1 氏名:河島 思朗
論文題目:オウィディウス『変身物語』における叙事詩の技法
――物語相互の内的連関と統一性の原理――
【論文要旨】
本稿は「連続性を有する多彩な物語群が、いかなる統一性のもとに、ひとつの叙事詩となるよ うに織りなされているのか」という問いに応えながら、オウィディウス『変身物語』が新しい叙 事詩であることを明らかにしようと試みるものである。
およそ250編の物語を内包する『変身物語』を叙事詩と解するためには、「物語群でありながら 叙事詩である」という矛盾について考察しなければならない。その足掛かりとして、序論では序 歌を分析することで問題の所在を明らかにした。第一に、『変身物語』に描かれる多彩な変身につ いて、その一般的な性質のみならず、個々の物語における個別の「変身の意味」についても再検 討する必要がある。第二に、「世界の起源から現代まで歴史的経過に沿って語る」という基本理念 のもとに築かれる詩的構造の解明が求められる。構造理解においてとくに着目すべき特徴は、さ まざまな語り手による多層的な構造の展開であろう。『変身物語』は歴史的経過に沿って語るとい う大きな企図のもとに作品全体を統合しながら、多層的構造によって物語の多様性を確保してい るからである。第三に、「途切れることにない歌」となるように織りなされた物語相互の結びつき について明らかにしなければならない。この詩句は、複数の物語が連続的に語られるということ を表すのみならず、物語群が叙事詩にふさわしい統一性を有することを含意している。したがっ て、「物語相互の内的連関」を理解することは、新しい叙事詩にふさわしい「統一性の原理」を解 明するために、もっとも重要な観点であると考えられる。そのような統一性のもとに織りなされ た『変身物語』は非叙事詩的な要素を内包した新しい叙事詩であるとみなすことができる。した がって、第四に、「叙事詩と非叙事詩の混交」の様相について明らかにし、その統一性の原理を明 示しなければならない。
以上のような視座のもと、本稿は全体を第一部と第二部に分けて議論した。第一部においては、
多彩な物語をひとつの物語群へと織りなす詩的技法を解明するために、「オルペウスの歌」におけ る「物語相互の内的連関」について検討した。第二部においては、作品全体に視野を広げながら、
複数の観点から統一性の原理について考察をおこなった。
第一部第一章では「オルペウスの歌」の構造と主題を分析し、物語理解の視座を提示した。構 造については、「オルペウスの歌」が『変身物語』の縮図として理解できるような多層的構造を有 する物語群であることを確認した。また二つの主題を基軸としながらも、その主題が変容するよ うな観点を有するとともに、非叙事詩的な歌であることを明示した。
第二章では、「ピュグマリオーンの物語」と「ミュッラの物語」を中心に連続して語られる物語 相互の連関について、物語の移行を促す転換の指針を軸に考察した。転換の指針は隣り合う話の 糊付けの役割を果たすとともに、ふたつの物語を有機的につなげ、内的な連関を生み出すことを 明らかにした。読者は、ミュッラの姿を確認したあとに、振り返ってピュグマリオーンの振舞い の真の意味を知ることになる。「ピュグマリオーンの物語」は後に語られる「ミュッラの物語」と 関連付けられることによって、相対化されるのである。後続の物語は、それ以前の物語を前提に
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して語られ、物語群としての意味を有する。従来の研究によって指摘される以上に、物語は密接 に結合されている。このような、物語の連関と相互影響関係の構築は「途絶えることのない歌」
となるように織り成された『変身物語』の基本的な詩的技法であるといえよう。
第三章では、物語相互が内的に連関することを前提に、「オルペウスの歌」を枠づける物語群の 意味に着目した。最初に語られる「ガニュメーデースの物語」と「ヒュアキントスの物語」の連 関について、また最後の「アドーニスの物語」と「アタランタとヒッポメネースの物語」の連関 について、「重さと軽さ」「大地と空」の要素を中心に論じ、物語群としての意味を明らかにした。
