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東南アジアにおける言語政策その二

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東南アジアにおける言語政策 1

東南アジアにおける言語政策

その二 フィリッピン共和国

藤 田 剛 正

      《目

§1 フィリッピン共和国の言語政策  (1)歴  史

 ② 現  状  く3)教育に及ぼす影響  (4)公用語の性質

§2 言語政策の執行機関

§3 民族集団と教育用語

§4 必修言語科目

 (1)土着語  (2)英  語

 (3)フィリッピン語(国語)

 (4)英語・国語の同時学習

次》

 ㈲ スペイン語  (6)他言語科目

§5 言語教育資源  (1)教  員

 ②教科書

 (3)テス ト

§6 高等教育に及ぼす影響

 (1)学生数

 ② 大学以前の準備教育  (3)教授陣

 ㈲ 教科書・図書文献

§1 フィリッピン共和国の言語政策

(1)歴  史

 300年を越えるスペイン領植民地時代とそれに続く50年間のアメリカ領植民地時代を経 て太平洋戦争の終焉と共に独立を勝ち取ったフィリッピン共和国の言語政策はその長い植 民地時代の影響を色濃くとどめている。1942年から1945年にかけて日本軍による占領時代 があったが,これは言語政策上ほとんど影をとどめていない。

 今日スペイン語を話すものは極く限られた上流階級だけであり,英語は斜壁の約3割,

1,000万人に通じるといわれるが,英語を本当に身につけているのは都市のエリート層に 限られる。1937年以来国語に制定されたタガログ語(フィリッピン語)は文字普及には貢 献しているが,話しととばとしての普及度は英語に及ばない。

 教育の分野における言語政策は言語政策一般と平行している。スペイン領植民地時代に おいて,教育は理論的にはあらゆる階層に開かれていたが,実際にその恩恵に与る者は少 数者に限られていた。教育はスペイン語でなされたが,それはキリスト教の宣教の目的に 限定されたものであった。政治的には愚民政策が300年間続いたことになる。1898年から アメリカ合衆国の統治下に入ったが,アメリカはフィリッピン群島における教育の拡充,

文明の開化,自治能力の付与を志向するという政策を表明した。教育拡充政策としては,

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教育用語を英語と定め,アメリカ本国の教育制度を準用した。1899年には英語教員1,000 名を本国より派遣するなどして英語の普及に努めた。

 1935年の「フィリッピン共和国憲法」は,国語制定の準備にとりか\るべきことを定め た条項を含んでいた。しかし,その作業は太平洋戦争と日本軍の占領によって中断され た。日本軍政府は日本語を公教育にとり入れ,英語に取って代わらせようとした。日本語 が必修とされ,タガログ語が教育用語と決められた。結局,戦時下におけるこの言語政策 は,土着語による教育実験を招来した。なぜならばタガログ語が通じるのはせいぜい人口 の25%に過ぎず,半数以上の生徒に対してタガログ語を教育用語とすることは不可能であ ったからである。土着語を教育用語とする実験のひとつに,Pedro Guiang博士によるイ ロコス語の初等教育があるが,博士は土着語による教科書の編さんに先鞭をつけたのであ る。日本軍の占領下においても,実際上の理由から,英語が多くの場合に教育用語として 留まったことは言うまでもない。

 独立(1946年)後,教育用語は公的にも英語にもどったが,国語(タガログ語)の開発 と各種土着語教育の実験は続けられた。今日のフィリ,ッピン共和国における言語政策は Guiang博士やJos6 Aguilar博士による英語と土着語の二言語併用教育実験の成果に負 うところが大きい。フィリッピン群島では今日なお注目すべき言語実験が行なわれている が,それらはすべて英語と国語と土着語の三者をどのような組合せで教育することが最も 有効であるかを決定しようとするものである。

.今日,フィリッピン国民は,たとえどのように多様な民族で構成されていようとも,す べてフィリッピン人と呼ばれ,その国語はフィリッピン語である。これがこの国の言語政 策の歴史に関する結論であるが,その内実は,多民族,多言語,長い植民時代の経験等の 故に,たいへん複雑である。

(2)現  状

 フィリッピン共和国は,英語とフィリッピン語(タガログ語)を公用語と定め,スペイ ン語に特別な敬意を払っている。共和国政府の諸行為は国内的にも対外的にも主として英 語でなされる。公示・放送・出版には英語・フィリッピン語・土着語の三種が用いられて いるが,英語が優勢である。スペイン語を話す者は比較的少数で上流階級に限られるが,

