サガ ラ ショウ
氏名(生年月日)
相 良 翔
(1984 年 11 月 20 日)学 位 の 種 類
博士(社会学)
学 位 記 番 号
文博甲第 129 号
学位授与の日付2018 年 7 月 27 日
学位授与の要件
中央大学学位規則第 4 条第 1 項
学 位 論 文 題 目
薬物依存からの「回復」に関する社会学的研究
―ダルクにおけるフィールドワークを通じて―
論 文 審 査 委 員 主査
天田 城介
副査
新原 道信・野宮 大志郎
伊藤 智樹(富山大学人文学部人文学科准教授)
内容の要旨及び審査の結果の要旨
1.本論文の概要
本研究は、薬物依存者のためのリハビリテーションを行う民間施設であるダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)でのインテンシヴなフィールドワークを通じて、当該施設での 薬物依存からの「回復」はどのような経験であるのかを社会学的に解明することを目的としたもの である。本論文の特徴は、たんに「薬物使用をやめる」といったこれまで医学モデルや処遇モデル から捉えられてきた「回復」に焦点を当てるのではなく、当事者たちの意味世界における「回復」
の経験に照準した研究であり、それらを長期間におよぶインタビューや参与観察から収集した詳細 なデータにもとづいて明らかにした点にある。
方法論としては、長期間にわたって自らが深くコミットしながら、X ダルクや Y ダルクにおいて 参与観察やインタビューなどの調査を実施しており、多くのインタビュー対象者の中でも特に 6 名 に焦点を当ててその経験を詳細かつ緻密に描出したものである。
本研究の結論として、ダルクにおいては当事者が「スリップ」(薬物の再使用)をすることを通 じてむしろ“他者との共同戦線”のもとで依存薬物に対してコントロール不可能な存在として自ら を意味づけていくことが可能になること、こうした他者との“共同戦線”のもとで自らの欲求の解 消戦略をかろうじて保ったり、「今日一日」の実践のもとで過去と未来への不安を抱えることなく、
何とか生き延びていくことが可能となっていること、他者との関係性をベースに自らの躓きや失敗 を率直に受け止め、傷つけた人びとへの埋め合わせをしていくことでようやく自らの生を意味づけ 直し・生き直しをすることが可能になっていることを明らかにした。このようにダルクでの「回復」
においては、当該メンバーは「能動的な主体性」を立ち上げるのではなく、むしろ他者との関係の 中で「受動的な主体性」によって、いわば“他者との関係性をプラットフォームにした寄る辺なき
〔1276 〕
自己”をかろうじて保つことによってこそ自らの「生」の語り直し・意味づけ直し・生き直しを達 成し続けることが可能になっていることを解明したものである。このような“終わりなき軌跡”こ そがダルクでの薬物依存者の「回復」であることを鮮やかに指示したのだ。
2.本論文の構成
本論文は序章・終章含め全 11 章であり、それに加え 4 つの補論によって構成されている。
序章 本稿の問題関心……P.1 0-1.日本の薬物問題の現状 0-2.日本の薬物事犯者の現状 0-3.「五か年戦略」と「行動計画」
0-4.薬物事犯者に対する処遇の動向 0-5.本論文の独自性
第 1 章 ダルクとはいかなる場所なのか?……P.14 1-1.ダルクの概要
1-2.ダルク小史 1-3.ダルクの運営状況
1-4.ダルクの運営上における現在の課題 1-5.小括
第 2 章 薬物使用における〈止める‐プロセス〉の検討……P.24 2-1.薬物問題の社会学の構成
2-2.〈止める‐プロセス〉をどう見てとるか?
