人文論叢 (二重大学)第28号
20H
文化 の類型 とコ ミュニケー シ ョンギ ャップ
藤 本 久 司
要 旨 :世 界の文化を類型化 し対比す る主要な研究か ら「 コンテクス ト」「時間感覚」「結論 の位 置」「視線」「対面距離」「身体接触」「 あいづち」に視点をおいたものをとりあげる。また、 コミュ ニケーションギ ャップの具体例をい くつか挙げ、上記研究及び他の複数の視点か ら考察を行 うと、
1つ の例 に も様 々な文化背景の要因が関わ っていることがわかる。われわれは現代社会の異文化 間 コ ミュニケー ションにおける非言語の重要性を一層注視 しなければな らない。ネ ッ ト社会の発 展の中で、文化背景を軽視 した言語だけのコ ミュニケーションが増えることで、不要な誤解や摩 擦が増え、時に極端な情報が伝わっている。誤解や無理解はそのままにしてお くと偏見 に変わる。
理 由や文化背景を正 しく知 り、 また、説明す る努力が求め られる。 メッセージの送 り手 は、送 る 相手の文化 スタイルに合わせないとメ ッセージの内容が正 しく伝わ らない、 ということを再認識 す ることが必要だ。そのため自文化を深 く知 り、異文化の相手 に正確 に説明す ることと、接触す る相手の文化 について事前の理解を深めた上でコ ミュニケーションす ることが肝要である。
は じめ に
出身 国0地域、 出身エスニ ックの相違 によるコ ミュニケー シ ョンの違 いにつ いては、 その背 景 にあ る文化 の類型 に関 し、様 々な視点 による研究 と説 明が行 われてい る。 ここで は諸研究 で 紹介 されている代表的な文化類型 の対比 を挙 げ、 日常的 に起 こり得 るコ ミュニケー シ ョンギ ャッ プにつ いて考察す る。 それ によ って、文化間の基本 的相違点を再認識 し、誤解、摩擦、 コンフ
リク トな どの克服、異文化間の理解 の一助 とす る。
言 うまで もな く世界 の文化 は どの よ うな視 点 か らで も一律 に三分化 し対立軸 で比較 で きる も ので はない。以下 で取 り上 げる文化 の分類 はあ くまで相対的な ものであ り、 それぞれの文化 は 比較対象 の文化 によ って位置づ けが右 に も左 に もな る。 また、1つの民族、文化 をひ と くくり に し地域差 や グループ差、個人差 を無視す ることは非現実的であ り、1つの文化 の中で も幅、
揺 らぎ、変容 が常 にある。以上 の ことを前提 に して考察 を進 めたい。
I.文化 の 諸 類 型
1。「 ロー コンテクス トの文化」 と「 ハ イ コ ンテ クス トの文化」
コ ミュニケー シ ョンにおいて コンテ クス ト(文脈
)が
どの程度重要 な役割 を果 たすか によ っ て文化 を区分化 した ものである。多 くの研究者 によって検証や探究が されているテーマである。日本語訳 し「低文脈文化」「高文脈文化」 と呼ぶ場合 もある。「 コンテクス ト」 は「 コ ミュニケー シ ョンが起 こる物理 的、社会的、心理 的、時間的な環境 (その場 の雰囲気 や状況、言語外 の意 味、相手 とのつ なが りな ど)のすべ て」(鍋倉2009)とされ る。
「 ロー コ ンテ クス トの文化」 は言語 が主要 な役割 を果 たす文化 であ り、 メ ッセー ジの大部分
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が言語 によ って伝達 され る文化、言 い換 えれば、言語 がそのまま正 しくメ ッセー ジを伝えてい る と考 え る文化 である。 日か ら出た言葉、書かれた文字 がいわゆる伝えたい情報 であ り、言語 表現 が発信者 のホ ンネ、真実 と限 りな く近 い。会話 の量 は比較 的多 く、言葉 と同時 に感情 もホ ンネ、本心 の通 り表現 され ることが多 い。親友や恋人、夫婦 は親密感が深 まれば深 まるほど、
何 で も話せ る仲 とな ってい く。 ロー コ ンテ クス トの文化 は、歴史的に異人種、異民族 と接触 の 度合 いが高 く、文化的 に多様性 があ り、個人主義 が発達 している地域 に多 い。共有す るコンテ クス トの割合が少 ない とい うことが大 きな要素 にな っている。
「 ハイ コンテ クス トの文化」 は、文脈 に大 き く依存す る文化、つま り、 明確 な表現 は避 けて 文脈か ら互 いに相手の意図を汲み取 る文化である。言 い換えれば、言語がそのまま正 しくメッセー ジを伝えているとは言えない文化 である。「察 し」「行間を読む」「空気を読 む」 な どの表現が当 てはまる。 メ ッセージは、言葉 よ りもほとん ど状況や人 にあ り、言葉や文字 は必ず しもホンネ、
真実 を伝 えていない。会話 の量 もロー コンテクス トの文化の人 々よ り少な く、感情 の表現 もロー コンテクス トの文化 に比べ ると少 ない。 時 には、配慮、遠慮、心配 り、慎み等 の理 由か ら、 ホ ンネ とは異 なる態度 を取 ることもある。従 って、 ホンネや真実を汲み取 るという作業が コ ミュニ ケー シ ョンで 日常的に行われる。 同文化 の者 同士で親密な関係 になる程、それがスムーズに行え る関係 にな り、「 話 さな くて も分 か る仲」「 ツニカーの仲」「 以心伝心」 などと表現 され る。ハイ コンテクス トの文化 は、 同一民族 で、歴史的に共有す る部分が多 く、集 団的、画一 的な文化を 持つ地域 に多 い。
ゲー リー・ フ ォローは著書「異文化 マネ ジメ ン ト」 で世界の主要な民族 を、 ロー コンテクス トに近 い順か ら「 ドイツ系 スイス人・ ドイツ人・ スカ ンジナ ビア人・ アメ リカ人・ フランス人・
