調 査
香川県の地方財政の歳出と歳入について(3・完)
一明治21年度′〉昭和40年度Ⅶ
西 山 −・ 郎
Ⅰほじめに
ⅠⅠ香川県の地方自治制度の変遷
ⅠⅠⅠ歳出の構造とその変遷(その1)
ⅠⅤ 歳出の構造とその変遷(その2)……以上,本誌策43巻簡1・2・3号(昭和45 年8月)に掲載
Ⅴ 歳入の構造とその変遷(その1)
ⅤⅠ歳入の構造とその変遷(その2)……以上,本誌第44巻第1弓(昭和46年4月)
紅掲載
ⅤⅠⅠ 歳入の構造と・その変遷(その3)
戦後の香川県の地方財政の歳入の分析紅入る。戦後の20年間を,歳出の分析と同様に3 期に区分する。寛1期を昭和21年からジャクプ勧告実施の25年まで,算2期は昭和26年よ
り31年の地方財政再建法施行まで,第3期は32年以降40年までである。
第1期 (昭和21年〜昭和25年)
歳出の分析に.おいてみたよう紅,第1期の地方財政の歳出規模は,敗戦後のはげしいイ ンフレに伴う人件費,物件費の著増と21年から23年にかけ■て−おこなわれた教育制度と警察 制度を中心とする地方行政の改革,拡充とにより,いちじるしく膨脹した。そして,はげ
しく膨脹する歳出をまかなうため,毎年地方税制の改正がおこなわれその構造は.一・変し た。第1期は戦前の地方税構造から戦後の地方税構造への転換期にあたるといえよう。こ
第45巻 第1号
ー ∂4 −・
84(1)
のような地方税制の改正について簡単に言及すればつぎのようである。
21年の地方税の改正は,(1)国税である地租,家屋税および営業税の付加税の増税,(2)
市町村民税の増税,(3)府県民税の新設,(4)府県法定外独立税設定の権能購与,(5)配 付税への国親の繰入率引上等であり,政府は,このような増税措置により地方朗政の膨脹 に対処しようとした。22年には,地方財源の一層の強化をはかるために,つぎのような改 正がおこなわれた。(1)国税である地租,家屋税および営業税の肝県独立税への移譲とそ
れに伴う還付税制度の廃止,(2)鉱区税,遊興飲食税の府県独立税、ヽの移譲,(3)法定外 独立税の拡張,すなわち電話加入樅税,軌道税,入場税などの府県独立税,広告税などの
市町村独立税,ならびに府県独立税にたいする市叫村村加税の認可,(4)住民税の増税,
(5)還付税制度の廃止により配付税を地方分与税とし,その配分方法に改正を加えたこと
などである。そして,分与税の財源ほ所得税,法人税の23.79%,入場税の29.30%になる とともに.,分与税の割振りは,道府県分100分の67,市町村分100分の33に.改められた。23
年には,増大する財政需要に.対処するため,かなり大規模な税制改正がおこなわれた。そ の主なものは,(1)自治体警察の朗源にあてるため国税である入場税,狩猟者免許税を地方 に移譲,(2)法定税目の拡張,すなわち都道府県税である事業税,特別所得私 鉱産税,
洒消費税,電気ガス税および木材引取税の創設,簡明村税たる使用人税,余裕住宅税の新 設,(3)地租,家屋税,不動産取得税の引き上げ,(5)地方分与税の廃止にともない地方
配付税制度の制定などである。そして,配伺税の割振りは通称県,市町村に.100分の50ずつ に折半されることになった。これは,同年12月から市田了村の自治体警察が発足したことが 大きく影響している。そレて,このような連年の地方税の増税に.より,地方団体の独立税 収入は,20年度の2僚6,300万円から23年度の520億7,000万円に.,198倍も躍増した。
ここで,地方配付税の拡充匿ついてみておけば,それは,表ⅤⅠト1のようである。配付
税の総額は,その基礎紅なる所得税,法人税等の税収入が激増したうえに繰入率が引上げ られた結果,急速に増大し,20年度の8億9,600万円から23年度の493億3,100万円へと55 倍になった。そして,敗戦後における,地方独立税の拡充と並行しておこなわれた地方配 村税の著増は,戦前とことなり,「貧富団体間の財政調整を図り,農村の負担を軽減しな がら,地方自給の強化,民生行政の拡充という民主化政策にたいして,ある程度財源を保
