文 法 と 現 実
−現代ドイツ語の間接説話における接続法の使用をめく・って−
菊 池 悦 朗
は じ め に
一般的,かつ,おおまかに言って,(学校)文法によって記述されている事柄が,言葉の 現実,特に日常話し言葉の現実とくいちがっていたり,ずれていたりすることは,ドイツ 語に限らず,我々がよく経験することである。筆者は,かねてから,ドイツ語における間 接説話にこのくいちがい,ずれがないのかどうかに関心を抱いてきた。そこで,この小論 では,ドイツ語の間接説話における接続法の使用につし、て(学校)文法の述べる規範めい た記述が現実のドイツ語とどのように(不)照応しているのか,その様子を,できるだけ 様々な領域・レベルのドイツ語にあたって調査しようとした。その際,筆者は対象とする ドイツ語を戦後の,それもできる限り現時点に近い年代に据えた。できるだけ様々な領域・
レベルのドイツ語にあたるとはいっても,もし古い時代の作家などをもちだした場合,そ れと同時代の,口語を含む様々なドイツ語に目を通すことは難しく,我々のテーマに即し てもそう有益とは思われない。他方,小説なら小説という領域にしぼって通時的に調査し た場合,我々のテーマに対して全体像は得られないだろう。そういうわけで,焦点が定まら なくなるのを恐れた筆者は現代ドイツ語という時代限定を設け,古い時代の小説などは参 考資料にとどめたのである。
さて,間接説話とは,話者(ないし書き手)が自分以外の誰かの言説とか思考・感情の 内容などや,あるいは自分の,主として過去時のそれらを引用符をつけずに,つまり,
発言された字句そのままではなく伝える伝達方式のことで(1),その形式上の条件
は,SiegfriedJagerの意見を参考にすれば,①副文章を導く動詞や名詞など(これをS.Jager
は説話指示語Redeanweisungとか説話導入語Redeeinleitungなどと,また,GerhardKaufmannも説話
導入語とよんでいる)は言説動詞verbadicendiか感覚動詞verbasentiendi,あるいはそれ
らに還元されうるものであること,また,説話指示語が表面に現われていなくても,それ
が想定されうること,②副文内の定動詞が接続法第1式か,そうでない場合でも,意味内
容が変わらずに接続法Iによって置きかえうることなどである(2)。そしてまた,場合によっ
ては,③従属接続詞da6やob,あるいは疑問詞が説話指示語に接続していること,④人称
44 文 法 と 現 実
代名詞などの,引用者の地点からの移しかえがあること,などが間接説話の特徴・目印に な る ( 3 ) 。
ところで,この間接説話における接続法の使用について,学校文法,たとえばわが国に おける数多くの文法教科書が述べていることは次のように集約されると思われる。
「接続法第1式(以下,接Iと略記)が用いられるが,それが直説法(現在)と同形になる 場合には接続法第1I式(以下,接11と略記)が代用される」
もっとも,この記述は「集約」というよりは,どの教科書にでもみられる「最小限」と いった方がよく,実際に肱この他の補足がなされていることが多い。その補足をいろいろ 挙げるとすると,接I=直説法とならないときでも口語(におけるくだけた調子のと ぎ)−ただし,強変化・混合変化動詞で,という条件つぎの場合あり−とか,引用者 が発言内容を疑惑視しているときや主文の動詞が過去のときなどには接11も用いられ,一 方,口語−特に間接疑問文,あるいはdaBを介する平叙文において,というただし書き のある場合あり−や,引用者が発言内容を事実視しているときや主文の動詞が現在のと
ぎには直説法も用いられる……といった具合である。
このような記述上の広がり・非一定性はそのまま,現実のドイツ語の間接説話における 法の使用の多様さを表現しようとしているのであろう。実際,シチュエーションとか文体 上の理由(4),引用者の個人差(5),地域差(6)など複雑な要素がからみあって,間接説話にお
ける法の使用は一筋繩ではいかないのかもしれない。
しかしながら,本当に複雑で一筋繩ではいかないのかどうかを知るためには,多くの対 象に即しての調査が必要であろう。
以下,現代ドイツ語を便宣上,(1)小説,(2)新聞・雑誌,(3)日常話し言葉,の分野に大別し,
上述のテーマについてのレポートをしていきたい。
1 . 小 説 か ら
筆者がまず取り扱った小説はHeinzG.Konsalikの推理小説「Diet6dlicheHeirat」
(WilhelmGoldmannVerlagl978)である。この小説では,間接説話と広い意味でみなざれ るケースにおける間接引用文の定動詞の数(7)は160ほどに及び,間接引用文を導く動詞(8)・
名詞などの説話指示語の種類も50を越え,sagen,meinen,denken,fragen,erzahlen, glauben,behauptenなどが多く現われた。そして,「原則として接I,それが直説法現在
と同形のとぎには接IIを代用」というあの原則通りのケースの割合はおよそ次のようにな
った。
会 話 文 非 会 話 文
原 則 通 り の ケ ー ス 35 44
原 則 か ら 外 れ た ケ ー ス 48 28
46 文 法 と 現 実
……nz"〃s理Ej":,,劇〃加加""",肋γVb脆加ssedieV〃"α"zese".AMe"&成""s[理E",sze αγ""gWe"sichgz"zg""@〃〃"Ms"fze"z.'@
一方,同じ,,Stern"の別の記事に次のような個所があるが,このstecktenは前後関係 から接IIと分かるのである。
……戯""7'I/b伽sSr""@e,"JsB"s沈九"/ReZa〃α泥"MMs6esc〃"〃狸e,siewiirden,,"煙E""""
此加惣" 郷"ds"c陀彪〃〃"蛇γα此 碗γγwis""g4.
