253値ドルの資金調達を次のように提案する。
1 . 国俵の発行が既になされた,あるいは公表されている
2. 11月の借り換え発行
3.
出納管理証券
4. 11
月
13日から
12月
26日までの
7回の一般発行ビルの
78低ドルまでの増額
5. 11
月およぴ
12月での
2年中期国債の,各
45億ドルまでの増額
6. 5年中期国偵
(12月中旬)
7. 12
月の
4年中期国債の
30低ドルまでの増額 総額
52
似ドル
34位ドル
73億ドル
30低ドル
31億ドル
30億ドル 3 低ドル
253低ドル これらに続き,今期は
150億ドルの十分な現金残高が見込まれること,また,
11月の
3種の クーポン国債の競争入札は利回りで行われるべきことを述べ,さらにそれらの競争入札が行 われるべき日をも提案している。
そして最後に設定されるべき発行国偵の金利に関しては今回は意見を述べない,ことに言 及して報告書を閉じている
16)0さて,国偵・連邦政府機関偵委員会の財務長官への
1980年
10月
29日付けの報告書の勧告およ ぴ提案内容を見てきたのであるが,その勧告以降
12月末に至るまで,実際に国値がどのように 発行されたのかを検証していくことにしよう。
最初に報告書の冒頭で勧告された,
11月の借り換え発行を中心とする,クーポン国債の発行 の実際を見ていこう。
表ー
8に見るように確かに,勧告された
3銘柄のクーポン国偵,すなわち,
3.5年中期国恨,
10
年中期国恨,
30年長期国債が実際に発行されたのが分かる。
3.5年中期国偵の実際の発行額 が勧告より,
3億ドル多く,逆に
10年中期国恨の発行額が
3億ドル少なかった,というわずか
16)この
1980年1
0月
29日付けの国債・連邦政府機関恨委員会の勧告=報告害の内容については.
ProblemsAssociated with Federal Debt Management, Hean・ngs, pp.78‑80
を参照。
1970
年代の国債管理政策と累積国債の満期構成の長期化(下) (池島)
21表ー
8 1980年10 月〜
12月のクーポン国慨の発行
発行日 発行証券 満 期 発行額(百万ドル)
10
月
14日 11½ %長期国債
1995年
11月
15日
(15年
1ヶ月)
1.482 10月
31日
12%%中期国依
1982年
10月
31日
(2年 )
4,403 11月
17日 13¼ %中期国使
1984年
5月
15日
(3年
6ヶ月)
3,815 13%中期国偵
1990年
11月
15日
(lo年 )
2,44312¾ %長期国債
2005年ー
10年
11月
15日
(30年 )
2,001 12月
1日
13%%中期国債
1982年
11月
30日
(2年 )
4,966 12月
8日 13½ %中期国領 1986年 2 月 15 日 (5 年 2½ ヶ月)
3,188 12月
31日
15%%中期国俵
1982年
12月
31日
(2年 )
4,605 14%中期国餃
1984年
12月
31日
(4年 )
3,368(出所)
TreasuryBulletin, June 1981, p.45; September 1981, pp.37‑38より作成。
の差があるだけである。その
2銘柄の発行額を合計すれば,もちろん,その増減は相殺される。
したがって,
3銘柄のクーポン国債の発行総額は勧告通りである。まさに,勧告に
100%近い 内容で1 1月にクーポン国偵が発行されている。
また,この 1 1月の借り換え発行は既に見た四半期の資金調達計画の要約(以下単に「要約」
と記す)では「
2.1 1月の借り換え発行
34億ドル」の部分に相当する。この
34位ドルの数字 はネットの資金調達額を示すのであるが,発行総額
82館
5,000万ドルの中,
49億ドルが実質的 借り換え部分であるから,新規のネットの資金調達額は
33億
5,000万ドルであり,「要約」で示
された資金調達計画とも,ほぼ一致する。
発行日
11月1
7日
12月 3 日
12月3
1日
表ー
9 1980年10 月〜
12月の出納管理証券の発行 発行証券
13.885
%出納管理証券
15.250%出納管理証券
14.775%出納管理証券
満 期
1980年
12月
31日
(44日 )
1981年
4月
23日
(141日 )
1981年
4月
30日
(120日 )
(出所)