イギ リス人・ イタ リア人・ スペイ ン人・ ギ リシャ人・ アラブ人・ 中国人 0日 本人」 と位置付 け た。 この中では 日本人が最 もハ イ コンテ クス トの民族 とされている。
コ ンテ クス トの文化的相違 の具体例 として、古田他 (2002)に次 の よ うな話 が紹介 されてい る。残業続 きの 日本人 サラ リーマ ンにアメ リカ人が「奥 さんは何か言 いませんか」 と質問す る。
日本人 サ ラ リーマ ンは She ζays nothing"と 答 え る。 アメ リカ人 は、奥 さんが怒 って何 も言 わない と受 け取 り、答えた 日本人 は、妻 は何 も言わず理解 して くれていると考 え満足 している。
対象 的な文化 を象徴す る逸話 である。
は っき り意見 を言 う欧米人 と、 あいまいな表現 で真意がわか りに くい 日本人 の対比 は、近年、
政治、経済 の国際化 とともに話題 にのぼ るようにな った。特 に国家間交渉や企業 間交渉では 日 本側 の弱点 と して早 くか ら取 り上 げ られて きた。 同 じハ イ コンテ クス トに位置す る中国人 と日 本人 で さえ、交渉 においては文脈 の提 え方 で時折行 き違 いを生 んでいる。今 日、文化 の相互理 解 が進 んだ とはいえ、国家 レベルか ら企業、個人 の レベルまで、 日本側 の主 張 が不 明確 な表現
にな るケースはまだ多 く、 国際的な誤解 を生 む こともしば しばである。
2。「Pタイム型文化」 と「Mタイム型文化」
時 間の提 え方 に関 して、文化人類学者 エ ドワー ドOT・ ホールが唱えた考 え方 であ る。1つ の時間 に複数 の ことをす るのをPタ イ ム (多元 的時間=ポ リクロニ ックな時間)、 1つの時間 に1つの ことをす るのをMタイム (単一 的時間=モノクロニ ックな時間
)と
呼 び、 それぞれ どち らを優先す るかで文化 の型 を分 けた ものである。Pタイムの文化 では、時間 はゆ った りとつなが った1つの流 れ と して提 え られ、分断す るこ
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藤本久司 文化の類型とコミュニケーションギャップ とがな い。仕事 の中身 よ りも、 その時 々を大事 に し、人 と交流 し関係 を確立、維持す ることが 中心 で、結果 的 に複数 の ことが同時 に進行す る。 時間的 スケ ジュール は努力 目標 であ り、縛 ら れ ることがない。一般 に現在 の事実 や未来 の予測 で も楽天的であ り、計画や約束 は比較 的柔軟 に捉 え られ る。 それ らは 自他 の都合、気分、天候、周 りの環境 や出来事 な どによって しば しば 変更 され ること も多 く、 時の流 れ るままに複数 の物事 を こな してい く。具体 的な例 と して、市 場 や店 で1人の店員が複数 の客 と同時 に会話 しそれぞれの注文 に応えてい くとい った光景 や、
イベ ン トやパ ーテ ィーな どは時間通 りに始 ま らず遅 れ るのが普通 で、面会 の時間を決 めて も約 束 の時間通 りに人 々が来 ることが少 ない、 とい った ことな どが挙 げ られ る。多 くのア ジアの国、
ア ラブ諸 国、 ラテ ンアメ リカ、 ギ リシャ・ トル コな ど地 中海沿岸諸 国が該 当 し、ハ イ コンテク ス トの文化 圏に重 な り合 う場合 が多 い。(古田他2002、 伊佐2007、 久米他 2007)
Mタ イ ムの文化 で は、人 々は時間を分 断 しスケ ジュール を組 み立 て、 それ らを優先 して扱 う。 (古 田他2002)。 自 ら立 てた スケ ジュールで あ るに も関わ らず、 それ を時間通 り遂行 す る ことに縛 られ、無駄 に使 わないよ うに腐心す る。 そのため、人 間関係 よ り仕事 の実質、 内容、
実績 に重点が置 かれ る。具体例 と して は、仕事 の面会 のためには事前 に時間を正確 に決 めた予 約 が必 要 で、 予約 のない面会 は受 け入 れ て もらえな い ことが挙 げ られ る。 また、Mタイ ム文 化 圏の繁盛す る店 では、順番 をは っき りさせ るため一列 に並 んだ行列 の光景 が見 られ る。発信 された言葉 を正確 に履行す ることに重点が置かれ ることか ら、 ドイツ、 アメ リカな どに代表 さ れ るロー コンテ クス トの文化 圏 に重 な り合 う場合 が多 い。
比較文化・ 文 明学者 のゲブサーは、 自然 の リズムに則 ってハ レとケが周期 的 にめ ぐる世界 を
「神話 的世界」、一定 に時を刻 む時計 が生活 を支配 す る世界 を「 記号 的世界」 と呼んだ。神話 的 世界 で は 1日 、1年が円を描 くよ うに巡 り来、 日常や人 の一生 が (死後 も含 めて)繰り返 され るとい う「神話 的時間」 があ り、記号 的世界 で は分断 された時間を管理す ることが求 め られ る
「記号 的時間」 が存在す る。Pタイム型文化 は「神話 的時間」 と、Mタイム型文化 は「記号 的 時間」 と密接 に関係 してい る (伊佐2007)。
日本 も基本 的 にPタ イ ムの文化 圏で あ るが、近代化、西 欧化 によ って、特 に ビジネ ス面 で
