究
古 代 希 臓 に 於 け る 貨 幣 思 想
目次
一︑序説
二︑古代希騰に於ける経濟思想一般の特徴
三︑プラトンの貨鱒思想
四︑〃セノフォyの貨留思想
五︑アリストテレスの貨幣思想
六︑結語
古代希膿に於ける貨鱒思想 大野純一
古代希膿に於けろ貨幣思想
一
序説
肚會現象に關する主要な學読は殆んど皆その萌芽を古代ギリシヤに持つが如く︑貨幣に關する諸學読も亦そ
の源をこ﹂に覚めることが出來る︒本篇の目的は貨幣學読史の第一頁としてこの古代ギリシヤに於ける貨幣に
就いての先哲の思索の跡を辿らんとするに在る︒
もし人ありて世界的本位恐慌の眞只申に二千有飴年前の陳腐な思想を探索して何の役があらうと難するなら
ば︑私は之に答ふるに≦︑穿⑦巨男︒8冨Hのかつての左の言葉を以つてするであらう︒
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=︑古代希臓に於ける経濟思想一般の特徴
本論に入るに先ち古代ギリシヤの経濟思想一般の特質を列學して置かう︒蓋しそれによつて後段に於ける叙
述が一暦審易に理解され得るであらうから︒
一︑経濟思想の箪純性︒古代ギリシヤの国︒ヨ賃8時代に於いては集産制の下に奴隷を使用し牛ば牧畜牛
ば農業の家族経濟が殆んど自給自足的に螢まれてゐたのであるが︑後に私有財産が生じ家族間の交換が次第に
行はれるにつれ市場の周園に都市が形成せられ商人の存在が必要となつて來たのである︑而して絡には銀行業
務や信用機關すら出現するに至つたのである︒斯くて︑後期ギリシヤの維濟歌態は高度の嚢展を示し一磨は今
日の如き諸施設を具有するに至つたのではあるが︑その根底をなすところの各種生産業は未だその生産力に於
いても組織に於いても到底今日の比ではなく至極幼稚なものであつた︒從つてその機構は本質的には到つて翠
純なものであつた︒而して︑この現實世界の軍純さはその思想にも反映したのである︒即ち︑ギリシヤに於け
る経濟思想は一ケの猫立した科學として嚢達したものでなく︑倫理並びに政治學の諸問題に關聯して從属的に
叙述されたのである︑從つて経濟問題に關して組織的な論述が行はれたことは極めて稀であつた︒されば︑當
時の経濟に關する思想は誠に盟T純なものであつた︒
併し乍ら︑この軍純性は必しもその思想の淺薄皮相を意味するものではない︒否︑寧ろ封象の軍純性の故に︑
往々古代ギリシヤ人は︑複雑なる現象形態に遮られその本質を見失はんとする現代人に比し︑ヨリ素直に︑明
瞭に問題の眞髄を捉へて之を洞察することが出來たのである︒
二︑公私維濟の混溝︒當時の國家は所謂古代都市國家であつて近代に於ける國家とは大いにその趣を異に
古代希臓に於ける貨鱒思想三
古代希臓に於ける貨幣思想四
するのである︒大家挨制度に於けると殆んど同じことが國家によつて行はれてゐたのである︒從つて︑維濟的
には國家杜會は一の大なる財産の所有者なりと看微され︑倫理的政治的には私人に關すると同様な法則が之に
適用さるべきものと考へられたのである︒されば︑家事維濟と公維濟とは輩にその規模に於いてのみ相違する
ものなりと見るのが當時一般の風潮であつた︒この事はo斗o℃oミ9及び︒斗oヒo蔑お嚢なる語が共にその由
來に於いても用法に於いて愚寧ろ家事経濟を意味したといふことからも推定することが出來るのである︒從つ
て︑當時に於いては唱象膏﹄①8昌oヨ団なる語は一ヶの8昌窪巴算凶o昌ぎ器§︒︒なり︑との極言すらなす者がある
のである︒ω
但し︑︾瀞8皆の思想を盛れるものなりと稽せられるO・8口︒且Bの中に.︑窯o毛盛臼︒碧・♂霞猷巳ωo{
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(弓︒琴巴国88塁ζ昌き葺︒{昏︒凶巳凶乱邑(寄︒・§日§︒量●︑.②なる一節あるを知るならば︑か﹂る混渚
にも例外あるを忘れてはならぬ︒
三︑濃厚なる倫理學的︑政治學的色彩︒響當時︑経濟問題に思索を続らした大部分の人々は︒︒︒︒..酔幽8であつ
たといふ事實と物質的富そのものが猫立の研究の封象とされたのではないといふ事實とのため︑総ての経濟現
象は主として倫理並びに國家の幅祉の立場から考察せられたのである︒﹁市民は物質的富の生産者としてでは
なく︑軍にその所有者としてのみ考へられたのである﹂︒㈲その結果︑屡々彼等の間に経濟思想と倫理並びに政
治學との混清が生じたのである︒
この鮎に於いて︑古代ギリシヤの経濟思想は後の正統派維濟學と好箇の封照をなすのである︒即ち︑古代ギ
