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英語を話すアイデンティティ構築のプロセス 宮 崎 百 子
第一章:リサーチクエスチョン
私は
2014
年4
月から、カナダのトロントへ約4
か月間留学した。英語の みの環境で過ごしていく中で、自分の伝えたいことが英語で伝えられるよう になり、カナダで履修していた英語クラスのレベルも上がった。そしてクラ スが終わり、午後は様々な国から来ている友人と出かけることが多くなった。友人と会話している間はとても楽しかった。私の言ったことを相手が理解し てくれたことやクラスが上がったことで、私の英語を話す力は上達している のではないかと思った。しかしクラスでのディスカッションでは、周りの話 に圧倒されてついていけない自分がいたのである。友人と話せていた自分は どこへ消えたのであろうかと考えた。「英語を話せる」とは、どのようなこ とを指すのだろうかという疑問を抱いた。
以上のことから、私は大学
3
年生の時に「英語を話せる判断の基準」(宮崎、2015
)というテーマで研究を行った。私が行った研究では、英語を話せる と判断する基準は3
つあり、英語を話せないと判断する基準は1つあると分 析できた。英語を話せると判断する基準の1
つ目は、英単語や英会話におけ る表現を知っていて、尚且つ英単語や英会話における表現を英会話の中で使 えることである。研究対象者の知らない英単語を相手が英会話上で使用して いることで、英語を話せると判断していた。2
つ目は、英語がわからなくて も積極的に英語を話そうとする姿勢である。英語を理解できていなくても、相手へ話したいという意思が伝わると、英語を話せると判断していた。
3
つ 目は相手の言ったことを理解できることである。英語を話せると判断した研 究対象者は、理解できていない人のために説明したり、不明点があれば質問 したりしていた。理解しているからこそできる行動であると考えた。英語を 話せないと判断する基準は、英語がわからないから英語を話さないことであ る。英語がわからないと思い込んでいることで、英語を話すことを諦めてしまったり、話したくないという意思を示したりすることで、英語を話せない と判断していた。
以上の大学
3
年生時でのデータの中に、興味深いデータがあった。研究 対象者であるレイとリンは同じチームで活動していた。共通語が日本語の時 と、共通語が英語のときに、英語を話せる判断の基準の変化を分析するため にランキングをつけた。レイの共通語が英語ランキングは2
位、リンの共通 語が英語ランキングは4
位であった。理由として、レイは英語を話せると判 断する要素のひとつである、「積極的に英語を話す姿勢」を示していた。ま た、同じグループであるリンは、英語を話せないと判断する要素である、「英 語を話さない姿勢」を示していたことが挙げられる。しかし、レイとリンのTOEIC
の点数は、レイは425
点、リンは455
点であった。TOEIC
の点数に 大差はないにも関わらず、レイとリンのランキングには差があった。レイと リンの差には、英語を話すべき人であるというアイデンティティや英語を話 さなくても平気であるというアイデンティティが、英語を話すという行為に おいて関係しているのではないかと考えた。以上の考えから、何が英語を話 す人間であるというアイデンティティを構築するのだろうかという疑問を抱 いた。ノートンは、アイデンティティは言語学習の中で重要な働きをしてい ると述べている(Norton
、2001
)。大学3
年生時では、周りから見る英語を 話せる判断の基準であったが、本研究では英語を話せると判断した研究対象 者自身に焦点を当てて研究を進める。研究手法は、インタビューを用いる。研究者自身の長期的観察により選出 した学生を、研究対象者とする。データ表示方法および分析方法は、ナラティ ブを用いる。ナラティブとは、インタビューデータを基に研究対象者の経験 を
1
つの物語のように書き起こすことである。インタビューしたデータをナ ラティブにすることで、過去から現在までの英語を話せるアイデンティティ に関する動きを知ることができると考えた。第二章:概念的枠組み
本研究では、英語を話すアイデンティティの構築に焦点を当てた。私は、
データ分析に
Norton
のsocial identity
とleaner identity
という概念を用いて、研究を進めた。辻(
2004
)によると、青年期のアイデンティティは不安定 であり、自己のアイデンティティが何かわからず、大きな集団の一部として 存在している。本当の自分が何か考えることは先送りされ、仮の自分は周囲 の環境や関係に応じて変化するものである。社会に影響を受ける前の青年期 のアイデンティティは、はっきりとはせず、漠然として定まらないのである。青年期の環境が未完成なアイデンティティに影響を与え、学習者の言語に対 する学習の意識を大きく左右する。また、
Norton
(1995
)は、状況に応じ て自分の時間やお金などを言語学習に投資するべきか判断するものはアイデ ンティティであると述べている。投資する量は、アイデンティティによるか らこそ、言語学習者はアイデンティティに影響を受ける。2-1 Learner identity
Learner identity
についてNorton
とToohey
(2001
)は、アイデンティティ は言語学習の中で重要な働きをして、言語の使用に影響すると述べている。アイデンティティによって言語学習に対する投資行動に差が生まれる。明星 大学国際コミュニケーション学科には、ランゲージラウンジという外国の先 生と英会話を楽しむ場、サマースクールや海外での体験授業といったフィー ルドワーク、留学制度などがある。ランゲージラウンジは時間を投資し、
フィールドワークや留学は時間やお金を投資しなければならない。学生が英 語を話したい、英語学習がしたいから投資するべきであると考えれば、活用 できる学習環境は整っている。しかし、国際コミュニケーション学科には、
サマースクールや海外での体験授業に毎年のように参加する学生もいれば、
4
年間の学生生活の中で全く参加しない学生もいる。一方、大学生活4