2-3.小括
第 3 章 調査概要……P.37 3-1.X ダルクと Y ダルク 3-2.インタビュー協力者の概要
第 4 章 「回復」に向けた契機としての「スリップ」……P.42 4-1.「回復」における「スリップ」の意味
4-2.データ概要
4-3.回避対象としてのスリップ 4-4.スリップを経験する 4-5.スリップ後の変化
4-6.「仲間」との関係性の構築 4-7.小括
第 5 章 「回復」と「仲間」――ダルクにおける生活を通した「欲求」の解消……P.55 5-1.はじめに
5-2.「仲間」と関わり合う日常生活に焦点をおいた「回復」の分析の重要性 5-3.データ概要
5-4.分析 5-5.小括
第 6 章 「回復」のプロットとしての「今日一日」……P.73 6-1.はじめに
6-2.問題の所在 6-3.データ概要
6-4.「今日一日」を受け入れることの意味 6-5.「今日一日」のもとで生きる
6-6.小括
第 7 章 「回復」における「棚卸し」と「埋め合わせ」……P.89 7-1.「棚卸し」と「埋め合わせ」
7-2.「棚卸し」と「埋め合わせ」を実践する上での困難 7-3.データ概要
7-4.分析 7-5.小括
第 8 章 ダルクベテランスタッフの「回復」……P.104 8-1.問題背景
8-2.ダルクメンバーの「回復」観 8-3.データ概要
8-4.分析 8-5.考察
第 9 章 薬物依存からの「回復」を巡るコンフリクト……P.119 9-1.「回復」における困難とは?
9-2.データ概要 9-3.分析 9-4.考察
終章 「回復」を支える社会のあり方……P.133 10-1.「回復」を巡るコンフリクトへの対応 10-2.「回復」を物語るための「接ぎ木」
10-3.何かによって生かされ続けられるような社会のあり方 10-4.本論のまとめ
補論 ダルクメンバーのライフストーリー 1.「今日一日」を積み重ねて(G さん)…P.2
2.誰も支援してくれなかったじゃないか(H さん)…P.25 3.「空虚」の解消(S さん)…P.49
4.「回復」はつまらない(c さん)…P.60
3.各章の概要
序章では、日本の薬物問題に関する先行調査や各種統計および施策の変遷を確認した上で、日本 の薬物問題の現在を記述した。近年、我が国における薬物問題への対応は劇的な変化を迎えつつあ る。その変化のなかでダルクなどの民間団体・当事者組織がそれを担う重要なアクターとしてみな されている状況にある。しかしながら、そのような当事者組織の支援によって薬物依存からの「回 復」が当事者たちにいかにして経験されるのかについてはほとんど言及されていない。本研究では、
このような社会学的立場から本研究主題を解明する。
第 1 章「ダルクとはいかなる場所なのか」では、本研究の調査対象組織であるダルクの概要につ いて記述した。ダルクは 1985 年に東京・日暮里に第 1 号の施設が開設された。ダルクにおける薬物 依存からの「回復」は、薬物依存になったために破たんした人生からの脱出、新たな人生の再構成 を意味するものである。ダルクの支援プログラムは薬物依存者によって運営されるセルフヘルプ・
グループである NA(Narcotics Anonymous)における 12 ステップ・プログラムをもとに構成されて いる。他方で、ダルクが事業運営をする上で課題は少なくない――法人化による事務手続きの増大、
司法との連携、重複障害・重複依存をもつ利用者への対応、ダルク退所後の問題など――。そのよ うな中であっても、ダルク在所者は自ら薬物依存からの「回復」を紡ぎだそうとすることが描かれる。
第 2 章「薬物使用における<止める‐プロセス>の検討」では、先行研究レビューに基づき、本 研究の社会学的な位置づけについて言及した。本研究は薬物に関する社会問題(以降、薬物問題)
をめぐる社会学的研究として位置づけ可能であるが、「薬物問題の社会学」の対象は大まかに言え ば、薬物使用者(およびその周辺の人物)と薬物使用をめぐる社会統制があり、本研究は前者に属 するものである。使用者を対象とした薬物問題の社会学も〈使う-止める〉と〈原因-プロセス〉
