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都市銀行と地方銀行の長期資金供給 一昭和40年代の一一考察一

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(1)

都市銀行と地方銀行の長期資金供給 一昭和40年代の一一考察一

河  野  惟  隆

倍であり,それは昭和40年代を通して殆んど変化 はじめに      しなかった。次ぎに,都銀全体の中小企業設備資 一般的に,都市銀行と地方銀行は短中期の貸出  金向貸出の,地銀全体のそれに対する比率は,昭 しを主要業務とし,これに対して,信託銀行と長  和40年末〜45年末には0.6〜0.7倍であったが,

期信用銀行は長期の貸出しを主要業務とする,と  48年末・49年末には1倍強であった。かくして昭 言われるが,このような両者の性格の基本的な違 和40年代を通して設備資金向貸出に関する限り,

いは昭和40年代を通しても大勢としては変化しな  都銀全体は,大企業に対する,地銀全体に比して相  1)かった。このような基本的な違いは変化しなかっ  対的に大きな影響力を維持しつつ,さらに中小企

たものの,それでも昭和40年代前半から後半にか  業に対しても地銀全体に伍する影響力を48年末・

けて,都銀・地銀における長期貸出しの短期貸出  49年末にはもつようになった。尚,都銀自体と地 しに対する割合は,信託・長銀におけるそれに比  銀自体のそれぞれの設備資金向貸出のうち大企業 して,相対的に若干ながら高くなっていったので  向の中小企業向に対する割合について言えば,40 ある。つまり長期貸出しに関して,都銀・地銀と  年代を通して都銀のそれの方が地銀のそれより大 信託・長銀との間の垣根が若干ながら低くなり,  きかつたが,しかし,両者共にその割合を下げつ 前者の乗り入れが若干ながら行われていったので  つあり,しかも,都銀の方が地銀よりも一層早く下 ある。      げつつあった。逆に言えば,中小企業向割合は都 ところで,このような長期貸出しに関する変化  銀の方が地銀より小さかったが,小さいながらも,

の中で,都銀と地銀の関係も又,長期貸出しに関  その割合を地銀よりも一層早く高めつつあった。

して変化していったのである。すなわち,企業向   次ぎに,住宅資金向貸出に関して言えば,都銀 の長期貸出しである設備資金向貸出においても,  全体の住宅資金向貸出は,昭和40年代前半は地銀 又,個人向の長期貸出しである住宅資金向貸出に  全体のそれの約0.3倍であったが,後半には逆転 おいても,両者の関係は変化していった。さらに  して約1,2倍になった。

公的機i関に対する長期の資金供給である国債や地   最後に,国債・地方債保有に関しては次のよう 方債の保有においても,両者の関係は変化して  であった。さしあたり,都銀全体の保有する国債 いった。総じて長期資金供給にお,・て両者の関係  残高の,地銀全体の保有するそれに対する比率は は変化していったのであるが,これらを個別的に  昭和40年代前半においては約2倍であり,47年度

取上げ,都銀全体と地銀全体との関係を,やや都  末・48年度末においては約1.5倍であった。次ぎ      2)銀主体に言えば,次のようなものであった。    に,都銀全体の保有する地方債残高の,地銀全体

先ず,設備資金向貸出に関しては,次のようで  の保有するそれに対する比率は,昭和40年末には あった。さしあたり,都銀全体の大企業設備資金  約3.6倍であったが,その後,徐々に低下してゆ 向貸出の,地銀全体のそれに対する比率は,約3 き,昭和49年末には約1.2倍になった。かくして

(2)

昭和40年代を通して,都銀全体は,地銀全体の影   託と長銀との関連において,つまり全国銀行の中に 響力に比して相対的に大きな影響力を,政府に対   おいて考えてゆく。

しても地方公共団体に対しても,もっていたが,    尚,いわゆる貸出の中には・国債・地方債の保有 しかし,その相対的に大きな影響力は徐々に低下   は・含まれていない。そこで,いわゆる貸出とこれ していったのである。逆に言えば,地銀全体の影   らの保有とを一括して・長期資金供給として考える

       ことにする。響力は,都銀全体のそれに比してではあるが,政

府に対しても地方公共団体に対しても,徐々に大

       1 長期貸出しの増大傾向きくなっていったのである。尚,都銀自体におい

ても,地銀自体においても,昭和40年代を通して   先きにも述ぺたように・都銀と地銀とは短中期 常に,国債保有残高が地方債保有残高を上回ると  の貸出しを主要業務とし,これに対して,信託と か,逆に地方債保有残高が国債保有残高を上回る  長銀とは長期の貸出しを主要業務とするが,しか とか,そういう一一方的関係はなく,国債保有残高  し,昭和40年代を通して,この両者の関係は若干 と地方債保有残高との大小関係は40年代を通して  ながら変化していった。つまり,貸出しにおいて 交互に入れ替わる関係にあり,しかも,都銀と地  長期貸出しの占める割合が,都銀や地銀では,若 銀とは同一方向で大小関係を保ちつつ交互に入れ  干ながら高くなっていったのである。

替わる関係にあった。      そこで・さしあたり,資産に占める貸出しの割 それでは以上において述ぺてきたことを以下に  合を確認しておけば,次のようであった(以下,

おいてより具体的に述べてゆこう。       第1表〜第4表)。すなわち,都銀においても,

地銀においても共に,貸出金が,昭和40年代の資

1)以下においては,都市銀行を都銀,地方銀行を地      産残高において,圧倒ヨ勺に最大の比重を占めてい

銀,信託銀行を信託,長期信用銀行を長銀,とそれ

       た。ただ同じく圧倒杓に最大の比重を占めていたそれ略称する。尚,信託には,いわゆる信託銀行と

       と言っても両者の間には若干の差違がある。すな全国銀行信託勘定との両者を一括して考える。

2)本稿の本文においては,都銀と地銀との関係を,  わち都銀の場合は,その資産残高に占める貸出の 専ら都銀杢体と地銀杢葎との関係として考えてゆ  比重は・昭和40年代は平均して60%前後であるが・