このように,接II=直説法過去となるときの接IIによる代用は特に会話文では直説法過 去と見誤る恐れがないときにのみ,なされるといえそうだ。
さらに目についたケースは,間接引用文内の関係文に直説法が使われていたケースで あった〔26,58ページ〕・関係文では間接性の濃度がうすめられるためであろうか。文体上
の理由も考えられる。
駄加"γ""""",伽βル"s.W"jsdiEW伽ノee/"es……Hz"""α""essej,庇〃S宛……礫"eja"/
加旋.aEseγ加鈍..…・[26ページ〕
ついでながら,間接説話とまぎらわしい次のような形式のケースが18か所ほどあって,
すべて直説法が使われていたが,これらは引用符こそついていないが,文脈からみて間接 説話ではなく,直接説話的で,むしろ体験話法に属するものであろう。
S℃" z 聖ビノ航e伽〃27t加" オ加γ泥sGesc城",dac"蛇"sle.[6ページ〕
残りの17か所のページは次の通りである。
〔67,89,93,97‑2か所,108,134−2か所,135,136−3か所,138,160,168,170,173]
(b)接IIが用いられたケース
原則から外れて接IIが用いられたケースも会話文に多い。一般に,とりすました,さめ た調子の接Iと比べて接IIがくだけた,あるいは控えめな調子になるためで,個々の動詞 の頻度ではwiirdeとhatteとwareが多く,他にはmu6te[79ページ],wU6te[79ペー ジ],ginge[80ページ],wollte[168ページ〕などがみられた。疑惑も同時にこめられている とみられるケースもあった〔92,168ページ等]。
また次の文で接IIが接Iと交互に使われているのも,ひびきとかスタイル上の理由から であろう。
母"", zノ加"gszgeγz肋",血βszg〃2G秒gγ力g伽"ge"ese"sei.肋γLe此〃ん"g塑塑sze
〃""""im彪彪〃F沌況e"……9F。たれノ.M@伽γ℃〃seisig…….Ⅳ""""""α形sie伽","〃ル"s.WMs
……此""sc""β此〃seis泥。.…..〃た〃 ze〃 た〃"9ste.[28ページ。他に,79ページにも同様の 個所がある。なお,このWareは文脈上,いわゆる非現実には解せない〕
(c)間接説話における接続法(特にI)の後退現象について
以上,概観してきたように,この現代小説でも依然として間接説話の接続法はよく使わ れてはいるが,一方,この小説においては,その後退現象もみられるように思われる。そ の要因のひとつは支配動詞にもあり,もっと古い時代の小説や読み物などでは接続法をも 従え得た支配動詞が直説法のみを従え,もはや間接説話とは言いがたいようなケースがみ られるのである。そのような支配動詞の例としてたとえば次のようなものが挙げられる。
erfahren[聞き知る],spUren[感じる],ahnen[予感する〕
しかし,この一小説の例から,間接説話の接続法が文章語において後退していると速断 するのはもちろん早計であろう(9)。一言で文章語といっても様々な文体レベルがあるから
である。
その意味では,次に扱った小説,UlrichPlenzdorfの「DieneuenLeidendesjungen W.」(SuhrkampTaschenbuchVerlagl973)が示唆に富む。この小説でも間接引用文内の 定動詞数は164〔ただし,引用文内がいわゆる非現実話法の場合は除く〕ほどにも及ぶが,接I は全くなく,直説法か接IIが用いられている。接IIが使われたケースのうち,形式上は代 用になっているものも8ケース〔31,32,42−2か所,72,89,117,124ページ〕あるが,これ らも,この小説の流れからいって代用とみなさない方が自然であるから,結局,この小説で
はあの原則は当てはまらないことになる。ちなみに,直説法と接IIとの数を比較すると筆
者の概算では次のようになった。
直説法(法両用を含む)‐−−128接II‑36
この接IIの中にはwUrdeが14あるが,過去の文脈の中で未来を示す場合のwerden はwiirdeになるから,間接説話におけるこのたく・いのwUrdeは単純に間接説話の接続 法とは言いがたく,従って,上記の差以上に直説法の優位が高まってくる。
その原因は明らかである。この小説が,新聞の記事などをのせた冒頭の2ページを除き,
すべて作中人物の会話や報告という形になっており−引用符のない部分は,すでに故人 である主人公EdgarWibeauの,いわば冥士からの陰の声であり,引用符の部分はこの主 人公をとりまく人物たちの発言という体裁−,若者の言葉を数多く含む俗語の会話体に なっているからである。実際,間接引用文を導く文(や語句)の主語が1人称の(または 1人称にかかわる)ケースが約82ほどもあって,その場合における引用文の定動詞のうち 直説法の占める割合が77%強(直説法76に対して接IIは22)になり,上述のwiirdeが12
