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国際シンポジウムにおけるコメント 討論者からの コメント

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国際シンポジウムにおけるコメント 討論者からの コメント

著者 徐 載晶

雑誌名 PRIME = プライム

巻 41

ページ 49‑52

発行年 2018‑03‑31

その他のタイトル The Comment from the Discussant

URL http://hdl.handle.net/10723/00003379

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国際シンポジウムの記録:朝鮮戦争をいかに克服するか―「朝鮮国連軍」を問い直す 国際シンポジウムにおけるコメント

討論者からのコメント

徐   載 晶

(国際基督教大学教授)

徐載晶です。主催側の皆様によい企画をしてく ださいまして、感謝を申し上げたいと思います。

昨日、朴槿恵大統領が罷免されるということはあ らかじめご存じの上で今日に設定されたのでしょ うか?弾劾決定は始まりにすぎません。これから 韓国がしなければならないことはたくさんありま す。それは、分断を克服して平和体制をつくるこ と、そして先端民主主義を確立することです。で すので、弾劾直後にこのようなシンポジウムを企 画された主催の慧眼に感服するばかりです。

朝鮮戦争といいますと、朝鮮半島で起こったこ とというふうに考えがちです。朝鮮戦争はアメリ カの覇権、中国の参与、日本への影響も含めまし て、さらにエチオピアや南アジア等を含めまして 全世界的な視角で見るということが非常に大事だ と思います。

発表されましたお三方が非常に素晴らしい論文 を書かれましたけれども、それぞれに対しての論 評についてはこの場では割愛をしようと思いま す。本日の国際シンポジウムの論点としましては、

朝鮮戦争の現在性、そして国際性にあると思いま すので、その点に焦点を絞ってコメントを申し上 げます。

まずは朝鮮戦争の現在性について申し上げたい と思います。李時雨先生はアメリカの覇権、高林 先生のご報告は、植民地主義が世界的に広がって いく過程を明らかにしてくださいました。ですが、

アメリカの覇権については、世界的な次元のこと ももちろん重要なんですけれども、アメリカ国内 で貫徹されるという視点については  内在的な方 式が重要ではないかと思います。我々は朝鮮戦争 ということで戦争レベルで話すんですけれども、

アメリカの国内法的には国連の警察措置というふ うに理解をします。ですので、議会が宣戦布告を せずに戦争状態が起きているという、おかしなこ とになっているわけです。このような過程を経て、

アメリカ大統領の権限が非常に強化されるという 事態が起こりました。

また朝鮮戦争をきっかけとして、アメリカの国 防予算が非常に暴騰するということになります。

例えば1950年、朝鮮戦争が始まる前ですけれども、

その当時の国防予算というのが2,000億ドルでし たね。1953年に入りますと、その 3 倍以上、6,500 億ドルに急増するわけです。急増した国防予算は 現在までも維持されているということになりま す。ですので、アメリカの国防予算というのは朝 鮮戦争を契機に非常に肥大化して、巨大な予算を 持つということになります。

これをきっかけにアメリカは宣戦布告をしなく ても、常時戦争ができるという国家になったわけ です。ベースビッチ(Andrew J. Bacevich)な ど学者たちも指摘していますけれども、アメリカ は戦争が常時化してそれが自然であるということ が朝鮮戦争以来維持されているという指摘です。

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討論者 徐載晶(国際基督教大学)のコメント

ですので1950年に始まった朝鮮戦争ではあります けれども、これは1950年からアメリカが戦争国家 化したという一つの例でもあります。

また、朝鮮戦争というのは日本の戦争国家化の 始まりでもあります。ここで李時雨先生がご指摘 してくださった点につきまして、もう少し綿密に 見る必要があると思います。李時雨先生の論文か ら 2 カ所引用しようと思います。

「国連軍司令官職を利用すれば国連安保理決議 がなくとも今すぐ北朝鮮との戦争に突入すること ができるため、日本国憲法 9 条は簡単に無視され る」「国連軍司令官として作戦統制権を行使すれ ば、駐韓米軍と韓国軍はもちろん駐日米軍、時と して自衛隊までその指揮下に入る」(本誌p.14)。

ですが、この場合、国連の体制におきまして、

日本が提供できるのは後方基地だけになります。

そしてこの基地を利用する米軍の、他の国家の軍 隊に対する支援は、駐日米軍が行うということに なります。ですので、日本政府の参加と自衛隊の 協力というのが保証されているわけではないんで す。この日本政府と自衛隊の参加につきましては、