スペイン語は国民文化の一部となっており,人名,地名,歌謡,その他の伝統文化にみら れる。土着語は地方行政において強固な地盤をもっている。特に国語とされたタガログ語 に反感を抱くマニラ北方方面でこのことは顕著である。

 教育面にあらわれた言語事情は言語政策の反映である。小学校の二年生までは土着語を 教育用語とする。英語はこの間に必修科目として導入され,小学校三年からは教育用語と される。その後は大学・大学院の終りまで英語が教育用語である。国語(フィリッピン語

=タガログ語)は,小学校三年から必修科目となり,中等学校の終りまで学習される。国

語が大学で必修科目となるのは,教員養成大学と文学部の一部だけである。すべての大学

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東南アジアにおける言語政策 3

においてスペイ・ン語24単位が必修として課されている。

私立学校においては英語を小学校一年から教育用語としてよいことになっているが,他 の必修言語科目については公立学校と同一扱いである。以上のことから明らかなように,

フィリッピン共和国で大学まで進むすべての生徒は母語である土着語を含め4言語を修め なければならない。

 教育における言語政策をまとめると次表となる。

         言語 学年

小学校1年 小学校3年 大 学 生

教  育  用  語

土 英 平

着 語

語 語

必修言語科目

英 、     語 フィリッピン語(国語)

ス ペ イ ン 語

 以上に概説した教育制度上の言語政策が恒久的なものと考えられていないことは,文部 省自身が後富者となって各種の言語教育実験を推進し,英語・国語・土着語の正しい組合 せを得たいとしていることからも明らかである。大学生一般にスペイン語を課することに ついては反対が出ており,政治問題となっている。共和国の法律の多くがスペイン語で書 かれたま\現在に至っているため,法科の学生には実際に必要な言語であるが,一般の学 生には使う機会のない言語として嫌らわれている。1962年には「スペイン語法律反対学生 同盟」が結成され,議会に向ってデモ行進が行なわれた。

 教育制度上の言語政策を要約すると,

④小学校の初めの2年間(最も長い場合で4年間)は土着語を中心に教える。

◎ 小学校三年生(遅くても五年生)から大学の終りまでは英語を使って全科目を教え   る。

⑤ フィリッピン語(国語)は小学校と中等学校で,スペイン語は大学校で必修科目であ   る。

㊥ 国語を教育用語とする研究実験が続けられている。

(3)教育に及ぼす影響

 フィリッピン共和国の学校では公私立を問わず英語が主要な教育用語となっている。こ の故に東南アジアの他の国々にみられるような問題を多く免れている。例えば,教科書に ついて言えば,問題なのはただ費用だけである。なぜならばすべての科目について英語に よる文歓が大学のレベルまですべてそろっているからである。初歩的な教科書から開発し なければならないのは地方諸民挨の土着語とその文化に関する分野だけである。中等学校 や大学:で教育用語が変わる場合に比べると,教員の充足も容易であり,学生の扱いにも均 等性が保証されている。

 フィリッピンの教育界には大きな問題が二つある。その一は,幼稚園から大学まで私立

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校が数多く存在するという事実である。有名私立校への入学は父兄の社会的・経済的地位 の標識である。その二は,小学校の4年間に学校教育から落伍する者が全体の半数に達す るという事実である。小学校の落伍者は二・三の言語について読み書きの初歩を習ったこ とになるが,基礎科目については恐らくはとんど何も学ばずに終ってしまうのである。

 従って,大学までくると教育用語の問題はなくなるが,一番問題があるのは,小学校第 三学年における土着語から英語への教育用語の移行である。すべての公立小学校で一,二 年の授業は土着語で与えられる。そこでは母語である土着語の読み書き授業が中心カリキ ュラムとなる。それに加えて英語と国語の読み書きを教え,小学校三年からは,たとえま だ生徒が不慣れであっても,英語を用語として算数,歴史,地理などの基礎科目を教え る。小学校を唱える頃になると生徒の英語の力は相当なものとなるが,基礎科目の成績は 一般によくない。こ、で落朝する生徒は,将来の就職に関しても見透しは暗い。