ケースあることを考えあわせると,さらにこの割合が増すのである。
一方,間接引用文を導く文(や語句)の主語が3人称(あるいはそれにかかわる)のケー スは約54であるが,その場合における引用文の定動詞の,直説法一接IIの割合は46
−13(うちwiirdeは2)であった。
接IIの頻度はこの小説でもwUrdel4,hatte9,ware5の順に高く,他にはkOnnte,
sollte,wollte,dUrfteがみられた。疑惑がこもる,ともとれるケースは[14,25f.,32,76,90,
48 文 法 と 現 実
98,126ページ〕であり,いわゆる外交的接続法ともとれるケースは[27,41,118ページ〕である。
ひき続いて筆者は,PeterHandkeの短編小説「DielinkshandigeFrau」(Suhrkamp Verlagl976)を取り扱った。この小説では,間接説話ととれるケースにおける引用文の定 動詞(ただし,引用文がいわゆる非現実話法の場合は除く)が73あったが,その内訳は次の通り である。
接 I ‑ 3 7 接 I I ‑ 1 6 直 説 法 ( 法 両 用 を 含 む ) ‑ 2 0
会 話 文 非 会 話 文 原 則 通 り の ケ ー ス 17 27 原則から外れたケース 23* 6 * *
※このうち,直説法17,接II6
※※このうち,直説法3,接II3
従って,原則通りのケースは全ケース中の約60%で,非会話文全体の中での比較だと 82%ほどになり,原則から外れたケースを圧倒しているのが目立ち,非原則のケースはこ
の小説でも会話文に多いことがみてとれる。
会話文における非原則のケースのうち,直説法は17回でてくるが,その根拠として は,Konsalikのあの小説の場合と同じようなことが挙げられるだろう。つまり,一言でい えば,発話に対する発言者の密着,確信が示されているのである〔23,27,37,43,44,62,75, 90,112,128ページ〕。そして,引用文を導く文の主語がich(あるいはdu)である上に,引 用文の主語も1人称で定動詞が弱変化動詞であるという形式上の条件がそろっては,確信 を示すための直説法が使われるのはごく自然で当然であり,もはや間接引用文とは言いが たいほどであり〔14,15,36ページ〕,上述の12ケースもこれと形式上の条件は一部,あるいはか
なり違っていても,この延長線上にあると言えるだろう。残りの2ケースでは引用文のう ちの副文だけが直説法なのであるが,これも発言者の事実視である〔52,113ページ〕・
原則から外れて会話文で接IIが使われたケースは6回であるが(kOnnte[27],wii6test[35]
wiirde[53],mU6te[54],wollte[54],kOnnte[90])いずれもくだけた調子の接IIととる ことができるだろう。
次に,非会話文で原則から外れて直説法が用いられたケースはわずかに3か所で,その うちのひとつでは,支配動詞にzeigenタイプのbedeuten(わからせる)が使われている のだが,zeigenはふつう直説法を導くし,しかもda6があるということからも直説法使用 が理解できる。
助s筋"α7℃〃た.〃なF沌況彪娩"た彪勉 血βs""℃〃た肋"E('。)……[64ページ〕
関係文となっている別のlか所は事実視を示している〔78ページ〕・
非会話文でありながら原則から外れて接IIが使われたケースも3ケースにすぎない。そ
のうちの2ケースはwtirdeが用いられているが[37,110ページ],過去の文脈の中でwerden
がwdrdeに傾くことは前に述べた。残りの1ケースでは支配動詞にzeigen型の vormachen(やってみせる)が用いられていて,引用文もda6文章であることなどから直 説法過去と同形のsollteが使われたと考えられ,正規の間接説話とは言いがたい。
……""dMEFM")"wzc"たノル加仙〃K加〃〃勉形〃S℃ルガ舵〃んdMc賊℃〃〃ぬβeszj姪宅Eγ
ge"〃so"花……[65ページ〕
上述したように,この小説では,会話以外の個所ではほとんど−fragenやsagenに導 かれた場合はすべて−原則通りになっている点が目立ち,また,会話の個所でも原則通 りのケースがかなりあったが,これは,この小説の淡々とした語り方と無縁ではないだろ う。会話文でも,間接引用文に接Iを用いることによって,とりすました冷淡な調子をか もしださせるのである〔たとえば35,36ページ〕。