年間 の中で、学習に対する姿勢が変化する学生が多く見られる。青年期の未完成 なアイデンティティが、国際コミュニケーション学科の学生として過ごすう ちに、英語を話すアイデンティティへと形成されると考えた。また、私はど んなに英語を学習する機会があっても、アイデンティティによって英語を学 習する機会に自分の時間やお金を投資する価値があるかないか決まると考え た。以上のように、言語学習においてアイデンティティによる行動の差が、言語の使用に影響を与える。
2-2 Social Identity
Social identity
についてNorton
(1995
)は、カナダの移民女性たちの事例 をつかって、言語学習者と社会を結びつけるものはアイデンティティである と述べている。私の母は、英語を教えている。また、私も幼い頃から中学生 まで英語を習っていて、テレビがついていないときには、家の中では英語のCD
が流れていた。習っていた英語教室のプログラムの一貫で、中学1
年生 のときにアメリカへ行った。以上のように、私は幼い頃から英語を身近に感 じながら生活してきた。そして私は、無意識のうちに大学を選ぶ基準を英語 としていた。しかし、国際コミュニケーション学科の中には、英語学習に関 心のない学生がいる。青年期の未完成なアイデンティティを持った英語学習 に関心のない学生は、将来も英語を使おうと考えておらず、英語に無関心な アイデンティティが構築されていく。私は、社会に影響されて言語学習者の アイデンティティが構築されていくと考えた。以上のように、社会に影響を受けて構築されたアイデンティティによる投 資行動が、言語使用に影響を与えるとする。
Identity
を本研究の概念的枠組 みとし、英語を話すアイデンティティはどのように構築されていくのか、本 研究を進めていく。第三章:研究アプローチ
本研究では、第一章でも述べたように、何が英語を話すアイデンティティ を生み出すかについて研究していく。研究対象者の大学一年生時から現在ま での英語に関する経験をインタビューしていく。インタビュー結果をナラ ティブの形式に再構築し、英語を話せるアイデンティティがどのように構築 されるか分析した。
3-1 データ収集方法および表示、分析方法
本研究を進めるにあたって、私は半構造的インタビューを用いてデータ を収集し、インタビューデータを基にナラティブを作成する。金子(
2013
) によると、半構造的インタビューとは、ある程度の質問は決めておくが、対 象者の返答や話の流れに応じて質問をしていくインタビューである。半構造的インタビューを用いることで、研究対象者に沿った質問ができ、研究対象 者自身のことを深くインタビューできると考えた。また、半構造的インタ ビューで収集したデータをナラティブにすることで、大学一年生時から現在 までの英語を話せるアイデンティティ構築のプロセスを知ることができると 考えた。ナラティブとは、過去の経験を流れに沿って再現するために、話し 言葉や書き言葉より表した言葉のまとまりである(渡辺、
2012
)。3-1-1 ナラティブ内に出てくる語句
MSSP
とは、明星サマースクールプロジェクトの略である。小学一年生か ら中学三年生にゲームなどを交えたアクティビティを通して学生が作成した 教材や教案で英語や中国語を教える。国際ボランティアとは、MSSP
に参加 するために海外から来日したボランティアである。学生3、4名と国際ボ ランティア1,2名でチーム分けされ、担当学年を決めて教える。FW
とは、フィールドワークの略であり、体験授業を行う科目である。国際コミュニケー ション学科には、国内
FW
と国外FW
がある。MSSP
は、国内FW
の中の 1つである。また、国外FW
は、海外で目的を持ってプロジェクトを行う。3-1-2 データ分析の妥当性の担保
インタビューデータをナラティブ化したものを、研究対象者に見せた。ナ ラティブを研究対象者自身の物語として成立するか研究対象者に確認、研究 対象者と研究者の長期的な関わりをもとに、データの妥当性を高めた。
3-2 研究対象者
研究者の大学生活
4
年間の長期的観察による大学一年生時と現在に変化が あると考える学生と、私が大学3
年生時に行った研究で英語を話せる人と認 識されていた学生を、明星大学人文学部国際コミュニケーション学科の中か ら4
名選出した。大学1
年生時は外国人の先生が英語で言ったことを理解 できなかった学生が、現在は日本語で会話している最中に英語を混ぜて会話 することがある。同じく大学1
年生時は外人の先生の英語を理解できなかっ た学生が、去年私が行った研究では積極的に英語を使って活動していた。ま た、大学一年生時は英語を使って行事に参加している印象のなかった学生が、現在は人前で英語を話したり、外国人の友人と楽しそうに会話したりしてい る。研究対象者の名前(仮名)と学年は以下の通りである。
アタル
4
学年 リュウガ4
学年 マユ4
学年 タケシ2
学年3-3 研究の倫理性
この研究を進めるにあたり、研究対象者にはインタビューデータをナラ ティブ化し、論文で使用することに同意を得た。また、プライバシー保護の ため、名前は全て仮名とする。
第四章:データ分析
本章では、第三章で述べたデータ収集方法を用いて、英語を話すアイデン ティティがどのように構築されるかを、第二章で述べた概念的枠組みを基に 分析した。また、インタビューで収集したデータを基に、ナラティブを作成 した。
4-1 未来に英語が関係するアイデンティティ
4
人中3
人の研究対象者は、将来のなりたいアイデンティティに対して現 在の社会的アイデンティティに足りない部分を埋めるために、自分の時間や お金を使って投資行動をしていた。データには、MSSP
や留学、FW
などに 参加するという研究対象者の投資行動が見られた。また、研究対象者が投資 行動をしていくなかで、英語を話すアイデンティティが構築されていると分 析した。以下は研究対象者のナラティブとアイデンティティ構築のプロセス である。4-1-1 リュウガのナラティブ
リュウガは大学
1
年生のとき、将来「英語の先生」になることを目指し ていた。教員免許を取得するために必要な科目を履修していた。しかし、国 際コミュニケーション学科の活動には興味がなく、国際コミュニケーション 学科の活動自体をあまりよく知らなかった。英語の授業では外国人の教員が 言ったことを理解していた。そして、英語がわからない友人らに外国人の教員が言ったことを通訳していた。放課後は毎日のように友人のタケシと遊ん でいた。大学
