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東南アジアの言語政策 その三 シンガポール共和国

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東南アジアの言語政策

その三 シンガポール共和国

 《目    次》

§1 シンガポール共和国の言語状勢

(1)シンガポールの社会と言語

(2)シンガポールの主要言語

(3)主要言語の地位と機能

(4)シンガポール国民の言語能力

(5)シンガポール国民の公用語識字率

§2 シンガポール共和国の言語政策

(1)シンガポールの国定言語政策

(2)初等教育における言語政策

(3)中等・高等教育における言語政策

(4)国家・国民意識形成のための言語政策

§3 言語政策の執行機関

(1)政府機関

(2)初等・中等教育機関

(3)高等教育機関・研究所

(4)民間部門

§4 結論:問題と展望

§1 シンガポール共和国の言語状勢

(1)シンガポールの社会と言語

 シンガポール共和国は東南アジアにおける多くの国家がそうであるように多民族・多言語 の国である。しかし,シンガポールにはシンガポール独特の民族構成と言語事情があり,先 ずそれを語ることなしに国家の言語政策を論じることはできない。

(2)

 シンガポール英植民地の建設者トーマス・スタンフォード・ラッフルズがシンガポールに 上陸し,ユニオン・ジャックを掲げた1819年,シンガポールはその住民わずかに150人足ら ずの島であったが,今日,シンガポール共和国の人口は252万人C1984年国連推定)を数え

る。爾来167年間にわたり,この自由港に向って1マレー人,中国人,アラブ人,インド人,

ヨーロッパ人が移り住み,シンガポールは急速に発展し,民族的・言語的多様性を増し加え たのである。現在,シンガポール共和国の国民は約77%が華人系(中国人),15%がマレー 系,6%がインド系(パキスタン人,セイロン人を含む),その他2%となっている。

 この民族的多様性はより複雑な言語的多様性と平行する。というのはこれら3大民族集団 はそれぞれがその中に方言の多様性をかかえているからである。シンガポールに土着の民族

・文化・伝統は存在しない。もともと,移民に過ぎなかった3大民族集団がそれぞれ独自の 文化・伝統を持続して今日に至ったのである。文化と言語の観点から,これら3大民族集団

の作る「人種のるつぼ」が急速に一つの文化・一つの言語に同化するとは考えられない。

 地理的には,シンガポール共和国はその国土わずかに618k㎡,わが国の淡路島にほぼ等し く,1984年に独立したブルネイ(人口20万)を除けば東南アジア最小の国家であり,人口密 度は東南アジア諸国の中で最高である。国土が緊密であるということは国民が個人的にもマ ス・メディア等によっても容易に接触できるということである。近隣のインドネシアやフィ

リッピンのように広範に拡散した国に比べると,シンガポールは国内のコミュニケーション も容易であり,従って政策遂行も効率がよいとみてよい。

 他方,シンガポール共和国は東南アジアの交通の要所に位置しており,貿易と観光により,

ますます国際的な都市国家となっている。従って言語的には国際語としての英語の地位を高 めているといってよい。

 経済的には,ASEANの中でも,いわゆるNIC sの1つとして,国民一人当りの所得はU・

S.$7,140(1984年)と抜群に経済開発が進んでいる。シンガポールは貿易,外国資本導入 による工業化,及び政府経済開発計画に多くを依存している。貿易と外資誘致の政策は結果 的に英語の使用を奨励するものであり,経済開発計画は家族計画,都市計画,教育計画,雇 用計画,といった一連の政府による社会開発計画と結びついており,直接的・間接的に言語 政策に影響を及ぼしている。

 シンガポールは高度に都市化した社会である。住宅開発局(H.D.B.)による都市計画団 地(高層公営住宅)が次々と建設され,今日では全住民の70%が公営住宅団地に住んでいる。

そこでは政府が同一民族,同一言語の集団形成を排除しているため,以前に見られたような 同郷者の地域的集中や,民族別の居住区は崩壊し,新しいシンガポニル人の押下社会が出現 している。民族間に摩擦を起さないためにも有効なコミュニケーションの用具が必要である。

現状では公営住宅団地における異民族間のコミュニケーションは皮相的なものに限られてい     ユるという。これは,後述するように,シンガポール甲民を,住居上は統合し得ても2言語上

も統合するような強力な共通語(1ingua franca)が欠如しているからである。日々の生活で

(3)

 東南アジアの言語政策       3 互いに接触しているので,共通語の出現が期待されるが,他方ではそのような共通語ができ 上る以前に,効果的なコミュニケーションの用具がないために,住民が互いに閉鎖.してしま い,互いに離反・孤立してしまう恐れもある。

(2)シンガポールの諸言語

 シンガポールには総計33の言語(languages)または方言(dialects)がある。その中でも主 要な民族・言語集団は7つであって,それが全人口の90%以上を構成している。最も大きな

3つの集団は華人系で,福建語を母語とする者が全人口の30.0%,潮州語を母語とする者が 17.0%,広東語を母語とする者が15.1%となっている。第4の集団はマレー語を母語とする 者で,13.0%である(先にマレー系はシンガポ「ル全人口の15%を占めると書いたが,それ はマレー人の13.0%に,ジャワ人とボヤネーズ人の2,0%を合わせたものである)

      

 以下にシンガポールの諸言語の状勢を数値で示す。母語話者数に関する国勢調査は1957年     第一表

    .シンガポールの諸言語(1957年政府施行の人口国勢調査による)

語族及び言語 母語話老数

全人口(1,445,929人)

に占める百分率

1.