という軸をもとに 4 象限に分類できる。その上で、本研究は〈止める‐プロセス〉を焦点にした「薬 物問題の社会学」として位置づけられる。なお、〈使う‐原因〉は薬物使用に至る構造的な要因に 言及する研究(アノミー論など)、〈使う‐プロセス〉は薬物使用に至るまでの過程に言及する研 究(学習理論・ラベリング理論など)、〈止める‐原因〉は薬物使用を止めるに至る構造的要因に 言及する研究(ライフコース論など)、〈止める‐プロセス〉は薬物使用を止めるに至る過程に言 及する研究(ナラティヴ・クリミノロジーなど)となる。
〈止める‐プロセス〉研究では、薬物依存当事者の視点に立ち、その「回復」を記述することが重 要になる。その上で、重要な視点はその当事者の語り narrative となる。ダルクメンバーは物語行 為を通じて薬物依存という経験を自分の人生に組み込み、そして意味を付与していく。それこそが まさにダルクで言われる「回復」なのである。それを把握するために、ダルクメンバーがいかにし て自身の「回復」を紡ぎ出すのかについての検討が必要になる(第 6 章・第 7 章・第 8 章にて記述)。
また、ダルクは薬物依存からの「回復」における臨床の場としても位置付けられる。そのような臨 床の場において、いかなることが起きているのかについても検討を行う(第 4 章・第 5 章・第 9 章 にて記述)。以上が記述されている。
第 3 章では、調査概要について記述した。筆者は共同研究の一環として 2011 年 4 月より X ダルク や Y ダルクにおいて参与観察やインタビューなどの調査を行ってきた。X ダルクと Y ダルクは創成 期のダルクのあり方を運営の基本ベースとしており、ダルクにおける薬物依存からの「回復」につ いて検討していく上でも重要な場である。主なインタビュー対象者は 2017 年 4 月時点で 31 名(イ ンタビュー開始時に入寮者であった方、スタッフであった方)であり、本研究では 6 名の調査者を 中心にしてインタビュー調査を行っている。具体的な対象者は、メンバーG さん、H さん、J さん、
L さん、S さん、V さん、スタッフ c さん、d さんとなる。
第 4 章「『回復』にむけた一契機としての『スリップ』」では、「スリップ」という出来事の経 験と「回復」の関係について考察することを目的とした。スリップとは「薬物を再使用すること」
を示すダルクのジャーゴンである。先行研究においても、薬物依存からの「回復」においてスリッ プが与える影響について言及されているが、本章ではスリップを経験した在所者の語りからそれが 実際にどのような経験を形づくっているのかについて分析・考察することを目的とした。分析の結 果、スリップを通じて自らを「薬物依存者」であることを(再)認識し、薬物依存者として自らの 生き方に向き合い始めることが考察された。その上で、ダルクの「仲間」が「回復」において重要 であることが触れられた。
第 5 章「『回復』と『仲間』――ダルクにおける生活を通した『欲求』の解消」では、薬物依存 者が依存薬物使用への「欲求」を解消していく実践がダルクでの生活の中で営まれていく様子と、
それが可能になるための条件を明らかすることを目的とした。 分析の結果、3 点が明らかになった。
第 1 に、ダルクメンバーは日常生活の出来事をもとに突発的に生じる依存薬物の使用の「欲求」に 対して、ミーティングで「欲求」について話すだけでなく、多様な解消実践を行っていた。第 2 に、
それらの「欲求」解消実践は、「欲求」に苦しんでいる自分を受け止めてくれる「仲間」の側にい ることによって、達成されているものであった。第 3 に、そうした「欲求」解消実践やサポーティ ヴな「仲間」関係が成立する条件として、ダルクや「仲間」が薬物の再使用(再飲酒)や犯罪など にかかわらず、メンバーを無条件に受容するとイメージされる環境であるという条件が浮かび上が った。
第 6 章「『回復』のプロットとしての『今日一日』」では、ダルクメンバーは「薬物依存者」と 自身を位置づけたのちにどのように生活を送り、それを物語るのかについて検討することを目的と した。その上で、ダルクのスローガンとなっている「JUST FOR TODAY(今日一日)」(以下、「今 日一日」)という「時間の感覚」に焦点をおき、G さんおよび d さんへのインタビューデータから 考察した。分析の結果、以下の 3 点が明らかになった。第 1 に、「今日一日」をもとに生活するこ とにより、「どうにもならない過去」や「どうなるかわからない未来」に対する不安を軽減し、「今 日一日クスリを止めている」という現在に繋がったことがわかった。第 2 に、「今日一日クスリを