2
年生になったリュウガは、タケシからMSSP
に参加した話 を聞いた。MSSP
は教育に関係しているプロジェクトであり、単位も取得で きると知り、MSSP
に参加した。国際ボランティアの言っている意味を理解 できず、ほぼ聞き取ることもできなかった。同じグループの先輩に頼りっぱ なしになり、必要最低限のことだけを行っていた。1
年生の時の授業では英 語を理解できていたのに、サマースクールでは全くわからなくて話せなかっ たことに対して、「自分は英語が話せないのだ」と感じ、悔しい思いをした。そして、授業での英語というものは、決められた枠の中でしか使っていない のだと感じた。英語が話せないことに対して何も行動せず、悔しい思いをし た。しかし、
2
年生のうちに何か行動に起こすことはしなかった。もう一度MSSP
に参加すれば何か変わるかもしれないという思いから、リュウガは大 学3
年生のときに2
度目のMSSP
に参加した。先輩に、約2
週間早く来た 国際ボランティア2
人のお世話係を迎賓館でやってみないかと誘われた。お 世話係は単位とは無関係であったが、自分自身の英語力が上がると見込んだ リュウガは、先輩の誘いを引き受けた。迎賓館では共同生活だったため、英語で会話をしなければならなかった。
最初は相手が何を言っているのかもわからなかったリュウガだが、お酒の力 を借りたり、英語で書いていた論文を一緒に手伝ってもらったりしていた。
論文を書くときには辞書を使うことを国際ボランティアに禁止され、理解で きるまで永遠と思えるくらい長く説明を受けていた。常に英語に触れている 環境の中で、自然と英語が身についていった。迎賓館で過ごした
2
週間のな かで、国際ボランティアと英語で会話することがリュウガにとって普通の感 覚になり、こういう感じで接してやっていこうという感覚を掴むことができ た。サマースクールが始まると、大学2
年生の時とは大違いであった。2
週 間の迎賓館生活を経験していたため、国際ボランティアとの英語でのコミュ ニケーションはとても取りやすかった。リュウガがチームで最年長であり、リュウガが率先して活動することが多かった。また、チームメイトの
1
年生 が日本語で説明したことを、リュウガが国際ボランティアに通訳したことも あった。国際ボランティアがとても丁寧で優しい英語を使って話をしてくれ たこともあり、リュウガは、自分は英語を話せるのかもしれないという気持ちになった。大学
4
年生の春、リュウガは教員になることを諦め、就職活動 を始めた。7
月に都の教員採用試験を控えていたにも関わらず、教員採用試 験のための勉強をしていなかった。英語の教員になるための英語の能力が足 りないと実感したリュウガは、試験を受けることをやめた。同時に、リュウ ガの思い描いていた「英語の先生」が大学4
年間を通して徐々に英語の教員 として現実的になった。そして、必ず英語の教員になりたいという思いがな いことに気づいた。一方で、大学3
年生の時に同じチームであった国際ボラ ンティアとお酒を飲みに行ったり、国際ボランティアの家に遊びに行ったり、交流を続けていた。また、英語の授業の外国人の教員とアイリッシュパブで ばったり会い、とても酔っぱらって大笑いして朝までカラオケに行ったこと もある。リュウガは、以上のような交流を楽しめるようになった。相手が何 を言っているのか理解できないこともあるが、理解できないときは相手に聞 くようになった。ビジネスの話を流暢にと話すことはできないが、何がした いとか、最近どうなのだという話はできるようになった。
4-1-1-1 英語の教員になるアイデンティティ構築のプロセス
データから、リュウガは大学1年生のとき、青年期の未完成なアイデンティ ティとして英語の教員になるアイデンティティであったと考える。リュウガ は、明星大学へ入学したときの意志やきっかけを「教職1本で行こうと思っ てたから。先生になろうと思ってたから。」(
2016
年9
月23
日インタビュー データ)、「結局大学に入るときに、じいさんと約束してるし、教職は取らな きゃいけないっていう、義務感じゃないけど、俺にもさ、大学に入ってくる 理由があるわけじゃん、それが、先生になるっていうものだから。」(2016
年10
月24
日インタビューデータ)と述べている。また、大学1
年生のと きに国際コミュニケーション学科特有のFW
に参加しなかった理由として、「クソだと思ってた。自分にとって有益じゃないと思ってた。何がいいのか わからなかった。別に自分の目指す過程の中で、必要だと思わなかった。だ からそんだけ知らなかったってこと、大学の事。知ってなかったし、興味な かった。」(
2016
年9
月23
日インタビューデータ)と述べている。以上のイ ンタビューデータより、大学1年生のリュウガは、英語の教員になるために 必要な教職課程だけを履修し、国際コミュニケーション学科の活動には興味 がないアイデンティティであったと考えられる。しかし、大学2
年生になると、
MSSP
へ参加する。参加した理由として、「単位も取れるじゃん、6単 位分、だし、教育関連のプロジェクトだから有益じゃん、しかも、ただじゃん、有益でしかないから、取った。」(
2016
年9
月23
日インタビューデータ)と 述べている。リュウガは、卒業するために必要な単位を取得することができ、尚且つ将来英語の教員になるという夢のために役に立つと考えた。また、教 員になるための何かを得られると考え、自分の時間を投資する価値があると 判断したと考えた。大学1年生のときには無関係だと思っていた国際コミュ ニケーション学科の活動に興味を持ち始め、英語の教員になるために何かい い経験になると考え、
MSSP
への投資行動が始まったと考えられる。4-1-1-2 まあ 2 年生だしというアイデンティティ構築のプロセス
MSSP
の活動を通して、リュウガはまあ2
年生だしというアイデンティ ティが構築されたとデータより分析した。初めてMSSP
に参加した感想を リュウガは、「
2
年生のときに、全くわかんなくて、全くしゃべれなくて、うわ俺っ て英語しゃべれないんだなと思ったの。で、うわー。やっぱコミュ外で しゃべれるっていうのは、その決められた枠のなかでしかやってないか ら、それはわかるわってなって、やってたけど、全然なんか本当に何も ない場っていうのは、きびしいなっていうのがあって、」(2016