TreasuryBulletin, January 1981, p.35; September 1981, pp.37‑38より作成。
発行額(百万ドル)
4,001 3,000 4,000
出納管理証券の発行状況を見てみよう。表ー
9に見るように,
1980年1 1月
17日 に 同 年
12月
31日に満期となる
40低ドルの出納管理証券が発行されている。その後
12月
3日に,
81年
4月
23日に満期となる
30低ドルの出納管理証券が発行されている。そしてさらに, 1 1月
17日に発行さ れた
40低ドルの出納管理証券が満期となる
12月
31日 に 同 じ く 発 行 額
40似ドルの出納管理証券 が
81年
4月
30日に満期となるよう発行されている。これは事実上,借り換えである。したがっ て,実際のネットの発行額=資金調達額は
70億ドルであり,これは勧告での発行予定額をわず か
5位ドル下回るだけである。これから見ても出納管理証券もほぼ勧告通り発行されたと言え る 。
この出納管理証券の発行は「要約」での項目「
3.出納管理証券
73館ドル」の部分に相当 する。ここでは出納管理証券の発行によるネットの賓金調達額は
73偲ドルとされているので,
これと比べれば実際の調達額
70億ドルとの差はますます小さくなる。
22
関西大学商学論集 第
53巻 第
5号
(2008年1
2月 )
表ー
10 1980年
11月
13日〜
12月
26日の一般発行ビルの発行 発行日 発行証券 満 期 発行額(百万ドル)
11
月
13日
13.514%ビル
1981年
2月
12日
4,008}
(91
日 )
8,017 13.231%ビル
1981年
5月
14日
4,009(182
日 )
11
月
208 14.309%ピル
1981年
2月
19日
4,018}
(91
日 )
8,035 13.917%ビル
1981年
5月
21日
4,017(182
日 )
11
月
288 14.384%ビル
1981年
2月
26日
4,017}
(90
日 )
8,136 14.030%ピル
1981年
5月
28日
4,119(181
日 )
12
月
4日
14.650%ビル
1981年
3月
58 4,552}
(91
日 )
8,876 14.554%ピル
1981年
6月
4日
4,324(182
日 )
12
月
11日
16.334%ピル
1981年
3月
12日
4,016}
(918) 8,035 15.609%
ピル
1981年
6月
11日
4,019(182
日 )
12
月
188 16.667%ビル
1981年
3月
19日
4.195}
(91
日 )
8,298 15.423%ピル
1981年
6月
188 4.103(182
日 )
12
月
26H 14.992%ピル
1981年
3月
26日
4,015}
(90
日 )
8,027 14.032%ビル
1981年
6月
25日
4,012(1818)
(出所)
TreasuryBulletin, January 1981,p.38より作成。
さて.「要約」での「
4.1 1月
13日から
12月
26日までの
7回の一般発行ピルの
78低 ド ル ま で の増額
30低ドル」の項目を検証しよう。
表ー
10を見れば,同上期間の
7回のビルの一般発行の規模は実際には約
80低ドル〜
88億ドル であったのが分かる。その発行額は勧告案の
78低ドルを
7回の発行の全てで上回っているので あるが,そのほとんどは
80低ドルを少し上回る程度に留まっている。発行規模の大きさが目立 つのは
12月
4日の約
88低ドルの発行分ぐらいである。ただ,
7回全てで勧告の
78似ドルを上回 る規模で発行された結果,勧告ではネットの資金調達額が
30低ドルとなっていたが,実際には それを約
30似ドル近く上回る規模となったのは否めない。
次に「要約」の項目「
5.1 1月およぴ
12月の
2年中期国恨の,各
45低ドルまでの増額」の部
分を検証しよう。前出の表ー
8を見れば,
2年中期国偵が
12月
1日に約
49低ドル.
12月
31日に
約
46位ドル発行されたのが分かる。これはほぼ勧告通りに発行されている。項目「
6. 5年中
期国債
(12月中旬)
30偉ドル」「
7. 12月の
4年中期国債の
30低ドルまでの増額」の部分につ
いても,前出の表ー
8に見るように,
12月
8日に
5年中期国偵が約
31億ドル.
