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第 Ⅱ 章うたごえ運動の実証的研究における理論的考察

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第 Ⅱ章 うたごえ運動 の実証的研究 における理論的考察

第 1 節 社会教育 の科学

1. 「 社会教育実践」概念をめ ぐって

対象 としての うたごえ運動の実証的研究を教育の科学 として検討す るな らば、青年 期、成人期の教育活動であることか ら、社会教育の研究に位置づけられるであろう

こ の実証的研究 は、理論研究 としては社会教育の科学を構成 してい く研究に対応す る も のである

よって、その前提 として、 うたごえ運動のような大衆運動が社会教育の科 学の どこに位置づ くのか、あるいは、位置づける意義を解明、整理す る必要がある。

社会教育の科学 の固有の研究対象は社会教育の場における教育実践である。社会教 育学 は社会教育実践 と呼ばれるものの科学であることは疑 いえない。 しか し、対象 と しての社会教育実践の とらえ方は、まさに 「 社会教育 とは何か」 とい う本質論 につな がるものであることか ら、学会 レベルにおいて も十分な合意が成立 しているとはいい がたいのが実情である。法律的な定義においては、社会教育 は 「 主 と して青少年及 び 成人に対 して行 われる組織的な教育活動 」 ( 社会教育法第 2 条)とか 「 家庭教育及 び勤 労の場、その他社会 において行われる教育 」 ( 教育基本法第 7条)などでその対象が示 されているが、学校教育 に比べ ると対象の範囲 も広 く内容 も一様でないことか ら、分 析の枠組み 自体を作 ることさえ困難がある。社会教育研究者が用いている分類には、実 践の形態分類や実践内容分類が従来採用 されてきているが、学校教育の教育実践 のイ メージか らす ると 「ごった煮」であるという指摘が示す とお り唆味さは否定できない。

( 1 )これは、社会教育が学校教育の 「 補足、拡張」として遅れて組織化が始め られた こ とか ら、そうした領域をめ ぐる研究の歴史の浅 さを示す もので もあろう。

日本社会教育学会 30年の歩みを 「 社会教育学」の形成 という視点か ら総括 した笹川 孝一 は、社会教育の研究を通 じて定着 してきたキイ ・ワー ドの うち、「 権利 としての社 会教育」研究を中核 として社会教育の科学を論 じている 。 ( 2) 「 権利 としての社会教育」

研究 とは、社会教育の 自由を保障す る視点か らの研究であ り、そこには 「 働 く国民の 生存のための 自己教育の権利 とそれを軸 とす る教育全体の再編成 という研究」が内包 されお り、成人教育や自己教育を権利 としてとらえ、「 成人の 自己教育」を軸 に 「 権利 としての生涯教育」を創造 してゆ く方法概念へ と高めてい くことが課題 とな っていた。

笹川はそれを社会教育学研究の 「 成熟」としてみる立場か ら、30年 にわたる社会教育 の科学の研究史をまとめたのである。

笹川の整理では、学問成立のための固有の対象 と概念把握 とい うことと、研究が培 ってきたキイ ・ワー ドとの関連が述べ られてはいないために、「 権利 としての社会教育」

と社会教育実践概念 との関係は不明である。論文は 「 概念的把握 にどこまでせま りえ ているのか」を課題 として書かれてあるので、そうしてみるとこれは、「 権利 としての 社会教育」が学問の固有の対象た りうるか どうかを検討す るための試論 と見 るのか安

‑ 9‑

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当であろう。 しか しその ことを認めたうえで も、「 権利 として」というような抽象的な ものを学問の対象 とす ることの是非や、社会教育を説明する対象が社会教育であるこ となど、研究史 としては整理 されていて も、学問形成史 としては説得的 とはいえない ようである。む しろ、「自己教育 」 「 生涯教育」などの他のキイ ・ワー ドが社会教育実 践の構造 にどう関連 しているのか、 これ らの研究史が どのような学問体系を作 ってい こうとしているのかを整理 したほうが有益であったように思え る。研究者が 「 権利 と しての社会教育」の解明を重点的に行 ってきたということと、学問を創 り出 してきた こととは次元が違 うのである

社会教育学は社会教育実践 に戻 って考察が深め られる べ きであると考える

2. 社会教育研究 と社会教育実践概念

研究史的にいえば、社会教育実践 という概念が課題 とされてきたのは、「 民衆の学習 要求が高ま り、従来の社会教育活動の枠組みではそれに十分 こたえ られない 」 ( 3) とい う認識が始まった 6 0 年代後半である。よって、社会教育実践 というカテゴ リーの成立 と、従来 「ごった煮」 としてとらえ られていたこの現象の分析が始め られたのは、や っと70年代にな ってか らである。70年代初頭 に刊行 された 『 社会教育実践講座 』 ( 氏 衆社)において、刊行委員の一人であった酒匂一雄は、学校教育の分野で教育実践の 概念が形成 されてきた筋道を先行研究 として学んで、社会教育実践 に対 して 「どうい う社会教育観をよ りどころに、 どういう教育 ・学習の 目的 ・内容 ・方法 にそってつ く りだされる活動 といえばいいのか」 ( 4 )と問いかけた。 これは、す ぐれた社会教育活動 を創造 ・発展 させ るための 「 座標軸」の確定 に向けてその意味を問い直 したことで も あった。

酒旬は先行の 「 卓越 した論説」 として小川利夫 と藤岡貞彦の研究をあげる。両者の 研究は、笹川の整理 において も、小川が 「 権利 としての社会教育」研究の視角を確立 し社会教育研究上 に位置づけ、藤岡は学習主体の探求や教育計画化論 においてその研 究の定着 に大 きな役割を果た したと位置づけられている。当時の社会教育研究の到達 点を示す もので もあった。

1 973 年 に著 された小川利夫の 『 社会教育 と国民の学習権』は、社会教育の現実構造 を問題 とした 1 96 4 年の論文 「 社会教育の組織 と体制 」 ( 『 社会教育講義』明治図書 所 収)を発展 させ、社会教育の本質論か ら 「 権利 としての社会教育」の研究の方法論を 確立 していった もの として評価 されているもので′ ぁる。「 社会教育 『 実践』の概念を現 代 日本の社会教育 『 民主化』のために必要な総体的な諸活動 として広 くとらえてい く。

いいかえるな ら、それは 『 国民の自己教育』運動の一定の発展 に即 して養成 される社 会教育活動 ・社会教育行財政及び社会教育政策の 『 民主化』のための総体的な批判 ・創 造を目的的対象 とする 『 一つの価値概念』の形成 として とらえ られる 。 」 ( 5) すなわち、

政策や行財政を含む社会教育総体の民主化への取 り組 みを射程に入れて考えている。

小川は法概念 としての社会教育の現実構造 として、社会教育政策、社会教育行財政、

(3)

社会教育活動 ( 社会教育行政の直接的対象)、国民の自己教育運動の 4 つの要素を措定 す る。すなわち、「 権力に支持 された理念」の一形態 としての社会教育政策の もとで、

それを現実化す る過程で現れる社会教育行財政 ( 公権力作用 としての社会教育行財政 活動の直接的対象 となるのか社会教育活動) と、国民の 自己教育運動の両者の外在 的 矛盾を明 らかにす ることによって、社会教育行政の本質追究へ と結 びつけ、 この外在 的矛盾の歴史的発展を見 ることによって、公権力作用 としての社会教育行財政活動 の 法的に付与 された公共性 と、それを現実に担 う階級性 との内在的矛盾を明 らかに し、社 会教育民主化のあ り方を問 うてきたわけである。かつて宮原誠一が着 目した 3 つの方法 概念 としての社会教育、すなわち 「 社会通念 」 「 法概念 」 「 歴史的範噂」 としてのあ り 方の中で、特 に 「 法概念 としての社会教育」を 「 歴史的範噂」の中に積極的に組み入 れることによって、「 権利 としての社会教育」を理解す る重要な意義を提起 したのであ る。