Mタイムの スタイルが定着 した。 しか しなが ら、仕事 も実生 活 もMタイム文化 に完全移行 し てい るわ けで はな く、管理 された時間を厳守 し仕事 に も完壁 を求 めなが ら、人 間関係 も等 しく 大事 にす るため、予定外 の来客、周 りの状況変化、急用 な どに もで きるだけ対応 しよ うと努 め る。会社 の会議 はMタイム的 に時間通 りに始 まるが、会議 の進 め方 は極 めてPタ イム的で あ ることが多 い。現代 の 日本人が ス トレスを貯 め、世界で最 も「肩 が こる」民族 と言 われ る背景 は、相容 れない M、 P両タイムの生活 を送 って い る人 が多 いか らだ、 と しば しば説 明 され る。
3.「結論 を初 め に述べ る文化」 と「 結論 を最後 に述 べ る文化」
前 方 重 心型 の英語 で は topic sentenceと して結論 を冒頭 に述 べ、 次 にそれ をspeciic details で補強す る直線 的な論理 の展 開を好 む。後方重心型 の 日本語 では、結論 にいた る道筋 を外側 か
らプ ロセ スを追 って循環 的 に記述す る。 この よ うな思考方法 の差 はその民族 が住 む風土 によ っ て規制 され る。牧畜型 の欧米 の民族 は合理主義 を尊重 して論理 的にな り、稲作型 の 日本人 は忍 従 や情緒 を尊重 して非合理 的 にな るとい う (佐野他 1999)。
英文学者 の外 山滋比古 のい うよ うに、 ヨー ロ ッパ の言語 は レンガの よ うな もので、一語一語 を規則 に沿 って並 べてが っ しりした一文 を作 り、抽象 的な要約文、具体 的な例示 な ど、バ ラ ン
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スを取 り文章 を作 る。一方、 日本語 は トウフのような もので、 自分の論理 よ り相手の感情 に訴 えか ける方法 で、 どこか ら始 めて も終わ って もいいような文章 にな っている、論理的なつなが りよ り、相手 が段落間を汲 み取 り補完 して くれ るとい う前提がある、 とい うのである (古田他 2002)。 │
それぞれの文章 や会話 に もその特徴 は現われ る。発想法 の差 はコ ミュニケー シ ョンの方法 に も反映 され る。英語 が直線 的であるのに対 し、 ロマ ンス語、 ロシア語 な どは英語 に比べ複雑な 屈折線 を描 いて結論 にいた る、 と言 われている。
周辺 的な事情 の説 明、つ ま り話題 の外縁か ら話 を進 め、最後 に結論 を述べ る (場合 によ って は途 中か ら論理が変化す る可能性がある)日本人 の談話 スタイル に対 し、 アメ リカ人か らは、
話 を逸 らして い る、直接質 問 に答えていない、 な どと誤解 され、批判 を受 けることにな る。
佐野他 (1999)では、一例 と して次 のような、 アメ リカ人面接官の質問 と日本人英語教師の 返答 を紹介 している。
American:What is the mttOr discipline prOblem at your scho01 P
Japanese:our school is an Old sch001. It was established abOut fifty years ago.¨
日本人 の答 えは質 問 に対す る回答 とな っていない、 とい う意見 は文面上事実であ り、 アメ リ カ人面接官 は質 問の英語 を間違 って聞きとった と誤解 した。 しか し、 日本人である私 たちは、
この 日本的な答え方か ら、 日本人英語教師が この後 どのように話を展開 しようとしたか概ね想 像 で きる。西 田 (2008)は、応答 の直接性 と間接性 に関 し、「 問われた内容 に直接答 え るのが 妥 当 とす る文化 と、直接 の答えを含 める回答 あるいは答えを考え させ るような回答で もよいと す る文化」 があ り、 問題 は前者 の文化の者 (例 :ア メ リカ人
)が
後者 の文化 の答 え方 に「不真 面 目」 な どの評価 を して しま うことだ、 と述べている。この例 の場合「 アメ リカ人」 は主 に自人 中流階級 の場合であ って、非 白人系 アメ リカ人やイ ギ リス人 な どは比較 的意見 をス トレー トに言 わない と言 われている。 イギ リス人が 自分 に関わ る話題 は注意深 く避 け、 よ く天候 の話をす るの もそれがお互 い差 し障 りのない話題だか らであ り (佐野他 1999)、 この点 は 日本人 同士の会話 に も通 じる ものがある。
4.会話 の ときに「 視線 を合わせる文化」 と「 視線 を合わせない文化」
欧米系 の白人 に代表 され るよ うに、対人 コ ミュニケー シ ョンではアイ コンタク トを重視 し、
目が合 って初 めて話者双方 の関係が成立 した もの と考 え る。 アイ コンタク トを保つ ことは、誠 実 さ、相手 との会話 への関心 を表 し、意思、感情 を伝え、相手 の反応 を読 み取 り、話 の開始 と 終 わ り、話 の交代 の タイ ミングな どを提え る重要な意味を持つ。 ある調査 によると、 アメ リカ 人3人以上 の小集 団の コ ミュニケー シ ョンの 30〜60%の時間が他者 の 日との接触 に用 い られ ているとい う (古田他2002)。 この文化の中で 目をそ らす ことが多 ければ、会話 に興味がない、
続 けた くない とい う意思表示 になる。 同 じアメ リカ人で もアフ リカ系 は 目をそ らす ことが多 く、
カ リブ系 は 目上 の人 の 目は見 ないようにす る。ネイテ ィヴアメ リカ ンには目を見 ることを攻撃 と考 え る部族 もある。 なお、 アイ コンタク トは相手 の 目を凝視す ることではな く、凝視 は欧米 において も失礼 な行為 とな る (佐野他1999)。 アイ コンタク トの多 いアメ リカ人 で も、一般的 な会話で眼を合 わせ る一 回の時間は数秒であ り、長時間続 けて相手 の 目を見つめることは少な い。 したが って、視線 を合わせ ることが多 いとい うことは、つま り、視線を合わせ る回数が多 い とい うことにな る。