12月
31日に
4年
1970
年代の国恨管理政策と累積国俵の満期構成の長期化(下) (池島)
23中期国債が約
33低ドルと,これまたほぼ勧告に沿った規模で発行されている。
また報告書は
7年中期国債の四半期ごとの定期的発行という新たな措置を
1980会計年度中に 甜入するよう勧告していたが,勧告通り,その国餌は
81年
1月には発行され,それ以降では四 半期ごとにすなわち
3ヶ月ごとに発行されるようになっている。他面では報告書は
15年長期国 俵に代えて
20年長期国恨を発行することに反対していたが,
81年
1月には
20年長期国偵が発行 されている。それ以降
20年長期国偵は四半期ごとに発行されたが,
1986年
1月からは発行が中 止されている。
こうした事実からも,その発行が定期化されるべき国債種類に関する財務省の決定に関して も,やはり国債・連邦政府機関偵委員会の勧告がかなり反映されていると言える。
以上,国偵・連邦政府機関恨委員会の財務長官への
1980年
10月
29日付けの勧告=報告書を取 り上げ,国俵発行に関するそこでの勧告と実際との照応関係を検証してきた。
「国伯管理に関連する諸問題」の公聴会では,国偵デイーラーのゴールドマン・サックスの パートナーであり,前述の委員会の前議長である
F.スミール
(FrankSmeal)氏が「われわれ は財務省の質問への答えが財務省に受け入れられるかどうかを知らないし,頻繁にこれらの勧 告には従われていない」
17)と述べている。確かにその勧告の全てが財務省に受け入れられて いるわけではない。しかし,すでに検証したようにそのかなりの部分が受け入れられている と言える。これらの事実から,わざわざ財務省が四半期の国恨発行計画を公表する以前に,い わば国偵の需要側を代表するその委員会と十二分に意見を交換し,勧告=報告書を受け取る意 義は国俵の円滑消化を保障するために国偵の需給を摺り合わせることに有ると考えられる。
このように少なくとも
1980年
10月
29日付けの勧告=報告書を検証する限り,国俄・連邦機関 恨委員会の活動を通して,国偵デイーラーや国偵投資家の要求が現実の国俵の発行にかなりの 程度で反映されていると言える。したがって,
1976‑‑79年の時期では,そうした報告書が開示 されていないので確証できないものの,その時期での長期の国偵の大抵発行も,国偵デイーラ ーや国偵投資家の要求をかなりの程度で反映する側面を有したと考えても大きく的をはずれて はいないであろう。
N. 1970
年代の国偵市場の変革と国偵投資家
このような国伯・連邦政府機関債委員会の活動は
1950年代から開始されていたのであり
18),それゆえ,
70年代と同じく
60年代での長期国債の発行の態様も,国債デイーラーや国債投資家 の要求を,少なからぬ程度で反映したと考えることができる。それでは,
60年代と
70年代で国
17) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.67. 18) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.47
を参照。
24
関西大学商学論集 第5
3巻第
5号
(2008年
12月 )
偵デイーラーや国債投資家の長期国債への要求はどのようなものであり,また, どのように変 化したのか,さらには.
