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高校社会科教科書 にお ける憲法記述 の点検

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高校社会科教科書 にお ける憲法記述 の点検

一衆議院の解散一

西 台 満

A CriticalStudyoftheCommentsontheConstitution

ofJ

a pan

intheCivicsTextbooksforSeniorHigh Schoo1

‑DissolutionoftheHouseofRepresentatives MichiruNishidai

第一章 序論

衆議院の解散 とは衆議 院議員の任期満 了以前 に議員 た るの資格 を一斉 に失 わ しめ る こ とをい う」(1)が,いか なる場合 に解散す る又は させ るこ と がで きるのか, につ いて激 しい論争があった。先 ず,解散 は憲法69条 に定め る事 由,即 ち 「衆議院 で (内閣)不信任の決議案 を可決 し,又 は信任の 決議案 を否決 した とき」 のみ行 ない得 る, とす る 立場 がある。 これ に対 して,69条所定の場合 に限 られ るこ とな く,憲法73号 の助言 ・承認権 に 基づ き内閣はいつで も解散 で きる, との立場 が主 張 され る。便宜上,前者 を69条説,後者 を7条説 と呼ぶ とすれば, 7条説が学界での圧倒的 多数説 であ り, 同時 に国会 での慣行 ともなっている。

解散 をめ ぐる論争は「現在, たたかい済んで『 想』 されている状態である。‑政府 は,昭和27 8月の (2回、 いわゆ る抜 き打 ち)解散以来, 憲法第7条のみに依拠す る解散 を度 々行 い,(下級 審 も7条説 を支持 し,昭和35年 の最高裁 のいわゆ る苫米地判決 に して も) この立場 を最終 的に確定 せ しめた もので こそあれ, それ を否定す るもので はない。 したが って,所謂7条説か69条説か とい う問題 に関す る限

,憲法解釈論 は出尽 した し, また,憲法慣行及び判例上,既 に終止符 は打 たれ ているのであるたてつ」(2)。この よ うに言われ る と,今 さ 7条説 に楯突 いた ところで現実 を1ミリた りと も動かせ るわけで もな く,無駄骨折 りの最 た るも の, とい うこ とにな りそ うである。 しか し,真実 を求め る学問の道 に,終 点があろ うはずはない。

い え ど われ

孟子の言葉 に 「千万人 と錐 も吾往かん」 とあるよ

うに,一千万人の方が逆 に間違 っているこ とさえ あ り得 るのである。微動 だに しそ うにない現実 も, 一朝一夕 にひっ くり返 って しまうこ ともないでは ない。 その好例が, ソ連共産党 である。鉄壁の独 裁体制 を敷 いていた党の崩壊 を,世 界で一体 どれ ほ どの人が予想 し得 たであろ うか。仮 に現実 は動 かせ なか った として も,いつか将来憲法改正 の原 動力 となるか も知 れない。 それ故, 7条説で解散 を行 う慣行 がいか に確 立 してい よ うと, なお この 問題 は論 じなければな らない, と私 は思 うのであ る。

(1) 佐藤功,憲法 (上)[新版]ポケット註釈全書,p.

83

(2)深瀬忠一,衆議院の解散一比較憲法史的考察」日 本国憲法体系第4巻 (宮沢還暦),p.128(か ノコ内 筆者)0

第二章 七条説批判

衆議 院が内閣に対す る不信任 を表明 した場合, 内閣は衆議院 を解散す るか, 自らが総辞職 す るか の二者択一 を迫 られ るO前者 を選択 した場合 は, 天皇 に対 し決議の 日か ら10日以内に (69条)解散 詔書 を発 す るように助言 し且つ承認す るこ とにな る (7条 3号)0

問題 は, 内閣が天皇 に対 し解散詔書の助 言 ・承 認 をす るのは上記の場合 に限 られ るのか とい う点 で, 多数説 は前述 の よ うにそれ を否定す る。つ ま

‑ 20

(2)

高校社会科教科書における憲法記述の点検

り,天皇 に対 す る助言承認権 を使 って, いつで も 解散 させ るこ とがで きる, とす る。 そこで, この 7条説が理 由 として挙 げている もの を, ここで一 つ一つ検討 してい くこ とに したい。

(1)69条 は不信任 が表明 された場合 の, 内閣の身 の処 し方 (解散 にす るか総辞職 にす るか) を 「を 定め た規定であるに とどま り,本条の場合 にのみ 解散 が行 われ る とい うこ とを定 め た規定 で は な い。 いか なる場合 に解散が行 われ るか につ いては 憲法上 に規定 はな く, したが ってそれは この憲法 の定め る議院 内閣制 (国会 と内閣 との関係)や解 散 制 度 一 般 の 意 味 か ら考 え られ るべ きで あ

(3)

確 かに,69条は 「解散 しないのな ら,総辞職す べ し」 と,総辞職 に重点 を置いた表現 になってい るが,だか らと言 って, この規定か ら解散 につ い ていか なる積極的 な意味一例 えば解散 は この場合 しかで きない‑ も汲み取 るこ とはで きない と考 え るのは早計である。 ここで7条説の言 うよ うに議 院内閣制 お よび解散制度一般の意味 を考 えてみ る ことに しよう。