中国諸語

華語(北京官話)

433,718 246,478 217,640 74,498 66,597 14,232  7,866  7,273  6,443  1,275

30.0 17.0 15.1 5.2 4.6 1.0 0.5 0.5 0.4 0.1

2.マレー語族 マ レ 一 語  ジ ヤ ワ 語

ボヤネーズ語

190,892 14,517 14,344

13.0 1.0 1.0

3 ドラヴィダ語族

 タ  ミ 一 ル き五

       口ロ マラヤーラム語

75,617 20,063

5.2 1.4

4.印欧語族(インド

パンジャブ語

 ヒンドスタニー語 ベ ン ガル語  グジャラト語

・アーリア語族)

      10,089       5,394       1,210       1,022

0.7 0.4 0.1 0,1

5.印欧語族(ゲルマン語族)

英     語

26,599 1.8

備考:上表は母語話者1,000人以上を有する言語である。1,000人以下の話者をもつ13 種の言語があり,セイロン語(898人),グルカ語(775人),テルグ語(549人),アラ

ビア語(504人),ブギス語(317人),タイ語(221人),広西語(173人),日本語(158人)⑱,

タガログ語(145人),ヘブライ語(118人),バンジャルマシン語(93人),ビルマ語

(57人),メナングカバウ語(47人)となっている。(⑱現在は2万人の日本人がいる)

(4)

4

のもので,これより新しいデータはないが,全人口に占めるそれぞれの民族の比率は今日で も左程違いはないと思われる。

 シンガポールには憲法に定められた4つの公用語がある。それは華語(北京語,標準中国 語),英語,マレー語,それにタミール語である。公用語のうち,ただマレー語とタミール 語が真の意味の母語であって,それぞれマレー人とインド人の大多数によって母語として身 につけられた言語である。英語を母語とする者は全人口の2%にも満たないが,英語は国民 のほぼ半数が読み書きできる第二言語となっている。華語を母語とする者は国民の0.1%に 過ぎないが,英語同様に華語は国民の半数が読み書きできる第二言語である。英語と華語は 学校教育において最も多くの者に学ばれている。

(3)主要諸言語の地位と機能

 公用語の中で,マレー語は憲法によって特に国語と定められている。しかし,国語として の機能は国歌,軍隊における号令,外交儀礼など象徴的・儀式的なものに限られている。

 1972年における調査によると,15才以上の者でマレー語を理解できる者は国民の57.1%で あった。すなわち,国語であるマレー語は英語(46.6%)や華語(54.4%)よりも広範に理 解されるということである。(第三表参照)これはピジン化したマレー語,いわゆる商用マ

レー語(Bazaar Malay)が庶民め間で民族間の共通語として相当に流布していることの証左

である。

 英語はシンガポール国民間の共通の実用語である。行政府・立法府の用語であり,商業・

産業において用いられる最も優勢な言語である。小・中・高・大学における主要な教育用語 である。法律・医学・建築・会計といった専門職において英語の運用能力は不可欠である。

英語の能力は就職・昇進・転職における成否を分ける鍵となっている。このため,例えば,

英語を教育用語とする小学校(英語学校)への入学者数を調べてみれば,1947年度には新入 児童のわずか31.6%であったものが,1967年度には58.7%と逐年増大をつづけ,1979年度に は実に90%を越す勢いとなっている。因みに,この年まで之華語を教育用語とする小学校(華 語学校)に入学する児童数は10%を割り,タミール語学校はゼロに,マレー語学校も事実上       3消滅状態になっている。

 英語の地位の上昇を示すもうひとつの指標は1957年から1970年の間に英語を読み書きでき       4る者がどれだけ増えたかを示す次の表である。

第二表 シンガポール国民(民族別)の英語識字率,1957年 10才以上で英語の

         1957年(%)

識学能力をもつ者 1970年(%)

1957年一

1970年増(%)

マレー系

中 国 系

インド系

そ の 他 日 国 民

20.3 17.6 30.8 87.3 21.0

33.0 31.2 48.0 89,4 33.7

12.7 13.6 17.2 2.1 12.7

出所:Goh S. T.1982, P.140(Arumainathan 1973.,Vo1.1, P.52 Table 6.8.

   より作製されている)

(5)

 東南アジアの言語政策      5  結局,英語は民族間のコミュニケーションの重要な言語となっているぽかりでなく,主要 三民族集団のそれぞれの内部においても教育を受けたシンガポール人の間で共通の実用語と なっている。

 華語は多様な中国諸方言話者間のコミュニケーションに用いられる重要な言語である。現 在,政府は中国人住民の共通語として華語の使用を推進している。官公庁やその他の公的な 場所において,華語の使用が推奨され,テレビやラジオの番組には華語のレッスンが入って おり,国家公務員は職場で華語のレッスンが受けられるようになっている。中国系のシンガ ポール人で華語を読み書きできる者は1957年の35.6%から1970年には46.0%へ増加してい る。(第五表参照)

 タミール語はシンガポールのインド系住民の大部分,特にインド・タミール人,セイロン

・タミール人,マラヤーラム人の間で共通な民族間コミュニケーションの用語である。イン ド系住民のタミール語識学者百分率は1957年の48.6%から1970年には38.8%へ減少している

(第五表参照)。他方,1970年の国勢調査によると,公用語のうち2言語以上について読み 書きできるものの率ではインド系住民が最高率を示している(第六表参照)。一般にインド 系シンガポール人は母語の外に英語(66.3%)とマレー語(95.9%)が理解できる(第三表

参照)。

 母語話者数でシンガポール最大の言語福建語はシンガポール国民の72.7%,中国系の91.1

%に理解できる言語(方言)である(第三表参照)。中国諸方言の話者にとって福建語は標 準中国語である華語よりもはるかに有用な共通語である。シンガポール公営バス会社の調査 によると,バスの乗客と車掌の間のやりとりは乗客が中国系である場合70%が福建語でなさ       ヨれるという。これに比べ,潮州語は7。0%,広東語は5.2%と僅小であった。リー・カン・ユー

(李光耀)首相が建国記念日の式典で向趣旨の政見をマレー語,英語,それに福建語の3言       語で表明することはよく知られている。さらに,軍隊の初年兵訓練において,4公用語のい ずれにも半加通である者は 福建語小隊 に入れられ,福建語で教える隊長の下で,訓練の        7効果を上げているという。

(4)シンガポール国民の言語能力

 国民の大多数が二言語以上で意思伝達を行う社会においては母語は個人のアイデンティテ ィを示すが,その言語の社会における地位や機能を直接には表わさない。本節では公用語に 制定されている4言語と母語話者数最大の福建語についてシンガポール国民の言語能力を検    8平する。