(1)主として,小沢辰男「ジャクプ勧告と地方財政」,鈴木・武田編『財政学』青林番 院,1960年,526〜527ぺ・−ジ;荻田保『地方財政談義』(上巻),学陽書房,1954年,160
〜161ぺ」−ジに.よる。
香川魔の地方財政の歳出と歳入紅ついて
−gβ−−
表Ⅵト1二地方配付税額の変遷 85
(単位100万円)
竺⊥⊥ 岬
】所得税
法 人 税 入 場 税 遊興飲食税
昭 和 20 58弓
896
所 得 税 法 人 税 入 場 税 遊興飲食税 昭 和 21
所 得 税 法 人 税 入 場 税 所 得 税 法 人 税 入 場 税 昭 和 22
竺:讐竺竺竺 1
183,468 18,056
4,035 23.31 30.78 昭 和 23
注1い 繰入率は,実施された率である。
資料 藤田武夫『日本の地力財政』法律文化社,1959年,71〜73ぺ−・ジより再引用。
鹿賀料ほ,自治庁財政部編『地力財政の実態と問題の所在』である。
く2)
隣する役割を荷ったのである。」
さて:,このような地方税制の大幅な改正の中にあって香川県の地方財政の歳入構造はど のように変化したであろうか。
県の歳入構造をみるため,23年皮をとると(籍B一卜C表をみよ),歳入の籍1位は.,国 庫支出金で,それは歳入の44・5%をしめる。斧2位は地方配付税で20い7%,籍3位は県税
(3−
で190%である。自主財源と依存財源の割合は,285:715であり,国の権限紅もとづく
(2)藤田武夫『日本の地方財政一戦後の動向と財政調整−−』法律文イヒ社,1959年,
78ぺ−ジ。原文の傍点は省略した。
(3)自主財源と依存財源の規定とその内容に.ついては.,小沢「地方収入」,鈴木・武 田綴,前掲寄,547〜548ぺ」一汐をみよ。
第45巻 鴇1弓 86
ー β♂・−・
財源が圧倒的に多い。第1期に.おいてこほ,戦災復興を中心とする国庫支出金の割合が非常 紅高いことが注目される。戦前の昭和11年度と比較すれは,歳入構造ほ大きく変貌してい る。11年度に.おいて:は,県税収入が歳入の42.5孝5に達する−・方,国庫支出金は時局僅救事 業によって増加したといっても12.4%であった。自主財源と依存朗痴の割合をとってみる
と,713:287で,23年度と全く逆である。ただし,11年度の県税収入に.は国税付加税が 50%をしめているので戦前の方が朗政の自主性が高いとは必ずしもいえ.ないということを
注意しなけれはならない。
23年度の歳入の約5分の1をしめる県税収入の内訳をみれば(第C一卜C表をみよ),県 の独立税がその954%をしめ,20年度までの国税付加税中心の租税構造とは大きくかわっ た。独立税のうち主なものは,事業税と県民税であり,それらはそれぞれ県税収入の24・7
%,292%をしめる。その他の税はすぺて10%以下の割合である。
市の歳入構造は,第1斯においては非常に不安定である。このことを念頭に.おいて23年 度なとれば(算B−3−C表をみよ),依存財源たる配付税,国県支出金,市債はそれぞれ歳 入の111%,230%,239%をしめる。これにたいして自主財源の中心たる市税ほ歳入 の245%である。自主朗源と依存財源の割合は42:58である。
前述のような地方税の増税の結果,歳入にしめる市税の割合は年ごとに高まっているの が注目される。歳入にしめる市税の割合は,昭和21年度に.は12.1%であったカミ,24年度に は466%紅達した。これほ戦殴に.おける最高の比率である。
市税の内訳をみれば,毎年の税制改正により大きく変動している。昭和21年度には,国 税付加税が市税収入の45.6%,県税付加税が96%,市独立税が415%であった。しかし,