く。都銀二右当らと地銀二肴当δとの関係としては  地銀の場合は,68%前後であり・都銀の方が地銀 専ら注で考えてゆく。      に比べて8%前後低かったのである。このような 又,本稿においては,都銀と地銀との関係を,信  都銀と地銀に対して,信託の場合には,昭和40年

(第1表)        都 市銀行 の 主要 資産

昭和年末降齢訓資齢計陰出金喀撃1割引手形鮒金喀付創手形鮒i証書貸付       一

億円

% % %

% 1  %

40 188,655

100

57.5 100 34.5

65.5 100

96.8

1.8

41 205,729 100

59.3 100

35.3 64.7 100

95.6

2.7

42 225,659

100

60.8

100

36.5 63.5 100 94.3

4.0

43 263,349 100 59.7 100 35.5 64.5

100 92.1 6.2

44 317,422 100

59.2

100

34.7 65.3

100

89.8

8.7

45 368,889

100

58.9

100 34.1 65.9 100

88.0

10.5

46

436,517 100

61.5 100 29.6 70.4

100

85.9

12.7

47 545,903

100

61.6

100

26.8

73.2 100 79.1 19.3

48

649,173

100

60.1 100 25.8 74.2 100 73.6 25.0

49

730,144 100

59.0

100

24.9

75.1 100

70.6

28.1

資料: 日本銀行統計局「経済統計年報」 (昭和50年版)73.74.78頁より試算。

(3)

(第2表)         地方銀行 の主要 資産

昭和年末1資齢訓資齢計1貸出金i暮出辞1割引手形陵付金1暮付笄1手形貸付陣鮒

40

 億円83,337 、髭

 %

U6.3

、髭

 %

R4.6

 % U5.4

1髭  % X2.0

%7.1

41

97,673

100

66.7

100

33.4 66.6 100

90.1 8.9

42 114,425

100 67.0

100

34.1

65.9 100 88.0

1L3

43 133,198

100

66.6 100 33.0 67.0

100

86.2

13.1

44 147,154 100

67.1

100 32.2

67.8 100 83.1 16.1

45 172,150 100 68.3

ユ00

32.6 67.4

100

80.0

19.0

46

205,094 100

69.5

100

29.7 70.3

100 75.7

23.4

47 253,047 100

71.2 100

27.1

72.9

100 69.3

29.8

48

308,282 100

68.6

100 27.1

72.9

100

64.5 34.6

49

347,361 100 68.4 26.9 73.1

100

61.7 37.4

資料:前掲資料7980.84頁より試算。

(第3表)      信 託 銀行 の 主要 資 産

昭和年末燵合計陛酬難金1暮讐1割引手顔制暮付壽彫酬証書鮒

40

 億円47,875 、髭

 %

T8.2

1髭

%8.3

 %

X1.7

1髭

 %

Q6.0

 % Q3.5

41 53,589

100

60.0

100 9.0

91.0 100

24.4

24.4

42

60,152 100 64.4 100

9.2

90.8

100

22.5 26.5

43 69,161

100

66.0 100

1  8.1

91.9 100 20.5 28.3

44

83,853

100

64.0

1・・i7・ ga 8 100 18.7

30.6

45 102,325

100

62.5

100 6.4

93.6

100 17.6

31.9

46

131,141

100 62.9 100 5.1 949 100 17.0 35.1

47 172,319

100 60.6 100 4.7

95.3

100 19.5 33.8

48    iQ1q475 i 100

58.2

10・1 43 95.7 100 17.5

35.9

49

241,699   100

56.4

・001 40

96.0

]00 15.8

37.9

資料:前掲資料85〜90頁,97〜100頁より試算。      ・

(第4表)       長期信 用 銀行 の 主要 資産

昭和年末降産合訓資産合訓飴釧暮出辞1割引捌鮒金1暮付壽【手形貸付睡鮒

40

 億円29,929 1髭 1  % 75.1 1詣

1簿  %

X8.3

1髭

7毯  %

X2.7

41

35,159

100 741

100

2.2 97.8 100 7.6

92.4

42 41,268

lOO

74.4

1CO 2.3

97.7

100 6.9 93.1

43

47,442

100 7a5i 1。。 2.2 97.8

100

6.4

93.6

44 55,012

100 7a6 i 100 】.9 98.1

100

6.2 93.7

45 65,480

100

72.2

100 1.6 98.4

100

5.5

94.5

46 81,328

100 74.3

100

1.3

98.7 100

5.2

94.8

47

104,121

1CO 72.1

100

1.4 98.6 100 7.2

92.8

48

122,137 100 72.3

100 1.3 98.7

100

6.1

93.9

49

ユ39,917 100

70.4

100 ヱ.2 98.8 100 6.2

93.8

資料:前掲資料91.gag5.96頁より試算。

(4)

末の58・2%から43年末の66・0%に上昇し,その  の貸出金に占める貸付金の割合は,昭和40年代は 後は49年末の56.4%まで下落しており,長銀の  大体において91〜96%の間にあり,割引手形の 場合には,昭和40年末から49年末にかけて75.1%  割合は4〜9%でしかなかった。時系列的には貸 から70・4%に下落している。信託や長銀におい  付金の割合は昭和40年代前半の91%前後から96%

ても貸出金が最大の比重を占めているが,しかし  前後に上昇し,逆に割引手形の割合は9%前後か 資産残高に占める貸出金の比重に関する限り,信  ら4%前後に下落した。次に長銀の貸出金に占め 託や長銀に対して・都銀と地銀とを一括して極立  る貸付金の割合は,昭和40年代は大体において98 たせる特徴はない。と言うのは,都銀の場合は信  %前後であり,割引手形の割合は2%前後でしか 託の場合に近く,地銀の場合は長銀に近く・そし  なかったのであり,時系列的には殆んど変化しな て前者と後者とでは若干の差違があるからであ  かった。このように信託と長銀の場合には,貸付 る。ともあれ,都銀や地銀においても,信託や長  金の割合は90%台であり割引手形の割合は10%に 銀においても・貸出金が資産の中で圧倒的に最大  充たないのであり,都銀と地銀の場合において,