 第三表は15才以上のシンガポール国民に関し,主要な5言語の能力を比較したものである。

1957年のデータは国勢調査に基づくもので,言語を話せる者について調べている。これに対 し,1972年のデータは民間のマーケット調査会社によるもので,言語を理解できる者につい て調べている。両者は言語能力の異なる面であるが,社会における一定言語の発話能力と理 解能力との関係は年度間で変化していないから,両年間の相違を比較することで,主要言語

(6)

第三表 シンガポール国民(15才以上,民族別)の言語能力,1957年,1972年

要  言

民   族

マレー語 英語 華語 タミール語 福建語

マレー系

1957:話せる老(%)

99.4 23.5

a a a

1972:理解でぎる者(%)

100.0 60.1 1.7 1.7 6.2

中国系

1957:話せる者(%)

32.5 18.0 26.7

a a 1972:理解できる者(%)

45.8 41.2 69.5 0.1 91.1

インド系

1957:話せる老(%)⑭

88.3 35.5

a

76.7

a 1972:理解できる者(%)

95.9 66.3

b

86.7 5.1

総計㊥

1957:話せる者(%)

48.0 22.2 19.9 8.2

a 1972:理解できる者(%)

57.1 46.6 54.4 6.7 72.7

備考:a 資料なし    b O.1%以下

  ⑱ 大半がタミール語話者であるセイロン人を含まない。

  ㊦ その他の小民族集団を含む。

出所:Kuo 1979, p.168(1957年の分はChua(1964), pp.162−65, Tables 44−47.1972年の分は   Survey Reserch Singapore(1972), Vols 1&2, Table 6Aにより作製されている)

間の相対的位置を比べることができる。

 第三表により,5言語の中でも華語がこの年間に最も地位を高めたことが知られる。もっ とも,この成長は中国系住民の内部に限られる。華語がシンガポールにおいて衰退している と憂慮する人々にこれは朗報であろう。華語は中国系のシンガポール人の間で着実に共通語 となっていると思われる。

 英語の地位も相対的に高くなっている。華語の場合には比べ,英語は3主要民族において 一様に地位を高めている。インド系が英語能力において最も高い成長を示し,次いでマレー 系,それに中国系と続く。

 マレー語は4公用語の中で理解できる者が一番多い(1972年では57.1%)。マレー系は100

%,インド系も95.9%が理解でき,中国系も約半数(45.8%)は理解できる。この点でマレー 語と英語は類似している。それ故にマレー語は英語と同様に民族間のコミュニケーションに 重要な共通語となる資格をもっている。マレー語が数字の上からマレー系,インド系のそれ ぞれの集団内部のコミュニケーション用語となっていることも明らかである。

 タミール語は明らかに衰退に向っているが,インド系のタミール語識字率の低下と軌を一 にする。タミール語は公用語とはされているが,インド系は相対的に少数な民族集団であり,

且つ宗教・文化・言語において多様であるため,タミール語のコミュニケーションに果す機 能も限定されざるを得ないのである。タミール語の地位が今後どう推移するか観察の要があ

る。

 福建語については1957年の話者数は知られていない。1972年の調査では福建語は国民の大

(7)

 東南アジアの言語政策      7 部分(72.2%)に理解できる言語となっている。基準の数値がないので,この庶民的な方言 が勢力を得ているのか,失っているのか判断できないが,福建語は国民の30%の母語であり,

他のいかなる方言にもまさって,国民の70%以上が理解できるのであるから,中国系シンガ ポール人の間で共通語として重要な役割を果していると言ってよい。

 学校教育で用いられず,テレビ・ラジオ・新聞等のマス・メディアにおいても積極的に使 われていない方言であるから,福建語話者数はあるいは減少しはじめているのかもしれない。

しかし,今後も長きにわたり福建語は中国系住民のほとんどすべての者に理解できる言語で あり続けるであろう。

 第三表はまた3主要民族集団それぞれの内部で主要言語の地位が変化していくことを示し ている。マレー系の中でマレー語の地位は不変であり,実質的にマレー系の一人一人はマレー 語が話せる。英語に関してマレー系は大きな進歩をみせ,60%を越える多数が今日英語を理 解する。他の主要言語についてマレー系住民の状勢を伝える資料はない。民族間の接触が増 えて,マレー語と英語以外の主要言語に関するマレー系住民の能力が増すことはあっても,

それは僅小にとどまるであろう。

 中国系は最大多数の民族集団であり,言語能力についてもより多様なパターンを示してい る。福建語は中国系の理解できる主要言語であるが,1972年の時点で91.1%が理解できるこ とがわかった。華語は1957年から1972年の15年間に大きな進展をみせ,今日,約70%の中国 系住民が華語を理解する。二種言語教育の施行によって中国系の華語識字率は将来も前進す るであろう。中国系にとって,マレー語と英語の重要性が減じることも考えられない。

 シンガポールのインド系住民はマレー語とタミール語に高い能力を示している。驚くべき ことは1972年にマレー語を理解する者の率(95.5%)がタミール語を理解する者の率(86.7

%)を上回らていることである。これはマレー語がインド系の間で  特にシンガポールの インド系眠の約÷蠣成するタ・7ル語を母語としないインド系の間でタ・…語以

上に優勢な言語であることを示すものである。1972年の時点でインド系の3人に2人は英語 を理解する。この比率は他の主要民族集団よりも高い。

 以上の分析により,シンガポールの社会は全体として高度に多言語の社会であることがわ かる。たいていの言語が国民の多くに理解可能な社会なのである。しかも,強力に支配的な 言語は存在しない。事実,4公用語のどれをとっても60%を越える国民に理解されてはいな い。シンガポールにおいて一言語化(monolingualism)へ進む傾向はいまのところ全くみら

れない。

 マレー語と英語の両語を理解する者は3大民族集団に比較的,均等に分布している。これ はマレー語と英語がシンガポール社会において民族間コミュニケーションに果す機能と,共 通語としての地位を示すものである。福建語は最高比率(72.2%)の国民(主として中国系)

に理解できる言語である。華語はほとんど中国系住民の間でしか用いられず,タミール語は インド系住民の間でしか用いられな:い。福建語と華語の話者の大半は 非母語 話者である

(8)