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藤本久司 文化の類型とコミュニケーションギャップ ー方、 アラブで は欧米以上 に、近 い距離 か ら相手 の 目をま っす ぐ凝視す る。 目はその人 の全 人格 を映 し出す もの と考 え られていて、互 いを凝視 し合 うことは互 いの魂 と触れ合 うことであ り (古 田他2002)、 不用意 に 目をそ らす の は、非友好 的 な態度、又 は軽蔑 を示す態度 と して誤 解 されて しま う (鍋倉2009)。
一方、 日本 で は会話時、相手 の 目を直視せず、 目をそ らす ほ うが多 い。特 に目上 の人 には 目 をそ らす ことが敬意 を表す ことにな る。知 らない人 と目が合 うと、 日本人 は即座 に目をそ らす。
エ レベー タに乗 り合わせた知 らない者 同士が視線 を避 けて天丼や足元 を見ているのは、典型的 光景 で あ る。 日本 の不良 グループやヤクザ社会 で「 目が合 った」 とい うだけで因縁 をつ け喧嘩 にな る、 とい う話 があるが、 これ も、 日本独特 の視線 を合 わせない文化が背景 にな っている。
これ に対 して、欧米では知 らない人 同士 が廊下 やエ レベー タ内で偶然視線が合 った場合、 ほ ほ笑 んだ り軽 い挨拶 を交 わ した りす ることが多 い。歴史上異民族 同士が出会 うことの多か らた ヨー ロ ッパ においては、 目が合 った瞬間、敵意 や悪意 のない ことを相手 に示す必要があ ったた めだ と言 われてい る。
5。 会話 の ときに相手 と「 なるべ く距離 を取 る文化」 と「 なるべ く近づ く文化」
近接学 の第一人者 であるホール は、個人 が他者 との間 に必要 とす る空間の距離 を密接距離、
個体距離、社会距離、公衆距離 の4つに分類 し、 それぞれ具体 的な数値 を設定 したが、 同時 に、
いずれ も文化 が違 うと数値 も違 って くるとも述べて いる。 したが って、例 えば、 ある文化 の人 に とって は友人 間の距離 である個体距離 が、他 の文化 の人 に とって恋人 同士 の近接距離 である 場合、強 い不快感 を催す、 とい うことも起 こ りうるので あ る。
更 に、 ホール は著書 の中で、会話 な どの とき、北 アメ リカの人 々に比べて ラテ ンアメ リカの 人 々が取 る相互 の間隔 はかな り近 く、北 アメ リカ人 に とって は性 的な感情 か、又 は敵意 を呼 び 起 こす よ うな距離 にまで近寄 らない と、 ラテ ンアメ リカ人 は楽 な気分 で話 せない、 とい う例 を 挙 げて い る。言 いかえれ ば、 ラテ ンアメ リカの人 々に とって、通常北 アメ リカの人 々が取 る会 話 の ときの間隔 は、 よそ よそ しく他人行儀 な もの と して映 ってい る可能性 が大 きい とい うこと である。 同 じアメ リカ人 で も、 白人 はな るべ く距離 を保 とうとす るのに対 して、 ラテ ンアメ リ カ出身 の ヒスパニ ック系 は近づ こうとす る、 とい う例 もよ く紹介 され る。 それぞれルーツが同 じ民族 と して 自然 な態度 といえ る。
自分 の周 りの personal spaceは 歴史 的 に与 え られ た空 間の領域 に関係す ると推測 され、人 口 過密 で均質 な家族 的国家 の 日本 では、欧米 よ りも間隔 は小 さい、 とされ る (佐野他 1999)。 当 然 なが ら、個人差、場面、相手 との関係、好感度 な どによ って同 じ文化 圏、 同 じ個人 で も大 き な幅 と変化 が存在す る。
なお、対面 の ときの間隔が小 さい文化圏ほ ど、双方 の匂 いに対 して抵抗が少ないといわれ る。
日本人 か ら見 ると、 中東 の人 々の対話 の際 の間隔 は非常 に小 さ く、息遣 いや体臭 を強 く感 じる ほ ど近 す ぎて、戸惑 うことがある (鍋倉2009)。 ア ラブ人 の個体距離 は非常 に小 さ く「 嗅覚型 文化」 の典型 と して も知 られ る。 ア ラブ人 は友人 同士 出会 うと、暖か い湿 った息 を掛 け合 う。
この文化 の コ ミュニケー シ ョンでは匂 いを重視 し、匂 いをか ぎ合 うことが人間関係 を打 ち立 て る重要 な要素 とな る (佐野他 1999)。 これ に対 し、匂 いに対 して不潔、不正 のイメー ジが強 い
「 反 嗅覚型文化」 の代表 はアメ リカであ る。 匂 いへ の抵抗 が、適度 な距離 を必要 とす る隠 れた 一 因にな って いると言 われ る。
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6。「 身体接触 の多 い文化」 と「 身体接触の少ない文化」
「 接触文化」「非接触文化」 とい う表現 をす る場合 もあるが、接触す るか しないかではな く、
接触 が多 いか少 ないかを比べて見 た概念である。 コ ミュニケー シ ョンの ときの身体接触 の度合 いは相対 的な ものであ り、比較す る文化 によって 自文化 は、多 くも少な くもなる。 また身体接 触 の手法 も文化 によ って様 々である。