年6
月17
日インタビューデータ)と述べている。授業内で使う英語と、実際に活動の中で使う英語の違いに 気付き、英語を話せないということを実感したと読み取れる。また、「
2
年 のときは本当に結果残してない。全然何もしてない。それが悔しかった。」(
2016
年6
月17
日インタビューデータ)「来年もっかいやればいいのかなと 思ってた。」(2016
年9
月23
日インタビューデータ)とも述べている。悔し い思いをしたにもかかわらず、来年MSSP
に参加すればいいという思いから、大学
2
年生のうちに何か行動に起こすことはなかった。そして、大学2
年 生だからまだMSSP
へ参加する機会があるという方法があると考えた。リュ ウガが所属していたチーム内での様子を聞いたところ、「結構逃げてたかも しれない。結構自分が楽な環境にいた気がする。だから、最低限だけやって た気がする。(2016
年9
月23
日インタビューデータ)「そういうポジション であった気がする。だからなんかその、そこまで自分が逃げられない状況でもなかった。いっぱい逃げ道があった。ほとんど好きなことしかやってない。」
(
2016
年9
月23
日インタビューデータ)と述べている。英語を話すという ことから逃げることが可能である状況にいたことが考えられる。また、自分 を楽な環境に置いていることから、主なことは上級生に任せてリュウガは甘 えていると考えられる。来年も参加する機会があるということや、自分は楽 な道に逃げ上級生に甘えていることから、まあ2
年生だしというアイデン ティティが構築されたと考えた。4-1-1-3 3 年生としてのアイデンティティ構築のプロセス
2
回目のMSSP
に参加したリュウガは、3
年生としてのアイデンティティ が構築されたと分析した。2
回目の参加を決めた理由としてリュウガは、「も う一年くらいやれば、なんか違うかなって。」(2016
年9
月23
日インタビュー データ)と述べている。はっきりとではないが、ぼんやりとMSSP
に対し て自分の時間を投資している。また、「だから自分がもう少しは喋れるよう になるかなって。それに逃げられないしね3
年だから。」(2016
年9
月23
日 インタビューデータ)とも述べている。3
年生だから逃げることができない ということは、社会的階層に影響を受け、2
年生では許されたことが3
年生 では許されないと考えていると私は考えた。4-1-1-4 英語を話すアイデンティティ構築のプロセス
リュウガは、自分は英語を話せるのかもしれないという英語に対する未来 が見えてきたことで、英語を話すアイデンティティが構築されたと分析し た。単位とは無関係な迎賓館のお世話係のお誘いを受け入れたことに対して、
「
120%
スキルアップできるからでしょ。確実に伸びるから。もう3
年だしね、と思って。さすがに
4
年でこのチャンスはないと思ったし。」(2016
年9
月23
日インタビューデータ)と述べている。確実な英語力の向上が見えたた め参加し、MSSP
でも迎賓館で習得した英語力を使うことができている。漠然とした将来の英語の教員になる未完成なアイデンティティだった大学
1
年生のリュウガは、MSSP
を通してまあ2
年生だしというアイデンティティ や3
年生としてのアイデンティティが構築され、次第に英語を話すアイデン ティティが構築されていった。大学2
年生や大学3
年生のときのリュウガが、英語の教員になるためにふさわしいか考え、足りないものを埋めるために、
リュウガは
MSSP
に参加するという投資行動をしたと分析した。4-1-2 マユのナラティブ
大学へ入学してすぐのマユは、友人と一緒に毎日とても楽しく過ごすこと が目的だった。そんなマユは国際コミュニケーション学科の活動も知らず、
興味もなかった。仲の良かった友人たちにつられて、写真を見てかっこいい、
おしゃれだと思っていたザンジバルへ行くことを決めた。ザンジバルではグ ループごとに街を歩き、
1
日1
回現地の人に話しかけるという目標が設定さ れていた。マユは、座っている人に話しかけた。英語がわからなかったマユ は、相手が一方的に話したことを聞くことしかできなかった。同じグループ の英語ができる先輩や同学年の友人に合わせて、聞いていることが主であっ た。秋ごろ、マユは交際相手に影響を受け、勉強を頑張っていきたいと思い 始めていた。大学1
年生のころは、一緒にいた友人たちと共に同じ授業を履 修していた。しかし、大学2年生になるころには、授業を1人で履修するよ うになった。FW
ベルギーを履修したり、国際コミュニケーション学科の授 業を履修したりするようになった。様々な授業で知り合った教員や先輩たち に影響を受け、もっと国際コミュニケーション学科に関わりたいと思うよう になり、先輩たちのようになりたいと思うようになった。同時期に、
MSSP
に参加するために来日する国際ボランティアを自宅に泊 めるホームスティをしてみないかというお誘いを受けた。最初は渋っていた が、やってみようと思い、受け入れを決めた。国際ボランティアが最初にマ ユの家に来たときは、相手がなんて言っているのか理解できなかった。理解 するために、ゆっくり話してと英語で相手に伝え、コミュニケーションを 取っていった。また、MSSP
には途中から参加した。マユのチームには積極 的な学生がおらず、他のチームの留学経験者の先輩が来て、国際ボランティ アとコミュニケーションを取っていた。最初のうちは留学経験者の先輩の姿 を見て、ザンジバルの時みたいに様子をうかがっていた。徐々に、楽しくなっ ていった。MSSP
での経験から、もっと英語を話したいと思ったマユは、先 輩に英語を話したいと相談をした。オーストラリアのカーテン大学から来た 学生と共に明星大学周辺の街を歩くスカベンジャーハンティングに参加をし た。何を言っているのか理解できなかったが、相槌を打ちつつ楽しんで活動 していた。また、ベラルーシの学生が明星大学に来ているときは先輩たちと 一緒に浅草に行って街案内をする活動にも参加をした。冬にはFW