8

から,福建語はシンガポールの多様な中国方言話者集団にとって第一の共通語であり,華語 はそれに次ぐ第二の共通語で,その地位は次第に高まっていると言ってよい。

 それぞれの言語の使われる場面を観察すると,二極分化がみられる。例えば,マレー語と 英語について言えば,マレー語,特にピジン化した商用マレー語は,市場とかそれと類似の 日常的私的レベルで使われる。英語はより公式の場面で使われる。中国系住民の間での福建 語と華語の使用についても同様のことが言える。福建語は非公式の日常的私的レベルで,華 語はより公的性質の強い場面で使われる。すなわち,露店市場や民衆の祭りの場面ではマレー 語や福建語が使われ,大学の教室や講演会,法廷や重役会,役所等では英語か華語が使われ る。シンガポール人は大半が多重言語使用者であり,場面によって使う言語を選び分けてい ると言ってよい。

(5) シンガポール国民の公用語識字率

 公用語の状勢は公用語に対する国民の識字率とその変動を比較・分析することによって鮮 明に把握されよう。シンガポールではこれまでに2回(1957年,1970年)国勢調査が行なわ れた(Chua S. C.1964,Anlmainathan l 973)が,これには国民の識字調査も含まれていた。

1957年の調査では一つまたはそれ以上の言語について「簡単な手紙の読み書き能力」の有無 を回答させた。1970年の調査では一つまたはそれ以上の言語について「新聞を読んで理解す る能力」の有無を回答させた。両者の基準は同一ではないが,新聞を読んで理解できる者は 簡単な手紙の読み書きも容易であると判断されるから,1970年にも同一基準で調査したなら ぽ,得点はより高いものとなったであろうと考えられる。従って,同一基準によったものと

第四表 シンガポール国民(15才以上,性別,民族別)の識字率,1957年,1972年 1957年(%) 1970年(%) 1957年一

P970年増(%)

全 国 民

員  ・ 52.3 72.2 19.9

68.6 83.8 15.2

33.6 60.1 26.5

マレー系

員 62.2 77.0 14.8

82.1 89.2 7.1

39.2 64.2 25.0

中 国 系

員 46.2 69.7 23.5

62.6 82.0 19.4

29.5 57.5・ 28.0

インド系

75.2 83.9 8.7

81.6 88.6 7.0

55.0 75.9 20.9

そ の 他

員 94.0 95.9 1.9

97.2 97.5 0.3

90.5 94.2 3.7

出所:Kuo 1979, P.173(Arumainathan(1973),Vo1,1・P・52 Table 6,8およびP・

  104Table 9.5により作製されている)

(9)

 東南アジアの言語政策       .   9 して計測して得た1957年と1970年の間の識字率の増はむしろ実際の増の過小表示と見てよい であろう。

 第四表は1957年と1970年における15才以上のシンガポール国民の性別・民族別の識字率で ある。表から得られる顕著な事実はシンガポール国民の一般識字率が1957年から1970年の間 に約20%も上昇したことである。さらに,すべての民族集団が男女ともに一般識字率を高め ていることである。その主因としては両調査の年間に幼少年層に与えられた教育の普及があ げられよう。読み書きの能力は近代化の基底にあるマンパワーの基本的資質であるから,識 字率の増加はシンガポールの社会開発の進展を反映するものと言ってよい。

 第四表から,さらに,男性の方が女性よりも識字率が高いこと,民族別では「その他」が 最も識字率が高く,次いでインド系,マレー系,中国系と下って行くことがわかる。この民 族別の識字率の順位は1970年も1957年と同じである。第四表をみると,性別・民族別にみた 識字率の相違は,両年間に縮小している。性別・民族別で最低の識字率にあった中国系女性 がこの年間に最大の増加(23.5%)を記録し,最高の識字率にあった「その他」の男性は最 小の伸び率(0.3%)にとどまった。このような相違の縮小化は読み書き能力が男女間,民 族間に等しく普及していくことを意味している。

 実際,1957年と1970年の識字率の男女別・民族別の順位は完全に正の相関関係にあり,順 位と増加率の間には完全に負の相関がみられる。識字能力は社会的経済的地位・社会的移動 第五表       ・政治参加の基礎となる能力であるか

シンガポール国民(民族別)の公用語識字率(%)1957年,1970年

10才以上で次の言語 1957年  1970年 1957年一 に識字能力をもつ者  (%)   (%) 1970年増儒)

マレー語  マレー系  中 国 系  インド系  そ の 他  全 国 民

59.7 0.8 4.5 13.6 9。1

70,2 1.0 10.1 16.9 11.4

10.5 0.2 5.6 3.3 2.3

英  語

 マレー系

 中 国 系

 イ ン ド系

 そ の 他  全 国 民

20.3 17.6 30.8 87.3 21.0

33.0 31.2 48.0 89.4 33.7

12。7 13.6 17.2 2.1 12.7

華  語  マレー系  中 国 系  インド系  そ の 他  全 国 民

 b

35.6

 b b

26.7

 a

46.0 0.1 1。3 35.6

 b

10.4

 b b

8.9 タミール量五

   ロロ  マレー系  中 国 系  イ ンド系 そ の 他 全 国 民

 b b

48.6

 b

4.8

 a     b  a     b

38.8    −9.8 0.2     b 2.8   −2.0

備考:a O.1%以下   b 資料なし

出所:Kuo 1979, p.176(Arumainathan(1973), Vol.1,

  p.52Table 6.8, p.103 Table 9.4より作製したも   の)。

ら,このような識字能力の均等化の傾 向は民主的国家にとって大いに望まし いことである。

 シンガポールの4公用語相互の相対 的地位を知るために,主要民族集団の 4公用語に関する識字率を比べること にする。第五表は1957年,1970年の国 勢調査に基き,4公用語に対する3主 要民族別の識字率を計測したものであ

る。

 第五表から最も強い印象を受けるの は4公用語中,英語が1957年から1970 年の間に最も大きな伸びを記録したこ とである。このことは全国民について ばかりでなく,3主要民族集団の各々 についても言える。マレー系,中国系,

インド系が,それぞれの民族集団の代

(10)