22年度にほ.,地租,家屋税,営業税が府県独立税に.移譲されたため,市税収入の構造も,
県税付加税が57.8%,巧独立税が39.6%をしめるようになる。そして,県税付加税中心の 市税構造は24年度までつづく。県税付加税の中心は,事業税付加税と入場税付加税であ
り,両者ほ.,24年度をとれば,市税l文人の193%,20い8%をそれぞれしめる。市独立税の 中心は市民税であり,それは24年度に.おいて市税収入の9.2%であった。
つぎに.町村の歳入構造をみよう(第B−4−C衷をみよ)。23年皮をとれば,歳入の第1 位は岡村税収入で,それは歳入の26.0%をしめる。算2位は国県支出金で,250%,第3 位は配付税で21小2%である。これらの3税で歳入の722%に.達する。戦前の昭和11年皮を
とれば,町村税収入が歳入の392%をしめて中心であり,国庫下渡金は127%,国県支出 金は8.5%であった。戦後ほ,税収入の地位が低下するとともに国県支出金,配付税とい
香川県の地力励政の歳出と歳入について
87
川−β7−
う依存財源の地位が一・段とたかまったことが指摘されなけれはならない。
田1村税の内訳をみるため23年度をとれば(寛C−3−C表を魂よ),県税付加税が56.2
%,関村独立税が43.6%であり,県税付加税中心の租税構造である。県税付加税の中心 ほ.,事業税伺加税でありそれは町村税収入全体の248%紅達する。野丁村独立税の中心ほ市 と同様町村民税で,それほ町村税収入の345%に達する。したがって,事業税付加税と町 村民税を合計すれば,それだけで町村税収入の59.3%に遷する。
表ⅤⅠⅠ一2 香川県における地方税負担
合 計 県 税
1 ご ・ J・ 川 1⊥二‥ モー
.…
円 37 182 755 1,467 1,659
1 2 3 4 5 2 2 2 2 2
昭
資料 香川県『層川県統討年鑑』昭和29年版,138ぺ−ジ。
ここで香川県に.おける地方税の負担額の推移をみれば,表ⅤⅠト2のようである。地方税 の負担慄,1戸当りにしても1人当り紅してもその増大がめざましい。たとえば,1人当 りの地方税負担.をとれば,それは21年度〜25年度の5年間紅45倍紅膨脹している。
とこ.ろで,23年までは地方財源の充実強化のため各産の税制改正が相ついで実施された が,24年2月のドッデ公使の来日紅よってインフレ抑制のため,国家予算は大幅紅圧縮さ れ,地方配付税は半減された。すなわち,配付税の財源は,23年に・入場税が地方に.移譲さ
れたため24年度からは所得税と法人税の100分の33114となり,そ・の総額ほ1,ユ45億円と見 積られた。ところが,それが国家予算の圧縮のため一・挙に所得税,法人税の100分の16.29
となり,577億円に潮滅された。その結果,地方団体は財政運営紅窮し,政府ほ配付税削 減の穴埋をするため24年5月地方税制を改正して,住民税を大幅紅増税するとともに,地 租,家屋税を増徴し土地,家屋の使用者に・も課税しうることに・した。しかし,このように 一・時をしのんだものの膨脹する地方経聖をいかにまかなうか,特に.地方財政の歳入に.おけ
r4)
るひとつの柱である地方配付税をいか紅取扱うかが大きな問題になった。
(4)藤田,前掲書,83〜鋸ぺ・−ジ。
算45巻 第1号
】 ∂β − 88
この時iシヤクプ使節団紅よるジャクプ勧告がおこなわれ,地方財政に.大きな改革がも たらされた。歳入面に関していえほ,それは,(1)付加税を廃止して原則として地方税に よる,(2)配付税制度を廃して地方財政平衡交付金制度を新設する,(3)補助金は一一部の
く6)
補助奨励的なものを残してその他ほ全廃し,平衡交付金に辞入する等であった。そして,