アメ リカ人 の場合、握手す る、肩 に手 を回す、抱 き合 う、 キスす るな ど、身体接触が コ ミュ ニ ケー シ ョンの重要 な要素 であ り、その接触量 は 日本人の2倍といわれ る。更 に詳 しい調査 で は、 スペイ ン系 アメ リカ人 はイギ リス系 アメ リカ人 よ り身体接触 の量 が多 い、 とい う。一般的 にイギ リス、 ドイツな ど北 ヨー ロ ッパゃァジァの人 々は身体接触 が少 な く、 イタ リア、 フラン ス、 スペイ ンな ど南 ヨー ロ ッパゃ ラテ ンアメ リカ、 中東やアフ リカの人 々は公衆の前で も触れ 合 うことが多 い と言 われて い る (鍋倉2009)一般 に会話 の とき近 づ く文化 圏 と身体接触 の多 い文化 圏は重 な り合 う傾 向がある。
ア ラブの男性 同士 が他人 の前でキスを し、手 をつないで歩 く姿 は、他 の文化圏の人 々の 目に は異様 に映 るが、 身体接触 が最 も多 い文化 の端 的な例 であ る。 また、20世紀 の東西冷戦期 に は ソ連、東欧 の リーダーが男 同士、空港で歓迎 の濃厚 なキスを交 わす シー ンが見 られ、 スラブ 文化 圏の特異 な習慣 と して西欧で も話題 にな った。
一方、(夫婦 や恋人 で はな い)親しい異性 の頬 への軽 いキ スや抱擁 (ハグ)も欧米、 ラテ ン アメ リカな どでは 日常 的な挨拶の中で行われることが多 いが、 ア ジアやアラブ圏にはな じみに くい。 こうした男女間の身体接触 の習慣 は、非言語 コ ミュニケー シ ョンの中で も民族の宗教観、
倫理観 な どと深 く関わ ってお り、将来、異文化間の交流 が進 んで も、元 々身体接触 の習慣 のな か った他 の地域 に根付 く可能性 は少ないであろう。
7.会話 であ いづ ちを「 打つ文化」 と「打たない文化」
日本人 は会話 の とき同感 や共感 を示す じる しとして、 あいづ ちを多 く打つ。 日本人 は世界で 最 もあいづ ちを打つ民族 だ とい う説 が有力である。背景 には、間 (ま
)を
重視 し、絶妙 のタイ ミングで問合 いを測 る 日本独特 の文化がある、 といわれ る。一方、 アメ リカ人や ドイツ人では、あいづ ちがほ とん ど見 られない。
他 の国か ら日本 に来 た人 は 日本人が話の途 中であいづ ちを頻繁 に打つのを初体験 し、困惑 し た り驚 いた りして、時 には話 が止 まって しまうこともある。逆 に、 日本人 は話 している最 中、
反応 のない相手 の態度 が不安 にな り、聞いているのか どうか確認 したい衝動 に駆 られ る。対面 に比べ電話では特 に相手 の表情がわか らないために、 こうした不安 は増大す る。 日本人 は電話 で は、相手 が話 を聞 いてい ることを互 いに確かめ るためにあいづ ちを
2,3秒
お きに繰 り返す とい う (西田2008)6しか し、 日本人 が会話 の途 中、相手 の外国人 に、 きちん と聞いているか どうか確認 した と して も、 なぜそのよ うに疑間に思 うのか逆 に不思議が られ る、 とい うのが一 般 的な反応 の よ うだ。 アメ リカ、 ドイツとい った国の人 に とって、相手 の話 の区切 りまで黙 っ て聞 くことは 日常的な ことで あ り、 日本人のような頻繁 なあいづ ちは相手の話 を妨 げる態度 に 映 るのである。付言すれば、会話 中視線 をそ らす ことが多 い 日本人 の場合 は、 あいづ ちを打つ ことで相互 の話 の交代、継続 の頃合 いを見てお り、欧米 の場合、先 に述べたようにアイコンタ ク トを主 に して、 その タイ ミングを測 っているといえ るのではないだろ うか。一‑150‑一
藤本久司 文化の類型 とコミュニケーションギャップ
Ⅱ。 い くつ か の コ ミ ュニ ケ ー シ ョンギ ャ ップ に つ い て の 考 察
ここで は舞台 を 日本 国内に限定 し、在住外 国人が 日本人 との間で意思疎通 できる レベルの 日 本語力 を持 って い るとい う前提 で、 い くつかの コ ミュニケー シ ョンギ ャップの例 を取 り上 げる。
そ して、前章 の主 な文化 の類型 と、前章 で記述 で きなか った類型 を考 え併せ考察 を進 め る。
1。 【具体例1】 文化庁文化部 国語課 (20o7)では、漫画 で以下 の話 が紹介 されている。
クラスの中国人留学生 (女性)がゴマ団子 を多 く作 ったので、皆 に食べてほ しいと配 って く れた。 受 け取 った一人 の 日本人学生 (男性
)が
、 ち ょうど郷里 か ら送 ってきた和菓子 があ った ので、翌 日お礼 に彼女の ところへ持 って行 った。彼女 は驚 いたように和菓子を 1つ 取 って、怒 っ たように ドアを閉めて去 った。 日本人学生 は「何か悪 いことを したのだろうか」 と不安 になった。【考察1】
同漫画 で は、 その様子 を見 ていた韓 国人留学生 (女性
)が
、 とま どう彼 に、 日本人がす ぐお 返 しをす る ことの不思議 さを述べ、「次 の何 かを期待 して い る、 又 は、何 か下心 があ るので は ないか」 と語 っている。久米・ 長 谷川 (2007)では、「 お返 し文化」 を 日本文化 の特徴 と し、誕生 日プ レゼ ン ト、結 婚式 お祝 い、葬式、旅行 の餞別 な どにお返 しを常 に考 えて行動 す る 日本人 の「 お返 し文化の刷 り込 みの罠」 を挙 げてい る。 アメ リカで は何 かをあげた人 がお返 しを期待す ることはな く、何 かを返す とかえ って驚 くか もしれない し、 また、 ア ジアの国で友人 同士 なのに何かをお返 しす ると冷 たい「縁切 り宣言」 と誤解 され る危険性 を述べ る (久米・ 長谷川2007)。 ゴ ン (2008) は、 中国人 が贈 り物 をす るとき、市場価値 と してではな く気持 ちを重視 し良 い人間関係 を築 く ためにす るのであ り、 同 じ価値 の品物 を返礼 として贈 るのは無礼 にな る、特 に、直後 に返すの は関係 の終 わ りを意味す る、 と説 いている。