しか し、「 社会教育活動 は<国民の自己教育 >運動 ( 要求)に基礎をお くことによっ ては じめて正 しい意味での発展が可能になるのはいうまで もないが、<国民の自己教 育 >運動 ( 要求)その ものであることはできない」 と述べているように、小川の社会 教育実践の焦点は社会教育活動 にある。藤岡が総括 しているように、行 き着 くところ は社会教育労働 ‑職員論 となる本質論なのであ り、「 国民に自己教育運動 に学び ・結 び つ くことによって社会教育活動の担い手の努力を中軸 として、公教育 としての社会教 育の概念を下か ら形成」 しようとす る方向であったことがわか る。

これに対 して藤岡貞彦は、社会教育の学習論の立場か ら、社会教育の学習が民衆意 識の内面 にどうせま りえたかという教育的価値を求める研究を指向 した。「 社会教育実 践、それは‑‑・ 成人の教育 ・学習の場 における教育的価値を必須の もの として内に含 んで成立す る、社会教育活動の中核 としての教育 ・学習に関わる目的意識的な実践概 念である 。 」 ( 6) これは、社会教育実践 とは教育的価値の実現 に関わる教育 ・学習の過程 での 目的意識的な実践であるという定義であるが、単 に社会教育の場の狭義の教育活 動 ということではな くて、「 青年 ・成人の学習を科学的 ・主体的に援助する社会教育労 働者 にとって固有な仕事 ( 社会教育労働の教育価値的側面 )」 とあるように、「 社会教 育民主化総体のなかでの社会教育労働者の位置を明 らかにすること 」 ( 7) によ りウエイ トを置いている。社会教育労働者、すなわち 「 学習計画者集団 ( いうまで もな く学習 主体 としての民衆 自身 もまた計画主体 とな りうる)の教育的見識 と教育力の発動」を 社会教育実践 とよび、彼 らにおける 「 社会科学に基礎づけられた 『 教育学の学習 』 」 ( 8)

の必要性を述べているのである。 ここで 「 教育学の学習」 という所以は、社会教育労 働者 にとって、民衆の学習要求の高 まり、学習の内面 にどれだけ学習計画者 として科 学的にふみ こめるのか ということであ り、その力量を高めるために も、社会教育学習 論 ( 学習主体の変革 ・成長の教育学的追求)が深め られねばな らないということにな る

こうして、藤岡にあっては、小川の理論の問題意識 「 憲法 ‑教育基本法の国民的 解釈を基礎 として公的制度 としての社会教育を国民の学習のためにいかに改変 しうる のか」が行政論的アプローチにとどまっていることを指摘 し、教育 ・学習論 との統一

‑ ll‑

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的把握をめざすのである。「 学習主体たる民衆の学習における客観的 ‑主体的必要 は何 であるか。その求める学習要求実現のために、いかなる能動性がひさだされ るべきで あるか」 という社会教育実践分析の具体的課題を提示することになる0

一方、両者の研究を整理 した酒旬にとっての問題意識は、社会教育実践を学問の固 有の対象 として把握す る課題ではな く、あ くまで も 「 社会教育の民主化」など現実的 実践的課題のなかで問題 にす るところにあった。特 に、法改正後の社会教育の現場 に あって、社会教育実践の現実構造が公的な社会教育活動 と国民の 自己教育運動の外在 的、内在的矛盾関係で とらえ られたとして も、その両者 は 「 敵対関係 にあるのか」そ れ とも 「 公的社会教育の内部 に矛盾をは らみなが らも共存できるととらえるか」 とい

う、焦眉の課題が示 されていたのである。

よって酒旬は、「 藤 岡氏 は、教育的価値の実現 に関わる教育 ・学習の過程での 目的意 識的な実践 に重 きをおき、小川氏 は社会教育の行財政や政策を含む総体の民主化への とりくみとして とらえる」 と分類 しつつ も、より現実の構造か ら整理 を試みる。 それ は、社会教育実践を 「国民の自己教育 と教育 ・学習権の思想の発展に即応 して、住民 の学習活動を創造 し、公的に保障させようとする目的意識的なとりくみ」であると定 義 し、具体的な構造 としては、①住民 自身を社会教育の主体に変革す る過程、②教育 ・ 学習の過程、③条件整備 と社会教育行財政民主化の過程の三つの側面を持 ち、④住民 の生活に根 ざした学習 ・文化 ・スポーツ要求の徹底 した尊重を基底 とす る三角錐のよ うな構造」であると述べている。同時にこの構造は実践的に重視すべき課題で もあ り、

「とりわけ基底部のひろが りとあつみが、社会教育実践の質をきめる」としている。 ( 9)

社会教育実践の探求が現実問題 として浮上 してきた 7 0 年代 にあって、この三者 のス タンスはそのまま共通項 としての 「 権利 としての社会教育」に くくられた形で整理 さ れ、論争 にはな らなか った。何のための社会教育実践分析かは深め られなか った とい える。 しか しその場合で も、社会教育実践をめ ぐっては 「 社会教育 における教育実践 か、社会教育の総体を創造 してい く実践か 」 ( 1 0) という狭広 2 つのとらえ方の違 いがあ ったことは認識 されている。実践的には 「 社会教育の仕事が社会教育民主化 とふか く 関わっている以上 それは当然のことであ り、今す ぐに見解の統一をはかる必要 はない」

( l l )ということか もしれなか ったが、社会教育の科学への追求は求心力 としての 「 権利 としての社会教育」の構造 と実践の研究 に収赦 されていったことによ り、社会教育実 践概念は理論的な検討が遠 ざか って しまったように思える。

3. 大衆運動 を核 とする社会教育実践分析

「 権利 としての社会教育」研究 は、社会教育学習論研究に媒介 されることによ り、社

会教育民主化 ( 広義の社会教育実践)の構図を作 り上げる力 となるはずであった。 ま

た、実践を中核 として教育 を とらえようとす る指向とは、研究を通 じて教育現実 に働

きかける力を持つ とい う研究者の問題意識があったれぽこその方法論で もあった。 し

か し同時にそれは、「 社会教育 における教育実践」には結びついた ものの、「 総体 を創

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造 してい く実践」 までは行 き着かなか ったのではないか。すなわち、 この研究 が生涯 学習論の台頭のなかにあ って、教育全体の再編成 までを領域 にいれ る研究 とはなれな

いでいるとい う批判を許 している。 (12)

笹川はこれを研究上の 「 弱点」と述べ、 「 1 96 0 年代以後、日本社会 における勤労者 の 過半数を占めるにいた った労働者の自己教育 に関する研究が、着手 された ものの十分 には進展 しなか ったこと」を理 由に挙げている。労働者 の 自己教育研究 が中心 に位置 づけ られないと、研究基盤を狭めるばか りではな く、社会教育 の権利性 を 自由権 レベ ルにとらえる傾向が強 ま り、生存権、なかんず くその中核 たる労働権の視角か らの研 究が発展 させ られないことにな り、生涯にわたる学習権実現 の展望 が兄 いだせない と い う結果 に も陥 ったことを指摘する。 (1 3)

問題 はなぜ 自己教育 の研究が進展 しなか ったのかにある。労働者 の 自己教育 とい う 現実の活動 は、労働者 自身の主体形成 ( 14) の姿 ( 何の主体 かはそれぞれの実践 によ っ て も異 なるが)としてまず とらえ られるのであって、「 公的社会教育民主化 の主体」と す るのはあま りに も狭す ぎていることは事実であろう。公的社会教育 にこだわ る実践 は、実態を正確 には伝えてはいない。つまり、「 社会教育 における教育実践」につなが る労働者 の 自己教育 は、特殊な実践であるがゆえに典型化す る事 が困難 であ った とい うことが考 え られ る。