この軌薯にもとづき,25年7月,地方税制の大幅な改正がおこなわれ,地方税で約400億 円の増税がおこなわれた。こ.の増税のはとんどほ市町村税の増税紅よるものである。香川 県の町村においては,税収入が24年度の3億9,599万円より25年度の6億7,355万円へと増 加し,税収入の歳入紅しめる割合も同期間庭.328%から382%へと伸び,戦後最高檻な った。
25年の地方税の改正は,国税あるいは道府県税にたいする付加税を中心とする明治以来 の地方税の構造を根本的に変革し,地方税は金吾l地方の独立税で構成されることになり,
地方団体の税収入上の独立性はいちじるしく強化された。藤田教授は,「25年の地方税制 改革は,地方税の大衆課税化という特徴をもってル、たことほ争いえないが,自治財源の中
軸をなす地方税源が,この改革濫・よって拡充されるとともに,いらしるしくその独立性を
(6)
強化したことは間違いない。」と論評して:いる。また,シャワプ勧告に.もとづき,配付税に かわって平衡交付金制度が設けられるとともに,国庫補助金の整理統合がおこなわれた。
香川県の県の歳入に・おいては,国庫支出金が24年度の8億9,657万円から25年皮の7億5,6 39万円へ・と絶対額が減少するとともに,地方財政調整交付金は24年皮の配付税の4薗7,559
万円から平衡交付金の11億184万円へと倍以上紅増加している。また,町村においては国 県支出金の歳入にしめる割合が24年度の21,5%から25年皮の10.2%に半分紅なっているの が注目される。
第2期 (昭和26年〜昭和31年)
歳出の分析に届いてすで紅指摘したように箆1期の地方自治の拡充強化の改革は,26年 頃を転機紅中央集惟化傾向にむかってゆく。地方財政の歳入面にンついて畝れば,27年6月,
地方財政平衡交付金法が改正され平衡交付金制度の不備の多くが整備されたが,同町紅地 方財政委員会が廃止され,地方団体紅たいする勧告権と交付金減額請求継が中央各省に法
(5)柴田・宮本『地方財政』65〜66ぺ−ジ。
(9)藤田,前掲苔,123ぺ」−ジ。
香川県の地方劇政の歳出と歳入についで
ー ∂9 −・
S9
記された。そして,「政府は,交付金を通じて,国の施策の遂行を地方へ儀制するカがあ
(7) たえ.られた。」また,同年8月,義務教育費国庫負担法が国会において成立し,28年4月か
ら義務教育費国庫負担金が復活し国が各都道府県の教職員給与の実支出額の2分の1な負 担すること紅なった。このことは,基準財政需要額の最も大きな部分をしめる義務教育費 の半分が紐つきの国庫負担金として平衡交付金の外部に.もちだされ,平衡交付金の財政調 整機能がいらじるしく縮少されることを意味する。藤田教授は,「平衡交付金の地方財政 紅おける地位が,急激紅低下する反面,地方団体としても,その使途を拘束されない自
(8)
由財源の大きな部分を失うことに.なった。」と指摘している。
29年には,国の財政規模を1兆円程度におさえるため,地方財改の窮乏化に伴い必然的
に増加する平衡交付金に丁・定の枠をはめる必要にせまられ,地方財政平衡交伺金は地方交 付税交付金に改組された。そして,交付税の総額は,国の所得税,法人税および酒税の収 入の100分の22とされた。交付税は,平衡交付金の進歩的側面を若干継承したとはいえ,
交付税の総額が棒定の国税収入にリンクされ,その−L定率の範囲内と定められたためその 財源保障の機能は大幅に.そこなわれた。そして,平衡交付金の廃止は,「シヤクプ勧告の
(9) 精神のおわりをしめすもの」といわれる。
平衡交付金の交付税交伺金への改組と同時に・,地方税制の大幅な改正がおこなわれた。
すなわち,道府県の税収入を増加するため,道府県民税,不動産取得税,たばこ消費税が 設けられるととも紅,市町村に・もたばこ消費税が新設された。また,入場税を国紅移し,