視点 を変 えれ ば、 日本人 の行動 には、借 り貸 しの感覚 と礼儀 が結 びつ いた独特の文化がある といえ る。つ ま り、物 を もらった、 とい う「借 り」 を作 りなが ら、何 も返 さない「義理 を欠 く」
状態 をその ままに しておけない、 とい う心情 か ら、贈 った側 の真意 とは関わ りな く、 暗黙の礼 儀 の表 れ と して早 め に「 お返 し」 をす る。 日本文化 の中で育 った者 同士 な ら、贈 った者 も恐縮 しなが ら返礼 を受 け取 り、礼儀 を心得 た人 として良 い関係 が継続 し、何 も返 って こない場合 は 結果的 に関係 が壊 れ る可能性 があ る。行動 と して は正反対 の現 れ方 をす る習慣の 1つ であ り、
現代社会 で多 くの 日本人 が経験す る確率 も高 く、誤解 を生 む コ ミュニケー シ ョンギ ャップ とし て認識 を深 め る必要 がある。
2。 【具体例2】 川ヽ坂 (2007)では以下 のような例 が紹介 されて いる。
外 国か ら日本 の地方都市 に仕事 が決 ま ったEさん (女性)。 仕事 の初 日、上 司が関係者 に紹 介 して回 って くれ た時、 いろいろな人 か ら、「今度 は食事 を しま しょう」「一度家 に遊 びに来 て くだ さい」 な どと誘 われ、親切 を うれ しく思 った。 しか し、 いつ まで経 って も誰 か らも誘いの 連絡 がなか った。 その後 も何 回 も同 じような挨拶 があ ったが具体 的な誘 いはな く、Eさ ん は 日 本人 をす っか り信用 で きな くな り、 ホーム シ ックにな った。
【考察2】
Eさんが 日本人不信 に陥 る前 に、親 しい 日本人 になぜ具体 的 に誘 って くれないのか聞けば少 一‑151‑―
しは悩 みが減少 したか もしれない とい う (小坂2007)。 無論 (本書 で紹介 されているい くつか の理 由の うち)「建前 で言 っただけ」「忙 しくてそれ どころではない」 という人 もしヽるだろうが、
多 くは「 誘 いは したが、招待す るき っかけがない」「 どのよ うに接待 した らいいかわか らない」
「 こち らか ら声 をか けに くい」 な どが主 な理 由ではないか と思 われ る。招待や接待の文化 スタ イル に対す る不安、異文化への不慣れなどが大 きな要因で、 日本人 としての戸惑いである。 ま た、伝統 的共 同体意識が希薄 にな り個人主義 の要素が強 くな った現在の 日本の家庭では、外国 人=ソ トの人 を ウチに受 け入れ ることに一層障壁が高 くな っているのか も知れない。 また別の 見方 をすれば、 日本人 の集団主義の表れ として捉え ることもで きる。地域で受 け入れた外国人 に対 して 自分 だけが突 出 して親 しくなること、 日立つ ことへの抵抗感 もあ り、隠れた要因で も あろ う。
更 に、 おそ ら く欧米系 と思 われ るEさんが、 日本人 の言葉 に不信 を抱 いた もう1つの原 因 と して、Eさん の持つ 口Tコ ンテクス トの文化背景があると思われ る。言葉 に表現 された誘 い の予告 はEさん に とって発話者 の真意 であ り、具体性 が あ る言葉 として受 け止 め られた。発 した 日本人 に とって は、 それが どの程度実現性があ るか どうかよ り、「招 きたい」 とい う「儀 礼」 的言葉 を加 え ることで、 あなたをその位大切 に考 えています よ、 という気持 ちを伝え るこ とに重点が置 かれてい る。ハイコンテクス ト文化 の微妙な言外の コ ミュニケーションである。
初 めて 日本 に来 た欧米 出身者 には非常 に解読 の難 しい非言語 のスタイル といえ る。
3。 【具体例3】 日本 に留学 したあるオース トラ リア人男性Jさんの疑問 (筆者 の実例)
「 休 みの 日に寮 か ら外へ出 るとき、寮 の世話 を しに来 て くれ るおばさんが、 よ く『 今 日はど こへ お出か け?』 と聞 いて きます。誰で もわか るデパ ー ト名 や遊園地 な らいいのですが、時 に は言 いに くい場所 や言 いた くない場所 もあ ります。わた しは どうしておばさんにいつ もプライ ベー トな ことを答えなければいけないので しょうか」
【考察3】
Jさん は ロー コ ンテ クス ト文化を背景 に、言語がそのまま話者 のホ ンネを表 していると考え、
「 どこへ」 とい う疑 問語 に真正面か ら答えなければいけない と考 えている。
一方、質問者 であるおばさんは、 日本社会のご くあ りあゝれた挨拶 の1つと して上記 の言葉 を 投 げか けて い る。 おば さん に とっては、Jさ んの行 き先 を詳 しく知 るのが 目的ではな く、Jさ ん との人 間関係 の近 さの確認 のための儀礼的言葉 に過 ぎない。
で は、Jさん は どう した ら良 いのか。気のきいた 日本人 の友人な ら「 ち ょっとそ こまで」 と か「 いろいろな所 です」 とか曖昧な答え方で もよい、 とア ドバイスす るだろう。Jさんがそ う 答 えて も「 そ う、 じゃ気 をつ けてね」 と、おばさんの会話 は支障な く続 くはずである。
4。 【具体例4】 同 じ職場 の同僚 を家 に招 きたいブラジル人女性Aさんの疑 問 (筆者 の実例)
