• 検索結果がありません。

趙起杲の無念 : 青柯亭刻本の後4巻について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "趙起杲の無念 : 青柯亭刻本の後4巻について"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

趙起杲の無念 : 青柯亭刻本の後4巻について

著者 笹倉 一広

雑誌名 静岡大学教養部研究報告. 人文・社会科学篇

28

1

ページ 270‑252

発行年 1992‑09‑01

出版者 静岡大学教養部

URL http://doi.org/10.14945/00008536

(2)

趙起呆の無念一青桐亭刻本の後4巻について

赴起果的遺憾i一美干青桐亭刻本的后四巻

笹 倉 一 広

はじめに

 青何亭とは趙起果(1718?−1766)の斎号であり、彼が乾隆31年に刻した

『珈斎志異』、すなわち青桐亭刻本(以下「青本jと略す)は事実上の最初の 刻本である。1974年に鋳雪斎紗本の影印本が発行されるまで、『聯斎志異』は

この青本を底本とした各種注本でのみ読まれてきたといってよい。今なお青 本を底本とした出版も行われている。起果の『聯斎志異』出版史上に占める 位置は非常に大きい。その青本16巻を紐解けば、判然と前12巻と後4巻が 性格を異にしていることに気付く。この理由は起果自身が「例言」の中で記

しているように、最初「雅」なるもの12巻の選本の編集を進め、版刻が終わっ たあと、残余の篇を捨てるに忍びず合刻したためである。しかし、後4巻は 余集が「題詞」で「後四巻は則ち附属の者なり」といっているように、単に 趙起果の手で付け足して刊行されたのであろうか。実は後4巻の中にも何か をしようとした形跡があり、「聯斎癖」趙起果のもう少し複雑なドラマがよみ

とれるようだ。いささか些末なことであるが、それを本論では紹介し、あわ

せて文人と小説の関わりの・・一・一一一一例として提示したい。尚、本稿は1991年10月

山東省瀬博市で開催された第1回国際聯斎学討論会における口頭発表に加筆 したものである。

1.青本はどのように刊刻されたか

まず青本の成立過程を序文などから整理しておく。

 ①乾隆11年(1746)趙起呆は済南から帰った周季和より『聯斎志異』の   部分紗本2冊を贈られる。趙起果は全部を見られないことを残念に思

   う。(「弁言 」)

 ②乾隆22無(1757)趙起果が北京に赴いた際、周季和紗本を烹閏軒に持

   ち出される。(「弁言」)

(3)

 ③濁に赴任中、蒲松齢の故郷山東に赴任した経歴を持つ鄭方坤は必ずや    『柳斎志異』の紗本を持っているに違いないと考え、その息子を訪ね   たところ、『聯斎志異』の全紗本を蔵していた。そこで、正副2紗本を   作った。周季和紗本とは異同があったらしい。(「弁言」)

 ④のち3年して、再び北京へゆく。周季和紗本や呉頴思蔵紗本と比較し、

  鄭鋤本が原稿本と確認する。(「弁言」)

 ⑤乾隆28年(1763)趙起果は杭州府同知に任官。趙起果自身も出版の意   志があり、蔵書家で『知不足斎叢書』で有名な友人の飽廷博にも出版   を勧められる。が、躊躇する。(「弁言」「紀事」)

 ⑥そののち紗写のための借覧に応じきれなくなったので、ついに刊行を

  決意する。(「弁言」)

 ⑦乾隆30年(1765)厳州知府となる。3月、幕客の余集に『聯斎志異』

  の審定を命ずる。(「余集序」)

 ⑧同U月、余集は序を撰して会試受験のために幕下をたつ。(「余集序」)

 ⑨乾隆31年(1766)1月。趙起果と飽廷博は呉山で会う。趙起果は16巻   を削って12巻にしているが、実は残りの4巻も飽廷博に刊行してもら   いたいことを話す。(「紀事」)

 ⑩同5月。前ユ2巻の刊刻が終了する。趙起果は弁言と例言を撰したあと、

  童試の試験場で急死する。(「紀事」)

⑪趙起果の没後、趙起果の弟の依頼を受けて飽廷博が刊刻を続け、起果   の没後7カ月に16巻全部の刊刻が完成する。(「紀事」)

以上が青本刊刻の経緯である。

II.手順のあらまし

 青本が前12巻と後4巻に分割でき、前12巻はおもに伝奇的な諸篇を、後 4巻にはおもに志怪的な諸篇をあつめていることは一読して判る。それは前 章で確認した取捨選択の作業があったからである。繰り返すが、起果の使用

した底本は16巻本であったが、そのまま刻したのではなく、まず12巻の選 本をつくり、そののち残りの4巻をつけて現在の16巻の青本が構成されてい

るのである。

 本論では篇次に特に注目する。篇次とは、一般に巻数の順番を巻次という ように、『柳斎志異』約500篇の各篇の順番をいう。

(4)

議論が複雑になるので、あらかじめその手順を記しておく。

1.趙起果が使用した底本の篇次を再生する。

 議論が前後するが、表1を御覧頂きたい。これは青本と鋳雪斎紗本(以下

「鋳本」と略す)の篇次を対応させたものである。鋳本は、公開されている 紗本の中では原稿本(蒲松齢自筆といわれるもの。現存4冊)の篇次を最も 忠実に伝えていると思われる紗本である。次の2点が認められる。

  ①対応させた鋳本の篇次が小→大へと数字が並ぶ部分がある。

  ②しかし、その連続は一貫しておらず、前後に断層や逆転が見られる。

   例:青本No.44とNα45の間の断層、青本Nα45〜55とNo.63〜76の逆転 このことから、次の事が推測できる。

  ③編輯作業は全く無秩序に行われたのではなく、趙起果は底本の篇次を    保ちつつ取捨選択作業を行った。

  ④底本の篇次は鋳本(≒原稿本)の篇次を部分部分では保ちつつも、そ    の部分の順序は異なる。これは巻次の乱れに起因するのではないか。

そのため趙起果が使用した底本を再生する作業が必要となる。

2.後4巻の乱れを調査する。

 底本の篇次巻次が確定した後、その頭から佳篇を選んでゆけば、青本の前 12巻の篇次は底本の篇次と平行になるはずである。また、事実そうなってい る。そうならば、その自然の結果として、選に漏れた諸篇も後4巻に底本の 篇次に沿って並ぶ筈である。ところがそうはなっていない。