入場譲与税として各都喝府県へ人口にあん分して譲与することに・した。入場譲与税につい て,藤田教授は,「その後ひきつづき企図された『財源調整』紅名を借りる地方の独立税
(10)
源の中央への収奪の失駆をなすものである。」と批判している。
中央集侮化にむかう地方行財政の転変の中にあって香川県の地方財政の歳入構造はどの ようにかわったであろうか。
県の歳入構造をみるため29年度をとれば(第B−1−C表をみよ),国庫支出金が箆1位で 歳入の33.7%をしめ,ついで交付税交付金が21、4%をしめる。これらに・県依と地方譲与税 を加えれば,依存財源は県の歳入の69・3%にも達する。県偵は第2期において10%前後を
(7)藤田『周代地方財政入門』41ぺ−ジ。
(8)藤田『日本の地方財政』155ぺ−ジ。原文の傍点は省略した。
(9)柴田・宮本,前掲畜,73ぺ−・ジ。
(10)藤田,前掲番,172ぺ一汐。
貨45巻 寛1葛
ー 9∂ − 90
しめており,県財政の慢性的困窮を示している。自主財源の中心となる県税は26年度紅歳 入の221%をしめていたが,それ以降急速にその地位が低下し29年皮に.は14.1%に.までな っている。県税収入の内訳をみれば(策C−1−C表をみよ),策1期とことなり国税付加税 が−・輪され独立税一・本になっている。独立税の中心は事兼税であり,それは29年度に.おい て県税収入の62.5%をしめる。算2位ほ29年皮より拘置された県民税の11.8%,籍3位は 遊興飲食税の8.3%,第4位はたばこ消費税の8.0%であり,以上の4税で県税収入の90.6
%に達する。このような税収入構造は29年皮〜31年皮まで同様である。28年以前には,県 民税,たばこ消費税がなく県税収入の中心は事業税であり,それを補完するものとして入 場税と遊興飲食税があらた。たとえば,27年度をとれほ,事業税が県税収入の75い9%,入 場税が11.8%,遊興飲食税が86%であり,これら三税で県税収入の96.3%に達した。
ついで,市の歳入構造をみよう(籍B−3−C衷をみよ)。29年皮をとれば,.歳入の中心ほ市 税でそれは歳入の39‖0%に達する。市の場合,自主財源ほ歳入の599%であり,歳入にお ける自立性ほ高い。国展支出金ほ歳入の22耳%,交付税交付金は7..9%,市債は.9.6%であ る。交伺税交付金は寛2期においてはほほ10%帝後であり,あまり大きくはない。国県支 出金も第2期に、入ると安定的に・推移し20%を上下している。市税収入の内訳をみれば(籍 C−2−C表をみよ),籍2期に入ると国税,県税の付加税がなくなり独立税一・本の体系に.な る。25年皮の税制改正に・より固定資産税が新設され,寛2期の市税の中心は市民税と固定 資産税である。29年度をとれば,市民税が而税収入の仙)9%,固定資産税が36.4%をし め,両税で確税収入の77 3%に適する。
さいとに.,町村の歳入構造をみれば(第B−4−C衷をみよ),それは捻は簡と似ている。町 村の歳入の寛1位ほ間村税収入である。29年度をとれば,それは歳入の319%をしめる。
ついで国県支出金が18..5%,交付税交付金が17.4%,町村債が9,.5%である。自主財源と 依存財源の割合は54.6:45..4でほぼ桔抗している。町村税の内訳をみると(第C−3−C表を みよ),市と同様にその2大支柱は町村民税と固定資産税である。29年皮をとれほ,田村戌 税が町村税収入の35.3%,固定資産税が44い4%であり,これら2税で叩村税収入の79.7%
に逢する。町村民税と固定資産税からなる税収入構造は算2期においてはかわらないが,
税額と歳入紅しめる割合でみると,29年度以降固定資産税の方が町村民税をうわまわって いるのが注目される。
−。9ノー
香川奥の地力励政の歳出と歳入について
第3期(昭和32年〜昭和40年)
91