1993年から本格的に議論され始めます。これは北 朝鮮の寧辺(ニョンビョン)という地域の核施設 問題から始まっています。ですので、高林先生の ご指摘にもありました通り、日本と韓国の国連軍 の一体化というのは1990年代から始まっておりま す。そしてこれが、現在の安倍政権の積極的平和 主義の下で急速に加速化しています。皆さんもご 存じのように安保法制が改正、そして制定されま した。そして防衛費の増強であったり、武器の輸 出なども始まっております。そして、アメリカと はミサイル防御という名目で武器共同研究も始 まっております。そしてこれはすべて北朝鮮の核 ミサイルへの脅威に基づいています。つまり北朝 鮮を敵とする戦争が日本ではずっと続いていると いうことになります。そしてこの戦争は90年代か ら21世紀に入り、より早くより強くなっています。

ですので、朝鮮戦争というのは1950年から53年 の間だけのものではありません。1950年から始 まっているアメリカの戦争でもあり、日本の戦争 でもあるのです。

次の議題に入りたいと思います。朝鮮戦争がア メリカと日本の戦争でもあるということで、ロー カルとグローバルの視点が重要になります。戦争 をどのように停止させるかという点でこの観点が 重要になってきます。

まずはローカル次元での変化の重要性が提起で きます。高林先生もご指摘の通り、エチオピアが 国連軍司令部の解体決議に賛成したのは、その革 命の後になります。また南アフリカが北朝鮮と国 交を樹立し、国連との関係を整理したのはアパル トヘイトが終わった、民主主義体制に変わった後 でした。つまりエチオピアと南アフリカが植民地 戦争に参加をしたにも関わらず、その後戦争から 退いたのは、ローカルレベルでの変化があったた めです。停戦体制が変化する、あるいは国連軍の 司令部が解体されるといったことは、韓国、アメ リカ、日本の変化というのが関わってきます。

同時にローカルとローカルの相互構成性という のが大事になってきます。エチオピアは、革命後 に朝鮮戦争からは退きましたが、エリトリア戦争 には参加しています。そして北朝鮮は、東西冷戦、

そして南北分断体制の中で、このようなエチオピ アを引き続き支援しました。つまり、朝鮮の分断、

そして戦争が、エチオピアのこのような植民地戦 争に関与しているということです。

このような視点を最近の冷戦研究、そして朝鮮 戦争研究が示唆する点が多いです。この点で最近、

Masuda Hajimu(益田 肇)が書きました『Cold  War Crucible』 と い う 本 が 注 目 に 値 し ま す。 

Masuda(益田)の主張は、冷戦はアメリカとソ 連間の対決であっただけではなく、第二次世界大 戦後、様々な社会で新たな秩序をつくっていく闘 争の過程であったとしています。この過程で特定

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の勢力が権力を掌握し、特定の形態の社会秩序を 構築していくこと、これがまさに冷戦体制である と指摘をしました。

例えば、フィリピンが朝鮮戦争に参加する中で、

国内的にはHuk Rebellion(Hukbalahap Rebellion)

運動を鎮圧するということがありました。そして 台湾では、朝鮮戦争と同時に白色テロが起こって います。中国では朝鮮戦争と同時に反革命分子の 処罰が行われています。ですので朝鮮戦争は、各 地域国家社会の変革であったり、保守化の過程と も関連しているのです。

ですので、このような日本と北朝鮮の戦争状態 についても、日本内部の変化と照らし合わせて見 ていく必要があります。高林先生のご主張のよう に、日本人はその自覚が足りないまま、北朝鮮脅 威論をそのまま受け入れている。そして植民地主 義の歴史を清算できないまま、現況にあるという ご指摘は非常に正しい指摘です。このような現象 は、日本内部で起こっている日本の内戦ともいえ るものとも関連性があります。これは日本の国内 で行われていたリバースコース、そしてレッド パージと関係があります。つまり朝鮮戦争は日本 の内戦でもあったのです。ですので、戦後体制の 中で以前のエリート勢力を中心に保守的社会を構 成する過程、これは現在も継続しています。

また、アメリカと北朝鮮の戦争状態につきまし ても、アメリカ国内の内戦について見ていく必要 があります。朝鮮戦争と同時にアメリカ内部では、

マッカーシズムが登場します。先ほども申し上げ ました通り、戦争状態の継続化が定着をしていき ます。また、敵を再生産するというのが定着化し ていきます。このような冷戦の過程と同時に起 こっていくということがありまして、戦争が制度 化していく、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガ ン戦争が引き続き起こっていくわけです。