議院内閣制 とは,端的 に言 えば,政府 (行政府) が議会 (殊 に下院)の信任 を在職 の要件 とす る制 」(4)で あって,国会 と内閣 を主従の関係 に置 き, 内閣 を国会のいわば行政委員会 とす る。立法権 と 行政権 とい う二つの権 力が存在す る と前提 した場 合 には, ジ ョン ・ロ ックが指摘 した よ うに,事物 の本質か ら立法権 が優越す るこ とになる。「法治主 義」 は 自然法的原理 であ り, 内閣が 「その主 たる 権能の行使 において, ひろ く立法部の決定 に拘束 され る地位 に」(5)立つのは当然である。「けれ ども, 内閣の権能 には,法 による拘束 にな じまない もの もあ り, これ らにつ いては, その決定 に政治責任 が問われ る。 その間い方 を比較法的 にみれば,(7) 君主 による問責,(イ)選挙民 による問責,(r7)立法議 会 による問責 の三種類が あ り」(5),我国の憲法 は最 後の(T?)を採用 している。 これ ら行政権 の立法権へ の従属 を,憲法は663項 にお いて 「内閣は,育 政権 の行使 につ いて,国会 に対 し連帯 して責任 を 負ふ」 と規定 し, 司法権 に対す る立法権 の優越 を 含めれば,結局の ところ 「国会 は国権 の最高機 関 である」(41条)とい うこ とに帰着す るわけである。

行政権 の行使 とい う権能 においては立法権 か ら 分艶独 立 してはい るものの (三権分立), その行使 主体 の成立 ・存続 においては,立法権 に依存す る,

とい う構造 になってい る。 あ くまで国民主権 とい う大前提 の下での三権分立だ とい うことであ る。

とすれば,主権者 たる国民か ら選 ばれた議員か ら 成 る議会 を, その下位 にある行政権 が解散す ると い う事態 は,本来 はあ り得べ か らざるこ とである。

もちろん,国会 は国民の代表で あるか ら,国会」

を解散す るこ とは絶対 に許 され ない。許 されてい るのは,国会 の一部で ある 「衆議 院」 にす ぎない が, それで も,衆議院は国会 の中で も優越せ る部 分 であるか ら,本来はあ り得べ か らざるこ ととい

う解散 の性格 は変 わ らない。

それ故,不信任 を突 き付 け られて解散 を選択 し た内閣は, その責任 を取 って総辞職 しなければな らないのである。即 ち,衆議院議員総選挙の後 に 初めて国会の召集があった ときは, 内閣は,総辞 職 を しなければ な らない」(70条)。以上の よ うな 議会 と内閣の関係及び解散制度の性格 か ら結論 と して出て くるのは,解散 はあ くまで例外 として認 め られ るにす ぎない,とい うこ とである。だか ら, 解散 させ るこ とので きる事態 として69条 にわずか 一つ しか挙 げ られていない以上,「69条 に よって し か解散 はで きない」 と帰結 しなければな らないの で ある。69条説が正 当である。

7条説は, 自説 に とって都合 の悪 い41条 を敢 え て無視 しようとす る。即 ち,国会が最高で 「内閣 は国会の下位機関であるか ら,下位機関が最高機 関の一部 である衆議 院 を任意 に解散 で きる とい う のは理論上おか しい」とす る説が あるが,国会 は 決 してそ うい う意味 で最高機 関 なのではな く, そ の意味の最高機 関は, む しろ国民で あるか ら,国 会 と内閣 との間に,意思の不一致が あれば, 国民 に信 を問 うこ とが許 され るべ きは 当然 で あ る」(6) 一 と。

「そ うい う意味」 とは,国家権 力即 ち立法 ・行 政 ・司法の三権 の主従 ない し上下関係 を考 えた場 合 に, とい う意味 であろ うが, もしそこに主権者 たる国民 も入 って くる となれば,「国会 は,国権 の 最高機 関である」 と定めた41条は誤 りとい うこと にな る。学説が勝手 に憲法 を否定 ・改造す るわけ で,本末転倒 も甚 だ しい と言わなければな らない。

そ して, 国会 が三権 中至高の地位 に立つ こ とは, 国民 を代表す るが故 に他 な らないのであるか ら, 国会 と内閣 を同列 ・対等 に見 よ うとす る7条説の 立場 は,根底 において国民主権 をも否定 している ので ある。

‑ 21‑

(3)

また, 7条説か らの上記反論 は,用語 とい う点 で も納得 し難 い。即 ち,機 関 とい う概念 を定義す れば,個 人 または団体 がその 目的 を達す る手段 と して設 けた組織」(7)とな るのが一般 で あ る。憲 法 上,国民は決 して手段 ではない。 目的その もので ある。そのこ とは憲法前文 において,「そ もそ も国 政は,国民の厳粛 な信託 による ものであって, そ の権威 は国民 に由来 し, その権 力は国民の代表者 が これ を行使 し, その福利 は国民が これ を享受す る」 と書かれているこ とか ら明 らかである。 これたと を会社 とい う団体 に職 えて言 うな らば, 国民 は株 主 に当た り,実際の経営 につ いては株主総会 ・取 締役会 ・代表取締役等 の 「機関」 に委ね,得 た利 益 を株主間で分配す るのが 目的 となる。

憲法13条では更 に重 ねて,「すべ て国民は,個 人 として尊重 され る」 と言明 されている。国家 とい う全体 に奉仕す るもの として尊重 され るのではな く, ただ個人 として,換 言す る と個 人それ 自体 が 目的 となって,尊重 され るべ きだ と言 うのである。