以上,3つの小説を調べてきたが,「間接引用文では接Iが用いられ,それが直説法現在 と同形のとぎには接IIを代用する」という原則は三種三様の姿を呈しているといってよ く,DielinkShandigeFrau→DietOdlicheHeirat→DieneuenLeidendesjungenW の順にその原則が守られない割合が増しているわけであるが,それも各小説のスタイルと か文脈とかと切り離しては考えられないことはすでにふれた通りである。
2 . 雑 誌 , 新 聞 か ら
取り扱った雑誌は週刊誌3つ−"Quick",,,Stern","Spiegel"の1981年5月の号で,
筆者に興味を起こさせた次のタイトルの記事にまず目を通した。
(a)"Quick@@より
1.DieNeueRevolutionderErotik(5/14) 2.同上(5/21)
3.StreetworkerinDeutschland(5/27) (b),,Stern"より
1.DerVerleumder(5/14)
2.DieStmdederWahrheit(5/21) 3.Diewei6enRacherausderEifel(5/27) (c),,Spiegel0@より
1.KreuzzuggegendenQualm(5/4) 2."Moskau,QuelleallenTerror3(5/25) 3.LangerWeg(5/25)
(a)の3つの記事と(b)の記事3には直接引用文が圧倒的に多く,しかも,直接引用文を導
く動詞を欠いた,さらに直接的な引用‑Dr.Habermehl:,,……のスタイルーも多
6
文 法 と 現 実 50
く,間接説話はそれを広い意味でとってもあまり現われなかった(記事al‑5か所,記事a2−
13か所,記事a3‑1か所,記事b3‑7か所)。このうち,引用文に接続法が使われて例の原則 通りになっている個所は,他の2つの記事に比べて間接引用が多く現われた記事a2の3 か所と記事b3の1か所(いずれもsei[en]でda6などを欠いている)にすぎない。
このように間接引用文に接続法が使われていない理由としては,26か所中18か所が da&やその他の接続詞に導かれていることをはじめ,その他の形式的な点とあいまって,引 用(発言)内容に対する引用者(発言者)の密着性があげられよう。
厩′gγひβg〃"sio",血βgj"eg""E"α〃sgxz4g此γ7)杉"e此〃ルム〃β/sicノ2……6esc"ei"".(a2) 切な〃/"s/0〃〃"んγ助e"""eZs/es""sic〃加加eγオ形況ge〃泥〃","g708(a2)
4つの記事とも,今日的な社会問題に対する密着した取材態度が間接説話そのものの,
また接続法の出番を少なくしていると考えられる。
同様に今日的な社会問題を扱っているとはいっても,西独における喫煙反対運動をレ ポートした,,Spiegel"の「KreuzzuggegendenQualm」(記事cの1)や,政治的記事一 最近の西独一イスラエル関係,特にシュミット首相とベギン首相の中傷合戦について歴史 的いきさつをまじえて伝える「,,DerVerleumder@@」(記事bの1),米ソ間の核ミサイル制 限交渉をめく・ってレーガン政権の姿勢と西独の立場を国際政治の歴史と現状の中でとら え,西独の果すべき役割を考える「DieStundederWahrheit」(記事b2),世界のテロリ
ズムにソ連の影をみるレーガン政権,とりわけヘーグ国務長官の外交政策を伝える
「"Moskau,QuelleallenTerror5@」(c2),フランスの政権交代に際してそれまでに至 る歴史的過程を述べミッテラン新大統領の周辺を追い1981年6月の総選挙と今後の政治 を予想する国外レポート「LangerWeg」(c3)−などでは,間接引用文中に占める接 続法の数が次のようにかなり高い割合を示していた。
※この中には,直接引用文内の間接引用文,従って会話文が2つあり,その定動詞はistとwiirdeである。
※※この記事に間接説話が目立って多いのは記事の長さにもよる。
※※※このうちの4つ(solltenとk6nnte[n]の各2)は,仮に直接説誼であったとしても接IIであったと 考えられうる。すなわち,いわゆる外交的接続法の接IIともとれるであろう。
※※※※このうちのkOnntenにも※※※と同じことがいえる。
記 事 例
間 接 説 話 の ケ ー ス 数
間接引用文中 の 定 動 詞 数
原 則 通 り 接 I 接II(代用)
非 原 則 直 説 法
(法両用を含む)
接 I I
b l 15 20 13 2 5 0
b 2
14 17
7 5* * * * 4* 1*C l 28
* *31
17 6* * *7 1
* * *c 2
9 13 12 0 1 0c 3
56
2 2* * * * 2 0非原則となったケースの理由づけは,これまでに述べてきたことのいずれかに該当する