「 権利 としての社会教育」研究は、言い換えれば社会教育の 自由や民主化 とい った ( 敬 育 的)課題 に対 して社会教育実践を問 うという、教育学的発想 に貫 かれている研究方 法 ‑社会教育の教育学的研究である。教育実践を教育的価値 の実現 とい う立場 で とら え るな らば (これは酒旬 に して も、藤岡に して も学校教育 や教育学での研究成果か ら 社会教育 の実践を見てい った方法であ った。)、 どん どん実際の生活過程 か ら離 れてい くか、形式的に 「 社会教育 における教育実践」に限定 され ざるをえない。藤 岡は、「 教 育実践は、教育 の中軸 をなす教授 ・学習の過程に絶えざる批判検討 が加 え られ、学習 . 主体 の主体 的意欲 が分析 され、教材がみがさあげ られ、教育 その ものがそれを とりま

く非教育的条件か らまもられては じめてなりた っ」 ( 15) と定義 したが、正確 に定義 をす ればす るほど、その条件を満たす実践は兄いだす ことが困難 にな って しま うとい う問 題点がある。 となると、自己教育分析 も 「あるべ き実践 」 「 教訓 的実践」に偏 らざるを えな くなるのは必然である。「 権利 としての社会教育」研究は労働者の 自己教育研究を 位置づ け られなか ったのではな く、実態 として提示す ることにおいて制約 が多す ぎた

ことによ り、実証的な研究ができなか ったというべきであろう。

80年代 においては、行政改革や生涯学習政策の台頭に際 して、政策分析 とそれ ら国 家的形態の社会教育 に対抗する夷践の方向性を示す研究 ( 社会教育 の公教育性論 や住 民 自治の主体形成論)は進め られたとはいえ、実践を核 と して社会教育 の科学 を創設 す るとい う課題 はさほどの進展はなか ったように思える。行政改革の嵐を前 に、「 社会 教育 における教育実践」を防衛す るために 「 総体」 との関連が深 め られなか ったので はないか。 ともすれば、実践の実態を客観的に明 らかにす るとい うよ りも、理論 に都 合の良い実践が クローズア ップされ分析 されていたとい うことはなか ったか。 また一

一 1 3‑

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方では、生涯学習の流行 に際 して、研究が西欧の先進国 との比較 における 「 成人教育 学」や 「 成人発達学」の比較教育学研究に矯小化 される傾向に もな っていたのではな いか。生涯学習の台頭 といいなが ら、生涯学習 とはほとんど無関係の生活を送 ってい る多数派 としての勤労諸階層の状況を対象 とした社会教育実践論 はあったのだろうか。

「 権利 としての社会教育」にはとて も行 き着かないような人 々を対象 とした社会教育実 践が把握 されていたのか どうかにあるといえる。社会教育の民主化に必ず しも直接つ なが らないような労働者の 自己教育を、社会教育の総体 とのかねあいで位置づける方 法が求め られるのである。

「 権利 としての社会教育」研究が確立 される以前に、教育学者の五十嵐顕は国家 と教 育の関連か ら社会教育をとらえ、「 政治 と教育の中間存在」という定義を行 った。 ( 1 6) こ れは社会教育が教育の資本主義的性格の基礎であることを示 した ものである。すなわ ち、社会 の無意図的な教育機能を、国家が意図的 ・計画的活動 に組織化するために存 在す る 「 環境設定的な、中間媒介作用」 として社会教育を定義 し、「 政治」 と 「 教育」

に組織化 されつつある側面 としての実践を注 目したのである。「 教育」とは公教育 ‑社 会教育の場合では公的社会教育に組織化 された教育実践を示 しているが、「 政治」とは 権力を取得 と維持のための実践であ り、その中で人間の活動に働 きかけるといって も それは直接政治 目的に関わるものである。 しか し、そこには 「ある程度の教育学の要 素」が存在 していることも事実である。五十嵐によれば、「 教育の歴史的条件の推進 そ れ 自体 も単 に教育の本質における 『 外的作用』ではなか ったこと」を示 しているが、「 教 育」の条件をなす外的諸条件その もの も 「 労働者階級 と勤労人民 自身の教育を含む歴 史的過程」であ り、「 教育」を民主的に発展 させようとする主体の形成その ものが、「 教 育」の歴史的条件を進めることにな ってきたと述べている。 (1 7) 五十嵐の見解を 「 古典 的規定」 として踏襲 している小川利夫は、 この 「中間存在」を実態 としてではな く理 念 として とらえた。研究課題は 「 社会教育 における国家 と国民の問題」におき、その 教育的機能の特質を問い、現代の社会教育が 「 教育を受 ける権利」の一環 としての性 格 と機能を付与 されていることの現代的意義の吟味を求めていった。「 権利 としての社 会教育」を求める研究 に結びついていったのである。

第 2 節 「 社会教育」の社会学的研究か ら 1. 「 社会教育」の社会学研究の立場

小川利夫 と異 なるスタ ンスで研究を進めた教育学者に福尾武彦がいる。福尾は社会

教育 を学校教育 の補足、拡張、学校教育以外の教育要求 にこたえるとい う意味で 「 学

校教育 に対 して特別の意味を持 って生 まれてきた教育」 とする宮原誠一の理論 を一面

的であると批判す る。社会教育 にはそれと同時に、学校教育を基盤 と しなが らも 「 生

産や生活の矛盾を反映 して生 まれてきた側面」をがあることを重視 し、それ らを二つ

の基軸 と名づけている。両側面 における教育活動 は一部が公的社会教育 に組織化 され

(7)

ているが ( 社会教育活動は前者の側面を もっぱ ら取 り扱 ってきた)、歴史 も浅 く不十分 であり、む しろ自己教育運動 として行われている部分のほうが歴史 も長 く量 も多いと している。 ( 1 8) そこか ら、社会教育の現実形態 として、公的社会教育 と自己教育運動 ( 宿 動)の両者を提示 し、 自己教育運動には 「 大衆運動 の教育 的側面 を含 む」 と述べてい る。社会教育本質論の認識 において、社会教育活動 に偏 らずに自己教育運動 の側か ら 社会教育実践概念のとらえ直 しをはか っていったのである。 (1 9) 福尾は、この両者の関 係を社会教育法制上本来は矛盾す るべき性質の ものではないと しつつ も、政治的民主 主義や教育 の自由の原則が守 られない場合 には対立や矛盾をは らむ ことになることを 指摘す る。「 協力 しなが らたたかい、たたかいなか ら協力す るとい う、いわば緊張 と連 帯 の関係」があ り、その中で社会教育が発展するとも述べている。 このよ うに、社会 教育実践 の現実形態を もとに考察す る研究方法 は、教育学研究 とい うよ りは社会学的 研究に近 い ものがあると考える。

実証研究を積み上 げることにその意義を求めていた社会学的研究では、 まさに理念 としてでな く実態的に明 らかに しようとするため、五十嵐のい う 「中間存在」を実証 しようとする。「中間存在」を公的社会教育 に求めて社会教育学を構想す る 「 権利 とし ての社会教育 」 研究が存在す るのな らば、それを国民の 自己教育運動 に求めて社会教 育学を構想す る研究 も重要であろう。 自己教育運動のなかで実態 として求 めるな らば、

筆者は大衆運動 といわれる実践 に注 目す る。なぜな らば、「 生活の矛盾を反映 して生 ま れてきた」 ものは、実態 としては教育 ‑学習が先 に存在す るのではな くて民衆の運動

としてまず発現 してい くか らである。 自己教育運動のなかに 「 大衆運動 の教育的側面 」

が含 まれ るのではな く、大衆運動の一部 に自己教育運動 と呼ばれ る ものがあると考え るか らである。大衆運動は運動 と名前がついてはいるものの実態 と しては組織化 の途 上 にある存在 として不安定 ( 矛盾の中にあ り)な ものであ り、絶えず動 いている存在 である。 しか も、大衆を主たる構成員 とす る実践 は教育が不可欠であ り、大衆 自身 も.