ですので、朝鮮戦争に対する再認識が必要に なっていきます。朝鮮戦争では、朝鮮半島の内戦

だけではなく、日本の内戦、アメリカ内戦、中国 内戦、エチオピア内戦、南アフリカ内戦というふ うに捉えなければなりません。ですので、朝鮮戦 争を終わらせるために、国連軍司令部の解体をす るのか、それとも停戦協定を平和協定にするのか だけでは、議論を狭小化しているのではないかと いうふうに考えます。それで、梅林先生が先ほど 停戦が先か、あるいは解体が先かというふうなこ とをおっしゃいましたけれども、一時的にはその 両者の選択ではなくて、相互関係にあるのではな いかと思います。ですので、朝鮮戦争のみに狭小 化させる危険があるのではないかと思います。

このような中で高一先生が、朝鮮戦争を停止さ せるための主体という重要な問題を投げかけてく ださったと思います。高一先生は、南北対話をは じめとして多様な対話の形式が必要だとご指摘さ れました。ここでより深く見ていきますと、南北 の誰が対話をするのか、そして南北以外の誰が主 体となって参与するのかという点が重要になって きます。高一先生は中国の仲裁という部分に期待 をされているように感じました。ですが、中国が 主体として参加できるのかという点についての検 証が必要です。高一先生が論文でも正確にご指摘 されました通り、70年代、停戦体制の性格が変化 しています。それ以前は韓米が片側にいて、北朝 鮮と中国が片側にいるというような体制でした が、70年代に入って、中国とアメリカの関係が緩 和されます。これによって、停戦体制につきまし ても、北朝鮮対韓米というふうに変化をしていき ます。

ここで中国の役割の難しさというのが生じま す。中国は停戦協定締結の当事者でありながらも、

アメリカとすでに和解をした当事者でもありま す。ですので、中国の役割が当事者としてなのか、

あるいは仲介者としてなのかという疑問が生じま す。

ここで中国の役割についてもう少し考えてみる

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討論者 徐載晶(国際基督教大学)のコメント

必要があります。高一先生もご指摘されました通 り、70年代の中国は対米代理交渉者及び対北代理 交渉者の役割を担っています。ですが、中国がな ぜこのような二重の役割を果たしたのかという点 の考察が必要ではないでしょうか。これは、中国 による自国の利益のための選択ではないか、とい うことも含めて考えていく必要があると思います。

こうなったときにまた梅林先生のご指摘に戻る 必要があります。70年代と21世紀については、明 らかな構造的な違いがあります。70年代が中米和 解の時期であったとするならば、21世紀は中国の 浮上と米中競争、あるいは葛藤の可能性があるか らです。このような構造の変化が起きているため、

70年代に中国が行っていたような仲裁者の役割を 期待できるのかという疑問です。高一先生はこの ように戦争体制の主体についての疑問を投げかけ ていらっしゃいましたけれども、この点につきま しては李時雨先生と高林先生はちょっとご指摘が 弱いのではないかという印象です。李時雨先生が ご指摘されましたように、アメリカ覇権の作動方 式であるというのであれば、変化の可能性はどこ からくるのでしょうか?そして論文の中で韓日米 の民衆の連帯の可能性とおっしゃっていましたけ れども、その民衆の連帯の可能性の根拠はどこに あるのでしょうか?また高林先生は、植民地主義 の清算はどこから、そして誰がやるのかという点 についてお答えをいただけなかったように思いま す。李時雨先生の「吉田―アチソン交換公文は廃 棄されなくてはならない」(本誌p.14)」というこ との当為性は私も認めるところです。ですが、す でに国連軍地位協定が1954年に締結された状態 で、吉田―アチソンの交換公文の実効性はどれく らいあるのか。もっと大きな問題としましては、

戦争状態の解体という問題(issue)を法的問題

(issue)に縮小させてしまうのではないかという 点です。法的接近よりは日本の平和体制、民主主 義、植民地主義解体などと直接的に照らし合わさ

れている辺野古基地問題や日本の平和憲法問題に 拡大することがもとより有効ではないかというふ うに私は考えます。

結局、ローカルとグローバル、ローカルとロー カルの相互構成性に注目するとき、朝鮮戦争は韓 国の内戦だけではなく、日本の内戦でもあり、ア メリカの内戦でもあります。このような視点から 接近したときに、どのように戦争状態を解体させ るのか、誰が解体の主体となるのかということに 対する答えも探し出せるのではないでしょうか。

コメントが長くなって申し訳ありません。以上 です。ありがとうございました。

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