 以上述べたところは,文盲退治と取り組む国家の文教政策を過小評価するものではな い。むしろ,言語の習得には現実に大きな犠牲が伴うことを指摘するものである。生徒が 英語を十分覚えないうちにこれを教育用語とすることは英語の学習にとっては近道である が,基礎科目学習の近道とはならない。初等教育に内在するこの欠陥と,制度上大学前の 準備教育年限が他の国々よりも2年短縮されてlo年である(小学学校4年+高等小学校2 年+中等学校4年一IO年)という事実は,共和国の高等教育に重大な影響を与えるもので

ある。

(4)公用言吾の性質

 フィリッピン共和国の国語は1937年国語研究所の成立に始まる。当初の計画では,研究 所が主要土着語を組合わせてフィリッピンの全島にわたって使えるような言語を作り,国 民の努力と政府の援助でこれを普及させるということになっていた。しかし,研究員たち は,このような構想は実現不可能であると結論し,一つの優勢な土着語を礎に国語を開発 するより外に方法はないと勧告した。国語の基礎となる土着語としてマニラ地区の言語で あるタガログ語が選ばれた。当時タガログ語を話すものは全人ロの20%に満たなかった。

 こんにち,フィリッピン語はその基礎となったタガログ語と区別できない。同一の構造

・語彙を有し,ローマ字を以って綴る。フィリッピン語の制定はその性格・起源において

インドネシア語の制定と似たところがある。共に多言語社会において最も多数の話者を有

する土着語に基礎を置かず,むしろ少数者の言語を基礎としている。 (インドネシアにお

いてはジャワ語が最多数の話者をもつ土着語であり,フィリッピンにおけるそれはセブァ

ノ語である。)共に国語制定によって世界語(旧宗主国の言語)の使用を制限し,国家

民族の統合を意図する。しかし,類似点はこれだけで二者間には大きな事情の相違があ

る。すなわち,インドネシア語の基礎となったマレー語は国内において既にある程度リン

ガ・フランカ(共通語)の地位を占めていたが,フィリッピン語の基礎であるタガログ語

にはそれがないということである。さらに,フィリッピン語はインドネシア語よりもスタ

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東南アジアにおける言語政策 5

一トが遅く,また政府の助成も弱いことが指摘されている。

」もうひとつの公用語である英語は,リンガ・フランカとしてますます用途が拡がり,フ ィリッピンに個有な性格を追加している。これは,オーストラリアの英語,ニュー・ジー ランドの英語,南アフリカの英語などがそれぞれに個有な方言性を具えているζとと軌を 一にするもので,文章体としては標準英語でほゴ同一であるが,話しことばとして独自性 を有するに至っているということである。しかし,その方言性は他の方言の話者に意味伝 達を不可能にするとは限らない。

§2 言語政策の執行機関

 フィリッピン共和国における言語政策の執行機関は主として文部省である。それに公私 立の研究団体が加わる。研究団体は土着語の問題,必修語である国語の問題・スペイン語 の問題等と取り組んでいる。フィリッピン共和国は言語に関する実験や研究が盛んである が,それらの成果を直ちに行政に反映させる点で東南アジアでもユニークな存在となって

いる。

 次に述べる諸機関はすべて文部省の部局あるいはそれらと関係する研究機関である。

 文部省公立学校局は公立学校のカリキュラムを監督するばかりでなく,教員養成・文盲 退治プログラム・研究調査・教科書出版等について責任を有する。公立学校における言語 教育の向上や言語使用上の改善に関する政策はすべてこの部局において企画・執行される。

 文部省私立学校局は公立学校以外の,私立大学や各種私立学校を認可・監督する。フィ リッピンでは私立大学が多いためその主要な任務は高等教育を対象とすることになる。学 力水準の維持は大学入試のあり方にある程度依存するから,私立学校局は大学入試につい て大きな権限をもっている。

 教育大学及び師範学校は言語政策上,重要な地位を占めている。英語・フィリッピン語 の学習及び教育用語としての英語使用は小学校の初期に始められるから,言語的に生徒に 大きな影響力をもっているのは小学校教員である。教育大学においては言語教育専門家の 養成が強調されている。

 公立学校局国語課は公立学校における国語教育を監督する。タガログ族出身者以外の国 語教師には特別な教材・現職教育が与えられる。国語専攻教員の配属は大きな小学校に限 定されている。中等学校については原則として国語専攻者だけが国語教師の資格を有す