その活動 の中で自らの人格の発達を達成 してい く活動である。 このよ うな活動 は、政 治運動の領域で対象 とす るよ りも、発達 しつつあるもの として、教育 レベルの領域で の対象 としたほうが、より本質に近 い ものが理解できるとも考 える。大衆運動 の実証 的研究を通 じてその 「 教育的側面」を研究する社会教育の社会学 的研究 は、以上 の課 題 に対応することによって、「 権利 としての社会教育」研究の弱点を解消す る一助 とな

るに違 いない。

これか ら整理 しようとす る社会教育の社会学的研究 は、従来 か ら J a p an e s eS o ci al E d u c a t i o n ない しは J a p a n e s eC o m m u n i t yE d u c a t i o n を社会教育の内実 として とらえ、「日 本的」 という立場を重視す る中で実証的な研究を行 ってきた。社会教育 は特殊 日本的 用語であ り、従 って 、A n d r a g o g y ( 大人の発達科学)で も A d u l tE d u c at i o n ( 成人教育学)

としてで もな く、科学の対象 として社会教育 をとらえようとす る研究 は、民衆 の学習 要求の高 ま りのなかで社会教育実践 として存在 してきた事実を検討す ることがまず求 め られたか らである。それはまた、概念化 によって科学を創出す るとい うよ りも事実 か ら科学 を証明する‑ 「 事実か ら理念へ」に挑戦す る研究であ った ともいえ る。 ( 2 0)

‑ 1 5‑

(8)

この立場か らす ると、地域 の中で展開 されている学校教育以外の教育実践 は全て社 会教育の科学の対象 とな り、公的社会教育の活動 はその特殊な形態 にす ぎないことに なる。 これは同時に、学校教育 も子 どもの教育 としては一部分 にす ぎないとい う、教 育全体を も相対化 して考 える新 しい教育 の科学の提唱に も向か っていた。つ ま り、教 育実践 とい う名 目で行 われている実践 だけを対象 とす るのではな くて、教育実践 の総 体を創造 してい くような実践を も対象 とす る中で、一つの学問を発展 させようとす る 試みであ った。

2. 「 地域づ くりと社会教育」研究 と して

(1) 実証研究課題 1 一地域づ くりの課題 と社会教育

これまで行われてきた 「 社会教育実践」の実証研究の中心点の一つは、「 社会教育 に おける地域」を検討す ることにあ り、テーマとしては、「 地域づ くりと社会教育」とし て取 り組 まれてきた。 このテーマでは従来か らウェイ トのおき方 によって二つの研究 方 向があ ったことを指摘 してお こう。

一つは 「 地域づ くりの課題 と社会教育」 として、現代の地域づ くりにおける社会教 育の役割が問われた。地域づ くり ( 再編) とは地域なお し‑事実の置 き換えのことで あるか ら、住民の教育 との関連では、特 に階級社会 における地域づ くりをめ ぐって、① 誰が ( 直す主体)②何 を③ どう直すのか ということ、地域 なお しの対象 と方法 におけ る矛盾を実証的 ( 特 に地域の 「 設計」にかかわる縦の関係 と 「 協 同」 にかかわる横 の 関係をめ ぐって)に解 明 し、その中での社会教育の公共性の意味を問 うことが課題 と な った。

東北の事例か ら分析を試みるな らば、農業をは じめ とす る第 1次産業を中心的産業 と しその社会関係が存在 していなが らも、開発政策下で‑ ンデ ィキ ャップ地域 とな って いるような地域 において、 コ ミュニテ ィ組織や運動体 において課題 とな っている地域 づ くりにどの様 に関わる公的社会教育が実現できるか とい うことである。

青森県 の典型事例か らみると、他の東北各県 と同様 に、青森県の農村 において も経 済構造調整政策下での農業 ・農村の衰退が進 んでいる。農家、農業生産の減少、出稼 ぎ率の増加の問題ばか りではな く、農業の衰退が地域経済 に与える影響を見 ると 2 倍以 上の最終効果が試算 され るなど、米価引き下げ、 自由化 は農業者 だけでない地域全体 の問題 とな っていることが指摘 されている。 また、青森県独 自の問題 としては、核燃 サイクル施設建設 とい う 「 開発 と住民 自治」をめ ぐる課題がある。四全総の開発政策 の中で‑ ンデ ィキ ャップ地域がつ くられ、地域差の拡大 は農村部で一層深刻 とな って いること、すなわち、「内発的発展 としての地域づ くり」をめ ぐる中央 と地域の主導権 争 いのなかで、住民を主体 と した地域振興 のあ りかた、そのなかでの公的社会教育 の 役割などが問われている。以下 2 つの地域の事例か らみてみることにす る。

( a) 黒石市の事例

(9)

7 0 年代後半か ら 8 0 年代 における黒石市では、地域基盤の空洞化 に対 して コ ミュニテ ィ組織を重視 し、1小学校区‑1公民館区 として公民館 と地域組織 ( まちづ くり地 区協 議会)をセ ッ トとした運動が展開された。 これを支えたのか地区公民館 2 人主事体制の 確立であ り ( 7 3 年 ‑ 1中央公民館 5 地区館 ・主事 8 人か ら 、8 0 年 ‑中央公民館廃止、 8 地区館 ・主事 1 6 人体制へ)、① まとまりか らビジョンへ、②行政頼 りがちか ら住民の手

による地域づ くり、③地区民か ら市民へ、などの啓蒙型の組織化を展開 した。 コ ミュ ニテ ィ組織を基盤 として公的社会教育が組結化す る地域づ くりの典型 といえ る。 しか し、「 意識啓発」の達成の時点で 「 地区の世話活動 は 1 人で十分、 もう 1 人は地 区内の 人を出 したほうがや りやすい」という意見が出始め、自治体の財政悪化 もあ って 、8 8 年 県生涯学習のまちづ くりモデル都市に選定 されて以降 2 人体制は崩壊 してい った。 ( 9 4

年 ‑9 地区館 ・主事 1 0 名、非常勤 9 名) ぐるみ型で地域課題の共有や行政 と住民 の責任 分担の合意形成な どをめざした運動は、 コ ミュニテ ィやアメニテ ィの形成 にはな って も環境政策 や産業政策 に結 びつ く地域づ くりには進展 しなか ったとい うことである。

公的社会教育が中心的役割を担 ったコ ミュニテ ィ政策 において、何を直すのかの視点 にどうかかわ ったか ( 学習課題 として)が課題 とな っているといえる。

( b) 六 ヶ所村の事例

核燃サイクル施設の受 け入れをめ ぐって、「 核燃 と共 に歩む地域づ くり」と 「 核燃 を 拒否す る地域づ くり」が対抗 している中で行われた 9 1 年知事選では、推進派が辛勝 し た。 ( 六 ヶ所村を含む南部地域では圧勝 したが津軽地域では負 けていた。)反対運動 の 側の分析では、「 学習活動の積み上 げの差」がI T番の理 由に挙げ られたが、圧倒的な PA

活動の展開 と電源三法交付金をは じめとす る補助金行政 によって 「 核燃 は反対で も知 事 は現職 」 「 風評被害 よりも現実の補助金」を選択 した県民が ( 特 に南部地域)多か っ

たことを示 した。 これは反対運動 に対 して 「 危険‑反対」か ら生産の問題を含 む地域 づ くりへ学習の中身を探化 させ ることを提起 した。それは地域づ くりが安全 の問題 か .