表言語(マレー語,華語,タミール語)について識字率を伸ばす以上に英語の識字率を伸ば したのである。1970年の時点でシンガポールのインド系住民はタミール語に対する識字率

(38.8%)よりも英語に対する識字率(48%)の方が高いのである。もしも,英語識字率増 加の傾向が続くならぽ,(シンガポールの教育や雇用の構造からみて,この傾向は継続する と思われるが)中国系・マレー系も少なくも華語㌦マレー語に対すると等しくなるまで英語 に対する識字率を伸ばしてゆくであろう。すべての民族集団がこの 非民族的な 言語に対

し,非常に大きな識字率の伸びをみせていることは英語が民族間コミュモケーションに果す 役割の大きさを示すものと言えよう。

 英語以外ではただマレー語についてだけすべての民族集団が識字率を少なくとも或る程度 伸ぼしている。マレー系がマレー語識字率を一番伸ばし(10.5%),中国系,インド系も1957年 から1970年の間に多少の伸びをみせている。この原因はマレー語がいやしくも国語の地位に 据えられていることと,この共和国の歴史的背景によるものである。英語とマレー語はシン ガポールという多民族社会において共通語なのである。しかし,最大民族集団の中国系のマ

レー語識字率は極めて低く i1970年でわずか1%),1957年から1970年までの伸びも僅小(0.

2%)にとどまっている。

 すべての公用語の中で華語は全国民の35.6%が識字能力を有し,一番よく知られている言 語となっている。しかし,これにはぴったりと英語(全国民の識字率33.7%)が続いており,

その伸び率の傾向からみれぽ,間もなく華語を追い越して,一番よく知られている言語の地 位を占めることになるであろう。華語の理解は中国系に限られている。華語は主に中国系シ

ンガポール人の間で機能する公用語ということになろう。

 タミール語はシンガポールで識字率を減少させている唯一の公用語である。タミール語識 字率の低下は全国民について起っているばかりでなく,インド系の中でも起っている。イン ド系のタミール語識字率は1957年の48.6%から1970年には38.8%へと低下した。シンガポー ルの人口は増加しているが,タミール語に識字能力をもつインド系シンガポール人の数は 1957年の44,173人から1970年には42,579人へと減少した。1970年の国勢調査報告書では「こ れはインド出身の熟年層が一部帰国したため」と説明されている(Arumainathan l 973, P.

104)。報告書に述べられていない事実はインド系の若年層がタミール語を学ばなくなってき ているということである。恐らくその理由はタミール語の識字能力を得ても求職や転職に役 立つことが少なく,民族間コミュニケーションでもあまり役に立たなくなってきたというこ

とがあるだろう。タミール語の識字能力をもつ者が10才以上の国民の僅か2.8%であるとい うことは多言語社会であるシンガポールにおいてタミール語の公用語としての地位を減退さ せるであろう。しかし,いまシンガポールの学校教育においては二種言語教育のプログラム が積極的に進められているから,タミール語識字率についても今後の変動を観察する必要が ある。もしインド系児童生徒がタミール語を少なくとも第二言語として選択学習する動機を 与えられるならば,タミール語識字率の低下はくいとめられるであろう。

(11)

 東南アジアの言語政策      11  二つまたはそれ以上の公用語に識字能力をもつ者の調査はシンガポールでは1970年の国勢 調査において初めて行なわれた。

 第六表は主要民族集団の各々について複数の公用語に識字能力をもつ者の百分率を計測し 比較している。表により,1970年という時点で10才以上の国民の13.8%が2つまたはそれ以 上の公用語について識字能力をもっていることがわかる。3主要民族集団の中で,インド系 が最も高い二種言語識字率(30.6%)を示レ,中国系が最低(9.9%)であった。表の2つ の言語の組合せをよくみると,二種言語に識字能力をもつ者のほとんど(92.4%)は英語と

もうひとつの公用語について識字能力をもっていることがわかる。公用二種言語に識字能力 をもつ中国系はたいてい華語と英語を知っており,マレー系ならマレー語と英語,インド系 ならタミール語と英語を知っている。このことは英語がシンガポールにおいて支配的な言語

となりつつあることを示すものである。

第六表 国民(10才以上,民族別)の公用二種言語識字率(%)

次の公用二種言語に識字能力をもつ者(%)

民    族 公用二種言語

ッ字率(%)㊧

鉱煙藷口語藷萎,董磁その他㊦

マ レー系

・@国 系

C ン ド系

サ の 他 S 国 民

26.9 X.9 R0.6 P5.7 P3.8

26.7      0.1       a      O.1 O.9      8.2       a      O.7 V.9      0.1       16.0      6.6 P4.3      0.8      0.1      0.5 T.2      6.4      1.1      1.0

備考:㊧ 2つあるいはそれ以上の公用語に識字能力をもつ者

  ㊦ 英語以外の2つあるいはそれ以上の公用語に識字能力をもつ者    a O.1%以下

出所:Kuo 1979・P・178(Arumaina than 1973・P・52 Vo1・1・Table 6・8, P・10Q Table 9・6より作製された

   もの)

§2 シンガポール共和国の言語政策

(1) シンガポールの国定言語政策

 国が法律によって定めた言語政策は「シンガポール共和国独立制定法(1965年)」の中に 盛られている。その条文は以下のようになっている。

 (1)マレー語,華語,タミール語,それに英語をシンガポールの公用語とする。

 (2)国語はマレー語とし,ローマ字書きとする。但し,

  (・)何人も他のいかなる言語を用い,教え,または学ぶことを禁じられ,もしくは妨げ     られない。且つ,

  (b)この条項は,シンガポールのいかなる言語についても,シンガポール政府がその使     用・学習を保護し,支持する権利を有することを害うものではない。

 4公用語を対等に扱う言語政策はシンガポール共和国の理想であり,実際にその通り施行 されている。教育は4公用語によって行なわれている。公の告示・通達・ラジオ放送・テレ ビ放映はすべて4公用語によって行なわれている。国会において議員は4公用語のいずれで

(12)

話すかを選ぶことができる。英語を共通の実用語として助成することは国家の言語政策に矛 盾するものとは受け取られていない。原則として4公用語はなお対等の地位を与えられてい