3。後4巻の乱れの原因を考察する。

 2.を確認した上で、後4巻の篇次の乱れの原因を考えてゆく。

m.底本の篇次の再生

 上に概述したように、青本の編輯で使用した底本の篇次は、蒲松齢の原稿 の篇次とは異なっている。より正確に言えば、後述のように、巻次が異なっ ているのであって、各巻の中の篇次はおおむね正しいと思われる。その底本 全体の篇次が知りたい。

 成立過程の検討の際に述べたように、底本は鄭方坤が紗写したものの再紗

(5)

本であった。趙起果の言を信ずれば蒲松齢の自筆原稿の2次紗本であったこ とになる。推定される巻次の乱れは二度の鋤写の際に生じたのであろう。こ の紗本についての消息は今日伝わらない。失われた底本の篇次を知る手がか

りは、その底本である鄭方坤の紗本だが、これも行方が知れぬ。そのまた底 本、すなわち蒲松齢の自筆原稿は存在するが、今日伝わるのはその約半分で

しかない。そこで、今日一一・rwに公開されている紗本の中では最も原稿の篇次 の原貌を伝えていると考えられる鋳本、特にその目録の篇次を原稿本の篇次 の代用として使用し、これを利用して趙起果の使用した底本の篇次を再生し てみよう。以下本論で鋳本篇次という場合は目録の篇次をいうものとする。

蒲松齢原稿本→鄭方坤鋤本→趙起果紗本→青桐亭刻本

(半分現存) (行方不明) (行方不明)  (刊本)

   L−_縁鍵嚇雪斎鉢

       (行方不明〉

 鋳本は済南の張希傑が乾隆16(1751)に同じ済南の朱家の紗本から紗写し たものである。朱家紗本は、蒲松齢と交友の深かった朱網の息子のうちの殿 春亭と号する者が、張元(蒲松齢の墓表を撰す)の息子張作哲を通じ、蒲家 から原稿を借り受け藥正元年(1723)に紗写したものである。

 いま、鋳本の本文を避け、目録の篇次を使用する理由は

   ①本文の篇次は、紙幅の調整、後代の破損・修理等により原貌を失っ     ている。

   ②本文篇次に比して、目録の篇次の方が残存稿本の篇次と殆ど一致す

    る。

ということによる。

 まず表ユ「青本鋳本篇次No.対照表」をご覧いただきたい。(鋳本の篇名と番 号については表2「鋳本青本篇次Nα対照表」参照)これは青本の篇次に鋳本 の篇次を対応させたものである。行数を付したのは物語が伝奇的なものか志 怪的なものかの便宜的な判断基準として使うためである。また、評は鋳本の 本文の題名の上につけられているもので、○○○、○○、○の三種類および 無印(表では便宜上×としておいた)の計4種類がある。施評者は不明であ

る。ちなみに○○○は114篇、○○は59篇、○は65篇、×は152篇である。

 全体を見渡すと次の事に気づく。

(6)

  ①後4巻のものは行数が少ない。即ち、志怪的なものが多い。

  ②評の良いものは前12巻に集中している。趙起果や余集の雅に対する認    識は一般とそれほど大きな隔たりはないといえよう。

  ③前12巻中においても巻末に後4巻的諸篇が集中している。

  ④対応させた鋳本の篇次はおおむね小→大へと流れる。但し、前述のよ    うに断層や逆転が見られる。これは青本の底本と巻内での篇次は同じ    であるが、巻次は異なるらしいことを意味していると考えられる。

 次に、④に注目して12巻だての鋳本を16巻に分けてみよう。起果の使用 した底本は16巻だてであった。ここで使用するのは表2「鋳本青本篇次No.対 照表」である。この表は表1とは逆に鋳本の篇次に青本の篇次を対応させた

ものである。各篇が前12巻、後4巻のいずれに属しているかもわかるように してある。この表の番号の連続の流れの切れ目、4冊の残存原稿本、1巻の 篇数の目安が30篇程度になることなどから考えて次のように分割した。

  ①鋳 1〜35 ①・②の間には明確な切れ目がないので、量的に半分       の所で切る。

  ②鋳36〜63 ②の終わりは、稿本第1冊の終わりに対応すると考え

      て切った。

  ③鋳64〜86 鋳87・89は100・104と共に青本の巻4の巻末補充に       使われているので、④に属するとする。

  ④鋳87〜111 112から稿本第2冊。

  ⑤鋳112〜141

  ⑥鋳142〜172 173から稿本第3冊。

  ⑦鋳173〜205

  ⑧鋳206〜241 241は稿本第3冊の最後。

  ⑨鋳242〜273   ⑩鋳274〜307   ⑪鋳308〜329

  ⑫鋳33◎〜378 379から稿本第4冊。

  ⑬鋳379〜399

  ⑭鋳400〜417 417は稿本第4冊の最後。

  ⑮鋳418〜453   ⑯鋳454〜488

(7)

 以上、鋳本は16巻に分割できた。しかし、これらが各巻が青本に表われる 順序は非常に前後している。出現順に並べると

 ①→②→③→⑮→⑭→⑥→④→⑤→⑨・→⑦→⑩→⑬→⑧→⑫→⑪→⑯ となる。表3をご覧いただきたい。これは鋳本篇次をこの趙起果の使用した 底本の巻次に並べ換え、各篇の青本の前12巻e後4巻への帰属を一覧にした

ものである。特に前12巻への帰属の欄に注目されたい。*を付したものが番 号の流れを阻害するが、これらは青本の前12巻の各巻末補充部分である。こ れらについては後述のように、本来前12巻に属するものではないので、除外 して眺めると、ほぼ一貫して乱れる事なく青本Nαが小→大へ趙起果の使用し た底本の巻1から巻16まで流れてゆく。断層・逆転は巻次の乱れに起因する 事が確かめられたと思う。趙起果らが使用していた底本の篇次は、細かい錯 綜はあるものの、おおむねこのようになっていたと考えられる。これを起果 の使用した底本(以下r仮想底本」と称す)とし、新たに巻数を(〉を付