ら総合施策 としての自治体政策 まで発展することであって、地域の担い手 における 「 争 点」の 自覚化 と発展が求め られている。 しか し現実では、公的社会教育 はこの 「 政治 的」課題 に関わ らないとい う 「 主体性」で もって地域の社会教育を実践 している。争 点を明確 にす ることを対象 としない、社会教育が地域課題で動 けないとい う体制が作 られている。 ( その代行は交付金によって設立 した外郭団体である 「まちづ くり協議会」

が行 うことによって 「 核燃 と共 に歩む」地域づ くりの PA 活動が展開されてい る。) 7 0

年代に開発の是非をめ ぐって 「 政策主体の創出」といわれた六 ヶ所村の学習運動 は、市 民 グループの行 った全有権者 ア ンケー トの回収率 (95 年 8 . 0 6 %、 97 年 2 . 4 %)に示 され る ように、地域づ くりの学習が進んでいるとはいえない状況 にな って しまった.地域開 発政策や生産 と労働の問題 に対 して、基盤の弱い農村地域が対応す る典型例であると いえ る。

以上の状況か ら、現代の農村 において地域づ くりの主体形成 に関わる学習課題 には 次の点が考慮 され るべ きである。 まず地域づ くりが求める中身 には①住み良 さ‑コ ミ

ュニテ ィとリージョンのあ りかた ( 地域 自治をめ ぐる縦 と横の関係) ( 2 1 ) 、②豊 か さニ

ー 1 7‑

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リッチとウェルスイー ( 金銭 と金銭には換え られぬ豊かさ) ( 2 2) の関連、がある。 これ らは、地域文化 に対する評価能力を自らが体現できる・ 主体形成がめ ざされるとい うこ とである。 しか しもう一つの側面、固定性 ・非流動性 という現実の地域か ら発想 して みると、「その地で生きられる」ということを重視するべきである。 これは、個人主体 ・ 地域概念拡散 の生涯学習 とは異質である。地域の特質、優れた点の見直 しなど、具体 的に現実の中か ら考えること、地域の主産物の側か らの学習 ‑生産や労働の問題を視 点 にいれ ざるを得ないという側面である。公的社会教育 において も、以上の事柄 に見 られ る争点 ・論点を通 して具体的に考えてい く学習活動が求め られてお り、それは共 同 ・協 同を通 じた住民 自治の形成や 「 何をどう直すのか」の主体形成 に結 びつ く課題 につなが ってい くといえる。

( 2) 実証研究課題 2 ‑社会教育 における地域づ くりの意義

もう一つの課題 は 「 社会教育 における地域づ くりの意義」を対象 とす るもので、地 域づ くりに結 びつけて. 検討す ることが社会教育の理論 ‑実践にどう貢献するのかが問 われた。例えば、歴史的条件 としての現代の地域が持 っている固定的要素や非流動的 関係、歴史的段階 としての地域的人格の矛盾 ( 社会的諸関係によって規定 されている 側面)などか ら、「 地域課題の民主的確定」と 「 地域づ くりの条件」、「 原動力」、「 変革 対象」 としての地域の聞達を問 うことや、住民 自治発達の発現様式 と しての地域 と発 展方 向の 関連 を 「 社会教育」を通 して探 るなど、住民 自治の発達過程 における地域の 問題 ( 地域 の教育力 ‑教育主体のあ り方 を含む)を実証することなどがある。 これま での実証的研究の成果 として次のような事柄があげ られる。① 日本の近代社会教育は 地域づ くりを対象 として展開 されてきた土と。 どのような地域 を担 う主体 を形成すべ きかは、地域政策 に必然的に付随 し発展 し、かつ対抗 として も発展 してきた。 ( 存立の 歴史的根拠)②社会教育 は住民の 自己教育が住民 自治の形成に関わることを もって公 的性格が与え られていること。 ( 公的社会教育の根拠)③学習主体の活動の実証か ら学 習主体 は教育主体 として転化 してい くこと。( 発達の社会学)学習の実態 ‑成果はその 主体が発揮 している何をどう変革 しようとしているのか という教育力 によった実証で きること、などである。 この課題 を追求するためには、次 にあげる研究か ら学ぶ とこ ろが大 きい。

( a) 内発的発展論が提起 した もの

「 地域づ くりと社会教育」のテーマは社会学研究以外で も取 り組 まれている。地域

くりはなん と言 って も地域経済の課題である。地域経済の研究では地域づ くりにおけ

る内発的発展論 ( 23) が展開 され、内発的発展のための社会教育の意義 ( 2 4) が指摘 され

ている。住民 自治 に依拠 した地域づ くりを方法 として提示 し、社会教育 は課題 として

投 げかけ られ る ( 条件を創 り出す主体形成の重要性)のである。そ もそ も経済学研究

は、市民社会の解剖学 としてその法則性の研究が主たる対象であった0「 貧困化」や 「 疎

外」 とい った現実過程 において、主体形成をせ ざるを得ない人間の出現 を予測 してい

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った。 ( 「 人間が変わるか ら社会が変わる」 とい うよりも、「な るように しかな らない」

という意味での社会の法則を提示 し 「なれば人間は変わる」 ことを示す方法 :社会学 でいえば 「 個人‑集団‑社会」 という方法ではな くて 「 社会一個人‑集団」 とい う方 法)

しか し社会教育学研究に対 しては、単なる課題や条件を提起 しだけではないことを 見 る必要がある。例えば 「 人間発達の地域づ くり」を構想す る発達 の経済学研究では、

地域づ くりは人間発達の課題 ととらえており、「 経済学的認識 +人間発達」や 「 効率性 ・ 経済性 ( 生産性向上運動 ) 」 ではな く 「 発達保障の地域づ くり」が現代地域づ くりの基 本的課題であるとしている。生 き方 と地域づ くりは もともと統一 されていた ものであ るか ら、人間の生 き方 としての地域を考えることの重要性 である。すなわち、人間発 達の原理の中に地域や地域づ くりを位置づけるということである.

人間の歴史を支えてきた二種類の生産 ( ①家族、生活過程が由 ってきた人 間の直接 的生産②企業を中心 とした労働過程が担 う物質的財貨の生産) に地域環境が独特の形 態を与えることを見る。家族の関係は財産原理ではな く発達原理 に基

く 「 独立 した 人格相互の直接的結合」へ変わることであ り、富の生産の場面 では商品化の論理が貫 徹 して行 くが、労働力の商品化は労働者が 「 二重の意味で 自由」な関係を創 り出 して い くことな ど、人格 と労働能力の区別の上 に立 った人格的独立性 や労働能力 の多様な 形成を促進す る過程である。 これ らはあ くまで も潜在的可能性 と して存在す るもので あるが、地域 を人間の発達を担 う潜在力 としてとらえる立場 ( 2 5) か らす ると、顕在化 させるものとして 「 民主主義的人権の発展」が措定 され る。 これ らは地域の諸関係の あ り方を示す ものである。

地域

くりは人間発達の過程に結びついてお り、人間発達の原理 であるか らこそ社 会教育学の対象 として地域づ くりがあることを認 めざるを得ない。 さらに進 めば、社 会教育の学問研究の単位 として 「 地域づ くりの実践をめ ぐる教育 ‑学習活動」が措定 . できないか。 もし社会教育の科学を作 るな ら、一個の独立 した科学 はその科学の対象