国家社会 にお ける「価値 の根元が個 人にあるとし, なにに もまきって個人 を尊重 しようとす る原理」

即 ち個 人主義 こそが国民主権 ‑ 「民主主義 の根底 である」か ら,国民 を最高 とは言 え 「機 関」視す

る説の反民主主義的性格 は 自ずか ら明 らかであろ う。

原則か ら言 って も,小 島が言 うよ うに 「お よそ 執行権者が憲法 または法律 にみ とめ られた以外 に 権能 をもたぬ こ とは立憲主義の通 則」(9)である。こ こで内閣の権 限 を列挙 す る憲法73条 を見て も,衆 議院の解散 は挙 げ られ ていない。解散 とは, 冒頭 で定義 しておいた ように,憲法で認め られた衆議 院議員の任期 を一方的 に短縮 し,国政の一時的停 滞 をもた らす議会制度上の特別措 置である。 もし 7条説が言 うように,内閣が69条 とは別 に,自由 に 解散権 を発動 で きるの だ とすれば,特 に‑箇条 を 設 けてそれ を明記す るのが当然 と思われ る。 なぜ な ら, わずか一議月の職務遂行 を妨 げ る逮捕 につ いてす ら,現憲法 は‑箇条 を設 けて制 限 している くらいだか らである(50条)。 まして解散 ともなれ ば,衆議 院の全議員の資格 を剥奪す るのであるか ら,特 に‑箇条 を設 けない として も少 な くとも73 条 中に挙 げていなけれ ばな らない。 それだけ重大 な意味 をもつ権 限だか らで ある。例 えば,737 号 には受刑者 に対す る恩赦 を行 う権 限が定め られ ているが, 7条説 によれば,解散の もつ意義 は恩

赦 にす ら及ばない, とい うこ とになる。

(2)以上,国会の最高機 関性 を根拠 に7条説 を批 判 したが, なおそれに対 しては7条説か ら次の よ うな反論 がなされ得 る。即 ち,解散 は 「総選挙 に よって国民の意思 を問い, それ を衆議 院 に反映 さ せ るため に行 われ‑その結果 によ り内閣の態度 を 決定 しようとす る もの なのであるか ら, それは国 会の最高機 関性 に反す るものではない」(10)と。

ここには,論理 の ごまか しが ある。今 問題 にな っているのは内閣には任意 に衆議院 を解散す る権 限が ある と考 えることの正 当性 なのに,国民が衆

議院議員 を選挙 で選 出す るこ との正 当性へ と摩 り 替 え られている。 この論法でゆけば,衆議 院が 自 主解散す るこ とは もちろん,例 えば黄高裁 に解散 権 を与 えるこ とさえ民主主義 とい う観点か らは好 ましい解釈で ある と判断 され るか も知 れ ない。選 挙 をやればや るほ ど,主権者の意思が それだけ忠 実 に議会 に反映 され るか らで ある69条以外 には, 解散権 につ いての明文規定 はないのであるか ら,

内閣のみが 自由に行使 で きる と限定す る根拠 は何 もないはずである(ll)。む しろ, 7条の天皇 に対す る助 言承認権 を論拠 にすれば,「内閣の裁量 による 解散 も例示 にす ぎず, それ以外 は認め ない とまで の趣 旨を含む ものではない」 と, 自分 が使 った手は〆) を逆 に使 われ る羽 目に陥 ろ う。

上記反論 は,主権者の意思 を問 う」とい う大義 名分 を得 て7条説の最大の拠 り所 とな り,通説の 地位 を不動の もの としたのであった。 しか し7 を根拠 に 自由に解散で きる となる と,「内閣の独 断 に基 く一方的解散,政略的解散 または懲罰的解散 が行 われ る危険が あるではないか, との問題 がでちよう て くる」(12)。歴史 に徴 して も,解散権 の濫用は民主 主義 を崩壊 に導 く。例 えば, ワイマール憲法下の ドイツで 「大統領が,議会 と対抗す る意味での解 散権 を行使 したこ とは,致命的 な結果 に導 いた。

それは,政府 の不安定性 に加 え,議会 を不安 定 な らしめ,議会制 自体 に対す る国民の不信 の念 を増 大せ しめ た。ナチスは, この欠陥 を利 して着々進 出 したのである」(13)。政府の不安定 とは,比例代表 制選挙 による小党分 立 を指す。 イギ リスの よ うな 二大政党制 になっておれば,「た とえ,理論的 には 内閣の解散権 を無制 限 にみ とめた として も, それ がたんに内閣強化 の政策 として用 い られ るおそれ は少 ない」(14)。しか し,小選挙 区制 を採 らず従 って 二大政党制 になっていない我国の場合, もし内閣

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高校社会科教科書における憲法記述の点検

が連立 となって, それ に現在 の慣行 となっている 無制 限の解散権 が結びつ くと, 民主主義 の危機 が 忍び寄 るこ ととなるので ある。

(3)そこで, 7条説 としては,単 に政治倫理 とし てに過 ぎないが,解散権 の行使 に一定の歯止め を が ナようと試み るO即 ち

,

衆議院の意思が国民の 意思 を正 し く代表 していないのではないか とい う ことが疑 われ る根拠が あって,従 ってそれ を確 か め る必要が ある と判断 された場合 に,直接 に国民 に訴 える(15)こ とが許 され る とす る。しか し,この ような譲歩は 「代表」 とい う概 念 に対す る理解不 足に よるもの と思 われ る。

代表 は代理 とは異なる。代理 の場合 は,代理 人は被代理 人の指 寓に拘束 され るの に対 し,代表 の場合 は,代表者 は被代表者の現実 の意志 と矛盾 す る行動 をなす こ ともあ り得 る。.代議士 は ( 挙区民の利益ではな く,全 国民の利益 のため に) もっぱ ら自己の良心 にのみ拘束 され る。国会 にお ける発言 ・表決の 自由が保 障 され るの もそのため である。国会 は, この限 りでは,国民か ら独 立 に 行動す る」(16)。従 って

,

国民の意思 を正 し く代表 していないのではないか とい うこ とが疑 われ る根 拠が あって」,例 えば新 聞社 による世論調査 によっ て国民の意思が国会の 多数意見 と異 なるこ とが明 らか になった として も, それは何 ら 「直接 に富民 に訴 える」正 当な理 由 とはな らないのである。