して呼ぶことにする。その対応は、

 仮想底本  〈1)(2)(3>(4>〈5>(6>(7>(8>(9)(1① (11>(12>(13)(14)(15>(16)

16分割鋳本①②③⑮⑭⑥④⑥⑨⑦⑩⑬⑧⑫⑪⑯

となる。

IV.後4巻の乱れとその原因

 さて、前章で確認したように、青本前12巻の篇次は仮想底本の篇次を遵守 しつつ抽出されたものであった。時に孤立するものもあるが、紗写を重ねて いるので、その際にこれらのものは配列を変更されたため錯綜しているので あろうcいわば事故的なものである。ここでは個々にその原因や本来の位置 を追及しない。それでは、青本の後4巻についてはどうであろうか。底本か ら「雅」なるもの12巻を選びその篇次が底本の篇次をとどめているならば、

残った「雅」ならざるもの4巻も底本の篇次順に並ぶべき筈である。ところ がそうはなっていない。表2の後4Nαの欄からも確認できる。それをさらに 明らかにするために表4「後4巻帰属表」を作成した。

 一一・見して明らかなように、単純に(1×2×3>(4>のll尉こは並ばず、底本の篇次は

遵守されていない。しかし、そうかといって、全く順序がないというわけで

もなく、グループを形成している。一一つのグル・・・・…プしか作っていない⑮や(11)

の例がある一方、(1×2>のように2つのグループを形成しているものもある。

(8)

整理しやすくするために表に記したようにグループに名前をつけた。

 このような後4巻における諸篇の分布は単なる偶然とは考えにくい。必ず 誰かが何かの意図をもって行ったものと思われる。これは雅でない残り物に

さらに取捨選択を行おうとしたのではないのだろうか。例えば(1)1と(1)2を比 べてみる。表1から(1>1と(1)2を抜き出してみよう。ただし、〈1>に属さない青本 Na250、 No.388は除外する。

    ハリ リん 変水魎怪郎    中六篇 噴山改王

   べ           

246蛇 247覆 248僧 249三 251宅

  (1)i         ω、

名鋳Nα鋳本評行数  青Nα篇 名鋳Nc.鋳本評行数

       382耳中人2 ×

人13 神20

肇23 生26

妖28 252四十千32

××××

○○○

○○

 ×  ○

○O

 X

 O

383咬  鬼8  × 384捉  狐9  ×

385喬斤    蜻 18    0

386野 狗25 × 387狐入瓶27

389真 定 女 29

390焦  螺30 391宅  妖ll 392霊  官35

×○×××

9151081154151212

(1),の方が評がよく、(1>,の方に行数の多いややストーリー性を感じさせるも のがあるのに対して、(1)2の方には「霊割など汚い話が多い、といったおぼ ろげながら特徴が見いだせる。ほかのグループでは、(2)1と(2>2では(2)iには恩 や義というものを扱った話「丁前渓」「義鼠」などがあるのに(2)2には見られな い。(3)1と(3)2では(3)1にはストーリー性の他に「某公」のように善を勧めるも のがあるのに対して、(3)2ではr江中」r龍」など志怪・怪奇ニュースといった 性格の篇が多い。しかし、この区別も明自なものではなく、どちらにも考え

られるような篇が少なくない。(1×2)(3)については何とか言えても⑬1(13>2・(14>1

(14)2になると殆ど差は見つけられない。

 しかし、(1)(2×3)(4)までは作品の優劣で分け、それ以後は別人が別の尺度、

ないしは無作為に分けたものとも考えられる。その可能性を示唆するのが、

青本前12巻宋に付された志怪的諸篇である。これについて詳しく見れば以下 のようである。

(9)

モ    つり   まリ ハリ巻巻巻巻巻巻

⑧   ⑪   O   ◎   ¢  

O

なし

33f伏狐」以下7篇 57「番僧」以下6篇 77「金和尚」以下5篇

97「大力将軍」

114「狐聯」

7ー 只∪ ◎ゾ 0 噌⊥ 9臼   ユ 

ユ 

巻巻巻巻巻巻

¢  魯  ゆ  零  

O  

129「余徳」

146「最政」以下3篇 162「羅祖」以下7篇 183「鄙陽神」以下8篇 205「布商」以下7篇 227「祭蛇」以下8篇 16巻の青本『聯斎志異』は序や題詩、目録などを収める巻1が86葉であるの

を除くと、各巻が67、8葉である。12巻選本を取りやめて16巻で刊刻するこ とになり、単純に選に漏れた分を後4巻として付刻する事にし計算をしたら、

そのままでは後4巻の葉数が前12巻より増え体裁が悪い。そこで、後4巻の 一部を前12巻の各巻末に付したと推定する事ができる。これらの諸篇が表3 の前12Nαの欄で数字の流れを阻害しているのはこのためである。

 さらにこれらが仮想底本のどの巻から持ってこられたかを列挙してみる

と、

青本巻次

 e巻2

 ・巻3

 e巻4

 ・巻5  ・巻6  ・巻7  ・巻8  ・巻9  ・巻10  ・巻11  ・巻12

 仮想底本巻次

(7)(4×6)(6)(6)(6)(13)

(8)(8×8×8)(8)(9)

(11×7}(7×7)(7)

(13>

(3)

(8}

(9x9)(9>

〈9>(9>(10)(10)(10>(10)(9)

〈10)(1e>(i1)(ll>(11)Q1)(11>(11>〈12)

(12>(12)(13Xl 3)(13)(13)

(13)(14×14×14)(14)(15×15×15)

となっている。この表からも判るように、前12巻の補填も仮想底本の巻次に

沿った形で進められている傾向がある。ところが、〈1)(2>(3)(4)⑤には(3)(4)の各

1篇を除いて使用された篇はない。全体的にみてこの2篇の錯綜は或いは底 本篇次の錯綜に起因することとも考えられよう。つまり、仮想底本の前5巻 からの補填を故意に避けていると見られる。これは後4巻附刻の任にあたっ た飽廷博が、単なる丁数あわせの為だけに仮想底本前5巻の篇次に手を加え