でベルギーへ行った。ベルギーでのメインは、ベルギーの学生とディスカッション するというものであった。ディスカッションするときも、英語ができる先輩 がいたため、少し任せてしまったり、ベルギーの学生に圧倒されてあまり自 分の意見を言うことができなかったりした。しかし、準備期間中にベルギー では話したいと決意していたため、ディスカッションで提案をした。また、
一緒にお昼を食べたときには、相手からたくさん話しかけてくれたにも関わ らず、話題をうまく広げていくことができなかった。街を散歩する時間には、
道に迷ったときにはチャンスだと思い、現地の人に話しかけた。
そして大学
3
年生になったマユは、5
ヵ月間カナダへ留学をした。留学し ようと思ったきっかけは、3
つあった。1
つ目は、自分は英語ができないの だと様々な活動に参加して実感したことであった。2
つ目は、様々な国の人 たちと関わったことで、これからも様々な国の人たちと関わりたいと考えて いたからであった。3
つ目は、留学経験のある先輩たちの姿を見ていて、憧 れを抱いていたためであった。マユは、英語ができるようになりたいという 思いで留学生活をスタートした。学校が始まり、すぐ友達ができると思って いたマユだが、想像と違い、ひとりぼっちになってしまった。不安と焦りで スタートした留学生活であった。マユは、学校でやっているアクティビティ に参加したり、図書館へ行って一般のおじさんに話しかけたりと行動して いった。留学前はマユ自身の生活とは別物であった「外国の人」が、カナダ から帰国後、違和感のない生活の一部へと変化していた。マユは、帰国して 初めて英語を使う活動に参加した。お昼の時間にサウジアラビア人と会話す る機会があった。とても話したかったマユは、冗談を言い合いながらお昼を 一緒に食べ、とても楽しい思いをした。大学4年生になったマユは、就職活 動を始めた。就職活動をする上で、マユの軸となったものは、海外との関わ りであった。海外出張や、英語を使った仕事のやり取りなど、海外との関わ りのある会社ばかりの採用試験を受けた。大学へ入学した当初は、マユにとっ て英語とは数ある中の授業の1つであった。しかし、4
年間の様々な経験を 通してこれからも様々な国の人と関わっていきたいという思いを抱くように なり、胸を張って英語が大好きと言えるようになった。4-1-2-1 ただの大学生としてのアイデンティティ構築のプロセス
大学
1
年生の春、マユはただの大学生としてのアイデンティティであったと考える。入学直後のマユは、
「
1
年生とか入りたてのときは、まったくそんな別に国コミもただいる だけみたいな。ちょっと海外ってかっこいいじゃん、みたいな感じで国 コミも入ったのね。で、そのまま一緒にいるようになった友達も、まあ ワイワイ系じゃん、だから、特にそんな国コミの活動に興味もなかった し、まあ知るきっかけもなかった。その人たちといたから。だから、な んかなんだろうな。なんか普通に学校で、一緒にワイワイするみたいな 目的だった。毎日が。」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。国際コミュニケーション学科に入学したにもかかわらず、国 際コミュニケーション学科の活動に興味を持つこともなく、毎日友人たちと 楽しい大学生活を送っていたと読み取れる。そして、マユが大学
1
年生でFW
ザンジバルへ参加した理由は、「えっと、まず、初海外だったんだけど、普通に写真とかを見て、なん かなんだろう、かっこいい、おしゃれ、そういう感じ。別に特にそこに 行って何をしたいとかでもなくって、ただその海とか、なんだろう、あ のきれいな感じに…」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べ、加えて「そういうなんか周りのあれもあるかも。つられて…みたい な。のもある。多分、それで言われなかったらフィールドワーク行くとも思 わなかったかもしれない。」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)とも述 べている。友人たちと一緒に決めたこともFW
ザンジバルへ参加した1
つ の要因となっている。以上のように、国際コミュニケーション学科の活動に 関心を持つのではなく、当時一緒にいた友人たちの影響を大きく受けている と考えた。4-1-2-2 国際コミュニケーション学科の学生としてのアイデンティティ構 築のプロセス
大学
1
年生の秋頃、マユに心境の変化が現れた。当時のことをマユはこう 述べている。秋ごろから、なんでだろうな。なんかその、ジュン(当時の交際相手)
も結構なんか学校で頑張りたいみたいな、勉強ちょっと頑張りたいみた いな意識し始めてて、でなんか私も、なんかだんだん、その一緒にいる 子たちとも、なんかなんで毎日こんな遊んでるんだろうみたいなのも
ちょっと思い始めてたし、…中略…なんかね、だんだん私、ここにいる 人じゃないな、なんかさ、なんだろうな。なんかこう楽しめないくなっ てきて…なんか結構、その日々の生活の中で、なんかちょっとイラッと することとか、なんかこれ違うんじゃないのとかいろいろ思うことが積 み重なって、あれ、私何しに来たんだろうみたいな、はっとなって、っ ていうのもあったし、(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)大学へ入学した意味を再度考えるようになり、「なんか、私は別の道を行こ うみたいな、思い始めてきて、でなんか一緒にご飯行くのもやめて、授業も ひとりで取るようになって、た時だね。」(
2016
年9
月30
日インタビューデー タ)と述べ、仲の良かった友人たちから離れることを決めたのである。授業 を1
人で履修するようになったことで、様々な出会いや経験をした。国際コ ミュニケーション学科の学生としてのアイデンティティが構築されるきっか けとなったのがFW
ベルギーであり、「
2
年生から。(授業を)取るようになって、でベルギーのフィールドワー クを取ったんだ。で、それまで田口先生のことも知らなかったし、ゼミ とかそういうのも知らなかったし、でだんだんフィールドワークとか で、先輩とか先生とかと関わって、知るようになって、」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。国際コミュニケーション学科の教員や学生と関わったことで、