る。公立学校局国語課の第一の課題は十分な教科書を配布することである。地方の学校で は教科書は5人の生徒に1冊の割合であるという。

 公立学校局スペイン語課は公私立大学のスペイン語に関して先の国語課と同様の機能を

果している。スペイン語課は現在教材・助言をスペイン・メキシコ両国に仰いでいる。大

学におけるスペイン語の問題は学生の側に学習の動機が欠けていること,従って一般に成

績不振であること,そのためにスペイン語必修制度そのものが批判されでいること,そし

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てこの3つが相互に原因となり結果となって悪循環していることである。ひとつの解決策 としてスペイン語教育を中等学校から始めるようにしては『どうかという提案がなされてい る。文部省は一部でこの提案を実験中であり,その結果に期待している。

 国立フィリッピン大学教育学部は現在英語教員養成の修士課程を有するが,同様のプロ グラムをスペイン語とフィリッ.ピン語に適用したいとしている。フィリッピン大学には言 語研究所やアジア研究所が併設されているが,そこでは東南アジアの諸言語が研究されて

おり,その中にタガログ語も入っている。

 私立大学も言語政策の推進に一役買っている。例えば,アテネ・ド・マニラ大学では第 二言語としてのフィリッピン語を近代的教授法で教え,その授業はテレビ番組に入れられ て一般大衆にも開かれている。

 フィリッピン言語研究センターは準公立機関で,アメリカのカリフォルニア大学と文部 省が後撰者となり,民間の資金で運営されている。その第一の任務を英語教育の向上にお いているがジ小学校における土着語についも最先端を行く教育実験を行ない小学校におけ る諸言語導入の適当な時期を研究している。研究センター主事Jos6 Aguilar博士1さ蔦爾 分野における研究のパイオニアである。

 公立学校局研究・評価・指導課は読み方書き方プログラム作成,言語アチーヴメント・

テスト1教育用語の決定,各種カリキュラムの評価,言語教育汀法の評価,及びフィリッ ピン土着言語相互間の関係に関する研究等を管轄している。ここで発表する研究年報は東 南アジアにおいてユニークな情報源である。

 国立言語研究所は1937年の創立で,初めは独立の機関であったが,今日では文部省の所 属である。所長Jos6 Villa Pangulbanの下で,フィリッピン語をあらゆる用途に叶う国 語として国内全域に普及させるための研究をす\めている。研究所は今日までに主として 語彙拡充⑱面で業績をあげている。例えば,植物・工芸等の分野の語彙については,タガ ログ語にない語を他の土着語から借用し,科学技術の分野では英語その他の国際語から借 用して国語語彙に組み入れた。国語辞典や文法典も徐々に編さんされる機運にある。

 §3 民族集団と教育用語

 フィリラピン群島に住む諸民族はほとんどすべてマライ・ポリネシア諸語 (Malayo−

Polynesian Iang媒ages)を話す。マライ・ポリネシア諸語は太平洋に広く分布する言語集 団で,南太平洋のサモア島やブギージ一当にも及び,インドネシアのほゴ全域とヤレーシ ァの36%を包含する。それら諸語は言語学上の類似性を共有するが,相互間で意志疎通は 不可能である。

 フィリッピン群島における土着語の正確な数と相互の関連性は今日なお研究課題となっ

ている。学問上の争点のひとつはタガ1ログ語よりも多くの話者を有するヴィサヤン語が一

つの土着語であるのか,それともいくつかの土着語の総称であるのかということであり,

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東南アジアにおける言語政策

それら土着語内の土着語,即ち小土着語,n小方言をどのように分類し位置ずげるかという ことである。 この種の問題はいくつかの地方大学,文部省公立学校局研究・評価・指導 課,言語学夏期大学(アメリカ),及び内外の言語学者によって研究されている。それら は理論上の問題であると同時に現実的な問題である。なぜなら小学校一年二年では土着語 が教育用語だからである。フィリッピンの言語学者Cecilio:Lopezはフィリッピンの主 要土着語を12としている。それちはバタン語,イロカノ語,パンガシナシ語,パムパンゴ 語,サバル語,イゴロット語,タガログ語,ピコル語,ヴィサヤン語,マンギャン謡タ グバヌア語,それにスルマギンダナン語である。文部省公立学校局はその土着語教育プロ グラムの中でただ8種の土着語を認めている。文部省認定の8土着語は.先のローペヌ縛 士の分類を再編し,一部(ヴイサヤン語)については再区分し,さらに一部を全く除外し たものとなっている。リチャード・ノス氏の推定(1964年)によれば, e土着語の話者数 は次の通りである。但し,これは第一言語(母語)の話者数であって,第二言語1としてフ ィリ1ッピン語(タガログ語),英語,中国語を話す人数は入っていない。} ・・