この時期は日本資本主義に.おけるいわゆる「高度成長」期であるが,独占資本を中心と する生産力の増進をはかるため,国や地方団体は産業基盤強化の公共投資に.力をそそい だ。そしてニ,政府ほそのための国庫補助金を増加し,交付税交付金についても道路港湾整
備,農業基盤整備などの財政需要を増加する方向をとった。地方税についていえ.ほ,所得 税がほとんど毎年減税されたのに.たいして地方税の減税の割合ほ小さく実質的負担は増大
(11)
したといわれる。
さて,香川県の地方財政の歳入構造をみよう。籍3期の県の歳入構造ほ大きな変化なく 推移している。38年度をとれば(籍B−1−C表をみよ),交付税交内金が歳入の307%,国 庫支出金が31.6%をしめる。この期では,交付税交付金,国庫支出金ともに30%を前後す
る水準である。県税収入は,38年度に16..4%であるが,これもまた第3期のほぼ平均を示 すものである。表ⅤⅠト3の全国の歳入構造と比較すれほ,香川県の場合県税収入の地位が 全国の半分である反面,交伺税が倍に.なっているのが注目される。これは歳入面に.おける 県財政の貧困を示すものであるといえ.よう。
表ⅤⅠⅠ一3 府県の歳入構造(全国)
(単位100万円)
県税収入の内訳をみれほ(第C−1−C表をみ よ),その中心は事業税と県民税である。38年度 をとれば,事業税が県税収入の47、9%,県民税 が19.4%である。その他は10%以下の税目であ るが,その中でもやや大きいのは,たばこ消費 税(8.9%)と遊興飲食税(7..0%)である。′そし
て,この4税で県税収入の83、2%を達する。事 業税と県民税の推移をみれば,事業税は昭和30 年代の初頭以降その割合を漸次低下している。
すなわち32年度には県税収入の524%であった が,40年度には39…7%になっている。他方,県 民税は37年度よりその地位をたかめ,それまで
金 額】紛比
府 県 税 地方交付税 地方譲与税 国庫支出金 地 方 債 そ の 他
30.6 17.9 1.5
29‖8
3い5
16い7
660,4433 385,606
33,218 641,101
75,18さ
353,143
吏
▼【一資料 総理府統討局編『日本統計年鑑
(寛16回)』昭和41年,492〜493
ぺ−汐。
の13〜14%が37年度に.は18.2%,40年皮には21い5%に上昇した。事業税収入と県民税収入 の伸び率は,表ⅤⅠト4のように県民税が4い7倍であるのにたいして事業崩が2、6倍である。
(11)和田八束『現代日本の地方財政』日本評論社,1970年,63〜64ぺ−ジ。
箆45巻 貨1弓 92 ー92・−
県民税の内訳は表ⅤⅠト5のようであるが,県民税の地位の増大は個人の県民税が30年代の 後半に大きくのぴたことに.よる。
表ⅤⅠト4 県戌税と事業税
(単位1,000円)
100それは37ul%をしめる。策2位は18い5%
170 の国県支出金,鴇3位ほ11い3%の交付税
2S8
交付金である。自主財源の割合は63.5%
であり,籍2期に引続きその割合が高い。
市の歳入の籍1位をしめる市税収入の構 造をみれば(貨C−2−C表をみよ)その 中心は市民税と固定資産税であり,それ を補完するものがたばこ消費税と竃気ガ ス税である。このような市税収入の構造 注1.金額は1,000円未満を四捨五入した。
2.金額は各年度の収入額である。個人 と法人の合計金額が表ⅤⅠト4の金額 と一・致しないが,原表の通りである。
資料 香川県総務(企画)部統計(調査)課『香 川県統計年鑑』(昭和34年版)、127ぺ」−・
汐,(昭和38年版)127ぺ−・ジ,(昭和 42年版)235ぺ」一汐。
は籍3期を通じて基本的にはかわっていない。38年度をとれば,市民税が44い3%,固定資 産税が35い0%,たばこ消費税が10.0%,電気ガス税が8い5%であり,これら4税で市税の 97.8%をしめる。市民税と固定資産税に注目すれば、市民税がその地位をましてきたのに たいして固定資産税はその地位を低下してきていることに気付く。これは表ⅤⅠト6に示さ