マユの国際コミュニケーション学科の学生としてのアイデンティティが確立 され、投資行動に繋がっていく。
MSSP
のホームステイ受け入れをしようと 思ったきっかけとして、「なんかもっと、国コミの活動に関わりたいなと思ってて、今まで全然 知らなかったから、そんなサマスクでみんなあんな頑張って楽しそうに してるとかも知らなかったし、っていうのもあって、だからやってみた かった。やってみたかっていうか、そういうのを経験したら、なんかもっ と勉強的にもそうだし、先輩たちみたいにああいう感じになれるかなみ たいな。そんで、やったのかな。」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。国際コミュニケーション学科の活動に関わるのはもちろん、
関わっていく中で先輩への憧れを抱き、先輩みたいになりたいという目標を 持つようになったと考えられる。先輩みたいになりたいという目標に対して、
当時のマユに何をするべきか考え、様々な投資行動をしていく。
4-1-2-3 英語を話すアイデンティティ構築のプロセス
国際コミュニケーション学科の学生としてのアイデンティティが構築され たマユは、国際コミュニケーション学科で様々な経験をしていく。様々な経 験を通して、マユは英語を話すアイデンティティを構築していったと分析し た。マユは
MSSP
終了後、スカベンジャーハンティングや、下町観光案内 に参加した。参加したきっかけは、「どうしたらもっと英語うまくなったり、いろんな・・なんだろ。英語 うまくなりますかね、みたいな。そういう相談をしてて、で、多分こう いうのがあるよみたいな教えてくれたんだと思う。」(
2016
年9
月30
日 インタビューデータ)、「サマスクでもっと英語で話したいみたいなのが できたから、その先輩に相談して、で、もっとこういう機会あるから 参加してみたらっていうので行ったのかな。」(2016
年6
月23
日インタ ビューデータ)と述べている。どうしたらもっと英語を話せるようになるのか先輩に相談す ることで、次のステップへ進もうとしていると考えた。次のステップへ進む ことが、マユの先輩のようになりたいという目標に対しての投資行動の
1
つ であると考えた。そしてマユは、大学3
年生でカナダへ留学することを決め た。留学したいと思ったきっかけをマユは、「きっかけは、
2
年生で、本当にいろんな活動したから、ベルギーもサ マスクも。があって、そういうとこでまず英語ができないっていうのを 思い知らされて。だし、ほんといろんな国の人と関わったから、これか らも話したいなとかって思ったっていうのと、あと一番は、上の学年の 先輩とかをみて、憧れみたいな、ああなりたいなみたいなのがあって、一番は英語できるようになりたいっていうのがあったからかな。」(
2016
年6
月23
日インタビューデータ)と述べている。大学
2
年生で様々な経験をしたマユだからこそ、先輩に憧れ を抱き、もっと英語を使っていきたいという思いを持ったと考える。留学で 苦難を乗り越えながらも行動的に活動していたマユが留学から帰国後、「行く前は、自分の生活の中に、外国の人がいるっていうのがなくって、
別みたいなだったんだけど、一緒に生活とかしてて、自分の生活の環境
の一部みたいなになったかな。普通に友達、日本の友達と同じような感 じの友達もできたし。生活にいるみたいな、違和感がない、抵抗がなく なったかな。こっちきてから(日本)、見つけるようになった。見つけ て話したいになったかな。」(
2016
年6
月23
日インタビューデータ)という考えを持つようになった。大学
4
年生になり就職活動を始めたマユは、海外との関わりを就職活動の軸とした。軸とした理由として、以下のように 述べている。
「そういうのがあって就活もそういう海外との関わりがあるような仕事 を探してたのね、まあ軸みたいなのあるじゃん、それで、海外勤務だっ たり、出張とか、あとは、海外の会社の人とビジネスをしたりみたいな のが、できるような会社を見つけて探してて、だから本当にそうだね、
就活も、それが一番メインだったの、その海外と関われるような、なん か英語使ったりとか、海外の人と一緒に仕事をするみたいな、のが一 番軸にあったから、なんかもう自分の人生の軸みたいなってったから、
だから結構本当に生活の中に入ってみたいな言ってたけど、それがもう 本当にこれからも続いているんだなみたいな感じかな。」(
2016
年10
月12
日インタビューデータ)ただの大学生としてのアイデンティティだったマユが、英語を話すアイデン ティティが構築されたことで、将来が大きく変わる重要な影響をマユ自身に 与えていると分析した。
4-1-3 タケシのナラティブ
タケシは、タケシの父親を超えることが夢であり、そのために留学するこ とは
1
つの通過点であると考えていた。そしてタケシは留学をするために、明星大学国際コミュニケーション学科へ入学した。大学
1
年生のとき、外国 人の先生やMSSP
の国際ボランティアの言っていることを理解することが できなかった。英語がわからないときは誰かに聞き、タケシにとって英語は つまらないものであった。子どもが好きだからという理由で、MSSP
に参加 した。MSSP
では、国際ボランティアに英語で伝えることができなかったた め、身体で表現してコミュニケーションを取っていた。また、留学へ行くた めに必要な科目を一応履修していた。大学2
年生になったタケシも、大学1
年生の時と変わらず、英語はつまらないものであった。友人にすごく誘われたことと、昨年希望の学年の担当にならなかったことからリベンジをかねて、
2
度目のMSSP
に参加した。参加したにも関わらず、単位を取得したかは覚 えていなかった。そして大学生になって自由に使える時間とお金を手に入れ たタケシは、大学1
年生、2
年生の2
年間遊びほうけていた。その結果、タ ケシは大学3
年生になることができなかった。そこで、タケシは高校生の時 から考えていた海外へ留学することを決意した。タケシは大学を
1
年間休学し、11
ヵ月間イギリスへ留学をした。英語が 全くわからない中、タケシのイギリスでの生活が始まった。タケシはシェ アハウスで生活を送った。到着して最初の日、たまたまキッチンにいたハ ウスメイトに翌日から始まる学校の場所を聞いた。tomorrow I go school.
