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「日本における言語とその教育」総括

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Academic year: 2021

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128 東京外国語大学国際日本学研究報告Ⅰ

「日本における言語とその教育」総括 坂本 惠

東京外国語大学教授

 2 日目のテーマは 「日本における言語とその教育」 であったが、各報告の中での共通するキーワードは 「多 様性」 であった。報告ではいろいろな意味での多様性が取り上げられ、また、多様性と相反する概念につい ても言及があった。日本語研究は言ってみれば多様な日本語の研究であるとも言える。方言研究はその一つ であり、日本国内にある言語の多様性という意味ではアイヌ語研究もその一つの例である。「古典文法」 と呼 ばれるものについても多様性が見られるなど日本語に限らず言語は一般的に多様性を内包していると言える が、その教育となると、その多様性をどう扱うかが問題となる。日本語教育の中では効率化が求められ、そう した多様性の中で規範を設定し、標準的なものとして扱うことになる。しかし教室の中が規範性の世界であ るとしても、教室を一歩出ればそこは多様性の海であり、また教育の中でも学習者の中間的な言語をどの程度 容認するかという点においては多様性を意識せざるを得ない。そのようなことを考えさせられる報告であった。

それぞれの報告者も多様性を意識したまとめを行った。野田氏は日本語教育の中での多様性の重要性を強 調した。地域により、また目的により、それぞれの学習者の要求にあわせて教育も多様化する必要があること を示した。藤村氏は多様性の中で限られた時間で効率よく習得させるため、日本語教育の中で幅広く対応が 可能な軸を身につけさせる必要性について述べた。木部氏は日本語は多様性、規範性が教育で重要であり、

母語教育においても、どちらも必要であること、日本では言語は均一と思っている人が多いが多言語があるの が当たり前という意識を持つべきであること、方言研究には古典語研究が必要であるなど異分野とのコラボが 可能であること、という 3 点を指摘した。朝日氏は社会言語学研究の立場としては多様性の記述に徹してい るが、この研究は言語の実態や変化を示し、研修の場を提供できることを述べた。アイヌ語研究者で日本語 非母語話者であるブガエワ氏は母国で学んだ日本語が来日後大阪で通用しなかった経験からも、日本語は多 様であり 「日本語」 と言うより 「日本語諸言語」 という言葉が広がることを希望すること、また、古典語の知 識は日本語研究に必須であることを示した。川村氏は古典語教育、研究は実社会との接点が少ないが、方言 研究などに役立つこと、また、古典語教育のニーズは多様であるにもかかわらず、実際にはそれには十分に こたえられない現状などについて報告した。

 他国での同様の現状に触れたり、思想史の立場からの指摘などフロアとの活発なやりとりのあと、午前中の 講演者である影山氏からの総括が行われた。その中で、言語は多様であり、その多様を前提とした教育研究 が必要であること、普遍性と共通性、規範性と個別性、そして多様性を念頭に置いて、静的ではなくダイナミッ クな研究、教育が必要であることがよくわかるシンポジウムであったとまとめた。

 このシンポジウムのテーマである「国際日本研究−対話、交流、ダイナミクス」が日本語の研究、教育の現 場でどのように表れ、扱われているかが概観できたことを確認した。

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坂本「日本語における言語とその教育」報告と討論

参照

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