・① 西マライ,ポリネシア諸語の話者は全人口の95%とみなされる。教育制度上認めら れた各土着語の話者数:セブァノ語700万人,タガログ語60d万人,イロカノ語500万人,

ヒリガイノン語400万人,ピコール語240万人,パムパンゴ語110万人1,パンガシナン語90万 人,・サマル・レイテ語60万人,その他150万人。

 ②中国各語の話者総数50万人。この中,福建語を話す者が暑を占める。ついで広東語 を話す者は10万人とみなされる。

 ③インド・ヨーロッパ語族の話者数もほゴこれに等しく的方天。そめ大半は英語あ話 者で,P次にスペイン語,そのあとにいンド諸語が続く。

 ④ その他の非マライ・ポリネシア語(外国語)を話す外国人となる。

 公立小学校で一,二年忌は①の項にあげた土着語が教育用語である。土着語についでは セブアノ語にヒリガイノン語とさらに小土着語のいくつかが合わさってヴイサイアン語を 形成するという説がある。そうなると,ヴィサイアン語がフィリッピン群島緬最も優勢な 土着語となる。タガログ語はタガログ族以外に教えられるときはフィリッピン語(国語)

と呼ばれる。

 小学校二年までの教育用語に関する実験が文部省公立学校局研究・評価・指導課によら て進められている。いくつかの実験が同時に行なわれているが,その中のひとつでは,パ ムパシゴ語・ヒリガイノン語・セブァノ語が他の土着語以上にタガログ語に似ているとい う言語学上の分析に基づいて,これらの土着語を母語とする生徒を対象に,これち土着語 を教育用語とせず,代わりにフィリッピン語(タガログ語)を用語として授業を行なって

いる。 ・

 マニラ市郊外のりザル地方では,タガログ族の子弟を対象に英語を教育用語にとり入り

る時期に関する実験が行なわれている。一般基礎科目の学習上,英語を教育用語とするこ

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とを一年生から始めるのがよいか,三年から始めるのがよいか,あるいは五年生まで遅ら せめがよいかという実験である。

 原則としてすべての小学校で三年生から英語が教育用語となる。いくつかの私立小学校 では小学校一年から英語が,またある場合には中国官話が教育用語となる。英語を小学校 一年生から教育用語とする私立学校がミッション・スクールとは限らない。フィリッピン 共和国で英語を第二言語とする者の数はLOOO万を越えるといわれている。必修言語科目 は小学校と中学校ではフィリッピン語と英語であり,大学ではスペイン語である。スペイ

ン語の学習を奨励するためのスペイン政府奨学生制度があり,毎年数名のスペイン留学生 を送り出している。

§4 必修言語科目

(1)土着語

 現在,8種の公認土着語があって教育用語となっている。それら土着語は生徒の母語で あるから,話しことばの面は学習不要と考えられ,土着語の標準化は行なわれていない。

目標は専ら読み書き能力の付与にある。書き方が視覚教具を使って教えられ,次いで読み 方が教えられる。公認の土着語にはすべてローマ字綴りが出来ている。そのほとんどすべ てはごく最近作られたばかりであり,専門家の協力によって音と文字との結びつきが合理 的に出来ている。しかし中には,パムパンゴ語のように古い書き方もあって,音韻と文字 との結びつきが統一性に欠けるものもある。

 小学校の土着語教育により,生徒の50%は読み書き能力を身につけるといわれる。土着 語で書かれた文献は微々たるものであるが,主要8土着語については少なくともそれぞれ

1種の新聞が発行されている。

(2)英  語

 言語学上のいろいろな研究・実験の成果をとり入れ,また外国の援助・助言を受けて,

小学校における英語教育はほとんどすべてロ頭教授法によっている。小学校低学年の英語 教育の目標は,三年生から英語で与えられる授業を理解できるようにすることである。教 師の話す英語がわかるようになるには英語に対する耳と口の練習が第一となる。口頭能力 付与の目標は大半の小学校で成功している。第二の目標は英語の読み書き能力である。教 科書のことばとして英語の文章に早くから慣れさせる必要があるのである。タガログ語を 話すリゼル地方で英語を読み始める最適時期に関する実験が進行中であるが,その中間報 告によると,小学校一年の第三月くらいが最適という予測が出たという。すなわち,英語 の読み方教育は早ければ早い程効果が上るという予想である。