るからである。

(2)初等教育における言語政策

 シンガポールの学校教育政策の中心をなす考え方は二種言語政策(bilingualism)である。

すなわち,幼稚園児から高校生まですべての児童・生徒に二種の言語を学ばせるということ である。その二種とはふつう母族語と英語である。母族語とは,公用語の華語,マレー語,

タミール語のいずれかである。

 従って母冷語とは現実には母語(mother tongue)である方言からみての標準民族語とい うことになる。シンガポールの親は子を次のいずれかに入学させる選択権をもっている。(・)

英語が第一言語として教えられ,且つ,英語が教育用語であって,華語,マレー語,タミー ル語が第二言語として教えられている学校(英語学校)(b)華語,マレー語,またはタミール 語が第一言語として教えられ,且つ,それが教育用語であって,英語は第二言語として教え

られている学校(華語学校,マレー語学校,タミール語学校)。

 シンガポールのような多民族,多言語の国家においては明らかに民族間コミュニケーショ ンの用具となる共通語が必要である。、そのような共通語は政治的に中立であり,同時に民族 集団のいずれも他に対して有利とならないような言語でなければならない。さらに,できる ならば国内的にも国際的にも広くコミュニケーションを可能とする言語が望ましい。英語は

これらの要求をほぼ満している。さらに英語はシンガポールの経済的発展に重要な役割を果 している。英語は国際意思伝達,旅行,商業,工業,科学技術の用語である。シンガポール 人は個人の栄達のためぽかりでなく国家形成のためにも英語に熟達しなければならない。こ のような英語の実用的価値がシンガポールの学校教育政策の中で英語を一方とする二種言語 政策に向わせているのである。

 しかし,言語の習得は意識する,しないに拘わらず,その言語の背後にある文化,ものの 考え方をも吸収することとなる。長年にわたって英語,英米文学を学習すると,木可避i的に 欧米の理念・価値観・考え方の影響を受ける。英語による欧米化はマス・メディアや広告の 影響,さらにシンガポール人が外部の影響に無防備であることによって一層加速される恐れ がある。そこで,英語に対し,もう一方の言語である母族語(即ち,公用語の一つである華

語,マレー語,またはタミール語)を学ぶことにより,さらに学校教育の中で魚族語によっ て道徳教育を受けることにより東洋の伝統的価値観をよりょく理解し,シンガポール人とし ての人間形成を行なう。これがシンガポールの学校教育における二種言語政策の目標である。

 初等教育においては,少なくとも当初の3年間は言語教育が最優先される。カリキュラム にある他の科目が教授・学習されるのも言語によるわけだから,まず言語をしっかりと習得 させねばならないのである。初等教育における言語学習の重要性を教育省の『新教育課程の       9手引き書』は次のように謳っている。

(13)

 東南アジアの言語政策       13   新教育課程は特に小学1年から3年までの言語の学習を重視する。小学校通常科(6年   間),長期科(7年または8年間),または単一言語科(8年間)を修了したる者はすく   なくもひとつの言語について十分な識字能力を備え持っていなければならない。最初の   3年間,すなわち小学1年より3年までは,言語の授業要綱は聴く,話す,読む,およ   び書くの基本技能に重点をおくものとする。

教育省は1979年以降華語学校に小学1年入学前に1年間の教育期間を追加する小学校前教育 を導入した。そのねらいは言語学習の優先発走を与えることであるが,その小学校教育にお ける授業は英語60%,華語40%となっている。

 小学校の3年分までは上にみるように基本知識の学習よりも言語の学習に重点がおかれて いる。その言語とは英語と華語,英語とマレー語,または英語とタミール語の二種公用語で ある。言語の習得を優先させるのは,学年が先に進んだときに数学や理科,社会科などの科 目の学習がスムースに進行できるように,先ずことばという土台を築くためである。因みに,

数学と理科の授業は1984年以降どの学校でも(すなわち,華語学校,マレー語学校,タミー ル語学校でも)初等・中等教育において,すべて英語を教育用語とすることになっている。

 すでに述べたようにシンガポール政府は国家としても教育制度としても4つの公用語を平 等に扱う政策を施行しており,初等・中等教育には4言語のそれぞれを第一言語及び教育用 語とする学校が設置されている。しかし,高等教育においては英語が専ら教育用語の位置を 占めているため,これが初等・中等教育に及ぼす影響を抜きに論を先に進めることはできな い。親なら誰でもわが子に大学教育を授け,社会的地位を高めてやりたいと願うが,その大 学が専ら英語で授業を行なっているとなると,初等,中等教育も始めから英語学校で修めさ せておいた方が有利であると考える。かくしてシンガポールの親たちは先を競って子を英語 学校へと入れることになる。

 子の進む小学校の選択は親にまかせられているから,4つの言語別による小学校の入学者 数は4公用語のそれぞれに関する相対的重要性を親達がどうみているかを反映する。親達の 考えと決定がシンガポールの4公用語の将来の相対的位置づけに大きな影響を及ぼすことに なる。第七表は1960年度以降のシンガポールの言語小学校別1年墨入学者数調べである。

 この統計から1960年一1976年の間に4種の言語小学校の相対的力関係に大きな変化が起っ ていることがわかる。英語学校は1960年差は小学1年全児童の51.8%を受け入れたが,1976 年には86.06%も受け入れている。他の言語学校への入学者の比率は実質的に降下を続けて いるばかりでなく,タミール語学校の場合,1974年以後は入学者がなく,なってしまった。1980 年になると,1974年にタミール語小学校に入学したわずか12名も卒業してしまい,それ以降        タミール語小学校そのものが消滅した。同様のことがマレー語学校にも起りつつある。もう ひとつの重要な傾向は大部分の非英語学校が英語の授業時間数を増やしていることである。

全授業時間の半分またはそれ以上を英語に振り向けているところもある。シンガポールに4 種の言語別小学校が共在するとは最早いえない。

(14)