リシヤ人は脛濟問題を取扱ふに當つて倫理的︑政治的要求を持つ肚會の一員としての全人間の立場より褒足せ
んとするに封して︑正統派経濟學者殊に田︒程臼碧は凡ゆる他の理想や衝動を抽象して造り上げた一面的な﹁経
濟人﹂から出獲せんとするのである︒勿論︑爾者は共に極端なりと錐も︑非現實的な抽象論に不満を感じた最
近の経濟學が次第にギリシヤ的立場に還らんとしつ玉あるは興味ある問題なりと言はねばならぬ︒
四︑禁慾主義的傾向︒ギリシヤ哲學そのものの窟ω︒︒ぎ団︒・昏な傾向と倫理の強調とは自から當時の維濟思想
をして禁慾主義的色彩を帯びしめるに至つたのである︒欲望の封象の増加は決して吾人の幸輻を増進せしめる
ものではない︑第一の欲望の満足は直ちに第二の欲望を喚起し第二の欲望の充足は更に第三のそれを呼ぴ起す
のである︑斯くては絶えす欲窒は増進し絶えす野象を追ひ不断に焦慮を綾けなければならぬ︑故に須く吾人は
封象の増加を計るよりも寧ろ吾人の欲望そのものを減少せしめることに努めなければならぬ︑といふのが當時
の考へであつた︒而して︑この倫理的観念は先哲をして財の生産よりも寧ろその分配及び消費にヨリ多く關心
を持たしむるの原因となつたのである︒
五︑肚會主義的傾向︒斯くの如く分配並びに消費問題を申心として維濟的思索が行はれたると個人の利釜
よりも肚會國家の幅胤を重要覗したること曳の結果︑彼等は理論に於いても實践に於いても肚會主義的傾向を
古代希膿に於けろ貨幣思想五
古代希膿に於ける貨贈思想六
示すに至つたのである︒﹁個人は國家に從属するものと考へられ︑國家を通してのみ個人性を獲展させ完成さ
せる事が出來︑叉國家の維持と國家の仕事に向つて一切の個人の努力が向けらるべきであるとなした﹂ω︒斯く
てギリシヤに於いては政治學が最も重要なる肚會科學であり︑凡ゆる人聞活動の最高の目的は善き市民を形成
することであつた︒從つて︑國家にょる干渉︑統制は當然是認さるべき必要事と思惟せられた︑故に︑債格の
公定︑毅物の統制︑貧者の利釜のための富者の墜迫︑例へば鑛山の如き大なる物質的利釜の公有等は決して革
命的な施設ではなく日常の茶飯事に属してゐたのである︒
古代ギリシヤのこの傾向も亦近時の維濟思想に甦へりつ曳あるはこ︑に喋々を要せぬ明白な事實であら
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梱囚.冒窟多田・8受︒hり︒一芽巴閨§︒ヨざ図o薪や這来山勝美氏課﹁イyグラム経濟學史﹂一五頁
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一昌︑プラトンの貨幣思想
貨幣に關する断片的な立言をも渉猿するならば︑吾々は既に出・醤臼窪切(αQoα吋ー恥刈α一W・(}・)に於いて金の一
般的交換手段たることを曙示するところの﹁恰かも商品が金と交換せられ﹁叉金が商品と交換せらる︑が如
く︑萬物は火に攣じ︑火は萬物に憂す﹂︑といふ丈句を獲見し︑ω︾蔚8喜彗8(障①噌IQ●QQα.︼W・O.)の喜劇﹁津︒碧﹂
の中に﹁グレシァムの法則﹂を謁示した︑︑H昌o舞閑︒窯霞︒ぴ乱魯貯︒昌︒︒m器胃︒剛巽誘傷容σQ8傷︾U口︒︒け器9靴ミ§ミ
ミ§ミ書§群も8概§§ミ隔ミミ轟..なる文階をも見出すことが出來やう︒⑭
併し乍ら︑古代ギリシヤに於いて貨幣に關し相當纏つた見解を有してゐたものは︑今日遣されたる文獄に徴
し得る限り︑図窪o喜8(偉α1◎◎qα叩︼W.(γ)︑コ暮o(恥培IQ︒出・剴・O.)及び︾読89(Q︒Q︒恥ーQ︒トっb9●即O・)の三人の
ソクラテース門弟であるβ年代順よりすればクセノフォンよりすべきであるがこ﹂では叙述の便宜上プラトン
より始めることにしやう︒
先づ︑貨幣の起源に就いてのプラトンの意見を聞かう︒彼がその著︑.目冨男昌昌腎.︑に於いて國家の起源を
読くに當り経濟的論明を以つてしたるは有名な事實である︑即ち︑そこで彼は分業より獲して國家の生成過程
を蓮べたのであるが︑彼の交換並びに貨幣概念も亦この同一分業から獲展して來るのである︒
曰く︑﹁余の考へを以つてすれば︑吾人は個々別々にては自足的に非す︑而かも吾人は悉く皆多激の欲望を
有するが故に︑國家は人闇相互の必要より生するのである﹂︑㈹﹁斯くて︑﹂一方に於いて︑﹁人々は多数の欲望
を有し︑而かもそれを充すがためには多数の人々を要し﹂︑㈲他方︑﹁人間相互の間には異れる職務を途行する
に適する人闇本性の相異が存する﹂が故に︑ω﹁或る者は或る目的のために助成者を必要とし︑他の者は又他
古代希膿に於ける貨幣思想七