れるごとぐであるが,乱民税の地位の増大は,それが市税収入全体の伸び率を こえて伸び たからである。
ー9β −
香川県の地方財政の歳出と歳入について
衷ⅤⅠト6 市民税と固定資産税 93
(単位1,000円)
市税収入 固 定 資 産 税
市 .民 説 年 度
市税収入に. しめる割合
42.0 % 39.4
352
金 額
478,0墾6 698,233
1,345,763 2821,084,488 資料 寛C−2−C表。
さいごに,町村の歳入構造をみよう(籍B−4−C表をみよ)。38年度をとれば,町村歳入 の第1位は交・付税交付金で,それは町村歳入の29.4%をしめる。算2位は24…0%の閏丁村 税,貨3放は国県支出金の20,9%であり,そ・の他はすぺて10%以下である。自主財源と依 存財源の割合は,32年度には522:468であったが,38年度には42‖9:571となり逆転して
しまった。自主財源が50%をわった主たる原因ほ,町村税収入の減少である。歳入構造の 変遷をみて注目されることは,町村税収入の割合の低下と交付税交付金の地位の上昇であ
る。町村税は,32年度には歳入の366%であったが40年度には21..9%に.低下した。他方交 付税交付金は32年度紅.23い1%であったが40年度にほ29ル7%に上昇している。町村税収入は 第3期において1.6倍紅増加したが,それほ同期間の歳入全体カミ2.7倍になったのと比較 してかなり低い。これほ,田1村財政が漸次貧困化していることを示す。
町村税の構造は,第3斯において基本的紅はかわっていない(籍C−3−C衰をみよ)。笥 と同様に固定資産税と町村民税が中心的税収入でそれを補完するものがたばこ消費税と電 気ガス税である。38年度をとれば固定資産税が町村税収入の41い8%を,町村戌税が31l9%
を,たばこ消費税が13‖3%を,電気ガス税が9−2%をそれぞれしめ,この4税で町村税収
入の962%に適する。固定資産税はその地位が漸減し,32年度には48.7%であったが40年 皮には41い8%に減少している。
第3期における香川県の地方財政の歳入構造をみれば市をのぞき全般的紅自主劇源の地 位が低下傾向にあり,貧困化の道をたどっていると思われる。
寛45巻 欝1号 94
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ⅤⅠⅠⅠ む す び
明治21年度から昭和40年度までの香川県の地方財政の歳出と歳入に.ついて計数的な整理 と若干の分析をおこ奉ってきたが,最後匿歳出と歳入に・ついてこの長期的趨勢的な特徴に・つ いてニ,三の整理なおこなっておきたい。
歳出についてニ。県の歳出構造の変遷を示せば,表ⅤⅠⅠト1のようである。この表ほ歳出に しめる割合の大きい費目から,歳出の70%に達するまでにどのような費目が入るかを各時 代について抽出してみたものである。これをみると,戦前戦後の鋸年間を通じて県の三大 費目ほ,その内容の変化をひとまず捨象すれば教育費と土木費と勧業費(産業経済費)で
表ⅤIlI−1県の歳出構造の変遷
(単位 %)
注a)雉支出が歳出の15.4%をしめているが,これは除外した。
b)諸支出費が歳出の235%をしめているが,これは除外した。
資料 籍A−1−a表,貨A十卜C表。
ある。戦前においては警察費がつね紅顔を出しており,県が戦前紅おいて警察国家の一・深
を紅なっていたことを示しているが,戦後は警察費の地位は大きく低大した。警察費め凋 落を別紅すれば,3大賀日の地位は80年間紅おどろくはどゆらいでいない。
市町村の歳出構造の変遷に.ついては表ⅤⅠⅠト2のようである。市町村の歳出構造は昭和20 年を墳常.して戦前の歳出構造から戦後の歳出構逸へと大きく旋回している。すなわち,戦