第七表 シンガポール共和国言語小学校別1年次入学者数,1960年一1976年 英 語 学 校 華 語 学 校 マレー語学校 タミール語学校 年 度

入学者数

入学者数

入学者数

入学者数

1960

27,231 51.81 20,664 39.32 4,542 8.64

123

0.23 52,560

1961

30,650 55.37 20,174 36.45 4,369 7.89

161

0.29 55,234

1962

34,882 60.27 17,948 31.01 4,878 8.43

170

0.29 57,878

1963

36,676 62.07 17,309 29.30 4,970 8.41

129

0.22 59,084

1964

38,472 63.05 17,026 27.90 5,391 8.84

126

0.21 61,015

1965

28,570 62.28 17,707 28.59 5,538 8.94

116

0.19 61,931

1966

35,617 60.24 19,392 32.80 3,997 6.76

122

0.20 59,128

1967

34,765 61.28 18,833 33.19 3,043 5.36

95

0.17 56,736

1968

35,029 63.09 18,355 33.06 2,034 3.66

108

0.19 55,526

1969

37,295 66.42 17,360 30.92 1,411 2.51

86

0.15 56,152

1970

37,925 69.30 15,863 28.98

877

1.60

65

0.12 54,730

1971

37,342 71.42 14,348 27.44

553

1.06 41 0.08 52,284

1972

38,754 74.89 12,554 24.26

410

0.79

29

0.06 51,747

1973

37,071 77.88 10,217 21.46

288

0.61

23

0.05 47,599

1974

35,267 78.51 9,447 21.03

192

0.43

12

0.03 44,918

1975

34,996 82.52 7,279 17.16

134

0.32 一 一 42,409

1976

37,633 86.06 6,013 13.75

84

0.19 43,730

出所:Kuo 1979, p.179(Straits Times,26 February 1977)

 英語学校にはマレー系,中国系,インド系のすべての主要民族集団から子弟が通学してい る。これと対照的に,他の言語学校にはほとんど,当該言語に対応する民族の子弟だけが通 学している。第七表の統計が示すように全ての民族集団からますます多くの父兄が子弟を英 語学校へ入学させる傾向にある。学校教育制度においてもその内側から民族の枠を越えた統 合的なシンガポール人が形成されていると言えよう。

 英語学校の生徒数が増加し,非英語学校の生徒数が減少する傾向は政府が教育政策・制度 を変更するとか強権を発動するとかしない限り避けられないことである。政府の側では 語教育 の重要性をひんぱんに訴えているにも拘らずこの傾向が続いている。国家の舵取り としては英語学校への移行があまりにも急であることを懸念しているのである。政府は小中 学校の授業科目を英語で教える資格をもつ教師を必要な数だけ揃えることができない実状に ある。英語で大学教育を受けた者は教職よりも有利な職業についてしまうので,その面から も教員不足は深刻である。結局,現職教員の負担過重と教育の質の低下が大きな問題となっ てくる。非英語学校で教えていた教師の再訓練も急務であるる

 英語学校の生徒数が増大することは国民の英語識字率を高めることにつながるのは当然で あるが,非英語学校の生徒数が減少が即,華語,マレー語,タミール語の識字率の低下には つながらない。それは前述のシンガポールにおける二種言語教育政策の故である。今日,す べての小学生は1年次から第二公用語を学習することが義務付けられている。その第二公用 語(英語学校においては英語以外の公用語)はある授業科目については教育用語ともなる(英 語学校では,中国系の子弟には華語で道徳の科目が教えられるなど)。従って,言語別学校 というときは当該言語が学校の主要な教育用語であることを意味する。そしてどの言語

(15)

 東南アジアの言語政策       15 別学校においても常に他の公用語が第二言語として教えられ,更にある授業科目においては,

その第二公用語が教育用語となるのである。非英語学校においては英語を第二言語とするよ うに定められている。英語学校においては生徒は各自自分の出身民族言語を第二言語に選ぶ ことになる。

 シンガポールの学校教育において英語が極めて重要な位置を与えられていることは明らか である。シンガポールの二種言語教育政策の目標は将来すべての国民が英語と各自の氏族語 の二種言語併用者(bilingual)となることである。シンガポールの教育政策として英語が重 視される背後には次のような理念がある。英語は国家の経済発展に緊要な欧米の科学技術の 摂取を可能にするばかりでなく,多様な民族集団より成る国民すべての意思伝達の共通の用 具となり,民族集団の枠を越えたシンガポール人というアイデンティティの確立に有用であ る。さらに,それぞれの民族集団が有する文化的伝統に対する敬愛はそれぞれの民族の言語 を習得することによって維持され,完全に欧米化されることのない民族の心を継承する人間 が形成されると考える。  これが二種言語教育のもうひとつの理念である。

(3)中等・高等教育における言語政策

 中等学校においても二種言語教育が小学校に続いて進行する。現在,小学校全児童の90%

以上が英語学校に在籍するから,間もなく中等学校における圧倒的多数の生徒にとって第一 言語は英語,第二言語は華語,マレー語,またはタミール語ということになる。中国系の生 徒の特に優秀なもの(いわゆるトップ10%)に対しては,英語と華語の両方を第一言語とし て学習することが行なわれている。

 中等学校においては選択科目として外国語が教えられている。外国語は日本語,フランス 語またはドイツ語である。中国系,マレー系,タミール系でない者は外国語の一つを第二言 語の代替とすることができる。シンガポールの中等教育で以上の3外国語が指定されている のはこれらの外国語の学習が経済・科学技術の進歩,シンガポールの近代化に寄与すると期 待されるからである。     

 2言語の学習はG.C. E.(一般教育証明書)0レベル(普通課程)試験の合格者が進学 する大学予科(中等学校4年修了後−3年間,日本の高校2年3年と大学1年を合わせたもの に相当する)および短大(中等学校4年修了後2年間,日本の高校2年,3年に相当する)

においても継続して進められる。1980年以降は,大学予科のすべての授業は英語で行なわれ ている。これは国立シンガポール大学において英語が教育用語に定められたことと軌を一に する。大学予科の英語は「論文演習」といった高等作文の授業を課すなど高度の学習が行な われている。大学予科の外国語はAレベル(上級課程)である。当該外国語のAレベル試験 に合格すれば日本,フランス,またはドイツの大学に直接留学することが可能である。