からここでは省略する。
ここでもうひとつ,目にとまった文体上の点をあげておきたい。それは,間接引用文を 導くスタイルに「SO+発話者」という挿入句的な軽い形('1)がみられ,この場合,間接引 用文中の定動詞は住々にして直説法に,従って非原則に傾くようである。この形式にも影 響されて原則から外れたとみられるケースは記事blとclに2ケースずつあった。
しかし,非原則になった記事b2の次の2ケースの直説法(kanri)は,他に全く同じ構文 で原則通りのケースがあるだけに理由づけは,困難である。強いていえば,k6nneより sei(en)の方が使われやすいということであろうか。なお,記事c3には次のような個所が あ っ た 。 [ M M E " " " α " 【 z γ 加 〃 沈 彪 だ e @ g オ … . . , 血 β此 〃 " 舵 ・ … ・ ・ " 舵 γ d 泥 』 ん 〃 , 此 〃 " e " 聴 移 . ]
WM""ddiCRezgzz"‑R"""Zg加叱γ……PLO"oc""""e/"e""り油たれ07"""o"s彪肱
……ぶ庇γBり"""R"e""噌Sc"ず……肋e7zezfgr,血βg加血"97畑"EγF"此れz""c"〃たγtzeノ
〃"ade〃α 姑c"e"""吻加γ "γ〃"花γ&蛇" "g此γPLOe"c/℃〃 e,伽〃加""・
ル〃""""""彪溶cノ、"叱威〃9sα〃加庇γ母"s彫"""gBり""s〃"aIWs〃"g加"sz"γDγ耐g〃Wゼノf azsWbi"Mzzfsis/"〃比短e@g&ぬβたEう2伽j硴/z""必"此γg"T""〃んだ"s""〃た0加一
加況"2s加"s〃〃dどs加ノ6G"""f"sWEs""sse"".
I M U " た γ S c 〃 " α z 〃 〃 〃 E M D " セ 〃 ん シ 伽 " R c M g z J @ s R " セ 〃 " g α〃 e " E s W b " γ 力 j s た れ 〃 た 〃 、 I W s 〃 " g r o 〃 航 〃 " ' z e 増 汝 血 β d " S b 峡 如 " j 0 〃 e 〃 e 〃 R " s 〃 " " z ( ノ g 猟 z " " " E 〃 メ ル 形 γ g 膠 " " g じ れ
WMsc"α"sMZ/f"た"Mz"gE血沈"肋ノ彪刀畑"".
ところで,この5つの記事に間接説話の接続怯が多く,しかも高い割合で原則通りに使 われている理由は何か。それは,これらの記事が淡々とした調子の論調であり,引用内容 に対する引用者のいわゆる「判断さし控え」が示されているためだと言えよう。
この淡々とした調子,判断さし控えは新聞の記事,とりわけ政治的記事になると強まる ゆえに,例の原則はいっそう高い率で守られている。雑誌の場合と同じ時期‑1981年5月 一のFrankfurterAllgemeine紙から次の見出しの記事をとりあげてみたい。
( a ) , , D i e g U n s t i g e E n t w i c k l u n g d e s n a c h o p e r a t i v e n V e r l a u f s s e t z t s i c h f o r t "
− − − A r z t l i c h e s B u l l e t i n a m 6 1 . G e b u r t s t a g d e s P a p s t e s ( 5 / 1 9 )
( b ) " A m e r i k a n i s c h e S c h i f f e m i t A t o m w a f f e n i n j a p a n i s c h e n H a f e n " ( 5 / 2 0 )
( c ) D a s S t u d i u m d e r j u n g e n L e u t e a u s E n t w i c k l u n g s l a n d e r n i s t n i c h t r i c h t i g
o r g a n i s i e r t ( 5 / 2 0 ) 間 接 説 話 記 事 例
の ケ ー ス 数
a 2
b
11C
15
間 接 引 用 文 中の定動詞数
5
24
29原 則 通 り 非 原 則 接 I 接I1(代用) 直 説 法 接 I I
4 0 0 1
17 6
0 113 14 1 1
52 文 法 と 現 実
上表で非原則の中に入れた記事bとcの接II(mu6teとwtirde)はいずれもいわゆる約束 話法の結論部的色彩の中での接IIであり,記事aのkOnnteは書き手の推量ともとれるか ら本来は非原則とは言えないものである。従って,記事cの中の直説法(接 と同形)がこれ らの記事の中では非原則となった唯一の例なのであるが,これは次のような文章である。