「重さと軽さ」「大地と空」の対比の中で、神々の不死性は人間の死すべき運命と悲劇性を際立た せる。「オルペウスの歌」において、個々の物語はたんに並置されるのではなく、物語群としての 統一性を有するように構築されているのである。また、恋愛詩で扱われるような非叙事詩的な主 題を通じて、叙事詩で語られるにふさわしい人間の悲劇性が描き出されていた。このような企図 を分析することによって、『変身物語』における「叙事詩と非叙事詩の混交」が、そして新奇な叙 事詩としての特性が、あらわになった。
第四章では、「オルペウスの歌」に描かれる「変身の性質」に着目した。従来の研究では、変身 は物語における付随的な要素でしかないと解されていた。しかし、ケラスタエに科された変身の 意味を解き明かすなかで、「生と死をめぐる変身」という観点が物語群を関連付ける役割を担うこ とを明示した。変身は物語に象徴的な意味を与える。生と死を主題とした「オルペウスの歌」に おいて、変身は各々の生の在り方と死の在り方を描き出すものとなる。そのような変身が物語相 互の連関のなかでとらえられるときに、物語群の統一的な全体像を提示するものとなる。「変身」
もまた物語理解において欠かすことのできない要素であることが明らかにされた。
第五章では、「オルペウスの歌」に提示される二つの主題と物語の関連について議論し、あらた めて「オルペウスの歌」全体を鳥瞰しながら詩的構造を確認した。二つの主題は歌全体を二部に 分ける。各主題から始められた物語は、主題を転換しながら、観点を変えつつ、展開する。主題 は緩やかな関連性を有しながら物語群を結びつけており、断絶するわけではない。緩やかな連関 を有するようにと、物語群は意図的に配置されている。このような主題に着目する理解も含めて、
「オルペウスの歌」には多元的な詩的構造を見いだすことができた。複雑な構造が「オルペウス の歌」に多様性を生みだすとともに、全体の統一性を維持する。『変身物語』に内包される複眼的 な視座は、繊細な技巧を駆使して、多様な物語をひとつの物語群へと織りなす役割を担うのであ る。
第一部では、以上のような分析をもとに「オルペウスの歌」における物語相互の内的連関につ いて考察した。「オルペウスの歌」には、個々に独立した物語からなる多層的な構造を見いだすこ とができる。しかし、それらの物語は互いに深く結びつきながら、ひとつの歌となるように織り なされている。「オルペウスの歌」は物語群でありながらも統一性を有しているのである。序歌で 提示されたように、物語が有機的なつながりを有することで、「途切れることのない歌」
(perpetuum carmen)は作り上げられる。このような物語相互の内的連関が『変身物語』におけ る「叙事詩の技法」の核であることが、具体的に明らかになった。
第二部では、第一部の議論を前提に視野を広げ、作品における統一性の原理を複数の観点から 考察した。
第一章では、「ミニュアースの娘たちが語る物語群」を対象に、第一部で確認された物語相互の
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連関が「オルペウスの歌」以外の箇所においても該当することを明らかにした。3人の娘たちが順 番に語る物語群は、語り手を異にする独立した物語とみなしうる。しかし、「知覚すること」を基 軸に物語が互いに有機的なつながりを持つために、物語群はひとつの統一的な物語として「死す べき人間の愛の在り方」を描き出すものとみなすことができる。「物語相互の内的連関」が物語群 を統一する原理であることが再確認された。
第二章では、多層的構造によって分断しながらも連続する物語の詩的技法を明らかにするため に、語り手の移行に着目した。ある物語のなかで「別の語り手が語る」という語り手の変更は作 品の随所に見られ、『変身物語』における多層的構造を生みだす役割を持つ。多層的構造は、物語 をただ順番に列挙するような単調な語りを避け、物語に多様性を付与する工夫であると言えるが、
一方で物語の断絶を生みだすことにもなる。本章は「樹木のカタログ」から「アポッローの嘆き」