70年代での「原気中立型」国偵管理政策の採用などの,国偵市場の変 革は彼らにとって,いかなる意味を有したのか考えていこう。
Treasu
か
Bulletinではクーポン国偵の個々の発行銘柄について国恨投資家の応募額と発行額 が記されている。借り換え方式とは異なり,現金調達方式での発行の場合には,この応募額と 発行額が最的に相異するのが通常であろうから.その両者を比較することで,個々の銘柄への 投資家の需要(要求)の強弱をきわめて大まかではあるが測ることは可能と考えられれる。
たとえば,応募額が発行額を下回る場合には.その発行銘柄は発行利率や満期あるいは発行 規模など.何らかの発行条件が投資家の要求を十分には反映していないと考えることができる。
逆に,応募額が発行額をある程度上回る場合には,その発行条件は投資家の要求をそれなりに 反映していると考えることができる。
表ー 1 1 発行長期国恨への応募額など (単位:百万ドル)
発行日 応募形態 最終満期 応募額 発行額 A/B
(A) (B) ( 倍 )
1960年
4月5日 定率公募
25年
1ヶ月
370 470 0.798
月
1日
,, 7年
9ヶ月
5,183 1,042 4.9762
年
1月1
5日
,, ,7 年 8½ ヶ月
1,619 1.114 1.45 4月9日
ク 6年
4ヶ月
6,827 1,258 5.43 8月1
5日
,, 30年
315 360 0.8863
年
1月178 シンジケート・メンバーによる
30
年
1ヶ月
250 250 1.0競争入札
4
月188 ,,
31年
1ヶ月
300 300 1.071
年
8月15H 定率公募
10年
195 195 1.0 11月158 , ,
15年
24 24 1.0 72年
2月1
5日 ,,
10年
66 66 1.02
月1
5日 競争・非競争入札
9年
9ヶ月
1.306 509 2.59 8月1
5日 定率公募
12年
41 41 1.0 73年
1月1
0日 競争・非競争入札
20年
1ヶ月
1.749 627 2.795
月1
5日 , ,
25年
1.240 652 1.90 8月1
5日
ク 20年
500 500 1.0 11月1
5日 ,,
19年
9ヶ月
1,503 302 4.98(出所)
TreasuryBulletin,各号より作成。
表ー
11は
1960‑73年の現金調達方式(単独もしくは借り換え方式との併用)で発行された長 期国偵の発行額と応募額等を見たものである。今.仮に応募額/発行額(倍)を応札倍率と呼 ぶならば.
60年代でのそれを見てみると応募額が発行額を明白に上回り.応札倍率が
1.0倍を 超えるのは.同じく長期国債と言っても.最終満期が
6 7年と比較的満期の短い.満期の長
さから言えば.中期国偵と大差のない発行銘柄に限られているのが分かる。
定率公募方式で
1960年
4月
5日に発行された満期
25年
1ヶ月の銘柄や
62年
8月
15日に発行さ れた満期
30年の銘柄はそもそも発行額が小額であるにもかかわらず応募額は発行額を下回り.
応札倍率は
1.0倍以下である。他方.シンジケート・メンバーによる競争入札.すなわち応募
1970
年代の国依管理政策と累積国債の満期構成の長期化(下) (池島)
25者利回りが総体としての応募者=国債投贅家の要求を直接反映する発行形態で.
63年
1月1
7日 に発行された満期30 年
1ヶ月の銘柄およぴ
4月1
8日に発行された満期3
1年
1ヶ月の銘柄にあっ ても,発行額が小さいにもかかわらず.応札倍率はともに1
.0倍に留まっている。
ここから.少なくとも
60年代前半にあっては.
25年を超えるような比較的満期の長い国債ヘ の投資家の需要はかなり弱かったと思われる。
1970
年代に入り.
71 72年に合計
5銘柄の長期国債が発行されているが.応募額が発行額を 上回るのは競争入札(正確には非競争入札とリンクした競争・非競争入札と表現できる)で
72年
2月1
5日に発行された満期
9年
9ヶ月の
1銘柄だけである。そして1
973年からは競争入札制 が全面的に導入されたが.
8月1
5日発行の満期2
0年の銘柄を除き,
1月1
0日発行の満期2
0年
1ヶ月の銘柄では2
.79倍 .
5月1
5日発行の満期2
5年の銘柄では
1.90倍 .
11月1
5日発行の満期1
9年
9
ヶ月の銘柄では4
.98倍と.それぞれ比較的満期の長い銘柄が高い応札倍率で発行されている。
そして
1974‑‑‑79年では.前出の表ー
5に示すように最終満期が1
4年
9ヶ月〜30 年の領域に ある長期国債(しかもその多くが20 年超の満期を有するのであるが)が発行されたが,それら の長期国偵の発行年ごとの応札率の平均は.
74年3
.1倍 .
75年2
.5倍 .
76年2
.0倍でありまた.