(10)

ることを忌避したのではなかろうか。つまり、αX2×3×4×5)の部分には選余の 篇についても整理が行われていたため手をつけなかったのであろう。それは 鞄廷博の尊敬する人物、趙起果をおいて他には考えられない。この整理作業 が半ばにしてやんでいるのは起果の急死によるものであろう。

 起果は乾隆30年の3月、余集と編集を開始した。11月に余集は序を撰した 上で会試に旅立った。このとき12巻選本の編集作業はほぼ完成していたに違 いない。起果は1月に鞄廷博に残り4巻分が刊刻できず、公にならないこと を遺憾に思い、その残り4巻を鞄廷博に審定刊刻して欲しいと漏らしている。

飽廷博は「唯唯」と承諾しているが、この返事は生返事だ。ここには残り4 巻がすでに自分では刊行できないとする諦めの気持ちが窺える。そうして、

5月に12巻の版刻がなった。この1月から5月の間、起果が『聯斎志異』に 対しても何もしていなかったのだろうか。きっと残り4巻について吟味を加

えていたに違いない。1巻でも刊刻の機会があれば刊刻できるように、選余 の篇についてさらにランクづけを行っていったのだ。しかし、残りの部分は いつ刊刻されるとも判らぬため前12巻の時のような速さではすすまなかっ たのだろう。機会、即ち資金に余裕ができた時に、といってもおそらく借金 をしていてそのめどはもっていなかっただろうが、刊行するつもりで一人で こつこつ進めていたのであろう。ところが、 おもいもかけず、丁度12巻の版 刻が終了した5月に「弁書」を書いたところで頓死してしまったのである。

まだこのころ起果の子供は父の遺志を果たせるほどには成長していなかっ た。起果の弟の依頼もあり、1月の趙起果との話もあり、その遺志を鞄廷博 が継いで後4巻も刊刻したのである。16巻への変更は趙起果を追悼するため のものに他ならない。単に起果の「例需」の言うように「惜しくなって付刻 する」という理由だけでは、急な出版計画の変更と、この後4巻に見られる 事情に説明がつかない。「例言」は起果の死後書き改められたものであろう。

後4巻刊刻の原稿となったのは起果の手がけていた残稿であった。これを無 視することはできる筈がなかった。16巻の丁数を整えるために前12巻の最 後を増やす埋め草には起果が整理してしまった部分からもってくることは出 来なかったのであるe

 趙起果は後4巻を刊刻出来ない事を遺憾に思い、その遺憾のうちに急逝し た。その結果、起果の遺憾は友人飽廷博の手によって成就された。もし、起 呆の急逝がなければ後4巻は刊刻されることがなかったろう。

(11)

V.どうして12巻選本を作ろうとしたか一経済的側面から

 趙起果は『聯斎志異』をこよなく愛したにもかかわらず、その完全な出版 ではなく、12巻という選本での刊行を思い立ったのか。理由は経済的側面か らと精神的側面からの二つが考えられる。経済的側面からの理由を簡単に言 えばそれは彼には金が無かったからである。起果の伝記資料をみても、その 経済的困窮についての記述が多い。

 ・俸給では不足で、質入れをして刊刻事業を継続した。(「紀事」)

 ・この本の出版にあたって、出資し事を進めてくれたのは飽廷博氏(「弁   副)

 ・趙起果は無欲に甘んずる性格で、食事は一品、嚴も重ねて着なかった。

  十数年も任宮したが、財布は空っぽだった。古田に赴任していたとき、

  大きな借金をし、資産を売り払ってやっと返済した。(『莱陽県志』)

 ・厳州は漸江でも痩せた土地柄で、いつも給料の欠配に困っていた。(「墓

  誌銘」)

 以上のような具合である。それでも地方官であったのだから幾許かの蓄え もあったかもしれない。では、『聯斎志異』の刊刻にはどの程度の費用が必要 であったであろうか?

 「武英殿聚珍版程式」に見える金簡の乾隆38年10月28日の奏議によれば、

    版木ユ枚銀1銭   字刻100字銀1銭(版下書料・刻料)

という。版木の大きさ、出版の格の違いを考慮にいれず、乱暴ではあるが、

これをそのまま『聯斎志異』に当てはめると陣P斎志異』16巻版木1,076枚 約400,000字を刻するのには銀:41,◎00爾弱の費用がかかる計算になる。(12 巻ならその3/4で30,750両)

 一方役人の給料の方は、『清史稿』によれぼ、年俸で         知県正7品一一銀45両 米22.5石         同知正5品一銀80両 米40.0石         知府従4品一銀105両米52.5石       (米1石は銀1両2銭相当)

となっている。俸給だけではとても書籍の刊行などは無理なのであった。給 料だけでは足らないので質入れしながら刊刻をつづけたとあるのももっとも である。趙起果は全面的に財政を飽廷博に頼ったのではなく、自分が主な出 資者であり、飽廷博はその補助的立場にあったと考えられる。これが16巻を

(12)

12巻で刊刻しなくてはならなかった理由であろう。

VI.どうして12巻選本を作ろうとしたか一精神的側面から

 もうひとつ、精神面からの理由を考えたい。それにはまず趙起果の人物を 知る必要がある。

 趙起果はたびたびの受験にもかかわらず郷試にも合格できず、いわゆる栄 達の人ではなかった。そのためか伝記資料も少ない。後年知府・同知を歴任 するが、彼の詩文集は刊行されてはいないようだ。筆者の入手できた彼の伝 記資料は次の2つである。

   ①『莱陽県志』(国民24年鉛印本)

   ②厳州太守趙公整両夫入合葬墓誌銘 余集撰

②の墓誌銘は起果の没後20年(乾隆51)後、妻の(妻は二人いた)張氏が没 し、起果の第4子午形が余集に執筆を乞うたものである。余集は承知のよう に起果の幕下から進士に合格した人物で、青本の成立に重要なかかわりをも つ。余集は行状に基づいて墓誌銘を撰したというが、行状については捜し当 たらなかった。