の比重を占める点では違いはなく,その意味では  前者が65〜75%で後者が25〜35%であったの 何れにおいても貸出金が主要資産をなす。     とは,基本的に異なる。

ところで,この主要資産をなす貸出金は・貸付   このように,昭和40年代において,貸出金に占 金と割引手形との両者から成るが・そこで,さら  める貸付金と割引手形の構成に関して,都銀・地 に各行における両者の構成を見てゆくことにしよ  銀と信託・長銀との間には基本的な差違があっ う。      た。しかし,それでも昭和40年代前半から後半に 先ず都銀の貸出金に占める貸付金の割合は,昭  かけて,前者では若干ながら変化があり,後者に 和40年代は大体において65〜75%の間にあり,  は殆んど変化がなく,かくして両者の関係が若干 割引手形の割合は35〜25%の間にあった。時系  ながら変化していった。すなわち,都銀・地銀に 列的に言えば,貸付金の割合は昭和40年代前半の  おいては,貸付金の割合を10%高め逆に割引手形 65%前後から40年代後半の75%前後に上昇し,逆  の割合を同率だけ低めたのであるが,後者におい に割引手形の割合は35%前後から25%前後に下落  ては信託が5%だけ貸付金の割合を高め同率だけ

した。次に地銀の貸出金に占める貸付金の割合は  割引手形の割合を低めたのみで,長銀においては 昭和40年代は大体において65%〜73%の間にあ  殆んど変化がなかった。このことは言い変えれば

り,割引手形の割合は35%〜27%の間にあった。 都銀・地銀の貸付金の割引手形に対する割合が,

時系列的に言えば,貸付金の割合は昭和40年代前  信託・長銀のそれに比して,粕舟酌に若干ながら 半の65%前後から40年代後半の73%前後に上昇  高くなったことを意味する。そして,貸付金が長 し・逆に割引手形の割合は35%前後から27%前後  期貸付を含み割引手形が短期貸付であることを考 に下落した。このように,都銀と地銀のそれぞれ  慮に入れると,このことは,都銀・地銀の長期貸 の貸出金の構成は,ほぼ同一であった。そして,  付の短期貸付に対する割合が,信託・長銀のそれ

O  o   ●

その構成は,共に昭和40年代を通して基本的には  に比して,相対的に若干ながら高くなったことを 変らず,貸付金が割引手形の2〜3倍の大きさを  示唆するのである。

保っていたが,しかし,このような基本的関係の   さて,貸出金は貸付金と割引手形とから成るの 中で,昭和40年代前半から後半にかけて共に若干  であるが,さらに前者の貸付金はその大半が(信 の変化があり・貸付金の割合がさらに10%上昇し  託を除いて)証書貸付と手形貸付とから成る。そ 逆に割引手形の割合は同率だけ減少した。     こで,さらに各行における貸付金のこの構成を見

このような都銀と地銀の動向に対して,信託と  てゆこう。

長銀の動向は次のようなものであった。先ず信託   先ず都銀の貸付金に占める証書貸付の割合は,

(5)

昭和40年代は大体において2〜28%の間にあり,  の方が,信託のそれより非常に大きいのである。

手形貸付の割合は97〜71%の間にあった。時系  今度は手形貸付の割合を取ってみると,都銀,地 列的に言えば,証書貸付の割合は昭和40年末から  録,信託はそれぞれ,昭和41年末には97%,82%

49年末にかけて約2%から約28%に徐々に上昇し  26%であり・昭和49年末には71%・62%,16%で 逆に手形貸付の割合は40年末から49年末にかけて  あり,都銀と地銀の場合には高位にあり,信託は 約97%から約71%に徐々に下落していった。次に  低位にあった。しかも都銀,地銀,信託の昭和40 地銀の貸付金に占める証書貸付の割合は,昭和40 年末から昭和49年末への変化はそれぞれ,97%→

年代は大体において7%〜34%の問にあり,手形  71%,92%→62%,26%→16%であり,都銀と地 貸付の割合は92%〜62%の間にあった。時系列  銀の場合には大幅減少であり,信託の場合には小 的に言えば,証書貸付の割合は昭和40年末から昭  幅減少であった。かくして昭和40年代における貸 和49年末にかけて約7%から約37%に徐々に上昇  付金に占める証書貸付の割合の増加と手形貸付の し,逆に手形貸付の割合は昭和40年末から昭和49 割合の減少との速さは,都銀や地銀の方が・信託 年末にかけ約92%から62%へ徐々に下落していっ  より早いということになる。

た。このような都銀と地銀の動向に対して信託と  次に長銀との関連において言えば・証書貸付の 長銀の動向は次のようであった。先ず信託の貸付  割合は,都銀は2〜28%であり地銀は7〜37%で 金に占める証書貸付の割合は,昭和40年代は大体  あるのに対して,長銀は約93%であり,他方,手 において24〜38%の間にあり,手形貸付の割合  形貸付の割合は,都銀は97〜71%であり地銀は は26〜16%の間にあった。時系列的には,証書  92〜62%であるのに対して,長銀は約7%であっ 貸付の割合は昭和40年末から49年末にかけて約24 た。そして時系列的に見て,証書貸付の割合は,

%から約38%へ傾向的に上昇し,逆に手形貸付の  都銀では2%から28%へ地銀では7%から37%へ 割合は約26%から約16%に傾向的に下落していっ  それぞれ増加したのに対して・長銀では97%前後 た。次に長銀の貸付金に占める証書貸付の割合は  で殆んど変化せず,手形貸付の割合は,都銀では 昭和40年代を通して93%前後であり,手形貸付の  97%から71%へ地銀では92%から62%へそれぞれ 割合は7%前後であり,そして時系列的には殆ん  減少したのに対して,長銀では3%前後で殆んど ど変化はなかった。ともあれ,これらが信託と長  変化しなかった。かくしてここにおいても・昭和 銀の動向であった。そこで都銀と地銀とについて  40年代における貸付金に占める証書貸付の割合の 信託と長銀との関連において言えば,次のように  増加と手形貸付の割合の減少との速さは,都銀や