Wな〃Rmsso""se"g〃血 〃""Ube"ze@gwg"s〃城血βd彪彪sse""S伽jを"彪卯α"S〃
Eウ、# c〃〃"""@〃〃z"畑S加加加加〃CW""gie"SWzα彪犯,〃αc〃F沌卯〃 た〃〃"dEシ噌加@d 配舵〃〃"d血β〃γgγりβ℃、〃庇γSc"〃"花γVひ幼g形娩彪〃測"""g"鞍γGeeMe彪卯z〃〃"s加加加e、
接I=直説法現在であるこのgehenを代用の接IIgingenにすると直説法過去にとら れうるために代用が避けられたのであろう。これは自然である。そして,あとの接I kommeもda6文章内にあるからgehenにあわせてkommtとしてもよさそうだが原則 通りにkommeとなっている点,いかにも新聞のスタイルらしいのであり,逆に,komme
にあわせてgehenがgingenになっていないことがこの種の記事らしからぬとさえ言え るかもしれない。実際,この3つの記事では,代用としての接IIが,原則通りに使われた 接続法全体のうちの37%を占めているのだが,その接IIのうちで直説法過去と同形のもの が代用としての接II全体の40%(記事bのsolltenを除いていずれも記事cで,20のうち8,すべ て主語は3人称複数)をも占めているからである。結局,上述したgehenが接II=直説法過去
を避けた唯一の例なのである。
このgehenのみが非原則で残りの54もの定動詞がすべて原則通りであるということ は,新聞の政治的報道が(学校)文法のあの原則に最も忠実なもののひとつと言えるであ ろう。政治的報道には他人の言説が多く引用されるから間接説話自体の数が増えるのも 当然であるが,たとえば次の下線のような個所にまで接続法が用いられている点も,この 種の記事の文体上の特徴を示すものである。
W泥加〃"ん此ノ加加Ge"@e"4""@沌沈jsc〃〃Km"舵犯加"s,加庇 ノリ加""esM"ノII.……
"加"〃〃""z〃版加〃 α必〃s"di′γり"s"Kows"""0〃"s""es〃〃吻池彪郷"ge〃〃"d
……M〃γs""α,伽c〃肺""g〃och加卯29γ〃た"#"EGe池〃……(記事a)
F流"ん た〃〃"dmzg""d"eM@e"""〃助庵彪""囎吻γK"""sW"お花"〃a34sA血"@zse〃〃"gc"z
"γd物な"鞍〃α砿〃〃α"c〃z"""@4segjze〃肋@die""たg z此".賊娩〃郷" 。"α"βelW"@沈旋γ
"zdsmc"g"娩助流zc"舵"""isse"f?ガ地メe".(c)
A比γα鰯e〃〃 "肋zg"鞍"ic〃血ScγY4ノ""Sc""EソgE6"jS,勿椛""〃成りG""c"彪必 e〃α ル化α趣卯st"庇"花〃α"sE"#z"'硫伽"顔〃"此〃〃""α泥〃館"c〃舵〃雌#" z〃ん〃g",24"zsszg
SWzjg〃伽ノ〃g〃H召加α#肋z〃〃gE""@cc"彫れf(c)
原則に忠実なのは政治的分野の報道にとどまらず,その他の報道の場合も同様である。
1例を挙げれば,国際老化学会議を報道した「DerMenschhatseinh6chstesAlternoch
nichterreicht」という見出しの記事(FAZ1981年7月18日)では,非常に多くの間接引用
文が使われている。
間接引用文中の定動詞数 原 則 通 り 非 原 則 接 I 接11(代用) 直 説 法 接 I I
69 45 15
* * * 8** 1*※この接IIは「仮定」を示しているためである。
※※このうちのひとつは,支配動詞とda6文章とによる直説怯であり(Manbliebdabei,da6ein Alter……且辿迦L[(学者達は)120才以上の年令には今日達しえないようにみえるということ に固執していた〕),もうひとつの直説怯(EinigsindsichdieForscherheuteinder
−Auffassung,da6jedeeinzelneZelledesKOrpers……且)も,引用文を導く名詞 Auffassung(理解,見解)が直接,述語内容語(derAuffassungsein)になっているわけではない ということと,da6文章に連なっているという構文に影響されての直説法といえよう。また,他の 3つの直説法は支配文が挿入的だということ(Nichtselten,soerganzteer,sindakute,
● ●psychischeStbrungen……)から説明がつくだろうが,残りの3つの直説法(接Iとも同形)の根 拠は不明である。da6文章と,引用者の事実視のためなのであろうか。SoteilteProfessor ManfredBergenerausKblnmit,da6……haben,da6……miissellundda6……bedu㎡en.