止めている」という現在の積み重ねにより「過去」から「現在」、「現在」から「未来」という時 間の流れを取り戻したことがわかった。第 3 に、ダルクという空間外でも「今日一日」のもとで「回 復」を語る可能性を持つことが推測された。
第 7 章「『回復』における『棚卸し』と『埋め合わせ』」では、「棚卸し」と「埋め合わせ」と 言われる実践に着目して、F さんと J さんのインタビューデータから考察することを目的とした。
「棚卸し」とは過去に他者に対して与えた迷惑などを含むものから自身の「性格上の欠点」や「短所」
について、「もう一人の人」(他者)の協力を得ながら自ら理解する実践である。「埋め合わせ」
とは「性格上の欠点」や「短所」がゆえに傷つけた人々に対して、その人が置かれている状況に配 慮しながらも直接謝罪するなどの実践である。「棚卸し」と「埋め合わせ」はダルクにおける薬物 依存からの「回復」に向けて重要なものになる。他方で、先行研究からも示唆されるように「棚卸 し」と「埋め合わせ」は「回復」の語りの展開が困難になる可能性がある。分析の結果、以下の 3 点が明らかになった。第 1 に「棚卸し」と「埋め合わせ」を通じて薬物依存以前という「過去」と
「現在」をつなぎ合わせていたことが示された。第 2 に「『棚卸し』と『埋め合わせ』による具合の 悪化」などの理由からダルクメンバーの「回復」の語りの展開が困難になる可能性が示された。第 3 に「スポンサー」との間で「棚卸し」を調整・修正し、「埋め合わせ」に繋げていることが示さ れた。
第 8 章「ダルクベテランスタッフの『回復』」では、ベテランスタッフの「回復」の経験につい て、c さんのインタビューデータから考察することを目的とした。ダルク在所者の「回復」観を検 討した先行研究を参照した上で、1)スタッフはいかにして「欲求消退」や「社会的自立」といった
「回復」観を手放しているのであろうか(もしくは手放してはいないのか)、という点、2)スタッ フはいかにして「自己肯定」や「他者共生」といった「回復」観を維持しているのであろうか(も しくは「維持」していないのか)、という点を焦点に検討した。分析の結果、第一に c さんにとっ て「欲求消退」と「社会的自立」は手放された「回復」観であった(セカンドアディクションに関 するエピソード、いまの自分の「回復」に自信がないというエピソードなど)。第二に c さんにと って「自己肯定」と「他者共生」は維持された「回復」観であった(スタッフとしての活動に関す るエピソード、家族とのエピソードなど)。また、特に「自己肯定」を維持する上で、支援におけ る「専門性」について考察する必要が示唆された。
第 9 章「薬物依存からの『回復』を巡るコンフリクト」では、これまでの章で垣間見えてきた「回 復」を巡る困難について、G さんのインタビューデータから考察することを目的とした。具体的に 言えば、第 1 に、ダルクメンバーは「回復」をめぐってどのような困難に遭遇し、それをどのよう なものと認識しているのか、第 2 に、ダルクメンバーはその困難をどのように乗り越えようとする のか、第 3 に、その困難と「回復」はいかなる関係にあるのか、以上の 3 点を念頭におき G さんの 語りをもとに分析した。分析の結果、G さんはダルクでの日々の中で「回復」を巡り、様々なコン フリクト(「仲間」との距離感、将来にむけた希望などを巡る)を経験していたことがわかった。
これらのコンフリクトは Y ダルクでの生活を通じて生じたものと言えるが、他方で Y ダルクでの生
活を通じて解消されてきた。G さんが語っていたようにダルクのプログラムを実践し続けることな どを駆使して困難状況を乗り越えようとしていた。
終章「『回復』を支える社会のあり方」では、これまでの章を踏まえた上で「回復」を巡るコン フリクトへの対応について、社会学的考察した。まず、ダルク以外の言説空間(認知行動療法など の医療的な介入法など)から「接ぎ木」し「回復」を紡ぎやすくするための物語資源をより多くす るという対応がある。しかし、そのような物語資源を用いて自分でどうにかして生きていく..............
という 感覚の中で紡がれた「回復」だけでなく、ダルクにおいて流通している自分は何かによって生かさ
............