従 って,衆議院が不信任案 を可決 した場合, そ の 「衆議 院の意思が果 して国民の意思で あるか ど うか を総選挙 によって問い, その結果 によって内 閣の進退 を決 しよ うとして行 われ る」のが69条の 解散(17」 と解す るのは誤 っている。理 由は,第一 に,不信任 と決すればい くら解散 を選択 した とこ ろで結局 は総辞職 を余儀 な くされ るか らで あ る (69条)。早 いか遅 いかの違 いに過 ぎない。第二 に, その ような解釈 は前述 の よ うに 「代表」制 と矛盾 す る。国会の意思 こそが主権者 た る国民の意思 な のであるO国民は国会 を通 して 自らの意思 を形成 す るので あって,冨会 を離 れての意思形成 な どあ り得 ない。 7条説 は,前文 冒頭 の大原則 「日本国 民は・‑国会 における代表者 を通 じて行動」す る, の意味す ら理解 していない と言 わ ざるを得 ない。

7条説 によれば,不信任以外 に も解散 させ るの が適 当 と思 われ る場合 がある。 その‑ は 「重大 な 政治上の問題 が発生 し, その間題 に関す る国民の 判断 を問 う必要 がある場合」(18」 。しか し,そ もそ

も近代民主主義国が議会制 ない し間接制 を採 って いるのは,全 国民が一堂 に会す るこ との物理的不 可能 のみ ならず,実質面 も考慮 しての こ とである。

「多 くの国民は,諸種 の国政問題 を判断 し,処理す るだ け の政 治 的 素 養 と時 間 的 余 裕 と を もた な 」(19)とい うのが現実の姿である。そこで,ある程

た ず

度専 門的 に政治 に携 わる者 に意思決定 を委 ね, そ の代 わ り任期 を設 けて一定期間 こ とにその活動の 適否 をチ ェックす る, とい う制 度 になっている。

その ような政治の専 門家 にさえ判断に迷 う問題 が 発生 した とすれば,国民にはなお さら判断がで き ない。従 って, 内閣が国の将来 を左右す るよ うな 重大問題 が発生 したこ とを理 由 に衆議 院 を解散 し た とすれば, それは国政 を信託 した国民 に対す る 背信行為 と言 える。 その よ うな時 こそ,議員の衆 知 を集め る慎重審議が必要 なのである。

7条説が解散 させ るべ き時 と考 えるその二 は, 参議 院で野党勢力が過半数 を占め,参議院の反対

くつが

を覆すための 「三分 の二以上の議席 を獲得す るた め に総選挙 を行 う必要 がある場合」。その三は

,

数党が内閣 を組織 し,かつ 多数党 たる野党が不信 任決議案 は提 出せ ず, しか もこ とご とに内閣に反 対 して国政 の遂行 に支 障 を きた した場合」(18)で あ る‑。 これ らの場合 に内閣が衆議院 を解散す るの を認め るのは, 7条説の立場か らは 自己矛盾で あ ろ う。 なぜ な ら,解散 は 「匡卜民の意思 を問 う」 た め に行 われ る もので あるか ら, その民主的性格 か ら何 も69条 の場 合 に限定 され るべ き筋合 い は な い, として きたか らである。 しか し, これ らの場 合 は国民の意思 を問 うと言 うよ り,現在 の少数党 を過半数 に, あるいは三分 の二 に満 たない多数党 を三分 の二以上 にす るよ う国民 に 「おど 要求」す る解 散 である。国政の停滞 をいわば嚇 しの道具 として, 国民 を自らの意思 に従 わ しめ よ うとす る性格 の も ので,民主主義 の仮面 をかぶ っただけの解散制度 の悪用で ある。濫用 され る危険性 の最 も高いケー ス と言 える。

(4)最後 に, 7条説の論拠 として大 きな力 を持 っ ているのが,天皇の国事行為 に関す る7条である。

ここには3号 で 「衆議 院 を解散す るこ と」 と明示 してあ り,天皇が その国事行為 を行 うには 「内閣 の助言 と承認 を必要」 とす る (3条) こ とか ら, 内閣の解散権 が引 き出 され る。天皇 に解散の実質 的決定権 を与 えたのでは 「天皇 は・‑国政 に関す る 権能 を有 しない」(41項)に抵触す るか ら

,

‑ 23‑

(5)

法は, それの実質的決定権 は 『内閣の助 言 と承認 を必要 とす る』とす るこ とによって内閣に留保 し, それのいわば形式的宣布権 を天皇 に特 に認めたの である」(20)。‑

しか し, この論拠は一見 しただけでおか しいこ とに気がつ く。 7条 は内閣に天皇 に対す る助 言承 認権 を与 えただけであって,決定す る権 限即 ち解 散権 まで与 える とは どこに も書 いてないか らであ (21)。これに対 しては

,

予め内容 を決定 しておか なければ助 言で きないではないか」 との反論が予 想 され る。 もちろんその通 りであるが,予め決定 され る内容 とは国事行為 の こ とで, 内閣は 「天皇 に次の よ うに国事行為 を行 っていただこ う」 と決 定 し, それ を助言す るので ある。つ ま り, 3条 ・

7条は天皇の国事行為 は内閣の助言で始 ま り承認 で終 わ る との,国事行為 の手続 を定めた規定 に過 ぎないのである。

手続 を実体 に摩 り替 えることの不 当は, 71 号 を見れば明 らかであろ う。天皇の法律 公布 につ

き助 言承認権があるか らと言 って, 内閣に法律 の 内容 を決定す る権 限が認め られ るとは誰 も考 えな い。公布 とい う国事行為 につ いて助言す るのであ って,法律 とい う 「匡腫如こ関す る」 ことは, また 別 なのである。 このこ とを早 くか ら指摘 していた のが長谷川である‑ほ とん どの憲法学者 は国事行 為の形式性 を認めてお きなが ら 「内閣の助言 と承 認が, その形式的 な部分 にだけ限 られているこ と につ いては,奇妙 に 目をつぶ っているのである。