なる。      地銀の方が,長銀より早い,ということになる。

先ず信託との関連において言えば,貸付金に占  今まで述ぺてきたことによると・昭和40年代に める証書貸付の割合と手形貸付のそれとの合計が  おける都銀と地銀は共に・貸出金に占める割引手 都銀と地銀の場合は共に殆んど100%を占めるの  形の割合を低めつつ貸付金の割合を高め,そして に対して,信託の場合は約60%を占めるに過ぎな  貸付金に占める手形貸付の割合を低めつつ証書貸 い。さらに昭和49年末の証書貸付の割合を取って  付の割合を高めてぎた。ところで一般的に言って みると,都銀は約28%,地銀は37%,信託は38%  割引手形の期間は30〜60日間であり,手形貸付の で,大差はない。そして,これらは共に昭和41年  期間は60〜90日間であり,この中には借換えに 末から傾向的に上昇してきたものである。しかし  よって事実上において長期貸付に転ずるものも含 昭和49年末には大差はなく同じく傾向に上昇して  まれており・最後に証書貸付は長期貸付である。

きたと言っても,都銀の28%は2%から,地銀の  このことを考慮に入れると,昭和40年代における 37%は7%から,信託の38%は24%から,それぞ  都銀と地銀の動向は,貸出構成の若干の長期化を れ上昇してきたものであり,都銀や地銀の伸び率  示唆するが,実際,貸出残高における期限別構成

(6)

(第5表)       貸 出 残 高 の 期 限別構成比

昭 和 都  市  銀  行 地  方  銀  行

長期信用銀行

年度末

鍵測鷺贈「妙圏1鞠 鍵晶鶴贈妙欄1年超 ネ 内        1年超2か月

40

 %21.0 3,簿 3,髭 1。鷺

 %

Q6.4  %

Q7.1 3、御11警 。考 1髪

6雪 91考

41 21.8 31.6

36.1 9.3

25.0 27.3

34・}1a5 0.7 1.7 6.7

90.9

42

21.9

33.1 34.1

軌8 22.5 27.8

35.71 13.5 0.8 1.9 5.6 91.7

43 24.5 30.5

32.6 11.2

21.4 26.8 35.9

15.3 0.7 1.7 5.2

92.4 44 24.4

31.2

29.9

13.4

20.9 27.9

34.1 16.6 2.1 3.4 1.6 92.9

45

22.3 30.8 32.2

13.6 17.9

27.7 35.3

18.6 1.5 2.3 2.6

93.6

46 21.4

29.7 29.9 17.9 17.2

25.6 34.0 22.9

1.4 ].9 3.0 93.6

47 20.2 29.0

272

22.2

15.0

26.3 31.6 26.6

1.4 3.0 4.2

91.4 48 19.0

29.2 25.1

25.4

13.8

25.0 32.0 28.6

1.2 2.7 4.0 92.1

資料:前掲資料109〜110頁より引用。

を見ると,そのようになっている(以下,第5表)。 のそれぞれの貸出残高の期限別構成比は若干なり 先ず都銀の貸出残高の期限別構成比について言え  とも長期化してきた,ということになる。

ば,貸出残高に占める1年超貸出の割合は昭和40  ともあれ再三述ぺてきたように総じて,都銀と 年度末の10・0%から48年度末の25.4%へ傾向的  地銀とは短中期の貸出しを主要業務としつつも,

に増大し・それに引換え3ケ月超〜1年貸出の割  信託や長銀と比して相対的に若干ながら長期の貸 合は昭和40年末の35・2%から48年度末の25・1%  出しの割合を高めてきた。それでは,このような へ傾向的に減少し,2ケ月超〜3ケ月貸出の割合  変化の中で,長期の貸出しである設備資金向貸出 と2ケ月以内貸出の割合とは共にそれほど大きく  や住宅資金向貸出において,又,長期の資金供給 変化しなかった。次ぎに地銀の貸出残高の期限別  である国債・地方債保有において,それぞれ都銀 構成比について言えば,貸出残高に占める1年超  全体と地銀全体との関係が如何なるものであった 貸出の割合は昭和40年度末の11.1%から48年度末  かを,以下,見てゆこう。

の28.6%へ傾向的に増大し,それに引換え2ケ月 以内貸出の割合は昭和40年度末の26.4%から48年

度末の1㌫8%へ傾向的に減少し,3ケ月超〜1年  皿 設備資金向貸出

貸出の割合と2ケ月超〜3ケ月貸出の割合とは共   さしあたり,全国銀行の昭和40年代における大 にそれほど大きくは変らなかった・かくして都銀  企業設備資金向貸出残高の構成比を見ると(以下 にしても地銀にしても・1年超貸出の割合が10%  第6表),都銀全体は約14〜21%,地銀全体は約 強から25%強へと増大したことになる。このよう  5〜7%,信託全体は約42〜38%,長銀全体は約 な都銀と地銀の動向に対して・長銀の場合には,  41〜34%であり,時系列的に言えば,昭和40年代 1年超貸出の割合が圧倒的に大きく貸出残高の91 前半から40年代後半にかけて,都銀全体は約14%

〜93%を占め・他の貸出の割合は極めて小さかっ  から約21%に上昇し,地銀全体も約5%から約7 たのであり・しかもこのような構造が昭和40年代  %に上昇し,これらに対して,信託全体は約42%

を通して基本的に変らなかった。結局,都銀や地  から約38%に低下し,長銀全体も約41%から約34 銀の貸出残高に占める1年超貸出の割合は,49年  %に低下した。ともあ耗信託全体と長銀全体と 度末でも長銀のそれに比ぺると3分の1弱にも充  は,ほぼ同じ大きさで最大の割合を占めつつ,そ たないが・それでも・40年代を通して都銀と地銀  の割合を若干なりとも低下させたのに対して,都

(7)