1
回当たりの発行額が増大していった7
7年以降でも,
77年2
.6倍 ,
78年2
.2倍 ,
79年1
.9倍である。
1974‑‑‑79
年でもそれなりの高い応札率で長期国彼が発行されたのが分かる
19)。 表ー
12 30年長期国領の発行 (単位:百万ドル:倍)
発行日 応募額 (A) 発行額 (B) A/B
1975年
5月158
1,848 754 2.45 1977年
2月1
5日
2,352 752 3.13 11月
15日
2,922 1,255 2.33 1978年
8月
15日
2,591 1,503 1.72 11月
15日
4.877 1,752 2.78 1979年
5月
15日
4.839 2,007 2.41 11月
15日
3,283 2,003 1.64(出所)
TreasuryBulletin,各号より作成。
また長期国債の最年長ものである満期3
0年の長期国債を取り上げ.その応札率等を見たのが 表ー
12である。その応札率は3
.13倍〜1
.64倍の範囲にあるが,発行額が漸次増大していく
77年 以降にあっても.年平均で2
.0倍以上の応札率となっているのが確認できる。
かくして,以上の応札倍率の検証からは,
30年満期の発行銘柄を筆頭に長期の満期の銘柄を 財務省が1
970年代に入り発行規模を増大させつつ高い応札倍率で発行できた要因は次のように 考えることができる。
第一の要因は,
1960年代前半とは異なり投資家の側で.満期の長い国領を投資対象として 自らのポートフォリオに組み込む条件がより整備されるとともにその必要性が強まり(こうし
19)
以上の応札倍率の数字は
TreasuryBulletin,各号より算出。
26
関西大学商学論集 第
53巻 第
5号
(2008年
12月 )
た変化がなぜ生じたのかについては別の考察が必要となるであろう),それによりかなり長 期の満期の銘柄を中心とする長期国偵への投資家の需要が増大したことにある, と推測するこ
とができる。
そして第一の要因と関連するが,第二の要因は
1970年代の国債市場の変革に関わるものであ る 。
まず,「景気中立型」国債管理政策の採用に伴う,現金調達方式での競争入札制の全面的導 入により国債デイーラーや国俄投資家は自らの要求する応募者利回りを新規発行国債のクー ポン・レートや発行価格に直接反映させることが可能となった。そして
1974年からは順次,中・
長期国偵に利回り入札方式が採用され,落札利回りを反映するクーポン・レートが新規発行国 債に設定されるようになった。それらもクーポン・レートを重視する投資家を中心として,長 期国偵への需要を増大させるよう作用したと思われる。
もちろん,
1960年代の主流であった定率公募形式での長期国偵の発行でも,国債・連邦政府 機関偵委員会の活動を通して,国債デイーラーや国偵投資家の要求する応募者利回りが新規発 行国債のクーポン・レートや発行価格にそのまま反映されることは十分可能である。とは言え,
他面でその要求が十分に反映されない可能性もそこでは排除できない。財務省が国債費の軽減 のために国恨デイーラーなどの要求を下回るクーポン・レートなどを新規発行国恨に設定する 可能性もありうるであろう。
しかし,国偵デイーラーが述べるように,「競争入札ではデイーラーやその他の者は特定の 利回りなら喜んで購入するという,証券の規模を利回りと並んで特定しつつ入札する。このこ とは財務省から市場条件の自立的な決定を奪うのである。」
20)すなわち,利回り入札方式での 競争入札制では,国恨デイーラーなどの総体としての国債投資家が要求する水準を下回って国 餌のクーポン・レートが決定される可能性は無い。
確かに,競争入札である以上,入札者間の競争が個々の入札利回りを低くさせるよう作用す るかもしれない。しかし,連邦準備当局者も言うように,「競争入札それ自体は引受スプレッ ドを,究極的な投資家に新規証券を分売する上でのデイーラーのリスクと均衡させるのに必要 な程度で競争的に現出させるメカニズムを提供する」
21)ものである。換言すれば,競争入札で の最も低い入札利回りであっても,それは入札時の国偵流通利回りを反映するのみならず,入 札・引受け後の流通利回りの変動リスクをも加味したものである。
こうした意味合いにおいて,競争入札制は国債の最大の引き受け手たる国恨デイーラーや国 債投資家の要求を直接反映するクーポン・レートなどが新規発行国偵に設定されるよう制度的 に保障するものと言えよう。
20) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.50. 21) Problems Associated with Federal Debt Management, Hearings, p.33.