 小学校における英語教育の第三の目標は,口頭及び文章による自己表現能力である。な ぜなら,生徒の成績は教室及び試験において質問に英語でどう答えるかによって決められ

るからである。しかし,作文やスピーチの技術などは申等学校へ進んでから教えられる。

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東南アジアにおける言語政策 9

 大学における英語授業は文法等の理論を中心とした矯正的なものである。国立フィリッ ピン大学教育学部では口語英語の発音と構文が講義されている。他の大学でも言語学的ア プローチによる講義内容となっている。

 フィリッピンの学生は大学を終了するまでに12年商(小学校三年〜六年までの4年間+

中学校4年間+大学4年間)正課の英語授業を受ける。しかし,英語による口頭能力,読 み書き能力・自己表現能力等を身につけるのは正課授業によってというよりも,むしろ英 語を教育用語とする一般教科目の授業を通してであると一般に考えられている。

(3)フィリッピン語

 国語教育の方法・目標・時期は英語のそれとほゴ同じである。ただし国語はいまだに教 育用語とはなり得ないでいる。勿論,タガログ語の場合は,タガログ語を母語とする生徒 を対象に,他の7つの公認土着語と同様に,小学校二年まで教育用語である。タガログ語 を母語としない生徒に対する国語の教育としては,視覚教材を使う口頭教授法が広く採用 されている。口頭能力が身につくまで教科書は生徒に渡されない。授業中,他の言語によ る説明・翻訳は全く与えられない。すべてはDirect Method(高接教授法)による。読み 書き能力もカリキュラムの初期から与えられるが,それが身につく度合は生徒の土着語が タガログ語からどれくらい離れているかによって決まる。1963年度の文部省公立学校局研 究・評価・指導課の調査によると,小学校六年生の土着語別による国語読み書き能力の成 績百分率は次のようであった。ピコル語69%,セブァノ語82%,ヒリガイノン語50%,イ

ロカノ語62品詞パムパン語75%,パンガシナン語53%,ワレー語59%,タガログ語88%。

 読み書き能力がある程度確立すると,国語科はフィリッピンの文化や歴史を扱うことに なる。言語としての教育が全く無いわけではないが,国語は,特に中等学校においては,

一般国民文化の伝達具となる。大学で国語が必修科目となるのは,教員養成大学や言語学 科などの特別な場合に限られる。

(4)英語・国語の同時学習

 英語とフィリッピン語の双方を小学校から教えなければならないので,それぞれをどの 時期に教え始めるかの問題が論議・研究・実験の対象となっている。一般的な教育政策は 英語を小学校一年から,フィリッピン語を小学校三年から教え始めるように定めている。

この政策の背後には,タガログ語以外の土着語を母語とする生徒が,教育用語としての土 着語,必修語としての英語・フィリッピン語の合計三言語を同時に学び始めることは無理 であるという考えがある。こうした考えの是非は,現在,文部省公立学校局研究・評価・

指導課とフィリッピン言語研究センターの共同企画によりヒリガイノン語を母語とする生

徒を対象に実験されている。その中間報告によると,驚くべきことに,英語・フィリッピ

ン語・土着語の三者を同時に小学校一年から教え始める方が却って言語の習得を促進する

ことになるという。もちろん,これは中間報報告の一部であって,結論を得るまでになお

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数年を要する。また,パムパンゴ語を話している地区の実験でも,土着語6英語・フィリ ッピン語を伺様に小学校一年から教え始めている。.この実験では必修語についてそれぞれ の言語の専門教師に教鞭を執らせている。これらの実験が多言語同時学習における相互干 渉の定説をくつがえすに至るかどうか興味あるところである。      、

㈲ スペイン語      }

 スペイン語科目は大学必修24単位の要請に答えることが主要な目標である。大学におけ るスペイン語の講義は高度に学問的で,スペインの文化・文学が強調されている,d講義の 形態は日本の大学の教養課程における英語と同様で,講読や翻訳が中心作業となぐ。.大学 必修24単位を履聾してもス・8イン語を話す能力を身につける学生は稀である。文部省公立 学校局スペイン語課はスペイン・メキシコ両国の援助・助言もあって,学生がもっと口頭 能力を身につけるように勧告している。一つの提案が出されているが,それによると,ス ペイン語の全課程を中等学校のカリキュラムに編入することが望ましいという。スペイン 語をもっと早くから学ばせれば実際に話せるような語学力が身につくという考えである。