 Aレベル試験の上位成績順に統計上は18才〜22才のほぼ12%が就学する高等教育機i関とし ては国立シンガポール大学,南洋大学(1980年に国立シンガポール大学に併合)(以上がエ

リート5%の進出大学),教員養成大学,シンガポール・ポリテクニック,及び義安工芸学院

(16)

(この二つは職業学校)がある。シンガポールの高等教育の目的は次のように謳われている。

(1)個人の知的・社会的・および公民的発達を助長し且つシンガポールの人的資源の必要に適  合する高等教育を付与すること。

(2)知識のフロンティアを拓くために学問の各分野で研究を行うこと。

 上述の目的を遂行するために,大学の教育と研究において言語が一定の役割を果すことに なるのは明らかである。英語はシンガポールの高等教育機関のすべてにおいて教育用語であ る。中国語,中国文学科とマレー研究科における授業を除き,他のすべての授業は英語で行 なわれている。英語は大学における専門教育及び職業訓練の用語として高等教育の中心的役 割を果すものであるからすべての高等教育機関は学生に英語熟達コースを準備している。こ れは学生がそれぞれの専攻分野において効率的に研究を進められるように十分な英語の習得 を保証するものである。例えば国立シンガポール大学の場合,もし教授者が必要と認めるな らぽ学部学生に英語熟達コースの受講を要求することができるシステムになっている。

 英語は高等教育においてもうひとつの任務をもっている。学生がそれぞれの専攻分野の知 識・技術を習得するのを可能とする サービス 機能に加えて,英語は 個人の知的,社会 的,および市民的発達 に寄与する。英語はまた高等教育の大半の専門分野において研究・

学問の用語である。もちろん,中国語・中国文学及びマレー語・マレー文学の研究は,当然,

今後もそれぞれの言語で追求されるであろう。

(4)国家・国民意識形成のための言語政策

 アジア及びアフリカの発展途上国にあって国家形成に携わる者は絶えず多民族,多言語の 問題に対面する。これら新興国の内部で複雑に民族言語集団が競い合っているということは 新国家の形成には新しい国民意識の形成が不可欠であることを意味する。この国民意識の形 成は優勢な民族・言語集団が劣勢な民族・言語集団にその言語と民族意識を押しつけること によって達成することも可能であろう。それとは逆に,多様な民族・言語集団をすべて対等 に扱って超民族的な新国民意識の形成をめざすことも可能である。いずれの場合も国民意識 が自然に,または自発的に形成されることはない。多民族の新興国が直面するきびしい問題 は国民のそれぞれの母語集団に向けられる帰属意識とより広域め国家社会に向けられる意識 との潜在的葛藤である。如何にして両者を融和させ,国民意識を培養するか。言語政策はこ の命題に正面から取り組まねばならない。Stewart(1968, p.540)によると,新興国の言 語政策はおおむね2つの戦略に分けられるという。

 (1)唯一の国語となるべき言語を除き,他のすべての言語を教育により,または政令によ    り漸時除去する。

 (2)国内の一つまたは一つ以上の言語を公用語及び国内広域伝達用語に定め,国内の重要    な諸言語を認め保護する。

2つの戦略のなかで第一のものは明らかに言語の多様性を排除し,弱小民族をすべて一つの 民族文化に統合・同化しようとする考え方である。これ対し,第二の方法は文化的多様性を

(17)

 東南アジアの言語政策       17 容認し,多元的文化を支持する考え方を表わしている。シンガポールが採用している言語政 策は明らかに後者である。

 Stewartが二番目にあげた政策は「民族とのきずなを害なうことなしに国民意識を確立し ようとする一般的戦略,すなわち 多様性の中の統一性 の戦略である。この戦略は民族へ の帰属意識の上に国家への帰属意識を築こうとする。民族への忠誠心を緩和し,馴化しよう とはするが,これを除去しようとはしない。多様な民族集団に満足を与えることによって,

       ユ国家への忠誠心を形成しようとするものである。」

 Kelman(1971)は国民意識形成の問題を社会心理学の観点から分析して次のように指摘す る。多言語社会における民族・言語集団への帰属意識は国民意識の形成に潜在的障害となる が,国家が個人と民族集団の基本的欲求を満しているならば,はじめは国家を手段とみてい

る意識がやがて新しい国民意識・忠誠心にとってかわるであろう。

 従って,そのような新興国においては,言語政策はもっぱら機能的な面を強調すべきであ

る,即ち,

  言語を選定するに際し,政府は次の2点を配慮すべきである。(1)国民の欲求を満足さ   せるために国家の社会・経済体制を最:も有効,且つ公平に機能させるような意思伝達用具   を確立すること。(2)社会の各種集団に国家体制に平等に参加する機会を保証すること。

 この観点からシンガポールの言語政策をみると,その戦略の全体像が浮かび上ってくる。

今日のシンガポールの言語政策は一言でいえば多言語主義ということになる。4公用語をす べて平等に扱かうということである。

 しかし,.現実には,4公用語のすべてを正確に均等に扱うことが可能であると論じる者は いない。公用語が制定されて20年を経過した今日,いわぽ進化を経て,英語が事実上の国民 統合の実用語となっていると言っても過言ではない。これはKelman(1971)の論じる2点 をみたす政策である。一方において,英語の使用は個人と社会全体の経済的進歩を促進する。

他方,英語は非土着語であって,その使用によりいずれの民族も他の民族より有利となるこ とはない。この英語の 中立性 の故に,シンガポールでは言語問題に基づく民族間の対立 は起っていない。

 教育,マス・メディア,その他の日常生活レベルにおける多言語主義の実践は言語対立を 中和させる働らきをしている。国民意識を直接的に高揚するとまでは言えないが,少なくと も言語間の平等を保証し,対立を避ける作用をしていることは確かである。民族への帰属意 識から国民意識へ移行するにはどれほどの時間を要するものかわからない。シンガポールの 国家指導者たちは,たとえ長い時間を要しても,経済成長と政治的安定が維持されれば,多 言語主義の言語政策がやがて国民意識の形成をもたらすと確信していると言えよう。

§3 言語政策の執行機関

(1)政府機関

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