「会社 で親 しい 日本人 の女性 に『 引 っ越 しが終わ ったので、今度の休みに遊 びに来 ませんか』
と誘 った ら『 あ りが とう。ぜ ひ一度行 きたいです』 と言 って くれま した。次の休みの 日にお菓 子 な どを用意 して待 っていま したが、彼女 は来 ませんで した。 あ くる日それを言 った ら、 び っ くりした顔 で、『 ごめん、待 ってて くれて るなんて思 わなか った』 と言 いま した。 どうして来 る気がないのにあんな ことを言 ったので しょうか?」
一‑152‑一
藤本久司 文化の類型とコミュニケーションギャップ
【考察4】
日本語独特 の儀礼的表現 と しての視点で、具体例2及び3と同 じ要素 を持つ例 であ る。 日本 人 が「 ぜ ひ行 きます」「 また行 きます」 とい うあいまいな表現 で誘 いに応 え ることは、一面 で
「 あなたの厚意 を うれ しく思 って い るので、 ぜ ひ気持 ちに応 え たい」 とい う意 味 で あ り、一面 で「 しか しなが ら、実際行 くときは (お互 いの都合 もあるので
)改
めて 日時を相談 しま しょう」とい う暗黙 の慣習 的意味 を付随 させてい る。 したが って、 日本人 が実際 に他人 の家 を訪問す る ときは、改 めて詳 しく日時の確認 を して、手土産 な ども買 って準備す る。一方、言語 をそのま ま正 しいメ ッセー ジと受 け取 る文化 の人 や、時刻 を含 め大雑 把 な約束 で事足 りる文化 の人 に対 しては、 こうした曖味な儀礼的表現 は大 きな誤解 を与 えて しま うことがあるとい うことである。
5.【具体例5】 日本人家族 と親 しくしているペルー人Fさ んの疑 問 (筆者 の実例)
「2週間ぶ りに 日本人 の友達 と会 った時、最初 に『 この前 はお土産 をあ りが とう』 と言 われ ま した。 どう して 日本人 は以前 もらったプ レゼ ン トの ことでお礼 を言 うので しょうか?渡した 時 に も十分 お礼 を言 って くれたの に」
【考察5】
鍋倉 (2009)は、 日本文化 が過去 を重視 し、「 恩」「 義理」「縁」 とい う言葉 に表 され るよ う に過去 に こだわ りを持つが、過去 にこだわ らない文化では過去 の ことに対 して感謝 の言葉 を述 べ ることもない、 日本人 の心 には強 い相互依存の気持 ちが存在 してい るが、独立性 や個人主義 の社会 では儀礼 的な言葉 は必要 ない、 と述べている。
Fさんだけでな く、 日本人以外の様 々な国の人 にこの話 をす ると、感謝 の言葉 はお世話 にな っ た時 に心 を こめて一度言 えば十分 で、何度 も言 うとおか しい、次 に会 った時 に再 び言 うのは更 に意味がわか らない、 とい う答えが返 って くる。思 い当た るのが、 日本国内のハ ロー ワー クで 働 く日系人通訳 の話 であ る。仕事 を探 してい る南米 出身者 が、数 日前親身 に相談 に乗 って くれ た担 当者 に相談す る時、 当然 なが ら最初 に「 先 日はお世話 にな りま した」 とは言 わない。 そ こ で、通訳 の方 で気 をきかせて 日本語訳 の最初 にその言葉 を入 れ ることが多 い、 とい う。 日本人 担 当者 に とって は、先 日の骨折 りに対す る特段 の言葉 もな く相談 を始 め られ ると、何 とな く気 分がす っき りしな い (時には不快 に感 じる)、 とい うことも日本人 である我 々には理解 できる。
ただ、他文化 出身者 にとって、過去 の出来事への儀礼的言葉 は容易 に理解 しがたい ものである とい うことも事実 であ る。
6.【具体例6】 イ ン ド人留学生 が、 アメ リカ人留学生 の態度 で感 じた疑 問 (筆者 の実例)
「 同 じ寮 のア メ リカ人留学生 は寮 の担 当の教授 と日本語 で話 す とき、言葉 は丁寧 ですが、対 等 の よ うな態度 で接 し、教授 と意見 が違 うときで も自分 の考 えを強 く主張 しています。我々と 教授 とはかな り年齢差 が あ るのですか ら、態度 は控 えめに、年上 の人 の意見 は もっと謙虚 に聞
くべ きだ と思 い ます」
【考察6】
対話 の とき、年齢差 を重視す るア ジアの人 々と、対等 を重視 す る欧米 の人 々の意識 の差 とい え る。欧米、特 にアメ リカ人 は映画等 に見 られ るよ うに、高齢者 は若者 の意見 を対等 に聞 き、
大人 は子 どもの意見 に も耳 を傾 ける。子 どもが親 しい大人 (親 の友人 な ど
)を
フ ァース トネー ムで呼び、 自分 の意見 をは っき り主張す るの も日常的な ことである。一方、 アラブやアフ リカ、一‑153‑―
ア ジアの多 くの文化圏のように、伝統的に年長者 に畏敬 の念 を持 って接す る社会 に育 った若者 に とって、 アメ リカ人 の このよ うな平等感覚 には強 い抵抗感 がある。
公 に頼 らず子 どももお年寄 りもコ ミュニティの貴重な労力、戦力 として各 自ができることを担 いフロンティアを切 り開いてきたアメ リカの文化 と、長 い歴史の中で年齢・ 経験を尊重 し伝統 と 秩序 を保 ってきた文化では、異 なったスタイルがあってゃむを得ないのか も知れない。
Ⅲ.異文 化 間 に お け る非 言 語 要 素 とギ ャ ップ体 験