前においては役場・役所費と教育費を中心とする二元的歳出構造であったが,戦後紅おい てほ役場・役所費と教育蟄は地位が相対的に低下するとともに.土木費,社会及労働施設 費,産巽眉済費の地位が上昇し多元的歳出構造になった。
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香川県の地方財政の歳出と歳入について
表ⅤⅠⅠⅠ−2 市町村の歳出構造の変遷
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(肇位 %)
注 a)雑支出が歳出の11.8%をしめているが,これは除外した。
b)諸支出金が歳出の19い1%をしめているが,これは除外した。
資料 第A−5−a表,第A−5−C衷。
歳入について。歳入構造の変遷について は県,市町村とも紅ある特徴が検出できる。
その寛1は,明治以降歳入にしめる税収入 の割合が長期的に低落傾向にあることであ
り,それほ表ⅤⅠⅠト3に.示すどとくである。
その第2は,税収入の地位の長期的低落傾 向に.区切りをつけるものがひとつは昭和7
・8・9年魔の時局匡救事業を契機、とする 国県支出金の地位の増大であり,もうひと つは昭和15年に成立した地方分与税である ということである。そしてニ,税収入の地政 の低下は,ある時期以降国県支出金と地方 分与税の地位の増大と裏腹の関係にある◇
このような国県支出金と地方分与税の地位 の増大はとりもなおさず国家の地方財政に
表ⅤⅠⅠト3 歳入紅しめる税収入の割合
(単位 %)
資料 第B−トa表,第B−1−C表,第B−3−a表,
算B−3−C表,寛B−4−a表,寛B−4−C表,
第B−5−a表,第B−5−・C表。
たいする干渉の表われであるが,それを国家独占資本主義時代の地方財政の歳入面紅おけ る特徴であるとするなら,国家独占贋本主義時代の地方財政は歳入面からみた場合昭和 7・8・9年の国県支出金の増大と昭和15年の地方分与税の成立により形成されたものと
算45巻 発1号
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いえるであろう。
地方税の構造の変遷をみれば,県税,市町村税ともに昭和20年代初頭の地方税制の改革 を契機紅大きく転変してこいる。県税についてみれば敗戦までは地租付加税を中心とする国 税付加税と戸数割,雑種税,家屋税を中心とする県独立税によって構成されていた。それが
昭和20年代初頭の改正により県民税と事業税を中心とする独立税1本の県税構造乾かわっ た。市町村税の構造をみれば,大正15年の地方税制の改正までは市町村の税収入の90%以 上が国税付加税と県税付加税とからなり,摘町村の独立税は皆無に.ちかかった。ところが
大正15年の地方税制の改正の結果,戸徽割が市町村の独立税となったため戸徽割を中心と する独立税が市町村税収人の約半分をしめ,残りを国税付加税と県税付加税がしめた。し かし,昭和15年の地方税制の大改正の結果,再度薄明村税は国税付加税を中心とした構造 になった。これが昭和20年代初頭までつづき,20年代初頭の地方税の改革に.より市町村税 は,はじめて市町村民税と固定資産税を中心とする独立税1凍の構造紅なったのである。
(完)
付記 この調査をまとめるにあたり統計の理論的処理については本学助教授大薮 和雄氏に,また実際的な計数の整理についてほゼミナ・−ル学生の寒川隆男紅,そ れぞれ大変お世詣になった。記して謝意を表したい。
(1972.2。.7)
(12)歳入に照応した歳出面における国家独占資本主義的特徴は構造の数崖的変化からは うかがいえないように思われる。したがって歳出における地方財政の段階区分はその内 容によって判断する必要があるであろう。