※※※ついでながら,このうちの5つは直説法過去と同形であったが,そのうち3つは弱変化動詞,ひ とつはwollten,もうひとつは強変化動詞(litten)であり,主語はすべて3人称複数であった。
さらにもうひとつ,心筋梗塞をはじめとする心臓病患者が病状の回復後にスポーツで病 気を克服していくことを報じた「DieHerzerkrankungwirdspielendvergessen」(FAZ 1981年7月22日)は「老化学会議」の3分の1ほどの分量の記事だが,間接引用文は3つの みである。このことはしかし,この記事に他人の言説がほとんど引用されていないという だけのことであって,この双方の記事におけるあの原則に照らしての差を示しているわけ ではない。この記事の中の3つの間接引用文のうち2つは原則通りであるし(……sowde"@"
"6彪血βes"0/z"g"dgs"……,"egノ""","zα〃〃e""@e鋤"e〃此〃"純""〃z"電"),他の1つ は,一見,非原則のようだが(……, e"〃gγ……礫"'9液/肋ム""z"di@sel'S〃"此"sWを舵γ航ノ,
支配動詞merken(気づく)は今日ふつう直説怯を導くゆえに,このケースを正規の間接
説話とはふなしにくいからである。
以上のことから,新聞の報道における間接引用文中の法が原則通りになっているかどう かは,報道の対象・領域などには無関係であるように思われる。
3 . 日 常 話 し 言 葉 か ら
なま
手を加えられていない生の日常口語として筆者がまず目を通したものは,西独の若者へ のインタビューを書きおこした「Jugendbeiuns」(INTERNATIONES‑Kultureller Tonbanddienst,Bonn‑BadGodesberg.Planungl980)である。カセットテープひとつに 収まっているインタビューで,書きおこされたものは写真の部分や注などを除くとA4で 23枚(46ページ)ほどの分量である。この中に,広い意味で間接説話とみなせるものも含 めて間接説話は19か所ほどあり,引用文中の定動詞の数は22ほどに及んだが,その内訳
は次のようになった。
54 文 挫 と 現 実
原 則 通 り 非 原 則
接 I 接II(代用)
(直=接Iを含む)直 説 法 接II
0 2 16 3
上表の数の合計が21であるのは,原則・非原則に分けられないケースがひとつあり,それを除いたた
めである。
D u h a s t m i r v o r h e r e r z a h l t , d u m b c h t e s t a n s c h l i e & e n d n a c h d e r G e s e l l e n p r U f u n g d e n B e r u f
alsElektrikernichtmehrausiiben.(49ページ)
上の表でまず目につくことは,接続法第1式が全く現われていないことと,直説法が目 立って多く用いられていることであろう。原則通りに使われていた2つの接続法第II式は 次の通りであるが,これも,一応形式的には原則通りということであって,たとえば先の 新聞の報道の場合などと同じ意味あいで代用としての接IIと簡単に言うことはできない。
……(α"de"〃ひわγ7t〃z"形γ)加加〃gMZibO6s"〃"s"""""'z"たれ(16ページ)……(a)
・ ・ ・ … α Z s 北 〃 S c 伽 ノ α " g 膠 γα 必〃 γ z f ' j M w @ e " 7 w @ a Z s g e / W j j O 6 北 九α " 〃 j c 〃 伽 " 卯 加 j m 彪 加 z " j W W ( 4 2
ページ)……(b)
すなわち,間接引用文(a)は,いわゆる外交話法での直接引用文Kb""蛇〃 〃g"c〃
肋舵"?と同義ともとりうるし,(b)では,過去の文脈における未来の助動詞werdenが少 なくとも地の文ではwUrdeになるということの延長でとらえられもするからである。
とすると,すっきりした形で原則通りになっている間接引用文内の定動詞の数はゼロと
いうことになる。
もっとも,一方,直説法16という数もまた過大評価はできない。というのも,間接引用 文の主語(a)と,それを導く主文の主語(b)が共に1人称か2人称であったり,(b)が1人称で あるケースが,直説法の使われている13の間接説話(直説法の数は16)のうち,次の表の
ように多きを数えているからである。
(a)(b)とも1人称 (a)(b)とも2人称(du) (b)が1人称
6 1 1
話者が話者自身(1人称),あるいは話者の相手(2人称)の過去の言説を引用した場合,
広義には間接説話ともとれるが,引用内容への密着,話者の事実視などからいっても直説 法が使われるのは自然である。さらに,(a)(b)ともに1.2人称でない場合でも,(a)(b)が 話者自身をも含めた不特定のmanであったり(46ページ),新聞の記事の内容を話者が事実 として伝えていたりしていれば(28ページ),直説法が使われるのはこれまた自然である。
従って,直説法が用いられた13の間接説話のうち一応,正規の間接説話と呼べるものは
次の2ケースである。
""es(c"zsTW"彪汚蹴成)伽"〃〃血"0",血βe""e加図"6γ杉c舵γ……sc""け砿gγ塑型 瘤憩
ノM"〃た〃g"67ec舵".(27ページ)
む す び