 この二つに基づいて彼の伝記を整理してみよう。

 起果の正確な生年・生地はわからない。墓誌銘に最初の任官が40歳前とい うところから類推すると康熈57(1718)年頃の生まれである。父は昌化公と のみ知られる。莱陽県志にみえる趙華がその人にあたると思われる。華は歳 貢で繕化県の教諭になったのち薩正3年に漸江の昌化県知県に転じているか ら、起果は莱陽の地で生まれたものと思われる。ここで少し起果の父、趙薬 に触れておく。資料は『莱陽県志恐である。

 趙葉、字は東野、幼くして父と死別し、母の手で育てられた。歳貢で零化 県教諭を授けられ、雍正3年に昌化県知県になったe清廉潔白な人柄で、徴 税の際の火耗(銀納での鋳造費分の付加税)を徴収しなかったことについて の上官の認責を頑としてうけつけなかった等した。その人柄が災いし巡撫へ のもてなしが足らず謳告罷免され、以後は故郷で母を養い子を教育したとあ る。起果の十代は父の隠居後に相当し、起果らの教育はこの父が当たった。

おそらく父は誇りを持って己の清廉潔白の哲学を子に教え、自分の遺志を継 いでくれる事を期待したに違いない。この父も母親の死に遇い、孝行者のあ まり後を追うように死んでしまう。起県がまだ2⑪歳になる前のことであった

(13)

ろう。

 起果は長男で、下に3人の弟がいた。父の死後起果兄弟は山の別荘にこも り、お互いを師友として学問に励んだという。師につくだけの経済的余裕が なかったのである。が、その甲斐もなく兄弟擶って郷試に臨むものの何度受 験しても合格できなかった。そうこうしているうちに次弟、三弟と死に、末 弟の起杭と二人きりになってしまった。官を金で買うことは起果の潔しとす る所ではなかったろうが、当時の清代社会、官につき家名を上げることがな によりの名誉である。一応の資格もあるし、弟の勧めもあって金で連江県知 県の職を買う。莱陽県志ではその前に潭州府の南勝知県の役所勤めをしたこ とになっている。ここでの功績が連江知県を金で買う事を可能にした下地に なったのであろう。連江の次に古田に任官する。ここで新寧からの脱走犯を 捕まえて巡撫に誉められたと言う。また莱陽県志では裁判に滞りがなく巡撫 に誉められたと言う。父は巡撫に謳告されたことと比べ、彼の心中はいかが であったか。ともあれ、彼はその力量を買われて杭州府同知に抜擢される。

高宗南巡にあたり道路整備がよく、為に厳州知府を授けられた。任官早々童 試の監督の最中に発作を起こして死んでしまった。50歳に満たない短い一生

であった。

 一見したところ、彼の・一・…一一生は父の代からしてあまりうだつのあがらなかっ た一地方官の一生という印象を受けるかもしれない。しかし、実は莱陽県に おいて趙氏は唐代以来の名家なのである。試みに『莱陽県志』の人物志を紐 解けば、そこに登場する趙姓の人々はことごとく1つの趙氏の家系に連なり、

挙人・進士を輩出している。進士は清代になって趙起果の同世代の…人を含 めて9人、挙人は10人を数える。起果の次子未形と4子午形も、父起果の死 後ではあるが挙人進士となった。

 このことは彼の生活に対して「名門」という重圧をかけていたに相違なく、

その一挙手一一投足に読書人としての振る舞い、すなわちヂ小説」、たとえそれ が文言でも、には手を染めぬという態度、が要求されていたと考えられる。

紙幅の関係で論証は省くが、『柳斎志異』が蒲松齢の死後50年も刊行されな かったこと、済南の朱家で一度は刊行されそうになりながら中止となったこ と、青本以前には唯一志怪小説集の『説鈴』を除いて志怪書の刊行が行われ ていなかったこと、青本の度重なる印刷が後代の志怪書刊行の呼び水となっ たこと、起果自身出版を躊躇していたことなどはその圧力を証明するもので

(14)

ある。

 しかし、他方、彼には蒲松齢と同じく志を遂げられない文人という顔を持っ ていたことも事実である。好事家の顔をのぞかせやすい境遇でもある。また、

彼の手元には『柳斎志異』のかなり信頼できる紗本があった。借りに来る人々 も後を絶たない。刊行すれば最初の刊刻者ということにもなる。この二つの 要求の妥協の産物として考えられたのが、f雅」なるものを選んで12巻で刊 行という計画ではなかったのだろうか。

使用テキスト 青 本:『聯斎志異原稿及趙刻合編』 1978 台湾 鼎文書局        紗 本:『鋳雪斎紗本聯斎志異』 1974 上海人民出版社        その他:『聯斎志異会校会注会評本』張友鶴輯校 1978新1版        上海古籍出版社

(15)

数ε64066行7ー§ー4騨OO O本O O O鋳OOOOO×駄7807ΩりΩりはりマ ほくおワ鋳222222

379000135

283×

248000 285000

46

93

2870001DS

gs

293 ()○()  72

29葛OOO τ君

304000 46

381 0()○  葦i6

2810   25

384 0()0  92

392×   114

393000192

25§X 265×

1?5X

l82 x i87 xl860 272X

鍛 孟2

6 4 8 3 3

532!5474539578ε359§55?23092雀霞74韮462毒      量OOOOOOOQO欠欠OOOOOCOOOOOOO文     文OOOOOOOOOOOOO本xx×x×O本0845672ー昏玉32453226§215¢

9ハ拶魯唖99回りー︼諺み63ら弓ら章ー轟gバリ呂轟o§0②費V

3333332222欝233三22馨2333 47763ε9§毒愚3§053§94766

蓋騙発︾り轟0σn5§00轟馴084−3a§蓋   I

OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO×x××xx呂09668馨︷2sRリウ陥ζ︾46奪ハ蓼07盤OO筆り塗︾333S3444566三1!8§⁝韮33韮233333333333333322222

32eOOo igl 322QOO 116

翼盈報警慧罐鷺鷺醤落肪雛雛雛糖鰐鍔鐸怨鐸猛博蒲雛麗麗囎認醤猪緒認−G2︒器堺搦瑠樫鍛

表1醤本鐡本篇次鰻臥対照表

儀触讐蕊響

奮稀

   

  譜

黄梁

  二

  符  覆

  郎 刹海市 孫九娘   聯   膿   生

  響

4歪3000 碁0 414000 ?1 4i6000・78

4歪?oOO iOl 28s×   4翼 8?×   12 89×    a 田GX    9

脳○0  12

重43000 §?