(6)他言語科目構

 北京官話が一部私立学校で教えられているが,それは華僑の子弟の教育用語である。北 京官話はフィリッピン大学アジア研究所でも教えられている。アジア研究所では日本語も 正規コースに入っている。東南アジアの言語としてはインドネシア語(マレー語〉炉最も 重視されている。ヨーロッパ語としては,フランス語,ドイツ語,ロシア語の講座炉あ

る。それに古典語としてラテン語・ギリシャ語が加わる。これらの言語科目を受講する学 生数が少ないのは必修スペイン語の負担が重過ぎるからだと言われている。

 §5 言語教育資源

{1)教  員

 土着語科の教員は足りなくないが,必修言語(英語,フィリッピン語)の教員は不足し ている。第二言語としての英語の話し手はたくさんいるから,これを養成して中等学校の 教員に仕立てることは容易である。それでも,小学校一年生に露頭教授法たよって入門期 の英語を教えることのできる教員は少ない6小学校の必修言語は専門教員によってではな

く一般教員によ.って教えられている。最も重要な入門期の語学授業に専門教員が得られな いところに問題がある。スペイン語科についても本当に資格のある教師は少ない。

 広範に教育が要求されている三言語F(国語・英語・スペイン語)に関して状況はだんだ

んよくなっている。師範学校から大学の教育学部に及ぶ国立教員養成機関において学生は

主として言語技能の向上と教授法の研究にはげんでいる。私立教員養成機関も同様の努力

をしている。公立学校指導主事の重点目標も言語教育の向上におかれている。各地区教育

委員会の指導主事は担当地区の言語教育が年度目標に沿って行なわれているかどうか藍督

する。さらに,薪しい教授法を伝授する任務をもつ・。管轄地区において言語の教育実験を

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東南アジアにおける言語政策

1肇

行なう場合,指導に当るのは指導主事である。教員養成機関や教育委員会とは別個に,言 語教育の向上に貢献しているものとしては教員研究集会などがあげられ:る。

(2)教科書

 英語科について言えば,教科書・教材はあまり問題にならない。世界各国で学ばれてい るという理由もあって,英語の教科書の種類は世界的に豊富であり,特にフィリッピz人 向きの教材がフィリッピン言語研究センターにより開発されている。

、フィリッピン語については,小学校でよいスタートを切っているわけだが,小中学校の 一貫教育として眺めた場合には適切な教材配置とはなっていない。フィリッピン語を教え ているところはフィリッピン共和国内に限らμるから,あらゆる教材を国産しなけμばな らない。この面では外国からの援助も無く,文部省の財源も乏しい。国語教材開発に要す るコストは容易に充当されない。加うるに,フィリッピン語は新しい言語であ・り,今日な お開発途上の言語であって,文献にも乏しいといった点を考慮しなければならない。

 公認8土着語についてみると,書き方の基礎を教える教材はほゴ充足している。 しか し,8種と限らず,残余の多くの土着語についても考慮すべき時;期が来ている。この方面 では,前述の夏期言語学校による調査・研究がかなり進んでいるといわれる。

 スペイン語科・中国語科・日本語科の教科書は主として外国産のもので,フィリッピン の実状に合う教科書は少ない。大学の必修科目であるスペイン語については,口語体重視 の新目標にかなう教科書の出版が要望されている。

(3)テス ト

 言語適性テスト(aptitude test)を除いて,あらゆる種類の言語テストが公私立学校で 行なわれている。[コ述試験・筆記試験・学力テスト(achievement test)・熟達度テスト

(proficie耳cy test)等が言語教育の用具となっている。東南アジアでもフィリッピン共和 国の学校制度は学習者の進歩の現状を最も正確に把握しているといわれる。

 §f6 高等教育に及ぼす影響

(1)1学生数

 英語が小中学校を一貫して教育用語となっているために,中等学校修了者で大学の英語 による講義を理解できる者の数は年々増加している。しかし,中等学校修了者のうち高等 教育の恩恵に与りうる者は全体の10%に過ぎない。因みに,小学校卒業華中,中等学校に 進む者は40%である。戦後,私立の中等学校・短大・大学が急増した背後にはこうした教 育界の実状があるのである。現在,少なくとも30校の私立大学がある。その最大のものは