(第6表)       大企業設備 資金 向貸 出 残高

昭和 各 行 全 体 の 構 成 比 各行一行当りの比較 年末

合 計 1難陛洲難1雛 薯劃嵩劃隼劃集鍋

億円 % % % % % 倍 倍 倍

40 42,114

100

15.5

4.8 39.1

40.6

1 0.1 4.7 11.3

41

45,089 100

14.0 5.1

39.5 41.4

1 0.1 5.2 12.8

42

51,619 100

13.6 5.3

40.4 40.7

1 0.1 5.5 13.0

43

62,045

100 14.3

昼5 41.6 38.6

1 0.1 5.8 12.6

44 75,668 100 16.2

5.5

41.6 36.7

1 0.1 5.5 11.4

45

92,730 100

17.4 6.0 41.1

35.5

1 0.1 5.1 10.2

46

122,914 100

18.4 6.4

40.4 34.8

1 0.1 4.4 8.8

47

145,678

100

20.5

7.4 38.1

34.0

1 0.1 3.7 7.7

48 157,581

100

20.2

7.2 38.1

34.5

1 0.1 3.8 8.0

49 173,847

100

20.6

7.0

37.5

34.9 1 0.1 3.4 7.3

 資料:前掲資料113〜114頁より試算。

銀全体と地銀全体とは,その割合の大きさは信託  貸出のうち大企業向貸出の占める割合は(以下・

全体や長銀全体と比べて小さいながらも,その割  第7表),都銀自体では約79〜45%,地銀自体で 合を徐々に上昇させていった。つまり,都銀全体  は約41〜24%,信託自体では約96〜82%,長銀自

と地銀全体の合計は,2割から3割に増加したの  体では約89〜84%であり,時系列的に言えば,昭 に対して,信託全体と長銀全体の合計は8割から  和40年末から49年末にかけて,都銀自体では約79 7割に減少したのである。このような中で,都銀  %から約45%へ34%低下し,地銀自体では約41%

全体は地銀全体に対して,約3倍の大きさの親模  から約24%へ17%低下し・信託自体では約96%か をもっていて,それは40年代を通して大きく変ら  ら約82%へ14%低下し,長銀自体では約89%から

   3)

ネかった。       約84%へ5%低下した。つまり設備資金向貸出の ところで各行の昭和40年代における設備資金向  うち大企業向貸出の占める割合が最大なのは信託

(第7表)      設備資金向貸出残高の規模別構成比

都 銀 1地 銀

信   託 長   銀

昭和年末

大企業向i中小企業司大企業向1中小企業向 大企業酬中小蝶向 大企業酬勅蝶向

% % % % % % % %

40

78.6

2L4

40.7 59.3 96.3

3.7

89.0 11.0

41

71.4 28.6 35.1 64.9 95.2

4.8

87.5

12.5 42

66.9

33.1

30.9

69.1

93.3

6.7

8氏4 14.6

43

65.0 35.0 30.4 69.6 93.3

6.7

85.1 14.9

44

63.7 36.3 29.3 70.7 92.9

7.1

84.3

15.7 45

64.4 35.6 31.0 69.0

92.1 7.9

84.2

15.8 46

62.9

37.1

33.0 67.0 91.5

8.5 86.1

13.9

47 55.1

44.9 29.5 7α5 88.8

1L2

87.0

13.0 48

46.6 53.4

24.1

75.9 83.3

16.7

83.0

17.0 49

45.4 54.6 23.5 76.5 81.8

18.2

83.9

16.1

資料:前掲資料113〜114頁より試算。

(8)

と長銀であり,大雑把に言って9割〜8割を占め  それにも係わらず前者の割合が後者のそれより依 次いで都銀で8割〜4割5分を占め,最小なのは  然として大きい形で低下させた,ということにな       4)

n銀で4割〜2割5分を占めるに過ぎなかった。  る。

そして4行いつれにおいてもその割合を低下させ   次ぎに全国銀行の昭和40年代における中小企業 ており,最大は都銀の34%低下であり,次いで地  設備資金向貸出残高の構成比を見ると(以下,第 銀の17%低下であった。しかし,このような都銀  8表),地銀全体では約42%〜37%,都銀全体では や地銀の低下があったからと言って,全国銀行の  約24%〜40%,長銀全体では約28%〜11%,信託 大企業設備資金向貸出の構成比において,都銀や  全体では約8%〜13%であり,時系列的に言えば 地銀のそれが低下した訳でもなければ,信託や  昭和40年代の前半から後半にかけて,地銀全体で 長銀のそれが上昇した訳でもない。実際先きに  は約42%から37%へ約5%低下させ,都銀全体で

も述べたように,全国銀行の昭和40年代における  は約24%から40%へ約16%上昇させ,長銀全体で 大企業設備資金向貸出残高の構成比を見ると,昭  は約28%から11%へ約17%低下させ,信託全体で 和40年代前半から40年代後半にかけて,都銀全体  は約8%から13%へ約5%上昇させている。シェ では約14%から約21%に上昇し・地銀全体も約5 アの小さい順から個別的に見ると,信託全体では

%から約7%に上昇したのであり,これらに対し  昭和40年末・41年末の8%台から徐々に上昇し昭 て,信託全体では約42%から約38%に低下し,長  和48年末・49年末には約13%に達し,大幅に低下 銀全体も約41%から約34%に低下したのである。  してきた長銀全体のシェアより始めて大きくなっ かくして都銀全体としては・又地銀全体としては  ている。次ぎに長銀全体では,昭和40年末〜42年 全国銀行の中での大企業設備資金向貸出残高の構i 末には約28〜25%を占め,都銀全体のシェアより 成比をそれぞれ上昇させつつ・しかも前者のそれ  大きかったのであるが,その後も大幅に低下し,昭

と後者のそれとの比を3対1に保持した形で上昇  和48年末・49年末には約11%を占めるに過ぎず,

させつつ,都銀自体としては又地銀自体としては  大幅に上昇した都銀全体のシェアはもとより,小 設備資金向貸出のうち大企業向貸出の占める割合  幅に上昇した信託全体のシェアをも下回るように

をそれぞれ低下させ,しかも前者の割合の低下度  なった。さらに都銀全体では,昭和40年末〜42年 が後者の割合の低下度より大きい形で低下させ,  末には約24%を占め,地銀全体のシェアはもとよ