(助言承認者 としての内閣 と,実質的決定者 として の内閣 とは区別 しなければ な らず,例 えば)国会 が指名 して内閣総理大 臣を任命 す る場合 (61 項) を考 えてみれば,指名 とい う実質 と任命 とい

う形式的行為 の助言 をべつ な機 関が行 うか ら,両 者の区別 は一 目 りょうぜ んであ る」(22)

7条説か らの反論 として,憲法の表現が挙 げ ら れ る‑ 「内閣の助 言 と承認 によって行 う‑天皇の 行為 は,衆議院 を解散 す る』こ とその ことであっ て, ただ単 なる表示行為 としての 『衆議 院の解散 を公示す るこ と』 もし くは 『衆議院解散 の詔書 を 発す ること』ではない」 と。 しか し, これは具体 的な行為 とその行為 の もつ意味 を混 同 したこ とに 由来す る。 「解散す る」は,具体 的 な 「解散詔書 を 発す る」行為 が もつ意味 で あって,両者 を切 り艶 して論ず るのは不 当で ある。法 にお いては,特 に 憲法の よ うに根本規範 であ る程,行為 よ りも意味

が重要 であるが故 に,法文上 は意味が記載 され る。

法律や条約 の公布 (71号) を例 に とれば,具 体 的 には公布文 に御名御璽 を記 され るこ とである が, だか らと言 って7条 に 「公布文 に御名御璽 を 附す るこ と」とは書かないのである。 「国会 を召集 す るこ と」(72号)につ いて も全 く同 じで

,

集詔書 に御名御璽 を附す るこ と」 とは絶対 にな ら ない。現実 にはそ うい う単純 な儀式であった とし て も, その儀式の もつ意味 が重要 だか らである。

この よ うに見 て くる と,形式的手続 と実質的意義ようとう の摩 り替 えが,7条説論者の常 套手段 で あるこ と が判明す るのである。

(3)佐藤功,憲法 (下)[新版]ポケット註釈全書 [ 後,佐藤 (下) と略す],p.8480

(4)新法律学辞典 (第三版),pp.205‑6(項 目「議院内 閣制)

(5)小島和司,憲法概説,p.437。

(6)法学協会,註解 日本国憲法下巻,p.1046 (7)新村出,広辞苑 (第二版補訂版),p.516。

(8)宮沢俊義,全訂 日本国憲法 (声部信書補訂),p.

197。

(9)小島,解散権論議について一既成憲法学の盲点 をつ く‑」公法研究第7,p.85

(10)佐藤 (下),p.849。

(ll) 議院内閣制の もとにおいて,解散権がつねに無 条件に内閣にみ とめ られているとはかぎらない」宮 沢,前掲,p.5360

(12) 佐藤,憲法解釈の諸問題第‑巻 〔以後,佐藤諸問 題 と略す〕,p.1590

(13)深瀬, 日本国憲法体系第4,p.1640

(14)長谷川正安,解散論争の盲点一佐藤功氏の所説 を契機 として‑」議会制民主主義 (文献選集 日本国 憲法第10巻,清水瞳編),p.269。

(15)佐藤,諸問題,p.158

(16)清宮四郎,憲法 I[第三版]法律学全集3,p.69( ッコ内筆者)

(17)佐藤 (下),p.848.

(18)佐藤 (下),p.8490 (19) 清吉,前掲,p.680 伽) 佐藤,諸問題,p.1650

(21)助言承認者 としての内閣は,けっして助言承認 者なるがゆえに実質的権能 をもつ ものではな く,他

(6)

高校社会科教科書における憲法記述の点検

の機関 (行政権者 としての内閣をふ くむ)の決定 し たことを天皇が表示すべ く助言するにすぎない」小 島,公法研究第7号,p.90

¢2)長谷川,前掲,pp.2623(か ソコ内筆者)0

第三章 七条解散の幣書

結局,天皇の形式的 ・儀礼的行為 につ いて定め 7条か ら, 内閣の実質的な解散権 ‑ それ も, い つで も自由 にで きる とい う立法府 に対す る強大 な 権限‑ を導 き出す7条説は,国民主権 とい う原理 か ら考 えて も,憲法規範の具体 的表現 とい う末節けん か ら考 えて も,一定の結論へ もってゆ くための牽 ようふかい

強 附会 であった, と言わ ざるを得 ない。ひもと

歴 史 を播 いて もこの結論 を補 強で きるので あっ て,芦 田内閣が昭和電工疑獄事件 で総辞職 した後, 昭和2310月第二次吉 田内閣が成立。少数与党で あったため, 7条 によって早期 に解散 しよ うとし た ところ,現行憲法の基礎 となったマ ッカーサー 草案 を押 しつ けた 「占領軍 当局か らその不 当を指 示 された」(23)0「総 司令部 当局者の見解 は,要す る に 『憲法第7条 は天皇の国事 を定め た規定で, 同 条第3号の解散 は儀礼的 な,即 ち非政治的 な行為 として認め られた ものである。‑第69条以外 の場 合 に, 内閣の助 言 と承認 による とはいえ,天皇が 自由に解散す るこ とがで きる とい う解釈 は, 明治 憲法の考 え方 で あって,かつての天皇制 の思想 と つ らな る危 険 な考 え方 で あ る』 とい うに あ っ 」(24)