Together. Ok
といったような、知っている限りの英語で話しかけ、約束を 交わすことができた。学校に案内してくれたハウスメイトの友人は、その後 も遊びに誘ってくれた。学校でも友人ができ、よく遊ぶようになった。友人 のなかにはスラスラ話せる人もおり、何を言っているかわからない中でも必 死に話しを聞いた。わからない英単語を自分なりに捉え、実際に会話の中で 使いながら覚えていった。間違えたとしても、授業で先生に聞くようにして いたため、辞書を使うことは少なかった。イギリス生活も2
か月を過ぎたこ ろ、会話の内容が理解できるようになってきたと感じるようになり、会話で 笑えるようになってきた。その後は、言い回しの幅が広がってきた。留学生 活最初のころは、「昨日買い物に行った。」しか言えなかったタケシは、「昨 日何時ごろ買い物に行って、あの店はいくらだけどあっちの店のほうが安い」と言えるようになった。
1
番下のクラスから始まったタケシは、7
か月目に は真ん中のクラスになっていた。今までのクラスとは違い、真ん中のクラス は周りのレベルが上がり、難しい単語を使うようになった。視野が広がり、タケシ自身でも実感できるほど英語を話せるようになっていた。
イギリスから帰国後、タケシは復学し、
2
回目の大学2
年生になった。再 履修の英語の授業が簡単になっていた。大学1.2
年生のときと違い、立場が 逆転していた。タケシは、外国人の先生が言ったことを英語のわからない他 の学生へ、通訳をした。また、外国人の教員もタケシを頼るようになった。ランゲージラウンジを利用するようになり、外国人の教員と二人きりで話し たり、他の学生を交えてアクティビティも行ったりした。留学先で知り合っ
た友人が来日した時には共に遊んだり、バーで見知らぬ外国人と雑談をする ようになったりした。しばしば、タケシは日本人の友人らと日本語で会話し ている時でも、英語を話してしまうときがある。タケシに言わせれば、ある 単語の日本語が思い出せないとき、すぐ横に思い浮かぶ単語は英単語である そうだ。お金を出してもらっている父親に言われた大学辞めちゃえば?とい う一言に、辞めてもいいんだと思ったタケシは、復学して早々、同年の秋に 大学を辞めた。そして来春にはニューヨークへの留学と大学へ入学を
4
年間 予定している。4-1-3-1 父親を超える男になるアイデンティティ構築のプロセス
青年期の未完成なアイデンティティとして、タケシは父親を超える男にな るアイデンティティをであった。そして父親を超えるためには、留学して英 語を学ぶことだと考えていた。タケシは
「留学はもともと俺が高校生んときから行きたくて、…中略…そもそも なんで留学に行きたいかっていうのを思ったのが、それは俺の夢に直結 してて、俺のまず第一の目標の夢として、親父を超えることが、俺のね、
夢なのね。最終ではないんだけど。」(
2016
年6
月15
日インタビューデー タ)と述べている。以上のインタビューデータより、国際コミュニケーション学 科へ入学する前のタケシは、父親を超える男になるアイデンティティであっ たと考える。
4-1-3-2 大学とは関係がないアイデンティティ構築のプロセス
タケシは、留学をするために国際コミュニケーション学科に入学したもの の、入学当初から大学とは関係がないアイデンティティであったと分析した。
初めて
MSSP
に参加した理由を「子どもが好きだったから。いや、だからさ、やる前だからさ、どんな 感じか全然わかんないじゃん。ただ適当に子どもとわちゃわちゃやっ てんのかなみたいな感じだと思ってたから。」(
2016
年9
月30
日インタ ビューデータ)とタケシは述べている。第二章でも述べたように、
MSSP
は主に英語を使っ て活動するものである。当時のタケシは英語を理解することが難しかったに も関わらず、あまりMSSP
の活動内容を理解せずに履修したと考えた。また、国際コミュニケーション学科の留学は、留学へ行くための授業を履修しなけ ればならない。しかしタケシは、
「留学の授業みたいなのあるじゃん、あれは一応取ってたけど、
1
年生 のとき。」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。一応履修するという軽い気持ちで授業を履修していたと考え られる。そして当時の自分について
「すべてに応じて考え方的になめてる。自分が英語に対してもだし、な めてた。もうなんかね、なめてた。全部を。なんでもなんとかなるっしょ みたいな。余裕だべみたいな。行けばなんとかなるっしょみたいな、な めてました。」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。全てを甘く見ていた結果、毎日のように友人と遊んでいたと 考えられる。大学
2
年生になったタケシは、2
度目のMSSP
へ参加している。2
度目の参加を決めた理由は、「俺の希望の子どもの学年じゃなかったから、それのリベンジ。」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)「そもそもやる気なかったからまっ たく。で、リュウガにすげー言われて、やろうよマジでみたいに言わ れて、しょうがねえなつって、まあリベンジもかねてやるわつってやっ た。」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。リベンジと友人の誘いから参加を決めているタケシには、
MSSP