(第8表)         中小企業設備資金向貸出残高

昭和 各 行 全 体 の 構 成 比 各行一行当りの比較 年末

合 計 難陛謝難i雛 駕鍋鴫鍋隼針驕

40

億円7,469 、髭

 %

Q3.9  %

R9.4

8髪128髪

2億

1

1滝 15億

41

10,383 100 24.4 41.4

a612鼠6 2.9 1 1.9 i3.1

42 14,644

100

23.7 41.6

  1

Pα2 24.5

2.8 1 2.2 12.3

43

18,617 100 25.6 41.9

10.0

22.5

2.7 1 2.1 11.1

44

24,666

100

28.3 40.9

9.8

21.0

2.8 1 2.1 10.5

45

30,810

100

28.9 40.4

10.7

20.0

2.9 1 2.3 10.1

46 40,889 100

3a 7

39.2 11.2 16.9

3.6 1 2.5 8.7

47

64,174

100 37.5

39.9

10.6 11.6 4.2 1 2.5 6.1

48 95,372

100

38.3 37.4

12.6 11.7 4.6 1 3.0 6.6

49}1・乳・6・ 100 39.6

36.5

13.3 10.6 5.2 1 3.3 6.1 資料:前掲資料113〜114頁より試算。

(9)

り,長銀全体のシェアをも下回っていたが,その  から約18%へ14%上昇し,長銀自体では約11%か 後大幅に上昇し,昭和48年末・49年末には約39%  ら約16%へ5%上昇した。つまり設備資金向貸出 を占め,大幅に低下した長銀全体のシェアはもと  のうち中小企業向貸出の占める割合が最大なのは より,小幅に低下した地銀全体のシェアをも上回  地銀であり,大雑把に言って6割〜7割5分を占 り,最大のシェアを占めるようになった。そして  め,次いで都銀で2割〜5割5分を占め,最小な 地銀全体では,昭和40年末〜47年末では約42〜39 のは信託と長銀で1割〜2割を占めるに過ぎなか

%のシェアを占めて最大のシェアを占めていたが  った。そして4行いつれにおいてもその割合を上 昭和48年末。49年末には若干低下して約37%を占  昇させており,最大は都銀の34%上昇であり,次 め,大幅に上昇してきた都銀のシェアを若干なが  いで地銀の18%上昇であり,そして信託は14%上        一

轤煢コ回るようになった。かくして大雑把に言っ  昇で,長銀は5%上昇であった。ところで先きに て昭和48年末・49年末には,地銀全体と都銀全体  も述べたように,全国銀行の昭和40年代における

とがそれぞれ約4割つつ占め,長銀全体と信託全  中小企業設備資金向貸出残高の構成比を見ると,

体とがそれぞれ約1割つつ占め,そして地銀全体  昭和40年代の前半から後半にかけて,都銀全体で のシェアと都銀全体のシェアとが始めて逆転して  は約24%から40%へ約16%上昇させ,地銀全体で 後者が前者を若干ながらも上回り,又長銀全体の  は約42%から37%へ約5%低下させた。かくして

シェアと信託全体のシェアとの関係も同じような  都銀全体としては中小企業設備資金向貸出残高の

5),6♪

関係にあった。       構成比を大幅に上昇させ又地銀全体としてはそれ ところで一・般的に言って設備資金向貸出は長期  を小幅に低下させつつ,しかも昭和48年末・49年 であり,又,長銀と信託は長期貸出を行ない,都  末には前者のそれが後者のそれを上回る形で前者 銀と地銀は短・中期貸出を行なうが,ただ,昭和  の大幅上昇と後者の小幅低下が行われつつ,都銀 40年代における中小企業設備資金向貸出残高の構  自体としては又地銀自体としては,設備資金向貸 成比に関する限り,都銀全体と地銀全体との合計  出のうち中小企業向貸出の占める割合をそれぞれ が長銀全体と信託全体との合計を上回り,しかも  上昇させ,しかも前者の割合の上昇度が後者の割 前者が後者を上回る度合は徐々に大きくなってい  合の上昇度より大きい形で上昇させ,それにも係

る。と言うのも,地銀の小幅低下に対して都銀が  わらず前者の割合が後者のそれより依然として小       7)大幅に上昇したからであり,逆に信託の小幅上昇  さい形で上昇させた,ということになる。

に対して長銀が大幅に低下したからである。とも

あれ,ここから言えることは,長銀と信託に対す   さて・以上において述ぺてきたことを・やや都 る都銀と地銀の長期貸出の度合いが相対的に大き  銀主体にまとめれば・次のようになる。すなわち くなったということであり,又,地銀に対する都  昭和40年代を通して,設備資金向貸出に関する限 銀の中小企業向貸出の度合いが相対的に大きく  り,都銀全体は,地銀全体に比して相対的に大き なったということである。       な影響力を大企業に対して維持しつつ,さらに中 ところで各行の昭和40年代における設備資金向  小企業に対しても地銀全体に伍する影響力を48・

貸出のうち中小企業向貸出の占める割合は(以下  49年にはもつようになった。又・都銀自体と地銀 第7表),都銀自体では約21〜55%,地銀自体で  自体のそれぞれの設備資金向貸出のうち大企業向 は約59〜77%,信託自体では約4〜18%,長銀自  の中小企業向に対する割合について言えば・40年 体では約11〜16%であり,時系列的に言えば,  代を通して都銀のそれの方が地銀のそれより大き 昭和40年末から49年末にかけて,都銀自体では約  かったが・しかし・両者共にその割合を下げつつ 21%から約55%へ34%上昇し,地銀自体では約59 あり,しかも,都銀の方が一層早く下げつつあっ

%から約77%へ18%上昇し,信託自体では約4%  た。逆に言えば,中小企業向割合は都銀の方がi地

(10)

銀より小さかったが,小さい中で,その割合を一   純粋の中小企業向貸出ではない。本来ならば,純粋 層早く高めつつあった。       の中小企業向貸出を算出すぺきであるが,そのよう それでは次に住宅資金向貸出に関する都銀全体   な算出は,都銀と地銀の各々に関しては可能である と地銀全体との関係を見てゆこう。        が・信託と長銀の各々に関しては統計的に確認でき