私 はかつて,太平洋戦争 での敗 北 によって 日本 は 占領軍か ら民主主義 を押 しつ け られたが,プ ロ シャ憲法か ら明治憲法へ と連 なる系譜の中で学ん だ憲法学者 ・行政法学者 は,新憲法施行後 も依然 として立憲君主制 的な思想 を温存 している,つ ま り新憲法 を非民主的に解釈 す る傾 向がある, とい う趣 旨の ことを書 いた ことがある(25)。解散権 につ いて も,7条説 を探 る学者が圧倒的 に多い とい う 事実が また, その こ とを物語 る。

前 に も述べ た ように, 内閣がいつ で も好 きな時 に解散 させ るこ とがで きる となれば,解散 は立法けんせい 府 を牽制 す る武器 とな り, 明治憲法下 におけるそ れ と同様の性格 を帯 びて くる。明治憲法 は7条 に おいて,天皇 に 「衆議院の解散 を命ず」 る権 限 を 与 えていた。 この権 限は 「国民の判断 を問 う民主 的手段」 として構想 されていたのではな くて,逮

に 「衆議院の民主的攻勢 を抑制 す る」 ため, ある いは 「政府の意思 を貫徹 す るため」 に政府が もつ 武器 だったのである。 いずれ にせ よ,解散 は衆議 院が改肝の意 に反す るようなこ とをした場合 にな され るか ら

,

解散 は,多かれ少 なかれ,衆議院議 員の 『懲戒免官』 の色彩 を帯びていた(26)o

今 E]の7条説 も,既 に紹介 した よ うに同様 の解 散 を主張 している。「衆議 院が内閣 を信任 しない場 令, または重要問題 につ いて,衆議院 と内閣 とが はなはだ し く意見 を異にす る場合 な ど」は

,

衆議 院が,民意 を反映 しているか ど うか疑 わ しい」 と い う名 目で,解 散 す べ き場 合 だ と言 うの で あ (27)。その他

,

野党が内閣に対 して こ とご とに反 対 の態度 をとりつつ, されば といって不信任決議 も可決 ‑ しない とい うよ うな場合」(28)も同様 で, 要 は, 内閣が国王や天皇 に取 って代 わっただけで

反 抗 的 な議 会 を懲 罰 す る意 味 で の 専 制 的 解 」(29)で ある とい う点で は立憲 君主制下 にお け る 解散 と変 わ るところがないので ある。

内閣の解散権 を7条 に基づ かせ る限 り, その権 限は全 くのフ リー ・‑ ン ドとな り, その点で も君 主の専制 的解散 と変 わ りが ない。特徴 として,(1) 解散 の理 由が国民 に明確 にされ ない まま選挙戟 に 突入す るこ とが 多 くな る。(2)同 じ理 由で, あるい は大 して状況の変化が ないのに,再度解散 とい う ようなこ とが起 こる。 (3)政府 は解散権 の発動 をち らつかせ るこ とに よって,議会 に対 し絶 えず無言 の圧 力 を加 える(30)‑0

7条解散の欠陥是正策 につ いて7条説論者の説 くところを聞けば

,

解散理 由の明示 は要求 されて お らず, また (解散制度の趣 旨よ りして, 同一事 項 につ いて重ねて国民の審判 を求め るこ とは許 さ れないが) その異同を判定す るのは甚 だ困難 な場 合 が あ り, この義務 は政治道義上の もの とい うべもとな きで ある」 と,甚 だ心許無 い。解散 の時期 につい て も制限はな く,開会 冒頭,野党 に発言す る機会 を与 えず抜 き打 ち解散す るこ とも可能 で あ り

,

例 はないが,国会 の閉会 中,休会 中 も解散 は可能 である(31)

専制的解散 の幣害は, これだけに止 まらない。

内閣が絶 えず議会 を威嚇 し, かつ実際 に解散権 を 行使 す るか ら

,

衆議院議員の任期 は,四年 とす る」

とい う45条が無意味 な もの となる。 そ もそ も,汰 解釈 はすべ ての関連規定 を参酌 し,整合性の ある 意味 を見出 していかねばな らないのであ るが, 7

‑ 25‑

(7)

条説の ように一定の結論‑持 ってゆ くため強引な こ じつ け解釈 をす ると, この場合 の ように,他 の 規定が死 んで しまった り説明で きな くなった りす る。現行憲法施行後の衆議 院議員の実際の任期 を 調べ て見 る と

,

昭和617月の総選挙 までの在職 年数 を平均す ると,わずか2年 8カ月である」(32) 45条 によると,任期 は4年 で 「但 し,衆議 院解散 の場合 には, その期間満了前 に終 了す る」 となっ ていて,任期短縮 はあ くまで例外 とされている。

然 るに, 7条説で内閣 に解散権 を与 える と,衆議つと かいむ 院議員が任期 を全 うす るこ とが皆無 とな り,原則 と例外がひっ くり返 るどころか,例外 としてす ら 起 こ り得 るのか どうか 怪し くなって しま うのであ

る。

わずか2年 8カ月の在職 しか認め られない と, どの ような幣害が生ず るのか。(1)議 員は選挙 の こ とが気 になるため,国の将来や国民全体 の利益 よ りも選挙 区の利益 を第一 に考 えざるを得 ず,「全 国 民 を代表す る‑議員」 (43条 1項)としての実質 をかんよう 喪失 させ てゆ く。 (2)選挙地盤の滴養 に忙殺 され, 落 ち着 いて発議 ・質問 (国会法561項,74条) の基礎 となる調査 に従事す るこ とがで きない。(3) 解散 には必ず総辞職が伴 うため,解散が安易 に行