れている
....
という感覚の中で紡がれた「回復」だけでも承認されるような社会構想が必要になること を論考した。
補論として、G さん、H さん、L さん、c さんといったダルクメンバーのライフストーリーを記述 することを通じて、ダルクメンバーの「回復」がきわめて多様で複数的であることを描出した。多 様かつ複数的である「回復」のリアリティを提示し、社会学的に考察した。
4. 本論文の評価
繰り返しになるが、本研究の中心的問いは「ダルクにおいて薬物依存からの『回復』とはいかな る経験であるのか」である。その「問い」に対する本論文の解は「他者との複数的かつ重層的な関 係性のダイナミズムのもとで、“他者との関係性をプラットフォームにした寄る辺なき自己”をか ろうじて保つことによってこそ自らの「生」の語り直し・意味づけ直し・生き直しを達成し続ける ことが可能になっているのである。このような“終わりなき軌跡”こそがダルクでの薬物依存者の
「回復」であるのだ」という明快なものである。実証的な分析を通じて、この明確な問いと明快な解 を提示することによって本論文は独創的かつ緻密な論文として成立している。
最終試験(2018 年 5 月 11 日(金)16:00~18:00、於:中央大学多摩キャンパス 1 号館 1409(A)
教室)では、本論文が医学モデルや処遇モデルから捉えられてきた薬物依存からの「回復」をはじ めて社会学的な主題として扱った独創的な研究であること、依存症および回復に関する医療社会学 および犯罪社会学における先行研究を丁寧かつ詳細に概括した上で幅広い文献を射程に読解した点、
長期間におよぶインタビューや参与観察から収集したデータにもとづいて緻密かつ詳細に分析して おり、堅実に研究が遂行されていること、そのような分析を通じて薬物依存からの「回復」をダイ ナミックに社会学的に読み解かんとしている点が高く評価された。更には、研究の目的と意義、問 いと結論と論証の全体構成、個々の章・節・項の論理構成、各章の論理展開、分析の枠組み、方法 論的緻密さ、記述の正確さと丁寧さなどは適切であり、十分な完成度の博士論文であると評価され た。
その一方で、①アルコール依存症当事者組織での「回復」との理論的差異などが意識的には語ら れておらず、他ならぬ「ダルクでの薬物依存からの『回復』」の社会学的特異性は何であるのかが 明示されていないこと、②ダルクでの薬物依存からの「回復」の多様性や差異の理論的考察が十分 でないこと、③自らが「ダルクでの薬物依存からの『回復』」を社会学的にいかに評価するかの立
ち位置が記されていないこと、④「回復」の概念史の中において本研究はいかなる位置づけになる かが述べられていないこと、⑤本論に記されている戦略以外の別様な戦略はどのようなものであっ たのかが描出されていないこと、⑥本研究は「回復=語り直し・意味づけ直し・生き直し」という
「大きな物語」を参照前提にしているのではないか、少なくとも自らの方法論的・認識論的立脚点が 明確に書かれていないこと、⑦分析概念や記述概念が明確化されていないため、分析の理論的水準 がどのようなものかが明確でないこと、⑧ダルクが微妙な距離感の中で関係を形成することが可能 な社会空間であることの意味について必ずしも自覚的でないこと、⑨調査者と当事者との関係をい かなる方法論・認識論において位置づけるのかなどに関して改善の余地があることが指摘された。
その後、上記の 9 点に関して現時点で言及可能な課題と論点については適切な回答と対応がなさ れた。確かに上記の多くは本研究以降において相良氏が格闘すべき課題となったが、本研究におけ る守備範囲と射程圏域からすれば、これらの課題が残っていることで本論文の価値が損なわれるも のではない。むしろ、このようにきわめて重要な理論的課題や論点を提起したことこそが、本研究 の理論的可能性を指し示していること、今後は新たな理論的地平を切り拓くものになり得ることで あると審査委員一同は評価した。
以上の論文審査と最終試験での結果を踏まえ、本審査委員会は、本学位申請者に対し、「博士(社 会学 中央大学)」の学位を授与することが適当と判断した。