ない。しかも,本稿の意図は,信託と長銀との関連 3)昭和40年代の都銀全体の大企業設備資金向貸出残    において,都銀と地銀との関係を探ることにある。

高の・地銀全体のそれに対する比率は・約3倍であ    従って,本文では,中小企業向貸出を,言わば不純 る。しかし,都銀一行あたりの大企業設備資金向貸   のままにしておいた。

出残高の,地銀一行当りのそれに対する比率は(以    そこで以下では,都銀と地銀の各々に関して,言 下,第6表),10倍強である。つまり・大企業設備    わば純粋の中小企業向貸出を算出して,都銀と地銀

資金向貸出に関しては・全体での場合以上に一行当    の関係について,信託と長銀との関連においてでは

りの場合においては・都銀の役割は地銀の役割より   なく,それ自身において述ぺよう(以下,第9表)。

大きくなっている。       すなわち,設備資金向貸出のうち大企業向貸出の占

ところで・信託全体や長銀全体のそれぞれの大企    める割合は,都銀自体では約80〜60%,地銀自体で 業設備資金向貸出残高は・共に・都銀全体のそれの    は約40〜30%であり,昭和40年代を通して一貫して

約2倍である。しかし・都銀一行当りの大企業設備    都銀の方が高く,この点においては本文で述ぺたこ

資金向貸出残高に対する,信託や長銀の一行当りの    とと大差ない。次ぎに時系列的に言えば,昭和40年 それの各々の比率は,昭和40年代前半には前者では    末から40年代末期にかけて,都銀自体では約80%か

約5倍で後者では約12倍であり・40年代後半には前    ら約60%へ20%低下し,地銀自体では約40%から約 者では約4倍で後者では約8倍であった。つまり・   30%へ10%低下しており,両者共に低下させつつ,

大企業設備資金向貸出に関しては,全体での場合以    しかも都銀の方がヨリ早く低下させており,この点

上に一行当りの場合において・信託や長銀の役割は   においても本文で述ぺたことと大差ない。ただ,昭 都銀の役割より大きくなっている。      和40年代末期にかけての割合が,本文での割合より

4)ここでの割合は,勿論,大企業向貸出と中小企業    も何れにおいても高くなっているのは,言わば不純

向貸出との合計に占める前者の割合であるが,しか    の中小企業向貸出において・個人向貸出である住宅 し,後者の中小企業向貸出は,個人向貸出である住    資金向貸出の割合が徐々に高くなったからである。

宅資金向貸出を含んでおり,その意味では,言わば   5)昭和4C年代前半の構成比は本文で見たように・地

(第9表)     設備資金向貸出の規模別構成比と中小企業設備資金向貸出

都   銀

        1

n   銀 中小企業設備資金向貸出

昭和年末

大企業向i中小企業向 大企業剛中小蘇向

合 計 屡軽陛軽

% % % % 億円

40

79.3

20.2 42.1

57.9 4,485

100 38.2 61.8  ㌧

41

72.3

77.7

36.9 63.1 6,386 100 38.0 62.0

42

68.2 31.8

33.3 66.7

8,735

100

37.5

62.5 1

43

67.6 32.4

33.4

66.6 11,041

100

38.4 61.6

44

68.2 31.8 32.6 67.4 14,347

100

39.8

60.2

45 70.8

29.2 35.3

64.7

16,892 100 39.4 60.6

46

70.0 30.0

38.3 61.7

22,419

100

43.3

56.7

47

64.2 35.8 35.9

64.1

35,796 100

46.5

53.5

48

58.0 42.0 31.7 68.3 47,420

100

48.6 51.4

49

58.8 41.2

33.1

66.9

49,864 100

50.4 49.6

・資料:前掲資料48.113.114頁・ならびに43年版57.58頁,46年版37.38頁より試算。

(11)

銀全体では約42%,都銀全体では約24%,長銀全体   期にかけての割合が・本文での割合よりも何れにお では約28〜21%,信託全体では約9%である。しか   いても低くなっているのは・言わば不純の中小企業

るに,地銀一行当りの中小企業設備資金向貸出残高    向貸出において・個人向貸出である住宅資金向貸出

に対する,各行一行当りのそれの比率を見ると・都   の割合が徐灯に高くなったからである。

銀一行では2.9〜2.7倍,長銀一行では15.0〜10.5倍

信託一行では1.9〜2.2倍である。つまり,一行当り

@       皿 住宅資金向貸出の貸出残高では,長銀が圧倒的に最大であり,次い

で都銀,信託であり,地銀は最小である・      さしあたり全国銀行の昭和40年代における消費 又,40年代後半の構成比は・本文で見たように・  財・サービス購入資金向貸出と住宅資金向貸出と ・ 地銀全体では約40〜37%,都銀全体では約29〜40%  の合計に占める各々の動きを見ると次のようで 長銀全体では約20〜n%,信託全体では約11〜13%  あった(以下の数字は,前掲資料47.48頁,43年版

である。しかるに,地銀一行当りの中小企業設備資      57.58頁,46年版37・38頁より試算)。すなわち,昭

金向貸出残高に対する,各行一行当りのそれの比率

@       和40年末こそ,住宅資金向貸出は49.0%で,51.0

を見ると,都銀一行では2.9〜52倍,長銀一行では

@       %の消費財・サービス購入資金向貸出を僅差で下10.1〜6.1倍,信託一行では2.3〜3.3倍である。つ

@       回っていたが,しかし,昭和41年以降は,住宅資まり,一行当りの貸出残高の大小関係は,40年代前

      金向貸出が消費財。サービス購入資金向貸出を上半と変らず,規模を相対的に大幅に減少させたもの

の,長銀が最大であり,次いで若干ながら増加させ  回り続けた。すなわち昭和41年末には・住宅資金 た都銀,信託であり,地銀は最小である。     向貸出は53・5%で・消費財・サービス購入資金向