となる事実が全一体 として備えている特殊性を土台 として成 り立つ (自己教育、学習、

人格の発達 な ら教育学でよい) ことか ら、要素ではな く固有な基本的特質のすべてを 備えた部分を検討することが必要である。地域

くりの中に具体化 されている 「 社会 教育」の諸関係の矛盾 と止揚の道を明 らかにす ることは、以上 の課題 に結 びつ くもの であると考える 。 ( 26)

( b) 主体形成論的社会教育学が提起 した もの

鈴木敏正 らの構想する 「 主体形成論的社会教育学」において も、地域づ くり ( 住民 自治の発達)に関連 させて社会教育の理論 と実践を検討す ることの意義を、次のよう に示 している。

地域づ くりにかかわることは、実践的な課題だけではな く、同時に 「 現代的理性の 形成」における意義かある 。 ( 2 7) 地域づ くりは疎外 された現代的人格が個別性、自然性 を脱 して社会化 してい く過程であ り、地域 に限定 される故 に公共性、協同性 の獲得が 重要であることか ら、地域 ( 市町村 自治体)の レベルにおいて住民が公民、市民を続

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‑ してい く運動であると位置づける。人格の発達 としての理性の形成を地域づ くりの 中で発揮 される自治能力の形成の文脈の中で問題 とする 。 ( 28) 地域づ くりの学習論的再 編成 とは、地域づ くりに社会教育実践論的な意味づけを行 うことが固有 の課題である が、それは地域住民が 自己疎外を克服 し主体形成を遂 げてい く過程 として位置 づ け 組 織化 してい くことにはかな らない。すなわち、地域住民の二重の矛盾 ( ①公民 と市民

②私的個人 と社会的個人)の克服を社会教育実践で達成す ることである。そのために は現代的理性の展開過程の分析が必要 となるが、そこでは、個別的生活課題 ‑ 「 個性 化認識 」 (自己意識化)や抽象的普遍的問題 ‑ 「 法則化認識 」 ( 悟性化)だけではな く、

それ らを統一 した 「 課題化認識 」 ( 上原専禄)としてとらえること、地域課題の認識 を 通 して実践的に統一す ることによる 「 理性」の展開を問題 とする。

3. 「 社会教育の社会学 」 の課題

以上の提起か ら新 しい枠組みでの実証研究の課題を読みとる。「 課題化認識」の指摘 は内発的発展論の守友裕一 も同様に行 っているが、そうであれば、 60 年代 には提起 さ れていた 「 地域 に根 ざす国民教育運動」が80年代になぜ前進できなか ったのか。「 研究 は低成長期 の教育問題を解決 させるまでにいた らなかった 」 ( 2 9 ) とした久富善之の指摘 を待つまで もな く、地域 に根 ざした ぐらいでは学校 ( 教育)も地域 も変わ らなか った。

学校 ( 教育)と地域の帝離 ・離解 は肥大化 している傾向にある。 これは 「 課題化認識 」

の困難性 を示す ものであって、学習的再編成や 「 理性 」 を分解 して検討する ことのみ では難 しいといえよう。

そこには課題 として第一 に、「 疎外 された人格 」 ( 概念) と人格 の地域性 ( 実態)の 関連を問 うことがあげ られよう。 K. Mar x の 『ドイツイデオ ロギー』において、「 地方 的個人 」 か ら 「 普遍的個人 」 への枠組みの中で人格の歴史性 と地域性の関連が指摘 さ れているが、過渡的に存在する地方的な共同体的関係 ( 国家など)をめ ぐって、「 地域 」 は 「 見せかけの共 同体」 と 「 真の共同体」の矛盾 ・対立関係の中に存在 している。階 級社会 における 「 地域」は国家権力によって分割 された領土 と人 口の区分、住民がそ の障壁を乗 り越えて結 びつ くのを妨げ、逆 にその中で共 同性を育成す る場 と して位置 づけ られ る。 こうした中で存在する人格 ( 過渡的人格 としての地域住民)は疎外 され た現代的人格であ りつつ も、「 共 同‑連帯 」 と 「 支配 ‑設計」の問題を同時に自らの発 達の課題 ( 住民 自治 と して) とする人格である。 これを実態に即 してみれば、学習主 体 としてのあ り方 よ りも教育主体 としてのあ り方の違 いではないか。地域を対象に普 遍的人格 を問題 とするな らば、歴史的段階 としての地域的人格 の矛盾を示 し、発達課 題 と して実証することが課題 となろう。

そのことは第二 に、学習論的再編成か ら教育論的再編成へ と進める課題 につながる。

「 課題化認識 」 にいたるプロセスにおける 「 教育」の役割である。

「 社会教育」 とい う教育活動 には、①公教育 ( 教育労働 ・主権者 として担 うという

形で関与)②大衆運動の教育的側面 ( 参加 ・不参加 という主体的意志で関与)③相互

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教育 ( 生活過程で関与)の側面がある。個人は①〜③の共同体的関係を重層化 して 「 教 育」に関与 していることを もって教育の主体た りえる。変革主体 とはその対象 ・方法 への意志を持 っている存在である。学習がなければ変革主体形成に結 びつかないが学 習主体が地域づ くりの主体ではない。「自己変革か ら人間変革へ」の立場 ‑学習主体‑

教育主体の形成の問題が重要であり、担い手 ・ 主体は教育主体 として検討すること、教 育主体形成論 に結 びつ く学習論が必要 とされる。教育の歴史的条件の推進それ 自体 も 単 に教育の本質 における 「 外的作用」ではなか ったこと、外的諸条件その もの も 「 労 働者階級 と勤労人民 自身の教育 を含む歴史的過程 」 ‑教育主体形成 その ものが外か ら 持 ち込 まれた物ではな く 「 教育」の歴史的条件を進めてきた。五十嵐顕が指摘 したよ

うに、教育主体は自然成長的ではな く、「日本の社会的環境の全影響 に対 して、一定の 支持 と一定の拒絶を持 って答えることによって、彼 らに対する形成を選択す ることに よって、自らを教育 している」のである 。 ( 3 0) 教育主体形成 もまた自己教育の過程 とし て社会教育の科学の対象である。

社会教育の社会学は、単位 として設定 された 「 地域づ くりの実践をめ ぐる教育 ‑学 習活動」の実証的研究を通 して教育 ・学習理論 ( 学習主体‑教育主体の形成 によ って 実証す る発達理論)を作 り出す課題がある。 'そのためには、①地域づ くりの担い手 ‑ 地域的人格の存在形態② 「 課題化認識」のための教育 ( 制度 ・労働)を作 り出す地域 ( 発達の条件 としての地域 、発達の原動力 としての地域、変革対象 としての地域)杏 実証 しなか ら学習主体 の発達 のプロセスか ら教育主体の形成を検討す ることである。

どのような 「 社会教育」が どのような地域づ くりの学習を通 じて どのような教育主体 ( 「 課題化認識」を もつ変革主体)を形成 していったのか、地域づ くりの教育主体の形 成 ・発達を実証す ることによって、「 社会教育上 学習活動のあ り方 ( 公的社会教育の 意義など)を提起す ることにつながると考える。

第 3 節 大衆運動 における教育実践 をめ ぐって 1. 社会教育の歴史 における大衆運動の位置

大衆運動 はこれまでの社会教育の研究でどのように取 り扱われてきたか。社会教育 史の研究によると、日本 において社会教育 という概念は、明治 1 0 年代か ら 20 年代 にか けて、産業資本の成立期 に社会的貧困や労働問題の発生に対応 して生まれた といわれ ている。それは社会的教育 といわれ、国家が行 う公教育 ( 学校教育)を補足 し、社会 政策的な意味を もつ教育活動 として現れた。山名次郎の 『 社会教育論』( 明治 25 年)に よると、その教育活動の主体は長者先業、紳士、有志者、富豪などの支配層であ り、初 期資本主義社会が生み出す労働貧民が 「 恩恵を受 ける」 という形での対象者 とな って いた。 よって、当時存在 していた大衆運動 (自由民権運動の中で生 まれてい った農民 の学習活動や、後の労働者階級 に見 られる自己教育など)はこの社会教育概念 には内 包 されなか った。