われ るこ とによって大 臣の在職年数 もまた短 くな る。 そのため各国務大 臣は担当の行政事務 に精通いとま す る暇が な くな り,経験の長 い官僚への依存度 を 高めてゆ く。大 臣は儀 式や手続 に必要 なだけの飾 り物的存在 となる。大 臣の官僚依存 はあいま , (2)で逆ベ た議員の調査活動不 足 と相侯 って国政の官僚支配 を強め,民主主義 とい う見地か らは看過すべ か ら ざる状態 になっている。 (4)専制君主制か ら立憲君 主制 に移行す る時代 においては まだ議会 の力が弱 , それは 「国王の諮問機 関 にす ぎ (ず)‑ 『

サ ー ヴ ァ ン

王の 使 以上の ものではな」か ったか ら, もち ろん 「王が議会 を召集 し‑ (もし)議会が壬 に対 し反対の態度 に出 る場合,解散権 は,反抗的 な議やつかいばら 会 を厄介払 いす る手段 としての効 用 を発 揮」(33) た。前 に述べ たこ とだが,7条説は内閣 をこの よ うな専制君主の地位 に置 くものである。 内閣が国 会 を召集 し, いつで も議員の資格 を剥奪す るこ と がで きる。 そのため,議員 は行政府 によって雇傭

されてい る召使 い ・被傭者であるよ うな錯覚 に陥 り,総理大 臣少 な くとも国務大 臣になるこ とが議 員の最終 目標 となって くる。与党内の派 閥は,逮 挙資金の補給 と並 んで, 当選 回数 を重ねた時の大

臣ポス トの保 障が,構成議員 に忠誠 を誓わせ る道 具 になっている。 (5)選挙資金 につ いて言 えば,衆 議院議員 は在職期 間が短 いため に, いつ も次の選 挙の資金 の心配 を していなければな らない。 その ため,派閥に加入 し, 自己の良心 を抑圧 してで も 派閥の決定 に従 う不 自由 な身 となる。派閥の長 も 構成員 も,法 に触れ る危険 を冒 して まで金集め に

きようほ

狂 奔 す る

「民意 を問 う」 とい う美名の下 に内閣 に専制的解散権 を与 えた結果 は, この所謂 「金権 政治」で ある。

以上,7条解散 の生み出す害悪 は,解散 を69 に限定す るこ との不便 とは比較 にな らない。69 説 に加 え られ る非難 は

,

不信任 の場合以外 に も, 解散 を許すのが適 当な場合が ある。例 えば,野党 の方が 多数 を占めていて こ とご とく政府 に反対 し なが ら,不信任議案 を出すので もない ような場合」

と言 うのであるが, この よ うな事態 は百年 に1 あるか ないかであろ うか ら, 7条解散の幣害 とは 比べ もの にな らないのである。

(23) 小島,権力分立 と衆議院解散権」続憲法演習 ( 宮 ・佐藤編),p.1540

(24)佐藤,諸問題,pp.146‑70

(25) 拙稿 「高校社会科教科書における憲法記述の点検 一地方自治‑」秋田大学教育学部研究所報第28号, 特 にpp.38‑40

(26) 深瀬, 日本国憲法体系第4巻,p.1900 (27) 清宮,憲法I[3版],p.2370 (28) 佐藤,諸問題,p.1590

(29) 阿部照哉,「日本国憲法における議院内閣制」憲法 講座 第3巻,p.1770

伽)参照 ;深瀬,前掲,p.1900 (31) 阿部,前掲,p.1820

(32) 拙著,教養六法 (昭62年,北樹出版),p.590 (33)深瀬,前掲,pp.137‑90

第四章 解散制度の本質

以上, 7条説の もつ理論的欠陥,更 に7条解散 の もた らす現実の幣害 につ いて述べ て きたが, こ こで, そ もそ も解散 とは どうい う趣 旨で認め られ た ものなのか, とい う根本問題 に立 ち返 ってお く ことも本稿の立場 を補 強す るために必要 か と思わ

(8)

高校社会科教科書における憲法記述の点検

れ るo一般 には 「立法部が あま りに強大 にな り, 専断 または行 き過 ぎにおちいるの を,行政部 の権 力によって抑制 し,立法部の権 力の濫用 に対 して 国民の 自由 を保 障す るため に‑用 い られ る」(34) 解 されているが, これは立憲君主制下の理論であ り, この ような anachronism(時代錯誤)が今 日 なお幅 を利かせ ているこ とに驚 きを禁 じ得 ない。

立法部が強大 になった り行 き過 ぎた りす るの を恐 れ るのは,行政権 を握 る国王で あ り天皇 なのであ る。 そ して,権力 を濫用 して国民の 自由 を侵害 し たの も行政部 であ り, だか らこそ国民は立法部 を 通 して 自由の保障 を要求 したので あった。

そこで法治主義,換言す る と 「行政の法律適合 性 の原則」が主張 され るこ とになったので あるが, 国民生活 に直接 関係 す る行 政権 の行使 につ いて は,なお制度上の工夫がなされた。「権 力分立の要 請 に もとづ いて,行政権 と立法権 とをあ ま りに厳 格 に分維 ・独 立 させ る と, 国民代表である立法部 よ ワも,執行部のほ うが,国民の意志 に反 して独 立の行動 をす るおそれが多いので,民主政治の実 現 のため には,執行部 に対 す る立法部の抑制 力 ま たは支 配力 を強め るこ とが望 ま しい」(35)とい うこ とになった。 これが,立法部 の信任 を行政部存続 の要件 とす る 「議 院内閣制」で ある。

以上の こ とか ら,解散制度 につ いて も, これ ま での 「行政部 に与 え られた武器」視 をやめて,立 法部の意思 による支配 とい う観点 か ら見直す必要 が あるように思われ る。即 ち,議会が 自ら選 出 し た内閣 を不信任一個 々の法律案 ではな く内閣 を対 象 に表明 された もの‑ した りす る と,議会 自体 が 自己矛盾 を犯 したこ とになる。 この矛盾 を解消す るためには,最高機関の優越部分 である衆議 院の