かくして,一行当りでの設備資金向貸出残高を見  貸出は46.5%であった。そして昭和41年末〜44年 る限り,昭和40年代を通して,中小企業に対して  末には,住宅資金向貸出は約6割を占め消費財・

は,地銀の役割より,都銀の役割の方が3〜5倍も  サ_ビス購入資金向貸出は約4割を占め,住宅資 大きかったのである。      金向貸出の消費財・サービス購入資金向貸出に対 6)注4)参照。言わば純粋の中小企業向貸出を算出し  する比率は約1・5倍であったひその後,昭和45年

て,都銀全体の中小企業設備資金向貸出残高の・地  以降は急激に変化し続け,住宅資金向貸出の消費        一 竭S体のそれに対する比率を求めると,昭和40年末  財・サービス購入資金向貸出に対する比率で言え

〜43年末には約0.6倍,44年末・45年末には約0・7倍  ば,昭和45年末には約2倍,46年末には約3倍・

46年末には約0.8倍・47年末・48年末には約0・9倍,  47年末には約5倍,48年末には約7倍・49年末に 49年末には1・02倍であり・本文で述ぺたのと大差な  は約11倍であつた。ところで,これらの二つ貸出 い(第9表)・       の合計とは取りも直さず,大体において個入向貸 7)注4)参照。言わば純粋の中小企業向貸出を算出し  出そのものに他ならないが,ともあれ・この個人 て,都銀と地銀の各々において・設備資金向貸出の  向貸出においてその比重を圧倒的に高めてきた住

うちの中小企業向貸出の割合を求めると(第9表)・  宅資金向貸出について,以下,見てゆこう 都鋤体では約2・〜4°%,地銀自体で1ま約6°〜7°% 全国銀行の昭和40年代をこおける住宅資金向貸出 であり・昭和4°年代を通して唄して地銀の方が高 に占める各行の構成比の動き壱ま灘であった(以

の方がヨリ早く上昇させており,この点においても から43年末にかけては,都銀全体は19・5%から 本文で述べたことと大差ない。ただ,昭和40年代末  24・4%へ上昇させたにも係らず中位から落ちて最

(12)

(第10表)         住 宅 資金 向貸 出 残 高

各 行 全 体 の 構 成 比 各行一行当りの比較

昭和年末 合 計 隆渕糖陸託権

埜行当智陛行当磐暉蓉鰐

億円 % % % % 一倍

 『

{

40

253

100 25.1

57.3

17.6 2.1 1 1.9 41 567

100

19.5

58.6 21.9

1.6 1 2.4

42

1,155 100 16.9 55.2 27.9

1.5 1 3.2

43

2,164

100

24.4 46.3 29.3

2.3 1 3.9

44

3,788

100 33.7

38.2

28.1 3.6 1 4.5

45

6,229

100 36.1

35.4 28.5

4.1 1 4.9

6 46

9,873

100 37.1

33.5 29.4

4.8 1 5.4

47

18,203

100 40.9

35.6 23.5

5.2 1 4.2

48

31,898 100

42.2

35.3 22.5

3.9 1 4.0

49

43,279 100

41.7

35.0 23.3

5.8 1 4.2

資料:前掲資料47〜48頁ならびに43年版57〜58頁,46年版37〜38頁より試算。

低の構成比を占めるようになり,地銀全体は58・6 では約25%の上昇幅であり,地銀全体では約24%

%から46・3%へ低下させたにも係らず依然として  の下落幅であり,信託・長銀全体では6%の下落 最高の構成比を占め,信託・長銀全体は21・9%か  幅であった。かくして,大雑把に言って,全国銀

ら29・3%へ上昇させ最低から上がって中位の構成  行の住宅資金向貸出において,昭和40年代前半か 比を占めるようになった。さらに昭和44年末には  ら後半にかけて都銀全体と地銀全体の地位が入れ 都銀全体は33・7%へ前年より大幅に9・3%上昇さ  替り,40年代前半には地銀全体が最大のシェアを せ最低から上がって中位の構成比を占め,地銀全  占めていたが,後半には都銀全体が最大のシェァ 体は38・2%へ前年より大幅に8・1%低下させたに  を占めるようになった,ということになる。この

も係らず依然として最高の構i成比を占め,信託・  ことを今一度,都銀主体に都銀全体と地銀全体と 長銀全体は28・1%で殆んど変化させずに中位から  の関係として言えば,都銀全体の住宅資金向貸出 落ちて最低の構成比を占めるようになった。そし  は,昭和40年代前半は地銀全体のそれの約0.3倍 て昭和45年末・46年末には,都銀全体は37%前後  であったが,後半には逆転して約1.2倍であった        8)

ヨ3%上昇させ僅差ながら中位から上がって始め  ということになる。

て最高の構成比を占めるようになり,地銀全体は   それでは最後に,国債と地方債の保有に関する 34%前後へ4%低下させ最高から落ちて始めて中  都銀全体と地銀全体との関係について見てゆこ 位の構成比を占めるようになり,信託・長銀全体  う。

は29%前後で殆んど変らず最低の構成比を占めて

いた。そして昭和47年末〜49年末は,構成比の大   8)都銀全体の住宅資金向貸出残高は・昭和40年代前

      半は地銀全体のそれの約0.3倍であったが,後半にきさの順序は昭和45年末・46年末と変らなかった

      は約1.2倍になった。しかし,都銀一一行当りの住宅が,若干なりとも格差が拡大したのであり,都銀      資金向貸出残高は(以下,第10表),40年代前半で

全体では5%上昇させ42%前後であり,地銀全体       も地銀一行当りのそれの約2倍あり,後半には約5 では殆んど変化せず35%前後であり,信託・長銀      倍もあった。つまり,都銀の住宅資金向貸出残高は

全体では6%低下させ23%前後であった。このよ   地銀のそれと比べて,昭和40年代前半には全体と うな時系列的な動きの中での各行の昭和40年代前   しては約0.3倍であったが,一行当りでは約2倍も 半から後半にかけての変動幅を見ると,都銀全体   あったのであり,40年代後半には全体としては約

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