‑ 21‑

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その後、産業革命を経て 日本資本主義が帝国主義の段階に達すると、一方では安上 が りな職業技術教育が 「 通俗教育」の名で始め られ、資本主義化に対応する労働力養 成 と して学校教育を補完 してい った。 しか し他方では、階級分化を進める農村地域の 再編成に対 し、それを天皇制の枠内で思想強化するために青年会や教化団体 の育成 と い う、積極策 を とらざるをえな くな っていた。つまり、全国民を対象 とした社会教育 の主体 と して公権力が登場 し、国家政策 ( 公教育)としての社会教育が拡大 される。公 的社会教育 と して制度化 された社会教育は、労働者階級を中核 とす る地域 における国 民の 自己教育 ( それは運動 ‑大衆運動 という形を取 らざるを得なか った。) と対抗 し、

矛盾 と対立 を含みなが ら展開 されていったのである。

このよ うに、近代 日本の社会教育の歴史は、絶対主義的天皇制の もとでの資本主義 発達 とい う展 開過程の中で成立 ・成長 してきたのである。それは社会教育を通 して諸 個人を発達 させ るとい う教育の論理よ りも、地域を対象 と‑ して制度や政策が展開 して きた とい う事実がある。社会教育の団体中心主義はこれを端的に示 している。近代国

̀家 にとって国民 を政治的に統合することは重要な課題であ り、地域住民の統合の手段 と して、政治権力 だけではな く文化、宗教、イデオロギーなどが用い られるが、教育 もまた重要 な もの として位置づけられたか らである。地域住民が国家を担 う 「国民」へ と統合 され る過程の中で、近代公教育や社会教育が整備 されてい ったといえる。 これ らを社会教育 の 「 地域的伝統」 としてとらえ、戦後の社会教育法 に引き継がれたとす る見方 もあるが ( 3 1 ) 、少な くとも戦前の大 日本国憲法 ‑教育勅語 ( それは必然的に軍人 直職に結 びつ く体制)体制において、地域住民 ( 国民)の自己教育 ( ない しはその運 動)が公教育 と しての社会教育法制の対象 となったことはなか った。社会教育法制で とらえれば、戦前 と戦後では社会教育の概念が対応する対象は明 らかに断絶 している。

しか し、実践 と して存在 していた教育活動を問題にすれば、戦前 において も、大正 デモクラシーの時期に一斉 に広が った民主主義運動や労働運動の高揚 は、教育制度の 全面改訂 ( 臨時教育会議 ・1 91 7) や文部省の社会教育課設置 ( 1 92 4) などに影響 を与 え、体制 内化 した 自己教育運動の 「 思想善導」か ら思想取 り締 ま りへ と進 まざるをえ なか ったよ うに、法制 自体を変える動因として重要な役割を果た していたといえよう。

大衆運動 は国家や支配層の ( 公的)教育上の意図とは別個の所で も発生 し、地域 の教 育 や社会的教育 において大 きな位置を示 していたばか りでな く、社会教育の本質認識

の うえで も重要 な概念であ ったことがわかる。

戦後 日本 においては、 ファシズムの敗退に伴 って新 しい社会教育法制が 日本国憲法

‑教育基本法 の体制の中で打 ち立て られた。新たに法制化 された社会教育法 によると、

社会教育 が国民の権利 として とらえ られるようにな り、国民の自己教育の保障を基本 に した公的社会教育の発展が求め られるようになっていった。戦後の 日本では市民革 命を果 た した先進資本主義国 と同様に、教育の対象にす ぎなか った国民が社会教育の 主体 と して登場 してきたのである。すなわち、主権者 としての国民は公的社会教育を 担 う ( 公の もの と して発展 させ る課題を担 う) ことによって、社会教育の主体た りえ

るとい うことである。

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問題はその 「 担 い方」 にある。公的 とい うのは 「国及び地方 自治体」を示 している か ら、第一 には公的な社会教育労働 と して、あるいはその参加者 と して直接的に担 う ことが考え られ る。 しか し、社会教育 は 「 家庭教育、勤労の場、その他社会 において 行われる」 とい う理念 ( 教育基本法)に立 って考えれば、社会教育 の 「 担 い方」 を公 的社会教育の活動領域 に限定す ることは不適 当である し、それはまた公的社会教育の 発展を狭 く考え ることに陥 るであろう。公的社会教育の発展 は国民の 自己教育 ・相互 教育 を保障 し発展 させ ることにあった。国民の 自己教育 ・相互教育 は生活のあ らゆる 場面 において、意 図的に も無意図的に も、 フォーマルに もイ ンフォーマルに も、様 々 な形態で 日々営 まれているものであるか ら、社会教育の発展 とは、公的社会教育 のみ な らず、国民の 自己教育 ・相互教育の発展 と して もとらえ られ るのである。生活過程 で行 われている自己教育 ・相互教育 も確かに存在す るが、意図的 自覚 的に行 っている 運動 もあ り、それが即 目的には大衆運動 として存在 しているのである0

このように、独 自の社会教育的存在であった国民の自己教育運動 ( 大衆運動 も同 じ)は、

戦前 では公権力の干渉す る対象に しかす ぎなか った ものであるが、戦後の社会教育法 制の中で初めて社会教育 を形成す る一方の柱 として重視 されてきた といえる。 こうし てみると、以上 の過程 はそのまま社会教育民主化の歴史で もある。社会教育 を民主的 に発展 させ ることは、抑圧 ・対立 としてあ った国民の 自己教育運動や大衆運動を どう 位置づけるかにかか っていたことがわかる。実態 として存在 している大衆運動 の社会 教育実践 としての意義を兄いだす ことが必要 とされる。

2. 「 大衆運動 の教育的側面」 について

日本の大衆運動の 60 年代的到達点の成果 として社会教育の世界にイ ンパ ク トを与え た ものが、いわゆる 「 枚方テーゼ 」 ( 1 9 6 3 、大阪府枚方市教育委員会)である。テーゼ の第 5 項では 「 社会教育 は大衆運動の教育的側面である」と宣言 されてお り、社会教育 と大衆運動 の関係が初めて前面 に出て くる実践的提起があ った。 ここでは、社会教育 の主体 を住民運動 な どを旺盛 に展開 している 「 市民」 におき、テーゼがイメージ して いる大衆運動 は、直接的には階級的契機をは らまないいわゆる地域民主主義運動 やそ の他市民運動 の ことである。 これは同時に、政党、労働組合な どによる 「 階級社会の 構造 を明確 に した うえで、階級関係の直接的 ・具体的 ・改革を意 図す る」運動 ともま た違 った ものであることを示 している。大衆運動の中に展開されている 「 教育的側面」

こそが社会教育実践の具体的な内実を示す とい うことなのであろうが、 このテーゼの 意図す るものはどのような大衆運動の どのような側面の ことなのであろうか。

これまでの研究の中では、小川利夫は 「 枚方テーゼ」を社会教育法の国民的解釈 ‑

「 下か らの公教育概念 としての社会教育」を示す もので もあ った と評価 し、テーゼを検 討 して大衆運動の意義に言及 して いる 。 ( 3 2) つまり、これ らの運動 は大衆的であるがゆ えに構成員 も雑多な層の人 々を含んでいる集団が対象 とな ってお り、同時に、資本主 義社会 に存在 している以上、 自らの体質の内部 に一種の疎外現象をか もしださざるを