!4900  137 1三〇〇〇〇 20

拓200014!

153×   23

姻oo  36

4e200  142

9!0   31

92000 8ε

§3×   韮8

96000 89 9BOOOl駐3 99000ま03 1e2000 42

4?200  39

2翰oOO 33 112000 38

豆幡×    1§

1C3000 71

1Q50   33

紹8000 S6

10奪OOO ?3 1玉OOOO 23 118000 S5

11900  §3 1200   19

!2!OOO 48 1240   3畦

130000惚3 132000 91

!31000139

135x   75

??X    §

4664657570376凌35624353882§219300000000000

000000000000 000000000×OOOOO 5鹸oらq6137酋0襲毒24?003?

り9峰04﹂母︻05︻05彗Po6sβ072玉韮2黛222窪22222董!

      翻織果異城王女女女才英童蛾頭徳

      毒      * §4三〇ー4轟33C846身暫毒77C6戸o§9醒6572墾りO  O◎OOOOO

OOOOOOOOO

OOOO×OOOOOOOO

憂V7轟Uなり5雪04︷リア︻サ4﹄筆

7788a§999B93?111﹂韮1匪:夏22 2

       子

娘夢端子主月主女娘色秋郎島 鋳甑鋳本評行数

10

50

i4000

600

15001600 210022000 3100240

33×

38000

3§OOO

4coo4!oOo

4毒X

47000

22 28 32

1?

34 22

43

93

31 47 69 87

79 58

61 51

94

480001銘4900  1田

§5000 §6

5?×590

6駐×61◎0

66000620

67000

68 (:〉〈:〉()  1葦i6

δ§○○0 70

41§OOO 39

?2000 91

74000112

4菊×8800

1磁×

162X

踊×17ユ×

299×

75

8

53

i4

7?

22

s2 i6 3 4

22

5

8

5§7﹄.471373451・玉q解i屍u§87°17573634235?39759慧37    韮難五

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇××Ox◎x9義3喋583隆v§893ε7聾v2779動4・89478888葦22233444454三23335     44﹂雪44孟で44孟−雀i−8!!ま−諺 う03圭3ハ︾ユS︻り§748ハUOV﹂侮5麟6000000000000000000000000000Q

︽り三毒ミリε︐8奄サー

盛UρUOハ︾轟︾00夏44444慮444

       ︽oss︻窪轟◎66轟り66耀﹂?       ‡‡‡‡*‡‡       ‡肇*宰‡辱

(16)

数759§474§2§246398834559508153遵522行ー皇21工432ーー 2−171111霊!1評欠欠欠   O       O杢X文文O   O      OO  官     ○鋳本x本本Oxx×OO×OOxOOOOxO㈹×x×OxxOOxxx銑6§2SlC52627996e26454口28985779⑪−.5       髄  12210慧313なヨヨありむヨ ユヨなおヨをおどりマりマリ ヰ

鋳22333222232233333333

336257531i?8789433600465933韮δ峯57194986ε韮7

﹂恐諺2三葺f惣ー2§−    碗41  16ユ  ー−昌⁝2﹂﹃−轟2殉乙0◎ー諺霊二⁝12雪毒−韮ー  讐17

O   O       欠欠欠欠O     OOO   O  O    O  O    文○文文文◎  0  000   000×x×O×OO×Xx×OXOOxO××本○杢冷本OO×OOOOOOOOxOxO88466?1§O主380841389028⁝3§756782795!竃67828§8Gq33433雀S65?7901ーユ22222555566678呂9a8韮襲3 3222驚2333333333333333333農4444嘆44444442

甑123456789心ー234567$封酢ーa345S79駄拶1量巻3456?890i馨34δ67620ー襲3567820−2345ε789像ー23轡謁363636欝36欝錨35鉾373737373737訂373738383838383838383838卸3939ー鵠32認39393939弱4040憩鶴鱒憩婦鱒404141蝦414−41躬射蝦4−4242蛇424242424242屈弗434343

 905毒4聾278184506CO97397?52493玉韮三!6940010轟33爵碧6§66432393行3慧S琶131 21 2212ー:3  −2−4ーーーー  ー1−11玉1    2ー騨    O       O         欠鋳OX×○OO×××OOX×Oxx×OO×Ox××OxxXO×XOx本×XXXOXXXXX×XXXXOXXXX

甑65676670HO5劔14旙§⑰劔23難樋翅374448醤憩526駐S3§7磯70穏5640賢魍蝋5737蕊465154総6§7380総麗1920飢222750罰577392鋳11−111!1ー  !ー!襲ー£2慧2222322露21糞1ー3      ︷4︷444−1虚2

160 (:)()(:) 154

捌OO

188000

17801?90 三89001goo 19600

!9900 200×2創X 2e3033毫x

337x346000

27§027600

232×

291x

2§400

44 26 21 1e 33

三8 2§

2321

ま0

24

§ 4

13 韮4 ま1 15

      ト

嵐789窃12345馨?899ー歪34567890−23毒56782¢12345S7390−23456789奪巻1234567a991234萎6?890末轡鱒鱒2629鈴29難調292929伽29333◎303033鈎論鈎鈎3◎31前31313131313131313232323232㌶3232323233333333論333333333334︻34鍛3434343434鋸34鋪35踊35353535訪3535舗巻

       の        巻        控

数031§57蓼2258ε032565737行102?篠?83263S腰511騨O O OO欠OOOOO    O本○○○○○OO文OOOOO    O鋳OOOOOOO本OOOOOxxx×O×xx銭δ?3455臼4§?8a469了331§7

れりゐマおミミまりさマワワマおにリセリきぺさお よユユ 鋳3a4444444444423333333

33493ε7衰6隷25606ーー0⑳8§732§δ7 4§§ε70S7糞889器3§5332422 2裏葦1531123玉14ま  玉31? 3223茎 葦12ユ?  23 三