にいたる多層的な物語群を考察し、連続性を生みだす詩的技法を明らかにした。それぞれ別の層 に属し、断絶を持つはずの物語群のなかで、「語り手の視点」が共有される。巧みな人称の用法は アポッロー、オルペウス、オウィディウスを混同させるような役割を有し、語り手をあいまいに することで、物語を結びつけていることを明らかにした。また「私たち」を表す1人称複数は、
読者をも巻き込むような効果を有していた。このような語り手の技巧によって、物語群は多層的 構造を有しながらも、途切れることのない歌となるように織りなされるのである。
第三章では、「世界の原初の起源から私の時代まで」(1.4)という詩句によって喚起される歴史 的観点(時間感覚)が、作品全体の語りの構造を表すのみならず、変身の物語、とりわけ縁起譚 と関連することを明らかにした。『変身物語』は「時間的な経過に沿って」物語を配置し、世界の 起源から現在までの歴史を描く叙事詩とみなすことができる。さらに、個々の変身の物語もまた、
縁起譚として、ある事物の起源から現在までの歴史を描きだす。縁起譚という非叙事詩的な物語 を歴史的経過に沿って連ねることで、『変身物語』はそれ自体が世界の縁起譚であるような、新た な歴史的観点を有する叙事詩を構築するのである。
第四章および第五章では、「物語群でありながら叙事詩である」という特質を有する『変身物語』
が、非叙事詩的な要素を包含する新たな叙事詩であることに注目し、『変身物語』における詩作の 理念を明らかにした。第四章では「オルペウスの物語」におけるカタログと詩作の情景を分析し、
「異なる音の調和」という詩句に端的に表される詩作の在り方を明示した。第五章では「ミネル ウァとアラクネーの織物競争」を考察の対象とした。叙事詩と非叙事詩の混交は、エクフラシス の技法を用いて描かれる織物に込められていた。そして、「微妙に異なる細い陰影」が折り重なる 虹のように、物語を途絶えることなく描こうとする詩作の理念を明示した。『変身物語』はヘレニ ズム以降の洗練された小さな詩を基準としながらも、その範疇を大きく超えて叙事詩を織りなす。
物語群は、微細で巧みな詩的技法によって織り込まれ、異なる物語、異なるジャンルを混交しな がら、ひとつの叙事詩として構成されるのである。
第六章では、作品を枠づける第1巻「宇宙創世」と第15巻「ピュタゴラスの説教」を中心に扱 い、変身の原理と全体構造について考察した。宇宙創世とピュタゴラスの説教は哲学的言説であ るという点において明らかな対応関係を有する。また相互に共通する語彙や内容を提示しながら、
教訓叙事詩の形式を用いることによって、意識的に結びつけられている。第 1 巻と第15 巻は、
「世界が多様でありながらも、連続しており、調和のとれた統一性を有すること」、そして「世界 を構築する原動力が変身であること」を描き出す。世界を構成するこのような「変身の原理」は、
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序歌に描かれる詩作の理念と呼応する。『変身物語』はこの世界を、詩によって再構築しようとし た叙事詩であり、『変身物語』における統一性は、変身によって生じる多様性と連続性によって、
調和的に作り上げられるのである。
本稿は以上の考察を通して、『変身物語』の叙事詩の技法について一定の理解を提示することが できた。多種多様な物語は、相互に内的な連関を有するように工夫されている。個々に独立した 小さな物語が互いに影響しあい、ひとつの物語を構築する。これまで多くのばあい統一性の欠如 を生みだすものとして指摘されてきた非叙事詩的要素が、『変身物語』に叙事詩としての統一性を もたらしているのである。ラテン文学の黄金期において、抒情詩や恋愛エレゲイア詩のような、
ヘレニズム的要素を基調とする洗練された小さな詩が理想とされ、多くの作品が花開いた。一方 で、ウェルギリウスに代表されるように、ギリシア以来の伝統的叙事詩がラテン詩として確立さ れた。黄金期最後の詩人と言われるオウィディウスは、双方の詩神の息吹を内包し、非叙事詩に よって織りなされた新たな叙事詩をつくりあげたのである。