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得 ない もので もある。 よって、運動 は学習を要求す る。それは、運動の方針の理解の 学習 とい うよ りも 「 運動の主体であることを問い続 ける学習」である。 このテーゼを 作成す るに当たって影響を与えた書物である宇佐川満・ 福尾武彦編 『 現代社会教育』( 誠 文堂新光社 1 9 6 2 ) で、野呂隆が大衆運動 と社会教育の関係を論 じ、前記の学習を示 し ている。小川は野 呂の観点を踏襲 しているが、その学習の中身 は 「自分 自身の内部 に たちかえ って、運動の中で 自分が どうなるか、どう. なることで運動を進めてい くのか を問 う 」 「 運動の形態 ・方法を状況のなかで間いつづける 」 「 運動の客観的な展望 を見 通す努力をつづ ける」 ことなどがその内容 となっている。そのような学習を進めてい くもの (その契機や条件を創 り出す もの)が、教育的側面 として社会教育実践を構成 しているもの と分析す るのである。

小 川 はさらに大衆運動の現代的意義 について も言及 し、それは 「 階級 ・民族 ・人類 とい う三つの次元」においてとらえ られなければならず、さらにこの 「 三つの次元」を 貫 くもの と して 「 民族の独立問題」が全面にすえ られる必要があると述べている。単 . なる 「 大衆 の学習運動」ではな く、その積極的意義 ‑言い換えれば発展 しなければな らない 「 必要課題」を求めるのである。 しかるに、小 川 はここか ら 「 学習主体 におけ

る意識の 自然発生性 と意識性」 という原則的な問題を提起 して くるが、その際に大衆 運動 における学習が 目標 としているはずの 「 一定の 自己認識の性質」を理解す ること が必要 だとい う。そ して 「 労働者階級の 自己認識」 というレベルの分析 に進んでい く のだが、それは小川にとっての大衆運動の 「 必要課題」ではあ ったとして も∴それが

「 一定の 自己認識」として認め られていたのかどうかが問われな くては理論 として一般 化す ることは無理があると思える。 「 『 学習』 と 『 教育』 との理論的かつ実践的な相互 関連」を考察 し、ス トライキをは じめとする直接行動が即労働者教育ではな く、労働 組合運動 における自己教育運動の動 きの意義を指摘 してはいるが、大衆運動 における 学習が労働者の階級教育をめ ぐる啓蒙 と教育の問題 につながる、ない しはつなげなけ ればな らない というのは、明 らかに飛躍がある。

大衆運動 を 「 学習的側面」ではな くて 「 教育的側面」で検討す るとす るな らば、小 川のいう 「 運動の主体であることを間いつづける学習」 自体が、誰 にとって どれほど 教育的課題 であったのかが問われな くてはな らない。 さらには、その学習の契機や条 件 について、「それは 『 運動』だ」といったのでは悪循環であると述べているが、大衆 運動の論理 を労働運動の原則的な認識の問題 ‑ 「 社会主義運動一般」 と 「 狭い意味で の トレー ド・ユニオ ンとしての組合運動」 とに区別す る認識が、社会教育 と大衆運動 の関係を問題 にする際の中心的課題なのであるか どうか も問われ るべ きである。む し ろ運動 自身のなかにおける、「 大衆的である」ところか ら創 り出され る教育的諸関係を 抽 出することが必要なのではないか。

これに対 して藤岡貞彦は、先 にも述べたように、民衆意識の視点か ら枚方テーゼを

問題 にす る。枚方が典型 とな ったのは、 60 年代の開発政策のなかで、開発 と民衆の生

活現実の矛盾を解明す るための教育実践が自覚的に展開されなければな らない必然的

な状況のなかで、枚方市民の民衆意識が様 々な生活要求を組織化 してい く住民運動 ( 大

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衆運動)とな って発現 していたか らにはかな らない。藤 岡は、それ以前 とは違 って、 60 年代の大衆運動 は明確 な組織性 と方向性 を持 った学習運動の形 にまで成長 した ことに

よ り、大衆運動 自体が学習を基礎 に しな くては一歩 も進 まな くな ってきた ことであ り、

また同時に、その学習 を民主的住民 自治に支え られた社会教育が援助 しうるとい う社 会教育法理解の視点を必要 としたことを指摘す る。つ ま り、大衆運動 の新 しい時代の 解釈 とそれへの社会教育の援助 という図式で この 「 大衆運動の教育的側面」とい うテー ゼを解釈するのである。 (この解釈か らして第 6 項 「 社会教育 は民主主義を育 て、培 い、

守 るもの」というテーゼ も、「 住民 自治を土台に し、憲法学習を中核 とす る、国民相互 学習 としての大衆運動に一定の役割を果たす もの」としての構想を示 した もの とす る。)

大衆運動 内部 の学習 を援助す ることに社会教育の役割 ( 存在価値)があ ると解釈す ると、社会教育実践の実際の対象をこの大衆運動 にとるということにな らざるをえな い。藤岡が、 60 年代の国民の自己教育は、「 単なる自己学習 にとどま らず、明確な教育 主体を もつ教育運動の一環であ り、生活 と権利擁護の運動の教育的側面 をな している」

( 3 3) と述べ、こうい う運動形態を伴わない自己教育 はすでに自立 しえな くな っていたと 見たとき、社会教育実践分析は 「 援助」のあ り方を問 うものと、大衆運動 のあ り方を 問 うものの 2 つの方向が示 されたことで もあ った。藤 岡は これ らの うち前者 に対 して

「 枚方テーゼの限界」を説 き、教育実践の構造や教育的営為の実践主体への働 きかけの 独 自な任務の解明が残 されたとす る。それは 1 965 年のいわゆる 「 下伊那 テーゼ」に引 き継がれ、教育 ・学習実践の内実 に関わる教育的価値 についての検討 がな されている ことを評価する。運動が そのまま教育 であ った り、大衆運動の参加や援助が民主 的社 会教育の内実ではないこと、 これ らを学習 内容 の問題 ‑働 く国民大衆の求 める国民的 教養を住民の学習内容再編成権確立 の運動 のなかで育 ててい くことなどを課題 と して 提示 した。社会教育学習論 につなが るのである。

問題は後者である。 この点に関 しては藤 岡は先 に述べた小川 と同 じような立場 にな って しまうように思え る。つま り、藤岡の把握が成 り立っためには、大衆運動 は 「明 確な教育主体 を もつ教育運動の一環 」 ( 民衆意識 の変革)まで高 まってなければな らな い。 60 年安保以後の社会状況下において、そういった事例が一般的だったと して も、大 衆運動 はい ったん創 り出された らそのスタイルが永遠 に続 くとい った ものではあ り得 ない。状況が変われば運動 自体が消滅 した り違 った ものに転化 した りす ることは、大 衆運動であるか らこそ認め られ る姿である

そ うでなければ、理論 にとって都合 のよ い大衆運動 だけが選ばれるという結果になって しまうのではないか。「 枚方 テーゼ」が 提示 した 「 大衆運動の教育的側面 」 を社会教育実践 の姿 として とらえるな らば、それ は研究対象 として存在す るのであって、理論 に都合 の良い運動 を 「 側面」 と して拾い 上 げることが課題ではない。必要 な 「 側面」を指摘す ることのみによって は、社会教 育の科学 を前進 させた ことにはな らなか ったのである。大衆運動 に も教育 的側面があ る限 り、大衆運動 は社会教育実践 と して実証的に検討 される必要がある。大衆運動の 実態 は変化 しうるものであ り、時代 によって もその特徴 は異 な っているか、 自己教育 の運動 というのは定義を与え られた抽象的概念であるので、これを定位 させてみると、

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参照

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