         〇       〇     〇〇         〇

  〇       〇〇  〇   〇Q   O     OO      O  ○○OXO×O××X×XOOXOOOXOOOXX×QOOXOXOOXXXXX×OO×鱒OOXX3ε62303470238368820844SB1745馨§4013662533鞘54二51?3555   111雲2252377隻Z窓333334411§6§4?§09榊4568

       4﹂憶﹂胤﹂愉﹄覧2嫌﹂触﹂7孟象4躍℃﹄筆ー霊轟讐茎−魯桑﹄驚−  42驚41撃

399000129

蹴OO15tO

ig500

1§5×

 95X

15s×

載の篇

16

24

1{

21 24

§

零は爾本繭

態幾笙鐘糞霰墾振馨磐獲攣嚢水簾人墾八摯蚕公鍾萎撃獲厩毒墾籍撃窟桧鰻簸鑑杯織灘羅羅鷹鞭晦撫樒桝鑑糧撫欝羅擾鍮撚麹繍嚇綴繍罵

欝飢観毅器雛器搦搦響欄梛欄鋸232 ー3髪炎釜24ーー髪慕菱器龍甕器器26盤麺262727錦ー7餌27鍔27−28器23器 8浦

(17)

表2 鋳本膏本篇次Nc.対照表

   1500一

   33一 6061

讐  ‡・寧

おワきハぢなま

鋳1313131414

御漁誹

翅29 31繭  .箋燃

篇阿イ

o.

  ドきハむユゑきり

鋳67?7?

4 繊4142後32馨

まユ

喚粟露蓼葺

9︒がユお

   3344ごi5p9   657−  8 ^心97μ妻ゐ§員u 2  

2

   4884943   崔a一雀  4 848§8§ §  9   2332322 23甲2 23233332 3

 奇乙3       456     一  環﹁嚢U  9      轟U  11

       糟       王  雪←4        響       −

  韻        土僧人蝉好神女椰醗術狗生瓶契女螺生チ仙郎岬

人 申六墜 嫁 入定+

噴瞳画      長蛇研黍秘狐嬌僧妖賢﹁狐鬼翼釜莱四成灘︑

3456789◎1234§6?890123456?89δ12345

     111111至111222露2£袋222333333 バリ       脚 備  ー轟q4     0窒︾0094  き  昌U      嶺

2        脚 儒  2含     4260002  2  5        轍 3  二33 232窓332  白

 2345卿轍6  782    0 1 2345縣 1111:1 1ーユ  222222鱗     一 聯

  鳳皮児癖成世石鬼判寧億愚震子渓公草畜人八児人姐羅讐

虎 世 小盆轟弊卑窟四婆羅不習画       地海丁張水造鳳秋珠小朗祝猪?nO9轟りーり93﹂隈52り艀JnO901慧34憐き678§轟讐123033344444桑4444§5555§55556666

ll州

1繹竃玉

縫四箏

1溜公茎

ll 窪

32

  236

*114

  2544e   3284s   329

42 43 44

  33奪

齢難鍬銭

一 需

目譜銭賊怪嫁梁水犬鬼娘教灯狐債濃鑓公秩臨戯生人藥狂侯虎蛇技人 無     艘   地武轟

琶狐爾妾秀娚続電小碁畢白双

2345678901234567890123456?89012444444445555555555666666666677?1ーユ玉1111¶←−重ーユーまー111111匡渦11一玉ユー−玉11壌←

前12後4

14fi

6 29

民︾6  讐﹁ 9雪9  Qり

3馨  2

§ 3 2

28

§養0 2嚇﹁り

91

聾り3§73可﹁

*止丁毒?

0尋OI    馨

0◎︽δ轟︾    §

3嘆◎99登り  零

50U1ーユ 3ハU璽りnり

 て←凸墜11 2讐04

轟Uハ醇Uβ 蓄鳥﹂1﹄︷−

僧狐竜仙言郎子公錘填士玉

道子叉 士三

二娘弼鶴

鍵責金湯閻連単日夜小西老運 鋒蕎子小庚富鵤78S◎王露3456?890123善5678§脅18ヨ8929§9§999908登300000011

        凹   0◎    騨      鰯    桝   0

5 偏重三    農U7貸U陰f 轟謄f  oO 帰 隔        0¢  §︽耀轟︾ 輔7 鞠肇←

7贈1  7GO9一7 7葡偏   0 ?!8騨諺鱒91一2  122*一三 1禰榊   露 12三贈馨ψ1

 零       ‡◎?      壷?     *     * 介将禦轍讐 雁大狼人亮  弊

806 噛 27    凹 8 卿欝913霊9   欄 欄 01一9 46 僻 36    謹 § 帰儒6797 9   嘘 鱒 00邑

333︸43  一3襯一33333 

一藤喜4一 9 脅り *氏彦肉令甫星車       翁謝鬼工疑姑侯首采芳神七離蛇公角鬼司羅

奮梁竜灘馬魁塵稚灘臓跳鉄      美劉慧山難塁蕪墾石闇?89◎玉234567896123456?89¢123456?89010GO111111111122馨22露22223333333333442222222盆2222222222婁222222222艶念22222

一    刹海   e   七  326

     孫九     促

 嶺 4拶h︾       8      9     購  噂       瞬  曽 90り       9     0︾    麟  禰         襯  聯 砲62       2     2    一  一         需

8笥  9?56788 95 S噸鵜02ユ燭§369 隅     95轟りhU姦リハUく︾   益U三   2 齢  齢 111 0 5霊Ll° 鱒      必†1411←ユゆぞ  1ーム  f1 一 一11轟て上卵寧−灌1