に参加したいからもう一度参加するという思いはないだろうと考え た。また、MSSP
の単位について「いや、全然わかんない。あんまわかんない。単位のことよく覚えてな い俺。見てない。」(
2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。卒業するためには必要である単位に関して覚えていないとい うことは、大学を卒業することに対して興味がないと考えた。結果、タケシ は大学
3
年生になることができなかった。そしてタケシは1
年間休学して 留学へ行くことを決める。留学へ行くことを決めたきっかけを「後期だね。普通にそろそろ行かなきゃっていうか行こうみたいな。・・・
中略・・・まあ遊んだし、いっぱいみたいな。」(
2016
年9
月30
日イン タビューデータ)としている。留学から帰ってきたタケシは、
2
度目の大学2
年生となる。大学在籍年数
3
年目にしてタケシはFW
について「いやあ、なんかねえ
2
回やってるからね、FW
。だから。2
回しかでき ないんでしょ?(ボランティアがあるよと伝えると)ボランティアとか ちょっとないわ。」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。単位関係なしに参加しようと思えば
4
年間毎年FW
に参加 できることをタケシは知らなかったのである。また、FW
にかかる費用に対 して「なんかそれで行くんだったら留学費用に回したほうがいいかなってい うのか、普通に友達と旅行とか遊びにいくお金に回したほうが、俺は楽 しいんじゃないかなって。フィールドワークに対してそこまでお金を払 う価値があるのかっていう(疑問形)。」(
2016
年9
月30
日インタビュー データ)と述べている。タケシにとって単位を取得できてもできなくてもお金を払っ て
FW
に参加する価値はないと判断していると考える。「フィールドワークってイメージ的にね、英語を学ぶっていうよりは、
なんか遊びでいくみたいな。みんなでワイワイ。何かしらの目的はある んだろうけど、フリー時間もいっぱいあるはずだし、そういうときに遊 ぶっていうヒロユキとかね、いろいろ言ってた、めっちゃ楽しいみたい な、写真とか見ても遊んでるのばっかみたいなイメージだし、そもそも カンボジアって英語なの?みたいな。」(
2016
年9
月30
日インタビュー データ)タケシは
FW
のイメージを以上のように述べている。大学在籍年数3
年目 にしてFW
をイメージで語るということは、国際コミュニケーション学科 を知らないということであると考えた。そしてタケシは2
度目の2
年生が 始まって半年後、明星大学を退学した。退学した理由を「
1
番の理由としては、まあ親父とかと話したときに、大学辞めちゃえ ば?って言われて、ああ辞めていいんだと思って、俺はなんか自分の 中で大学はさすがに出ないとっていうなんかちょっと義務感的なのが あって、だけど金出してる人がそうやって言うんだったら、辞めてとっ とと俺はやりたいことやって留学さっさと行っちゃったほうが、無駄に 通うもう2
年間の金もったいないし、」(2016
年10
月24
日インタビューデータ)
と述べている。また、「卒業する意味がないと思った。明星大学出たってた かが知れてるし。明星大学出たってなんの自慢にもならないし。」(
2016
年10
月24
日インタビューデータ)とも述べている。大学を卒業するというこ とに興味がないと考えた。以上のインタビューデータより、タケシ自身が、明星大学国際コミュニケーション学科で学び成長していこうという意思がな く、大学とは関係がないアイデンティティが構築されたと考える。
4-1-3-3 英語を話すアイデンティティ構築のプロセス
留学から帰ってきたタケシは、
2
度目の大学2
年生になる。そして、留学 をきっかけに英語を話すアイデンティティが構築されたと分析した。英語を 上達して帰ってきたタケシは、ランゲージラウンジに行ったり、日本語で会 話している途中に英語を発していた。「たまにランゲージ行ってて、昨日は、俺しかいなかったの、最初。だ からずーっと先生の家庭のこととか子供のビデオ見せられたりとか、ロ ンドンに行ったんだっけ?みたいな話になって、どんなことがあった の?みたいなちょっと話て、そしたらひとり女の子来て、その子と一緒 にアクティビティなんか質問のし合いみたいなやって、終わったって感 じ。昨日はね。(
2016
年6
月15
日インタビューデータ)とランゲージラウンジでの様子を述べている。また、日本語で会話の最中に 英語を発してしまうことに対して「日本語で、混乱っていう言葉が出てこな
いときに
confuse
が出てきたりとかっていうふうになったりとか。だからまあいわゆる無意識なのかな。」(
2016
年6
月15
日インタビューデータ)と述 べている。日本語を話すかのように英語を話すタケシには、英語を話すアイ デンティティが構築されていると考えた。また、ネイティブスピーカーみた いに英語を話すことに対して「普通にかっこ悪いじゃん。」(2016
年9
月30
日インタビューデータ)と述べている。「なんでそんなしゃべれんの?みたいな。一言で、最初にしゃべった瞬 間に、現地の人たちを、要はネイティブの人たちに、あ、こいつしゃべ れんなっていう印象を与えられるぐらいってこと。そうすると向こうも 気をつかわなくて済むじゃん。そうするとなんかやっぱ面白いじゃん。
そこでまた人の縁ってできるかもしれないじゃん。(