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連続講演会とマンネリ化

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Academic year: 2021

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3 巻 頭 言

連続講演会とマンネリ化

橋本 明

 いきなり不穏なタイトルと思われるかもしれない。

「マンネリ化」にはふたつの意味

がある。ひとつは、昨年、そして一昨年の『生涯発達研究』の巻頭言に引きつづき、ま たもや当研究所主催の連続講演会をこの場でとりあげていることである。とはいえ、こ れは『生涯発達研究』各号の特集のもとになっている、各年度の連続講演会を俯瞰して もらいたいという要請に応える意義もある。もうひとつは、連続講演会も

2018

年度で

3

回目をむかえて、文字通りマンネリ化の萌芽が出るころではないか、という意味であ る。

『生涯発達研究』第 9

号の巻頭言で述べたように、最初から連続講演会という形式 があったわけではなく、偶然の産物である。だが、(テーマを設定し、ふさわしい講師 をさがし、講演内容を特集の形で『生涯発達研究』の記事にするという)形式がいった んできあがってしまうと、それはそれで自由な発想を閉じ込めてしまう、いわば檻にな りかねない。その点でいえば、今年度の連続講演会は、連続講演会という形式をいい意 味で―これも期せずして、なのだろうが―逸脱することになった。

 2018年度のテーマは

「共生社会の時代を生きる―教育と福祉はどう支援できるのか―」

というものである。簡単に

3

回の連続講演会をふりかえってみたい。第

1

回は「異文化 介護を考える」というタイトルで、2018

9

月に名駅のサテライトキャンパスで実施 された。

TSM

(多文化ソーシャル・ムーブメント)、外国人高齢者と介護の橋渡しプロ ジェクト、そして愛知県立大学多文化共生研究所との共催事業として行われた。いわゆ る講演会ではなく、複数の登壇者によるプレゼンとそれにつづくディスカッションとい う形がとられた。また、同年

10

月に長久手キャンパスで行われた第

2

回の「若者と居 場所をつくる―日欧のユースワークの現場より」は従来の講演会形式で行われたが、11 月の同じく長久手キャンパスで開催された第

3

回は、映画『さとにきたらええやん』の 上映および監督の講演というプログラムになった。それぞれの詳しい内容は、今号の特 集をご覧いただきたい。

(2)

4

 いずれにしても、連続講演会という枠を設定しながらも、さまざまな形態や内容を貪 欲に盛り込みながら(諸手続きなどでは、事務方にご迷惑をかけたはずだが)、今後も 面白そうな発展の余地があると認識したこの

1

年だった。ただし、連続講演会は生涯発 達研究所が行っている事業のほんの一部に過ぎない。わたし自身は今年度で所長という 役から外れる。名ばかり所長であれこれいえる身分ではないのだが、新体制のもとで研 究所の事業全体が新たな展開をしてくれればと思う。

参照

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( 同様に、行為者には、一つの生命侵害の認識しか認められないため、一つの故意犯しか認められないことになると思われる。

それから 3

いしかわ医療的 ケア 児支援 センターで たいせつにしていること.

わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と

ぎり︑第三文の効力について疑問を唱えるものは見当たらないのは︑実質的には右のような理由によるものと思われ

第一五条 か︑と思われる︒ もとづいて適用される場合と異なり︑

単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思

2) ‘disorder’が「ordinary ではない / 不調 」を意味するのに対して、‘disability’には「able ではない」すなわち