       寧        央狐翻獣徳総異梅粛郎電住娘織 海   薮  干

劉諭泥夢犬番狐雷賭阿箏五毛翻黒余揚瓜重維田塵保公促

慧345678901234§67890123蔓56

1111ーユーユ22222222223333333

1111ーユー−王11王11ーエー11111111

       鰯

  エ  うリヨ    

なヨヨ  

ア       の       き     タ     の     ヱ くり

  3031  303030 3C   顧   30  30    31説31

⁝畑 期幡 鵬獅魏璽⁝働瑚⁝⁝拠螂鵬痂卿 糊

    *       *      ‡         孝       * 果子三異政生婬布城生王綾祖姓娘鶴商才女才僧英樹脚董峨聴痙央令  公 懲大九麟秀 戒纏

 向董周錫籏冷狐山江孫入戯羅劉郡鍛二祈梅郭死阿橘添牛蕎鏡午金梓

4⁝⁝躍鰯聯脚㎜躍蜘韻襯聯旗矯細脚脚㎜㎜矧㎜㎜脳聯鰯脚㎜㎜脚鋤㎜

7   4§ 漏 2   3768    8 4901 21   44 麟  4   444玉    4 ?455 羅3   33 輪 3   3333    3 2333 3a 4G1  2輌§3 467    356? 8    4 §露 633  3榊63 366    8333 3    8 3

1  

1!1     1 一 11三  111         1雇霊Wli一ユ  

¶引幡        1  

1

 *      ・零     ‡*       *       

事 頭虫人娘夢客人端嬬無子廉ま子子王偶子犬神月主女無娘鴨子仙山流生色

離三疑訴蓼湖 激畏饗花氏静生

鴉酒蚕調狐布闘馨欝器燦輩幽孝獅關土長義郡伍蓮緑黎薔罵柳上侯銭郭金

3姦56789C1234567890123456ワ8§01234???7777888888888899999999990eσeO11ーヱー﹂1111王1111王ーヱ三11王1三11!露2222

(18)

鹸臨

q

ドきぺおどワ 

鋳4141414141

麹獅解趨亀士諜 陽貢父瀞難輩

q

がヨぐにぜ

鋳3434鍛3434

4叩

受一

名︑.

鋳27 甑3

5鷲サ 費U7

3

75

22 娘術数生嶽令后娠繍    墨郡蝶子生窃蕾電術鍛狼盟舅

道四  絶醸羅 生轟 顛胡僧禄榔冤鬼瓢冨        画局放男鍾鬼黄三医蔵夢夜夏化

6?8901234567890123456789◎1234567777788888888889999999§9900eO⑪06622222222駐2222222222222233333333

舗墾=鋼餅=脚舗璽

⁝脚一=脚⁝⁝鵬 痂凱鋤

      ‡      ﹁°      ‡ 箏振人宝石夷鼠量腎騎馬神梅僧丞隷

 必    不  司  中 ⁝︷

踊﹁

       毛鴻  子

 孫曇兀研武大張牧富王岳小薬子皇績蔚麺張太牛王勿農金郭折義楊査安游

り6?8901234・56789轟り123・蔓・轟6789G!234.56?8  4魂555555§5556666666666777?77?7?  3333333333333333333333333333333

…謝

沸爆蜘踊螂㎜廟醜麟螂謂型

  *       ‡     孝

60 V2U1⁝

3砲石隻︾ 

陵 脅

塑鰻 璽

74   一5 費8 轍69

壁り5       一5   舳00   帯にりo◎ 霊ユ玉       一 ー二   卿 −   榊 璽三− ・率       *      *

      嚢

踊. b糠蝸雲札 學可森ー鹸箆

︸轟悉㈱弥大陳司蜘司黒織竹段狐張予男涯牛王楽香三鬼王大外掌石融黒茄8901234567890123456789012345678112撃静22餐耐222ヲ騨233333喚り333醍り4444.4.4444.桑44444444喋44444塵4荏44︷444雨44鳶44444

一 響A攣     p 僧窪  費り5 一

⁝製璽錨魏魏辮⁝

乙安獄犬洪懇

前ll後4辮蓼

74   484 36   485 75   486 76   48?

4

子虚芋子班夫仙

   二車乱   0り01   4駕︾質ψ   桑﹄触4

 333 −一一導ま

 334   

46

Q§6

 111

 辮

 1麗 49269

*ll

卿翻榴磁

榊0胴q幽轟

騨噌ー露肋24 獅撚=鵬卿一捌欄

礎U7登09王11120乙2り4 脚⁝蔀捌鰯鑑

福神簸戸婦鳥         兎使生報夏方針侯蝶漸奮獄訟

大入警銑馨笙遂化孫 檀羅壷釜蕃讐譲田馨周薪毒墾藝簗轟嚢5S7890123456?890⁝234.5678201慧

55§5§66ε6666666777?777777888

4444壌4護444の444444姦444垂4桑4姦444

    前ま2後4

騨6巻に分割し

329州 一一一一一 R99煙

李陸蒋郡顧陳郡子狂徴鳳終

−←毎63雀・叉り6789012

働りり00毒qU隻り3費り3讐り−触44

333333333333

 *2e5

 *206365

 172 173

 亘69   280

1

発り

7 2

6 S 2

548567890 12§68 666667 77

⁝響鍍塚公瑚通氏娘巾匠英痴

嚢瀾 水

阿瑞仇習電珊五申傾葛涯蕾暫

董2345678§01露

OGO◎◎OO600111

4444444444444

02 4

︽轟ら隔り05

﹄讐脅り

4 5 3

参照

関連したドキュメント

鶴亭・碧山は初出であるが︑碧山は西皐の四弟で︑父や兄伊東半仙

当該不開示について株主の救済手段は差止請求のみにより、効力発生後は無 効の訴えを提起できないとするのは問題があるのではないか

艮の膀示は、紀伊・山本・坂本 3 郷と当荘と の四つ辻に当たる刈田郡 5 条 7 里 1 坪に打た

審査・調査結果に基づき起案し、許 可の諾否について多摩環境事務

 このようなパヤタスゴミ処分場の歴史について説明を受けた後,パヤタスに 住む人の家庭を訪問した。そこでは 3 畳あるかないかほどの部屋に

[r]

SGTS の起動時刻と各シナリオの放出開始時刻に着目すると,DCH では SGTS 起動後に放出 が開始しているのに対して,大 LOCA(代替循環)では

当社は,⾃らが引き起こした今回の⼀連のトラブルについて責任を痛感し深く