意思 を尊重 して内閣が総辞職す るのが筋で ある。

そのため,69条は総辞職 を原則 とし,解散 を例外 とす る表現 になっているのである。 それ を曲解 し ,「69条 は解散 に附随的に触れただけで正面 か ら 規定 した ものでな く,従 って解散 ので きる場合 を 限定 した とい うよ うな積極的意義 を69条 に認め る こ とはで きない」 と7条説 は正反対の方向に解釈 す るわけだが, これは国会 の最高機関性 の無理解 によるこ と,既 に第2章で述べ た。

ここで もう一度繰 り返せ ば, 内閣 とい う 「下位 機関が,最高機 関の一部で ある衆議 院 を‑解散で きる とい うの は理論 上 おか し」(6)いわ けで, それ 故,解散 させ た内閣は, その責任 をとって選挙が

終 った後必ず 「総辞職 をしなければな らない」の である。国民が主権者であるこ とをそれ ぐらい厳 格 に,機会 を とらえては筋 ない し 「け じめ」 とし て示 してお くこととしたのである。 この よ うに厳

しい責任追及が後 に控 えている解散権の行使 であ るが, なお これに対 しては民主的統制 の枠がはめ られている。 それは衆議院が内閣不信任案 の可決 など自己矛盾,換 言す る と意思形成 の首尾一貫性 を欠 くに至 った時であ り, その よ うな時 に限 られ る。

その よ うな時に, 内閣は総辞職 か解散 か, もし 後者 を選ぶ な ら 「十 日以 内」の いつ解散す るか を 決めて,天皇 に助言す るのである。 7条説の主張 す る実質的決定権 とは, そ うい う決定権 なのであ る。 こ う解 して こそ,例 えば常会の召集 (52条) 12月 (国会法2条)のいつ にす るか, その召集 詔書 を20日以上前 (国会法12項)のいつ発す るか を決定 し助 言す るの と調 和 が とれ るの で あ る。

なぜ,敢 えて内閣に解散権 を与 えるのか。 自主 解散 がで きないか らである。衆議院 は任期4年 と い うこ とで国民か ら任務遂行 を信託 された もので ある。国民の命 に反 して,勝手 に任務 を放棄す る こ とはで きない0枚 に,下位機 関に命 じてや らざ るを得 ない。 しか し,上述 の ように内閣の決定権 には枠が厳格 にはめ られているか ら,実質的 には 衆議 院の 「自主解散」 だ と言 えな くもない。 そ う す る と,原則 としては衆議 院が 自らの決議 で解散 す るが, 内閣 を不信任 した場合 には,第69条 に よ り,例外 的 に内閣が解散権 を もつ」(36)との長 谷 川 の所見は,実質的 には衆議 院が 自らの意思で解散 す るのであるが,表面的 には内閣の解散権 の行使 とい う形 を取 る」 と修正 して,初めて正 しい答 に 到達 したこ とにな る。

(34)清宮,前掲,p.231. (35) 清宮,前掲,p.77

(36)長谷川,文献選集 日本国憲法第10,p.2710

第五章 教科書の記述

そ こで,高校 の 「政治 ・経済」の教科書 では 「 散」が どの ように説明 されてい るか を見 るこ とと

(9)

す る。調べ た9教科書 中,問題 がある と思 われ る のは2教科書 に過 ぎず, これだけ7条解散 の慣行 が確立 している割 には, それ を積極的に肯定す る 記述が少 ないこ とを喜 び としたい。

一橋 出版 は 「内閣は,衆議院の不信任表明の あ るな しにかかわ らず,衆議院 を解散す るこ とがで きる」(37)と,明治憲法的 な解散観 を無 自覚 的 にで はあろ うが子供達 に植 え付 ける。数研 出版 は 「 散の 目的は,国民の意志 を国の政治の うえに柔軟 に反映 させ」るこ と,「国民の立場か らみれば,重 要 な政治問題 につ いて,主権者である国民の判断 を求め られ」るこ と,「民意の動 向 を確認す る方法」

解散 の 目的 (は),主権者 たる国民の判 断 を問 う

国民への提訴』にある」‑ と, くどいほ ど解散 を 美化 している。 しか し,解散が それほ ど利点の 多 い,民主主義 的性格 の ものな らば, なぜ 「内閣が 解散権 を濫用」 してはいけないのか,濫用す る と

どうい う結果 になるのか,解散 の本質が そ うい う ものならば解散 は常 に国民のため になるはず なの に,なぜ 「党利党略のために」(38)なった りす るこ と があるのか, を同時に説明 しておか なければ,早

に専制的解散 の賛美 に終 わ って しま う, とい うこ とに気づ かねばな らない。「君権 を確保 し‑政府の 意思 を貫徹す るための」解散 も,すべ て 「与論 の 属す る所 を問 う所以な り」 (伊藤博文,憲法義解)

との 名 目で 行 わ れ た こ と を想 起 す べ き で あ (39)0

他 の教科書 は,解散 につ いては69条 を紹介す る に止めている。 しか し,戦後の衆議院解散がほ と ん どその教科書で習 った69条 に よらず になされて いる とい う現実 を知れば,生徒 は どう思 うで あろ うか。69条が,国の最高規範で あ りなが ら守 られ ていない, と思 うのでは ないか。 ここに も歪め ら れた憲法の姿 がある。

(37) 一橋出版,政治・経済(昭和634月発行),p.40 (38) 数研出版,改訂版高等学校政治 ・経済 (昭和63

1月発行),pp.46‑70

(39) 参照 :深瀬,日本国憲法体系第4巻,pp.187,1900

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