異文化間接触が爆発的に拡大す る現在、われわれは異文化間における非言語 コ ミュニケー ショ ンの もつ重要性 を もっと注視 し共有 しなければな らない。最近の国家間、民族間の紛争、対立 を伝え るニ ュースを見 ると、明 らかに文化的価値観の相違 や伝統的習慣への誤解又は無理解 と 思 われ ることか ら起 きている もの も多 い。 イ ンターネ ッ トの普及 によ り、その国本来の社会風 土 や国民性 と関係 な く、 その国の中の極端 な意見 と思 われ る ものが他国でキ ャッチされ誇大 に 宣伝 され、無用 な反発 を招 くケース もある。 こうした ことは、言葉や文字で伝わる言語 を主 に して情報 を理解 し、 コ ミュニケー シ ョンで、言語以上 に重要な伝達役割を果 たすはずの非言語 要素 を著 しく欠 いた結果 といえ る。 また、 それ らが近年、頻繁 に発生す るよ うに感 じるのは、
と りもなお さず それだけ異文化間接触が急激 に拡大 しているとぃ う証左で もあろう。
かつて「住 む場所 や生 まれた国は違 って も、 同 じ人 間同士、つきあえばわか りあえ る」 とい うことが疑問な く受 け入れ られ る時代があ った。「 わか りあえ る」 ことも多いが、「 わか りあう」
̲程に付堵 合 いが深 くなれば、意識す るか どうか別 に して、実際には「 わか らない」部分 も生 ま れ る。 その背景 には、生 まれ育 った文化 による非言語 の コ ミュニケニ シ ョンギ ャップが存在す る ことが多 い。人 間はサルではない、 とい う意味では「 同 じ人間」 に違 いないが、例えば思考 法 や行動パ ター ンが同 じとはいえない し、歴史知識や伝統への理解、生死観、宗教観な どは国、
民族 が違 えば、 ほぼ間違 いな く異 な る。違 っていて当然 とい うことの方が多 い土台の上で、わ れわれは異文化接触 を増大 させている。 したが って、 いずれかの言語で話ができ、親 しくな り、
つ きあ うほどに理解 も深 まるが、ギ ャップも体験す る。 そ して、人それぞれ、組み合わせそれ ぞれ に、多様 な異文化間 コ ミュニケー シ ョンが生 まれ、多様な コ ミュニケー シ ョンギ ャップが 生 まれ る。新 たなギ ャップを発見 し、 とまどい、理解 しよ うとす るが、反面、誤解や無理解 も 生 まれ る。
誤解 や無理解 はそのままに してお くと、誤解のままで伝わ り、 また偏見 に も変わる。誤解 さ れた、理解 されない、 とい う局面で、例えば、なぜそ うい う表現 や行動をす るのか、理 由や文 化背景 を正確 に説 明す ることが、誤解 の壁 を乗 り越 え一層深 い理解 に進む。 メデ ィアで大衆的 に伝 え理解 で きるよ うな コ ミュニケー シ ョンギ ャップは、 そ う多 くない。あるケースを事前 に 聞 いて理解 していて も、実際に直面すれば同 じように驚 いた り戸惑 った りす ることか ら始 まる。
現代 の異文化間ギ ャップは極 めて多様であると同時 に、有史以来 の多数の人 々が個別の経験 を しているとい う意味で非常 に「個別化」 している。 その場 その場の新 しい個 々のコ ミュニケー シ ョンギ ャップ体験 に接 し、1つ 1つ個別 に理解への努力 を してい く、 そ してその体験 を様 々 な媒介 によ ってで きるだけ多数 に伝えてい く、 そ うい う繰 り返 しが最 も肝要である。
異文化 の人 々 と接す るとき、「 コ ミュニケー シ ョンの送 り手 は、 その コ ミュニケー シ ョン技 能 を コ ミュニ ケー トしよ うと している相手 (受け手
)の
文化 に合 わせな ければな らない」(シ‑154‑
藤本久司 文化の類型 とコ ミュニケーションギャップ タ ラム1997)。 自文 化 の基 準 で、 異 文 化 の人 に何 か を伝 え よ う と して も的確 に伝 わ らな い こ と が多 い。 そ の た め、 自文 化 を改 めて深 く理 解 し、 相 手 の文 化 につ いて知 識 を深 め、 事 前 の相 互 理 解 に努 力 す る とい う行 為 の延 長 線 上 で、 コ ミュニ ケ ー シ ョンす る こ とが望 ま しい。 そ う した コ ミュニ ケ ー シ ョンの努力 が、 実 際 に起 こるギ ャ ップの シ ョック と混 乱 を極 力減 少 し、 問題解 決 に導 く有 能 な助 言 者 の役 割 を果 たす の で あ る。
参 考 文 献
伊佐雅子監修 2007『多文化社会 と異文化 コ ミュニケーション』改定新版,三修社
久米昭元 0長 谷部典子 2007『 ケースで学ぶ異文化 コミュニケーションー誤解0失 敗 。すれ違い』有斐閣 選書
小坂貴志 2007『 異文化 コ ミュニケーションのA to Z』 研究社
ゴン,ウ エ シシャン 2008「中国人は日本人をどう見ているか:中国人の視点」西 田ひろ子編『 グローバ ル社会における異文化間コミュニケーション』風間書房
佐野正之 0水 落一朗 0鈴 木龍‑ 1999『異文化理解のス トラテジー』大修館書店 シタラム,KoS 1997;御堂岡潔訳『異文化間コ ミュニケーション』東京創元社 鍋倉健悦 2009『 異文化間 コ ミュニケーション入門』丸善 ライブラリー
西田 司 2008「日本人のコ ミュニケーション行動の特質」西田ひろ子編『 グローバル社会における異文 化間 コ ミュニケーション』風間書房
古 田 暁・ 石井 敏・ 岡部朗一 。平井一弘 。久米昭元 2002『 異文化 コ ミュニケーションキーワー ド[新 版]』 有斐閣
文化庁文化部国語課編 2007『 漫画異文化手習い帳〜 日本語で紡 ぐコ ミュニケーション』文化庁 ホ ッファ,ベ イツ・ 本名信行・ 竹下裕子 2009『 共生社会の異文化間コ ミュニケーション』三修社
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