マニラ市在の極東大学(Far Eastern University)で,在籍学生数5万人という5これ

にほゴ匹敵する規模の私立大学が他にいくつか在:る。フィリッピン大学等の国立大学と

Ateneo de Mahila大学・Silli血ah大学などいくつかの私立大学は相当に高い学問水準

を維持している。しかし,私立大学が多いために,中には極端に程度の低い大学もいくつ

(12)

か在る6現在,東南アジアの他の国々からフィリッピン共和国に留学する学生が増えてい る。留学生は,例えばタイ国のように,英語を用語としては大学教育が得られない地域か ら来ている。しかし,それら外国人留学生の中にはしばしば劣等の大学に入ってしまった

ζとを知って幻滅感を抱いているものがあるといわれる。

② 大学以前の準備教育

 一般に,フィリッピン共和国の高等教育制度はアメリカ合衆国のそれと類似しており,

アメリカの制度のもつ美点と弱点を継承している。ひとつの大きな相違があるとすれば,

それは大学前の学生の準備教育である。その中でも言語教育,特に英語教育については問 題はほとんどない。なぜならば,小学校からの英語教育の故に大学へ入ってくる学生で英 語能力の低い者はいないからである。土着語のさまざまな出身者で構成されているが,大 学生は有効なリンガ・フランカ(共通語)を身につけているわけである。

 しかし,言語以外の学科については大学前の準備は非常に不満足である。そしてそれは 言語政策と無関係ではない。フィリッピン共和国の教育制度は東南アジアでもユニークで あって,大学前の教育年数が一般の場合の12年に対し,10年しかない。このことは,一般 学科目の準備教育が2年足りないということである。さらに,小学校の最初の4年間は言 語の学習を中心とするカリキュラムであるからこれを差引くなら,一般教科の準備年数は

6年に止まる。このような事情から,フィリッピンの大学は外国なら高等学校に等しく,

フィリッピンの大学院といっても外国なら大学程度のものであると言われても止むを得な いものがある◎

(3)教授陣

 フィリッピンで英語が教育用語となってから既に50年が経過した。こんにち,国内外の 大学を卒業したフィリッピン人はおびただしい数に上り,これら大卒者は小学校から大学 までの教科目を教授できる能力をもっている。このことはフィリッピン共和国内に非常に 多くの私立学校が存在することの一つの理由となっている。資格ある教師を得ることは資 格ある学生を得ることよりも容易である。大学教師の口に対する激しい競争は大学教師の 給料を低くおさえる方に作用する。

 国立大学,ミッション・スクール系私立大学,非ミッション・スクール系私立大学のす べてに大学院が設けられている。従って,大学教育の将来はスタッフに関する限り明るい 見透しがある。現在あるような多数の大学在籍者を取扱う能力は十分備わっているのであ

る。

(4》教科書・図書文献

 国語と土着語の場合を除けば,教科書の問題はただ経費の問題に過ぎない。現在のとこ

ろ,高等教育に要する高い経費は,私立大学生が圧倒的に多数であるため,学生自身の負

担となっている。しかし,今後,公立大学を拡張しようとすれば,経費の問題を避けて通

(13)

東南アジアにおける言語政策 13

ることはできない。現在既に,小学校の教科書代を誰が負担するかについて論議が起って

いる。

 図書文献は分散していることが問題である。国立フィリッピン大学や古い私立大学の多 くは優れた図書設備をもっているが,高等教育機関が分散しているために,図書文献を一 ケ所に集めることは不可能に近い。私立大学が集中しているマニラ市では,近接する大学 間に横の連絡がなく,同一の文献を買い求めるが,一方の大学に無い文献は他方の大学に もないという不都合がみられる。これら文献の大部分が英語によるものであることは言う までもない。       (以上 1973・6・18)

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TんεFαrEα5彦α箆4.A麗5かαあα(Europe Publications Ltd.,1971)

市河三喜・服部四郎共編r世界言語概説』(研究社,昭和30年)

豊田国夫著『民族と言語の問題』 (錦正社,昭和39年)

豊田国夫著『言語政策の研究』 (錦正社,昭和43年)

土田滋:「フィリッピンにおける言語政策」『英語教育』第17巻9号(大修舘,昭和43年)

『東南アジア要覧1972年版』(東南アジア調査会編)

参照

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