間接説話の法Modusをめく・る問題は極めて莊漠としていて焦点の定まりにくい問題で ある。それは,集約すると,次の2点のためであろうと思われる。ひとつには,間接説話 の定義の問題がある。すなわち,どこまでが間接説話(間接引用)に含承えて,どういう 文が話者(書き手)自身の報告(Bericht)なのか,その境界が必ずしも明確でないケースが あるからである。Ichkanndochnichtsagen,da6ichkranksei('4).[自分が病気だとは,
やはり言えない〕のような例文を間接説話とみなすなら,その根拠は形式的には接I(sei) に,意味内容的には伝達内容に対する伝達者の距離・間接性にあるなどとも言えようが(sei がbinになれば,もはや間接説話ではない),逆に,直説法が使われていて間接説話と象なせる
ケースも(特に口語的文体では)数多く承られるわけで,間接引用か報告か(mittelbare RedewiedergabeoderBerichtdesBerichtenden)にわかには判断できないケースにも
よく出会うのである。
第2には,調査の対象とする資料の選択の問題がある。ある一時期に限ってゑても,記 録された言語の総量は無限といってもよく,その中からいかに片寄らない選択がなされた
としても,やはり任意性・窓意性を完全にまぬがれることはできない。
こうした意味での限界なり問題性をこの小論ももっている。従って本稿は,テーマに対 する大筋なり方向性なりを示したとしか言えないであろう。それによれば,間接説話にお ける法の使われ方についての文法(教科)害の最大公約数的記述一接続法Iが用いられ るが,それが直説法と同形のとぎにはIIが代用される−は,それの付帯事項が増すほど 現実に,より照応してくるということが言えそうである。
〔 注 〕
1あるいは,そのようにして伝えられる被伝達文と解されている例もよくみかける(たとえばG・
Kaufmannの後出書や語学雑誌Sprachpflege[Aprill976.S.90])。一方,この辺があいまいな記 述もある(たとえばS.Jagerの後出書やSchulz・Griesbach:GrammatikderdeutschenSprache.
S . 5 5 f f . ) 。
2SiegfriedJager:DerKomunktivinderdeutschenSprachederGegenwart,Mlinchenl971.S.
33f.74f.まとめとしてはS.264
3Vgl.GerhardKaufmann:DieindirekteRedeundmitihrkonkurrierendeFormender RedeerWamung,Mlinchenl976.S.15f.なお,同書は,Jagerの前掲書が接続法の使用頻度を統計調 査している特殊研究書であるのに対して,教授法上の様々な示唆を与えているところに特徴がある。
4Sprachpflege(VEBBibliographischesInstitut,Leipzig)の1972年1月号(23〜24ページ)には次 のような寸評がある。「……3つの法(直説法・接I・接II‑筆者注)いずれにもそれぞれ形の上で 正しい,あるいはまた文体的によい使用可能性があるわけで,まさしく前後関係が問題なのだ。その際,
間接説話での法の使用に関して一般総合学校で教えられているような3つの原則のみが問題なのでは決 してない。直説法と接続法のどちらを選ぶかはよいドイツ語においては文体上の手段になるのだ……
よりはっきりさせるために3つの怯すべてを同じ場面の中で用いてみよう。VVB(人民企業連合会)の
守衛のところに一住民がやってきて,会長に会いたいのだが。自分は彼とは学校時代の友だちなのです,
58 文 法 と 現 実
と言う。あいにくこの市民は身分証明書を家に忘れてしまった。守衛が市民に曰く,〈あんたは彼の学 校友だちだって?で,それを俺に信じろというのか,証明書もないのに?>守衛は会長に電話して言う。
<ひとりの男の人がきていて,会長さんの学校友だちだと言っておりますが。そちらに行かせましょう か?>守衛は守衛長に問いあわせる。〈あのな,身分証明書をもたない男がきているんだが,会長の学 校友だちだと言ってるんだ。おっ払うって?よし,分かった。>(DerPftjrtnerzumBiirger:>Sie sagen,SiesindseinSchulfreund?Unddassollichglauben‑‑ohneAusweis?《一DerPf6rtner ruftdenGeneraldirektoran:>HieristeinHerr,dersagt,erseilhrSchulfreund.Sollichihn hinauflassen?《DerPf6rtnerfragtbeimOberpftjrtnernach:》Kollege,hieristeinerohne Personalausweis・ErWarederSchulfreundvomGeneraldirektor,sagter・Rauswerfen?
Abgemacht.<)直説法,接I,接IIという3つの異形すべてが同じ話し手で同じ場面に使われている。
しかし文体上の価値づけは何と異なることか。守衛が訪問客の言葉を信じているか否かは怯の選択上,
重要ではないc守衛の話の文体はその時どきの会話の相手に左右されているのである。」(下線部一筆者)
つまり,相手を目の前にした場合に直接的でぶっきらぼうな直説法が使われ,目の前にいない第三
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